台本概要

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タイトル アリスの最後の薬箱
作者名 天道司
ジャンル その他
演者人数 2人用台本(女1、不問1)
時間 20 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 ご自由に、お読みください。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
アリス 61 かつて、アリスだった。
帽子屋 不問 61 今も、帽子屋。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
アリス:(M)11月11日午前11時11分11秒。 アリス:(M)町の外れにある岬(みさき)の灯台の扉を、 アリス:(M)私は、開いた…。 アリス:「あのっ、こんにちは」 帽子屋:「ん?」 アリス:「やっぱり、ここにいた」 帽子屋:「ここにいた?」 アリス:「帽子屋さん、私は、ずっとあなたに会いたかったんです」 帽子屋:「僕は、君に会いたいなんて、思ったことはないし…」 帽子屋:「そもそも君を知らない。君は、僕が初めて会う君だ」 アリス:「あなたが私を忘れてしまっても、私は、あなたを覚えています」 帽子屋:「僕を、覚えている?」 アリス:「あなたと冒険した不思議の国での出来事を…」 アリス:「三月うさぎやチェシャ猫、ハートの女王との出会い。真夜中との戦いを、私は覚えています」 帽子屋:「いや、忘れているね」 アリス:「忘れていません!忘れてないから、ここに来れたんです!あなたに、もう一度会いたくて!」 帽子屋:「僕は、会いたくなかった」 アリス:「え?」 帽子屋:「僕は、会いたくなかった!帰れ!」 アリス:「嫌です。また、私の物語を書いて下さい」 帽子屋:「書けない」 アリス:「どうしてですか?」 帽子屋:「だって、僕が書いた物語を、君は、すぐに忘れてしまうだろ?そんなの悲しいからね」 帽子屋:「悲しくなるようなことは、しない主義なんだ」 アリス:「私は、やっぱり、あなたを悲しませてしまったんですか?」 帽子屋:「それを、僕の口から言わせるのかい?」 アリス:「悲しませてしまって、ごめんなさい」 帽子屋:「ごめんなさい?僕を悲しませても、傷つけても、僕が君の前からいなくなっても」 帽子屋:「君は、まったく困らないだろ?他にたくさんの友達がいるだろ?」 帽子屋:「だから、もう、僕は、君にとって、いらない存在になってしまったのさ」 アリス:「そんなことないです!」 帽子屋:「だけど、君は、そっちを選んでしまった」 帽子屋:「そっちを選んでしまったのだから、こっちには来れないよ」 帽子屋:「二つの道は、決して交わることはない」 アリス:「どうすれば、また、昔みたいに、あなたと一緒にいられますか?」 帽子屋:「一緒には、いられないよ。そもそも君とは、物の価値基準が違うからね」 アリス:「物の価値基準?」 帽子屋:「君は一番になりたいし、僕も一番になりたい」 帽子屋:「だけど、目指している『一番の場所』が違うって意味さ」 アリス:「目指している一番の場所?」 帽子屋:「そうだよ。君は、たくさんの人にとっての一番になりたい」 帽子屋:「僕は、たった一人の人にとっての一番になりたい」 帽子屋:「目指している一番の場所が違う人、同じ方向を見ていない人とは、一緒にはいられないんだよ」 アリス:「私は、間違った道を選んでしまったんですか?」 帽子屋:「間違った道なんてないさ。どの道も、正解だよ」 アリス:「でも、あなたがいない道が、正解なはずない!」 帽子屋:「だったら、捨てられるのかい?」 アリス:「えっ?」 帽子屋:「君がここまで築き上げてきた、その居場所をさ」 アリス:「それは…」 帽子屋:「できないだろ?君は、その居場所を、居心地が良いと感じるようになってしまった」 帽子屋:「それはまるで、そう、毒に侵されるようにね」 アリス:「毒?ですか?」 帽子屋:「君は、毒とは思っていないだろうけど、僕にとって、その居場所は、毒だ」 帽子屋:「だから、今後、君に絡みにゆくことはないよ」 アリス:「あのっ、最後に私の話を聞いてくれますか?」 帽子屋:「『聴く』ではなく、『聞く』でいいのかい?」 アリス:「なんでもいいです。とにかく、私の話を、そこで聞いていて下さい」 帽子屋:「聞いているだけで、いいのかい?まっ、構わないけど…」 帽子屋:「話が終われば、すぐに帰ってほしいな」 アリス:「わかりました。では、話します」 帽子屋:「あっ、ちょっと待っていてくれ。コーヒーくらいは出そう」 アリス:「はい…」 0: 0:【間】 0: 帽子屋:「おまたせ。僕のオリジナルブレンド。自信作なんだ」 アリス:「いただきます」 帽子屋:「うん。では、君のタイミングで、君のスピードで、話をするといい」 アリス:「はい…。あのっ、私、また学校に行けなくなってしまったんです」 アリス:「声優になりたくて、そのために何かできることはないかと」 アリス:「声劇をするためのアプリを見つけて、それをダウンロードしたんです」 アリス:「最初は、声劇が楽しくて、そっちをメインにやっていました」 アリス:「だけど…」 帽子屋:「ん?だけど?」 アリス:「フリートーク…。フリトって言うんですけど、いつからか、そっちの方がメインになってしまって」 アリス:「声劇を全然しなくなって、フリトの方で友達がたくさんできて、フリトばかりするようになりました」 帽子屋:「そうなんだ。友達がたくさんできることは、素晴らしいことだ」 アリス:「はい。フリトで出会った友達は、私の言うことを何も否定しないし、SNSに自撮りを上げれば、『可愛い』って、いつも褒めてくれるし」 帽子屋:「ん?ちょっと待って。SNSに自撮り?」 アリス:「あぁ。大丈夫です。顔は、ほとんど隠れてるやつだし、加工もばっちりしています」 帽子屋:「へぇ。君の友達は、嘘つきなんだね」 アリス:「嘘つき?私の友達を、悪く言わないで下さい!」 帽子屋:「だってそうだろ?顔がわからない画像は、可愛いかがわからない画像だろ?」 帽子屋:「それを『可愛い』と褒めるなんて、嘘つきじゃないのかい?」 アリス:「それは…」 帽子屋:「君の友達はきっと…。君の腕だけの画像、君の爪だけの画像をSNSに上げても『可愛い』と褒めてくれるだろうね」 アリス:「いい人たちなんです!いい人たちだから、褒めてくれるんです!」 帽子屋:「君の基準で、いい人は、日常的に嘘をつく人たちなんだね」 アリス:「やめて下さい!投げ銭だって、私のために課金して、たくさん投げてくれる人たちなんです!悪く言わないで下さい!」 帽子屋:「投げ銭?なんだい?それは…」 アリス:「アプリ内で、リアルマネーを支払って応援するシステム。それが投げ銭です」 帽子屋:「ほぉ…」 アリス:「私の友達は、私のレベルを上げるために、順位を上げるために、投げ銭をたくさんしてくれるんです」 アリス:「何千円も、何万円も課金して、私を応援してくれるんです!」 帽子屋:「何千円も?何万円も?」 アリス:「はい。とっても、いい人たちなんです!」 帽子屋:「君の友達は、とても、そう、とてもお金持ちなんだね」 アリス:「え?普通の学生や社会人の人たちですよ」 帽子屋:「君の基準で、普通の学生や社会人は、会ったこともない人のために、何万円もプレゼントする『おバカさん』たちなんだね」 アリス:「それは、私を推してくれてるからです!」 帽子屋:「腐ってるね!」 アリス:「え?」 帽子屋:「僕の基準で、それは、腐ってるってことさ。僕は、そんな友達は、いらない」 帽子屋:「やっぱり、君とは、物の価値基準が違うようだね。はっきりわかった」 アリス:「お金の遣い方なんて、人それぞれじゃないですか!私の友達は、私のためにお金を遣ってくれている!それのどこがいけないんですか!」 帽子屋:「別に、いけないとは言っていないよ。ただ…」 帽子屋:「僕がお金持ちなら、そのお金を遣って、現実の世界でお世話になっている人たちに、恩返しをするね」 アリス:「アプリの世界も、現実の世界です!」 帽子屋:「嘘つきだらけの世界だろ?」 アリス:「だから、私の友達を悪く言わないで下さい!あなたなんて、大嫌いです!」 帽子屋:「大嫌いか…。なら、何故、まだここにいるの?大嫌いなら、さっさと帰ればいいだろ?」 アリス:「それは…」 帽子屋:「君は、迷っている」 アリス:「っ!?」 帽子屋:「君が、本当にほしいモノは、なんだったのかな?」 アリス:「私は、居場所がほしかった。居心地の良い居場所が!私を一番にしてくれる居場所が!」 帽子屋:「君を一番にしてくれる居場所は、すでに用意されていたのに、残念だよ」 アリス:「えっ?」 帽子屋:「僕にとって、君は一番だった。だから、一生懸命君のことを考えて」 帽子屋:「君を幸せにしたくて、生きていてほしくて、物語を書いた」 帽子屋:「君を主人公にした物語をね」 アリス:「だけど、私は、私のために物語を書いてくれる一人の人間よりも」 アリス:「アプリ内で私のためにお金を遣ってくれる人たちとのつながりを…」 アリス:「アプリ内で順位の高い人たちとのつながりを選んだ。選んでしまった」 アリス:「その道を選ぶことで、私は、アプリ内で順位を上げられるから、自分に自信が持てるから」 アリス:「寂しくないから…」 帽子屋:「…」 帽子屋:「寂しいのは、君だけじゃないよ。みんな、寂しい」 アリス:「あなたも?」 帽子屋:「僕だけじゃないさ。君に課金して、投げ銭をしてくれる人たちもね」 帽子屋:「投げ銭をすれば、君からの良い反応が返ってくる。周りからも良い反応が返ってくる」 帽子屋:「あぁ、実に、薄っぺらい繋がりだよ」 帽子屋:「君の周りには、そんな薄っぺらい繋がりに縋(すが)る寂しい人たちが集まった」 帽子屋:「この現象を、心理学者のクルト・レヴィンは、集団力学と名づけているね」 アリス:「集団力学?」 帽子屋:「集団において、人の行動や思考は、集団からの影響を受け、集団に対しても影響を与えるという集団特性のことさ」 帽子屋:「確か、また、不登校になってしまったんだよね?」 アリス:「そうです。ずっとフリトを開いていて、そこでお話しをするのが楽しくて…」 帽子屋:「集団力学の視点から考えてみると、そこにいる人たちも、本当は、君と同じように不登校なのかも知れないし」 帽子屋:「仕事にも行けていないのかも知れない」 アリス:「そんなはずないです!きちんと学校にも行ってるし、仕事もしてるって言ってました!」 帽子屋:「嘘つきの言うことを、君は信じるのかい?」 アリス:「嘘つきじゃないです!」 帽子屋:「証明できるのかい?会ったこともないのに、見たこともないのに」 帽子屋:「君は、すべてを真実だと信じ込むのかい?それは、そう、とても危険なことだ」 帽子屋:「それと、君に投げられた投げ銭にかかった課金の出どころがどこなのか、君は考えたことがあるかい?」 アリス:「学生は、きっとバイト代だし、社会人の人は、給料ですよ」 帽子屋:「君が学生だと思ってる人の中に、親の財布の中から盗んだお金を課金している人がいたなら?」 帽子屋:「君が社会人だと思ってる人の中に、恋人の銀行口座から無断で下ろしたお金を課金している人がいたなら?」 アリス:「そんな人がいるはずないじゃないですか!」 帽子屋:「だったら!その証明は?できないだろ?」 アリス:「できません…」 帽子屋:「投げ銭が欲しい人の枠には、投げ銭がほしい人が」 帽子屋:「順位を上げたい人の枠には、順位を上げたい人が」 帽子屋:「そう、自然と集まってくる。その逆も然(しか)りだ」 帽子屋:「真っ白な心で、君の枠に集まってきた人たちを見つめ直してごらん」 帽子屋:「闇は、闇を引き寄せてる」 アリス:「闇を引き寄せてる?」 帽子屋:「そうだよ。だから、そこから抜け出せない!」 帽子屋:「そして、君に、今、圧倒的に足りないのは、想像力だ!」 帽子屋:「あらゆる可能性を想像することにより、世界の真実に近づける」 帽子屋:「本当に大切にしなきゃいけないモノが何かが、わかってくる」 アリス:「私は、何も見えていなかった。見ようとしなかった」 アリス:「ずっと、ずっと帽子屋さんが、あなたが、そこにいたのに…」 アリス:「ごめんなさい。本当に、ごめんなさい」 帽子屋:「あやまらなくてもいい。あやまることなんて、何もない」 帽子屋:「居心地が良かったんだろ?今も、その居場所が、君の居場所なんだろ?」 帽子屋:「それは、仕方のないことさ」 アリス:「私は、また、学校に行けるようになりたいし、あなたと劇がしたい」 アリス:「だけど、今のフリトでのつながりも、切ることができないんです!」 帽子屋:「それは、欲張りというモノだよ。どちらか一方を選んだのなら、もう一方は選べない。それが、世界のルールさ」 アリス:「その世界のルール、壊すことって、できませんか?だって、あなたは、今でも私のことを」 帽子屋:「愛してるよ。だから、この物語は産まれた」 アリス:「だったら!愛してるなら、私をここから救って下さい!昔の私に戻して下さい!」 アリス:「あなたは、帽子屋さんでしょ?私の帽子屋さんでしょ?」 帽子屋:「そうだよ。だから、これは、アリスの最後の薬箱」 帽子屋:「薬箱の中身を服薬するかどうかは、君次第。すべて君次第さ」 アリス:「すべて…私次第…」 帽子屋:「そうだよ。本当に大切な『順位』を」 帽子屋:「目指すべき『愛の形』を、もう一度考えてみるんだ」 帽子屋:「そうすれば、きっと…」 : 0:―了―

アリス:(M)11月11日午前11時11分11秒。 アリス:(M)町の外れにある岬(みさき)の灯台の扉を、 アリス:(M)私は、開いた…。 アリス:「あのっ、こんにちは」 帽子屋:「ん?」 アリス:「やっぱり、ここにいた」 帽子屋:「ここにいた?」 アリス:「帽子屋さん、私は、ずっとあなたに会いたかったんです」 帽子屋:「僕は、君に会いたいなんて、思ったことはないし…」 帽子屋:「そもそも君を知らない。君は、僕が初めて会う君だ」 アリス:「あなたが私を忘れてしまっても、私は、あなたを覚えています」 帽子屋:「僕を、覚えている?」 アリス:「あなたと冒険した不思議の国での出来事を…」 アリス:「三月うさぎやチェシャ猫、ハートの女王との出会い。真夜中との戦いを、私は覚えています」 帽子屋:「いや、忘れているね」 アリス:「忘れていません!忘れてないから、ここに来れたんです!あなたに、もう一度会いたくて!」 帽子屋:「僕は、会いたくなかった」 アリス:「え?」 帽子屋:「僕は、会いたくなかった!帰れ!」 アリス:「嫌です。また、私の物語を書いて下さい」 帽子屋:「書けない」 アリス:「どうしてですか?」 帽子屋:「だって、僕が書いた物語を、君は、すぐに忘れてしまうだろ?そんなの悲しいからね」 帽子屋:「悲しくなるようなことは、しない主義なんだ」 アリス:「私は、やっぱり、あなたを悲しませてしまったんですか?」 帽子屋:「それを、僕の口から言わせるのかい?」 アリス:「悲しませてしまって、ごめんなさい」 帽子屋:「ごめんなさい?僕を悲しませても、傷つけても、僕が君の前からいなくなっても」 帽子屋:「君は、まったく困らないだろ?他にたくさんの友達がいるだろ?」 帽子屋:「だから、もう、僕は、君にとって、いらない存在になってしまったのさ」 アリス:「そんなことないです!」 帽子屋:「だけど、君は、そっちを選んでしまった」 帽子屋:「そっちを選んでしまったのだから、こっちには来れないよ」 帽子屋:「二つの道は、決して交わることはない」 アリス:「どうすれば、また、昔みたいに、あなたと一緒にいられますか?」 帽子屋:「一緒には、いられないよ。そもそも君とは、物の価値基準が違うからね」 アリス:「物の価値基準?」 帽子屋:「君は一番になりたいし、僕も一番になりたい」 帽子屋:「だけど、目指している『一番の場所』が違うって意味さ」 アリス:「目指している一番の場所?」 帽子屋:「そうだよ。君は、たくさんの人にとっての一番になりたい」 帽子屋:「僕は、たった一人の人にとっての一番になりたい」 帽子屋:「目指している一番の場所が違う人、同じ方向を見ていない人とは、一緒にはいられないんだよ」 アリス:「私は、間違った道を選んでしまったんですか?」 帽子屋:「間違った道なんてないさ。どの道も、正解だよ」 アリス:「でも、あなたがいない道が、正解なはずない!」 帽子屋:「だったら、捨てられるのかい?」 アリス:「えっ?」 帽子屋:「君がここまで築き上げてきた、その居場所をさ」 アリス:「それは…」 帽子屋:「できないだろ?君は、その居場所を、居心地が良いと感じるようになってしまった」 帽子屋:「それはまるで、そう、毒に侵されるようにね」 アリス:「毒?ですか?」 帽子屋:「君は、毒とは思っていないだろうけど、僕にとって、その居場所は、毒だ」 帽子屋:「だから、今後、君に絡みにゆくことはないよ」 アリス:「あのっ、最後に私の話を聞いてくれますか?」 帽子屋:「『聴く』ではなく、『聞く』でいいのかい?」 アリス:「なんでもいいです。とにかく、私の話を、そこで聞いていて下さい」 帽子屋:「聞いているだけで、いいのかい?まっ、構わないけど…」 帽子屋:「話が終われば、すぐに帰ってほしいな」 アリス:「わかりました。では、話します」 帽子屋:「あっ、ちょっと待っていてくれ。コーヒーくらいは出そう」 アリス:「はい…」 0: 0:【間】 0: 帽子屋:「おまたせ。僕のオリジナルブレンド。自信作なんだ」 アリス:「いただきます」 帽子屋:「うん。では、君のタイミングで、君のスピードで、話をするといい」 アリス:「はい…。あのっ、私、また学校に行けなくなってしまったんです」 アリス:「声優になりたくて、そのために何かできることはないかと」 アリス:「声劇をするためのアプリを見つけて、それをダウンロードしたんです」 アリス:「最初は、声劇が楽しくて、そっちをメインにやっていました」 アリス:「だけど…」 帽子屋:「ん?だけど?」 アリス:「フリートーク…。フリトって言うんですけど、いつからか、そっちの方がメインになってしまって」 アリス:「声劇を全然しなくなって、フリトの方で友達がたくさんできて、フリトばかりするようになりました」 帽子屋:「そうなんだ。友達がたくさんできることは、素晴らしいことだ」 アリス:「はい。フリトで出会った友達は、私の言うことを何も否定しないし、SNSに自撮りを上げれば、『可愛い』って、いつも褒めてくれるし」 帽子屋:「ん?ちょっと待って。SNSに自撮り?」 アリス:「あぁ。大丈夫です。顔は、ほとんど隠れてるやつだし、加工もばっちりしています」 帽子屋:「へぇ。君の友達は、嘘つきなんだね」 アリス:「嘘つき?私の友達を、悪く言わないで下さい!」 帽子屋:「だってそうだろ?顔がわからない画像は、可愛いかがわからない画像だろ?」 帽子屋:「それを『可愛い』と褒めるなんて、嘘つきじゃないのかい?」 アリス:「それは…」 帽子屋:「君の友達はきっと…。君の腕だけの画像、君の爪だけの画像をSNSに上げても『可愛い』と褒めてくれるだろうね」 アリス:「いい人たちなんです!いい人たちだから、褒めてくれるんです!」 帽子屋:「君の基準で、いい人は、日常的に嘘をつく人たちなんだね」 アリス:「やめて下さい!投げ銭だって、私のために課金して、たくさん投げてくれる人たちなんです!悪く言わないで下さい!」 帽子屋:「投げ銭?なんだい?それは…」 アリス:「アプリ内で、リアルマネーを支払って応援するシステム。それが投げ銭です」 帽子屋:「ほぉ…」 アリス:「私の友達は、私のレベルを上げるために、順位を上げるために、投げ銭をたくさんしてくれるんです」 アリス:「何千円も、何万円も課金して、私を応援してくれるんです!」 帽子屋:「何千円も?何万円も?」 アリス:「はい。とっても、いい人たちなんです!」 帽子屋:「君の友達は、とても、そう、とてもお金持ちなんだね」 アリス:「え?普通の学生や社会人の人たちですよ」 帽子屋:「君の基準で、普通の学生や社会人は、会ったこともない人のために、何万円もプレゼントする『おバカさん』たちなんだね」 アリス:「それは、私を推してくれてるからです!」 帽子屋:「腐ってるね!」 アリス:「え?」 帽子屋:「僕の基準で、それは、腐ってるってことさ。僕は、そんな友達は、いらない」 帽子屋:「やっぱり、君とは、物の価値基準が違うようだね。はっきりわかった」 アリス:「お金の遣い方なんて、人それぞれじゃないですか!私の友達は、私のためにお金を遣ってくれている!それのどこがいけないんですか!」 帽子屋:「別に、いけないとは言っていないよ。ただ…」 帽子屋:「僕がお金持ちなら、そのお金を遣って、現実の世界でお世話になっている人たちに、恩返しをするね」 アリス:「アプリの世界も、現実の世界です!」 帽子屋:「嘘つきだらけの世界だろ?」 アリス:「だから、私の友達を悪く言わないで下さい!あなたなんて、大嫌いです!」 帽子屋:「大嫌いか…。なら、何故、まだここにいるの?大嫌いなら、さっさと帰ればいいだろ?」 アリス:「それは…」 帽子屋:「君は、迷っている」 アリス:「っ!?」 帽子屋:「君が、本当にほしいモノは、なんだったのかな?」 アリス:「私は、居場所がほしかった。居心地の良い居場所が!私を一番にしてくれる居場所が!」 帽子屋:「君を一番にしてくれる居場所は、すでに用意されていたのに、残念だよ」 アリス:「えっ?」 帽子屋:「僕にとって、君は一番だった。だから、一生懸命君のことを考えて」 帽子屋:「君を幸せにしたくて、生きていてほしくて、物語を書いた」 帽子屋:「君を主人公にした物語をね」 アリス:「だけど、私は、私のために物語を書いてくれる一人の人間よりも」 アリス:「アプリ内で私のためにお金を遣ってくれる人たちとのつながりを…」 アリス:「アプリ内で順位の高い人たちとのつながりを選んだ。選んでしまった」 アリス:「その道を選ぶことで、私は、アプリ内で順位を上げられるから、自分に自信が持てるから」 アリス:「寂しくないから…」 帽子屋:「…」 帽子屋:「寂しいのは、君だけじゃないよ。みんな、寂しい」 アリス:「あなたも?」 帽子屋:「僕だけじゃないさ。君に課金して、投げ銭をしてくれる人たちもね」 帽子屋:「投げ銭をすれば、君からの良い反応が返ってくる。周りからも良い反応が返ってくる」 帽子屋:「あぁ、実に、薄っぺらい繋がりだよ」 帽子屋:「君の周りには、そんな薄っぺらい繋がりに縋(すが)る寂しい人たちが集まった」 帽子屋:「この現象を、心理学者のクルト・レヴィンは、集団力学と名づけているね」 アリス:「集団力学?」 帽子屋:「集団において、人の行動や思考は、集団からの影響を受け、集団に対しても影響を与えるという集団特性のことさ」 帽子屋:「確か、また、不登校になってしまったんだよね?」 アリス:「そうです。ずっとフリトを開いていて、そこでお話しをするのが楽しくて…」 帽子屋:「集団力学の視点から考えてみると、そこにいる人たちも、本当は、君と同じように不登校なのかも知れないし」 帽子屋:「仕事にも行けていないのかも知れない」 アリス:「そんなはずないです!きちんと学校にも行ってるし、仕事もしてるって言ってました!」 帽子屋:「嘘つきの言うことを、君は信じるのかい?」 アリス:「嘘つきじゃないです!」 帽子屋:「証明できるのかい?会ったこともないのに、見たこともないのに」 帽子屋:「君は、すべてを真実だと信じ込むのかい?それは、そう、とても危険なことだ」 帽子屋:「それと、君に投げられた投げ銭にかかった課金の出どころがどこなのか、君は考えたことがあるかい?」 アリス:「学生は、きっとバイト代だし、社会人の人は、給料ですよ」 帽子屋:「君が学生だと思ってる人の中に、親の財布の中から盗んだお金を課金している人がいたなら?」 帽子屋:「君が社会人だと思ってる人の中に、恋人の銀行口座から無断で下ろしたお金を課金している人がいたなら?」 アリス:「そんな人がいるはずないじゃないですか!」 帽子屋:「だったら!その証明は?できないだろ?」 アリス:「できません…」 帽子屋:「投げ銭が欲しい人の枠には、投げ銭がほしい人が」 帽子屋:「順位を上げたい人の枠には、順位を上げたい人が」 帽子屋:「そう、自然と集まってくる。その逆も然(しか)りだ」 帽子屋:「真っ白な心で、君の枠に集まってきた人たちを見つめ直してごらん」 帽子屋:「闇は、闇を引き寄せてる」 アリス:「闇を引き寄せてる?」 帽子屋:「そうだよ。だから、そこから抜け出せない!」 帽子屋:「そして、君に、今、圧倒的に足りないのは、想像力だ!」 帽子屋:「あらゆる可能性を想像することにより、世界の真実に近づける」 帽子屋:「本当に大切にしなきゃいけないモノが何かが、わかってくる」 アリス:「私は、何も見えていなかった。見ようとしなかった」 アリス:「ずっと、ずっと帽子屋さんが、あなたが、そこにいたのに…」 アリス:「ごめんなさい。本当に、ごめんなさい」 帽子屋:「あやまらなくてもいい。あやまることなんて、何もない」 帽子屋:「居心地が良かったんだろ?今も、その居場所が、君の居場所なんだろ?」 帽子屋:「それは、仕方のないことさ」 アリス:「私は、また、学校に行けるようになりたいし、あなたと劇がしたい」 アリス:「だけど、今のフリトでのつながりも、切ることができないんです!」 帽子屋:「それは、欲張りというモノだよ。どちらか一方を選んだのなら、もう一方は選べない。それが、世界のルールさ」 アリス:「その世界のルール、壊すことって、できませんか?だって、あなたは、今でも私のことを」 帽子屋:「愛してるよ。だから、この物語は産まれた」 アリス:「だったら!愛してるなら、私をここから救って下さい!昔の私に戻して下さい!」 アリス:「あなたは、帽子屋さんでしょ?私の帽子屋さんでしょ?」 帽子屋:「そうだよ。だから、これは、アリスの最後の薬箱」 帽子屋:「薬箱の中身を服薬するかどうかは、君次第。すべて君次第さ」 アリス:「すべて…私次第…」 帽子屋:「そうだよ。本当に大切な『順位』を」 帽子屋:「目指すべき『愛の形』を、もう一度考えてみるんだ」 帽子屋:「そうすれば、きっと…」 : 0:―了―