台本概要

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タイトル 水社鬼恋譚
作者名 九尾ルカ@ORCA  (@NO_9_ORCA)
ジャンル ラブストーリー
演者人数 4人用台本(男2、女2)
時間 30 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 親と子ほども年の離れたデコボコな二人組カグラとヒガン

日本各地に点在する怪異や伝承を巡り、時としてソレを滅ぼし、癒す
彼らは人ならざるものの専門家

そんな二人が出会ったのは、水の巫女とその守人

千の歳月、転生輪廻の果てまでを巡る哀しい恋の物語



スイとミズキには兼役部分があります

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
カグラ 86 くたびれた風貌の40~50代くらいに見える男性。怪異に関する事態解決のエージェントでありスペシャリスト。時に冷徹
ヒガン 80 どこか幼く見える元気な女性。カグラと同じ組織に所属する若き天才(トラブルメーカー)。
スイ 106 水の社の巫女。高校生。落ち着いた雰囲気を纏い、どこか何かにおびえているようにも見える。★マークの場所は過去の水巫女【スイレン】として演じてください
ミズキ 81 水の社の聖域を守る一族の末裔。極めて温和な性格だが、内には何か秘めているようにも見える。それは慟哭、激情か? あるいは……。◆マークの場所は過去のミズキである【水鬼】として演じてください
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

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0:とある地方都市へと向かう電車 :   SE【電車の音】 カグラ:「地方都市で行方不明者の増加……ねぇ……鬼討ちの指令は久々だな」 ヒガン:「へぇー。カグラさん、今回の奴かなりヤバそうですねー」 カグラ:「……で、なんで居るの? お前」 ヒガン:「任務地域が同じなんすよー。アタシ、水社って場所の調査っす」 カグラ:「マジかよ……」 ヒガン:「なんでそんなに嫌そうなんすか! アタシ、これでも役に立つっすよ!?」 カグラ:「前で身体張るのは俺だろうが」 ヒガン:「むー! カグラさんまだアタシの事子供扱いしてないっすか!?」 カグラ:「親父と娘ほども歳離れてりゃあ、そら子供扱いくらいすんだろ普通」 ヒガン:「そーゆー所っすよ! アタシ、階級はカグラさんとあまり変わらないんすから」 カグラ:「へいへい。んで、今から行く先でお前さんはどうやって場所見つけんだ?」 ヒガン:「そうっすねー……ひとまずセオリー通りに伝承やら都市伝説やら当たってみるっす」 カグラ:「んじゃあ、やっぱり一緒に行動じゃねぇか。そんなん聞いて回るのがいきなり二人も現れたら怪しすぎる」 ヒガン:「カグラさんって妖力探ったりできないんすか?」 カグラ:「できるが探知範囲は広くねぇ。大方絞りこんでから、細かい場所を探るのが限界だ」 ヒガン:「意外と役経たないっすね」 カグラ:「てめぇ……」 ヒガン:「ひぇ! 鬼神楽がキレたっす!」 カグラ:「ガキ相手にキレるかバカタレ。さ、次の駅だろ? 降りる支度しろ」 ヒガン:「はーいっすー」 0:小さな神社 ヒガン:「ごめんくださーい」 スイ:「はーい」 ヒガン:「どもっす! ちょっと聞きたいことがーー」 カグラ:「あー、すまんねお嬢さん。うちの礼儀知らずが唐突に」 スイ:「は、はぁ……」 ヒガン:「礼儀知らずとはなんすか!」 カグラ:「俺達、観光者でさ。各地の伝承とか、民話みたいなのを聞きながらあちこち回ってんのよ」 スイ:「あー、それでこの神社に」 カグラ:「そういうこと。もしも、お時間に空きなんかあればお聞かせ願えないかね」 スイ:「あー……はい。いいですよ。立ち話もあれですから、あっちの日影に移動しましょう」 カグラ:「ありがとさん。おい、行くぞ」 ヒガン:「はーい」 スイ:「親子ですか?」 ヒガン:「いやいや、やめてくださいっすよーこんなのと」 カグラ:「こんなのとは何だ」 ヒガン:「こんなのじゃないっすか!」 スイ:「な、なんだか複雑な事情があるんですね」 カグラ:「おいヒガン。なんか壮大な勘違いされてそうだぞ」 ヒガン:「うわぁー……もうお嫁に行けないっす」 カグラ:「お前はお前でどんな勘違いされてると思ってんだよ」 スイ:「それで、この辺りの伝承……言い伝えとかでしたよね」 カグラ:「ええ。何か、土地柄にちなんだ物なんかありましたらば」 スイ:「なら、水神様のお社……かな」 カグラ:「ほう? 水神様のお社。水の神様を奉る風習は日本各地で見られるが、この土地でもそれが語られるのかい?」 スイ:「えーっと、この土地でって言ってもすごく狭い範囲というか、この神社に伝わるお話なんです」 ヒガン:「え? この神社だけの?」 スイ:「はい。ここは昔から水が清らかな土地だったんです。ただ、大昔に一度雨が全く降らない時期があって……雨乞いの儀式の為に、当時の巫女がその身を生け贄として差し出したんです」 カグラ:「雨乞いの贄……か」 スイ:「はい。私のご先祖様だそうです」 ヒガン:「え? って事は、えーっと……お姉さんは」 スイ:「あ、私、スイって言います。水って書いてスイ」 ヒガン:「これはこれはどーもご丁寧にー。アタシはヒガンっす。で、こっちのおっさんが」 カグラ:「カグラだ。悪ぃな。名乗るのが遅れて」 スイ:「おっさん呼びには触れないんですね……」 カグラ:「おっさんだしな。実際」 ヒガン:「スイさんって巫女さんなんすか!?」 スイ:「へ? あ、うん。そうですよ」 ヒガン:「すげぇー! カグラさん! JK巫女っすよ! こいつはレアっすよ! ーー痛!?」 カグラ:「悪ぃな嬢ちゃん。このバカは気にしないでくれ」 スイ:「あはは……そ、それでですね。さっきの話の続きなんですが、生け贄になった当時の巫女が沈んだという池が近くにあるんですよ」 カグラ:「へぇ。もし大丈夫なら、場所を教えてくれないかい?」 スイ:「よろしければご案内しましょうか?」 ヒガン:「良いんすか!?」 スイ:「うん。この神社の裏ですし」 カグラ:「そいつはありがたいね。んじゃ、早速向かうとすっかね」 0:棺の池 カグラ:「俺達が案内されたのは、スイの嬢ちゃんと出会った神社の裏山」 カグラ:「整備こそされてないが、人が歩ける程度には開けた道を10分ほど歩くと、木々に囲まれた池が、俺達の前に現れた」 カグラ:「波紋の一つもなく、木漏れ日と木々の緑をまるで鏡のように写す静かな水面に、俺達は思わず息を飲んだ」 ミズキ:「おや、お客さんとは珍しい」 スイ:「あ、ミズキ。こちら、各地の伝承を辿りながら旅行をしてるカグラさんとヒガンさんです」 カグラ:「どーも」 ヒガン:「どもっす! 綺麗な人っすねー……」 ミズキ:「ふふ、ありがとうございます。……と、申し遅れました。私、ミズキと申します」 スイ:「ミズキはこの土地の管理者です」 カグラ:「ん? 嬢ちゃんの神社が管理してんじゃねぇのかい?」 スイ:「それはーー」 ミズキ:「それは、水巫女の一族と神域……棺の池の守護を司る一族が在ったからなのです」 ヒガン:「それじゃあ、ミズキさんはその一族の人って事っすか?」 ミズキ:「ええ。御浄(ごじょう)の一族の末裔です」 カグラ:「御浄……書き字は御浄銭(ごじょうせん)の御浄かい?」 ミズキ:「はい。詳しいのですね」 カグラ:「なぁに、流石に沙悟浄(さごじょう)じゃねぇと思っただけだよ」 ミズキ:「何だか不思議な方ですね」 ヒガン:「変人っすーー痛っ! た、叩く事ないじゃないっすか!?」 ミズキ:「あはは……ところで、カグラさんは煙草は吸われないのですか?」 カグラ:「んー? 吸うよ? 俺は。ただ、土地神信仰の地を巡ってて、特に今回みたいな水の神様の住み処(すみか)で、水を汚しそうな真似する訳にゃあいかんだろ?」 ミズキ:「……これは、不躾な質問をしたことをお許しください」 カグラ:「気になさんな。きっと、俺の服から臭ったのが気になったんだろうしな」 スイ:「え? 全然気付きませんでした……」 ヒガン:「アタシはもうこのヘビースモーカーに慣れちゃってて気にならないっすよ……」 カグラ:「さ、見るもの見れたしそろそろお暇しようかね」 ヒガン:「え? でもまだーー」 カグラ:「ヒガン」 ヒガン:「わ、分かたっすよ!」 スイ:「も、もういいのですか?」 カグラ:「ああ、こんな静かな御神域だ。あんまり騒がしいのが長居しちゃあ、神様も落ち着かねぇだろうしな」 ミズキ:「わかりました。では、カグラさん。ヒガンさん。これからも良き旅を」 0:ファミレス ヒガン:「なんで切り上げたんすか!?」 カグラ:「ああ?」 ヒガン:「スイさんとミズキさんからはまだまだお話聞けたっすよ!」 カグラ:「バカタレ。お前やっぱり気付いてなかったのかよ」 ヒガン:「へ?」 カグラ:「ミズキが鬼だ」 ヒガン:「は!? え!? でもそんな気配全く」 カグラ:「探知範囲は狭いが妖力の探知ができるって言っただろ? 俺の目には縁(えん)が見えるんだよ」 ヒガン:「それならアタシにだって」 カグラ:「確かにな。ただお前の探知は隠そうとするものを探すのには向かないだろ?」 ヒガン:「鬼が力を隠してるって事っすか?」 カグラ:「ご明察。あそこまで念入りに隠蔽されてたら、俺の目でも縁がぼんやりしか見えなかった」 ヒガン:「じゃあ何でミズキさんが鬼だってーー」 カグラ:「臭いだよ」 ヒガン:「ニオイー? いや、犬っすか」 カグラ:「俺じゃねぇよ! ほら、あの時にミズキが俺から煙草の臭いするって言ったろう? あれ、人には分からない臭いなんだよ」 ヒガン:「アタシ分かるっすよ!?」 カグラ:「俺もお前も人じゃねぇだろ!? ボケてんのか!?」 ヒガン:「あ、そう言えばそうっすね」 カグラ:「それに、あの池からもヤバイ気配がしやがった」 ヒガン:「それは流石にわかんないっすよ」 カグラ:「そうだろうな。これは妖力やらって話じゃなくて、俺の直感だからな」 ヒガン:「ふーん……で? これからどうするんすか?」 カグラ:「無関係の一般人巻き込みかねない状態で鬼討ちなんてできねぇからな。場所が分かったなら、スイの嬢ちゃんが居ねぇタイミング見計らって仕掛けられる」 ヒガン:「つまり、夜っすか」 カグラ:「そうだな。丑三つ時回ったくらいで集合して仕掛けるか」 ヒガン:「ミズキさんが来なかったらどうするんすか?」 カグラ:「来るよ。あいつは」 ヒガン:「ホントっすかー?」 カグラ:「お前ねぇ……これでも俺は専門家よ?」 ヒガン:「アタシもっすよ!」 カグラ:「場数が違うんだよ」 ヒガン:「ほー! そんなに言うならお手並み拝見してやるっすよ!」 カグラ:「……お前、寝坊すんなよ?」 ヒガン:「………………」 カグラ:「何か言えよ!」 0:棺の池 ミズキ:「はぁ……はぁ……ダメだ。飲まれるな……。私は、私は……まだ……」 スイ:「ミズキ?」 ミズキ:「!? ス、スイ!? ど、どうしました!?」 スイ:「ううん。昼間の二人の事思い出したら、ちょっと眠れなくて……」 ミズキ:「だからってこんな所まで……脚を滑らせて池に落ちたらどうするんですか?」 スイ:「大丈夫だよ。私、泳げるし」 ミズキ:「はぁ……」 スイ:「それより、苦しそうだったけど大丈夫?」 ミズキ:「ええ、ちょっと、食べ過ぎでーー」 スイ:「嘘」 ミズキ:「……嘘なんて事は」 スイ:「君の事が分からないと思わないでよ! ミズキ、ここ最近ずっと苦しそうだもん!」 ミズキ:「ダメですよ……これは、私の問題ですから……スイを、巻き込めない……」 スイ:「ミズキは昔から隠し事ばっかり……ねぇ、君は、何者なの?」 ミズキ:「……ごめんなさい」 スイ:「謝って欲しいんじゃない。分かるでしょ?」 ミズキ:「スイこそ分かるだろう? 私は、私について語れない」 スイ:「分からないよ」 ミズキ:「……勘弁してくださいよ……」 スイ:「じゃあ、聞き方を変える。君が隠してる事って、その角と関係があるの?」 ミズキ:「……!? つ、角!?」 スイ:「嘘だよ。そんなもの出てない」 ミズキ:「スイ……」 スイ:「水社の言い伝え、隠された部分があるのは知ってるよ……それが、水の鬼の話って事も」 ミズキ:「もう、バレているのですね」 スイ:「水鬼……教えてよ。君は、この棺の池は……水社は一体何を抱えてきたの?」 ミズキ:「では、池のほとりへ。何よりも、見るのが早いでしょう」 スイ:「うん」 :   SE【水の音】 ヒガン:「ふ、二人が水に入っちゃったっすよ!?」 カグラ:「やべぇな。俺達も追うぞ!」 ヒガン:「こんな事なら水着持ってくるんだったっすよ!」 :   SE【水の音】 0:千年前の水社 ミズキ:◆「こらスイレン! あまり走り回らないでください!」 スイ:★「そう言うなミズキ! そら競争だ!」 スイ:「これは……私とミズキ……?」 ミズキ:「今からおよそ、千年前の水社です。彼女は当時の巫女だったスイレン。隣のは、まだ人間だった頃の私ですね」 スイ:「……そっくり……」 ミズキ:「ええ、本当に……」 ミズキ:◆「まったく……ヤンチャで困る」 スイ:★「吾(われ)は母様とは似なかったからな! 楽できるとは思うなよ?」 ミズキ:◆「思っていませんよ……ですが、スイレンも楽できるとは思わないでくださいね」 スイ:★「へ?」 ミズキ:◆「先代のような立派な巫女になれるよう、きっちりお勉強していただきますから」 スイ:★「……は、はは……今日は嫌だ!」 ミズキ:◆「あ、こら! 逃がしませんよ!」 スイ:「顔は似てるけど、中身は全然だね」 ミズキ:「ええ。スイレンの母は、若くして病で亡くなられてしまいましてね。お世話は、主に私がしていました」 スイ:「楽しそう」 ミズキ:「……そう……であったのなら、嬉しいですね……それから、花が蕾から開くように、彼女は年月を経る毎に美しくなって行きました」 スイ:★「なあ水鬼。近頃、雨が減ったな」 ミズキ:◆「はい……この辺りは水源が豊富ですが、この先も続けばいつまで持つか……」 スイ:★「吾の祈りでは、届かぬか……」 ミズキ:◆「スイレン。滅多な事を言うのではありません。貴方は水社の巫女。貴方の祈りはきっとーー」 スイ:★「母様ならば、きっと……」 ミズキ:◆「スイレン!」 スイ:★「み、ミズキ!?」 ミズキ:◆「故人を偲ぶのは結構! ましてやそれが実母ならばなおさらです! ですが、それを己の無力の言い訳にするのはやめなさい!」 スイ:★「す、すまん……」 ミズキ:◆「私が付いています……苦も楽も、これまでも分かち合って来たではありませんか……」 スイ:★「そうだな……そう、だったな……」 ミズキ:「しかし、それから幾日祈ろうと、満足行く雨は降りませんでした……やがて、人々が水社にすがり付くように訪れるようになります」 ミズキ:「スイレンはそれら全てに親身になって応対し、明くる日も明くる日も祈り続けました……」 スイ:「でも、ダメだったんだね」 ミズキ:「ええ。そしてついに、水社は枯れない水源を隠し持っていると詰め掛ける者が現れ始めたのです」 スイ:「それって……」 ミズキ:「ええ、棺の池です」 スイ:★「水鬼よ」 ミズキ:◆「はい。どうされましたか?」 スイ:★「明日、吾はこの身を贄に雨を乞おうと思う」 ミズキ:◆「……左様……ですか」 スイ:★「止めてはくれぬのか?」 ミズキ:◆「止めません。だって、貴女が……どれ程苦しんで、身の震えを押さえ込んで、その決断をしたのか、知っていますから」 スイ:★「……そうか……吾は、未練は残したくなくてな……お前にとっては呪いになるやもしれんが、聞いてくれるか?」 ミズキ:◆「……ええ」 スイ:★「吾は、お前を好いていた」 ミズキ:◆「両思い、だったのですね」 スイ:★「ふふっ今生、最後の最後に報われた気がするな」 ミズキ:◆「スイレン……!」 スイ:★「ーーそれ以上は言うでない。別れが、辛くなるだろう」 ミズキ:◆「……来生(らいじょう)、どうか……お幸せに!」 スイ:★「お前も、達者でな……!」 ミズキ:「雨は……降りました……降ってしまいました……。雨さえ降らなければ、全てが間違っていたのだと、皆を恨めたのに……スイレンは、私に恨むことすら許してはくれませんでした」 スイ:「優しかったんだね」 ミズキ:「ええ……私には、辛いほどに」 スイ:「結局、スイレン……さんは?」 ミズキ:「あの池が棺の池と呼ばれるようになったのはこの後ですと言えば、伝わりますでしょうか?」 スイ:「そっか……」 ミズキ:◆「千の歳月、転生輪廻の果てにもその魂が迷わぬよう、私が御身を守り続けます……」 ミズキ:「まず最初に、人の身を捨てました。私は 、久遠にこの地を守るために、鬼となりました」 ミズキ:「次に、人の倫理を捨てました。鬼であり続けるために、神域を狙う者を排するために、人を喰ろうたのです」 ミズキ:「そして、今ついに、人の心をすら失いつつあります……」 スイ:「ミズキ……」 ミズキ:「……さあ、着きますよ」 スイ:「え?」 0:真の神域 スイ:「そこは、棺の池にも良く似た、静かな水場だった」 スイ:「だけど、その中心には一つの鳥居と建物が、水面に浮かんでいた」 ミズキ:「ここが、真(まこと)の神域……睡蓮鏡水源(すいれんきょうすいげん)です」 カグラ:「なるほどな……これが本物の水社か」 ヒガン:「ちょ、ちょっとカグラさん! 何してるんすか!」 スイ:「あ、貴方達は!?」 カグラ:「悪ぃな。こっそり後を付けさせてもらった」 ミズキ:「かまいません。むしろ、感謝をしたいくらいです……今の私は、もういつスイを害するか分かりませんから」 カグラ:「その中に、あんたの想い人がいるのかい?」 ミズキ:「いいえ。彼女は、この底に」 カグラ:「……ヒガン。やれるか?」 ヒガン:「任せてくださいっす」 スイ:「一体、何を……?」 カグラ:「俺達は異能力者の集まりでね。各地の怪異なんて呼ばれる物を殺したり鎮めたりして回ってんのさ」 スイ:「まさか、ミズキの事も……!」 カグラ:「ご明察」 スイ:「……っ!」 ミズキ:「スイ……?」 カグラ:「何の真似だ?」 スイ:「やらせない! ミズキは鬼なんかじゃない!」 ミズキ:「スイ……ありがとう」 ヒガン:「スイさん!?」 スイ:「え?」 ミズキ:「……ッチィ!」 カグラ:「じゃあ聞くが、たった今嬢ちゃんを貫こうとしたこいつは、何なんだ?」 ヒガン:「さっすがカグラさん! 鬼の手刀を受け止めたっす!」 スイ:「そんな……ミズキ!」 ミズキ:「殺す……全部……全部!!」 カグラ:「最後なんてこんなもんさ。なんの前触れもなく、突然に本能に飲まれる」 スイ:「ダメ! 君は人を傷つけられるような人じゃない!」 カグラ:「下がってろ小娘! ここからは、もうまともな人間ができることなんて何もねぇよ!」 ミズキ:「何故……スイレンが死なねばならなかった……彼女を犠牲にする程の価値が、他の者にあったのか!」 カグラ:「大昔のあんたにゃ同情するがね。止めなかったのもてめぇだろ!」 ミズキ:「うるさい! うるさいうるさい! 私は鬼! 水の鬼! 鬼ならば、人を殺めて何がおかしい!」 カグラ:「なら、鬼が泣いてんじゃねぇよ」 ミズキ:「な……何だ、これは……何故……」 カグラ:「こんなに半端な鬼は久しぶりだ。普通なら鬼に堕ちたら人の心なんざ、一年経たずに消えるだろうに」 スイ:「それをミズキは……千年も……」 カグラ:「楽にしてやる。てめぇがこれ以上、醜態晒す前にな」 スイ:「やめて! やめてよ! 人の心が残ってるなら……!」 ヒガン:「スイさん……無理っすよ」 スイ:「ヒガン……さん?」 ヒガン:「あの人、何度も何度も鬼に堕ちた人を救おうとしたんすよ。昔、鬼に堕ちた自分の奥さんを殺してから、ずっとその方法を探してたっす」 スイ:「そんな……」 ヒガン:「似てるんすよ。あの二人。自分のやったことは正しかったって分かってるのに、間違いであった事を望んでる」 スイ:「…………」 ヒガン:「アタシ、カグラさんに堕ちたお姉ちゃんを殺されてるんすよ」 スイ:「え?」 ヒガン:「その時もあの人、アタシを突っぱねて、憎まれ口叩いて、身寄りのなくしたアタシが、ちゃんと恨めるようにって……本人、そんなこと言いもしなかったっすけど」 スイ:「許せたの? ヒガンさんは……」 ヒガン:「許したっす。いや、許せてないんすかね……。人を恨んで生きるって、普通に生きるよりも楽っすから……アタシ、そんな風になってたまるかって意地になったんすよ」 ヒガン:「だから! カグラさんがそんな風にしなくてもいいように! アタシも全力っす!」 ミズキ:「……池が!?」 スイ:「光って……」 カグラ:「遅ぇんだよ!」 ヒガン:「アタシは花憑き(はなつき)! 枯れた花に生命を与えて、一度だけ咲き戻せるっす!」 スイ:「枯れた……花……? ま、まさか!?」 ヒガン:「アタシが咲き戻す花は、睡蓮(すいれん)っす! スイさん!」 スイ:「え!? は、はい!」 ヒガン:「ちょっと、魂を貸して欲しいっす。ミズキさん助けるために、ちゃんと、人として終わらせてあげる為に!」 スイ:「ミズキ……」 ミズキ:「触るな! 私の、私のスイレンに!」 スイ:「……うん。ヒガンさん、お願いします!」 ヒガン:「よしきたっす! 悲願花(ひがんばな)の名の下に、花憑きの力を解き放つ。咲き戻れ百輪花(ひゃくりんか)。咲き戻れ……スイレン!」 スイ:「お願いスイレン様! ミズキを助ける為に!」 カグラ:「よお泣き鬼! あんたを助ける為に、女共は必死だぜ? もうほんの少しだけ根性見せたらどうだ?」 ミズキ:「くっ!? あ……わ、私は……まだ……!」 スイ:★「……あれ? 吾は……」 ヒガン:「スイさん! 大丈夫っすか?」 スイ:★「ああ、ヒガン。吾はどうなって……おろ? 何か喋り方がおかしいな」 ヒガン:「あー、今のスイさんはスイレンさんの身体に入ってる状態なんすよ。喋り方は身体に引っ張られるっすけど、気にしないでほしいっす」 スイ:★「気にするなって、それはなかなか難しいぞ!?」 ヒガン:「ついでにスイレンさんとして振る舞おうとすればやれるはずっす」 スイ:★「いや、吾はーー」 ヒガン:「いいからー! はやくミズキさんの所に行ってあげてほしいっす!」 スイ:★「う、うむ! 承知した!」 ミズキ:「……カグラさん……はやく、私を……」 カグラ:「必死すぎて見えねぇのは分かるが、千年越しの再会だろうが? ちゃんと顔見てやれよ」 ミズキ:「何を……?」 スイ:★「のう、ミズキ」 ミズキ:「ーー!? スイレン……いや、そんなはず! 彼女は!」 スイ:★「吾は、スイレンでもあり、スイでもある。ヒガンの力を借りて、この身を借り受けた」 ミズキ:「スイ……レン……貴方、なのですか……? 貴方もそこに居られるのですか……?」 スイ:★「うむ。自我はスイの物だが、この身の抱いた熱情を、しかと感じる……。吾は、スイレンは確かにここに居る」 ミズキ:「お……御会いしとう……ございました……」 スイ:★「吾もだ……待たせたな……」 ミズキ:「いえ、いえ……! 貴方を想えばこそ! 千の歳月、転生輪廻の輪より外れ、鬼に堕ちた身でも今日まで生きてこれたのです……!」 スイ:★「……そうか……義理堅い男だ」 ミズキ:「雨を降らせぬ神を呪い、貴方を犠牲に生き延びた者共を呪いもしました……お許しください……貴方が、貴方が救おうとした者をすら、呪ったこの不忠を……!」 スイ:★「責めるものか……吾とて、立場が逆ならば鬼にも堕ちよう……それに、お前がこうして吾の骸を護り続けてくれたおかげで、転生輪廻の果てに再会できたのだから」 ミズキ:「勿体なき……お言葉……! ですが、申し訳ない……スイレン。私は、少し疲れてしまいました……」 スイ:★「ふふ……頑張りすぎだ。馬鹿者」 ミズキ:「どうか、貴方の手で……終わらせてください……この身が、心が、真の鬼へと堕ちる前に」 スイ:★「……カグラ、ヒガン。どちらでも良い。刃物は持たぬか?」 カグラ:「人を何だと思ってんのかねぇ……あるよ。使いな」 スイ:★「短刀か……うむ。事足りる」 ミズキ:「ありがとう……スイ……」 スイ:★「……っ!? 吾は、お前を好いていた……!」 ミズキ:「それは……片想いでしたね……」 スイ:★「ああ、故に、呪いはここに断ち切られる。さらばだ! ミズキ!」 ミズキ:「ごふっ! ……スイレン……スイ……私は……貴方たちに仕えられて……幸せ、でした……!(涙声で)」 スイ:★「私もだよ。君と会えて、幸せだった……だから! 転生輪廻の果て! 幾生(いくじょう)隔てても! いつかの未来に結ばれようぞ!」 0:電車の中 :   SE【電車の音】 ヒガン:「ぐず……えっぐ……うええええん!」 カグラ:「うるっせぇな! いつまで泣いてんだよお前は!」 ヒガン:「だって、だってぇ!」 カグラ:「鬼は討たれて、水社の調査も完了。それで万々歳じゃねぇか」 ヒガン:「なぁーにが万々歳っすか! あんな悲しい恋物語見せられて何も感じないんすかこの鬼畜生!」 カグラ:「何べん見てきたと思ってんだよクソガキ! それにな……」 ヒガン:「ぐず……なんすか……?」 カグラ:「鬼は泣かねぇんだよ」 ヒガン:「……そうっすね……」 カグラ:「今回、ご苦労だったな」 ヒガン:「いいっすよ。これが仕事っすから」 カグラ:「……あの野郎。最後泣いてたな……」 ヒガン:「ちゃんと、人だったって事っすね……あ、そうだカグラさん」 カグラ:「あん?」 ヒガン:「ででーん! アタシ、スイちゃんと連絡先交換しちゃったっす!」 カグラ:「あ、そ」 ヒガン:「なんすかその反応ー。現役JK巫女とお友達っすよ! 羨ましくないんすか!」 カグラ:「羨ましくてたまるか!」 ヒガン:「ちぇー……スイちゃんはストライクゾーンじゃなかったっすか」 カグラ:「お前ね。俺を何だと思ってんだよ……で? あの嬢ちゃんは何か言ってたか?」 ヒガン:「ちゃんと、恨みますって(微笑ましそうに)」 カグラ:「……は、あっはははははは! そうかよ! なら、今回の仕事はやっぱり大成功だわな!」 :   SE【電車の音】 :以下ナレーション カグラ:「水の社の、小さな恋物語は静かに終わりを迎えた」 ヒガン:「もう、誰も訪れる事もない神域には、巫女と鬼が沈んでいる」 スイ:「いつかの未来に、結ばれる事を約束して」 :    SE【水滴の音】

0:とある地方都市へと向かう電車 :   SE【電車の音】 カグラ:「地方都市で行方不明者の増加……ねぇ……鬼討ちの指令は久々だな」 ヒガン:「へぇー。カグラさん、今回の奴かなりヤバそうですねー」 カグラ:「……で、なんで居るの? お前」 ヒガン:「任務地域が同じなんすよー。アタシ、水社って場所の調査っす」 カグラ:「マジかよ……」 ヒガン:「なんでそんなに嫌そうなんすか! アタシ、これでも役に立つっすよ!?」 カグラ:「前で身体張るのは俺だろうが」 ヒガン:「むー! カグラさんまだアタシの事子供扱いしてないっすか!?」 カグラ:「親父と娘ほども歳離れてりゃあ、そら子供扱いくらいすんだろ普通」 ヒガン:「そーゆー所っすよ! アタシ、階級はカグラさんとあまり変わらないんすから」 カグラ:「へいへい。んで、今から行く先でお前さんはどうやって場所見つけんだ?」 ヒガン:「そうっすねー……ひとまずセオリー通りに伝承やら都市伝説やら当たってみるっす」 カグラ:「んじゃあ、やっぱり一緒に行動じゃねぇか。そんなん聞いて回るのがいきなり二人も現れたら怪しすぎる」 ヒガン:「カグラさんって妖力探ったりできないんすか?」 カグラ:「できるが探知範囲は広くねぇ。大方絞りこんでから、細かい場所を探るのが限界だ」 ヒガン:「意外と役経たないっすね」 カグラ:「てめぇ……」 ヒガン:「ひぇ! 鬼神楽がキレたっす!」 カグラ:「ガキ相手にキレるかバカタレ。さ、次の駅だろ? 降りる支度しろ」 ヒガン:「はーいっすー」 0:小さな神社 ヒガン:「ごめんくださーい」 スイ:「はーい」 ヒガン:「どもっす! ちょっと聞きたいことがーー」 カグラ:「あー、すまんねお嬢さん。うちの礼儀知らずが唐突に」 スイ:「は、はぁ……」 ヒガン:「礼儀知らずとはなんすか!」 カグラ:「俺達、観光者でさ。各地の伝承とか、民話みたいなのを聞きながらあちこち回ってんのよ」 スイ:「あー、それでこの神社に」 カグラ:「そういうこと。もしも、お時間に空きなんかあればお聞かせ願えないかね」 スイ:「あー……はい。いいですよ。立ち話もあれですから、あっちの日影に移動しましょう」 カグラ:「ありがとさん。おい、行くぞ」 ヒガン:「はーい」 スイ:「親子ですか?」 ヒガン:「いやいや、やめてくださいっすよーこんなのと」 カグラ:「こんなのとは何だ」 ヒガン:「こんなのじゃないっすか!」 スイ:「な、なんだか複雑な事情があるんですね」 カグラ:「おいヒガン。なんか壮大な勘違いされてそうだぞ」 ヒガン:「うわぁー……もうお嫁に行けないっす」 カグラ:「お前はお前でどんな勘違いされてると思ってんだよ」 スイ:「それで、この辺りの伝承……言い伝えとかでしたよね」 カグラ:「ええ。何か、土地柄にちなんだ物なんかありましたらば」 スイ:「なら、水神様のお社……かな」 カグラ:「ほう? 水神様のお社。水の神様を奉る風習は日本各地で見られるが、この土地でもそれが語られるのかい?」 スイ:「えーっと、この土地でって言ってもすごく狭い範囲というか、この神社に伝わるお話なんです」 ヒガン:「え? この神社だけの?」 スイ:「はい。ここは昔から水が清らかな土地だったんです。ただ、大昔に一度雨が全く降らない時期があって……雨乞いの儀式の為に、当時の巫女がその身を生け贄として差し出したんです」 カグラ:「雨乞いの贄……か」 スイ:「はい。私のご先祖様だそうです」 ヒガン:「え? って事は、えーっと……お姉さんは」 スイ:「あ、私、スイって言います。水って書いてスイ」 ヒガン:「これはこれはどーもご丁寧にー。アタシはヒガンっす。で、こっちのおっさんが」 カグラ:「カグラだ。悪ぃな。名乗るのが遅れて」 スイ:「おっさん呼びには触れないんですね……」 カグラ:「おっさんだしな。実際」 ヒガン:「スイさんって巫女さんなんすか!?」 スイ:「へ? あ、うん。そうですよ」 ヒガン:「すげぇー! カグラさん! JK巫女っすよ! こいつはレアっすよ! ーー痛!?」 カグラ:「悪ぃな嬢ちゃん。このバカは気にしないでくれ」 スイ:「あはは……そ、それでですね。さっきの話の続きなんですが、生け贄になった当時の巫女が沈んだという池が近くにあるんですよ」 カグラ:「へぇ。もし大丈夫なら、場所を教えてくれないかい?」 スイ:「よろしければご案内しましょうか?」 ヒガン:「良いんすか!?」 スイ:「うん。この神社の裏ですし」 カグラ:「そいつはありがたいね。んじゃ、早速向かうとすっかね」 0:棺の池 カグラ:「俺達が案内されたのは、スイの嬢ちゃんと出会った神社の裏山」 カグラ:「整備こそされてないが、人が歩ける程度には開けた道を10分ほど歩くと、木々に囲まれた池が、俺達の前に現れた」 カグラ:「波紋の一つもなく、木漏れ日と木々の緑をまるで鏡のように写す静かな水面に、俺達は思わず息を飲んだ」 ミズキ:「おや、お客さんとは珍しい」 スイ:「あ、ミズキ。こちら、各地の伝承を辿りながら旅行をしてるカグラさんとヒガンさんです」 カグラ:「どーも」 ヒガン:「どもっす! 綺麗な人っすねー……」 ミズキ:「ふふ、ありがとうございます。……と、申し遅れました。私、ミズキと申します」 スイ:「ミズキはこの土地の管理者です」 カグラ:「ん? 嬢ちゃんの神社が管理してんじゃねぇのかい?」 スイ:「それはーー」 ミズキ:「それは、水巫女の一族と神域……棺の池の守護を司る一族が在ったからなのです」 ヒガン:「それじゃあ、ミズキさんはその一族の人って事っすか?」 ミズキ:「ええ。御浄(ごじょう)の一族の末裔です」 カグラ:「御浄……書き字は御浄銭(ごじょうせん)の御浄かい?」 ミズキ:「はい。詳しいのですね」 カグラ:「なぁに、流石に沙悟浄(さごじょう)じゃねぇと思っただけだよ」 ミズキ:「何だか不思議な方ですね」 ヒガン:「変人っすーー痛っ! た、叩く事ないじゃないっすか!?」 ミズキ:「あはは……ところで、カグラさんは煙草は吸われないのですか?」 カグラ:「んー? 吸うよ? 俺は。ただ、土地神信仰の地を巡ってて、特に今回みたいな水の神様の住み処(すみか)で、水を汚しそうな真似する訳にゃあいかんだろ?」 ミズキ:「……これは、不躾な質問をしたことをお許しください」 カグラ:「気になさんな。きっと、俺の服から臭ったのが気になったんだろうしな」 スイ:「え? 全然気付きませんでした……」 ヒガン:「アタシはもうこのヘビースモーカーに慣れちゃってて気にならないっすよ……」 カグラ:「さ、見るもの見れたしそろそろお暇しようかね」 ヒガン:「え? でもまだーー」 カグラ:「ヒガン」 ヒガン:「わ、分かたっすよ!」 スイ:「も、もういいのですか?」 カグラ:「ああ、こんな静かな御神域だ。あんまり騒がしいのが長居しちゃあ、神様も落ち着かねぇだろうしな」 ミズキ:「わかりました。では、カグラさん。ヒガンさん。これからも良き旅を」 0:ファミレス ヒガン:「なんで切り上げたんすか!?」 カグラ:「ああ?」 ヒガン:「スイさんとミズキさんからはまだまだお話聞けたっすよ!」 カグラ:「バカタレ。お前やっぱり気付いてなかったのかよ」 ヒガン:「へ?」 カグラ:「ミズキが鬼だ」 ヒガン:「は!? え!? でもそんな気配全く」 カグラ:「探知範囲は狭いが妖力の探知ができるって言っただろ? 俺の目には縁(えん)が見えるんだよ」 ヒガン:「それならアタシにだって」 カグラ:「確かにな。ただお前の探知は隠そうとするものを探すのには向かないだろ?」 ヒガン:「鬼が力を隠してるって事っすか?」 カグラ:「ご明察。あそこまで念入りに隠蔽されてたら、俺の目でも縁がぼんやりしか見えなかった」 ヒガン:「じゃあ何でミズキさんが鬼だってーー」 カグラ:「臭いだよ」 ヒガン:「ニオイー? いや、犬っすか」 カグラ:「俺じゃねぇよ! ほら、あの時にミズキが俺から煙草の臭いするって言ったろう? あれ、人には分からない臭いなんだよ」 ヒガン:「アタシ分かるっすよ!?」 カグラ:「俺もお前も人じゃねぇだろ!? ボケてんのか!?」 ヒガン:「あ、そう言えばそうっすね」 カグラ:「それに、あの池からもヤバイ気配がしやがった」 ヒガン:「それは流石にわかんないっすよ」 カグラ:「そうだろうな。これは妖力やらって話じゃなくて、俺の直感だからな」 ヒガン:「ふーん……で? これからどうするんすか?」 カグラ:「無関係の一般人巻き込みかねない状態で鬼討ちなんてできねぇからな。場所が分かったなら、スイの嬢ちゃんが居ねぇタイミング見計らって仕掛けられる」 ヒガン:「つまり、夜っすか」 カグラ:「そうだな。丑三つ時回ったくらいで集合して仕掛けるか」 ヒガン:「ミズキさんが来なかったらどうするんすか?」 カグラ:「来るよ。あいつは」 ヒガン:「ホントっすかー?」 カグラ:「お前ねぇ……これでも俺は専門家よ?」 ヒガン:「アタシもっすよ!」 カグラ:「場数が違うんだよ」 ヒガン:「ほー! そんなに言うならお手並み拝見してやるっすよ!」 カグラ:「……お前、寝坊すんなよ?」 ヒガン:「………………」 カグラ:「何か言えよ!」 0:棺の池 ミズキ:「はぁ……はぁ……ダメだ。飲まれるな……。私は、私は……まだ……」 スイ:「ミズキ?」 ミズキ:「!? ス、スイ!? ど、どうしました!?」 スイ:「ううん。昼間の二人の事思い出したら、ちょっと眠れなくて……」 ミズキ:「だからってこんな所まで……脚を滑らせて池に落ちたらどうするんですか?」 スイ:「大丈夫だよ。私、泳げるし」 ミズキ:「はぁ……」 スイ:「それより、苦しそうだったけど大丈夫?」 ミズキ:「ええ、ちょっと、食べ過ぎでーー」 スイ:「嘘」 ミズキ:「……嘘なんて事は」 スイ:「君の事が分からないと思わないでよ! ミズキ、ここ最近ずっと苦しそうだもん!」 ミズキ:「ダメですよ……これは、私の問題ですから……スイを、巻き込めない……」 スイ:「ミズキは昔から隠し事ばっかり……ねぇ、君は、何者なの?」 ミズキ:「……ごめんなさい」 スイ:「謝って欲しいんじゃない。分かるでしょ?」 ミズキ:「スイこそ分かるだろう? 私は、私について語れない」 スイ:「分からないよ」 ミズキ:「……勘弁してくださいよ……」 スイ:「じゃあ、聞き方を変える。君が隠してる事って、その角と関係があるの?」 ミズキ:「……!? つ、角!?」 スイ:「嘘だよ。そんなもの出てない」 ミズキ:「スイ……」 スイ:「水社の言い伝え、隠された部分があるのは知ってるよ……それが、水の鬼の話って事も」 ミズキ:「もう、バレているのですね」 スイ:「水鬼……教えてよ。君は、この棺の池は……水社は一体何を抱えてきたの?」 ミズキ:「では、池のほとりへ。何よりも、見るのが早いでしょう」 スイ:「うん」 :   SE【水の音】 ヒガン:「ふ、二人が水に入っちゃったっすよ!?」 カグラ:「やべぇな。俺達も追うぞ!」 ヒガン:「こんな事なら水着持ってくるんだったっすよ!」 :   SE【水の音】 0:千年前の水社 ミズキ:◆「こらスイレン! あまり走り回らないでください!」 スイ:★「そう言うなミズキ! そら競争だ!」 スイ:「これは……私とミズキ……?」 ミズキ:「今からおよそ、千年前の水社です。彼女は当時の巫女だったスイレン。隣のは、まだ人間だった頃の私ですね」 スイ:「……そっくり……」 ミズキ:「ええ、本当に……」 ミズキ:◆「まったく……ヤンチャで困る」 スイ:★「吾(われ)は母様とは似なかったからな! 楽できるとは思うなよ?」 ミズキ:◆「思っていませんよ……ですが、スイレンも楽できるとは思わないでくださいね」 スイ:★「へ?」 ミズキ:◆「先代のような立派な巫女になれるよう、きっちりお勉強していただきますから」 スイ:★「……は、はは……今日は嫌だ!」 ミズキ:◆「あ、こら! 逃がしませんよ!」 スイ:「顔は似てるけど、中身は全然だね」 ミズキ:「ええ。スイレンの母は、若くして病で亡くなられてしまいましてね。お世話は、主に私がしていました」 スイ:「楽しそう」 ミズキ:「……そう……であったのなら、嬉しいですね……それから、花が蕾から開くように、彼女は年月を経る毎に美しくなって行きました」 スイ:★「なあ水鬼。近頃、雨が減ったな」 ミズキ:◆「はい……この辺りは水源が豊富ですが、この先も続けばいつまで持つか……」 スイ:★「吾の祈りでは、届かぬか……」 ミズキ:◆「スイレン。滅多な事を言うのではありません。貴方は水社の巫女。貴方の祈りはきっとーー」 スイ:★「母様ならば、きっと……」 ミズキ:◆「スイレン!」 スイ:★「み、ミズキ!?」 ミズキ:◆「故人を偲ぶのは結構! ましてやそれが実母ならばなおさらです! ですが、それを己の無力の言い訳にするのはやめなさい!」 スイ:★「す、すまん……」 ミズキ:◆「私が付いています……苦も楽も、これまでも分かち合って来たではありませんか……」 スイ:★「そうだな……そう、だったな……」 ミズキ:「しかし、それから幾日祈ろうと、満足行く雨は降りませんでした……やがて、人々が水社にすがり付くように訪れるようになります」 ミズキ:「スイレンはそれら全てに親身になって応対し、明くる日も明くる日も祈り続けました……」 スイ:「でも、ダメだったんだね」 ミズキ:「ええ。そしてついに、水社は枯れない水源を隠し持っていると詰め掛ける者が現れ始めたのです」 スイ:「それって……」 ミズキ:「ええ、棺の池です」 スイ:★「水鬼よ」 ミズキ:◆「はい。どうされましたか?」 スイ:★「明日、吾はこの身を贄に雨を乞おうと思う」 ミズキ:◆「……左様……ですか」 スイ:★「止めてはくれぬのか?」 ミズキ:◆「止めません。だって、貴女が……どれ程苦しんで、身の震えを押さえ込んで、その決断をしたのか、知っていますから」 スイ:★「……そうか……吾は、未練は残したくなくてな……お前にとっては呪いになるやもしれんが、聞いてくれるか?」 ミズキ:◆「……ええ」 スイ:★「吾は、お前を好いていた」 ミズキ:◆「両思い、だったのですね」 スイ:★「ふふっ今生、最後の最後に報われた気がするな」 ミズキ:◆「スイレン……!」 スイ:★「ーーそれ以上は言うでない。別れが、辛くなるだろう」 ミズキ:◆「……来生(らいじょう)、どうか……お幸せに!」 スイ:★「お前も、達者でな……!」 ミズキ:「雨は……降りました……降ってしまいました……。雨さえ降らなければ、全てが間違っていたのだと、皆を恨めたのに……スイレンは、私に恨むことすら許してはくれませんでした」 スイ:「優しかったんだね」 ミズキ:「ええ……私には、辛いほどに」 スイ:「結局、スイレン……さんは?」 ミズキ:「あの池が棺の池と呼ばれるようになったのはこの後ですと言えば、伝わりますでしょうか?」 スイ:「そっか……」 ミズキ:◆「千の歳月、転生輪廻の果てにもその魂が迷わぬよう、私が御身を守り続けます……」 ミズキ:「まず最初に、人の身を捨てました。私は 、久遠にこの地を守るために、鬼となりました」 ミズキ:「次に、人の倫理を捨てました。鬼であり続けるために、神域を狙う者を排するために、人を喰ろうたのです」 ミズキ:「そして、今ついに、人の心をすら失いつつあります……」 スイ:「ミズキ……」 ミズキ:「……さあ、着きますよ」 スイ:「え?」 0:真の神域 スイ:「そこは、棺の池にも良く似た、静かな水場だった」 スイ:「だけど、その中心には一つの鳥居と建物が、水面に浮かんでいた」 ミズキ:「ここが、真(まこと)の神域……睡蓮鏡水源(すいれんきょうすいげん)です」 カグラ:「なるほどな……これが本物の水社か」 ヒガン:「ちょ、ちょっとカグラさん! 何してるんすか!」 スイ:「あ、貴方達は!?」 カグラ:「悪ぃな。こっそり後を付けさせてもらった」 ミズキ:「かまいません。むしろ、感謝をしたいくらいです……今の私は、もういつスイを害するか分かりませんから」 カグラ:「その中に、あんたの想い人がいるのかい?」 ミズキ:「いいえ。彼女は、この底に」 カグラ:「……ヒガン。やれるか?」 ヒガン:「任せてくださいっす」 スイ:「一体、何を……?」 カグラ:「俺達は異能力者の集まりでね。各地の怪異なんて呼ばれる物を殺したり鎮めたりして回ってんのさ」 スイ:「まさか、ミズキの事も……!」 カグラ:「ご明察」 スイ:「……っ!」 ミズキ:「スイ……?」 カグラ:「何の真似だ?」 スイ:「やらせない! ミズキは鬼なんかじゃない!」 ミズキ:「スイ……ありがとう」 ヒガン:「スイさん!?」 スイ:「え?」 ミズキ:「……ッチィ!」 カグラ:「じゃあ聞くが、たった今嬢ちゃんを貫こうとしたこいつは、何なんだ?」 ヒガン:「さっすがカグラさん! 鬼の手刀を受け止めたっす!」 スイ:「そんな……ミズキ!」 ミズキ:「殺す……全部……全部!!」 カグラ:「最後なんてこんなもんさ。なんの前触れもなく、突然に本能に飲まれる」 スイ:「ダメ! 君は人を傷つけられるような人じゃない!」 カグラ:「下がってろ小娘! ここからは、もうまともな人間ができることなんて何もねぇよ!」 ミズキ:「何故……スイレンが死なねばならなかった……彼女を犠牲にする程の価値が、他の者にあったのか!」 カグラ:「大昔のあんたにゃ同情するがね。止めなかったのもてめぇだろ!」 ミズキ:「うるさい! うるさいうるさい! 私は鬼! 水の鬼! 鬼ならば、人を殺めて何がおかしい!」 カグラ:「なら、鬼が泣いてんじゃねぇよ」 ミズキ:「な……何だ、これは……何故……」 カグラ:「こんなに半端な鬼は久しぶりだ。普通なら鬼に堕ちたら人の心なんざ、一年経たずに消えるだろうに」 スイ:「それをミズキは……千年も……」 カグラ:「楽にしてやる。てめぇがこれ以上、醜態晒す前にな」 スイ:「やめて! やめてよ! 人の心が残ってるなら……!」 ヒガン:「スイさん……無理っすよ」 スイ:「ヒガン……さん?」 ヒガン:「あの人、何度も何度も鬼に堕ちた人を救おうとしたんすよ。昔、鬼に堕ちた自分の奥さんを殺してから、ずっとその方法を探してたっす」 スイ:「そんな……」 ヒガン:「似てるんすよ。あの二人。自分のやったことは正しかったって分かってるのに、間違いであった事を望んでる」 スイ:「…………」 ヒガン:「アタシ、カグラさんに堕ちたお姉ちゃんを殺されてるんすよ」 スイ:「え?」 ヒガン:「その時もあの人、アタシを突っぱねて、憎まれ口叩いて、身寄りのなくしたアタシが、ちゃんと恨めるようにって……本人、そんなこと言いもしなかったっすけど」 スイ:「許せたの? ヒガンさんは……」 ヒガン:「許したっす。いや、許せてないんすかね……。人を恨んで生きるって、普通に生きるよりも楽っすから……アタシ、そんな風になってたまるかって意地になったんすよ」 ヒガン:「だから! カグラさんがそんな風にしなくてもいいように! アタシも全力っす!」 ミズキ:「……池が!?」 スイ:「光って……」 カグラ:「遅ぇんだよ!」 ヒガン:「アタシは花憑き(はなつき)! 枯れた花に生命を与えて、一度だけ咲き戻せるっす!」 スイ:「枯れた……花……? ま、まさか!?」 ヒガン:「アタシが咲き戻す花は、睡蓮(すいれん)っす! スイさん!」 スイ:「え!? は、はい!」 ヒガン:「ちょっと、魂を貸して欲しいっす。ミズキさん助けるために、ちゃんと、人として終わらせてあげる為に!」 スイ:「ミズキ……」 ミズキ:「触るな! 私の、私のスイレンに!」 スイ:「……うん。ヒガンさん、お願いします!」 ヒガン:「よしきたっす! 悲願花(ひがんばな)の名の下に、花憑きの力を解き放つ。咲き戻れ百輪花(ひゃくりんか)。咲き戻れ……スイレン!」 スイ:「お願いスイレン様! ミズキを助ける為に!」 カグラ:「よお泣き鬼! あんたを助ける為に、女共は必死だぜ? もうほんの少しだけ根性見せたらどうだ?」 ミズキ:「くっ!? あ……わ、私は……まだ……!」 スイ:★「……あれ? 吾は……」 ヒガン:「スイさん! 大丈夫っすか?」 スイ:★「ああ、ヒガン。吾はどうなって……おろ? 何か喋り方がおかしいな」 ヒガン:「あー、今のスイさんはスイレンさんの身体に入ってる状態なんすよ。喋り方は身体に引っ張られるっすけど、気にしないでほしいっす」 スイ:★「気にするなって、それはなかなか難しいぞ!?」 ヒガン:「ついでにスイレンさんとして振る舞おうとすればやれるはずっす」 スイ:★「いや、吾はーー」 ヒガン:「いいからー! はやくミズキさんの所に行ってあげてほしいっす!」 スイ:★「う、うむ! 承知した!」 ミズキ:「……カグラさん……はやく、私を……」 カグラ:「必死すぎて見えねぇのは分かるが、千年越しの再会だろうが? ちゃんと顔見てやれよ」 ミズキ:「何を……?」 スイ:★「のう、ミズキ」 ミズキ:「ーー!? スイレン……いや、そんなはず! 彼女は!」 スイ:★「吾は、スイレンでもあり、スイでもある。ヒガンの力を借りて、この身を借り受けた」 ミズキ:「スイ……レン……貴方、なのですか……? 貴方もそこに居られるのですか……?」 スイ:★「うむ。自我はスイの物だが、この身の抱いた熱情を、しかと感じる……。吾は、スイレンは確かにここに居る」 ミズキ:「お……御会いしとう……ございました……」 スイ:★「吾もだ……待たせたな……」 ミズキ:「いえ、いえ……! 貴方を想えばこそ! 千の歳月、転生輪廻の輪より外れ、鬼に堕ちた身でも今日まで生きてこれたのです……!」 スイ:★「……そうか……義理堅い男だ」 ミズキ:「雨を降らせぬ神を呪い、貴方を犠牲に生き延びた者共を呪いもしました……お許しください……貴方が、貴方が救おうとした者をすら、呪ったこの不忠を……!」 スイ:★「責めるものか……吾とて、立場が逆ならば鬼にも堕ちよう……それに、お前がこうして吾の骸を護り続けてくれたおかげで、転生輪廻の果てに再会できたのだから」 ミズキ:「勿体なき……お言葉……! ですが、申し訳ない……スイレン。私は、少し疲れてしまいました……」 スイ:★「ふふ……頑張りすぎだ。馬鹿者」 ミズキ:「どうか、貴方の手で……終わらせてください……この身が、心が、真の鬼へと堕ちる前に」 スイ:★「……カグラ、ヒガン。どちらでも良い。刃物は持たぬか?」 カグラ:「人を何だと思ってんのかねぇ……あるよ。使いな」 スイ:★「短刀か……うむ。事足りる」 ミズキ:「ありがとう……スイ……」 スイ:★「……っ!? 吾は、お前を好いていた……!」 ミズキ:「それは……片想いでしたね……」 スイ:★「ああ、故に、呪いはここに断ち切られる。さらばだ! ミズキ!」 ミズキ:「ごふっ! ……スイレン……スイ……私は……貴方たちに仕えられて……幸せ、でした……!(涙声で)」 スイ:★「私もだよ。君と会えて、幸せだった……だから! 転生輪廻の果て! 幾生(いくじょう)隔てても! いつかの未来に結ばれようぞ!」 0:電車の中 :   SE【電車の音】 ヒガン:「ぐず……えっぐ……うええええん!」 カグラ:「うるっせぇな! いつまで泣いてんだよお前は!」 ヒガン:「だって、だってぇ!」 カグラ:「鬼は討たれて、水社の調査も完了。それで万々歳じゃねぇか」 ヒガン:「なぁーにが万々歳っすか! あんな悲しい恋物語見せられて何も感じないんすかこの鬼畜生!」 カグラ:「何べん見てきたと思ってんだよクソガキ! それにな……」 ヒガン:「ぐず……なんすか……?」 カグラ:「鬼は泣かねぇんだよ」 ヒガン:「……そうっすね……」 カグラ:「今回、ご苦労だったな」 ヒガン:「いいっすよ。これが仕事っすから」 カグラ:「……あの野郎。最後泣いてたな……」 ヒガン:「ちゃんと、人だったって事っすね……あ、そうだカグラさん」 カグラ:「あん?」 ヒガン:「ででーん! アタシ、スイちゃんと連絡先交換しちゃったっす!」 カグラ:「あ、そ」 ヒガン:「なんすかその反応ー。現役JK巫女とお友達っすよ! 羨ましくないんすか!」 カグラ:「羨ましくてたまるか!」 ヒガン:「ちぇー……スイちゃんはストライクゾーンじゃなかったっすか」 カグラ:「お前ね。俺を何だと思ってんだよ……で? あの嬢ちゃんは何か言ってたか?」 ヒガン:「ちゃんと、恨みますって(微笑ましそうに)」 カグラ:「……は、あっはははははは! そうかよ! なら、今回の仕事はやっぱり大成功だわな!」 :   SE【電車の音】 :以下ナレーション カグラ:「水の社の、小さな恋物語は静かに終わりを迎えた」 ヒガン:「もう、誰も訪れる事もない神域には、巫女と鬼が沈んでいる」 スイ:「いつかの未来に、結ばれる事を約束して」 :    SE【水滴の音】