台本概要
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タイトル | アリスのいない魔法の国 |
---|---|
作者名 | 天道司 |
ジャンル | ファンタジー |
演者人数 | 3人用台本(女1、不問2) |
時間 | 20 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
ご自由に、演じてください。
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キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
楓 | 女 | 84 | 兼ね役・アリス |
執事 | 不問 | 83 | 執事 |
ボル | 不問 | 40 | ボルニャンスキー |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
楓:んっ…んんっ…んっ…
執事:おや?お目覚めですか?お嬢様
楓:(あくび)ふぁーっ…。ん?
執事:おはようございます。お嬢様
楓:えっ?誰?すっごいイケメン
執事:もしかして、私のことですか?
楓:うん
執事:私は、お嬢様の執事ですよ
楓:執事?あと、ここ、僕の家じゃないよね。もしかして誘拐された?ここは、どこなの?お金持ちのお屋敷みたいだけど…
執事:ご冗談を…。ここは、紛れもなく、お嬢様の、アーデルハイム家のお屋敷ですよ
楓:アーデルハイム?何それ?
執事:またまた、ご冗談を…。アーデルハイム家は、国王に代々仕(だいだいつか)える貴族
執事:そして、その貴族の中でも、国王への自由謁見(じゆうえっけん)が許された十三貴族(じゅうさんきぞく)の一つです
楓:あぁ、ここが、すっごいお金持ちのお屋敷だってことは、なんとなく分かった。もしかして、僕、異世界転生しちゃった?
執事:異世界転生?
楓:あぁ…うん。異世界転生
執事:初めて耳にする言葉ですね
楓:あのさ、あなた、その、魔法とか使えちゃったりする?
執事:もちろん、使えますけど?
楓:どんな魔法が使えるの?火とか水とか出せたりする?
執事:四大元素(よんだいげんそ)魔法の中では、水属性が得意ですが…
楓:水?水の魔法が使えるの?
執事:エルシャール・フェンシブ!
楓:いきなりっ、剣が…!?ねぇ、危ないから、僕の喉に向けてるその剣、しまってよ!
執事:あなたは、誰ですか?
楓:えっ?
執事:お目覚めになられてからの要領を得ない反応。そして、私の得意属性の魔法を、本物のお嬢様ならご存知のはず
執事:あなたは、一体何者ですか?お嬢様に化けて、何が目的ですか?
楓:何が目的って、そんなの僕が知りたいよ。僕は、きっと異世界転生して、ここにきたんだよ!
執事:その異世界転生というは、何なんですか?
楓:別の世界に、転生することだよ
執事:別の世界に転生?生まれ変わったということですか?
楓:生まれ変わってはいないかな…。だって、僕、死んでないし…。魂が入れ替わったパターンの異世界転生かな?
執事:魂が入れ替わった?
楓:あとさ。剣、早くしまってくれないかな?僕、攻撃の意思とか全くないから!
執事:エルーレ!
楓:わっ!剣がなくなった!
執事:ラーム・ブットゥ!
楓:ん?鏡?あれ?僕だ…。この異世界転生は、外見は変わらなかったっていうパターンか…
執事:エルーレ!
楓:鏡が消えた…
執事:うーん…。まいりましたね…。今日もお嬢様には、ヴァイオリンやハープ、バレエのレッスン。そして、十三貴族としてのお役目があるというのに…
執事:あぁ…。これは、ボル様に相談するしかないですねぇ
楓:ボル様?
執事:この国、いや、この大陸一の魔導師様です
楓:すごい人がいるんだね
執事:はい…。しかし、お嬢様が別の何者かと魂が入れ替わったことが公(おおやけ)のものとなったなら、それは一大事。他の十三貴族の者にバレようものなら
執事:アーデルハイム家は、そこでおしまいです。なので、これから、外に出かける際の立ち振る舞いや発言には、十分お気をつけ下さい
楓:お気をつけ下さいって言われても…
執事:ならば、この部屋を一歩でも出たなら、何も発言しない。それでいいです
楓:わ…、わかった
執事:では、まずは、お召し物を…。こちらに立って下さい
楓:あっ、うん…
執事:メリシャス・ストレッツ!
楓:わっ!綺麗なドレス!
執事:少し、歩いていただけますか?
楓:歩く?あぁ…。うん
執事:…
楓:だめだった?
執事:気品のカケラもないですね。その歩き方では、すぐに別人だとバレてしまいます
楓:どうすればいいの?
執事:仕方ありません。これは、魔力消費が激しいので、あまり使いたくはなかったのですが…
執事:ダーマフェルド・フェルナレム・タッタカプト・ルクシャーナル!
楓:うっ、体の自由が…
執事:今から私の意思の通りに動いて頂きます
楓:うあっ!何これ!
執事:ボル様のお屋敷に行くまでの間だけです
楓:わっ、わかった
楓:(N)こうして、私は、執事に体の動きを操られながら、部屋を出た。部屋を出ると、多くの使用人たちが挨拶をしてきたが、執事の指示通り全て無視した
楓:(N)お屋敷の外に出ると、執事は指をパチンと鳴らした。すると…
楓:ばっ、馬車!それも、カボチャの馬車!
執事:ちょっと!大きな声を出さないで!
楓:(小声で)ごめん…。この馬車、幼い頃に絵本で見たことがあったから、つい…
執事:絵本で?
楓:(小声で)うん。確か、シンデレラって話だったと思う
執事:シンデレラ?
0:
楓:(N)馬車の中で、執事に話をした
楓:(N)シンデレラのこと、学校のこと、家族のこと、向こうの世界のことを、色々と…
執事:さて、そろそろ着きます
楓:着くの?
執事:はい。
楓:あっ、停まった!そして、扉が勝手に開いた!自動ドアなの?
執事:自動ドア?
楓:あぁ、向こうの世界にもあるんだよ。自動で開閉する扉がね
執事:それも科学の力で、ですか?
楓:そうだよ
執事:なるほど…。ちなみに、このカボチャの馬車は、魔力炉(まりょくろ)に魔力を注ぎ込むことで、動いています
執事:そういうのとは、違うって、ことですよね?
楓:全然違うと思う。向こうの世界には、魔法なんて存在しないから
執事:魔法がないなんて、不便ですね
楓:科学が発展しているから、そんなに不便とは感じないけどなぁ
執事:ほぉ…。では、参りましょうか。くれぐれも粗相(そそう)がないように、お願いしますね
楓:うん。って、あれ?馬車を降りただけなのに、応接間のような場所に…。ここは、どこなの?
執事:ここは、もう、ボル様のお屋敷の中ですよ
ボル:よく来たねぇ
楓:わっ!突然目の前に!ビックリした!猫の覆面(ふくめん)してるし…
ボル:初めまして。黒木楓(くろきかえで)さん、吾輩は、ボルニャンスキー
楓:ボルニャンスキー?あなたがボル様なの?そして、なんで僕の名前を知ってるの?
ボル:予め決まった予定調和(よていちょうわ)
楓:予定調和?
執事:ボル様は、全てを見通す力を持っておられるのです
楓:全てを見通す力?
ボル:いやいや、全てを見通す力なんて、吾輩にはないさ。ただ少し、勘(かん)が良いだけさ
楓:勘が良いだけで、僕の本名を当てたっていうの?
執事:ということは、つまり、楓さんの言っていたことは、全て真実だったということですね
執事:ならば、本物のお嬢様は?
ボル:向こうの世界にいるね。とても困っているよ
執事:どうして、このようなことに?お嬢様を元に戻す方法は、ないのですか?
楓:僕も早く向こうの世界に帰りたい!
ボル:ほむほむ。まず、状況について、説明しようか
ボル:楓さんの肉体とアリスお嬢様の肉体は、とても、そう、とても良く似ていた
楓:アリスお嬢様?アリスが、私と魂が入れ替わったお嬢様の名前?
ボル:ふむ。そして、二人は、とても、そう、とても大きなストレスを抱えていた
楓:…
ボル:どうやら、ストレスの原因は、ここで話してほしくはなさそうだね
楓:全部、知ってるんですか?
ボル:知ってるというか…。勘だよ。勘
楓:勘?
ボル:ふむ。ほとんど同じ肉体、ほとんど同じ精神状態、その二つが強く強く結びつき
ボル:偶然か、必然か、はたまた神の気まぐれか、二人の魂は入れ替わった
ボル:(同時に)お嬢様を元に戻す方法はないのですか?
執事:(同時に)お嬢様を元に戻す方法はないのですか?
執事:あっ
ボル:ふふっ。結論から告げよう
執事:…
ボル:方法なら、ある。楓さんが、本気で元の世界に帰りたいと願う
ボル:向こうの世界でも、アリスお嬢様が、本気でコチラの世界に帰りたいと願う
執事:そんなことで良いのですか?それならば、すでに、早く帰りたいと願っているのでは?
楓:帰りたいよ。今すぐ元の世界に帰りたいよ。こんな訳の分からない世界、嫌だよ
執事:あとは、向こうにいるお嬢様も同じことを
ボル:楓さん!嘘は、いらないよ。我慢は、いらないよ
執事:ん?
楓:嘘なんか言ってない。僕は、本気で元の世界に
ボル:帰りたいなんて思っていないだろ?向こうには、楓さんを、悲しい気持ちにさせるモノが、たくさんある
楓:そんなことない…。そんなことない!
ボル:泣いても、良いのだよ
楓:…
執事:どういうことですか?馬車の中で、楓さんは、向こうの世界のことを、楽しそうに、お話していたではないですか?
執事:学校にも、たくさんのご友人がいて、ご家族の方も、とても理解のある方であると…
楓:嘘だよ…
執事:嘘?
楓:ほんとは、学校に、友達なんていない。家の中にも、僕の居場所なんてない
楓:向こうの世界に、僕の居場所なんて、どこにもないんだよ!
執事:えっ?
ボル:ほむ。よく言えたね。それで、良いんだよ
楓:は?何も良くないよ。何も良くない
執事:楓さんは、元の世界に帰りたいと思っていないのですか?
ボル:楓さんだけじゃないさ。アリスお嬢様も、こちらの世界に帰りたいとは、今は、思っていないだろうねぇ
ボル:(同時に)そんなはずはない!
執事:(同時に)そんなはずはない!
執事:あっ
ボル:そんなはずはないなんて、思い込みだよ。押し付けだよ
ボル:何の不満もなさそうに、平然を装っていても、笑っていても、楽しそうに見えても
ボル:それは、まさに、そう、見えているだけ…。本当は、違うのだよ
ボル:そう見えるように、我慢して、心を殺して、頑張っているのだよ
ボル:そうだよね?楓さん
楓:…
楓:だから、何?あなたは、優しい言葉を、綺麗事を言って、人を救った気になりたいわけ?
楓:はっきり言うけど、僕は、そんなの求めてないんだよ!偽善は、いらない!
ボル:偽善か…。吾輩は、人の善意に、本物も偽物もないと思うがね
ボル:その善意を、その言葉を、本物か偽物にするかは、受け取る側の心次第さ
楓:私の心は、とっくに壊れてる。否定されて、裏切られて、傷つけられて
楓:優しい言葉をかけてくれる人がいても、必ず裏があって、嘘つきばっかり!もう、うんざりなんだよ!
ボル:そうだね。それは、まさに、その通りだ
楓:あなたに、僕の気持ちが、わかるはずない!
ボル:わからないよ。わからないから、寄り添いたいのさ
楓:寄り添いたい?
ボル:ほむ。それくらいしか、吾輩にはできないからね
楓:ねぇ、それが偽善だって言ってんの!
楓:(同時に)気持ち悪いんだけど!
ボル:(同時に)気持ち悪いんだけど
楓:あっ
ボル:気持ち悪くても良いさ。こうして、楓さんと話ができたことが、吾輩は嬉しいよ
楓:何が嬉しいの?気持ち悪いって言われて、嬉しい人なんていない!いるわけがない!
ボル:ほむ。吾輩は、気持ち悪いと言われたことが嬉しいわけではなく
ボル:楓さんの本当の気持ちを、本当の心をぶつける相手に選んでもらえたことが嬉しいのだよ
楓:意味がわからない
ボル:…
執事:あのぉ。失礼。もう一度聞きますね。楓さんは、元の世界に帰りたくはないのですか?
楓:…。帰りたくないよ。でも、この世界でも、生きて行ける気がしない。お嬢様の立ち振る舞いとかできないし、魔法も使えないし
ボル:魔法は、すでに君の中に存在しているけどね
楓:えっ?どういうこと?
ボル:楓さんの世界では、魔法の元となるマナが枯渇(こかつ)しているだけで、本当は誰もが魔法の力を秘めている
ボル:しかし、この世界には、マナが満ちている。マナが満ちているこの世界では、向こうからきた人間も魔法が使える
楓:どうすれば良いの?
ボル:ほむ。執事君、教えてあげなさい。魔法の使い方をね
執事:あっ、はい…。では、まず、得意属性から見てみましょうか
楓:得意属性?
執事:はい。火、水、風、土の四大元素の中から、得意属性を見るということです
執事:私の手のひらに、楓さんの手のひらを合わせて見てください
楓:あっ、うん…
執事:これは!?
楓:どうしたの?やっぱり、僕、魔法を使えない?
執事:いえ、驚きましたよ。レア属性である闇属性
楓:闇属性?
執事:アリスお嬢様も闇属性だったので、まさかとは思ったのですが…。いや、でも、そうですよね
執事:肉体は同じなのですから、得意属性が同じでも、何も不思議なことはないです
楓:闇属性が得意属性だと、どんなことができるの?
執事:影の中に隠れて移動したり、影からモノを取り出したり、満月の夜には不死身にもなれます
楓:不死身?
執事:そう、文字通り、不死身です。満月の夜には、四肢(しし)が切断されようが、心臓を潰されようが、すぐにその損傷は再生されます
楓:そうなんだ…。無敵だね
執事:無敵ですよ。では、闇属性が得意属性ということがわかったので、さっそく影から、何か取り出してみましょうか?
楓:何か?
執事:うーん…。何か何か…。楓さんは、何がイメージし易いだろうか…
ボル:クマのヌイグルミ
執事:クマのヌイグルミ?ボル様、それは、なんですか?
ボル:楓さん、クマのヌイグルミは、イメージできるね?
楓:あっ、うん
執事:イメージできるのであれば、その形や色、大きさを頭の中で、より具体的にイメージするのです
執事:そうすれば、頭の中に、自然と魔法の言葉が思い浮かぶので、それを唱えながら、影の中から何かをつかんで、取り出すイメージですかね
楓:わかった。やってみる。えっと、影は…。あぁ、ここの壁際(かべぎわ)にできた影でもいいの?
執事:どこでもいいですよ
楓:じゃあ…。クマのヌイグルミ…クマのヌイグルミ…
楓:アリール・ガトーラ・ウーナ!あっ!
執事:素晴らしい!この愛らしいフワフワ、モコモコしたモノが、クマのヌイグルミというモノですか?
楓:…。そうだね…。クマのヌイグルミだ
執事:ん?どうして、泣いているのですか?
楓:だって…。このクマのヌイグルミは、小さい頃に、お父さんが私に…
楓:わっ!
執事:ん!?楓さんの体が、光に包まれて!?これは、ボル様の魔法ですか!?
ボル:ふふっ。吾輩は、何もしていないよ
楓:あああーっ!!!
ボル:(N)そして、二つの魂は、元の器(うつわ)へと帰ってゆく…
0:
0:【間】
0:
アリス:ん?ここは…?あっ!セバス!それに、ボル様!?
執事:え?もしかして、本物のアリスお嬢様ですか?
アリス:私は、私よ!アリス!てことは、帰って来れたのね。元の世界に…
執事:あぁ、良かったです。本当に良かったです
アリス:うん。なんか、別の世界に行ってたみたい
執事:別の世界?それは、どんな世界だったんですか?
アリス:最悪の世界。なんか、急に魔法が使えなくなるし
アリス:制服とかいう露出の多い恥ずかしい服を着せられて
アリス:学校では、その恥ずかしい服をみんなが着ていて
アリス:訳のわからない数学や英語とかいう勉強をさせられて、先生はすっごい威張っていて、感じ悪いし
アリス:ほんっとに、うんざりだったよ!こっちの世界の方が、ずっとマシよ!
執事:それは、良かった
アリス:は!?良くないし!良くない!
アリス:ねぇ、セバス~。ちょっとだけレッスンをするお稽古事(けいこごと)の数、減らしてくれないかな?
執事:それは、そうですね。少し、お父様に掛け合ってみましょう
アリス:えっ!?ほんとに?やったーっ!
ボル:ふふふ
執事:ボル様、ありがとうございます
アリス:あっ!あぁ!ボル様が、私をこっちの世界に戻してくれたの?また、すっごい魔法を使ってくれたの?
ボル:吾輩は、大陸一の魔導師などと呼ばれてはいるが、魔法を使ったことは、今まで、ただの一度もないのだよ
執事:それでも、ボル様は、大陸一の魔導師様です
アリス:そうそう!例え魔法が使えなくても、ボル様は、神様みたいに、すっごいの!
ボル:ふふふ
0:
0:【間】
0:
執事:(M)こうあるべきだ。こうするべきだ
アリス:(M)それを思うことで、それを押し付けることで
ボル:(M)誰かを追いつめている。自分を追いつめている
執事:(M)それは、とても苦しい
アリス:(M)相手も、自分も、とても苦しい
ボル:(M)だったら、どうすれば良いのかな?
執事:(M)相手を許してあげよう
アリス:(M)自分を許してあげよう
ボル:(M)許すことができたなら、認めることができたなら
執事:(M)もっと楽に生きることができる
アリス:(M)他人をいじめる必要も、自分をいじめる必要もないんだよ
執事:(M)なぜなら、君は
アリス:(M)そのままでも
ボル:(M)とても、そう、とても素晴らしい存在なのだから…
0:
0:―了―
楓:んっ…んんっ…んっ…
執事:おや?お目覚めですか?お嬢様
楓:(あくび)ふぁーっ…。ん?
執事:おはようございます。お嬢様
楓:えっ?誰?すっごいイケメン
執事:もしかして、私のことですか?
楓:うん
執事:私は、お嬢様の執事ですよ
楓:執事?あと、ここ、僕の家じゃないよね。もしかして誘拐された?ここは、どこなの?お金持ちのお屋敷みたいだけど…
執事:ご冗談を…。ここは、紛れもなく、お嬢様の、アーデルハイム家のお屋敷ですよ
楓:アーデルハイム?何それ?
執事:またまた、ご冗談を…。アーデルハイム家は、国王に代々仕(だいだいつか)える貴族
執事:そして、その貴族の中でも、国王への自由謁見(じゆうえっけん)が許された十三貴族(じゅうさんきぞく)の一つです
楓:あぁ、ここが、すっごいお金持ちのお屋敷だってことは、なんとなく分かった。もしかして、僕、異世界転生しちゃった?
執事:異世界転生?
楓:あぁ…うん。異世界転生
執事:初めて耳にする言葉ですね
楓:あのさ、あなた、その、魔法とか使えちゃったりする?
執事:もちろん、使えますけど?
楓:どんな魔法が使えるの?火とか水とか出せたりする?
執事:四大元素(よんだいげんそ)魔法の中では、水属性が得意ですが…
楓:水?水の魔法が使えるの?
執事:エルシャール・フェンシブ!
楓:いきなりっ、剣が…!?ねぇ、危ないから、僕の喉に向けてるその剣、しまってよ!
執事:あなたは、誰ですか?
楓:えっ?
執事:お目覚めになられてからの要領を得ない反応。そして、私の得意属性の魔法を、本物のお嬢様ならご存知のはず
執事:あなたは、一体何者ですか?お嬢様に化けて、何が目的ですか?
楓:何が目的って、そんなの僕が知りたいよ。僕は、きっと異世界転生して、ここにきたんだよ!
執事:その異世界転生というは、何なんですか?
楓:別の世界に、転生することだよ
執事:別の世界に転生?生まれ変わったということですか?
楓:生まれ変わってはいないかな…。だって、僕、死んでないし…。魂が入れ替わったパターンの異世界転生かな?
執事:魂が入れ替わった?
楓:あとさ。剣、早くしまってくれないかな?僕、攻撃の意思とか全くないから!
執事:エルーレ!
楓:わっ!剣がなくなった!
執事:ラーム・ブットゥ!
楓:ん?鏡?あれ?僕だ…。この異世界転生は、外見は変わらなかったっていうパターンか…
執事:エルーレ!
楓:鏡が消えた…
執事:うーん…。まいりましたね…。今日もお嬢様には、ヴァイオリンやハープ、バレエのレッスン。そして、十三貴族としてのお役目があるというのに…
執事:あぁ…。これは、ボル様に相談するしかないですねぇ
楓:ボル様?
執事:この国、いや、この大陸一の魔導師様です
楓:すごい人がいるんだね
執事:はい…。しかし、お嬢様が別の何者かと魂が入れ替わったことが公(おおやけ)のものとなったなら、それは一大事。他の十三貴族の者にバレようものなら
執事:アーデルハイム家は、そこでおしまいです。なので、これから、外に出かける際の立ち振る舞いや発言には、十分お気をつけ下さい
楓:お気をつけ下さいって言われても…
執事:ならば、この部屋を一歩でも出たなら、何も発言しない。それでいいです
楓:わ…、わかった
執事:では、まずは、お召し物を…。こちらに立って下さい
楓:あっ、うん…
執事:メリシャス・ストレッツ!
楓:わっ!綺麗なドレス!
執事:少し、歩いていただけますか?
楓:歩く?あぁ…。うん
執事:…
楓:だめだった?
執事:気品のカケラもないですね。その歩き方では、すぐに別人だとバレてしまいます
楓:どうすればいいの?
執事:仕方ありません。これは、魔力消費が激しいので、あまり使いたくはなかったのですが…
執事:ダーマフェルド・フェルナレム・タッタカプト・ルクシャーナル!
楓:うっ、体の自由が…
執事:今から私の意思の通りに動いて頂きます
楓:うあっ!何これ!
執事:ボル様のお屋敷に行くまでの間だけです
楓:わっ、わかった
楓:(N)こうして、私は、執事に体の動きを操られながら、部屋を出た。部屋を出ると、多くの使用人たちが挨拶をしてきたが、執事の指示通り全て無視した
楓:(N)お屋敷の外に出ると、執事は指をパチンと鳴らした。すると…
楓:ばっ、馬車!それも、カボチャの馬車!
執事:ちょっと!大きな声を出さないで!
楓:(小声で)ごめん…。この馬車、幼い頃に絵本で見たことがあったから、つい…
執事:絵本で?
楓:(小声で)うん。確か、シンデレラって話だったと思う
執事:シンデレラ?
0:
楓:(N)馬車の中で、執事に話をした
楓:(N)シンデレラのこと、学校のこと、家族のこと、向こうの世界のことを、色々と…
執事:さて、そろそろ着きます
楓:着くの?
執事:はい。
楓:あっ、停まった!そして、扉が勝手に開いた!自動ドアなの?
執事:自動ドア?
楓:あぁ、向こうの世界にもあるんだよ。自動で開閉する扉がね
執事:それも科学の力で、ですか?
楓:そうだよ
執事:なるほど…。ちなみに、このカボチャの馬車は、魔力炉(まりょくろ)に魔力を注ぎ込むことで、動いています
執事:そういうのとは、違うって、ことですよね?
楓:全然違うと思う。向こうの世界には、魔法なんて存在しないから
執事:魔法がないなんて、不便ですね
楓:科学が発展しているから、そんなに不便とは感じないけどなぁ
執事:ほぉ…。では、参りましょうか。くれぐれも粗相(そそう)がないように、お願いしますね
楓:うん。って、あれ?馬車を降りただけなのに、応接間のような場所に…。ここは、どこなの?
執事:ここは、もう、ボル様のお屋敷の中ですよ
ボル:よく来たねぇ
楓:わっ!突然目の前に!ビックリした!猫の覆面(ふくめん)してるし…
ボル:初めまして。黒木楓(くろきかえで)さん、吾輩は、ボルニャンスキー
楓:ボルニャンスキー?あなたがボル様なの?そして、なんで僕の名前を知ってるの?
ボル:予め決まった予定調和(よていちょうわ)
楓:予定調和?
執事:ボル様は、全てを見通す力を持っておられるのです
楓:全てを見通す力?
ボル:いやいや、全てを見通す力なんて、吾輩にはないさ。ただ少し、勘(かん)が良いだけさ
楓:勘が良いだけで、僕の本名を当てたっていうの?
執事:ということは、つまり、楓さんの言っていたことは、全て真実だったということですね
執事:ならば、本物のお嬢様は?
ボル:向こうの世界にいるね。とても困っているよ
執事:どうして、このようなことに?お嬢様を元に戻す方法は、ないのですか?
楓:僕も早く向こうの世界に帰りたい!
ボル:ほむほむ。まず、状況について、説明しようか
ボル:楓さんの肉体とアリスお嬢様の肉体は、とても、そう、とても良く似ていた
楓:アリスお嬢様?アリスが、私と魂が入れ替わったお嬢様の名前?
ボル:ふむ。そして、二人は、とても、そう、とても大きなストレスを抱えていた
楓:…
ボル:どうやら、ストレスの原因は、ここで話してほしくはなさそうだね
楓:全部、知ってるんですか?
ボル:知ってるというか…。勘だよ。勘
楓:勘?
ボル:ふむ。ほとんど同じ肉体、ほとんど同じ精神状態、その二つが強く強く結びつき
ボル:偶然か、必然か、はたまた神の気まぐれか、二人の魂は入れ替わった
ボル:(同時に)お嬢様を元に戻す方法はないのですか?
執事:(同時に)お嬢様を元に戻す方法はないのですか?
執事:あっ
ボル:ふふっ。結論から告げよう
執事:…
ボル:方法なら、ある。楓さんが、本気で元の世界に帰りたいと願う
ボル:向こうの世界でも、アリスお嬢様が、本気でコチラの世界に帰りたいと願う
執事:そんなことで良いのですか?それならば、すでに、早く帰りたいと願っているのでは?
楓:帰りたいよ。今すぐ元の世界に帰りたいよ。こんな訳の分からない世界、嫌だよ
執事:あとは、向こうにいるお嬢様も同じことを
ボル:楓さん!嘘は、いらないよ。我慢は、いらないよ
執事:ん?
楓:嘘なんか言ってない。僕は、本気で元の世界に
ボル:帰りたいなんて思っていないだろ?向こうには、楓さんを、悲しい気持ちにさせるモノが、たくさんある
楓:そんなことない…。そんなことない!
ボル:泣いても、良いのだよ
楓:…
執事:どういうことですか?馬車の中で、楓さんは、向こうの世界のことを、楽しそうに、お話していたではないですか?
執事:学校にも、たくさんのご友人がいて、ご家族の方も、とても理解のある方であると…
楓:嘘だよ…
執事:嘘?
楓:ほんとは、学校に、友達なんていない。家の中にも、僕の居場所なんてない
楓:向こうの世界に、僕の居場所なんて、どこにもないんだよ!
執事:えっ?
ボル:ほむ。よく言えたね。それで、良いんだよ
楓:は?何も良くないよ。何も良くない
執事:楓さんは、元の世界に帰りたいと思っていないのですか?
ボル:楓さんだけじゃないさ。アリスお嬢様も、こちらの世界に帰りたいとは、今は、思っていないだろうねぇ
ボル:(同時に)そんなはずはない!
執事:(同時に)そんなはずはない!
執事:あっ
ボル:そんなはずはないなんて、思い込みだよ。押し付けだよ
ボル:何の不満もなさそうに、平然を装っていても、笑っていても、楽しそうに見えても
ボル:それは、まさに、そう、見えているだけ…。本当は、違うのだよ
ボル:そう見えるように、我慢して、心を殺して、頑張っているのだよ
ボル:そうだよね?楓さん
楓:…
楓:だから、何?あなたは、優しい言葉を、綺麗事を言って、人を救った気になりたいわけ?
楓:はっきり言うけど、僕は、そんなの求めてないんだよ!偽善は、いらない!
ボル:偽善か…。吾輩は、人の善意に、本物も偽物もないと思うがね
ボル:その善意を、その言葉を、本物か偽物にするかは、受け取る側の心次第さ
楓:私の心は、とっくに壊れてる。否定されて、裏切られて、傷つけられて
楓:優しい言葉をかけてくれる人がいても、必ず裏があって、嘘つきばっかり!もう、うんざりなんだよ!
ボル:そうだね。それは、まさに、その通りだ
楓:あなたに、僕の気持ちが、わかるはずない!
ボル:わからないよ。わからないから、寄り添いたいのさ
楓:寄り添いたい?
ボル:ほむ。それくらいしか、吾輩にはできないからね
楓:ねぇ、それが偽善だって言ってんの!
楓:(同時に)気持ち悪いんだけど!
ボル:(同時に)気持ち悪いんだけど
楓:あっ
ボル:気持ち悪くても良いさ。こうして、楓さんと話ができたことが、吾輩は嬉しいよ
楓:何が嬉しいの?気持ち悪いって言われて、嬉しい人なんていない!いるわけがない!
ボル:ほむ。吾輩は、気持ち悪いと言われたことが嬉しいわけではなく
ボル:楓さんの本当の気持ちを、本当の心をぶつける相手に選んでもらえたことが嬉しいのだよ
楓:意味がわからない
ボル:…
執事:あのぉ。失礼。もう一度聞きますね。楓さんは、元の世界に帰りたくはないのですか?
楓:…。帰りたくないよ。でも、この世界でも、生きて行ける気がしない。お嬢様の立ち振る舞いとかできないし、魔法も使えないし
ボル:魔法は、すでに君の中に存在しているけどね
楓:えっ?どういうこと?
ボル:楓さんの世界では、魔法の元となるマナが枯渇(こかつ)しているだけで、本当は誰もが魔法の力を秘めている
ボル:しかし、この世界には、マナが満ちている。マナが満ちているこの世界では、向こうからきた人間も魔法が使える
楓:どうすれば良いの?
ボル:ほむ。執事君、教えてあげなさい。魔法の使い方をね
執事:あっ、はい…。では、まず、得意属性から見てみましょうか
楓:得意属性?
執事:はい。火、水、風、土の四大元素の中から、得意属性を見るということです
執事:私の手のひらに、楓さんの手のひらを合わせて見てください
楓:あっ、うん…
執事:これは!?
楓:どうしたの?やっぱり、僕、魔法を使えない?
執事:いえ、驚きましたよ。レア属性である闇属性
楓:闇属性?
執事:アリスお嬢様も闇属性だったので、まさかとは思ったのですが…。いや、でも、そうですよね
執事:肉体は同じなのですから、得意属性が同じでも、何も不思議なことはないです
楓:闇属性が得意属性だと、どんなことができるの?
執事:影の中に隠れて移動したり、影からモノを取り出したり、満月の夜には不死身にもなれます
楓:不死身?
執事:そう、文字通り、不死身です。満月の夜には、四肢(しし)が切断されようが、心臓を潰されようが、すぐにその損傷は再生されます
楓:そうなんだ…。無敵だね
執事:無敵ですよ。では、闇属性が得意属性ということがわかったので、さっそく影から、何か取り出してみましょうか?
楓:何か?
執事:うーん…。何か何か…。楓さんは、何がイメージし易いだろうか…
ボル:クマのヌイグルミ
執事:クマのヌイグルミ?ボル様、それは、なんですか?
ボル:楓さん、クマのヌイグルミは、イメージできるね?
楓:あっ、うん
執事:イメージできるのであれば、その形や色、大きさを頭の中で、より具体的にイメージするのです
執事:そうすれば、頭の中に、自然と魔法の言葉が思い浮かぶので、それを唱えながら、影の中から何かをつかんで、取り出すイメージですかね
楓:わかった。やってみる。えっと、影は…。あぁ、ここの壁際(かべぎわ)にできた影でもいいの?
執事:どこでもいいですよ
楓:じゃあ…。クマのヌイグルミ…クマのヌイグルミ…
楓:アリール・ガトーラ・ウーナ!あっ!
執事:素晴らしい!この愛らしいフワフワ、モコモコしたモノが、クマのヌイグルミというモノですか?
楓:…。そうだね…。クマのヌイグルミだ
執事:ん?どうして、泣いているのですか?
楓:だって…。このクマのヌイグルミは、小さい頃に、お父さんが私に…
楓:わっ!
執事:ん!?楓さんの体が、光に包まれて!?これは、ボル様の魔法ですか!?
ボル:ふふっ。吾輩は、何もしていないよ
楓:あああーっ!!!
ボル:(N)そして、二つの魂は、元の器(うつわ)へと帰ってゆく…
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アリス:ん?ここは…?あっ!セバス!それに、ボル様!?
執事:え?もしかして、本物のアリスお嬢様ですか?
アリス:私は、私よ!アリス!てことは、帰って来れたのね。元の世界に…
執事:あぁ、良かったです。本当に良かったです
アリス:うん。なんか、別の世界に行ってたみたい
執事:別の世界?それは、どんな世界だったんですか?
アリス:最悪の世界。なんか、急に魔法が使えなくなるし
アリス:制服とかいう露出の多い恥ずかしい服を着せられて
アリス:学校では、その恥ずかしい服をみんなが着ていて
アリス:訳のわからない数学や英語とかいう勉強をさせられて、先生はすっごい威張っていて、感じ悪いし
アリス:ほんっとに、うんざりだったよ!こっちの世界の方が、ずっとマシよ!
執事:それは、良かった
アリス:は!?良くないし!良くない!
アリス:ねぇ、セバス~。ちょっとだけレッスンをするお稽古事(けいこごと)の数、減らしてくれないかな?
執事:それは、そうですね。少し、お父様に掛け合ってみましょう
アリス:えっ!?ほんとに?やったーっ!
ボル:ふふふ
執事:ボル様、ありがとうございます
アリス:あっ!あぁ!ボル様が、私をこっちの世界に戻してくれたの?また、すっごい魔法を使ってくれたの?
ボル:吾輩は、大陸一の魔導師などと呼ばれてはいるが、魔法を使ったことは、今まで、ただの一度もないのだよ
執事:それでも、ボル様は、大陸一の魔導師様です
アリス:そうそう!例え魔法が使えなくても、ボル様は、神様みたいに、すっごいの!
ボル:ふふふ
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執事:(M)こうあるべきだ。こうするべきだ
アリス:(M)それを思うことで、それを押し付けることで
ボル:(M)誰かを追いつめている。自分を追いつめている
執事:(M)それは、とても苦しい
アリス:(M)相手も、自分も、とても苦しい
ボル:(M)だったら、どうすれば良いのかな?
執事:(M)相手を許してあげよう
アリス:(M)自分を許してあげよう
ボル:(M)許すことができたなら、認めることができたなら
執事:(M)もっと楽に生きることができる
アリス:(M)他人をいじめる必要も、自分をいじめる必要もないんだよ
執事:(M)なぜなら、君は
アリス:(M)そのままでも
ボル:(M)とても、そう、とても素晴らしい存在なのだから…
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0:―了―