台本概要

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タイトル 机の上の地球儀の海が凪いだから僕は
作者名 机の上の地球儀  (@tsukuenoueno)
ジャンル ラブストーリー
演者人数 4人用台本(男2、女2)
時間 60 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 現代/ラブストーリー/シリアス/擬人化

――僕には、地球儀の声が聴こえる。

商用・非商用利用に問わず連絡不要。
告知画像・動画の作成もお好きにどうぞ。
(その際各画像・音源の著作権等にご注意・ご配慮ください)
ただし、有料チケット販売による公演の場合は、可能ならTwitterにご一報いただけますと嬉しいです。
台本の一部を朗読・練習する配信なども問題ございません。
兼ね役OK。1人全役演じ分けもご自由に。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
翔平 201 しょうへい。医者。地球儀の姿が人間に見える。
地球儀 103 ちきゅうぎ。翔平の部屋の机の上にある地球儀。涼子がロンドンに発ってから、人間の姿になって翔平の前に現れるようになった。
裕也 107 ゆうや。翔平の友人で、涼子の職場の後輩。
涼子 85 りょうこ。翔平の元カノ。キャリアウーマン。三年前、ロンドンへ赴任してしまった。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
 :   :   :(三年前)  :  涼子:待たないで。 翔平:……待つか待たないかは、俺が決めるよ。 涼子:……待たないで。 翔平:待たれてると思うと、嫌? 涼子:翔平が待ってると思うと、帰りたくなっちゃうから……。 翔平:……それは、駄目なこと? 涼子:逃げ場があるとね、人はそこをどうしても頼って、弱くなっちゃうでしょ。 翔平:弱くなれば良い。 涼子:…………。 翔平:俺に頼れば良い。 涼子:馬鹿だね、翔平は……。 翔平:俺じゃ、力になれない……? 涼子:違う、翔平。違うの。私が、あなたに頼りたくないの。 翔平:……ッ、俺は……!  :(間)  :  翔平:俺は……涼子には必要ない……? 涼子:……ずるいよ、それは。 翔平:ずるいのはどっちだよ……!  :(間)  :  涼子:……そう、だね。私だね、ずるいのは。 翔平:涼子……、 涼子:いらない。 翔平:……え。 涼子:私には。私の人生には……今は、翔平はいらない。 翔平:…………。 涼子:今までありがとう、翔平。……バイバイ。  :(涼子、後ろを一切振り向かずに去っていく)  :  翔平:なんで……なんでだよ……!俺はっ、俺は……! 翔平:……勝手、過ぎるだろ……くそ……っ!  :   :   :   :(場面転換。冒頭の三年後。現在)  :  地球儀:そうして、彼女はロンドンに旅立って行ってしまった!嗚呼無情!何という悲劇!翔平は、毎夜枕を涙で濡らすのであった……! 翔平:うるせーよ(地球儀の頭を叩く)。 地球儀:あいたっ! 翔平:ったくもー。どこで覚えてくんだそんなアホなナレーション台詞。 地球儀:ん?テレビ。 翔平:……独身子無しなのに、「テレビは子供に悪影響だ!」つって、PTAが目くじら立てる心理が……(ため息)分かるようになってしまったよ、俺は。 地球儀:テレビって凄いよねー。何でも教えてくれる。 翔平:……ほどほどにしてくれ。 地球儀:無理無理!やっと好きに動けるようになって、やっと自由に転がれるようになったんだから! 翔平:歩ける、な。ほんっと変なやつ。 地球儀:ふむ。乙女ゲーム風に言えば、「ハッ、面白ぇ女」ってことね? 翔平:……だから、ただでさえおかしな存在なのに、変な言葉ばかり覚えるなよ。 地球儀:だって、最近そんなCMばっかなんだもん。どのキャラの台詞も、空で言えちゃうよ。 翔平:そういうの、お前も興味あるのか? 地球儀:え? 翔平:そういうキャラクターのこと、格好いいと思うのかって話。 地球儀:ううん。だってみんな、尻に敷くには、ひょろひょろで頼りなさそうだもの。 翔平:は? 地球儀:やっぱり、私のパートナーになるには、この勉強机くらいどっしりしてないと。ねー?(机を撫でる) 翔平:……あぁ、そういう。 地球儀:他に何があるっていうの? 翔平:……いや。でもそれ、誤解生むから俺以外に言うなよ。 地球儀:……俺以外? 翔平:そう。 地球儀:ショウの他に、一体誰に言えっていうの? 翔平:……え?あぁ、そうか。……ごめん。 地球儀:私の声が聴こえるのは、ショウだけだよ。 翔平:そう、だったな。 地球儀:「地球儀の声が聴こえる」なんて、その方がよっぽど変なやつだと思うけどな。 翔平:ギャルゲー風に言えば、「あんた、変わってるってよく言われない?」ってやつだな。 地球儀:ぎゃる、げー? 翔平:乙女ゲーの逆バージョン。 地球儀:ふうん。そういうのはまだ見たことないや。 翔平:俺からしたら、声どころか姿まで見えてる訳だから、他のやつに見えない、聴こえない、って状況の方が理解できない訳で。 地球儀:ショウには、この模型……机の上の地球儀とは別に、人間の姿をしている私が見えてるんだよね。 翔平:……完全に。 地球儀:変なの。 翔平:変かな。  :   :   :  裕也:変だよ!つーかおかしい。ありえない! 翔平:なんだよイキナリ。 裕也:イキナリじゃねーよ、ったくもう!こちとら、振られた傷心の可哀想〜なお前の為を思って、毎日毎日やれ飲み会だやれバーベキューだって誘ってやってんのに!当のお前ときたらどーよ!? 裕也:「俺、そういうの興味ないから」……ってまー!嫌よねえ!すかしちゃってまー!まー! 翔平:突然オネエになるな、オネエに。 裕也:付き合い悪いって言ってんの! 翔平:俺はお前みたいにノリ良くないから。行っても空気壊すだけだって。 裕也:バーカ!お前は客寄せパンダなの!ノリなんて良くなくていい!つーかむしろ乗るな!黙ってじっと隅っこに座って、じめじめ暗ぁく酒呑んでればいいんだよ、それで! 翔平:はぁ? 裕也:いいか?医者でルックスの良いお前は、女の子を釣るための餌なの!とびっきり高級な餌なの!だから、女の子を集めるまでが、お前の仕事。んで、実際に場を盛り上げるのが、俺らの仕事。お前がパンダなら、俺ら非モテはサル山のサル!ルックスは中の下でも、お前より面白いってのさえアピールできりゃ、俺らにだって一縷(いちる)の希望が(見えてくんだろ)……! 翔平:お前……「俺の為を思って」とか言ってたけど、完全に私利私欲の為に、俺を使おうとしてるなオイ。つか、今まで誘ってきてたのってもしかして(全部合コン)……、 裕也:(被せて)あーあーあーあー!いーやそんなことはない!確かに俺は彼女が欲しい!喉から手が出てけん玉し始めちゃうくらい欲しい!ドッグフードの前で、待ての命令を受けてから、小一時間放置された柴犬の如く!だーだーだーだーじゅるじゅるじゅるじゅる、口からヨダレを滝のように垂らすレベルで欲しい! 裕也:その為なら!立ってる奴は、親でも翔平でも茶柱でも使う!ワラにもすがるし、役に立つなら、逆立ちしているフンコロガシにも頼る! 翔平:例えが独特過ぎるなあ……。 裕也:だがな! 裕也:……お前の為ってのも、本当なんだぞ翔平。 翔平:……どうだかな。 裕也:涼子さんがロンドンに行っちまってもう三年だぞ!そろそろ、他に目を向けたって良い頃だろ? 翔平:まだそういうのは良いよ。 裕也:まだって……遅すぎるくらいだよ。 裕也:(ため息)未練があるのか。待つつもりなのか、涼子さんを。 翔平:……裕也。 裕也:どうなんだよ。 翔平:あのな、裕也……、 裕也:翔平!  :(間)  :  翔平:……勘弁してくれよ。 裕也:だって……!  :   :   :   :(回想開始。三年前)  :  涼子:だって翔平の家、代々お医者様じゃない? 涼子:釣り合わないんだって、私じゃ。 裕也:は?それ、誰が言ったんすか。涼子さんはキャリアしっかり積んでて、恥じるべきとこ何にもないでしょ。 涼子:えー?ふふ。……私がね、そう思ったの。 裕也:…………へ? 涼子:翔平のことが好きで好きでたまらない私と、それを俯瞰している、冷静な私がいてね。 涼子:……冷静な涼子さんが、そう言うのですよ。 裕也:翔平には、涼子さんが必要ですって。 涼子:ふふ。釣り合わないってさー。……そう思っちゃったんだよねー、涼子さんは。 裕也:………………。 涼子:翔平には、言わないでね。 裕也:でも……。 涼子:私も、整理がしたいんだ。 裕也:え? 涼子:私に、翔平は必要なのか。 裕也:……涼子さんにも、翔平は必要っすよ。 涼子:あれー?裕也くん、もしかして未来が読めちゃう系?前世はもしかしてユリ・ゲラー? 裕也:いや古いな!ユリ・ゲラーの超能力は未来予知じゃねえし、そもそもあの人まだ生きてますし! 涼子:あれ凄いよねー。人生で何本のスプーン曲げてきたんだろ、あの人。 裕也:さあ。そもそもユリ・ゲラーって……俺らの世代で知ってる奴、そういないっすよ……。 裕也:ってか、俺さっき、結構茶化さないで欲しいこと言ったつもりなんすけどね! 涼子:あんな風に、簡単に曲げられたらいいのにねー。 裕也:は? 涼子:ぜーんぶ。この世の儘ならないことぜーーーんぶ。せーの!ぐにゃり!……ってさ。 裕也:いや、意味わかんないんすけど。 涼子:でもねー。絶対に曲がって欲しくないものってのも、あるじゃん。 裕也:人の話聞かないなあ、ったく。 裕也:で?何すか、曲がって欲しくないものって。 涼子:翔平。 裕也:…………。 涼子:曲がって欲しくないなあ、翔平には。 裕也:涼子さ……、 涼子:はいはい、終わり終わり(立ち上がる)! 涼子:(笑いながら)あーあ。こーんな湿っぽい話してたら鬱になっちゃうよねー、やめやめ。ごめんね。いつも甘えちゃうなあ、裕也くんには。 裕也:まあ。俺が企画した合コンで二人は出会ったんですし。いつでも話くらい聞きますよ。そもそも、上司からの誘いは断りません。社会人なので。 涼子:嫌な言い方するぅ。 裕也:涼子さんは……曲がって欲しくないから、離れたいんすか。 涼子:んー……。 裕也:好きなら傍に居れば良いでしょ。真っ直ぐ敷かれたレールの上を進まなくても良いし……。曲がった先の方が、良いルートだったってこともあるでしょ。 涼子:かもねえ。 裕也:好き合ってる男女が別れるなんて、おかしいっすよ……。 涼子:……ふふ。案外純情だよねえ、裕也くんて。もしかして、運命の赤い糸とか信じちゃってる? 裕也:……悪いっすか。どうせ顔に似合わずロマンチストですよ、俺は。 涼子:そっかあ。きっと幸せだろうねー、裕也くんみたいな人と付き合うと。 裕也:振られてばっかっすよ、俺なんて。好きな人に好きって、ただその一言すら言えない、臆病者の子ザルです。 裕也:ってか、翔平みたいな良い男と付き合ってて、そんなことよく言いますねー、ほんと。 涼子:んー。でもさー。別れた方が良いルート、ってこともあるんじゃないかな。 裕也:……そんな悲しいこと、俺は考えたくないので。  :(間)  :  涼子:ふふ。優しいなあ、裕也くんは。 涼子:……私もね、信じてるよ。赤い糸。 裕也:え?だったら何で……、 涼子:だって……、  :   :(回想終了)  :   :   :  翔平:あ?だって?……だって、なんだよ。  :  涼子:(声だけ)だって、運命の赤い糸ってのが本当にあるなら、ここで切っても、また結び直るかもしれないじゃない? 涼子:真っ直ぐ戻したのにまた曲がるなら……曲がることを、神様に認められたんだって……思えるじゃない。  :  裕也:……ん?いや……べっつにー? 翔平:何だよ、変な奴だな。じゃあ、俺先行くからな。 裕也:……おぉ。また後でな! 翔平:おう。またな。  :   :   :  裕也:……神様に認められなきゃ、か……。  :   :   :   :(場面転換。翔平の部屋)  :  地球儀:あーーー!またガチャ爆死した!最低!出現確率どんだけ低いのよもう! 翔平:課金はお小遣いの範囲内だからな。何に使ってもいいけど考えろよ。 地球儀:はーい。 翔平:マジでほんと父親の気分。……あれ。 地球儀:……ん?何? 翔平:あ、いや……。お前って、ピアスとかしてたっけ? 地球儀:してたよ、ずっと。 翔平:全然気付かなかった……。 地球儀:あー。髪、耳にかけなきゃ見えないからね。 翔平:そうか。……似合ってるよ、それ。 地球儀:ふふ、髪色に合うでしょ?私も気に入ってるの。 翔平:そうか。……ってか、そのピアスってもしかして……、 地球儀:マリンブルーの髪に映える、赤いピアス。 翔平:……あぁ。 地球儀:ふふ。空けてくれてありがとう。 翔平:やっぱりそれ、俺が刺したやつ、だよな……。 地球儀:そうだよ。ショウ、良いセンスしてる。 翔平:たまたま手元にあったのがその色だっただけだよ。 地球儀:それでも。……ありがと。 翔平:何でお礼? 地球儀:おかげで、赤が好きになりました。 翔平:お礼言われるようなことはしてないって。 地球儀:そっか。……まあ、未練たらたらだから刺した訳だもんね。  :(机の上の地球儀に赤いピンマークが刺してある。場所は……ロンドンであった)  :  地球儀:(ナレーション風に)別れた彼女を想い、相手の赴任先に刺した赤いピンマーク!何となく刺したそれは、彼女への想いを振り切るどころか、翔平の胸の燻(くすぶ)りを更に強くした!それも当然だ!翔平は、彼女から借りたままの本にさえ、彼女の残り香を感じてしまうような男である。別れてから、その本には未だ、ただの一度も触れられていないくらい!翔平は、彼女のことを深く引き摺っていたのであった……! 翔平:だからやめろよ、突然のテレビナレーション風台詞はっ(地球儀の頭を叩く)! 地球儀:あいたっ! 翔平:まったく。……ってかなんで本のこと知って……! 地球儀:ふっふっふー。地球儀様の観察眼を侮らないでよね。 翔平:はぁ? 地球儀:探偵地球儀の!ディテクティブターーーイム! 翔平:はぁあ? 地球儀:(咳払い)ショウは、本棚のここ!ショウの背丈で、一番手に取りやすいこの列に、自身のお気に入りの本を並べております。日曜の夜になると、いつもこの列の一番右端の本を手に取って、ベッドのサイドテーブルに持っていく。そして、それを一週間かけて読む。読み終わった本は、次の日曜の朝までには、列の左からニ番目の位置に戻す。その日の夜には、また一番右の本を持っていく。次の日曜の朝までに、また左からニ番目に戻す。 地球儀:…………一番左には、もうずーっとこの本がある。 翔平:…………。 地球儀:ショウってさ、マメなくせに、本の帯だけは邪魔だってすーぐ捨てちゃうの。でも、この本だけは……しっかりと帯がついたまま。だから、借りたものなのかな、ってね。 地球儀:どう?私の推理は。 翔平:…………お前、怖いな。 地球儀:ふふふー。……ま、実際は普通に見てたんだけど。 翔平:は? 地球儀:だから、見てたの。涼子さんが家に来た時、「あっこれオススメだから読んでみて」って、その本置いてったのを。 翔平:え?……え?見てたって……え!? 地球儀:ほら、この机の上って、部屋全体見渡せるから。 翔平:ま、マジか……。え?じゃあその、え?そういうのも、えっと、全部見てた、ってこと……? 地球儀:そういうのって? 翔平:え?いやだからそういうのって言うのは……、 地球儀:あー……ふふ。それは……私の口からはとてもとても。 翔平:下手な怪談よりゾッとした。 地球儀:ま、私地球儀だから。深いこと気にしてもしゃーないしゃーない。 翔平:気になるだろ普通! 地球儀:気にしても仕方ない仕方ない。 翔平:ぐぬぬ……。  :(間)  :  地球儀:ま。でも、そーんなショウだから、さ。 翔平:なに。 地球儀:私が現れて、良かったでしょ? 翔平:…………。 地球儀:あれ。……必要なかった? 翔平:いや。……助かってるよ。 地球儀:うん。 翔平:……ありがとな。 地球儀:ふふ。ほんと、世話が焼けますな〜、未練たらたらたらこのショウくんは〜。 翔平:なんだよ、たらたらたらこって。いや、ってかそもそもこれは未練って言うか……(言い淀む)。 地球儀:そう言えば。涼子さんは、よく私に話しかけてくれたなー。 翔平:は?地球儀に? 地球儀:地球儀に。  :  涼子:(回想)地球儀さん聞いて!今日職場の自販機で、コーヒー当てちゃった!  :  地球儀:とか。  :  涼子:(回想)地球儀さぁん……。もう駄目だわ私……新人でもしないようなミスしてさあ!ぁあああああ!  :  地球儀:とか? 翔平:あいつ……なんつーか、そういう不思議なとこあったもんな。……ところで、俺のことを何か話したりは……、 地球儀:あっほら!未練たらたらたらこ! 翔平:ぐ。そ、そういうんじゃねえよ!  :   :   :   :   :  裕也:いや、未練だろー、それは。 翔平:そんなんじゃねえよ。 裕也:じゃあなんで今更、わざわざマドンナの連絡先なんて聞くんだよ。バーベキューの時は、あの美人に一ミリの興味も示さなかった癖に!(翔平の肩に腕を回して)吐けよっ。今になって、マドンナを手に入れるチャンスを逃したこと、後悔し始めたんだろ〜?んん〜? 翔平:してねえよ。うるせえな(裕也を振り解く)! 裕也:(笑って)……ってかお前、最近何か変わったよな。 翔平:そうか? 裕也:なんつーか……表情が柔らかくなった、っていうか……。 翔平:別に変わんねえと思うけど。 裕也:あっそ。 裕也:ってか、だから俺、あの時言ったよな?マドンナ・平川はお前のこと狙ってるんだから、積極的に行けばワンチャンあるかもしれねえ、って。それをお前があん時……! 翔平:いや。だから……、 裕也:そもそも、今更後悔しても遅いんだよ!平川さんには、あの後素敵な彼氏ができてだなあ……! 翔平:だから後悔なんてしてねえよ!そういうのじゃないんだって!……連絡先聞いたのは、平川ならアクセサリーとかに詳しいかなって思って。 裕也:は?アクセサリー? 翔平:俺、そういうの詳しくないから。同期だし、平川なら無難に答えてくれるかな、って。 裕也:おい待て、アクセサリーってお前……。 翔平:ん? 裕也:……きたのか? 翔平:え? 裕也:(突然様子が変わって)女ができたのか!? 翔平:はぁあ? 裕也:できたのか?できたんだなそうなんだな!?どんな子だ?可愛いか?綺麗系か?好きなのかその子が! 翔平:お、おい……。 裕也:お前……っ、涼子さんはどうすんだよ!その子のこと、涼子さんより好きなのか!?どうせそんなことないだろ?涼子さんのが好きだよな?なあ! 翔平:へ? 裕也:どうなんだよ! 翔平:落ち着けって!……その子とは、そういう関係じゃねえよ!  :(間)  :  裕也:ぁ……そう、か……。 翔平:……断っても女けしかけてくるくせに、何でそこでホッとするんだ、お前は。 裕也:……ごめん。 翔平:いいよ、別に。  :(間)  :  裕也:俺はさ。俺……分かったんだ。俺は、お前と涼子さんが二人で笑ってんのが好きなんだよ。お前が落ち込んでるなら、元気づけたいし、前向いて欲しいって思った。けど……、けどやっぱ俺……涼子さんの隣りにいるのがお前じゃないなんて、そんなの無理だ。たえ、堪えらん、ねえ……(段々と涙声になる)。 翔平:何でお前が堪えらんねえんだよ。 裕也:お前の隣りは、涼子さんだろ。涼子さんの隣りは、お、お前だろぉ……? 翔平:あーもう泣くな泣くな。何なんだよお前は。  :   :(間)  :   :   :  翔平:落ち着いたか? 裕也:悪ぃ。 翔平:良いけど、別に。 裕也:…………。 翔平:ま、でも。俺らのこと、真剣に考えてくれてんのは伝わった。ありがとな。 裕也:翔平……。 翔平:でも。もう終わったことなんだよ、ほんと。 裕也:そっか……。ごめん。俺が口出すことじゃねえのに……。 翔平:ほんとな。 裕也:うぐ。  :(間)  :  裕也:アクセサリーって、何買うの? 翔平:ん?……ピアス。 裕也:良い子なのか、その子。 翔平:まあ…………そうな。 裕也:…………どんな子? 翔平:ん〜何か……(思い出して)くく。一言で言うなら、「面白ぇ女」?  :   :   :   :(場面転換。翔平の部屋)  :  地球儀:は、は、は……っくしゅん!あーもー何だ何だ?誰かこの超絶美少女・純真無垢な私の噂してんな〜?(鼻をすする)  :(間)  :  地球儀:それにしても……あー、暇!ひまひまひまひまひま!……ショウ、早く帰ってこないかなあ。……こないよなあ。  :(地球儀、ふと、本棚の例の本が気になる)  :  地球儀:……そういえば、この本、どんな本なのか見たことなかったな。ショウの読む本って、地球儀頭(ちきゅうぎあたま)にはどれも小難しくって……。よいしょ、っと。ふむ。ふむふむふむ。よくある恋愛物、かな?……ん?なにこれ、手紙……?  :(地球儀、本の間から手紙を見つける)  :  地球儀:未来の私へ……。 地球儀:ごめんなさい。私は今から、貴女の大切な人を傷付けます。 涼子:(地球儀の台詞に被せて)……傷付けます。 涼子:彼が笑うと、私の心はあたたかくなる。最初は、本当にそれだけで良かった。でも、いつの間にか。彼で溢れていたものが、彼が満たしてくれた場所が、ぽかん、と空いてしまって。 涼子:どんなに彼が笑っても、どれだけ幸せだなと感じても、その穴が埋まるのは一瞬だけ。すぐに不安に満ちてしまう。 涼子:嫌いになった訳じゃないの。だから胸が痛むの。すごくすごくすごく。苦しくて、辛くて叫びたくて。それでも穴は塞がらない。 涼子:彼が囁く言葉は通り過ぎて、彼が流す涙はすり抜けて。……不信感に押しつぶされそうになる。好きで、好きで好きで好きで好きで。……好きだから。だから怖い。 涼子:永遠に続くと思った今が。未来が。見えないの。見えなくなっちゃったの。いつか壊れるかもって。なくなっちゃうかもって。そう思うだけで、気が狂いそうになるの。 涼子:おかしいよね、怖いよね。こんなこと書いたりして。こんなの、私じゃないよね。私らしく、ないよね。 涼子:教えてください。いつか、この穴は埋まりますか。塞がりますか。そうしてくれるのは彼ですか。それとも別の誰かですか。 涼子:……手の中にあるものをわざわざ手放すなんて、変だよね。分かってる。分かってるのに、もう、駄目みたい。 涼子:好きだから。 地球儀:……好きだから、もう堪えられない。ごめんなさい、翔平。 地球儀:こんな手紙を残すのは、天邪鬼で面倒くさい、どうしようもない私の、最後の賭けです。  :   :   :  地球儀:これって……。  :  地球儀:?……っ、嘘……!手が、透けてる……?  :   :   :   :(場面転換。数日後。翔平の部屋)  :  地球儀:(透けた手をボーッと見ている) 翔平:おい。 地球儀:…………。 翔平:おい! 地球儀:……え?……あ、あぁ(慌てて手を隠す)!ごめん、何? 翔平:あ?今なんか隠したか? 地球儀:な、何でもないってば!なに、一体。 翔平:いや。なんか最近、お前変じゃないか? 地球儀:えー?そうかな。全然いつも通りなんだけど。 翔平:そうか? 地球儀:そうだよ。まあ、変な存在なのは、最近じゃなくて前からだし? 翔平:それはそうだけど。 地球儀:んー。まあ、ちょっとね。  :   :   :   :(地球儀の回想開始。三年前。涼子が、机の上の模型の地球儀に向かって独り言を言っている)  :  涼子:ねぇ、聞いてよ地球儀さん。何かね、最近私おかしいんだ。……訳もなく、急に涙が出てきちゃうの。……変よね。 涼子:翔平、困ってたなーこの前。私の目からポロポロ涙が落ちるの、どうしようどうしようってオロオロしててさ。でもなーんにも言わないの。「大丈夫?」とか、「どうしたの?」とか、そういうの全く。……その姿見てたらさあ、何かもっと泣けてきて。止まらなくて。……今考えると笑えるのに。変だよねえ。 涼子:その日はね、ほんと何にもない、いつも通りの一日だったんだよ。仕事から帰ってきて、ご飯作って、食べて、お皿洗って。洗濯機回して、お風呂洗って、入って。……そう。ほんと、何でもない普通の一日。特に特別な会話とかもなくて。それなのに、なんでかなあ。何で泣いたりしちゃったんだろう。  :(間)  :  涼子:(ふと気付いて)あぁ、そうか。「何もない」があった、のか。何もないから、泣けちゃったのかなあ、私……。 涼子:変よね。何にもない、何でもない、普通でいつも通り、って……口で言うよりずっとずっと難しくて、ずっとずっと幸せな筈なのに。…………変よね。  :(間)  :  涼子:ねえ、地球儀さん。今日ね、辞令が出たんだあ。……ロンドン赴任だって。最低一年。長くて三年か……下手したら五年。 涼子:凄いことだよねえ。涼子さん出世街道まっしぐら!同期の羨望の的ですよお。  :(間)  :  涼子:……ねえ、地球儀さん。さよならの時が、来たのかなあ。  :   :(回想終了)  :   :   :  地球儀:(小声)さよならの時、か……。 翔平:(咳払い)なあ。 地球儀:ん?……え?なに。 翔平:あー……えーと、これ。 地球儀:……何この箱。 翔平:日頃の労い?感謝?……まあ、そういうの。 地球儀:私、ショウに感謝されるようなこと何もしてないけど……。 翔平:うるさいな。いいから受け取れ。 地球儀:……あ、開けていいの。 翔平:もちろん。  :(間。箱の中には、赤い石のピアスが入っている)  :  地球儀:…………可愛い。 翔平:お、そうか?はー、良かった。 地球儀:え、なに。何でイキナリこんなの……。 翔平:だから、日頃の感謝的なやつだって。 地球儀:キラキラしてる。 翔平:結構高かったんだぞ。 地球儀:それ、渡す当人に言う?台無し。 翔平:すまん。  :(間)  :  地球儀:……赤いね。 翔平:赤いな。 地球儀:なんていう名前の石? 翔平:ガーネット。 地球儀:……ふぅん。 翔平:お前、ノアの箱舟って知ってるか。 地球儀:知ってるよ。クイズ番組で見た。 翔平:はは。……その行き先を照らした光が、ガーネットだったって言われてるんだよ。 地球儀:へえ。 翔平:だから、選んだ。  :(間)  :  地球儀:はは。何、それ。……だから選んだって。それ、「お前が俺の行き先を照らした光だ」って言ってるようなもんなんですけど。 翔平:合ってるけど。 地球儀:……えぇ〜。ショウ、そういう恥ずかしいキャラだっけ?やめてよ、突然そういうの。 翔平:……駄目か? 地球儀:んーん。 地球儀:……ねえ。私本当に、ショウの行き先を照らせた? 翔平:うん。 地球儀:もう、立ち止まったり、迷ったりしない? 翔平:あぁ。 地球儀:……もう、大丈夫? 翔平:もう大丈夫。 地球儀:そっか。……そっかあ。 翔平:何だよ、変な奴だな。 地球儀:「ハッ、面白ぇ女」? 翔平:「ハッ、面白ぇ女」。 地球儀:ふふ。……(ため息)。  :(間)  :  翔平:……いや、やっぱお前何か変だな。 地球儀:乙女ゲーム風に言うと〜? 翔平:どんだけ気に入ってんだよそれ。……そうじゃなくて。  :(翔平、机の上の地球儀を手に取って調べる)  :  翔平:あーほら。台座のネジが緩んでる。 地球儀:……あぁ。通りで。最近なんかふわふわすると思った。 翔平:待ってろ、今ネジ締めてやるから。 地球儀:ねえ、ショウ。 翔平:なんだよ。……ん、このドライバーじゃでかいな。 地球儀:私ってさ、不確かな存在じゃん。 翔平:あ?そうだな。 地球儀:だからさ、今どうして、ここにこうやって存在しているかも分からない訳で。 翔平:まあ、そうだな。 地球儀:だから困るんだよね、こういう、格好いいことされちゃうとさ。 翔平:何だよ、結局駄目なのかよ。 地球儀:……ううん。駄目じゃない。すごく嬉しい。でも、でもさ。突然現れた、そんな不確かな私だからさ……。 翔平:あ? 地球儀:何かの拍子でさ。こういう、ほんのちょっとしたキッカケ、でさ。 翔平:おう。……これもでかいな。 地球儀:消えちゃうかも、しれないよね。  :(間)  :  翔平:え?何か言ったか? 地球儀:…………。 翔平:ん? 地球儀:ううん。 地球儀:ねえ、知ってる?ショウがピンで空けたのって、ロンドンの一箇所だけだからさ。私、ピアスの穴、片耳しか空いてないの。 翔平:え?……あ、そうか。 地球儀:だから。 地球儀:(覚悟を決めて。優しい声で)……片方だけ、貰っていくね。 翔平:ん?おう。……えーと、このドライバーなら……よし、ピッタリ。これで……、 翔平:できた!……ほら、これでしっかり締まったぞ。……ん?  :(間。翔平が顔を上げると、地球儀の姿は消えている)  :  翔平:あれ……? 翔平:おい。 翔平:……おい!どこ行ったんだ?なあ! 翔平:……………………え?  :   :   :   :(場面転換。一週間後)  :  裕也:帰ってくるって! 翔平:……え? 裕也:だから、帰ってくるって! 翔平:いや。……あれから一週間経ったんだぞ。もう帰って来る訳ないだろ。 裕也:へ? 翔平:え? 裕也:は?……お前、何の話してんの? 翔平:え?何の話?何ってそりゃあ……あー……ぺ、ペット、とか……? 裕也:お前ペットなんて飼ってたっけ? 翔平:飼ってない。 裕也:なんだよそれ。 翔平:あーもー何でもねぇよ。何だよ、何が帰ってくるんだよじゃあ。 裕也:あぁそうだ!今日上司が教えてくれたんだよ!涼子さん、日本に帰ってくるんだって。良かったなあ、おい!  :(間)  :  翔平:あぁ……へえ。そうなんだ。 裕也:反応にぶっ!……んだよ。嬉しくねえの? 翔平:もう、終わったことだから。 裕也:アクセサリーの彼女がいるからか?でも、その子とまだ付き合ってる訳じゃないんだよな?  :(間)  :  翔平:……そうだけど。 裕也:じゃあ、今の内にその子とは縁を切れ。脈のない男に時間費やしてたら勿体無いだろ?な? 翔平:何で脈がないって決めつけるんだよ。 裕也:だって……お前には涼子さんがいるだろ。帰ってくるんだから、涼子さん。 翔平:は?だから涼子とは終わったことだって……、 裕也:駄目だよ……駄目だ、駄目だそんなの! 翔平:え? 裕也:言ったろ!駄目だよ、駄目なんだ!涼子さんの隣りに立つのはお前だろ!お前以外に、誰があんな風に涼子さんを笑わせるってんだよ!お前しかいないだろ。お前だよ。お前じゃなきゃ駄目なんだよ……! 翔平:裕也、落ち着けって……! 裕也:無理だ、堪えられない。堪えられないよ、無理だ。無理だよ、無理だ……! 翔平:裕也……! 裕也:お前以外の人が涼子さんの横に立つなんて嫌だ!涼子さんにはお前じゃないと!だってそうだろ!?涼子さんは……無理だ、無理だよ。頼む。頼むから!(翔平に縋りつく) 翔平:あーもう!話聞け馬鹿……!(裕也を殴る) 裕也:ぁが……っ! 翔平:なんだよ俺じゃなきゃ駄目って。そんなことないだろ?そうじゃないだろ!お前は、俺以外が涼子の横に立つのが許せないって言うけどな!……そうじゃねえだろ?本当は、俺が立つのだって許せないんじゃないのか! 裕也:何言って……、 翔平:ハッキリ言えよ!好きなんだろ涼子が! 裕也:…………! 翔平:涼子が好きなら、お前がその横に立てばいいだろ!涼子の隣りに!俺じゃなくて!お前が! 裕也:…………無理だよ。 翔平:何が無理なんだよ! 裕也:俺じゃ……神様に認めてもらえない。 翔平:はぁ!?  :(間)  :  翔平:(脱力して)言うに事欠いて神様って……あーもう。ほんと、何なんだよ、お前。そんなに涼子を幸せにする自信がないのかよ……。 裕也:それは、ある。 翔平:あるのかよ。 裕也:俺の方が、絶対涼子さんのこと好きだ。 翔平:そーかよ。……なら幸せにしてやれ、お前が、隣りで。 裕也:…………。 翔平:ま。涼子にも選ぶ権利はあるけどな? 裕也:それなあ……。 翔平:っふ、くくく……! 裕也:おい笑うなよ! 翔平:あはははは……!……ごめんごめん。 裕也:このやろう。 翔平:お前なら大丈夫だよ。 裕也:何を根拠に。 翔平:ん?元彼の勘。 裕也:(暫し呆気に取られて)ハッ……そりゃあ心強いわ。  :   :   :   :(場面転換。一ヶ月後。翔平の部屋)  :  翔平:おーい。聞こえてるかー。聞こえてるよな、きっと。人間として現れる前も、この机の上から、色々見てたらしいもんな?お前。  :(間)  :  翔平:いるんだろ?なあ……。 翔平:この前まで普通にしてたじゃん。何だよ。突然消えるなんて聞いてねえよ。突然、何も言わずに、振り返ったらいない、なんて。……そんなのってあるかよ……。 翔平:なあ。この部屋ってこんな広かったかな。お前が遊んでたゲームのデータも、食べかけのお菓子もある。お前がいたことは俺の妄想じゃない。……そう思うのに。 翔平:思うのにさあ。ないんだよ、どこにも。お前の……なんてーの?カケラ?みたいなやつ。匂い、って言えば良いのかな。どこにもさ、お前がいた匂いがしねぇの。どこにも。……はは。やっぱお前って人間じゃなかったんだなあ、ほんと。 翔平:何かさあ。何か……お前がいないと、俺この部屋でぽつんと浮いてるみたいでさ。あー、お前の声とか、笑った顔とか……。ほら、俺よくお前の頭叩いたけどさ、その、なんつーのかな。そういう距離感とか、そういうの。そういう全部がさ……大事だったんだな、って……今更だよなあ、こんなの。 翔平:涼子の時も……あいつきっと色々溜め込んでて、色々積もり積もっててさ、それで、きっと爆発したのがあのタイミングだったってだけなんだよな、きっと。俺、いっつもにぶくて。色んなことに気付くのが遅くてさ。駄目だよなあ、ほんと。 翔平:いつだったかなあ。もうかなり前のことなんだけど。夜中に涼子が突然泣き出してさ。俺、もうどうして良いか分からなくって。心当たりもねえし、涼子全然泣き止まないしさあ。 翔平:すっげえ馬鹿みたいなんだけど、誰かが泣く時、嬉しいと、涙の最初の一粒が右から出るって。悲しいと、左から出るって……誰かが言ってたの思い出してさあ。あれ?最初ってどっちから流れたんだっけ?なんて、どうでも良いこと考えてさあ……それで何にも言えなくなって……。 翔平:今なら思うんだよ。どんな涙であれ、俺の仕事は、それを拭(ぬぐ)うことだったって。……ちゃんと拭ってあげるべきだったって。今なら思うんだ。 翔平:  翔平:だから……だからさ。今なら色々もっと、上手くやれると思うんだよ。だから……、 翔平:戻ってこいよ、なあ……。  :   :   :(長めの間。すると突然、家のインターホンが鳴る。翔平、動かない)  :   :(またインターホンが鳴る)  :  翔平:あー。ったく。誰だこんな時間に……。はーい!  :(間)  :  翔平:はい。どちら様で……、 涼子:よっ。久しぶり。 翔平:涼子……。 涼子:変わってないねえ、翔平。ってことで……お邪魔しまーす。 翔平:は?お、おい……! 涼子:わー!翔平の部屋久しぶり。あはは。部屋も全然変わってないじゃん。……って、キャッ!  :(急にびゅうッと風が吹く)  :  地球儀:(声だけ)ちゃんと変わったよね、ショウは。 翔平:……ッ! 涼子:……びっくりしたー。もう、なに?すごい風……。 涼子:……あ、窓が空いてるのに玄関開けたからか。ごめんごめん。  :(間)  :  涼子:……?翔平? 翔平:え?……あぁ。 涼子:ね、一応窓閉めて良い? 翔平:……うん。 涼子:……っしょ、と。……ん? 翔平:え?どうした? 涼子:あ、ううん、今……。今、この地球儀の、海のとこが揺れた気がして……。 翔平:…………っ。 涼子:……なーんて。きっと気のせいだね。光の加減かな? 涼子:……ん?あれ?このピアス……。やだ、女物?しかも片方って。彼女の忘れ物、かな?……あは。隅に置けないなあ、翔平も。 翔平:…………。 涼子:そっか……良い人出来たんだ、翔平。 翔平:…………。 涼子:待たないでって言ったの、私だもんね。 翔平:…………。  :(間)  :  翔平:ごめん。 涼子:何で謝るの。 翔平:待てなくて、ごめん。 涼子:謝られるのは……きついなあ。 翔平:……ごめん。  :(間)  :  涼子:(深く息を吸って)本、返してくれる? 翔平:え? 涼子:貸してたオススメの本。あれー?もしかして無くした? 翔平:あ、いや。あるよ、ある。……ほら、ここに。……はい。 涼子:たしかに。……これ、私がいない間に読んだ? 翔平:……いや。 涼子:そっか……そっかあ。 翔平:ん? 涼子:んーん。実はね。ちょっとした賭け……してたの。はは。でも負けちゃったみたい。手放しちゃいけないもの手放しちゃう天邪鬼が、今更神様に認めてもらいにきても……遅いよね。 翔平:涼子……? 涼子:三年前は、ごめん。 翔平:いや。……もう終わったことだよ。 涼子:そっか……そうだね。じゃあ……また。 翔平:…………また。  :(涼子、帰ろうとする)  :  翔平:……っ、涼子……! 涼子:…………なに? 翔平:あの時、何も言えなくて、ごめん。涙、拭いてあげられなくて、ごめん。 涼子:……だから、謝られるの辛いってば。 翔平:ごめん。 涼子:ほんと、いつの話してんだか。……ふふ。じゃあね!  :(涼子、笑って玄関から出ていく)  :  翔平:……今度は俺、ちゃんと待つよ。……ちゃんと。  :   :   :   :(場面転換。翔平の部屋を出た涼子は、一人ゆっくりと川沿いを歩いている)  :  涼子:追いかけては……流石に来ない、よねえ……。 涼子:(深いため息)終わったこと、か……。きっついなあ……。 裕也:(後ろから走ってきて)涼子さん! 涼子:え?裕也くん!?なんで……。 裕也:翔平から連絡があって。 涼子:……いつの間に。 裕也:…………。 涼子:……そっか。裕也くんに連絡する余裕があるくらい、もう私の入る隙間はなかったのか。 裕也:え? 涼子:埋まっちゃったんだねえ。きっと。 裕也:な、なんの話すか? 涼子:裕也くん。 裕也:は、はい! 涼子:駄目だった。  :(間)  :  涼子:認められなかったみたい、私。 裕也:……それは。 涼子:曲がることを。神様に、認められなかった。 裕也:…………。 涼子:私のこと、好き? 裕也:…………はい。 涼子:ふふ。だよね。……知ってた、ごめん。 裕也:謝られるのも辛いんすけど。 涼子:(少し笑いながら)分かる。 裕也:は、はい? 涼子:謝られるのって、辛いよねー。 裕也:はあ……。 涼子:現実ってさー。映画みたいにいかないよね。綺麗なハッピーエンドなんてほとんどなくて、何とも言えない、盛り上がりも山場もない、なんてことない日が続いてく。 裕也:まあ。そうっすね……? 涼子:実際はすれ違いばっか。噛み合わなくて、もどかしくて、ご都合主義の世界みたいには上手くいかないことばっかり。 裕也:……儘ならない、っすか? 涼子:儘ならない、ねえ。 裕也:ぐにゃり、ってしたいっすか。 涼子:ぐにゃり、って……したいねえ。 裕也:……せーの? 裕也:(涼子と同時に)ぐにゃり! 涼子:(裕也と同時に)ぐにゃり!  :(二人、向かい合って同時に噴き出す)  :  涼子:あー、何か呑みたくなってきた。君、付き合ってくれるよね? 裕也:…………はい!  :  :(涼子と裕也、「もちろん君の奢りね!」「えぇ!?」などと話しながら退場)  :   :   :   :   :【台本終了】  : 

 :   :   :(三年前)  :  涼子:待たないで。 翔平:……待つか待たないかは、俺が決めるよ。 涼子:……待たないで。 翔平:待たれてると思うと、嫌? 涼子:翔平が待ってると思うと、帰りたくなっちゃうから……。 翔平:……それは、駄目なこと? 涼子:逃げ場があるとね、人はそこをどうしても頼って、弱くなっちゃうでしょ。 翔平:弱くなれば良い。 涼子:…………。 翔平:俺に頼れば良い。 涼子:馬鹿だね、翔平は……。 翔平:俺じゃ、力になれない……? 涼子:違う、翔平。違うの。私が、あなたに頼りたくないの。 翔平:……ッ、俺は……!  :(間)  :  翔平:俺は……涼子には必要ない……? 涼子:……ずるいよ、それは。 翔平:ずるいのはどっちだよ……!  :(間)  :  涼子:……そう、だね。私だね、ずるいのは。 翔平:涼子……、 涼子:いらない。 翔平:……え。 涼子:私には。私の人生には……今は、翔平はいらない。 翔平:…………。 涼子:今までありがとう、翔平。……バイバイ。  :(涼子、後ろを一切振り向かずに去っていく)  :  翔平:なんで……なんでだよ……!俺はっ、俺は……! 翔平:……勝手、過ぎるだろ……くそ……っ!  :   :   :   :(場面転換。冒頭の三年後。現在)  :  地球儀:そうして、彼女はロンドンに旅立って行ってしまった!嗚呼無情!何という悲劇!翔平は、毎夜枕を涙で濡らすのであった……! 翔平:うるせーよ(地球儀の頭を叩く)。 地球儀:あいたっ! 翔平:ったくもー。どこで覚えてくんだそんなアホなナレーション台詞。 地球儀:ん?テレビ。 翔平:……独身子無しなのに、「テレビは子供に悪影響だ!」つって、PTAが目くじら立てる心理が……(ため息)分かるようになってしまったよ、俺は。 地球儀:テレビって凄いよねー。何でも教えてくれる。 翔平:……ほどほどにしてくれ。 地球儀:無理無理!やっと好きに動けるようになって、やっと自由に転がれるようになったんだから! 翔平:歩ける、な。ほんっと変なやつ。 地球儀:ふむ。乙女ゲーム風に言えば、「ハッ、面白ぇ女」ってことね? 翔平:……だから、ただでさえおかしな存在なのに、変な言葉ばかり覚えるなよ。 地球儀:だって、最近そんなCMばっかなんだもん。どのキャラの台詞も、空で言えちゃうよ。 翔平:そういうの、お前も興味あるのか? 地球儀:え? 翔平:そういうキャラクターのこと、格好いいと思うのかって話。 地球儀:ううん。だってみんな、尻に敷くには、ひょろひょろで頼りなさそうだもの。 翔平:は? 地球儀:やっぱり、私のパートナーになるには、この勉強机くらいどっしりしてないと。ねー?(机を撫でる) 翔平:……あぁ、そういう。 地球儀:他に何があるっていうの? 翔平:……いや。でもそれ、誤解生むから俺以外に言うなよ。 地球儀:……俺以外? 翔平:そう。 地球儀:ショウの他に、一体誰に言えっていうの? 翔平:……え?あぁ、そうか。……ごめん。 地球儀:私の声が聴こえるのは、ショウだけだよ。 翔平:そう、だったな。 地球儀:「地球儀の声が聴こえる」なんて、その方がよっぽど変なやつだと思うけどな。 翔平:ギャルゲー風に言えば、「あんた、変わってるってよく言われない?」ってやつだな。 地球儀:ぎゃる、げー? 翔平:乙女ゲーの逆バージョン。 地球儀:ふうん。そういうのはまだ見たことないや。 翔平:俺からしたら、声どころか姿まで見えてる訳だから、他のやつに見えない、聴こえない、って状況の方が理解できない訳で。 地球儀:ショウには、この模型……机の上の地球儀とは別に、人間の姿をしている私が見えてるんだよね。 翔平:……完全に。 地球儀:変なの。 翔平:変かな。  :   :   :  裕也:変だよ!つーかおかしい。ありえない! 翔平:なんだよイキナリ。 裕也:イキナリじゃねーよ、ったくもう!こちとら、振られた傷心の可哀想〜なお前の為を思って、毎日毎日やれ飲み会だやれバーベキューだって誘ってやってんのに!当のお前ときたらどーよ!? 裕也:「俺、そういうの興味ないから」……ってまー!嫌よねえ!すかしちゃってまー!まー! 翔平:突然オネエになるな、オネエに。 裕也:付き合い悪いって言ってんの! 翔平:俺はお前みたいにノリ良くないから。行っても空気壊すだけだって。 裕也:バーカ!お前は客寄せパンダなの!ノリなんて良くなくていい!つーかむしろ乗るな!黙ってじっと隅っこに座って、じめじめ暗ぁく酒呑んでればいいんだよ、それで! 翔平:はぁ? 裕也:いいか?医者でルックスの良いお前は、女の子を釣るための餌なの!とびっきり高級な餌なの!だから、女の子を集めるまでが、お前の仕事。んで、実際に場を盛り上げるのが、俺らの仕事。お前がパンダなら、俺ら非モテはサル山のサル!ルックスは中の下でも、お前より面白いってのさえアピールできりゃ、俺らにだって一縷(いちる)の希望が(見えてくんだろ)……! 翔平:お前……「俺の為を思って」とか言ってたけど、完全に私利私欲の為に、俺を使おうとしてるなオイ。つか、今まで誘ってきてたのってもしかして(全部合コン)……、 裕也:(被せて)あーあーあーあー!いーやそんなことはない!確かに俺は彼女が欲しい!喉から手が出てけん玉し始めちゃうくらい欲しい!ドッグフードの前で、待ての命令を受けてから、小一時間放置された柴犬の如く!だーだーだーだーじゅるじゅるじゅるじゅる、口からヨダレを滝のように垂らすレベルで欲しい! 裕也:その為なら!立ってる奴は、親でも翔平でも茶柱でも使う!ワラにもすがるし、役に立つなら、逆立ちしているフンコロガシにも頼る! 翔平:例えが独特過ぎるなあ……。 裕也:だがな! 裕也:……お前の為ってのも、本当なんだぞ翔平。 翔平:……どうだかな。 裕也:涼子さんがロンドンに行っちまってもう三年だぞ!そろそろ、他に目を向けたって良い頃だろ? 翔平:まだそういうのは良いよ。 裕也:まだって……遅すぎるくらいだよ。 裕也:(ため息)未練があるのか。待つつもりなのか、涼子さんを。 翔平:……裕也。 裕也:どうなんだよ。 翔平:あのな、裕也……、 裕也:翔平!  :(間)  :  翔平:……勘弁してくれよ。 裕也:だって……!  :   :   :   :(回想開始。三年前)  :  涼子:だって翔平の家、代々お医者様じゃない? 涼子:釣り合わないんだって、私じゃ。 裕也:は?それ、誰が言ったんすか。涼子さんはキャリアしっかり積んでて、恥じるべきとこ何にもないでしょ。 涼子:えー?ふふ。……私がね、そう思ったの。 裕也:…………へ? 涼子:翔平のことが好きで好きでたまらない私と、それを俯瞰している、冷静な私がいてね。 涼子:……冷静な涼子さんが、そう言うのですよ。 裕也:翔平には、涼子さんが必要ですって。 涼子:ふふ。釣り合わないってさー。……そう思っちゃったんだよねー、涼子さんは。 裕也:………………。 涼子:翔平には、言わないでね。 裕也:でも……。 涼子:私も、整理がしたいんだ。 裕也:え? 涼子:私に、翔平は必要なのか。 裕也:……涼子さんにも、翔平は必要っすよ。 涼子:あれー?裕也くん、もしかして未来が読めちゃう系?前世はもしかしてユリ・ゲラー? 裕也:いや古いな!ユリ・ゲラーの超能力は未来予知じゃねえし、そもそもあの人まだ生きてますし! 涼子:あれ凄いよねー。人生で何本のスプーン曲げてきたんだろ、あの人。 裕也:さあ。そもそもユリ・ゲラーって……俺らの世代で知ってる奴、そういないっすよ……。 裕也:ってか、俺さっき、結構茶化さないで欲しいこと言ったつもりなんすけどね! 涼子:あんな風に、簡単に曲げられたらいいのにねー。 裕也:は? 涼子:ぜーんぶ。この世の儘ならないことぜーーーんぶ。せーの!ぐにゃり!……ってさ。 裕也:いや、意味わかんないんすけど。 涼子:でもねー。絶対に曲がって欲しくないものってのも、あるじゃん。 裕也:人の話聞かないなあ、ったく。 裕也:で?何すか、曲がって欲しくないものって。 涼子:翔平。 裕也:…………。 涼子:曲がって欲しくないなあ、翔平には。 裕也:涼子さ……、 涼子:はいはい、終わり終わり(立ち上がる)! 涼子:(笑いながら)あーあ。こーんな湿っぽい話してたら鬱になっちゃうよねー、やめやめ。ごめんね。いつも甘えちゃうなあ、裕也くんには。 裕也:まあ。俺が企画した合コンで二人は出会ったんですし。いつでも話くらい聞きますよ。そもそも、上司からの誘いは断りません。社会人なので。 涼子:嫌な言い方するぅ。 裕也:涼子さんは……曲がって欲しくないから、離れたいんすか。 涼子:んー……。 裕也:好きなら傍に居れば良いでしょ。真っ直ぐ敷かれたレールの上を進まなくても良いし……。曲がった先の方が、良いルートだったってこともあるでしょ。 涼子:かもねえ。 裕也:好き合ってる男女が別れるなんて、おかしいっすよ……。 涼子:……ふふ。案外純情だよねえ、裕也くんて。もしかして、運命の赤い糸とか信じちゃってる? 裕也:……悪いっすか。どうせ顔に似合わずロマンチストですよ、俺は。 涼子:そっかあ。きっと幸せだろうねー、裕也くんみたいな人と付き合うと。 裕也:振られてばっかっすよ、俺なんて。好きな人に好きって、ただその一言すら言えない、臆病者の子ザルです。 裕也:ってか、翔平みたいな良い男と付き合ってて、そんなことよく言いますねー、ほんと。 涼子:んー。でもさー。別れた方が良いルート、ってこともあるんじゃないかな。 裕也:……そんな悲しいこと、俺は考えたくないので。  :(間)  :  涼子:ふふ。優しいなあ、裕也くんは。 涼子:……私もね、信じてるよ。赤い糸。 裕也:え?だったら何で……、 涼子:だって……、  :   :(回想終了)  :   :   :  翔平:あ?だって?……だって、なんだよ。  :  涼子:(声だけ)だって、運命の赤い糸ってのが本当にあるなら、ここで切っても、また結び直るかもしれないじゃない? 涼子:真っ直ぐ戻したのにまた曲がるなら……曲がることを、神様に認められたんだって……思えるじゃない。  :  裕也:……ん?いや……べっつにー? 翔平:何だよ、変な奴だな。じゃあ、俺先行くからな。 裕也:……おぉ。また後でな! 翔平:おう。またな。  :   :   :  裕也:……神様に認められなきゃ、か……。  :   :   :   :(場面転換。翔平の部屋)  :  地球儀:あーーー!またガチャ爆死した!最低!出現確率どんだけ低いのよもう! 翔平:課金はお小遣いの範囲内だからな。何に使ってもいいけど考えろよ。 地球儀:はーい。 翔平:マジでほんと父親の気分。……あれ。 地球儀:……ん?何? 翔平:あ、いや……。お前って、ピアスとかしてたっけ? 地球儀:してたよ、ずっと。 翔平:全然気付かなかった……。 地球儀:あー。髪、耳にかけなきゃ見えないからね。 翔平:そうか。……似合ってるよ、それ。 地球儀:ふふ、髪色に合うでしょ?私も気に入ってるの。 翔平:そうか。……ってか、そのピアスってもしかして……、 地球儀:マリンブルーの髪に映える、赤いピアス。 翔平:……あぁ。 地球儀:ふふ。空けてくれてありがとう。 翔平:やっぱりそれ、俺が刺したやつ、だよな……。 地球儀:そうだよ。ショウ、良いセンスしてる。 翔平:たまたま手元にあったのがその色だっただけだよ。 地球儀:それでも。……ありがと。 翔平:何でお礼? 地球儀:おかげで、赤が好きになりました。 翔平:お礼言われるようなことはしてないって。 地球儀:そっか。……まあ、未練たらたらだから刺した訳だもんね。  :(机の上の地球儀に赤いピンマークが刺してある。場所は……ロンドンであった)  :  地球儀:(ナレーション風に)別れた彼女を想い、相手の赴任先に刺した赤いピンマーク!何となく刺したそれは、彼女への想いを振り切るどころか、翔平の胸の燻(くすぶ)りを更に強くした!それも当然だ!翔平は、彼女から借りたままの本にさえ、彼女の残り香を感じてしまうような男である。別れてから、その本には未だ、ただの一度も触れられていないくらい!翔平は、彼女のことを深く引き摺っていたのであった……! 翔平:だからやめろよ、突然のテレビナレーション風台詞はっ(地球儀の頭を叩く)! 地球儀:あいたっ! 翔平:まったく。……ってかなんで本のこと知って……! 地球儀:ふっふっふー。地球儀様の観察眼を侮らないでよね。 翔平:はぁ? 地球儀:探偵地球儀の!ディテクティブターーーイム! 翔平:はぁあ? 地球儀:(咳払い)ショウは、本棚のここ!ショウの背丈で、一番手に取りやすいこの列に、自身のお気に入りの本を並べております。日曜の夜になると、いつもこの列の一番右端の本を手に取って、ベッドのサイドテーブルに持っていく。そして、それを一週間かけて読む。読み終わった本は、次の日曜の朝までには、列の左からニ番目の位置に戻す。その日の夜には、また一番右の本を持っていく。次の日曜の朝までに、また左からニ番目に戻す。 地球儀:…………一番左には、もうずーっとこの本がある。 翔平:…………。 地球儀:ショウってさ、マメなくせに、本の帯だけは邪魔だってすーぐ捨てちゃうの。でも、この本だけは……しっかりと帯がついたまま。だから、借りたものなのかな、ってね。 地球儀:どう?私の推理は。 翔平:…………お前、怖いな。 地球儀:ふふふー。……ま、実際は普通に見てたんだけど。 翔平:は? 地球儀:だから、見てたの。涼子さんが家に来た時、「あっこれオススメだから読んでみて」って、その本置いてったのを。 翔平:え?……え?見てたって……え!? 地球儀:ほら、この机の上って、部屋全体見渡せるから。 翔平:ま、マジか……。え?じゃあその、え?そういうのも、えっと、全部見てた、ってこと……? 地球儀:そういうのって? 翔平:え?いやだからそういうのって言うのは……、 地球儀:あー……ふふ。それは……私の口からはとてもとても。 翔平:下手な怪談よりゾッとした。 地球儀:ま、私地球儀だから。深いこと気にしてもしゃーないしゃーない。 翔平:気になるだろ普通! 地球儀:気にしても仕方ない仕方ない。 翔平:ぐぬぬ……。  :(間)  :  地球儀:ま。でも、そーんなショウだから、さ。 翔平:なに。 地球儀:私が現れて、良かったでしょ? 翔平:…………。 地球儀:あれ。……必要なかった? 翔平:いや。……助かってるよ。 地球儀:うん。 翔平:……ありがとな。 地球儀:ふふ。ほんと、世話が焼けますな〜、未練たらたらたらこのショウくんは〜。 翔平:なんだよ、たらたらたらこって。いや、ってかそもそもこれは未練って言うか……(言い淀む)。 地球儀:そう言えば。涼子さんは、よく私に話しかけてくれたなー。 翔平:は?地球儀に? 地球儀:地球儀に。  :  涼子:(回想)地球儀さん聞いて!今日職場の自販機で、コーヒー当てちゃった!  :  地球儀:とか。  :  涼子:(回想)地球儀さぁん……。もう駄目だわ私……新人でもしないようなミスしてさあ!ぁあああああ!  :  地球儀:とか? 翔平:あいつ……なんつーか、そういう不思議なとこあったもんな。……ところで、俺のことを何か話したりは……、 地球儀:あっほら!未練たらたらたらこ! 翔平:ぐ。そ、そういうんじゃねえよ!  :   :   :   :   :  裕也:いや、未練だろー、それは。 翔平:そんなんじゃねえよ。 裕也:じゃあなんで今更、わざわざマドンナの連絡先なんて聞くんだよ。バーベキューの時は、あの美人に一ミリの興味も示さなかった癖に!(翔平の肩に腕を回して)吐けよっ。今になって、マドンナを手に入れるチャンスを逃したこと、後悔し始めたんだろ〜?んん〜? 翔平:してねえよ。うるせえな(裕也を振り解く)! 裕也:(笑って)……ってかお前、最近何か変わったよな。 翔平:そうか? 裕也:なんつーか……表情が柔らかくなった、っていうか……。 翔平:別に変わんねえと思うけど。 裕也:あっそ。 裕也:ってか、だから俺、あの時言ったよな?マドンナ・平川はお前のこと狙ってるんだから、積極的に行けばワンチャンあるかもしれねえ、って。それをお前があん時……! 翔平:いや。だから……、 裕也:そもそも、今更後悔しても遅いんだよ!平川さんには、あの後素敵な彼氏ができてだなあ……! 翔平:だから後悔なんてしてねえよ!そういうのじゃないんだって!……連絡先聞いたのは、平川ならアクセサリーとかに詳しいかなって思って。 裕也:は?アクセサリー? 翔平:俺、そういうの詳しくないから。同期だし、平川なら無難に答えてくれるかな、って。 裕也:おい待て、アクセサリーってお前……。 翔平:ん? 裕也:……きたのか? 翔平:え? 裕也:(突然様子が変わって)女ができたのか!? 翔平:はぁあ? 裕也:できたのか?できたんだなそうなんだな!?どんな子だ?可愛いか?綺麗系か?好きなのかその子が! 翔平:お、おい……。 裕也:お前……っ、涼子さんはどうすんだよ!その子のこと、涼子さんより好きなのか!?どうせそんなことないだろ?涼子さんのが好きだよな?なあ! 翔平:へ? 裕也:どうなんだよ! 翔平:落ち着けって!……その子とは、そういう関係じゃねえよ!  :(間)  :  裕也:ぁ……そう、か……。 翔平:……断っても女けしかけてくるくせに、何でそこでホッとするんだ、お前は。 裕也:……ごめん。 翔平:いいよ、別に。  :(間)  :  裕也:俺はさ。俺……分かったんだ。俺は、お前と涼子さんが二人で笑ってんのが好きなんだよ。お前が落ち込んでるなら、元気づけたいし、前向いて欲しいって思った。けど……、けどやっぱ俺……涼子さんの隣りにいるのがお前じゃないなんて、そんなの無理だ。たえ、堪えらん、ねえ……(段々と涙声になる)。 翔平:何でお前が堪えらんねえんだよ。 裕也:お前の隣りは、涼子さんだろ。涼子さんの隣りは、お、お前だろぉ……? 翔平:あーもう泣くな泣くな。何なんだよお前は。  :   :(間)  :   :   :  翔平:落ち着いたか? 裕也:悪ぃ。 翔平:良いけど、別に。 裕也:…………。 翔平:ま、でも。俺らのこと、真剣に考えてくれてんのは伝わった。ありがとな。 裕也:翔平……。 翔平:でも。もう終わったことなんだよ、ほんと。 裕也:そっか……。ごめん。俺が口出すことじゃねえのに……。 翔平:ほんとな。 裕也:うぐ。  :(間)  :  裕也:アクセサリーって、何買うの? 翔平:ん?……ピアス。 裕也:良い子なのか、その子。 翔平:まあ…………そうな。 裕也:…………どんな子? 翔平:ん〜何か……(思い出して)くく。一言で言うなら、「面白ぇ女」?  :   :   :   :(場面転換。翔平の部屋)  :  地球儀:は、は、は……っくしゅん!あーもー何だ何だ?誰かこの超絶美少女・純真無垢な私の噂してんな〜?(鼻をすする)  :(間)  :  地球儀:それにしても……あー、暇!ひまひまひまひまひま!……ショウ、早く帰ってこないかなあ。……こないよなあ。  :(地球儀、ふと、本棚の例の本が気になる)  :  地球儀:……そういえば、この本、どんな本なのか見たことなかったな。ショウの読む本って、地球儀頭(ちきゅうぎあたま)にはどれも小難しくって……。よいしょ、っと。ふむ。ふむふむふむ。よくある恋愛物、かな?……ん?なにこれ、手紙……?  :(地球儀、本の間から手紙を見つける)  :  地球儀:未来の私へ……。 地球儀:ごめんなさい。私は今から、貴女の大切な人を傷付けます。 涼子:(地球儀の台詞に被せて)……傷付けます。 涼子:彼が笑うと、私の心はあたたかくなる。最初は、本当にそれだけで良かった。でも、いつの間にか。彼で溢れていたものが、彼が満たしてくれた場所が、ぽかん、と空いてしまって。 涼子:どんなに彼が笑っても、どれだけ幸せだなと感じても、その穴が埋まるのは一瞬だけ。すぐに不安に満ちてしまう。 涼子:嫌いになった訳じゃないの。だから胸が痛むの。すごくすごくすごく。苦しくて、辛くて叫びたくて。それでも穴は塞がらない。 涼子:彼が囁く言葉は通り過ぎて、彼が流す涙はすり抜けて。……不信感に押しつぶされそうになる。好きで、好きで好きで好きで好きで。……好きだから。だから怖い。 涼子:永遠に続くと思った今が。未来が。見えないの。見えなくなっちゃったの。いつか壊れるかもって。なくなっちゃうかもって。そう思うだけで、気が狂いそうになるの。 涼子:おかしいよね、怖いよね。こんなこと書いたりして。こんなの、私じゃないよね。私らしく、ないよね。 涼子:教えてください。いつか、この穴は埋まりますか。塞がりますか。そうしてくれるのは彼ですか。それとも別の誰かですか。 涼子:……手の中にあるものをわざわざ手放すなんて、変だよね。分かってる。分かってるのに、もう、駄目みたい。 涼子:好きだから。 地球儀:……好きだから、もう堪えられない。ごめんなさい、翔平。 地球儀:こんな手紙を残すのは、天邪鬼で面倒くさい、どうしようもない私の、最後の賭けです。  :   :   :  地球儀:これって……。  :  地球儀:?……っ、嘘……!手が、透けてる……?  :   :   :   :(場面転換。数日後。翔平の部屋)  :  地球儀:(透けた手をボーッと見ている) 翔平:おい。 地球儀:…………。 翔平:おい! 地球儀:……え?……あ、あぁ(慌てて手を隠す)!ごめん、何? 翔平:あ?今なんか隠したか? 地球儀:な、何でもないってば!なに、一体。 翔平:いや。なんか最近、お前変じゃないか? 地球儀:えー?そうかな。全然いつも通りなんだけど。 翔平:そうか? 地球儀:そうだよ。まあ、変な存在なのは、最近じゃなくて前からだし? 翔平:それはそうだけど。 地球儀:んー。まあ、ちょっとね。  :   :   :   :(地球儀の回想開始。三年前。涼子が、机の上の模型の地球儀に向かって独り言を言っている)  :  涼子:ねぇ、聞いてよ地球儀さん。何かね、最近私おかしいんだ。……訳もなく、急に涙が出てきちゃうの。……変よね。 涼子:翔平、困ってたなーこの前。私の目からポロポロ涙が落ちるの、どうしようどうしようってオロオロしててさ。でもなーんにも言わないの。「大丈夫?」とか、「どうしたの?」とか、そういうの全く。……その姿見てたらさあ、何かもっと泣けてきて。止まらなくて。……今考えると笑えるのに。変だよねえ。 涼子:その日はね、ほんと何にもない、いつも通りの一日だったんだよ。仕事から帰ってきて、ご飯作って、食べて、お皿洗って。洗濯機回して、お風呂洗って、入って。……そう。ほんと、何でもない普通の一日。特に特別な会話とかもなくて。それなのに、なんでかなあ。何で泣いたりしちゃったんだろう。  :(間)  :  涼子:(ふと気付いて)あぁ、そうか。「何もない」があった、のか。何もないから、泣けちゃったのかなあ、私……。 涼子:変よね。何にもない、何でもない、普通でいつも通り、って……口で言うよりずっとずっと難しくて、ずっとずっと幸せな筈なのに。…………変よね。  :(間)  :  涼子:ねえ、地球儀さん。今日ね、辞令が出たんだあ。……ロンドン赴任だって。最低一年。長くて三年か……下手したら五年。 涼子:凄いことだよねえ。涼子さん出世街道まっしぐら!同期の羨望の的ですよお。  :(間)  :  涼子:……ねえ、地球儀さん。さよならの時が、来たのかなあ。  :   :(回想終了)  :   :   :  地球儀:(小声)さよならの時、か……。 翔平:(咳払い)なあ。 地球儀:ん?……え?なに。 翔平:あー……えーと、これ。 地球儀:……何この箱。 翔平:日頃の労い?感謝?……まあ、そういうの。 地球儀:私、ショウに感謝されるようなこと何もしてないけど……。 翔平:うるさいな。いいから受け取れ。 地球儀:……あ、開けていいの。 翔平:もちろん。  :(間。箱の中には、赤い石のピアスが入っている)  :  地球儀:…………可愛い。 翔平:お、そうか?はー、良かった。 地球儀:え、なに。何でイキナリこんなの……。 翔平:だから、日頃の感謝的なやつだって。 地球儀:キラキラしてる。 翔平:結構高かったんだぞ。 地球儀:それ、渡す当人に言う?台無し。 翔平:すまん。  :(間)  :  地球儀:……赤いね。 翔平:赤いな。 地球儀:なんていう名前の石? 翔平:ガーネット。 地球儀:……ふぅん。 翔平:お前、ノアの箱舟って知ってるか。 地球儀:知ってるよ。クイズ番組で見た。 翔平:はは。……その行き先を照らした光が、ガーネットだったって言われてるんだよ。 地球儀:へえ。 翔平:だから、選んだ。  :(間)  :  地球儀:はは。何、それ。……だから選んだって。それ、「お前が俺の行き先を照らした光だ」って言ってるようなもんなんですけど。 翔平:合ってるけど。 地球儀:……えぇ〜。ショウ、そういう恥ずかしいキャラだっけ?やめてよ、突然そういうの。 翔平:……駄目か? 地球儀:んーん。 地球儀:……ねえ。私本当に、ショウの行き先を照らせた? 翔平:うん。 地球儀:もう、立ち止まったり、迷ったりしない? 翔平:あぁ。 地球儀:……もう、大丈夫? 翔平:もう大丈夫。 地球儀:そっか。……そっかあ。 翔平:何だよ、変な奴だな。 地球儀:「ハッ、面白ぇ女」? 翔平:「ハッ、面白ぇ女」。 地球儀:ふふ。……(ため息)。  :(間)  :  翔平:……いや、やっぱお前何か変だな。 地球儀:乙女ゲーム風に言うと〜? 翔平:どんだけ気に入ってんだよそれ。……そうじゃなくて。  :(翔平、机の上の地球儀を手に取って調べる)  :  翔平:あーほら。台座のネジが緩んでる。 地球儀:……あぁ。通りで。最近なんかふわふわすると思った。 翔平:待ってろ、今ネジ締めてやるから。 地球儀:ねえ、ショウ。 翔平:なんだよ。……ん、このドライバーじゃでかいな。 地球儀:私ってさ、不確かな存在じゃん。 翔平:あ?そうだな。 地球儀:だからさ、今どうして、ここにこうやって存在しているかも分からない訳で。 翔平:まあ、そうだな。 地球儀:だから困るんだよね、こういう、格好いいことされちゃうとさ。 翔平:何だよ、結局駄目なのかよ。 地球儀:……ううん。駄目じゃない。すごく嬉しい。でも、でもさ。突然現れた、そんな不確かな私だからさ……。 翔平:あ? 地球儀:何かの拍子でさ。こういう、ほんのちょっとしたキッカケ、でさ。 翔平:おう。……これもでかいな。 地球儀:消えちゃうかも、しれないよね。  :(間)  :  翔平:え?何か言ったか? 地球儀:…………。 翔平:ん? 地球儀:ううん。 地球儀:ねえ、知ってる?ショウがピンで空けたのって、ロンドンの一箇所だけだからさ。私、ピアスの穴、片耳しか空いてないの。 翔平:え?……あ、そうか。 地球儀:だから。 地球儀:(覚悟を決めて。優しい声で)……片方だけ、貰っていくね。 翔平:ん?おう。……えーと、このドライバーなら……よし、ピッタリ。これで……、 翔平:できた!……ほら、これでしっかり締まったぞ。……ん?  :(間。翔平が顔を上げると、地球儀の姿は消えている)  :  翔平:あれ……? 翔平:おい。 翔平:……おい!どこ行ったんだ?なあ! 翔平:……………………え?  :   :   :   :(場面転換。一週間後)  :  裕也:帰ってくるって! 翔平:……え? 裕也:だから、帰ってくるって! 翔平:いや。……あれから一週間経ったんだぞ。もう帰って来る訳ないだろ。 裕也:へ? 翔平:え? 裕也:は?……お前、何の話してんの? 翔平:え?何の話?何ってそりゃあ……あー……ぺ、ペット、とか……? 裕也:お前ペットなんて飼ってたっけ? 翔平:飼ってない。 裕也:なんだよそれ。 翔平:あーもー何でもねぇよ。何だよ、何が帰ってくるんだよじゃあ。 裕也:あぁそうだ!今日上司が教えてくれたんだよ!涼子さん、日本に帰ってくるんだって。良かったなあ、おい!  :(間)  :  翔平:あぁ……へえ。そうなんだ。 裕也:反応にぶっ!……んだよ。嬉しくねえの? 翔平:もう、終わったことだから。 裕也:アクセサリーの彼女がいるからか?でも、その子とまだ付き合ってる訳じゃないんだよな?  :(間)  :  翔平:……そうだけど。 裕也:じゃあ、今の内にその子とは縁を切れ。脈のない男に時間費やしてたら勿体無いだろ?な? 翔平:何で脈がないって決めつけるんだよ。 裕也:だって……お前には涼子さんがいるだろ。帰ってくるんだから、涼子さん。 翔平:は?だから涼子とは終わったことだって……、 裕也:駄目だよ……駄目だ、駄目だそんなの! 翔平:え? 裕也:言ったろ!駄目だよ、駄目なんだ!涼子さんの隣りに立つのはお前だろ!お前以外に、誰があんな風に涼子さんを笑わせるってんだよ!お前しかいないだろ。お前だよ。お前じゃなきゃ駄目なんだよ……! 翔平:裕也、落ち着けって……! 裕也:無理だ、堪えられない。堪えられないよ、無理だ。無理だよ、無理だ……! 翔平:裕也……! 裕也:お前以外の人が涼子さんの横に立つなんて嫌だ!涼子さんにはお前じゃないと!だってそうだろ!?涼子さんは……無理だ、無理だよ。頼む。頼むから!(翔平に縋りつく) 翔平:あーもう!話聞け馬鹿……!(裕也を殴る) 裕也:ぁが……っ! 翔平:なんだよ俺じゃなきゃ駄目って。そんなことないだろ?そうじゃないだろ!お前は、俺以外が涼子の横に立つのが許せないって言うけどな!……そうじゃねえだろ?本当は、俺が立つのだって許せないんじゃないのか! 裕也:何言って……、 翔平:ハッキリ言えよ!好きなんだろ涼子が! 裕也:…………! 翔平:涼子が好きなら、お前がその横に立てばいいだろ!涼子の隣りに!俺じゃなくて!お前が! 裕也:…………無理だよ。 翔平:何が無理なんだよ! 裕也:俺じゃ……神様に認めてもらえない。 翔平:はぁ!?  :(間)  :  翔平:(脱力して)言うに事欠いて神様って……あーもう。ほんと、何なんだよ、お前。そんなに涼子を幸せにする自信がないのかよ……。 裕也:それは、ある。 翔平:あるのかよ。 裕也:俺の方が、絶対涼子さんのこと好きだ。 翔平:そーかよ。……なら幸せにしてやれ、お前が、隣りで。 裕也:…………。 翔平:ま。涼子にも選ぶ権利はあるけどな? 裕也:それなあ……。 翔平:っふ、くくく……! 裕也:おい笑うなよ! 翔平:あはははは……!……ごめんごめん。 裕也:このやろう。 翔平:お前なら大丈夫だよ。 裕也:何を根拠に。 翔平:ん?元彼の勘。 裕也:(暫し呆気に取られて)ハッ……そりゃあ心強いわ。  :   :   :   :(場面転換。一ヶ月後。翔平の部屋)  :  翔平:おーい。聞こえてるかー。聞こえてるよな、きっと。人間として現れる前も、この机の上から、色々見てたらしいもんな?お前。  :(間)  :  翔平:いるんだろ?なあ……。 翔平:この前まで普通にしてたじゃん。何だよ。突然消えるなんて聞いてねえよ。突然、何も言わずに、振り返ったらいない、なんて。……そんなのってあるかよ……。 翔平:なあ。この部屋ってこんな広かったかな。お前が遊んでたゲームのデータも、食べかけのお菓子もある。お前がいたことは俺の妄想じゃない。……そう思うのに。 翔平:思うのにさあ。ないんだよ、どこにも。お前の……なんてーの?カケラ?みたいなやつ。匂い、って言えば良いのかな。どこにもさ、お前がいた匂いがしねぇの。どこにも。……はは。やっぱお前って人間じゃなかったんだなあ、ほんと。 翔平:何かさあ。何か……お前がいないと、俺この部屋でぽつんと浮いてるみたいでさ。あー、お前の声とか、笑った顔とか……。ほら、俺よくお前の頭叩いたけどさ、その、なんつーのかな。そういう距離感とか、そういうの。そういう全部がさ……大事だったんだな、って……今更だよなあ、こんなの。 翔平:涼子の時も……あいつきっと色々溜め込んでて、色々積もり積もっててさ、それで、きっと爆発したのがあのタイミングだったってだけなんだよな、きっと。俺、いっつもにぶくて。色んなことに気付くのが遅くてさ。駄目だよなあ、ほんと。 翔平:いつだったかなあ。もうかなり前のことなんだけど。夜中に涼子が突然泣き出してさ。俺、もうどうして良いか分からなくって。心当たりもねえし、涼子全然泣き止まないしさあ。 翔平:すっげえ馬鹿みたいなんだけど、誰かが泣く時、嬉しいと、涙の最初の一粒が右から出るって。悲しいと、左から出るって……誰かが言ってたの思い出してさあ。あれ?最初ってどっちから流れたんだっけ?なんて、どうでも良いこと考えてさあ……それで何にも言えなくなって……。 翔平:今なら思うんだよ。どんな涙であれ、俺の仕事は、それを拭(ぬぐ)うことだったって。……ちゃんと拭ってあげるべきだったって。今なら思うんだ。 翔平:  翔平:だから……だからさ。今なら色々もっと、上手くやれると思うんだよ。だから……、 翔平:戻ってこいよ、なあ……。  :   :   :(長めの間。すると突然、家のインターホンが鳴る。翔平、動かない)  :   :(またインターホンが鳴る)  :  翔平:あー。ったく。誰だこんな時間に……。はーい!  :(間)  :  翔平:はい。どちら様で……、 涼子:よっ。久しぶり。 翔平:涼子……。 涼子:変わってないねえ、翔平。ってことで……お邪魔しまーす。 翔平:は?お、おい……! 涼子:わー!翔平の部屋久しぶり。あはは。部屋も全然変わってないじゃん。……って、キャッ!  :(急にびゅうッと風が吹く)  :  地球儀:(声だけ)ちゃんと変わったよね、ショウは。 翔平:……ッ! 涼子:……びっくりしたー。もう、なに?すごい風……。 涼子:……あ、窓が空いてるのに玄関開けたからか。ごめんごめん。  :(間)  :  涼子:……?翔平? 翔平:え?……あぁ。 涼子:ね、一応窓閉めて良い? 翔平:……うん。 涼子:……っしょ、と。……ん? 翔平:え?どうした? 涼子:あ、ううん、今……。今、この地球儀の、海のとこが揺れた気がして……。 翔平:…………っ。 涼子:……なーんて。きっと気のせいだね。光の加減かな? 涼子:……ん?あれ?このピアス……。やだ、女物?しかも片方って。彼女の忘れ物、かな?……あは。隅に置けないなあ、翔平も。 翔平:…………。 涼子:そっか……良い人出来たんだ、翔平。 翔平:…………。 涼子:待たないでって言ったの、私だもんね。 翔平:…………。  :(間)  :  翔平:ごめん。 涼子:何で謝るの。 翔平:待てなくて、ごめん。 涼子:謝られるのは……きついなあ。 翔平:……ごめん。  :(間)  :  涼子:(深く息を吸って)本、返してくれる? 翔平:え? 涼子:貸してたオススメの本。あれー?もしかして無くした? 翔平:あ、いや。あるよ、ある。……ほら、ここに。……はい。 涼子:たしかに。……これ、私がいない間に読んだ? 翔平:……いや。 涼子:そっか……そっかあ。 翔平:ん? 涼子:んーん。実はね。ちょっとした賭け……してたの。はは。でも負けちゃったみたい。手放しちゃいけないもの手放しちゃう天邪鬼が、今更神様に認めてもらいにきても……遅いよね。 翔平:涼子……? 涼子:三年前は、ごめん。 翔平:いや。……もう終わったことだよ。 涼子:そっか……そうだね。じゃあ……また。 翔平:…………また。  :(涼子、帰ろうとする)  :  翔平:……っ、涼子……! 涼子:…………なに? 翔平:あの時、何も言えなくて、ごめん。涙、拭いてあげられなくて、ごめん。 涼子:……だから、謝られるの辛いってば。 翔平:ごめん。 涼子:ほんと、いつの話してんだか。……ふふ。じゃあね!  :(涼子、笑って玄関から出ていく)  :  翔平:……今度は俺、ちゃんと待つよ。……ちゃんと。  :   :   :   :(場面転換。翔平の部屋を出た涼子は、一人ゆっくりと川沿いを歩いている)  :  涼子:追いかけては……流石に来ない、よねえ……。 涼子:(深いため息)終わったこと、か……。きっついなあ……。 裕也:(後ろから走ってきて)涼子さん! 涼子:え?裕也くん!?なんで……。 裕也:翔平から連絡があって。 涼子:……いつの間に。 裕也:…………。 涼子:……そっか。裕也くんに連絡する余裕があるくらい、もう私の入る隙間はなかったのか。 裕也:え? 涼子:埋まっちゃったんだねえ。きっと。 裕也:な、なんの話すか? 涼子:裕也くん。 裕也:は、はい! 涼子:駄目だった。  :(間)  :  涼子:認められなかったみたい、私。 裕也:……それは。 涼子:曲がることを。神様に、認められなかった。 裕也:…………。 涼子:私のこと、好き? 裕也:…………はい。 涼子:ふふ。だよね。……知ってた、ごめん。 裕也:謝られるのも辛いんすけど。 涼子:(少し笑いながら)分かる。 裕也:は、はい? 涼子:謝られるのって、辛いよねー。 裕也:はあ……。 涼子:現実ってさー。映画みたいにいかないよね。綺麗なハッピーエンドなんてほとんどなくて、何とも言えない、盛り上がりも山場もない、なんてことない日が続いてく。 裕也:まあ。そうっすね……? 涼子:実際はすれ違いばっか。噛み合わなくて、もどかしくて、ご都合主義の世界みたいには上手くいかないことばっかり。 裕也:……儘ならない、っすか? 涼子:儘ならない、ねえ。 裕也:ぐにゃり、ってしたいっすか。 涼子:ぐにゃり、って……したいねえ。 裕也:……せーの? 裕也:(涼子と同時に)ぐにゃり! 涼子:(裕也と同時に)ぐにゃり!  :(二人、向かい合って同時に噴き出す)  :  涼子:あー、何か呑みたくなってきた。君、付き合ってくれるよね? 裕也:…………はい!  :  :(涼子と裕也、「もちろん君の奢りね!」「えぇ!?」などと話しながら退場)  :   :   :   :   :【台本終了】  :