台本概要

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タイトル 妖精の踊る夜
作者名 天道司
ジャンル ファンタジー
演者人数 2人用台本(男1、女1)
時間 20 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 ご自由に、お使い下さい。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
91 妖精が見えない人。
雨音 84 妖精が見える人。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

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司:(M)職場の会議は、月末の金曜日の夜七時から九時までの間にある。今日がその日だった。 司:会議を終えた俺は、配信アプリの推しの配信に間に合うように、誰よりも先に職場を出て、夜道に車を走らせた。 : 司:街灯さえない田舎の細い道。次の角を曲がれば自宅という場面で、鈍い音と共に重い衝撃がハンドルを通して腕へと伝わってきた。 司:何かが車に衝突した。急いで車を路肩に停車させ、降りてから周囲をスマホのライトで照らすと、地区のゴミ収集場の前に、一匹の黒猫が倒れている。 司:近づいてみても、逃げる気配はない。生ぬるい風に吹かれ、夜の闇と同じ色の毛並みが僅かに揺れるだけだ。 : 司:俺は、猫を殺してしまった。 : 司:胸の中で、 司:「ごめんなさい」と何度も繰り返す。 司:だけど、起こってしまったことは、仕方のないことで、どんなに後悔しても、この猫は生き還ることはない。 司:過去を思い返すことはできても、決して変えることはできない。 : 司:「明日の朝、少し早起きして、この猫のお墓、作ろうかな」 : 司:踵を返し、車に戻ろうとした時のことだ。狐のお面をかぶり、薄桃色の着物を着た黒髪の女性が猫の方に向かって駆け寄っていったので、自然とその女性を目で追う。 司:女性は、猫の前で身を屈め、小声で独り言を言い始めた。 司:すると、一瞬だけ猫の周囲が青白く光り、猫はむくりと立ち上がり、何事もなかったかのように闇の中へと駆けていったのだ。 司:そう、俺が殺したはずの猫が生き還ったのだ。今、目の前で、紛れもない『奇跡』というものが起こった。 : 司:「あのっ、こんばんは。もしかして、神様か何かですか?」 雨音:「え?神様?何それ?」 司:「今、死んだはずの猫が生き還ったので、あなたが魔法か何か得体の知れない力で生き還らせたのかと思ったんです」 雨音:「もしかして、ボルニャンスキーのこと?」 司:「ボルニャンスキー?それは、今の猫の名前ですか?それとも、猫を生き還らせた魔法の名称?」 雨音:「あぁ、あそこよ」 司:(M)彼女は、ゴミ捨て場の横にある溝を指差す。 司:「ん?何かあるんですか?」 雨音:「あぁ、君には見えないんだね…」 司:「見えないって、何がですか?」 雨音:「(小声で)妖精よ…」 司:「え?妖精って、あの、おとぎ話とかに出てくる妖精ですか?手のひらサイズの羽の生えた人?」 雨音:「何それ?(鼻で笑う)」 司:「じゃあ、あなたの言う妖精って、一体どんな奴なんですか?そこには、何もいないじゃないですか…」 雨音:「いるよ。あなたが見ようとしていないだけ」 司:「俺が見ようとしていないだけ?」 雨音:「そうだよ。見えないなんて、可哀想…」 司:「俺は、普通の人間なので、妖精は見えないし、見えないから自分が可哀想だとも思っていません」 雨音:「ふん(鼻で笑う)。普通の人間って何?そうやって、すぐに普通とか、自分の価値観で物事を決めにかかる」 雨音:「新しい世界への扉をノックしようともしない。これだから、私は人間が嫌いなのよ」 司:「人間が嫌い?」 雨音:「そうよ。人間なんて、大嫌い。もう、これ以上君と話すこともない。じゃあ、さようなら…」 司:(M)このまま彼女と離れてしまったなら、奇跡の正体は、ずっと謎のままだ。そして、彼女の存在さえも夢の中の出来事として片付けられてしまう。そういうのは、何か嫌だ…。 司:「待って!」 雨音:「何?」 司:「俺も、その、君が見えてるモノを見てみたい。それを見る方法があるなら、知りたい」 雨音:「どうして?知って、どうするの?」 司:「ただ知りたい。ただの好奇心じゃ、ダメかな?」 雨音:「別にいいんじゃない?それで?最初に知りたいことは何?」 司:「やっぱり、死んだ猫が生き還った方法についてかな」 雨音:「まだ、死んでなかったんだよ」 司:「死んでなかったの?」 雨音:「うん。完全に死んでしまった後だと、魂がそこに存在しないから、妖精の力を借りても蘇生させることはできないもの」 司:「魂?魂がそこにあれば、蘇生できる?何かの条件が整っていれば、魔法のような奇跡を起こすことができるってこと?」 雨音:「だね。魂さえ、そこに残っていれば、妖精の力を借りて、肉体の損傷を回復させることができる」 司:「妖精の力を…借りる?」 雨音:「そう。私は、妖精を見たり、話したり、力を借りることができるの。でもね、私自身は、不思議な力は何も持っていないよ」 司:「いや、妖精が見えるだけでも充分にすごいよ!」 雨音:「だって、私、元々は人間じゃないから…」 司:「人間じゃない?それって、どういうこと?」 雨音:「人間になる前が何だったのかは、記憶を消されて覚えていないけど、魔法使いの魔法で人間にされちゃったの」 雨音:「もう、人間なんて、一番なりたくなかった種族なのに、最低の気分よ」 司:「人間になるのって、そんなに最低なことなの?」 雨音:「最低よ。まず、眠くなるでしょ?お腹も空くでしょ?甘いものだけじゃなくて、酸っぱいものも食べたくなるでしょ?」 雨音:「お金がないと、すごくすごーく不便だし、本当のことを言っても嘘つき扱いされるし、外見や考え方の違いだけで敵と見なされたり、何かと優劣をつけたがる」 雨音:「それに、他の人に自分よりも優れている部分があれば、揚げ足をとったり、少しでも劣っている部分があれば、そこを徹底的に責めたり」 雨音:「数え上げればキリがないってくらい最低な生き物。それが、人間よ!」 司:「そう言われてみれば、どれも間違っていないね…。人間は、最低だ…」 雨音:「そんなあなたも人間でしょ?」 司:「だね…。申し訳ないけど、俺は人間だ…」 雨音:「ふふっ(笑う)。私は、雨音(あまね)、雨の音と書いて雨音っていうの。君は?」 司:「俺は、つかさどるっていう一字で、司」 雨音:「司かぁ…。良い名前だね!まぁ、明日には、忘れてしまうだろうけど…」 司:(M)雨音は、寂しそうに下を向く。 司:「え?いま教えた名前なのに、明日には、忘れてしまうの?」 雨音:「うん。私ね、一日経つと、その日のほとんどの出来事を忘れてしまうの。ほとんどの記憶…。嫌な記憶だけを残して、ほとんどの記憶をね…」 司:「それは、呪いか何か?」 雨音:「そう、呪いだよ。人間になる呪いと同時にかけられた呪い…」 司:「そんな呪い、ぶち壊しちゃえば、いいよ!」 雨音:「どうやって?これは、強力な呪いなんだよ!」 司:「だから、何だってんだよ!関係ねーよ!さっきさ、俺は自分のことを普通の人間だって言ったけど、それを訂正させてほしい。俺は、普通じゃない」 雨音:「普通じゃない?どこが?」 司:「雨音は、今、狐のお面を被っているけど、そのお面の裏側に隠れてる泣き顔が、はっきりと見えてしまっている。ね?普通じゃないでしょ?」 雨音:「何それ?馬鹿なの?私と司は、さっき会ったばかりなのよ?それなのに、そんな軽口をたたいて、私の心をもてあそぼうとしているの?」 司:「馬鹿でも何でもいいよ。目の前で泣いている女の子がいて、放っておけるわけないだろ?それじゃダメなの?」 雨音:「そもそも、私は泣いていないし、司には何もできないよ…」 司:「勝手に決め付けるなよ!俺にだって、何かできることがあるはずだよ。まず、一緒にいることができる。飯をおごることだってできる。家に泊めることだってできる」 雨音:「家に泊める?最低…」 司:「いやっ、それは、たとえばの話しで!」 雨音:「最低…。でも、ご飯はごちそうになりたいかも…」 司:「えっ?」 雨音:「ご飯は、ごちそうになってあげるって言ってるの!でも、私がご飯を食べている間、私はお面を外すけど、絶対に素顔を見ないでね」 司:「ん?わかった。大丈夫。ご飯を食べている時には、背中を向けておくよ」 雨音:「あと、ボルニャンスキーも連れて行っても良いかな?」 司:「ボルニャンスキー?あの、さっきの妖精?」 雨音:「うん」 司:「もちろん大丈夫だよ」 雨音:「よかった。ボルニャンスキー、さっきは猫の傷を回復させるのに魔力をだいぶ使ってしまって、お腹を空かせてるの」 司:「そうなんだ…。とりあえず、車に乗ろう」 司:(M)助手席に置いてあるマスクケース、職場の会議の資料、ペットボトルを速やかに片付けた。 司:「じゃあ、助手席に座って」 雨音:「ここに乗れば良いの?」 司:「うん。ボルニャンスキーは?どこに座ってもらう?」 雨音:「ボルニャンスキーは、伸縮自在だから、今は、私の肩に乗ってるよ」 司:「そ、そうなの?」 雨音:「やっぱり見えない?」 司:「ごめん。見たいんだけど、目を凝らしてるんだけど、見えない」 雨音:「話しかけてみたら?ほらっ、私の肩の辺りにいるからさ」 司:「わかった。あのっ、そのっ、ボルニャンスキーさん。俺は君と友達になりたい、です」 0:【間】 司:「何か反応はあった?」 雨音:「あったよ。『司はうさんくさいから嫌いだ。一生友達なんかになってやるもんか』って言ってる」 司:「そっ、そんなぁ…ショック…」 雨音:「仕方ないよ。正直、司はうさんくさいし…」 司:「おっ、おぅ…」 司:(M)車のエンジンをかけ、街の方に向かう。 司:しかし、この時間に空いているお店といえば、コンビニか不味いラーメン屋くらいだ。あとは…。 司:少し考えを巡らせ、目的地をマックナルドにした。 司:マックナルドのドライブスルーでフライドポテトとシェイクをそれぞれ三人分注文した。 司:「遠慮せずに、食べて良いからね」 雨音:「ありがとう」 0:【間】 司:「ごめんね。昼間だったら、もっと色んなお店があったんだけど…」 雨音:「ううん。大丈夫。ボルニャンスキー、フライドポテトをすごくすごーく気に入ったみたい」 雨音:「美味しいものをくれた司のこと、とても良い人だと言ってる」 司:「まじで?」 雨音:「うん。ねぇ、見て」 司:「うん?」 司:(M)目を横にやると、紙袋の中の三人分のフライドポテトが全てなくなっていた。 司:「嘘でしょ!今の一瞬の間に?」 雨音:「うん。ボルニャンスキーが全部食べちゃった(笑)。でも、私は、これを飲むから平気よ」 司:(M)雨音は、狐のお面の僅かな隙間にストローを通し、シェイクを飲み始めた。 司:「美味しい?」 雨音:「あっ!見ないで!契約違反だよ!」 司:「だね。ごめん。でも、お面で隠れてるから、全然見えてないよ?」 雨音:「そういう問題じゃないんだよ。誠意を見せてもらわないと!誠意をね!」 司:「はっ、はい…」 雨音:「あっ!ボルニャンスキーが踊り始めた!」 司:「どういうこと?」 雨音:「妖精はね。とっても素直な生き物なの。だから、嬉しいことがあると、すぐに踊りだすの」 司:「じゃあ、フライドポテトが食べられて、よっぽど嬉しかったんだね」 雨音:「そういうこと!」 0:【間】 司:「そうだ。星、見にいかない?」 雨音:「星?星なら、今、見えてるよ?」 司:「違う違う。あんな少ない星じゃなくてさ。たくさんの星だよ。今は、夏だから、夏の大三角形が見える。この場所からじゃ見えない星を見にゆくんだよ!」 雨音:「そんなもの見て、どうするの?」 司:「流れ星を探すの。流れ星はね。見つけることができたなら、消えちゃう前に急いで願い事をするの。そしたらね、その願い事が叶うって言われてるんだよ」 雨音:「へぇ…」 司:「でも、流れ星は、ほんの一瞬だから、長い願い事はダメだよ?願い事を、短く!コンパクトにしてね!」 雨音:「わかった。その場所に着くまでに考えとく…」 司:(M)曲がりくねった坂道をひたすら上へ上へと突き進み、展望台へとたどり着く。 司:「酔わなかった?」 雨音:「平気」 司:(M)俺は先に車から降りて、助手席側のドアを開けた。 司:「さぁ、外に出て空を見よう!今夜は晴れてるから、デネブもアルタイルもベガもはっきり見えるし、ヘルクレス座も射手座もおおぐま座だって、すぐに描けるよ!」 雨音:「おおぐま座?大きな熊がいるの?」 司:「いやいや、本物の熊じゃなくて、お空の星を点と点で結んだら、熊みたいになるってことだよ」 雨音:「どれが熊の星?」 司:「あっちの空が北の空で、低い位置に七つの星が並んでるのが見えるかな?」 雨音:「うん。見える」 司:「あれが、おおぐま座の熊のしっぽの部分で、少し上にある星が熊の目の部分で、目から下の点々で三角形ができるんだけど、それが頭の部分で…」 雨音:「(さえぎって)ごめん。何を言っているのか、ぜんぜん分からない。でも、すごくすごーく綺麗。こんな綺麗な星空、見たことない。ありがとう…」 司:「うっ、うん」 司:(M)流れ星が、ひとつ、ふたつ、空の涙のように流れていった。そして、小さな青白い光が踊るように、俺と雨音の周りを飛び回った。 雨音:「ボルニャンスキーも嬉しそう…」 司:「そうだね」 雨音:「えっ?見えるの?」 司:「青白い光しか見えないけど、俺と雨音の周りを楽しそうに踊ってる」 雨音:「ありがと…。司に会えてよかった…(小声で)」 司:「ん?何か言った?」 雨音:「何も…(笑)」 司:(M)帰宅すると、速やかに部屋の片付けをし、雨音を家に入れた。 司:「安心して。雨音は、ベッドで寝る。俺は、車で寝る」 雨音:「待って!これ、なに?」 司:(M)雨音は、俺が趣味で書いている小説の原稿を手にとった。 司:「それは、俺の趣味。物語を書くことが俺の趣味なんだ」 雨音:「そうなの?じゃあ、私をその物語の中に招待して」 司:「招待?どうすれば良いの?」 雨音:「司が書いたなら、内容は頭に入ってるよね?」 司:「そりゃあ、もちろん!」 0: 0:ここからは、台本の中のセリフになります。 0: 司:「おお!アリス!よく来たなぁ!待っていたよ!」 雨音:「だ、誰なの?」 司:「吾輩が誰なのか?それは、もう、知っているだろう?」 雨音:「私は、あなたを知らない」 司:「知らない?」 司:「そんなはずはない」 司:「この世界に、足を踏み入れた時点で、君はアリスであり、吾輩と戦うことが決定づけられている!」 雨音:「どうして、あなたと戦わないといけないの?」 司:「そんなの決まってるじゃないか!この世界を終わらせるためだヨ!」 雨音:「終わらせるため?」 司:「そう!始まったモノは、終わらせる必要がある」 司:「いつまでも夢物語の中の少女のままではいられない」 雨音:「意味が分からない」 司:「今は、まだ、分からないだろうね。今は、まだ…」 雨音:「あなたは、一体何がしたいの?何が目的なの?」 司:「吾輩の目的?そんなの決まってるじゃないか!」 司:「吾輩は、アリスを、君を幸せにしたい!」 雨音:「私を、幸せに?」 司:「そう!君を幸せにするために、笑わせるために、一緒に夢の世界を冒険するために、物語は生まれる!」 司:「生まれ続ける!物語は、君を楽しませるために用意された舞台であり、吾輩の愛だ!」 雨音:「だったら、戦う必要なんてないよ!」 司:「何故?何故に?何故なんだ?ラスボスと戦い、打ち倒してこそ、物語は美しく終わる」 雨音:「ふーん…。あのね…」 司:「ん?」 雨音:「今回は、ラスボスと楽しくお茶会をする終わり方なんて、どうかな?」 雨音:「私は、そういう終わり方も美しいと思う」 司:「なるほどなるほど…。アリスがそれを望むなら…」 司:「フフッ。楽しいお茶会の始まりだ!」 雨音:「やったー!ふふふ」 0: 0:【間】 0: 雨音:「面白い…。次のお話は、これ!やってくれる?」 司:「もちろん!君が満足するまで付き合うよ!」 雨音:「嬉しい!じゃあ…。次は、このお話!いい?始めるよ?」 司:「いつでもどうぞ」 雨音:「私はね、明日になれば、今日の嫌な記憶だけが残って、楽しかったことは全部忘れてしまうの…。そういう呪いにかけられてるの…。この呪い、どうすれば良い?」 司:「それは、呪いなんかじゃないよ…。人は、みんなね、良いことよりも嫌なことの方が鮮明に記憶に残ってしまうものなんだよ」 司:「だからね。人には優しくしないといけないし、小さな幸せを見つけることができたなら、それをめいっぱい抱きしめるんだよ。そうすれば、呪いなんて、すぐに解けるから…」 雨音:「そうなの?」 司:「そうだよ…。呪いなんか、初めからないんだよ。俺が、ずっとそばにいる。俺が、君の中の小さな幸せになる」 雨音:「司の存在は、私にとっては、小さな幸せなんかじゃないよ…。とっても、とっても大きな幸せだよ。いつもありがとう…」 司:「こちらこそだよ。俺を見つけてくれて、一緒に過ごしてくれて、この物語を俺に書かせてくれて、ありがとう」 雨音:「あのっ」 司:「なに?」 雨音:「もっと、いっぱいあなたと…」 : 0:―了―

司:(M)職場の会議は、月末の金曜日の夜七時から九時までの間にある。今日がその日だった。 司:会議を終えた俺は、配信アプリの推しの配信に間に合うように、誰よりも先に職場を出て、夜道に車を走らせた。 : 司:街灯さえない田舎の細い道。次の角を曲がれば自宅という場面で、鈍い音と共に重い衝撃がハンドルを通して腕へと伝わってきた。 司:何かが車に衝突した。急いで車を路肩に停車させ、降りてから周囲をスマホのライトで照らすと、地区のゴミ収集場の前に、一匹の黒猫が倒れている。 司:近づいてみても、逃げる気配はない。生ぬるい風に吹かれ、夜の闇と同じ色の毛並みが僅かに揺れるだけだ。 : 司:俺は、猫を殺してしまった。 : 司:胸の中で、 司:「ごめんなさい」と何度も繰り返す。 司:だけど、起こってしまったことは、仕方のないことで、どんなに後悔しても、この猫は生き還ることはない。 司:過去を思い返すことはできても、決して変えることはできない。 : 司:「明日の朝、少し早起きして、この猫のお墓、作ろうかな」 : 司:踵を返し、車に戻ろうとした時のことだ。狐のお面をかぶり、薄桃色の着物を着た黒髪の女性が猫の方に向かって駆け寄っていったので、自然とその女性を目で追う。 司:女性は、猫の前で身を屈め、小声で独り言を言い始めた。 司:すると、一瞬だけ猫の周囲が青白く光り、猫はむくりと立ち上がり、何事もなかったかのように闇の中へと駆けていったのだ。 司:そう、俺が殺したはずの猫が生き還ったのだ。今、目の前で、紛れもない『奇跡』というものが起こった。 : 司:「あのっ、こんばんは。もしかして、神様か何かですか?」 雨音:「え?神様?何それ?」 司:「今、死んだはずの猫が生き還ったので、あなたが魔法か何か得体の知れない力で生き還らせたのかと思ったんです」 雨音:「もしかして、ボルニャンスキーのこと?」 司:「ボルニャンスキー?それは、今の猫の名前ですか?それとも、猫を生き還らせた魔法の名称?」 雨音:「あぁ、あそこよ」 司:(M)彼女は、ゴミ捨て場の横にある溝を指差す。 司:「ん?何かあるんですか?」 雨音:「あぁ、君には見えないんだね…」 司:「見えないって、何がですか?」 雨音:「(小声で)妖精よ…」 司:「え?妖精って、あの、おとぎ話とかに出てくる妖精ですか?手のひらサイズの羽の生えた人?」 雨音:「何それ?(鼻で笑う)」 司:「じゃあ、あなたの言う妖精って、一体どんな奴なんですか?そこには、何もいないじゃないですか…」 雨音:「いるよ。あなたが見ようとしていないだけ」 司:「俺が見ようとしていないだけ?」 雨音:「そうだよ。見えないなんて、可哀想…」 司:「俺は、普通の人間なので、妖精は見えないし、見えないから自分が可哀想だとも思っていません」 雨音:「ふん(鼻で笑う)。普通の人間って何?そうやって、すぐに普通とか、自分の価値観で物事を決めにかかる」 雨音:「新しい世界への扉をノックしようともしない。これだから、私は人間が嫌いなのよ」 司:「人間が嫌い?」 雨音:「そうよ。人間なんて、大嫌い。もう、これ以上君と話すこともない。じゃあ、さようなら…」 司:(M)このまま彼女と離れてしまったなら、奇跡の正体は、ずっと謎のままだ。そして、彼女の存在さえも夢の中の出来事として片付けられてしまう。そういうのは、何か嫌だ…。 司:「待って!」 雨音:「何?」 司:「俺も、その、君が見えてるモノを見てみたい。それを見る方法があるなら、知りたい」 雨音:「どうして?知って、どうするの?」 司:「ただ知りたい。ただの好奇心じゃ、ダメかな?」 雨音:「別にいいんじゃない?それで?最初に知りたいことは何?」 司:「やっぱり、死んだ猫が生き還った方法についてかな」 雨音:「まだ、死んでなかったんだよ」 司:「死んでなかったの?」 雨音:「うん。完全に死んでしまった後だと、魂がそこに存在しないから、妖精の力を借りても蘇生させることはできないもの」 司:「魂?魂がそこにあれば、蘇生できる?何かの条件が整っていれば、魔法のような奇跡を起こすことができるってこと?」 雨音:「だね。魂さえ、そこに残っていれば、妖精の力を借りて、肉体の損傷を回復させることができる」 司:「妖精の力を…借りる?」 雨音:「そう。私は、妖精を見たり、話したり、力を借りることができるの。でもね、私自身は、不思議な力は何も持っていないよ」 司:「いや、妖精が見えるだけでも充分にすごいよ!」 雨音:「だって、私、元々は人間じゃないから…」 司:「人間じゃない?それって、どういうこと?」 雨音:「人間になる前が何だったのかは、記憶を消されて覚えていないけど、魔法使いの魔法で人間にされちゃったの」 雨音:「もう、人間なんて、一番なりたくなかった種族なのに、最低の気分よ」 司:「人間になるのって、そんなに最低なことなの?」 雨音:「最低よ。まず、眠くなるでしょ?お腹も空くでしょ?甘いものだけじゃなくて、酸っぱいものも食べたくなるでしょ?」 雨音:「お金がないと、すごくすごーく不便だし、本当のことを言っても嘘つき扱いされるし、外見や考え方の違いだけで敵と見なされたり、何かと優劣をつけたがる」 雨音:「それに、他の人に自分よりも優れている部分があれば、揚げ足をとったり、少しでも劣っている部分があれば、そこを徹底的に責めたり」 雨音:「数え上げればキリがないってくらい最低な生き物。それが、人間よ!」 司:「そう言われてみれば、どれも間違っていないね…。人間は、最低だ…」 雨音:「そんなあなたも人間でしょ?」 司:「だね…。申し訳ないけど、俺は人間だ…」 雨音:「ふふっ(笑う)。私は、雨音(あまね)、雨の音と書いて雨音っていうの。君は?」 司:「俺は、つかさどるっていう一字で、司」 雨音:「司かぁ…。良い名前だね!まぁ、明日には、忘れてしまうだろうけど…」 司:(M)雨音は、寂しそうに下を向く。 司:「え?いま教えた名前なのに、明日には、忘れてしまうの?」 雨音:「うん。私ね、一日経つと、その日のほとんどの出来事を忘れてしまうの。ほとんどの記憶…。嫌な記憶だけを残して、ほとんどの記憶をね…」 司:「それは、呪いか何か?」 雨音:「そう、呪いだよ。人間になる呪いと同時にかけられた呪い…」 司:「そんな呪い、ぶち壊しちゃえば、いいよ!」 雨音:「どうやって?これは、強力な呪いなんだよ!」 司:「だから、何だってんだよ!関係ねーよ!さっきさ、俺は自分のことを普通の人間だって言ったけど、それを訂正させてほしい。俺は、普通じゃない」 雨音:「普通じゃない?どこが?」 司:「雨音は、今、狐のお面を被っているけど、そのお面の裏側に隠れてる泣き顔が、はっきりと見えてしまっている。ね?普通じゃないでしょ?」 雨音:「何それ?馬鹿なの?私と司は、さっき会ったばかりなのよ?それなのに、そんな軽口をたたいて、私の心をもてあそぼうとしているの?」 司:「馬鹿でも何でもいいよ。目の前で泣いている女の子がいて、放っておけるわけないだろ?それじゃダメなの?」 雨音:「そもそも、私は泣いていないし、司には何もできないよ…」 司:「勝手に決め付けるなよ!俺にだって、何かできることがあるはずだよ。まず、一緒にいることができる。飯をおごることだってできる。家に泊めることだってできる」 雨音:「家に泊める?最低…」 司:「いやっ、それは、たとえばの話しで!」 雨音:「最低…。でも、ご飯はごちそうになりたいかも…」 司:「えっ?」 雨音:「ご飯は、ごちそうになってあげるって言ってるの!でも、私がご飯を食べている間、私はお面を外すけど、絶対に素顔を見ないでね」 司:「ん?わかった。大丈夫。ご飯を食べている時には、背中を向けておくよ」 雨音:「あと、ボルニャンスキーも連れて行っても良いかな?」 司:「ボルニャンスキー?あの、さっきの妖精?」 雨音:「うん」 司:「もちろん大丈夫だよ」 雨音:「よかった。ボルニャンスキー、さっきは猫の傷を回復させるのに魔力をだいぶ使ってしまって、お腹を空かせてるの」 司:「そうなんだ…。とりあえず、車に乗ろう」 司:(M)助手席に置いてあるマスクケース、職場の会議の資料、ペットボトルを速やかに片付けた。 司:「じゃあ、助手席に座って」 雨音:「ここに乗れば良いの?」 司:「うん。ボルニャンスキーは?どこに座ってもらう?」 雨音:「ボルニャンスキーは、伸縮自在だから、今は、私の肩に乗ってるよ」 司:「そ、そうなの?」 雨音:「やっぱり見えない?」 司:「ごめん。見たいんだけど、目を凝らしてるんだけど、見えない」 雨音:「話しかけてみたら?ほらっ、私の肩の辺りにいるからさ」 司:「わかった。あのっ、そのっ、ボルニャンスキーさん。俺は君と友達になりたい、です」 0:【間】 司:「何か反応はあった?」 雨音:「あったよ。『司はうさんくさいから嫌いだ。一生友達なんかになってやるもんか』って言ってる」 司:「そっ、そんなぁ…ショック…」 雨音:「仕方ないよ。正直、司はうさんくさいし…」 司:「おっ、おぅ…」 司:(M)車のエンジンをかけ、街の方に向かう。 司:しかし、この時間に空いているお店といえば、コンビニか不味いラーメン屋くらいだ。あとは…。 司:少し考えを巡らせ、目的地をマックナルドにした。 司:マックナルドのドライブスルーでフライドポテトとシェイクをそれぞれ三人分注文した。 司:「遠慮せずに、食べて良いからね」 雨音:「ありがとう」 0:【間】 司:「ごめんね。昼間だったら、もっと色んなお店があったんだけど…」 雨音:「ううん。大丈夫。ボルニャンスキー、フライドポテトをすごくすごーく気に入ったみたい」 雨音:「美味しいものをくれた司のこと、とても良い人だと言ってる」 司:「まじで?」 雨音:「うん。ねぇ、見て」 司:「うん?」 司:(M)目を横にやると、紙袋の中の三人分のフライドポテトが全てなくなっていた。 司:「嘘でしょ!今の一瞬の間に?」 雨音:「うん。ボルニャンスキーが全部食べちゃった(笑)。でも、私は、これを飲むから平気よ」 司:(M)雨音は、狐のお面の僅かな隙間にストローを通し、シェイクを飲み始めた。 司:「美味しい?」 雨音:「あっ!見ないで!契約違反だよ!」 司:「だね。ごめん。でも、お面で隠れてるから、全然見えてないよ?」 雨音:「そういう問題じゃないんだよ。誠意を見せてもらわないと!誠意をね!」 司:「はっ、はい…」 雨音:「あっ!ボルニャンスキーが踊り始めた!」 司:「どういうこと?」 雨音:「妖精はね。とっても素直な生き物なの。だから、嬉しいことがあると、すぐに踊りだすの」 司:「じゃあ、フライドポテトが食べられて、よっぽど嬉しかったんだね」 雨音:「そういうこと!」 0:【間】 司:「そうだ。星、見にいかない?」 雨音:「星?星なら、今、見えてるよ?」 司:「違う違う。あんな少ない星じゃなくてさ。たくさんの星だよ。今は、夏だから、夏の大三角形が見える。この場所からじゃ見えない星を見にゆくんだよ!」 雨音:「そんなもの見て、どうするの?」 司:「流れ星を探すの。流れ星はね。見つけることができたなら、消えちゃう前に急いで願い事をするの。そしたらね、その願い事が叶うって言われてるんだよ」 雨音:「へぇ…」 司:「でも、流れ星は、ほんの一瞬だから、長い願い事はダメだよ?願い事を、短く!コンパクトにしてね!」 雨音:「わかった。その場所に着くまでに考えとく…」 司:(M)曲がりくねった坂道をひたすら上へ上へと突き進み、展望台へとたどり着く。 司:「酔わなかった?」 雨音:「平気」 司:(M)俺は先に車から降りて、助手席側のドアを開けた。 司:「さぁ、外に出て空を見よう!今夜は晴れてるから、デネブもアルタイルもベガもはっきり見えるし、ヘルクレス座も射手座もおおぐま座だって、すぐに描けるよ!」 雨音:「おおぐま座?大きな熊がいるの?」 司:「いやいや、本物の熊じゃなくて、お空の星を点と点で結んだら、熊みたいになるってことだよ」 雨音:「どれが熊の星?」 司:「あっちの空が北の空で、低い位置に七つの星が並んでるのが見えるかな?」 雨音:「うん。見える」 司:「あれが、おおぐま座の熊のしっぽの部分で、少し上にある星が熊の目の部分で、目から下の点々で三角形ができるんだけど、それが頭の部分で…」 雨音:「(さえぎって)ごめん。何を言っているのか、ぜんぜん分からない。でも、すごくすごーく綺麗。こんな綺麗な星空、見たことない。ありがとう…」 司:「うっ、うん」 司:(M)流れ星が、ひとつ、ふたつ、空の涙のように流れていった。そして、小さな青白い光が踊るように、俺と雨音の周りを飛び回った。 雨音:「ボルニャンスキーも嬉しそう…」 司:「そうだね」 雨音:「えっ?見えるの?」 司:「青白い光しか見えないけど、俺と雨音の周りを楽しそうに踊ってる」 雨音:「ありがと…。司に会えてよかった…(小声で)」 司:「ん?何か言った?」 雨音:「何も…(笑)」 司:(M)帰宅すると、速やかに部屋の片付けをし、雨音を家に入れた。 司:「安心して。雨音は、ベッドで寝る。俺は、車で寝る」 雨音:「待って!これ、なに?」 司:(M)雨音は、俺が趣味で書いている小説の原稿を手にとった。 司:「それは、俺の趣味。物語を書くことが俺の趣味なんだ」 雨音:「そうなの?じゃあ、私をその物語の中に招待して」 司:「招待?どうすれば良いの?」 雨音:「司が書いたなら、内容は頭に入ってるよね?」 司:「そりゃあ、もちろん!」 0: 0:ここからは、台本の中のセリフになります。 0: 司:「おお!アリス!よく来たなぁ!待っていたよ!」 雨音:「だ、誰なの?」 司:「吾輩が誰なのか?それは、もう、知っているだろう?」 雨音:「私は、あなたを知らない」 司:「知らない?」 司:「そんなはずはない」 司:「この世界に、足を踏み入れた時点で、君はアリスであり、吾輩と戦うことが決定づけられている!」 雨音:「どうして、あなたと戦わないといけないの?」 司:「そんなの決まってるじゃないか!この世界を終わらせるためだヨ!」 雨音:「終わらせるため?」 司:「そう!始まったモノは、終わらせる必要がある」 司:「いつまでも夢物語の中の少女のままではいられない」 雨音:「意味が分からない」 司:「今は、まだ、分からないだろうね。今は、まだ…」 雨音:「あなたは、一体何がしたいの?何が目的なの?」 司:「吾輩の目的?そんなの決まってるじゃないか!」 司:「吾輩は、アリスを、君を幸せにしたい!」 雨音:「私を、幸せに?」 司:「そう!君を幸せにするために、笑わせるために、一緒に夢の世界を冒険するために、物語は生まれる!」 司:「生まれ続ける!物語は、君を楽しませるために用意された舞台であり、吾輩の愛だ!」 雨音:「だったら、戦う必要なんてないよ!」 司:「何故?何故に?何故なんだ?ラスボスと戦い、打ち倒してこそ、物語は美しく終わる」 雨音:「ふーん…。あのね…」 司:「ん?」 雨音:「今回は、ラスボスと楽しくお茶会をする終わり方なんて、どうかな?」 雨音:「私は、そういう終わり方も美しいと思う」 司:「なるほどなるほど…。アリスがそれを望むなら…」 司:「フフッ。楽しいお茶会の始まりだ!」 雨音:「やったー!ふふふ」 0: 0:【間】 0: 雨音:「面白い…。次のお話は、これ!やってくれる?」 司:「もちろん!君が満足するまで付き合うよ!」 雨音:「嬉しい!じゃあ…。次は、このお話!いい?始めるよ?」 司:「いつでもどうぞ」 雨音:「私はね、明日になれば、今日の嫌な記憶だけが残って、楽しかったことは全部忘れてしまうの…。そういう呪いにかけられてるの…。この呪い、どうすれば良い?」 司:「それは、呪いなんかじゃないよ…。人は、みんなね、良いことよりも嫌なことの方が鮮明に記憶に残ってしまうものなんだよ」 司:「だからね。人には優しくしないといけないし、小さな幸せを見つけることができたなら、それをめいっぱい抱きしめるんだよ。そうすれば、呪いなんて、すぐに解けるから…」 雨音:「そうなの?」 司:「そうだよ…。呪いなんか、初めからないんだよ。俺が、ずっとそばにいる。俺が、君の中の小さな幸せになる」 雨音:「司の存在は、私にとっては、小さな幸せなんかじゃないよ…。とっても、とっても大きな幸せだよ。いつもありがとう…」 司:「こちらこそだよ。俺を見つけてくれて、一緒に過ごしてくれて、この物語を俺に書かせてくれて、ありがとう」 雨音:「あのっ」 司:「なに?」 雨音:「もっと、いっぱいあなたと…」 : 0:―了―