台本概要

 65 views 

タイトル 『青い夜のアイリッシュ・コーヒー』【後編】/BAR「猫町」“出奔者篇”#2
作者名 sazanka  (@sazankasarasara)
ジャンル その他
演者人数 3人用台本(男1、女2)
時間 40 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 とある仕事の話の、続き。
出来れば【前編】からご使用ください。

 65 views 

キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
カスミ 93 店員。月のように笑む女。
ヨウコ 77 女性客。籠から出つつある女。
ナミヨケ 104 常連客。闇路を駆ける男。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
0:ブザー音。 0:【再開】 カスミ:フラッシュ・バック。 0:(以下、矢継ぎ早に、【前編】の回想) ナミヨケ:「この美しい都会を愛するのはよいことだ。この美しい都会の建築を愛するのはよいことだ」 ヨウコ:「ええと、来させて頂いたのは2度目なんですが……、」 ナミヨケ:「まーいどー。って……、今日キミなん?」 カスミ:「そーやねん、きょー、ボクやねん。」 ナミヨケ:「はァーー?? アイツのドコがエエわけ? パーマなトコ?」 ヨウコ:「蛇さん……、」 カスミ:「今夜の珍しい取り合わせに、かんぱぁい。」 ナミヨケ:「カンパーーーイ。っしゃーー。」 カスミ:「『個人送迎・運搬サービス コダマMOVE』『人デモ物デモ、イツでもドコでもドコマデも』……。ヨウコちゃぁん、こんな名刺持ってちゃダメ。」 ナミヨケ:「おいコラ、」 カスミ:「クフフフフフ。」 ヨウコ:「あ、悪徳……、清濁……、わたしは大人……。」 ナミヨケ:「クレヨン食(く)てるみたいやん。」 カスミ:「で? 運び屋サンじゃなかったら、ナニ屋さんなワケ?」 ヨウコ:「その方が、無事に、安全なところまで辿り着く事が出来て、良かったです……。」 ナミヨケ:「いかならん影をもとめて みぞれふる日にもわれは東京を恋しと思いしに ナミヨケ:そこの裏町の壁にさむくもたれている このひとのごとき乞食はなにの夢を夢みて居るのか。」 0:タイトルコール。 カスミ:『青い夜のアイリッシュ・コーヒー』 カスミ:只今より、後編をお送り致します。 0:【間】 カスミ:【21時25分】。 0:とあるバーの店内。カウンターには店員の女性と、本日来店2回目の女性客。 0:男性客は、屋外にて喫煙中。 カスミ:寒くない? ヨウコちゃん。 ヨウコ:大丈夫です、中に、着込んできたので。 ヨウコ:寒いの、苦手で……。対策はしっかりと。 カスミ:ヤダよねぇー。布団から出れなくなるし。オナカ痛くなるし。 ヨウコ:わかります……。毛布に包まっていたいです……。 ヨウコ:あの、表の、サボテンさんは、冬はどうされるんですか? カスミ:あ……、アレ? カスミ:倉庫で冬越しさせるかな。 ヨウコ:確か、冬場には休眠するタイプの品種だったと……、 カスミ:詳しいんだ? そうなの、冷気と乾燥が要るから、暖房の下にも置いとけないし……。 ヨウコ:(語気をやや強め)カスミさんは、サボテン、お好きなんですかっ? カスミ:……、 0:ほんの僅か、店員の面差しに影が降り。 カスミ:……ううん。ボクが好きってワケじゃナイね。 カスミ:アレは……、家族、から、預かってるの。 カスミ:枯らしちゃうのだけはヤだから……、面倒は見てるケド。 ヨウコ:そう、なんですか……。 カスミ:うん。 0:刹那、沈黙。 0:店員の表情は、虚ろに薄らぐ。 ヨウコ:……、ええ、と……、 ヨウコ:ご家族、というのは、 0:言葉を断ち切り、ドアベルが鳴る。男性客が帰還。 ナミヨケ:さァァむっ! 普っ通にマジで寒いな。 ナミヨケ:あ、煙草臭いのんゴメンな。 カスミ:(切り替え) カスミ:コチラこそ、禁煙でゴメンなさぁい。 ナミヨケ:まァシャーナイ。吸えるトコで吸うし。 カスミ:それでぇ? カスミ:昨日のオシゴトは夜逃げ? カーチェイス? ナミヨケ:あー。昨日言うか、今朝までな。 ナミヨケ:そんな、バッタバタした感じでも無かったけども……。 カスミ:ドコまで送って行ったワケ? ナミヨケ:送って行ったっちゅーか、迎えに行ったカンジやな。2コ隣の県の山奥まで。 ヨウコ:山奥……。 カスミ:またヤバそうだねぇ。 ナミヨケ:ソイツ自体はそこそこヤバかったけど、オレは別にヤバくなかったよ。 カスミ:まぁイイから。 ナミヨケ:(一口啜り) ナミヨケ:……ナンかなァ、まあ言うたら、山奥のタコ部屋みたいなトコで、ムリヤリ働かされとってん、ソイツは。 ヨウコ:たこ、べや……? ナミヨケ:借金こさえたヤツが、エグい条件で住み込み労働させられるトコ。 ヨウコ:つまり……、その方の職場まで、 ナミヨケ:職場言うても、フツーの工事現場とかとちゃうで。 ナミヨケ:大抵は給料ピンハネされたり、竣工(しゅんこう)まで家帰られへんかったりすんねんから。 ヨウコ:それ、は……、 ヨウコ:犯罪的な、 ナミヨケ:シロかクロかで言うたらな。 ナミヨケ:ただ今はあくまで斡旋、ちゅう形を取りよるから……、誓約書書かされてしもたら終わりや。 ナミヨケ:その、オレが迎えに行った男も、スロットで借金作って、返されへんようなってソコヘブチ込まれてんて。 ナミヨケ:アリガチ過ぎてウケたけども。 カスミ:ウケないケドモ。 ナミヨケ:そォ? まあまあ……。 ナミヨケ:んで、まあ聞いとったら正味(ショーミ)ソイツも大概アホて言うか、自業自得て感じやってんけど……、 ナミヨケ:ソコの現場がジッサイかなり悪質で、相当参っとった。 ヨウコ:犯罪的な中でも、更に、悪質な……? ナミヨケ:要は、給料が出ェへんねん、実質。 カスミ:出ない?? ナミヨケ:ソイツが言うには、やな。 ナミヨケ:住み込みの場合は日給で計算されて、週イチで支払いがあるらしいねんけど……、 ナミヨケ:借金の返済分が、給料から天引きされるんではナイ、ていうのがミソでな。 ナミヨケ:ソイツは、給料の中から自力で積み立てて、返済額に達したら帰れる、いう契約やったらしい。 カスミ:ソレってさぁ……、 ナミヨケ:帰らす気なんかナイよ、モチロン。 ナミヨケ:ソコではやな、プレハブの部屋代から食事、飲みモン、歯ブラシからトレペから何まで、全部に金銭が発生して、支払いの時に差し引かれんねん。 ナミヨケ:マジで、作業中に飲んだ水とか、石鹸とか洗剤まで、細かく計算されてな。 ヨウコ:それは……、よほどの倹約をしなければ、 ナミヨケ:ソコよ。雀のナミダほどでも塵もツモれば、いつかは帰れると思うやん。ソイツもそう思とった。 ナミヨケ:がしかし……、 カスミ:甘かった、と。 ナミヨケ:大甘(おーあま)や。 ナミヨケ:絶対に、どう足掻いても、手元に金が残らんようになっとるねん。 ヨウコ:食事や、消耗品を出来るだけ、切り詰めても、ですか……? ナミヨケ:言うて現場労働やからな。食わな動かれへんし、腹ぺこで働いたら命に関わる。 ナミヨケ:ソコに居(お)ったヤツは皆、ソレでも飯減らして、風呂も洗濯も週イチ、ボロボロフラフラで働いとったらしいわ。 カスミ:想像したくナイなぁ、正直。 ナミヨケ:乗した時のソイツもかなりヤバかったで。 ナミヨケ:本人マヒしとったけど、正直イヤやったから下山してスグにドンキでスウェット買(こ)うたって、風呂連れてったわ。オレの奢りで。 ナミヨケ:ビックリするぐらい旨そうにフルーツ牛乳飲んどった。 ヨウコ:久しぶりで、いらしたんでしょうか……。 ナミヨケ:オレも釣られて久々に飲んでもたけど。 ナミヨケ:ま、エエとして……、 カスミ:働ける分だけご飯を食べたら、ソレだけでもう赤字になっちゃうの? ナミヨケ:布団も寝間着も、全部有料やからな。 ナミヨケ:やし……、誰がナンボ使(つこ)てるか、全部管理されとるワケやから、 ヨウコ:あ……、 カスミ:あぁ、そうか……。何かと理由を付けて、 ナミヨケ:ゴメーサツ。 ナミヨケ:工具コワしたやの、作業着のヨゴレが酷かったやの、何とでも言うて、帳尻合わしてきよるんやと。 ナミヨケ:ソレだけやったらまだしも……、 ヨウコ:その上に、まだ……? 何だかクラクラ……。 カスミ:マダシモ、じゃナイけどね、ソノ時点で。 ナミヨケ:まだ搾れる、て上が思(おも)た時は、「親睦会」が開かれる。 ヨウコ:親睦会……? カスミ:……まさか、 ナミヨケ:そのマサカや。 ナミヨケ:シゴト終わった後に、空き倉庫みたいなトコに集められて、ヤッスい酒とショッボいツマミで、宴会を「やらされる」と。 ナミヨケ:コワモテの現場監督に、もっと飲めェ、もっと食えェ、言われてな。 ヨウコ:……、もしや、その、お酒やおつまみも……、 ナミヨケ:トーゼン、有料や。 ナミヨケ:しかもプレミア価格でな。 カスミ:……ゲロゲロぉ。 ヨウコ:……、……、 ナミヨケ:で、アタリマエみたいに手取りはゼロ。 ナミヨケ:どころか、赤字分は監督に借金いう形で、ソッチは何と給料から引かれるんやて。 ナミヨケ:そんなモン、いつまで居(お)ったって、 カスミ:1円も貯まらない、ってコトだよね。 ナミヨケ:そういうこっちゃ。 ナミヨケ:メシは食(く)てるワケやから、死にはせんにしても。 ナミヨケ:その分やと、労災やら保険やらも、アヤシいモンで……、 ヨウコ:(震え) ヨウコ:この世の、地獄……。 ナミヨケ:そう言うて、差し支えナイやろな。 ナミヨケ:但し最低の、とはよう言わんけど。下には下があるからな。 ヨウコ:…………、 カスミ:無給で働かされてるヒトたちは、工期が終われば開放されるのかな。 ナミヨケ:ワカランけど、山ん中のホテル付きゴルフ場の建設なんか……、 ナミヨケ:あ、ソコはそうやったらしいねんけど、 ナミヨケ:そんなスグ終わるようなモンとちゃうからな。フェンスの隙間から見たら、まだ整地してるトコもあったし。 カスミ:このゴジセーにゴージャスなハナシ……。 カスミ:あ、このゴジセーだから、現場がソンナなのかな。 ナミヨケ:全部がそうとは思わんけど……。 ナミヨケ:まァゼネコンなんか殆どヤクザみたいなモンやしな。 ナミヨケ:関東で幅きかしてるデカいグループとか、ドコもエゲツいし……。 カスミ:相当極端だと思うけどね、そこみたいのは……。 ナミヨケ:まあ、ほんで、そーゆーゲロヤバな状況に耐え兼ねて、イチかバチかでソイツは、まず知り合いに電話したらしいねんな。 ヨウコ:そのような環境下で、可能な、状態だったんですか……? ナミヨケ:バレたらソレまで、いう覚悟で、事務所に忍び込んだんやて。 カスミ:怖ぁ。ムリかも。 ナミヨケ:で……、没収されとった財布とスマホをまず探し出して、 カスミ:また没収。 ナミヨケ:現代人はソレ奪われたらナンも出来んからな。 ナミヨケ:ほいでも何とか充電して復活さしたスマホは圏外やしで、しゃないから事務所の電話勝手に使(つこ)て、前務めとったトコで世話なってたオッサンにかけた、と。ほんだら偶々(たまたま)……、 カスミ:そのヒトが名刺を持ってた? 「コダマMOVE(ムーブ)」の。 ナミヨケ:そうそう。 ナミヨケ:で、夜中に詰所に電話かかってきて。運賃は一旦立て替えるから、取り敢えず行ったってくれェ、いうて。 ナミヨケ:ほんでまあ、案件が案件やし念の為、バイトで1人デカいヤツに来てもろて……、 ナミヨケ:片道5時間近(ちこ)う飛ばして、山ん中グルングルン回って。 ナミヨケ:ドーニカコーニカ、若干遭難しかけつつ、道路の行き止まりの、こっから先は私有地デス、いうトコに車着けて、 カスミ:それ、そのヒトは出て来れたの?? ナミヨケ:朝方、交代か更新かなんかで、一瞬見張りが居らんくなる時間があるんやて。 ナミヨケ:フツウやったら逃げ出しても、アシ無かったら夜はキツいやろけど、 カスミ:ソンナ山奥?? ナミヨケ:せやで、もののけ姫かと思(おも)たもん。地面ズルズルやったし。 ヨウコ:センサーや、警報器などは……、 ナミヨケ:何かはムチャムチャ鳴ってたケド。 ナミヨケ:ただまあ車寄せれたんが意外と近いトコやったから、林ン中からワッサワッサ走ってきよったソイツをこう、ガアッとピックアップしてやな、そんままブワァーっと……、 カスミ:走り去った? ナミヨケ:急発進でな。泥ビシャァー飛ばして。 カスミ:……監視カメラとかに、映ってたりしないのぉ? ナミヨケ:私有地のナカに入ってナイしな。言うてきよったら、文言は決まっとる。 ナミヨケ:「呼ばれて行っただけの、24時間タクシーですゥ」、言うて。どうやって電話しよったかなんかコッチは知らんしな。 カスミ:イケルの、ソレ……。 ヨウコ:行き先を、聞かれたら……、 ナミヨケ:個人情報、守秘義務アルんでェ、や。ソコはフツウのタクシーも一緒。相手が警察やない限りはな。 ナミヨケ:か、どっか適当なトコで降ろしたてウソ吐(つ)くか。 カスミ:あ、ソコはそうなの。 ナミヨケ:ウソかホンマかを検める力も権限も、向こうにはナイからな。 ナミヨケ:ソレがあるんはツマり警察で、警察から逃がしたら、ソラ、犯罪やけど。 カスミ:んんー……。 ヨウコ:捜索願いを、出されるというような事は……、 ナミヨケ:とか、興信所とかな。 ナミヨケ:今回みたいな、土方(どかた)1匹連れ戻す為にそこまでするトコはそう無いけど……。 ナミヨケ:こういうケースではキホン、身元を預かれる人間のトコまで送る。親か、おらん場合は行政の出番や。 カスミ:親元や、公の場所に居る人間に、捜索願いもナニもない、てコトね。 ナミヨケ:そーゆーコト。 ナミヨケ:どないなカタチにせよ、手出し出来ん状態になるように相談に乗る。 ナミヨケ:社長が、「個人的に」な。 カスミ:……ナルホド。 カスミ:場合により、ブラックに近いグレーってカンジだねぇ。 ナミヨケ:せやなァ。 ナミヨケ:社長の平衡(へいこう)感覚でもっとるみたいなトコはジッサイ、あるな。ドコもそんなモンやろけど。 ヨウコ:その、男性の方も、親御さんの所まで……? ナミヨケ:1回、依頼してくれたオッサンのトコ寄って、そのあと実家まで送った。 ナミヨケ:郊外の方やったから、マジでトンボ返りやで……。 ナミヨケ:(一口啜り) ナミヨケ:下山して、スグ風呂行った後にやな、どーしてもコンビニ寄ってほしい言いよって……、 ナミヨケ:オッサンに立て替えてもーて返します、言うから金貸したったら、肉まんやら、揚げチキンやら、カルボナーラのパスタやらガッサー買い込んで、バクバク食うとった。 ナミヨケ:この世でイチバン旨いモン食うみたいに。 カスミ:車内で? ナミヨケ:んや……、見張っとくからユックリ食いィ言うて、イートインで。 ヨウコ:久しぶり、だったからでしょうか……。 ナミヨケ:せやろな。 ナミヨケ:オレも釣られてパスタ買(こ)うて食うてもたけど。 カスミ:釣られっぱなしじゃん。 ナミヨケ:丁度ハラ空く時間やったし……。 ナミヨケ:ま、エエとして、 ヨウコ:その方は、どのくらいの期間、その場所に……? ナミヨケ:1年半やて。 ヨウコ:……っ、 カスミ:限界が、来たのかな……。 ナミヨケ:ナーンか、プツーんとキてしもたんやて。 ナミヨケ:もうエエ、死んでもエエから逃げたろ、て。 カスミ:…………。 カスミ:思えただけでも凄い、よね。 カスミ:そのヒト。 ナミヨケ:ほんで、その後も急に重たいモン食うたからハラ壊しよったり、ほんでもマクドにも寄ってほしいとか言いよるから、帰り着くまで待てェ言うたり、ナンジャカンジャやりつつ……、 ナミヨケ:まだ日ィ昇る前に、コッチへ帰って来た。 ヨウコ:(息を吐き) ヨウコ:……、ふうっ……。 カスミ:大丈夫? ヨウコちゃん。 ヨウコ:あ、はい、ちょっと……、 ヨウコ:身近では無かった世界の事を一度に聞いて、その、整理が……。 ナミヨケ:せやろなァ。 0:女性客は気付けの如く、グラスを傾け、息をつく。 ヨウコ:……はあ。 ナミヨケ:(一口啜り) ナミヨケ:せやけど。 ナミヨケ:今まで無縁で居(お)れたんがラッキーやった、ぐらいに思(おも)といた方がエエかもな。 ヨウコ:…………。 ナミヨケ:脅かすワケとちゃうけど。 ナミヨケ:別に、不自由せんと生きてきた、エエとこの子ォかて「喰われる」時は「喰われる」。 ナミヨケ:昨日のソイツかて、実家の家は結構デカかったし。 ヨウコ:……、あ、の、 ヨウコ:……、 0:男性客は首を回し、軽く伸びをして。 ナミヨケ:……満腹なってトイレも行って、フッと気ィ抜けよったんかして。 ナミヨケ:死んだかな? て思うぐらい、スゥスゥ寝てしもたソイツを乗して、ダダっ広い田舎の道路(みち)抜けて、コッチ戻って来るにつれ……、 ナミヨケ:都会の夜の空は青いのォー、て、ナントナシ思(おも)て見てたら……、 ヨウコ:……、青、い、 カスミ:夜空が? ナミヨケ:あァ、ずっとコッチなんやったら、全然ソンナン思わんかも知れんけど……。 ナミヨケ:都会の夜はな、青い。 ナミヨケ:オレは関西でも田舎の方やったから、コッチ来てからはずゥっと思(おも)とる。 ナミヨケ:田舎の夜は黒、地方の、街場の夜は紺色で……、 ナミヨケ:ほんで、都会の夜は、青う見える。 ナミヨケ:昼も夜もなくライトやらネオンやら照って、真っ青な都会の夜を走っとると……、このデカい街そのモノが、ナンやかまるで、ナカに居(お)る人間も、ソトから来た人間も、区別なく喰ろォて大きなりよるバケモンみたいに思える。 ナミヨケ:馬鹿デカいクチ開けて、餌食になるアホを待ち構えとる、バケモンみたいにな。 ヨウコ:……、……、 カスミ:詩人だね。 ナミヨケ:本気で思(おも)とるよ。 0:男性客はグラスを干す。 ナミヨケ:……オレらが送る人間いうんはアホが多いねん。 ナミヨケ:考えたらワカルやろいう事ワカランと、ドツボにハマってドン詰まって、藁にも縋(すが)ってタクシー呼びよる。 ナミヨケ:ソイツらを……、自業自得やとか、社会にイラん奴らやとか、言うんはカンタンやで。 ヨウコ:そんな、風には、 ナミヨケ:言いよるよ。 ナミヨケ:言わんでも、思(おも)とる。 ナミヨケ:明日は我が身やて、気ィ付いてまうんが怖いからな。 ヨウコ:……っ、 カスミ:……、 ナミヨケ:でも、ホンマは皆、ワカっとるんとちゃうかと。 ナミヨケ:イキって出てきても、ドッカで思い知るしな。 ナミヨケ:都会なんか元々、ナンも無いド田舎に、アッチャコッチャからハグレが流されて来て、「俺が俺が」てワァワァ言うとるだけなんやから。 ナミヨケ:どんなモンでも、そのうちまた流されて行って……、 ナミヨケ:後釜と入れ替わるだけや、て。ドッカでワカってるんとちゃうの、て。 ヨウコ:都市論……、 ヨウコ:……近代以降に於ける、「都市」という事、ですね……。 ナミヨケ:やけどほんなら、「喰われる」アホが悪ゥて、「喰う」ヤツらは悪ナイんか? ナミヨケ:ソノ喰うてるヤツらかて、いつかはドッカで、もっとデカくてカシコいヤツに喰われてまうダケなんちゃうんか、とか、考えて行ったら……、 ナミヨケ:裏やの、表やの、闇やの何やの、まあアホらしいわな。 ヨウコ:…………。 ナミヨケ:社長の受け売りやけど。 ナミヨケ:ソイツがどんなクズでもアホでも、居る場所が裏でも表でも。 ナミヨケ:今スグにそっから逃げたいと思(おも)とって、車呼ぶ分だけの金持ってるか、金出したる言うヤツが居(お)るんやったら……、 カスミ:(名刺を見やり) カスミ:『イツでもドコでも』、『ドコマデも』……? ナミヨケ:(一転、くだけ) ナミヨケ:そォーや! ナミヨケ:ほんでやなァ、オレはバリ早朝でもド深夜でも、エナドリとミンティアとキメて、高速でも下道でもブッ飛ばして、迎えに行ったり送ったり……、まあ休みもソコソコもろてるけど、 カスミ:ミンティア派なんだぁ。 ナミヨケ:エエやろソコは。 ナミヨケ:……客の話聞いて面倒見ながら、地元地元のメシ食うたり、ヤッスい邦画のロードムービーみたいなコトしたり……、 カスミ:結構楽しそうだケド。 ナミヨケ:ソラそうよ。やり甲斐ナイ会社でクサってるよりは百倍な。 ナミヨケ:やから、社長には感謝しとる。 カスミ:拾ってもらえて? ナミヨケ:せや。運転が趣味や無(の)うなったんだけは、残念やけど……。 ナミヨケ:休みの日ィに走りに行く気にならん。 カスミ:オシゴトだもんね。ボクらも休みの日にBAR行ったりとか、滅多にしないし。 ナミヨケ:やから、精々飲みに行くぐらいになったな。それこそココ来て、タニマチと喋ったり……、 カスミ:今日みたいに? ナミヨケ:まあそうやな。暇ァな店内で。 ナミヨケ:ちゅーか今日も全然客来(け)ェへんやん! ナミヨケ:曜日の問題か? カスミ:ヨウコちゃんが居るでしょーが。 ヨウコ:あ、はい……、 ナミヨケ:ごめんな、ベラベラ喋ってしもて。 ヨウコ:いえっ、見聞を、広められたと言いますか……、 ヨウコ:勉強を、させて頂きました……。 ナミヨケ:やー、フツーに、真っ当に生きとったら役に立たんよオレの話なんか。 ヨウコ:いえっ、 ナミヨケ:ただまあ……、イツ、ドコでどうなるかは誰にもワカランから。 ナミヨケ:何かのコトで必要になったら、ソコ電話しィ。 ナミヨケ:一応、24時間受付けとります。 ヨウコ:は、はい。方法の、1つとして、という事ですね……。 ナミヨケ:そーそー。自分やなくて、知り合い助けたりたいトキとかな。 ナミヨケ:ちゃんとしたトコて、スグサマ動いてくれるとは限らんし。 ナミヨケ:「繋ぎ」とでも、思(おも)といて。 ヨウコ:世の中にある、わたしが選べる、考え得る手段の、1つとして……。 ナミヨケ:名刺にも書いたあるけど、非通知でも公衆電話でもエエから。匿名でもイイし。 カスミ:イタズラ電話とかナイのぉ? カスミ:あ、コワいか。 ナミヨケ:今んとこ聞かへんな、名刺撒くトコは選んでるし……。 ナミヨケ:行ったら終わってた、みたいなんはあるけど。 カスミ:問題が解決してるっていうコト? ナミヨケ:タッチの差で他のトコが動けてたりな。まあ、また今度、暇やったら喋るわ。 ナミヨケ:今日は、おアイソ。(お会計、のジェスチャー) カスミ:出たぁ、指でバツ作るヤツ。 カスミ:はぁい。 0:伝票用紙に注文分が書き込まれ。 ナミヨケ:あ、ヨウコちゃんのこの、えェ、『マリコ』? の分も付けといて。 カスミ:『エリカ』ね。りょーかい。 ヨウコ:えぇっ、いえっ、そんな……! ナミヨケ:イッパイ話聞いてもろたし。 カスミ:『マリコ』。今度作ってみよーかなぁ、『マリコ』。ウクク……。 ヨウコ:あの、わたし、実は前回も出して頂いてしまっていて、今日こそはと……、 ヨウコ:なので、 ナミヨケ:ほんなら、もう1杯頼んだらエエんちゃう? まだ居(お)るんやったら。 ヨウコ:あ……、 カスミ:そぉね。軽目のも作れるし……、 カスミ:2杯目イッちゃうぅ? カスミ:あ、お会計伝票コチラになりまぁす。 ナミヨケ:そォしーそォしー。 ナミヨケ:(伝票を見る。3700円。) ナミヨケ:安っ。はいはい……。 0:鞄から財布を摘み出す常連客。 カスミ:ボクもゴチソウサマ。 カスミ:この近くなんだっけ? ナミヨケ:せやで? いつも歩いて来てるもん。 ナミヨケ:あの、あっこ、駐輪場と交番と向かい合ってるトコあるやろ、 カスミ:幽霊トンネル出たトコでしょ。 ナミヨケ:せや。全体的にキモ目のエリアではあるケド。 ヨウコ:ゆう、れい……、 ナミヨケ:駅もコンビニも近いし、夜中でもドコも開いてるし……、 ナミヨケ:都会サマサマやで、マジで。 カスミ:ソコはそうなんカイ。 ナミヨケ:ムチャクチャ恩恵にあずかり倒してるよオレ。田舎嫌いやもん。 ヨウコ:……、 ナミヨケ:車無かったら村から出られへんとか。寄り合い言うて、近所の集まりあったら結局行かなアカンとか。 ナミヨケ:村のオッチャンらやアニキらも、ヒトは嫌いや無かったけど……、 カスミ:ま……、ボクも、全然知らない感じではないケドね。 カスミ:こっちだって、辺鄙なとこは十分そんな感じだし。 ナミヨケ:多分、オレんトコはキミが思(おも)てるより、もーちょいガチの田舎やで。山と谷の間の隙間に、無理くり頑張って人住んでるような。 ナミヨケ:……なんし、やりたいトキにやりたいコト出来へんのがアカンねん。ソレがイヤでコッチ出て来て、 ナミヨケ:……、ま、ソレだけいうワケでもナイけど。 ナミヨケ:まあ、せやから……、 0:財布とスマートフォンを放り込み、鞄を携え、 ナミヨケ:誰でも、逃げたいトキに逃げれるようにと思(おも)て、今のシゴト続けてるケドな。 ナミヨケ:(軽く手を上げ) ナミヨケ:ほな。 0:出入り口のドアへと歩を進める。 カスミ:ほなぁー。アリガトウゴザイマシタぁー。 ヨウコ:あ、あのっ、ごちそうさまですっ! ナミヨケ:話聞いてくれてありがとうなー。おやすみ。 カスミ:またねぇ。 ナミヨケ:おー。タニマチにもヨロシク。 0:ドアが開き、ベルが鳴る。一層冷まされた外気が吹き込む。 ナミヨケ:ふァーっ、寒っ。 ナミヨケ:(ふと空を見やり) ナミヨケ:今日の夜も青いのォ。 ナミヨケ:さいなら。 0:するりと退店。 0:ドアが閉まり、ベルの残響。 0:店内に残るは、店員と女性客。 カスミ:……ホントに冷えて来たね。ちょっと暖房強くしよ。 0:リモコンを取り、空調を操作する。 ヨウコ:ありがとうございます……。 カスミ:文明の利器、文明の利器。 カスミ:時間、大丈夫? ヨウコ:あ、はい、まだ、暫くは……。 0:言い、僅かに残った紅い液体を飲み切る。 ヨウコ:はぁ……。 カスミ:クフ。はぁい、グラスが空きましたぁ。 カスミ:こないだは1杯だけだったんだよね? ヨウコ:はい……、それでもわたし、かなり、喋り過ぎてしまったり……、その、 カスミ:さっきのヒトほどじゃナイでしょ、大丈夫。 カスミ:どんなの飲みたいか、ゆっくり決めてね。スゴく弱くも出来るし。 ヨウコ:はい……、ありがとうございます。 0:カウンター上に置かれた名刺へと、眼を滑らせる。 0:『イツでもドコでもドコマデも』。 ヨウコ:……わたし……、正直、完全にはイメージし切れない部分も多くて、 カスミ:ん? ヨウコ:先程の、お話の……、 カスミ:あぁ……、ソレはそうなんじゃナイ? カスミ:普段、1番関わりの無いヒトたちのハナシでしょ。 ヨウコ:漠然と、世の中には、社会には、そのような側面もある、と、知ってはいたつもりですし……、 ヨウコ:清濁、というものは、今の自分に取って、重要なテーマだと考えてはいるんですが……。 カスミ:清濁、かぁ。 カスミ:…………。 0:店員は己のグラスを傾ける。からん、と氷が鳴き。 カスミ:個人的にはねぇ……。 カスミ:「清濁併(あわ)せ飲む」ってよく言うケド、その時、清と濁を切り分けてる自分っていうのは、一体ドッチ側のつもりなんだろ、って思うかな。 ヨウコ:自分……、 カスミ:世界には、キレイなところとキタナイところがあって……。 カスミ:キレイなところを見れてる自分はまだキレイで、じゃ、キタナイところを見ちゃったら、その時自分ももう、キレイじゃ無くなっちゃうのかな、とか。 カスミ:それとも、世界も、自分も、キレイな部分とキタナイ部分、両方を持ってて。 カスミ:その2つともを受け入れられるようになるのが、生きてくってコトなのかなぁ、とか。 カスミ:そんなのは、まあ、無難な、子供騙しなんだけど。 ヨウコ:カスミさん……、 カスミ:キレイとキタナイに、世界を分けていられるのは子供の内だけだって。 カスミ:いつかは、気付いちゃうよね。 ヨウコ:……、どう、なんでしょうか。 カスミ:でも。 カスミ:キタナくなっちゃった自分を、見続けなくちゃいけないのは……、 カスミ:自分だけ、なんだよね。 ヨウコ:…………。 0:店員は、どこかしら冷たい夜の如き面持ち。 0:女性客の表情は、夜気にしぼむ花弁。 ヨウコ:わたし、自分の中の課題や問題が、すこし、良い方向に進みかけているというのもあって……、 ヨウコ:何だか、達成感と言うか、「自分は困難を切り拓きつつあるんだ」と、妙に、昂(たかぶ)っていたところがあるんですが……、 カスミ:自信が付いてきたってコトね。 ヨウコ:でも、今日のようなお話を聞くと……、 ヨウコ:自分は何て傲慢で、贅沢な我が侭を、悩みったらしく弄(もてあそ)んでいたのかと……。 ヨウコ:それで苦しんでいたつもりの自分が、なんだか急に、 カスミ:(遮り)不毛だからヤメた方がイイよ。 ヨウコ:……っ、 カスミ:痛みはヒトと共有出来ないから。 ヨウコ:……共有……、 カスミ:ダレかに話して、和らげる事は出来ても。 カスミ:自分の中の痛みは、自分でお世話してくしかナイんだよね。 カスミ:どうせ、どのみち……、 0:凍てつく冬の月のように、笑み。 カスミ:最後はミンナ、ひとりなんだから。 ヨウコ:……、……、 ヨウコ:そう、なんでしょうか。 ヨウコ:でも……、でも、わたしは、 カスミ:(遮り)だからぁ。 ヨウコ:……っ、 カスミ:変とか、普通とか。ヒトと比べてどうかなんて知らなぁい。 カスミ:助けてもくれないクセに、したり顔で、比べて来ないでよ、って。 カスミ:……そのぐらいに、思っといた方がイイと思うな。 ヨウコ:……、……。 0:女性客は句を継げず。 0:月影は失せ、店員は一転、薄く笑む。 カスミ:さぁ、て。 カスミ:ドンナの飲もっか。また花の名前のカクテルにするぅ? カスミ:それか温かいのも出来るし、ノンアルコールでも。 ヨウコ:あ……、 0:女性客は静かに思案し。 0:フ、と顔を上げ、 ヨウコ:あの、では……、 0:言う。 ヨウコ:『アイリッシュ・コーヒー』を、お願いします……。 0:暗転。 0:カスミにスポット。 カスミ:【本日のカクテルレシピ】 カスミ:「猫町」特製『アイリッシュ・コーヒー』。 カスミ:■アイリッシュ・ウイスキー 30ml カスミ:■ヘーゼルナッツ・シロップ 2tsp(ティースプーン) カスミ:■ブラウンシュガー 2tsp カスミ:以上をホットグラスにてステア、ドリップした珈琲を注ぐ。 カスミ:泡立てたフレッシュ・クリームをフロート。 カスミ:シナモンパウダー、コーヒーパウダーを少量散らして、サーブ。 0:【終】 : 0:【空白】/【空白】/【空白】 : 0:【ボーナス・トラック】 0:同時刻。帰途、緩やかに歩を進めるナミヨケ。自宅近くの、古びたトンネル。 ナミヨケ:(あくび)あふ……、 ナミヨケ:寝たけど、眠た……。 0:冷たくも、生温(ぬる)くもある風が吹く。 ナミヨケ:寒いて……。まだ10月やぞマジ……。 声無き誰かの声:「お兄さん。」 ナミヨケ:……、 0:後方より、声の気配。振り返る。 ナミヨケ:…………、 0:無人。風は尚も、舐めるように吹いている。 ナミヨケ:(向き直り) ナミヨケ:気のせいか……、 声無き誰かの声:「お兄さん。」 ナミヨケ:っ、 声無き誰かの声:「今晩、泊めてくれませんか。」 0:再び振り返る。瞬間、血の色の、気配。 ナミヨケ:……っ、 0:しかして、無人。 ナミヨケ:……、……、 0:風。 0:静寂。 ナミヨケ:…………。 ナミヨケ:……今日は、寒いで。 ナミヨケ:早(は)よ、帰り。 0:暫し、無人の空を見やり、後、歩き出す。 0:振り返る事は無く、やがて、無人のトンネル。 : : : 0:静寂。 : : : 0:ジジ、と、切れかけた電灯の明滅。 声無き誰かの声:「嫌……。帰りたいところなんて、無い。」 0:【終】

0:ブザー音。 0:【再開】 カスミ:フラッシュ・バック。 0:(以下、矢継ぎ早に、【前編】の回想) ナミヨケ:「この美しい都会を愛するのはよいことだ。この美しい都会の建築を愛するのはよいことだ」 ヨウコ:「ええと、来させて頂いたのは2度目なんですが……、」 ナミヨケ:「まーいどー。って……、今日キミなん?」 カスミ:「そーやねん、きょー、ボクやねん。」 ナミヨケ:「はァーー?? アイツのドコがエエわけ? パーマなトコ?」 ヨウコ:「蛇さん……、」 カスミ:「今夜の珍しい取り合わせに、かんぱぁい。」 ナミヨケ:「カンパーーーイ。っしゃーー。」 カスミ:「『個人送迎・運搬サービス コダマMOVE』『人デモ物デモ、イツでもドコでもドコマデも』……。ヨウコちゃぁん、こんな名刺持ってちゃダメ。」 ナミヨケ:「おいコラ、」 カスミ:「クフフフフフ。」 ヨウコ:「あ、悪徳……、清濁……、わたしは大人……。」 ナミヨケ:「クレヨン食(く)てるみたいやん。」 カスミ:「で? 運び屋サンじゃなかったら、ナニ屋さんなワケ?」 ヨウコ:「その方が、無事に、安全なところまで辿り着く事が出来て、良かったです……。」 ナミヨケ:「いかならん影をもとめて みぞれふる日にもわれは東京を恋しと思いしに ナミヨケ:そこの裏町の壁にさむくもたれている このひとのごとき乞食はなにの夢を夢みて居るのか。」 0:タイトルコール。 カスミ:『青い夜のアイリッシュ・コーヒー』 カスミ:只今より、後編をお送り致します。 0:【間】 カスミ:【21時25分】。 0:とあるバーの店内。カウンターには店員の女性と、本日来店2回目の女性客。 0:男性客は、屋外にて喫煙中。 カスミ:寒くない? ヨウコちゃん。 ヨウコ:大丈夫です、中に、着込んできたので。 ヨウコ:寒いの、苦手で……。対策はしっかりと。 カスミ:ヤダよねぇー。布団から出れなくなるし。オナカ痛くなるし。 ヨウコ:わかります……。毛布に包まっていたいです……。 ヨウコ:あの、表の、サボテンさんは、冬はどうされるんですか? カスミ:あ……、アレ? カスミ:倉庫で冬越しさせるかな。 ヨウコ:確か、冬場には休眠するタイプの品種だったと……、 カスミ:詳しいんだ? そうなの、冷気と乾燥が要るから、暖房の下にも置いとけないし……。 ヨウコ:(語気をやや強め)カスミさんは、サボテン、お好きなんですかっ? カスミ:……、 0:ほんの僅か、店員の面差しに影が降り。 カスミ:……ううん。ボクが好きってワケじゃナイね。 カスミ:アレは……、家族、から、預かってるの。 カスミ:枯らしちゃうのだけはヤだから……、面倒は見てるケド。 ヨウコ:そう、なんですか……。 カスミ:うん。 0:刹那、沈黙。 0:店員の表情は、虚ろに薄らぐ。 ヨウコ:……、ええ、と……、 ヨウコ:ご家族、というのは、 0:言葉を断ち切り、ドアベルが鳴る。男性客が帰還。 ナミヨケ:さァァむっ! 普っ通にマジで寒いな。 ナミヨケ:あ、煙草臭いのんゴメンな。 カスミ:(切り替え) カスミ:コチラこそ、禁煙でゴメンなさぁい。 ナミヨケ:まァシャーナイ。吸えるトコで吸うし。 カスミ:それでぇ? カスミ:昨日のオシゴトは夜逃げ? カーチェイス? ナミヨケ:あー。昨日言うか、今朝までな。 ナミヨケ:そんな、バッタバタした感じでも無かったけども……。 カスミ:ドコまで送って行ったワケ? ナミヨケ:送って行ったっちゅーか、迎えに行ったカンジやな。2コ隣の県の山奥まで。 ヨウコ:山奥……。 カスミ:またヤバそうだねぇ。 ナミヨケ:ソイツ自体はそこそこヤバかったけど、オレは別にヤバくなかったよ。 カスミ:まぁイイから。 ナミヨケ:(一口啜り) ナミヨケ:……ナンかなァ、まあ言うたら、山奥のタコ部屋みたいなトコで、ムリヤリ働かされとってん、ソイツは。 ヨウコ:たこ、べや……? ナミヨケ:借金こさえたヤツが、エグい条件で住み込み労働させられるトコ。 ヨウコ:つまり……、その方の職場まで、 ナミヨケ:職場言うても、フツーの工事現場とかとちゃうで。 ナミヨケ:大抵は給料ピンハネされたり、竣工(しゅんこう)まで家帰られへんかったりすんねんから。 ヨウコ:それ、は……、 ヨウコ:犯罪的な、 ナミヨケ:シロかクロかで言うたらな。 ナミヨケ:ただ今はあくまで斡旋、ちゅう形を取りよるから……、誓約書書かされてしもたら終わりや。 ナミヨケ:その、オレが迎えに行った男も、スロットで借金作って、返されへんようなってソコヘブチ込まれてんて。 ナミヨケ:アリガチ過ぎてウケたけども。 カスミ:ウケないケドモ。 ナミヨケ:そォ? まあまあ……。 ナミヨケ:んで、まあ聞いとったら正味(ショーミ)ソイツも大概アホて言うか、自業自得て感じやってんけど……、 ナミヨケ:ソコの現場がジッサイかなり悪質で、相当参っとった。 ヨウコ:犯罪的な中でも、更に、悪質な……? ナミヨケ:要は、給料が出ェへんねん、実質。 カスミ:出ない?? ナミヨケ:ソイツが言うには、やな。 ナミヨケ:住み込みの場合は日給で計算されて、週イチで支払いがあるらしいねんけど……、 ナミヨケ:借金の返済分が、給料から天引きされるんではナイ、ていうのがミソでな。 ナミヨケ:ソイツは、給料の中から自力で積み立てて、返済額に達したら帰れる、いう契約やったらしい。 カスミ:ソレってさぁ……、 ナミヨケ:帰らす気なんかナイよ、モチロン。 ナミヨケ:ソコではやな、プレハブの部屋代から食事、飲みモン、歯ブラシからトレペから何まで、全部に金銭が発生して、支払いの時に差し引かれんねん。 ナミヨケ:マジで、作業中に飲んだ水とか、石鹸とか洗剤まで、細かく計算されてな。 ヨウコ:それは……、よほどの倹約をしなければ、 ナミヨケ:ソコよ。雀のナミダほどでも塵もツモれば、いつかは帰れると思うやん。ソイツもそう思とった。 ナミヨケ:がしかし……、 カスミ:甘かった、と。 ナミヨケ:大甘(おーあま)や。 ナミヨケ:絶対に、どう足掻いても、手元に金が残らんようになっとるねん。 ヨウコ:食事や、消耗品を出来るだけ、切り詰めても、ですか……? ナミヨケ:言うて現場労働やからな。食わな動かれへんし、腹ぺこで働いたら命に関わる。 ナミヨケ:ソコに居(お)ったヤツは皆、ソレでも飯減らして、風呂も洗濯も週イチ、ボロボロフラフラで働いとったらしいわ。 カスミ:想像したくナイなぁ、正直。 ナミヨケ:乗した時のソイツもかなりヤバかったで。 ナミヨケ:本人マヒしとったけど、正直イヤやったから下山してスグにドンキでスウェット買(こ)うたって、風呂連れてったわ。オレの奢りで。 ナミヨケ:ビックリするぐらい旨そうにフルーツ牛乳飲んどった。 ヨウコ:久しぶりで、いらしたんでしょうか……。 ナミヨケ:オレも釣られて久々に飲んでもたけど。 ナミヨケ:ま、エエとして……、 カスミ:働ける分だけご飯を食べたら、ソレだけでもう赤字になっちゃうの? ナミヨケ:布団も寝間着も、全部有料やからな。 ナミヨケ:やし……、誰がナンボ使(つこ)てるか、全部管理されとるワケやから、 ヨウコ:あ……、 カスミ:あぁ、そうか……。何かと理由を付けて、 ナミヨケ:ゴメーサツ。 ナミヨケ:工具コワしたやの、作業着のヨゴレが酷かったやの、何とでも言うて、帳尻合わしてきよるんやと。 ナミヨケ:ソレだけやったらまだしも……、 ヨウコ:その上に、まだ……? 何だかクラクラ……。 カスミ:マダシモ、じゃナイけどね、ソノ時点で。 ナミヨケ:まだ搾れる、て上が思(おも)た時は、「親睦会」が開かれる。 ヨウコ:親睦会……? カスミ:……まさか、 ナミヨケ:そのマサカや。 ナミヨケ:シゴト終わった後に、空き倉庫みたいなトコに集められて、ヤッスい酒とショッボいツマミで、宴会を「やらされる」と。 ナミヨケ:コワモテの現場監督に、もっと飲めェ、もっと食えェ、言われてな。 ヨウコ:……、もしや、その、お酒やおつまみも……、 ナミヨケ:トーゼン、有料や。 ナミヨケ:しかもプレミア価格でな。 カスミ:……ゲロゲロぉ。 ヨウコ:……、……、 ナミヨケ:で、アタリマエみたいに手取りはゼロ。 ナミヨケ:どころか、赤字分は監督に借金いう形で、ソッチは何と給料から引かれるんやて。 ナミヨケ:そんなモン、いつまで居(お)ったって、 カスミ:1円も貯まらない、ってコトだよね。 ナミヨケ:そういうこっちゃ。 ナミヨケ:メシは食(く)てるワケやから、死にはせんにしても。 ナミヨケ:その分やと、労災やら保険やらも、アヤシいモンで……、 ヨウコ:(震え) ヨウコ:この世の、地獄……。 ナミヨケ:そう言うて、差し支えナイやろな。 ナミヨケ:但し最低の、とはよう言わんけど。下には下があるからな。 ヨウコ:…………、 カスミ:無給で働かされてるヒトたちは、工期が終われば開放されるのかな。 ナミヨケ:ワカランけど、山ん中のホテル付きゴルフ場の建設なんか……、 ナミヨケ:あ、ソコはそうやったらしいねんけど、 ナミヨケ:そんなスグ終わるようなモンとちゃうからな。フェンスの隙間から見たら、まだ整地してるトコもあったし。 カスミ:このゴジセーにゴージャスなハナシ……。 カスミ:あ、このゴジセーだから、現場がソンナなのかな。 ナミヨケ:全部がそうとは思わんけど……。 ナミヨケ:まァゼネコンなんか殆どヤクザみたいなモンやしな。 ナミヨケ:関東で幅きかしてるデカいグループとか、ドコもエゲツいし……。 カスミ:相当極端だと思うけどね、そこみたいのは……。 ナミヨケ:まあ、ほんで、そーゆーゲロヤバな状況に耐え兼ねて、イチかバチかでソイツは、まず知り合いに電話したらしいねんな。 ヨウコ:そのような環境下で、可能な、状態だったんですか……? ナミヨケ:バレたらソレまで、いう覚悟で、事務所に忍び込んだんやて。 カスミ:怖ぁ。ムリかも。 ナミヨケ:で……、没収されとった財布とスマホをまず探し出して、 カスミ:また没収。 ナミヨケ:現代人はソレ奪われたらナンも出来んからな。 ナミヨケ:ほいでも何とか充電して復活さしたスマホは圏外やしで、しゃないから事務所の電話勝手に使(つこ)て、前務めとったトコで世話なってたオッサンにかけた、と。ほんだら偶々(たまたま)……、 カスミ:そのヒトが名刺を持ってた? 「コダマMOVE(ムーブ)」の。 ナミヨケ:そうそう。 ナミヨケ:で、夜中に詰所に電話かかってきて。運賃は一旦立て替えるから、取り敢えず行ったってくれェ、いうて。 ナミヨケ:ほんでまあ、案件が案件やし念の為、バイトで1人デカいヤツに来てもろて……、 ナミヨケ:片道5時間近(ちこ)う飛ばして、山ん中グルングルン回って。 ナミヨケ:ドーニカコーニカ、若干遭難しかけつつ、道路の行き止まりの、こっから先は私有地デス、いうトコに車着けて、 カスミ:それ、そのヒトは出て来れたの?? ナミヨケ:朝方、交代か更新かなんかで、一瞬見張りが居らんくなる時間があるんやて。 ナミヨケ:フツウやったら逃げ出しても、アシ無かったら夜はキツいやろけど、 カスミ:ソンナ山奥?? ナミヨケ:せやで、もののけ姫かと思(おも)たもん。地面ズルズルやったし。 ヨウコ:センサーや、警報器などは……、 ナミヨケ:何かはムチャムチャ鳴ってたケド。 ナミヨケ:ただまあ車寄せれたんが意外と近いトコやったから、林ン中からワッサワッサ走ってきよったソイツをこう、ガアッとピックアップしてやな、そんままブワァーっと……、 カスミ:走り去った? ナミヨケ:急発進でな。泥ビシャァー飛ばして。 カスミ:……監視カメラとかに、映ってたりしないのぉ? ナミヨケ:私有地のナカに入ってナイしな。言うてきよったら、文言は決まっとる。 ナミヨケ:「呼ばれて行っただけの、24時間タクシーですゥ」、言うて。どうやって電話しよったかなんかコッチは知らんしな。 カスミ:イケルの、ソレ……。 ヨウコ:行き先を、聞かれたら……、 ナミヨケ:個人情報、守秘義務アルんでェ、や。ソコはフツウのタクシーも一緒。相手が警察やない限りはな。 ナミヨケ:か、どっか適当なトコで降ろしたてウソ吐(つ)くか。 カスミ:あ、ソコはそうなの。 ナミヨケ:ウソかホンマかを検める力も権限も、向こうにはナイからな。 ナミヨケ:ソレがあるんはツマり警察で、警察から逃がしたら、ソラ、犯罪やけど。 カスミ:んんー……。 ヨウコ:捜索願いを、出されるというような事は……、 ナミヨケ:とか、興信所とかな。 ナミヨケ:今回みたいな、土方(どかた)1匹連れ戻す為にそこまでするトコはそう無いけど……。 ナミヨケ:こういうケースではキホン、身元を預かれる人間のトコまで送る。親か、おらん場合は行政の出番や。 カスミ:親元や、公の場所に居る人間に、捜索願いもナニもない、てコトね。 ナミヨケ:そーゆーコト。 ナミヨケ:どないなカタチにせよ、手出し出来ん状態になるように相談に乗る。 ナミヨケ:社長が、「個人的に」な。 カスミ:……ナルホド。 カスミ:場合により、ブラックに近いグレーってカンジだねぇ。 ナミヨケ:せやなァ。 ナミヨケ:社長の平衡(へいこう)感覚でもっとるみたいなトコはジッサイ、あるな。ドコもそんなモンやろけど。 ヨウコ:その、男性の方も、親御さんの所まで……? ナミヨケ:1回、依頼してくれたオッサンのトコ寄って、そのあと実家まで送った。 ナミヨケ:郊外の方やったから、マジでトンボ返りやで……。 ナミヨケ:(一口啜り) ナミヨケ:下山して、スグ風呂行った後にやな、どーしてもコンビニ寄ってほしい言いよって……、 ナミヨケ:オッサンに立て替えてもーて返します、言うから金貸したったら、肉まんやら、揚げチキンやら、カルボナーラのパスタやらガッサー買い込んで、バクバク食うとった。 ナミヨケ:この世でイチバン旨いモン食うみたいに。 カスミ:車内で? ナミヨケ:んや……、見張っとくからユックリ食いィ言うて、イートインで。 ヨウコ:久しぶり、だったからでしょうか……。 ナミヨケ:せやろな。 ナミヨケ:オレも釣られてパスタ買(こ)うて食うてもたけど。 カスミ:釣られっぱなしじゃん。 ナミヨケ:丁度ハラ空く時間やったし……。 ナミヨケ:ま、エエとして、 ヨウコ:その方は、どのくらいの期間、その場所に……? ナミヨケ:1年半やて。 ヨウコ:……っ、 カスミ:限界が、来たのかな……。 ナミヨケ:ナーンか、プツーんとキてしもたんやて。 ナミヨケ:もうエエ、死んでもエエから逃げたろ、て。 カスミ:…………。 カスミ:思えただけでも凄い、よね。 カスミ:そのヒト。 ナミヨケ:ほんで、その後も急に重たいモン食うたからハラ壊しよったり、ほんでもマクドにも寄ってほしいとか言いよるから、帰り着くまで待てェ言うたり、ナンジャカンジャやりつつ……、 ナミヨケ:まだ日ィ昇る前に、コッチへ帰って来た。 ヨウコ:(息を吐き) ヨウコ:……、ふうっ……。 カスミ:大丈夫? ヨウコちゃん。 ヨウコ:あ、はい、ちょっと……、 ヨウコ:身近では無かった世界の事を一度に聞いて、その、整理が……。 ナミヨケ:せやろなァ。 0:女性客は気付けの如く、グラスを傾け、息をつく。 ヨウコ:……はあ。 ナミヨケ:(一口啜り) ナミヨケ:せやけど。 ナミヨケ:今まで無縁で居(お)れたんがラッキーやった、ぐらいに思(おも)といた方がエエかもな。 ヨウコ:…………。 ナミヨケ:脅かすワケとちゃうけど。 ナミヨケ:別に、不自由せんと生きてきた、エエとこの子ォかて「喰われる」時は「喰われる」。 ナミヨケ:昨日のソイツかて、実家の家は結構デカかったし。 ヨウコ:……、あ、の、 ヨウコ:……、 0:男性客は首を回し、軽く伸びをして。 ナミヨケ:……満腹なってトイレも行って、フッと気ィ抜けよったんかして。 ナミヨケ:死んだかな? て思うぐらい、スゥスゥ寝てしもたソイツを乗して、ダダっ広い田舎の道路(みち)抜けて、コッチ戻って来るにつれ……、 ナミヨケ:都会の夜の空は青いのォー、て、ナントナシ思(おも)て見てたら……、 ヨウコ:……、青、い、 カスミ:夜空が? ナミヨケ:あァ、ずっとコッチなんやったら、全然ソンナン思わんかも知れんけど……。 ナミヨケ:都会の夜はな、青い。 ナミヨケ:オレは関西でも田舎の方やったから、コッチ来てからはずゥっと思(おも)とる。 ナミヨケ:田舎の夜は黒、地方の、街場の夜は紺色で……、 ナミヨケ:ほんで、都会の夜は、青う見える。 ナミヨケ:昼も夜もなくライトやらネオンやら照って、真っ青な都会の夜を走っとると……、このデカい街そのモノが、ナンやかまるで、ナカに居(お)る人間も、ソトから来た人間も、区別なく喰ろォて大きなりよるバケモンみたいに思える。 ナミヨケ:馬鹿デカいクチ開けて、餌食になるアホを待ち構えとる、バケモンみたいにな。 ヨウコ:……、……、 カスミ:詩人だね。 ナミヨケ:本気で思(おも)とるよ。 0:男性客はグラスを干す。 ナミヨケ:……オレらが送る人間いうんはアホが多いねん。 ナミヨケ:考えたらワカルやろいう事ワカランと、ドツボにハマってドン詰まって、藁にも縋(すが)ってタクシー呼びよる。 ナミヨケ:ソイツらを……、自業自得やとか、社会にイラん奴らやとか、言うんはカンタンやで。 ヨウコ:そんな、風には、 ナミヨケ:言いよるよ。 ナミヨケ:言わんでも、思(おも)とる。 ナミヨケ:明日は我が身やて、気ィ付いてまうんが怖いからな。 ヨウコ:……っ、 カスミ:……、 ナミヨケ:でも、ホンマは皆、ワカっとるんとちゃうかと。 ナミヨケ:イキって出てきても、ドッカで思い知るしな。 ナミヨケ:都会なんか元々、ナンも無いド田舎に、アッチャコッチャからハグレが流されて来て、「俺が俺が」てワァワァ言うとるだけなんやから。 ナミヨケ:どんなモンでも、そのうちまた流されて行って……、 ナミヨケ:後釜と入れ替わるだけや、て。ドッカでワカってるんとちゃうの、て。 ヨウコ:都市論……、 ヨウコ:……近代以降に於ける、「都市」という事、ですね……。 ナミヨケ:やけどほんなら、「喰われる」アホが悪ゥて、「喰う」ヤツらは悪ナイんか? ナミヨケ:ソノ喰うてるヤツらかて、いつかはドッカで、もっとデカくてカシコいヤツに喰われてまうダケなんちゃうんか、とか、考えて行ったら……、 ナミヨケ:裏やの、表やの、闇やの何やの、まあアホらしいわな。 ヨウコ:…………。 ナミヨケ:社長の受け売りやけど。 ナミヨケ:ソイツがどんなクズでもアホでも、居る場所が裏でも表でも。 ナミヨケ:今スグにそっから逃げたいと思(おも)とって、車呼ぶ分だけの金持ってるか、金出したる言うヤツが居(お)るんやったら……、 カスミ:(名刺を見やり) カスミ:『イツでもドコでも』、『ドコマデも』……? ナミヨケ:(一転、くだけ) ナミヨケ:そォーや! ナミヨケ:ほんでやなァ、オレはバリ早朝でもド深夜でも、エナドリとミンティアとキメて、高速でも下道でもブッ飛ばして、迎えに行ったり送ったり……、まあ休みもソコソコもろてるけど、 カスミ:ミンティア派なんだぁ。 ナミヨケ:エエやろソコは。 ナミヨケ:……客の話聞いて面倒見ながら、地元地元のメシ食うたり、ヤッスい邦画のロードムービーみたいなコトしたり……、 カスミ:結構楽しそうだケド。 ナミヨケ:ソラそうよ。やり甲斐ナイ会社でクサってるよりは百倍な。 ナミヨケ:やから、社長には感謝しとる。 カスミ:拾ってもらえて? ナミヨケ:せや。運転が趣味や無(の)うなったんだけは、残念やけど……。 ナミヨケ:休みの日ィに走りに行く気にならん。 カスミ:オシゴトだもんね。ボクらも休みの日にBAR行ったりとか、滅多にしないし。 ナミヨケ:やから、精々飲みに行くぐらいになったな。それこそココ来て、タニマチと喋ったり……、 カスミ:今日みたいに? ナミヨケ:まあそうやな。暇ァな店内で。 ナミヨケ:ちゅーか今日も全然客来(け)ェへんやん! ナミヨケ:曜日の問題か? カスミ:ヨウコちゃんが居るでしょーが。 ヨウコ:あ、はい……、 ナミヨケ:ごめんな、ベラベラ喋ってしもて。 ヨウコ:いえっ、見聞を、広められたと言いますか……、 ヨウコ:勉強を、させて頂きました……。 ナミヨケ:やー、フツーに、真っ当に生きとったら役に立たんよオレの話なんか。 ヨウコ:いえっ、 ナミヨケ:ただまあ……、イツ、ドコでどうなるかは誰にもワカランから。 ナミヨケ:何かのコトで必要になったら、ソコ電話しィ。 ナミヨケ:一応、24時間受付けとります。 ヨウコ:は、はい。方法の、1つとして、という事ですね……。 ナミヨケ:そーそー。自分やなくて、知り合い助けたりたいトキとかな。 ナミヨケ:ちゃんとしたトコて、スグサマ動いてくれるとは限らんし。 ナミヨケ:「繋ぎ」とでも、思(おも)といて。 ヨウコ:世の中にある、わたしが選べる、考え得る手段の、1つとして……。 ナミヨケ:名刺にも書いたあるけど、非通知でも公衆電話でもエエから。匿名でもイイし。 カスミ:イタズラ電話とかナイのぉ? カスミ:あ、コワいか。 ナミヨケ:今んとこ聞かへんな、名刺撒くトコは選んでるし……。 ナミヨケ:行ったら終わってた、みたいなんはあるけど。 カスミ:問題が解決してるっていうコト? ナミヨケ:タッチの差で他のトコが動けてたりな。まあ、また今度、暇やったら喋るわ。 ナミヨケ:今日は、おアイソ。(お会計、のジェスチャー) カスミ:出たぁ、指でバツ作るヤツ。 カスミ:はぁい。 0:伝票用紙に注文分が書き込まれ。 ナミヨケ:あ、ヨウコちゃんのこの、えェ、『マリコ』? の分も付けといて。 カスミ:『エリカ』ね。りょーかい。 ヨウコ:えぇっ、いえっ、そんな……! ナミヨケ:イッパイ話聞いてもろたし。 カスミ:『マリコ』。今度作ってみよーかなぁ、『マリコ』。ウクク……。 ヨウコ:あの、わたし、実は前回も出して頂いてしまっていて、今日こそはと……、 ヨウコ:なので、 ナミヨケ:ほんなら、もう1杯頼んだらエエんちゃう? まだ居(お)るんやったら。 ヨウコ:あ……、 カスミ:そぉね。軽目のも作れるし……、 カスミ:2杯目イッちゃうぅ? カスミ:あ、お会計伝票コチラになりまぁす。 ナミヨケ:そォしーそォしー。 ナミヨケ:(伝票を見る。3700円。) ナミヨケ:安っ。はいはい……。 0:鞄から財布を摘み出す常連客。 カスミ:ボクもゴチソウサマ。 カスミ:この近くなんだっけ? ナミヨケ:せやで? いつも歩いて来てるもん。 ナミヨケ:あの、あっこ、駐輪場と交番と向かい合ってるトコあるやろ、 カスミ:幽霊トンネル出たトコでしょ。 ナミヨケ:せや。全体的にキモ目のエリアではあるケド。 ヨウコ:ゆう、れい……、 ナミヨケ:駅もコンビニも近いし、夜中でもドコも開いてるし……、 ナミヨケ:都会サマサマやで、マジで。 カスミ:ソコはそうなんカイ。 ナミヨケ:ムチャクチャ恩恵にあずかり倒してるよオレ。田舎嫌いやもん。 ヨウコ:……、 ナミヨケ:車無かったら村から出られへんとか。寄り合い言うて、近所の集まりあったら結局行かなアカンとか。 ナミヨケ:村のオッチャンらやアニキらも、ヒトは嫌いや無かったけど……、 カスミ:ま……、ボクも、全然知らない感じではないケドね。 カスミ:こっちだって、辺鄙なとこは十分そんな感じだし。 ナミヨケ:多分、オレんトコはキミが思(おも)てるより、もーちょいガチの田舎やで。山と谷の間の隙間に、無理くり頑張って人住んでるような。 ナミヨケ:……なんし、やりたいトキにやりたいコト出来へんのがアカンねん。ソレがイヤでコッチ出て来て、 ナミヨケ:……、ま、ソレだけいうワケでもナイけど。 ナミヨケ:まあ、せやから……、 0:財布とスマートフォンを放り込み、鞄を携え、 ナミヨケ:誰でも、逃げたいトキに逃げれるようにと思(おも)て、今のシゴト続けてるケドな。 ナミヨケ:(軽く手を上げ) ナミヨケ:ほな。 0:出入り口のドアへと歩を進める。 カスミ:ほなぁー。アリガトウゴザイマシタぁー。 ヨウコ:あ、あのっ、ごちそうさまですっ! ナミヨケ:話聞いてくれてありがとうなー。おやすみ。 カスミ:またねぇ。 ナミヨケ:おー。タニマチにもヨロシク。 0:ドアが開き、ベルが鳴る。一層冷まされた外気が吹き込む。 ナミヨケ:ふァーっ、寒っ。 ナミヨケ:(ふと空を見やり) ナミヨケ:今日の夜も青いのォ。 ナミヨケ:さいなら。 0:するりと退店。 0:ドアが閉まり、ベルの残響。 0:店内に残るは、店員と女性客。 カスミ:……ホントに冷えて来たね。ちょっと暖房強くしよ。 0:リモコンを取り、空調を操作する。 ヨウコ:ありがとうございます……。 カスミ:文明の利器、文明の利器。 カスミ:時間、大丈夫? ヨウコ:あ、はい、まだ、暫くは……。 0:言い、僅かに残った紅い液体を飲み切る。 ヨウコ:はぁ……。 カスミ:クフ。はぁい、グラスが空きましたぁ。 カスミ:こないだは1杯だけだったんだよね? ヨウコ:はい……、それでもわたし、かなり、喋り過ぎてしまったり……、その、 カスミ:さっきのヒトほどじゃナイでしょ、大丈夫。 カスミ:どんなの飲みたいか、ゆっくり決めてね。スゴく弱くも出来るし。 ヨウコ:はい……、ありがとうございます。 0:カウンター上に置かれた名刺へと、眼を滑らせる。 0:『イツでもドコでもドコマデも』。 ヨウコ:……わたし……、正直、完全にはイメージし切れない部分も多くて、 カスミ:ん? ヨウコ:先程の、お話の……、 カスミ:あぁ……、ソレはそうなんじゃナイ? カスミ:普段、1番関わりの無いヒトたちのハナシでしょ。 ヨウコ:漠然と、世の中には、社会には、そのような側面もある、と、知ってはいたつもりですし……、 ヨウコ:清濁、というものは、今の自分に取って、重要なテーマだと考えてはいるんですが……。 カスミ:清濁、かぁ。 カスミ:…………。 0:店員は己のグラスを傾ける。からん、と氷が鳴き。 カスミ:個人的にはねぇ……。 カスミ:「清濁併(あわ)せ飲む」ってよく言うケド、その時、清と濁を切り分けてる自分っていうのは、一体ドッチ側のつもりなんだろ、って思うかな。 ヨウコ:自分……、 カスミ:世界には、キレイなところとキタナイところがあって……。 カスミ:キレイなところを見れてる自分はまだキレイで、じゃ、キタナイところを見ちゃったら、その時自分ももう、キレイじゃ無くなっちゃうのかな、とか。 カスミ:それとも、世界も、自分も、キレイな部分とキタナイ部分、両方を持ってて。 カスミ:その2つともを受け入れられるようになるのが、生きてくってコトなのかなぁ、とか。 カスミ:そんなのは、まあ、無難な、子供騙しなんだけど。 ヨウコ:カスミさん……、 カスミ:キレイとキタナイに、世界を分けていられるのは子供の内だけだって。 カスミ:いつかは、気付いちゃうよね。 ヨウコ:……、どう、なんでしょうか。 カスミ:でも。 カスミ:キタナくなっちゃった自分を、見続けなくちゃいけないのは……、 カスミ:自分だけ、なんだよね。 ヨウコ:…………。 0:店員は、どこかしら冷たい夜の如き面持ち。 0:女性客の表情は、夜気にしぼむ花弁。 ヨウコ:わたし、自分の中の課題や問題が、すこし、良い方向に進みかけているというのもあって……、 ヨウコ:何だか、達成感と言うか、「自分は困難を切り拓きつつあるんだ」と、妙に、昂(たかぶ)っていたところがあるんですが……、 カスミ:自信が付いてきたってコトね。 ヨウコ:でも、今日のようなお話を聞くと……、 ヨウコ:自分は何て傲慢で、贅沢な我が侭を、悩みったらしく弄(もてあそ)んでいたのかと……。 ヨウコ:それで苦しんでいたつもりの自分が、なんだか急に、 カスミ:(遮り)不毛だからヤメた方がイイよ。 ヨウコ:……っ、 カスミ:痛みはヒトと共有出来ないから。 ヨウコ:……共有……、 カスミ:ダレかに話して、和らげる事は出来ても。 カスミ:自分の中の痛みは、自分でお世話してくしかナイんだよね。 カスミ:どうせ、どのみち……、 0:凍てつく冬の月のように、笑み。 カスミ:最後はミンナ、ひとりなんだから。 ヨウコ:……、……、 ヨウコ:そう、なんでしょうか。 ヨウコ:でも……、でも、わたしは、 カスミ:(遮り)だからぁ。 ヨウコ:……っ、 カスミ:変とか、普通とか。ヒトと比べてどうかなんて知らなぁい。 カスミ:助けてもくれないクセに、したり顔で、比べて来ないでよ、って。 カスミ:……そのぐらいに、思っといた方がイイと思うな。 ヨウコ:……、……。 0:女性客は句を継げず。 0:月影は失せ、店員は一転、薄く笑む。 カスミ:さぁ、て。 カスミ:ドンナの飲もっか。また花の名前のカクテルにするぅ? カスミ:それか温かいのも出来るし、ノンアルコールでも。 ヨウコ:あ……、 0:女性客は静かに思案し。 0:フ、と顔を上げ、 ヨウコ:あの、では……、 0:言う。 ヨウコ:『アイリッシュ・コーヒー』を、お願いします……。 0:暗転。 0:カスミにスポット。 カスミ:【本日のカクテルレシピ】 カスミ:「猫町」特製『アイリッシュ・コーヒー』。 カスミ:■アイリッシュ・ウイスキー 30ml カスミ:■ヘーゼルナッツ・シロップ 2tsp(ティースプーン) カスミ:■ブラウンシュガー 2tsp カスミ:以上をホットグラスにてステア、ドリップした珈琲を注ぐ。 カスミ:泡立てたフレッシュ・クリームをフロート。 カスミ:シナモンパウダー、コーヒーパウダーを少量散らして、サーブ。 0:【終】 : 0:【空白】/【空白】/【空白】 : 0:【ボーナス・トラック】 0:同時刻。帰途、緩やかに歩を進めるナミヨケ。自宅近くの、古びたトンネル。 ナミヨケ:(あくび)あふ……、 ナミヨケ:寝たけど、眠た……。 0:冷たくも、生温(ぬる)くもある風が吹く。 ナミヨケ:寒いて……。まだ10月やぞマジ……。 声無き誰かの声:「お兄さん。」 ナミヨケ:……、 0:後方より、声の気配。振り返る。 ナミヨケ:…………、 0:無人。風は尚も、舐めるように吹いている。 ナミヨケ:(向き直り) ナミヨケ:気のせいか……、 声無き誰かの声:「お兄さん。」 ナミヨケ:っ、 声無き誰かの声:「今晩、泊めてくれませんか。」 0:再び振り返る。瞬間、血の色の、気配。 ナミヨケ:……っ、 0:しかして、無人。 ナミヨケ:……、……、 0:風。 0:静寂。 ナミヨケ:…………。 ナミヨケ:……今日は、寒いで。 ナミヨケ:早(は)よ、帰り。 0:暫し、無人の空を見やり、後、歩き出す。 0:振り返る事は無く、やがて、無人のトンネル。 : : : 0:静寂。 : : : 0:ジジ、と、切れかけた電灯の明滅。 声無き誰かの声:「嫌……。帰りたいところなんて、無い。」 0:【終】