台本概要
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タイトル | 今夜の月は美しい |
---|---|
作者名 | まりおん (@marion2009) |
ジャンル | ラブストーリー |
演者人数 | 2人用台本(男1、女1) |
時間 | 40 分 |
台本使用規定 | 台本説明欄参照 |
説明 |
わたしに実害が無い範囲で、有料無料に関わらず全て自由にお使いください。 過度のアドリブ、内容や性別、役名の改編も好きにしてください。 わたしへの連絡や、作者名の表記なども特に必要ありません。 325 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
颯太 | 男 | 278 | |
美月 | 女 | 279 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
美月:わたし、女優になる。
颯太:・・・そうか。
美月:うん。
颯太:・・・頑張れ。
美月:え?・・・それだけ?
颯太:え?なにが?
美月:それだけ?って聞いてるの。
颯太:他になにを言えと?
美月:もっとあるでしょ!頑張れとか、応援してるよとか。
颯太:頑張れは言ったよ。
美月:そうだけど、心がこもってない。
颯太:はあ?
美月:あんな棒読みの頑張れなんて、言ったうちに入らないから。
颯太:そうか。
美月:そうよ。
颯太:はーい。
美月:なに?なんなのよ、その興味なさそうな態度は。
颯太:あ、わかってた?興味ないって。
美月:わかるよ!そんだけ棒読みで返事されれば誰でもわかるっつーの!
颯太:そうか。それはよかった。
美月:よくない!
颯太:え?
美月:普通、興味持つでしょ?わたしが急に女優になるって言い出したんだから。
颯太:だって、どうせあれだろ?
美月:なによ。
颯太:なんか、かっこいい俳優を見つけて、女優になればお近づきになれる~とか、どうせそんな理由だろ?
美月:うっ、・・・それだけじゃないかもよ?
颯太:やっぱり、それが理由か。
美月:いいじゃない。なにがいけないの?イケメンは正義なの。
美月:わたしはイケメンを愛でるために生まれてきたの。
颯太:そうか。なら、勝手に愛でてくれ。
美月:だ~か~ら~、どうしてそんなに興味なさそうなのよ!
颯太:興味なさそうなんじゃなくて、興味ないんだよ。
美月:え?マジ?どうして?
颯太:え?美月、本気で言ってる?
美月:当たり前じゃない。こんなにかわいいわたしのこと、興味ない男がいるわけ無いじゃん。
颯太:・・・ソウデスネ。
美月:今日イチの棒読み出たんですけど?
颯太:ソンナコトナイヨ。
美月:だから、棒読みやめてって言ってるの。
颯太:わかったよ。で?なんで、俺にそんなこと報告に来たの?
美月:だって颯太、昔、子役やってたんでしょ?
颯太:・・・だから?
美月:わたし、演技とかしたことないから。
颯太:・・・ないから?
美月:わたしにお芝居教えてよ。
颯太:嫌だ。
美月:ちょ!なんで即答!?
颯太:俺はもう芝居とかしないの。
美月:なんでよ。
颯太:なんでも。
美月:ぶぅ。
颯太:ぶた。
美月:もう!
颯太:うし。
美月:こけこっこ。
颯太:いや、こけこっこはおかしいだろ。
美月:教えてよ~。ねえ、教えて~。
颯太:・・・・・・。
美月:颯太は芝居しなくていいからさ。わたしがやるだけ。ねっ!
颯太:・・・俺だってもう5年以上のブランクがあるから。
美月:いいよ。大丈夫。怒らないでくれたらそれでいいから。
颯太:・・・怒られるような演技するのか?
美月:え?いや、真剣にはやるよ?でも、なにせ初心者だから、そんなにうまくは出来ないと思って・・・。
颯太:うまくできないのなんて当たり前なんだよ。むしろうまくやろうとするな。
颯太:うまくやろうとすれば、どうしても体が緊張しちゃうからな。
颯太:まずは、演技を楽しむこと。それが一番大事なんだよ。
美月:・・・・・・。
颯太:な、なんだよ。
美月:やっぱ颯太、お芝居好きなんじゃん。
颯太:は?別に好きじゃないよ。
美月:だって、好きじゃなかったら、楽しむのが一番大事なんて言わないよ。
颯太:こ、これは、昔、俺が先生から言われた言葉で、
颯太:たしかにそうだなって俺も思ったからで・・・。
美月:でも颯太・・・。
颯太:はい。これ以上なにか言うようなら、もう付き合わないぞ。
美月:・・・わかったよ。で?はじめは何をすればいい?
颯太:そうだなぁ・・・。
美月:わたし、告白されて戸惑う女子やりたい。
颯太:は?
美月:まだ出会って間もないイケメンから、急に告白されて戸惑う女子やりたい。
颯太:いやいや、なに言ってんの?
美月:え?だめ?
颯太:うん、いや、楽しめとは言ったけど、いきなりそんなシチュエーション?
美月:うん。やりたい。
颯太:え~と・・・、どうしようかな。
美月:え~、だめ?
颯太:だめ・・・では、ないけど・・・。
美月:お願い。一回だけ。ね。
颯太:・・・ふぅ。しかたない。そんなにやってみたいなら、一回やってみるか。
美月:わーい、やった~!
颯太:よし。じゃあ、俺が手を叩いたら、まずは好きに演じてみて。
美月:わかった。
颯太:じゃあ行くよ?よーい、スタート!
美月:・・・・・・。
颯太:・・・・・・。
美月:・・・・・・。
颯太:・・・・・・カット!・・・え?なに?なんで演技しないの?
美月:え?だって、告白されてないから。
颯太:え?それは、された体(てい)でやってよ。
美月:無理だよ。
颯太:え?
美月:無理です。
颯太:え?なんで?
美月:だってわたし、演技経験無いんだよ?
颯太:威張って言うなよ。
美月:そんなわたしが、想像の相手と演技なんてできるわけないじゃん。
颯太:じゃあどうすんだよ。
美月:颯太やってよ。
颯太:は?
美月:だから、颯太が相手役やってよ。
颯太:なんで俺が。
美月:だって、ここには颯太しかいないんだからしょうがないじゃん。
颯太:しょうがないって、お前な・・・。
美月:なに?なんか文句ある?
颯太:文句・・・、文句じゃないけど、俺はもう芝居しないって言ったろ?
美月:言ったね。
颯太:言ったね、じゃないよ。
美月:でもほら、女心と秋の空って言うじゃない?
颯太:いや、俺、女じゃないし。
美月:そうだけど~。でもほら。
颯太:なに?
美月:相手役がわたしだよ?
颯太:だから?
美月:『かわいい美月のためだ、しかたない、俺が相手役をするか』。
美月:ほらね?なんだかやる気になってこない?
颯太:・・・かわいい美月って時点でおかしくね?
美月:なによ!わたしかわいいでしょ!わたしのことめちゃめちゃ大好きでしょ!?
颯太:どんだけ自分に自信があるんだ?
美月:女優になろうってんだから、これくらいじゃなきゃダメでしょ。
颯太:む・・・、たしかにそうではあるけれど・・・。
美月:ほら、ね?だから、颯太やってよ。相手役。
颯太:でも、俺・・・。
美月:颯太!
颯太:っ!
美月:・・・・・・。
颯太:・・・なに?
美月:・・・なにか良い事言おうと思ったけど、思いつかなかった。
颯太:なんだよ、それ。
美月:いいじゃん。別に役者に戻れって言ってるわけじゃないし。
美月:ここでわたしの相手役するだけなんだからさぁ。
颯太:いや、でも・・・。
美月:お願い~。ねえ~。
颯太:ん~・・・、しかたねえな!ちょっとだけだぞ。
美月:やった~!颯太、ありがと!
颯太:そのかわり、今度なにかおごれ。
美月:じゃあ、今度アイス買って来てあげる。
颯太:子供か。
美月:いいから、早くやろ~。
颯太:くそう。こうやっていつもこいつのペースに巻き込まれるんだよなぁ。
美月:ん?なにか言った?
颯太:なんでもない。
美月:ほら、じゃあやるよ。
颯太:あ、ああ。え~と、じゃあ出会って間もないって、どれくらいの設定?
美月:今。
颯太:え?
美月:今、出会ったばっか。
颯太:え?俺、今出会ったばっかの女に告白するの?
美月:そう。
颯太:大丈夫?
美月:なにが?
颯太:そいつ。
美月:大丈夫だよ。一目ぼれだから。
颯太:う~ん・・・。ちなみに、どうやって出会うの?
美月:角でぶつかるの。
颯太:角で?
美月:そう。
颯太:曲がり角で?
美月:曲がり角で。
颯太:曲がり角でぶつかって、一目ぼれしていきなり告白するの?
美月:そう。
颯太:やばい奴じゃね?
美月:大丈夫。
颯太:なんで?
美月:わたしがめちゃくちゃ美女だから。
颯太:・・・え?
美月:だから、わたしがめちゃくちゃ美女だから。
颯太:・・・・・・。
美月:わかった?
颯太:・・・うん。なるほどね。わかった。
美月:よし、じゃあ行くよ?今度はわたしがスタート言うね。
颯太:うん。好きにして。
美月:はい、じゃあ本番行きま~す。よ~い、スタート!・・・どん、きゃ!
颯太:あ、すみません。大丈夫ですか?
美月:ちょっと、あんた!どこに目をつけてんの・・・よ。
颯太:怪我はありません・・・か?
美月:・・・・・・え?あ、はい。大丈夫です。
颯太:あ、そ、そうですか・・・。あ、どうぞ、手を。
美月:え?あ、すみません。ありがとうございます。
颯太:・・・・・・。
美月:あ、あの・・・、もう、手を・・・放してもらえますか?
颯太:好きです。
美月:はい?
颯太:あの、突然こんなこと言って、おかしいことはよくわかっています。
颯太:それでも、あなたのことを好きになってしまったんです。
美月:ええ?そんな・・・。急にそんなことを言われても・・・困ります。
颯太:すみません。そうですよね。ごめんなさい。
美月:いえ・・・。
颯太:それでも、僕にチャンスをもらえませんか?
美月:チャンス?
颯太:あなたの恋人に立候補するチャンスです。
美月:ええ!?
颯太:これ、僕の名刺です。携帯の番号とアドレスが書いてあります。
颯太:もし嫌じゃなければ連絡ください。待ってます。
美月:そんな、嫌だなんて・・・。
颯太:すみません。今は時間が無くて・・・。でも、僕は本気ですから。
颯太:連絡待ってますね。では、失礼します。
美月:あ・・・。橘颯太(たちばなそうた)、さん・・・。素敵な人だったな・・・。
颯太:・・・カットー!
美月:え?え?これどう?良かったんじゃない?ねえ?良かったんじゃない?
颯太:・・・・・・。
美月:ん?どうしたの?颯太。
颯太:いや、なんつーか。
美月:なんつーか?
颯太:全然役がつかめなかった・・・。
美月:わたしの?
颯太:いや、自分の。
美月:え~?良かったと思うよ?
颯太:いや、ダメだろ。全然ダメ。
美月:なにがダメなの?
颯太:好きになった理由が全然消化できてない。
美月:え~?だから、それはわたしがめちゃくちゃ美女だからでしょ。
颯太:うん。だから、それを自分の中で飲み込めてなかった。
美月:どういうこと?
颯太:美月のことを美女として見られなかったってこと。
美月:・・・・・・。
颯太:そのせいで、根本的な部分に嘘が生じて、全部が嘘になっちゃった。
颯太:こんなんじゃ、全然相手役が務まってないよ。
美月:・・・そっか。ま、しかたないよ。これから上手になっていけばいいよ。
颯太:美月・・・。
美月:よしよし、そんなに落ち込むな。
颯太:・・・ん?なんかおかしくね?
美月:なにが?
颯太:なんで俺が芝居で美月に慰められてんだよ。
美月:それは、颯太が未熟だからでしょ?
颯太:うっ・・・、それは言い返せないけど。つーか、違うだろ!
颯太:美月が俺に芝居教えてくれって言ったんだろうが。
美月:そうなんだけど。なんて言うか、自分の才能が怖い。
颯太:おい。
美月:もう完璧じゃなかった?そのままドラマの主演で行けそうな勢いだよね?
美月:いきなり月9のヒロインに抜擢されたらどうしよう?
颯太:・・・なに言ってんの?
美月:え?だって良くなかった?わたしの演技。
颯太:ま、まあ、演技未経験者にしては、悪くなかったと思う。
美月:でしょ?これはもうオスカーも狙えるね。
颯太:オスカーってなんだかわかってる?
美月:ん?なんかすごい賞なんでしょ?よく知らないけど。
颯太:・・・まあいいや。で、どう?楽しかった?
美月:うん!お芝居楽しいね!もっとやりたい。
颯太:そっか。楽しさがわかったか。
美月:うん。楽しい。
颯太:じゃあ、芝居の楽しさがわかったところで、基礎練(きそれん)やろうか。
美月:え~、もっとお芝居したい~。
颯太:え~、じゃない。
美月:だって、まだ一回しかやってないんだよ?もっと色んなパターンやってみたい。
颯太:色んなパターンって?
美月:俺様系のイケメンに、出会ってすぐに告白されるとか。
颯太:同じじゃねえか。
美月:違うよ!全然違う!さっきのは一人称が僕だったじゃん。
美月:今度は俺様系だから、当然一人称は俺だもん。
颯太:そこ以外は全部同じだろ。つーか、また告白されるパターンかよ。
美月:だって、イケメンに告白されたいんだもん。
颯太:俺は、お前の欲望を満たすために付き合ってやってるんじゃない。
美月:え~。
颯太:え~、じゃない。
美月:じゃあ、なにするの?
颯太:恋愛以外のシチュエーションもやろう。
美月:え~。
颯太:え~、じゃない。
美月:び~。
颯太:Bでもない。
美月:だって、わたし恋愛もののヒロインがやりたいんだもん。
颯太:自分がやりたい役なんて、そうそうやれるもんじゃないんだからな。
美月:ぶぅ。
颯太:ぶた。
美月:もう!
颯太:うし。
美月:クックドゥードゥルドゥー。
颯太:なんで英語になったんだよ。
美月:じゃあ、なににする?
颯太:しょうがないから、設定は美月が決めて良いよ。やりたいやつやれよ。
美月:う~ん、やりたいやつかぁ~。
颯太:なんでもいいよ。
美月:う~ん・・・、医者、とか?
颯太:おお、医療ものは大体いつでも人気あるし、需要はあると思う。
美月:じゃあ医者にしよ。そんで、わたしは超天才美人外科医。
颯太:・・・どっかで聞いたことある設定だな。
美月:人気あるドラマなんて、みんな同じような設定を使いまわしてるよ。
颯太:まあ、そうか・・・。
美月:で、颯太は新人の研修医。
颯太:え?俺、新人なの?
美月:そう。で、人一倍熱く理想に燃えてるの。
颯太:ふむ。
美月:でもね、現場の実状はそんな颯太には厳しかった。
颯太:ん?
美月:重症患者が運び込まれても、新人の颯太には出来ることがほとんどない。
美月:そんな時、腕は超一流だけど普段やる気なさそうに見えるわたしが登場。
颯太:・・・やっぱどこかで見たような。
美月:あっという間に完璧に手術を終え手術室を出て行くわたしに、颯太は問いかけるの。
颯太:なんて?
美月:・・・そこは、自分で考えて。
颯太:おい!そこが一番重要だろ!
美月:はい、じゃあ行くよ?
颯太:え?もう?
美月:じゃあ本番~、3、2、1、スタート!
颯太:・・・急患!?こ、これは・・・、ひどい。俺じゃどうしようもない・・・。
美月:どうしたの?
颯太:っ!あなたは!ドクター美月!
美月:急患のようね。
颯太:はい。
美月:これは・・・、あばらが折れて、肺に刺さっているわ。
颯太:ええ?大丈夫なんですか?
美月:すぐに手術をすれば大丈夫よ。
颯太:しかし、今、他の先生は別の手術をしていて、自分と先生しか・・・。
美月:大丈夫。わたし、失敗しないから。
颯太:ドクター美月・・・。
美月:患者を早く手術室へ運んで。
颯太:は、はい。
美月:わたしたち二人で、助けるわよ。
颯太:・・・はい!
美月:メス。
颯太:はい。
美月:汗。
颯太:はい。
美月:メス。
颯太:はい。
美月:汗。
颯太:はい。
美月:メス汗。(徐々にテンポよく)
颯太:はいはい。
美月:メス汗。
颯太:はいはい。
美月:メスメス汗汗メス汗。(リズムよく)
颯太:ハイ!
美月:・・・終わったわ。成功よ。
颯太:え?もうですか?
美月:わたしを誰だと思ってるの?天才外科医、ドクター美月よ。
颯太:ドクター美月・・・。
美月:じゃあ、わたしは次のオペがあるから。
颯太:ドクター美月。
美月:・・・なにかしら?
颯太:一つ聞かせてください。
美月:答えられることなら。
颯太:・・・メスだけで、どうやって縫合したんですか?
美月:・・・君がもう少し大人になったら教えてあげるわ。
颯太:ドクター美月!
美月:じゃあね、また会いましょう。
颯太:・・・カットー!
美月:やばい。わたし、やっぱり天才かも。
颯太:ちょっと。美月、ちょっと。
美月:ん?なに?
颯太:いや、なに?じゃないでしょ。なんだよ今の。
美月:え?なにか変だった?
颯太:いや、色々おかしかったろ。
美月:え~?そう?悪くなかったと思うけどな~。
颯太:急に。急にクオリティ落ちた。なんでメスと汗しか言わないんだよ。
颯太:切って拭いて切って拭いて。それでなんで手術が終わるんだよ。
美月:だって、わたし医療もののドラマ見ないから。
颯太:じゃあ、なんでやろうって言い出したんだよ。
美月:だって、やってみたかったんだもん。
颯太:なんだそりゃ。
美月:颯太だって、最後のあの台詞はなによ。
颯太:あの台詞って?
美月:『・・・メスだけで、どうやって縫合したんですか?』って、あれ!
美月:あんなのただの意地悪じゃない。
颯太:だって、純粋に気になったんだもん。
美月:わたしの機転を利かせたアドリブのおかげでなんとかなったものの。
颯太:いや、なんともなってないけどね。
美月:いい?お芝居って言うのは、相手との助け合いなの。勝負じゃないのよ。
美月:その辺を勘違いしてるようじゃ、いいお芝居なんて出来ないからね。
颯太:・・・はい。すみません。
美月:うむ。わかればよろしい。
颯太:・・・だから、おかしくね?なんで俺が芝居について美月にダメだしくらってんの?
美月:それは、颯太が芝居を壊すようなアドリブ入れるからじゃない。
颯太:ぐっ、一々(いちいち)正論なだけに言い返せない・・・。
美月:あ~、でもなんかお芝居楽しいかも。うん。わたしお芝居好きだわ。
颯太:・・・そうか。
美月:うん!
颯太:・・・よし、わかった。今日はとことん付き合ってやるよ。
美月:え?ホント?
颯太:ああ。基礎的なことは明日からでいい。今日はとことん楽しもう。
美月:やった~!だから颯太大好き!
颯太:え?
美月:じゃあ、次、なにやる?
颯太:ああ、そうだな。今度はどんなのがやりたい?
美月:そうだな~。じゃあ、今度は刑事ものがいいかな。
颯太:お、いいね。刑事もの。面白そうじゃん。
美月:じゃあ、わたしが犯人やるから、颯太は刑事役ね。
颯太:え?美月が刑事じゃないの?
美月:うん。わたしは犯人がやりたい。
颯太:そうか。
美月:で、わたしは銀行強盗ね。立てこもってるの。
颯太:うん。
美月:で、颯太は、わたしを説得する刑事ね。
颯太:なるほど。ベタだな。
美月:わかりやすくて良いでしょ?
颯太:まあな。
美月:じゃあ、準備はいい?
颯太:おう。
美月:じゃあ、本番行きま~す。よ~い、はい!
颯太:・・・犯人に告ぐ。君は完全に包囲されている。大人しく投降しなさい。
美月:うるさい!こっちには人質がいるんだぞ。お前こそ、こっちの要求を飲め!
颯太:これ以上罪を重ねても、何もいいことはないぞ。
美月:うるさいって言ってるだろ!いいから早く逃走用の車を用意しろ!
颯太:・・・お前、故郷(くに)はどこだ?
美月:・・・はあ?
颯太:おふくろさんは、このことを知ってるのか?
美月:うるさい!お前には関係ないだろ。
颯太:おふくろさんがこの事を知ったら悲しむぞ?それでもいいのか?
美月:(母)あら?あたしのことを呼んだかい?
美月:(娘)母さん!出てきちゃダメよ。
美月:(母)でもほら、あの刑事さんが呼んでるみたいだから・・・。
颯太:お、お母様ですか?
美月:(母)はい。この子の母です。
颯太:親子で強盗してるんですか?
美月:(母)ええ、まあ。
颯太:そうですか・・・。
美月:(娘)ほらな。だから余計なこと言ってないで、さっさと車を用意しな!
颯太:(父)・・・美月、母さん。
美月:(娘)・・・はあ?
颯太:(父)美月。俺がわからないか?俺だ。父さんだ。
美月:(娘)はあ?父さん・・・?
颯太:(刑事)ちょっと、あなた。誰ですか。
颯太:(父)そうだ。お前が三歳のときに出て行った父さんだ。
颯太:(刑事)お父さん?まさか・・・。
颯太:(父)・・・いや、父さんと名乗るのはおこがましいか。
颯太: 俺のせいで、ずいぶん苦労を掛けただろうからな・・・。
美月:(娘)父さん・・・?本当に父さんなの?
美月:(母)違うわ!父さんじゃない。あんな人、あなたの父さんなんかじゃないわ。
美月:(娘)母さん・・・。
颯太:(父)刑事さん、私に説得させてください。どうかお願いします。
颯太:(刑事)・・・わかりました。では、お願いします。
颯太:(父)ありがとうございます。
美月:(娘)・・・今さら何しに来やがったんだよ。
美月: あんたのせいで、母さんがどれだけ苦労したと思ってるんだ。
美月:(母)美月・・・。
颯太:(父)母さん、いや、秋江。すまなかった。許してくれとは言わない。
颯太: でも、話を聞いて欲しいんだ。なぜ俺が黙って姿を消したのかを。
美月:(母)あなた・・・。
颯太:(父)俺には昔からの親友がいた。小学校からの付き合いだ。
颯太: 俺は親友だと思っていたし、きっとあいつもそう思ってくれていたと思う。
颯太: だから、あいつに保証人になって欲しいと言われた時、何も考えずにOKしてしまった。
颯太: だが、あいつは事業に失敗して借金が返せなくなってしまった。
颯太: その額、一億円。
美月:(娘)一億!?
颯太:(父)ああ、そうだ。俺は、その借金をお前たちに背負わすわけにはいかなかった。
颯太: だから、お前たちと縁を切るために姿を消したんだ。
美月:(母)そうだったの・・・。
颯太:(父)それからは地獄のような日々だった。返しても返しても借金が減らない。
颯太: 何度も何度も諦めかけた。いっそ死んでしまおうかとも思った。
颯太: でも、それでもいつか、たとえ許してもらえなくても、
颯太: お前たちの幸せな姿を一目見たいと思って頑張ってきたんだ。
美月:(娘)父さん・・・。
颯太:(父)そして今日、やっと借金を返し終えたというのに・・・、なんで。
颯太: なんでこんなことをしてしまったんだ!なんで、こんなことを・・・。
美月:(娘)だって・・・、母さんが・・・。
美月:(母)美月!そのことは言わないで!
颯太:(父)母さんが?母さんがどうかしたのか?
美月:(母)ううん。なんでもないの。もうあなたには関係ないことだわ。
颯太:(父)美月!教えてくれ!母さんがどうかしたのか?
美月:(娘)・・・・・・。
颯太:(父)美月!
美月:(娘)・・・ガンなの。
美月:(母)美月!
颯太:(父)え?
美月:(娘)母さんはガンなのよ!早く治療しないと、死んじゃうの!
颯太:(父)・・・なんだって?
美月:(娘)だから、どうしてもすぐにお金が必要で・・・。
颯太:(父)そうだったのか・・・。そんな・・・。
美月:(母)・・・刑事さん、聞いてください。
颯太:(刑事)はい。なんですか?
美月:(母)今回の事件は、全てわたしがやったことです。美月はわたしに脅されていただけ。
美月:(娘)母さん?なにを言ってるの?
美月:(母)いいから聞いて。美月、あなたはお父さんのところに行きなさい。
美月:(娘)え?じゃあ、母さんは?
美月:(母)わたしは警察のところに行くわ。
美月:(娘)そんなの、そんなのダメよ!
美月:(母)聞いて。警察に捕まれば、延命のための治療を受けられるわ。
美月: だから、わたしにとってはそれが一番いいことなの。
美月:(娘)でも・・・。
美月:(母)わたしの心配はあなたのことだったの。でも、お父さんが帰ってきた今、
美月: その心配事も無くなった。だから、お母さんは、警察に行くね。
美月:(娘)お母さん・・・。
美月:(母)刑事さん、どうでしょう?全てわたしがやったことにしていただければ、
美月: 人質を無事に解放して、わたしたちも投降します。
颯太:(刑事)・・・わかりました。その条件を飲みましょう。
颯太:(父)刑事さん!
颯太:(刑事)・・・それが一番いい方法でしょう。娘さんにとっても、お母さんにとっても。
颯太:(父)・・・わかりました。
美月:(母)ありがとうございます。では、今から人質を解放します。
美月: シュルシュルパッ、シュルシュルパッ、シュルシュルパッ、・・・開放しました。
美月: わたしたちも投降します。後のことはよろしくお願いします。
颯太:(刑事)わかりました。悪いようにはしません。約束します。
美月:(母)美月・・・。元気でね。
美月:(娘)お母さん・・・。お母さん・・・。
美月:(母)ほら、泣かないの。わたしまで、泣けてきちゃうじゃない。うぅ・・・。
颯太:・・・カットー!
美月:・・・やばい。名作できた・・・。
颯太:なんか、俺もちょっとしんみりきちゃった。
美月:でしょ?やばいよね!これ。
颯太:美月が一人二役始めたときはどうしようかと思ったけどね。
美月:颯太だって、勝手に蒸発したお父さんやり始めたじゃん。
颯太:いやもう、これはやるしかないなって思ったから。
美月:でも、これはよかった。本当に名作ができた。
颯太:うん、まあ、なかなか楽しかったよ。
美月:でしょ?
颯太:うん。
美月:・・・じゃあさ、またお芝居やってみない?
颯太:え?
美月:ほら、今お芝居楽しいって言ったし、颯太、うまいんだからさ。
美月:またお芝居やったらいいと思うんだよね。
颯太:・・・・・・。
美月:・・・颯太?
颯太:それが目的?
美月:え?
颯太:急に芝居教えてくれって言ったり、無理やり相手役やらせたり。
美月:いや、別に、そういうんじゃ・・・。
颯太:・・・おかしいと思ったんだよな。いきなり女優になりたいだなんて。
颯太:いくら突拍子も無いことを言う美月でも、さすがに変だと思ったんだよ。
美月:・・・・・・。
颯太:うちの親父に何か聞いた?
美月:え?別に・・・。
颯太:聞いたんだろ?
美月:・・・ちょっとだけ。
颯太:はぁ・・・。
美月:・・・嫌だった?
颯太:別に。もう過去のことだし。
美月:過去のことなの?
颯太:そうだよ。
美月:じゃあ、もういいじゃん。
颯太:なにが?
美月:お芝居したって。
颯太:好きじゃないんだよ。
美月:嘘。
颯太:嘘じゃない。
美月:楽しいって言ったじゃん。
颯太:それは・・・、美月とじゃれてるのが楽しいってだけだよ。
美月:嘘。
颯太:嘘じゃない。
美月:お母さんのこと、思い出すんでしょ?
颯太:・・・・・・。
美月:お芝居してると、お母さんのこと思い出しちゃうから嫌なんでしょ?
美月:だからお芝居しないんじゃないの?
颯太:違うよ。
美月:でも、本当はお芝居好きなんでしょ?やりたいんでしょ?
颯太:違うって。
美月:ねえ、やろうよ、お芝居。颯太のお芝居、とってもうまいと思うよ?だから・・・。
颯太:だから!芝居なんかやりたくねえって言ってんじゃん。
美月:・・・颯太。
颯太:そんなんじゃねえよ。芝居なんて好きじゃねえし、やりたくもねえ。
颯太:・・・なんなんだよ。俺の気持ち勝手に決め付けやがって・・・。
颯太:俺がいつ芝居なんかやりたいって言ったんだよ?いつ好きって言ったんだよ?
颯太:言うわけないだろ、そんなこと。芝居なんて、だいっ嫌いなんだよ。
颯太:・・・だいたい、お前は関係ないだろうが。
颯太:何も知らないくせに、俺の気持ちを勝手に決め付けんなよ。
颯太:俺に無理やり芝居させようとすんなよ。ほんとイライラする。
颯太:そういうのを余計なお世話って言うんだよ。
美月:・・・じゃあ、なんで泣いてるの?
颯太:は?・・・泣いてねえし。
美月:泣いてないけど泣いてるじゃん。悲しいって、辛いって、そういう顔してる。
颯太:見るなよ・・・。もう出てけよ。
美月:やだ。
颯太:ったく、なんなんだよ、くそっ・・・。
美月:颯太のお母さんも、お芝居やってたんでしょ?
美月:それで、子役としてお母さんと一緒に舞台に立って・・・。
美月:テレビにも出てたって聞いたよ?お母さんが自慢してたって。
颯太:・・・・・・。
美月:やめちゃダメだよ。お母さんとの思い出じゃん。お母さんの自慢じゃん。
美月:颯太はお芝居するべきだと思う。だって、こんなに楽しそうにお芝居するんだから。
颯太:・・・なんで俺が芝居やめたかも聞いたんだろ?
美月:・・・うん。
颯太:それで、よくそんなこと言えるな。
美月:でも、それって颯太のせいじゃ・・・。
颯太:じゃあ、誰のせいだって言うんだよ?みんなみたいに運が悪かったって言うのか?
颯太:運が悪かった?ハッ!それで納得しろって言うのかよ?
颯太:母さんが死んだ理由は運が悪かったから?ふざんけんなよ!
美月:颯太・・・。
颯太:俺のせいだよ。俺があの日仕事を入れてなきゃ、母さんは家にいられた。
颯太:俺を送るために母さんは事故にあったんだ。そうだろ?
颯太:俺が芝居なんかやってなけりゃ、母さんは死ななかったんだよ!
美月:・・・・・・。
颯太:・・・だから、もう二度と芝居はしない。・・・わかったら、もう帰ってくれ。
美月:・・・ダメだよ。
颯太:・・・なにが?
美月:お芝居、やめちゃダメだよ。
颯太:聞いてなかったのか?俺が芝居してたせいで母さんが・・・。
美月:それでも!・・・それでも、やめちゃダメだよ。
美月:やめたら、それこそ颯太のお母さんは何のために死んだかわからなくなるよ?
颯太:はあ?なに言ってんだよ?
美月:颯太はお母さんの自慢だったんだよ?
美月:颯太がお芝居するのを見るのが大好きだったんだよ?
美月:そのために、颯太のお母さんは色々と忙しい中、頑張ってくれてたんじゃん。
美月:それなのに、颯太がお芝居やめちゃったら、お母さん、悲しむよ?
颯太:お前に母さんの何がわかるって言うんだよ。
美月:わかるよ。それくらい誰でもわかるよ。
颯太:なんなんだよ・・・。お前には関係ないだろ。
美月:関係あるよ。
颯太:なにが?
美月:わたし、好きだから。
颯太:・・・は?
美月:わたし、颯太のこと、好きだから。
颯太:な、なに言ってんだよ。
美月:颯太のこと好きだから、ずっと後ろ向いて生きて欲しくない。
美月:お母さんとの思い出のお芝居をやめて欲しくないの。
美月:颯太の好きなこと、思い切りやって輝いてて欲しい。
颯太:・・・・・・。
美月:颯太が苦しんできたこと、おじさんに聞いたよ。辛かったよね。
美月:きっと、わたしなんかには想像もできないほど、今でも苦しいんだと思う。
美月:わたしには颯太を救ってあげることはできないし、癒してもあげられない。
美月:だって、颯太自身が自分を苦しめてるんだもん。他の人には何もできないよ。
美月:でもね、そんなこと颯太のお母さんは望んでないよ。それだけはわかる。
美月:だって、颯太のお母さんも颯太のこと、大好きだったんでしょ?
颯太:・・・・・・。
美月:ねえ、お母さんのこと大事に思うなら、お芝居しよ。
美月:颯太がお芝居して輝いてるところ、きっとお母さんも見たいと思うよ?
美月:わたしも、颯太がお芝居してるところ、舞台に立ってるところ見てみたい。
颯太:・・・・・・。
美月:ね?だから颯太、お芝居しようよ。はじめはわたしと二人きりでもいいからさ。
美月:この部屋で、ちょっとずつでもいいから。ね?
颯太:・・・でも・・・。
美月:お芝居、嫌いじゃないんでしょ?本当は大好きなんでしょ?
美月:・・・お芝居は、お母さんとの絆だよ。だから、やろうよ。ね?
颯太:・・・俺。
美月:ん?・・・なぁに?
颯太:俺・・・、芝居しても、いいのかな?
美月:・・・お芝居、しなきゃだめだよ。
颯太:・・・母さんも、喜んでくれるかな?
美月:もちろんだよ。ずっと見守ってくれてると思うよ?
颯太:・・・そうかな?
美月:うん。そうだよ。きっと・・・。
颯太:・・・そっか。
美月:うん・・・。
颯太:美月・・・。
美月:ん?
颯太:・・・ありがとな。
美月:・・・うん。
颯太:・・・・・・。
美月:・・・・・・ねえ、颯太。
颯太:・・・ん?
美月:ほら。見て。満月。
颯太:・・・ほんとだ。
美月:すごく大きくて綺麗な満月・・・。
美月:・・・ねえ、颯太のお母さんもさ、みつき、って言うんでしょ?
颯太:・・・ああ。満月って書いてみつきだから、お前とは字が違うけどな。
美月:そっか。でも、同じ『月』だね。
颯太:うん・・・。
美月:きっとさ、あの満月が颯太のお母さんだよ。
美月:颯太のこと、ずっと見守ってくれてるんだよ。
颯太:・・・うん。
美月:・・・わたしもさ、ずっと見てるから。颯太のこと。
颯太:・・・うん。ありがとう。
美月:・・・今夜のお月様は、ほんとに綺麗だね。
0:おわり
美月:わたし、女優になる。
颯太:・・・そうか。
美月:うん。
颯太:・・・頑張れ。
美月:え?・・・それだけ?
颯太:え?なにが?
美月:それだけ?って聞いてるの。
颯太:他になにを言えと?
美月:もっとあるでしょ!頑張れとか、応援してるよとか。
颯太:頑張れは言ったよ。
美月:そうだけど、心がこもってない。
颯太:はあ?
美月:あんな棒読みの頑張れなんて、言ったうちに入らないから。
颯太:そうか。
美月:そうよ。
颯太:はーい。
美月:なに?なんなのよ、その興味なさそうな態度は。
颯太:あ、わかってた?興味ないって。
美月:わかるよ!そんだけ棒読みで返事されれば誰でもわかるっつーの!
颯太:そうか。それはよかった。
美月:よくない!
颯太:え?
美月:普通、興味持つでしょ?わたしが急に女優になるって言い出したんだから。
颯太:だって、どうせあれだろ?
美月:なによ。
颯太:なんか、かっこいい俳優を見つけて、女優になればお近づきになれる~とか、どうせそんな理由だろ?
美月:うっ、・・・それだけじゃないかもよ?
颯太:やっぱり、それが理由か。
美月:いいじゃない。なにがいけないの?イケメンは正義なの。
美月:わたしはイケメンを愛でるために生まれてきたの。
颯太:そうか。なら、勝手に愛でてくれ。
美月:だ~か~ら~、どうしてそんなに興味なさそうなのよ!
颯太:興味なさそうなんじゃなくて、興味ないんだよ。
美月:え?マジ?どうして?
颯太:え?美月、本気で言ってる?
美月:当たり前じゃない。こんなにかわいいわたしのこと、興味ない男がいるわけ無いじゃん。
颯太:・・・ソウデスネ。
美月:今日イチの棒読み出たんですけど?
颯太:ソンナコトナイヨ。
美月:だから、棒読みやめてって言ってるの。
颯太:わかったよ。で?なんで、俺にそんなこと報告に来たの?
美月:だって颯太、昔、子役やってたんでしょ?
颯太:・・・だから?
美月:わたし、演技とかしたことないから。
颯太:・・・ないから?
美月:わたしにお芝居教えてよ。
颯太:嫌だ。
美月:ちょ!なんで即答!?
颯太:俺はもう芝居とかしないの。
美月:なんでよ。
颯太:なんでも。
美月:ぶぅ。
颯太:ぶた。
美月:もう!
颯太:うし。
美月:こけこっこ。
颯太:いや、こけこっこはおかしいだろ。
美月:教えてよ~。ねえ、教えて~。
颯太:・・・・・・。
美月:颯太は芝居しなくていいからさ。わたしがやるだけ。ねっ!
颯太:・・・俺だってもう5年以上のブランクがあるから。
美月:いいよ。大丈夫。怒らないでくれたらそれでいいから。
颯太:・・・怒られるような演技するのか?
美月:え?いや、真剣にはやるよ?でも、なにせ初心者だから、そんなにうまくは出来ないと思って・・・。
颯太:うまくできないのなんて当たり前なんだよ。むしろうまくやろうとするな。
颯太:うまくやろうとすれば、どうしても体が緊張しちゃうからな。
颯太:まずは、演技を楽しむこと。それが一番大事なんだよ。
美月:・・・・・・。
颯太:な、なんだよ。
美月:やっぱ颯太、お芝居好きなんじゃん。
颯太:は?別に好きじゃないよ。
美月:だって、好きじゃなかったら、楽しむのが一番大事なんて言わないよ。
颯太:こ、これは、昔、俺が先生から言われた言葉で、
颯太:たしかにそうだなって俺も思ったからで・・・。
美月:でも颯太・・・。
颯太:はい。これ以上なにか言うようなら、もう付き合わないぞ。
美月:・・・わかったよ。で?はじめは何をすればいい?
颯太:そうだなぁ・・・。
美月:わたし、告白されて戸惑う女子やりたい。
颯太:は?
美月:まだ出会って間もないイケメンから、急に告白されて戸惑う女子やりたい。
颯太:いやいや、なに言ってんの?
美月:え?だめ?
颯太:うん、いや、楽しめとは言ったけど、いきなりそんなシチュエーション?
美月:うん。やりたい。
颯太:え~と・・・、どうしようかな。
美月:え~、だめ?
颯太:だめ・・・では、ないけど・・・。
美月:お願い。一回だけ。ね。
颯太:・・・ふぅ。しかたない。そんなにやってみたいなら、一回やってみるか。
美月:わーい、やった~!
颯太:よし。じゃあ、俺が手を叩いたら、まずは好きに演じてみて。
美月:わかった。
颯太:じゃあ行くよ?よーい、スタート!
美月:・・・・・・。
颯太:・・・・・・。
美月:・・・・・・。
颯太:・・・・・・カット!・・・え?なに?なんで演技しないの?
美月:え?だって、告白されてないから。
颯太:え?それは、された体(てい)でやってよ。
美月:無理だよ。
颯太:え?
美月:無理です。
颯太:え?なんで?
美月:だってわたし、演技経験無いんだよ?
颯太:威張って言うなよ。
美月:そんなわたしが、想像の相手と演技なんてできるわけないじゃん。
颯太:じゃあどうすんだよ。
美月:颯太やってよ。
颯太:は?
美月:だから、颯太が相手役やってよ。
颯太:なんで俺が。
美月:だって、ここには颯太しかいないんだからしょうがないじゃん。
颯太:しょうがないって、お前な・・・。
美月:なに?なんか文句ある?
颯太:文句・・・、文句じゃないけど、俺はもう芝居しないって言ったろ?
美月:言ったね。
颯太:言ったね、じゃないよ。
美月:でもほら、女心と秋の空って言うじゃない?
颯太:いや、俺、女じゃないし。
美月:そうだけど~。でもほら。
颯太:なに?
美月:相手役がわたしだよ?
颯太:だから?
美月:『かわいい美月のためだ、しかたない、俺が相手役をするか』。
美月:ほらね?なんだかやる気になってこない?
颯太:・・・かわいい美月って時点でおかしくね?
美月:なによ!わたしかわいいでしょ!わたしのことめちゃめちゃ大好きでしょ!?
颯太:どんだけ自分に自信があるんだ?
美月:女優になろうってんだから、これくらいじゃなきゃダメでしょ。
颯太:む・・・、たしかにそうではあるけれど・・・。
美月:ほら、ね?だから、颯太やってよ。相手役。
颯太:でも、俺・・・。
美月:颯太!
颯太:っ!
美月:・・・・・・。
颯太:・・・なに?
美月:・・・なにか良い事言おうと思ったけど、思いつかなかった。
颯太:なんだよ、それ。
美月:いいじゃん。別に役者に戻れって言ってるわけじゃないし。
美月:ここでわたしの相手役するだけなんだからさぁ。
颯太:いや、でも・・・。
美月:お願い~。ねえ~。
颯太:ん~・・・、しかたねえな!ちょっとだけだぞ。
美月:やった~!颯太、ありがと!
颯太:そのかわり、今度なにかおごれ。
美月:じゃあ、今度アイス買って来てあげる。
颯太:子供か。
美月:いいから、早くやろ~。
颯太:くそう。こうやっていつもこいつのペースに巻き込まれるんだよなぁ。
美月:ん?なにか言った?
颯太:なんでもない。
美月:ほら、じゃあやるよ。
颯太:あ、ああ。え~と、じゃあ出会って間もないって、どれくらいの設定?
美月:今。
颯太:え?
美月:今、出会ったばっか。
颯太:え?俺、今出会ったばっかの女に告白するの?
美月:そう。
颯太:大丈夫?
美月:なにが?
颯太:そいつ。
美月:大丈夫だよ。一目ぼれだから。
颯太:う~ん・・・。ちなみに、どうやって出会うの?
美月:角でぶつかるの。
颯太:角で?
美月:そう。
颯太:曲がり角で?
美月:曲がり角で。
颯太:曲がり角でぶつかって、一目ぼれしていきなり告白するの?
美月:そう。
颯太:やばい奴じゃね?
美月:大丈夫。
颯太:なんで?
美月:わたしがめちゃくちゃ美女だから。
颯太:・・・え?
美月:だから、わたしがめちゃくちゃ美女だから。
颯太:・・・・・・。
美月:わかった?
颯太:・・・うん。なるほどね。わかった。
美月:よし、じゃあ行くよ?今度はわたしがスタート言うね。
颯太:うん。好きにして。
美月:はい、じゃあ本番行きま~す。よ~い、スタート!・・・どん、きゃ!
颯太:あ、すみません。大丈夫ですか?
美月:ちょっと、あんた!どこに目をつけてんの・・・よ。
颯太:怪我はありません・・・か?
美月:・・・・・・え?あ、はい。大丈夫です。
颯太:あ、そ、そうですか・・・。あ、どうぞ、手を。
美月:え?あ、すみません。ありがとうございます。
颯太:・・・・・・。
美月:あ、あの・・・、もう、手を・・・放してもらえますか?
颯太:好きです。
美月:はい?
颯太:あの、突然こんなこと言って、おかしいことはよくわかっています。
颯太:それでも、あなたのことを好きになってしまったんです。
美月:ええ?そんな・・・。急にそんなことを言われても・・・困ります。
颯太:すみません。そうですよね。ごめんなさい。
美月:いえ・・・。
颯太:それでも、僕にチャンスをもらえませんか?
美月:チャンス?
颯太:あなたの恋人に立候補するチャンスです。
美月:ええ!?
颯太:これ、僕の名刺です。携帯の番号とアドレスが書いてあります。
颯太:もし嫌じゃなければ連絡ください。待ってます。
美月:そんな、嫌だなんて・・・。
颯太:すみません。今は時間が無くて・・・。でも、僕は本気ですから。
颯太:連絡待ってますね。では、失礼します。
美月:あ・・・。橘颯太(たちばなそうた)、さん・・・。素敵な人だったな・・・。
颯太:・・・カットー!
美月:え?え?これどう?良かったんじゃない?ねえ?良かったんじゃない?
颯太:・・・・・・。
美月:ん?どうしたの?颯太。
颯太:いや、なんつーか。
美月:なんつーか?
颯太:全然役がつかめなかった・・・。
美月:わたしの?
颯太:いや、自分の。
美月:え~?良かったと思うよ?
颯太:いや、ダメだろ。全然ダメ。
美月:なにがダメなの?
颯太:好きになった理由が全然消化できてない。
美月:え~?だから、それはわたしがめちゃくちゃ美女だからでしょ。
颯太:うん。だから、それを自分の中で飲み込めてなかった。
美月:どういうこと?
颯太:美月のことを美女として見られなかったってこと。
美月:・・・・・・。
颯太:そのせいで、根本的な部分に嘘が生じて、全部が嘘になっちゃった。
颯太:こんなんじゃ、全然相手役が務まってないよ。
美月:・・・そっか。ま、しかたないよ。これから上手になっていけばいいよ。
颯太:美月・・・。
美月:よしよし、そんなに落ち込むな。
颯太:・・・ん?なんかおかしくね?
美月:なにが?
颯太:なんで俺が芝居で美月に慰められてんだよ。
美月:それは、颯太が未熟だからでしょ?
颯太:うっ・・・、それは言い返せないけど。つーか、違うだろ!
颯太:美月が俺に芝居教えてくれって言ったんだろうが。
美月:そうなんだけど。なんて言うか、自分の才能が怖い。
颯太:おい。
美月:もう完璧じゃなかった?そのままドラマの主演で行けそうな勢いだよね?
美月:いきなり月9のヒロインに抜擢されたらどうしよう?
颯太:・・・なに言ってんの?
美月:え?だって良くなかった?わたしの演技。
颯太:ま、まあ、演技未経験者にしては、悪くなかったと思う。
美月:でしょ?これはもうオスカーも狙えるね。
颯太:オスカーってなんだかわかってる?
美月:ん?なんかすごい賞なんでしょ?よく知らないけど。
颯太:・・・まあいいや。で、どう?楽しかった?
美月:うん!お芝居楽しいね!もっとやりたい。
颯太:そっか。楽しさがわかったか。
美月:うん。楽しい。
颯太:じゃあ、芝居の楽しさがわかったところで、基礎練(きそれん)やろうか。
美月:え~、もっとお芝居したい~。
颯太:え~、じゃない。
美月:だって、まだ一回しかやってないんだよ?もっと色んなパターンやってみたい。
颯太:色んなパターンって?
美月:俺様系のイケメンに、出会ってすぐに告白されるとか。
颯太:同じじゃねえか。
美月:違うよ!全然違う!さっきのは一人称が僕だったじゃん。
美月:今度は俺様系だから、当然一人称は俺だもん。
颯太:そこ以外は全部同じだろ。つーか、また告白されるパターンかよ。
美月:だって、イケメンに告白されたいんだもん。
颯太:俺は、お前の欲望を満たすために付き合ってやってるんじゃない。
美月:え~。
颯太:え~、じゃない。
美月:じゃあ、なにするの?
颯太:恋愛以外のシチュエーションもやろう。
美月:え~。
颯太:え~、じゃない。
美月:び~。
颯太:Bでもない。
美月:だって、わたし恋愛もののヒロインがやりたいんだもん。
颯太:自分がやりたい役なんて、そうそうやれるもんじゃないんだからな。
美月:ぶぅ。
颯太:ぶた。
美月:もう!
颯太:うし。
美月:クックドゥードゥルドゥー。
颯太:なんで英語になったんだよ。
美月:じゃあ、なににする?
颯太:しょうがないから、設定は美月が決めて良いよ。やりたいやつやれよ。
美月:う~ん、やりたいやつかぁ~。
颯太:なんでもいいよ。
美月:う~ん・・・、医者、とか?
颯太:おお、医療ものは大体いつでも人気あるし、需要はあると思う。
美月:じゃあ医者にしよ。そんで、わたしは超天才美人外科医。
颯太:・・・どっかで聞いたことある設定だな。
美月:人気あるドラマなんて、みんな同じような設定を使いまわしてるよ。
颯太:まあ、そうか・・・。
美月:で、颯太は新人の研修医。
颯太:え?俺、新人なの?
美月:そう。で、人一倍熱く理想に燃えてるの。
颯太:ふむ。
美月:でもね、現場の実状はそんな颯太には厳しかった。
颯太:ん?
美月:重症患者が運び込まれても、新人の颯太には出来ることがほとんどない。
美月:そんな時、腕は超一流だけど普段やる気なさそうに見えるわたしが登場。
颯太:・・・やっぱどこかで見たような。
美月:あっという間に完璧に手術を終え手術室を出て行くわたしに、颯太は問いかけるの。
颯太:なんて?
美月:・・・そこは、自分で考えて。
颯太:おい!そこが一番重要だろ!
美月:はい、じゃあ行くよ?
颯太:え?もう?
美月:じゃあ本番~、3、2、1、スタート!
颯太:・・・急患!?こ、これは・・・、ひどい。俺じゃどうしようもない・・・。
美月:どうしたの?
颯太:っ!あなたは!ドクター美月!
美月:急患のようね。
颯太:はい。
美月:これは・・・、あばらが折れて、肺に刺さっているわ。
颯太:ええ?大丈夫なんですか?
美月:すぐに手術をすれば大丈夫よ。
颯太:しかし、今、他の先生は別の手術をしていて、自分と先生しか・・・。
美月:大丈夫。わたし、失敗しないから。
颯太:ドクター美月・・・。
美月:患者を早く手術室へ運んで。
颯太:は、はい。
美月:わたしたち二人で、助けるわよ。
颯太:・・・はい!
美月:メス。
颯太:はい。
美月:汗。
颯太:はい。
美月:メス。
颯太:はい。
美月:汗。
颯太:はい。
美月:メス汗。(徐々にテンポよく)
颯太:はいはい。
美月:メス汗。
颯太:はいはい。
美月:メスメス汗汗メス汗。(リズムよく)
颯太:ハイ!
美月:・・・終わったわ。成功よ。
颯太:え?もうですか?
美月:わたしを誰だと思ってるの?天才外科医、ドクター美月よ。
颯太:ドクター美月・・・。
美月:じゃあ、わたしは次のオペがあるから。
颯太:ドクター美月。
美月:・・・なにかしら?
颯太:一つ聞かせてください。
美月:答えられることなら。
颯太:・・・メスだけで、どうやって縫合したんですか?
美月:・・・君がもう少し大人になったら教えてあげるわ。
颯太:ドクター美月!
美月:じゃあね、また会いましょう。
颯太:・・・カットー!
美月:やばい。わたし、やっぱり天才かも。
颯太:ちょっと。美月、ちょっと。
美月:ん?なに?
颯太:いや、なに?じゃないでしょ。なんだよ今の。
美月:え?なにか変だった?
颯太:いや、色々おかしかったろ。
美月:え~?そう?悪くなかったと思うけどな~。
颯太:急に。急にクオリティ落ちた。なんでメスと汗しか言わないんだよ。
颯太:切って拭いて切って拭いて。それでなんで手術が終わるんだよ。
美月:だって、わたし医療もののドラマ見ないから。
颯太:じゃあ、なんでやろうって言い出したんだよ。
美月:だって、やってみたかったんだもん。
颯太:なんだそりゃ。
美月:颯太だって、最後のあの台詞はなによ。
颯太:あの台詞って?
美月:『・・・メスだけで、どうやって縫合したんですか?』って、あれ!
美月:あんなのただの意地悪じゃない。
颯太:だって、純粋に気になったんだもん。
美月:わたしの機転を利かせたアドリブのおかげでなんとかなったものの。
颯太:いや、なんともなってないけどね。
美月:いい?お芝居って言うのは、相手との助け合いなの。勝負じゃないのよ。
美月:その辺を勘違いしてるようじゃ、いいお芝居なんて出来ないからね。
颯太:・・・はい。すみません。
美月:うむ。わかればよろしい。
颯太:・・・だから、おかしくね?なんで俺が芝居について美月にダメだしくらってんの?
美月:それは、颯太が芝居を壊すようなアドリブ入れるからじゃない。
颯太:ぐっ、一々(いちいち)正論なだけに言い返せない・・・。
美月:あ~、でもなんかお芝居楽しいかも。うん。わたしお芝居好きだわ。
颯太:・・・そうか。
美月:うん!
颯太:・・・よし、わかった。今日はとことん付き合ってやるよ。
美月:え?ホント?
颯太:ああ。基礎的なことは明日からでいい。今日はとことん楽しもう。
美月:やった~!だから颯太大好き!
颯太:え?
美月:じゃあ、次、なにやる?
颯太:ああ、そうだな。今度はどんなのがやりたい?
美月:そうだな~。じゃあ、今度は刑事ものがいいかな。
颯太:お、いいね。刑事もの。面白そうじゃん。
美月:じゃあ、わたしが犯人やるから、颯太は刑事役ね。
颯太:え?美月が刑事じゃないの?
美月:うん。わたしは犯人がやりたい。
颯太:そうか。
美月:で、わたしは銀行強盗ね。立てこもってるの。
颯太:うん。
美月:で、颯太は、わたしを説得する刑事ね。
颯太:なるほど。ベタだな。
美月:わかりやすくて良いでしょ?
颯太:まあな。
美月:じゃあ、準備はいい?
颯太:おう。
美月:じゃあ、本番行きま~す。よ~い、はい!
颯太:・・・犯人に告ぐ。君は完全に包囲されている。大人しく投降しなさい。
美月:うるさい!こっちには人質がいるんだぞ。お前こそ、こっちの要求を飲め!
颯太:これ以上罪を重ねても、何もいいことはないぞ。
美月:うるさいって言ってるだろ!いいから早く逃走用の車を用意しろ!
颯太:・・・お前、故郷(くに)はどこだ?
美月:・・・はあ?
颯太:おふくろさんは、このことを知ってるのか?
美月:うるさい!お前には関係ないだろ。
颯太:おふくろさんがこの事を知ったら悲しむぞ?それでもいいのか?
美月:(母)あら?あたしのことを呼んだかい?
美月:(娘)母さん!出てきちゃダメよ。
美月:(母)でもほら、あの刑事さんが呼んでるみたいだから・・・。
颯太:お、お母様ですか?
美月:(母)はい。この子の母です。
颯太:親子で強盗してるんですか?
美月:(母)ええ、まあ。
颯太:そうですか・・・。
美月:(娘)ほらな。だから余計なこと言ってないで、さっさと車を用意しな!
颯太:(父)・・・美月、母さん。
美月:(娘)・・・はあ?
颯太:(父)美月。俺がわからないか?俺だ。父さんだ。
美月:(娘)はあ?父さん・・・?
颯太:(刑事)ちょっと、あなた。誰ですか。
颯太:(父)そうだ。お前が三歳のときに出て行った父さんだ。
颯太:(刑事)お父さん?まさか・・・。
颯太:(父)・・・いや、父さんと名乗るのはおこがましいか。
颯太: 俺のせいで、ずいぶん苦労を掛けただろうからな・・・。
美月:(娘)父さん・・・?本当に父さんなの?
美月:(母)違うわ!父さんじゃない。あんな人、あなたの父さんなんかじゃないわ。
美月:(娘)母さん・・・。
颯太:(父)刑事さん、私に説得させてください。どうかお願いします。
颯太:(刑事)・・・わかりました。では、お願いします。
颯太:(父)ありがとうございます。
美月:(娘)・・・今さら何しに来やがったんだよ。
美月: あんたのせいで、母さんがどれだけ苦労したと思ってるんだ。
美月:(母)美月・・・。
颯太:(父)母さん、いや、秋江。すまなかった。許してくれとは言わない。
颯太: でも、話を聞いて欲しいんだ。なぜ俺が黙って姿を消したのかを。
美月:(母)あなた・・・。
颯太:(父)俺には昔からの親友がいた。小学校からの付き合いだ。
颯太: 俺は親友だと思っていたし、きっとあいつもそう思ってくれていたと思う。
颯太: だから、あいつに保証人になって欲しいと言われた時、何も考えずにOKしてしまった。
颯太: だが、あいつは事業に失敗して借金が返せなくなってしまった。
颯太: その額、一億円。
美月:(娘)一億!?
颯太:(父)ああ、そうだ。俺は、その借金をお前たちに背負わすわけにはいかなかった。
颯太: だから、お前たちと縁を切るために姿を消したんだ。
美月:(母)そうだったの・・・。
颯太:(父)それからは地獄のような日々だった。返しても返しても借金が減らない。
颯太: 何度も何度も諦めかけた。いっそ死んでしまおうかとも思った。
颯太: でも、それでもいつか、たとえ許してもらえなくても、
颯太: お前たちの幸せな姿を一目見たいと思って頑張ってきたんだ。
美月:(娘)父さん・・・。
颯太:(父)そして今日、やっと借金を返し終えたというのに・・・、なんで。
颯太: なんでこんなことをしてしまったんだ!なんで、こんなことを・・・。
美月:(娘)だって・・・、母さんが・・・。
美月:(母)美月!そのことは言わないで!
颯太:(父)母さんが?母さんがどうかしたのか?
美月:(母)ううん。なんでもないの。もうあなたには関係ないことだわ。
颯太:(父)美月!教えてくれ!母さんがどうかしたのか?
美月:(娘)・・・・・・。
颯太:(父)美月!
美月:(娘)・・・ガンなの。
美月:(母)美月!
颯太:(父)え?
美月:(娘)母さんはガンなのよ!早く治療しないと、死んじゃうの!
颯太:(父)・・・なんだって?
美月:(娘)だから、どうしてもすぐにお金が必要で・・・。
颯太:(父)そうだったのか・・・。そんな・・・。
美月:(母)・・・刑事さん、聞いてください。
颯太:(刑事)はい。なんですか?
美月:(母)今回の事件は、全てわたしがやったことです。美月はわたしに脅されていただけ。
美月:(娘)母さん?なにを言ってるの?
美月:(母)いいから聞いて。美月、あなたはお父さんのところに行きなさい。
美月:(娘)え?じゃあ、母さんは?
美月:(母)わたしは警察のところに行くわ。
美月:(娘)そんなの、そんなのダメよ!
美月:(母)聞いて。警察に捕まれば、延命のための治療を受けられるわ。
美月: だから、わたしにとってはそれが一番いいことなの。
美月:(娘)でも・・・。
美月:(母)わたしの心配はあなたのことだったの。でも、お父さんが帰ってきた今、
美月: その心配事も無くなった。だから、お母さんは、警察に行くね。
美月:(娘)お母さん・・・。
美月:(母)刑事さん、どうでしょう?全てわたしがやったことにしていただければ、
美月: 人質を無事に解放して、わたしたちも投降します。
颯太:(刑事)・・・わかりました。その条件を飲みましょう。
颯太:(父)刑事さん!
颯太:(刑事)・・・それが一番いい方法でしょう。娘さんにとっても、お母さんにとっても。
颯太:(父)・・・わかりました。
美月:(母)ありがとうございます。では、今から人質を解放します。
美月: シュルシュルパッ、シュルシュルパッ、シュルシュルパッ、・・・開放しました。
美月: わたしたちも投降します。後のことはよろしくお願いします。
颯太:(刑事)わかりました。悪いようにはしません。約束します。
美月:(母)美月・・・。元気でね。
美月:(娘)お母さん・・・。お母さん・・・。
美月:(母)ほら、泣かないの。わたしまで、泣けてきちゃうじゃない。うぅ・・・。
颯太:・・・カットー!
美月:・・・やばい。名作できた・・・。
颯太:なんか、俺もちょっとしんみりきちゃった。
美月:でしょ?やばいよね!これ。
颯太:美月が一人二役始めたときはどうしようかと思ったけどね。
美月:颯太だって、勝手に蒸発したお父さんやり始めたじゃん。
颯太:いやもう、これはやるしかないなって思ったから。
美月:でも、これはよかった。本当に名作ができた。
颯太:うん、まあ、なかなか楽しかったよ。
美月:でしょ?
颯太:うん。
美月:・・・じゃあさ、またお芝居やってみない?
颯太:え?
美月:ほら、今お芝居楽しいって言ったし、颯太、うまいんだからさ。
美月:またお芝居やったらいいと思うんだよね。
颯太:・・・・・・。
美月:・・・颯太?
颯太:それが目的?
美月:え?
颯太:急に芝居教えてくれって言ったり、無理やり相手役やらせたり。
美月:いや、別に、そういうんじゃ・・・。
颯太:・・・おかしいと思ったんだよな。いきなり女優になりたいだなんて。
颯太:いくら突拍子も無いことを言う美月でも、さすがに変だと思ったんだよ。
美月:・・・・・・。
颯太:うちの親父に何か聞いた?
美月:え?別に・・・。
颯太:聞いたんだろ?
美月:・・・ちょっとだけ。
颯太:はぁ・・・。
美月:・・・嫌だった?
颯太:別に。もう過去のことだし。
美月:過去のことなの?
颯太:そうだよ。
美月:じゃあ、もういいじゃん。
颯太:なにが?
美月:お芝居したって。
颯太:好きじゃないんだよ。
美月:嘘。
颯太:嘘じゃない。
美月:楽しいって言ったじゃん。
颯太:それは・・・、美月とじゃれてるのが楽しいってだけだよ。
美月:嘘。
颯太:嘘じゃない。
美月:お母さんのこと、思い出すんでしょ?
颯太:・・・・・・。
美月:お芝居してると、お母さんのこと思い出しちゃうから嫌なんでしょ?
美月:だからお芝居しないんじゃないの?
颯太:違うよ。
美月:でも、本当はお芝居好きなんでしょ?やりたいんでしょ?
颯太:違うって。
美月:ねえ、やろうよ、お芝居。颯太のお芝居、とってもうまいと思うよ?だから・・・。
颯太:だから!芝居なんかやりたくねえって言ってんじゃん。
美月:・・・颯太。
颯太:そんなんじゃねえよ。芝居なんて好きじゃねえし、やりたくもねえ。
颯太:・・・なんなんだよ。俺の気持ち勝手に決め付けやがって・・・。
颯太:俺がいつ芝居なんかやりたいって言ったんだよ?いつ好きって言ったんだよ?
颯太:言うわけないだろ、そんなこと。芝居なんて、だいっ嫌いなんだよ。
颯太:・・・だいたい、お前は関係ないだろうが。
颯太:何も知らないくせに、俺の気持ちを勝手に決め付けんなよ。
颯太:俺に無理やり芝居させようとすんなよ。ほんとイライラする。
颯太:そういうのを余計なお世話って言うんだよ。
美月:・・・じゃあ、なんで泣いてるの?
颯太:は?・・・泣いてねえし。
美月:泣いてないけど泣いてるじゃん。悲しいって、辛いって、そういう顔してる。
颯太:見るなよ・・・。もう出てけよ。
美月:やだ。
颯太:ったく、なんなんだよ、くそっ・・・。
美月:颯太のお母さんも、お芝居やってたんでしょ?
美月:それで、子役としてお母さんと一緒に舞台に立って・・・。
美月:テレビにも出てたって聞いたよ?お母さんが自慢してたって。
颯太:・・・・・・。
美月:やめちゃダメだよ。お母さんとの思い出じゃん。お母さんの自慢じゃん。
美月:颯太はお芝居するべきだと思う。だって、こんなに楽しそうにお芝居するんだから。
颯太:・・・なんで俺が芝居やめたかも聞いたんだろ?
美月:・・・うん。
颯太:それで、よくそんなこと言えるな。
美月:でも、それって颯太のせいじゃ・・・。
颯太:じゃあ、誰のせいだって言うんだよ?みんなみたいに運が悪かったって言うのか?
颯太:運が悪かった?ハッ!それで納得しろって言うのかよ?
颯太:母さんが死んだ理由は運が悪かったから?ふざんけんなよ!
美月:颯太・・・。
颯太:俺のせいだよ。俺があの日仕事を入れてなきゃ、母さんは家にいられた。
颯太:俺を送るために母さんは事故にあったんだ。そうだろ?
颯太:俺が芝居なんかやってなけりゃ、母さんは死ななかったんだよ!
美月:・・・・・・。
颯太:・・・だから、もう二度と芝居はしない。・・・わかったら、もう帰ってくれ。
美月:・・・ダメだよ。
颯太:・・・なにが?
美月:お芝居、やめちゃダメだよ。
颯太:聞いてなかったのか?俺が芝居してたせいで母さんが・・・。
美月:それでも!・・・それでも、やめちゃダメだよ。
美月:やめたら、それこそ颯太のお母さんは何のために死んだかわからなくなるよ?
颯太:はあ?なに言ってんだよ?
美月:颯太はお母さんの自慢だったんだよ?
美月:颯太がお芝居するのを見るのが大好きだったんだよ?
美月:そのために、颯太のお母さんは色々と忙しい中、頑張ってくれてたんじゃん。
美月:それなのに、颯太がお芝居やめちゃったら、お母さん、悲しむよ?
颯太:お前に母さんの何がわかるって言うんだよ。
美月:わかるよ。それくらい誰でもわかるよ。
颯太:なんなんだよ・・・。お前には関係ないだろ。
美月:関係あるよ。
颯太:なにが?
美月:わたし、好きだから。
颯太:・・・は?
美月:わたし、颯太のこと、好きだから。
颯太:な、なに言ってんだよ。
美月:颯太のこと好きだから、ずっと後ろ向いて生きて欲しくない。
美月:お母さんとの思い出のお芝居をやめて欲しくないの。
美月:颯太の好きなこと、思い切りやって輝いてて欲しい。
颯太:・・・・・・。
美月:颯太が苦しんできたこと、おじさんに聞いたよ。辛かったよね。
美月:きっと、わたしなんかには想像もできないほど、今でも苦しいんだと思う。
美月:わたしには颯太を救ってあげることはできないし、癒してもあげられない。
美月:だって、颯太自身が自分を苦しめてるんだもん。他の人には何もできないよ。
美月:でもね、そんなこと颯太のお母さんは望んでないよ。それだけはわかる。
美月:だって、颯太のお母さんも颯太のこと、大好きだったんでしょ?
颯太:・・・・・・。
美月:ねえ、お母さんのこと大事に思うなら、お芝居しよ。
美月:颯太がお芝居して輝いてるところ、きっとお母さんも見たいと思うよ?
美月:わたしも、颯太がお芝居してるところ、舞台に立ってるところ見てみたい。
颯太:・・・・・・。
美月:ね?だから颯太、お芝居しようよ。はじめはわたしと二人きりでもいいからさ。
美月:この部屋で、ちょっとずつでもいいから。ね?
颯太:・・・でも・・・。
美月:お芝居、嫌いじゃないんでしょ?本当は大好きなんでしょ?
美月:・・・お芝居は、お母さんとの絆だよ。だから、やろうよ。ね?
颯太:・・・俺。
美月:ん?・・・なぁに?
颯太:俺・・・、芝居しても、いいのかな?
美月:・・・お芝居、しなきゃだめだよ。
颯太:・・・母さんも、喜んでくれるかな?
美月:もちろんだよ。ずっと見守ってくれてると思うよ?
颯太:・・・そうかな?
美月:うん。そうだよ。きっと・・・。
颯太:・・・そっか。
美月:うん・・・。
颯太:美月・・・。
美月:ん?
颯太:・・・ありがとな。
美月:・・・うん。
颯太:・・・・・・。
美月:・・・・・・ねえ、颯太。
颯太:・・・ん?
美月:ほら。見て。満月。
颯太:・・・ほんとだ。
美月:すごく大きくて綺麗な満月・・・。
美月:・・・ねえ、颯太のお母さんもさ、みつき、って言うんでしょ?
颯太:・・・ああ。満月って書いてみつきだから、お前とは字が違うけどな。
美月:そっか。でも、同じ『月』だね。
颯太:うん・・・。
美月:きっとさ、あの満月が颯太のお母さんだよ。
美月:颯太のこと、ずっと見守ってくれてるんだよ。
颯太:・・・うん。
美月:・・・わたしもさ、ずっと見てるから。颯太のこと。
颯太:・・・うん。ありがとう。
美月:・・・今夜のお月様は、ほんとに綺麗だね。
0:おわり