台本概要

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タイトル 『嘘吐き幽霊とサラトガ・クーラー』【前編】/BAR「猫町」“出奔者篇”#3
作者名 sazanka  (@sazankasarasara)
ジャンル その他
演者人数 4人用台本(男1、女3)
時間 70 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 とある街、とあるBAR。
とある、喪失と渇望。
―2021年10月某日―

“出奔者篇(イデハシルヒトヘン)”。
とあるBARの、比較的賑やかな夜の少しの時間を切り取った連作エピソードです。(“お1人様篇”シーズン1と併せて、BAR「猫町」1stシーズンを構成しています。)

自由に、楽しんで演じて頂けますと幸いです。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
カスミ 189 女性店員。気分により露悪的な女。
タニマチ 136 男性店員。良識はある男。
ヤナ 155 常連客。シンプルで絢爛な女。
ノゾミ 118 一見客。嘘を吐いてしまった女。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

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タニマチ:或る、心象のうた。 ノゾミ:綺麗なビロードで飾られたひとつの寝台(しんだい) ノゾミ:ふっくりとしてあったかい寝台 ノゾミ:ああ あこがれ こがれ いくたびか夢にまで見た寝台 ノゾミ:私の求めていた ただひとつの寝台 ノゾミ:この寝台の上に寝るときはむっくりとしてあったかい ノゾミ:この寝台はふたつのビロードの腕をもって私を抱く ノゾミ:そこにはたのしい愛の言葉がある ノゾミ:あらゆる生活のよろこびをもったその大きな胸の上に ノゾミ:私はすっぽりと疲れたからだを投げかける ノゾミ:ああこの寝台の上にはじめて寝るときの悦びはどんなであろう ノゾミ:そのよろこびはだれも知らない秘密のよろこび ノゾミ:さかんに強い力をもってひろがりゆく生命(いのち)のよろこびだ。 ノゾミ:みよ ひとつの魂はその上にすすりなき ノゾミ:ひとつの魂はその上に合掌するまでにいたる ノゾミ:ああ かくのごとき大いなる愛憐(あいれん)の寝台はどこにあるか ノゾミ:それによって悩めるものは慰められ 求めるものはあたえられ ノゾミ:みなその心は子供のようにすやすやと眠る ノゾミ:ああ このひとつの寝台 あこがれ もとめ 夢にみるひとつの寝台 ノゾミ:ああ この幻の寝台はどこにあるか。 0:タイトルコール。 カスミ:『嘘吐き幽霊とサラトガ・クーラー』 0:【間】 タニマチ:【20時56分】。 0:十月某日。とあるバーの店内。髪を金に染め抜いた女性店員と、パーマヘアの男性店員は、客の退店を見送る所。 タニマチ:あァりがとーございましたァーっ。 カスミ:アリガトぉー。また来てねぇー。 0:出入り口のドアが閉まり切り、ドアベルの空虚な残響。店内には、店員2人。 タニマチ:(店外の気配が去ったのを確認してから) タニマチ:……ふィーーっ。 タニマチ:何か今日、風の感じ変よな。 カスミ:低気圧じゃないの。 カスミ:……は。ひとまずおつかれ。 タニマチ:おつかれっスぅー。 タニマチ:つってもまだクローズまでは……、 カスミ:(腕時計を確かめ) カスミ:もーちょいあるけど、ねぇ。 タニマチ:なーんかなァー。人の気配がしない日っつーか、 カスミ:次のお客さんまで……、半端に空くとねぇ。テンションリセットされちゃう感じ。 0:女性店員はスツールの向きを整え、ボックス席の椅子を正位置に。 0:男性店員はグラスを回収しつつ、ダスターでカウンターを清拭。グラスの触れ合う高い音。 カスミ:今のヒトさぁ、 タニマチ:ん? カスミ:次あると思う? タニマチ:あー……、 タニマチ:どーかねェ。 タニマチ:でもあーいうさァ、無さそーな感じのヒトに限ってさァ、 カスミ:意外とスグまた来たり? ま……、割と楽しそうだったケド。 カスミ:賭けるぅ? タニマチ:また来るかどーか? タニマチ:ヤメようぜ、シケるべ。 カスミ:じゃ、今日この後お客さん来るかどうか。 カスミ:帰りにジュース。 タニマチ:(意味なくニヤつき) タニマチ:ソレなァー。 タニマチ:俺はなーんとなく、ナイ気ィするんよな今日。 カスミ:実はボクも。なんとなぁく。 タニマチ:んじゃ賭けは……、 0:言葉を遮りドアが勢いよく開かれ、 ヤナ:(突飛なテンションで)おっハロハロぉーーォっ!!!! おォ元気かなカナぁーーーっ!? 0:ドアベルが喧しくも絢爛な音を奏でる。 タニマチ:(一旦、応じずに) タニマチ:……賭けは不成立だから普通にジュース買うか。 カスミ:だね。 0:常連客の女性が闖入(ちんにゅう)、もとい、入店。 0:西洋由来の華美な顔立ちに、生まれ持った白金(プラチナ)の髪が煌(きら)めく。 ヤナ:えっ、何ナニっ、何のハナシぃ? てかカスミンおはよォっ。今日も可愛くないっ? 可愛いヨネ!? ハイ可愛いーーーっ!! タニマチ:うわァ……。 カスミ:おはよぉヤナ。……今日も黙ってれば美人だね。 ヤナ:えェーソレどーゆー意味ィー! てかタニマチく、あ、タニーじゃんっ。ひっさしブリの照り焼き定食じゃァん。 タニマチ:ちがうヨ。先週も会ってるヨ。 ヤナ:えっ、いつゥ??? モジャモジャパーマに埋もれて見付からなかったのカナっ??? タニマチ:侵食されてんじゃん。妖怪じゃんもう。 カスミ:(吹き出し)ぷっ、ウクク……。 カスミ:……取り敢えず、1回座れば。持たないよ、今からソレじゃ。 ヤナ:あっ、そーだねェーーっ。 ヤナ:(着座しつつ、エセ外国人風に)なんせアキのヨナガ、ニッポンのフゥブツシねェーーっ。ニポンには四季がアリまァーーースっ。 タニマチ:んな飛ばすなや。他にヒトも居ないのに。 ヤナ:(人差し指を立て) ヤナ:大丈夫ゥっ。疲れたら電池切れたみたいに寝るからさァー。 タニマチ:海行った帰りの子どもじゃん。 0:女性店員は常連客の前にコースターを出す。ブリキ製のカシャリと古びた音。 カスミ:何しよっか。今日休み? ヤナ:あっ、そーそーそォ、そーなの。 ヤナ:(突如思い付き、妙なリズムで)そーそーそォ・そーそーそーそ・そーそーそ・そーなのっ。 タニマチ:はァーーっ……。(溜息) ヤナ:辛気臭ァっ。ヤメてよねェーーっ! ワ・タ・シ・らのパァリィピィポゥナイツっ、にさァーっ。 タニマチ:無理無理。パリピ1人も居ないから今。 カスミ:ボクも遠慮するねぇ。 ヤナ:ええーっ。いつも心にパリピ飼っとこうよォーっ。 ヤナ:(小芝居)お母さァーんっ、飼ってイイでしょパリピぃーーっ。ちゃんとお世話するからァーーーっ。 タニマチ:ダメですっ、捨てて来なさいっ。 ヤナ:お願いィーーーっ。1日1回クラブに連れてって、エサはテキーラショットか『クライナー』一気だけでイイからァーーあっ。 タニマチ:家計を圧迫するわ。 タニマチ:てか早く頼めやっ。 ヤナ:ぬぎィーっ。タニーの癖にィ、同い年の癖にィーーーっ。 タニマチ:じゃイイじゃん。 カスミ:タニーって何? タニマチ:知らね。出来たらヤメてほしいんだけど。 ヤナ:「俺の事はタニーと呼んでくれ……、」って急に言い出したって、色んなトコで言ってるよ。 タニマチ:何してくれてんだよ!!?? カスミ:ウクククっ。 ヤナ:ジョーダンにキマっとるやないかーーーいっ。 ヤナ:あっ、えェっとですナーー……、なァーーーに飲もっかなァーーーーーっ。 タニマチ:……ふゥ。ココまで長っ。 カスミ:「Shrimpy(シュリンピィ)」で1人営業の時もおんなじ感じなの? ヤナ:そだよーー?? 一見(いちげん)のお客サンなんてヒいちゃってヒいちゃって、 タニマチ:自覚あるんかい。 ヤナ:こないだも1杯目出すまでに20分ぐらいかかっちゃってェ、 カスミ:その間ずっと1人喋り劇場? ヤナ:そーなのーっ。アド君は厨房入りっぱなしだし止めてくれるヒト居なくてさァーーっ。 タニマチ:やべェ……、ヘルプでも入りたくねーっ。 カスミ:この前はそこまで大変でもなかったけどね……。 ヤナ:まぁまぁ、引っくるめてヤナちゃんサマのいつものヤツだから。ちゃんサマの。 タニマチ:イケてんのマジでソレ……。ヨソの店だし大きな世話だろーけど、 ヤナ:あっ、アレ飲もーっと。 ヤナ:『ドメスティック・ゲルニカ』。 タニマチ:無い無い、そんなの。 カスミ:家庭内ゲルニカはヤバい。 ヤナ:じゃ、『ウーバーイーツ・ブラックロードー』は? タニマチ:ぶふっ。(吹き出す) タニマチ:ま、あってもおかしくナイけど……。 カスミ:あるヤツにして頂けますかぁ。 ヤナ:ちぇっちぇっちぇー。相変わらずカスミン・ベリぃソぉCOOL・インザ・ロンドン……。ソコが好きだけどォ。 カスミ:どもぉ。 ヤナ:じゃァもー、アレで手を打つかいのォ。 ヤナ:『ウォッカ・バック』。くださいなっと。 タニマチ:極めて普通のチョイスで来たな……。 タニマチ:あいよ、かしこまり。 タニマチ:えーと、ウォッカ、ウォッカと……。 0:男性店員は奥の冷蔵庫へと。常連客は鞄からスマートフォンを取り出す。 ヤナ:(表示を見)あやァー、スマーホ閣下ハラヘリーヌじゃァーん。 ヤナ:ごめーん、電気ドロボーしてイーイ? カスミ:いいよ。 カスミ:(指し示しつつ)コンセント、そこ空いてる。 ヤナ:いっただっきまァーす。 0:壁のコンセントに充電器を繋ぎ、スマートフォンを接続。 ヤナ:ほい充電器ガシャっ。 ヤナ:ちゅうーーーー、ゴクゴクゴク……っと。 カスミ:あ、吸ってるイメージなんだ電気……。 ヤナ:最近バッテリーすぐ減るんだよォー。運動部かァ、オイコラ。 0:常連客は充電中のスマートフォンをトントン、と小突く。 0:男性店員はカウンター内に戻り、冷凍室より取り出したウォッカを卓上に置く。 タニマチ:んで……、 カスミ:今日はどっか行ってたの? いつもより遅目だけど。 ヤナ:(液晶をタップしつつ)あーのねェー。行こーと思ったの。 ヤナ:5時ぐらいに起きてェー、雨降ってないしィーって思って、でェYouTube見たりお風呂入ったりネイル直したりしてウダウダしてたら普通に夜でェー。 ヤナ:カスミン誘おーってLINEしよーと思ったら今日カスミン店入ってる日じゃんってなってェ、でも会いたかったから行こって思ってっ。 ヤナ:で、今! なう!! 0:脈絡の無いドヤ顔。 タニマチ:(グラスに氷を沈め、ウォッカを注ぎつつ) タニマチ:清々しーくらいユーイギな休日の過ごし方っスなー。 カスミ:ボクもそんなんだけどね、正直。 カスミ:今度また遊ぼ。 ヤナ:うんうんうんうんっ。遊ぼ遊ぼォーー、靴見よぉ古着見よぉーー。 ヤナ:あっ、てかてか新しい部屋慣れたァ? 寝起きに突撃してヤナ色に染めてもイイーっ?? カスミ:絶対イヤ。 0:グラスに辛口ジンジャーエールが満たされ、軽いステア。 タニマチ:(ドリンクを手渡しつつ) タニマチ:うい、お待ち。『ウォッカ・バック』。 ヤナ:(受け取り) ヤナ:うっひょォ、来た来たショウガじゃショウガじゃァー。 カスミ:買い物とか行くとさぁ、ヤナ目立つよね、やっぱ。お店とかで。 ヤナ:え、そう?? あ、頂きマストドーンっ。 ヤナ:(一口含み)んンーっ、効(ぎ)っぐゥーっ。ジンジャーエールの味しかしねェやっ! タニマチ:ウォッカだもんよ。 ヤナ:(話題を戻し)え、「ウチラの店に外人が来たぞォー」、みたいな? 「ココはニホンだぞォーー」、つってっ。 カスミ:悪い意味じゃなくてぇ。 カスミ:ていうか……、ボクのチビと幼児体形が際立つ。 ヤナ:カスミン別にチビじゃ無いじゃんっ。私がデカ過ぎるんだって! タニマチ:結局何cmなんだっけ。 ヤナ:174っ! こないだ測ったらなんか伸びてたー。 カスミ:モデル並……、ていうかやってるしね。 ヤナ:たまァーーにね、チョコっとだよ雑誌のっ。最近はあんまお呼びかかんないしィ。 カスミ:読者層とレベル違い過ぎるんじゃないの。 タニマチ:マネしようナイもんな、色々。 ヤナ:身長とかおっぱいとかねェーっ。 ヤナ:カスミンはァ? カスミ:ん? ヤナ:身長身長ー。 カスミ:あ。んと、152。20cm以上違うね。 ヤナ:細いしカオ小さいしイイじゃんっ。絶ェっ対ソッチのがウケ良いよー。 カスミ:求めてないヤツだけどね、ソコ。 ヤナ:金髪&白髪(しらが)の凸凹コンビとしてやってこーぜィっ。 タニマチ:白髪(しらが)て。 カスミ:プラチナブロンドでしょ。 ヤナ:なァんかカッコ付けてる感じじゃん言い方ァ。イイよもー白髪(しらが)で。 カスミ:ちなみにタニマチは? タニマチ:ひゃっ……、 タニマチ:く、ななじゅう。 カスミ:(ジト、と見) カスミ:…………ホントにぃ? タニマチ:…………169、 タニマチ:てん、5。 ヤナ:中途&半端ァーーーーっ。アトちょっと頑張れや5ミリっ。 タニマチ:や、正直その……、ココだけの話に、 ヤナ:(唐突に顔を上げ) ヤナ:あっっっ!!!!! カスミ:わ。 タニマチ:うおっ。何っ、 0:静寂。 ヤナ:……思い出した。 ヤナ:この話しよーと思ってたんだったァっ……! カスミ:何……? ヤナ:あのさっ……!! 0:常連客は一転、神妙な調子で話し出す。 ヤナ:トンネルっっ、あるじゃんっ?? 交番のトコっ! タニマチ:交番……? タニマチ:あ、心霊スポット? カスミ:ナミヨケさん家の近くの。 ヤナ:そォっ、駐輪場のトコねっ。私もお客さんに聞いた話なんだけどっ、 ヤナ:アぁ・ソぉ・コぉ・にィ……っ! カスミ:もしか……、この流れ、 タニマチ:季節外れの……、 ヤナ:幽霊が出たんだってっ!! 女の子のォ!! カスミ:……ジャジャジャァーーン。 タニマチ:「おわかり、頂けただろうか……」。 ヤナ:そーいうオモシロのヤツじゃ無くってェ!! そのお客さんの友達が、ホントに見たって! 声かけられたんだってェ! カスミ:(ニヤつき)こーいうトコ可愛いよねぇ、ヤナって。 タニマチ:もー十月ですヨ、姐(アネ)さん。 ヤナ:もォーーーーーーっ。 0:常連客は悔しげに、グラスをクイっと呷る。 ヤナ:アソコさァっ、普段から雰囲気ヤバヤバのヤバじゃんっ? シン・ヤバンゲリオンじゃんっ? タニマチ:長いよなマズ。住宅地のトンネルとしては。 カスミ:薄暗いしねぇ。夜中は痴漢出るらしいからボクは通らない。 タニマチ:用事も無いしな、あの辺。 ヤナ:事故でェ、死んじゃったんでしょ、女の子っ。 カスミ:十年ぐらい前なんだよね。中学生の。バイクだっけ? タニマチ:後ろから轢かれたとかだったな、確か……。 タニマチ:何年か後によく心霊番組来てた。懐かしっ。 ヤナ:でェーーっ! その話の怖いのがっっ、 カスミ:あ、続く感じ。 ヤナ:服とかカッコとかもっ! ヤナ:マジでソノ、死んじゃった子とおんなじだったんだってっ!! カスミ:服ぅ? ヤナ:「探してます」のポスターの写真とっ! カスミ:……あぁ。 カスミ:家出した子、だったんだっけ。 タニマチ:捜索願い出てたんよな。ちょっと前まで、張り紙残ってる電柱あったわ。 タニマチ:雨で写真グズグズで……、ソレはちょい、怖かった。 ヤナ:黒のキャップに、オレンジのパーカーっ……。 ヤナ:で、で、でェっ。その、パーカーのっ、半分ぐらいは……っ、 ヤナ:ち、ち、血でェっ!! ヤナ:真っ赤に染まってたんだってェーーーーっ。うひィいいーーーーーーっ。 0:常連客は慄き、カウンターに低く伏せ、身を抱く。 カスミ:もォー……。ガチじゃんヤナ、イイ歳してさぁ。 タニマチ:(思案しつつ) タニマチ:……パーカーの色、黄色じゃなかったっけ?? 確か。 ヤナ:だ、だからァっ。 ヤナ:ソレが血でっ。バイクにドカーンってイカれちゃった時の血でェっ。 タニマチ:や、でもさ、黄色のパーカーで血塗(ちまみ)れになってもオレンジにはならなくナイか。 ヤナ:細かいコトはイーのっ! 灯りの具合かもだしっ。ていうか血塗(ちまみ)れとか言わないでってェーっ! カスミ:自分で言い出したんデショ。 カスミ:でぇ? そのお友達の誰かサンは、どんな風に声かけられたの。 ヤナ:あのねあのねっ! えっと、聞いたのが金曜だからァっ、5日、ううん、6日前っ! ヤナ:なんかねっ、ドッカで飲んでてェ、駅から近道したくて、普段は通んないんだけど酔ってるしまあイケるかって感じでトンネル入って、途中までは普通だったんだけどォっ、 タニマチ:飲んでたのね……、 カスミ:ハイ酔っぱらいの勘違いカクテーーイ。 ヤナ:違うって! ソンナにっ、ソンナにはだから! ヤナ:っで! ちょうど真ん中ぐらいまで来た時にィっ! ヤナ:ヌル寒ゥーーい風が、ヒュぅううーーーーって吹いて来てェっ……、 タニマチ:(面白げに)おぉほ、おー、おー。 カスミ:来た来たぁ。 ヤナ:イヤだなァー、イヤだなぁー、コワいなぁー、コワいなァー、って、 ヤナ:思ってたら、たら、た、らっ! カスミ:た、ら? ヤナ:トツゼン後ろからっ!! ヤナ:ヌルっとした声でっっ!! カスミ:ヌルっと。 ヤナ:……「おにぃさぁん、今晩、泊めてくれませんかぁぁぁーーー」、 ヤナ:……ってェーーーっ!! ヤナ:きひゃァああああーーーーーっ!!!(金切り声) タニマチ:(身を反らし)うォっ、マジの絶叫っ。 ヤナ:(セルフエコー)っあああーっ、っああーっ、っあーっ……、ぁーっ……、 カスミ:ワカったワカった……、落ち着いてってば。 タニマチ:……んんー、 ヤナ:多分さ多分さっ。 ヤナ:きっとソノ子の、れ、れ、霊がさァっ……! ヤナ:自分が、死んじゃった事にも気付いてなくてさァっ。 ヤナ:家出して泊まれるトコを探して、夜な夜な彷徨(さまよ)ってるトカなんだって絶対ィーーーーっ。 0:常連客はすっかり怯えた様子。 カスミ:……そのお客さんさぁ、怖い話して、ヤナが怯えてるトコ見たかったんじゃないのぉ。 カスミ:サービスで怯えてあげる事はあるケド、マジなんだもんヤナ。 ヤナ:その手のヒトじゃナイんだってェ……っ。 ヤナ:「自分は信じてナイけど、友達がマジなトーンで言うから」、って! ソレがまた怖いのっ。 カスミ:晴門(せいもん)大学の名が泣くよ。 ヤナ:科学万能は現代人の傲慢なんだって! 説明デキナイ事いっぱいアリマぁーース! タニマチ:過剰スペックよな、ホント……。 タニマチ:就職とか決まってんの? ヤナ:なワケ無いじゃん。文系は就職なんてしないんだヨ? カスミ:語弊ー。 ヤナ:「Shrimpy(シュリンピィ)」あるしっ。イザとなったらオーナーの愛人にでもなるゥ。 カスミ:言ったらキレられるよ絶対。 タニマチ:てか、その話さァ、 ヤナ:何っ? 幽霊っ!? タニマチ:が、ホントにいるかいないかは、この際置いといて、 カスミ:いないから。勘弁してホント……。 タニマチ:アソコは前からずっと心霊スポットとして有名だった訳で。 タニマチ:でも実際、俺ら近所で店入っててさ、「出たー」、とか「見たー」、とかの噂は今まで全然無かったワケでさ、 ヤナ:タマタマかもしんないじゃんっ。ちょっと気ィ向いたし声かけてみるか久々にー、って感じかもしんないじゃん幽霊っ。 カスミ:ナンパぐらいのノリかぁーい。 カスミ:……ていうかぁ……、イイよもうコレ。イイ歳の3人で幽霊トークって。 タニマチ:何時頃よ? その、見たってのは。 ヤナ:…………っ。 0:常連客はスマートフォンの時刻表示に目をやる。 ヤナ:ちょうど……っ、今の、コレぐらいの時間でェっ。 ヤナ:今日もだけど、妙ォ〜な風がヒュぅうゥーーーーーって……。 カスミ:気圧、気圧。 ヤナ:ち、ち、血塗れのパーカーでェ、 ヤナ:今日とかもさァ……っ、この辺りを、あてどなくっ……、 0:言葉を遮り、唐突にドアベルが鳴る。 ヤナ:(ビクリと跳ね)ひィやあっっ!!! 0:冷たくも、生ぬるくもある風が吹き込み、ドアの向こうに、影。 タニマチ:おっ、っと……、 タニマチ:いらっしゃいませェーっ。 カスミ:どーぞぉーー。 0:ぎこちなくドアが開かれ、堅い、伺うような足取りで、一見客の女性が入店。店内全員の眼差しを受ける。 ノゾミ:(常連客を見るや、小声で) ノゾミ:外国の人……っ。 0:目に見えてたじろぎ、緊張つのらせ。 ノゾミ:(意を決し、) ノゾミ:……ぁ、あ……っ、開いてる? タニマチ:(様子を見定めつつ) タニマチ:えーっ、と……、 タニマチ:ご覧の通り、っスけど……、 ノゾミ:あ、ぅ……、 カスミ:お一人かなぁ? ノゾミ:……っ、わ、悪いっ? ノゾミ:1人じゃ入れないの? ココって! タニマチ:や、全然……、 ヤナ:う、わ、ァ…………っ、 0:息を詰め、青ざめる常連客。 0:視線は一見客の、濃紺のベースボールキャップと、淡いオレンジと赤にグラデーション染めされた、スウェットパーカーに注がれていた。 ヤナ:(震え出し)く、く、く、黒、っぽいキャップにィ……、 ヤナ:ち、ち、血塗れのパーカーぁ……、 ヤナ:あ、あ、う、うわァ……っ、 カスミ:ちょっと! 違うからっ。 タニマチ:(小声で)タイダイ染めのパーカーだって。古着とかでもヨクあるヤツじゃんっ。 ヤナ:(かじかむ唇で) ヤナ:ごめんなさい……っ! ノゾミ:……? な、なに……? ヤナ:(半狂乱の様相を来し) ヤナ:勝手にウワサしてごめんなさいィィ…………っ。 ヤナ:わ、私はどうなってもイイからっっ、この2人ダケは助けてっ! マダ若いしィっ! 地獄のトンネルに引き摺り込んで生き血を啜(すす)らないであげてェっ!! カスミ:落ち着いてって! なんかソレもー幽霊とかでもなくなってるし。 カスミ:よく見て、足だってあるデショ。 ヤナ:(聞かず、拝み出し) ヤナ:こんなトコ来ても何にもならナイから成仏してェっ。 ヤナ:南無阿弥陀仏っ、南無妙法蓮華経(なむみょうほうれんげきょう)っ、般若波羅蜜(はんにゃはらみつ)っ…………っ、 カスミ:ヤメなってばっ! ヤナ:あっ、日本人に見えるからって仏教徒って決め付けてごめんなさいっ!!呪わないでェっ!! ノゾミ:何この人……、 ノゾミ:こ、コワい、かもっ……、 0:暗転。 : 0:【間】 タニマチ:【21時47分】。 0:店内には四人。会話は進み、誤解は幾らか解れた様子。 カスミ:ほらぁ、もっとちゃんと謝って。 ヤナ:……ごめんチャイ……。 ノゾミ:い、いえ、あ、いや……、 ノゾミ:いいけど、別に……。 タニマチ:ま……、幽霊じゃナイ、と判ったトコで。 カスミ:当たり前。 タニマチ:(向き直り) タニマチ:あらためまして、いらっしゃいませ。 ノゾミ:……、う、うん。 カスミ:ご来店は初めて? 他のスタッフの日とかも。 ノゾミ:そ、そう……、来た事は無い、かも……。 カスミ:(居住いや風体を観察しつつ) カスミ:ふぅん……。 カスミ:ボクはカスミ。オネェサンは? ノゾミ:あ、え、えっと……、 カスミ:お名前。何て呼べばイイかなぁ。 ノゾミ:あ……、う、えと、 ノゾミ:ノ、ノゾミって言いま、ぁ、う……、 カスミ:(ニィ、と笑み) カスミ:へェー。イイ名前。 ノゾミ:あ、ありがと……。 0:常連客は未だ何となく消沈し、男性店員は一見客を観察している。 ノゾミ:えっと、あの……、ト、トイレを借りても良いで、ぁ、良いかな……。 カスミ:イイよぉ、いくらでも。 カスミ:(指し示し)奥の、横、左ね。 ノゾミ:あ、は、うん……。 カスミ:入り口の横に蛇が居るから、良かったら観てあげてねぇ。 ノゾミ:へ、蛇……っ!? タニマチ:店で飼ってるヤツなんで、大丈夫っス。 カスミ:クフフ。ごゆっくりぃ。 ノゾミ:はい、ぁ、うん……。 0:おずおずと立ち上がり、トイレへと向かう一見客。蛇の透明ケージを気にしつつ。 ヤナ:(ドアが閉まるのを確認してから) ヤナ:……っはァーっ……。怖かったァっー……。 タニマチ:怖いのは向こうの方だろ、どー考えても。 ヤナ:いきなりデカい白髪(しらが)の外人に拝まれたらァ? ヤナ:そーでゴワスなァー……。 カスミ:ていうか誰であっても。 タニマチ:(声のボリュームを抑え) タニマチ:……つーか、さァ。 カスミ:うん。……クフフ。 ヤナ:ん? 何ナニっ? カスミ:絶対コドモだよねェ、あの子。クフフフフフ。 ヤナ:えっ? え、そーなのっ?? タニマチ:多分な。 タニマチ:てかナンでちょい嬉しそうなん。 カスミ:なーんかぁ、久々だしこういうの。 カスミ:頑張ってる感じもカワイソーで可愛いし。 タニマチ:出た、独特の可愛い基準……。 タニマチ:……だいぶ若いってか、下手したら……、 カスミ:中学生くらいじゃないのぉ。 カスミ:……やっぱり幽霊かもね? ヤナ:ひやっ!! ヤメてってェ!! カスミ:ウクク。 タニマチ:んんー。どうしよっかね。 カスミ:後で補導とかされたら、メンドいはメンドいね。 タニマチ:一応、入れて即アウトってワケでも無いけどさ。届け出上は。 ヤナ:ダイジョブじゃァーん? 私 中2からBARとか居酒屋とか行ってたよ。 タニマチ:うひ不良ー。関わらんとこ。 ヤナ:タニーだって10代から組の癖にィ。 タニマチ:や、働くのはまた、さァ。 ヤナ:みんな行ってたってェ。歳とか聞かれたコト無いし。 カスミ:ヤナはそりゃ、ね。その時から今ぐらいあったんデショ。 ヤナ:小6で169あったよっ。バレー部の助っ人とかしてたァ。 タニマチ:本格的にはやんなかったん? ヤナ:ガッツリはシンドかったんだよねェー。困ったら呼んでェ、くらいが丁度イイ。 カスミ:そーゆー人だよね、ヤナって。 タニマチ:(ウォッカ瓶の水滴を拭いつつ) タニマチ:しかし……、酒、飲みたい感じかね。 カスミ:ノゾミちゃん? そーなんじゃナイのぉ。 ヤナ:BARってワカってナイとかァ? タニマチ:この時間だしなァ……。 タニマチ:何か、あからさまに夜遊びしてる感じだったら逆に、 カスミ:色々分かってるだろうから、イイんだけどね。 カスミ:ま……、ちょっと遊んでみよっカナぁ。 0:女性店員は三日月のように笑む。 タニマチ:お客はオモチャじゃアリませんヨ。 カスミ:判ってまぁす。 0:ガチャリと解錠音が鳴り、トイレのドアが恐る恐る開く。一見客がぎこちなく戻ってくる。 カスミ:おかえりぃ。トイレ寒くてごめんねぇ? ノゾミ:あ、いえ、いや、大丈夫……。 0:おずおずと着座。ソワソワと居住い定まらず。 カスミ:(コースターを出しつつ) カスミ:あっ、いっけなぁい。忘れてた。 カスミ:……ノゾミさん、幾つ? ノゾミ:(ビクりと反応し) ノゾミ:えぁっ、…………、 ノゾミ:と、歳……? カスミ:身長じゃナイよ? ウクク。 カスミ:こういうお店ではマズ最初に、お互いの歳を言い合うのがマナーなのに。ごめんねぇ、うっかりしてた。 ノゾミ:(狼狽隠し切れず) ノゾミ:あ、う……、い、や、いい、けど……、 ヤナ:えっ、あるんだそんなん、 タニマチ:(小声で) タニマチ:無い無い。 カスミ:失礼あったらイケナいしぃ。 カスミ:今年で幾つぅ? んー、何歳ぐらいかなぁ? ノゾミ:……っ。 ノゾミ:あ、の、 ノゾミ:えと……、あ……、 ノゾミ:に……、二十、四っ。 ノゾミ:……に、なり、な、った……。 タニマチ:(小声で)ひゅゥー。ぶっ込むゥー。 カスミ:……へぇー。 カスミ:(笑みが深く細くなり) カスミ:じゃ……、1番、お姉さんなんだねぇ、この中で。 0:女性店員は店内を見回す。 ノゾミ:……っ! ノゾミ:う、あっ、その……っ、 カスミ:ボクは21。 カスミ:こっちのモジャモジャは1つ上で22。あ、勝手に言っちゃったぁ。 タニマチ:歳はイイけどモジャモジャはヤメてネ。 ヤナ:「タニマチ」っていう名前のモジャモジャだよォ。 タニマチ:ヤメてネ。 ノゾミ:ふ、ふうん、へぇ……。 カスミ:ノゾミさん若く見えるって言われなぁい? クフフ……。 カスミ:ちなみにヤナは? ヤナ:(大仰な身振りで) ヤナ:オォーーぅ、ジョセェにトシ訊くなんてニポンジンは聞きしにマサるヤバンなピーポゥでェーーースっ。答える訳ナッスィングでぇースっ! ノゾミ:(反応に困り) ノゾミ:……、 タニマチ:おいスベったって。どーしてくれんの。 ヤナ:イイんダヨ。ウケとか狙ってナイんダヨ。 ヤナ:(切り替え)歳はァーっ、イッチバン子供のジューナナ歳でェーっす、きゃぴっっ。 0:エグ味ある裏ピース。 カスミ:こーゆー人ね。歳はタニマチと同じで22。 ヤナ:きゃっ、個人情報漏洩ェー。DH(ディーエイチ)ィー。ダイレクトハッキングぅー。 ノゾミ:み、皆さ、 ノゾミ:み、皆……、大人っぽく見える、かも……。 カスミ:(吹き出し) カスミ:……ふふっ。ウ、クク……。 カスミ:そーかなぁ。ねぇ? タニマチ:どーなんでしょ。 タニマチ:てか。 タニマチ:さてと、よ。 0:男性店員は女性店員に促すような視線を送る。 カスミ:クフ……。はぁい。 カスミ:歳も判ったトコロでぇ。 カスミ:何飲もっかぁ。 ノゾミ:あう、そ、の……、 カスミ:大人のオネエサンに喜んでもらえるようなの、出せるかなぁ。いつもは何飲むの? ノゾミ:いつも、は……、 ノゾミ:えと、その……、 ノゾミ:バっ、バーボン、とか、……、 ノゾミ:あ、そう、バーボンを、 カスミ:へぇーっ。バーボンとか、バーボンを飲むんだぁ。 カスミ:サスガ、大人ぁ。 ノゾミ:う、でも、今日は……、 カスミ:気分変えてみるぅ? すっきりカナディアンで行く? ズシっとスコッチって手もあるし、いっそシングルモルトもあるケドぉ。 ノゾミ:……い、や、えっと、 ノゾミ:……、あ、う……、 タニマチ:(見かねて、小声で) タニマチ:やめとけって。 タニマチ:(ノゾミへと向き直り)お酒気分じゃなきゃ、ソフトドリンク、あ、ジュースもあるんで。紅茶とか珈琲も。 カスミ:(小声で)ちぇ。イイカッコしぃ。 ノゾミ:…………っ。 ノゾミ:ば、馬鹿にしてるみたいだけどっ。 ノゾミ:お酒ぐらい飲んだ事ある、う、ていうか、普通に飲むしっ。 タニマチ:おっ、そうスか……、 カスミ:へぇ。ウククっ。 ノゾミ:今日、は、……その、気分的にっ! ノゾミ:そんなに強くなくて、そんな、変じゃない、味のヤツが飲みたいかも、っていうか……、 タニマチ:ふんふん。飲みやすいカクテル的なの、とかね。 ノゾミ:そっ、そう、そんな感じっ。 ノゾミ:は、話ワカるじゃんっ……。 タニマチ:どもっス。 タニマチ:んじゃ、俺が……、 ヤナ:(唐突に割り込み) ヤナ:えェー、つまんないよゥ。逆にゴリっゴリのキッツいヤツでイッキにブチ上げようよー。 タニマチ:タイミング! タニマチ:ウォッカ・バック飲んどいて、マジで。 ヤナ:飲んでますゥーーっ。 ヤナ:(ゴクっと呷り)っぷはっ。ショウガっ。 カスミ:……クフフ。 カスミ:そっかぁ。今夜の気分を読み取れなくてごめんねぇ? カスミ:じゃ、一杯目はボクがお作りしまぁす。 ノゾミ:あ、う……、 タニマチ:おい、 カスミ:(遮り)ワカってるから。 タニマチ:……っ、 カスミ:お客様の顔見てお酒出すのが、ボクたちのお仕事デショ。 タニマチ:(表情を観察し) タニマチ:……。んじゃ、ヨロシク。 カスミ:クフ。では……、 0:女性店員は作業に入る。棚から、自前のピンクゴールドのシェーカーを取り出し、卓上に置く。 ヤナ:あっ、シェーカー出たァっ! タニマチ:……軽めとのご注文でェす。 カスミ:心得ておりまぁす。 ヤナ:振るのォ? シェーク嫌いって言ってなかったっけ? カスミ:(ニヤと笑み) カスミ:たまには、ねぇ。 ノゾミ:(努めて訳知り風に) ノゾミ:……あーっ、シェーク、シェークねっ。アレね、む、難しいんだよねっ。 ヤナ:アハハハっ、知ってんだァー。 タニマチ:手が覚えるまでは、ね。 タニマチ:炊く前のお米入れて振る練習したり。澄んだ音になったらイケてる、みたいな。 ノゾミ:へえ……。 ヤナ:えっ、ナニその練習法っ。江戸時代の風習?? タニマチ:教わったの、そーいう風に。 タニマチ:無いだろ江戸時代にシェーカー。 ヤナ:(突然、歌舞伎の見栄風に) ヤナ:ア、おォ待たせいィたァしィまァしィたァーっ、 ヤナ:ぁ、『ジぃンライム』にて候(そうろう)ォォオっ!! タニマチ:拍子木(ひょうしぎ)カカンっ、じゃナイのよ。 タニマチ:イイって、やってくれなくて……。 ノゾミ:…………っ、 ヤナ:アハハハハハハハっ。ハーフ美人が全力でカマして来たらドン引きだよねェーーーっ。 ヤナ:こーいう芸風でやらしてもらってまァーーす名前だけでも覚えてってくださァーーいっつって! コレ! タニマチ:調子を取り戻すなや。 0:歓談をよそに、女性店員は作業を進める。シェーカーに幾種類かの液体と、シュガーシロップを投入。軽くステア。 ノゾミ:ミックス、なんです、あ、なんだ……。 ノゾミ:その、えっと、 ヤナ:あっ、完全に外人に見えるっしょ? ヤナ:あのねェー、お父さんがね、国籍は日本なんだけど血は半分イギリスでェ、あ、っていうかだからソッチがハーフで、で、そのお父さんと結婚した人、ってことは私のお母さんにあたる人が純粋なルリタニア人でェ、 タニマチ:相変わらずそーいう説明ヘタよな。 ヤナ:だからァー、えっと、まァ4分の1日本人で残りが外人、ってコトでェ、 タニマチ:イイならイイけどさ……。 タニマチ:イギリスとルリタニアだと人種とかも結構、 ヤナ:ヨソから見てもわかんないってェ。本州と沖縄ぐらいの感じだよ。 タニマチ:ケッコー違うは違うじゃん。 ノゾミ:ルリタニア……、社会科で習ったかも……、 ノゾミ:あっ、む、昔っ。 ヤナ:あァー、ねー。私はちっちゃい時に日本に来たから、殆ど覚えては無いんだけどねェー。 タニマチ:あの、色々ゴタゴタしてた時期よな。 ノゾミ:政権が変わって……、国を出た人、いっぱい居たって、 ヤナ:おー、よく知ってるじゃァーん。撫で擦ってあげよォー。 0:遠慮げなく、手を頭に乗せる。 ノゾミ:え、えと、その、 タニマチ:年上、年上。 ヤナ:あそっかァ。意外にメンドいねコレー。 0:女性店員は氷が沈められたシェーカーにストレーナー、トップと順に部品を嵌め、 カスミ:……さぁて。 0:いざ、振らんとする。 ヤナ:おーっ準備完了! カスミンが振るトコ初めて見るゥっ。 タニマチ:珍しいよ、マジで。 0:シェーキング開始。小刻みで鋭い氷の音。 0:コンパクトかつ適格で無駄の無いフォーム。 ノゾミ:(感嘆を隠せず) ノゾミ:ふわ……っ。 ヤナ:カッコイーっ、惚れるゥーっ! タニマチ:得意なのにやんないんよな。 タニマチ:てか何作ってんだろ……。 0:カシン、とシェーク終了。 カスミ:……指冷えるからキライなの。 カスミ:もーちょっとで出来まぁす。 カスミ:(ニヤ、と笑む) ノゾミ:(ゴクリと唾を飲み) ノゾミ:な、何かな……、た、楽しみ、かも……。 0:シェーカーの内容液がタンブラーに注がれ、新たに氷が沈められる。 タニマチ:キツかったら作り直すんで、大丈夫っス。 0:グラスに先程のジンジャーエールを注ぎ、軽くステア。 0:バースプーンをスルリと引き上げ、仕上げに、卓上で根を水に浸けるフレッシュミントを一節、摘む。 ヤナ:カスミン手際綺麗ーーっ。 ヤナ:で、ミント浮かべるんだっ。本格的ィ。 カスミ:手抜けないよねぇ、初のご来店だし。 0:葉を軽く手で叩き組織を壊し、香りを立たせ。 0:泡立つグラスに浮かべ、完成。 カスミ:(サーブしつつ) カスミ:お待たせいたしましたぁ。 カスミ:『サラトガ・クーラー』でぇす。 ノゾミ:……っ! 0:如何にもカクテル然とした一杯に慄くも、平静を装う一見客。 ノゾミ:あ、あーーっ。コレね……、 ノゾミ:の、飲んだことある、かも……。 カスミ:(ほくそ笑み) カスミ:へぇ……? カスミ:上手く出来てると、イイんだけどな。 タニマチ:(安堵し) タニマチ:……ナルホド。 ヤナ:ん?? 『サラトガ』ってさァ、確かノンアル、 カスミ:(遮り)ヤナ、しぃーっ。 カスミ:……ソコまでキツくしなかったから。 カスミ:どうぞ、召し上がれ。 ノゾミ:……っ。う、ん。 ノゾミ:ありが、とう……。 0:金色の泡弾けるグラスを見詰め、一見客は緊張を募らせる。 タニマチ:……グビっとイっても大丈夫っスよ、多分。 ノゾミ:きょ、今日は、ゆっくり飲みたい気分かもだから……っ。 カスミ:ショウガが効いてるのは確かだから、ソコはお気をつけて。 ノゾミ:(装うのを忘れ、正直な言葉) ノゾミ:あ、辛いジンジャーエール好きなので……。 カスミ:(面白げに) カスミ:……へぇ? ノゾミ:あっ、好きだからっ。 ノゾミ:……い、いただ、く、よっ……。 カスミ:ウクク。はぁい。 0:一見客はグラスを掴み、意を決する。 ヤナ:(遮り)あっっ!! ちょっと待っタイの煮付け定食ゥ! ヤナ:乾杯しないのォーーーっ!?? ノゾミ:え……? カスミ:ウククっ。しよっかぁ。 カスミ:ノゾミさぁん、大人の乾杯の仕方オシエテ? ノゾミ:ひえっ!? あ、う……、 タニマチ:普通でイイ普通でイイ。 タニマチ:俺、作るわ。 ヤナ:えェっ、コールかけよっかァーー!? 一応出来るよ私っ。ドドスコ系の王道のヤツっ。 タニマチ:(手早く作業しつつ) タニマチ:イイっスー。勤め先のノリ持ち込まナイでほしいっスー。 ヤナ:「Shrimpy(シュリンピィ)」じゃやんないよソンナの。 ヤナ:前フロア中ブチ上げちゃってメチャメチャ怒られたんだから。「店の雰囲気ブチ壊すコトだけはすンじゃネぇボケぇ」、って。 カスミ:目に浮かぶぅ。 ヤナ:「自分っ、面白かったら何でもエエと思っとりますんで……!」って言ったらキレられたァ。 タニマチ:出たての芸人か。 タニマチ:……おしっ、出来た。あい、あい。 0:女性店員にもグラスが渡り、全員の手にドリンクがある状態。 カスミ:クフ。じゃぁ……、僭越ながら、音頭を取らせて頂きまぁす。 カスミ:1番年下のぉ、このボクが。 ノゾミ:……っ。 カスミ:ウクク。こほん。 カスミ:……今日の、風変わりなお客様と、いつもの面々の変わらない日々を祝して。 カスミ:ソレから……、 カスミ:今もドコかを彷徨っているかもしれない、不幸な家出少女の安寧と冥福を祈って。 ヤナ:口上にコワいの入れないでェっ。 ノゾミ:……、……。 0:酒坏を掲げ、交わす。 カスミ:かんぱぁーい。 タニマチ:かんぱーーい! ノゾミ:か、かん、ぱいっ……。 ヤナ:かァーーんぱァーーーいっ!!! 0:グラスの触れ合う、高く澄んだ音。 ヤナ:ヒュぅう〜~~っ、ドドーンっ! パッ……、ドンっ……っ、パッ……っ、 カスミ:何ソレ。 ヤナ:花火花火ィっ。乾杯の後には定石じゃァーんっ。 タニマチ:知らない世界のヤツだわソレ……。 タニマチ:(向き直り)あ、どうぞ気にせず飲んで。 ノゾミ:あ、は、う、うん……っ。 0:あらためて意を決し、グイっと含む。口に広がる、ショウガと炭酸の刺激。 ノゾミ:(ゴクリと飲み下し) ノゾミ:…………、おいし……。 0:ほう、と息を吐く。その言葉に装いは無く。 カスミ:クフ、フ。 カスミ:良かったぁ。キツくないカナ。 ノゾミ:だ、大丈夫っ。 ノゾミ:やっぱりお酒はイイかも、 ノゾミ:ス、ストレス解消にもなるし……、 タニマチ:(吹き出す) タニマチ:ぷ、ふっ……。 タニマチ:でも、間違ってはないな。 ヤナ:チゲぇねェ、チゲぇねェっ。 ヤナ:ウチに来るお客さんもさァーーっ。ストレス溜めまくりだよ。溜めまくりラクリマクリスティだよ。 タニマチ:ラクリマクリスティって何だっけ? ヤナ:無教養ボーイめェー。往年のヴィジュアル系バンド四天王の一組じゃァん。 タニマチ:知らん知らん。 タニマチ:てか、座ったら、二人とも。 ノゾミ:あ……、 0:いつの間にか全員、起立している事に気付く。 カスミ:クフ。立食パーティーみたいになってるし。 ヤナ:はァーい、座る座るゥー。たまに地獄みたいにギコギコ鳴る椅子に座るゥーっ。 タニマチ:古いんよな、単純に。 カスミ:……さぁて。 0:客の二人は着座。女性店員はあらためて、一見客に向き合う。 カスミ:それで? 幽霊のオネエサンはいったい、どんなストレスを解消したくて、ウチみたいな店に来てくれたのかなぁ。 ノゾミ:……っ。……、 タニマチ:(小声で) タニマチ:お……、ちゃんとやる気か? ヤナ:(同じく小声で) ヤナ:接客モードだァ。 ノゾミ:ゆ、幽霊……。さっき、言ってた……、 カスミ:そぉそぉ。10年ぐらい前に、事故で死んじゃったの。 カスミ:家出して、捜索願いも出てたらしくて。 ノゾミ:そ、捜索願い……、 ノゾミ:ふ、ふうん……。 ヤナ:紛らわしいカッコしてるんだもんーーーっ。 タニマチ:蒸し返すなって。 タニマチ:(ノゾミに向け)だいぶ派手な柄のパーカーよな、個人的には好き系だけど。 カスミ:ズイブン若いご趣味だこと。ウクク。 ノゾミ:こ、これ、は、弟の……、 ノゾミ:あっ、いや、その、今日はそんな気分だったかも、っていうか、あう……、 ヤナ:似合ってる似合ってるゥ。ボーイッシュな感じ。 ノゾミ:……あ、どうも……、ありがと。 ノゾミ:あの、お姉さんも……、その、す、素敵だよっ。 0:精一杯の、どこか縋るようでもある笑み。 ヤナ:きゃっ! かァーーわァーーーイイぃーーーっ。 ヤナ:あっ、笑顔がねっ。年下だけど特別にハグして撫で撫でしてもイイかなァー? ノゾミ:う、え、あ……、い、いいかもだけど……っ、 ヤナ:イヤだったらスグ言ってね、やめるからァ。 ノゾミ:あ、う、はい……っ、 ヤナ:じゃ、いただきまァーーーすっ! ノゾミ:あうっ!? ふ、あ……、 0:大胆に密着し、抱きしめる。頭や顔を優しく撫で、擦る。 ヤナ:よォーしよしよし、撫で撫でェーっ、摺り摺りィーっ。 ノゾミ:うあ、あ……、柔らか……、イイ匂い……っ、 ヤナ:(聞き慣れぬ声色になり) ヤナ:ふふ……、受け入れが早いねェ……。じゃ、もうスコシ……、 ノゾミ:ぅ、ぁ、 ノゾミ:あ……? カスミ:その辺にして頂けますかぁ。 カスミ:当店お触りは原則NGでぇす。 タニマチ:タダでさえなのに、いかがわしいの重ねるのはダメでェす。 ヤナ:ちぇっちぇっちぇー。黒服のスタッフの人来たァー。 カスミ:お時間でぇす。30分コースですのでぇー。 ヤナ:オアズケだねェ。ちゅっ。 ノゾミ:ひゃっ!?? 0:頬に、特に手加減の無いキス。 ノゾミ:(赤面し) ノゾミ:あ、う……っ、 タニマチ:ちょぉっ、パーソナルスペース! ヤナ:密着してんだもォん。 ヤナ:あ、でもゴメンね、イヤだったァ? ノゾミ:(呆け)…………あったかかった……。 ヤナ:アハハぁ。私体温高いんだよねェーっ。ヤミツキになるでしょ、イツでもどーぞォ? ヤナ:ほォら。 ヤナ:(ガバ、っと腕を広げ) ノゾミ:(思わず凝視しつつ) ノゾミ:あう……、えっと……、 カスミ:(遮り)ホイッスルぴぃーーーっ。イエローカード2枚目でぇーす。 ヤナ:ええーーっ。 カスミ:どう思われますかぁ、主審。 タニマチ:うーーん、コレはねェーーっ。重大な業務妨害ですネ、恐らく客を自分の店に横取りしようという、 ヤナ:タニーが主審かァーーいっ。んなコトしなくてもヤナちゃんサマのカラダを求めてやってくる母性の亡者ドモはイッパイ居るんだよォーつって! ヤナ:そのモジャモジャむしり取ってやるゥっ!! カスミ:ぴぃーーーーっ。コレはレッドカードっ。 タニマチ:主審への侮辱と暴力っ。即刻退場、退場ですっ。 カスミ:最悪の反則「モジャモジャいじり」ですっ。 ヤナ:抗議の大乱闘じゃァーーーっ。 ヤナ:ヒィーーーハァーーーーっ!!! タニマチ:ちょおっ!? マジで髪はヤメろやっ、 0:(以下、暫し自由にふざけ合いのアドリブ) 0:突然の狂乱に呆ける一見客。 ノゾミ:(喧騒に被さる独り言) ノゾミ:……これが、夜のお店……。 0:喧騒フェードアウトし、暗転。 : 0:【間】 タニマチ:【22時21分】。 0:ひとしきりじゃれ合い、ひとまず場は平静。何とは無しに全員、自前のグラスを傾け一服。 0:(4人分の飲み下す音) タニマチ:……ふぅーっ。水分ウマっ。 カスミ:(些か赤面し) カスミ:……ヤナ、脇腹触るのだけはマジでヤメてね……。 ヤナ:アハハぁ、りょォかーい。 ノゾミ:(独り言) ノゾミ:……なんかスゴい、かも……。 ヤナ:さっさァ、私はとりま気が済んだからァ、さっきの続きイってくれてイイよォー。 カスミ:……言われなくても。 ヤナ:邪魔しませェん。 タニマチ:マジでな。 カスミ:……ふぅ。 カスミ:ごめんねぇ? 初めて来たのが、よりによってこんな日で。 ノゾミ:い、いや……、えと、べ、別に、かも……。 ヤナ:出禁だけは勘弁でゴザルーぅっ! カスミ:だったら大人しく飲んでてもらえるかなぁ。 ヤナ:きゃっ。カスミン怖ぁーい。 ヤナ:タニー、無言でひたすらあっちむいてホイしよォー。 タニマチ:ホントにソレでイイならイイけどよ……。 0:女性店員は、本腰を入れて話し出す。 カスミ:……近くなの? 別に、言わなくてもイイけど。 ノゾミ:えと……、そんなに近くじゃ、ない、かも、ていうか、 カスミ:帰れる感じ? ウチはまだ開いてるけど、割とイイ時間だから。 0:一見客の目が僅か浮き。暫し黙考。 ノゾミ:…………。 ノゾミ:うん。大、丈夫。 カスミ:……そ。 カスミ:大丈夫、なのね。 ノゾミ:(首肯し) ノゾミ:……ん。 カスミ:何か、話したい事がある? カスミ:聞いてほしい事、とか。 ノゾミ:……聞いて、ほしい、事。 カスミ:こういうお店に来る人ってね。何種類かに分けられるんだって。 カスミ:ボクも、先輩に聞いただけなんだケド。 0:一見客は、興味ありげに顔を上げる。 カスミ:家とか地元とか、元居た場所が嫌になったり、苦しくなったりして、逃げ出したヒト。 カスミ:1つの場所にずっと居るのが嫌いだったり、退屈だったりして、ずっと流れ続けているヒト。 カスミ:それから。 カスミ:誰にも言えない罪や秘密を抱えて、それを、打ち明けられる場所を探しているヒト。 0:案外と熱中し始めていた男性店員は、女性店員の言葉に反応する。 タニマチ:それ……、誰から、 カスミ:あ……、そっか。 カスミ:また話すから。今は。 タニマチ:(一瞬思考し) タニマチ:……、おう。 カスミ:(向き直り) カスミ:ノゾミさんは、どれかなぁ。勿論、どれでもないヒトも来るケド。 ノゾミ:……、私、は……、 カスミ:それにこの3つは、時として同じだし、人には全部があるんだけど。 カスミ:今、自分をどう思うか、かな。 0:一見客は沈思し、内省を試みる。 ノゾミ:…………。 ノゾミ:えと、あ、の。 ノゾミ:き、聞いてほしい、事は、その……、 カスミ:うん。 ノゾミ:わ、私の事じゃなくって。 ノゾミ:友達……、友達の、話なんだけど……、 カスミ:(揶揄ではない笑み) カスミ:……なるほど。 カスミ:「お友達」から相談を受けてて、まるで自分の事みたいに、一緒に悩んであげてるんだぁ。 ノゾミ:そ、そうっ、そんな感じっ。 ノゾミ:……その、だから、その友達は……、 ノゾミ:さっきの、3つの中だったら、 カスミ:うん。 ノゾミ:……えと、1つ目、かも。 カスミ:元の場所が嫌で、逃げ出したヒト? ノゾミ:うん。……そう、きっと。 カスミ:そのお友達は、何が嫌だったのかな。一つじゃ無いかもしれないけど。 ノゾミ:…………、色々、あるんだけど。ぁ、あるって、聞いたんだけど、 カスミ:うん。 ノゾミ:……1番は、お母(かあ)、ぁ、えと、母親と、その……、 カスミ:上手く行ってなくて? ノゾミ:うん……、そう、かも。 ノゾミ:ていうか、元々……、離婚、して、お父さんが出てってからは、その、ずっとそんな感じ、だったんだけど……、 カスミ:へぇ……。 カスミ:でも、逃げ出したくなったのは最近? ノゾミ:あ、う、ん……、て、いうか、 カスミ:何か、キッカケがあったのかな。 ノゾミ:…………。 ノゾミ:多分……、多分だけど、 ノゾミ:…………弟が、……、死んで……、 ノゾミ:あ、亡くなったん、だって。 カスミ:……、へえ。 ノゾミ:それで……、えと、それから、ちょっとして、 ノゾミ:お母さんが……、変になっていって、っていうか……、 カスミ:どんな風に? ノゾミ:……、ちょっと、上手く言えないんです、ぁ、だけど……、 カスミ:いいよ。 ノゾミ:なん、か……、段々、こ、子供、みたいになっていって、って言うか……、んと、 ノゾミ:変な言い方になっちゃうけど、 カスミ:大丈夫、わかるから。 0:無言あっち向いてホイに早々と飽きた常連客および男性店員も、静かに対話を見守っている。 カスミ:お母さんは凄くショックだったのかな? 弟さんの事で。 ノゾミ:…………。 ノゾミ:うん。それは、そう。 ノゾミ:だから、ちょっとぐらい変、なのは、当たり前だと思うけど……、 ノゾミ:……思う、って、言ってた。 カスミ:……偉ぁい。 ノゾミ:思わなきゃ……、しんどいだけだし、って。 カスミ:へぇ……、自分の事がよく見えてるね、その子。 ノゾミ:……、どう、かな。 カスミ:飲まなきゃやってらんない、って感じだぁ。 カスミ:オトナなら、ね? ノゾミ:あ、う……、 ノゾミ:そ、そんな感じ、かも……、 カスミ:クフフ。 カスミ:ノゾミさんも飲んでねぇ、喋ってたら喉乾くよね。 カスミ:ホントに、軽ぅく作ってあるから。 0:にぃ、と悪戯な、弓張り月の笑み。 ノゾミ:う、うん……。 ノゾミ:ホントに、飲みやすくて美味しい……。 0:小さな喉を鳴らし、コクリと飲み下す。 ノゾミ:はぁ……っ。 ヤナ:(様子を盗み見つつ、小声で) ヤナ:くうゥ可愛いですねェ……っ。持ち帰って飼いたいですねェ……っ。 タニマチ:(小声で) タニマチ:出禁になるヨ。 0:女性店員も、己のグラスをスマートに傾ける。 カスミ:……ふぅん。弟さんが亡くなったショックで、お母さんは不安定になって。 カスミ:亡くなってから、どのぐらい? ノゾミ:去年の……、今より、ちょっと前、ぐらい。 カスミ:1年ちょいか。 カスミ:……何歳で? ノゾミ:小6。……十、二歳。 ノゾミ:…………スケボーの、練習中、だったの。 カスミ:やってたんだ。 ノゾミ:うん……。2年生から。 ノゾミ:大会、とか、選抜とか、って。 ノゾミ:将来は、……オリンピックとかも、もしかしたら、かも、とか、 カスミ:夢じゃない、と。 カスミ:期待、されてたんだぁ。 カスミ:お母さんも? ノゾミ:うん……。すっごく。 ノゾミ:弟の事、「私の小さな王子様」、とかって……、 カスミ:……ふぅん。 ノゾミ:……ちょっと、気持ち悪い。 ノゾミ:あ、って、友達が言ってて、その、 カスミ:アナタも、そう思う? ノゾミ:…………、うん。 ノゾミ:いつもじゃないけど、たまに、っていうか、えと、 カスミ:ねぇ? そーいうのキモいよねぇ? ゲロゲロだよねェー。 ノゾミ:……ん、うん。ちょっと、そう、かも……。 カスミ:……なるほど。ちょっとずつ見えて来た。 カスミ:割りかし好きな感じカモだねぇー。 ノゾミ:すき……? カスミ:ううん、こっちの話ぃ。 カスミ:弟さん、練習中に亡くなったのは、事故? ノゾミ:…………、うん。そう。 ノゾミ:……ホントは、スケボーって、道路ではやっちゃ駄目で、 ヤナ:(割り込み)そーなんだっ?? ヤナ:あ、混ざりまァすやっぱしっ。 カスミ:ご静粛にね。 ヤナ:きゃっ。 ノゾミ:だから……、 ノゾミ:弟は、スケートパーク、その、練習出来るトコに、滑りに行ってたん、だけど。 タニマチ:安全なトコね。路面とか再現してある、 ノゾミ:そう……。 ノゾミ:学校終わってからとか、休みとか、お母さんが、車で送って行って。 ノゾミ:結構……、遅くまで。 カスミ:ふぅん……。 カスミ:やりたくて、やってたのかな、スケボー。 ノゾミ:多分……。 ノゾミ:楽しそう、だったし。 ノゾミ:……でも、 カスミ:うん。 ノゾミ:お母さんは、もっと、楽しそうだった。 カスミ:……へぇ。 ノゾミ:弟は、その、結構、凄くて。 ノゾミ:大人でも出来ないような技とか、いっぱい……。 ヤナ:スーパー小学生だァっ! ノゾミ:中学生までの大会とかでも、優秀賞、とか。 ノゾミ:お母さんも、「凄いねえ」、「凄いですねえ」、って、色んな人に。 タニマチ:あーー。そーいう感じね……。 カスミ:見るよね。天才コドモの、敏腕マネージャーママ。 ノゾミ:……スゴいのは、弟で。 ノゾミ:お母さんじゃナイのに、って、 カスミ:思ってたんだ。お友達は。 ノゾミ:…………う、ん。 ノゾミ:家とかも……、弟のスケボーの物ばっかり、っていうか。 ノゾミ:トロフィーとか、賞状とか。 ノゾミ:壁に、いっぱい、スケートのボード……。 カスミ:……うわぁ。 ヤナ:家はヤダなァーーーっ、ソレっ。暮らしにくそーじゃんねっ。 ノゾミ:…………多分。そう、かも。 0:誰のグラスとなく、カラン、と氷。 カスミ:……そっか。 カスミ:事故は、じゃあ、スケートパークで? ノゾミ:…………、 ノゾミ:ううん。違う、の。 ヤナ:えっ、じゃあ……、 ヤナ:あっ、うゥ、ってかハァイっ!!! 0:万事をぶった斬り、高らかに挙手。全員の視線が集まる。 ヤナ:お話の最中にタイヘンもーしわけナイのですがっっ!! カスミ:(冷えた眼を送り) カスミ:なんでしょーか? ユキサカさん。 ヤナ:あのォ〜〜、ワタクシちょォっと、尿意ちゃん限界でデスねェーっ。てか多分来た時から行きたかったんだけど忘れててェーーっ。 カスミ:行ってくれば。 ヤナ:でもでもノゾミーヌの話フツーに気になリーヌだからァっ。トイレ帰って来るまでちょォーっと各自、休憩しててもらってオッケイですかァーー? オッケイですねェーーーっ?? カスミ:は?? ヤナ:(答えを聞かず) ヤナ:ほいじゃっ、行ってきマスコミュニケィショーーーンっ!!! 0:常連客は瞬く間に駆け去り、トイレの戸が勢い良く閉められ。 0:小気味良い施錠音。 0:残され、呆ける3名。 カスミ:え? え……? マジで? タニマチ:……アンリさんと双璧をなす無敵っぷりだな……。 ノゾミ:ノゾミーヌ……。 0:しかして嘘吐きな幽霊の表情には僅か、柔らかな揺らぎ。 0:暗転。 : 0:ヤナにスポット。 ヤナ:(驚き)うきゃっ予告っ!? イマ取り込み中なんですけどォっ! ヤナ:あっ、後編に続くらしいでェーす私もマッハで済ましてスグに戻りまーすっ。 ヤナ:後編では3言しか喋りませェーん。 ヤナ:嘘でェーす。つって! つってコレつって! 0:お好きなお飲み物等をご用意ください。 0:【休憩】

タニマチ:或る、心象のうた。 ノゾミ:綺麗なビロードで飾られたひとつの寝台(しんだい) ノゾミ:ふっくりとしてあったかい寝台 ノゾミ:ああ あこがれ こがれ いくたびか夢にまで見た寝台 ノゾミ:私の求めていた ただひとつの寝台 ノゾミ:この寝台の上に寝るときはむっくりとしてあったかい ノゾミ:この寝台はふたつのビロードの腕をもって私を抱く ノゾミ:そこにはたのしい愛の言葉がある ノゾミ:あらゆる生活のよろこびをもったその大きな胸の上に ノゾミ:私はすっぽりと疲れたからだを投げかける ノゾミ:ああこの寝台の上にはじめて寝るときの悦びはどんなであろう ノゾミ:そのよろこびはだれも知らない秘密のよろこび ノゾミ:さかんに強い力をもってひろがりゆく生命(いのち)のよろこびだ。 ノゾミ:みよ ひとつの魂はその上にすすりなき ノゾミ:ひとつの魂はその上に合掌するまでにいたる ノゾミ:ああ かくのごとき大いなる愛憐(あいれん)の寝台はどこにあるか ノゾミ:それによって悩めるものは慰められ 求めるものはあたえられ ノゾミ:みなその心は子供のようにすやすやと眠る ノゾミ:ああ このひとつの寝台 あこがれ もとめ 夢にみるひとつの寝台 ノゾミ:ああ この幻の寝台はどこにあるか。 0:タイトルコール。 カスミ:『嘘吐き幽霊とサラトガ・クーラー』 0:【間】 タニマチ:【20時56分】。 0:十月某日。とあるバーの店内。髪を金に染め抜いた女性店員と、パーマヘアの男性店員は、客の退店を見送る所。 タニマチ:あァりがとーございましたァーっ。 カスミ:アリガトぉー。また来てねぇー。 0:出入り口のドアが閉まり切り、ドアベルの空虚な残響。店内には、店員2人。 タニマチ:(店外の気配が去ったのを確認してから) タニマチ:……ふィーーっ。 タニマチ:何か今日、風の感じ変よな。 カスミ:低気圧じゃないの。 カスミ:……は。ひとまずおつかれ。 タニマチ:おつかれっスぅー。 タニマチ:つってもまだクローズまでは……、 カスミ:(腕時計を確かめ) カスミ:もーちょいあるけど、ねぇ。 タニマチ:なーんかなァー。人の気配がしない日っつーか、 カスミ:次のお客さんまで……、半端に空くとねぇ。テンションリセットされちゃう感じ。 0:女性店員はスツールの向きを整え、ボックス席の椅子を正位置に。 0:男性店員はグラスを回収しつつ、ダスターでカウンターを清拭。グラスの触れ合う高い音。 カスミ:今のヒトさぁ、 タニマチ:ん? カスミ:次あると思う? タニマチ:あー……、 タニマチ:どーかねェ。 タニマチ:でもあーいうさァ、無さそーな感じのヒトに限ってさァ、 カスミ:意外とスグまた来たり? ま……、割と楽しそうだったケド。 カスミ:賭けるぅ? タニマチ:また来るかどーか? タニマチ:ヤメようぜ、シケるべ。 カスミ:じゃ、今日この後お客さん来るかどうか。 カスミ:帰りにジュース。 タニマチ:(意味なくニヤつき) タニマチ:ソレなァー。 タニマチ:俺はなーんとなく、ナイ気ィするんよな今日。 カスミ:実はボクも。なんとなぁく。 タニマチ:んじゃ賭けは……、 0:言葉を遮りドアが勢いよく開かれ、 ヤナ:(突飛なテンションで)おっハロハロぉーーォっ!!!! おォ元気かなカナぁーーーっ!? 0:ドアベルが喧しくも絢爛な音を奏でる。 タニマチ:(一旦、応じずに) タニマチ:……賭けは不成立だから普通にジュース買うか。 カスミ:だね。 0:常連客の女性が闖入(ちんにゅう)、もとい、入店。 0:西洋由来の華美な顔立ちに、生まれ持った白金(プラチナ)の髪が煌(きら)めく。 ヤナ:えっ、何ナニっ、何のハナシぃ? てかカスミンおはよォっ。今日も可愛くないっ? 可愛いヨネ!? ハイ可愛いーーーっ!! タニマチ:うわァ……。 カスミ:おはよぉヤナ。……今日も黙ってれば美人だね。 ヤナ:えェーソレどーゆー意味ィー! てかタニマチく、あ、タニーじゃんっ。ひっさしブリの照り焼き定食じゃァん。 タニマチ:ちがうヨ。先週も会ってるヨ。 ヤナ:えっ、いつゥ??? モジャモジャパーマに埋もれて見付からなかったのカナっ??? タニマチ:侵食されてんじゃん。妖怪じゃんもう。 カスミ:(吹き出し)ぷっ、ウクク……。 カスミ:……取り敢えず、1回座れば。持たないよ、今からソレじゃ。 ヤナ:あっ、そーだねェーーっ。 ヤナ:(着座しつつ、エセ外国人風に)なんせアキのヨナガ、ニッポンのフゥブツシねェーーっ。ニポンには四季がアリまァーーースっ。 タニマチ:んな飛ばすなや。他にヒトも居ないのに。 ヤナ:(人差し指を立て) ヤナ:大丈夫ゥっ。疲れたら電池切れたみたいに寝るからさァー。 タニマチ:海行った帰りの子どもじゃん。 0:女性店員は常連客の前にコースターを出す。ブリキ製のカシャリと古びた音。 カスミ:何しよっか。今日休み? ヤナ:あっ、そーそーそォ、そーなの。 ヤナ:(突如思い付き、妙なリズムで)そーそーそォ・そーそーそーそ・そーそーそ・そーなのっ。 タニマチ:はァーーっ……。(溜息) ヤナ:辛気臭ァっ。ヤメてよねェーーっ! ワ・タ・シ・らのパァリィピィポゥナイツっ、にさァーっ。 タニマチ:無理無理。パリピ1人も居ないから今。 カスミ:ボクも遠慮するねぇ。 ヤナ:ええーっ。いつも心にパリピ飼っとこうよォーっ。 ヤナ:(小芝居)お母さァーんっ、飼ってイイでしょパリピぃーーっ。ちゃんとお世話するからァーーーっ。 タニマチ:ダメですっ、捨てて来なさいっ。 ヤナ:お願いィーーーっ。1日1回クラブに連れてって、エサはテキーラショットか『クライナー』一気だけでイイからァーーあっ。 タニマチ:家計を圧迫するわ。 タニマチ:てか早く頼めやっ。 ヤナ:ぬぎィーっ。タニーの癖にィ、同い年の癖にィーーーっ。 タニマチ:じゃイイじゃん。 カスミ:タニーって何? タニマチ:知らね。出来たらヤメてほしいんだけど。 ヤナ:「俺の事はタニーと呼んでくれ……、」って急に言い出したって、色んなトコで言ってるよ。 タニマチ:何してくれてんだよ!!?? カスミ:ウクククっ。 ヤナ:ジョーダンにキマっとるやないかーーーいっ。 ヤナ:あっ、えェっとですナーー……、なァーーーに飲もっかなァーーーーーっ。 タニマチ:……ふゥ。ココまで長っ。 カスミ:「Shrimpy(シュリンピィ)」で1人営業の時もおんなじ感じなの? ヤナ:そだよーー?? 一見(いちげん)のお客サンなんてヒいちゃってヒいちゃって、 タニマチ:自覚あるんかい。 ヤナ:こないだも1杯目出すまでに20分ぐらいかかっちゃってェ、 カスミ:その間ずっと1人喋り劇場? ヤナ:そーなのーっ。アド君は厨房入りっぱなしだし止めてくれるヒト居なくてさァーーっ。 タニマチ:やべェ……、ヘルプでも入りたくねーっ。 カスミ:この前はそこまで大変でもなかったけどね……。 ヤナ:まぁまぁ、引っくるめてヤナちゃんサマのいつものヤツだから。ちゃんサマの。 タニマチ:イケてんのマジでソレ……。ヨソの店だし大きな世話だろーけど、 ヤナ:あっ、アレ飲もーっと。 ヤナ:『ドメスティック・ゲルニカ』。 タニマチ:無い無い、そんなの。 カスミ:家庭内ゲルニカはヤバい。 ヤナ:じゃ、『ウーバーイーツ・ブラックロードー』は? タニマチ:ぶふっ。(吹き出す) タニマチ:ま、あってもおかしくナイけど……。 カスミ:あるヤツにして頂けますかぁ。 ヤナ:ちぇっちぇっちぇー。相変わらずカスミン・ベリぃソぉCOOL・インザ・ロンドン……。ソコが好きだけどォ。 カスミ:どもぉ。 ヤナ:じゃァもー、アレで手を打つかいのォ。 ヤナ:『ウォッカ・バック』。くださいなっと。 タニマチ:極めて普通のチョイスで来たな……。 タニマチ:あいよ、かしこまり。 タニマチ:えーと、ウォッカ、ウォッカと……。 0:男性店員は奥の冷蔵庫へと。常連客は鞄からスマートフォンを取り出す。 ヤナ:(表示を見)あやァー、スマーホ閣下ハラヘリーヌじゃァーん。 ヤナ:ごめーん、電気ドロボーしてイーイ? カスミ:いいよ。 カスミ:(指し示しつつ)コンセント、そこ空いてる。 ヤナ:いっただっきまァーす。 0:壁のコンセントに充電器を繋ぎ、スマートフォンを接続。 ヤナ:ほい充電器ガシャっ。 ヤナ:ちゅうーーーー、ゴクゴクゴク……っと。 カスミ:あ、吸ってるイメージなんだ電気……。 ヤナ:最近バッテリーすぐ減るんだよォー。運動部かァ、オイコラ。 0:常連客は充電中のスマートフォンをトントン、と小突く。 0:男性店員はカウンター内に戻り、冷凍室より取り出したウォッカを卓上に置く。 タニマチ:んで……、 カスミ:今日はどっか行ってたの? いつもより遅目だけど。 ヤナ:(液晶をタップしつつ)あーのねェー。行こーと思ったの。 ヤナ:5時ぐらいに起きてェー、雨降ってないしィーって思って、でェYouTube見たりお風呂入ったりネイル直したりしてウダウダしてたら普通に夜でェー。 ヤナ:カスミン誘おーってLINEしよーと思ったら今日カスミン店入ってる日じゃんってなってェ、でも会いたかったから行こって思ってっ。 ヤナ:で、今! なう!! 0:脈絡の無いドヤ顔。 タニマチ:(グラスに氷を沈め、ウォッカを注ぎつつ) タニマチ:清々しーくらいユーイギな休日の過ごし方っスなー。 カスミ:ボクもそんなんだけどね、正直。 カスミ:今度また遊ぼ。 ヤナ:うんうんうんうんっ。遊ぼ遊ぼォーー、靴見よぉ古着見よぉーー。 ヤナ:あっ、てかてか新しい部屋慣れたァ? 寝起きに突撃してヤナ色に染めてもイイーっ?? カスミ:絶対イヤ。 0:グラスに辛口ジンジャーエールが満たされ、軽いステア。 タニマチ:(ドリンクを手渡しつつ) タニマチ:うい、お待ち。『ウォッカ・バック』。 ヤナ:(受け取り) ヤナ:うっひょォ、来た来たショウガじゃショウガじゃァー。 カスミ:買い物とか行くとさぁ、ヤナ目立つよね、やっぱ。お店とかで。 ヤナ:え、そう?? あ、頂きマストドーンっ。 ヤナ:(一口含み)んンーっ、効(ぎ)っぐゥーっ。ジンジャーエールの味しかしねェやっ! タニマチ:ウォッカだもんよ。 ヤナ:(話題を戻し)え、「ウチラの店に外人が来たぞォー」、みたいな? 「ココはニホンだぞォーー」、つってっ。 カスミ:悪い意味じゃなくてぇ。 カスミ:ていうか……、ボクのチビと幼児体形が際立つ。 ヤナ:カスミン別にチビじゃ無いじゃんっ。私がデカ過ぎるんだって! タニマチ:結局何cmなんだっけ。 ヤナ:174っ! こないだ測ったらなんか伸びてたー。 カスミ:モデル並……、ていうかやってるしね。 ヤナ:たまァーーにね、チョコっとだよ雑誌のっ。最近はあんまお呼びかかんないしィ。 カスミ:読者層とレベル違い過ぎるんじゃないの。 タニマチ:マネしようナイもんな、色々。 ヤナ:身長とかおっぱいとかねェーっ。 ヤナ:カスミンはァ? カスミ:ん? ヤナ:身長身長ー。 カスミ:あ。んと、152。20cm以上違うね。 ヤナ:細いしカオ小さいしイイじゃんっ。絶ェっ対ソッチのがウケ良いよー。 カスミ:求めてないヤツだけどね、ソコ。 ヤナ:金髪&白髪(しらが)の凸凹コンビとしてやってこーぜィっ。 タニマチ:白髪(しらが)て。 カスミ:プラチナブロンドでしょ。 ヤナ:なァんかカッコ付けてる感じじゃん言い方ァ。イイよもー白髪(しらが)で。 カスミ:ちなみにタニマチは? タニマチ:ひゃっ……、 タニマチ:く、ななじゅう。 カスミ:(ジト、と見) カスミ:…………ホントにぃ? タニマチ:…………169、 タニマチ:てん、5。 ヤナ:中途&半端ァーーーーっ。アトちょっと頑張れや5ミリっ。 タニマチ:や、正直その……、ココだけの話に、 ヤナ:(唐突に顔を上げ) ヤナ:あっっっ!!!!! カスミ:わ。 タニマチ:うおっ。何っ、 0:静寂。 ヤナ:……思い出した。 ヤナ:この話しよーと思ってたんだったァっ……! カスミ:何……? ヤナ:あのさっ……!! 0:常連客は一転、神妙な調子で話し出す。 ヤナ:トンネルっっ、あるじゃんっ?? 交番のトコっ! タニマチ:交番……? タニマチ:あ、心霊スポット? カスミ:ナミヨケさん家の近くの。 ヤナ:そォっ、駐輪場のトコねっ。私もお客さんに聞いた話なんだけどっ、 ヤナ:アぁ・ソぉ・コぉ・にィ……っ! カスミ:もしか……、この流れ、 タニマチ:季節外れの……、 ヤナ:幽霊が出たんだってっ!! 女の子のォ!! カスミ:……ジャジャジャァーーン。 タニマチ:「おわかり、頂けただろうか……」。 ヤナ:そーいうオモシロのヤツじゃ無くってェ!! そのお客さんの友達が、ホントに見たって! 声かけられたんだってェ! カスミ:(ニヤつき)こーいうトコ可愛いよねぇ、ヤナって。 タニマチ:もー十月ですヨ、姐(アネ)さん。 ヤナ:もォーーーーーーっ。 0:常連客は悔しげに、グラスをクイっと呷る。 ヤナ:アソコさァっ、普段から雰囲気ヤバヤバのヤバじゃんっ? シン・ヤバンゲリオンじゃんっ? タニマチ:長いよなマズ。住宅地のトンネルとしては。 カスミ:薄暗いしねぇ。夜中は痴漢出るらしいからボクは通らない。 タニマチ:用事も無いしな、あの辺。 ヤナ:事故でェ、死んじゃったんでしょ、女の子っ。 カスミ:十年ぐらい前なんだよね。中学生の。バイクだっけ? タニマチ:後ろから轢かれたとかだったな、確か……。 タニマチ:何年か後によく心霊番組来てた。懐かしっ。 ヤナ:でェーーっ! その話の怖いのがっっ、 カスミ:あ、続く感じ。 ヤナ:服とかカッコとかもっ! ヤナ:マジでソノ、死んじゃった子とおんなじだったんだってっ!! カスミ:服ぅ? ヤナ:「探してます」のポスターの写真とっ! カスミ:……あぁ。 カスミ:家出した子、だったんだっけ。 タニマチ:捜索願い出てたんよな。ちょっと前まで、張り紙残ってる電柱あったわ。 タニマチ:雨で写真グズグズで……、ソレはちょい、怖かった。 ヤナ:黒のキャップに、オレンジのパーカーっ……。 ヤナ:で、で、でェっ。その、パーカーのっ、半分ぐらいは……っ、 ヤナ:ち、ち、血でェっ!! ヤナ:真っ赤に染まってたんだってェーーーーっ。うひィいいーーーーーーっ。 0:常連客は慄き、カウンターに低く伏せ、身を抱く。 カスミ:もォー……。ガチじゃんヤナ、イイ歳してさぁ。 タニマチ:(思案しつつ) タニマチ:……パーカーの色、黄色じゃなかったっけ?? 確か。 ヤナ:だ、だからァっ。 ヤナ:ソレが血でっ。バイクにドカーンってイカれちゃった時の血でェっ。 タニマチ:や、でもさ、黄色のパーカーで血塗(ちまみ)れになってもオレンジにはならなくナイか。 ヤナ:細かいコトはイーのっ! 灯りの具合かもだしっ。ていうか血塗(ちまみ)れとか言わないでってェーっ! カスミ:自分で言い出したんデショ。 カスミ:でぇ? そのお友達の誰かサンは、どんな風に声かけられたの。 ヤナ:あのねあのねっ! えっと、聞いたのが金曜だからァっ、5日、ううん、6日前っ! ヤナ:なんかねっ、ドッカで飲んでてェ、駅から近道したくて、普段は通んないんだけど酔ってるしまあイケるかって感じでトンネル入って、途中までは普通だったんだけどォっ、 タニマチ:飲んでたのね……、 カスミ:ハイ酔っぱらいの勘違いカクテーーイ。 ヤナ:違うって! ソンナにっ、ソンナにはだから! ヤナ:っで! ちょうど真ん中ぐらいまで来た時にィっ! ヤナ:ヌル寒ゥーーい風が、ヒュぅううーーーーって吹いて来てェっ……、 タニマチ:(面白げに)おぉほ、おー、おー。 カスミ:来た来たぁ。 ヤナ:イヤだなァー、イヤだなぁー、コワいなぁー、コワいなァー、って、 ヤナ:思ってたら、たら、た、らっ! カスミ:た、ら? ヤナ:トツゼン後ろからっ!! ヤナ:ヌルっとした声でっっ!! カスミ:ヌルっと。 ヤナ:……「おにぃさぁん、今晩、泊めてくれませんかぁぁぁーーー」、 ヤナ:……ってェーーーっ!! ヤナ:きひゃァああああーーーーーっ!!!(金切り声) タニマチ:(身を反らし)うォっ、マジの絶叫っ。 ヤナ:(セルフエコー)っあああーっ、っああーっ、っあーっ……、ぁーっ……、 カスミ:ワカったワカった……、落ち着いてってば。 タニマチ:……んんー、 ヤナ:多分さ多分さっ。 ヤナ:きっとソノ子の、れ、れ、霊がさァっ……! ヤナ:自分が、死んじゃった事にも気付いてなくてさァっ。 ヤナ:家出して泊まれるトコを探して、夜な夜な彷徨(さまよ)ってるトカなんだって絶対ィーーーーっ。 0:常連客はすっかり怯えた様子。 カスミ:……そのお客さんさぁ、怖い話して、ヤナが怯えてるトコ見たかったんじゃないのぉ。 カスミ:サービスで怯えてあげる事はあるケド、マジなんだもんヤナ。 ヤナ:その手のヒトじゃナイんだってェ……っ。 ヤナ:「自分は信じてナイけど、友達がマジなトーンで言うから」、って! ソレがまた怖いのっ。 カスミ:晴門(せいもん)大学の名が泣くよ。 ヤナ:科学万能は現代人の傲慢なんだって! 説明デキナイ事いっぱいアリマぁーース! タニマチ:過剰スペックよな、ホント……。 タニマチ:就職とか決まってんの? ヤナ:なワケ無いじゃん。文系は就職なんてしないんだヨ? カスミ:語弊ー。 ヤナ:「Shrimpy(シュリンピィ)」あるしっ。イザとなったらオーナーの愛人にでもなるゥ。 カスミ:言ったらキレられるよ絶対。 タニマチ:てか、その話さァ、 ヤナ:何っ? 幽霊っ!? タニマチ:が、ホントにいるかいないかは、この際置いといて、 カスミ:いないから。勘弁してホント……。 タニマチ:アソコは前からずっと心霊スポットとして有名だった訳で。 タニマチ:でも実際、俺ら近所で店入っててさ、「出たー」、とか「見たー」、とかの噂は今まで全然無かったワケでさ、 ヤナ:タマタマかもしんないじゃんっ。ちょっと気ィ向いたし声かけてみるか久々にー、って感じかもしんないじゃん幽霊っ。 カスミ:ナンパぐらいのノリかぁーい。 カスミ:……ていうかぁ……、イイよもうコレ。イイ歳の3人で幽霊トークって。 タニマチ:何時頃よ? その、見たってのは。 ヤナ:…………っ。 0:常連客はスマートフォンの時刻表示に目をやる。 ヤナ:ちょうど……っ、今の、コレぐらいの時間でェっ。 ヤナ:今日もだけど、妙ォ〜な風がヒュぅうゥーーーーーって……。 カスミ:気圧、気圧。 ヤナ:ち、ち、血塗れのパーカーでェ、 ヤナ:今日とかもさァ……っ、この辺りを、あてどなくっ……、 0:言葉を遮り、唐突にドアベルが鳴る。 ヤナ:(ビクリと跳ね)ひィやあっっ!!! 0:冷たくも、生ぬるくもある風が吹き込み、ドアの向こうに、影。 タニマチ:おっ、っと……、 タニマチ:いらっしゃいませェーっ。 カスミ:どーぞぉーー。 0:ぎこちなくドアが開かれ、堅い、伺うような足取りで、一見客の女性が入店。店内全員の眼差しを受ける。 ノゾミ:(常連客を見るや、小声で) ノゾミ:外国の人……っ。 0:目に見えてたじろぎ、緊張つのらせ。 ノゾミ:(意を決し、) ノゾミ:……ぁ、あ……っ、開いてる? タニマチ:(様子を見定めつつ) タニマチ:えーっ、と……、 タニマチ:ご覧の通り、っスけど……、 ノゾミ:あ、ぅ……、 カスミ:お一人かなぁ? ノゾミ:……っ、わ、悪いっ? ノゾミ:1人じゃ入れないの? ココって! タニマチ:や、全然……、 ヤナ:う、わ、ァ…………っ、 0:息を詰め、青ざめる常連客。 0:視線は一見客の、濃紺のベースボールキャップと、淡いオレンジと赤にグラデーション染めされた、スウェットパーカーに注がれていた。 ヤナ:(震え出し)く、く、く、黒、っぽいキャップにィ……、 ヤナ:ち、ち、血塗れのパーカーぁ……、 ヤナ:あ、あ、う、うわァ……っ、 カスミ:ちょっと! 違うからっ。 タニマチ:(小声で)タイダイ染めのパーカーだって。古着とかでもヨクあるヤツじゃんっ。 ヤナ:(かじかむ唇で) ヤナ:ごめんなさい……っ! ノゾミ:……? な、なに……? ヤナ:(半狂乱の様相を来し) ヤナ:勝手にウワサしてごめんなさいィィ…………っ。 ヤナ:わ、私はどうなってもイイからっっ、この2人ダケは助けてっ! マダ若いしィっ! 地獄のトンネルに引き摺り込んで生き血を啜(すす)らないであげてェっ!! カスミ:落ち着いてって! なんかソレもー幽霊とかでもなくなってるし。 カスミ:よく見て、足だってあるデショ。 ヤナ:(聞かず、拝み出し) ヤナ:こんなトコ来ても何にもならナイから成仏してェっ。 ヤナ:南無阿弥陀仏っ、南無妙法蓮華経(なむみょうほうれんげきょう)っ、般若波羅蜜(はんにゃはらみつ)っ…………っ、 カスミ:ヤメなってばっ! ヤナ:あっ、日本人に見えるからって仏教徒って決め付けてごめんなさいっ!!呪わないでェっ!! ノゾミ:何この人……、 ノゾミ:こ、コワい、かもっ……、 0:暗転。 : 0:【間】 タニマチ:【21時47分】。 0:店内には四人。会話は進み、誤解は幾らか解れた様子。 カスミ:ほらぁ、もっとちゃんと謝って。 ヤナ:……ごめんチャイ……。 ノゾミ:い、いえ、あ、いや……、 ノゾミ:いいけど、別に……。 タニマチ:ま……、幽霊じゃナイ、と判ったトコで。 カスミ:当たり前。 タニマチ:(向き直り) タニマチ:あらためまして、いらっしゃいませ。 ノゾミ:……、う、うん。 カスミ:ご来店は初めて? 他のスタッフの日とかも。 ノゾミ:そ、そう……、来た事は無い、かも……。 カスミ:(居住いや風体を観察しつつ) カスミ:ふぅん……。 カスミ:ボクはカスミ。オネェサンは? ノゾミ:あ、え、えっと……、 カスミ:お名前。何て呼べばイイかなぁ。 ノゾミ:あ……、う、えと、 ノゾミ:ノ、ノゾミって言いま、ぁ、う……、 カスミ:(ニィ、と笑み) カスミ:へェー。イイ名前。 ノゾミ:あ、ありがと……。 0:常連客は未だ何となく消沈し、男性店員は一見客を観察している。 ノゾミ:えっと、あの……、ト、トイレを借りても良いで、ぁ、良いかな……。 カスミ:イイよぉ、いくらでも。 カスミ:(指し示し)奥の、横、左ね。 ノゾミ:あ、は、うん……。 カスミ:入り口の横に蛇が居るから、良かったら観てあげてねぇ。 ノゾミ:へ、蛇……っ!? タニマチ:店で飼ってるヤツなんで、大丈夫っス。 カスミ:クフフ。ごゆっくりぃ。 ノゾミ:はい、ぁ、うん……。 0:おずおずと立ち上がり、トイレへと向かう一見客。蛇の透明ケージを気にしつつ。 ヤナ:(ドアが閉まるのを確認してから) ヤナ:……っはァーっ……。怖かったァっー……。 タニマチ:怖いのは向こうの方だろ、どー考えても。 ヤナ:いきなりデカい白髪(しらが)の外人に拝まれたらァ? ヤナ:そーでゴワスなァー……。 カスミ:ていうか誰であっても。 タニマチ:(声のボリュームを抑え) タニマチ:……つーか、さァ。 カスミ:うん。……クフフ。 ヤナ:ん? 何ナニっ? カスミ:絶対コドモだよねェ、あの子。クフフフフフ。 ヤナ:えっ? え、そーなのっ?? タニマチ:多分な。 タニマチ:てかナンでちょい嬉しそうなん。 カスミ:なーんかぁ、久々だしこういうの。 カスミ:頑張ってる感じもカワイソーで可愛いし。 タニマチ:出た、独特の可愛い基準……。 タニマチ:……だいぶ若いってか、下手したら……、 カスミ:中学生くらいじゃないのぉ。 カスミ:……やっぱり幽霊かもね? ヤナ:ひやっ!! ヤメてってェ!! カスミ:ウクク。 タニマチ:んんー。どうしよっかね。 カスミ:後で補導とかされたら、メンドいはメンドいね。 タニマチ:一応、入れて即アウトってワケでも無いけどさ。届け出上は。 ヤナ:ダイジョブじゃァーん? 私 中2からBARとか居酒屋とか行ってたよ。 タニマチ:うひ不良ー。関わらんとこ。 ヤナ:タニーだって10代から組の癖にィ。 タニマチ:や、働くのはまた、さァ。 ヤナ:みんな行ってたってェ。歳とか聞かれたコト無いし。 カスミ:ヤナはそりゃ、ね。その時から今ぐらいあったんデショ。 ヤナ:小6で169あったよっ。バレー部の助っ人とかしてたァ。 タニマチ:本格的にはやんなかったん? ヤナ:ガッツリはシンドかったんだよねェー。困ったら呼んでェ、くらいが丁度イイ。 カスミ:そーゆー人だよね、ヤナって。 タニマチ:(ウォッカ瓶の水滴を拭いつつ) タニマチ:しかし……、酒、飲みたい感じかね。 カスミ:ノゾミちゃん? そーなんじゃナイのぉ。 ヤナ:BARってワカってナイとかァ? タニマチ:この時間だしなァ……。 タニマチ:何か、あからさまに夜遊びしてる感じだったら逆に、 カスミ:色々分かってるだろうから、イイんだけどね。 カスミ:ま……、ちょっと遊んでみよっカナぁ。 0:女性店員は三日月のように笑む。 タニマチ:お客はオモチャじゃアリませんヨ。 カスミ:判ってまぁす。 0:ガチャリと解錠音が鳴り、トイレのドアが恐る恐る開く。一見客がぎこちなく戻ってくる。 カスミ:おかえりぃ。トイレ寒くてごめんねぇ? ノゾミ:あ、いえ、いや、大丈夫……。 0:おずおずと着座。ソワソワと居住い定まらず。 カスミ:(コースターを出しつつ) カスミ:あっ、いっけなぁい。忘れてた。 カスミ:……ノゾミさん、幾つ? ノゾミ:(ビクりと反応し) ノゾミ:えぁっ、…………、 ノゾミ:と、歳……? カスミ:身長じゃナイよ? ウクク。 カスミ:こういうお店ではマズ最初に、お互いの歳を言い合うのがマナーなのに。ごめんねぇ、うっかりしてた。 ノゾミ:(狼狽隠し切れず) ノゾミ:あ、う……、い、や、いい、けど……、 ヤナ:えっ、あるんだそんなん、 タニマチ:(小声で) タニマチ:無い無い。 カスミ:失礼あったらイケナいしぃ。 カスミ:今年で幾つぅ? んー、何歳ぐらいかなぁ? ノゾミ:……っ。 ノゾミ:あ、の、 ノゾミ:えと……、あ……、 ノゾミ:に……、二十、四っ。 ノゾミ:……に、なり、な、った……。 タニマチ:(小声で)ひゅゥー。ぶっ込むゥー。 カスミ:……へぇー。 カスミ:(笑みが深く細くなり) カスミ:じゃ……、1番、お姉さんなんだねぇ、この中で。 0:女性店員は店内を見回す。 ノゾミ:……っ! ノゾミ:う、あっ、その……っ、 カスミ:ボクは21。 カスミ:こっちのモジャモジャは1つ上で22。あ、勝手に言っちゃったぁ。 タニマチ:歳はイイけどモジャモジャはヤメてネ。 ヤナ:「タニマチ」っていう名前のモジャモジャだよォ。 タニマチ:ヤメてネ。 ノゾミ:ふ、ふうん、へぇ……。 カスミ:ノゾミさん若く見えるって言われなぁい? クフフ……。 カスミ:ちなみにヤナは? ヤナ:(大仰な身振りで) ヤナ:オォーーぅ、ジョセェにトシ訊くなんてニポンジンは聞きしにマサるヤバンなピーポゥでェーーースっ。答える訳ナッスィングでぇースっ! ノゾミ:(反応に困り) ノゾミ:……、 タニマチ:おいスベったって。どーしてくれんの。 ヤナ:イイんダヨ。ウケとか狙ってナイんダヨ。 ヤナ:(切り替え)歳はァーっ、イッチバン子供のジューナナ歳でェーっす、きゃぴっっ。 0:エグ味ある裏ピース。 カスミ:こーゆー人ね。歳はタニマチと同じで22。 ヤナ:きゃっ、個人情報漏洩ェー。DH(ディーエイチ)ィー。ダイレクトハッキングぅー。 ノゾミ:み、皆さ、 ノゾミ:み、皆……、大人っぽく見える、かも……。 カスミ:(吹き出し) カスミ:……ふふっ。ウ、クク……。 カスミ:そーかなぁ。ねぇ? タニマチ:どーなんでしょ。 タニマチ:てか。 タニマチ:さてと、よ。 0:男性店員は女性店員に促すような視線を送る。 カスミ:クフ……。はぁい。 カスミ:歳も判ったトコロでぇ。 カスミ:何飲もっかぁ。 ノゾミ:あう、そ、の……、 カスミ:大人のオネエサンに喜んでもらえるようなの、出せるかなぁ。いつもは何飲むの? ノゾミ:いつも、は……、 ノゾミ:えと、その……、 ノゾミ:バっ、バーボン、とか、……、 ノゾミ:あ、そう、バーボンを、 カスミ:へぇーっ。バーボンとか、バーボンを飲むんだぁ。 カスミ:サスガ、大人ぁ。 ノゾミ:う、でも、今日は……、 カスミ:気分変えてみるぅ? すっきりカナディアンで行く? ズシっとスコッチって手もあるし、いっそシングルモルトもあるケドぉ。 ノゾミ:……い、や、えっと、 ノゾミ:……、あ、う……、 タニマチ:(見かねて、小声で) タニマチ:やめとけって。 タニマチ:(ノゾミへと向き直り)お酒気分じゃなきゃ、ソフトドリンク、あ、ジュースもあるんで。紅茶とか珈琲も。 カスミ:(小声で)ちぇ。イイカッコしぃ。 ノゾミ:…………っ。 ノゾミ:ば、馬鹿にしてるみたいだけどっ。 ノゾミ:お酒ぐらい飲んだ事ある、う、ていうか、普通に飲むしっ。 タニマチ:おっ、そうスか……、 カスミ:へぇ。ウククっ。 ノゾミ:今日、は、……その、気分的にっ! ノゾミ:そんなに強くなくて、そんな、変じゃない、味のヤツが飲みたいかも、っていうか……、 タニマチ:ふんふん。飲みやすいカクテル的なの、とかね。 ノゾミ:そっ、そう、そんな感じっ。 ノゾミ:は、話ワカるじゃんっ……。 タニマチ:どもっス。 タニマチ:んじゃ、俺が……、 ヤナ:(唐突に割り込み) ヤナ:えェー、つまんないよゥ。逆にゴリっゴリのキッツいヤツでイッキにブチ上げようよー。 タニマチ:タイミング! タニマチ:ウォッカ・バック飲んどいて、マジで。 ヤナ:飲んでますゥーーっ。 ヤナ:(ゴクっと呷り)っぷはっ。ショウガっ。 カスミ:……クフフ。 カスミ:そっかぁ。今夜の気分を読み取れなくてごめんねぇ? カスミ:じゃ、一杯目はボクがお作りしまぁす。 ノゾミ:あ、う……、 タニマチ:おい、 カスミ:(遮り)ワカってるから。 タニマチ:……っ、 カスミ:お客様の顔見てお酒出すのが、ボクたちのお仕事デショ。 タニマチ:(表情を観察し) タニマチ:……。んじゃ、ヨロシク。 カスミ:クフ。では……、 0:女性店員は作業に入る。棚から、自前のピンクゴールドのシェーカーを取り出し、卓上に置く。 ヤナ:あっ、シェーカー出たァっ! タニマチ:……軽めとのご注文でェす。 カスミ:心得ておりまぁす。 ヤナ:振るのォ? シェーク嫌いって言ってなかったっけ? カスミ:(ニヤと笑み) カスミ:たまには、ねぇ。 ノゾミ:(努めて訳知り風に) ノゾミ:……あーっ、シェーク、シェークねっ。アレね、む、難しいんだよねっ。 ヤナ:アハハハっ、知ってんだァー。 タニマチ:手が覚えるまでは、ね。 タニマチ:炊く前のお米入れて振る練習したり。澄んだ音になったらイケてる、みたいな。 ノゾミ:へえ……。 ヤナ:えっ、ナニその練習法っ。江戸時代の風習?? タニマチ:教わったの、そーいう風に。 タニマチ:無いだろ江戸時代にシェーカー。 ヤナ:(突然、歌舞伎の見栄風に) ヤナ:ア、おォ待たせいィたァしィまァしィたァーっ、 ヤナ:ぁ、『ジぃンライム』にて候(そうろう)ォォオっ!! タニマチ:拍子木(ひょうしぎ)カカンっ、じゃナイのよ。 タニマチ:イイって、やってくれなくて……。 ノゾミ:…………っ、 ヤナ:アハハハハハハハっ。ハーフ美人が全力でカマして来たらドン引きだよねェーーーっ。 ヤナ:こーいう芸風でやらしてもらってまァーーす名前だけでも覚えてってくださァーーいっつって! コレ! タニマチ:調子を取り戻すなや。 0:歓談をよそに、女性店員は作業を進める。シェーカーに幾種類かの液体と、シュガーシロップを投入。軽くステア。 ノゾミ:ミックス、なんです、あ、なんだ……。 ノゾミ:その、えっと、 ヤナ:あっ、完全に外人に見えるっしょ? ヤナ:あのねェー、お父さんがね、国籍は日本なんだけど血は半分イギリスでェ、あ、っていうかだからソッチがハーフで、で、そのお父さんと結婚した人、ってことは私のお母さんにあたる人が純粋なルリタニア人でェ、 タニマチ:相変わらずそーいう説明ヘタよな。 ヤナ:だからァー、えっと、まァ4分の1日本人で残りが外人、ってコトでェ、 タニマチ:イイならイイけどさ……。 タニマチ:イギリスとルリタニアだと人種とかも結構、 ヤナ:ヨソから見てもわかんないってェ。本州と沖縄ぐらいの感じだよ。 タニマチ:ケッコー違うは違うじゃん。 ノゾミ:ルリタニア……、社会科で習ったかも……、 ノゾミ:あっ、む、昔っ。 ヤナ:あァー、ねー。私はちっちゃい時に日本に来たから、殆ど覚えては無いんだけどねェー。 タニマチ:あの、色々ゴタゴタしてた時期よな。 ノゾミ:政権が変わって……、国を出た人、いっぱい居たって、 ヤナ:おー、よく知ってるじゃァーん。撫で擦ってあげよォー。 0:遠慮げなく、手を頭に乗せる。 ノゾミ:え、えと、その、 タニマチ:年上、年上。 ヤナ:あそっかァ。意外にメンドいねコレー。 0:女性店員は氷が沈められたシェーカーにストレーナー、トップと順に部品を嵌め、 カスミ:……さぁて。 0:いざ、振らんとする。 ヤナ:おーっ準備完了! カスミンが振るトコ初めて見るゥっ。 タニマチ:珍しいよ、マジで。 0:シェーキング開始。小刻みで鋭い氷の音。 0:コンパクトかつ適格で無駄の無いフォーム。 ノゾミ:(感嘆を隠せず) ノゾミ:ふわ……っ。 ヤナ:カッコイーっ、惚れるゥーっ! タニマチ:得意なのにやんないんよな。 タニマチ:てか何作ってんだろ……。 0:カシン、とシェーク終了。 カスミ:……指冷えるからキライなの。 カスミ:もーちょっとで出来まぁす。 カスミ:(ニヤ、と笑む) ノゾミ:(ゴクリと唾を飲み) ノゾミ:な、何かな……、た、楽しみ、かも……。 0:シェーカーの内容液がタンブラーに注がれ、新たに氷が沈められる。 タニマチ:キツかったら作り直すんで、大丈夫っス。 0:グラスに先程のジンジャーエールを注ぎ、軽くステア。 0:バースプーンをスルリと引き上げ、仕上げに、卓上で根を水に浸けるフレッシュミントを一節、摘む。 ヤナ:カスミン手際綺麗ーーっ。 ヤナ:で、ミント浮かべるんだっ。本格的ィ。 カスミ:手抜けないよねぇ、初のご来店だし。 0:葉を軽く手で叩き組織を壊し、香りを立たせ。 0:泡立つグラスに浮かべ、完成。 カスミ:(サーブしつつ) カスミ:お待たせいたしましたぁ。 カスミ:『サラトガ・クーラー』でぇす。 ノゾミ:……っ! 0:如何にもカクテル然とした一杯に慄くも、平静を装う一見客。 ノゾミ:あ、あーーっ。コレね……、 ノゾミ:の、飲んだことある、かも……。 カスミ:(ほくそ笑み) カスミ:へぇ……? カスミ:上手く出来てると、イイんだけどな。 タニマチ:(安堵し) タニマチ:……ナルホド。 ヤナ:ん?? 『サラトガ』ってさァ、確かノンアル、 カスミ:(遮り)ヤナ、しぃーっ。 カスミ:……ソコまでキツくしなかったから。 カスミ:どうぞ、召し上がれ。 ノゾミ:……っ。う、ん。 ノゾミ:ありが、とう……。 0:金色の泡弾けるグラスを見詰め、一見客は緊張を募らせる。 タニマチ:……グビっとイっても大丈夫っスよ、多分。 ノゾミ:きょ、今日は、ゆっくり飲みたい気分かもだから……っ。 カスミ:ショウガが効いてるのは確かだから、ソコはお気をつけて。 ノゾミ:(装うのを忘れ、正直な言葉) ノゾミ:あ、辛いジンジャーエール好きなので……。 カスミ:(面白げに) カスミ:……へぇ? ノゾミ:あっ、好きだからっ。 ノゾミ:……い、いただ、く、よっ……。 カスミ:ウクク。はぁい。 0:一見客はグラスを掴み、意を決する。 ヤナ:(遮り)あっっ!! ちょっと待っタイの煮付け定食ゥ! ヤナ:乾杯しないのォーーーっ!?? ノゾミ:え……? カスミ:ウククっ。しよっかぁ。 カスミ:ノゾミさぁん、大人の乾杯の仕方オシエテ? ノゾミ:ひえっ!? あ、う……、 タニマチ:普通でイイ普通でイイ。 タニマチ:俺、作るわ。 ヤナ:えェっ、コールかけよっかァーー!? 一応出来るよ私っ。ドドスコ系の王道のヤツっ。 タニマチ:(手早く作業しつつ) タニマチ:イイっスー。勤め先のノリ持ち込まナイでほしいっスー。 ヤナ:「Shrimpy(シュリンピィ)」じゃやんないよソンナの。 ヤナ:前フロア中ブチ上げちゃってメチャメチャ怒られたんだから。「店の雰囲気ブチ壊すコトだけはすンじゃネぇボケぇ」、って。 カスミ:目に浮かぶぅ。 ヤナ:「自分っ、面白かったら何でもエエと思っとりますんで……!」って言ったらキレられたァ。 タニマチ:出たての芸人か。 タニマチ:……おしっ、出来た。あい、あい。 0:女性店員にもグラスが渡り、全員の手にドリンクがある状態。 カスミ:クフ。じゃぁ……、僭越ながら、音頭を取らせて頂きまぁす。 カスミ:1番年下のぉ、このボクが。 ノゾミ:……っ。 カスミ:ウクク。こほん。 カスミ:……今日の、風変わりなお客様と、いつもの面々の変わらない日々を祝して。 カスミ:ソレから……、 カスミ:今もドコかを彷徨っているかもしれない、不幸な家出少女の安寧と冥福を祈って。 ヤナ:口上にコワいの入れないでェっ。 ノゾミ:……、……。 0:酒坏を掲げ、交わす。 カスミ:かんぱぁーい。 タニマチ:かんぱーーい! ノゾミ:か、かん、ぱいっ……。 ヤナ:かァーーんぱァーーーいっ!!! 0:グラスの触れ合う、高く澄んだ音。 ヤナ:ヒュぅう〜~~っ、ドドーンっ! パッ……、ドンっ……っ、パッ……っ、 カスミ:何ソレ。 ヤナ:花火花火ィっ。乾杯の後には定石じゃァーんっ。 タニマチ:知らない世界のヤツだわソレ……。 タニマチ:(向き直り)あ、どうぞ気にせず飲んで。 ノゾミ:あ、は、う、うん……っ。 0:あらためて意を決し、グイっと含む。口に広がる、ショウガと炭酸の刺激。 ノゾミ:(ゴクリと飲み下し) ノゾミ:…………、おいし……。 0:ほう、と息を吐く。その言葉に装いは無く。 カスミ:クフ、フ。 カスミ:良かったぁ。キツくないカナ。 ノゾミ:だ、大丈夫っ。 ノゾミ:やっぱりお酒はイイかも、 ノゾミ:ス、ストレス解消にもなるし……、 タニマチ:(吹き出す) タニマチ:ぷ、ふっ……。 タニマチ:でも、間違ってはないな。 ヤナ:チゲぇねェ、チゲぇねェっ。 ヤナ:ウチに来るお客さんもさァーーっ。ストレス溜めまくりだよ。溜めまくりラクリマクリスティだよ。 タニマチ:ラクリマクリスティって何だっけ? ヤナ:無教養ボーイめェー。往年のヴィジュアル系バンド四天王の一組じゃァん。 タニマチ:知らん知らん。 タニマチ:てか、座ったら、二人とも。 ノゾミ:あ……、 0:いつの間にか全員、起立している事に気付く。 カスミ:クフ。立食パーティーみたいになってるし。 ヤナ:はァーい、座る座るゥー。たまに地獄みたいにギコギコ鳴る椅子に座るゥーっ。 タニマチ:古いんよな、単純に。 カスミ:……さぁて。 0:客の二人は着座。女性店員はあらためて、一見客に向き合う。 カスミ:それで? 幽霊のオネエサンはいったい、どんなストレスを解消したくて、ウチみたいな店に来てくれたのかなぁ。 ノゾミ:……っ。……、 タニマチ:(小声で) タニマチ:お……、ちゃんとやる気か? ヤナ:(同じく小声で) ヤナ:接客モードだァ。 ノゾミ:ゆ、幽霊……。さっき、言ってた……、 カスミ:そぉそぉ。10年ぐらい前に、事故で死んじゃったの。 カスミ:家出して、捜索願いも出てたらしくて。 ノゾミ:そ、捜索願い……、 ノゾミ:ふ、ふうん……。 ヤナ:紛らわしいカッコしてるんだもんーーーっ。 タニマチ:蒸し返すなって。 タニマチ:(ノゾミに向け)だいぶ派手な柄のパーカーよな、個人的には好き系だけど。 カスミ:ズイブン若いご趣味だこと。ウクク。 ノゾミ:こ、これ、は、弟の……、 ノゾミ:あっ、いや、その、今日はそんな気分だったかも、っていうか、あう……、 ヤナ:似合ってる似合ってるゥ。ボーイッシュな感じ。 ノゾミ:……あ、どうも……、ありがと。 ノゾミ:あの、お姉さんも……、その、す、素敵だよっ。 0:精一杯の、どこか縋るようでもある笑み。 ヤナ:きゃっ! かァーーわァーーーイイぃーーーっ。 ヤナ:あっ、笑顔がねっ。年下だけど特別にハグして撫で撫でしてもイイかなァー? ノゾミ:う、え、あ……、い、いいかもだけど……っ、 ヤナ:イヤだったらスグ言ってね、やめるからァ。 ノゾミ:あ、う、はい……っ、 ヤナ:じゃ、いただきまァーーーすっ! ノゾミ:あうっ!? ふ、あ……、 0:大胆に密着し、抱きしめる。頭や顔を優しく撫で、擦る。 ヤナ:よォーしよしよし、撫で撫でェーっ、摺り摺りィーっ。 ノゾミ:うあ、あ……、柔らか……、イイ匂い……っ、 ヤナ:(聞き慣れぬ声色になり) ヤナ:ふふ……、受け入れが早いねェ……。じゃ、もうスコシ……、 ノゾミ:ぅ、ぁ、 ノゾミ:あ……? カスミ:その辺にして頂けますかぁ。 カスミ:当店お触りは原則NGでぇす。 タニマチ:タダでさえなのに、いかがわしいの重ねるのはダメでェす。 ヤナ:ちぇっちぇっちぇー。黒服のスタッフの人来たァー。 カスミ:お時間でぇす。30分コースですのでぇー。 ヤナ:オアズケだねェ。ちゅっ。 ノゾミ:ひゃっ!?? 0:頬に、特に手加減の無いキス。 ノゾミ:(赤面し) ノゾミ:あ、う……っ、 タニマチ:ちょぉっ、パーソナルスペース! ヤナ:密着してんだもォん。 ヤナ:あ、でもゴメンね、イヤだったァ? ノゾミ:(呆け)…………あったかかった……。 ヤナ:アハハぁ。私体温高いんだよねェーっ。ヤミツキになるでしょ、イツでもどーぞォ? ヤナ:ほォら。 ヤナ:(ガバ、っと腕を広げ) ノゾミ:(思わず凝視しつつ) ノゾミ:あう……、えっと……、 カスミ:(遮り)ホイッスルぴぃーーーっ。イエローカード2枚目でぇーす。 ヤナ:ええーーっ。 カスミ:どう思われますかぁ、主審。 タニマチ:うーーん、コレはねェーーっ。重大な業務妨害ですネ、恐らく客を自分の店に横取りしようという、 ヤナ:タニーが主審かァーーいっ。んなコトしなくてもヤナちゃんサマのカラダを求めてやってくる母性の亡者ドモはイッパイ居るんだよォーつって! ヤナ:そのモジャモジャむしり取ってやるゥっ!! カスミ:ぴぃーーーーっ。コレはレッドカードっ。 タニマチ:主審への侮辱と暴力っ。即刻退場、退場ですっ。 カスミ:最悪の反則「モジャモジャいじり」ですっ。 ヤナ:抗議の大乱闘じゃァーーーっ。 ヤナ:ヒィーーーハァーーーーっ!!! タニマチ:ちょおっ!? マジで髪はヤメろやっ、 0:(以下、暫し自由にふざけ合いのアドリブ) 0:突然の狂乱に呆ける一見客。 ノゾミ:(喧騒に被さる独り言) ノゾミ:……これが、夜のお店……。 0:喧騒フェードアウトし、暗転。 : 0:【間】 タニマチ:【22時21分】。 0:ひとしきりじゃれ合い、ひとまず場は平静。何とは無しに全員、自前のグラスを傾け一服。 0:(4人分の飲み下す音) タニマチ:……ふぅーっ。水分ウマっ。 カスミ:(些か赤面し) カスミ:……ヤナ、脇腹触るのだけはマジでヤメてね……。 ヤナ:アハハぁ、りょォかーい。 ノゾミ:(独り言) ノゾミ:……なんかスゴい、かも……。 ヤナ:さっさァ、私はとりま気が済んだからァ、さっきの続きイってくれてイイよォー。 カスミ:……言われなくても。 ヤナ:邪魔しませェん。 タニマチ:マジでな。 カスミ:……ふぅ。 カスミ:ごめんねぇ? 初めて来たのが、よりによってこんな日で。 ノゾミ:い、いや……、えと、べ、別に、かも……。 ヤナ:出禁だけは勘弁でゴザルーぅっ! カスミ:だったら大人しく飲んでてもらえるかなぁ。 ヤナ:きゃっ。カスミン怖ぁーい。 ヤナ:タニー、無言でひたすらあっちむいてホイしよォー。 タニマチ:ホントにソレでイイならイイけどよ……。 0:女性店員は、本腰を入れて話し出す。 カスミ:……近くなの? 別に、言わなくてもイイけど。 ノゾミ:えと……、そんなに近くじゃ、ない、かも、ていうか、 カスミ:帰れる感じ? ウチはまだ開いてるけど、割とイイ時間だから。 0:一見客の目が僅か浮き。暫し黙考。 ノゾミ:…………。 ノゾミ:うん。大、丈夫。 カスミ:……そ。 カスミ:大丈夫、なのね。 ノゾミ:(首肯し) ノゾミ:……ん。 カスミ:何か、話したい事がある? カスミ:聞いてほしい事、とか。 ノゾミ:……聞いて、ほしい、事。 カスミ:こういうお店に来る人ってね。何種類かに分けられるんだって。 カスミ:ボクも、先輩に聞いただけなんだケド。 0:一見客は、興味ありげに顔を上げる。 カスミ:家とか地元とか、元居た場所が嫌になったり、苦しくなったりして、逃げ出したヒト。 カスミ:1つの場所にずっと居るのが嫌いだったり、退屈だったりして、ずっと流れ続けているヒト。 カスミ:それから。 カスミ:誰にも言えない罪や秘密を抱えて、それを、打ち明けられる場所を探しているヒト。 0:案外と熱中し始めていた男性店員は、女性店員の言葉に反応する。 タニマチ:それ……、誰から、 カスミ:あ……、そっか。 カスミ:また話すから。今は。 タニマチ:(一瞬思考し) タニマチ:……、おう。 カスミ:(向き直り) カスミ:ノゾミさんは、どれかなぁ。勿論、どれでもないヒトも来るケド。 ノゾミ:……、私、は……、 カスミ:それにこの3つは、時として同じだし、人には全部があるんだけど。 カスミ:今、自分をどう思うか、かな。 0:一見客は沈思し、内省を試みる。 ノゾミ:…………。 ノゾミ:えと、あ、の。 ノゾミ:き、聞いてほしい、事は、その……、 カスミ:うん。 ノゾミ:わ、私の事じゃなくって。 ノゾミ:友達……、友達の、話なんだけど……、 カスミ:(揶揄ではない笑み) カスミ:……なるほど。 カスミ:「お友達」から相談を受けてて、まるで自分の事みたいに、一緒に悩んであげてるんだぁ。 ノゾミ:そ、そうっ、そんな感じっ。 ノゾミ:……その、だから、その友達は……、 ノゾミ:さっきの、3つの中だったら、 カスミ:うん。 ノゾミ:……えと、1つ目、かも。 カスミ:元の場所が嫌で、逃げ出したヒト? ノゾミ:うん。……そう、きっと。 カスミ:そのお友達は、何が嫌だったのかな。一つじゃ無いかもしれないけど。 ノゾミ:…………、色々、あるんだけど。ぁ、あるって、聞いたんだけど、 カスミ:うん。 ノゾミ:……1番は、お母(かあ)、ぁ、えと、母親と、その……、 カスミ:上手く行ってなくて? ノゾミ:うん……、そう、かも。 ノゾミ:ていうか、元々……、離婚、して、お父さんが出てってからは、その、ずっとそんな感じ、だったんだけど……、 カスミ:へぇ……。 カスミ:でも、逃げ出したくなったのは最近? ノゾミ:あ、う、ん……、て、いうか、 カスミ:何か、キッカケがあったのかな。 ノゾミ:…………。 ノゾミ:多分……、多分だけど、 ノゾミ:…………弟が、……、死んで……、 ノゾミ:あ、亡くなったん、だって。 カスミ:……、へえ。 ノゾミ:それで……、えと、それから、ちょっとして、 ノゾミ:お母さんが……、変になっていって、っていうか……、 カスミ:どんな風に? ノゾミ:……、ちょっと、上手く言えないんです、ぁ、だけど……、 カスミ:いいよ。 ノゾミ:なん、か……、段々、こ、子供、みたいになっていって、って言うか……、んと、 ノゾミ:変な言い方になっちゃうけど、 カスミ:大丈夫、わかるから。 0:無言あっち向いてホイに早々と飽きた常連客および男性店員も、静かに対話を見守っている。 カスミ:お母さんは凄くショックだったのかな? 弟さんの事で。 ノゾミ:…………。 ノゾミ:うん。それは、そう。 ノゾミ:だから、ちょっとぐらい変、なのは、当たり前だと思うけど……、 ノゾミ:……思う、って、言ってた。 カスミ:……偉ぁい。 ノゾミ:思わなきゃ……、しんどいだけだし、って。 カスミ:へぇ……、自分の事がよく見えてるね、その子。 ノゾミ:……、どう、かな。 カスミ:飲まなきゃやってらんない、って感じだぁ。 カスミ:オトナなら、ね? ノゾミ:あ、う……、 ノゾミ:そ、そんな感じ、かも……、 カスミ:クフフ。 カスミ:ノゾミさんも飲んでねぇ、喋ってたら喉乾くよね。 カスミ:ホントに、軽ぅく作ってあるから。 0:にぃ、と悪戯な、弓張り月の笑み。 ノゾミ:う、うん……。 ノゾミ:ホントに、飲みやすくて美味しい……。 0:小さな喉を鳴らし、コクリと飲み下す。 ノゾミ:はぁ……っ。 ヤナ:(様子を盗み見つつ、小声で) ヤナ:くうゥ可愛いですねェ……っ。持ち帰って飼いたいですねェ……っ。 タニマチ:(小声で) タニマチ:出禁になるヨ。 0:女性店員も、己のグラスをスマートに傾ける。 カスミ:……ふぅん。弟さんが亡くなったショックで、お母さんは不安定になって。 カスミ:亡くなってから、どのぐらい? ノゾミ:去年の……、今より、ちょっと前、ぐらい。 カスミ:1年ちょいか。 カスミ:……何歳で? ノゾミ:小6。……十、二歳。 ノゾミ:…………スケボーの、練習中、だったの。 カスミ:やってたんだ。 ノゾミ:うん……。2年生から。 ノゾミ:大会、とか、選抜とか、って。 ノゾミ:将来は、……オリンピックとかも、もしかしたら、かも、とか、 カスミ:夢じゃない、と。 カスミ:期待、されてたんだぁ。 カスミ:お母さんも? ノゾミ:うん……。すっごく。 ノゾミ:弟の事、「私の小さな王子様」、とかって……、 カスミ:……ふぅん。 ノゾミ:……ちょっと、気持ち悪い。 ノゾミ:あ、って、友達が言ってて、その、 カスミ:アナタも、そう思う? ノゾミ:…………、うん。 ノゾミ:いつもじゃないけど、たまに、っていうか、えと、 カスミ:ねぇ? そーいうのキモいよねぇ? ゲロゲロだよねェー。 ノゾミ:……ん、うん。ちょっと、そう、かも……。 カスミ:……なるほど。ちょっとずつ見えて来た。 カスミ:割りかし好きな感じカモだねぇー。 ノゾミ:すき……? カスミ:ううん、こっちの話ぃ。 カスミ:弟さん、練習中に亡くなったのは、事故? ノゾミ:…………、うん。そう。 ノゾミ:……ホントは、スケボーって、道路ではやっちゃ駄目で、 ヤナ:(割り込み)そーなんだっ?? ヤナ:あ、混ざりまァすやっぱしっ。 カスミ:ご静粛にね。 ヤナ:きゃっ。 ノゾミ:だから……、 ノゾミ:弟は、スケートパーク、その、練習出来るトコに、滑りに行ってたん、だけど。 タニマチ:安全なトコね。路面とか再現してある、 ノゾミ:そう……。 ノゾミ:学校終わってからとか、休みとか、お母さんが、車で送って行って。 ノゾミ:結構……、遅くまで。 カスミ:ふぅん……。 カスミ:やりたくて、やってたのかな、スケボー。 ノゾミ:多分……。 ノゾミ:楽しそう、だったし。 ノゾミ:……でも、 カスミ:うん。 ノゾミ:お母さんは、もっと、楽しそうだった。 カスミ:……へぇ。 ノゾミ:弟は、その、結構、凄くて。 ノゾミ:大人でも出来ないような技とか、いっぱい……。 ヤナ:スーパー小学生だァっ! ノゾミ:中学生までの大会とかでも、優秀賞、とか。 ノゾミ:お母さんも、「凄いねえ」、「凄いですねえ」、って、色んな人に。 タニマチ:あーー。そーいう感じね……。 カスミ:見るよね。天才コドモの、敏腕マネージャーママ。 ノゾミ:……スゴいのは、弟で。 ノゾミ:お母さんじゃナイのに、って、 カスミ:思ってたんだ。お友達は。 ノゾミ:…………う、ん。 ノゾミ:家とかも……、弟のスケボーの物ばっかり、っていうか。 ノゾミ:トロフィーとか、賞状とか。 ノゾミ:壁に、いっぱい、スケートのボード……。 カスミ:……うわぁ。 ヤナ:家はヤダなァーーーっ、ソレっ。暮らしにくそーじゃんねっ。 ノゾミ:…………多分。そう、かも。 0:誰のグラスとなく、カラン、と氷。 カスミ:……そっか。 カスミ:事故は、じゃあ、スケートパークで? ノゾミ:…………、 ノゾミ:ううん。違う、の。 ヤナ:えっ、じゃあ……、 ヤナ:あっ、うゥ、ってかハァイっ!!! 0:万事をぶった斬り、高らかに挙手。全員の視線が集まる。 ヤナ:お話の最中にタイヘンもーしわけナイのですがっっ!! カスミ:(冷えた眼を送り) カスミ:なんでしょーか? ユキサカさん。 ヤナ:あのォ〜〜、ワタクシちょォっと、尿意ちゃん限界でデスねェーっ。てか多分来た時から行きたかったんだけど忘れててェーーっ。 カスミ:行ってくれば。 ヤナ:でもでもノゾミーヌの話フツーに気になリーヌだからァっ。トイレ帰って来るまでちょォーっと各自、休憩しててもらってオッケイですかァーー? オッケイですねェーーーっ?? カスミ:は?? ヤナ:(答えを聞かず) ヤナ:ほいじゃっ、行ってきマスコミュニケィショーーーンっ!!! 0:常連客は瞬く間に駆け去り、トイレの戸が勢い良く閉められ。 0:小気味良い施錠音。 0:残され、呆ける3名。 カスミ:え? え……? マジで? タニマチ:……アンリさんと双璧をなす無敵っぷりだな……。 ノゾミ:ノゾミーヌ……。 0:しかして嘘吐きな幽霊の表情には僅か、柔らかな揺らぎ。 0:暗転。 : 0:ヤナにスポット。 ヤナ:(驚き)うきゃっ予告っ!? イマ取り込み中なんですけどォっ! ヤナ:あっ、後編に続くらしいでェーす私もマッハで済ましてスグに戻りまーすっ。 ヤナ:後編では3言しか喋りませェーん。 ヤナ:嘘でェーす。つって! つってコレつって! 0:お好きなお飲み物等をご用意ください。 0:【休憩】