台本概要
159 views
タイトル | 僕の創作 |
---|---|
作者名 | よぉげるとサマー (@gerutohoukai) |
ジャンル | ラブストーリー |
演者人数 | 2人用台本(男1、女1) |
時間 | 40 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
男性1:女性1 台本ですが、お好きに性別は変更してください。 劇の音声が残るようにしてくれる場合は、ご共有下されば幸いです。是非、聴きたいです。 あと、感想もくれると喜びます。 159 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
らいと | 男 | 77 | 作者 |
かのん | 女 | 103 | 不審者 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
らいとM:目を見開くと、曇りがかった海辺に立つ彼女が映る。
らいとM:緩やかに寄せる白波に、サンダルが濡れる。
らいとM:海の向こうには、雲の中に、夕陽が赤く透けて。
らいとM:おそらく、僕は、それを見ているのに。
らいとM:……どこにも居ない。
らいとM:これは、荒唐無稽な話だ。
かのん:ねぇ……たぶんさ。
らいとM:さざなみに、かき消えてしまいそうな声も。
かのん:わたしたち……親友、だよね。
らいとM:不安げに笑う表情も。
かのん:……どうでもいいか。
らいとM:すべて、僕の創作なんだ。
0:
らいとM:…………目を開けると、当たり前のように彼女が居た。
かのん:おはよう。今日は少し寝すぎじゃない?
らいとM:からかうように笑っているが。
らいとM:君は僕の人生で、ダントツの不審者だ。
かのん:ご飯は昨日の残りがあるけど、どうする? 食べる?
らいとM:寝起き1発目に知らない女性が家に居て、僕の家にある昨日の残り物を食べるかと、自分が作った料理かのように言うのは、物凄く図々しい。
かのん:あー。いらなそう。
らいとM:だが、そうも言っていない。生きるのに栄養は必要だ。
かのん:ふふ、食うんかい。
らいとM:よく分からない状況だが、並べられた料理に変な感じはしないし、いったん栄養補給して脳を回そう。
らいと:いただきます。
らいとM:そう言って目を閉じると、思考が巡る。
らいとM:季節は。と、考えると。今はいつ頃だっただろうか。
らいとM:彼女は白のノースリーブを着ているので。それなりに暖かいのだろう。
らいとM:暑くはなかったんじゃないかな。
らいとM:ということは。
0:
かのん:いやぁ、すっかり満開を通り過ぎちゃって。
らいとM:声に目を開くと、桜が散り急ぎ、地面に薄紅の絨毯を敷いている。
らいとM:どうしてか、桜並木を歩いている。
らいとM:突然のことなのに、前を歩く彼女をぼうっと眺める。
かのん:なんか、花びら踏んじゃうのは申し訳ない気がするよねぇ。
らいとM:そんなの仕方がない。けれど、そう言われると気持ちはわかる。
かのん:まあ、その為に遠回りとかしないけどさ。
らいと:あぁ、そういう奴だよお前は。
らいとM:言葉にして、違和感を覚える。
らいとM:僕は彼女のことを知らないはずなのに。
かのん:あはは、なんだその、お前のことはお見通しだ、みたいなの。
らいとM:照れ隠しのように笑い、少し振り向く彼女。
らいと:だって、わかりやすいし。
らいとM:目をつむる。
らいとM:何も知らない。だから、わからない。
らいとM:どうしたんだ一体。勝手に言葉が出る。
かのん:いやいや、そんなことないって。
らいとM:そうだ、だって僕は。
かのん:わかった気になってるだけでしょ。
0:
らいとM:……知らないんだ。知らないはずだ。
らいとM:目を開けると、ベッドに寝ていた。
らいとM:周りを確認するが、自分以外誰もいない。
らいとM:ようやく落ち着いて頭の整理が出来そうだ。
かのん:おっ、調子良さそうじゃん。
らいとM:さも当然のように扉を開けて彼女が入ってきた。
らいとM:いい加減にして欲しい、少しは休みをくれ。
かのん:へへ、お土産持ってきたよぉ。じゃんっ! これ……わかる?
らいと:馬鹿にしてるのか? どう見てもミカンだ。
かのん:おー、正解! こういうのは大丈夫なんだねぇ……。
らいと:そんなことより、なんでまた居るんだ。
かのん:え……あー、いや。友達ぃ……だからね。
らいとM:友達? いや、友達でも、こんな勝手に部屋に押しかけてくるのは、おかしくないか?
かのん:まあ、剥いてやるから食べよ? 知ってた? みかんって揉むと甘くなるんだって。
らいとM:手で軽く揉んだみかんの皮を剥きだす彼女。
らいとM:というか、剥いて貰わなくても良いんだけど。
かのん:ほい、どうぞー。パースッ!
らいとM:宙に放られたみかんが、ゆっくりとこちらへ飛んでくる。
らいとM:突然のことに腕が上手く上げられず、みかんは顔に弱く激突した。
らいと:うわっ。
0:
らいとM:強く風が通り抜けた。
らいとM:瞑った目を開くと、傘を持って桜並木を歩いていた。
かのん:今年も、満開は通り過ぎちゃったね。
らいとM:同じように傘をさした彼女が、隣を歩いている。
らいとM:また、同じだ。
かのん:雨なんか降ったら、そりゃ散るの早くなっちゃうよね。花見も出来ないしさー、洗濯物も乾かないし。
らいと:……そうだな。
らいとM:散った桜の花びらが、地面に濡れて張り付いて……。
かのん:……絨毯みたいだね、地面。
らいとM:薄紅色が、少し雨のせいでくすんでいる。
かのん:なーんか……踏むの、悪い気がしちゃうよね。
らいと:……でも、踏まない為に遠回りもしないだろ?
かのん:えっ……なんで……?
らいとM:少し驚いたような声。
らいとM:どうしたんだ?
らいと:え、いや……そんな感じするから。
かのん:……ははっ。
らいとM:笑うと、突然、前に小走りで飛び出て、傘の雫をこちらに飛ばしてきた。
らいと:わっ、なにするんだよ!
らいとM:顔にかかり、目を瞑る。
らいとM:また、切り替わってしまう。
かのん:……知らないくせに。
0:
らいと:……なんのことだよ。
かのんM:目を覚ますと、彼は見慣れた布団の上で、嗅ぎ慣れた匂いの部屋に居た。
かのんM:ぐるりと見回しても、全て見慣れた自分の寝室だった。
らいと:なんなんだ……毎回。
かのんM:こんな夢を、この頃ずっと見ている。
かのんM:知らない女性に、妙に付きまとわれ、辟易(へきえき)するような夢。
らいと:……まあ、ネタにはなるか。
かのんM:趣味程度ではあるが、最近小説を書いている。
かのんM:ボケ防止にでもなるかなと、あまり大した理由で始めたことではないけれど、そこそこ楽しんでいる。
らいと:この頃は、筆が重かったからなぁ。
かのんM:ここしばらく、思うように話を書けなかった。
かのんM:続きを想像しようとしても、靄がかかったように、何も思い浮かばない。
かのんM:あまりに考えすぎて頭が痛くなるくらいで、書くことから離れていた。
らいと:まあ、桜並木のシーンとか割といいかもしれない。
かのんM:夢の内容など、すぐ忘れてしまうものだけれど、変な夢ほど鮮明に覚えていられるのか、妙にハッキリと情景が浮かぶ。
らいと:いけない、油断せず書き出しておこう。
かのんM:メモ書きにペンを走らせる。
かのんM:夢の情景を、簡略に。かつ、鮮明に。
かのんM:文字にする。
0:
らいとM:……さざなみの音が、聞こえる。
らいとM:目を見開くと、砂浜を裸足でかけている彼女が居た。
かのん:アチチー! ねえ、これ一秒以上止まると絶対やけどするって!
らいと:そんなわけないだろ。
らいとM:またこの子か。
らいとM:水着で身軽そうな彼女は、叫びながらあっという間に波際にたどり着いた。
かのん:あー、つめたい! ふぅー、生き返るわー!
らいとM:忙しい奴だ。でも、サンダルの自分でも、砂浜を歩くのは一苦労だろうな。
かのん:おーい、早くこっちこーい!
らいと:わかったわかった。うわっ、あちぃ!
かのん:あはは、走れ走れー!
らいとM:肌を焼く陽射し。
かのんM:眩しい水のきらめき。
らいとM:刺さるような砂の温度。
かのんM:青々と反射する空の色。
らいとM:海へと駆ける体とは裏腹に。
かのんM:スローモーションに、世界を記憶したいと願った。
らいとM:たどり着いた湿った砂浜から、海の中へとジャンプした。
らいとM:彼女の笑顔が、真夏の太陽が反射した水面に照らされ。
らいとM:すごく……綺麗だった。
0:
らいとM:……冷たい。
らいとM:どこか覚えのある場所ばかりに飛ばされる物だと思っていたが、目を開くと、暗い水底に沈んでいく途中のようだった。
らいとM:あんなに楽しそうな彼女との夢は、これが初めてだった気がする。
かのん:……あのさ。
らいとM:まわりの景色が変わらずに、彼女の声だけが聴こえる。
かのん:……覚えてない?
らいと:何を?
かのん:……忘れてること。
らいと:なんだそれ。忘れてるんなら、忘れたままだろ。
かのん:……そうだけど。ううん。いいや、やっぱ。
らいと:なんだそれ。
かのん:なんでもない。うん。
らいとM:いったい、何が言いたかったんだ?
かのん:……これから、でいいよね。
らいと:え?
かのん:これから……また、新しくさ。楽しいこと……ふやせばいいんだってこと。
らいと:……まあ、そう……かな?
かのん:そうだよ。きっと。
らいと:…………うん。
かのん:でも……ちょっと寂しいな。
らいとM:明かりが奥から差すように。暗闇が白みだす。
かのん:…………忘れられちゃったんだなぁ。
らいとM:視界が真っ白になるまでの一瞬。
らいとM:彼女は、
かのんM:笑っていた。
らいと:……なんか、違う気もするなぁ。
かのんM:変なこだわりが出ているのか、筆の進みは遅くなっていた。
らいと:……忘れられた、か。
かのんM:自分がどれだけの人を、同じように忘れてきたのだろうかと。
かのんM:そんなことを改めて考えさせられる言葉だった。
かのんM:僕は二十代の時、事故で定期的に記憶がなくなる後遺症を負った。
かのんM:そして、それは最近まで人生を消し去っていた。
らいと:幸いにも快復できたけど。どんだけ人生の無駄遣いをさせられたか、わかったもんじゃないな。
かのんM:いまだに、定期的な通院と、少なくない量の服薬は継続しなければならないし。
かのんM:……どんな人生を削られたか、知らないまま墓に入るのは、損しかしてないようで……悔しいものがある。
らいと:少しずつ思い出すこともあるけど、ほぼ食べ物とか観光地の記憶だし。
かのんM:大事なことよりも、どうだっていいことの方が記憶に残っているのは、容量が軽いからとかなのだろうか。
かのんM:この疑問は医者に解決してもらった気がするが、やはり難しいことは覚えてられないものだ。
らいと:まあ……あまり過去にとらわれても、って感じではあるけど。
かのんM:それこそ、これから、だろう。
らいと:これから積み重ねるしか、ないもんな。
かのんM:そう。思い出せないことは、仕方ない。
かのんM:過去は振り返りすぎてはいけない……よ。
らいと:うん……そろそろ寝るかな。
かのんM:記憶が戻ったとして、どうしようもないことには変わりない。
かのんM:時間は巻き戻らない。削り落ちた時間は。
かのんM:取り戻せないんだから。
0:
らいとM:パチパチと。火花が小さく光っている。
らいとM:手に持つ線香花火が、小さく揺れながら燃えていた。
かのん:ねぇ、合体させてみようよ。
らいとM:彼女は、火をつけたばかりの線香花火を近づけてきた。
らいと:でも、こっち終わるよ、もう。
らいとM:緩やかに消えていこうとしている自分の物に、構わず彼女は花火をくっつけた。
かのん:うりゃ。延命ー。
らいとM:上手いこと二つの花火は一つの塊になって、火花を飛ばしている。
らいと:上手いじゃん。
かのん:まぁねー……ふふっ、よくやってたからね。
らいとM:懐かしそうに笑う彼女は、少しだけ寂しそうに見えた。
らいとM:パチパチと燃える音が少しずつ静かになっていき、少し終わりよりも早く、火は地面に落ちてしまった。
かのん:あ……重かったかな。
らいと:でも、ちゃんと延命出来たし、上出来だろ。
かのん:うん……少しだけだけどね。
らいとM:何かを重ねているのか、笑っているようなのに、悲しみに耐えるような仕草で花火を片付けている。
かのん:ねぇ……花火って一瞬楽しんだら、すぐ終わっちゃうじゃん?
らいと:うん、そうだね。
かのん:火が近すぎると、アチッってなったりして気を付けないといけないけど、ちょっとなら我慢して、はしゃげるじゃん?
らいとM:危ないことは避けたいが、多少ならそういう楽しみ方も大いに賛成ではある。
かのん:後始末ちょっとだるいし……まとめると、花火って恋愛みたいだよね。
らいと:……なに?
かのん:なに、じゃない。ロマンチックに考えるとそうでしょってことよ。
らいと:ロマンチックなのか、それは。
かのん:まあ、あてはめようと思えば、くらいの話だけどさ。
らいとM:発想は置いておいて、彼女からそういう発言が出るのは、なんだか意外ではあった。
かのん:燃えるように恋をしてさ、燃えてる間、すっごく楽しんでね……。
らいと:火が消えたら、終了で、後処理が難儀だと。
かのん:そう! はぁー……やだやだ後始末。
らいとM:そんな事をいって砂浜を歩きだす彼女。
らいとM:月が少し大きく見えて。彼女の白い服をくっきりと映した。
かのん:……終わった後のことなんてさ、誰だって考えてないから、恋なんてできるんだろうね。
らいとM:さざなみの音が。遠ざかり、彼女の声がはっきりと聞こえる。
かのん:やだな、花火みたいな恋なんて。
らいとM:海の向こうで、打ち上げ花火が、突然空に大きな花を咲かせた。
0:
らいとM:痛みが走った。花火のような閃光が目蓋に焼き付いたようになった。
らいとM:ぐわんと、揺れる、閉じた視界。
らいとM:なんの痛みなのか。何が起こったのか。
らいとM:そもそも打ち上げ花火なんて、あの時は。
かのんM:待て、あの時?
かのんM:あの時も何も、これは夢だ。
かのんM:何が起こったって不思議じゃないだろう。
らいと:そうだ、おかしいけれど、何もおかしくない。
かのんM:はずだ。
らいとM:そのはずだ。
らいとM:夢は記憶の整理だと聞いたことがあるけれど、僕には彼女の記憶が無い。
らいとM:たしかに、記憶に欠落がある僕だが、彼女のことだけ、頑なに思い出せないなどあるだろうか?
らいとM:もし、過去に過ごしたことがあったとしても、それは一瞬だったはずだ。
らいとM:だって、そうだろう。全く覚えていないのだ。
かのんM:ねぇ……花火って一瞬楽しんだら、すぐ終わっちゃうじゃん?
らいとM:……花火とは違う。
かのんM:燃えるように恋をしてさ、燃えてる間、すっごく楽しんでね……。
らいとM:終わったから、全て忘れてしまってるなんて。
かのんM:やだな、花火みたいな恋なんて。
らいと:そんな悲しいこと、あって良い訳が無い。
0:
かのんM:辛いことは忘れるべきだと思う。……そう、思う。
かのんM:人間は忘れられる生き物であると、その言葉がやけに好きだから。
かのんM:うん……自分を守る為なら、それで良いのだと思う。
かのんM:だから、というわけではないけど。
かのんM:仕方ないのだ。忘れてしまうことも、思い出せないことも。
かのんM:そして、自分のせいじゃないと、思うことも。
らいとM:痛みで目を開けると、学生時代に住んでいるアパートの一室に座っていた。
らいとM:横には彼女がいて、何かをノートに書き込んでいた。
らいと:……なぁ。
かのん:ちょっと待って、ここやっちゃったらで。
らいとM:キリがいいところまでやらないと他のことができないのが、彼女だ。
らいと:……そう、なのか?
らいとM:とっさにそう認識してしまい、困惑する。
かのん:ん? なにが? あ、いや、あとでで。
らいとM:自分は、彼女のことを知っている? ……いや。
らいと:違う……よ、な。
かのん:……なにが?
らいとM:視線はノートに落としたまま。彼女の手が止まった。
らいと:……あの。
らいとM:言葉を続けると、おそらく、進んでしまう。
らいとM:これまでせき止めていた、物語が。
らいとM:認めたくない、見たくない、真実が。
らいと:これは……夢だ。
らいとM:声が震えた。
かのん:夢?
らいと:あぁ……これは夢で……現実じゃない。
らいとM:自分のしわの少ない手を握りしめ、力を込める。
かのん:……そう、なの?
らいと:うん……だって、そうだろ?
かのんМ:喉の奥からくる熱い息を飲み込み、閉じた扉に鍵を差し込むように。
らいと:君は、もういない。
かのんM:そう、思い出した。
0:
かのん:……はい、これ。
かのんM:彼女に渡されたノートは、日記のようだった。
かのん:……ずいぶん遅くなったけど、それで全部だから。
らいと:読んでも……いい?
かのんM:ノートをめくろうとする手に、手を重ねて、彼女は止めた。
かのん:ふふっ、そこも忘れてる。覚えてない?
らいと:……お前は、自分の文章に自信がない。
かのん:わーい、よく覚えてましたー。
らいと:違う……思い出したんだ。
かのん:えぇー…………そっか。
らいと:どうして……忘れてたんだろう。
かのんM:あんなに大事で、あんなに忘れ難くて、あんなに終わらせたくなかったはずなのに。
かのんM:どうして、無かったことにしようとしていたのだろう。
らいと:わからない……なんで。
かのん:親友との約束……だったからでしょ。
かのんM:わたしたち……親友、だよね。
らいと:え……。
かのん:最後に会った時にさ、わたしがお願いしたんだよ。ほら、それの最後のページ。
かのんM:促されるまま、最後のページをめくる。
0:
らいとM:目を見開くと、曇りがかった海辺に立つ彼女が映る。
らいとM:緩やかに寄せる白波に、サンダルが濡れる。
らいとM:海の向こうには、雲の中に、夕陽が赤く透けている。
かのん:ねぇ……たぶんさ。
らいとM:さざなみに、かき消えてしまいそうな声も。
かのん:わたしたち……親友、だよね。
らいとM:不安げに笑う表情も。
かのん:……どうでもいいか。
らいとM:すべて、はっきりと思い出せる。
かのん:ねぇ、これから先の人生に、私、いれないんだ。
らいとM:通る声だけど、寂しそうな声音で。
かのん:……まあ、こういうことになっており。
らいとM:左手のリングを空にかざし、こちらに微笑む。
かのん:友達としては、これからもーって感じではあるんだけど……うん、なかなかね、難しいよね。
らいとM:難しいに決まっている。もし僕が、あちらの立場だったなら、絶対に嫌だ。
かのん:だからさー…………ははっ、嫌だなぁ、なんか。
らいとM:少し、笑う声が揺れた。
かのん:負けたみたい……んーん、負けたんだね……わたし。
らいとM:そんなことない。勝ち負けなんかじゃないし、こんなのはどうしようもないことなんだ。
かのん:待つって決めてたんだけどなぁ……全然、こんなはずじゃ、なかったん……だけど、ねぇ……。
らいとM:丸くなる背中に、僕は何もできなかった。ずっと戸惑っていたのだ。
かのん:ダメだなぁ、未練たらたらでさ……。こんなんじゃ失礼だよ……どっちにも。
らいとM:目の前の彼女が、初めて会った人だと思っていて。何をしようにも気が引けてしまっていたのだ。
かのん:ごめんね……いきなりこんな話。わけわかんないよね。いきなり海にも連れてきちゃったし……。
らいとM:そんなこと、気にする必要なんてない。悪いのは僕の方だ。そう、ずっと思っていた。
かのん:でも……ごめん。自己満足だけど……ちゃんと伝えたくって。
らいとM:海が好きな人なのかな、とか。どんな人が好きになったのか、とか。
かのん:……わたし、他の人と結婚することになりました。
らいとM:そんな、もう聞けるはずも無いことばかり思い浮かべながら。
かのん:だから…………わたしのこと……忘れて。
らいとM:僕は、振られたんだ。
0:
かのんM:夕陽が、水平線の上で輝いている。
かのんM:さざなみの音が、心地よく響く。
らいと:……だから、忘れてたって?
かのん:さぁ……でも、嫌な記憶なんて、思い出したくないじゃない。
らいと:確かに、記憶がリセットされてから、ほぼ初めましての女の人にいきなり振られたんだから、嫌な記憶に違いないな。
かのん:でしょーよ。しかも、ちょっとあの時点で惚れてたでしょ?
らいと:……ちょっとね。
かのん:わー、異性を友達として見れないタイプだ。
らいと:違うって! たぶん……お前だからだろ。
かのん:……それはそれで、なんかキモイね。
らいと:は!? どこがだよ!
かのん:いやいや……てか、自分でもそう感じてるから、わたしが代弁してあげてるんでしょ。
らいと:まぁ……そうなのかもしれないけど。
かのん:そうでしょ。……さて、いつもとは少し違うけどさ、いつものように燃やしますか。
らいと:……え?
かのん:あ、そうか、それは覚えてないもんね。記憶をね消すってことだよ。
らいと:消すって……治ってなかったのかまだ!?
かのん:だーから、そこがいつもと少し違う、いや、だいぶ違うとこだね。
かのん:今回は、全部消すんじゃなくて、わたしの記憶だけ消すの。
らいと:お前の記憶だけ?
かのん:そう、思い出しちゃったから。……思い出せないようにしたはずなのにね。
らいと:また、忘れるってことか……お前のこと。
かのん:そう。完全には無理かもしれないけどね、なんか小説ってことにして記録しちゃってるから。
らいと:あぁ……そういえば。
かのん:忘れておかなきゃいけないことなのに、なんで無理やり思い出そうとしちゃうかな。約束守れてないじゃん。
らいと:……そうだな。
かのん:わたしは、お互いこれからの家庭のこともあるだろうし、後腐れ無いようにしたかったのにさ。
らいと:うん……ありがとう。
かのん:うむ。まぁ、記憶のわたしだけど。
らいと:……それでも、自己満足だけど、伝えたいから。
かのん:いいよ。お互い様だね。じゃ、次は完璧に忘れて……。
らいと:忘れない。
かのん:……なんで?
らいと:忘れたくない。
かのん:覚えていたとして、どうするの? わたし、もう結婚して長いし、いまさら記憶戻ったからってどうしようもないよ?
らいと:もちろん、そんなことわかってる。
かのん:わかってたって、何かするにも迷惑かけるだけだよ。
らいと:何もしない。ただ……どうせ、また思い出しちゃうんだと思う。
かのん:……忘れても、また今回みたいに?
らいと:絶対、思い出す。一緒に過ごした時間で感じたこと……全部、覚えてたいんだ。
かのん:……小説のネタとして?
らいと:バカ。お前のことが、好きだった自分を、忘れたくないだけだよ。
かのん:……ははっ、やっぱり、ちょっとキモイよ。
らいと:……そうだな、キモイ。
かのん:よし、じゃあ……これからの人生に、わたしはいないけど。
かのん:……たしかに、君の人生に、わたしはいたから。
らいと:……うん、お前はいてくれたよ。ずっと……忘れている間も、ずっと……。
かのん:じゃあ、一つだけ最後に。
らいとM:水平線際で赤く輝く夕陽を背に、彼女は微笑んだ。
かのん:わたしたち、恋人だったよね。
らいとM:それは、本当の彼女が、絶対に聞けなかった言葉。
らいと:……あぁ、恋人だった。
らいとM:たとえ、人生の一瞬だったとしても、何度も僕は彼女に恋をしていた。
0:
かのんM:創作物なんて物は見せびらかしたくなるもので、小説なんか書き上げてしまうと、どこかに投稿してみたくなってしまう物だ。
らいとM:だけど、これはいい。自分だけが知っていればいい。少し、惜しい気もするが、どうせ素人仕事なのだ。趣味以下の何物でもない。
かのんM:タイトルもまあ、無くていいだろう。ただ、もし誰かに読まれたときは、こう言うつもりだ。
らいとM:これは、僕の創作だ。
0:おわり
らいとM:目を見開くと、曇りがかった海辺に立つ彼女が映る。
らいとM:緩やかに寄せる白波に、サンダルが濡れる。
らいとM:海の向こうには、雲の中に、夕陽が赤く透けて。
らいとM:おそらく、僕は、それを見ているのに。
らいとM:……どこにも居ない。
らいとM:これは、荒唐無稽な話だ。
かのん:ねぇ……たぶんさ。
らいとM:さざなみに、かき消えてしまいそうな声も。
かのん:わたしたち……親友、だよね。
らいとM:不安げに笑う表情も。
かのん:……どうでもいいか。
らいとM:すべて、僕の創作なんだ。
0:
らいとM:…………目を開けると、当たり前のように彼女が居た。
かのん:おはよう。今日は少し寝すぎじゃない?
らいとM:からかうように笑っているが。
らいとM:君は僕の人生で、ダントツの不審者だ。
かのん:ご飯は昨日の残りがあるけど、どうする? 食べる?
らいとM:寝起き1発目に知らない女性が家に居て、僕の家にある昨日の残り物を食べるかと、自分が作った料理かのように言うのは、物凄く図々しい。
かのん:あー。いらなそう。
らいとM:だが、そうも言っていない。生きるのに栄養は必要だ。
かのん:ふふ、食うんかい。
らいとM:よく分からない状況だが、並べられた料理に変な感じはしないし、いったん栄養補給して脳を回そう。
らいと:いただきます。
らいとM:そう言って目を閉じると、思考が巡る。
らいとM:季節は。と、考えると。今はいつ頃だっただろうか。
らいとM:彼女は白のノースリーブを着ているので。それなりに暖かいのだろう。
らいとM:暑くはなかったんじゃないかな。
らいとM:ということは。
0:
かのん:いやぁ、すっかり満開を通り過ぎちゃって。
らいとM:声に目を開くと、桜が散り急ぎ、地面に薄紅の絨毯を敷いている。
らいとM:どうしてか、桜並木を歩いている。
らいとM:突然のことなのに、前を歩く彼女をぼうっと眺める。
かのん:なんか、花びら踏んじゃうのは申し訳ない気がするよねぇ。
らいとM:そんなの仕方がない。けれど、そう言われると気持ちはわかる。
かのん:まあ、その為に遠回りとかしないけどさ。
らいと:あぁ、そういう奴だよお前は。
らいとM:言葉にして、違和感を覚える。
らいとM:僕は彼女のことを知らないはずなのに。
かのん:あはは、なんだその、お前のことはお見通しだ、みたいなの。
らいとM:照れ隠しのように笑い、少し振り向く彼女。
らいと:だって、わかりやすいし。
らいとM:目をつむる。
らいとM:何も知らない。だから、わからない。
らいとM:どうしたんだ一体。勝手に言葉が出る。
かのん:いやいや、そんなことないって。
らいとM:そうだ、だって僕は。
かのん:わかった気になってるだけでしょ。
0:
らいとM:……知らないんだ。知らないはずだ。
らいとM:目を開けると、ベッドに寝ていた。
らいとM:周りを確認するが、自分以外誰もいない。
らいとM:ようやく落ち着いて頭の整理が出来そうだ。
かのん:おっ、調子良さそうじゃん。
らいとM:さも当然のように扉を開けて彼女が入ってきた。
らいとM:いい加減にして欲しい、少しは休みをくれ。
かのん:へへ、お土産持ってきたよぉ。じゃんっ! これ……わかる?
らいと:馬鹿にしてるのか? どう見てもミカンだ。
かのん:おー、正解! こういうのは大丈夫なんだねぇ……。
らいと:そんなことより、なんでまた居るんだ。
かのん:え……あー、いや。友達ぃ……だからね。
らいとM:友達? いや、友達でも、こんな勝手に部屋に押しかけてくるのは、おかしくないか?
かのん:まあ、剥いてやるから食べよ? 知ってた? みかんって揉むと甘くなるんだって。
らいとM:手で軽く揉んだみかんの皮を剥きだす彼女。
らいとM:というか、剥いて貰わなくても良いんだけど。
かのん:ほい、どうぞー。パースッ!
らいとM:宙に放られたみかんが、ゆっくりとこちらへ飛んでくる。
らいとM:突然のことに腕が上手く上げられず、みかんは顔に弱く激突した。
らいと:うわっ。
0:
らいとM:強く風が通り抜けた。
らいとM:瞑った目を開くと、傘を持って桜並木を歩いていた。
かのん:今年も、満開は通り過ぎちゃったね。
らいとM:同じように傘をさした彼女が、隣を歩いている。
らいとM:また、同じだ。
かのん:雨なんか降ったら、そりゃ散るの早くなっちゃうよね。花見も出来ないしさー、洗濯物も乾かないし。
らいと:……そうだな。
らいとM:散った桜の花びらが、地面に濡れて張り付いて……。
かのん:……絨毯みたいだね、地面。
らいとM:薄紅色が、少し雨のせいでくすんでいる。
かのん:なーんか……踏むの、悪い気がしちゃうよね。
らいと:……でも、踏まない為に遠回りもしないだろ?
かのん:えっ……なんで……?
らいとM:少し驚いたような声。
らいとM:どうしたんだ?
らいと:え、いや……そんな感じするから。
かのん:……ははっ。
らいとM:笑うと、突然、前に小走りで飛び出て、傘の雫をこちらに飛ばしてきた。
らいと:わっ、なにするんだよ!
らいとM:顔にかかり、目を瞑る。
らいとM:また、切り替わってしまう。
かのん:……知らないくせに。
0:
らいと:……なんのことだよ。
かのんM:目を覚ますと、彼は見慣れた布団の上で、嗅ぎ慣れた匂いの部屋に居た。
かのんM:ぐるりと見回しても、全て見慣れた自分の寝室だった。
らいと:なんなんだ……毎回。
かのんM:こんな夢を、この頃ずっと見ている。
かのんM:知らない女性に、妙に付きまとわれ、辟易(へきえき)するような夢。
らいと:……まあ、ネタにはなるか。
かのんM:趣味程度ではあるが、最近小説を書いている。
かのんM:ボケ防止にでもなるかなと、あまり大した理由で始めたことではないけれど、そこそこ楽しんでいる。
らいと:この頃は、筆が重かったからなぁ。
かのんM:ここしばらく、思うように話を書けなかった。
かのんM:続きを想像しようとしても、靄がかかったように、何も思い浮かばない。
かのんM:あまりに考えすぎて頭が痛くなるくらいで、書くことから離れていた。
らいと:まあ、桜並木のシーンとか割といいかもしれない。
かのんM:夢の内容など、すぐ忘れてしまうものだけれど、変な夢ほど鮮明に覚えていられるのか、妙にハッキリと情景が浮かぶ。
らいと:いけない、油断せず書き出しておこう。
かのんM:メモ書きにペンを走らせる。
かのんM:夢の情景を、簡略に。かつ、鮮明に。
かのんM:文字にする。
0:
らいとM:……さざなみの音が、聞こえる。
らいとM:目を見開くと、砂浜を裸足でかけている彼女が居た。
かのん:アチチー! ねえ、これ一秒以上止まると絶対やけどするって!
らいと:そんなわけないだろ。
らいとM:またこの子か。
らいとM:水着で身軽そうな彼女は、叫びながらあっという間に波際にたどり着いた。
かのん:あー、つめたい! ふぅー、生き返るわー!
らいとM:忙しい奴だ。でも、サンダルの自分でも、砂浜を歩くのは一苦労だろうな。
かのん:おーい、早くこっちこーい!
らいと:わかったわかった。うわっ、あちぃ!
かのん:あはは、走れ走れー!
らいとM:肌を焼く陽射し。
かのんM:眩しい水のきらめき。
らいとM:刺さるような砂の温度。
かのんM:青々と反射する空の色。
らいとM:海へと駆ける体とは裏腹に。
かのんM:スローモーションに、世界を記憶したいと願った。
らいとM:たどり着いた湿った砂浜から、海の中へとジャンプした。
らいとM:彼女の笑顔が、真夏の太陽が反射した水面に照らされ。
らいとM:すごく……綺麗だった。
0:
らいとM:……冷たい。
らいとM:どこか覚えのある場所ばかりに飛ばされる物だと思っていたが、目を開くと、暗い水底に沈んでいく途中のようだった。
らいとM:あんなに楽しそうな彼女との夢は、これが初めてだった気がする。
かのん:……あのさ。
らいとM:まわりの景色が変わらずに、彼女の声だけが聴こえる。
かのん:……覚えてない?
らいと:何を?
かのん:……忘れてること。
らいと:なんだそれ。忘れてるんなら、忘れたままだろ。
かのん:……そうだけど。ううん。いいや、やっぱ。
らいと:なんだそれ。
かのん:なんでもない。うん。
らいとM:いったい、何が言いたかったんだ?
かのん:……これから、でいいよね。
らいと:え?
かのん:これから……また、新しくさ。楽しいこと……ふやせばいいんだってこと。
らいと:……まあ、そう……かな?
かのん:そうだよ。きっと。
らいと:…………うん。
かのん:でも……ちょっと寂しいな。
らいとM:明かりが奥から差すように。暗闇が白みだす。
かのん:…………忘れられちゃったんだなぁ。
らいとM:視界が真っ白になるまでの一瞬。
らいとM:彼女は、
かのんM:笑っていた。
らいと:……なんか、違う気もするなぁ。
かのんM:変なこだわりが出ているのか、筆の進みは遅くなっていた。
らいと:……忘れられた、か。
かのんM:自分がどれだけの人を、同じように忘れてきたのだろうかと。
かのんM:そんなことを改めて考えさせられる言葉だった。
かのんM:僕は二十代の時、事故で定期的に記憶がなくなる後遺症を負った。
かのんM:そして、それは最近まで人生を消し去っていた。
らいと:幸いにも快復できたけど。どんだけ人生の無駄遣いをさせられたか、わかったもんじゃないな。
かのんM:いまだに、定期的な通院と、少なくない量の服薬は継続しなければならないし。
かのんM:……どんな人生を削られたか、知らないまま墓に入るのは、損しかしてないようで……悔しいものがある。
らいと:少しずつ思い出すこともあるけど、ほぼ食べ物とか観光地の記憶だし。
かのんM:大事なことよりも、どうだっていいことの方が記憶に残っているのは、容量が軽いからとかなのだろうか。
かのんM:この疑問は医者に解決してもらった気がするが、やはり難しいことは覚えてられないものだ。
らいと:まあ……あまり過去にとらわれても、って感じではあるけど。
かのんM:それこそ、これから、だろう。
らいと:これから積み重ねるしか、ないもんな。
かのんM:そう。思い出せないことは、仕方ない。
かのんM:過去は振り返りすぎてはいけない……よ。
らいと:うん……そろそろ寝るかな。
かのんM:記憶が戻ったとして、どうしようもないことには変わりない。
かのんM:時間は巻き戻らない。削り落ちた時間は。
かのんM:取り戻せないんだから。
0:
らいとM:パチパチと。火花が小さく光っている。
らいとM:手に持つ線香花火が、小さく揺れながら燃えていた。
かのん:ねぇ、合体させてみようよ。
らいとM:彼女は、火をつけたばかりの線香花火を近づけてきた。
らいと:でも、こっち終わるよ、もう。
らいとM:緩やかに消えていこうとしている自分の物に、構わず彼女は花火をくっつけた。
かのん:うりゃ。延命ー。
らいとM:上手いこと二つの花火は一つの塊になって、火花を飛ばしている。
らいと:上手いじゃん。
かのん:まぁねー……ふふっ、よくやってたからね。
らいとM:懐かしそうに笑う彼女は、少しだけ寂しそうに見えた。
らいとM:パチパチと燃える音が少しずつ静かになっていき、少し終わりよりも早く、火は地面に落ちてしまった。
かのん:あ……重かったかな。
らいと:でも、ちゃんと延命出来たし、上出来だろ。
かのん:うん……少しだけだけどね。
らいとM:何かを重ねているのか、笑っているようなのに、悲しみに耐えるような仕草で花火を片付けている。
かのん:ねぇ……花火って一瞬楽しんだら、すぐ終わっちゃうじゃん?
らいと:うん、そうだね。
かのん:火が近すぎると、アチッってなったりして気を付けないといけないけど、ちょっとなら我慢して、はしゃげるじゃん?
らいとM:危ないことは避けたいが、多少ならそういう楽しみ方も大いに賛成ではある。
かのん:後始末ちょっとだるいし……まとめると、花火って恋愛みたいだよね。
らいと:……なに?
かのん:なに、じゃない。ロマンチックに考えるとそうでしょってことよ。
らいと:ロマンチックなのか、それは。
かのん:まあ、あてはめようと思えば、くらいの話だけどさ。
らいとM:発想は置いておいて、彼女からそういう発言が出るのは、なんだか意外ではあった。
かのん:燃えるように恋をしてさ、燃えてる間、すっごく楽しんでね……。
らいと:火が消えたら、終了で、後処理が難儀だと。
かのん:そう! はぁー……やだやだ後始末。
らいとM:そんな事をいって砂浜を歩きだす彼女。
らいとM:月が少し大きく見えて。彼女の白い服をくっきりと映した。
かのん:……終わった後のことなんてさ、誰だって考えてないから、恋なんてできるんだろうね。
らいとM:さざなみの音が。遠ざかり、彼女の声がはっきりと聞こえる。
かのん:やだな、花火みたいな恋なんて。
らいとM:海の向こうで、打ち上げ花火が、突然空に大きな花を咲かせた。
0:
らいとM:痛みが走った。花火のような閃光が目蓋に焼き付いたようになった。
らいとM:ぐわんと、揺れる、閉じた視界。
らいとM:なんの痛みなのか。何が起こったのか。
らいとM:そもそも打ち上げ花火なんて、あの時は。
かのんM:待て、あの時?
かのんM:あの時も何も、これは夢だ。
かのんM:何が起こったって不思議じゃないだろう。
らいと:そうだ、おかしいけれど、何もおかしくない。
かのんM:はずだ。
らいとM:そのはずだ。
らいとM:夢は記憶の整理だと聞いたことがあるけれど、僕には彼女の記憶が無い。
らいとM:たしかに、記憶に欠落がある僕だが、彼女のことだけ、頑なに思い出せないなどあるだろうか?
らいとM:もし、過去に過ごしたことがあったとしても、それは一瞬だったはずだ。
らいとM:だって、そうだろう。全く覚えていないのだ。
かのんM:ねぇ……花火って一瞬楽しんだら、すぐ終わっちゃうじゃん?
らいとM:……花火とは違う。
かのんM:燃えるように恋をしてさ、燃えてる間、すっごく楽しんでね……。
らいとM:終わったから、全て忘れてしまってるなんて。
かのんM:やだな、花火みたいな恋なんて。
らいと:そんな悲しいこと、あって良い訳が無い。
0:
かのんM:辛いことは忘れるべきだと思う。……そう、思う。
かのんM:人間は忘れられる生き物であると、その言葉がやけに好きだから。
かのんM:うん……自分を守る為なら、それで良いのだと思う。
かのんM:だから、というわけではないけど。
かのんM:仕方ないのだ。忘れてしまうことも、思い出せないことも。
かのんM:そして、自分のせいじゃないと、思うことも。
らいとM:痛みで目を開けると、学生時代に住んでいるアパートの一室に座っていた。
らいとM:横には彼女がいて、何かをノートに書き込んでいた。
らいと:……なぁ。
かのん:ちょっと待って、ここやっちゃったらで。
らいとM:キリがいいところまでやらないと他のことができないのが、彼女だ。
らいと:……そう、なのか?
らいとM:とっさにそう認識してしまい、困惑する。
かのん:ん? なにが? あ、いや、あとでで。
らいとM:自分は、彼女のことを知っている? ……いや。
らいと:違う……よ、な。
かのん:……なにが?
らいとM:視線はノートに落としたまま。彼女の手が止まった。
らいと:……あの。
らいとM:言葉を続けると、おそらく、進んでしまう。
らいとM:これまでせき止めていた、物語が。
らいとM:認めたくない、見たくない、真実が。
らいと:これは……夢だ。
らいとM:声が震えた。
かのん:夢?
らいと:あぁ……これは夢で……現実じゃない。
らいとM:自分のしわの少ない手を握りしめ、力を込める。
かのん:……そう、なの?
らいと:うん……だって、そうだろ?
かのんМ:喉の奥からくる熱い息を飲み込み、閉じた扉に鍵を差し込むように。
らいと:君は、もういない。
かのんM:そう、思い出した。
0:
かのん:……はい、これ。
かのんM:彼女に渡されたノートは、日記のようだった。
かのん:……ずいぶん遅くなったけど、それで全部だから。
らいと:読んでも……いい?
かのんM:ノートをめくろうとする手に、手を重ねて、彼女は止めた。
かのん:ふふっ、そこも忘れてる。覚えてない?
らいと:……お前は、自分の文章に自信がない。
かのん:わーい、よく覚えてましたー。
らいと:違う……思い出したんだ。
かのん:えぇー…………そっか。
らいと:どうして……忘れてたんだろう。
かのんM:あんなに大事で、あんなに忘れ難くて、あんなに終わらせたくなかったはずなのに。
かのんM:どうして、無かったことにしようとしていたのだろう。
らいと:わからない……なんで。
かのん:親友との約束……だったからでしょ。
かのんM:わたしたち……親友、だよね。
らいと:え……。
かのん:最後に会った時にさ、わたしがお願いしたんだよ。ほら、それの最後のページ。
かのんM:促されるまま、最後のページをめくる。
0:
らいとM:目を見開くと、曇りがかった海辺に立つ彼女が映る。
らいとM:緩やかに寄せる白波に、サンダルが濡れる。
らいとM:海の向こうには、雲の中に、夕陽が赤く透けている。
かのん:ねぇ……たぶんさ。
らいとM:さざなみに、かき消えてしまいそうな声も。
かのん:わたしたち……親友、だよね。
らいとM:不安げに笑う表情も。
かのん:……どうでもいいか。
らいとM:すべて、はっきりと思い出せる。
かのん:ねぇ、これから先の人生に、私、いれないんだ。
らいとM:通る声だけど、寂しそうな声音で。
かのん:……まあ、こういうことになっており。
らいとM:左手のリングを空にかざし、こちらに微笑む。
かのん:友達としては、これからもーって感じではあるんだけど……うん、なかなかね、難しいよね。
らいとM:難しいに決まっている。もし僕が、あちらの立場だったなら、絶対に嫌だ。
かのん:だからさー…………ははっ、嫌だなぁ、なんか。
らいとM:少し、笑う声が揺れた。
かのん:負けたみたい……んーん、負けたんだね……わたし。
らいとM:そんなことない。勝ち負けなんかじゃないし、こんなのはどうしようもないことなんだ。
かのん:待つって決めてたんだけどなぁ……全然、こんなはずじゃ、なかったん……だけど、ねぇ……。
らいとM:丸くなる背中に、僕は何もできなかった。ずっと戸惑っていたのだ。
かのん:ダメだなぁ、未練たらたらでさ……。こんなんじゃ失礼だよ……どっちにも。
らいとM:目の前の彼女が、初めて会った人だと思っていて。何をしようにも気が引けてしまっていたのだ。
かのん:ごめんね……いきなりこんな話。わけわかんないよね。いきなり海にも連れてきちゃったし……。
らいとM:そんなこと、気にする必要なんてない。悪いのは僕の方だ。そう、ずっと思っていた。
かのん:でも……ごめん。自己満足だけど……ちゃんと伝えたくって。
らいとM:海が好きな人なのかな、とか。どんな人が好きになったのか、とか。
かのん:……わたし、他の人と結婚することになりました。
らいとM:そんな、もう聞けるはずも無いことばかり思い浮かべながら。
かのん:だから…………わたしのこと……忘れて。
らいとM:僕は、振られたんだ。
0:
かのんM:夕陽が、水平線の上で輝いている。
かのんM:さざなみの音が、心地よく響く。
らいと:……だから、忘れてたって?
かのん:さぁ……でも、嫌な記憶なんて、思い出したくないじゃない。
らいと:確かに、記憶がリセットされてから、ほぼ初めましての女の人にいきなり振られたんだから、嫌な記憶に違いないな。
かのん:でしょーよ。しかも、ちょっとあの時点で惚れてたでしょ?
らいと:……ちょっとね。
かのん:わー、異性を友達として見れないタイプだ。
らいと:違うって! たぶん……お前だからだろ。
かのん:……それはそれで、なんかキモイね。
らいと:は!? どこがだよ!
かのん:いやいや……てか、自分でもそう感じてるから、わたしが代弁してあげてるんでしょ。
らいと:まぁ……そうなのかもしれないけど。
かのん:そうでしょ。……さて、いつもとは少し違うけどさ、いつものように燃やしますか。
らいと:……え?
かのん:あ、そうか、それは覚えてないもんね。記憶をね消すってことだよ。
らいと:消すって……治ってなかったのかまだ!?
かのん:だーから、そこがいつもと少し違う、いや、だいぶ違うとこだね。
かのん:今回は、全部消すんじゃなくて、わたしの記憶だけ消すの。
らいと:お前の記憶だけ?
かのん:そう、思い出しちゃったから。……思い出せないようにしたはずなのにね。
らいと:また、忘れるってことか……お前のこと。
かのん:そう。完全には無理かもしれないけどね、なんか小説ってことにして記録しちゃってるから。
らいと:あぁ……そういえば。
かのん:忘れておかなきゃいけないことなのに、なんで無理やり思い出そうとしちゃうかな。約束守れてないじゃん。
らいと:……そうだな。
かのん:わたしは、お互いこれからの家庭のこともあるだろうし、後腐れ無いようにしたかったのにさ。
らいと:うん……ありがとう。
かのん:うむ。まぁ、記憶のわたしだけど。
らいと:……それでも、自己満足だけど、伝えたいから。
かのん:いいよ。お互い様だね。じゃ、次は完璧に忘れて……。
らいと:忘れない。
かのん:……なんで?
らいと:忘れたくない。
かのん:覚えていたとして、どうするの? わたし、もう結婚して長いし、いまさら記憶戻ったからってどうしようもないよ?
らいと:もちろん、そんなことわかってる。
かのん:わかってたって、何かするにも迷惑かけるだけだよ。
らいと:何もしない。ただ……どうせ、また思い出しちゃうんだと思う。
かのん:……忘れても、また今回みたいに?
らいと:絶対、思い出す。一緒に過ごした時間で感じたこと……全部、覚えてたいんだ。
かのん:……小説のネタとして?
らいと:バカ。お前のことが、好きだった自分を、忘れたくないだけだよ。
かのん:……ははっ、やっぱり、ちょっとキモイよ。
らいと:……そうだな、キモイ。
かのん:よし、じゃあ……これからの人生に、わたしはいないけど。
かのん:……たしかに、君の人生に、わたしはいたから。
らいと:……うん、お前はいてくれたよ。ずっと……忘れている間も、ずっと……。
かのん:じゃあ、一つだけ最後に。
らいとM:水平線際で赤く輝く夕陽を背に、彼女は微笑んだ。
かのん:わたしたち、恋人だったよね。
らいとM:それは、本当の彼女が、絶対に聞けなかった言葉。
らいと:……あぁ、恋人だった。
らいとM:たとえ、人生の一瞬だったとしても、何度も僕は彼女に恋をしていた。
0:
かのんM:創作物なんて物は見せびらかしたくなるもので、小説なんか書き上げてしまうと、どこかに投稿してみたくなってしまう物だ。
らいとM:だけど、これはいい。自分だけが知っていればいい。少し、惜しい気もするが、どうせ素人仕事なのだ。趣味以下の何物でもない。
かのんM:タイトルもまあ、無くていいだろう。ただ、もし誰かに読まれたときは、こう言うつもりだ。
らいとM:これは、僕の創作だ。
0:おわり