台本概要

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タイトル 白く降り積もる雪の如く
作者名 白輝翼
ジャンル ファンタジー
演者人数 3人用台本(女2、不問1)
時間 60 分
台本使用規定 台本説明欄参照
説明 小さくとも穏やかな小国。
その王城に暮らす聡明な后と元気な姫、そしてその従者アルカシア。
だが、不穏な雲はこの国に徐々に影を落としつつあった

叫びレベル 1(ほとんどなし、あるいは調節可能)

台本使用規定
この作品は舞台用脚本を声劇用にしたものです。
声劇の場合、非商用時は連絡不要ですが、舞台などで使用する場合は「はりこのトラの穴」様の同名作品より使用許諾をお願いします。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
188 国王の后。国王が病で倒れてからは国政なども全て自身で執り行っている。代理母として姫を出産後、姫を城に引き渡す。前の后が病死し、後に正式に后となった。
アル 不問 186 アルカシア。后の従者。少し真面目過ぎてしまう部分がある。姫に振り回されがちだが、従者としては有能。性別不問。
92 この国の姫。元気で明るく、優しい性格。(劇中でモノマネなどや歌など声を使った特技を披露する場面あり。)今の后が実の母親であることは知らない。勉強は嫌いだが、頭は悪くない。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

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 :白く降り積もる雪の如く  : 0: キャスト 后:《国王の后。国王が病で倒れてからは国政なども全て自身で執り行っている。代理母として姫を出産後、姫を城に引き渡す。前の后が病死し、後に正式に后となった。》    アル:《アルカシア。后の従者。少し真面目過ぎてしまう部分がある。姫に振り回されがちだが、従者としては有能。性別不問。》 姫:《この国の姫。元気で明るく、優しい性格。(劇中でモノマネなどや歌など声を使った特技を披露する場面あり。)今の后が実の母親であることは知らない。勉強は嫌いだが、頭は悪くない。》  : 0:===========================================================  :  :―1―  : 0:后、国民に向けて演説をしている。  : 后: 国王がお倒れになってすでに二日。病状は未だ快方に向かっておらず、皆もさぞかし不安を覚えているだろう。隣国との外交問題をはじめ、数多くの問題を抱えているこの国に覆いかぶさる暗雲はますますその色を濃くしている。だが、このような時だからこそ我々は強くあらねばならない。私は信じている。この暗き雲も近きうちに必ず晴れると。そして再び我が国の大地に陽の光が差す頃には、眠っていた草花が芽吹くように皆がより強く、国がより豊かにになり、すべての民に幸福が訪れるであろうことを、私は信じている!  : 0:場面転換。城の中庭。  : アル: お后様、 后: おお、アルか。 アル: 素晴らしい演説でございました。これで民の気持ちも少しは晴れましょう。 后: だと良いのだがな。 アル: お后様、いかがなさいました? 后: 先ほど自分でああは言っておきながら私は不安で仕方がないのだ。今のこの国に対して、果たして私にどれほどのことが出来ようか。 アル: お后様は十分に働いておいでです。国王様がお倒れになって、突然国王代理の任につき、その慌ただしい中でも全ての仕事を十分にこなしておられます。 后: だが、私は無力だ。国王や、あるいは先代のお后様であったならもっと上手くやれるやもしれぬというのに。 アル: お后様、お言葉ではございますが、お后様がそのようなお気持ちでは我々も、そして国王様も不安がってしまします。大丈夫です。どうかご自身を、そして先ほどの演説のご自身の言葉を信じて下さいませ。 后: そうか。確かにその通りかもしれんな。すまない、アル。 アル: 我々はお后様を信じております。 后: 有難う。 姫: お母様ーっ! アル: ん?    : 0:姫、走りこんできて、アルを吹き飛ばす。  : アル: どぅわ!  : 0:姫、后に抱きつく。  : 后: おやおや。 姫: お母様、先ほどの演説、聞きましたわ。とっても素晴らしかったですわ。 后: そうか、ありがとう。 姫: お母様は私の誇りです。私も、将来はきっとお母様みたな素敵なレディーになるんですのよ。 后: ああ、姫様ならばきっとなれる。 アル: 姫様! 姫: あらアルカシア、居たんですの? アル: 居たんですの?ではありません!今日の分のお勉強は終えられたのですか? 姫: またアルカシアはそうやって、顔を合わせるたびに勉強勉強と。 アル: 私は当然のことを申し上げているだけです。そのようなことでは立派なレディーにはなれませんよ。日々努力を重ね、自分を磨くことで誰もがうらやむ人物になれるのです。 姫: あら、私はこれでも着々と自分を磨いておりますのよ。おかげで先月の舞踏会でも結構色々な殿方から声をかけて頂けましたわ。 后: そういえば、そうだったな。 姫: 特にあのヒューラッグ公国の王子様は素敵でしたわ。「私はあなたのいる世界の生まれたことが何よりの幸福だ」だなんて口説かれてしまいましたのよ。 后: ヒューラッグの王子であの時来ていたとなると、第三王子だったか。あの者はなかなかに素晴らしい人物であった。さすがは東の貿易大国の王子だ。 姫: はぁ、ぜひまたお会いしたいですわ。 アル: ではまた会った時に恥をかかないようにお勉強を。 姫: またそれですの?いい加減聞き飽きましてよ。あなたにそうやって勉強勉強と言われる度に余計やりたくなくなるんですの。そうですわ!いい事を思いつきました。 アル: 何でしょう? 姫: 「勉強」と言うからいけないんですのよ。これからは「勉強」という言葉の代わりに「寿限無寿限無五劫の擦り切れ海砂利水魚の水行末雲来末風来末食う寝る処に住む処藪ら柑子の藪柑子パイポパイポパイポのシューリンガンシューリンガンのグーリンダイグーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの長久命の長助」と言いなさい。 アル: は、はい。かしこまりました。では姫様、えっと、寿限無寿限無、 姫: アルカシア。 アル: はい。 姫: 冗談に決まってますわ。 アル: え? 姫: そこは「いやめんどくさいわ!」くらいのツッコミを入れたらどうですの?全く、頭が固くて困りますわね。あなたはもっと冗談というものを勉強しなさい。 アル: はい、申し訳ございません。ってあれ?いつの間にか立場が、 姫: あ、そうだお母様、 后: ん? 姫: 私、お母様にお見せしたいものがありますの。 后: 私に見せたいもの? 姫: ええ、見ていて下さい。 姫: ではいきますわよ。(歌やモノマネなど、声で出来る特技を披露する。) 后: おお、これはすごい。 姫: えへへ。 后: 一体いつの間に覚えたのだ? 姫: 実は、ほら先週旅の芸人さんたちがいらしてたでしょう?その時に教えて頂いたんですの。ようやく上手に出来るようになりましたわ。 后: ほう、一週間でこれほどとは、なかなかできる事ではないぞ。 アル: しかし、こんなことを覚えているヒマと労力があれば普通に勉強した方がよかったのでは? 后: まあ良いではないか。勉学はもちろん必要だが勉学ばかりしていても何の役にも立たん。どんな名刀でも剣の腕が無くては使えんのと同じだ。様々なものに興味を持ち、多くの経験を積むことも大切なのだ。それこそが活きた知識となる。姫様もいずれはこの国を背負って立つお方。なれば尚の事だ。民は紙の上に記された文字や記号ではない。生きた人間なのだからな。生きた人間を相手にするなら活きた知識が必要になるのだ。 姫: やっぱりお母様はわかってくれますわね。 后: けれど、上に立つものとして最低限の勉学が必要なのもまた事実、だぞ。 姫: はぁーい。 后: よし、では姫様の勉強が終わったら私がアップルパイを焼いてやろう。 姫: 本当!? 后: ああ、本当だ。 姫: 嬉しい!私、お母様の事大好きですわ。とても優しくて、暖かくて、まるで本当のお母様のよう! 后: 私も、姫様の事が大好きだ。 姫: では、アップルパイ、楽しみにしてますわ。アルカシアも、また後で。  : 0:姫、去る。  : 后: まるで本当のお母様のよう、か。 アル: お后様、 后: 良いのだ、アル。 アル: しかし、それではお后様は、 后: 今は、あの子が私を母と呼んでくれる。それで十分すぎるほどだ。それに、あの子が立派に成長していてくれる。それをこんなに近くで見守ることもできる。 アル: 少々元気が過ぎるところはございますが。 后: 姫というのは大抵そういうものだ。姫様は、あれで良い。あの明るく屈託の無い笑顔を見ているとな、暗い気持ちなどどこかへ行ってしまう。あの美しい笑顔に私は何度も救われた。姫様の美しさには何か特別なものすら感じる。 アル: はい、姫様は随分お美しくなられました。 后: だろう?今となっては私より美しいくらいだ。 アル: お后様も、お美しくていらっしゃいますよ。 后: 世辞を言っても何もやらんぞ。 アル: 本心でございます。 后: そうか。ならばその言葉、ありがたく受け取っておこう。さて、姫様に元気を貰ったとあればもう一頑張りせねばなるまいな。残りの仕事をさっさと片付けるとするか。行くぞ、アル。 アル: はい。  :  : 0:―2―  : 0:后の部屋。 后: これは却下。次は、これか。託児施設周辺の環境改善?うむ、検討しよう。次は、  : 0:アル、駆け込んでくる。  : アル: お后様―っ! 后: どうしたアル。騒々しいな。 アル: お后様、実は大変をピンチがヤバいマジにぱない危険の危ないなのです! 后: 落ち着け。何が言いたいのかさっぱりわからんぞ。 アル: はっ、失礼。取り乱しました。 后: して、何事だ? アル: それが、どうやらグランアヴル国がこの国を攻めるために軍を整え準備を進めているとの情報が入りました。 后: 何っ!?グランアヴルが?間違いないのか? アル: はい。 后: なぜ今頃になって。アヴルからしてみればこの国など取るに足らぬほどの小国。故に今までもわざわざ攻めてくるようなことも無かった。それが今になって突然、ということは何かしら攻める価値が出て来たと、そういうことか? アル: ご推察通り。実はアヴルの国王がある命令を出した、とのこと。 后: 命令?どのような。 アル: はい、この世で最も美しき女性を捕らえよ、と。噂では生贄とするために命じたという話も。 后: 生贄。確かアヴルには宮廷専属魔術師がいたはずだ。なるほど。奴らはどうやら悪魔との契約を結ぼうとしているらしい。 アル: 悪魔、 后: アヴルの宮廷魔術師が悪魔の研究をしているという話を聞いたこともある。この世で最も美しい女性を生贄に必要とする悪魔は確かに存在する。かなり高位の悪魔で呼び出すこと自体非常に難しいはずだが、その段階まで進んでいたのか。あれには確かもう一つ条件が。アル、次の日食はいつだ? アル: 日食、ですか? 后: ああ、その悪魔と契約を交わすのは闇が太陽を喰らう時、つまり日食の時でなければならん。 アル: 次の日食は、二週間後です。 后: あまり時間がないな。 アル: この世で最も美しい女性、というのも気になります。アヴルはそれが誰なのか特定しているのでしょうか? 后: アヴルの魔術師がどれ程の力を持っているかは知らんが、恐らくこの国にいる、という程度にしか特定出来ていないのだろう。 アル: 何故そのように? 后: 軍を整えて準備をしている、と言っただろう。 アル: ええ。 后: であれば恐らく奴らは武力にものを言わせて最も美しい女性を出さねば攻撃すると脅しにかかってくるか、あるいは問答無用でしらみつぶしにそれらしき者を捕らえていく気だろう。もし特定できているのであれば軍を用意するよりも少人数で秘密裏に攫(さら)った方が早い。 アル: なるほど。 后: とはいえ、それ以外の目的もあるやもしれん。この機会に今まで放っておいたこの国を潰そうとしている可能性も無い訳ではない。用心しておかねばな。 アル: はい。 后: まずはその最も美しい者とやらを探し出さねば話は進まぬな。 アル: しかしどのようにして。 后: 案ずるな。 アル: お后様、何か手が? 后: ああ、これでも私は魔女の端くれだからな。しばし待っておれ。 アル: はい。  : 0:后、奥の部屋へ行く。  : アル: しかし、見つけ出したとしてその後は一体どうすれば、  : 0:姫、入ってくる。  : 姫: お母様―、ってあら?まぁ大変! アル: どうなさいました? 姫: お母様のお部屋に来たはずなのに、そこにいたのはアルカシア!つまり、お母様の正体はアルカシアだったのですね! アル: いえ、違います。 姫: はぁ。 アル: あ、あの、姫様? 姫: アルカシア、ここはどう考えてもノリツッコミを入れるところでしょう? アル: ノリツッコミ、ですか? 姫: 私が「お母様の正体はアルカシアだったのですね!」と言ったらあなたは「ばれてしまっては仕方ない、ってそんな訳あるかーいっ!」とツッコミを入れるのが常識でしてよ。 アル: 常識でしてよ、と言われましても。 姫: では私もう一度入ってまいりますので、分かっておりますわよね? アル: はい?  : 0:姫、一度部屋を出てすぐに戻ってくる。  : 姫: あら!?お母様のお部屋に来たはずなのに、そこにいたのはアルカシア!つまり、お母様の正体はアルカシアだったのですね! アル: いえ、ですから違います。 姫: ちょっと!あなた人の話を聞いておりましたの?本当にもう、やる気がないなら帰って頂いて構いませんのよ。 アル: あの、さっきから私は何を一体怒られているのでしょうか? 姫: はぁ。もういいですわ。それで、お母様は? アル: はい、お后様でしたら奥のお部屋に。  : 0:后、入ってくる。  : 后: おや、姫様も来てたのか。 姫: お母様、丁度良かったですわ。私、今日の分のお勉強、きっちり終わらせましたのよ。 后: ほう、そうか。それは素晴らしい。 姫: ですから、アップルパイを、 后: 分かっているさ。だがすまない、私の方の仕事があと少しだけ残っていてな。 姫: えー。 后: 安心しろ。すぐに片付く。そうだ、厨房を使わせてもらえるように今から行って頼んでおいてくれないか?それと、料理長にお願いして特に良いリンゴをいくつか用意してもらっておいてくれると助かるのだが。 姫: 分かりましたわ。私に任せておいて下さい。お母様も早くいらして下さいね。 后: ああ。  : 0:姫、去る。  : アル: お后様、いかがでしたか? 后: ああ、最も美しい女性が誰か、分かったぞ。 アル: ならば、今すぐその者の所へ、 后: その必要はない。 アル: し、しかし、あまり時間もありません。 后: ああ、そうだな。 アル: ならば、 后: アル、 アル: はい。 后: この件を知っている者はどれくらいいる? アル: まだ今のところは私とお后様、それからこの情報をもたらした諜報員だけです。 后: そうか。ならばその諜報員には口止めをしておくように。それからアル、お前も口外するな。今の状況でいたずらに不安を煽るようなことは避けたい。もちろん必要になったら全国民に伝えるが、今は少し待て。 アル: はい。 后: 調査と偵察の方は引き続き頼む。くれぐれも内密にな。 アル: かしこまりました。 后: さて、残りの書類は明日に回すとして、私は今日最後の大仕事に取り掛かるとするか。 アル: 今日最後の大仕事? 后: アップルパイだ。アル、お前も手伝え。 アル: はい。  : 0:后とアル、出ていく。  :  : 0:―3―  : 0:后の部屋。  : 姫: それでね、お母様。アルカシアったらその時、ってお母様? 后: ん?ああ、どうした? 姫: お母様の方こそどうかなさったんですの? 后: え? 姫: ここ数日、なんだか難しいお顔をなさってますわ。 后: ああ、すまない。 姫: お父様の病気の事もありますし、それでお母様がお父様の分まで仕事をなさっていてお忙しいのは分かっておりますけれど、お母様、ちゃんとお休みになられてますの? 后: ああ、心配には及ばない。 姫: ではお食事は?きちんと食べておいでですの? 后: それも大丈夫だ。 姫: ごめんなさい、お母様。 后: どうした? 姫: 私ったらいつもすっかりお母様に甘えてしまってばかりで。本当は私が少しでもお母様のお手伝いが出来ればよかったのですけれど、私、何のお役にも立てなくて。 后: 何を言っているか。その気持ちだけで十分だ。私はな、姫が甘えてくれるのがとても嬉しい。姫の笑顔を見るだけで元気になれるのだ。 姫: そう言って頂けて私も嬉しいですわ。けれど、私なんだか不安なんですの。 后: 不安? 姫: ええ。前の、私の本当のお母様が亡くなって私、本当に寂しくて、どうしようもない程悲しくて、ずっと塞ぎ込んでいました。けれど、新しくお母様が来て下さって、とても優しくして下さって、それで私はようやく元気を取り戻すことが出来たんですの。けれど、そのことがあったからこそなんだかまた同じようにお母様を失ってしまいそうな、そんな不安を時々感じてしまいますの。もしもそのようなことになったら私は一体どうなってしまうのかわかりませんわ。 后: 大丈夫だ、姫。 姫: お母様。 后: 不安に思う必要などない。 姫: ありがとう、お母様。 后: さあ、今夜はもう遅い。早く部屋に戻るがよい。 姫: はい。 后: 今夜は特に冷えそうだ。暖かくして眠るのだぞ。 姫: お母様も、きちんと休んで下さいね。 后: ああ、ありがとう。お休み。 姫: お休みなさいませ。  : 0:姫、去る。  : 后: 私は、罪深い母親なのだろうか。  : 0:アル、入ってくる。  : アル: お后様。 后: アルか。入れ。 アル: 失礼いたします。 后: どうした。 アル: 例の件に関する報告です。 后: ああ、グランアヴル国の件か。状況はどうだ。 アル: 今のところ、あれ以降大きな動きはありません。しかし、着々と準備は進んでいるようです。おそらく三、四日もあれば軍備は整うかと。目的も以前お話した通りで間違いないかと。 后: そうか。 アル: あの、お后様。 后: ん? アル: その、良いのですか?何か手を打たなくて。 后: うむ。対策は考えてある。だが、不安要素もある。 アル: 不安要素、ですか。 后: アル。 アル: はい。 后: 奥の部屋に鏡が置いてある。それをここへ持ってきてくれぬか。 アル: 鏡、ですか?わかりました。  : 0:アル、奥の部屋から鏡を持ってくる。  : アル: お后様、こちらでよろしいですか。 后: ああ、ありがとう。 アル: しかし、この鏡が一体どうしたというのです? 后: まあ見ておれ。 アル: ?  : 0:后、鏡に向かい、  : 后: この世の全てを見通せし者よ、我、知らんと欲するはこの世で最も美しき女性。汝の瞳を持ってわが問いに答えよ!  : 0:后、鏡をのぞき込む。  : 后: 何っ!? アル: いかがなさいましたか? 后: そんな、 アル: お后様? 后: アルよ、お前はこの鏡の中に誰が見える? アル: え?これは、姫様ではありませんか!?一体何故? 后: この鏡は法具、つまりは魔術用の鏡なのだ。 アル: 魔術用の? 后: ああ。魔力を持つものがこの鏡を使うと、決して偽ることなく質問に答えてくれる。私はこの鏡に最も美しい女性は誰か、と尋ねた。 アル: それで姫様のお姿が映っているということは、まさか! 后: ああ。お前の考えている通りだ。今この世で最も美しい者、そしてアヴルがその身を狙っている者は、姫様だ。 アル: そんな! 后: まさか、このタイミングで恐れていた事が起きようとは。 アル: しかし、お后様は以前から知っておられたのではないのですか? 后: いや、以前見た時は違っていたのだ。私はあれから毎日のようにこの鏡に同じように尋ねていた。だが昨夜までそこに映ったのは姫様ではなく、私自身の姿だった。 アル: えっ!? 后: 私が狙われているのであればまだ打つ手もあったのだが、 アル: しかし何故その様なことに?鏡が間違っていたというのですか? 后: そうではない。この鏡は偽ることも無ければ間違うことも無い。なれば考えられるのは一つ。答えが変わったということだ。 アル: そんなことが。 后: 私が先ほど不安要素と言っておっただろう。あれはまさにこの事だったのだ。せめてあと数日遅ければ、アヴルが襲ってきた後であればよかったのだが。 アル: 一体どうすれば。そうだお后様、その鏡にどうすべきか尋ねてみればよろしいのでは? 后: 無駄だ。 アル: 何故です? 后: どんな物でも万能ということは無い。この鏡にも色々制約があってな。明確な回答や客観的な事実を持たない質問には答えない。また不確定要素を含む質問にも同様。故に未来の事にも答えない。未来というのは不確定要素の塊だからな。つまりわかりやすく例えるならば、相手の持っている手札は何か、という質問なら答えてくれるが、相手がどの札を出してくるか、次に自分が何を出せばいいかといった質問には答えてくれないのだ。 アル: 解決策は自分で用意しろ、ということですか。 后: ああ。だがどうするにせよ、アヴルが攻め込んで来るならば首都であり最も人口の多いこの街を最初に狙うだろう。ならばこのまま姫様をこの城にいさせるのは危険だ。 アル: 姫様をどこかに逃がすのですね。しかし一体どこへ? 后: 北の森だ。 アル: あそこへ? 后: あの森ならば敵も簡単には捜索できないだろう。 アル: しかし、森は危険では? 后: 大丈夫だ。あそこには危険な生物もおらぬし、それにお前も噂くらいは聞いたことがあるだろう。あの森には精霊が住んでおると。 アル: ええ、もちろんそういう話は聞いたことがありますが、あれはただのおとぎ話で、 后: いや、そんなことは無い。私は以前一度精霊に会った事があるのだ。姫様も一緒にな。私が代理母として姫様を出産し、この城に引き渡す前の事だから、もちろん姫様は覚えていないだろうが。あの精霊達ならば間違いなく姫様を守ってくれる。 アル: では、早速姫様にこの事をお話しして、 后: いや待て。 アル: はい? 后: 姫様の事だ。もし本当のことを話したら私たちの事を案じて逆にここに留まろうとするだろう。あるいは一度逃げた後で再び戻ってくるやも知れん。 アル: 確かに、姫様ならあり得ます。 后: それにこの城の中にもアヴルの人間が入り込んでいる可能性が無いとは言えん。こちらがアヴルの動きを把握していることを知られたくない。アルよ、今から私の言う通りにしてくれるか? アル: はい。  :  : 0:―4―  : 0:姫の部屋。  : アル: 姫様、姫様、 姫: ん?アルですの?入ってよろしいですわよ。 アル: 失礼いたします。 姫: 一体どうしたというのですか、このような時間に。私ももうすぐ寝入ろうとしておりましたのに。 アル: 申し訳ございません。 姫: いえ、よろしくてよ。それで、何用ですの?何やらただ事では無いように見えますけれど。 アル: はい、大変申し上げにくいことではございますが、姫様どうか心してお聞きください。 姫: ええ。聞かせてください。 アル: 実は、私はお后様からあることを仰せつかっておりまして、  : 0:アル、短剣を取り出す。  : 姫: 何ですの? アル: お后様は私にこの短剣を手渡し、今宵、姫様が寝入ったところを窺って姫様の命を奪え、とご命令なさったのです。 姫: 何ですって!? アル: 私ももちろんそのような事は出来ないと申しました。けれどお后様はこれは命令だ、と。 姫: 戯言はおやめなさい、アルカシア!確かに私はあなたにもっと冗談をと言いましたわ。けれどこの様な、お母様を侮辱するような冗談を言うとは、見下げましたわ。 アル: 私とて、冗談や嘘だとしてもこの様な事口にしたくはありません! 姫: 第一、何故お母様が私の命を奪わねばなりませんの!? アル: それは、姫様があまりにお美しくなられてしまったためでございます。 姫: どういうことですの? アル: お后様は全てを見通す魔術を用いてご自身がこの世で最も美しいことを確かめておられました。しかし、突然その地位を姫様に奪われたと言い出したのです。そして自分より美しくなってしまった姫様の事が憎らしくなったのでしょう。姫様さえいなくなれば再び自分が一番になれると、 姫: 嘘ですわ!だってお母様はあんなに私に優しくして下さったのですよ。 アル: それは全て偽りの姿だったのです。そうすることによって姫様や国王様をはじめ周りの者達の信頼を得ることが出来ると考え、結果的に自分が優位に立つためにやっていた事なのです。聞けば、先代のお后様を死に追いやったのも、 姫: 信じません!私はそのような事信じませんわ!  : 0:姫、走り去る。  : アル: あっ、姫様!  : 0:アル、姫を追って走り去る。  : 0:后の部屋の前。  : 姫: 私は信じませんわよ。ん?お母様の声? 后: この世の全てを見通せし者よ、我、知らんと欲するはこの世に最も美しき女性。汝の瞳を持ってわが問いに答えよ!やはり何度やっても変わらぬ。何故、何故姫なのだ!何故最も美しい者が、私ではなく姫なのだ!姫の美しさが憎い。これほどまでにあの美しさが憎らしくなろうとは、 姫: お母、様?  : 0:アル、入ってくる。  : アル: 姫様。 姫: そんな、嫌、信じたくありませんわ。お母様はいつも優しくて、今日だって暖かくして寝るようにと、そう私を気遣って下さって、それも全部、全部嘘だったというのですか。ずっと嘘をついて、何年も私達を騙していたというのですか。私の本当のお母様まで死なせて、 アル: 姫様。 姫: お母様がそれを憎らしく思うのであれば私は美しさなどいらないというのに、お母様はそうは思って下さらないのですね。 アル: 姫様、私は立場上お后様のご命令には逆らえません。しかし、姫様を殺めることなど出来るはずがありません。ですから姫様、共に逃げましょう。 姫: 逃げる? アル: ええ、このままではいずれにしろ姫様は殺されてしまいます。 姫: ですが、逃げたとしてもすぐに見つかってしまうのでは、 アル: その点はご安心ください。姫様を殺せなかったとあっては私もただでは済みません。ですからその辺の鹿か何かを狩り、その心臓でも証拠として手渡せば疑いもしませんでしょう。 姫: 本当に、それしかないのですね。 アル: ええ。ですから今はどうか、お逃げください。 姫: わかりましたわ。アルカシア、案内をお願いします。 アル: はい、かしこまりました。 姫: さようなら、お母様。 アル: さあ、行きましょう。  :  : 0:―5―  : 0:后の部屋。  : アル: お后様。 后: 戻ったか。入れ。 アル: 失礼いたします。 后: 上手くやれたか。 アル: はい、全てお后様の指示通りに。 后: そうか。 アル: お后様、 后: 何だ? アル: その、本当によろしかったのですか、これで。 后: 背に腹は代えられん。仕方のないことだ。それよりも次の手を考えねばならん。姫を逃がしたのはあくまでその場しのぎに過ぎず解決策とまでは言えん。現状としては何も変わっておらんのだからからな。 アル: なんとか、ならないものでしょうか。 后: うむ。どうにか対抗できれば良いのだが、戦力差がありすぎる。まともに戦ってはどう足掻こうともアヴルには敵わん。そんなところで無駄な犠牲を出すわけにもいかん。 アル: このまま、黙っているしかないのでしょうか。 后: くそっ!もう時間もあまり無いというのに。何故我らが追い込まれなければならんのだ。全てはアヴルの私利私欲ではないか。我らが連中に何をしたというのだ。私達は、この国はただ平穏に暮らしていたい、ただそれだけだというのに。それをそんな下らん理由で邪魔しようなどとは実に腹立たしい。そして、何よりこの期に及んで何も出来ぬ私自身が情けない。 アル: お后様。例えば、誰かを身代わりにする、というのはどうでしょう。 后: 何を言っている。そもそも一体誰を身代わりに立てようというのだ。そのような非人道的なことは出来ん。 アル: 身代わりは私が、顔を隠してでも、 后: 馬鹿を言うな。それに相手もそれくらいの事は想定しているだろう。この鏡ほどでないにしても真偽を見破る程度の手は打ってくると考えておいた方が良い。仮に身代わりになれる者が居るとするならば実際にその者が最も美しくならねばならん。そんなことが出来るわけ、いや待て、 アル: お后様、どうなさいました? 后: 身代わり、この世で最も美しい、となると、確か昔、あれが使えればあるいは、少々賭けにはなるが、現状ではこれが最も有効か、 アル: お后様、何か手があるのですか。 后: ああ、一応、ではあるがな。 アル: 一応? 后: 確実性に欠ける。上手くいくかどうかわからんのだ。その上間に合うかどうかも怪しい。一か八かといったところだ。だが現状ではこれを置いてほかに手はない。やってみるしかなかろう。さてアルよ、今夜はもう遅い、それに今日は疲れたであろう。ご苦労であった。休むがよい。 アル: あの、お后様は、 后: 私はまだ調べ物をせねばならん。安心しろ。それが終わったら私も休む。 アル: そうですか。 后: では、きちんと休むのだぞ。 アル: はい、お休みなさいませ。  : 0:后、奥の部屋へ去る。  : アル: お后様。私にはお后様の考えまでは到底分かりかねます。ですが、きっとお后様ならば上手くおやりになると信じております。固く信じております。なのに、何故でしょう。何故私の心はこうまで不安にざわつくのでしょうか。  :  : 0:―6―  : 0:森の中の小屋。 0:眠っていた姫が目を覚ます。  : 姫: んー、皆様おはようござ、あら、誰もいらっしゃらない?皆様お出掛になられたのでしょうか。それにしても今日はいいお天気ですこと。雲一つ無く晴れ渡っておりますわ。そう、とてもいいお天気、のはずなのにやっぱりちっとも嬉しくありませんわ。ここに来てもう二日。ここの皆様にはとても良くしてもらっておりますし、もちろん感謝しておりますけれど、やっぱり私は。あぁ、私はこれからどうなってしまうのでしょうか。ううん、ダメですわ私ったら。沈んでばかりいてもどうしようもありませんのに。そうですわ、皆様の為にお掃除でもしましょう。  : 0:老婆の姿に変装した后、出てくる。  : 后: もし、もし、 姫: はーい。あら、どなたですの? 后: わしは流れの物売りにございます。 姫: 物売りさん。 后: 左様でございます。 姫: どのような物を売ってらっしゃるの? 后: ええ、今日はこれを。 姫: まあ、リンゴ! 后: とても良いのが手に入りましたもので。 姫: 私、リンゴは大好きですのよ。 后: ほう、それは良ぅございました。 姫: きれいな赤色。それにつやつやと輝いていて宝石のようですわ。とってもおいしそう。 后: お一つ、いかがですかな。 姫: あっ、でもごめんなさい。私今はお金を持っておりませんの。 后: おや、 姫: こんなにおいしそうなのに、残念ですわ。本当にごめんなさい。 后: ではお嬢さん、これを。  : 0:后、姫にリンゴを手渡す。  : 姫: でも、先程も申しました通り、私お金は、 后: お代は要りません。 姫: そんな訳にはいきませんわ。 后: いえいえ。お嬢さんのような素敵な方に食べて頂けるならリンゴの方も幸せでしょう。わしもお嬢さんの笑顔が見とうなりましてな。わしからの、プレゼントということで。 姫: 本当に、宜しいんですの? 后: 勿論ですとも。 姫: ありがとうございます。 后: さぁ、どうぞ召し上がって下さい。 姫: はい、ではいただきます。  : 0:姫、リンゴを食べる。  : 姫: うっ、  : 0:姫、倒れる。  : 后: 姫、本当にすまない。私が非力であったが故につらい思いをさせてばかりだ。昔も、そして今も。本当ならばもっと母親として傍に居たかったのだがな。せめて花嫁姿くらい見ておきたかったのだが、それも叶いそうにない。だが私は貴女がこの先幸せな人生を歩んでくれると信じている。貴女の母親になれて良かったと、心から思っている。さようなら、私の愛しい娘よ。  : 0:后、立ち去る。  :  : 0:―7―  : 0:后の部屋  : 后: この世の全てを見通せし者よ、我、知らんと欲するはこの世で最も美しき女性。汝の瞳を持ってわが問いに答えよ!よし、何とか間に合った様だな。 アル: お后様! 后: 入ってよいぞ。 アル: 失礼いたします。 后: どうした。 アル: 緊急の知らせです。アヴルの軍勢がこの国に向かって進軍を開始したとのことです。あと一時間程で国境付近にに到着するかと。 后: そうか、予測した通りだ。アル、後の事は頼んだぞ。 アル: お待ちください!どちらへ行かれるおつもりですか。 后: 心配するな、野暮用だ。 アル: お后様、何をなさろうとしているのですか。 后: 無論、この国を守ろうとしている。 アル: そうですか。ではお后様、今朝はお一人で一体どちらへお出かけに? 后: 何故そのような事を、 アル: お答え下さい。 后: 少し気分転換がしたくなってな、湖まで散歩に出ていたまでだ。 アル: 森の方へ向かうのを見たと言う者もおりますが。 后: ……。 アル: 本当は、姫様の所へ行っていたのではありませんか? 后: ! アル: お后様、私はお后様に忠誠を誓っております。形式だけの忠誠ではございません。心からお后様を信じてお仕えしております。それは昔も今も、そしてこれからも変わりません。確かに私は至らぬ点も多くございましょう。それでも何か少しでもお后様のお力になりたいと、そう思っております。ですから、どうか本当の事を話してはいただけませんでしょうか。それとも、私はお后様の信用に足らぬ人間でしょうか。 后: アル、お前は全くズルい奴だな。 アル: お后様の従者でございますので。 后: アル、すまないな。隠すような真似をしたのは、お前を信用していないからではないのだ。 アル: 存じておりますとも。心配をかけたくなかったから、でございましょう。 后: そこまで見透かされているとは、お前には隠し事もできんな。  : 0:后、小瓶を取り出す。  : 后: アル、これが何だか分かるか? アル: これは、薬、でしょうか。 后: これはな、毒薬だ。 アル: 毒薬? 后: ああ、一滴でも口にすれば即、命を奪う。 アル: 何故、そんなものを。 后: 私が今朝森に行ったのはな、これを姫に飲ませる為だ。 アル: 姫様に!? 后: お前が言った身代わりという言葉で考えてみたのだ。この世で最も美しい女性、その者が死すればどうなるのか。結果は私の考えた通り、鏡は姫の姿を映し出さなかった。死したのであれば「この世で」という条件に当てはまらんからだ。 アル: しかし、それでは姫様が、 后: ああ、もちろん実際に命を奪ってしまっては元も子もない。そこでこの毒薬だ。これはな、毒薬とはいっても普通のものとは少し違っているのだ。これは魔女の間に密かに伝わる霊薬だ。誰が何のために作り出したかは知らんが、私の母が遺してくれた文献にあったのを思い出してな。作るのに少々時間がかかってしまったが、何とか間に合ってよかった。この毒は確かに人を殺す。だがその死は一時的なもので、ある条件を満たせば再び命を取り戻すことが出来るのだ。 アル: では、姫様も、 后: 確かに今は死の状態にあるが、生き返ることが出来る。 アル: しかし、そうなると今現在最も美しい者というのは、 后: 私、ということになるな。 アル: では、お后様も早くお逃げに、 后: 私は逃げぬ。私が逃げてしまってはどうにもならんのだ。だからアル、私は今から国境へ向かう。 アル: お后様。あなたはやはりそうなさるのですね。 后: やはり、ということは私がこれから何をしようとしているのかも知っているのか。 アル: 知っている、と言えるほどのものではございません。けれど、そうでなければ良いと願ってはおりました。 后: アル。 アル: 承知、いたしました。 后: おや、引き止められるかと思っていたぞ。 アル: 引き止めたいです。本当は力尽くでも引き止めたいです!けれど、それがお后様のお考えとあらば、私には止めることが出来ません! 后: アル。 アル: 一番初めに狙われているのがご自分だと知った時から、そうなさるおつもりだったのでしょう。お后様はいつもそうでしたから。いつもいつも姫様の事、国王様の事、民の事、そしてこの国の事をお考えになって、 后: それは当然の事だ。 アル: けれど、そうやってこの国の全ての事を考えていらっしゃるというのにご自身の事はいつも後回しにしてばかり。何故、他者を想うのと同じように、いえ、他者を想うその気持ちの半分だけでもご自身の事を大切にして頂けないのでしょうか。 后: 私は不器用だからな。こうでもせんと守れんのだ。私とて本当は死にたくなどない。当然だ。しかし、誰一人として犠牲にしないのは無理な話だと気付いたのだ。そんなものは理想論に過ぎぬと。ならば、せめて私がその役を買って出るまでだ。 アル: けれど、だからと言って何故お后様が、 后: 私が一番都合が良いのだ。この国の后として、そして国王代理として、ほかの誰かに犠牲を強いることなどどうして出来ようか。それにただ犠牲になるだけではグランアヴルはその野望を成就させ、さらに強大な力を得てしまう。その点私ならば心配ない。魔女といえど普段はそこまで大きな術を使えるわけではないが、死を覚悟するならば話は別だ。悪魔の力を逆に利用して奴らに少しばかり手痛い仕返しをしてやることくらいなら出来る。そして姫様。姫様は私が本当の母であることを知らない。その上、実の母の仇であり自分をも殺そうとした者として憎んでいる。城の女中にも私が姫を殺したという噂を流しておいた。じきに城の内外問わず知ることとなるだろう。つまり、私が死んだところで悲しむ者などおらんのだ。これ程までに都合のいい者など他にはおらんであろう。 アル: お后様、 后: 泣くでない、アルよ。私はな、嬉しいのだよ。后として、一人の人間として国のために、民のために、愛する者のために何か出来る事がある。自分の力が何かの役に立つのが嬉しい。 アル: ならばお后様、 后: それはならん。 アル: え?私はまだ何も、 后: お前の事だ、自分も供すると言うのだろう。 アル: 何故分かったのですか。 后: 私はお前の主だからな。 アル: お見それ致しました。 后: お前にはまだいくつかやってもらわねばならん事がある。 アル: はい。 后: 一つ目は、万一私がアヴルの軍を止められなかった場合、急いで皆を避難させること。どこでもいい、とにかく安全な所へ。 アル: はい。 后: そしてもう一つ、どうか私の代わりに姫様を見守っていてくれ。姫様も恐らくもうすぐ大切な時期を迎えることになる。 アル: 大切な時期? 后: ああ。先程言ったであろう、あの毒薬で死した者はある条件を満たせば生き返ると。 アル: ええ。 后: その条件というのがな、実は口付けを交わすことなのだ。 アル: えっ!? 后: かと言ってどこの誰とも分らん奴に私の大切な娘の唇を奪われるのは嫌だからな。いつぞや舞踏会で姫と会ったというヒューラッグの王子宛に文を書いておいた。アルにはその二人の成り行きを、そしてあるいはその後末永く幸せが続くように見守っていてほしい。 アル: はい、お任せください。 后: 最後に、今回の一件、一切を秘密として守ること。私が姫を殺そうとしたがお前が逃がしたお陰で助かった、と。そういう事にしておくのだ。良いな? アル: かしこまりました。お后様のご命令とあれば。 后: 命令ではない、頼みだ。 アル: はい。 后: アル、今までよく私に尽くしてくれた。私はお前と出会えて良かったぞ。お前は良き従者であり、良き家族であり、良き友であった。 アル: 私の方こそ、お后様にお仕え出来た事、心より嬉しく思います。  : 0:后、アルを抱きしめる。  : 后: では、私はそろそろ行かねばならん。 アル: はい。 后: 達者でな。  : 0:后、去ろうとしたところで立ち止まり、  : 后: あ、ひとつ言い忘れておったのだが、間違っても私の墓なぞ建てたりしてはいかんぞ、良いか、絶対に建てるでないぞ。 アル: それも、頼みでしょうか? 后: これは命令だ。 アル: はい、かしこまりました。 后: では、さらばだ。 アル: はい。 后: ありがとう、アルカシア。  : 0:后、去る。  : アル: ありがとうございました、お后様。  : 0:アル、去る。  :  : 后: グランアヴルの者達よ!我が声を聞くがよい!我こそは汝らの求むる者なり!我が国の大地を踏み荒らさぬと約束するのであれば、謹んで我が身を汝らに受け渡そう!汝らに武人たる誇りがあるのならば我が言葉に従え!!  : 后: 姫様、いや私の愛しい娘よ。どうか白く降り積もる雪の如く、貴女の未来に幸福な日々が絶え間なく訪れますように。  :  : 0:―8―  : 0:墓の前にアルがいる。  : アル: お后様、あれからもう随分経ったような気がします。実は今日はご報告がございまして、本日無事、姫様のご婚礼の儀が執り行われることになりました。お相手はやはりあの王子様でございます。国王様のお体も随分良くなられて、本日の式を心待ちにしておられます。この婚礼で王子様をお迎えする事となり、我が国はヒューラッグ公国ととても強い結びつきを得ることが出来ました。これでこの国の未来もますます明るくなります。これも全てお后様のお陰でございます。今のこの国の姿も、姫様の美しいドレス姿もお見せ出来ないのは残念でございますが、あの時の約束通り、私がお后様の目となり、しかと見届けますのでご安心ください。 姫: アルカシアー! アル: おや、姫様がいらしたようですね。  : 0:姫、入ってくる。  : 姫: アルカシア、こんな所に居たんですの?もうすぐ始まってしまいますわよ。 アル: おや、もうそんな時間ですか。これは失礼いたしました。お手を煩わせてしまい。申し訳ございません。 姫: 全くですわ。こんな所で一体何を、ってあら?これはお墓、ですの? アル: ええ。 姫: こんな所にお墓なんてありましたっけ?お名前も書いてないようですけれど、どなたのお墓ですの? アル: 私の、とても大切な方です。本人には墓なんか建てるな、絶対に建てるなと念押しされたので、建ててやりました。 姫: あら、あなたもだいぶ分かるようになってきましたのね。アルカシア、私も手を合わせてよろしいかしら。 アル: 勿論ですとも。あの方もきっと喜びます。  : 0:姫とアル、墓を拝む。  : 姫: さて、そろそろ行きますわよ。 アル: はい。  : 0:姫とアル、去る。  :  : 0:絵本を読み聞かせる声(后)が聞こえる。 后: 昔々、あるところに白雪姫というとても美しいお姫様がおりました。白雪姫には継母となる后がおりましたが、実はこの后はとっても悪い魔女だったのです。后は魔法の鏡を持っており毎晩その鏡に向かって、世界で一番美しいのは誰かと尋ねていました。すると鏡は……  : 0:絵本を読む声、だんだん小さくなっていく。  :  :―幕―

 :白く降り積もる雪の如く  : 0: キャスト 后:《国王の后。国王が病で倒れてからは国政なども全て自身で執り行っている。代理母として姫を出産後、姫を城に引き渡す。前の后が病死し、後に正式に后となった。》    アル:《アルカシア。后の従者。少し真面目過ぎてしまう部分がある。姫に振り回されがちだが、従者としては有能。性別不問。》 姫:《この国の姫。元気で明るく、優しい性格。(劇中でモノマネなどや歌など声を使った特技を披露する場面あり。)今の后が実の母親であることは知らない。勉強は嫌いだが、頭は悪くない。》  : 0:===========================================================  :  :―1―  : 0:后、国民に向けて演説をしている。  : 后: 国王がお倒れになってすでに二日。病状は未だ快方に向かっておらず、皆もさぞかし不安を覚えているだろう。隣国との外交問題をはじめ、数多くの問題を抱えているこの国に覆いかぶさる暗雲はますますその色を濃くしている。だが、このような時だからこそ我々は強くあらねばならない。私は信じている。この暗き雲も近きうちに必ず晴れると。そして再び我が国の大地に陽の光が差す頃には、眠っていた草花が芽吹くように皆がより強く、国がより豊かにになり、すべての民に幸福が訪れるであろうことを、私は信じている!  : 0:場面転換。城の中庭。  : アル: お后様、 后: おお、アルか。 アル: 素晴らしい演説でございました。これで民の気持ちも少しは晴れましょう。 后: だと良いのだがな。 アル: お后様、いかがなさいました? 后: 先ほど自分でああは言っておきながら私は不安で仕方がないのだ。今のこの国に対して、果たして私にどれほどのことが出来ようか。 アル: お后様は十分に働いておいでです。国王様がお倒れになって、突然国王代理の任につき、その慌ただしい中でも全ての仕事を十分にこなしておられます。 后: だが、私は無力だ。国王や、あるいは先代のお后様であったならもっと上手くやれるやもしれぬというのに。 アル: お后様、お言葉ではございますが、お后様がそのようなお気持ちでは我々も、そして国王様も不安がってしまします。大丈夫です。どうかご自身を、そして先ほどの演説のご自身の言葉を信じて下さいませ。 后: そうか。確かにその通りかもしれんな。すまない、アル。 アル: 我々はお后様を信じております。 后: 有難う。 姫: お母様ーっ! アル: ん?    : 0:姫、走りこんできて、アルを吹き飛ばす。  : アル: どぅわ!  : 0:姫、后に抱きつく。  : 后: おやおや。 姫: お母様、先ほどの演説、聞きましたわ。とっても素晴らしかったですわ。 后: そうか、ありがとう。 姫: お母様は私の誇りです。私も、将来はきっとお母様みたな素敵なレディーになるんですのよ。 后: ああ、姫様ならばきっとなれる。 アル: 姫様! 姫: あらアルカシア、居たんですの? アル: 居たんですの?ではありません!今日の分のお勉強は終えられたのですか? 姫: またアルカシアはそうやって、顔を合わせるたびに勉強勉強と。 アル: 私は当然のことを申し上げているだけです。そのようなことでは立派なレディーにはなれませんよ。日々努力を重ね、自分を磨くことで誰もがうらやむ人物になれるのです。 姫: あら、私はこれでも着々と自分を磨いておりますのよ。おかげで先月の舞踏会でも結構色々な殿方から声をかけて頂けましたわ。 后: そういえば、そうだったな。 姫: 特にあのヒューラッグ公国の王子様は素敵でしたわ。「私はあなたのいる世界の生まれたことが何よりの幸福だ」だなんて口説かれてしまいましたのよ。 后: ヒューラッグの王子であの時来ていたとなると、第三王子だったか。あの者はなかなかに素晴らしい人物であった。さすがは東の貿易大国の王子だ。 姫: はぁ、ぜひまたお会いしたいですわ。 アル: ではまた会った時に恥をかかないようにお勉強を。 姫: またそれですの?いい加減聞き飽きましてよ。あなたにそうやって勉強勉強と言われる度に余計やりたくなくなるんですの。そうですわ!いい事を思いつきました。 アル: 何でしょう? 姫: 「勉強」と言うからいけないんですのよ。これからは「勉強」という言葉の代わりに「寿限無寿限無五劫の擦り切れ海砂利水魚の水行末雲来末風来末食う寝る処に住む処藪ら柑子の藪柑子パイポパイポパイポのシューリンガンシューリンガンのグーリンダイグーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの長久命の長助」と言いなさい。 アル: は、はい。かしこまりました。では姫様、えっと、寿限無寿限無、 姫: アルカシア。 アル: はい。 姫: 冗談に決まってますわ。 アル: え? 姫: そこは「いやめんどくさいわ!」くらいのツッコミを入れたらどうですの?全く、頭が固くて困りますわね。あなたはもっと冗談というものを勉強しなさい。 アル: はい、申し訳ございません。ってあれ?いつの間にか立場が、 姫: あ、そうだお母様、 后: ん? 姫: 私、お母様にお見せしたいものがありますの。 后: 私に見せたいもの? 姫: ええ、見ていて下さい。 姫: ではいきますわよ。(歌やモノマネなど、声で出来る特技を披露する。) 后: おお、これはすごい。 姫: えへへ。 后: 一体いつの間に覚えたのだ? 姫: 実は、ほら先週旅の芸人さんたちがいらしてたでしょう?その時に教えて頂いたんですの。ようやく上手に出来るようになりましたわ。 后: ほう、一週間でこれほどとは、なかなかできる事ではないぞ。 アル: しかし、こんなことを覚えているヒマと労力があれば普通に勉強した方がよかったのでは? 后: まあ良いではないか。勉学はもちろん必要だが勉学ばかりしていても何の役にも立たん。どんな名刀でも剣の腕が無くては使えんのと同じだ。様々なものに興味を持ち、多くの経験を積むことも大切なのだ。それこそが活きた知識となる。姫様もいずれはこの国を背負って立つお方。なれば尚の事だ。民は紙の上に記された文字や記号ではない。生きた人間なのだからな。生きた人間を相手にするなら活きた知識が必要になるのだ。 姫: やっぱりお母様はわかってくれますわね。 后: けれど、上に立つものとして最低限の勉学が必要なのもまた事実、だぞ。 姫: はぁーい。 后: よし、では姫様の勉強が終わったら私がアップルパイを焼いてやろう。 姫: 本当!? 后: ああ、本当だ。 姫: 嬉しい!私、お母様の事大好きですわ。とても優しくて、暖かくて、まるで本当のお母様のよう! 后: 私も、姫様の事が大好きだ。 姫: では、アップルパイ、楽しみにしてますわ。アルカシアも、また後で。  : 0:姫、去る。  : 后: まるで本当のお母様のよう、か。 アル: お后様、 后: 良いのだ、アル。 アル: しかし、それではお后様は、 后: 今は、あの子が私を母と呼んでくれる。それで十分すぎるほどだ。それに、あの子が立派に成長していてくれる。それをこんなに近くで見守ることもできる。 アル: 少々元気が過ぎるところはございますが。 后: 姫というのは大抵そういうものだ。姫様は、あれで良い。あの明るく屈託の無い笑顔を見ているとな、暗い気持ちなどどこかへ行ってしまう。あの美しい笑顔に私は何度も救われた。姫様の美しさには何か特別なものすら感じる。 アル: はい、姫様は随分お美しくなられました。 后: だろう?今となっては私より美しいくらいだ。 アル: お后様も、お美しくていらっしゃいますよ。 后: 世辞を言っても何もやらんぞ。 アル: 本心でございます。 后: そうか。ならばその言葉、ありがたく受け取っておこう。さて、姫様に元気を貰ったとあればもう一頑張りせねばなるまいな。残りの仕事をさっさと片付けるとするか。行くぞ、アル。 アル: はい。  :  : 0:―2―  : 0:后の部屋。 后: これは却下。次は、これか。託児施設周辺の環境改善?うむ、検討しよう。次は、  : 0:アル、駆け込んでくる。  : アル: お后様―っ! 后: どうしたアル。騒々しいな。 アル: お后様、実は大変をピンチがヤバいマジにぱない危険の危ないなのです! 后: 落ち着け。何が言いたいのかさっぱりわからんぞ。 アル: はっ、失礼。取り乱しました。 后: して、何事だ? アル: それが、どうやらグランアヴル国がこの国を攻めるために軍を整え準備を進めているとの情報が入りました。 后: 何っ!?グランアヴルが?間違いないのか? アル: はい。 后: なぜ今頃になって。アヴルからしてみればこの国など取るに足らぬほどの小国。故に今までもわざわざ攻めてくるようなことも無かった。それが今になって突然、ということは何かしら攻める価値が出て来たと、そういうことか? アル: ご推察通り。実はアヴルの国王がある命令を出した、とのこと。 后: 命令?どのような。 アル: はい、この世で最も美しき女性を捕らえよ、と。噂では生贄とするために命じたという話も。 后: 生贄。確かアヴルには宮廷専属魔術師がいたはずだ。なるほど。奴らはどうやら悪魔との契約を結ぼうとしているらしい。 アル: 悪魔、 后: アヴルの宮廷魔術師が悪魔の研究をしているという話を聞いたこともある。この世で最も美しい女性を生贄に必要とする悪魔は確かに存在する。かなり高位の悪魔で呼び出すこと自体非常に難しいはずだが、その段階まで進んでいたのか。あれには確かもう一つ条件が。アル、次の日食はいつだ? アル: 日食、ですか? 后: ああ、その悪魔と契約を交わすのは闇が太陽を喰らう時、つまり日食の時でなければならん。 アル: 次の日食は、二週間後です。 后: あまり時間がないな。 アル: この世で最も美しい女性、というのも気になります。アヴルはそれが誰なのか特定しているのでしょうか? 后: アヴルの魔術師がどれ程の力を持っているかは知らんが、恐らくこの国にいる、という程度にしか特定出来ていないのだろう。 アル: 何故そのように? 后: 軍を整えて準備をしている、と言っただろう。 アル: ええ。 后: であれば恐らく奴らは武力にものを言わせて最も美しい女性を出さねば攻撃すると脅しにかかってくるか、あるいは問答無用でしらみつぶしにそれらしき者を捕らえていく気だろう。もし特定できているのであれば軍を用意するよりも少人数で秘密裏に攫(さら)った方が早い。 アル: なるほど。 后: とはいえ、それ以外の目的もあるやもしれん。この機会に今まで放っておいたこの国を潰そうとしている可能性も無い訳ではない。用心しておかねばな。 アル: はい。 后: まずはその最も美しい者とやらを探し出さねば話は進まぬな。 アル: しかしどのようにして。 后: 案ずるな。 アル: お后様、何か手が? 后: ああ、これでも私は魔女の端くれだからな。しばし待っておれ。 アル: はい。  : 0:后、奥の部屋へ行く。  : アル: しかし、見つけ出したとしてその後は一体どうすれば、  : 0:姫、入ってくる。  : 姫: お母様―、ってあら?まぁ大変! アル: どうなさいました? 姫: お母様のお部屋に来たはずなのに、そこにいたのはアルカシア!つまり、お母様の正体はアルカシアだったのですね! アル: いえ、違います。 姫: はぁ。 アル: あ、あの、姫様? 姫: アルカシア、ここはどう考えてもノリツッコミを入れるところでしょう? アル: ノリツッコミ、ですか? 姫: 私が「お母様の正体はアルカシアだったのですね!」と言ったらあなたは「ばれてしまっては仕方ない、ってそんな訳あるかーいっ!」とツッコミを入れるのが常識でしてよ。 アル: 常識でしてよ、と言われましても。 姫: では私もう一度入ってまいりますので、分かっておりますわよね? アル: はい?  : 0:姫、一度部屋を出てすぐに戻ってくる。  : 姫: あら!?お母様のお部屋に来たはずなのに、そこにいたのはアルカシア!つまり、お母様の正体はアルカシアだったのですね! アル: いえ、ですから違います。 姫: ちょっと!あなた人の話を聞いておりましたの?本当にもう、やる気がないなら帰って頂いて構いませんのよ。 アル: あの、さっきから私は何を一体怒られているのでしょうか? 姫: はぁ。もういいですわ。それで、お母様は? アル: はい、お后様でしたら奥のお部屋に。  : 0:后、入ってくる。  : 后: おや、姫様も来てたのか。 姫: お母様、丁度良かったですわ。私、今日の分のお勉強、きっちり終わらせましたのよ。 后: ほう、そうか。それは素晴らしい。 姫: ですから、アップルパイを、 后: 分かっているさ。だがすまない、私の方の仕事があと少しだけ残っていてな。 姫: えー。 后: 安心しろ。すぐに片付く。そうだ、厨房を使わせてもらえるように今から行って頼んでおいてくれないか?それと、料理長にお願いして特に良いリンゴをいくつか用意してもらっておいてくれると助かるのだが。 姫: 分かりましたわ。私に任せておいて下さい。お母様も早くいらして下さいね。 后: ああ。  : 0:姫、去る。  : アル: お后様、いかがでしたか? 后: ああ、最も美しい女性が誰か、分かったぞ。 アル: ならば、今すぐその者の所へ、 后: その必要はない。 アル: し、しかし、あまり時間もありません。 后: ああ、そうだな。 アル: ならば、 后: アル、 アル: はい。 后: この件を知っている者はどれくらいいる? アル: まだ今のところは私とお后様、それからこの情報をもたらした諜報員だけです。 后: そうか。ならばその諜報員には口止めをしておくように。それからアル、お前も口外するな。今の状況でいたずらに不安を煽るようなことは避けたい。もちろん必要になったら全国民に伝えるが、今は少し待て。 アル: はい。 后: 調査と偵察の方は引き続き頼む。くれぐれも内密にな。 アル: かしこまりました。 后: さて、残りの書類は明日に回すとして、私は今日最後の大仕事に取り掛かるとするか。 アル: 今日最後の大仕事? 后: アップルパイだ。アル、お前も手伝え。 アル: はい。  : 0:后とアル、出ていく。  :  : 0:―3―  : 0:后の部屋。  : 姫: それでね、お母様。アルカシアったらその時、ってお母様? 后: ん?ああ、どうした? 姫: お母様の方こそどうかなさったんですの? 后: え? 姫: ここ数日、なんだか難しいお顔をなさってますわ。 后: ああ、すまない。 姫: お父様の病気の事もありますし、それでお母様がお父様の分まで仕事をなさっていてお忙しいのは分かっておりますけれど、お母様、ちゃんとお休みになられてますの? 后: ああ、心配には及ばない。 姫: ではお食事は?きちんと食べておいでですの? 后: それも大丈夫だ。 姫: ごめんなさい、お母様。 后: どうした? 姫: 私ったらいつもすっかりお母様に甘えてしまってばかりで。本当は私が少しでもお母様のお手伝いが出来ればよかったのですけれど、私、何のお役にも立てなくて。 后: 何を言っているか。その気持ちだけで十分だ。私はな、姫が甘えてくれるのがとても嬉しい。姫の笑顔を見るだけで元気になれるのだ。 姫: そう言って頂けて私も嬉しいですわ。けれど、私なんだか不安なんですの。 后: 不安? 姫: ええ。前の、私の本当のお母様が亡くなって私、本当に寂しくて、どうしようもない程悲しくて、ずっと塞ぎ込んでいました。けれど、新しくお母様が来て下さって、とても優しくして下さって、それで私はようやく元気を取り戻すことが出来たんですの。けれど、そのことがあったからこそなんだかまた同じようにお母様を失ってしまいそうな、そんな不安を時々感じてしまいますの。もしもそのようなことになったら私は一体どうなってしまうのかわかりませんわ。 后: 大丈夫だ、姫。 姫: お母様。 后: 不安に思う必要などない。 姫: ありがとう、お母様。 后: さあ、今夜はもう遅い。早く部屋に戻るがよい。 姫: はい。 后: 今夜は特に冷えそうだ。暖かくして眠るのだぞ。 姫: お母様も、きちんと休んで下さいね。 后: ああ、ありがとう。お休み。 姫: お休みなさいませ。  : 0:姫、去る。  : 后: 私は、罪深い母親なのだろうか。  : 0:アル、入ってくる。  : アル: お后様。 后: アルか。入れ。 アル: 失礼いたします。 后: どうした。 アル: 例の件に関する報告です。 后: ああ、グランアヴル国の件か。状況はどうだ。 アル: 今のところ、あれ以降大きな動きはありません。しかし、着々と準備は進んでいるようです。おそらく三、四日もあれば軍備は整うかと。目的も以前お話した通りで間違いないかと。 后: そうか。 アル: あの、お后様。 后: ん? アル: その、良いのですか?何か手を打たなくて。 后: うむ。対策は考えてある。だが、不安要素もある。 アル: 不安要素、ですか。 后: アル。 アル: はい。 后: 奥の部屋に鏡が置いてある。それをここへ持ってきてくれぬか。 アル: 鏡、ですか?わかりました。  : 0:アル、奥の部屋から鏡を持ってくる。  : アル: お后様、こちらでよろしいですか。 后: ああ、ありがとう。 アル: しかし、この鏡が一体どうしたというのです? 后: まあ見ておれ。 アル: ?  : 0:后、鏡に向かい、  : 后: この世の全てを見通せし者よ、我、知らんと欲するはこの世で最も美しき女性。汝の瞳を持ってわが問いに答えよ!  : 0:后、鏡をのぞき込む。  : 后: 何っ!? アル: いかがなさいましたか? 后: そんな、 アル: お后様? 后: アルよ、お前はこの鏡の中に誰が見える? アル: え?これは、姫様ではありませんか!?一体何故? 后: この鏡は法具、つまりは魔術用の鏡なのだ。 アル: 魔術用の? 后: ああ。魔力を持つものがこの鏡を使うと、決して偽ることなく質問に答えてくれる。私はこの鏡に最も美しい女性は誰か、と尋ねた。 アル: それで姫様のお姿が映っているということは、まさか! 后: ああ。お前の考えている通りだ。今この世で最も美しい者、そしてアヴルがその身を狙っている者は、姫様だ。 アル: そんな! 后: まさか、このタイミングで恐れていた事が起きようとは。 アル: しかし、お后様は以前から知っておられたのではないのですか? 后: いや、以前見た時は違っていたのだ。私はあれから毎日のようにこの鏡に同じように尋ねていた。だが昨夜までそこに映ったのは姫様ではなく、私自身の姿だった。 アル: えっ!? 后: 私が狙われているのであればまだ打つ手もあったのだが、 アル: しかし何故その様なことに?鏡が間違っていたというのですか? 后: そうではない。この鏡は偽ることも無ければ間違うことも無い。なれば考えられるのは一つ。答えが変わったということだ。 アル: そんなことが。 后: 私が先ほど不安要素と言っておっただろう。あれはまさにこの事だったのだ。せめてあと数日遅ければ、アヴルが襲ってきた後であればよかったのだが。 アル: 一体どうすれば。そうだお后様、その鏡にどうすべきか尋ねてみればよろしいのでは? 后: 無駄だ。 アル: 何故です? 后: どんな物でも万能ということは無い。この鏡にも色々制約があってな。明確な回答や客観的な事実を持たない質問には答えない。また不確定要素を含む質問にも同様。故に未来の事にも答えない。未来というのは不確定要素の塊だからな。つまりわかりやすく例えるならば、相手の持っている手札は何か、という質問なら答えてくれるが、相手がどの札を出してくるか、次に自分が何を出せばいいかといった質問には答えてくれないのだ。 アル: 解決策は自分で用意しろ、ということですか。 后: ああ。だがどうするにせよ、アヴルが攻め込んで来るならば首都であり最も人口の多いこの街を最初に狙うだろう。ならばこのまま姫様をこの城にいさせるのは危険だ。 アル: 姫様をどこかに逃がすのですね。しかし一体どこへ? 后: 北の森だ。 アル: あそこへ? 后: あの森ならば敵も簡単には捜索できないだろう。 アル: しかし、森は危険では? 后: 大丈夫だ。あそこには危険な生物もおらぬし、それにお前も噂くらいは聞いたことがあるだろう。あの森には精霊が住んでおると。 アル: ええ、もちろんそういう話は聞いたことがありますが、あれはただのおとぎ話で、 后: いや、そんなことは無い。私は以前一度精霊に会った事があるのだ。姫様も一緒にな。私が代理母として姫様を出産し、この城に引き渡す前の事だから、もちろん姫様は覚えていないだろうが。あの精霊達ならば間違いなく姫様を守ってくれる。 アル: では、早速姫様にこの事をお話しして、 后: いや待て。 アル: はい? 后: 姫様の事だ。もし本当のことを話したら私たちの事を案じて逆にここに留まろうとするだろう。あるいは一度逃げた後で再び戻ってくるやも知れん。 アル: 確かに、姫様ならあり得ます。 后: それにこの城の中にもアヴルの人間が入り込んでいる可能性が無いとは言えん。こちらがアヴルの動きを把握していることを知られたくない。アルよ、今から私の言う通りにしてくれるか? アル: はい。  :  : 0:―4―  : 0:姫の部屋。  : アル: 姫様、姫様、 姫: ん?アルですの?入ってよろしいですわよ。 アル: 失礼いたします。 姫: 一体どうしたというのですか、このような時間に。私ももうすぐ寝入ろうとしておりましたのに。 アル: 申し訳ございません。 姫: いえ、よろしくてよ。それで、何用ですの?何やらただ事では無いように見えますけれど。 アル: はい、大変申し上げにくいことではございますが、姫様どうか心してお聞きください。 姫: ええ。聞かせてください。 アル: 実は、私はお后様からあることを仰せつかっておりまして、  : 0:アル、短剣を取り出す。  : 姫: 何ですの? アル: お后様は私にこの短剣を手渡し、今宵、姫様が寝入ったところを窺って姫様の命を奪え、とご命令なさったのです。 姫: 何ですって!? アル: 私ももちろんそのような事は出来ないと申しました。けれどお后様はこれは命令だ、と。 姫: 戯言はおやめなさい、アルカシア!確かに私はあなたにもっと冗談をと言いましたわ。けれどこの様な、お母様を侮辱するような冗談を言うとは、見下げましたわ。 アル: 私とて、冗談や嘘だとしてもこの様な事口にしたくはありません! 姫: 第一、何故お母様が私の命を奪わねばなりませんの!? アル: それは、姫様があまりにお美しくなられてしまったためでございます。 姫: どういうことですの? アル: お后様は全てを見通す魔術を用いてご自身がこの世で最も美しいことを確かめておられました。しかし、突然その地位を姫様に奪われたと言い出したのです。そして自分より美しくなってしまった姫様の事が憎らしくなったのでしょう。姫様さえいなくなれば再び自分が一番になれると、 姫: 嘘ですわ!だってお母様はあんなに私に優しくして下さったのですよ。 アル: それは全て偽りの姿だったのです。そうすることによって姫様や国王様をはじめ周りの者達の信頼を得ることが出来ると考え、結果的に自分が優位に立つためにやっていた事なのです。聞けば、先代のお后様を死に追いやったのも、 姫: 信じません!私はそのような事信じませんわ!  : 0:姫、走り去る。  : アル: あっ、姫様!  : 0:アル、姫を追って走り去る。  : 0:后の部屋の前。  : 姫: 私は信じませんわよ。ん?お母様の声? 后: この世の全てを見通せし者よ、我、知らんと欲するはこの世に最も美しき女性。汝の瞳を持ってわが問いに答えよ!やはり何度やっても変わらぬ。何故、何故姫なのだ!何故最も美しい者が、私ではなく姫なのだ!姫の美しさが憎い。これほどまでにあの美しさが憎らしくなろうとは、 姫: お母、様?  : 0:アル、入ってくる。  : アル: 姫様。 姫: そんな、嫌、信じたくありませんわ。お母様はいつも優しくて、今日だって暖かくして寝るようにと、そう私を気遣って下さって、それも全部、全部嘘だったというのですか。ずっと嘘をついて、何年も私達を騙していたというのですか。私の本当のお母様まで死なせて、 アル: 姫様。 姫: お母様がそれを憎らしく思うのであれば私は美しさなどいらないというのに、お母様はそうは思って下さらないのですね。 アル: 姫様、私は立場上お后様のご命令には逆らえません。しかし、姫様を殺めることなど出来るはずがありません。ですから姫様、共に逃げましょう。 姫: 逃げる? アル: ええ、このままではいずれにしろ姫様は殺されてしまいます。 姫: ですが、逃げたとしてもすぐに見つかってしまうのでは、 アル: その点はご安心ください。姫様を殺せなかったとあっては私もただでは済みません。ですからその辺の鹿か何かを狩り、その心臓でも証拠として手渡せば疑いもしませんでしょう。 姫: 本当に、それしかないのですね。 アル: ええ。ですから今はどうか、お逃げください。 姫: わかりましたわ。アルカシア、案内をお願いします。 アル: はい、かしこまりました。 姫: さようなら、お母様。 アル: さあ、行きましょう。  :  : 0:―5―  : 0:后の部屋。  : アル: お后様。 后: 戻ったか。入れ。 アル: 失礼いたします。 后: 上手くやれたか。 アル: はい、全てお后様の指示通りに。 后: そうか。 アル: お后様、 后: 何だ? アル: その、本当によろしかったのですか、これで。 后: 背に腹は代えられん。仕方のないことだ。それよりも次の手を考えねばならん。姫を逃がしたのはあくまでその場しのぎに過ぎず解決策とまでは言えん。現状としては何も変わっておらんのだからからな。 アル: なんとか、ならないものでしょうか。 后: うむ。どうにか対抗できれば良いのだが、戦力差がありすぎる。まともに戦ってはどう足掻こうともアヴルには敵わん。そんなところで無駄な犠牲を出すわけにもいかん。 アル: このまま、黙っているしかないのでしょうか。 后: くそっ!もう時間もあまり無いというのに。何故我らが追い込まれなければならんのだ。全てはアヴルの私利私欲ではないか。我らが連中に何をしたというのだ。私達は、この国はただ平穏に暮らしていたい、ただそれだけだというのに。それをそんな下らん理由で邪魔しようなどとは実に腹立たしい。そして、何よりこの期に及んで何も出来ぬ私自身が情けない。 アル: お后様。例えば、誰かを身代わりにする、というのはどうでしょう。 后: 何を言っている。そもそも一体誰を身代わりに立てようというのだ。そのような非人道的なことは出来ん。 アル: 身代わりは私が、顔を隠してでも、 后: 馬鹿を言うな。それに相手もそれくらいの事は想定しているだろう。この鏡ほどでないにしても真偽を見破る程度の手は打ってくると考えておいた方が良い。仮に身代わりになれる者が居るとするならば実際にその者が最も美しくならねばならん。そんなことが出来るわけ、いや待て、 アル: お后様、どうなさいました? 后: 身代わり、この世で最も美しい、となると、確か昔、あれが使えればあるいは、少々賭けにはなるが、現状ではこれが最も有効か、 アル: お后様、何か手があるのですか。 后: ああ、一応、ではあるがな。 アル: 一応? 后: 確実性に欠ける。上手くいくかどうかわからんのだ。その上間に合うかどうかも怪しい。一か八かといったところだ。だが現状ではこれを置いてほかに手はない。やってみるしかなかろう。さてアルよ、今夜はもう遅い、それに今日は疲れたであろう。ご苦労であった。休むがよい。 アル: あの、お后様は、 后: 私はまだ調べ物をせねばならん。安心しろ。それが終わったら私も休む。 アル: そうですか。 后: では、きちんと休むのだぞ。 アル: はい、お休みなさいませ。  : 0:后、奥の部屋へ去る。  : アル: お后様。私にはお后様の考えまでは到底分かりかねます。ですが、きっとお后様ならば上手くおやりになると信じております。固く信じております。なのに、何故でしょう。何故私の心はこうまで不安にざわつくのでしょうか。  :  : 0:―6―  : 0:森の中の小屋。 0:眠っていた姫が目を覚ます。  : 姫: んー、皆様おはようござ、あら、誰もいらっしゃらない?皆様お出掛になられたのでしょうか。それにしても今日はいいお天気ですこと。雲一つ無く晴れ渡っておりますわ。そう、とてもいいお天気、のはずなのにやっぱりちっとも嬉しくありませんわ。ここに来てもう二日。ここの皆様にはとても良くしてもらっておりますし、もちろん感謝しておりますけれど、やっぱり私は。あぁ、私はこれからどうなってしまうのでしょうか。ううん、ダメですわ私ったら。沈んでばかりいてもどうしようもありませんのに。そうですわ、皆様の為にお掃除でもしましょう。  : 0:老婆の姿に変装した后、出てくる。  : 后: もし、もし、 姫: はーい。あら、どなたですの? 后: わしは流れの物売りにございます。 姫: 物売りさん。 后: 左様でございます。 姫: どのような物を売ってらっしゃるの? 后: ええ、今日はこれを。 姫: まあ、リンゴ! 后: とても良いのが手に入りましたもので。 姫: 私、リンゴは大好きですのよ。 后: ほう、それは良ぅございました。 姫: きれいな赤色。それにつやつやと輝いていて宝石のようですわ。とってもおいしそう。 后: お一つ、いかがですかな。 姫: あっ、でもごめんなさい。私今はお金を持っておりませんの。 后: おや、 姫: こんなにおいしそうなのに、残念ですわ。本当にごめんなさい。 后: ではお嬢さん、これを。  : 0:后、姫にリンゴを手渡す。  : 姫: でも、先程も申しました通り、私お金は、 后: お代は要りません。 姫: そんな訳にはいきませんわ。 后: いえいえ。お嬢さんのような素敵な方に食べて頂けるならリンゴの方も幸せでしょう。わしもお嬢さんの笑顔が見とうなりましてな。わしからの、プレゼントということで。 姫: 本当に、宜しいんですの? 后: 勿論ですとも。 姫: ありがとうございます。 后: さぁ、どうぞ召し上がって下さい。 姫: はい、ではいただきます。  : 0:姫、リンゴを食べる。  : 姫: うっ、  : 0:姫、倒れる。  : 后: 姫、本当にすまない。私が非力であったが故につらい思いをさせてばかりだ。昔も、そして今も。本当ならばもっと母親として傍に居たかったのだがな。せめて花嫁姿くらい見ておきたかったのだが、それも叶いそうにない。だが私は貴女がこの先幸せな人生を歩んでくれると信じている。貴女の母親になれて良かったと、心から思っている。さようなら、私の愛しい娘よ。  : 0:后、立ち去る。  :  : 0:―7―  : 0:后の部屋  : 后: この世の全てを見通せし者よ、我、知らんと欲するはこの世で最も美しき女性。汝の瞳を持ってわが問いに答えよ!よし、何とか間に合った様だな。 アル: お后様! 后: 入ってよいぞ。 アル: 失礼いたします。 后: どうした。 アル: 緊急の知らせです。アヴルの軍勢がこの国に向かって進軍を開始したとのことです。あと一時間程で国境付近にに到着するかと。 后: そうか、予測した通りだ。アル、後の事は頼んだぞ。 アル: お待ちください!どちらへ行かれるおつもりですか。 后: 心配するな、野暮用だ。 アル: お后様、何をなさろうとしているのですか。 后: 無論、この国を守ろうとしている。 アル: そうですか。ではお后様、今朝はお一人で一体どちらへお出かけに? 后: 何故そのような事を、 アル: お答え下さい。 后: 少し気分転換がしたくなってな、湖まで散歩に出ていたまでだ。 アル: 森の方へ向かうのを見たと言う者もおりますが。 后: ……。 アル: 本当は、姫様の所へ行っていたのではありませんか? 后: ! アル: お后様、私はお后様に忠誠を誓っております。形式だけの忠誠ではございません。心からお后様を信じてお仕えしております。それは昔も今も、そしてこれからも変わりません。確かに私は至らぬ点も多くございましょう。それでも何か少しでもお后様のお力になりたいと、そう思っております。ですから、どうか本当の事を話してはいただけませんでしょうか。それとも、私はお后様の信用に足らぬ人間でしょうか。 后: アル、お前は全くズルい奴だな。 アル: お后様の従者でございますので。 后: アル、すまないな。隠すような真似をしたのは、お前を信用していないからではないのだ。 アル: 存じておりますとも。心配をかけたくなかったから、でございましょう。 后: そこまで見透かされているとは、お前には隠し事もできんな。  : 0:后、小瓶を取り出す。  : 后: アル、これが何だか分かるか? アル: これは、薬、でしょうか。 后: これはな、毒薬だ。 アル: 毒薬? 后: ああ、一滴でも口にすれば即、命を奪う。 アル: 何故、そんなものを。 后: 私が今朝森に行ったのはな、これを姫に飲ませる為だ。 アル: 姫様に!? 后: お前が言った身代わりという言葉で考えてみたのだ。この世で最も美しい女性、その者が死すればどうなるのか。結果は私の考えた通り、鏡は姫の姿を映し出さなかった。死したのであれば「この世で」という条件に当てはまらんからだ。 アル: しかし、それでは姫様が、 后: ああ、もちろん実際に命を奪ってしまっては元も子もない。そこでこの毒薬だ。これはな、毒薬とはいっても普通のものとは少し違っているのだ。これは魔女の間に密かに伝わる霊薬だ。誰が何のために作り出したかは知らんが、私の母が遺してくれた文献にあったのを思い出してな。作るのに少々時間がかかってしまったが、何とか間に合ってよかった。この毒は確かに人を殺す。だがその死は一時的なもので、ある条件を満たせば再び命を取り戻すことが出来るのだ。 アル: では、姫様も、 后: 確かに今は死の状態にあるが、生き返ることが出来る。 アル: しかし、そうなると今現在最も美しい者というのは、 后: 私、ということになるな。 アル: では、お后様も早くお逃げに、 后: 私は逃げぬ。私が逃げてしまってはどうにもならんのだ。だからアル、私は今から国境へ向かう。 アル: お后様。あなたはやはりそうなさるのですね。 后: やはり、ということは私がこれから何をしようとしているのかも知っているのか。 アル: 知っている、と言えるほどのものではございません。けれど、そうでなければ良いと願ってはおりました。 后: アル。 アル: 承知、いたしました。 后: おや、引き止められるかと思っていたぞ。 アル: 引き止めたいです。本当は力尽くでも引き止めたいです!けれど、それがお后様のお考えとあらば、私には止めることが出来ません! 后: アル。 アル: 一番初めに狙われているのがご自分だと知った時から、そうなさるおつもりだったのでしょう。お后様はいつもそうでしたから。いつもいつも姫様の事、国王様の事、民の事、そしてこの国の事をお考えになって、 后: それは当然の事だ。 アル: けれど、そうやってこの国の全ての事を考えていらっしゃるというのにご自身の事はいつも後回しにしてばかり。何故、他者を想うのと同じように、いえ、他者を想うその気持ちの半分だけでもご自身の事を大切にして頂けないのでしょうか。 后: 私は不器用だからな。こうでもせんと守れんのだ。私とて本当は死にたくなどない。当然だ。しかし、誰一人として犠牲にしないのは無理な話だと気付いたのだ。そんなものは理想論に過ぎぬと。ならば、せめて私がその役を買って出るまでだ。 アル: けれど、だからと言って何故お后様が、 后: 私が一番都合が良いのだ。この国の后として、そして国王代理として、ほかの誰かに犠牲を強いることなどどうして出来ようか。それにただ犠牲になるだけではグランアヴルはその野望を成就させ、さらに強大な力を得てしまう。その点私ならば心配ない。魔女といえど普段はそこまで大きな術を使えるわけではないが、死を覚悟するならば話は別だ。悪魔の力を逆に利用して奴らに少しばかり手痛い仕返しをしてやることくらいなら出来る。そして姫様。姫様は私が本当の母であることを知らない。その上、実の母の仇であり自分をも殺そうとした者として憎んでいる。城の女中にも私が姫を殺したという噂を流しておいた。じきに城の内外問わず知ることとなるだろう。つまり、私が死んだところで悲しむ者などおらんのだ。これ程までに都合のいい者など他にはおらんであろう。 アル: お后様、 后: 泣くでない、アルよ。私はな、嬉しいのだよ。后として、一人の人間として国のために、民のために、愛する者のために何か出来る事がある。自分の力が何かの役に立つのが嬉しい。 アル: ならばお后様、 后: それはならん。 アル: え?私はまだ何も、 后: お前の事だ、自分も供すると言うのだろう。 アル: 何故分かったのですか。 后: 私はお前の主だからな。 アル: お見それ致しました。 后: お前にはまだいくつかやってもらわねばならん事がある。 アル: はい。 后: 一つ目は、万一私がアヴルの軍を止められなかった場合、急いで皆を避難させること。どこでもいい、とにかく安全な所へ。 アル: はい。 后: そしてもう一つ、どうか私の代わりに姫様を見守っていてくれ。姫様も恐らくもうすぐ大切な時期を迎えることになる。 アル: 大切な時期? 后: ああ。先程言ったであろう、あの毒薬で死した者はある条件を満たせば生き返ると。 アル: ええ。 后: その条件というのがな、実は口付けを交わすことなのだ。 アル: えっ!? 后: かと言ってどこの誰とも分らん奴に私の大切な娘の唇を奪われるのは嫌だからな。いつぞや舞踏会で姫と会ったというヒューラッグの王子宛に文を書いておいた。アルにはその二人の成り行きを、そしてあるいはその後末永く幸せが続くように見守っていてほしい。 アル: はい、お任せください。 后: 最後に、今回の一件、一切を秘密として守ること。私が姫を殺そうとしたがお前が逃がしたお陰で助かった、と。そういう事にしておくのだ。良いな? アル: かしこまりました。お后様のご命令とあれば。 后: 命令ではない、頼みだ。 アル: はい。 后: アル、今までよく私に尽くしてくれた。私はお前と出会えて良かったぞ。お前は良き従者であり、良き家族であり、良き友であった。 アル: 私の方こそ、お后様にお仕え出来た事、心より嬉しく思います。  : 0:后、アルを抱きしめる。  : 后: では、私はそろそろ行かねばならん。 アル: はい。 后: 達者でな。  : 0:后、去ろうとしたところで立ち止まり、  : 后: あ、ひとつ言い忘れておったのだが、間違っても私の墓なぞ建てたりしてはいかんぞ、良いか、絶対に建てるでないぞ。 アル: それも、頼みでしょうか? 后: これは命令だ。 アル: はい、かしこまりました。 后: では、さらばだ。 アル: はい。 后: ありがとう、アルカシア。  : 0:后、去る。  : アル: ありがとうございました、お后様。  : 0:アル、去る。  :  : 后: グランアヴルの者達よ!我が声を聞くがよい!我こそは汝らの求むる者なり!我が国の大地を踏み荒らさぬと約束するのであれば、謹んで我が身を汝らに受け渡そう!汝らに武人たる誇りがあるのならば我が言葉に従え!!  : 后: 姫様、いや私の愛しい娘よ。どうか白く降り積もる雪の如く、貴女の未来に幸福な日々が絶え間なく訪れますように。  :  : 0:―8―  : 0:墓の前にアルがいる。  : アル: お后様、あれからもう随分経ったような気がします。実は今日はご報告がございまして、本日無事、姫様のご婚礼の儀が執り行われることになりました。お相手はやはりあの王子様でございます。国王様のお体も随分良くなられて、本日の式を心待ちにしておられます。この婚礼で王子様をお迎えする事となり、我が国はヒューラッグ公国ととても強い結びつきを得ることが出来ました。これでこの国の未来もますます明るくなります。これも全てお后様のお陰でございます。今のこの国の姿も、姫様の美しいドレス姿もお見せ出来ないのは残念でございますが、あの時の約束通り、私がお后様の目となり、しかと見届けますのでご安心ください。 姫: アルカシアー! アル: おや、姫様がいらしたようですね。  : 0:姫、入ってくる。  : 姫: アルカシア、こんな所に居たんですの?もうすぐ始まってしまいますわよ。 アル: おや、もうそんな時間ですか。これは失礼いたしました。お手を煩わせてしまい。申し訳ございません。 姫: 全くですわ。こんな所で一体何を、ってあら?これはお墓、ですの? アル: ええ。 姫: こんな所にお墓なんてありましたっけ?お名前も書いてないようですけれど、どなたのお墓ですの? アル: 私の、とても大切な方です。本人には墓なんか建てるな、絶対に建てるなと念押しされたので、建ててやりました。 姫: あら、あなたもだいぶ分かるようになってきましたのね。アルカシア、私も手を合わせてよろしいかしら。 アル: 勿論ですとも。あの方もきっと喜びます。  : 0:姫とアル、墓を拝む。  : 姫: さて、そろそろ行きますわよ。 アル: はい。  : 0:姫とアル、去る。  :  : 0:絵本を読み聞かせる声(后)が聞こえる。 后: 昔々、あるところに白雪姫というとても美しいお姫様がおりました。白雪姫には継母となる后がおりましたが、実はこの后はとっても悪い魔女だったのです。后は魔法の鏡を持っており毎晩その鏡に向かって、世界で一番美しいのは誰かと尋ねていました。すると鏡は……  : 0:絵本を読む声、だんだん小さくなっていく。  :  :―幕―