台本概要
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タイトル | 空と青 |
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作者名 | きいろ* (@kiiro83) |
ジャンル | その他 |
演者人数 | 4人用台本(男1、女1、不問2) |
時間 | 60 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
地平線まで青い空が続く道路の脇の、小さなバス停で出会った少年と青年。 バスの行き先は「どこでもない場所」 そこへ行けるのは「誰でもないやつ」だけ。 「どこでもない場所」で自分が「誰か」を見つけることができるかな? ※少年と青年の台詞が多いので、その他すべて兼ね役がいいと思います。 303 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
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少年 | 不問 | 103 | 左目の上に大きな腫瘍があり、右目に眼帯をしている少年。 眼帯をする目、逆じゃない? 口が悪いひねくれ者。根は良い子。 ※男の子ですが女性でも演じやすいと思います! |
青年 | 不問 | 83 | 少年と出会ってからずっと涙を流し続けている青年。 本人は泣いている自覚無し。 ほんわかのんびり系男子。 ※男性ですが女性でも演じやすいと思います! |
運転手 | 男 | 16 | 「どこでもない場所」行きのバスの運転手。 ※ギャング、工場員、医者と兼ね役 |
少年の母 | 女 | 4 | 辛い裏切りから闇落ちしてしまったお母さん。 少年にとっては大好きなお母さんだった。 ※パン屋、サーカス員、子どもと兼ね役 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
少年(M):衝動的に抜けだした。行く当てなんてなかったし、この先どうなるかなんて考えてなかった。
少年(M):ただずっと見ていた青い空に、吸い込まれるように駆けだしていた。
少年(M):街から離れ、なるべく人が居ない方へ、なるべく何もない方へ。
少年(M):いつの間にか、広く長く伸びる道路の脇の、小さなバス停の前で立ち止まっていた。
少年(M):不思議なくらい、周りに建物は何一つなく、通る車も自転車もない。
少年(M):ただ一人、二十歳くらいの男がバス停の前に立っていた。
少年(M):大きく青い空が地平線の向こうまで広がっている。
少年(M):そいつはぼんやり青空を見つめながら、両目からポロポロ涙をこぼしていた。
0:
少年:なんで泣いてるんだ?
青年:…
少年:シカトかよ
青年:…え?僕に言ってるの?
少年:他に誰もいないだろ
青年:僕、泣いてる?
少年:…は?
少年:それ涙じゃなきゃ何なんだよ。
0:
青年:(ぺろりと舐めて)あ、涙みたい。
青年:しょっぱいし。
少年:…
少年:何で泣いてることに気付いてないんだよ。
青年:僕の涙じゃないからじゃない?
少年:…じゃあ誰の涙なんだよ。
青年:ここに君しかいないから、君かな?
少年:はあ!?
青年:どうやって返したらいい?
少年:いらねーよ!
0:
青年:君こそ、何で逆の目に眼帯付けてるの?
青年:左目の腫れぼったいもの、隠れてないよ?
0:少年の左目の上には腫瘍のようなものができ、瞼に重くのしかかっている。反対に、右目は大きな眼帯で塞がれている。
少年:これは…これでいいんだよ。
青年:あ、もしかしてその腫れぼったいものってぼた餅?ぼた餅がくっついてるの?食べられる?
少年:んなわけねーだろ!!
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少年(M):なんだこの変な会話。
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青年:じゃあ右目は何を隠してるの?
少年:別に…何でもない。
青年:「何でもない」を隠してるの?
少年:なんだよそれ…
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少年(M):ダメだ、こんなヘンテコな相手と話しててもヘンテコな会話になるだけだ。
0:
少年:いいから早く涙(それ)止めろよ。
青年:どうして?
少年:目障りなんだよ!
青年:目ざわりって…目を触りたいってこと!?
少年:ちげーよ!お前ふざけてんのか!?
青年:君はどうしてそんなに怒ってるの?
少年:お前のせいだろ!
青年:怒りたいわけじゃないんでしょ?
少年:怒りたくねーよ!怒らせんな!
青年:怒りたくないの怒って疲れてるなんて変だよー。
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少年(M):なんだこいつ…泣きながら笑いやがって。力抜ける…
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少年:泣きたくないのに泣いてるのも相当変だぞ。
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青年:あ、バスが来たよ。君も乗るんでしょ?
少年:俺は別に…行く当てなんかない。
青年:ならちょうどいいよ。このバスの行き先は「どこでもない場所」だもん。
少年:「どこでもない」…?
0:
0:二人の前でバスが止まり、ドアが開く。
0:
運転手:お客さん、「どこでもない場所」に行けるのは「だれでもない奴」だけだよ。
青年:僕には名前がありません。「だれでもない奴」です。
運転手:そっちのチビは?
少年:俺はチビじゃない!!
運転手:じゃあ何だい、お前さんにはちゃんとした名前でもあるのか?
少年:…そんなもの、とっくの昔に捨てた。
青年:それって昨日?
少年:なわけねーだろ!
青年:だって君まだ「とっくの昔」って言えるほど生きてないでしょー。
少年:…っ
運転手:ま、とにかく名前がないんならチビも「だれでもない奴」ってわけだ。
少年:だからチビじゃねー!!
運転手:ほらチビ、さっさと座んないと転んじまうよ。
0:
少年(M):結局よくわからないまま、この先どうなってもいい俺は大人しく座った。
少年(M):通路を挟んで反対の席にあいつが座る。
少年(M):俺たち二人だけを乗せて、バスは静かに走る。
少年(M):四角い空を眺めながらバスに揺られ、再びバスが止まるまで、そんなに長い時間はかからなかった。
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運転手:到着したよ。
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少年(M):俺たちはバスを降りた。
少年(M):道路の脇道を少し歩いていくと、建物が見えてきた。
少年(M):「どこでもない場所」は黄色い煉瓦づくりの、ヨーロッパのような街並みだった。
少年(M):人々の着ているものは古風な洋服だった。
少年(M):街の中央広場の周りにいくつか店が並んでいる。
少年(M):広場の中央にある、古ぼけた小さなオブジェだけがその場に不釣り合いな気がした。
少年(M):何の形なのかは…よくわからない。
0:
青年:ただいま。おかえり、僕。
少年:…あ!?お前、ここに来たことあるのか!?
青年:そうだよ。散歩してただけ、あのバス停までね。僕はもともとここの住人。そして君が新しい住人。
少年:なんだよ…ちぇ。
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少年(M):よそ者は自分だけか。
少年(M):それにしても…会った時からずっとこいつの涙は止まらない。
少年(M):こいつ自身は全くその自覚が無いみたいだけど…いつになったら止まるんだ?
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青年:ねぇ!パン屋さんがあるよ!行ってみよう!
少年:わっ!急に引っ張るな!
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青年:何にする?
少年:…ん。
青年:コロネ?似合わないね~。
少年:ほっとけ!
0:
店員:いらっしゃいませお客様~♥今日も極上のパンたちを取り揃えてます♥どれになさいます?
店員:オススメは空豆蒸しケーキと黒蜜きなこパイです♥たこ焼きパンは今焼きたてだよ♥
店員:人気NO,1はやっぱり王道メロンパン!かと思いきや地味にバターロール!
店員:君が選んだコロネは残念ながら人気No,2だね☆このランキングは私の独断と偏見によりたった今決めました~♥
店員:ちなみにうちのメロンパンにメロンは入ってないから安心して♥何かご質問は?
少年:…何で泣いてるんだ?
店員:私泣いてませ~ん♥
少年:泣いてるだろ!!
0:
少年(M):喋ってる途中で急に涙がこぼれ始めたけど…こいつも自覚が無いのか!?
0:
店員:次のご質問は?
青年:ここのパン全部買ったらいくらになります?
少年:全部食うのか!?
店員:全部タダで~す♥
青年:じゃあ全部ください。
少年:食うんだ…。
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0:
青年:美味しそうだなぁ!
少年:このパン屋来るの初めてなのか?
青年:初めてだよ。この街も初めてだもん。
少年:でもお前さっき「ただいま」って…
0:
少年(M):俺がコロネを食べながら店の扉を開けると、―世界は一変。
少年(M):そこは大同芸たちで賑わうサーカスの街だった。
少年(M):振り返るとパン屋だったはずの店は、赤い派手なテントに変わっていた。
0:
少年:なっ…どうなってるんだ!?さっきまで…
青年:サーカスの街は2回目。
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青年:「どこでもない場所」は、どこでもない。だからいろんな街に変化し続けるんだよ。
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サーカス員:どいたどいたぁ~!
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少年:お前さっきのパン屋!?なんだその恰好!
サーカス員:パン屋?ブッブー違います♥私は「誰でもない」誰か♥でも今は「誰でもない」ピエロ♥真っ赤なお鼻がトレードマーク♪
サーカス員:でも夜道を照らすことは出来ないんだ♥だって私はトナカイじゃなくて、玉乗りとジャグリングが趣味のピエロだから~♥他にご質問は?
少年:だから何で泣いてんだよ!!
サーカス員:だーかーらー、私もわからないんだってば♥ってことでその質問には答えられません♥残念!
サーカス員:でもね、何故か君の顔見てると…涙が出ちゃう………女の子だも~ん♥アハハ♥
少年:なっ…俺の顔見てると!?どういうことだよそれ!?
サーカス員:知らないよ~!一緒にいる子にも聞いてみたら?じゃ♥
少年:ちょ、待て…
青年:ねぇね、お腹空かない?
少年:お前もう食べきったのか!?
青年:ん~ちょっと足りなかった。
少年:(青年の腕をつかんで)病院行くぞ。
青年:病院!?なんで!?び、病気じゃないよ!?ちょっと胃にブラックホールがあるだけなんだ!
少年:ねーよそんなもの!そーじゃなくて、お前の涙止めに行くんだ!
青年:え…涙まだ止まってないの?それはないでしょ~。いくらなんでも異常…
少年:もっぺん舐めてみろ!!
0:
少年(M):冗談じゃねーぞあの女!俺の顔見てると涙が出るだと?俺が何したってんだよ!
少年(M):こいつの涙が止まらないのも、ずっと俺と一緒にいるせいだっていうのか!?ふざけやがって!!
0:
0:少年、近くで路上パフォーマンスを見ている子どもたちに声をかける。
0:
少年:おい!病院はどこだ!?
0:
0:子どもたちが振り向いて少年の顔を見た瞬間、全員の目から涙がこぼれ始める。
0:
少年:な…何で泣くんだよ…
子どもA:知らな~い
子どもB:お兄ちゃんたち暇?
少年:暇じゃねーよ。
子どもC:鬼ごっこしようよ!
子どもD:お兄ちゃん達が鬼ね!
子どもE:僕たちのことつかまえて!
子どもたち:わー!逃げろー!
0:
少年(M):俺の横を走り去っていく子どもたちの方へ振り返ると、そこはもう違う景色になっていた。
少年(M):今度は西部劇に出てくる街並みだ。
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少年:なんなんだよこの街は~!!
青年:よーし!みんな捕まえちゃうぞー!
少年:追いかけるな
0:
0:(銃声)バンバンバンッ!
0:
ギャング:はっはー!俺たち泣く子も黙らす無敵ギャング!死にたくなきゃ道をあけな!
0:
少年:うわ!逃げるぞ!
青年:逃げる?鬼が逃げてどうするのさ!
少年:いいから走れ!
0:
少年(M):どうして俺は必死に逃げようとしたのかな。別にどうなったっていいんだけどな。
少年(M):たぶん隣に誰かがいたからだ。
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0:少年、石につまづいて転ぶ。
0:
少年:いって!
青年:大丈夫!?
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0:ギャングたち、転んで道を塞いでいる二人の前で止まる。
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ギャング:お前ら、俺たちの邪魔をするとはいい度胸だな。
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0:ギャング、ピストルを抜く。
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少年:…そんなもん持って、本当にちゃんと当てられるのかよ。
ギャング:威勢のいいガキだぜ。今すぐ黙らせてやる。
0:
少年(M):俺はあいつに「逃げろ」って目で合図した。
少年(M):なのにあいつは「うん」って頷いただけでまったく逃げようとしない。
少年(M):とことん意思の疎通が出来ない奴め!!
0:
0:少年の額にピストルがつきつけられる。
0:
ギャング:ちゃんと当てられるかどうか、よーく見ておくんだな。
0:
少年(M):…まぁいい、こいつが本当に俺を撃てば、さすがにあいつも逃げ出すだろ。
少年(M):目の前で誰も傷つかなきゃ、あとはどうでもいーや…
0:
0:ギャングの目から珠のような涙がこぼれ始める。
0:
少年:お前も泣くのか!?
ギャング:はぁ!?何言ってやがる!俺様が泣くだと!?あるわけねーだろ、んなこと!泣く子も黙らす無敵ギャング様だぞ!!
少年:だーかーらー!!涙じゃなきゃ何なんだよそれは!!どいつもこいつも!
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0:青年、スッと腕を挙げて空を指差す。
0:
青年:…あ!!何だろうアレ!?
ギャングたち:?(上を向く)
少年:?(上を向く)
青年:今のうち。
0:
青年:あの酒場に逃げよう!
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0:客の視線が一気に二人に集中する。そこにいる全員、少年の姿を見た途端一斉に涙を流し始める。
0:
青年:あれ、みんな泣いちゃった。
少年:どーなってんだよここの奴らは!!俺が何したんだよ!
0:
少年(M):俺が入ったばっかりの酒場を飛び出すと、誰かにぶつかって互いにしりもちをついた。
少年(M):起き上がると街の姿はまた一変。今度は古き良き時代の日本の下町のような風景だった。
0:
子どもA:わ~つかまっちゃった。
子どもB:負けちゃったから、お医者さんの場所教えてあげるね。
子どもC:あそこに居たよ。
0:
少年:よし行くぞ!
0:
0:少年、青年の腕を引っ張って行って勢いよくその家の戸を開ける。
0:
少年:おい!医者…は?
工場員:医者?何言ってんだてめぇ。ここはロボット製造工場だ。
0:
少年(M):そこに居たのはさっきまでギャングだった男。今はつなぎを着てキャップを被って、手にはロボットの頭とスパナを持っている。
少年(M):ガラス越しに外の風景を見ると、今度は機械の街に変わっていた。
0:
工場員:あ、てめぇさっきのガキだな?俺が泣いてるとかでまかせぬかしやがった!
少年:今も泣いてんじゃねーか!チクショウ!
0:
少年(M):イラつきながらロボット製造工場を出ると、また誰かにぶつかった。
少年(M):今度は白衣を着た老人。
少年(M):街の様子を見渡してみるとみんなが白衣を着て、薬品の匂いが充満して、建物は全部研究所のようになっていた。
少年(M):今度は科学者の街か。
少年(M):老人はばら撒けてしまった鞄の中身を広い集めた。注射器、聴診器、薬の入った小瓶―ん?
0:
少年:お前医者だな!?
医者:い、いかにも…
少年:こいつの涙止めてくれ!ずっと止まらないんだ!
医者:涙が止まらなくなる病気じゃと?そんなものありゃせんよ。
0:
少年(M):そう言いながらこの医者まで涙をこぼし始める。
少年(M):行き交う街の奴らみんな、俺と目を合わすと涙をこぼす。この街の誰もが。
0:
少年:何でだよ!?俺が悪いのか!?泣きたいのはこっち―
0:
少年(M):あれ、俺今何言おうとした?泣きたいのは―?
少年(M):…っ!左目が、痛い。腫れが少し大きくなった気がする。
青年:ねぇ。
0:
少年(M):あいつに呼ばれてはっとした。景色はまた変わっていた。建物全部お菓子の街。
少年(M):あいつは相変わらずポロポロ涙をこぼしながら言った。
0:
青年:あっちにあるお菓子の家、美味しそうだよ!
少年:…お前一人で行ってこい。
青年:やった♪すぐ戻ってくるから!待っててね~。
0:
少年(M):何なんだよ、あいつも、この街の連中も。こんなとこ来るんじゃなかった。
0:
少年(M):俺は「どこでもない場所」を後にして、あの一本道の道路に出た。
少年(M):そこにはまださっきのバスが止まっていて、運転主が外に出て煙草をふかしていた。
0:
運転手:よぉチビ。
少年:…お前は泣かないんだな。
運転手:街の連中はお前さんを見て泣き出したのかい?だったら俺は泣かねぇさ。
運転手:俺は「誰でもない奴」じゃねぇからな。このバスの運転手さ。
少年:…お前何か知ってるのか?
運転手:まーな。この街の連中はいわばお前さんの「感情代理人」みたいなものなのさ。
少年:どういうことだ?
運転手:この街の連中は「誰でもない」んだ。自我も無ければ個人の感情も無い。変わる街に合わせて自分の役割を決めて、それを演じているだけ。
運転手:その連中が涙を流してんなら、それは「自分」のもんじゃない。「誰か」の涙を代わりに流してるんだ。
運転手:誰か近くにいる奴、つまり「お前」のさ。奴らはそんなこと気づいてないし気にもしないけどな。
少年:俺は泣いてなんか―
運転手:「泣いてなんかいない」そりゃそうだろう。お前さんが泣きたくても泣けないから奴らが代わりに泣くんだ。
運転手:違うか?本当はもう気づいてるんじゃないのか?
0:
少年(M):気づいてる?何に?
0:
0:“泣きたいのは…“
0:
少年(M):…っ!また、左目が痛い。
0:
少年:運転手、お前なんでそんなに詳しいんだよ。
運転手:経験者は語るってね。俺も若いときこの街に来たんだ。
運転手:あん時は自分を見失っちまっててさ、「誰でもない奴」だったんだ、俺も。
運転手:社会とかいろんなものに対してたっくさん不満があったのに、それを口に出せずに全部押し込めてた。いつのまにか何にも感じなくなってた。
運転手:それでフラフラしてたらこの街についてさ。
運転手:そしたら街の奴ら、俺の顔を見るなりどいつもこいつもいきなり怒鳴り始めて文句ばっかり言うんだ。
運転手:冗談じゃねぇぞ、俺がどれほど我慢してると思ってるんだ!って、つい俺も怒鳴り返しちまってよ。
運転手:そしたら今までためてたもん、全部吐き出せてたんだよな。すげースッキリしてさぁ。
運転手:「あぁ、これが俺だ」ってね、思ったんだよ。この街に来たおかげで自分を取り戻せたのさ。
運転手:その代わり、もうこの街に入ることは出来なくなったけどな。俺みたいな奴をここに連れてきてやろうって思って、運転手始めたんだ。
少年:…俺は泣きたいなんて思ってない!
0:
少年(M):ズキズキと疼く左目の腫れを押さえながら、俺は道路を歩きだした。
0:
運転手:まぁま、そう言わずにさ。どうせ行く当てなんかないんだろ?だったらもう少しここにいろよ。お迎えも来たことだしな。
少年:迎え?
0:
少年(M):振り向くと、あいつが涙をこぼしながら笑顔で駆け寄ってきていた。
0:
青年:やっと見つけた!いつの間にかいなくなっちゃうんだもん。かくれんぼ上手だね。でも僕の勝ちだ♪はい、これ残念賞。
0:
少年(M):そう言ってあいつは、お菓子の家の一部のペロペロキャンディーを差し出した。
0:
少年:…何で追いかけてきたんだよ。
青年:だって僕、待っててって言っただろ?あれ、君に言ったんだよ?もう夜になるしさ、夕飯食べに行こうよ。
少年:…まだ食べるのかよ。
0:
少年(M):俺はまだ痛み続ける左目から手を放して、呆れたように少しだけ笑った。
少年(M):俺たちは並んで街に戻った。暮れゆくオレンジ色の空を、あいつはぼんやり見つめていた。
少年(M):やがて夜は更け、俺たちは宿屋の街の小さなペンションで眠りについた。
0:
少年(M):…一人じゃない夜って、すごく、久しぶりだな。
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青年:おやすみ。
少年:…おやすみ。
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少年(M):あいつの涙は止まらなかった。俺の隣で眠っている間も、ずっとこぼれ続けていた。
少年(M):でも寝顔はとても安らかだった。
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0:
0:朝。コケコッコー。ドスンバタンドゴン。
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少年:いって~!!!
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少年(M):急に底が抜けたようにベッドから落ちて、俺は新しい朝を迎えた。
少年(M):天井を見上げると、そこにはさっきまで寝ていたはずのベッドが。
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少年:あべこべの街…?
0:
少年(M):周りの家具も、窓の外の建物も、全部が逆さま。
少年(M):隣に寝ていたあいつは…もう起きて出かけたのか?
少年(M):俺はドアを探して、タンスの引き出しを上り、壁の上の方についているドアノブを回した。
0:
0:
0:
0:
0:青年、街を出てバス停までの道路を歩いていく。
0:
青年(M):いい天気だな。空はどこまでも澄んでいて。
青年:なんて青いんだろう。
0:
少年:(息を切らせながら)なにが「何て青いんだ~」だっ。
青年:あ…おはよう。どうしたの?そんなに慌てて。
少年:お前は何してんだよ。
青年:雲を追いかけてたんだ。
0:
少年(M):こいつは今日も涙をこぼしながら、青い空に浮かぶ小さな白い雲を指さした。
0:
青年:どこまで行くのかなぁって思って。
少年:…ふん、バカバカしい。
青年:雲はどこまで行けるのかなぁ、僕はどこまでついていけるのかなぁって。
青年:いつも挑戦してるんだけど、結局あのバス停で止まっちゃう。僕はその先には行けないんだ。
少年:…どうして?
青年:「誰でもない」から。
少年:誰でもないって…どういう意味なんだよ?
青年:僕、生まれてすぐにあのバス停に捨てられてたんだって。それってあのバス停の向こうでは、僕は必要なかったってことだと思うんだ。
青年:だからあの先へは行けない。バスの運転主さんが僕を見つけてあの街に連れていってくれて、あそこで育ったけど…
青年:僕は本当はあの街の人間じゃないんだ。
0:
少年(M):そう言われてみれば…「どこでもない場所」は変化し続けている。「誰でもない」奴らも毎回その場所に馴染むよう変化し続けている。
少年(M):でも街がどんなに変わっても、俺とコイツは変わらなかった。
少年(M):街の連中は確かに自分を持っていない。でもいつも「誰か」にはなっている。本当に誰でもないのは―
0:
少年:…お前は、いつも空を見てるな。
青年:好きなんだ。青い空が。どこまでも澄んでいて、どこまでも広がってて。あの中にいる雲は、きっとどこまでも行けるんだ。
少年:俺は嫌いだ。もっと厚い雲に覆われて薄暗い空の方がいい。
青年:―あぁ。なんか似てるもんね、君に。
少年:似てる?
青年:うん。今にもこぼれてきそうなところが。
少年:なんだよそれ。
青年:ふふっ。
少年:こんな無駄にすがすがしい空はムカつくけど…俺もつき合ってやろうか、あの雲追いかけるの。
青年:う~ん…いいや、今日は。街に戻ろう。
少年:いいのか?
青年:うん。君が僕を追いかけてきてくれたから。
0:
少年(M):あいつはまた、涙をぽろぽろこぼしながら笑った。
0:
青年:それに朝ご飯がまだだしね。
0:
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0:
0:
少年:あいつ朝からどれだけ食えば気がすむんだよ。
0:
少年(M):中華の街で朝食を食べた後。未だに小ろん包やら胡麻団子やらを口いっぱいに頬張っているあいつを残して、俺は一足先に店を出た。
0:中央にある泉を囲う石に腰を下ろして、空を見上げた。
0:
少年(M):人を待ってるのって、悪くないな。
0:
少年(M):とても穏やかな風が吹いた。
少年(M):ふと、俺の視界に見覚えのあるものが映った。ここに最初に来たとき、黄色い煉瓦づくりの街で見た古びたオブジェだ。
少年(M):相変わらずよくわからない形をしている。
0:
少年(M):…もしかして、街の様子がどんなに変わっても、このオブジェだけは変わらないのか?
0:
少年(M):俺は立ち上がり、不思議なオブジェに近づいた。そして何気なく腕を伸ばしてそれに触れると…
少年(M):街の様子は一変。
少年(M):高いビル、自動車、狭い空、都会の町並み。そこは俺のよく知っている場所だった。
少年(M):俺が生まれ育った場所…
少年(M):心臓の音が大きく鳴った。
0:
少年(M):まさか、本当にあの街…?
0:
少年(M):そうであってほしくなかった。だからじっとしていられなかった。
少年(M):もし本当にあの街なら…
0:
少年(M):俺は駆けだした。そして止まった先に、あった。俺の家。
少年(M):ビルの裏の、喧騒から隠れたやけに暗くて寂しい場所に、一軒の小さな家。
少年(M):嫌な汗が噴き出した。言いようのない不安が襲った。左目が疼く。腫れがどんどん膨れ上がっていっていくようだ。
少年(M):鼓動の音だけが耳に木霊してうるさい。
0:
少年(M):まさか、まさか…
0:
少年(M):中に入りたくないのに、俺は家の扉を開けていた。
少年(M):見慣れた中の様子。とても薄暗い廊下。
0:
少年(M):あの時と同じだ。
少年(M):友達と遊んで帰ってきた俺は、いつもの「おかえり」がないことに違和感を感じながらお母さんを探した。
少年(M):この薄暗い廊下を歩いていると、叫び声と、ドタドタと玄関に向かって走ってくる音が近づいて来たんだ。
0:
少年(M):今見ている風景と、閉じこめ続けてきた二年前の記憶が重なって映り始める。現実と記憶の境がなくなる。
少年(M):知らない女と、父さんが走ってくる。二人とも体にいくつか切り傷ができて、赤く血がにじんでいる。
少年(M):お父さんは一瞬こっちをちらりと見たけれど、そのまま女と一緒に家の外へいなくなってしまった。
0:
少年(M):腫瘍の痛みはどんどん激しくなっていく。腫れが少しずつ酷くなり、左目を押しつぶしていく。
少年(M):嫌な汗が噴き出して、手や足の先が冷たくなっていく中、軋む床を一歩ずつ踏みしめて前へ進む。
0:
少年(M):そして、台所で立ちすくむ母さんを見つけたんだ。
0:
少年(M):ゆっくりと顔を上げて振り返った母さんは、うつろな瞳から止めどない涙を流して僕に言うんだ。
0:
少年の母:…あの人がいけないのよ…こんなに愛してるのに…何であんな女がいいのよ。何で別れようなんて言うの?
少年の母:もう私はあの人の中にいないの…私は、どこにもいないの!!
0:
少年(M):母さんどうして?僕がいるじゃない。僕の中に母さんがいるじゃない。
少年(M):母さんの中には父さんしかいないの?僕はいないの?
少年(M):母さんは…父さんにとり憑かれた亡霊だ。
0:
少年の母:何…?何でそんな目で見るの?ねぇ、正斗!!
0:
少年(M):まさ…と…俺の名前…。
少年(M):母さん、手に包丁持ってた。ほんのり赤く光った刃がこっちを向いた。
0:
少年の母:見ないで…そんな目で見ないで…私は悪くない…悪くない!!
0:
少年:母さんやめて…
0:
少年(M):母さんが近づいてくる。怖くて逃げだしたいのに、体が金縛りにあったみたいに動かない。
少年(M):母さんが僕を見てる。腕を振りあげて、刃を僕に向けて、まっすぐ…おりてきた
0:
少年の母:見ないでぇぇ!!
0:
少年(M):刃は、俺の右目を突き刺した。
少年(M):眼帯の下の古傷、二度と思い出したくなくて隠していたのに。
0:
少年:痛い!!痛いよ、やめてよ母さん…!
0:
少年(M):力一杯抵抗した。
少年(M):俺が抵抗したら、母さんは包丁を落とした。反射的にそれを拾ってしまったんだ。
少年(M):あの時、俺は泣いていた。左目から溢れて、溢れて…。
少年(M):今は、ただただ激しく痛む。左目の上の腫瘍が膨れ上がっていく。
少年(M):今見えているのは過去の記憶。ここはあの家に似ているだけで、母さんがいるわけじゃない。
少年(M):なのに何でこんなに鮮明なんだよ…もう見たくない!
少年(M):左目が悲鳴をあげてる。腫れが酷くなっていく。どんどん視界が狭まっていく。
少年(M):いっそこのまま完全に押し潰してくれたら、何も見えなくなってしまったら…でも、瞼の裏にまで鮮明に映る。
少年(M):母さんの手が俺の持ってる包丁に向かってきて…何が起きたのか分からなかった。
少年(M):俺は、手に持っている包丁を、母さんのお腹に突き刺していた。
少年(M):母さんは苦しそうに悶えてた。真っ赤な手で俺の顔に触った。そして倒れ込んで…動かなくなった。
少年(M):あの時、この瞬間に、俺の涙はぴたりと止まって、枯れ果てたんだ。
少年(M):そしてこの瞬間に「正斗」は死んだんだ。犯してしまった罪から逃れる為に、俺が殺したんだ。
0:
0:
0:
0:
住人:街の色が無くなっていく…
住人:あのビルの裏の家からだ!
住人:無色化がどんどん広がっていく…
住人:「灰色の街」だ!!
住人:災いが起こるぞ!
住人:どうしてだろう、涙が止まらない。
0:
青年(M):なに?灰色の街?こんなの初めてだ…なんでだろう、涙も止まらないけど、胸まで引き裂かれそうに痛い。
青年(M):心臓をぽっかり抉りとられたみたいに、虚しい、心が死んでしまったみたい。
青年(M):これがあの子の気持ち?僕がずっと代わりに流していた涙のわけ?
0:
青年:…うわっ!地面が割れた!?水柱が噴き出してる!?
0:
0:高い建物に避難する住人。急速に水面下へと消えていく灰色の街。
0:あちこちで渦が発生し、水の流れが勢いを増す。
0:空は灰色の雲に厚く覆われ、激しい雨が吹き荒れる。
0:
青年:早く…僕が見つけなきゃ!
0:
0:青年、痛む胸を押さながら水面下へ飛び込む。
0:息継ぎをしながら建物の間を泳ぎ続けると、水面から顔を出しているビルの屋上に、水柱によって打ち上げられた少年を見つける。
0:
青年:いた!見つけた!
0:
0:少年、打ち上げられた衝撃で気を失っている。
0:
青年:起きて!ねぇ、起きろよ!!
0:
少年(M):誰…だ?
青年:…良かった!目を覚ました!
0:
少年(M):左目がもうほとんど開かない…でも、かすかに見える。
少年(M):だから…何でお前が泣くんだよ…助けないでくれよ…
少年(M):ごめん、母さん…俺ズルかった。母さんを傷つけた「正斗」でいることが苦しくて、「正斗」を死んだことにしたかった。
少年(M):でも「正斗」は死ななかった。俺の心の奥にいて、犯した罪に怯えながらいつも俺を見張ってた。
少年(M):「お前は卑怯だ。お前も僕のくせに、どうして僕だけ殺そうとするんだ。どうして僕にだけ罪を着せようとするんだ」
少年(M):「お前は被害者じゃない。お前は可哀想なんかじゃない。だからお前が泣くことなんて、絶対に許さない」って。
少年(M):正斗、ごめん。お前を殺すなら、俺も消えなきゃね。
0:
0:少年、這いずりながら屋上の淵まで進み、再び水の中に飛び込もうとする。
0:
青年:待って!!
0:
0:青年、涙の粒が大きくなる。
0:
青年:嫌だよ!!
少年:うるさい…邪魔すんな…
青年:初めてだったんだ…僕を追いかけてきてくれた人…僕の、僕のことを…初めてだったんだ…
0:
少年(M):…バカ。お前だって助けに来てくれたじゃん…誰も来ないと思ったのに…
0:
青年:君には、生きていてほしいんだ!!!
0:
少年(M):俺…には?
0:
0:二人のいるビルの真下から、勢いよく水柱が立ち上がる。
0:
青年:!!
少年:!!
0:
0:水圧によって飛ばされた二人、別々に水中へ投げ出される。
0:少年は水中で、潰れた左目をこじ開け、青年を探す。
0:
少年(M):アイツは…どこに行った!?
少年(M):…いた!渦の中!助けなきゃ!
0:
0:少年、渦の中に飛び込み、気を失っている青年の手をつかむ。
0:しかし激しく渦巻く水流からなかなか抜け出すことができない。
0:
少年(M):いいんだ、俺はここで死んでも。だけどこいつは…こいつだけは死なせない!
0:
0:少年、渦の中心に、あの古ぼけたオブジェを見つける。
0:
少年(M):あれは…!!あの古ぼけたオブジェ!!
少年(M):あれに触ったら街が変化したんだ…なら!
0:
0:少年、めいっぱい腕を伸ばす。
0:
少年(M):届け!
0:
0:激しく回転する渦の中、懸命に手を伸ばす。
0:
少年(M):助けたい…助けたい、助けたい!!
0:
少年(M):―届いた!…どうして何も変わらないんだ!?
0:
0:少年、息苦しさで意識が遠のいていく。
0:
少年(M):ダメだ…まだダメだ!こいつだけは助けるんだ!変われよ!!変われ!!
少年(M):こいつは本当は、どこへでも行けるんだ。ちょっと怖がってるだけで…本当はどこまでも雲を追いかけていけるんだ。
少年(M):こんなところで死なせるもんか!コイツは…へらへら笑いながら青い空の下を生きてくんだ!
0:
少年:…俺だって…本当はそうやって生きていきたい…
0:
少年(M):その時、俺の思いにオブジェが応えた。
少年(M):オブジェが光ると周りの渦は一層激しく回転し、大きな波となってはじけた。
少年(M):はじけた大波は小さな水の粒となって分散し、街全体を包み込むようにパラパラと降り注いだ。
少年(M):雨はポツポツ小降りになり、地面に薄く水が残っただけ。
少年(M):今までの騒ぎが終って、急に街は静かになった。
0:
0:
青年:(咳込んで目を覚ます)あの子は…!
0:
0:隣で倒れている少年を見つけ、抱き起こす。
0:避難していたこの街の住人たちもみんな降りてきて、少年の周りに集まる。みんな泣いている。
0:
少年:(咳込んで目を覚ます)
0:開かない目を少しだけこじ開け、青年の無事を確認する。
少年(M):良かった…助かったんだ…
少年(M):なんだ、まだ泣いてんのかよ、こいつ。
0:
少年(M):何だろう…こいつを助けられて良かったのと、
少年(M):また戻ってきた過去の痛みと、
少年(M):自分が死に損なった虚しさと、
少年(M):それから…今生きてる、喜び。
少年(M):なんだこれ。複雑過ぎてわけわかんねぇ。なんでこんなに目頭が熱いんだ。
0:
0:少年、泣いている青年と、その後ろの住人たちを見る。
0:
少年(M):なんだよ…みんな揃ってバカみたいに泣いてるんだもん…。俺も…泣いていい…?
0:
少年(M):俺の体からフッと力が抜けた。
少年(M):視界が暗くなった。完全に潰れてしまった左目から、一筋の涙がこぼれた。
少年(M):一度流れると止めどなく溢れた。涙と一緒に、これまでの苦しみも、悲しみも、寂しさも、ほんの少し洗い流されるようだった。
少年(M):涙が流れていくたびに、左目の腫れが小さくなるのを感じた。
少年(M):そして完全に消え去ったのと同時に、立ちこめていた厚い雲が晴れていき、どこまでも続く青空が現れた。
少年(M):水の粒でコーティングされたすべての建物と、地面に薄く張った水面にそれが映って、街全体が青空を映した。
少年(M):街全体が、青空に包み込まれたみたいだった。
0:
少年(M):しっかりと開くようになった瞳に、お前が映る。その後ろに大きな空を背負って。
0:
少年(M):あぁ…何て青いんだろう…お前によく似てる。
0:
0:少年、体を起こして青年に言う。
0:
少年:俺たち今…空の中にいるな
青年:…!!うん!!
0:
少年(M):俺たちは顔を合わせて笑った。
少年(M):街の奴らはもう涙を流していない。きっと、俺が自分で泣くことが出来たから。
少年(M):みんな空に囲まれたこの場所で、眩しいくらいの笑顔をふりまいた。
少年(M):でもあいつの涙だけはまだ止まっていなかった。それはその涙が、あいつ自身の喜びと安堵の涙だから。
0:
少年(M):しばらくして、やっとあいつの涙も止まった。
0:
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0:
0:
0:少年と青年、街を出てバス停まで続く道路に立つ。
0:
青年:元気でね。
少年:…お前はずっと、ここにいるのか?
青年:…うん。君はさ、やっと生まれ変われたんだから、新しい場所に行かないとね。
青年:…そうだ!僕が君に新しい名前をつけてあげる!
0:
青年:「空斗」僕が一番好きなもの
0:
少年(M):天を仰ぎながら、あいつは言った。
少年(M):遠くの方からバスがやってくる。
0:
青年:ほら、バスが来たよ
0:
少年(M):俺は一人で乗り込んだ。
0:
運転手:よぉチビ
少年:チビじゃない!俺の名前は…空斗だ!
運転手:空斗か…。いい名前だ。
0:
0:少年、席に着く。
0:バスのドアが閉まる。
0:
青年:バイバイ、空斗。
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0:
運転手:どこまで乗せていく?
少年:あのバス停まででいい。あとは自分で歩いていく。
0:
少年(M):俺は空を見て考えた。
0:
少年(M):事件の後、幸いにも母さんは一命をとりとめた。
少年(M):それでも俺の負った心の傷は深く、二年間精神病棟に入っていた。
少年(M):拭け出してあのバス停に行くまで、ただ一人、病室から四角くて狭い空を眺めていた。
少年(M):母さんは俺とは違う警察の精神病棟に入って、今もあの狭い空を見ているのかな。
0:
少年(M):ごめん、母さん。助けてあげられなくて。俺一人逃げ出して。
少年(M):でも俺、やっぱりちゃんと生きていきたい。この命は母さんが産んでくれたから。
少年(M):俺は空斗に生まれ変わったけど、正斗もちゃんと、俺の中にいる。
少年(M):右目の傷も、もう隠さない。全部受け止めて、生きていくよ。
少年(M):母さんもいつか、一緒に受け止めてくれるかな。その時はきっと、会いに行くから。
0:
0:
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0:
0:
青年(M):天気のいい午後、時間はゆっくり流れ、雲はゆったり空を泳ぐ。
青年(M):今日も僕はその後をついていく。
青年(M):長い長い道路の先に、あのバス停が見えてきた。
青年(M):雲はバス停を通り過ぎた。僕はそこで止まった。
0:
青年:…まだこんなところにいたの!?
0:
青年(M):バス停には、もう会えないはずの君がいた。
0:
少年:お前来るの遅いんだよ
0:
青年:どうして…
少年:…こんな空を見る度にさ、お前のこと思い出すんだ。だから俺はお前のこと「青」って呼ぶよ。
0:
青年(M):「青」―僕の名前?
0:
少年:俺にとってお前は、「誰でもない奴」なんかじゃないから…お前は、お前しかいないから。
0:
青年(M):空斗はバス停の先へ一歩踏み出して、僕に言った。
0:
少年:行くだろ?
0:
青年(M):あのバス停の向こうの世界に、僕を必要としてくれている人がいる…?
0:
青年:…うん!
0:
青年(M):僕たちはバス停の向こうの世界へ踏み出した。
青年(M):空は限りなく広がって、どこまでも澄んでいて。
青年(M):空斗、青。二人でこの先の明日に向かって歩いていく。
少年(M):衝動的に抜けだした。行く当てなんてなかったし、この先どうなるかなんて考えてなかった。
少年(M):ただずっと見ていた青い空に、吸い込まれるように駆けだしていた。
少年(M):街から離れ、なるべく人が居ない方へ、なるべく何もない方へ。
少年(M):いつの間にか、広く長く伸びる道路の脇の、小さなバス停の前で立ち止まっていた。
少年(M):不思議なくらい、周りに建物は何一つなく、通る車も自転車もない。
少年(M):ただ一人、二十歳くらいの男がバス停の前に立っていた。
少年(M):大きく青い空が地平線の向こうまで広がっている。
少年(M):そいつはぼんやり青空を見つめながら、両目からポロポロ涙をこぼしていた。
0:
少年:なんで泣いてるんだ?
青年:…
少年:シカトかよ
青年:…え?僕に言ってるの?
少年:他に誰もいないだろ
青年:僕、泣いてる?
少年:…は?
少年:それ涙じゃなきゃ何なんだよ。
0:
青年:(ぺろりと舐めて)あ、涙みたい。
青年:しょっぱいし。
少年:…
少年:何で泣いてることに気付いてないんだよ。
青年:僕の涙じゃないからじゃない?
少年:…じゃあ誰の涙なんだよ。
青年:ここに君しかいないから、君かな?
少年:はあ!?
青年:どうやって返したらいい?
少年:いらねーよ!
0:
青年:君こそ、何で逆の目に眼帯付けてるの?
青年:左目の腫れぼったいもの、隠れてないよ?
0:少年の左目の上には腫瘍のようなものができ、瞼に重くのしかかっている。反対に、右目は大きな眼帯で塞がれている。
少年:これは…これでいいんだよ。
青年:あ、もしかしてその腫れぼったいものってぼた餅?ぼた餅がくっついてるの?食べられる?
少年:んなわけねーだろ!!
0:
少年(M):なんだこの変な会話。
0:
青年:じゃあ右目は何を隠してるの?
少年:別に…何でもない。
青年:「何でもない」を隠してるの?
少年:なんだよそれ…
0:
少年(M):ダメだ、こんなヘンテコな相手と話しててもヘンテコな会話になるだけだ。
0:
少年:いいから早く涙(それ)止めろよ。
青年:どうして?
少年:目障りなんだよ!
青年:目ざわりって…目を触りたいってこと!?
少年:ちげーよ!お前ふざけてんのか!?
青年:君はどうしてそんなに怒ってるの?
少年:お前のせいだろ!
青年:怒りたいわけじゃないんでしょ?
少年:怒りたくねーよ!怒らせんな!
青年:怒りたくないの怒って疲れてるなんて変だよー。
0:
少年(M):なんだこいつ…泣きながら笑いやがって。力抜ける…
0:
少年:泣きたくないのに泣いてるのも相当変だぞ。
0:
0:
0:
0:
青年:あ、バスが来たよ。君も乗るんでしょ?
少年:俺は別に…行く当てなんかない。
青年:ならちょうどいいよ。このバスの行き先は「どこでもない場所」だもん。
少年:「どこでもない」…?
0:
0:二人の前でバスが止まり、ドアが開く。
0:
運転手:お客さん、「どこでもない場所」に行けるのは「だれでもない奴」だけだよ。
青年:僕には名前がありません。「だれでもない奴」です。
運転手:そっちのチビは?
少年:俺はチビじゃない!!
運転手:じゃあ何だい、お前さんにはちゃんとした名前でもあるのか?
少年:…そんなもの、とっくの昔に捨てた。
青年:それって昨日?
少年:なわけねーだろ!
青年:だって君まだ「とっくの昔」って言えるほど生きてないでしょー。
少年:…っ
運転手:ま、とにかく名前がないんならチビも「だれでもない奴」ってわけだ。
少年:だからチビじゃねー!!
運転手:ほらチビ、さっさと座んないと転んじまうよ。
0:
少年(M):結局よくわからないまま、この先どうなってもいい俺は大人しく座った。
少年(M):通路を挟んで反対の席にあいつが座る。
少年(M):俺たち二人だけを乗せて、バスは静かに走る。
少年(M):四角い空を眺めながらバスに揺られ、再びバスが止まるまで、そんなに長い時間はかからなかった。
0:
0:
0:
0:
運転手:到着したよ。
0:
少年(M):俺たちはバスを降りた。
少年(M):道路の脇道を少し歩いていくと、建物が見えてきた。
少年(M):「どこでもない場所」は黄色い煉瓦づくりの、ヨーロッパのような街並みだった。
少年(M):人々の着ているものは古風な洋服だった。
少年(M):街の中央広場の周りにいくつか店が並んでいる。
少年(M):広場の中央にある、古ぼけた小さなオブジェだけがその場に不釣り合いな気がした。
少年(M):何の形なのかは…よくわからない。
0:
青年:ただいま。おかえり、僕。
少年:…あ!?お前、ここに来たことあるのか!?
青年:そうだよ。散歩してただけ、あのバス停までね。僕はもともとここの住人。そして君が新しい住人。
少年:なんだよ…ちぇ。
0:
少年(M):よそ者は自分だけか。
少年(M):それにしても…会った時からずっとこいつの涙は止まらない。
少年(M):こいつ自身は全くその自覚が無いみたいだけど…いつになったら止まるんだ?
0:
青年:ねぇ!パン屋さんがあるよ!行ってみよう!
少年:わっ!急に引っ張るな!
0:
0:
青年:何にする?
少年:…ん。
青年:コロネ?似合わないね~。
少年:ほっとけ!
0:
店員:いらっしゃいませお客様~♥今日も極上のパンたちを取り揃えてます♥どれになさいます?
店員:オススメは空豆蒸しケーキと黒蜜きなこパイです♥たこ焼きパンは今焼きたてだよ♥
店員:人気NO,1はやっぱり王道メロンパン!かと思いきや地味にバターロール!
店員:君が選んだコロネは残念ながら人気No,2だね☆このランキングは私の独断と偏見によりたった今決めました~♥
店員:ちなみにうちのメロンパンにメロンは入ってないから安心して♥何かご質問は?
少年:…何で泣いてるんだ?
店員:私泣いてませ~ん♥
少年:泣いてるだろ!!
0:
少年(M):喋ってる途中で急に涙がこぼれ始めたけど…こいつも自覚が無いのか!?
0:
店員:次のご質問は?
青年:ここのパン全部買ったらいくらになります?
少年:全部食うのか!?
店員:全部タダで~す♥
青年:じゃあ全部ください。
少年:食うんだ…。
0:
0:
青年:美味しそうだなぁ!
少年:このパン屋来るの初めてなのか?
青年:初めてだよ。この街も初めてだもん。
少年:でもお前さっき「ただいま」って…
0:
少年(M):俺がコロネを食べながら店の扉を開けると、―世界は一変。
少年(M):そこは大同芸たちで賑わうサーカスの街だった。
少年(M):振り返るとパン屋だったはずの店は、赤い派手なテントに変わっていた。
0:
少年:なっ…どうなってるんだ!?さっきまで…
青年:サーカスの街は2回目。
0:
青年:「どこでもない場所」は、どこでもない。だからいろんな街に変化し続けるんだよ。
0:
サーカス員:どいたどいたぁ~!
0:
少年:お前さっきのパン屋!?なんだその恰好!
サーカス員:パン屋?ブッブー違います♥私は「誰でもない」誰か♥でも今は「誰でもない」ピエロ♥真っ赤なお鼻がトレードマーク♪
サーカス員:でも夜道を照らすことは出来ないんだ♥だって私はトナカイじゃなくて、玉乗りとジャグリングが趣味のピエロだから~♥他にご質問は?
少年:だから何で泣いてんだよ!!
サーカス員:だーかーらー、私もわからないんだってば♥ってことでその質問には答えられません♥残念!
サーカス員:でもね、何故か君の顔見てると…涙が出ちゃう………女の子だも~ん♥アハハ♥
少年:なっ…俺の顔見てると!?どういうことだよそれ!?
サーカス員:知らないよ~!一緒にいる子にも聞いてみたら?じゃ♥
少年:ちょ、待て…
青年:ねぇね、お腹空かない?
少年:お前もう食べきったのか!?
青年:ん~ちょっと足りなかった。
少年:(青年の腕をつかんで)病院行くぞ。
青年:病院!?なんで!?び、病気じゃないよ!?ちょっと胃にブラックホールがあるだけなんだ!
少年:ねーよそんなもの!そーじゃなくて、お前の涙止めに行くんだ!
青年:え…涙まだ止まってないの?それはないでしょ~。いくらなんでも異常…
少年:もっぺん舐めてみろ!!
0:
少年(M):冗談じゃねーぞあの女!俺の顔見てると涙が出るだと?俺が何したってんだよ!
少年(M):こいつの涙が止まらないのも、ずっと俺と一緒にいるせいだっていうのか!?ふざけやがって!!
0:
0:少年、近くで路上パフォーマンスを見ている子どもたちに声をかける。
0:
少年:おい!病院はどこだ!?
0:
0:子どもたちが振り向いて少年の顔を見た瞬間、全員の目から涙がこぼれ始める。
0:
少年:な…何で泣くんだよ…
子どもA:知らな~い
子どもB:お兄ちゃんたち暇?
少年:暇じゃねーよ。
子どもC:鬼ごっこしようよ!
子どもD:お兄ちゃん達が鬼ね!
子どもE:僕たちのことつかまえて!
子どもたち:わー!逃げろー!
0:
少年(M):俺の横を走り去っていく子どもたちの方へ振り返ると、そこはもう違う景色になっていた。
少年(M):今度は西部劇に出てくる街並みだ。
0:
少年:なんなんだよこの街は~!!
青年:よーし!みんな捕まえちゃうぞー!
少年:追いかけるな
0:
0:(銃声)バンバンバンッ!
0:
ギャング:はっはー!俺たち泣く子も黙らす無敵ギャング!死にたくなきゃ道をあけな!
0:
少年:うわ!逃げるぞ!
青年:逃げる?鬼が逃げてどうするのさ!
少年:いいから走れ!
0:
少年(M):どうして俺は必死に逃げようとしたのかな。別にどうなったっていいんだけどな。
少年(M):たぶん隣に誰かがいたからだ。
0:
0:少年、石につまづいて転ぶ。
0:
少年:いって!
青年:大丈夫!?
0:
0:ギャングたち、転んで道を塞いでいる二人の前で止まる。
0:
ギャング:お前ら、俺たちの邪魔をするとはいい度胸だな。
0:
0:ギャング、ピストルを抜く。
0:
少年:…そんなもん持って、本当にちゃんと当てられるのかよ。
ギャング:威勢のいいガキだぜ。今すぐ黙らせてやる。
0:
少年(M):俺はあいつに「逃げろ」って目で合図した。
少年(M):なのにあいつは「うん」って頷いただけでまったく逃げようとしない。
少年(M):とことん意思の疎通が出来ない奴め!!
0:
0:少年の額にピストルがつきつけられる。
0:
ギャング:ちゃんと当てられるかどうか、よーく見ておくんだな。
0:
少年(M):…まぁいい、こいつが本当に俺を撃てば、さすがにあいつも逃げ出すだろ。
少年(M):目の前で誰も傷つかなきゃ、あとはどうでもいーや…
0:
0:ギャングの目から珠のような涙がこぼれ始める。
0:
少年:お前も泣くのか!?
ギャング:はぁ!?何言ってやがる!俺様が泣くだと!?あるわけねーだろ、んなこと!泣く子も黙らす無敵ギャング様だぞ!!
少年:だーかーらー!!涙じゃなきゃ何なんだよそれは!!どいつもこいつも!
0:
0:青年、スッと腕を挙げて空を指差す。
0:
青年:…あ!!何だろうアレ!?
ギャングたち:?(上を向く)
少年:?(上を向く)
青年:今のうち。
0:
青年:あの酒場に逃げよう!
0:
0:客の視線が一気に二人に集中する。そこにいる全員、少年の姿を見た途端一斉に涙を流し始める。
0:
青年:あれ、みんな泣いちゃった。
少年:どーなってんだよここの奴らは!!俺が何したんだよ!
0:
少年(M):俺が入ったばっかりの酒場を飛び出すと、誰かにぶつかって互いにしりもちをついた。
少年(M):起き上がると街の姿はまた一変。今度は古き良き時代の日本の下町のような風景だった。
0:
子どもA:わ~つかまっちゃった。
子どもB:負けちゃったから、お医者さんの場所教えてあげるね。
子どもC:あそこに居たよ。
0:
少年:よし行くぞ!
0:
0:少年、青年の腕を引っ張って行って勢いよくその家の戸を開ける。
0:
少年:おい!医者…は?
工場員:医者?何言ってんだてめぇ。ここはロボット製造工場だ。
0:
少年(M):そこに居たのはさっきまでギャングだった男。今はつなぎを着てキャップを被って、手にはロボットの頭とスパナを持っている。
少年(M):ガラス越しに外の風景を見ると、今度は機械の街に変わっていた。
0:
工場員:あ、てめぇさっきのガキだな?俺が泣いてるとかでまかせぬかしやがった!
少年:今も泣いてんじゃねーか!チクショウ!
0:
少年(M):イラつきながらロボット製造工場を出ると、また誰かにぶつかった。
少年(M):今度は白衣を着た老人。
少年(M):街の様子を見渡してみるとみんなが白衣を着て、薬品の匂いが充満して、建物は全部研究所のようになっていた。
少年(M):今度は科学者の街か。
少年(M):老人はばら撒けてしまった鞄の中身を広い集めた。注射器、聴診器、薬の入った小瓶―ん?
0:
少年:お前医者だな!?
医者:い、いかにも…
少年:こいつの涙止めてくれ!ずっと止まらないんだ!
医者:涙が止まらなくなる病気じゃと?そんなものありゃせんよ。
0:
少年(M):そう言いながらこの医者まで涙をこぼし始める。
少年(M):行き交う街の奴らみんな、俺と目を合わすと涙をこぼす。この街の誰もが。
0:
少年:何でだよ!?俺が悪いのか!?泣きたいのはこっち―
0:
少年(M):あれ、俺今何言おうとした?泣きたいのは―?
少年(M):…っ!左目が、痛い。腫れが少し大きくなった気がする。
青年:ねぇ。
0:
少年(M):あいつに呼ばれてはっとした。景色はまた変わっていた。建物全部お菓子の街。
少年(M):あいつは相変わらずポロポロ涙をこぼしながら言った。
0:
青年:あっちにあるお菓子の家、美味しそうだよ!
少年:…お前一人で行ってこい。
青年:やった♪すぐ戻ってくるから!待っててね~。
0:
少年(M):何なんだよ、あいつも、この街の連中も。こんなとこ来るんじゃなかった。
0:
少年(M):俺は「どこでもない場所」を後にして、あの一本道の道路に出た。
少年(M):そこにはまださっきのバスが止まっていて、運転主が外に出て煙草をふかしていた。
0:
運転手:よぉチビ。
少年:…お前は泣かないんだな。
運転手:街の連中はお前さんを見て泣き出したのかい?だったら俺は泣かねぇさ。
運転手:俺は「誰でもない奴」じゃねぇからな。このバスの運転手さ。
少年:…お前何か知ってるのか?
運転手:まーな。この街の連中はいわばお前さんの「感情代理人」みたいなものなのさ。
少年:どういうことだ?
運転手:この街の連中は「誰でもない」んだ。自我も無ければ個人の感情も無い。変わる街に合わせて自分の役割を決めて、それを演じているだけ。
運転手:その連中が涙を流してんなら、それは「自分」のもんじゃない。「誰か」の涙を代わりに流してるんだ。
運転手:誰か近くにいる奴、つまり「お前」のさ。奴らはそんなこと気づいてないし気にもしないけどな。
少年:俺は泣いてなんか―
運転手:「泣いてなんかいない」そりゃそうだろう。お前さんが泣きたくても泣けないから奴らが代わりに泣くんだ。
運転手:違うか?本当はもう気づいてるんじゃないのか?
0:
少年(M):気づいてる?何に?
0:
0:“泣きたいのは…“
0:
少年(M):…っ!また、左目が痛い。
0:
少年:運転手、お前なんでそんなに詳しいんだよ。
運転手:経験者は語るってね。俺も若いときこの街に来たんだ。
運転手:あん時は自分を見失っちまっててさ、「誰でもない奴」だったんだ、俺も。
運転手:社会とかいろんなものに対してたっくさん不満があったのに、それを口に出せずに全部押し込めてた。いつのまにか何にも感じなくなってた。
運転手:それでフラフラしてたらこの街についてさ。
運転手:そしたら街の奴ら、俺の顔を見るなりどいつもこいつもいきなり怒鳴り始めて文句ばっかり言うんだ。
運転手:冗談じゃねぇぞ、俺がどれほど我慢してると思ってるんだ!って、つい俺も怒鳴り返しちまってよ。
運転手:そしたら今までためてたもん、全部吐き出せてたんだよな。すげースッキリしてさぁ。
運転手:「あぁ、これが俺だ」ってね、思ったんだよ。この街に来たおかげで自分を取り戻せたのさ。
運転手:その代わり、もうこの街に入ることは出来なくなったけどな。俺みたいな奴をここに連れてきてやろうって思って、運転手始めたんだ。
少年:…俺は泣きたいなんて思ってない!
0:
少年(M):ズキズキと疼く左目の腫れを押さえながら、俺は道路を歩きだした。
0:
運転手:まぁま、そう言わずにさ。どうせ行く当てなんかないんだろ?だったらもう少しここにいろよ。お迎えも来たことだしな。
少年:迎え?
0:
少年(M):振り向くと、あいつが涙をこぼしながら笑顔で駆け寄ってきていた。
0:
青年:やっと見つけた!いつの間にかいなくなっちゃうんだもん。かくれんぼ上手だね。でも僕の勝ちだ♪はい、これ残念賞。
0:
少年(M):そう言ってあいつは、お菓子の家の一部のペロペロキャンディーを差し出した。
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少年:…何で追いかけてきたんだよ。
青年:だって僕、待っててって言っただろ?あれ、君に言ったんだよ?もう夜になるしさ、夕飯食べに行こうよ。
少年:…まだ食べるのかよ。
0:
少年(M):俺はまだ痛み続ける左目から手を放して、呆れたように少しだけ笑った。
少年(M):俺たちは並んで街に戻った。暮れゆくオレンジ色の空を、あいつはぼんやり見つめていた。
少年(M):やがて夜は更け、俺たちは宿屋の街の小さなペンションで眠りについた。
0:
少年(M):…一人じゃない夜って、すごく、久しぶりだな。
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青年:おやすみ。
少年:…おやすみ。
0:
少年(M):あいつの涙は止まらなかった。俺の隣で眠っている間も、ずっとこぼれ続けていた。
少年(M):でも寝顔はとても安らかだった。
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0:朝。コケコッコー。ドスンバタンドゴン。
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少年:いって~!!!
0:
少年(M):急に底が抜けたようにベッドから落ちて、俺は新しい朝を迎えた。
少年(M):天井を見上げると、そこにはさっきまで寝ていたはずのベッドが。
0:
少年:あべこべの街…?
0:
少年(M):周りの家具も、窓の外の建物も、全部が逆さま。
少年(M):隣に寝ていたあいつは…もう起きて出かけたのか?
少年(M):俺はドアを探して、タンスの引き出しを上り、壁の上の方についているドアノブを回した。
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0:
0:青年、街を出てバス停までの道路を歩いていく。
0:
青年(M):いい天気だな。空はどこまでも澄んでいて。
青年:なんて青いんだろう。
0:
少年:(息を切らせながら)なにが「何て青いんだ~」だっ。
青年:あ…おはよう。どうしたの?そんなに慌てて。
少年:お前は何してんだよ。
青年:雲を追いかけてたんだ。
0:
少年(M):こいつは今日も涙をこぼしながら、青い空に浮かぶ小さな白い雲を指さした。
0:
青年:どこまで行くのかなぁって思って。
少年:…ふん、バカバカしい。
青年:雲はどこまで行けるのかなぁ、僕はどこまでついていけるのかなぁって。
青年:いつも挑戦してるんだけど、結局あのバス停で止まっちゃう。僕はその先には行けないんだ。
少年:…どうして?
青年:「誰でもない」から。
少年:誰でもないって…どういう意味なんだよ?
青年:僕、生まれてすぐにあのバス停に捨てられてたんだって。それってあのバス停の向こうでは、僕は必要なかったってことだと思うんだ。
青年:だからあの先へは行けない。バスの運転主さんが僕を見つけてあの街に連れていってくれて、あそこで育ったけど…
青年:僕は本当はあの街の人間じゃないんだ。
0:
少年(M):そう言われてみれば…「どこでもない場所」は変化し続けている。「誰でもない」奴らも毎回その場所に馴染むよう変化し続けている。
少年(M):でも街がどんなに変わっても、俺とコイツは変わらなかった。
少年(M):街の連中は確かに自分を持っていない。でもいつも「誰か」にはなっている。本当に誰でもないのは―
0:
少年:…お前は、いつも空を見てるな。
青年:好きなんだ。青い空が。どこまでも澄んでいて、どこまでも広がってて。あの中にいる雲は、きっとどこまでも行けるんだ。
少年:俺は嫌いだ。もっと厚い雲に覆われて薄暗い空の方がいい。
青年:―あぁ。なんか似てるもんね、君に。
少年:似てる?
青年:うん。今にもこぼれてきそうなところが。
少年:なんだよそれ。
青年:ふふっ。
少年:こんな無駄にすがすがしい空はムカつくけど…俺もつき合ってやろうか、あの雲追いかけるの。
青年:う~ん…いいや、今日は。街に戻ろう。
少年:いいのか?
青年:うん。君が僕を追いかけてきてくれたから。
0:
少年(M):あいつはまた、涙をぽろぽろこぼしながら笑った。
0:
青年:それに朝ご飯がまだだしね。
0:
0:
0:
0:
少年:あいつ朝からどれだけ食えば気がすむんだよ。
0:
少年(M):中華の街で朝食を食べた後。未だに小ろん包やら胡麻団子やらを口いっぱいに頬張っているあいつを残して、俺は一足先に店を出た。
0:中央にある泉を囲う石に腰を下ろして、空を見上げた。
0:
少年(M):人を待ってるのって、悪くないな。
0:
少年(M):とても穏やかな風が吹いた。
少年(M):ふと、俺の視界に見覚えのあるものが映った。ここに最初に来たとき、黄色い煉瓦づくりの街で見た古びたオブジェだ。
少年(M):相変わらずよくわからない形をしている。
0:
少年(M):…もしかして、街の様子がどんなに変わっても、このオブジェだけは変わらないのか?
0:
少年(M):俺は立ち上がり、不思議なオブジェに近づいた。そして何気なく腕を伸ばしてそれに触れると…
少年(M):街の様子は一変。
少年(M):高いビル、自動車、狭い空、都会の町並み。そこは俺のよく知っている場所だった。
少年(M):俺が生まれ育った場所…
少年(M):心臓の音が大きく鳴った。
0:
少年(M):まさか、本当にあの街…?
0:
少年(M):そうであってほしくなかった。だからじっとしていられなかった。
少年(M):もし本当にあの街なら…
0:
少年(M):俺は駆けだした。そして止まった先に、あった。俺の家。
少年(M):ビルの裏の、喧騒から隠れたやけに暗くて寂しい場所に、一軒の小さな家。
少年(M):嫌な汗が噴き出した。言いようのない不安が襲った。左目が疼く。腫れがどんどん膨れ上がっていっていくようだ。
少年(M):鼓動の音だけが耳に木霊してうるさい。
0:
少年(M):まさか、まさか…
0:
少年(M):中に入りたくないのに、俺は家の扉を開けていた。
少年(M):見慣れた中の様子。とても薄暗い廊下。
0:
少年(M):あの時と同じだ。
少年(M):友達と遊んで帰ってきた俺は、いつもの「おかえり」がないことに違和感を感じながらお母さんを探した。
少年(M):この薄暗い廊下を歩いていると、叫び声と、ドタドタと玄関に向かって走ってくる音が近づいて来たんだ。
0:
少年(M):今見ている風景と、閉じこめ続けてきた二年前の記憶が重なって映り始める。現実と記憶の境がなくなる。
少年(M):知らない女と、父さんが走ってくる。二人とも体にいくつか切り傷ができて、赤く血がにじんでいる。
少年(M):お父さんは一瞬こっちをちらりと見たけれど、そのまま女と一緒に家の外へいなくなってしまった。
0:
少年(M):腫瘍の痛みはどんどん激しくなっていく。腫れが少しずつ酷くなり、左目を押しつぶしていく。
少年(M):嫌な汗が噴き出して、手や足の先が冷たくなっていく中、軋む床を一歩ずつ踏みしめて前へ進む。
0:
少年(M):そして、台所で立ちすくむ母さんを見つけたんだ。
0:
少年(M):ゆっくりと顔を上げて振り返った母さんは、うつろな瞳から止めどない涙を流して僕に言うんだ。
0:
少年の母:…あの人がいけないのよ…こんなに愛してるのに…何であんな女がいいのよ。何で別れようなんて言うの?
少年の母:もう私はあの人の中にいないの…私は、どこにもいないの!!
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少年(M):母さんどうして?僕がいるじゃない。僕の中に母さんがいるじゃない。
少年(M):母さんの中には父さんしかいないの?僕はいないの?
少年(M):母さんは…父さんにとり憑かれた亡霊だ。
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少年の母:何…?何でそんな目で見るの?ねぇ、正斗!!
0:
少年(M):まさ…と…俺の名前…。
少年(M):母さん、手に包丁持ってた。ほんのり赤く光った刃がこっちを向いた。
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少年の母:見ないで…そんな目で見ないで…私は悪くない…悪くない!!
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少年:母さんやめて…
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少年(M):母さんが近づいてくる。怖くて逃げだしたいのに、体が金縛りにあったみたいに動かない。
少年(M):母さんが僕を見てる。腕を振りあげて、刃を僕に向けて、まっすぐ…おりてきた
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少年の母:見ないでぇぇ!!
0:
少年(M):刃は、俺の右目を突き刺した。
少年(M):眼帯の下の古傷、二度と思い出したくなくて隠していたのに。
0:
少年:痛い!!痛いよ、やめてよ母さん…!
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少年(M):力一杯抵抗した。
少年(M):俺が抵抗したら、母さんは包丁を落とした。反射的にそれを拾ってしまったんだ。
少年(M):あの時、俺は泣いていた。左目から溢れて、溢れて…。
少年(M):今は、ただただ激しく痛む。左目の上の腫瘍が膨れ上がっていく。
少年(M):今見えているのは過去の記憶。ここはあの家に似ているだけで、母さんがいるわけじゃない。
少年(M):なのに何でこんなに鮮明なんだよ…もう見たくない!
少年(M):左目が悲鳴をあげてる。腫れが酷くなっていく。どんどん視界が狭まっていく。
少年(M):いっそこのまま完全に押し潰してくれたら、何も見えなくなってしまったら…でも、瞼の裏にまで鮮明に映る。
少年(M):母さんの手が俺の持ってる包丁に向かってきて…何が起きたのか分からなかった。
少年(M):俺は、手に持っている包丁を、母さんのお腹に突き刺していた。
少年(M):母さんは苦しそうに悶えてた。真っ赤な手で俺の顔に触った。そして倒れ込んで…動かなくなった。
少年(M):あの時、この瞬間に、俺の涙はぴたりと止まって、枯れ果てたんだ。
少年(M):そしてこの瞬間に「正斗」は死んだんだ。犯してしまった罪から逃れる為に、俺が殺したんだ。
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0:
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0:
住人:街の色が無くなっていく…
住人:あのビルの裏の家からだ!
住人:無色化がどんどん広がっていく…
住人:「灰色の街」だ!!
住人:災いが起こるぞ!
住人:どうしてだろう、涙が止まらない。
0:
青年(M):なに?灰色の街?こんなの初めてだ…なんでだろう、涙も止まらないけど、胸まで引き裂かれそうに痛い。
青年(M):心臓をぽっかり抉りとられたみたいに、虚しい、心が死んでしまったみたい。
青年(M):これがあの子の気持ち?僕がずっと代わりに流していた涙のわけ?
0:
青年:…うわっ!地面が割れた!?水柱が噴き出してる!?
0:
0:高い建物に避難する住人。急速に水面下へと消えていく灰色の街。
0:あちこちで渦が発生し、水の流れが勢いを増す。
0:空は灰色の雲に厚く覆われ、激しい雨が吹き荒れる。
0:
青年:早く…僕が見つけなきゃ!
0:
0:青年、痛む胸を押さながら水面下へ飛び込む。
0:息継ぎをしながら建物の間を泳ぎ続けると、水面から顔を出しているビルの屋上に、水柱によって打ち上げられた少年を見つける。
0:
青年:いた!見つけた!
0:
0:少年、打ち上げられた衝撃で気を失っている。
0:
青年:起きて!ねぇ、起きろよ!!
0:
少年(M):誰…だ?
青年:…良かった!目を覚ました!
0:
少年(M):左目がもうほとんど開かない…でも、かすかに見える。
少年(M):だから…何でお前が泣くんだよ…助けないでくれよ…
少年(M):ごめん、母さん…俺ズルかった。母さんを傷つけた「正斗」でいることが苦しくて、「正斗」を死んだことにしたかった。
少年(M):でも「正斗」は死ななかった。俺の心の奥にいて、犯した罪に怯えながらいつも俺を見張ってた。
少年(M):「お前は卑怯だ。お前も僕のくせに、どうして僕だけ殺そうとするんだ。どうして僕にだけ罪を着せようとするんだ」
少年(M):「お前は被害者じゃない。お前は可哀想なんかじゃない。だからお前が泣くことなんて、絶対に許さない」って。
少年(M):正斗、ごめん。お前を殺すなら、俺も消えなきゃね。
0:
0:少年、這いずりながら屋上の淵まで進み、再び水の中に飛び込もうとする。
0:
青年:待って!!
0:
0:青年、涙の粒が大きくなる。
0:
青年:嫌だよ!!
少年:うるさい…邪魔すんな…
青年:初めてだったんだ…僕を追いかけてきてくれた人…僕の、僕のことを…初めてだったんだ…
0:
少年(M):…バカ。お前だって助けに来てくれたじゃん…誰も来ないと思ったのに…
0:
青年:君には、生きていてほしいんだ!!!
0:
少年(M):俺…には?
0:
0:二人のいるビルの真下から、勢いよく水柱が立ち上がる。
0:
青年:!!
少年:!!
0:
0:水圧によって飛ばされた二人、別々に水中へ投げ出される。
0:少年は水中で、潰れた左目をこじ開け、青年を探す。
0:
少年(M):アイツは…どこに行った!?
少年(M):…いた!渦の中!助けなきゃ!
0:
0:少年、渦の中に飛び込み、気を失っている青年の手をつかむ。
0:しかし激しく渦巻く水流からなかなか抜け出すことができない。
0:
少年(M):いいんだ、俺はここで死んでも。だけどこいつは…こいつだけは死なせない!
0:
0:少年、渦の中心に、あの古ぼけたオブジェを見つける。
0:
少年(M):あれは…!!あの古ぼけたオブジェ!!
少年(M):あれに触ったら街が変化したんだ…なら!
0:
0:少年、めいっぱい腕を伸ばす。
0:
少年(M):届け!
0:
0:激しく回転する渦の中、懸命に手を伸ばす。
0:
少年(M):助けたい…助けたい、助けたい!!
0:
少年(M):―届いた!…どうして何も変わらないんだ!?
0:
0:少年、息苦しさで意識が遠のいていく。
0:
少年(M):ダメだ…まだダメだ!こいつだけは助けるんだ!変われよ!!変われ!!
少年(M):こいつは本当は、どこへでも行けるんだ。ちょっと怖がってるだけで…本当はどこまでも雲を追いかけていけるんだ。
少年(M):こんなところで死なせるもんか!コイツは…へらへら笑いながら青い空の下を生きてくんだ!
0:
少年:…俺だって…本当はそうやって生きていきたい…
0:
少年(M):その時、俺の思いにオブジェが応えた。
少年(M):オブジェが光ると周りの渦は一層激しく回転し、大きな波となってはじけた。
少年(M):はじけた大波は小さな水の粒となって分散し、街全体を包み込むようにパラパラと降り注いだ。
少年(M):雨はポツポツ小降りになり、地面に薄く水が残っただけ。
少年(M):今までの騒ぎが終って、急に街は静かになった。
0:
0:
青年:(咳込んで目を覚ます)あの子は…!
0:
0:隣で倒れている少年を見つけ、抱き起こす。
0:避難していたこの街の住人たちもみんな降りてきて、少年の周りに集まる。みんな泣いている。
0:
少年:(咳込んで目を覚ます)
0:開かない目を少しだけこじ開け、青年の無事を確認する。
少年(M):良かった…助かったんだ…
少年(M):なんだ、まだ泣いてんのかよ、こいつ。
0:
少年(M):何だろう…こいつを助けられて良かったのと、
少年(M):また戻ってきた過去の痛みと、
少年(M):自分が死に損なった虚しさと、
少年(M):それから…今生きてる、喜び。
少年(M):なんだこれ。複雑過ぎてわけわかんねぇ。なんでこんなに目頭が熱いんだ。
0:
0:少年、泣いている青年と、その後ろの住人たちを見る。
0:
少年(M):なんだよ…みんな揃ってバカみたいに泣いてるんだもん…。俺も…泣いていい…?
0:
少年(M):俺の体からフッと力が抜けた。
少年(M):視界が暗くなった。完全に潰れてしまった左目から、一筋の涙がこぼれた。
少年(M):一度流れると止めどなく溢れた。涙と一緒に、これまでの苦しみも、悲しみも、寂しさも、ほんの少し洗い流されるようだった。
少年(M):涙が流れていくたびに、左目の腫れが小さくなるのを感じた。
少年(M):そして完全に消え去ったのと同時に、立ちこめていた厚い雲が晴れていき、どこまでも続く青空が現れた。
少年(M):水の粒でコーティングされたすべての建物と、地面に薄く張った水面にそれが映って、街全体が青空を映した。
少年(M):街全体が、青空に包み込まれたみたいだった。
0:
少年(M):しっかりと開くようになった瞳に、お前が映る。その後ろに大きな空を背負って。
0:
少年(M):あぁ…何て青いんだろう…お前によく似てる。
0:
0:少年、体を起こして青年に言う。
0:
少年:俺たち今…空の中にいるな
青年:…!!うん!!
0:
少年(M):俺たちは顔を合わせて笑った。
少年(M):街の奴らはもう涙を流していない。きっと、俺が自分で泣くことが出来たから。
少年(M):みんな空に囲まれたこの場所で、眩しいくらいの笑顔をふりまいた。
少年(M):でもあいつの涙だけはまだ止まっていなかった。それはその涙が、あいつ自身の喜びと安堵の涙だから。
0:
少年(M):しばらくして、やっとあいつの涙も止まった。
0:
0:
0:
0:
0:
0:少年と青年、街を出てバス停まで続く道路に立つ。
0:
青年:元気でね。
少年:…お前はずっと、ここにいるのか?
青年:…うん。君はさ、やっと生まれ変われたんだから、新しい場所に行かないとね。
青年:…そうだ!僕が君に新しい名前をつけてあげる!
0:
青年:「空斗」僕が一番好きなもの
0:
少年(M):天を仰ぎながら、あいつは言った。
少年(M):遠くの方からバスがやってくる。
0:
青年:ほら、バスが来たよ
0:
少年(M):俺は一人で乗り込んだ。
0:
運転手:よぉチビ
少年:チビじゃない!俺の名前は…空斗だ!
運転手:空斗か…。いい名前だ。
0:
0:少年、席に着く。
0:バスのドアが閉まる。
0:
青年:バイバイ、空斗。
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0:
運転手:どこまで乗せていく?
少年:あのバス停まででいい。あとは自分で歩いていく。
0:
少年(M):俺は空を見て考えた。
0:
少年(M):事件の後、幸いにも母さんは一命をとりとめた。
少年(M):それでも俺の負った心の傷は深く、二年間精神病棟に入っていた。
少年(M):拭け出してあのバス停に行くまで、ただ一人、病室から四角くて狭い空を眺めていた。
少年(M):母さんは俺とは違う警察の精神病棟に入って、今もあの狭い空を見ているのかな。
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少年(M):ごめん、母さん。助けてあげられなくて。俺一人逃げ出して。
少年(M):でも俺、やっぱりちゃんと生きていきたい。この命は母さんが産んでくれたから。
少年(M):俺は空斗に生まれ変わったけど、正斗もちゃんと、俺の中にいる。
少年(M):右目の傷も、もう隠さない。全部受け止めて、生きていくよ。
少年(M):母さんもいつか、一緒に受け止めてくれるかな。その時はきっと、会いに行くから。
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青年(M):天気のいい午後、時間はゆっくり流れ、雲はゆったり空を泳ぐ。
青年(M):今日も僕はその後をついていく。
青年(M):長い長い道路の先に、あのバス停が見えてきた。
青年(M):雲はバス停を通り過ぎた。僕はそこで止まった。
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青年:…まだこんなところにいたの!?
0:
青年(M):バス停には、もう会えないはずの君がいた。
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少年:お前来るの遅いんだよ
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青年:どうして…
少年:…こんな空を見る度にさ、お前のこと思い出すんだ。だから俺はお前のこと「青」って呼ぶよ。
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青年(M):「青」―僕の名前?
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少年:俺にとってお前は、「誰でもない奴」なんかじゃないから…お前は、お前しかいないから。
0:
青年(M):空斗はバス停の先へ一歩踏み出して、僕に言った。
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少年:行くだろ?
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青年(M):あのバス停の向こうの世界に、僕を必要としてくれている人がいる…?
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青年:…うん!
0:
青年(M):僕たちはバス停の向こうの世界へ踏み出した。
青年(M):空は限りなく広がって、どこまでも澄んでいて。
青年(M):空斗、青。二人でこの先の明日に向かって歩いていく。