台本概要
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タイトル | 『青い夜のアイリッシュ・コーヒー』【前編】/BAR「猫町」“出奔者篇”#2 |
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作者名 | sazanka (@sazankasarasara) |
ジャンル | その他 |
演者人数 | 3人用台本(男1、女2) |
時間 | 50 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
とある街、とあるBAR。 とある、仕事の話。 ―2021年10月某日― “出奔者篇(イデハシルヒトヘン)”。 とあるBARの、比較的賑やかな夜の少しの時間を切り取った連作エピソードです。(“お1人様篇”シーズン1と併せて、BAR「猫町」1stシーズンを構成しています。) 自由に、楽しんで演じて頂けますと幸いです。 168 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
カスミ | 女 | 138 | 店員。月のように笑む女。 |
ヨウコ | 女 | 78 | 女性客。籠から出つつある女。 |
ナミヨケ | 男 | 132 | 常連客。闇路を駆ける男。 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
カスミ:或る、心象のうた。
ナミヨケ:この美しい都会を愛するのはよいことだ
ナミヨケ:この美しい都会の建築を愛するのはよいことだ
ナミヨケ:すべてのやさしい女性をもとめるために
ナミヨケ:すべての高貴な生活をもとめるために
ナミヨケ:この都にきて賑やかな街路を通るのはよいことだ
ナミヨケ:街路にそうて立つ桜の並木
ナミヨケ:そこにも無数の雀がさえずっているではないか
ナミヨケ:ああ このおおきな都会の夜にねむれるものは
ナミヨケ:ただ一匹の青い猫のかげだ
ナミヨケ:かなしい人類の歴史を語る猫のかげだ
ナミヨケ:われの求めてやまざる幸福の青い影だ
ナミヨケ:いかならん影をもとめて
ナミヨケ:みぞれふる日にもわれは東京を恋しと思いしに
ナミヨケ:そこの裏町の壁にさむくもたれている
ナミヨケ:このひとのごとき乞食はなにの夢を夢みて居るのか。
0:タイトルコール。
カスミ:『青い夜のアイリッシュ・コーヒー』
0:【間】
カスミ:【19時25分】。
0:10月某日。とあるバーの店内。女性店員が1人。
0:鮮やかな体色のコーンスネーク(小型の蛇)を飼育用の透明ケージに収め、店内の一角に設置するという作業を終え、トイレの水道で丹念に手を洗っている。
0:ちょうど、カウンター内に戻ろうとしたところで、ドアベルが鳴り、女性客が1人、来店。
カスミ:いらっしゃぁーい。お一人かなぁー。
0:店員の姿を見眇めると、やや堅くなった調子で、女性客は答える。
ヨウコ:あ、は、はい、1人、です……。
カスミ:店内へどーぞぉ?
ヨウコ:どうも……。
ヨウコ:(カウンターの一席へ腰掛けながら)あの、お邪魔、致します……。
カスミ:オジャマじゃないよ? クフフ……。
カスミ:(コースターを出しつつ)今日はオネエサンが1番乗り。ここ、初めて?
ヨウコ:あ、ええと、来させて頂いたのは2度目なんですが、1度目は……、
カスミ:あぁ、そ。ボク居なかったよね?
ヨウコ:そう、ですね、その時は。
カスミ:オネエサンみたいなキレイなヒト、忘れるハズないもんね。
ヨウコ:きれい……、
ヨウコ:い、いいえそんな、そのような……、
カスミ:クフ、ムリムリ。どー見たってカワイイから。
カスミ:あ、荷物、うしろとかに置いてねぇ。
ヨウコ:すみません……。
0:壁沿いの空き席に、肩掛けの鞄を置く。
カスミ:香水、イイね。
カスミ:好き。
ヨウコ:あ……、ありがとうございます、いつも、ひとに選んで頂いているので……。
カスミ:楽にしてねぇ。
カスミ:前は、ドンナのがお相手したのかな。
ヨウコ:男性の店員の方で、えと、パーマの……、
カスミ:あぁ、ハイハイ。
カスミ:前来たのも月曜?
ヨウコ:そう、ですね、1月ほど前……、
カスミ:普段はアイツの担当なんだけど、今日は臨時でボクが。
カスミ:モシカして、会いたかった?
ヨウコ:あの……、とても、親身に話を聞いてくださったので……、
ヨウコ:お礼を、と思っていたんですが、
カスミ:そっかぁ、ごめんなさいだね。
ヨウコ:いえ、また来させて頂けただけで……。
カスミ:ヨロシク言っとくよ。
カスミ:(三日月のように笑み)こーゆぅトキに限って居ないのがアイツっポイなぁ。
ヨウコ:いえ……、
カスミ:ま、イイや。
カスミ:ボクはカスミっていいマス。ヨロシクぅー。
ヨウコ:あ、わたしは、ヨウコ、と申します。
ヨウコ:(深く頭垂れ)よろしくお願い致しますっ。
カスミ:クフ。
カスミ:じゃ……、ヨウコさんはナニ飲むのかなぁ?
ヨウコ:あ、……、
ヨウコ:でしたら、その……、
0:心持ち、朗らかに。
ヨウコ:お花に、因んだカクテルを、お願いしたいんですが……。
0:暗転。
:
0:【間】
カスミ:【20時10分】。
0:一杯目のカクテルが出され、会話は案外と滑らかに進んでいる。未だ、次の来客は無し。
カスミ:……なぁーんだ。もうちょっとドロドロの修羅場を期待してたのに。
ヨウコ:本当に、お祖母様の鶴の一声、という感じで……。
ヨウコ:わたしも、それこそ人生を投げ打つぐらいの覚悟だったんですが、
カスミ:ま、もしかするとお母さんも、予め実家と連携する準備はしてたのかもねぇ。
カスミ:で、部屋は? 決まったの?
ヨウコ:ええと、今……、いくつかの物件を当たっているところなんですが、
ヨウコ:実は、この近くの……、
0:会話を遮り、ドアベルが鳴る。
カスミ:いらっしゃぁーい。
0:男性客が1人、入店。
ナミヨケ:まーいどー。
ナミヨケ:って……、今日キミなん?
カスミ:(間違ったイントネーションで)
カスミ:そーやねん、きょー、ボクやねん。
ナミヨケ:やめェやソレ。
ナミヨケ:タニマチは? 休みか。
カスミ:せやねん、休みやワぁ。
ナミヨケ:あのな、地方出身の人間にゼッタイやったらアカンやつやからな、ソレ。
カスミ:ウクク。結構イケてたでしょ。
ナミヨケ:イケてへんわ、鳥肌立つ。
ナミヨケ:あ、隣いい?
ヨウコ:(少し戸惑い)
ヨウコ:えっ? あ、はい、ど、どうぞ……?
カスミ:(男性客にコースターを出しつつ)
カスミ:大丈夫だよ、よく喋るだけで噛んだりシナイから。
ナミヨケ:犬か、オレは。
ナミヨケ:鞄、うしろ置かしてな。
カスミ:どこでもおかはったら、ええでっしゃろがな。
ナミヨケ:(顔を覆いながら)
ナミヨケ:もォー……。寝起きにキツいてコイツー。
カスミ:寝起きなんだ?
ナミヨケ:おー……。昨日の仕事が結局朝までかかったからな。非番やし寝倒したろ思(おも)て。
カスミ:ふーん……。じゃ、チューヤ逆転のヒトは、ナニ飲むの?
ナミヨケ:んー、なーんしょォ……、正味(ショーミ)取り敢えずで来たからな……。
ナミヨケ:(ふと向き)お姉ちゃんはソレ、何飲んでんの?
ヨウコ:え、あ、ええ、と……、
ナミヨケ:ごめんな急に振って。
カスミ:『エリカ』。
ナミヨケ:あ、ていうんや? オレは「ナミヨケ」いいます。
ナミヨケ:よろしくどーぞ。
ヨウコ:あ、いえ、
カスミ:違いまぁす。飲んでるのの名前が『エリカ』。
ナミヨケ:ややこしっ。エリカいう人が作ったカクテルなん?
ヨウコ:え、っと、「エリカ」、というお花があって、ツツジの仲間なんですが……、厳密に言いますとまず、
カスミ:このコはヨウコちゃん。タニマチに会いに来たんだってぇ。
ナミヨケ:はァーーーーーっ?? キミが???
ナミヨケ:……アイツのドコがエエわけ? パーマなトコ?
ヨウコ:えっ? っと……、
カスミ:ウクク。
ナミヨケ:や、エエ奴やとは思うけども。あんなんでイイんマジで?
ヨウコ:いえ、あの、語弊がありまして……、
カスミ:初めてウチに来た時、いっぱい悩みを聞いてくれたんだよねぇ。
ヨウコ:はい……、それで、良い報告もあったので、お礼も兼ねて、と……、
ナミヨケ:ほォーん……。まあアイツ話だけはよう聞いてくれるしな。
カスミ:バーテンとしては真っ当だよねぇ。
ナミヨケ:いうてオレも、ハナシしに来てるみたいなもんやし……。
ナミヨケ:ちゅーかアイツの日ィ大概ヒマやねんけど。店的には大丈夫なん?
カスミ:ボクともう1人で持ってるから、大丈夫じゃナイ?
ナミヨケ:言うんか、ソレ大丈夫て……。まあオレみたいなんには静かでエエけど。
ナミヨケ:ほんで、オレは何を飲むの?
カスミ:さっきから考えてるんだけど、起きたばっかりなんだったら珈琲を飲んだら?
ナミヨケ:ワザワザBARで?
カスミ:飲むヒトもいるよ? でも、ボクが思ってるのはお酒。
ヨウコ:珈琲の、お酒、ですか……?
カスミ:そぉ、ね。カクテルの一種とも言うかな。
ナミヨケ:なんやわからんけど、ほなそれで。
カスミ:生「ほな」、イタダキましたぁ。
ナミヨケ:ッめろやマジで。オイ。
カスミ:基本はホットなんだケド、冷たくも出来るよ。
ナミヨケ:んー、いや、ホットで。
ナミヨケ:ちゅーか今日寒ない? オレだけ?
ヨウコ:先週ぐらいから、冷えますね、朝晩は……。
カスミ:(作業を進めながら)
カスミ:ホントにね。
カスミ:蛇が弱っちゃうから……、開店前にヒーター買いに行かなきゃだった。
ナミヨケ:ヘビ???
カスミ:(指で示し)
カスミ:ソコにいるよ、お手洗いの横。
ヨウコ:(驚き、身構え)
ヨウコ:えっ……??
ナミヨケ:いや、あのケースやろ透明の。
ナミヨケ:どれ……。
0:常連客は立ち上がり移動し、透明の飼育ケージを覗き込む。
ナミヨケ:うわ、ホンマに居(お)るやん。
ナミヨケ:1匹?
カスミ:そー。
ナミヨケ:小っっっさ。コイツこんで大人なん?
カスミ:赤ちゃんではないケド、もっと大きくなるね。
カスミ:良かったら、ライト付けてよく観てあげて。
ナミヨケ:ライト……、
ナミヨケ:お、スイッチこれか。おりゃ。
ヨウコ:(おずおず、興味ありげに)
ヨウコ:蛇さん……、
カスミ:苦手なら、オススメしないケド。
ヨウコ:家の、お庭の花壇にトカゲさんが沢山居たので、見るのは平気で……、
ナミヨケ:コイツ金ピカやんけっ!
ナミヨケ:マジのやつコレ?? 塗ったとかじゃなくて?
カスミ:屋台のヒヨコじゃないんだから。
カスミ:そのコは「ゴールドダスト」っていう種類。
ヨウコ:(覗き込みながら)
ヨウコ:綺麗な、子ですね……。
カスミ:美人でしょぉ? 色、オソロイなの。
カスミ:ボクの髪は染めてるだけだけど、そのコは生まれつき。
ナミヨケ:そーいう金髪また流行って来てるのォ。白とか緑とかにしてやる子も居(お)るし……。
ナミヨケ:ちゅーか高いんちゃうんコイツ。餌、アレやろ、冷凍の……、
カスミ:マウスだよ。
ナミヨケ:おわァー……。まァ慣れたらそんなモンなんやろけど……。
カスミ:(サイフォンで珈琲を淹れつつ)
カスミ:お客サンいるトコでは、あげないつもりだけどね。
ナミヨケ:実家の近くの山道思い出すわー。
ナミヨケ:蛇がネズミ丸呑みにしとったりなー……。
ナミヨケ:(席に戻りながら)ほんでコイツは何なん、オーナーの新しい趣味か?
カスミ:ミツユさんの好みではナイなぁ。
カスミ:……ボクんトコに居たコだよ。無理行ってココに置かせてもらったの。
0:語りつつ、温めた耐熱グラスに材料を注ぎ、軽く掻き混ぜる店員。
ナミヨケ:転居でもしたん?
カスミ:……再来週ね。バタバタするのヤだから、一足先にこのコだけお引越し。
カスミ:飲み物、もうスグ出来るから。
ナミヨケ:あ、ええよユックリで。
ヨウコ:(観照ライトを消し、席に戻りながら)
ヨウコ:ありがとうございます。何だかマジマジと観てしまいました……。
カスミ:生きてるモノってずっと見てられるよねぇ。
ナミヨケ:名前とかあるん?
カスミ:さぁ……? 知らない。蛇の言葉はワカンナイし。
カスミ:ボクは「蛇」って呼んでる。
ナミヨケ:シンド、コイツのこーゆーのんホンマ……。
ヨウコ:少し……、わかりますっ。人間の尺度を押し付けるべきじゃないというか、
カスミ:まぁ……、繁殖させてケージで飼ってる時点でエゴでしかナイけど。そのぐらいの距離が丁度イイんだよねぇ。
0:湯気立つ珈琲をホットグラスに注ぎ、軽くステア。泡立てた生クリームを浮かべ、数種のパウダーを少量、散らす。
カスミ:ん……、イイ出来。
カスミ:(グラスを出しながら)おまちどぉさま。
カスミ:『アイリッシュ・コーヒー』。
ナミヨケ:おお……、おおきに。
ナミヨケ:なんか見た目はアレやな、ウインナーコーヒー……、
ヨウコ:良い香り……。
カスミ:混ぜずに飲んでみてよ。
カスミ:あ、その前に……、
カスミ:乾杯、とかする?
ナミヨケ:おォ、しよしよ。意味のナイ乾杯は何回したってエエからな。
ナミヨケ:キミも、何か飲みや。
カスミ:そう言ってくれると思って、もう作っておいたのでしたぁ。
0:三者、各々のグラスを持ち、
カスミ:じゃぁ……、ヨウコちゃんの2度目のご来店と、今夜の珍しい取り合わせに。
0:掲げ、交わす。
カスミ:かんぱぁい。
ナミヨケ:カンパーーーイ。っしゃーー。
ヨウコ:かん、ぱい……っ。
0:男性客は褐色の液体を一口、唇へと含む。
ナミヨケ:……お。
ナミヨケ:美味いやんコレ……。ウイスキー入ってんねんな?
カスミ:ぴんぽーん。その名の通り、アイリッシュウイスキー入りの珈琲。
カスミ:寒ぅい国の飛行場で、離陸待ちの乗客の為に作られたカクテルだよ。
ナミヨケ:(ずず、ともう一口啜り)
ナミヨケ:あと何か、珈琲とちゃう、香ばしい感じも……、
カスミ:ヘーゼルナッツシロップがちょっとだけ入ってるね。一応、ウチの特製レシピ。
ヨウコ:へぇ……。
ナミヨケ:美味い美味い。これクリームは勝手に混ざっていきよるんがエエねんな?
カスミ:そぉね。混ぜるヒトもいるけど、一口毎に変わってくのを楽しむもの。
ナミヨケ:シャレオツやのォ。今度タニマチにも作らそ。
カスミ:(ニヤ、と、三日月のように笑み)
カスミ:多分……、嬉しそぉーーなカオして、作ってくれると思うよ。
0:暗転。
:
0:【間】
カスミ:【20時35分】。
0:ある程度グラスが進み、女性客はほろ酔い、男性客は饒舌。
0:次の来客は、無し。
ナミヨケ:……やから、段々標準語にスライドしていくヤツいうんは、要はケッキョクのトコ、劣等感に負けてまうんよな。
ナミヨケ:こっち出て来て揉まれるウチに。
カスミ:元々地元のボクらにはちょっとピンとこないけど……、
カスミ:アナタは違うってコト?
ナミヨケ:オレは……、
ナミヨケ:あ、ヨウコちゃんも地元か。
ヨウコ:ええ、と……、そう、ですねぇ、他県出身では無い、という意味では……、
ナミヨケ:ちょい水とか貰(も)うた方がエエんちゃうキミ?
カスミ:そぉね。
0:聞きつつ店員は、背の低いグラスに、冷えたミネラルウォーターを注ぐ。
ナミヨケ:ほんで、オレの場合はやな……、
ナミヨケ:早いウチに、意地張っとかなアカン状態から離れたいうんがデカいかもな。別にエエわー思て、逆に普通に地元弁で喋れるもん。
カスミ:(女性客にグラスを出しつつ)
カスミ:会社辞めた辺り?
ナミヨケ:せや。1年も居らんかったけど、別に悩まんかったし。
カスミ:理由は?
ナミヨケ:イロイロあるけども……。
ナミヨケ:「アッレ、しょーもな、居(お)りたないトコに居(お)る為に、やりたない事やってるわオレ」、て、気ィ付いてもーた事かな。
ナミヨケ:その割にはストレスデカない? て。
カスミ:ふぅーん……。
ナミヨケ:居(お)る意味無いトコに居(お)りたないからワザワザ地元出たのに、こっちでもオンナジやったらアホみたいやし。
ナミヨケ:何でもないカオして、シュッと辞めたったわ。
カスミ:ワカンナイけど……、ヒトが仕事辞めるトキって、大体そんな感じじゃナイのかな。
ナミヨケ:オレもそー思(おも)とった。
ナミヨケ:せやけど……。
0:一口、啜る。
ナミヨケ:似たような時期に仕事辞めた、コッチ出て来とる関西の連れ何人かと飲んだ時あってな。
ナミヨケ:そんトキびっくりしてん。
カスミ:ナニにぃ?
ナミヨケ:全員とちゃうけども……。
ナミヨケ:ほっとんどみぃーんな、ナンかに負けたみたいな、ヤラれたみたいな、ショボくれーたカオしとって……。
ナミヨケ:凹んどるんやなくて、せやな、自分が何か悪いコトして、後ろめたいと思っとる時みたいな顔や。
ヨウコ:…………。
ナミヨケ:聞いとったら皆、上司と喧嘩したったやの、辞表突きつけて職場飛び出したったやの、クチではエエように言いよるわ。
ナミヨケ:せやけど……、眼ェ見たらワカるわな。
ナミヨケ:怯えたような、噛み付かれたような……、
ナミヨケ:「喰われた」みたいな眼ェしとった。
ヨウコ:くわれ、た……。
ナミヨケ:地元ではイキっとった、殺しても死なんのんちゃうかと思(おも)とったヤツも。
ナミヨケ:コイツ我ァ強いのォ、イケ好かんのォと、思(おも)てたヤツも。
ナミヨケ:「オマエそんなんちゃうかったやろ」て、ココまで出たわ。
ナミヨケ:そのクセ大概な、ガンバってちょっと標準語喋ろうとしとんねん。自然に、思わず、こっちに馴染んできてー、みたいなん、装ってんのんミエミエで。
ナミヨケ:背筋寒ぅなったわ。
カスミ:穿ち過ぎ、なんじゃナイのぉ。
ナミヨケ:かも知れん。
ナミヨケ:やけども、アレは忘れへん。
ナミヨケ:キミらは感覚ワカランかもしれんけど……、こっち出て来て、いうて好き勝手生きとる中で、街っちゅーんは、都会っちゅーんは、どっか薄ら怖いトコあるかもしれん、て思(おも)た最初や。
0:一口啜り。
ナミヨケ:今はもう慣れてしもて、マヒしてるけども。
カスミ:今のオシゴトになってから?
ナミヨケ:まァ……、せやな。
0:冷水を何口か含み、幾らか火照りの取れた様子の女性客。
ヨウコ:あ、の……、
ナミヨケ:ん?
ヨウコ:ナミヨケさん、の、今のお仕事、というのは……、
ナミヨケ:んんーー?? あ、訊く??
ヨウコ:あ、ご、ごめんなさい、そうですよね、こういった場所で、そのような事は……、
ナミヨケ:や、別に隠してるモンでもないしエエねんけど、あんま面と向かって訊かれたコト無かったから……。
カスミ:ボクも、前に軽く聞いただけでちゃんとはシラナイんだよねぇ。
ナミヨケ:ジブンあれよな、オナジミみたいな感じで喋ってるけどオレと会うのん3回目ぐらいよな。
カスミ:オボエてなぁい。
ナミヨケ:エエんかソレで……。
ナミヨケ:ええー、と……、
0:鞄をまさぐり、名刺ケースを取り出す。
ナミヨケ:ヨウコちゃんもキミも、何かの時に必要になるかもわからんし、名刺だけ切っとくわ。
ナミヨケ:(名刺を差し出し)こういうのんやっとります。よろしくどーぞ。
ヨウコ:(受けとり)
ヨウコ:あの、どうも……。
カスミ:(受け取り、あらためつつ)
カスミ:……『個人送迎・運搬サービス コダマMOVE(ムーブ)』。
カスミ:『人デモ物デモ、イツでもドコでもドコマデも』……。
カスミ:ヨウコちゃぁん、こんな名刺持ってちゃダメ。今日聞いたコトも忘れるんだよ。
ヨウコ:えっ……、
ナミヨケ:おいコラ、
カスミ:これアレでしょぉ、完全アウトなヤツでしょぉ。
ナミヨケ:ちゃうワイ! 確かに何周も回って最も怪しい感じでまとまってもーてんのは認めるけど。
ナミヨケ:組合にも入ってるし、求人広告も出しとるわ。
カスミ:裏の組合、闇の求人でしょ。
ナミヨケ:ヤメロて! ヨウコちゃんヒいてもーとるやろ。
ヨウコ:い、い、いえ……っ。お、大人になる、というのは、こういったことも併せ飲むというコト、なんです、よね……っ、
ナミヨケ:見てみィっ、ジブンのチャチャのせいでイタイケな社会性が歪みかけとるわっ!
カスミ:クフフフフフ。冗談だよぉ。セイゼイ脱法止まりでしょ。
ナミヨケ:バチバチ合法じゃ。ただ社長がちょっと頭ヤワラかいから、イロイロと「個人的な」シゴトも請け負っとるだけで……、
カスミ:(すかさず)ヨウコちゃん名刺かしてぇ、燃やすから。
ナミヨケ:コレばっかりはオレもウマい言い方が見つからへんのよ!
ヨウコ:(虚ろ気に)
ヨウコ:あ、あ、悪徳……、清濁……、
ヨウコ:わたしは大人…………。
0:暗転。
:
0:【間】
カスミ:【20時52分】。
0:会話の途中で、男性客はトイレに立ち、カウンターには店員と女性客。
カスミ:(自分のグラスを傾けつつ)
カスミ:明日は休みなの?
ヨウコ:はい……、なので、今日は少し気楽で。
ヨウコ:あの、こちらは、何時頃まで、
カスミ:大体終電までは看板点いてて、後は流れシダイ、かなぁ。この辺りはあんまり、夜遅くないの。
ヨウコ:もう少し、居させて頂いても……、
カスミ:お好きなダケ。ヨウコちゃんオモシロイから……。
カスミ:言われない?
ヨウコ:い、いえ……? 世間知らずを驚かれる事はあっても、面白さとは、無縁だと……、
カスミ:それに可愛い。
ヨウコ:え……、
カスミ:ホントに、かわいい……。
ヨウコ:あ、あの……?
0:店員は長い睫毛を伏せ、細めた眼で女性客を見ている。
0:ニヤ、と、暗夜に裂ける月の如き笑み。
0:沈黙が降りかけた所で、男性客がトイレより帰還。
ナミヨケ:(足早に戻りつつ)
ナミヨケ:トイレ寒っっっむ。暖房無いのん??
カスミ:冬はもっとだよ。ボクなんか去年、ナルダケ行かないようにしてたんだから。
ナミヨケ:付けようや、トイレに暖房。店ん中で蛇が一番ヌクヌクしとるやんけ。
カスミ:オーナーに言ってくださぁい。
0:座り、男性客は残った褐色の液体を干す。
ナミヨケ:ん、美味かった。なんかもう1杯もらおか。
ナミヨケ:これ、入ってたアイリッシュはナニ?
カスミ:『ジェムソン』だよ、ベタに。
ナミヨケ:んじゃソレ、お湯割りで。
カスミ:はぁい。
カスミ:ヨウコちゃんは、ゆっくり飲んでねぇ。
ヨウコ:すみません、チビチビ、いかせて頂いてます……。
ナミヨケ:マイペース大事やで。
ナミヨケ:ええと、ほんで、どこまで言うたっけ……、
カスミ:(耐熱グラスを温めつつ)
カスミ:オモテムキは個人タクシーで、小さい荷物も運んだりする、って辺りまで。
ナミヨケ:表向き言うなや。メインの業態じゃ。
カスミ:要はアレなんでしょぉ。運び屋とか、夜逃げ屋とか、そういうカンジでしょ。
ヨウコ:は、運び屋……、
ナミヨケ:ジブンが言うてんのてアレやろ、映画みたいな、武器とかクスリとか死体とか運ぶヤツ。
ナミヨケ:あーゆーのんとはちゃうぞ。
カスミ:(残念そうに)
カスミ:ええ……、違うのぉ?
ナミヨケ:やったらこんなポンポン名刺出さんし、飲み屋では言わんわな。
カスミ:でも居るでしょ。
ナミヨケ:モチロン居(お)るよ。
ナミヨケ:けどソイツらかて、映画みたいな感じやないし。
ナミヨケ:もっとフツーの、オッサンとかジジイとかや。
カスミ:(耐熱グラスにウイスキーを注ぎつつ)
カスミ:逆にポイ感じってヤツね。そういうの好き。
ナミヨケ:そーゆーヤツらが出張るようなシゴトには関わらへん。社長がウマいことカットしたり、ヨソへ振るからな。
カスミ:ナンダカンダ言って、結構近いトコに居るんじゃないのぉ?
ナミヨケ:(僅かだけ眼差しが冴え)
ナミヨケ:ソコらはキミらかてオンナジちゃうの。
ナミヨケ:ボスが泥カブってるダケやと思うで?
カスミ:……、ノーコメント。
カスミ:でもそうだよ。
0:熱湯でグラスを満たし、軽くステアの上、供する。
カスミ:ハイ、どーぞ。
ナミヨケ:おおきに。
ナミヨケ:……要はな、ドコに居(お)るかやなくて、どう在りたいか、や。
ナミヨケ:社長は今の仕事のカタチ守る為に、タイガイ苦労しはったらしいけどな。
ヨウコ:どう……、ありたいか……。
カスミ:ソンケイしてるんだ。
ナミヨケ:まーーーームチャクチャなヒトやけど。
ナミヨケ:拾(ひろ)てもろたからな。良(よ)うしてもろてるし。
0:吹く息で冷まし、薫り立つ液体を啜る。
ナミヨケ:……ウマっ。湯ゥで割ったら何でもウマいのォ。
ヨウコ:ウイスキーって、本当に独特の……、複雑な香りがするんですね。
カスミ:樽の香りだね。木の種類によっても変わるし……、喋ると長いんだケド、
ヨウコ:麦や穀物が原料なのに、果物や、キャラメルのような……、
カスミ:香り付けの為に、シェリー酒を漬けた樽で熟成したりもするし。シングルモルトっていうのもあって、
ナミヨケ:マズいヤツな。
カスミ:あぁー。ブツギをカモす発言。
ナミヨケ:クレヨン食(く)てるみたいやん。ウマい言うて飲んでるヤツの気ィ知れんわ。
カスミ:モノによる、と思うけどなぁ。ウチはスコッチバーとかじゃナイから、別にイイけど。
カスミ:ヨウコちゃん、今度タメシテみてよ。
ヨウコ:はい……、是非っ。
0:店員はグラスを一口傾け。
カスミ:で? 運び屋サンじゃなかったら、ナニ屋さんなワケ?
ナミヨケ:おん? 続き行くカンジ?
カスミ:終わってナイでしょ。
ナミヨケ:(一口啜り)
ナミヨケ:……さっき、「夜逃げ屋」言うてたけども。ぶっちゃけソレは遠ないな。
カスミ:ふぅん?
ナミヨケ:裏やの闇やの、タイソウな話にせんでも……、
ナミヨケ:こっからどっかへ、ナニしてでも逃げたいヤツなんか、ナンボでも居(お)るいう事や。
カスミ:クビが回らなくなっちゃったヒト、とか?
ナミヨケ:イロイロある。
ナミヨケ:それこそコワいオッサンらから金借りて、首くくるしかなくなったヤツ。
ナミヨケ:ムチャなノルマ背負わされて、勤め先を辞めるに辞められへんヤツ。
ナミヨケ:急に、何もかもイランくなって、このままやと死ぬて思(おも)たヤツ。
ナミヨケ:宗教入ったはエエものの抜けられへんヤツとか、ストーカーにバレんと引っ越したいヤツとかな。
カスミ:…………、
ナミヨケ:理由なんか客の数だけあるけど。
ナミヨケ:とにかく社長とオレと何人かの運転手は、メインの業務とは別口で、そういう、イマ居(お)る場所からフッと「消えたくなった」ヤツを、トランクに積めるだけの荷物と一緒に「送り届ける」シゴトをやっとる。
ヨウコ:消えたく、なった……、
ナミヨケ:シゴトによったら誰にも見られんように、真夜中でも明け方でも真っ昼間でも、24時間受付ける。
ナミヨケ:県境(けんざかい)越えて、ヨッポドの長距離行くこともあるな。
カスミ:それ……、ブラックっていうか、闇な感じではナイのぉ?
ナミヨケ:モチロン、チョクで犯罪に手ェ貸すようなヒトやモノは運ばんよ。
ナミヨケ:運賃かて距離分、普通のタクシー程度には貰えるトコからは貰うし。同意の無い人間を乗せる事もキホン無い。
ヨウコ:あ、あの……、
ヨウコ:その、方たちは、ど、どこまで、行かれるんですか……?
カスミ:コワい想像してるね?
ナミヨケ:そらイロイロよ。
ナミヨケ:親んトコ、親戚んトコ、連れとか知り合いとか恋人とか、取り敢えず逃げ込めるトコ。
ナミヨケ:警察やら施設やらに直行の時もあるし、田舎の実家まで送り届ける事もある。
ヨウコ:警察……、
ナミヨケ:本人が行きたいトコ判らんトキは、何個か相談先もあるしな。
カスミ:本人が、ドコへ行きたいかワカンナイ時なんてあるの?
ナミヨケ:逃げとーても行くアテ無いヤツなんかイッパイ居(お)るで。
ナミヨケ:やし、必ずしも満足な判断能力があるとは限らんからな。生まれつきトロかったり、追い詰められて頭オカシなってたり。
ナミヨケ:あともっと分かり易く、外人とか。
ヨウコ:……、そういった、方たちの、場合は……、
ナミヨケ:本人や無(の)ォて、周りの人間とか、相談員みたいなんが依頼してくる時もある。とにかく「どっか」へ逃がさなて、判断したヤツがな。
カスミ:そのヒトたちって、要するにNPOとか、そういう系の人たちって事?
ナミヨケ:とも限らんけどな。社長がアッチャコッチャに名刺撒いてるけど……、業界によっては、個人の方が動きやすい場合もあるし。
ヨウコ:それは、どういう……、
ナミヨケ:例えば夜の店、とか。
ヨウコ:……っ、夜の、
ナミヨケ:頭がちょいユルいとか、学校行ってへんとかの娘ォが、出るトコ出たら一発でアウトなるような、エゲツない条件で働かされとったとしてやで。モチロン全部やないけども、
ヨウコ:は、はい……、
ナミヨケ:ソレで諸々回ってんねやったらエエけど、問題は本人が辞めたなったのに辞められへん時や。
ナミヨケ:オレが行った中であったんは、現金もスマホも身分証も、ナンもかもぜーんぶ取り上げられて、ニッチもサッチもどーにも、動かれへんくなっとったヤツ。
ナミヨケ:生活は全部店に握られて、寮いうてるだけのボロ部屋で寝起きしてな。
カスミ:あるって言うね、そういうの。
ナミヨケ:そうなったらドコにも行かれへん。
ナミヨケ:電車やタクシーどころか、公衆電話すら使えん。
ナミヨケ:交番駆け込んだら、トカ言うヤツおるけどな、そういう状態がずっと続くと、逃れよういう発想すら失せてまう。
ヨウコ:……、
ヨウコ:精神の、摩耗……。
ナミヨケ:「喰われて」まうねん。
ナミヨケ:……そんトキは、偶々その辺りの相談役みたいなんやっとるオバハンが、運賃もナニも全部持つ言うて、依頼してきたわ。
ナミヨケ:舎弟みたいなんに客のフリさして指名して、ラブホの前でバァーっと車に乗して……。
ナミヨケ:待機しとった店の車と、プチカーチェイスしてもたけど。
ヨウコ:どう、なったん、ですか……!?
ナミヨケ:ようミチ知ってるエリアやったから、マいたよ。
カスミ:ゴリゴリに闇じゃん、裏じゃん。
ナミヨケ:ちゃうて。
カスミ:ソレ……、誘拐にはならないのぉ?
ナミヨケ:本人が自分の意思で車乗ったんやで。店側は損失やろけど、ソコは店とそのコの問題や。
ナミヨケ:オレらは金もろて、客を送り届けるだけ。
カスミ:それは、そうだけど……、
ナミヨケ:コッチに違法性は無いし、ジッサイ後ろ暗いのはドッチやねん、てなった時に、店側も深追いはしたがらん。
ナミヨケ:ま、店に借金とかさせられとったら別やけど……、
ナミヨケ:ソコらへんはバランスやな。
カスミ:……、ナルホド。
ナミヨケ:トモカクそーゆうような……、
ナミヨケ:法律やら、オモテの団体では眼ェも手ェも届かんようなトコかて、あるいうこっちゃ。
ナミヨケ:周りは大抵、見て見ぬ振りシヨルしな。
カスミ:(眼の奥が微かに冷え)
カスミ:……ソコは……、
カスミ:そう、だね。
0:男性客は湯気立つグラスを一口啜る。
ヨウコ:……その……、女性の方は、行き先を、仰られたんですか?
ナミヨケ:オトンのトコ。
ナミヨケ:ホンマはオカンのトコがエエねんけど、出て行ってしもて行方がワカランいうコトで。
ナミヨケ:マジで何も持ってへんかったから、助手の子ォのケータイ貸して、何とか連絡取って……。
ナミヨケ:県4つもマタいで、オレと助手とそのコの3人で。
ナミヨケ:しかも下道。旅行やでマジで。
カスミ:……、逃げることが出来たヒト、って、どんなカンジなのかな。車の中で、ずっと一緒だったんでしょ。
ナミヨケ:客にヨリケリやけど。
ナミヨケ:そのコは、乗したトキは無表情で、喋り掛けてもあんまし反応なかったわ。抜け出せた実感無かったんやろな。
ヨウコ:その後は……?
ナミヨケ:なんせ長旅やし言うて、サービスエリアで土手焼きやらオデンやら、まあ食うとったんやけど。
ナミヨケ:そん時にようやく……、
ナミヨケ:キモチが追い付いて来たんかして、「良かった、嬉しい」言うて、笑(わろ)とった。
ヨウコ:良かった……。
ナミヨケ:……、
ナミヨケ:んやけど。
カスミ:なぁに?
ナミヨケ:チョット打ち解けて喋ってる中でな……、
ナミヨケ:しきりに、「落ち着いたら戻らな」、とか、「彼氏に申し訳ない」、とか言いよんねん。
カスミ:……、
ナミヨケ:聞いたら、自分を軟禁して働かしとった店の、そのマネージャーみたいなヤツと、自分は付き合(お)うとったって言うねんな。
ナミヨケ:田舎から出て来た自分に良(よ)うしてくれて、都会の生き方教えてくれた、て。
ヨウコ:それ、は、……、
ナミヨケ:ワカランよ、ジッサイのトコは。
ナミヨケ:ホンマにオトコやったんかもしれんし、騙されとっただけかもしれんし。ソコはドッチでもエエけど。
ナミヨケ:……ともかく本人は、彼氏は自分のコト考えてくれとって、金やらスマホやら没収されてたんも、自分がダラシないから、生活のコト管理してもろてたんや、て。
ナミヨケ:情けない自分を立て直して、早よ1人前になって彼氏んトコ戻らな、て。
ナミヨケ:言いよんねん。
ヨウコ:……っ、
カスミ:ヤバい、ね。
ナミヨケ:痛(イッタ)いのォて思(おも)たし、その辺ケアすんのはオレらのシゴトちゃうとも思(おも)たし、黙っとこ思(おも)てたんやけど。
ナミヨケ:……なんかなァ。
ナミヨケ:オレも何でやったか忘れてんけど。
ナミヨケ:フッとナンか、言うてしもてんよな。
カスミ:なんて……?
ナミヨケ:「彼氏かナンか知らんけど、キミにゴミ部屋で犬コロみたいな暮らしさしとったんは、ソイツなんちゃうの」、て。
ヨウコ:彼女は……、それを、聞いて、
ナミヨケ:最初はキョトンとしとったわ。
ナミヨケ:ほんで……、チョットして、泣いた。
カスミ:……、
ナミヨケ:ホンマはわかってた、途中でわからんくなった、わかるのんがイヤやった、みたいなコト言うてワメいて。
ナミヨケ:なんか引くぐらい泣いてたわ。
カスミ:…………、
カスミ:それは、良かった、のかな。ホントに。
ナミヨケ:知らんよ。
ナミヨケ:ソコは、知らん。
ヨウコ:…………。
ナミヨケ:その後は……、そん時ナンか、ミョォーにエエ天気で。
ナミヨケ:田舎の農道走っとる時、景色がアホみたいにキレイでな。
ナミヨケ:田んぼと、低い山並に雲白いのんかかって……。
ナミヨケ:着くまでずーーっと、窓の外見てボケーっとしとったわ。
ナミヨケ:ナンかが、抜け落ちたみたいにな。
ヨウコ:寄る辺が、無くなった、というような……、
カスミ:歪んでた認知がコワれちゃって……、
カスミ:放心、してたんデショ。
ナミヨケ:さァな。言い方の違いや。
ナミヨケ:ほんでまあ……、スーパー銭湯で一服したり、何か山の、自然牧場みたいなんあるからちょっと羊とか見て、ソフトクリーム食うたりしながらタラタラ走って……、夕方ぐらいにようやく着いて。
ナミヨケ:チャッチャとオトンと引き合わして、ほんでソコの地元のB級グルメみたいなん食(く)て、帰った。
カスミ:チナミに何を?
ナミヨケ:ゲソ天そばと焼き明太ドッグ。
カスミ:微妙にソソラれないなぁ。
ナミヨケ:……最初とか、彼氏の話しとる時は標準語やったのに。
ナミヨケ:オトンと喋ってる時にはモッサい地元弁に戻っとって。ちょいウケたわ。
ヨウコ:…………。
ナミヨケ:(一口啜り)
ナミヨケ:長なったけど。
ナミヨケ:まあ、そういうような仕事をしとります。
ヨウコ:(僅か眼を潤ませ)
ヨウコ:……その方が、無事に、安全なところまで辿り着く事が出来て……、良かった、です……。
カスミ:ちょっと泣いてる?
ナミヨケ:ワカランで、その後そのコがどーなったんか。
ナミヨケ:結局良かったんかどうかも、ワカラン。
ナミヨケ:元々なんか、理由あって地元出たんやろうし。
ナミヨケ:オレらはただ、送り届けただけ。
カスミ:…………例えば、家族や、同居人から、虐待や暴力を受けてて……、
ナミヨケ:ん、おう、
カスミ:自分じゃどうにも出来ないヒトを、運ぶ時もあるのかな。
ナミヨケ:勿論、あるよ。事情としてはベタやしな。
ナミヨケ:ソコらはソコらで、動いてるトコあるけど……、
ナミヨケ:緊急の時なんかに、下請け的に入る。
ヨウコ:緊急……?
カスミ:スグにでも、引き離さなきゃイケないトキ、ってコトだね。
ナミヨケ:せや。オレが行ったんは、旦那に保護施設の場所嗅ぎ付けられて、スグに別のトコ移らなアカんなったヒトとかやったけど。
カスミ:……ナルホド。大体判ったよ。
ナミヨケ:ホンマに、ケースバイケースやわ。
ナミヨケ:実質夜逃げの手伝いみたいになるトキもある。
ナミヨケ:オレの地元の方では「飛ぶ」、言うて。「アイツやっぱり飛びよったな」、とか言うてたけど。
ナミヨケ:せやから、言うたら「飛ばし屋」やな。
カスミ:クフ。ゴルファーなのぉ?
ナミヨケ:んァ?
ナミヨケ:……あァ、そういうコトか。一瞬ワカランかったて、オイ。
カスミ:ツッコんでくれなアカンでんがなァ、やっとれんワ。
ナミヨケ:やめろて、オマエ。西のモンはボケも選ぶんじゃ。
ナミヨケ:(一口啜り)あ、ちょっと煙草吸うてくるわ。
カスミ:ごゆっくりぃ。
0:男性客は席を立ち、煙草一式とスマートフォンを携え、店外の喫煙スペースへ。
0:ドアベルが鳴り、冷えた外気が入る。
ナミヨケ:(ドアを隔てた向こうから)
ナミヨケ:へェっくしゅんっ!!
ナミヨケ:……っあぁー。寒っ!
カスミ:ウクク。お気の毒。
カスミ:(向き直り)飲んでる?
ヨウコ:あ……、前回の教訓を活かして、ゆっくり。
ヨウコ:慣れるまでは、美味しく飲めるペースでと、教わって……。
カスミ:クフ。タニマチが言いそー。
ヨウコ:まだ……、半分ぐらい、です。
0:暗転。
0:ナミヨケにスポット。
ナミヨケ:後編に続くんやて。
ナミヨケ:……へ、へ、へァっっくしゅんっ!!
ナミヨケ:……もォー……。早よ煙草吸うてまお。
0:お好きなお飲み物等をご用意ください。
0:【休憩】
カスミ:或る、心象のうた。
ナミヨケ:この美しい都会を愛するのはよいことだ
ナミヨケ:この美しい都会の建築を愛するのはよいことだ
ナミヨケ:すべてのやさしい女性をもとめるために
ナミヨケ:すべての高貴な生活をもとめるために
ナミヨケ:この都にきて賑やかな街路を通るのはよいことだ
ナミヨケ:街路にそうて立つ桜の並木
ナミヨケ:そこにも無数の雀がさえずっているではないか
ナミヨケ:ああ このおおきな都会の夜にねむれるものは
ナミヨケ:ただ一匹の青い猫のかげだ
ナミヨケ:かなしい人類の歴史を語る猫のかげだ
ナミヨケ:われの求めてやまざる幸福の青い影だ
ナミヨケ:いかならん影をもとめて
ナミヨケ:みぞれふる日にもわれは東京を恋しと思いしに
ナミヨケ:そこの裏町の壁にさむくもたれている
ナミヨケ:このひとのごとき乞食はなにの夢を夢みて居るのか。
0:タイトルコール。
カスミ:『青い夜のアイリッシュ・コーヒー』
0:【間】
カスミ:【19時25分】。
0:10月某日。とあるバーの店内。女性店員が1人。
0:鮮やかな体色のコーンスネーク(小型の蛇)を飼育用の透明ケージに収め、店内の一角に設置するという作業を終え、トイレの水道で丹念に手を洗っている。
0:ちょうど、カウンター内に戻ろうとしたところで、ドアベルが鳴り、女性客が1人、来店。
カスミ:いらっしゃぁーい。お一人かなぁー。
0:店員の姿を見眇めると、やや堅くなった調子で、女性客は答える。
ヨウコ:あ、は、はい、1人、です……。
カスミ:店内へどーぞぉ?
ヨウコ:どうも……。
ヨウコ:(カウンターの一席へ腰掛けながら)あの、お邪魔、致します……。
カスミ:オジャマじゃないよ? クフフ……。
カスミ:(コースターを出しつつ)今日はオネエサンが1番乗り。ここ、初めて?
ヨウコ:あ、ええと、来させて頂いたのは2度目なんですが、1度目は……、
カスミ:あぁ、そ。ボク居なかったよね?
ヨウコ:そう、ですね、その時は。
カスミ:オネエサンみたいなキレイなヒト、忘れるハズないもんね。
ヨウコ:きれい……、
ヨウコ:い、いいえそんな、そのような……、
カスミ:クフ、ムリムリ。どー見たってカワイイから。
カスミ:あ、荷物、うしろとかに置いてねぇ。
ヨウコ:すみません……。
0:壁沿いの空き席に、肩掛けの鞄を置く。
カスミ:香水、イイね。
カスミ:好き。
ヨウコ:あ……、ありがとうございます、いつも、ひとに選んで頂いているので……。
カスミ:楽にしてねぇ。
カスミ:前は、ドンナのがお相手したのかな。
ヨウコ:男性の店員の方で、えと、パーマの……、
カスミ:あぁ、ハイハイ。
カスミ:前来たのも月曜?
ヨウコ:そう、ですね、1月ほど前……、
カスミ:普段はアイツの担当なんだけど、今日は臨時でボクが。
カスミ:モシカして、会いたかった?
ヨウコ:あの……、とても、親身に話を聞いてくださったので……、
ヨウコ:お礼を、と思っていたんですが、
カスミ:そっかぁ、ごめんなさいだね。
ヨウコ:いえ、また来させて頂けただけで……。
カスミ:ヨロシク言っとくよ。
カスミ:(三日月のように笑み)こーゆぅトキに限って居ないのがアイツっポイなぁ。
ヨウコ:いえ……、
カスミ:ま、イイや。
カスミ:ボクはカスミっていいマス。ヨロシクぅー。
ヨウコ:あ、わたしは、ヨウコ、と申します。
ヨウコ:(深く頭垂れ)よろしくお願い致しますっ。
カスミ:クフ。
カスミ:じゃ……、ヨウコさんはナニ飲むのかなぁ?
ヨウコ:あ、……、
ヨウコ:でしたら、その……、
0:心持ち、朗らかに。
ヨウコ:お花に、因んだカクテルを、お願いしたいんですが……。
0:暗転。
:
0:【間】
カスミ:【20時10分】。
0:一杯目のカクテルが出され、会話は案外と滑らかに進んでいる。未だ、次の来客は無し。
カスミ:……なぁーんだ。もうちょっとドロドロの修羅場を期待してたのに。
ヨウコ:本当に、お祖母様の鶴の一声、という感じで……。
ヨウコ:わたしも、それこそ人生を投げ打つぐらいの覚悟だったんですが、
カスミ:ま、もしかするとお母さんも、予め実家と連携する準備はしてたのかもねぇ。
カスミ:で、部屋は? 決まったの?
ヨウコ:ええと、今……、いくつかの物件を当たっているところなんですが、
ヨウコ:実は、この近くの……、
0:会話を遮り、ドアベルが鳴る。
カスミ:いらっしゃぁーい。
0:男性客が1人、入店。
ナミヨケ:まーいどー。
ナミヨケ:って……、今日キミなん?
カスミ:(間違ったイントネーションで)
カスミ:そーやねん、きょー、ボクやねん。
ナミヨケ:やめェやソレ。
ナミヨケ:タニマチは? 休みか。
カスミ:せやねん、休みやワぁ。
ナミヨケ:あのな、地方出身の人間にゼッタイやったらアカンやつやからな、ソレ。
カスミ:ウクク。結構イケてたでしょ。
ナミヨケ:イケてへんわ、鳥肌立つ。
ナミヨケ:あ、隣いい?
ヨウコ:(少し戸惑い)
ヨウコ:えっ? あ、はい、ど、どうぞ……?
カスミ:(男性客にコースターを出しつつ)
カスミ:大丈夫だよ、よく喋るだけで噛んだりシナイから。
ナミヨケ:犬か、オレは。
ナミヨケ:鞄、うしろ置かしてな。
カスミ:どこでもおかはったら、ええでっしゃろがな。
ナミヨケ:(顔を覆いながら)
ナミヨケ:もォー……。寝起きにキツいてコイツー。
カスミ:寝起きなんだ?
ナミヨケ:おー……。昨日の仕事が結局朝までかかったからな。非番やし寝倒したろ思(おも)て。
カスミ:ふーん……。じゃ、チューヤ逆転のヒトは、ナニ飲むの?
ナミヨケ:んー、なーんしょォ……、正味(ショーミ)取り敢えずで来たからな……。
ナミヨケ:(ふと向き)お姉ちゃんはソレ、何飲んでんの?
ヨウコ:え、あ、ええ、と……、
ナミヨケ:ごめんな急に振って。
カスミ:『エリカ』。
ナミヨケ:あ、ていうんや? オレは「ナミヨケ」いいます。
ナミヨケ:よろしくどーぞ。
ヨウコ:あ、いえ、
カスミ:違いまぁす。飲んでるのの名前が『エリカ』。
ナミヨケ:ややこしっ。エリカいう人が作ったカクテルなん?
ヨウコ:え、っと、「エリカ」、というお花があって、ツツジの仲間なんですが……、厳密に言いますとまず、
カスミ:このコはヨウコちゃん。タニマチに会いに来たんだってぇ。
ナミヨケ:はァーーーーーっ?? キミが???
ナミヨケ:……アイツのドコがエエわけ? パーマなトコ?
ヨウコ:えっ? っと……、
カスミ:ウクク。
ナミヨケ:や、エエ奴やとは思うけども。あんなんでイイんマジで?
ヨウコ:いえ、あの、語弊がありまして……、
カスミ:初めてウチに来た時、いっぱい悩みを聞いてくれたんだよねぇ。
ヨウコ:はい……、それで、良い報告もあったので、お礼も兼ねて、と……、
ナミヨケ:ほォーん……。まあアイツ話だけはよう聞いてくれるしな。
カスミ:バーテンとしては真っ当だよねぇ。
ナミヨケ:いうてオレも、ハナシしに来てるみたいなもんやし……。
ナミヨケ:ちゅーかアイツの日ィ大概ヒマやねんけど。店的には大丈夫なん?
カスミ:ボクともう1人で持ってるから、大丈夫じゃナイ?
ナミヨケ:言うんか、ソレ大丈夫て……。まあオレみたいなんには静かでエエけど。
ナミヨケ:ほんで、オレは何を飲むの?
カスミ:さっきから考えてるんだけど、起きたばっかりなんだったら珈琲を飲んだら?
ナミヨケ:ワザワザBARで?
カスミ:飲むヒトもいるよ? でも、ボクが思ってるのはお酒。
ヨウコ:珈琲の、お酒、ですか……?
カスミ:そぉ、ね。カクテルの一種とも言うかな。
ナミヨケ:なんやわからんけど、ほなそれで。
カスミ:生「ほな」、イタダキましたぁ。
ナミヨケ:ッめろやマジで。オイ。
カスミ:基本はホットなんだケド、冷たくも出来るよ。
ナミヨケ:んー、いや、ホットで。
ナミヨケ:ちゅーか今日寒ない? オレだけ?
ヨウコ:先週ぐらいから、冷えますね、朝晩は……。
カスミ:(作業を進めながら)
カスミ:ホントにね。
カスミ:蛇が弱っちゃうから……、開店前にヒーター買いに行かなきゃだった。
ナミヨケ:ヘビ???
カスミ:(指で示し)
カスミ:ソコにいるよ、お手洗いの横。
ヨウコ:(驚き、身構え)
ヨウコ:えっ……??
ナミヨケ:いや、あのケースやろ透明の。
ナミヨケ:どれ……。
0:常連客は立ち上がり移動し、透明の飼育ケージを覗き込む。
ナミヨケ:うわ、ホンマに居(お)るやん。
ナミヨケ:1匹?
カスミ:そー。
ナミヨケ:小っっっさ。コイツこんで大人なん?
カスミ:赤ちゃんではないケド、もっと大きくなるね。
カスミ:良かったら、ライト付けてよく観てあげて。
ナミヨケ:ライト……、
ナミヨケ:お、スイッチこれか。おりゃ。
ヨウコ:(おずおず、興味ありげに)
ヨウコ:蛇さん……、
カスミ:苦手なら、オススメしないケド。
ヨウコ:家の、お庭の花壇にトカゲさんが沢山居たので、見るのは平気で……、
ナミヨケ:コイツ金ピカやんけっ!
ナミヨケ:マジのやつコレ?? 塗ったとかじゃなくて?
カスミ:屋台のヒヨコじゃないんだから。
カスミ:そのコは「ゴールドダスト」っていう種類。
ヨウコ:(覗き込みながら)
ヨウコ:綺麗な、子ですね……。
カスミ:美人でしょぉ? 色、オソロイなの。
カスミ:ボクの髪は染めてるだけだけど、そのコは生まれつき。
ナミヨケ:そーいう金髪また流行って来てるのォ。白とか緑とかにしてやる子も居(お)るし……。
ナミヨケ:ちゅーか高いんちゃうんコイツ。餌、アレやろ、冷凍の……、
カスミ:マウスだよ。
ナミヨケ:おわァー……。まァ慣れたらそんなモンなんやろけど……。
カスミ:(サイフォンで珈琲を淹れつつ)
カスミ:お客サンいるトコでは、あげないつもりだけどね。
ナミヨケ:実家の近くの山道思い出すわー。
ナミヨケ:蛇がネズミ丸呑みにしとったりなー……。
ナミヨケ:(席に戻りながら)ほんでコイツは何なん、オーナーの新しい趣味か?
カスミ:ミツユさんの好みではナイなぁ。
カスミ:……ボクんトコに居たコだよ。無理行ってココに置かせてもらったの。
0:語りつつ、温めた耐熱グラスに材料を注ぎ、軽く掻き混ぜる店員。
ナミヨケ:転居でもしたん?
カスミ:……再来週ね。バタバタするのヤだから、一足先にこのコだけお引越し。
カスミ:飲み物、もうスグ出来るから。
ナミヨケ:あ、ええよユックリで。
ヨウコ:(観照ライトを消し、席に戻りながら)
ヨウコ:ありがとうございます。何だかマジマジと観てしまいました……。
カスミ:生きてるモノってずっと見てられるよねぇ。
ナミヨケ:名前とかあるん?
カスミ:さぁ……? 知らない。蛇の言葉はワカンナイし。
カスミ:ボクは「蛇」って呼んでる。
ナミヨケ:シンド、コイツのこーゆーのんホンマ……。
ヨウコ:少し……、わかりますっ。人間の尺度を押し付けるべきじゃないというか、
カスミ:まぁ……、繁殖させてケージで飼ってる時点でエゴでしかナイけど。そのぐらいの距離が丁度イイんだよねぇ。
0:湯気立つ珈琲をホットグラスに注ぎ、軽くステア。泡立てた生クリームを浮かべ、数種のパウダーを少量、散らす。
カスミ:ん……、イイ出来。
カスミ:(グラスを出しながら)おまちどぉさま。
カスミ:『アイリッシュ・コーヒー』。
ナミヨケ:おお……、おおきに。
ナミヨケ:なんか見た目はアレやな、ウインナーコーヒー……、
ヨウコ:良い香り……。
カスミ:混ぜずに飲んでみてよ。
カスミ:あ、その前に……、
カスミ:乾杯、とかする?
ナミヨケ:おォ、しよしよ。意味のナイ乾杯は何回したってエエからな。
ナミヨケ:キミも、何か飲みや。
カスミ:そう言ってくれると思って、もう作っておいたのでしたぁ。
0:三者、各々のグラスを持ち、
カスミ:じゃぁ……、ヨウコちゃんの2度目のご来店と、今夜の珍しい取り合わせに。
0:掲げ、交わす。
カスミ:かんぱぁい。
ナミヨケ:カンパーーーイ。っしゃーー。
ヨウコ:かん、ぱい……っ。
0:男性客は褐色の液体を一口、唇へと含む。
ナミヨケ:……お。
ナミヨケ:美味いやんコレ……。ウイスキー入ってんねんな?
カスミ:ぴんぽーん。その名の通り、アイリッシュウイスキー入りの珈琲。
カスミ:寒ぅい国の飛行場で、離陸待ちの乗客の為に作られたカクテルだよ。
ナミヨケ:(ずず、ともう一口啜り)
ナミヨケ:あと何か、珈琲とちゃう、香ばしい感じも……、
カスミ:ヘーゼルナッツシロップがちょっとだけ入ってるね。一応、ウチの特製レシピ。
ヨウコ:へぇ……。
ナミヨケ:美味い美味い。これクリームは勝手に混ざっていきよるんがエエねんな?
カスミ:そぉね。混ぜるヒトもいるけど、一口毎に変わってくのを楽しむもの。
ナミヨケ:シャレオツやのォ。今度タニマチにも作らそ。
カスミ:(ニヤ、と、三日月のように笑み)
カスミ:多分……、嬉しそぉーーなカオして、作ってくれると思うよ。
0:暗転。
:
0:【間】
カスミ:【20時35分】。
0:ある程度グラスが進み、女性客はほろ酔い、男性客は饒舌。
0:次の来客は、無し。
ナミヨケ:……やから、段々標準語にスライドしていくヤツいうんは、要はケッキョクのトコ、劣等感に負けてまうんよな。
ナミヨケ:こっち出て来て揉まれるウチに。
カスミ:元々地元のボクらにはちょっとピンとこないけど……、
カスミ:アナタは違うってコト?
ナミヨケ:オレは……、
ナミヨケ:あ、ヨウコちゃんも地元か。
ヨウコ:ええ、と……、そう、ですねぇ、他県出身では無い、という意味では……、
ナミヨケ:ちょい水とか貰(も)うた方がエエんちゃうキミ?
カスミ:そぉね。
0:聞きつつ店員は、背の低いグラスに、冷えたミネラルウォーターを注ぐ。
ナミヨケ:ほんで、オレの場合はやな……、
ナミヨケ:早いウチに、意地張っとかなアカン状態から離れたいうんがデカいかもな。別にエエわー思て、逆に普通に地元弁で喋れるもん。
カスミ:(女性客にグラスを出しつつ)
カスミ:会社辞めた辺り?
ナミヨケ:せや。1年も居らんかったけど、別に悩まんかったし。
カスミ:理由は?
ナミヨケ:イロイロあるけども……。
ナミヨケ:「アッレ、しょーもな、居(お)りたないトコに居(お)る為に、やりたない事やってるわオレ」、て、気ィ付いてもーた事かな。
ナミヨケ:その割にはストレスデカない? て。
カスミ:ふぅーん……。
ナミヨケ:居(お)る意味無いトコに居(お)りたないからワザワザ地元出たのに、こっちでもオンナジやったらアホみたいやし。
ナミヨケ:何でもないカオして、シュッと辞めたったわ。
カスミ:ワカンナイけど……、ヒトが仕事辞めるトキって、大体そんな感じじゃナイのかな。
ナミヨケ:オレもそー思(おも)とった。
ナミヨケ:せやけど……。
0:一口、啜る。
ナミヨケ:似たような時期に仕事辞めた、コッチ出て来とる関西の連れ何人かと飲んだ時あってな。
ナミヨケ:そんトキびっくりしてん。
カスミ:ナニにぃ?
ナミヨケ:全員とちゃうけども……。
ナミヨケ:ほっとんどみぃーんな、ナンかに負けたみたいな、ヤラれたみたいな、ショボくれーたカオしとって……。
ナミヨケ:凹んどるんやなくて、せやな、自分が何か悪いコトして、後ろめたいと思っとる時みたいな顔や。
ヨウコ:…………。
ナミヨケ:聞いとったら皆、上司と喧嘩したったやの、辞表突きつけて職場飛び出したったやの、クチではエエように言いよるわ。
ナミヨケ:せやけど……、眼ェ見たらワカるわな。
ナミヨケ:怯えたような、噛み付かれたような……、
ナミヨケ:「喰われた」みたいな眼ェしとった。
ヨウコ:くわれ、た……。
ナミヨケ:地元ではイキっとった、殺しても死なんのんちゃうかと思(おも)とったヤツも。
ナミヨケ:コイツ我ァ強いのォ、イケ好かんのォと、思(おも)てたヤツも。
ナミヨケ:「オマエそんなんちゃうかったやろ」て、ココまで出たわ。
ナミヨケ:そのクセ大概な、ガンバってちょっと標準語喋ろうとしとんねん。自然に、思わず、こっちに馴染んできてー、みたいなん、装ってんのんミエミエで。
ナミヨケ:背筋寒ぅなったわ。
カスミ:穿ち過ぎ、なんじゃナイのぉ。
ナミヨケ:かも知れん。
ナミヨケ:やけども、アレは忘れへん。
ナミヨケ:キミらは感覚ワカランかもしれんけど……、こっち出て来て、いうて好き勝手生きとる中で、街っちゅーんは、都会っちゅーんは、どっか薄ら怖いトコあるかもしれん、て思(おも)た最初や。
0:一口啜り。
ナミヨケ:今はもう慣れてしもて、マヒしてるけども。
カスミ:今のオシゴトになってから?
ナミヨケ:まァ……、せやな。
0:冷水を何口か含み、幾らか火照りの取れた様子の女性客。
ヨウコ:あ、の……、
ナミヨケ:ん?
ヨウコ:ナミヨケさん、の、今のお仕事、というのは……、
ナミヨケ:んんーー?? あ、訊く??
ヨウコ:あ、ご、ごめんなさい、そうですよね、こういった場所で、そのような事は……、
ナミヨケ:や、別に隠してるモンでもないしエエねんけど、あんま面と向かって訊かれたコト無かったから……。
カスミ:ボクも、前に軽く聞いただけでちゃんとはシラナイんだよねぇ。
ナミヨケ:ジブンあれよな、オナジミみたいな感じで喋ってるけどオレと会うのん3回目ぐらいよな。
カスミ:オボエてなぁい。
ナミヨケ:エエんかソレで……。
ナミヨケ:ええー、と……、
0:鞄をまさぐり、名刺ケースを取り出す。
ナミヨケ:ヨウコちゃんもキミも、何かの時に必要になるかもわからんし、名刺だけ切っとくわ。
ナミヨケ:(名刺を差し出し)こういうのんやっとります。よろしくどーぞ。
ヨウコ:(受けとり)
ヨウコ:あの、どうも……。
カスミ:(受け取り、あらためつつ)
カスミ:……『個人送迎・運搬サービス コダマMOVE(ムーブ)』。
カスミ:『人デモ物デモ、イツでもドコでもドコマデも』……。
カスミ:ヨウコちゃぁん、こんな名刺持ってちゃダメ。今日聞いたコトも忘れるんだよ。
ヨウコ:えっ……、
ナミヨケ:おいコラ、
カスミ:これアレでしょぉ、完全アウトなヤツでしょぉ。
ナミヨケ:ちゃうワイ! 確かに何周も回って最も怪しい感じでまとまってもーてんのは認めるけど。
ナミヨケ:組合にも入ってるし、求人広告も出しとるわ。
カスミ:裏の組合、闇の求人でしょ。
ナミヨケ:ヤメロて! ヨウコちゃんヒいてもーとるやろ。
ヨウコ:い、い、いえ……っ。お、大人になる、というのは、こういったことも併せ飲むというコト、なんです、よね……っ、
ナミヨケ:見てみィっ、ジブンのチャチャのせいでイタイケな社会性が歪みかけとるわっ!
カスミ:クフフフフフ。冗談だよぉ。セイゼイ脱法止まりでしょ。
ナミヨケ:バチバチ合法じゃ。ただ社長がちょっと頭ヤワラかいから、イロイロと「個人的な」シゴトも請け負っとるだけで……、
カスミ:(すかさず)ヨウコちゃん名刺かしてぇ、燃やすから。
ナミヨケ:コレばっかりはオレもウマい言い方が見つからへんのよ!
ヨウコ:(虚ろ気に)
ヨウコ:あ、あ、悪徳……、清濁……、
ヨウコ:わたしは大人…………。
0:暗転。
:
0:【間】
カスミ:【20時52分】。
0:会話の途中で、男性客はトイレに立ち、カウンターには店員と女性客。
カスミ:(自分のグラスを傾けつつ)
カスミ:明日は休みなの?
ヨウコ:はい……、なので、今日は少し気楽で。
ヨウコ:あの、こちらは、何時頃まで、
カスミ:大体終電までは看板点いてて、後は流れシダイ、かなぁ。この辺りはあんまり、夜遅くないの。
ヨウコ:もう少し、居させて頂いても……、
カスミ:お好きなダケ。ヨウコちゃんオモシロイから……。
カスミ:言われない?
ヨウコ:い、いえ……? 世間知らずを驚かれる事はあっても、面白さとは、無縁だと……、
カスミ:それに可愛い。
ヨウコ:え……、
カスミ:ホントに、かわいい……。
ヨウコ:あ、あの……?
0:店員は長い睫毛を伏せ、細めた眼で女性客を見ている。
0:ニヤ、と、暗夜に裂ける月の如き笑み。
0:沈黙が降りかけた所で、男性客がトイレより帰還。
ナミヨケ:(足早に戻りつつ)
ナミヨケ:トイレ寒っっっむ。暖房無いのん??
カスミ:冬はもっとだよ。ボクなんか去年、ナルダケ行かないようにしてたんだから。
ナミヨケ:付けようや、トイレに暖房。店ん中で蛇が一番ヌクヌクしとるやんけ。
カスミ:オーナーに言ってくださぁい。
0:座り、男性客は残った褐色の液体を干す。
ナミヨケ:ん、美味かった。なんかもう1杯もらおか。
ナミヨケ:これ、入ってたアイリッシュはナニ?
カスミ:『ジェムソン』だよ、ベタに。
ナミヨケ:んじゃソレ、お湯割りで。
カスミ:はぁい。
カスミ:ヨウコちゃんは、ゆっくり飲んでねぇ。
ヨウコ:すみません、チビチビ、いかせて頂いてます……。
ナミヨケ:マイペース大事やで。
ナミヨケ:ええと、ほんで、どこまで言うたっけ……、
カスミ:(耐熱グラスを温めつつ)
カスミ:オモテムキは個人タクシーで、小さい荷物も運んだりする、って辺りまで。
ナミヨケ:表向き言うなや。メインの業態じゃ。
カスミ:要はアレなんでしょぉ。運び屋とか、夜逃げ屋とか、そういうカンジでしょ。
ヨウコ:は、運び屋……、
ナミヨケ:ジブンが言うてんのてアレやろ、映画みたいな、武器とかクスリとか死体とか運ぶヤツ。
ナミヨケ:あーゆーのんとはちゃうぞ。
カスミ:(残念そうに)
カスミ:ええ……、違うのぉ?
ナミヨケ:やったらこんなポンポン名刺出さんし、飲み屋では言わんわな。
カスミ:でも居るでしょ。
ナミヨケ:モチロン居(お)るよ。
ナミヨケ:けどソイツらかて、映画みたいな感じやないし。
ナミヨケ:もっとフツーの、オッサンとかジジイとかや。
カスミ:(耐熱グラスにウイスキーを注ぎつつ)
カスミ:逆にポイ感じってヤツね。そういうの好き。
ナミヨケ:そーゆーヤツらが出張るようなシゴトには関わらへん。社長がウマいことカットしたり、ヨソへ振るからな。
カスミ:ナンダカンダ言って、結構近いトコに居るんじゃないのぉ?
ナミヨケ:(僅かだけ眼差しが冴え)
ナミヨケ:ソコらはキミらかてオンナジちゃうの。
ナミヨケ:ボスが泥カブってるダケやと思うで?
カスミ:……、ノーコメント。
カスミ:でもそうだよ。
0:熱湯でグラスを満たし、軽くステアの上、供する。
カスミ:ハイ、どーぞ。
ナミヨケ:おおきに。
ナミヨケ:……要はな、ドコに居(お)るかやなくて、どう在りたいか、や。
ナミヨケ:社長は今の仕事のカタチ守る為に、タイガイ苦労しはったらしいけどな。
ヨウコ:どう……、ありたいか……。
カスミ:ソンケイしてるんだ。
ナミヨケ:まーーーームチャクチャなヒトやけど。
ナミヨケ:拾(ひろ)てもろたからな。良(よ)うしてもろてるし。
0:吹く息で冷まし、薫り立つ液体を啜る。
ナミヨケ:……ウマっ。湯ゥで割ったら何でもウマいのォ。
ヨウコ:ウイスキーって、本当に独特の……、複雑な香りがするんですね。
カスミ:樽の香りだね。木の種類によっても変わるし……、喋ると長いんだケド、
ヨウコ:麦や穀物が原料なのに、果物や、キャラメルのような……、
カスミ:香り付けの為に、シェリー酒を漬けた樽で熟成したりもするし。シングルモルトっていうのもあって、
ナミヨケ:マズいヤツな。
カスミ:あぁー。ブツギをカモす発言。
ナミヨケ:クレヨン食(く)てるみたいやん。ウマい言うて飲んでるヤツの気ィ知れんわ。
カスミ:モノによる、と思うけどなぁ。ウチはスコッチバーとかじゃナイから、別にイイけど。
カスミ:ヨウコちゃん、今度タメシテみてよ。
ヨウコ:はい……、是非っ。
0:店員はグラスを一口傾け。
カスミ:で? 運び屋サンじゃなかったら、ナニ屋さんなワケ?
ナミヨケ:おん? 続き行くカンジ?
カスミ:終わってナイでしょ。
ナミヨケ:(一口啜り)
ナミヨケ:……さっき、「夜逃げ屋」言うてたけども。ぶっちゃけソレは遠ないな。
カスミ:ふぅん?
ナミヨケ:裏やの闇やの、タイソウな話にせんでも……、
ナミヨケ:こっからどっかへ、ナニしてでも逃げたいヤツなんか、ナンボでも居(お)るいう事や。
カスミ:クビが回らなくなっちゃったヒト、とか?
ナミヨケ:イロイロある。
ナミヨケ:それこそコワいオッサンらから金借りて、首くくるしかなくなったヤツ。
ナミヨケ:ムチャなノルマ背負わされて、勤め先を辞めるに辞められへんヤツ。
ナミヨケ:急に、何もかもイランくなって、このままやと死ぬて思(おも)たヤツ。
ナミヨケ:宗教入ったはエエものの抜けられへんヤツとか、ストーカーにバレんと引っ越したいヤツとかな。
カスミ:…………、
ナミヨケ:理由なんか客の数だけあるけど。
ナミヨケ:とにかく社長とオレと何人かの運転手は、メインの業務とは別口で、そういう、イマ居(お)る場所からフッと「消えたくなった」ヤツを、トランクに積めるだけの荷物と一緒に「送り届ける」シゴトをやっとる。
ヨウコ:消えたく、なった……、
ナミヨケ:シゴトによったら誰にも見られんように、真夜中でも明け方でも真っ昼間でも、24時間受付ける。
ナミヨケ:県境(けんざかい)越えて、ヨッポドの長距離行くこともあるな。
カスミ:それ……、ブラックっていうか、闇な感じではナイのぉ?
ナミヨケ:モチロン、チョクで犯罪に手ェ貸すようなヒトやモノは運ばんよ。
ナミヨケ:運賃かて距離分、普通のタクシー程度には貰えるトコからは貰うし。同意の無い人間を乗せる事もキホン無い。
ヨウコ:あ、あの……、
ヨウコ:その、方たちは、ど、どこまで、行かれるんですか……?
カスミ:コワい想像してるね?
ナミヨケ:そらイロイロよ。
ナミヨケ:親んトコ、親戚んトコ、連れとか知り合いとか恋人とか、取り敢えず逃げ込めるトコ。
ナミヨケ:警察やら施設やらに直行の時もあるし、田舎の実家まで送り届ける事もある。
ヨウコ:警察……、
ナミヨケ:本人が行きたいトコ判らんトキは、何個か相談先もあるしな。
カスミ:本人が、ドコへ行きたいかワカンナイ時なんてあるの?
ナミヨケ:逃げとーても行くアテ無いヤツなんかイッパイ居(お)るで。
ナミヨケ:やし、必ずしも満足な判断能力があるとは限らんからな。生まれつきトロかったり、追い詰められて頭オカシなってたり。
ナミヨケ:あともっと分かり易く、外人とか。
ヨウコ:……、そういった、方たちの、場合は……、
ナミヨケ:本人や無(の)ォて、周りの人間とか、相談員みたいなんが依頼してくる時もある。とにかく「どっか」へ逃がさなて、判断したヤツがな。
カスミ:そのヒトたちって、要するにNPOとか、そういう系の人たちって事?
ナミヨケ:とも限らんけどな。社長がアッチャコッチャに名刺撒いてるけど……、業界によっては、個人の方が動きやすい場合もあるし。
ヨウコ:それは、どういう……、
ナミヨケ:例えば夜の店、とか。
ヨウコ:……っ、夜の、
ナミヨケ:頭がちょいユルいとか、学校行ってへんとかの娘ォが、出るトコ出たら一発でアウトなるような、エゲツない条件で働かされとったとしてやで。モチロン全部やないけども、
ヨウコ:は、はい……、
ナミヨケ:ソレで諸々回ってんねやったらエエけど、問題は本人が辞めたなったのに辞められへん時や。
ナミヨケ:オレが行った中であったんは、現金もスマホも身分証も、ナンもかもぜーんぶ取り上げられて、ニッチもサッチもどーにも、動かれへんくなっとったヤツ。
ナミヨケ:生活は全部店に握られて、寮いうてるだけのボロ部屋で寝起きしてな。
カスミ:あるって言うね、そういうの。
ナミヨケ:そうなったらドコにも行かれへん。
ナミヨケ:電車やタクシーどころか、公衆電話すら使えん。
ナミヨケ:交番駆け込んだら、トカ言うヤツおるけどな、そういう状態がずっと続くと、逃れよういう発想すら失せてまう。
ヨウコ:……、
ヨウコ:精神の、摩耗……。
ナミヨケ:「喰われて」まうねん。
ナミヨケ:……そんトキは、偶々その辺りの相談役みたいなんやっとるオバハンが、運賃もナニも全部持つ言うて、依頼してきたわ。
ナミヨケ:舎弟みたいなんに客のフリさして指名して、ラブホの前でバァーっと車に乗して……。
ナミヨケ:待機しとった店の車と、プチカーチェイスしてもたけど。
ヨウコ:どう、なったん、ですか……!?
ナミヨケ:ようミチ知ってるエリアやったから、マいたよ。
カスミ:ゴリゴリに闇じゃん、裏じゃん。
ナミヨケ:ちゃうて。
カスミ:ソレ……、誘拐にはならないのぉ?
ナミヨケ:本人が自分の意思で車乗ったんやで。店側は損失やろけど、ソコは店とそのコの問題や。
ナミヨケ:オレらは金もろて、客を送り届けるだけ。
カスミ:それは、そうだけど……、
ナミヨケ:コッチに違法性は無いし、ジッサイ後ろ暗いのはドッチやねん、てなった時に、店側も深追いはしたがらん。
ナミヨケ:ま、店に借金とかさせられとったら別やけど……、
ナミヨケ:ソコらへんはバランスやな。
カスミ:……、ナルホド。
ナミヨケ:トモカクそーゆうような……、
ナミヨケ:法律やら、オモテの団体では眼ェも手ェも届かんようなトコかて、あるいうこっちゃ。
ナミヨケ:周りは大抵、見て見ぬ振りシヨルしな。
カスミ:(眼の奥が微かに冷え)
カスミ:……ソコは……、
カスミ:そう、だね。
0:男性客は湯気立つグラスを一口啜る。
ヨウコ:……その……、女性の方は、行き先を、仰られたんですか?
ナミヨケ:オトンのトコ。
ナミヨケ:ホンマはオカンのトコがエエねんけど、出て行ってしもて行方がワカランいうコトで。
ナミヨケ:マジで何も持ってへんかったから、助手の子ォのケータイ貸して、何とか連絡取って……。
ナミヨケ:県4つもマタいで、オレと助手とそのコの3人で。
ナミヨケ:しかも下道。旅行やでマジで。
カスミ:……、逃げることが出来たヒト、って、どんなカンジなのかな。車の中で、ずっと一緒だったんでしょ。
ナミヨケ:客にヨリケリやけど。
ナミヨケ:そのコは、乗したトキは無表情で、喋り掛けてもあんまし反応なかったわ。抜け出せた実感無かったんやろな。
ヨウコ:その後は……?
ナミヨケ:なんせ長旅やし言うて、サービスエリアで土手焼きやらオデンやら、まあ食うとったんやけど。
ナミヨケ:そん時にようやく……、
ナミヨケ:キモチが追い付いて来たんかして、「良かった、嬉しい」言うて、笑(わろ)とった。
ヨウコ:良かった……。
ナミヨケ:……、
ナミヨケ:んやけど。
カスミ:なぁに?
ナミヨケ:チョット打ち解けて喋ってる中でな……、
ナミヨケ:しきりに、「落ち着いたら戻らな」、とか、「彼氏に申し訳ない」、とか言いよんねん。
カスミ:……、
ナミヨケ:聞いたら、自分を軟禁して働かしとった店の、そのマネージャーみたいなヤツと、自分は付き合(お)うとったって言うねんな。
ナミヨケ:田舎から出て来た自分に良(よ)うしてくれて、都会の生き方教えてくれた、て。
ヨウコ:それ、は、……、
ナミヨケ:ワカランよ、ジッサイのトコは。
ナミヨケ:ホンマにオトコやったんかもしれんし、騙されとっただけかもしれんし。ソコはドッチでもエエけど。
ナミヨケ:……ともかく本人は、彼氏は自分のコト考えてくれとって、金やらスマホやら没収されてたんも、自分がダラシないから、生活のコト管理してもろてたんや、て。
ナミヨケ:情けない自分を立て直して、早よ1人前になって彼氏んトコ戻らな、て。
ナミヨケ:言いよんねん。
ヨウコ:……っ、
カスミ:ヤバい、ね。
ナミヨケ:痛(イッタ)いのォて思(おも)たし、その辺ケアすんのはオレらのシゴトちゃうとも思(おも)たし、黙っとこ思(おも)てたんやけど。
ナミヨケ:……なんかなァ。
ナミヨケ:オレも何でやったか忘れてんけど。
ナミヨケ:フッとナンか、言うてしもてんよな。
カスミ:なんて……?
ナミヨケ:「彼氏かナンか知らんけど、キミにゴミ部屋で犬コロみたいな暮らしさしとったんは、ソイツなんちゃうの」、て。
ヨウコ:彼女は……、それを、聞いて、
ナミヨケ:最初はキョトンとしとったわ。
ナミヨケ:ほんで……、チョットして、泣いた。
カスミ:……、
ナミヨケ:ホンマはわかってた、途中でわからんくなった、わかるのんがイヤやった、みたいなコト言うてワメいて。
ナミヨケ:なんか引くぐらい泣いてたわ。
カスミ:…………、
カスミ:それは、良かった、のかな。ホントに。
ナミヨケ:知らんよ。
ナミヨケ:ソコは、知らん。
ヨウコ:…………。
ナミヨケ:その後は……、そん時ナンか、ミョォーにエエ天気で。
ナミヨケ:田舎の農道走っとる時、景色がアホみたいにキレイでな。
ナミヨケ:田んぼと、低い山並に雲白いのんかかって……。
ナミヨケ:着くまでずーーっと、窓の外見てボケーっとしとったわ。
ナミヨケ:ナンかが、抜け落ちたみたいにな。
ヨウコ:寄る辺が、無くなった、というような……、
カスミ:歪んでた認知がコワれちゃって……、
カスミ:放心、してたんデショ。
ナミヨケ:さァな。言い方の違いや。
ナミヨケ:ほんでまあ……、スーパー銭湯で一服したり、何か山の、自然牧場みたいなんあるからちょっと羊とか見て、ソフトクリーム食うたりしながらタラタラ走って……、夕方ぐらいにようやく着いて。
ナミヨケ:チャッチャとオトンと引き合わして、ほんでソコの地元のB級グルメみたいなん食(く)て、帰った。
カスミ:チナミに何を?
ナミヨケ:ゲソ天そばと焼き明太ドッグ。
カスミ:微妙にソソラれないなぁ。
ナミヨケ:……最初とか、彼氏の話しとる時は標準語やったのに。
ナミヨケ:オトンと喋ってる時にはモッサい地元弁に戻っとって。ちょいウケたわ。
ヨウコ:…………。
ナミヨケ:(一口啜り)
ナミヨケ:長なったけど。
ナミヨケ:まあ、そういうような仕事をしとります。
ヨウコ:(僅か眼を潤ませ)
ヨウコ:……その方が、無事に、安全なところまで辿り着く事が出来て……、良かった、です……。
カスミ:ちょっと泣いてる?
ナミヨケ:ワカランで、その後そのコがどーなったんか。
ナミヨケ:結局良かったんかどうかも、ワカラン。
ナミヨケ:元々なんか、理由あって地元出たんやろうし。
ナミヨケ:オレらはただ、送り届けただけ。
カスミ:…………例えば、家族や、同居人から、虐待や暴力を受けてて……、
ナミヨケ:ん、おう、
カスミ:自分じゃどうにも出来ないヒトを、運ぶ時もあるのかな。
ナミヨケ:勿論、あるよ。事情としてはベタやしな。
ナミヨケ:ソコらはソコらで、動いてるトコあるけど……、
ナミヨケ:緊急の時なんかに、下請け的に入る。
ヨウコ:緊急……?
カスミ:スグにでも、引き離さなきゃイケないトキ、ってコトだね。
ナミヨケ:せや。オレが行ったんは、旦那に保護施設の場所嗅ぎ付けられて、スグに別のトコ移らなアカんなったヒトとかやったけど。
カスミ:……ナルホド。大体判ったよ。
ナミヨケ:ホンマに、ケースバイケースやわ。
ナミヨケ:実質夜逃げの手伝いみたいになるトキもある。
ナミヨケ:オレの地元の方では「飛ぶ」、言うて。「アイツやっぱり飛びよったな」、とか言うてたけど。
ナミヨケ:せやから、言うたら「飛ばし屋」やな。
カスミ:クフ。ゴルファーなのぉ?
ナミヨケ:んァ?
ナミヨケ:……あァ、そういうコトか。一瞬ワカランかったて、オイ。
カスミ:ツッコんでくれなアカンでんがなァ、やっとれんワ。
ナミヨケ:やめろて、オマエ。西のモンはボケも選ぶんじゃ。
ナミヨケ:(一口啜り)あ、ちょっと煙草吸うてくるわ。
カスミ:ごゆっくりぃ。
0:男性客は席を立ち、煙草一式とスマートフォンを携え、店外の喫煙スペースへ。
0:ドアベルが鳴り、冷えた外気が入る。
ナミヨケ:(ドアを隔てた向こうから)
ナミヨケ:へェっくしゅんっ!!
ナミヨケ:……っあぁー。寒っ!
カスミ:ウクク。お気の毒。
カスミ:(向き直り)飲んでる?
ヨウコ:あ……、前回の教訓を活かして、ゆっくり。
ヨウコ:慣れるまでは、美味しく飲めるペースでと、教わって……。
カスミ:クフ。タニマチが言いそー。
ヨウコ:まだ……、半分ぐらい、です。
0:暗転。
0:ナミヨケにスポット。
ナミヨケ:後編に続くんやて。
ナミヨケ:……へ、へ、へァっっくしゅんっ!!
ナミヨケ:……もォー……。早よ煙草吸うてまお。
0:お好きなお飲み物等をご用意ください。
0:【休憩】