台本概要

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タイトル 紅の月
作者名 シガレット  (@Ph7_n0nsmooker)
ジャンル 時代劇
演者人数 2人用台本(男1、女1) ※兼役あり
時間 30 分
台本使用規定 台本説明欄参照
説明 【作品概要】
武田家に仕え、敵対勢力の調略忍務に当たっていたくノ一、居月 千代女(いづき ちよめ)はある日、
幼き頃より共に鍛錬を積んできた忍び、紅谷 陣佐(べにや じんざ)が敵方の将、諏訪氏と内通していると
部下から報告を受け、その真偽を確かめるべく、接触するが・・・。


【拙作ご覧下さり、誠にありがとうございます。利用詳細は下記をご参照下さい。】

★人数について・・・
4人としていますが、兼ね役ありの男女(1:1)台本です。
(演者様の性別不問です。)

★作品について・・・
①ボイコネに投稿していた台本を、加筆修正したものです。
《暴力》《泣く》《叫ぶ》等の表現があります。台詞数の偏りもご承知置き下さい。
②読みにくい部分が多々あります。
演者様の演じやすいよう、語彙や間なども、お好きに変えて頂いて構いません。
③史実に存在する方の名前を一部お借りしていますが、この話はフィクションです。
『時代劇』と称しながら、時代考証、土地検証、その他諸々の考察に関し、
全く詰めておりませんので、何卒ご容赦下さい。
④非商用利用の際の連絡は不要ですが、もしもお気に召され、ご使用下さる方がいらっしゃれば、
ご連絡を頂戴できますと、大変嬉しく思います。
(⑤万一にも無い事と重々承知しておりますが、権利保持の為の記載です。
→商用利用、転載・転記・自作発言・演者様に対する誹謗中傷は固くお断り申し上げます。)
          
上記5点をご承諾頂けましたら、あとは演者様のご自由に、お使い下さい。


素人が初めて書いた愚作ではございますが、お世話になった方の名から一字頂戴して登場人物の名を決めた事や、
いつも素晴らしい台本を供給して下さるライター様達の苦心惨憺を身に染みて感じることができた事などを考え、
こちらの置き場をお借りして、残すことに致しました。 改めて、御覧下さった方へ、感謝申し上げます。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
陣佐 61 紅谷 陣佐(べにや じんざ)。 千代女より少し年上の、武田家に仕える【三つ者】。 武田家に敵対する諏訪家・高遠家の偵察部隊の長を務める。 忍術・体術共に他の追随を許さないと称された、武田忍隊随一の実力者。 諜報に長け、変装を得手としている。 武田忍隊の先を案じ、隊をより強固なものにするためならば、嘘をつくことも厭わず、手段を問わぬ覚悟でいる。
千代女 53 居月 千代女(いづき ちよめ)。 武田家に仕える、優秀な【歩き巫女】。苦無の扱いに秀でる。 諏訪氏と同盟関係にあった金刺氏調略を目的とする甘利氏の下で、 実働部隊長として潜入任務に当たっていたが、幼馴染である紅谷が敵方の将、 諏訪氏と内通していると部下から報告を受け、その真偽を確かめるべく 武田本陣へと戻り、接触する。 黒装束と警備兵を兼ね役。 (※演者様同士でご相談された上、支障なければこの限りではありません。 ご自由にどうぞ)
黒装束 不問 2 陣佐からの密書を諏訪に届ける命を受けた、諏訪家に仕える忍。 千代女と兼ね役。 (※演者様同士でご相談された上、支障なければこの限りではありません。 ご自由にどうぞ。)
警備兵 不問 2 武田陣営を警備している兵士。 千代女と兼ね役。 (※演者様同士でご相談された上、支障なければこの限りではありません。 ご自由にどうぞ。)
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

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:〇武田軍陣営。 0:点在する陣中の篝火が微かな音を立て、燃えている。 0:僧侶の格好をした男が一人、幔幕の中へと足早に駆けつけ、信玄の前に膝をつく。  :  陣佐:「お館様、ご報告にござる。 陣佐:高遠(たかとお)殿は諏訪(すわ)に対し、やはりご不満を抱かれているご様子。 陣佐:此度の話、上手くまとまりましょう。 陣佐:・・・はっ。金刺(かなさし)殿の調略は甘利(あまり)殿の隊に任せ、某は引き続き、 陣佐:諏訪の動向を追います。」  陣佐:「(信玄より軽い労いの言葉を受け)はっ。勿体なきお言葉、ありがたく存じまする。 陣佐:では、某はこれにて・・・。」   :  0:信玄の前から退がり、薄暗闇の陣中を当てなく歩く陣佐。  :  陣佐:【M】休め、と言われたが、どうも眠れぬ・・・。 陣佐:こうして陣中を見回っていれば、少しは気が晴れるかとも思うたが・・・。 陣佐:次期頭領の話が『つかえ』となっているのであろうか・・・。 陣佐:――クソ、こんな事では、武田忍隊(しのびたい)を盤石なものにするという大願も叶わぬぞ・・・! 陣佐:俺一人の存在なぞ安いものだ。一体、何を未練に思うことがある。情けない・・・。 陣佐:――!視線・・・?いや、これは殺気かッ?! 0:飛んできた苦無を咄嗟に手甲で弾き飛ばし、  陣佐:「ー何者だ?!」 千代女:「・・・・・・ふふふ。随分と、久しぶりよなぁ、陣佐」 0:闇の中から湧き出る様に現れた女の姿を認め、幾分か警戒を解く陣佐。 陣佐:「お前・・・!」 千代女:「ふふふ、許せ、戯れじゃ。腕は鈍っておらぬ様で、安心したぞ?」 陣佐:「紛らわしい真似をするでない、千代女。」 千代女:「何を言う。昔はあれほど毎日、手合わせをしたものではないか。」 陣佐:「馬鹿を言え。戦が始まろうとしておるのだぞ。鍛錬とは気の入れ方が違う。」 千代女:「くっくっ、諜報を目的とする三つ者までもが殺気立っておってどうする」 陣佐:「ふん、お前ももう少し、自身を戒めろ」 千代女:「私の気配に気づかなかった、ぬしには言われとうないなぁ?」 陣佐:「・・・。」 千代女:「それとも・・・ 千代女:気づかぬほど、大きな考え事でも、しておったのか?」 陣佐:「・・・何もない。それより、お前もこちらに戻ってきておったのだな。調略は順調か?」 千代女:「ふふ、聞くまでもなかろうて。今頃「殿」は深い、夢の中、よ。」 陣佐:「まこと、女とは恐ろしいものだ」 千代女:「お館様にとって良き報せを持ち帰る事ができれば、何でもよいわえ」 陣佐:「お前は、変わらぬな。」 千代女:「ぬしも、変わらぬであろう?陣佐。」 陣佐:「まあ、な・・・。」 千代女:「・・・。」 陣佐:「俺は明け方に発つ。お前はいつ甘利(あまり)殿の元へ戻るのだ?」 千代女:「これからよ。ぬしが戻ると噂に聞いてな。 千代女:一目会うてから、発とうと決めておったのじゃ」 陣佐:「なれば、普通に声をかけぬか」 千代女:「嫌じゃ。つまらぬ」 陣佐:「お前は本当に・・・」 千代女:「ふふ、小言はもう飽いた。さて・・・」 0:一瞬で歩き巫女の姿になった千代女に目を見張る陣佐 陣佐:「・・・ほぉ。また、変装の腕を上げたか。化生(けしょう)の類(たぐい)にも似たり、だな」 千代女:「ま、ひどいこと。破戒僧(はかいそう)には言われとうない」 陣佐:「誰が破戒僧か。お前に変装の術を教えたのは誰か、覚えておらぬのか?」 千代女:「知らぬ。お返しじゃ」 0:小さく笑い合う二人。  :  千代女:「・・・ことが上手く運べば、此度は我らも、戦忍びとしての働きを求められようか?」 陣佐:「あり得ぬ話ではないな。心づもりをしておいた方が良いやもしれぬ。」 千代女:「やはり、か・・・。」 陣佐:「・・・のう、覚えておるか?千代女。」 千代女:「何じゃ?」 陣佐:「昔、お前と話しておったことよ。」 千代女:「さて、ぬしとは喧嘩ばかりしておったからなぁ。どのことかわからぬ。」 陣佐:「互いに負けるのが悔しゅうて、お前には劣らぬと言い合って鍛錬していた頃・・・ 陣佐:いつか、真剣勝負にて勝った者が、忍び隊を率いよう、と。」 千代女:「ふふふ、あぁ、懐かしいなぁ。そんな約束もしていた。 千代女:いつの間にやら、互いに分隊の長にはなっておったが、な・・・。」 陣佐:「・・・・・・今より少し前だ。 陣佐:武田忍隊(しのびたい)の次期頭領に俺をと、お館様より声を、かけられた。」 千代女:「・・・どうした?ははは、まさか、あの時の約束を気にかけておるのか?」 陣佐:「・・・。」 千代女:「ぬしは、意外と律儀よなぁ。」 陣佐:「・・・。」 千代女:「私の事は気にせずとも良いわえ。ぬしの実力はよく知っておる。 千代女:陣佐が我らの頭ならば、異論はない。」 陣佐:「俺は・・・」 千代女:「此度の働きで、決まるのであろう? 千代女:ふふふ、励めよ、陣佐。・・お館様の為に、な。」 陣佐:「・・・・・・ああ。」 千代女:「さて・・・刻が経つのは早いな。そろそろ行かねばならぬ。」 陣佐:「ああ。・・・では、な。」 千代女:「(軽く笑みを返し)ぬしも、無事で。」  :  0:本陣に背を向け、山道を歩き出す千代女を見送る陣佐。 0:側道の林から一人の黒装束が現れ、陣佐に小さく声をかける。 黒装束:「・・・首尾はどうだ?」 陣佐:「上々だ。・・・これを。(懐から密書を取り出す)」 黒装束:「・・・確かに。承った。」 0:再び闇に溶け、その場を去っていく黒装束。 0:少し離れた木の上に潜み、その様子を見ていた千代女は忍装束へと姿を戻し、 0:密書を奪うべく黒装束を尾行する。  :  千代女:【Ⅿ】やはり、陣佐が・・・手の者から報せを受けてはいたが・・・何故・・・ 千代女:嘘であってほしかった・・・陣佐よ・・・!  :  0:陣佐、何かが動く気配に気づく。 陣佐:【M】や・・・?!葉音が・・・! 陣佐:もしや、尾けられたか。ならば、人ではこの役目には足りぬ・・・!   :  陣佐:「(甲高い口笛)・・・!」 陣佐:「・・・来たか。うむ、近くに控えていたのだな。やはり鷹とはいえ、流石にお前は場数を踏んでおる。」  0:飛来した一羽の鷹を手甲に止まらせ、懐から取り出した小さな書をその足に括り付ける。 陣佐:「武田の者に勘づかれたとあっては、最早あやつでは逃げ切れぬであろう。 陣佐:頼むぞ。疾く(とく)この密書を、諏訪様に届けよ。よいな。 陣佐:(飛翔する鷹を見送り)・・・さて、俺も諸用を果たし、戻るとしよう」  :   :   :   :〇二日後、夕刻。上原城、諏訪の居室。  : 0:武田陣営より戻り、諏訪の前に膝をつく陣佐。   陣佐:「殿、遅くなりまいた。紅谷陣佐、只今戻りましてござる。 陣佐:先に届けた密書の通り、高遠(たかとお)・金刺(かなさし)、両名の離反は、もはや確実かと。 陣佐:武田本陣と、離反の二軍が近く、こちらに向かってくるやもしれませぬ。 陣佐:―兵の数は五千より、変わりはないかと。 陣佐:武田へは、此方の兵は一万と偽り、報告をして参りました。 陣佐:(言葉を尽くし丁重に労われ)はっ。なんと、勿体なきお言葉・・・。 陣佐:斯様な品まで、忝く存じまする。では無遠慮ながら、ありがたく、拝領いたします。 陣佐:(命令を受けて)委細承知。 陣佐:なれば、この紅谷、全霊をもって、情報の攪乱に努めまする・・・!」  :  陣佐:【Ⅿ】む・・・?(外の不穏な気配に気づく) 陣佐:「・・・殿、少々、外が騒がしい様子にて、見て参りまする。」  :  0:間  :   0:疾風の如く堀切を駆ける陣佐。 陣佐:【Ⅿ】おかしい。先ほどの一瞬の喧騒は何だったのだ?・・・妙に、静かすぎる。 陣佐:「―!おい、そこの警備の者。特に異常はないな?」 警備兵:「(酔った様に、焦点が合わない)ひゃい・・問題、ござぃませ・・」 陣佐:「?!」 警備兵:「ん・・・むぅ・・・(突然昏倒する)」 陣佐:「(駆け寄って)おい!大事ないか?! 陣佐:おい!返事を致せ!・・・ちっ!」  :  0:更に山中を疾駆する陣佐。あちらこちらに倒れている兵士の姿を見かける。 陣佐:【M】くそ・・・!ぬかったか! 陣佐:皆一様に、しかも広範囲で眠る様に倒れておる。 陣佐:恐らくは・・・霞扇(かすみおうぎ)の術か・・・!   :  0:間   :     :〇上原城、山中。物見岩。 0:岩の上に立ち、月を眺める千代女の背後から、陣佐が声をかける。 陣佐:「・・・千代女。」 千代女:「・・・。(手にした扇子を閉じ、振り返る)」 陣佐:「お前が仕業、だな?」 千代女:「流石に、見つけるのが早いな。」 陣佐:「・・・いつから、俺が寝返ったと気づいていた?」 千代女:「報せは、元より入っておった。・・・信じとうは、なかったがな。」 陣佐:「――ふん、武田忍びも、使えぬ者ばかりではないと言う訳か。」 千代女:「使えぬ、だと・・・?本気で言うておるのか・・・? 千代女:我らは皆、武田家を支える同士であろう、陣佐!」 陣佐:「皆、だと・・?ふざけるな!あんなもの、弱き者の馴れ合いにすぎぬ!」 千代女:「何だと⁈」 陣佐:「千代女!貴様もそうだ!弱者が群れたとて、何となる?! 陣佐:いずれは御家(おいえ)共々、潰されて終いよ! 陣佐:・・・故に俺は、武田の外へ活路を見出したのだ。」 千代女:「・・・お前は、変わらぬと、そう言うていたではないか・・・っ!」 陣佐:「・・・変わらぬものなど、ある訳がない。人も、心もな。」 千代女:「―陣佐ぁッ!!」 0:懐中より苦無を取り出し構える千代女と、同じく苦無を構え対峙する陣佐 千代女:「後悔するなよ・・・!」 陣佐:「もとより、覚悟の上・・・!」 千代女:「いざ、」 陣佐:「勝負!」  :  0:激しくぶつかり合う両者。山中に金属音が響く。 0:互いに傷を負い消耗しながら、裂帛の気合と共に最後の一撃を繰り出す。 陣佐:「(荒い息)はあ、はあ・・・これで・・・」 千代女:「(荒い息)はぁ、はぁっ・・・終わりよ・・・ッ!」 陣佐:「うぉぉおおおおおお!」 千代女:「はぁぁあああああっ!」 0:互いの苦無が届く寸前。 0:陣佐はその手を止め、千代女は振り抜き、返り血を浴びる。 陣佐:「ぐ・・・あっ・・・!(仰向けに倒れ)」 千代女:「・・・っ?!(息をのむ)」 千代女:「・・・な・・・!」 0:優し気な双眸で微笑んだ陣佐を、縋る様に抱き起す千代女。 千代女:「――陣佐!何故手を止めた?!何故・・・ッ!」 陣佐:「これで・・・よかったのだ・・・」 千代女:「良い訳、ないだろう・・・!どうして私に、わざと斬らせた・・・?! 千代女:――どうして・・・お前が、裏切りなど・・・!」 陣佐:「お前を侮った訳ではない・・・負けを悟ったまでの話よ・・・。」 千代女:「頼む・・・。友として、本当の理由を聞かせてくれ・・・」 陣佐:「・・・・・・どうあっても、言わねばならぬか?」 千代女:「・・・ああ。」 陣佐:「・・・笑うて、くれるなよ。俺は・・・ 陣佐:どうしても、あの約束を、果たしたかったのだ・・・」 千代女:「・・・忍隊の頭領は、ぬしが適任だと言うたではないか・・・っ」 陣佐:「・・・はは・・・お前は、もし俺と立ち合うても、俺を頭領にするため・・・ 陣佐:無意識に、手を、緩めるだろう・・・?(喀血し、荒い呼吸を繰り返す)」 千代女:「陣佐!!」 陣佐:「俺は・・・それが、嫌だったのだ・・・。 陣佐:実力をつけた者が頭となり率いねば・・・隊は総崩れになる・・。 陣佐:他の諸大名と戦を始めたとて、今のままでは、渡り合えん・・。」 千代女:「なれど・・・!そこまで、武田を想うておるのなら――!」 陣佐:「言うな・・・。俺はな、本陣でのお前を見て、思うたのだ・・・ 陣佐:俺と互角に成った、とな。・・・余計に、試したくなった。」 千代女:「・・・・」 陣佐:「それになぁ・・・こんな俺でも、諏訪の殿は、〈道具〉でなく、 陣佐:〈人〉として認めて下さった・・・。」 千代女:「・・・それが・・・武田を離れた、もう一つの理由なのか・・・?」 陣佐:「ああ。・・・そうだな・・久々に、心が湧いたのよ・・・。 陣佐:〈人〉としての、心がな・・・。 陣佐:お前と真剣で立ち合う事も、含めて、だ。 陣佐:千代女・・・先刻はああ言ったが、俺は・・・ 陣佐:お前の様な友を得た事、誇りに、思うておるぞ・・・。」 千代女:「・・・・・・。」 陣佐:「俺が、ここで死ぬる事・・・お前は気にせずとも、良い・・・。 陣佐:お館様へ報せを入れ、武勲を上げろ・・・」 千代女:「・・・陣佐・・・ぬしは、いつもそうだ・・・ 千代女:せめて私には・・・本心を語ってくれても、良かったではないか・・・」 陣佐:「ははは・・・許せ。性分、だ・・・。 陣佐:そら・・・、お前、忍、だろう・・・もう、泣くな・・・」 千代女:「・・・・・・」 陣佐:「最期に、お前と・・・立ち合え、て、楽しかっ・・・」 千代女:「・・・・おい・・・陣佐・・・ 千代女:・・・っ!逝くな、陣佐ぁぁぁっ・・・!」  :   : 0:間  :   : 0:一陣の夜風が、月を覆う雲と、千代女の頬を伝った雫を拭い去る。   0:陣佐を弔い、何かを振り切るように、顔を上げ、歩き出す千代女。  :  千代女:【M】陣佐よ・・・見ていてくれ・・・。 千代女:ぬしの心も、痛みも・・・私は必ずや、無駄にはせぬ。

:〇武田軍陣営。 0:点在する陣中の篝火が微かな音を立て、燃えている。 0:僧侶の格好をした男が一人、幔幕の中へと足早に駆けつけ、信玄の前に膝をつく。  :  陣佐:「お館様、ご報告にござる。 陣佐:高遠(たかとお)殿は諏訪(すわ)に対し、やはりご不満を抱かれているご様子。 陣佐:此度の話、上手くまとまりましょう。 陣佐:・・・はっ。金刺(かなさし)殿の調略は甘利(あまり)殿の隊に任せ、某は引き続き、 陣佐:諏訪の動向を追います。」  陣佐:「(信玄より軽い労いの言葉を受け)はっ。勿体なきお言葉、ありがたく存じまする。 陣佐:では、某はこれにて・・・。」   :  0:信玄の前から退がり、薄暗闇の陣中を当てなく歩く陣佐。  :  陣佐:【M】休め、と言われたが、どうも眠れぬ・・・。 陣佐:こうして陣中を見回っていれば、少しは気が晴れるかとも思うたが・・・。 陣佐:次期頭領の話が『つかえ』となっているのであろうか・・・。 陣佐:――クソ、こんな事では、武田忍隊(しのびたい)を盤石なものにするという大願も叶わぬぞ・・・! 陣佐:俺一人の存在なぞ安いものだ。一体、何を未練に思うことがある。情けない・・・。 陣佐:――!視線・・・?いや、これは殺気かッ?! 0:飛んできた苦無を咄嗟に手甲で弾き飛ばし、  陣佐:「ー何者だ?!」 千代女:「・・・・・・ふふふ。随分と、久しぶりよなぁ、陣佐」 0:闇の中から湧き出る様に現れた女の姿を認め、幾分か警戒を解く陣佐。 陣佐:「お前・・・!」 千代女:「ふふふ、許せ、戯れじゃ。腕は鈍っておらぬ様で、安心したぞ?」 陣佐:「紛らわしい真似をするでない、千代女。」 千代女:「何を言う。昔はあれほど毎日、手合わせをしたものではないか。」 陣佐:「馬鹿を言え。戦が始まろうとしておるのだぞ。鍛錬とは気の入れ方が違う。」 千代女:「くっくっ、諜報を目的とする三つ者までもが殺気立っておってどうする」 陣佐:「ふん、お前ももう少し、自身を戒めろ」 千代女:「私の気配に気づかなかった、ぬしには言われとうないなぁ?」 陣佐:「・・・。」 千代女:「それとも・・・ 千代女:気づかぬほど、大きな考え事でも、しておったのか?」 陣佐:「・・・何もない。それより、お前もこちらに戻ってきておったのだな。調略は順調か?」 千代女:「ふふ、聞くまでもなかろうて。今頃「殿」は深い、夢の中、よ。」 陣佐:「まこと、女とは恐ろしいものだ」 千代女:「お館様にとって良き報せを持ち帰る事ができれば、何でもよいわえ」 陣佐:「お前は、変わらぬな。」 千代女:「ぬしも、変わらぬであろう?陣佐。」 陣佐:「まあ、な・・・。」 千代女:「・・・。」 陣佐:「俺は明け方に発つ。お前はいつ甘利(あまり)殿の元へ戻るのだ?」 千代女:「これからよ。ぬしが戻ると噂に聞いてな。 千代女:一目会うてから、発とうと決めておったのじゃ」 陣佐:「なれば、普通に声をかけぬか」 千代女:「嫌じゃ。つまらぬ」 陣佐:「お前は本当に・・・」 千代女:「ふふ、小言はもう飽いた。さて・・・」 0:一瞬で歩き巫女の姿になった千代女に目を見張る陣佐 陣佐:「・・・ほぉ。また、変装の腕を上げたか。化生(けしょう)の類(たぐい)にも似たり、だな」 千代女:「ま、ひどいこと。破戒僧(はかいそう)には言われとうない」 陣佐:「誰が破戒僧か。お前に変装の術を教えたのは誰か、覚えておらぬのか?」 千代女:「知らぬ。お返しじゃ」 0:小さく笑い合う二人。  :  千代女:「・・・ことが上手く運べば、此度は我らも、戦忍びとしての働きを求められようか?」 陣佐:「あり得ぬ話ではないな。心づもりをしておいた方が良いやもしれぬ。」 千代女:「やはり、か・・・。」 陣佐:「・・・のう、覚えておるか?千代女。」 千代女:「何じゃ?」 陣佐:「昔、お前と話しておったことよ。」 千代女:「さて、ぬしとは喧嘩ばかりしておったからなぁ。どのことかわからぬ。」 陣佐:「互いに負けるのが悔しゅうて、お前には劣らぬと言い合って鍛錬していた頃・・・ 陣佐:いつか、真剣勝負にて勝った者が、忍び隊を率いよう、と。」 千代女:「ふふふ、あぁ、懐かしいなぁ。そんな約束もしていた。 千代女:いつの間にやら、互いに分隊の長にはなっておったが、な・・・。」 陣佐:「・・・・・・今より少し前だ。 陣佐:武田忍隊(しのびたい)の次期頭領に俺をと、お館様より声を、かけられた。」 千代女:「・・・どうした?ははは、まさか、あの時の約束を気にかけておるのか?」 陣佐:「・・・。」 千代女:「ぬしは、意外と律儀よなぁ。」 陣佐:「・・・。」 千代女:「私の事は気にせずとも良いわえ。ぬしの実力はよく知っておる。 千代女:陣佐が我らの頭ならば、異論はない。」 陣佐:「俺は・・・」 千代女:「此度の働きで、決まるのであろう? 千代女:ふふふ、励めよ、陣佐。・・お館様の為に、な。」 陣佐:「・・・・・・ああ。」 千代女:「さて・・・刻が経つのは早いな。そろそろ行かねばならぬ。」 陣佐:「ああ。・・・では、な。」 千代女:「(軽く笑みを返し)ぬしも、無事で。」  :  0:本陣に背を向け、山道を歩き出す千代女を見送る陣佐。 0:側道の林から一人の黒装束が現れ、陣佐に小さく声をかける。 黒装束:「・・・首尾はどうだ?」 陣佐:「上々だ。・・・これを。(懐から密書を取り出す)」 黒装束:「・・・確かに。承った。」 0:再び闇に溶け、その場を去っていく黒装束。 0:少し離れた木の上に潜み、その様子を見ていた千代女は忍装束へと姿を戻し、 0:密書を奪うべく黒装束を尾行する。  :  千代女:【Ⅿ】やはり、陣佐が・・・手の者から報せを受けてはいたが・・・何故・・・ 千代女:嘘であってほしかった・・・陣佐よ・・・!  :  0:陣佐、何かが動く気配に気づく。 陣佐:【M】や・・・?!葉音が・・・! 陣佐:もしや、尾けられたか。ならば、人ではこの役目には足りぬ・・・!   :  陣佐:「(甲高い口笛)・・・!」 陣佐:「・・・来たか。うむ、近くに控えていたのだな。やはり鷹とはいえ、流石にお前は場数を踏んでおる。」  0:飛来した一羽の鷹を手甲に止まらせ、懐から取り出した小さな書をその足に括り付ける。 陣佐:「武田の者に勘づかれたとあっては、最早あやつでは逃げ切れぬであろう。 陣佐:頼むぞ。疾く(とく)この密書を、諏訪様に届けよ。よいな。 陣佐:(飛翔する鷹を見送り)・・・さて、俺も諸用を果たし、戻るとしよう」  :   :   :   :〇二日後、夕刻。上原城、諏訪の居室。  : 0:武田陣営より戻り、諏訪の前に膝をつく陣佐。   陣佐:「殿、遅くなりまいた。紅谷陣佐、只今戻りましてござる。 陣佐:先に届けた密書の通り、高遠(たかとお)・金刺(かなさし)、両名の離反は、もはや確実かと。 陣佐:武田本陣と、離反の二軍が近く、こちらに向かってくるやもしれませぬ。 陣佐:―兵の数は五千より、変わりはないかと。 陣佐:武田へは、此方の兵は一万と偽り、報告をして参りました。 陣佐:(言葉を尽くし丁重に労われ)はっ。なんと、勿体なきお言葉・・・。 陣佐:斯様な品まで、忝く存じまする。では無遠慮ながら、ありがたく、拝領いたします。 陣佐:(命令を受けて)委細承知。 陣佐:なれば、この紅谷、全霊をもって、情報の攪乱に努めまする・・・!」  :  陣佐:【Ⅿ】む・・・?(外の不穏な気配に気づく) 陣佐:「・・・殿、少々、外が騒がしい様子にて、見て参りまする。」  :  0:間  :   0:疾風の如く堀切を駆ける陣佐。 陣佐:【Ⅿ】おかしい。先ほどの一瞬の喧騒は何だったのだ?・・・妙に、静かすぎる。 陣佐:「―!おい、そこの警備の者。特に異常はないな?」 警備兵:「(酔った様に、焦点が合わない)ひゃい・・問題、ござぃませ・・」 陣佐:「?!」 警備兵:「ん・・・むぅ・・・(突然昏倒する)」 陣佐:「(駆け寄って)おい!大事ないか?! 陣佐:おい!返事を致せ!・・・ちっ!」  :  0:更に山中を疾駆する陣佐。あちらこちらに倒れている兵士の姿を見かける。 陣佐:【M】くそ・・・!ぬかったか! 陣佐:皆一様に、しかも広範囲で眠る様に倒れておる。 陣佐:恐らくは・・・霞扇(かすみおうぎ)の術か・・・!   :  0:間   :     :〇上原城、山中。物見岩。 0:岩の上に立ち、月を眺める千代女の背後から、陣佐が声をかける。 陣佐:「・・・千代女。」 千代女:「・・・。(手にした扇子を閉じ、振り返る)」 陣佐:「お前が仕業、だな?」 千代女:「流石に、見つけるのが早いな。」 陣佐:「・・・いつから、俺が寝返ったと気づいていた?」 千代女:「報せは、元より入っておった。・・・信じとうは、なかったがな。」 陣佐:「――ふん、武田忍びも、使えぬ者ばかりではないと言う訳か。」 千代女:「使えぬ、だと・・・?本気で言うておるのか・・・? 千代女:我らは皆、武田家を支える同士であろう、陣佐!」 陣佐:「皆、だと・・?ふざけるな!あんなもの、弱き者の馴れ合いにすぎぬ!」 千代女:「何だと⁈」 陣佐:「千代女!貴様もそうだ!弱者が群れたとて、何となる?! 陣佐:いずれは御家(おいえ)共々、潰されて終いよ! 陣佐:・・・故に俺は、武田の外へ活路を見出したのだ。」 千代女:「・・・お前は、変わらぬと、そう言うていたではないか・・・っ!」 陣佐:「・・・変わらぬものなど、ある訳がない。人も、心もな。」 千代女:「―陣佐ぁッ!!」 0:懐中より苦無を取り出し構える千代女と、同じく苦無を構え対峙する陣佐 千代女:「後悔するなよ・・・!」 陣佐:「もとより、覚悟の上・・・!」 千代女:「いざ、」 陣佐:「勝負!」  :  0:激しくぶつかり合う両者。山中に金属音が響く。 0:互いに傷を負い消耗しながら、裂帛の気合と共に最後の一撃を繰り出す。 陣佐:「(荒い息)はあ、はあ・・・これで・・・」 千代女:「(荒い息)はぁ、はぁっ・・・終わりよ・・・ッ!」 陣佐:「うぉぉおおおおおお!」 千代女:「はぁぁあああああっ!」 0:互いの苦無が届く寸前。 0:陣佐はその手を止め、千代女は振り抜き、返り血を浴びる。 陣佐:「ぐ・・・あっ・・・!(仰向けに倒れ)」 千代女:「・・・っ?!(息をのむ)」 千代女:「・・・な・・・!」 0:優し気な双眸で微笑んだ陣佐を、縋る様に抱き起す千代女。 千代女:「――陣佐!何故手を止めた?!何故・・・ッ!」 陣佐:「これで・・・よかったのだ・・・」 千代女:「良い訳、ないだろう・・・!どうして私に、わざと斬らせた・・・?! 千代女:――どうして・・・お前が、裏切りなど・・・!」 陣佐:「お前を侮った訳ではない・・・負けを悟ったまでの話よ・・・。」 千代女:「頼む・・・。友として、本当の理由を聞かせてくれ・・・」 陣佐:「・・・・・・どうあっても、言わねばならぬか?」 千代女:「・・・ああ。」 陣佐:「・・・笑うて、くれるなよ。俺は・・・ 陣佐:どうしても、あの約束を、果たしたかったのだ・・・」 千代女:「・・・忍隊の頭領は、ぬしが適任だと言うたではないか・・・っ」 陣佐:「・・・はは・・・お前は、もし俺と立ち合うても、俺を頭領にするため・・・ 陣佐:無意識に、手を、緩めるだろう・・・?(喀血し、荒い呼吸を繰り返す)」 千代女:「陣佐!!」 陣佐:「俺は・・・それが、嫌だったのだ・・・。 陣佐:実力をつけた者が頭となり率いねば・・・隊は総崩れになる・・。 陣佐:他の諸大名と戦を始めたとて、今のままでは、渡り合えん・・。」 千代女:「なれど・・・!そこまで、武田を想うておるのなら――!」 陣佐:「言うな・・・。俺はな、本陣でのお前を見て、思うたのだ・・・ 陣佐:俺と互角に成った、とな。・・・余計に、試したくなった。」 千代女:「・・・・」 陣佐:「それになぁ・・・こんな俺でも、諏訪の殿は、〈道具〉でなく、 陣佐:〈人〉として認めて下さった・・・。」 千代女:「・・・それが・・・武田を離れた、もう一つの理由なのか・・・?」 陣佐:「ああ。・・・そうだな・・久々に、心が湧いたのよ・・・。 陣佐:〈人〉としての、心がな・・・。 陣佐:お前と真剣で立ち合う事も、含めて、だ。 陣佐:千代女・・・先刻はああ言ったが、俺は・・・ 陣佐:お前の様な友を得た事、誇りに、思うておるぞ・・・。」 千代女:「・・・・・・。」 陣佐:「俺が、ここで死ぬる事・・・お前は気にせずとも、良い・・・。 陣佐:お館様へ報せを入れ、武勲を上げろ・・・」 千代女:「・・・陣佐・・・ぬしは、いつもそうだ・・・ 千代女:せめて私には・・・本心を語ってくれても、良かったではないか・・・」 陣佐:「ははは・・・許せ。性分、だ・・・。 陣佐:そら・・・、お前、忍、だろう・・・もう、泣くな・・・」 千代女:「・・・・・・」 陣佐:「最期に、お前と・・・立ち合え、て、楽しかっ・・・」 千代女:「・・・・おい・・・陣佐・・・ 千代女:・・・っ!逝くな、陣佐ぁぁぁっ・・・!」  :   : 0:間  :   : 0:一陣の夜風が、月を覆う雲と、千代女の頬を伝った雫を拭い去る。   0:陣佐を弔い、何かを振り切るように、顔を上げ、歩き出す千代女。  :  千代女:【M】陣佐よ・・・見ていてくれ・・・。 千代女:ぬしの心も、痛みも・・・私は必ずや、無駄にはせぬ。