台本概要
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タイトル | 『さやかに吹く風』景の一《モンブランと、デザインシュガー》 |
---|---|
作者名 | sazanka (@sazankasarasara) |
ジャンル | その他 |
演者人数 | 2人用台本(女2) |
時間 | 20 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
東京から、とある地方の、山あいの温泉郷へと移り住んで来た高校生、「さやか」。地元の人びととの、緩やかな交流。 年期の入った喫茶店。珈琲とモンブランと地元の言葉。 「友達って要る?」。 そんな風な、他愛もないお話です。 ―2022年1月初旬- 82 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
さやか | 女 | 85 | 「朱田(あけた) さやか」。東京から引っ越して来た高校1年生。 首都圏の郊外の言葉。 |
梢 | 女 | 93 | 「波除 梢(なみよけ こずえ)」。地元で育った高校1年生。 関西の田舎の言葉。 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
0:古(いにしえ)より吹き、幾時代かを吹き去りて、今へと至る風の音。
誰かの声:「……サヤカ、」
誰かの声:「サヤカ」
誰かの声:「約束……、もう一度……、」
誰かの声:「サヤカ」
0:タイトルコール。
梢:『さやかに吹く風』。
梢:今日のお話は、
さやか:景(けい)の一、
さやか:《モンブランと、デザインシュガー》。
0:西暦2022年、1月。
0:山林と渓谷の集落。堤防沿いの民家。
0:少女が、少女を呼ぶ声。
梢:さぁーやぁーかちゃぁーーんっ。
梢:あっそびぃましょぉーっ。
さやか:(門前を見下ろし)
さやか:…………中島クンだ。
梢:(見上げて)野球しよぉぜぇーーーっ。
さやか:ルール、知らない。
梢:わたしもぉーーー。
梢:また、窓んトコ座ってぇー。
梢:気に入ったん? 猫なん? さやかちゃんっ。
さやか:にゃーん。
梢:うぅわ、アザトっ。トーキョーの人はコレやからぁ。
さやか:村八分だ、コワーい。
梢:この寒いのによぉそんなトコおるわぁ。風邪引くでぇー。
さやか:東京のダウンは温かいのだ。
梢:モンクレールぐらいイオンでも売ってるしっ。高校生が高いモン着てぇー。
さやか:何して遊ぶの。
梢:お茶しよぉー。
梢:モンブラン食べに行こっ。
さやか:(少し考え)
さやか:……猫まっしぐら。にゃーん。
梢:寒イボ出るからヤメてぇー。待ってるから早よしてなっ。
0:【間】
0:自転車で移動し、喫茶店。
0:入店、カウベルの音。
梢:ふわぁーっ。ナカ温(ぬ)っくぅ。
さやか:……自転車寒い。風。
梢:わたしらに許されたタダ1つの移動手段やしなぁ。
さやか:奥、行こ……。いつもの席。
梢:うんー。おばちゃーん、今年もよろしくぅー。
0:入れ替わりに、レジへと向かう男女の二人連れとすれ違う。
0:サングラスで眼を隠した、明るい髪色の男と、青い程に濃く艷やかな、黒い髪の女。
さやか:…………、
梢:(店主との会話)うんうん、珈琲2つとぉー、
梢:モンブラン、でイイ? さやかちゃん、
さやか:あ、うん。
梢:も、2(に)ィでー。
梢:そぉそぉ「いつもセット」。お願いー。
0:席に着くべく、店の奥へと進む。
梢:ふぅーっ。よいしょ、っと。
0:少女二人、差し向かいで着席。
0:入れ替わりの男女は、退店。カウベルの音。
梢:……なぁなぁっ、今出てった人ら、カッコ良かったなぁっ。
さやか:なんか……、多分、
梢:地ぃの人とちゃうわ、二人共っ。
梢:さやかちゃんと同じで、都会のオーラびんびん出てはったでぇ。
さやか:私は出てない、びんびん……。
梢:男の人の方は、偶ぁに見る人やな。観光かなぁ。
0:ポケットから携帯を取り出し、卓上に。
さやか:あ……、スマホ違う。
梢:せやねーん。
梢:前のんヒビいってたからずっと変えたかってんけど。
梢:一昨日(おとつい)アニキ居(お)る間に、車で。
さやか:お兄さん、いつまで?
梢:昨日の朝にコソっと帰った。
梢:結局2日しか居(お)らんとさぁ。よっぽどイラんねやろなぁ。
さやか:あんまり、合わないのかな。
梢:お父さんは、「慎太郎(しんたろう)も向こうで上手くやってるいうことやろ」って。
梢:LINEも家族でわたししか知らんしぃ。
さやか:「便りが無いのは元気な証拠」ってヤツだ。
梢:ババ臭ぁっ。この辺でもお年寄りしか言わへんでソレ。
さやか:古式ゆかしい言葉、好きなので。
さやか:(携帯に目をやり)カバー、付けないの?
梢:あぅ、それがさァーっ。
梢:合わへんねん前のヤツっ。気に入っとったのにぃっ。
さやか:可愛いかったのにね。
梢:100均も寄ってもうたけどさー、ロクなん無いし。
梢:あ、今度な、一緒に行こぉや「アカシア」。ショップ入ってるし。
さやか:そういうのは、友達と行っておいでよ。
梢:(じ、と見つめ)
梢:……なんなんそれェ。さやかちゃんは友達と違うみたいに。
梢:そうなん? さやかちゃん。まだ野良なん? 野良ネコなん?
さやか:…………。
梢:「にゃーん」言わんのんかいっ。
さやか:外は恥ずかしいし。
梢:ほんならさー、一緒に喫茶店来てモンブラン食べよぉ言うてるわたしらはナニ?
さやか:お隣さん。
梢:ツラぁーっ。三学期、明後日(あさって)から一緒に登校すんねんでぇ。
さやか:……。
さやか:行きたい時しか、行かないかもしんないし。
梢:ソコは知らんけどぉ。
梢:でも隣やから遊ぶんは毎日イケるなっ。
さやか:毎日はイヤ。
梢:イヤなんかいっ。
梢:餌付け足りんかなぁ、この子ォ。
さやか:美味しかったよ。こないだの、
梢:あ、タケノコ?
梢:アレなぁー、まだ大量に残ってんねんなー。
梢:正月も毎日出て来たし。煮付けなんかそんな食べへんやんなぁ。
さやか:弓世(ゆみよ)さんが、酢ミソ付けて食べたら美味しい、って、
梢:お父さんもするわー、ソレ。お酒のアテちゃうん。
さやか:うん、飲んでた。
梢:あのヒト酒飲みで昔から有名やもんなァー。
梢:一緒に飲んだりせぇへんの?
さやか:えっ……、未成年だし。
梢:この辺そんなんユルいからさぁー。アニキなんか中学ぐらいからジイちゃんとかお父さんに、
梢:あ、来た来たぁー。
0:テーブルに、珈琲とモンブラン。2人前ずつ。カップの脇には、固形の砂糖が2つ。
さやか:(会釈し)どうも。
さやか:あ……、今日のお砂糖、可愛い。
梢:(摘み上げ)コレ形なに?
梢:あ、ツリーとサンタか。去年の残りやん絶対っ。
さやか:溶かすのもったいないね。
梢:入れへんの?
さやか:ううん。甘くないと飲めない。
梢:せやんなー、ブラックとかわたしらには早いよなぁーまだ。
0:小さなサンタ型の砂糖を摘み上げ、
梢:ほいサンタ入浴ー。
梢:「うわぁあ溶けるぅ助けてくれトナカイぃぃぃ」っ。
さやか:可哀想だからヤメて。
梢:ふふふぅ。なんか可愛いモンが融けて崩れて行くんて気持ちええよな。
さやか:そう……?
0:香るカップをかき混ぜ、二人同時にズ、と一口。
さやか:美味しい……。
梢:染みるわぁ糖分っ。
梢:ここでモンブランを一口、と……。
0:含み、咀嚼。
梢:んーっ。この砂糖ケチった感じが合うんよなぁ。
さやか:甘さ控えめで美味しい、よね。
梢:あのさぁ、ウツギ公園の、道の駅のトコにな、新しいお店出来てんてぇ。
さやか:何屋さん?
梢:ケーキ屋ケーキ屋。
梢:なんかな、普通のんの他に、野菜のケーキとかあるねんて。
さやか:あー。そういう感じの。
梢:ニンジンとかカボチャとか、
梢:カボチャは普通か。
梢:ゴボウとかもあるんやって。
さやか:ゴボウのケーキ? へえ……、
梢:気にならへん? ただのお隣さんでもさぁ、行ってくれる?
さやか:いい、けど。
さやか:気にしてる? お隣さんって言ったの。
梢:んーん、全然ー。最初内気なんを段々馴らして行く方が燃えるしなぁ。
さやか:別に内気、って訳でもないけど。
さやか:「馴らす」って、動物みたい……。
梢:あんなぁ、「星の王子様」にな、
梢:「アプリボワゼ」っていうんが出て来んねん。
さやか:フランス語だね。テグジュペリ。
梢:そーそぉ。ほんでコレがな、日本語にちょうど合う言葉が無くてな、長いこと「飼い馴らす」って訳されててん。
梢:キツネとかがな、「僕のコト飼い馴らしてくれぇ」とか言うて。ちょいオモロくて。
さやか:覚えてるかも、ソレ。
梢:でもホンマのニュアンスは、「絆を結ぶ」とか、「仲良くなろうとする」とか。そっちやねんけど。
さやか:日本人的には、ピンと来なかったのかな。
梢:でもわたしは、「飼い馴らす」の方が好きやなぁ。
梢:お互いがお互いを飼い馴らすって、面白くない?
さやか:翻訳的な表現、だね。
梢:これから時間はたっぷりあるし。
梢:ゆっくり飼い慣らしてあげるなぁ、さやかちゃん。
さやか:…………。
さやか:なんか。チガう意味にも聞こえる気がするけど。
梢:そぉ? アプリボワゼしよってコトやで。
0:ズ、と珈琲を啜る。
梢:慣れたぁ? 家。
梢:東京の家って全部が床暖房ってホンマ?
さやか:誰が言ったの、ソレ。
さやか:うちはまあ、そうだったけど。
梢:寒いんちゃうんこの辺の家っ。
梢:寝れてる?
さやか:寝室は温かいから。廊下は、ちょっと……、
梢:なぁーっ、寒いよなぁ夜とか……。
0:さやかも珈琲を一口。ほう、と息。
梢:……珈琲飲んでるんも絵になるよなぁー。流石や。
さやか:なに……、しみじみと。
梢:さやかちゃん綺麗やから。
梢:きっと友達も出来るよ。
さやか:別に……、出来なきゃ、それで、
梢:まずわたしが居るしな。クラス別れたら、会いに行くし。
さやか:向こうでも、特別仲良い子が居たわけじゃないし。
梢:要らんのん、友達。
さやか:要るから作る、とかじゃ無いんじゃない。
梢:そーかなぁー。結果的になってるモンってこと?
さやか:……、
さやか:友達って要る?
梢:んー?
梢:……、考えたコト無いけど。
梢:無くてもイイならあったってエエんちゃう? 珈琲とかモンブランもそうやん。
さやか:嗜好品、ってコトか。
梢:学校にお菓子持って行くか行かんか、ぐらいに思(おも)といたら気ぃ楽やで。
さやか:田舎の人ってそういうドライなトコあるよね。
梢:あっ、ハッキリ田舎て言うたーっ。ヨソから来た人は大概オブラート包むのにぃ。
さやか:「景色の良い所ですね」とか?
梢:そーそーっ。
梢:言うて山と川と温泉ぐらいしか無いて、地の人間はよう判ってるからなっ。
さやか:私は好きな風景だけど、ね。
梢:風景しか売り無い時点で田舎やねんて。
梢:ほんで、ドライかなぁ?
さやか:冷たいんじゃないけど。
さやか:なんていうか……、
梢:都会のがドライな人多いんとちゃうん。
さやか:んー……。
さやか:勿論、人にもよるけど。
さやか:結構、どっちかって言うと、ピュアっていうか、お人好しな人が多い。
梢:あー……。
梢:ソレは、なんか……、わかるかも。
さやか:多分……、あんまり考えなくても、生きていけるから、だと思う。
梢:ふーん……。
梢:田舎は確かに、ややこしい事は多いかもなー。付き合いとか。
さやか:でも、やる事さえやってれば、他は割と、放っといてくれる、感じ。
梢:窓枠に座って遠く見てても?
さやか:変……、かな、
梢:絵になるなぁーって思うけど。
梢:アレ、川の向こう岸の旅館から見えてんちゃうん。
さやか:だいぶ遠いけど……、
梢:田舎の人て眼ぇエエからなーっ。
梢:よっぽど、誰にも見られへんトコ、知ってやんと……、
梢:見てるつもりで見られてるかもよ。
さやか:そんな、変なカッコでは、座ってない、つもり。
梢:オシャレして見せつけたったらエエねん田舎もんにっ。ま、あっこら辺の旅館泊まってんのはほとんど観光客やけどぉ。
さやか:今は、多いよね、人。
梢:一応シーズンやからなー。川挟んでこっち側は、あんまり関係ナイけど。
梢:温泉、入った?
さやか:まだ……。実は。
さやか:一人はちょっと、
梢:ハードル高いかなぁー。
梢:旅館街の外湯の辺りはな、人多いしナンパとかされるから。イキリはむしろ行きよるけど。
さやか:あの辺だけ明るいもんね。
さやか:夜……、窓から見るのは好き。
梢:明るいトコを?
さやか:真っ暗な山の中に、あそこだけ光が浮かび上がって。
さやか:不思議な気持ちに、なるから……。
梢:へぇー。地ぃの人は見慣れてるけど。でもホンマあっこだけ明るいもんなぁ。
梢:あっ、ほんでな、
さやか:うん。
梢:地元の人しか行かへんトコもあんねん。一応、温泉。
さやか:へえ……。銭湯みたいな、
梢:見た目は銭湯。湯ぅはおんなじトコから引いてるから、ちゃんと温泉で。
梢:昔から行ってるけど気持ちええよぉ。
さやか:近い? まだあんまり、弓世さんにも聞けてなくて、この辺の……、
梢:案内するやぁん。
梢:今日行くっ? 自転車やったらスグやで。
さやか:今日?
梢:わたしらの家あるトコ越えて、道沿い、ちょっとだけ行ったトコ。
さやか:温泉、銭湯……、
さやか:東京でも行った事無い、かも。
梢:ほんなら行こやぁ。私も久しぶりやし。
梢:お風呂でアプリボワゼしよ?
さやか:…………。
さやか:やっぱりチガう意味に聞こえる気がする。
梢:そぉ?
0:【間】
0:会計を済ませ、店外。
さやか:もう暗いね、だいぶ。
梢:(自転車に跨がりつつ)真っ暗なる前に行こぉー。友達同士ハダカの付き合い、いうてぇ。
梢:明後日から同級生やしなぁ。
さやか:あ……、それ、なんだけど。
梢:ん?
0:外灯から外れ、さやかの表情は伺いきれず。
さやか:もし、学校が始まって……、私が、ホントに友達出来なかったり、浮いたり、したら、
梢:…………、うん。
さやか:ちゃんと、友達じゃないって、言ってね。
梢:…………。
0:風が、吹く。山の木が揺れる。
梢:(刹那、押し黙り)
梢:…………ふっふっふぅ。
梢:なぁんにも判ってへんなぁ、さやかちゃんは…………。
さやか:え?
梢:コレはまぁだまだ、アプリボワゼの余地ありやな。
梢:たぁーっぷり飼い慣らして、そんなん言えへんようにしたるからなぁ。
さやか:梢、ちゃん、
0:梢は勢いよく自転車に跨がり、
梢:まずは手始めにっ。
梢:野良ネコ放置の刑っ!
さやか:な、にっ?
梢:(ペダルに足をかけつつ)道はさっき言うたで、お風呂まで一人で来(き)ぃっ!
梢:「きしの湯」ていうトコっ!
さやか:えっ、……っ、
0:勢いよく漕ぎ出す。グングンと距離が開き。
梢:あっとでなァーーーーーーーっ。
さやか:……まっ、
さやか:待ってっ。
0:急ぎ自転車に跨がり、漕ぎ出す。
梢:おぉっ! 追いついてみぃーーーーーーっ!
さやか:風寒いーーーーーーーっ!
梢:あははははははっ。
0:やがて追い付き、並走。
0:山は暗み、風は冷たく。
0:家々の窓にはまばらに、光。
0:【終】
0:景のニへ、つづく。
0:古(いにしえ)より吹き、幾時代かを吹き去りて、今へと至る風の音。
誰かの声:「……サヤカ、」
誰かの声:「サヤカ」
誰かの声:「約束……、もう一度……、」
誰かの声:「サヤカ」
0:タイトルコール。
梢:『さやかに吹く風』。
梢:今日のお話は、
さやか:景(けい)の一、
さやか:《モンブランと、デザインシュガー》。
0:西暦2022年、1月。
0:山林と渓谷の集落。堤防沿いの民家。
0:少女が、少女を呼ぶ声。
梢:さぁーやぁーかちゃぁーーんっ。
梢:あっそびぃましょぉーっ。
さやか:(門前を見下ろし)
さやか:…………中島クンだ。
梢:(見上げて)野球しよぉぜぇーーーっ。
さやか:ルール、知らない。
梢:わたしもぉーーー。
梢:また、窓んトコ座ってぇー。
梢:気に入ったん? 猫なん? さやかちゃんっ。
さやか:にゃーん。
梢:うぅわ、アザトっ。トーキョーの人はコレやからぁ。
さやか:村八分だ、コワーい。
梢:この寒いのによぉそんなトコおるわぁ。風邪引くでぇー。
さやか:東京のダウンは温かいのだ。
梢:モンクレールぐらいイオンでも売ってるしっ。高校生が高いモン着てぇー。
さやか:何して遊ぶの。
梢:お茶しよぉー。
梢:モンブラン食べに行こっ。
さやか:(少し考え)
さやか:……猫まっしぐら。にゃーん。
梢:寒イボ出るからヤメてぇー。待ってるから早よしてなっ。
0:【間】
0:自転車で移動し、喫茶店。
0:入店、カウベルの音。
梢:ふわぁーっ。ナカ温(ぬ)っくぅ。
さやか:……自転車寒い。風。
梢:わたしらに許されたタダ1つの移動手段やしなぁ。
さやか:奥、行こ……。いつもの席。
梢:うんー。おばちゃーん、今年もよろしくぅー。
0:入れ替わりに、レジへと向かう男女の二人連れとすれ違う。
0:サングラスで眼を隠した、明るい髪色の男と、青い程に濃く艷やかな、黒い髪の女。
さやか:…………、
梢:(店主との会話)うんうん、珈琲2つとぉー、
梢:モンブラン、でイイ? さやかちゃん、
さやか:あ、うん。
梢:も、2(に)ィでー。
梢:そぉそぉ「いつもセット」。お願いー。
0:席に着くべく、店の奥へと進む。
梢:ふぅーっ。よいしょ、っと。
0:少女二人、差し向かいで着席。
0:入れ替わりの男女は、退店。カウベルの音。
梢:……なぁなぁっ、今出てった人ら、カッコ良かったなぁっ。
さやか:なんか……、多分、
梢:地ぃの人とちゃうわ、二人共っ。
梢:さやかちゃんと同じで、都会のオーラびんびん出てはったでぇ。
さやか:私は出てない、びんびん……。
梢:男の人の方は、偶ぁに見る人やな。観光かなぁ。
0:ポケットから携帯を取り出し、卓上に。
さやか:あ……、スマホ違う。
梢:せやねーん。
梢:前のんヒビいってたからずっと変えたかってんけど。
梢:一昨日(おとつい)アニキ居(お)る間に、車で。
さやか:お兄さん、いつまで?
梢:昨日の朝にコソっと帰った。
梢:結局2日しか居(お)らんとさぁ。よっぽどイラんねやろなぁ。
さやか:あんまり、合わないのかな。
梢:お父さんは、「慎太郎(しんたろう)も向こうで上手くやってるいうことやろ」って。
梢:LINEも家族でわたししか知らんしぃ。
さやか:「便りが無いのは元気な証拠」ってヤツだ。
梢:ババ臭ぁっ。この辺でもお年寄りしか言わへんでソレ。
さやか:古式ゆかしい言葉、好きなので。
さやか:(携帯に目をやり)カバー、付けないの?
梢:あぅ、それがさァーっ。
梢:合わへんねん前のヤツっ。気に入っとったのにぃっ。
さやか:可愛いかったのにね。
梢:100均も寄ってもうたけどさー、ロクなん無いし。
梢:あ、今度な、一緒に行こぉや「アカシア」。ショップ入ってるし。
さやか:そういうのは、友達と行っておいでよ。
梢:(じ、と見つめ)
梢:……なんなんそれェ。さやかちゃんは友達と違うみたいに。
梢:そうなん? さやかちゃん。まだ野良なん? 野良ネコなん?
さやか:…………。
梢:「にゃーん」言わんのんかいっ。
さやか:外は恥ずかしいし。
梢:ほんならさー、一緒に喫茶店来てモンブラン食べよぉ言うてるわたしらはナニ?
さやか:お隣さん。
梢:ツラぁーっ。三学期、明後日(あさって)から一緒に登校すんねんでぇ。
さやか:……。
さやか:行きたい時しか、行かないかもしんないし。
梢:ソコは知らんけどぉ。
梢:でも隣やから遊ぶんは毎日イケるなっ。
さやか:毎日はイヤ。
梢:イヤなんかいっ。
梢:餌付け足りんかなぁ、この子ォ。
さやか:美味しかったよ。こないだの、
梢:あ、タケノコ?
梢:アレなぁー、まだ大量に残ってんねんなー。
梢:正月も毎日出て来たし。煮付けなんかそんな食べへんやんなぁ。
さやか:弓世(ゆみよ)さんが、酢ミソ付けて食べたら美味しい、って、
梢:お父さんもするわー、ソレ。お酒のアテちゃうん。
さやか:うん、飲んでた。
梢:あのヒト酒飲みで昔から有名やもんなァー。
梢:一緒に飲んだりせぇへんの?
さやか:えっ……、未成年だし。
梢:この辺そんなんユルいからさぁー。アニキなんか中学ぐらいからジイちゃんとかお父さんに、
梢:あ、来た来たぁー。
0:テーブルに、珈琲とモンブラン。2人前ずつ。カップの脇には、固形の砂糖が2つ。
さやか:(会釈し)どうも。
さやか:あ……、今日のお砂糖、可愛い。
梢:(摘み上げ)コレ形なに?
梢:あ、ツリーとサンタか。去年の残りやん絶対っ。
さやか:溶かすのもったいないね。
梢:入れへんの?
さやか:ううん。甘くないと飲めない。
梢:せやんなー、ブラックとかわたしらには早いよなぁーまだ。
0:小さなサンタ型の砂糖を摘み上げ、
梢:ほいサンタ入浴ー。
梢:「うわぁあ溶けるぅ助けてくれトナカイぃぃぃ」っ。
さやか:可哀想だからヤメて。
梢:ふふふぅ。なんか可愛いモンが融けて崩れて行くんて気持ちええよな。
さやか:そう……?
0:香るカップをかき混ぜ、二人同時にズ、と一口。
さやか:美味しい……。
梢:染みるわぁ糖分っ。
梢:ここでモンブランを一口、と……。
0:含み、咀嚼。
梢:んーっ。この砂糖ケチった感じが合うんよなぁ。
さやか:甘さ控えめで美味しい、よね。
梢:あのさぁ、ウツギ公園の、道の駅のトコにな、新しいお店出来てんてぇ。
さやか:何屋さん?
梢:ケーキ屋ケーキ屋。
梢:なんかな、普通のんの他に、野菜のケーキとかあるねんて。
さやか:あー。そういう感じの。
梢:ニンジンとかカボチャとか、
梢:カボチャは普通か。
梢:ゴボウとかもあるんやって。
さやか:ゴボウのケーキ? へえ……、
梢:気にならへん? ただのお隣さんでもさぁ、行ってくれる?
さやか:いい、けど。
さやか:気にしてる? お隣さんって言ったの。
梢:んーん、全然ー。最初内気なんを段々馴らして行く方が燃えるしなぁ。
さやか:別に内気、って訳でもないけど。
さやか:「馴らす」って、動物みたい……。
梢:あんなぁ、「星の王子様」にな、
梢:「アプリボワゼ」っていうんが出て来んねん。
さやか:フランス語だね。テグジュペリ。
梢:そーそぉ。ほんでコレがな、日本語にちょうど合う言葉が無くてな、長いこと「飼い馴らす」って訳されててん。
梢:キツネとかがな、「僕のコト飼い馴らしてくれぇ」とか言うて。ちょいオモロくて。
さやか:覚えてるかも、ソレ。
梢:でもホンマのニュアンスは、「絆を結ぶ」とか、「仲良くなろうとする」とか。そっちやねんけど。
さやか:日本人的には、ピンと来なかったのかな。
梢:でもわたしは、「飼い馴らす」の方が好きやなぁ。
梢:お互いがお互いを飼い馴らすって、面白くない?
さやか:翻訳的な表現、だね。
梢:これから時間はたっぷりあるし。
梢:ゆっくり飼い慣らしてあげるなぁ、さやかちゃん。
さやか:…………。
さやか:なんか。チガう意味にも聞こえる気がするけど。
梢:そぉ? アプリボワゼしよってコトやで。
0:ズ、と珈琲を啜る。
梢:慣れたぁ? 家。
梢:東京の家って全部が床暖房ってホンマ?
さやか:誰が言ったの、ソレ。
さやか:うちはまあ、そうだったけど。
梢:寒いんちゃうんこの辺の家っ。
梢:寝れてる?
さやか:寝室は温かいから。廊下は、ちょっと……、
梢:なぁーっ、寒いよなぁ夜とか……。
0:さやかも珈琲を一口。ほう、と息。
梢:……珈琲飲んでるんも絵になるよなぁー。流石や。
さやか:なに……、しみじみと。
梢:さやかちゃん綺麗やから。
梢:きっと友達も出来るよ。
さやか:別に……、出来なきゃ、それで、
梢:まずわたしが居るしな。クラス別れたら、会いに行くし。
さやか:向こうでも、特別仲良い子が居たわけじゃないし。
梢:要らんのん、友達。
さやか:要るから作る、とかじゃ無いんじゃない。
梢:そーかなぁー。結果的になってるモンってこと?
さやか:……、
さやか:友達って要る?
梢:んー?
梢:……、考えたコト無いけど。
梢:無くてもイイならあったってエエんちゃう? 珈琲とかモンブランもそうやん。
さやか:嗜好品、ってコトか。
梢:学校にお菓子持って行くか行かんか、ぐらいに思(おも)といたら気ぃ楽やで。
さやか:田舎の人ってそういうドライなトコあるよね。
梢:あっ、ハッキリ田舎て言うたーっ。ヨソから来た人は大概オブラート包むのにぃ。
さやか:「景色の良い所ですね」とか?
梢:そーそーっ。
梢:言うて山と川と温泉ぐらいしか無いて、地の人間はよう判ってるからなっ。
さやか:私は好きな風景だけど、ね。
梢:風景しか売り無い時点で田舎やねんて。
梢:ほんで、ドライかなぁ?
さやか:冷たいんじゃないけど。
さやか:なんていうか……、
梢:都会のがドライな人多いんとちゃうん。
さやか:んー……。
さやか:勿論、人にもよるけど。
さやか:結構、どっちかって言うと、ピュアっていうか、お人好しな人が多い。
梢:あー……。
梢:ソレは、なんか……、わかるかも。
さやか:多分……、あんまり考えなくても、生きていけるから、だと思う。
梢:ふーん……。
梢:田舎は確かに、ややこしい事は多いかもなー。付き合いとか。
さやか:でも、やる事さえやってれば、他は割と、放っといてくれる、感じ。
梢:窓枠に座って遠く見てても?
さやか:変……、かな、
梢:絵になるなぁーって思うけど。
梢:アレ、川の向こう岸の旅館から見えてんちゃうん。
さやか:だいぶ遠いけど……、
梢:田舎の人て眼ぇエエからなーっ。
梢:よっぽど、誰にも見られへんトコ、知ってやんと……、
梢:見てるつもりで見られてるかもよ。
さやか:そんな、変なカッコでは、座ってない、つもり。
梢:オシャレして見せつけたったらエエねん田舎もんにっ。ま、あっこら辺の旅館泊まってんのはほとんど観光客やけどぉ。
さやか:今は、多いよね、人。
梢:一応シーズンやからなー。川挟んでこっち側は、あんまり関係ナイけど。
梢:温泉、入った?
さやか:まだ……。実は。
さやか:一人はちょっと、
梢:ハードル高いかなぁー。
梢:旅館街の外湯の辺りはな、人多いしナンパとかされるから。イキリはむしろ行きよるけど。
さやか:あの辺だけ明るいもんね。
さやか:夜……、窓から見るのは好き。
梢:明るいトコを?
さやか:真っ暗な山の中に、あそこだけ光が浮かび上がって。
さやか:不思議な気持ちに、なるから……。
梢:へぇー。地ぃの人は見慣れてるけど。でもホンマあっこだけ明るいもんなぁ。
梢:あっ、ほんでな、
さやか:うん。
梢:地元の人しか行かへんトコもあんねん。一応、温泉。
さやか:へえ……。銭湯みたいな、
梢:見た目は銭湯。湯ぅはおんなじトコから引いてるから、ちゃんと温泉で。
梢:昔から行ってるけど気持ちええよぉ。
さやか:近い? まだあんまり、弓世さんにも聞けてなくて、この辺の……、
梢:案内するやぁん。
梢:今日行くっ? 自転車やったらスグやで。
さやか:今日?
梢:わたしらの家あるトコ越えて、道沿い、ちょっとだけ行ったトコ。
さやか:温泉、銭湯……、
さやか:東京でも行った事無い、かも。
梢:ほんなら行こやぁ。私も久しぶりやし。
梢:お風呂でアプリボワゼしよ?
さやか:…………。
さやか:やっぱりチガう意味に聞こえる気がする。
梢:そぉ?
0:【間】
0:会計を済ませ、店外。
さやか:もう暗いね、だいぶ。
梢:(自転車に跨がりつつ)真っ暗なる前に行こぉー。友達同士ハダカの付き合い、いうてぇ。
梢:明後日から同級生やしなぁ。
さやか:あ……、それ、なんだけど。
梢:ん?
0:外灯から外れ、さやかの表情は伺いきれず。
さやか:もし、学校が始まって……、私が、ホントに友達出来なかったり、浮いたり、したら、
梢:…………、うん。
さやか:ちゃんと、友達じゃないって、言ってね。
梢:…………。
0:風が、吹く。山の木が揺れる。
梢:(刹那、押し黙り)
梢:…………ふっふっふぅ。
梢:なぁんにも判ってへんなぁ、さやかちゃんは…………。
さやか:え?
梢:コレはまぁだまだ、アプリボワゼの余地ありやな。
梢:たぁーっぷり飼い慣らして、そんなん言えへんようにしたるからなぁ。
さやか:梢、ちゃん、
0:梢は勢いよく自転車に跨がり、
梢:まずは手始めにっ。
梢:野良ネコ放置の刑っ!
さやか:な、にっ?
梢:(ペダルに足をかけつつ)道はさっき言うたで、お風呂まで一人で来(き)ぃっ!
梢:「きしの湯」ていうトコっ!
さやか:えっ、……っ、
0:勢いよく漕ぎ出す。グングンと距離が開き。
梢:あっとでなァーーーーーーーっ。
さやか:……まっ、
さやか:待ってっ。
0:急ぎ自転車に跨がり、漕ぎ出す。
梢:おぉっ! 追いついてみぃーーーーーーっ!
さやか:風寒いーーーーーーーっ!
梢:あははははははっ。
0:やがて追い付き、並走。
0:山は暗み、風は冷たく。
0:家々の窓にはまばらに、光。
0:【終】
0:景のニへ、つづく。