台本概要
180 views
タイトル | 刃の行先 |
---|---|
作者名 | Oroるん (@Oro90644720) |
ジャンル | 時代劇 |
演者人数 | 2人用台本(女2) |
時間 | 30 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
町道場に通う本当の姉妹のように仲の良い二人。 しかし運命は、二人を残酷な結末へと導く。 ・時代考証甘めです。 180 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
椿 | 女 | 217 | つばき |
琴 | 女 | 191 | こと |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
0:河川敷
琴:・・・お久しぶりです、姉様(ねえさま)
椿:ええ・・・思ったより元気そうね、琴ちゃん。
琴:姉様も、お変わりないようで。
椿:・・・
琴:そういえば、祝言(しゅうげん)が決まったとか。おめでとうございます。
椿:ありがとう。誰から聞いたのかしら?
琴:・・・風の噂です。
椿:そう・・・
琴:ここ、覚えていますか?
椿:ええ。稽古の帰り、よくここで涼んだわね。
琴:はい。それから、下衆(げす)な男達に絡まれたりもしました。
椿:そうそう。「女のくせに竹刀や防具を担いで、生意気だ」とか言ってね。
琴:私は怖かったんですよ。でもいつも、姉様が私を守って下さいました。
椿:・・・
琴:あの頃からずっと、姉様は私にとって憧れの存在だったんです。
椿:琴ちゃん・・・
琴:でもそれも、昔の話・・・
0:琴、刀を抜く。
琴:ここで・・・死んで頂きます。
椿:・・・
0:三年前 町道場
0:防具を身に付け、竹刀を手に対峙する二人
琴:(竹刀を振りかぶり)やあああああ!
椿:はっ!(琴の攻撃をかいくぐり、胴を打つ)
琴:きゃっ!
椿:こらっ、そのはしたない声は何?
琴:す、すみません、姉様。
椿:さあ、もう一本!
琴:うぅ・・・(竹刀を構え直し)いやあああ!
椿:甘い!(小手を打つ)
琴:ぎゃっ!(竹刀を落とす)
椿:竹刀を落とすな!死んでも離しては駄目よ!
琴:死んでもって・・・そんな無茶な。
椿:口答えしない!
琴:ひぃっ!
椿:もう一本!
琴:(小声)いつもはお優しいのに、竹刀を握った途端、人格変わるんだから・・・
椿:何か言った?
琴:な、何でもありません!参ります!
椿:来なさい!
琴:いやあああ!
0:時間経過 防具を外し、座っている二人
椿:大丈夫?
琴:アイタタタ・・・
椿:ごめんなさい、ちょっと強く打ち過ぎたかしら?
琴:姉様の打ち込み、強烈なんですもの。
椿:手加減したのだけれど・・・
琴:あれで!?
椿:ほら、こっちにきて。
琴:はい。
椿:(打ち身の箇所に濡らした手拭いを当てる)
琴:ひゃっ!冷た・・・
椿:我慢して。ちゃんと冷やさなければ、良くならないわ。
琴:はあい。
椿:・・・何を見ているんですか?
琴:えっ?
琴:『他の門人が、私たちを見ていた。「女の」門人である私たちを』
琴:『この道場では、身分・性別を問わず門戸(もんこ)を開いていた。それでも、女の門人は少ない』
琴:『彼らから向けられる視線は、冷ややかで、侮蔑(ぶべつ)の意思が込められているように思えた』
椿:言いたいことがあるなら、はっきり申されれば宜しいでしょう。
琴:『姉様の言葉を聞いて、男達はひそひそ話をしながら離れていった』
椿:全く、武家の男子ともあろう者が、女々しい事です。
琴:きっと姉様の事を妬んで(ねたんで)いるのですよ。
椿:私を?どうして?
琴:誰も姉様に勝てないからです!門人の中で一番強いのは姉様だわ!
椿:まさか・・・私が殿方よりも強いと?
琴:はい!
椿:買い被り過ぎよ。私たち、殿方とはまともに稽古をしたことは無いでしょう?
琴:それはそうですが、竹刀を交えれば姉様が勝つに決まっています!
椿:ふふ、ありがとう琴ちゃん。お世辞でも嬉しいわ。
琴:お世辞じゃありません!本心です!
椿:分かった分かった。でも、琴ちゃんだって強いじゃない?
琴:え?
椿:今はまだ私の方が上だけど、そのうち追い抜かれると思うわ。
琴:本当ですか!?
椿:ええ。あと一年もすればきっと。
琴:一年・・・
椿:どうしたの?
琴:・・・姉様、帰りに家(うち)に寄っていかれない?美味しいお饅頭(まんじゅう)を頂いたの。一緒に食べましょう。
椿:それは良いけれど。
琴:お話したい事もあるし・・・
椿:そうなの?分かったわ。
0:琴の屋敷
琴:ね?言った通りでしょう?
椿:(饅頭を食べながら)本当、美味しいお饅頭ねえ。
琴:そうでしょう?私すごく気に入ってしまって、もう五つも頂いたのよ!
椿:五つ・・・いくら何でも食べ過ぎよ。
琴:だって、本当に美味しいんですもの。
椿:なるほど、そういう事か・・・
琴:?
椿:最近、琴ちゃんのお腹周りが「ふくよか」になってきたのは・・・
琴:えっ!?嘘っ!
椿:・・・
琴:ね、姉様?
椿:・・・(吹き出す)
琴:えっ?
椿:(笑いながら)冗談よ、冗談。琴ちゃんはいつも可愛いわ。
琴:もう!姉様ったら!
椿:ゴメンゴメン。
琴:(頬を膨らませる)
椿:いつまでも拗ね(すね)ないで。お願い。
琴:分かりましたよ。ところで・・・
椿:何?
琴:お兄上のお加減はいかがですか?
椿:ああ・・・まあ何とか、ね。
琴:本当に災難でしたわ。普請(ふしん)のお手伝いをなさっている時に、山崩れに巻き込まれるなんて・・・
椿:そうね・・・でも、命を拾えただけ、運が良かったわ。
琴:本当に。でもご出仕(しゅっし)も叶わないのでしょう?大変ですね。
椿:まあでも、今のところ禄(ろく)もそのままだし、大丈夫よ。
琴:それは良かったです。ご回復されるのを祈っておりますわ。
椿:ありがとう。
琴:そういえばお聞きになりました?また辻斬りがあったそうですよ。
椿:・・・そうらしいわね。
琴:今年に入ってからもう四人目ですよね?怖いわ。
椿:そうね。琴ちゃんも気をつけるのよ。
琴:これは何かの陰謀では無いかとの噂もあるそうですよ。
椿:陰謀?
琴:ええ。亡くなられた方々は、皆、藩政改革を訴えられていたそうです。だから、藩が暗殺者を使って・・・
椿:馬鹿馬鹿しい!
琴:ね、姉様?
椿:・・・ごめんなさい、大きな声を出してしまって。でも琴ちゃん、滅多な事を言うものでは無いわ。
椿:誰かに聞かれたらどうするの?
琴:・・・はあ。
椿:・・・そういえば、話があったんじゃないの?
琴:あ・・・そうでした。私ったら、つい。
椿:・・・
琴:実は、祝言が・・・決まりました。
椿:え?
琴:・・・
椿:おめでとう!それってお婿さんを迎えるって事でしょう!?
琴:ええ・・・
椿:良かったじゃない!琴ちゃんの家は男子がいなかったから、ずっと婿の成り手を探しておられたものねえ。
琴:・・・
椿:どうしたの?嬉しくないの?ひょっとして、お相手が不満だとか?
琴:違います!お相手は家柄も良く、悪い評判の無い方です。お会いしたことはありませんが・・・
椿:・・・
琴:武家の娘に生まれた以上、いつかこの日が来ることは分かっていました。とっくに覚悟は出来ています。ただ・・・
椿:ただ?
琴:母上が・・・祝言も決まったのだから、もう道場には行くなと・・・
椿:そう・・・
琴:姉様に、あまり会えなくなります。
椿:それは・・・そうね。
琴:せっかく腕前も上がってきて、姉様にも褒めて頂けるようになったのに。
椿:仕方ないわ。お家(いえ)の為ですもの・・・
琴:姉様は、私が道場に行かなくなったら、寂しいですか?
椿:当たり前じゃない!
琴:・・・本当ですか?
椿:本当よ(琴の手を取る)
琴:姉様・・・
椿:琴ちゃんが居ないなら、私も道場、辞めようかしら・・・
琴:そんな!
椿:あなたに会えないのなら、道場に通う意味ないもの・・・
琴:・・・ありがとうございます。その言葉だけで、琴は救われました(椿の手を握り返す)
椿:琴ちゃん・・・幸せになるのよ。
琴:はい・・・姉様。
0:椿の屋敷
0:病床の兄の傍らに座っている
椿:それは誠ですか、兄上!?
椿:・・・そんな、どうして。
椿:よりにもよって、次の相手が・・・
椿:こんなの、あまりに残酷過ぎる!
椿:・・・だって、どうすることもできないじゃないですか!
椿:・・・すみません、兄上に怒っても仕方ないですよね。
椿:・・・謝らないで下さい。全ては、お家(いえ)の為です。
椿:全て・・・椿にお任せ下さい。
0:数日後 琴の屋敷
琴:(あくびをする)退屈だわ。
琴:本当なら、今日も道場に行っているはずなのに。
琴:・・・姉様、会いたいなあ。いま何をしていらっしゃるのかしら?
琴:本当に、道場辞めちゃったのかなあ?
琴:・・・
琴:だあーー!もう我慢できない!
0:竹刀を取り出す。
琴:ちょっと素振りするくらいなら、良いわよね?
0:中庭に出て、竹刀を構える
琴:(素振りしながら)えいっ!・・・やあっ!・・・とおっ!
琴:・・・気持ちいい!
琴:(素振りしながら)はあっ!・・・せいっ!・・・あっ!
琴:は、母上!ち、違うんです!これは・・・その・・・
琴:・・・母上?どうされたのですか?顔色が悪いですよ?
琴:・・・・・・え?
0:町中
椿:『その日は雨だった・・・』
琴:(走っている息遣い)
椿:『荒天(こうてん)にも関わらず、往来(おうらい)には人だかりができていた』
琴:(走っている息遣い)
椿:『そんな野次馬を、岡っ引き(おかっぴき)が怒鳴りながら追い払おうとしていた。だが、誰も言う事を聞こうとはしない』
琴:(走っている息遣い)っ!
椿:『町奉行所の役人が検分(けんぶん)を行っているようだった。雨が、広がった血溜まり(ちだまり)を洗い流そうとしていた』
琴:父上!
椿:『彼女は、役人の静止も聞かず、遺体にかけられていた筵(むしろ)を取り払った』
琴:っ!
椿:『彼女が目にしたのは、変わり果てた父親の姿だった』
琴:そんな・・・どうして・・・父上!!
椿:『彼女は遺体に覆い被さり泣き崩れる。』
椿:『そんな親友の姿を、私は見ていた』
椿:『彼女は野次馬に紛れている私に気付かない。そして私も、悲しみに暮れる親友に、声を掛けることはない』
椿:『彼女が顔を上げた。私は咄嗟に傘で顔を隠した。そして、痛む足を引きずりながら、群衆に背を向け歩き出す』
椿:(琴ちゃん・・・ごめんなさい)
琴:・・・?
琴:(野次馬の中に、姉様の姿があった、様な気がした)
0:数日後 椿の屋敷
椿:『それは夕食(ゆうげ)の支度をしていた時だった』
椿:っ?・・・誰かいるの?
椿:『勝手口の向こうで人の気配を感じた』
椿:・・・琴ちゃん?
琴:・・・姉様。
椿:琴ちゃん!心配してたのよ!
0:勝手口を開けようとするが・・・
琴:開けないで!
椿:っ!
琴:いま、姉様のお顔を見たら、耐えられなくなりそうだから。
椿:・・・
琴:お家が、断絶する事が決まりました・・・
椿:え!?だって、婿取りも決まっていたんでしょう?
琴:その話は、破談になりました・・・
椿:そんな!
琴:酷いですよね?父上が無惨にも斬殺されたって言うのに、こんな仕打ち・・・
椿:・・・これから、どうするの?
琴:とりあえずは、遠縁の親戚を頼ります。他藩(たはん)ですが・・・
琴:母上は、落ち着いたら出家(しゅっけ)するって言ってます。私は・・・どうしようかな・・・
椿:私にできる事があったら、何でも言ってね?
琴:ありがとうございます。でも、大丈夫。きっと、何とかなります。
椿:琴ちゃん・・・
琴:姉様。
椿:なに?
琴:どうして、こんな事になっちゃったのかなあ。
椿:・・・
琴:道場を辞めて、姉様に会えなくなることを寂しがっていたのが、まだ数日前だなんて・・・何年も前の事のような気がします。
椿:うん・・・
琴:もう、今生(こんじょう)のお別れですね。
椿:琴ちゃん、そんな事言わないで・・・
琴:私、憎いです。父上を斬った人が、憎い。憎くて、憎くて、たまらないです。
椿:・・・
琴:もし目の前に現れたら・・・この手で殺してやりたい!
椿:っ!
琴:父上の、仇(かたき)を・・・討ちたい・・・
椿:・・・そうよね・・・そう、よね。
琴:・・・ごめんなさい。最後に姉様のお声が聞けて良かったです。
椿:琴ちゃん、待って!
琴:さようなら・・・大好きな姉様・・・
椿:っ!
椿:『私は勝手口の取手に手をかけた。でも、開ける事は出来なかった』
椿:『彼女の足音が、だんだん小さくなっていくのを、ただ聞いていただけだった』
椿:『それが正しかったのかどうかは、今でも分からない』
0:月日は流れ・・・
椿:『兄は、結局回復する事なく、およそ二年後に亡くなった』
椿:『私は一時的に親戚の所で世話になったが、程なくして縁談が決まった』
椿:『祝言の準備やらで慌ただしく過ごしていた折、一通の文(ふみ)が届いた』
椿:『風の噂で、彼女が世話になっていた遠縁の所から姿を消したことは聞いていた』
椿:『その彼女から、「会いたい」と文が届いたのだ』
椿:『私の心には、喜びも安堵(あんど)もなかった』
椿:『なぜ今、私に会いに現れたのか・・・』
椿:『答えは分かっていた』
椿:『私は杖を手に、二人の思い出の河原に向かった』
0:河原
琴:ここで・・・死んで頂きます。
椿:・・・その刀、どうしたの?
琴:・・・いま聞くことがそれですか?
椿:・・・そうね、ごめんなさい。
椿:本気で、私を斬るつもり?
琴:はい。
椿:なぜ?
琴:「なぜ」?・・・決まっているじゃないですか。
椿:・・・
琴:姉様が、父上の仇だからですよ。
椿:・・・誰がそんな事を?
琴:誰でも良いでしょう?大事なのは、それが「真実」か「否(いな)」か、それだけです。
琴:お答え下さい。
琴:姉様は、父上を殺したのですか?
椿:「違う」・・・と言った所で、あなたは納得できるの?
琴:つまり、「真実」だと言うことですね。
椿:・・・
琴:・・・
椿:そうよ。
琴:っ!・・・何故ですか?
椿:それももう、知っているんじゃないの?
琴:答えろ!!
椿:っ!
琴:・・・
椿:・・・私の家は代々「お納戸役(おなんどやく)」を拝命してきた家系。でも、それとは別に、もう一つのお役目があるの。
琴:刺客・・・
椿:ええ。藩政を妨げる不穏分子を、密かに狩る事。それが、私たち一族が代々受け継いだお役目。
琴:あの頃、辻斬りで亡くなっていたのも・・・
椿:一人は兄上がやった。他は分からない。私たち以外にも刺客はいるから。
琴:父上は、藩主様に何度か藩政の御改革を訴えられていました。だから、暗殺の命が下ったのですか?
椿:私たちには、理由までは教えてもらえないの。
琴:・・・
椿:本来、行くのは兄上のはずだった。ところが、兄上は前の任務で深手を負い、お役目を果たせなくなってしまった。
琴:山崩れに巻き込まれたのでは無かったのですね。
椿:ええ。
琴:それで姉様が・・・
椿:私も幼い頃から人殺しの技を叩き込まれてきたけど、実際にお役目に就くのは初めてだった。
椿:というより、一族でお役目に就いた初めての女子(おなご)となった。
椿:まさか、刺客として初任務の相手が、琴ちゃんのお父上だなんてね。運命は残酷だわ。
琴:・・・
椿:・・・見事な御最期(ごさいご)だったわ。
琴:え?
椿:見事な腕前だった。だから、この傷も・・・
琴:『そう言って姉様は着物の裾(すそ)をめくった。すねに、刀傷らしき痕があった』
椿:刺客の技はね、暗闇に紛れて背後から一刺し(ひとさし)するのが定石(じょうせき)なの。
椿:でも私はあの日、お父上の正面に立ったわ。
琴:・・・?
椿:貴方のお父上ですもの、後ろから刺すなんて真似、出来なかった。
椿:これで私が斬られても、もうしょうがないと思っていたのよ。結局、生き残ってしまったけど。
琴:何ですかそれ・・・
椿:・・・
琴:私の父上だから、卑怯な真似はせず、せめて正々堂々斬り合ったと!?
琴:それを聞けば、私が満足するとでもお思いですか!?
椿:そんな事思っていないわ。ただ、武士としての尊厳だけは守って差し上げようと・・・
琴:だったら斬らなければ良かったじゃない!!
椿:っ!
琴:武士の尊厳なんかどうでも良い!私は、父上に生きていて欲しかったの!どうして、助けてくれなかったの!?
椿:・・・
琴:お役目だろうが何だろうが、姉様になら辞めることができたはず!
琴:私なら、姉様の為なら、どんな事だってしたのに・・・
椿:・・・
琴:・・・姉様、前に言ってくれましたよね。「私にできる事があったら何でも言って」って・・・
椿:ええ・・・
琴:じゃあ死んで下さい。私に、仇を討たせて下さい。
椿:それは・・・
琴:ふふ・・・どうせ、出来ないんでしょ?
琴:その杖、仕込みですよね?私が仇討ちに来た事を知って、迎え撃つつもりだった・・・でしょ?
椿:・・・
琴:じゃあ、さっさと抜きなさいよ!アンタの大好きな、「正々堂々」斬り合ってあげるからさあ!!
椿:・・・(仕込み杖を抜き、刀身を顕(あらわ)にする)
琴:言っておくけど、昔の私とは違いますよ。(上段に構える)
椿:琴ちゃん、辞めるなら今よ?
琴:愚問!(斬りかかる)
椿:くっ!(避ける)
琴:うまく避けましたね。
椿:(今の太刀筋、人を殺せる剣だ。もしや、人を斬ったことがあるの?)
琴:てやああっ!(横なぎに切り払う)
椿:うっ!(後ろに飛んで避ける)
琴:ふぅっ!ふぅっ!
椿:(あの刀、銘(めい)は分からないけど、鈍(なまくら)じゃない。脆い(もろい)仕込み杖じゃ受け太刀(うけだち)できない!)
琴:そこっ!(突きを放つ)
椿:ふっ!(受け流す)「突き」なんて、稽古じゃ一度もやらなかったのに。
琴:言ったでしょう、昔とは違うって!(更に突きを放つ)
椿:(突きを捌きながら)くっ!・・・はあっ!(斬りあげる)
琴:うっ!
椿:あっ・・・
椿:『私の剣が、彼女の頬をかすめた。白い頬に、紅い一本の線が書き込まれた』
琴:・・・そうやって、私も斬るんですか?
椿:琴ちゃん・・・
琴:やあああ!(斬りつける)
椿:があっ!(肩を斬られる)
琴:痛いですか、姉様?でも・・・父上の痛みは、こんなものじゃないんだ!
0:二人は斬り合う。
椿:くっ・・・やあっ!
琴:ふっ!・・・せやあっ!
椿:『いつしか、私の「ためらい」は消え去っていた。自分の命を守るために、本気で剣を振るっていた』
琴:『怒りが、憎しみが、私の体を突き動かしていた。』
椿:『私の中を、殺意が満たしていくのが分かる。かつて、本当の妹のように可愛がった相手に・・・』
琴:『かつて、心の底から敬愛した相手に、私は殺意を向けている』
椿:『一体なぜ・・・』
琴:『こんなことになってしまったのだろう・・・』
椿:うっ!
琴:っ!
椿:『私の足に突如痛みが走った。彼女の父に斬られたところだ』
椿:『死してなお、娘を助けようとしているのか・・・』
琴:終わりだ!
椿:『彼女が構える。この一撃はかわせないと思った』
琴:死ねえっ!!
椿:琴ちゃん!
琴:っ!
椿:『彼女が一瞬怯んだのを見て、私の体は勝手に動いていた』
琴:ごふっ!(吐血)
椿:『彼女の腹部に、私の仕込み杖が突き刺さっていた』
琴:あ・・・あ・・・(倒れる)
椿:琴ちゃん!(琴を抱き抱える)
琴:・・・負けた、か。
椿:琴ちゃん・・・
琴:やっぱり・・・姉様は・・・強いなあ・・・
椿:勝っていたわ。最後、貴方が躊躇い(ためらい)さえしなければ、斬られていたのは私。
琴:そっか・・・少しは・・・強くなれてましたか?
椿:ええ・・・言ったでしょ、琴ちゃんは私よりも強くなれるって。
琴:でも・・・最後まで・・・勝てませんでした・・・
椿:・・・
琴:・・・良かった。
椿:え?
琴:姉様を斬らなくて・・・本当に良かった・・・
椿:っ!
琴:父上の仇を討てなかったのに・・・姉様が生きているのが嬉しい・・・
琴:とんだ親不孝娘だなあ、私・・・
椿:そんな事ない・・・そんな事ないよ!
琴:でもね・・・姉様を許す事も、やっぱり出来ないんです
琴:だから・・・私の最後のお願い、聞いてください。
椿:なに?
0:琴は、椿の頬に手を添えた。
琴:私を斬った事を・・・一生後悔し続けて下さい。
椿:っ!!
琴:・・・さようなら、大好きな姉様・・・
0:頬に添えられた手は、やがてゆっくりと、地に堕ちた
椿:・・・
0:椿はふらつきながら立ち上がる
椿:・・・なぜ
椿:・・・なぜ斬らせてやらなかった?
椿:・・・なぜ仇を討たせてやらなかった?
椿:なんて浅ましい・・・そんなに己が大事か!
0:その場に膝をつく
椿:私は弱い・・・
琴:『一番強いのは姉様だわ!』
椿:誰よりも弱い・・・
椿:弱くて、愚かで、醜い・・・
椿:・・・はっ!
琴:『その時、彼女を取り囲む一団があった。皆、手に武具を携えて(たずさえて)いた』
椿:・・・そうか、貴様らが、この子に私の正体を教えたのか。
0:椿は立ち上がる
椿:そして、私を殺す様、けしかけたのだな?親を殺された恨みを利用して・・・
椿:あわよくば、自分たちの手を汚さず、私を葬り去ろうと・・・
椿:藩の暗部(あんぶ)を知る私が、邪魔になったか・・・
椿:卑劣な・・・
琴:『彼女は剣を手に取った。私の剣を・・・』
椿:(横たわる琴に目をやり)琴ちゃん、ごめんなさい。
椿:貴方の願い、叶えられそうもない。
椿:すぐに貴方の後を負うことになりそうだわ。
椿:もっとも、私が行くのは地獄でしょうけど・・・
琴:『男達は武器を構える』
椿:(取り囲む男達に視線をもどす)だが、簡単にはやらせんぞ・・・
椿:この子を刺客に仕立て上げたこと、断じて許さぬ!
椿:一人でも多く、道連れにしてくれるわ!!
琴:『彼女は剣を手に、走り出す』
椿:いやあああああああ!!!・・・
0:それは、いつかの話
0:二人は草原を駆けていた
琴:姉様、姉様ったら、お待ちになって下さい!
椿:うふふ、早くいらっしゃいな。
琴:もう、姉様の意地悪!待ってって言ってるじゃないですか!
椿:馬鹿ね、ちゃんと待っているわよ。
0:風が二人を包み込む
椿:いつまでも、ね。
0:完
0:河川敷
琴:・・・お久しぶりです、姉様(ねえさま)
椿:ええ・・・思ったより元気そうね、琴ちゃん。
琴:姉様も、お変わりないようで。
椿:・・・
琴:そういえば、祝言(しゅうげん)が決まったとか。おめでとうございます。
椿:ありがとう。誰から聞いたのかしら?
琴:・・・風の噂です。
椿:そう・・・
琴:ここ、覚えていますか?
椿:ええ。稽古の帰り、よくここで涼んだわね。
琴:はい。それから、下衆(げす)な男達に絡まれたりもしました。
椿:そうそう。「女のくせに竹刀や防具を担いで、生意気だ」とか言ってね。
琴:私は怖かったんですよ。でもいつも、姉様が私を守って下さいました。
椿:・・・
琴:あの頃からずっと、姉様は私にとって憧れの存在だったんです。
椿:琴ちゃん・・・
琴:でもそれも、昔の話・・・
0:琴、刀を抜く。
琴:ここで・・・死んで頂きます。
椿:・・・
0:三年前 町道場
0:防具を身に付け、竹刀を手に対峙する二人
琴:(竹刀を振りかぶり)やあああああ!
椿:はっ!(琴の攻撃をかいくぐり、胴を打つ)
琴:きゃっ!
椿:こらっ、そのはしたない声は何?
琴:す、すみません、姉様。
椿:さあ、もう一本!
琴:うぅ・・・(竹刀を構え直し)いやあああ!
椿:甘い!(小手を打つ)
琴:ぎゃっ!(竹刀を落とす)
椿:竹刀を落とすな!死んでも離しては駄目よ!
琴:死んでもって・・・そんな無茶な。
椿:口答えしない!
琴:ひぃっ!
椿:もう一本!
琴:(小声)いつもはお優しいのに、竹刀を握った途端、人格変わるんだから・・・
椿:何か言った?
琴:な、何でもありません!参ります!
椿:来なさい!
琴:いやあああ!
0:時間経過 防具を外し、座っている二人
椿:大丈夫?
琴:アイタタタ・・・
椿:ごめんなさい、ちょっと強く打ち過ぎたかしら?
琴:姉様の打ち込み、強烈なんですもの。
椿:手加減したのだけれど・・・
琴:あれで!?
椿:ほら、こっちにきて。
琴:はい。
椿:(打ち身の箇所に濡らした手拭いを当てる)
琴:ひゃっ!冷た・・・
椿:我慢して。ちゃんと冷やさなければ、良くならないわ。
琴:はあい。
椿:・・・何を見ているんですか?
琴:えっ?
琴:『他の門人が、私たちを見ていた。「女の」門人である私たちを』
琴:『この道場では、身分・性別を問わず門戸(もんこ)を開いていた。それでも、女の門人は少ない』
琴:『彼らから向けられる視線は、冷ややかで、侮蔑(ぶべつ)の意思が込められているように思えた』
椿:言いたいことがあるなら、はっきり申されれば宜しいでしょう。
琴:『姉様の言葉を聞いて、男達はひそひそ話をしながら離れていった』
椿:全く、武家の男子ともあろう者が、女々しい事です。
琴:きっと姉様の事を妬んで(ねたんで)いるのですよ。
椿:私を?どうして?
琴:誰も姉様に勝てないからです!門人の中で一番強いのは姉様だわ!
椿:まさか・・・私が殿方よりも強いと?
琴:はい!
椿:買い被り過ぎよ。私たち、殿方とはまともに稽古をしたことは無いでしょう?
琴:それはそうですが、竹刀を交えれば姉様が勝つに決まっています!
椿:ふふ、ありがとう琴ちゃん。お世辞でも嬉しいわ。
琴:お世辞じゃありません!本心です!
椿:分かった分かった。でも、琴ちゃんだって強いじゃない?
琴:え?
椿:今はまだ私の方が上だけど、そのうち追い抜かれると思うわ。
琴:本当ですか!?
椿:ええ。あと一年もすればきっと。
琴:一年・・・
椿:どうしたの?
琴:・・・姉様、帰りに家(うち)に寄っていかれない?美味しいお饅頭(まんじゅう)を頂いたの。一緒に食べましょう。
椿:それは良いけれど。
琴:お話したい事もあるし・・・
椿:そうなの?分かったわ。
0:琴の屋敷
琴:ね?言った通りでしょう?
椿:(饅頭を食べながら)本当、美味しいお饅頭ねえ。
琴:そうでしょう?私すごく気に入ってしまって、もう五つも頂いたのよ!
椿:五つ・・・いくら何でも食べ過ぎよ。
琴:だって、本当に美味しいんですもの。
椿:なるほど、そういう事か・・・
琴:?
椿:最近、琴ちゃんのお腹周りが「ふくよか」になってきたのは・・・
琴:えっ!?嘘っ!
椿:・・・
琴:ね、姉様?
椿:・・・(吹き出す)
琴:えっ?
椿:(笑いながら)冗談よ、冗談。琴ちゃんはいつも可愛いわ。
琴:もう!姉様ったら!
椿:ゴメンゴメン。
琴:(頬を膨らませる)
椿:いつまでも拗ね(すね)ないで。お願い。
琴:分かりましたよ。ところで・・・
椿:何?
琴:お兄上のお加減はいかがですか?
椿:ああ・・・まあ何とか、ね。
琴:本当に災難でしたわ。普請(ふしん)のお手伝いをなさっている時に、山崩れに巻き込まれるなんて・・・
椿:そうね・・・でも、命を拾えただけ、運が良かったわ。
琴:本当に。でもご出仕(しゅっし)も叶わないのでしょう?大変ですね。
椿:まあでも、今のところ禄(ろく)もそのままだし、大丈夫よ。
琴:それは良かったです。ご回復されるのを祈っておりますわ。
椿:ありがとう。
琴:そういえばお聞きになりました?また辻斬りがあったそうですよ。
椿:・・・そうらしいわね。
琴:今年に入ってからもう四人目ですよね?怖いわ。
椿:そうね。琴ちゃんも気をつけるのよ。
琴:これは何かの陰謀では無いかとの噂もあるそうですよ。
椿:陰謀?
琴:ええ。亡くなられた方々は、皆、藩政改革を訴えられていたそうです。だから、藩が暗殺者を使って・・・
椿:馬鹿馬鹿しい!
琴:ね、姉様?
椿:・・・ごめんなさい、大きな声を出してしまって。でも琴ちゃん、滅多な事を言うものでは無いわ。
椿:誰かに聞かれたらどうするの?
琴:・・・はあ。
椿:・・・そういえば、話があったんじゃないの?
琴:あ・・・そうでした。私ったら、つい。
椿:・・・
琴:実は、祝言が・・・決まりました。
椿:え?
琴:・・・
椿:おめでとう!それってお婿さんを迎えるって事でしょう!?
琴:ええ・・・
椿:良かったじゃない!琴ちゃんの家は男子がいなかったから、ずっと婿の成り手を探しておられたものねえ。
琴:・・・
椿:どうしたの?嬉しくないの?ひょっとして、お相手が不満だとか?
琴:違います!お相手は家柄も良く、悪い評判の無い方です。お会いしたことはありませんが・・・
椿:・・・
琴:武家の娘に生まれた以上、いつかこの日が来ることは分かっていました。とっくに覚悟は出来ています。ただ・・・
椿:ただ?
琴:母上が・・・祝言も決まったのだから、もう道場には行くなと・・・
椿:そう・・・
琴:姉様に、あまり会えなくなります。
椿:それは・・・そうね。
琴:せっかく腕前も上がってきて、姉様にも褒めて頂けるようになったのに。
椿:仕方ないわ。お家(いえ)の為ですもの・・・
琴:姉様は、私が道場に行かなくなったら、寂しいですか?
椿:当たり前じゃない!
琴:・・・本当ですか?
椿:本当よ(琴の手を取る)
琴:姉様・・・
椿:琴ちゃんが居ないなら、私も道場、辞めようかしら・・・
琴:そんな!
椿:あなたに会えないのなら、道場に通う意味ないもの・・・
琴:・・・ありがとうございます。その言葉だけで、琴は救われました(椿の手を握り返す)
椿:琴ちゃん・・・幸せになるのよ。
琴:はい・・・姉様。
0:椿の屋敷
0:病床の兄の傍らに座っている
椿:それは誠ですか、兄上!?
椿:・・・そんな、どうして。
椿:よりにもよって、次の相手が・・・
椿:こんなの、あまりに残酷過ぎる!
椿:・・・だって、どうすることもできないじゃないですか!
椿:・・・すみません、兄上に怒っても仕方ないですよね。
椿:・・・謝らないで下さい。全ては、お家(いえ)の為です。
椿:全て・・・椿にお任せ下さい。
0:数日後 琴の屋敷
琴:(あくびをする)退屈だわ。
琴:本当なら、今日も道場に行っているはずなのに。
琴:・・・姉様、会いたいなあ。いま何をしていらっしゃるのかしら?
琴:本当に、道場辞めちゃったのかなあ?
琴:・・・
琴:だあーー!もう我慢できない!
0:竹刀を取り出す。
琴:ちょっと素振りするくらいなら、良いわよね?
0:中庭に出て、竹刀を構える
琴:(素振りしながら)えいっ!・・・やあっ!・・・とおっ!
琴:・・・気持ちいい!
琴:(素振りしながら)はあっ!・・・せいっ!・・・あっ!
琴:は、母上!ち、違うんです!これは・・・その・・・
琴:・・・母上?どうされたのですか?顔色が悪いですよ?
琴:・・・・・・え?
0:町中
椿:『その日は雨だった・・・』
琴:(走っている息遣い)
椿:『荒天(こうてん)にも関わらず、往来(おうらい)には人だかりができていた』
琴:(走っている息遣い)
椿:『そんな野次馬を、岡っ引き(おかっぴき)が怒鳴りながら追い払おうとしていた。だが、誰も言う事を聞こうとはしない』
琴:(走っている息遣い)っ!
椿:『町奉行所の役人が検分(けんぶん)を行っているようだった。雨が、広がった血溜まり(ちだまり)を洗い流そうとしていた』
琴:父上!
椿:『彼女は、役人の静止も聞かず、遺体にかけられていた筵(むしろ)を取り払った』
琴:っ!
椿:『彼女が目にしたのは、変わり果てた父親の姿だった』
琴:そんな・・・どうして・・・父上!!
椿:『彼女は遺体に覆い被さり泣き崩れる。』
椿:『そんな親友の姿を、私は見ていた』
椿:『彼女は野次馬に紛れている私に気付かない。そして私も、悲しみに暮れる親友に、声を掛けることはない』
椿:『彼女が顔を上げた。私は咄嗟に傘で顔を隠した。そして、痛む足を引きずりながら、群衆に背を向け歩き出す』
椿:(琴ちゃん・・・ごめんなさい)
琴:・・・?
琴:(野次馬の中に、姉様の姿があった、様な気がした)
0:数日後 椿の屋敷
椿:『それは夕食(ゆうげ)の支度をしていた時だった』
椿:っ?・・・誰かいるの?
椿:『勝手口の向こうで人の気配を感じた』
椿:・・・琴ちゃん?
琴:・・・姉様。
椿:琴ちゃん!心配してたのよ!
0:勝手口を開けようとするが・・・
琴:開けないで!
椿:っ!
琴:いま、姉様のお顔を見たら、耐えられなくなりそうだから。
椿:・・・
琴:お家が、断絶する事が決まりました・・・
椿:え!?だって、婿取りも決まっていたんでしょう?
琴:その話は、破談になりました・・・
椿:そんな!
琴:酷いですよね?父上が無惨にも斬殺されたって言うのに、こんな仕打ち・・・
椿:・・・これから、どうするの?
琴:とりあえずは、遠縁の親戚を頼ります。他藩(たはん)ですが・・・
琴:母上は、落ち着いたら出家(しゅっけ)するって言ってます。私は・・・どうしようかな・・・
椿:私にできる事があったら、何でも言ってね?
琴:ありがとうございます。でも、大丈夫。きっと、何とかなります。
椿:琴ちゃん・・・
琴:姉様。
椿:なに?
琴:どうして、こんな事になっちゃったのかなあ。
椿:・・・
琴:道場を辞めて、姉様に会えなくなることを寂しがっていたのが、まだ数日前だなんて・・・何年も前の事のような気がします。
椿:うん・・・
琴:もう、今生(こんじょう)のお別れですね。
椿:琴ちゃん、そんな事言わないで・・・
琴:私、憎いです。父上を斬った人が、憎い。憎くて、憎くて、たまらないです。
椿:・・・
琴:もし目の前に現れたら・・・この手で殺してやりたい!
椿:っ!
琴:父上の、仇(かたき)を・・・討ちたい・・・
椿:・・・そうよね・・・そう、よね。
琴:・・・ごめんなさい。最後に姉様のお声が聞けて良かったです。
椿:琴ちゃん、待って!
琴:さようなら・・・大好きな姉様・・・
椿:っ!
椿:『私は勝手口の取手に手をかけた。でも、開ける事は出来なかった』
椿:『彼女の足音が、だんだん小さくなっていくのを、ただ聞いていただけだった』
椿:『それが正しかったのかどうかは、今でも分からない』
0:月日は流れ・・・
椿:『兄は、結局回復する事なく、およそ二年後に亡くなった』
椿:『私は一時的に親戚の所で世話になったが、程なくして縁談が決まった』
椿:『祝言の準備やらで慌ただしく過ごしていた折、一通の文(ふみ)が届いた』
椿:『風の噂で、彼女が世話になっていた遠縁の所から姿を消したことは聞いていた』
椿:『その彼女から、「会いたい」と文が届いたのだ』
椿:『私の心には、喜びも安堵(あんど)もなかった』
椿:『なぜ今、私に会いに現れたのか・・・』
椿:『答えは分かっていた』
椿:『私は杖を手に、二人の思い出の河原に向かった』
0:河原
琴:ここで・・・死んで頂きます。
椿:・・・その刀、どうしたの?
琴:・・・いま聞くことがそれですか?
椿:・・・そうね、ごめんなさい。
椿:本気で、私を斬るつもり?
琴:はい。
椿:なぜ?
琴:「なぜ」?・・・決まっているじゃないですか。
椿:・・・
琴:姉様が、父上の仇だからですよ。
椿:・・・誰がそんな事を?
琴:誰でも良いでしょう?大事なのは、それが「真実」か「否(いな)」か、それだけです。
琴:お答え下さい。
琴:姉様は、父上を殺したのですか?
椿:「違う」・・・と言った所で、あなたは納得できるの?
琴:つまり、「真実」だと言うことですね。
椿:・・・
琴:・・・
椿:そうよ。
琴:っ!・・・何故ですか?
椿:それももう、知っているんじゃないの?
琴:答えろ!!
椿:っ!
琴:・・・
椿:・・・私の家は代々「お納戸役(おなんどやく)」を拝命してきた家系。でも、それとは別に、もう一つのお役目があるの。
琴:刺客・・・
椿:ええ。藩政を妨げる不穏分子を、密かに狩る事。それが、私たち一族が代々受け継いだお役目。
琴:あの頃、辻斬りで亡くなっていたのも・・・
椿:一人は兄上がやった。他は分からない。私たち以外にも刺客はいるから。
琴:父上は、藩主様に何度か藩政の御改革を訴えられていました。だから、暗殺の命が下ったのですか?
椿:私たちには、理由までは教えてもらえないの。
琴:・・・
椿:本来、行くのは兄上のはずだった。ところが、兄上は前の任務で深手を負い、お役目を果たせなくなってしまった。
琴:山崩れに巻き込まれたのでは無かったのですね。
椿:ええ。
琴:それで姉様が・・・
椿:私も幼い頃から人殺しの技を叩き込まれてきたけど、実際にお役目に就くのは初めてだった。
椿:というより、一族でお役目に就いた初めての女子(おなご)となった。
椿:まさか、刺客として初任務の相手が、琴ちゃんのお父上だなんてね。運命は残酷だわ。
琴:・・・
椿:・・・見事な御最期(ごさいご)だったわ。
琴:え?
椿:見事な腕前だった。だから、この傷も・・・
琴:『そう言って姉様は着物の裾(すそ)をめくった。すねに、刀傷らしき痕があった』
椿:刺客の技はね、暗闇に紛れて背後から一刺し(ひとさし)するのが定石(じょうせき)なの。
椿:でも私はあの日、お父上の正面に立ったわ。
琴:・・・?
椿:貴方のお父上ですもの、後ろから刺すなんて真似、出来なかった。
椿:これで私が斬られても、もうしょうがないと思っていたのよ。結局、生き残ってしまったけど。
琴:何ですかそれ・・・
椿:・・・
琴:私の父上だから、卑怯な真似はせず、せめて正々堂々斬り合ったと!?
琴:それを聞けば、私が満足するとでもお思いですか!?
椿:そんな事思っていないわ。ただ、武士としての尊厳だけは守って差し上げようと・・・
琴:だったら斬らなければ良かったじゃない!!
椿:っ!
琴:武士の尊厳なんかどうでも良い!私は、父上に生きていて欲しかったの!どうして、助けてくれなかったの!?
椿:・・・
琴:お役目だろうが何だろうが、姉様になら辞めることができたはず!
琴:私なら、姉様の為なら、どんな事だってしたのに・・・
椿:・・・
琴:・・・姉様、前に言ってくれましたよね。「私にできる事があったら何でも言って」って・・・
椿:ええ・・・
琴:じゃあ死んで下さい。私に、仇を討たせて下さい。
椿:それは・・・
琴:ふふ・・・どうせ、出来ないんでしょ?
琴:その杖、仕込みですよね?私が仇討ちに来た事を知って、迎え撃つつもりだった・・・でしょ?
椿:・・・
琴:じゃあ、さっさと抜きなさいよ!アンタの大好きな、「正々堂々」斬り合ってあげるからさあ!!
椿:・・・(仕込み杖を抜き、刀身を顕(あらわ)にする)
琴:言っておくけど、昔の私とは違いますよ。(上段に構える)
椿:琴ちゃん、辞めるなら今よ?
琴:愚問!(斬りかかる)
椿:くっ!(避ける)
琴:うまく避けましたね。
椿:(今の太刀筋、人を殺せる剣だ。もしや、人を斬ったことがあるの?)
琴:てやああっ!(横なぎに切り払う)
椿:うっ!(後ろに飛んで避ける)
琴:ふぅっ!ふぅっ!
椿:(あの刀、銘(めい)は分からないけど、鈍(なまくら)じゃない。脆い(もろい)仕込み杖じゃ受け太刀(うけだち)できない!)
琴:そこっ!(突きを放つ)
椿:ふっ!(受け流す)「突き」なんて、稽古じゃ一度もやらなかったのに。
琴:言ったでしょう、昔とは違うって!(更に突きを放つ)
椿:(突きを捌きながら)くっ!・・・はあっ!(斬りあげる)
琴:うっ!
椿:あっ・・・
椿:『私の剣が、彼女の頬をかすめた。白い頬に、紅い一本の線が書き込まれた』
琴:・・・そうやって、私も斬るんですか?
椿:琴ちゃん・・・
琴:やあああ!(斬りつける)
椿:があっ!(肩を斬られる)
琴:痛いですか、姉様?でも・・・父上の痛みは、こんなものじゃないんだ!
0:二人は斬り合う。
椿:くっ・・・やあっ!
琴:ふっ!・・・せやあっ!
椿:『いつしか、私の「ためらい」は消え去っていた。自分の命を守るために、本気で剣を振るっていた』
琴:『怒りが、憎しみが、私の体を突き動かしていた。』
椿:『私の中を、殺意が満たしていくのが分かる。かつて、本当の妹のように可愛がった相手に・・・』
琴:『かつて、心の底から敬愛した相手に、私は殺意を向けている』
椿:『一体なぜ・・・』
琴:『こんなことになってしまったのだろう・・・』
椿:うっ!
琴:っ!
椿:『私の足に突如痛みが走った。彼女の父に斬られたところだ』
椿:『死してなお、娘を助けようとしているのか・・・』
琴:終わりだ!
椿:『彼女が構える。この一撃はかわせないと思った』
琴:死ねえっ!!
椿:琴ちゃん!
琴:っ!
椿:『彼女が一瞬怯んだのを見て、私の体は勝手に動いていた』
琴:ごふっ!(吐血)
椿:『彼女の腹部に、私の仕込み杖が突き刺さっていた』
琴:あ・・・あ・・・(倒れる)
椿:琴ちゃん!(琴を抱き抱える)
琴:・・・負けた、か。
椿:琴ちゃん・・・
琴:やっぱり・・・姉様は・・・強いなあ・・・
椿:勝っていたわ。最後、貴方が躊躇い(ためらい)さえしなければ、斬られていたのは私。
琴:そっか・・・少しは・・・強くなれてましたか?
椿:ええ・・・言ったでしょ、琴ちゃんは私よりも強くなれるって。
琴:でも・・・最後まで・・・勝てませんでした・・・
椿:・・・
琴:・・・良かった。
椿:え?
琴:姉様を斬らなくて・・・本当に良かった・・・
椿:っ!
琴:父上の仇を討てなかったのに・・・姉様が生きているのが嬉しい・・・
琴:とんだ親不孝娘だなあ、私・・・
椿:そんな事ない・・・そんな事ないよ!
琴:でもね・・・姉様を許す事も、やっぱり出来ないんです
琴:だから・・・私の最後のお願い、聞いてください。
椿:なに?
0:琴は、椿の頬に手を添えた。
琴:私を斬った事を・・・一生後悔し続けて下さい。
椿:っ!!
琴:・・・さようなら、大好きな姉様・・・
0:頬に添えられた手は、やがてゆっくりと、地に堕ちた
椿:・・・
0:椿はふらつきながら立ち上がる
椿:・・・なぜ
椿:・・・なぜ斬らせてやらなかった?
椿:・・・なぜ仇を討たせてやらなかった?
椿:なんて浅ましい・・・そんなに己が大事か!
0:その場に膝をつく
椿:私は弱い・・・
琴:『一番強いのは姉様だわ!』
椿:誰よりも弱い・・・
椿:弱くて、愚かで、醜い・・・
椿:・・・はっ!
琴:『その時、彼女を取り囲む一団があった。皆、手に武具を携えて(たずさえて)いた』
椿:・・・そうか、貴様らが、この子に私の正体を教えたのか。
0:椿は立ち上がる
椿:そして、私を殺す様、けしかけたのだな?親を殺された恨みを利用して・・・
椿:あわよくば、自分たちの手を汚さず、私を葬り去ろうと・・・
椿:藩の暗部(あんぶ)を知る私が、邪魔になったか・・・
椿:卑劣な・・・
琴:『彼女は剣を手に取った。私の剣を・・・』
椿:(横たわる琴に目をやり)琴ちゃん、ごめんなさい。
椿:貴方の願い、叶えられそうもない。
椿:すぐに貴方の後を負うことになりそうだわ。
椿:もっとも、私が行くのは地獄でしょうけど・・・
琴:『男達は武器を構える』
椿:(取り囲む男達に視線をもどす)だが、簡単にはやらせんぞ・・・
椿:この子を刺客に仕立て上げたこと、断じて許さぬ!
椿:一人でも多く、道連れにしてくれるわ!!
琴:『彼女は剣を手に、走り出す』
椿:いやあああああああ!!!・・・
0:それは、いつかの話
0:二人は草原を駆けていた
琴:姉様、姉様ったら、お待ちになって下さい!
椿:うふふ、早くいらっしゃいな。
琴:もう、姉様の意地悪!待ってって言ってるじゃないですか!
椿:馬鹿ね、ちゃんと待っているわよ。
0:風が二人を包み込む
椿:いつまでも、ね。
0:完