台本概要

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タイトル 『嘘吐き幽霊とサラトガ・クーラー』【後編】/BAR「猫町」“出奔者篇”#3
作者名 sazanka  (@sazankasarasara)
ジャンル その他
演者人数 4人用台本(男1、女3)
時間 60 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 とある喪失と渇望の、続き。
出来れば【前編】からご使用ください。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
カスミ 173 女性店員。気分で親身にもなる女。
タニマチ 118 男性店員。気を回そうとする男。
ヤナ 132 常連客。シンプルにヤバい女。
ノゾミ 211 一見客。熱に飢えたる女。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
0:ブザー音。 0:【再開】 タニマチ:フラッシュ・バック。 0:(以下、矢継ぎ早に、【前編】の回想) ノゾミ:「綺麗なビロードで飾られたひとつの寝台(しんだい) ふっくりとしてあったかい寝台 ノゾミ:ああ あこがれ こがれ いくたびか夢にまで見た寝台 ノゾミ:私の求めていた ただひとつの寝台」 ヤナ:「おっハロハロぉーーォっ!!!! ヤナ:今日も可愛くないっ? 可愛いヨネ!? ハイ可愛いーーーっ!!」 タニマチ:「うわァ……。」 ヤナ:「パーカーの、半分ぐらいは……っ、ち、血でェっ!! 真っ赤に染まってたんだってェーーーーっ。」 カスミ:「ナンパぐらいのノリかぁーい。」 ノゾミ:「わ、悪い? 1人じゃ入れないの? ココってっ。」 カスミ:「絶対コドモだよねェ、あの子。クフフ。」 タニマチ:「お客はオモチャじゃアリませんヨ。」 ヤナ:「ジョセェにトシ聞くなんてニポンジンは聞きしにマサるヤバンなピーポゥでェーーースっ!」 ノゾミ:「わ、私の事じゃ無くって。友達……、友達の、話なんだけど……、」 カスミ:「飲まなきゃやってらんない、って感じだぁ。オトナなら、ね?」 ノゾミ:「ああ このひとつの寝台 あこがれ もとめ 夢にみるひとつの寝台 ノゾミ:ああこの幻の寝台はどこにあるか。」 0:タイトルコール。 カスミ:『嘘吐(つ)き幽霊とサラトガ・クーラー』 カスミ:只今より、後編をお送り致します。 0:【間】 タニマチ:【22時41分】。 0:十月某日。とあるバーの店内。カウンターには金髪の女性店員、パーマヘアの男性店員、そして、紺のキャップに、オーバーサイズの鮮やかなスウェットパーカーを着た、一見客の女性が1人。 0:現在話題を中断し、常連客の女性の、手洗いよりの帰還を待っている所。 0:女性店員は悪戯な笑みを浮かべ、一見客にかまう。 カスミ:酔って来たぁ? 回ってるかな、『サラトガ・クーラー』。 ノゾミ:あっ……、う、うん。結構、多分……。 タニマチ:(小声で) タニマチ:続行ね、コレ……。 ノゾミ:……やっぱり、お酒、っていうか。 ノゾミ:ちょっとずつ、胸とかが、ポぉ、って……。 0:薄暗い照明の中判然としないが、頬に仄か、赤味が差している、ような。 ノゾミ:あっ、も、もちろんっ、その為に飲んでる、っていうかっ、 タニマチ:(怪訝に) タニマチ:……? カスミ:ウクク、そーだよねぇ……。 0:男性店員は女性店員に、さり気なく耳打ち。 タニマチ:(声を潜め) タニマチ:なァ。あれサラトガよな? カスミ:(同じく声を潜め) カスミ:そーだよ? タニマチ:ちょっと、頬っぺた赤いような、 カスミ:気のせいじゃなぁい? ウクク。 タニマチ:…………、 0:男性店員が何事か言いかけた所へ、常連客の女性が手洗いより、勢いも高らかに帰還。 ヤナ:おっ待たマタぁーーーっ、あっ、(言い留まり) ヤナ:ごめーんメチャメチャ下ネタ言いそうになったからヤメたァーーーっ! カスミ:おかえりぃ。 0:ストンと着座し、グラスをグイと傾ける常連客。 ヤナ:ぷはっ。 ヤナ:トイレ寒さむだねーっ。あっ、オマタセしちゃってェ、スイマせェんっ。 ノゾミ:あっ、う、ううん。 ヤナ:ちびちびコクコク飲んでたの? 可愛いねェーっ。 ノゾミ:あう……、い、や、 タニマチ:年上、ですヨー。 ヤナ:あひゃっ。ゴメーンねーっ。ワタシ外人、ニポンの長幼の序ワぁカリマセぇーンっ。 ノゾミ:気にしない、から……っ。 ノゾミ:そのままで、いい、う、うんっ。 ヤナ:やたーっ。ぶっちゃけそー言ってくれて助かるゥ。 カスミ:もーイイ? 続き行ってイイ? ヤナ:はァい先生っ。バッチ来いでェーっす。 0:各々、気を取り直して。 0:女性店員はスタッフ用の古びた木椅子を寄せ、さらりと座る。キ、と、木材の擦れる音。 カスミ:ごめんね? いつもはもーちょいマシなんだけど。 ノゾミ:う、ううん……。私も話、アッチコッチ……、 カスミ:大丈夫。 カスミ:えっと。 カスミ:……その子の、弟さんは……、 ノゾミ:……、道路で。 ノゾミ:車に、ぶつかって……。 ヤナ:あっ。 タニマチ:……そうなんだ。 ノゾミ:お母さんは……、絶対に、パーク以外で乗ったら駄目、って。 ノゾミ:いつでも、学校なんか休んでも、連れて行ってあげるから、って。 タニマチ:完全支援体制。 ノゾミ:「体だけは大事に」、「もう、貴方だけの体じゃないんだから」、って。 カスミ:あ、キモい。 カスミ:……ごめんね、でも言った。 ノゾミ:ううん……。 ノゾミ:私も、思ってた。 ノゾミ:何でいちいち、そんな言い方するんだろ、って……。 カスミ:……それで、弟さんはでも、 ノゾミ:ずっと、言ってたの。 ノゾミ:道とか、街とかで、1回乗ってみたい、って。 ノゾミ:そっちがホントのスケボーだって、みんな言ってる、って。 タニマチ:……あー。んー。 ノゾミ:弟は凄かったから。 ノゾミ:仲良くしてたのも、年上の、大人の、人たちが多くて。 カスミ:怖いね、ソレ。 ノゾミ:「ハルキはもう1人前のスケーターだから、ストリートを怖がったらイケない」、とか。 ノゾミ:言われた、って、凄い喜んで、興奮してて。 カスミ:……無責任に。 カスミ:言っちゃうんだよね。 ノゾミ:それ、で……。 ノゾミ:お母さんには内緒で。 ノゾミ:何人か、大人の人と一緒に、道で……、 カスミ:練習に行った、と。 カスミ:それ……、その周りの、煽ったバカ共は、 ノゾミ:ぶつかった所は見て無い、って。 ノゾミ:自分たちが練習してる所へ……、ハルキが、来ちゃって。 ノゾミ:危ないから帰れ、って言って。 ノゾミ:……帰ったと思ってたら、見えないトコで、事故が、あった、って。 カスミ:……ソレ。 カスミ:絶対嘘だよね。 タニマチ:口裏合わせてるっぽいな。 ヤナ:えっ??? そーなのっ? ノゾミ:…………。 タニマチ:わからんけどさ。道に出てみろって煽ったのはその人らな訳じゃん。 ヤナ:ええェーーっ。 ヤナ:だったらメッチャ悪いじゃん。嘘つき極悪(ゴクワル)ボーダーズじゃァんっ。 0:一見客はパーカーの裾をギュ、と握る。 ノゾミ:…………そう、嘘。 ノゾミ:わた、……、友達、は、 ノゾミ:知ってた、から。 ヤナ:何をっ!? ノゾミ:……事故の時が、初めてじゃ、無い、って。 ノゾミ:本当は……、お母さんに内緒で、何回も、行ってたの。 ノゾミ:「たまには学校の友達と遊ぶ」、って言って、でもそれは、嘘で。 ノゾミ:帰りとかに、車で、迎えに来てもらって。 ノゾミ:大人の人たちと一緒に、街とかで……、 ノゾミ:練習してる、って。 カスミ:お姉さんにだけには、話してたんだ。 ノゾミ:…………、うん。そう。 ノゾミ:……結構、危ない技とかも、やってるし。 ノゾミ:大人の人たちも……、あんまり、大丈夫な感じじゃ、ナイって。 ノゾミ:思ってた、けど。でも、言えなくて。 カスミ:どうして、かな。 ノゾミ:……嬉しそうだったし。 ノゾミ:自分なんかが、凄い、弟に、って……、 カスミ:思っちゃったんだ。 ノゾミ:ん……。 0:コクリと首肯し。 ノゾミ:……って、言ってた。 カスミ:そ、っか。 カスミ:なるほど、ね。 ヤナ:ソレさソレさァっ、 ヤナ:ママには言わなかったのォっ!? ノゾミ:……、言おうと、思ってた、っていうか。 ノゾミ:言っても、弟が生き返ったりしない、けど。 ノゾミ:でも、言った方が、イイかな、って。 ノゾミ:一応、知ってたし、って、 ノゾミ:思ってた、時に……、 カスミ:うん。 ノゾミ:その……、嘘ついた、大人の人たちの、1番上の、ハルキが懐いてた人、が、 ノゾミ:……家に、来るように、なって。 ヤナ:えェ……? カスミ:……、 タニマチ:まさか……、 ノゾミ:「お母さんも、大変でしょ」、って。 ノゾミ:その人が……。 カスミ:離婚してるの、知ったからかな。 カスミ:元々目を付けてたのかな。 ヤナ:ええェーーっ。 ヤナ:ソレってソレってェ……、 タニマチ:グロいな。 ノゾミ:元々、だと思う。 ノゾミ:お母さん……、ちゃんとしてたら、綺麗、だから。 タニマチ:チャンス到来、ってか。 ヤナ:うわァーーーーっ。 ヤナ:ヤッバいじゃんノゾミーヌのママミーヌぴィーーーんちっ。 ノゾミ:え……、 タニマチ:(咳払い)ウェッ、ンゴフっ、ゴほンっ。 タニマチ:…………ルリタニア語出てんヨ。 ヤナ:んェ何がァ?? てかルリタニアはドイツ語、 カスミ:(遮り)ま、よくて。よくて。 カスミ:……お友達のお母さんは、どうしたのかな。 ヤナ:(小声で)アそっかっ。もーメンドっ。 タニマチ:言い寄られた、形になんのかね。そんな露骨には、かもだけど。 ノゾミ:…………。 0:一見客の表情は冷え、あたかも、 ノゾミ:イキイキ、してた。 0:幽霊の、ようである。 ヤナ:いきいきィ?? ノゾミ:元々……、自分より若いヒトたちのノリ、好きだし。 ノゾミ:「お母さん綺麗」とか、「若い」とか言われて困る、って。 ノゾミ:言ってたけど、喜んでるの、バレバレで。 カスミ:ふぅ、ん。 ノゾミ:もう、今は独身だし。そういうのは別に、イイって、思ってたけど。 タニマチ:相手が相手だし、な……、 ヤナ:じゃさじゃさ、ママはテンション上がっちゃったのかなァ? ノゾミ:……落ちてる時は、夜中とかに、弟のボードとか、パーカー、あ……、えと、 ノゾミ:服、とか抱いて、泣いてたり、 カスミ:うん、うん。 ノゾミ:本当に、見てるの、しんどいぐらい、なんだけど……。 ノゾミ:でも……、休みの日に、その人と、ご飯行ったり。 ノゾミ:どっか、出かけて、……夜遅く、帰って来たり。 カスミ:気を、紛らわしたかったんだろうね。 ノゾミ:……それは、わかる。……、 タニマチ:家族、弟亡くしてショックなのは、一緒なのにな。 タニマチ:ベスト求めるのも、酷ではあるけど。 ノゾミ:…………。 ノゾミ:その子はそんな、平気、かも。 ヤナ:どしてェ? ノゾミ:……多分……、 ノゾミ:お母さんが弟を好きなぐらいには、友達は、弟の事……、 ノゾミ:好きじゃ、なかったと思うから。 0:空虚なる声音は、さながら幽霊のそれである。 カスミ:アナタも、そう思うんだ。 ノゾミ:…………、 ノゾミ:きっと、多分。 0:カタリ、と木椅子が鳴り。 カスミ:……「そんなの悲しいよぉ」、とか。 カスミ:他の「お友達」は、好き勝手言うかもしれないけど。 カスミ:「アナタ」だけは、その子の気持ちを、正直に見ててあげられてたらイイって思うかな。 ノゾミ:……、わかんない……、けど、 カスミ:その子が嘘を吐いてないならね。 0:隙を穿つ針のような言葉。いくらか、刺さりはした様子。 ノゾミ:…………。 ノゾミ:う、そ、 0:女性店員は、ス、と己のグラスを傾ける。 カスミ:は、美味し。 カスミ:……はぁい、ノゾミさんも一口。コレもマナーだもんねぇ? ノゾミ:あ……、う、うん。喋ってて、忘れてた……。 0:一見客はこれまでよりはやや多目に含み、こくり、と飲み下す。 ノゾミ:んっ……。美味、しい。 ノゾミ:えへへっ。 0:一見客はほう、と熱い息を吐く。 ヤナ:(盗み見つつ小声で) ヤナ:マジ可愛いなァオイっ……っ。 ヤナ:っィ加減にしろよコラぁっ……、 タニマチ:何キャラなんだよ最早。 カスミ:でぇ。さて。 カスミ:……お母さんが、コドモみたいに、っていうのは? ノゾミ:あ……、うん。 0:再び、ポツリ、ポツリと、一見客は語り出す。 ノゾミ:お母さんは……、元々は、結構うるさいっていうか、弟にも、その子、にも、細かい感じで、 カスミ:出来るお母さんって感じで、厳しかった、のかな。 ノゾミ:(こくりと首肯し) ノゾミ:そういう風に、見てほしい人、だったと思う。 ノゾミ:……って。 カスミ:その子、鋭ぉい。 ノゾミ:……でも。 ノゾミ:弟が死んで、最初は凄い、落ち込んでて。 ノゾミ:段々……、ちょっとずつ、元気な時も、増えたんだけど、 カスミ:うん、うん。 ノゾミ:なんか……、えと、 カスミ:前とは違う感じ? ノゾミ:はしゃいでる、っていうか。 ノゾミ:その、男の人とご飯行って、こんなコト言われた、とか、 ノゾミ:……生意気だけど可愛い、とか、 ヤナ:え、その相手の男のコトぉ?? ノゾミ:……うん。 カスミ:……ゲロ。 ノゾミ:なんか……、声の出し方が、子供みたい、っていうか。 ノゾミ:大人じゃ、ない感じになっていって……。 ノゾミ:段々……、他の事に、興味が、無くなってく感じで。 ノゾミ:その男の人との事でだけ、大っきい声出したり。 ノゾミ:……駄々、こねるみたいな、 ヤナ:幼児退行ママンじゃァんっ。大変じゃんっ。 ノゾミ:家事とかも……、しない、っていうか、やり方、忘れたみたいに。 ノゾミ:わた、……、その子も、手分けして色々、してたんだけど、 タニマチ:負担、増えてって? ノゾミ:……そう。 カスミ:つらかった、のかな。「アナタ」から見て。 ノゾミ:……最初は。 ノゾミ:でも慣れてった、し。ずっと落ち込んでるよりは、イイし、って……、 タニマチ:……駄目な感じだ。 カスミ:って、言い聞かせてたんだね、その子は。 カスミ:イタいよねぇ? ノゾミ:…………。 ノゾミ:思う、けど。 ノゾミ:じゃないと、持たないから。 カスミ:……そ。 ノゾミ:でも…………。 ノゾミ:ホントは、 カスミ:うん。 ノゾミ:お母さんは、その子の事、最初から……、 ノゾミ:あんまり、好きじゃなかった、って。 ヤナ:ええーっ、 カスミ:……そうなんだ。 ノゾミ:その子も、お父さんとの方が仲、良かったし。 ノゾミ:離婚する時に、弟が、姉弟(きょうだい)一緒がイイって、言ったから……、引き取られただけで。 カスミ:……ふぅん。 ノゾミ:お母さんは、弟の言う事は何でも聞くから。 ノゾミ:女の人は嫌い、なんだって。 ノゾミ:弟の同級生も、スケボーの、ちょっと上の女の子も、良いように言う事、無かったって。 ノゾミ:子供の……、その子も、きっと、 カスミ:嫌われてた? ノゾミ:……ていうか、興味、無い。 カスミ:……、 0:沈黙。月の笑みは全く陰り。冷たい、黒夜の表情。 カスミ:……そうかもね。 カスミ:クズだって子供作れば親だし、ね。 ノゾミ:(言いかけるが、詰まり) ノゾミ:……、……。 タニマチ:(間合いを見計らいつつ) タニマチ:……まァ、さ。 タニマチ:親が対応マズるのも、ソレで子供キツいのもあるあるかもだけど、さ、 カスミ:(表情変わらず)限度あるし。 ヤナ:カスミン怖ァい。お店だよ。 カスミ:……、そう? カスミ:ごめんね。 0:ふ、と、努めて和らげる。 タニマチ:勿論。駄目なのは親だと思うけど。 タニマチ:ま、事情は、今聞いたような感じ、と。 ノゾミ:……うん、 タニマチ:そん中で、キッカケっていうか、引き金、っていうか。何か……、 カスミ:今ので十分だと思うけど? 親が無理になるには。 タニマチ:まァ、よ? ノゾミ:……嘘吐き、だったから。 ノゾミ:お母さんが。 ヤナ:ウソぉ? ノゾミ:……、 0:ポツリ、ポツリと。次第に熱籠もり。 ノゾミ:しばらく、経って……、 ノゾミ:どうしても、モヤモヤして。 ノゾミ:あの人、と、 ノゾミ:そういう関係なの、って、 ヤナ:おおっ。切り込み隊長っ。返答はイカにっ!? ノゾミ:……、見たことない、ぐらい、怒って。 ノゾミ:凄い、怒鳴られて。 ヤナ:あやァー。 ノゾミ:今後の事、相談とか、してるだけだ、って。 ノゾミ:ハルキの居なくなって寂しいのを、家族で乗り越えてかなきゃいけないのに、大変な時にオマエは、いやらしい事考えて、って。 ノゾミ:前はそんな、下品な子供じゃなかった、って。これ以上がっかりさせるな、って、何も自慢できるような事、出来ない癖に、って、 ノゾミ:あと、凄い、なんか、凄い言葉で、怒られて…………、 ヤナ:あ、イイよっ、もう言わなくてっ。 ノゾミ:(荒く息をつき) ノゾミ:……そんな、だったのに、 ヤナ:のに? ノゾミ:…………、聞いちゃった、の。 ノゾミ:その子。 カスミ:……、何を? ノゾミ:……その日、学校、行ったんだけど。 ノゾミ:気持ち悪くなって、早退して……、家で、 ヤナ:寝てたんだね。 ノゾミ:……そしたら……、 カスミ:……、あるある警報。 ノゾミ:お母さんが……、帰って、来て。 ヤナ:うん……。 ノゾミ:1人じゃ、無くって。 ノゾミ:その……、男の、人と、一緒で、 ヤナ:あァうあァーーーーっ! ヤナ:出ったコレ! インモラリスト召喚じゃァーーっ!! カスミ:ソレ自体は別に、だけどさ。離婚してるんだし。 ヤナ:いやでェもさァーーーっ!? ヤナ:……あ、んーーー、でもでもそっか……。 ヤナ:ウチは愛してるまま死んじゃったパティーンだし、またチガうかァ……。 タニマチ:あ、お父さん亡くなってんだ……? ヤナ:あ、そーそォ。コッチ来て、割りかしスグに。 ヤナ:だっからママンはさァーっ、日本語もほっとんどワカンナイのに、ちっちゃい私と二人ボッチでさァーっ、ホントに大変、あっ、私の話はイーんだァつって! 0:氷が軋る。微かな震えは、誰の物か。 ノゾミ:なんか……、良い、かも。そういう、の……。 ヤナ:え、そーおォ??? ノゾミ:わかんない、けど。 ノゾミ:二人で、力を合わせて、みたいな。 0:眼には昏い、人魂の如き潤み。 ノゾミ:……わた、……そ、その子も、ホントは、お母さんと、一緒に、頑張りたかったの、かも、しれない……っ。 0:歪む表情は、怨霊さながら。しかし頬は赤く、息は熱い。 ノゾミ:けど……っ。 ノゾミ:お母さん、嘘、吐いたしっ……。 ノゾミ:それに、アイツと、し、してる、時、にっ……、お、お母さんっ……、 ヤナ:ノゾミーヌぅ。 ノゾミ:……ハルキが、死んで、凄く、悲しい、って。 ノゾミ:もう1人、居るけど……っ、その子じゃ、とても、埋められない、か、替わりには、ならない、って……っ、 タニマチ:……あちゃァ。 ノゾミ:だか、ら、アナタが必要、とか、言って、そのまま……っ、 ノゾミ:ひぐっ、……あ、う、うゥ……っ、 ノゾミ:う、あ……っ、 0:啜り上げ、煩悶いよいよ高まり。 タニマチ:あのサラトガのせい! カスミ:何のコトぉ。タニマチお水、 0:嘆きが錯乱へと変わらんとする刹那。豊かな白金の髪が舞う。 ヤナ:(振り向かせ)ノゾミーヌっ!!! ノゾミ:ぇっ……、 ヤナ:ほいブチューっと。 ノゾミ:んゥ!??? ン、う……、 0:言い逃れようの無い、完全なる接吻。一見客の顔がみるみる赤らむ。 タニマチ:おゥわ……。行きやがった。 カスミ:ボク知ぃーらないっと。 0:男性店員は、タンブラーに水を汲む。一見客の身体からは、次第に力が抜け、 ノゾミ:ん……、う、ん……、 ヤナ:(唇を離し) ヤナ:……ぷあっ。 ヤナ:ウヘヘぇ、ごちそうさま、っと。 タニマチ:俺も知んないかんネ。 タニマチ:ういコレ、お冷っ。 ヤナ:っしゃオラっ、ノゾミーヌすぐにゴクゴクーーっと。 0:常連客は男性店員から水のグラスを受け取り、一見客の口元へと。緩やかに、しかし一気に飲み干させる。 ノゾミ:(飲み終わり) ノゾミ:……ぷはっ……、あ、う……、 ヤナ:(間髪入れず)はいオッケーっ! 落ち着いた! 完全に落ち着いたよっ!! 落ち着きマシタねっっ!!? ヤナ:「はい」って言おっかァ!!? ノゾミ:あ、ぁ、う、うん、は、はいっ……。 0:呆けた所を勢いに押され、錯乱の芽は何処かへと。 カスミ:出たぁ。ヤナの強制リセットキス。 タニマチ:力技にもホドがあるだろ……。 ヤナ:(振り向き)アハハぁ、まえ店でやったら死ぬほど怒られたァ。 ヤナ:でも後悔は無いっ! ブイっ!! タニマチ:良かったネ。 0:暗転。 : 0:【間】 タニマチ:【23時12分】。 0:常連客の勇躍により一見客の昂りは一時納まり、店内は比較的、和やか。 0:一見客は、やや放心の気。 ヤナ:そーそォ、それで尾ヒレ付いちゃてェ、「Shrimpy(シュリンピィ)」で飲んだら漏れなくヤナとキス出来るぞォつってェ、もーワンサカっ、 タニマチ:それで一時(いっとき)メチャメチャ混んでたのか……。 カスミ:火消しに苦労したんデショ、主にオーナーが。 カスミ:ま、よくて……、 0:一見客に向き合い、 カスミ:ちょっとマシ? ノゾミさん。 ノゾミ:(はっ、とし) ノゾミ:ぅあっ、……、あ、うん、 ノゾミ:……ごめん……。 タニマチ:や、全然っスー。 タニマチ:こっちのせいみたいなトコもあるし。 ノゾミ:……? カスミ:(断ち切り)さて、と。 カスミ:ま……、その、お友達的には。 カスミ:ショックだっただろーねぇ。 ノゾミ:…………、 ノゾミ:うん。きっと。 タニマチ:……んー……。 タニマチ:そりゃ、ま。親のそーいう話題だけでもキツいのに、その上な……、 ヤナ:あ、そォ? ママーヌの発言はクリティカルとは思うけど……、 タニマチ:家族のそーいう関係とかさァ、 ヤナ:私ママのそーいう相談とかは乗ったりするよ? 今は、だけど。 タニマチ:聞きたくナイって言うじゃん? ま、実は俺もよくワカってナイ感覚だけど。 カスミ:一般的でナイ境遇のお二人はちょっと黙ってて貰えますかぁ。 ヤナ:失礼(レー)ザービーム来たァ! ヤナ:てか一般的で「ある」境遇って何じゃァーーーいっ! カスミ:あるんじゃない? 別に。 カスミ:ちょっと変わってたとしても、「普通の」家、って。 カスミ:……で。そんな家でも、どんな家でも。 カスミ:何か1つの事で、バランスなんて簡単に崩れる。 カスミ:ね? ノゾミさん。 ノゾミ:…………、 ノゾミ:そう、かも、ね。 タニマチ:いま現在の時点で、家庭として機能不全ではナイ、ってぐらいの意味なら、あるんだろな、普通に。 ヤナ:ソレさァー。今はケッコー危ういんだよ。 ヤナ:先進国、って呼ばれてる国では特に。制度と実態と慣習がギックンガックンだから。 タニマチ:んー。肌感覚としてはわかるかな。 ヤナ:お金持ちしかマトモに運用出来ないシステムと化してるんだよねェ、「家庭」って。 ヤナ:あ、従来のイメージのォ、だけど。 ヤナ:家父長制(カフチョーセー)を軸とした、資本や財産分配の為のサーキットとしての「家」、みたいな。 カスミ:日本は特に? ヤナ:んー。って言う人多いけどォ。別にドコも一緒っていうか。国ごとに個別に問題あるしさァ。 ヤナ:ルリタニアも「観光立国」とか言ってるけど、ちょいちょいあちこちヤバタニアだし。 タニマチ:ふるさとの。 ヤナ:お城と風車の景色しか、記憶ナイけどねェ。 ヤナ:日和(ひよ)ってフラフラ〜、ペコペコ〜が得意技の割に、歴史とか伝統とか。変にプライド高須クリニックっていうかァ、 カスミ:高須。 カスミ:ていうか出た。ヤナの急なインテリ。 ヤナ:こんなん世間話程度程度ォ。ゼミでもォっと難しい、EU系のコトとか色々やったけどォ、ゼンブ忘れたっ。 タニマチ:卒業を待たずに早くも!? タニマチ:……ちなみにどの辺だっけ、ルリタニア。 ヤナ:あァーーっ! くゥマイナー国家の悲しさっ。 ヤナ:あーのねェー、 ノゾミ:ドイツと……、チェコの、間、辺り。 ヤナ:あっ、偉ァーーい知ってるんだァーーっ。 ヤナ:ハイ追加の撫で撫でっ。 0:一見客の頭を優しく撫でる。 ノゾミ:あう……、 ノゾミ:その……、地図とか、国の、形とか見るの、ちょっと、好き、だから……、 カスミ:へぇ……。 カスミ:ノゾミさん、そうなんだ。 ノゾミ:べ、別に……。 ノゾミ:自慢に、ならないし。 ノゾミ:役に、立たないから、 ヤナ:今役に立ってる立ってるゥ。 ヤナ:はい追加のハグっ。 0:体を寄せ、ぎゅ、と抱き締める。 ノゾミ:あ、う……、温かい……。 ヤナ:(抱きしめつつ) ヤナ:色んな意味で冷えた心と身体に効くじゃろう……、しかと温まって行きなされ……。 タニマチ:旅で出会った翁(おきな)か。 カスミ:(敢えて咎めず) カスミ:……ま、湯たんぽ替わりにはイイんじゃない。ノゾミさんがヤじゃ無ければ。 タニマチ:夜は寒いしな。 ヤナ:こーしててイイかのう? 旅の勇者よ……。ふぉふぉ……。 ノゾミ:あ、の……、嫌じゃ、無いけど……、 ノゾミ:その……、私……、お風呂、入れてない、から……、 ヤナ:ああーーっ、ぜェーーーんぜん大丈夫だよォ臭くナイよ全然。クンクンクン。 ノゾミ:ひゃっ!? か、嗅ぐのはっ! タニマチ:要らん機能付いた湯たんぽだな……。 カスミ:……、 カスミ:……ああ。 カスミ:そっかぁ、 0:女性店員は、何某かを察した様子。 カスミ:お風呂、入れてナイのか。 カスミ:多分、何日か。 ノゾミ:う……、あの、えっと……、 タニマチ:(同様に察し) タニマチ:……、ま、この季節だし別に……、な。 ノゾミ:……あ、う、 ヤナ:えっ? 何ナニっ!? カスミ:(冗談めかさず、シリアスな色を湛え) カスミ:危ない目には、遭ってナイ? 0:沈黙による静寂。 ヤナ:……あ。そーいうコトかぁ。 ノゾミ:……、う、えっ、と、 ノゾミ:……、 0:一見客は押し黙る。 タニマチ:(軽く息を吐き) タニマチ:ていうか……、もう良くないかコレ。 カスミ:(残念そうに) カスミ:えぇー。もうちょいダメぇ? タニマチ:聞ける話も聞けないじゃん。 ヤナ:私もメンドいよォー。駄目って言う人居ないじゃァん。 0:女性店員はフ、と嘆息し、一見客に向け、 カスミ:……だってさ? ノゾミ:……、 ヤナ:(一見客を抱きすくめ) ヤナ:はいギュぅ。捕まえてまァす。 ノゾミ:…………っ、あ、の、 0:女性店員はニィ、と、細い月の笑み。 カスミ:ごめんねぇ? 家出少女のノゾミ、ちゃん。 カスミ:騙されてるって、嘘ついてて。 0:暫しの沈黙。後、紅潮。 ノゾミ:(狼狽が高まり) ノゾミ:あ、あ、う、あ……、 ノゾミ:わ、わ、私……っ、 0:身を捩り、拘束を解かんとする。 ヤナ:おォーっとととっ。暴れんでも良かたァーいっ。 ノゾミ:ごっ、ごめんなさいっ! ノゾミ:私っ、か、帰りますっ、あうっ……、 タニマチ:あー。大丈夫、大丈夫なんで。 タニマチ:入るだけなら、まあ問題無いし。あと飲んでるソレも実は、 タニマチ:……「酒じゃナイ」、で行くでイイ? カスミ:(とぼけた調子で) カスミ:え? そーだよぉ?? ノゾミ:えっ……? ヤナ:ええっ? そーなのォ?? カスミ:『サラトガ・クーラー』だもぉん。 カスミ:ノンアルコール・カクテル。有名だしファミレスとかにもあるから、知ってたらソコで種明かしするつもりだったんだけどぉ、 ノゾミ:じゃ、じゃあ……、 タニマチ:未成年飲酒とかではナイ、と。 タニマチ:ま、別に飲んでもそんな、とは思うけど、個人的には。 カスミ:ヤナは知っとかなきゃダメじゃん? ヤナ:ウチはビールのお店だしィーっ。 ヤナ:てか知ってたけど、えェーー? 酔ってるっぽかったけどなァー……、 ノゾミ:…………、 カスミ:溜め込んでたコト打ち明けてたんだし。興奮はするでしょ。 カスミ:ねぇ? 0:女性店員の、試すような、言い含めるような、何ともいえぬ目付き。口元には、笑み。 ノゾミ:……、……。 ノゾミ:……嘘、吐いて……、ごめん、なさい……。 ノゾミ:……話を、聞いて……、その、お、落ち着かせてくれて、あ、ありがとう、ございます……。 0:先刻の記憶が浮かび、赤面。 ヤナ:アハハぁ、赤くなってるゥ。 ヤナ:思い出してんの? ねーねーホントはいくつゥ? ノゾミ:(躊躇いつつ) ノゾミ:…………十四。中2、です……。 ヤナ:きゃひゃァーーーっっ!! ヤナ:マぁジかァっ……、思いっ切りブっチュぅイっちゃったァ……、 カスミ:事案発生ぇ。ウクク。 ヤナ:ごめんねェ? てっきり酔っ払ってると思ってたから……。 ヤナ:トラウマになってないっ? 心的外傷(シンテキガイショー)ってナイ? ヤナ:(※作者注※「心的外傷る」という風に動詞化したニュアンスでヤナは言っています。) ノゾミ:あ、あの……、大丈夫、で、す、 タニマチ:あ、別にタメ口でもイイけど。 カスミ:よーやく慣れて来たっぽかったしねぇ。 ヤナ:ごめんよォ。街行く白髪(しらが)デカ巨乳外人を見かけても恐れないでやってくれェ……。 タニマチ:居ないだろ……、 タニマチ:や、んな事もナイか……、 カスミ:都心の近くだったら結構居るんじゃない。ノゾミちゃんがドコ住みかは、知らないケド。 カスミ:……でぇ。 ノゾミ:あ、あの……、 カスミ:家出の理由は。 カスミ:優しい「お友達」が詳しく話してくれてよぉく判った。 カスミ:今後どう向き合うかは別として、どこにでもいるクズ親。情状酌量の余地ナシ。 ヤナ:言い切るゥー。 カスミ:そこは、よくて。 カスミ:……何日目? ノゾミ:……、……、 ヤナ:あ、生理じゃナイよ? タニマチ:判るわっ。 ノゾミ:……、3日、目。 カスミ:……そっか。 カスミ:何か、あったの。家で。 ノゾミ:…………何も。 ノゾミ:もう何も、無い。 ノゾミ:今はもう、いないのと、一緒……。 ノゾミ:ほとんど、喋らない、し。 カスミ:……ふぅん。 ノゾミ:学校から帰って……、 ノゾミ:その日はお母さん、休みの日だったけど、いつも通り、居なくて。 ノゾミ:リビングの……、お母さんとハルキの、写真とか。 ノゾミ:ずっとそのまんまの、壁のスケボーとか、見てたら、 タニマチ:あー……。 ノゾミ:もう私……、本当は、居ないのかも、とか。 ノゾミ:去年、轢かれて死んだのは、ホントはハルキじゃなくて私なのかも、とか。 ノゾミ:なんか、自分が、生きてない、っていうか。 ノゾミ:透き通って、見えない、ホントの、幽霊みたいな……、 カスミ:……「透明な存在」だぁ。 ヤナ:おっ、カスミンそれェっ、サカキバラっ。 ノゾミ:……とう、めい。 カスミ:知らない? ここに居る全員、生まれる前だけど。 カスミ:自分の存在の「透明さ」に耐えられずに、小さな子供を何人も殺した、コドモが居たの。 ノゾミ:…………、社会の授業で、習った。ちょっとだけ。 タニマチ:今もやるか、そりゃ。 ヤナ:90年代じゃハズせナイよねェ! 地下鉄サリン、東京タワー爆破と並んでっ! カスミ:そういうのまとめたサイトとか見るの、ちょっと好きなんだケド。 カスミ:同じ、14歳。「少年A」くんと。 ノゾミ:……中2病……、 ヤナ:アハハっ、それそれェ! ノゾミ:……って、自分でも、思う……。 タニマチ:てか現役の中2も言うんだ。 カスミ:でも。 カスミ:人を殺すのも、自分を殺すのも。 カスミ:その時は100パー、シリアスだったよね。 カスミ:多分、きっと。 ノゾミ:…………。 0:一見客は眼を逸らせず。女性店員と視線絡んだまま、思考の沈黙。 ヤナ:ちなみにィ、サカキバラくんは当時中3でェす。 タニマチ:あ、ソコいいっスー。 カスミ:ま……、イキオイはあったのかなぁ、思春期の。 ノゾミ:……勢いじゃ、ない、けど。私も……、 ノゾミ:夕方……、変な感じで、寒かったし。 ノゾミ:しばらく、ずっと、眠れて無かったから……。 ノゾミ:ちょっと、おかしくなってたと、思う。 ヤナ:眠れてなかったのォ? ノゾミ:…………、なん、か。 カスミ:全然、無理ナイけどね。 ノゾミ:家の、ベッド……、 ノゾミ:ちょっと、だけ、 ノゾミ:昔の、お父さんが居た時の事、思い出しちゃう、から……。 カスミ:離婚の前ってコト? ノゾミ:……そう。 0:眼の奥の光が、淡く潤み出す。 ノゾミ:うち……、ベッド全部、大きくて。3人とか、寝られるから。 ノゾミ:ちっちゃい時、お母さんと一緒に寝たり。 ノゾミ:ハルキも……、小学校上がっても、お化け怖い、とか言って、夜、入って来たり。 ノゾミ:お母さんも、面白がって入ってきて、3人で寝たり、とか。 ヤナ:イイなァーーっ。憧れの「川」の字っ。ウチは漢数字の「二」しか無理だったっ。 ノゾミ:お父さんは帰り遅いから……、あんまり、無かったけど。 ノゾミ:でも、3人で寝てるとこ、こっそり、写真、撮ったりとか……。 0:一見客は懐古と追想の面差し。 0:女性店員は、光を失した、黒夜の貌。 カスミ:……そ。 カスミ:幸せだった頃を、今と比べちゃって、と。 ノゾミ:……バカ、って、思うけど。 カスミ:「不毛」、って言うんだけどね。そういうの。 ノゾミ:……、 ノゾミ:言葉は、知ってる……。 ヤナ:(一見客をぎゅっ、と抱き締め) ヤナ:カスミン言葉キツぅーーーいっ。こォんな傷付いたリスみたいな子にィっ。 ヤナ:よしよしっ、ギュウーっ。 ノゾミ:ふ、あ……っ、 カスミ:……傷付いてても。弱くても。 カスミ:いつかは必ず1人になるよ。 ヤナ:(非難がましく) ヤナ:うーーーっ。 ノゾミ:……、……。 カスミ:ヤナの体、柔らかくて温かいでしょ。 ヤナ:(不意を突かれ赤面) ヤナ:うひっ!? 何イキナリっ!? カスミ:抱き締めてもらうのって気持ちイイよねぇ。 カスミ:守られて、受け入れられてる気持ちになるから。 ノゾミ:…………。 カスミ:でも。 カスミ:ソレをしてくれるのは母親だけじゃナイし。 カスミ:もう失くなったモノに、縋ってられる時間は、すぐ終わるから。 カスミ:役に立たなくなった親は、見捨てた方がイイと思うよ。 ノゾミ:…………。 ヤナ:ごめんねェノゾミーヌぅ、 ヤナ:カスミン今日なんか怖くてェ。 カスミ:それで。 カスミ:弟のコスプレして家出した、透明な少女Aの幽霊さんは。 カスミ:この3日間、どんな目に遭って来たのかなぁ。 ノゾミ:……っ、 0:一見客はギュ、とパーカーの裾を掴む。 ヤナ:あっ、このチマミレパーカーそーなんだァっ。 タニマチ:最初に言ってたな。てか血塗れチガウ。 ノゾミ:……あ、う……、 カスミ:ドコで寝てたの? ノゾミ:…………。 ノゾミ:……同級生に、教えて、もらって……、 カスミ:うん。 ノゾミ:Twitterに、そういう、グループっていうか、サークル、みたいなのがあって、 タニマチ:お。お。 ヤナ:キナくさァっ。初手から既にっ! ノゾミ:家で、居場所無い人とか、帰りたくない、事情、ある人とかが、 カスミ:家出した子が、ね。 ノゾミ:困った時、一緒に過ごしたり……、 ノゾミ:泊まる場所、紹介しあったり出来る感じの……、 ヤナ:神待ちのヤツじゃんっ。それヤバいってェ! カスミ:それ、「友達」がやろうとしてたらどうしてた? ノゾミ:……、止める、と、思う。 ノゾミ:でも……、その時は、なんか、色々……、よくなってて。 カスミ:(皮肉に笑み) カスミ:さっすが、14歳。透明だし怖いモン無しだぁ。 ヤナ:どっか泊まったのォ!? タニマチ:じゃなきゃ、駅とか公園はムズいもんな。 カスミ:パトロールしてるしね。夜はだいぶ寒いし。 ノゾミ:…………。 ノゾミ:19歳、って、言ってた、けど。 ノゾミ:多分、もっと、上……、 ヤナ:っ、え、まさか男っ?? ノゾミ:(首肯し) ノゾミ:……う、ん。 ヤナ:げぼォーーーっ。 ヤナ:ノゾミーヌ、アウトぉーーーっ。 ノゾミ:……、何もしない、する訳ない、って。 ノゾミ:そんなことしたら、グループ脱退だから、安心、って、言ってたけど、 カスミ:別アカ作れば済むしね? ノゾミ:うん。 ノゾミ:……けど。 ノゾミ:別に、って。 ヤナ:ヤケになったらイケぇーーんっ。 ヤナ:もーヤメてよォー。 0:ギュ、と抱き締め、顔を寄せる。 ノゾミ:……でも。 ノゾミ:やっぱり嘘、吐いてて。 カスミ:はぁい、お決まりパターン。 ノゾミ:夜……、寝てたら、 ヤナ:入って来たァっ!?? ノゾミ:「寒いし、寂しい、だろうから……、 ノゾミ:添い寝してあげる」、って……、 ヤナ:ゥぬがァーーーーっ!!! ヤナ:顔面スパイクサァーーーブっ!!! カスミ:出たぁ。 ヤナ:からの金的アンダーサァーーーブっ!!! カスミ:バレー部仕込みの痴漢撃退コンボぉ。ウククっ。 タニマチ:威力スゴそ。 ヤナ:誰が海外産メスゴリラじゃァいっつって! タニマチ:ゴリラは概(おおむ)ね海外産だろ。 タニマチ:……てか、それさァ、 ノゾミ:……、やっぱり、全然、無理、だったから……、 ノゾミ:「嫌だ」、って、 カスミ:言えたんだ。 カスミ:そしたら? ノゾミ:……、「出てけ」、って。 ノゾミ:急に、こわい、顔になって……、 ノゾミ:「社会はそんなに甘くない」、みたいな事……、 ヤナ:ノゾミーヌはゼンッゼン悪くナイっ!! ヤナ:トドメの金的ジャンプフローターサァーーーブっ!!! タニマチ:相手の位置と体勢が気になるな、その場合。 0:一見客は消沈。女性店員は、沈着。 カスミ:……悪いのはクズ男で、竿も玉もサーブで弾け飛んだらイイけども。 カスミ:温かいベッドを出たら、世界はキタナい、嘘吐きばっかりだ、って。 カスミ:……流石にちょっとは、味がわかった? ノゾミ:…………。 ノゾミ:うん。 0:暫しの沈黙。店外から、街路を風が吹き抜ける音。 タニマチ:……そー、かァ。 タニマチ:それで、だから一昨日、風呂入れなくて。 タニマチ:昨日は? ノゾミ:……ネットカフェ。 タニマチ:イケた? 受付。 ノゾミ:……ちょっと見られた、けど。大丈夫、だった。 ヤナ:コインシャワーとかはァ? あ、お金か……、 タニマチ:ビデオボックスとかなら……、 タニマチ:でも身分証いるか……、 ノゾミ:お金、ちゃんとは持って、来れなかったから……。 ノゾミ:あ、でもココはちゃんと、 カスミ:勿論。頂くつもりだけど。 カスミ:その後は? ノゾミ:……、……、 カスミ:お金も底突いて。お腹も多分空いてて。 カスミ:今度はセックスする? ヤナ:(眼光尖み)カスミンっ!! カスミ:ヤナみたいにスゴいカラダじゃなくても。 カスミ:幽霊じゃナイし、透明でもナイから。寄ってくるアリは幾らでも居る。 カスミ:喰われてもイイなら、好きにすれば。 ノゾミ:……、……、 ヤナ:むゥーー……。 ヤナ:言い方ってあるじゃァん……。 カスミ:コノ人みたいに、ちょっと優し過ぎるぐらいイイ人も居るし。 カスミ:ボクみたく、嫌な言い方しかしないのも居るけど。 ヤナ:タニーみたく噛み倒したガムみたいなのもいるしねェ……。 タニマチ:イジるならもーちょい愛を。 カスミ:……無難な助言とか、言ってくれる人、幾らでも居るから。 カスミ:1番、言って欲しがってる事、言ってあげる。 ノゾミ:……、言っ、て、ほしがって、 カスミ:(冷えた声音で)帰ったら? 0:静寂。その場には、生きた人間が、4人。 ノゾミ:……っ、……、 ノゾミ:そ、れは、 タニマチ:んー。まァ、でも……、 カスミ:ソレしかないんじゃナイ? カスミ:ホントに消えて、1人で何シテでも生きて行く、って言うなら別だけど。 ノゾミ:……、 カスミ:ビビってドア開けたのも、そんなトコじゃないの。 カスミ:大人なら、背中押してくれそうだし、ね? ノゾミ:…………っ、う、 カスミ:帰ってさ。 カスミ:お母さんがどれぐらいショック受けてて、狼狽(うろた)えてるかを確かめて。 カスミ:目的を果たせばイイんじゃない。 ヤナ:えェーー。 ヤナ:ノゾミーヌそうなの? 0:常連客は一見客の顔を覗き込む。 ノゾミ:……、う、 ノゾミ:でも……、そんなの、したら、駄目……、 ヤナ:えっ、どーしてェ??? ノゾミ:だって……、興味、無いし。 ノゾミ:嘘、ついた、し……、 ヤナ:(意図なく遮り)じゃなくてェー。 ヤナ:戻ってママミーヌがどんなんか見たかったら、見に帰ったらイイんじゃナイの?? ノゾミ:え……、 カスミ:(微か、笑み)……出た出たぁ。 ヤナ:「世界はイツでも自分の独壇場」って、私のママが言ってたよ。 ヤナ:このまま、失踪したまま消えたい感じだったら、ルート紹介も出来るしィ、 ノゾミ:ぇ、え……、 ヤナ:ウチの店のオーナーがねっ、色々コネあってェ、 ヤナ:仕事もだしィ、したかったら顔とかも変えれるよっ。 ヤナ:戸籍とかはちょっと、お金カナリかかっちゃうケド……、 ノゾミ:あ、う、う、いや……、 0:抱きすくめたまま、常連客は調子も変えず朗らかに話す。 ヤナ:歳も14ならもうイケるしっ。色々、出来る仕事あるよ、ノゾミーヌ可愛いし、困んないよォ多分っ。 ノゾミ:……あ、あ、の、 カスミ:ちゃんと、怖いし嫌だし無理ですって言わなきゃ。 カスミ:そのお姉さん、イロイロ全部ガバガバでヤバいから。 カスミ:トンデモないトコ連れてかれちゃうよぉ。ウクク。 0:一見客の赤らみがちだった顔が、青くなり。 ノゾミ:ぃ、ひ、あ、あ……、 ノゾミ:む、無理です、こ、こわい、し、私、う、あ……っ、 ヤナ:あ、そーォ? ヤナ:じゃ帰る? ノゾミーヌがしたいようにするのが1番だよっ。 ノゾミ:……あ、う…………、 0:種類の違う放心。 タニマチ:取り敢えず、1回ハグ解(と)いたら。 ヤナ:あっ、そーだねーェ。 ヤナ:トイレも行きづらかろう……。ほれ、解放じゃっ。 0:腕を解き、身を離す。一見客の身に残るは、生きた、体温。 ヤナ:まァたどーぞォー、つってっ。アハハハぁ。 ノゾミ:……、あ、温かかった、です……。 カスミ:ウクク。 カスミ:人肌恋しくなったらさぁ。ヤナんトコ来たらイイんじゃナイの。 ヤナ:あっ、イイよイイよーっ。ノゾミーヌだったらキスとかもイイよっ。 ノゾミ:(赤面し)あう……っ、そ、それは……っ、 ヤナ:あひゃっ、湯でダコぉーっ。 ヤナ:可愛いねェー、ほォれ撫で撫でっ。 0:柔らかに頭を撫で。一見客はされるがまま。 ノゾミ:……ヤナさん、手も温かい……。 カスミ:クフ、フ。懐いたぁ。 カスミ:良かったねぇ、トータルとしてはヒかれなくて。 ヤナ:寒いのはイイけど、ヒかれるようなトコあるゥ? ジッサイ。 タニマチ:全部くなァい? タニマチ:……ま、さて、と。 タニマチ:そろそろ、イイ時間ですけども。 ノゾミ:……、え、と……、 0:決めあぐね、戸惑う。 カスミ:出来る事だけ考えたらイイと思うよ? ノゾミ:出来る、こと……、 カスミ:「子供には無限の可能性が」、とか、大人はドヤ顔で言うかもだけど。 カスミ:出来ないコト、したがっても不毛だし。 カスミ:ソレって嘘だから。 ノゾミ:……、……、 カスミ:アナタはコドモだから、嘘、吐(つ)かないでアゲル。 カスミ:大人にはバンバン吐くケド、ねぇ。 ノゾミ:……、どう、したら……、 ヤナ:(遮り)要するにィっ!! ノゾミ:ひゃっ!? ヤナ:やりたい事ダケやったらイーんだよっっ! タニマチ:ほい来たァ。 ヤナ:ホントにやりたいコトだったら絶対やるしィ。思い付かない事はやりたくないコトだしィ。 ヤナ:ノゾミーヌはどうしたいの? ノゾミ:…………、あ、う、 カスミ:「お友達」の眼にはどう見えるのぉ? 嘘吐きな幽霊さんの、耐え難いほど透明な胸の裡(うち)は。 ノゾミ:え、と……、 タニマチ:ココぞとばかりに良いセリフ言おうとしてナイか……。 タニマチ:ま、職業病だけど。 0:答えに詰まり、一見客はまたも沈黙し。 0:暫し、静寂。 タニマチ:…………。 0:男性店員は、自前のグラスをコクリ、と一口。 タニマチ:……似たような事言うけどさァ。 タニマチ:「取り敢えずどうするか」、で考えたらどーかね。 ノゾミ:とりあえ、ず……。 タニマチ:俺らは結局他人だしさ。 タニマチ:してあげれる事って別に、無いし。 タニマチ:話聞いて、ふんふん言って、ちょいスッキリしてもらってそんだけ、って仕事だから。 カスミ:……ウクク。 タニマチ:で……、お客さんは、店閉まったら、取り敢えず帰るトコあんなら帰るモンだよ。 タニマチ:ソレが家でも、施設でも、道でも、 タニマチ:ダンボールでもテントでも。 タニマチ:ホームレスなれってんじゃナイけども。 ノゾミ:…………帰る、ところ。 タニマチ:居づらい家でも。 タニマチ:寝心地悪いベッドでも。 タニマチ:変えてくとか、子供は無理だけど。 タニマチ:死ぬかも、とか、殺されるかも、とかじゃナイなら……、 タニマチ:しばらく、我慢して。 タニマチ:出来るコト増えたら、逃げるなり、どっか出るなり、したらどーかね。 ノゾミ:……、……、 タニマチ:やり方も、 タニマチ:聞くなり、 タニマチ:調べるなり。 ノゾミ:…………、 カスミ:クフ。 カスミ:じゃ……、「取り敢えず」。 カスミ:今夜どーするか、決めてみたらイイんじゃない。 ノゾミ:……、 ノゾミ:あ、の……、 0:幽霊は、3者の人間の言葉を、咀嚼し、吟味している。 0:暫しの静寂。 ノゾミ:…………、 ノゾミ:と……、取り敢え、ず……、 ヤナ:おっ。 ノゾミ:ここの……、お店に、これ以上、迷惑かけたく、ないし、 カスミ:何にもだけどねぇ、ぶっちゃけ。 ノゾミ:捜索、願い……、もう、出てるかも、だけど。 ノゾミ:長くなったら、もっと、その、……、 カスミ:メンドくさい? ノゾミ:……かも、だし。 ノゾミ:お母さんが……、どう、なってても、 ノゾミ:結局はムカつくし、嫌なんだ、けど。 ノゾミ:……どんな、顔してるか……、 ノゾミ:ちょっとだけ見たい、っていうか、えと、 ヤナ:アハハぁ。 ノゾミ:……お金、無いし、お風呂、入りたいし。 ノゾミ:別に、どこに居たって……、眠れる訳でも、ないし。 ノゾミ:ネットも……、出来ないし、 カスミ:……後は? ノゾミ:…………、 ノゾミ:さ、寒い、しっ! カスミ:(吹き出し)ぷっ、ふ、クフフ、フ……。 カスミ:50点、ってトコかなぁ、透明度。 ノゾミ:……、駄目、かな。 カスミ:クフ。いや、ちょーどイイんじゃなぁい。 カスミ:嘘吐いてこーよ。ヒトにも、自分にも。 タニマチ:どないやねん。 ヤナ:どないヤネン裁判開廷っ! 被告っ! コンコンっ! タニマチ:変なの初めんなやっ。 タニマチ:……てか、もー電車は無いわな。 ヤナ:帰るならねェー。 ヤナ:最寄り、ドコ? ノゾミ:あ……、「梅咲台(うめさかだい)」。 ヤナ:んむゥーーっ。とーぜん、ノーガタンゴトンですなァーーっ。 カスミ:あの辺かぁ。イイとこの娘サンじゃん。 タニマチ:か……、お母さんに連絡取って、 カスミ:っていうのはどーお? クフフ。 ノゾミ:……そ、れは、……、 0:ほんの少しだけ考え。意を決し、 ノゾミ:……正直、したくない、 ノゾミ:……かも。 タニマチ:あい、ごもっとも。 カスミ:クフ。及第点。 タニマチ:っしゃ。となれば、と。 ノゾミ:あ……、ごめん、なさいっ。 ノゾミ:私、駅、とかで、始発まで……、 ヤナ:(遮り、勢い良く挙手) ヤナ:はいはいはァーーーいっ!! ヤナちゃんサマに天才的名案ちゃんありけりでェーーーーーっす!!! タニマチ:発言を許可しまァーす。 ヤナ:えっとねえっとねェーーっ。 ヤナ:始発出るまでェっ、ノゾミーヌはヤナん家(ち)にて夜を明かすのがイイと思いまァーーすっ。 ノゾミ:え……、 ヤナ:近くだからっ。モチ、何もシないからっ。したらグループ脱退だからァっ! ウヘヘヘェ……、 カスミ:アンタもグループのヒトかぁーい。 ノゾミ:あ、う……、そんな、 カスミ:イイんじゃナイの。1番手っ取り早いでしょ、お客さん同士で処理してもらうのが。 ノゾミ:……、でも……、 ヤナ:そーと決まれば同時処理ついでにィっ。 ヤナ:マスターっ、このカワイコちゃんの分も俺っちにツケといてくんなっ! ノゾミ:えっ、う、 タニマチ:や……、今日の分はイイわ。 ノゾミ:えっ、 タニマチ:ヤナには面倒押し付けるし。後は未成年割引き+初回チャージ無料で、俺らの奢り。 ノゾミ:はう、あ、え、 ヤナ:あァりァとござまァーーっス。お言葉甘えマクリマクリスティっ! タニマチ:ヴィジュアル四天王はもーイイよ。 ヤナ:さっさァ、ノゾミーヌたァーん。お姉さんと熱ゥい夜を過ごそーねェ……っ。 ヤナ:ウノやる? 人生ゲームっ? 実家から謎に持って来たベイブレードとか、バトルミラボットもあるよォーーっ。 タニマチ:充実コドモパークか。 ノゾミ:(目まぐるしく反応し) ノゾミ:あ、あ、う、え、っと…………、 0:女性店員はニヤ、と、三日月の笑み。 カスミ:ちょっとでも嫌なら正直に言った方がイイよぉ。 ヤナ:あっ!! カスミンも来るっ!? カスミ:全然寝れなそうだから行かない。 ヤナ:正直ィ。 ノゾミ:…………っ、 0:一見客は沈思黙考。三者の眼が注がれる。 ノゾミ:…………っ、ぉ、おっ、 ノゾミ:お世話に、なります……っ。 ヤナ:(狂喜し)うひーーーーーィっ!! ぃやァったァーーーーーぃっ!!! タニマチ:弾けすぎだろヒくわァ……。 ヤナ:じゃあさじゃあさァっ。善はイカのゲソ、あ、急げェっつって! ヤナ:秋の夜長をソレでも惜しんで、イザ、参らァーーんっ!! 0:常連客は一見客の腕を掴み、脱兎の如く駆け出さんとする。 ノゾミ:うあ、え、も、もうっ!?? ノゾミ:……っ、あっ、あっ、あの……っ、 カスミ:疲れて寝たくなったら正直に言うんだよ。止まってくれるから。 ノゾミ:あっ……、あっ、あの、あのっ……、 ノゾミ:あのっ!!!! 0:今日一番の大音声(だいおんじょう)。 0:万事が一時、静止し。 ノゾミ:…………っ、 ノゾミ:きょ、今日……、あのっ……、 ノゾミ:あ……、ありがとう、ございましたっ……。 ノゾミ:…………大人になったら、また来ますっ。 カスミ:……クフ、フ。 タニマチ:ん、ま……、自分で大人って思ったら、また。 ノゾミ:……、 ノゾミ:はい……っ! ヤナ:っしゃァ! ではではァっ、 カスミ:(遮り)あ。もう1個ダケ。 ヤナ:あんっ、もォーっ。カスミーヌ何ィっ? カスミ:さっき……、言ってたさぁ、 カスミ:ハルキくんの事、あんまり好きじゃなかった、みたいなヤツ。 ノゾミ:え……、 カスミ:アレ、嘘デショ。 0:一見客の、眼は見開かれ、 ノゾミ:……どう、して、 カスミ:(ニィ、と笑み) カスミ:嘘吐きの勘。どぉ? ノゾミ:…………。 0:幽霊の表情は、三日月に映るのみ。パーカーの裾をギュ、と掴み、 ノゾミ:……半分、当たりで……。 ノゾミ:半分、嘘。 カスミ:……ウク、ク。 カスミ:どないやねん。 ヤナ:(満を持して)はァいもうオッケーですねェーー!?? ヤナ:ほォんじゃまご両人っ、おやスミソニアン博物館ァーーーんっ!!! ノゾミ:う、あ、あうっ、 0:白金の救世主は半透明の幽霊を半ば抱え、けたたましく退店。 0:繋がれた手にはしかして確かに、生者の熱。 0:ドアベルが幽玄にして絢爛な音を残し、店内、2人。 カスミ:……アリガトーゴザイマシ、タ。 タニマチ:……ふィーーーっ。 タニマチ:あァっ。疲れた……。 0:ぼす、と、ドア近くのソファに腰掛け。 カスミ:タニマチ立ちっぱだったもんね。 タニマチ:や、ま、なんとなく……。 カスミ:……ボクも座ろ。 0:とす、と同じくソファに腰掛け。 カスミ:……おつかれ。 タニマチ:ん。イリヤも。 0:横並び。暫し、放心。 タニマチ:……来たな、結局。 カスミ:お客さん? タニマチ:んー。2人。 カスミ:……そ、だね。 0:穏やかなる沈黙。 カスミ:……カッコ付け過ぎ、って思った? タニマチ:ん? カスミ:色々。 タニマチ:……、ンやーー? タニマチ:ちゃんと意図は伝わってたと、思うけど……。 カスミ:……そ。 0:束の間、静寂。 タニマチ:ところで、さ。 カスミ:ん? タニマチ:家出、ってはっきりした時、さ。 タニマチ:俺はてっきり、 カスミ:うん。 タニマチ:ヤナが言ってたトンネルの幽霊は、あの子だったんじゃ、とか思ってさ、 カスミ:……、うん、 タニマチ:でも日にち……、 タニマチ:合わないん、よな。 カスミ:…………、 0:一時、沈黙。 カスミ:……、さぁ。 カスミ:だから嘘、デショ。 タニマチ:…………、な。 タニマチ:そーしとく、か。 カスミ:……。 0:両者、何とは無しの間。 タニマチ:てかさァ、 カスミ:なに? タニマチ:行かないでイイん? カスミ:……、 カスミ:は? タニマチ:や。なんか。 タニマチ:お泊り、便乗したそーなカオしてたかな、とか……。 カスミ:ナニ、それ。 タニマチ:違うなら、イーけど。 カスミ:…………。 0:暫し、沈黙。 カスミ:…………今日、ウチ来る、予定だったじゃん。 カスミ:イイの? タニマチ:ん……、また、荷ほどきの時にでも。 タニマチ:アノ子は多分、帰るじゃん、明日。 カスミ:……別に言い足りない事もナイけど。 タニマチ:ベイブレードやって来れば。 カスミ:私、 カスミ:……、 カスミ:ボク、アレ嫌い。 カスミ:……。 0:何とも言えぬ面差し。 カスミ:ま……。 カスミ:ヤナの見張り、かな。 タニマチ:んじゃソレで。 カスミ:…………。 0:す、と立ち上がり。 カスミ:片し、任せちゃうケド。 タニマチ:んー。おう。 カスミ:……おつかれ。看板だけ消してく。 タニマチ:(ひら、と手を振り) タニマチ:いってら。 0:手早く荷物を纏め、先出の2人に追い付くべく、女性店員は足早に退出。ドアベルが微か、嬉しげな音を立てる。 0:店内、1人。 タニマチ:…………、 0:のそり、と立ち上がり、独語。 タニマチ:え、「噛み倒したガムみたいなの」って何、マジで……。 0:暗転。 : 0:カスミではなく、タニマチにスポット。 タニマチ:本人先上がりしちゃったんで、代理で。 タニマチ:【本日のカクテルレシピ】 タニマチ:『サラトガ・クーラー』。 タニマチ:ライムジュース 20ml タニマチ:シュガーシロップ 2tsp(ティースプーン) タニマチ:以上をシェーク。氷と共にタンブラーに注ぎ、冷えたジンジャーエールで満たす。 タニマチ:フレッシュ・ミントの葉を飾ってサーブ。 タニマチ:……酒は入ってない、 タニマチ:ハズ。 0:【終】

0:ブザー音。 0:【再開】 タニマチ:フラッシュ・バック。 0:(以下、矢継ぎ早に、【前編】の回想) ノゾミ:「綺麗なビロードで飾られたひとつの寝台(しんだい) ふっくりとしてあったかい寝台 ノゾミ:ああ あこがれ こがれ いくたびか夢にまで見た寝台 ノゾミ:私の求めていた ただひとつの寝台」 ヤナ:「おっハロハロぉーーォっ!!!! ヤナ:今日も可愛くないっ? 可愛いヨネ!? ハイ可愛いーーーっ!!」 タニマチ:「うわァ……。」 ヤナ:「パーカーの、半分ぐらいは……っ、ち、血でェっ!! 真っ赤に染まってたんだってェーーーーっ。」 カスミ:「ナンパぐらいのノリかぁーい。」 ノゾミ:「わ、悪い? 1人じゃ入れないの? ココってっ。」 カスミ:「絶対コドモだよねェ、あの子。クフフ。」 タニマチ:「お客はオモチャじゃアリませんヨ。」 ヤナ:「ジョセェにトシ聞くなんてニポンジンは聞きしにマサるヤバンなピーポゥでェーーースっ!」 ノゾミ:「わ、私の事じゃ無くって。友達……、友達の、話なんだけど……、」 カスミ:「飲まなきゃやってらんない、って感じだぁ。オトナなら、ね?」 ノゾミ:「ああ このひとつの寝台 あこがれ もとめ 夢にみるひとつの寝台 ノゾミ:ああこの幻の寝台はどこにあるか。」 0:タイトルコール。 カスミ:『嘘吐(つ)き幽霊とサラトガ・クーラー』 カスミ:只今より、後編をお送り致します。 0:【間】 タニマチ:【22時41分】。 0:十月某日。とあるバーの店内。カウンターには金髪の女性店員、パーマヘアの男性店員、そして、紺のキャップに、オーバーサイズの鮮やかなスウェットパーカーを着た、一見客の女性が1人。 0:現在話題を中断し、常連客の女性の、手洗いよりの帰還を待っている所。 0:女性店員は悪戯な笑みを浮かべ、一見客にかまう。 カスミ:酔って来たぁ? 回ってるかな、『サラトガ・クーラー』。 ノゾミ:あっ……、う、うん。結構、多分……。 タニマチ:(小声で) タニマチ:続行ね、コレ……。 ノゾミ:……やっぱり、お酒、っていうか。 ノゾミ:ちょっとずつ、胸とかが、ポぉ、って……。 0:薄暗い照明の中判然としないが、頬に仄か、赤味が差している、ような。 ノゾミ:あっ、も、もちろんっ、その為に飲んでる、っていうかっ、 タニマチ:(怪訝に) タニマチ:……? カスミ:ウクク、そーだよねぇ……。 0:男性店員は女性店員に、さり気なく耳打ち。 タニマチ:(声を潜め) タニマチ:なァ。あれサラトガよな? カスミ:(同じく声を潜め) カスミ:そーだよ? タニマチ:ちょっと、頬っぺた赤いような、 カスミ:気のせいじゃなぁい? ウクク。 タニマチ:…………、 0:男性店員が何事か言いかけた所へ、常連客の女性が手洗いより、勢いも高らかに帰還。 ヤナ:おっ待たマタぁーーーっ、あっ、(言い留まり) ヤナ:ごめーんメチャメチャ下ネタ言いそうになったからヤメたァーーーっ! カスミ:おかえりぃ。 0:ストンと着座し、グラスをグイと傾ける常連客。 ヤナ:ぷはっ。 ヤナ:トイレ寒さむだねーっ。あっ、オマタセしちゃってェ、スイマせェんっ。 ノゾミ:あっ、う、ううん。 ヤナ:ちびちびコクコク飲んでたの? 可愛いねェーっ。 ノゾミ:あう……、い、や、 タニマチ:年上、ですヨー。 ヤナ:あひゃっ。ゴメーンねーっ。ワタシ外人、ニポンの長幼の序ワぁカリマセぇーンっ。 ノゾミ:気にしない、から……っ。 ノゾミ:そのままで、いい、う、うんっ。 ヤナ:やたーっ。ぶっちゃけそー言ってくれて助かるゥ。 カスミ:もーイイ? 続き行ってイイ? ヤナ:はァい先生っ。バッチ来いでェーっす。 0:各々、気を取り直して。 0:女性店員はスタッフ用の古びた木椅子を寄せ、さらりと座る。キ、と、木材の擦れる音。 カスミ:ごめんね? いつもはもーちょいマシなんだけど。 ノゾミ:う、ううん……。私も話、アッチコッチ……、 カスミ:大丈夫。 カスミ:えっと。 カスミ:……その子の、弟さんは……、 ノゾミ:……、道路で。 ノゾミ:車に、ぶつかって……。 ヤナ:あっ。 タニマチ:……そうなんだ。 ノゾミ:お母さんは……、絶対に、パーク以外で乗ったら駄目、って。 ノゾミ:いつでも、学校なんか休んでも、連れて行ってあげるから、って。 タニマチ:完全支援体制。 ノゾミ:「体だけは大事に」、「もう、貴方だけの体じゃないんだから」、って。 カスミ:あ、キモい。 カスミ:……ごめんね、でも言った。 ノゾミ:ううん……。 ノゾミ:私も、思ってた。 ノゾミ:何でいちいち、そんな言い方するんだろ、って……。 カスミ:……それで、弟さんはでも、 ノゾミ:ずっと、言ってたの。 ノゾミ:道とか、街とかで、1回乗ってみたい、って。 ノゾミ:そっちがホントのスケボーだって、みんな言ってる、って。 タニマチ:……あー。んー。 ノゾミ:弟は凄かったから。 ノゾミ:仲良くしてたのも、年上の、大人の、人たちが多くて。 カスミ:怖いね、ソレ。 ノゾミ:「ハルキはもう1人前のスケーターだから、ストリートを怖がったらイケない」、とか。 ノゾミ:言われた、って、凄い喜んで、興奮してて。 カスミ:……無責任に。 カスミ:言っちゃうんだよね。 ノゾミ:それ、で……。 ノゾミ:お母さんには内緒で。 ノゾミ:何人か、大人の人と一緒に、道で……、 カスミ:練習に行った、と。 カスミ:それ……、その周りの、煽ったバカ共は、 ノゾミ:ぶつかった所は見て無い、って。 ノゾミ:自分たちが練習してる所へ……、ハルキが、来ちゃって。 ノゾミ:危ないから帰れ、って言って。 ノゾミ:……帰ったと思ってたら、見えないトコで、事故が、あった、って。 カスミ:……ソレ。 カスミ:絶対嘘だよね。 タニマチ:口裏合わせてるっぽいな。 ヤナ:えっ??? そーなのっ? ノゾミ:…………。 タニマチ:わからんけどさ。道に出てみろって煽ったのはその人らな訳じゃん。 ヤナ:ええェーーっ。 ヤナ:だったらメッチャ悪いじゃん。嘘つき極悪(ゴクワル)ボーダーズじゃァんっ。 0:一見客はパーカーの裾をギュ、と握る。 ノゾミ:…………そう、嘘。 ノゾミ:わた、……、友達、は、 ノゾミ:知ってた、から。 ヤナ:何をっ!? ノゾミ:……事故の時が、初めてじゃ、無い、って。 ノゾミ:本当は……、お母さんに内緒で、何回も、行ってたの。 ノゾミ:「たまには学校の友達と遊ぶ」、って言って、でもそれは、嘘で。 ノゾミ:帰りとかに、車で、迎えに来てもらって。 ノゾミ:大人の人たちと一緒に、街とかで……、 ノゾミ:練習してる、って。 カスミ:お姉さんにだけには、話してたんだ。 ノゾミ:…………、うん。そう。 ノゾミ:……結構、危ない技とかも、やってるし。 ノゾミ:大人の人たちも……、あんまり、大丈夫な感じじゃ、ナイって。 ノゾミ:思ってた、けど。でも、言えなくて。 カスミ:どうして、かな。 ノゾミ:……嬉しそうだったし。 ノゾミ:自分なんかが、凄い、弟に、って……、 カスミ:思っちゃったんだ。 ノゾミ:ん……。 0:コクリと首肯し。 ノゾミ:……って、言ってた。 カスミ:そ、っか。 カスミ:なるほど、ね。 ヤナ:ソレさソレさァっ、 ヤナ:ママには言わなかったのォっ!? ノゾミ:……、言おうと、思ってた、っていうか。 ノゾミ:言っても、弟が生き返ったりしない、けど。 ノゾミ:でも、言った方が、イイかな、って。 ノゾミ:一応、知ってたし、って、 ノゾミ:思ってた、時に……、 カスミ:うん。 ノゾミ:その……、嘘ついた、大人の人たちの、1番上の、ハルキが懐いてた人、が、 ノゾミ:……家に、来るように、なって。 ヤナ:えェ……? カスミ:……、 タニマチ:まさか……、 ノゾミ:「お母さんも、大変でしょ」、って。 ノゾミ:その人が……。 カスミ:離婚してるの、知ったからかな。 カスミ:元々目を付けてたのかな。 ヤナ:ええェーーっ。 ヤナ:ソレってソレってェ……、 タニマチ:グロいな。 ノゾミ:元々、だと思う。 ノゾミ:お母さん……、ちゃんとしてたら、綺麗、だから。 タニマチ:チャンス到来、ってか。 ヤナ:うわァーーーーっ。 ヤナ:ヤッバいじゃんノゾミーヌのママミーヌぴィーーーんちっ。 ノゾミ:え……、 タニマチ:(咳払い)ウェッ、ンゴフっ、ゴほンっ。 タニマチ:…………ルリタニア語出てんヨ。 ヤナ:んェ何がァ?? てかルリタニアはドイツ語、 カスミ:(遮り)ま、よくて。よくて。 カスミ:……お友達のお母さんは、どうしたのかな。 ヤナ:(小声で)アそっかっ。もーメンドっ。 タニマチ:言い寄られた、形になんのかね。そんな露骨には、かもだけど。 ノゾミ:…………。 0:一見客の表情は冷え、あたかも、 ノゾミ:イキイキ、してた。 0:幽霊の、ようである。 ヤナ:いきいきィ?? ノゾミ:元々……、自分より若いヒトたちのノリ、好きだし。 ノゾミ:「お母さん綺麗」とか、「若い」とか言われて困る、って。 ノゾミ:言ってたけど、喜んでるの、バレバレで。 カスミ:ふぅ、ん。 ノゾミ:もう、今は独身だし。そういうのは別に、イイって、思ってたけど。 タニマチ:相手が相手だし、な……、 ヤナ:じゃさじゃさ、ママはテンション上がっちゃったのかなァ? ノゾミ:……落ちてる時は、夜中とかに、弟のボードとか、パーカー、あ……、えと、 ノゾミ:服、とか抱いて、泣いてたり、 カスミ:うん、うん。 ノゾミ:本当に、見てるの、しんどいぐらい、なんだけど……。 ノゾミ:でも……、休みの日に、その人と、ご飯行ったり。 ノゾミ:どっか、出かけて、……夜遅く、帰って来たり。 カスミ:気を、紛らわしたかったんだろうね。 ノゾミ:……それは、わかる。……、 タニマチ:家族、弟亡くしてショックなのは、一緒なのにな。 タニマチ:ベスト求めるのも、酷ではあるけど。 ノゾミ:…………。 ノゾミ:その子はそんな、平気、かも。 ヤナ:どしてェ? ノゾミ:……多分……、 ノゾミ:お母さんが弟を好きなぐらいには、友達は、弟の事……、 ノゾミ:好きじゃ、なかったと思うから。 0:空虚なる声音は、さながら幽霊のそれである。 カスミ:アナタも、そう思うんだ。 ノゾミ:…………、 ノゾミ:きっと、多分。 0:カタリ、と木椅子が鳴り。 カスミ:……「そんなの悲しいよぉ」、とか。 カスミ:他の「お友達」は、好き勝手言うかもしれないけど。 カスミ:「アナタ」だけは、その子の気持ちを、正直に見ててあげられてたらイイって思うかな。 ノゾミ:……、わかんない……、けど、 カスミ:その子が嘘を吐いてないならね。 0:隙を穿つ針のような言葉。いくらか、刺さりはした様子。 ノゾミ:…………。 ノゾミ:う、そ、 0:女性店員は、ス、と己のグラスを傾ける。 カスミ:は、美味し。 カスミ:……はぁい、ノゾミさんも一口。コレもマナーだもんねぇ? ノゾミ:あ……、う、うん。喋ってて、忘れてた……。 0:一見客はこれまでよりはやや多目に含み、こくり、と飲み下す。 ノゾミ:んっ……。美味、しい。 ノゾミ:えへへっ。 0:一見客はほう、と熱い息を吐く。 ヤナ:(盗み見つつ小声で) ヤナ:マジ可愛いなァオイっ……っ。 ヤナ:っィ加減にしろよコラぁっ……、 タニマチ:何キャラなんだよ最早。 カスミ:でぇ。さて。 カスミ:……お母さんが、コドモみたいに、っていうのは? ノゾミ:あ……、うん。 0:再び、ポツリ、ポツリと、一見客は語り出す。 ノゾミ:お母さんは……、元々は、結構うるさいっていうか、弟にも、その子、にも、細かい感じで、 カスミ:出来るお母さんって感じで、厳しかった、のかな。 ノゾミ:(こくりと首肯し) ノゾミ:そういう風に、見てほしい人、だったと思う。 ノゾミ:……って。 カスミ:その子、鋭ぉい。 ノゾミ:……でも。 ノゾミ:弟が死んで、最初は凄い、落ち込んでて。 ノゾミ:段々……、ちょっとずつ、元気な時も、増えたんだけど、 カスミ:うん、うん。 ノゾミ:なんか……、えと、 カスミ:前とは違う感じ? ノゾミ:はしゃいでる、っていうか。 ノゾミ:その、男の人とご飯行って、こんなコト言われた、とか、 ノゾミ:……生意気だけど可愛い、とか、 ヤナ:え、その相手の男のコトぉ?? ノゾミ:……うん。 カスミ:……ゲロ。 ノゾミ:なんか……、声の出し方が、子供みたい、っていうか。 ノゾミ:大人じゃ、ない感じになっていって……。 ノゾミ:段々……、他の事に、興味が、無くなってく感じで。 ノゾミ:その男の人との事でだけ、大っきい声出したり。 ノゾミ:……駄々、こねるみたいな、 ヤナ:幼児退行ママンじゃァんっ。大変じゃんっ。 ノゾミ:家事とかも……、しない、っていうか、やり方、忘れたみたいに。 ノゾミ:わた、……、その子も、手分けして色々、してたんだけど、 タニマチ:負担、増えてって? ノゾミ:……そう。 カスミ:つらかった、のかな。「アナタ」から見て。 ノゾミ:……最初は。 ノゾミ:でも慣れてった、し。ずっと落ち込んでるよりは、イイし、って……、 タニマチ:……駄目な感じだ。 カスミ:って、言い聞かせてたんだね、その子は。 カスミ:イタいよねぇ? ノゾミ:…………。 ノゾミ:思う、けど。 ノゾミ:じゃないと、持たないから。 カスミ:……そ。 ノゾミ:でも…………。 ノゾミ:ホントは、 カスミ:うん。 ノゾミ:お母さんは、その子の事、最初から……、 ノゾミ:あんまり、好きじゃなかった、って。 ヤナ:ええーっ、 カスミ:……そうなんだ。 ノゾミ:その子も、お父さんとの方が仲、良かったし。 ノゾミ:離婚する時に、弟が、姉弟(きょうだい)一緒がイイって、言ったから……、引き取られただけで。 カスミ:……ふぅん。 ノゾミ:お母さんは、弟の言う事は何でも聞くから。 ノゾミ:女の人は嫌い、なんだって。 ノゾミ:弟の同級生も、スケボーの、ちょっと上の女の子も、良いように言う事、無かったって。 ノゾミ:子供の……、その子も、きっと、 カスミ:嫌われてた? ノゾミ:……ていうか、興味、無い。 カスミ:……、 0:沈黙。月の笑みは全く陰り。冷たい、黒夜の表情。 カスミ:……そうかもね。 カスミ:クズだって子供作れば親だし、ね。 ノゾミ:(言いかけるが、詰まり) ノゾミ:……、……。 タニマチ:(間合いを見計らいつつ) タニマチ:……まァ、さ。 タニマチ:親が対応マズるのも、ソレで子供キツいのもあるあるかもだけど、さ、 カスミ:(表情変わらず)限度あるし。 ヤナ:カスミン怖ァい。お店だよ。 カスミ:……、そう? カスミ:ごめんね。 0:ふ、と、努めて和らげる。 タニマチ:勿論。駄目なのは親だと思うけど。 タニマチ:ま、事情は、今聞いたような感じ、と。 ノゾミ:……うん、 タニマチ:そん中で、キッカケっていうか、引き金、っていうか。何か……、 カスミ:今ので十分だと思うけど? 親が無理になるには。 タニマチ:まァ、よ? ノゾミ:……嘘吐き、だったから。 ノゾミ:お母さんが。 ヤナ:ウソぉ? ノゾミ:……、 0:ポツリ、ポツリと。次第に熱籠もり。 ノゾミ:しばらく、経って……、 ノゾミ:どうしても、モヤモヤして。 ノゾミ:あの人、と、 ノゾミ:そういう関係なの、って、 ヤナ:おおっ。切り込み隊長っ。返答はイカにっ!? ノゾミ:……、見たことない、ぐらい、怒って。 ノゾミ:凄い、怒鳴られて。 ヤナ:あやァー。 ノゾミ:今後の事、相談とか、してるだけだ、って。 ノゾミ:ハルキの居なくなって寂しいのを、家族で乗り越えてかなきゃいけないのに、大変な時にオマエは、いやらしい事考えて、って。 ノゾミ:前はそんな、下品な子供じゃなかった、って。これ以上がっかりさせるな、って、何も自慢できるような事、出来ない癖に、って、 ノゾミ:あと、凄い、なんか、凄い言葉で、怒られて…………、 ヤナ:あ、イイよっ、もう言わなくてっ。 ノゾミ:(荒く息をつき) ノゾミ:……そんな、だったのに、 ヤナ:のに? ノゾミ:…………、聞いちゃった、の。 ノゾミ:その子。 カスミ:……、何を? ノゾミ:……その日、学校、行ったんだけど。 ノゾミ:気持ち悪くなって、早退して……、家で、 ヤナ:寝てたんだね。 ノゾミ:……そしたら……、 カスミ:……、あるある警報。 ノゾミ:お母さんが……、帰って、来て。 ヤナ:うん……。 ノゾミ:1人じゃ、無くって。 ノゾミ:その……、男の、人と、一緒で、 ヤナ:あァうあァーーーーっ! ヤナ:出ったコレ! インモラリスト召喚じゃァーーっ!! カスミ:ソレ自体は別に、だけどさ。離婚してるんだし。 ヤナ:いやでェもさァーーーっ!? ヤナ:……あ、んーーー、でもでもそっか……。 ヤナ:ウチは愛してるまま死んじゃったパティーンだし、またチガうかァ……。 タニマチ:あ、お父さん亡くなってんだ……? ヤナ:あ、そーそォ。コッチ来て、割りかしスグに。 ヤナ:だっからママンはさァーっ、日本語もほっとんどワカンナイのに、ちっちゃい私と二人ボッチでさァーっ、ホントに大変、あっ、私の話はイーんだァつって! 0:氷が軋る。微かな震えは、誰の物か。 ノゾミ:なんか……、良い、かも。そういう、の……。 ヤナ:え、そーおォ??? ノゾミ:わかんない、けど。 ノゾミ:二人で、力を合わせて、みたいな。 0:眼には昏い、人魂の如き潤み。 ノゾミ:……わた、……そ、その子も、ホントは、お母さんと、一緒に、頑張りたかったの、かも、しれない……っ。 0:歪む表情は、怨霊さながら。しかし頬は赤く、息は熱い。 ノゾミ:けど……っ。 ノゾミ:お母さん、嘘、吐いたしっ……。 ノゾミ:それに、アイツと、し、してる、時、にっ……、お、お母さんっ……、 ヤナ:ノゾミーヌぅ。 ノゾミ:……ハルキが、死んで、凄く、悲しい、って。 ノゾミ:もう1人、居るけど……っ、その子じゃ、とても、埋められない、か、替わりには、ならない、って……っ、 タニマチ:……あちゃァ。 ノゾミ:だか、ら、アナタが必要、とか、言って、そのまま……っ、 ノゾミ:ひぐっ、……あ、う、うゥ……っ、 ノゾミ:う、あ……っ、 0:啜り上げ、煩悶いよいよ高まり。 タニマチ:あのサラトガのせい! カスミ:何のコトぉ。タニマチお水、 0:嘆きが錯乱へと変わらんとする刹那。豊かな白金の髪が舞う。 ヤナ:(振り向かせ)ノゾミーヌっ!!! ノゾミ:ぇっ……、 ヤナ:ほいブチューっと。 ノゾミ:んゥ!??? ン、う……、 0:言い逃れようの無い、完全なる接吻。一見客の顔がみるみる赤らむ。 タニマチ:おゥわ……。行きやがった。 カスミ:ボク知ぃーらないっと。 0:男性店員は、タンブラーに水を汲む。一見客の身体からは、次第に力が抜け、 ノゾミ:ん……、う、ん……、 ヤナ:(唇を離し) ヤナ:……ぷあっ。 ヤナ:ウヘヘぇ、ごちそうさま、っと。 タニマチ:俺も知んないかんネ。 タニマチ:ういコレ、お冷っ。 ヤナ:っしゃオラっ、ノゾミーヌすぐにゴクゴクーーっと。 0:常連客は男性店員から水のグラスを受け取り、一見客の口元へと。緩やかに、しかし一気に飲み干させる。 ノゾミ:(飲み終わり) ノゾミ:……ぷはっ……、あ、う……、 ヤナ:(間髪入れず)はいオッケーっ! 落ち着いた! 完全に落ち着いたよっ!! 落ち着きマシタねっっ!!? ヤナ:「はい」って言おっかァ!!? ノゾミ:あ、ぁ、う、うん、は、はいっ……。 0:呆けた所を勢いに押され、錯乱の芽は何処かへと。 カスミ:出たぁ。ヤナの強制リセットキス。 タニマチ:力技にもホドがあるだろ……。 ヤナ:(振り向き)アハハぁ、まえ店でやったら死ぬほど怒られたァ。 ヤナ:でも後悔は無いっ! ブイっ!! タニマチ:良かったネ。 0:暗転。 : 0:【間】 タニマチ:【23時12分】。 0:常連客の勇躍により一見客の昂りは一時納まり、店内は比較的、和やか。 0:一見客は、やや放心の気。 ヤナ:そーそォ、それで尾ヒレ付いちゃてェ、「Shrimpy(シュリンピィ)」で飲んだら漏れなくヤナとキス出来るぞォつってェ、もーワンサカっ、 タニマチ:それで一時(いっとき)メチャメチャ混んでたのか……。 カスミ:火消しに苦労したんデショ、主にオーナーが。 カスミ:ま、よくて……、 0:一見客に向き合い、 カスミ:ちょっとマシ? ノゾミさん。 ノゾミ:(はっ、とし) ノゾミ:ぅあっ、……、あ、うん、 ノゾミ:……ごめん……。 タニマチ:や、全然っスー。 タニマチ:こっちのせいみたいなトコもあるし。 ノゾミ:……? カスミ:(断ち切り)さて、と。 カスミ:ま……、その、お友達的には。 カスミ:ショックだっただろーねぇ。 ノゾミ:…………、 ノゾミ:うん。きっと。 タニマチ:……んー……。 タニマチ:そりゃ、ま。親のそーいう話題だけでもキツいのに、その上な……、 ヤナ:あ、そォ? ママーヌの発言はクリティカルとは思うけど……、 タニマチ:家族のそーいう関係とかさァ、 ヤナ:私ママのそーいう相談とかは乗ったりするよ? 今は、だけど。 タニマチ:聞きたくナイって言うじゃん? ま、実は俺もよくワカってナイ感覚だけど。 カスミ:一般的でナイ境遇のお二人はちょっと黙ってて貰えますかぁ。 ヤナ:失礼(レー)ザービーム来たァ! ヤナ:てか一般的で「ある」境遇って何じゃァーーーいっ! カスミ:あるんじゃない? 別に。 カスミ:ちょっと変わってたとしても、「普通の」家、って。 カスミ:……で。そんな家でも、どんな家でも。 カスミ:何か1つの事で、バランスなんて簡単に崩れる。 カスミ:ね? ノゾミさん。 ノゾミ:…………、 ノゾミ:そう、かも、ね。 タニマチ:いま現在の時点で、家庭として機能不全ではナイ、ってぐらいの意味なら、あるんだろな、普通に。 ヤナ:ソレさァー。今はケッコー危ういんだよ。 ヤナ:先進国、って呼ばれてる国では特に。制度と実態と慣習がギックンガックンだから。 タニマチ:んー。肌感覚としてはわかるかな。 ヤナ:お金持ちしかマトモに運用出来ないシステムと化してるんだよねェ、「家庭」って。 ヤナ:あ、従来のイメージのォ、だけど。 ヤナ:家父長制(カフチョーセー)を軸とした、資本や財産分配の為のサーキットとしての「家」、みたいな。 カスミ:日本は特に? ヤナ:んー。って言う人多いけどォ。別にドコも一緒っていうか。国ごとに個別に問題あるしさァ。 ヤナ:ルリタニアも「観光立国」とか言ってるけど、ちょいちょいあちこちヤバタニアだし。 タニマチ:ふるさとの。 ヤナ:お城と風車の景色しか、記憶ナイけどねェ。 ヤナ:日和(ひよ)ってフラフラ〜、ペコペコ〜が得意技の割に、歴史とか伝統とか。変にプライド高須クリニックっていうかァ、 カスミ:高須。 カスミ:ていうか出た。ヤナの急なインテリ。 ヤナ:こんなん世間話程度程度ォ。ゼミでもォっと難しい、EU系のコトとか色々やったけどォ、ゼンブ忘れたっ。 タニマチ:卒業を待たずに早くも!? タニマチ:……ちなみにどの辺だっけ、ルリタニア。 ヤナ:あァーーっ! くゥマイナー国家の悲しさっ。 ヤナ:あーのねェー、 ノゾミ:ドイツと……、チェコの、間、辺り。 ヤナ:あっ、偉ァーーい知ってるんだァーーっ。 ヤナ:ハイ追加の撫で撫でっ。 0:一見客の頭を優しく撫でる。 ノゾミ:あう……、 ノゾミ:その……、地図とか、国の、形とか見るの、ちょっと、好き、だから……、 カスミ:へぇ……。 カスミ:ノゾミさん、そうなんだ。 ノゾミ:べ、別に……。 ノゾミ:自慢に、ならないし。 ノゾミ:役に、立たないから、 ヤナ:今役に立ってる立ってるゥ。 ヤナ:はい追加のハグっ。 0:体を寄せ、ぎゅ、と抱き締める。 ノゾミ:あ、う……、温かい……。 ヤナ:(抱きしめつつ) ヤナ:色んな意味で冷えた心と身体に効くじゃろう……、しかと温まって行きなされ……。 タニマチ:旅で出会った翁(おきな)か。 カスミ:(敢えて咎めず) カスミ:……ま、湯たんぽ替わりにはイイんじゃない。ノゾミさんがヤじゃ無ければ。 タニマチ:夜は寒いしな。 ヤナ:こーしててイイかのう? 旅の勇者よ……。ふぉふぉ……。 ノゾミ:あ、の……、嫌じゃ、無いけど……、 ノゾミ:その……、私……、お風呂、入れてない、から……、 ヤナ:ああーーっ、ぜェーーーんぜん大丈夫だよォ臭くナイよ全然。クンクンクン。 ノゾミ:ひゃっ!? か、嗅ぐのはっ! タニマチ:要らん機能付いた湯たんぽだな……。 カスミ:……、 カスミ:……ああ。 カスミ:そっかぁ、 0:女性店員は、何某かを察した様子。 カスミ:お風呂、入れてナイのか。 カスミ:多分、何日か。 ノゾミ:う……、あの、えっと……、 タニマチ:(同様に察し) タニマチ:……、ま、この季節だし別に……、な。 ノゾミ:……あ、う、 ヤナ:えっ? 何ナニっ!? カスミ:(冗談めかさず、シリアスな色を湛え) カスミ:危ない目には、遭ってナイ? 0:沈黙による静寂。 ヤナ:……あ。そーいうコトかぁ。 ノゾミ:……、う、えっ、と、 ノゾミ:……、 0:一見客は押し黙る。 タニマチ:(軽く息を吐き) タニマチ:ていうか……、もう良くないかコレ。 カスミ:(残念そうに) カスミ:えぇー。もうちょいダメぇ? タニマチ:聞ける話も聞けないじゃん。 ヤナ:私もメンドいよォー。駄目って言う人居ないじゃァん。 0:女性店員はフ、と嘆息し、一見客に向け、 カスミ:……だってさ? ノゾミ:……、 ヤナ:(一見客を抱きすくめ) ヤナ:はいギュぅ。捕まえてまァす。 ノゾミ:…………っ、あ、の、 0:女性店員はニィ、と、細い月の笑み。 カスミ:ごめんねぇ? 家出少女のノゾミ、ちゃん。 カスミ:騙されてるって、嘘ついてて。 0:暫しの沈黙。後、紅潮。 ノゾミ:(狼狽が高まり) ノゾミ:あ、あ、う、あ……、 ノゾミ:わ、わ、私……っ、 0:身を捩り、拘束を解かんとする。 ヤナ:おォーっとととっ。暴れんでも良かたァーいっ。 ノゾミ:ごっ、ごめんなさいっ! ノゾミ:私っ、か、帰りますっ、あうっ……、 タニマチ:あー。大丈夫、大丈夫なんで。 タニマチ:入るだけなら、まあ問題無いし。あと飲んでるソレも実は、 タニマチ:……「酒じゃナイ」、で行くでイイ? カスミ:(とぼけた調子で) カスミ:え? そーだよぉ?? ノゾミ:えっ……? ヤナ:ええっ? そーなのォ?? カスミ:『サラトガ・クーラー』だもぉん。 カスミ:ノンアルコール・カクテル。有名だしファミレスとかにもあるから、知ってたらソコで種明かしするつもりだったんだけどぉ、 ノゾミ:じゃ、じゃあ……、 タニマチ:未成年飲酒とかではナイ、と。 タニマチ:ま、別に飲んでもそんな、とは思うけど、個人的には。 カスミ:ヤナは知っとかなきゃダメじゃん? ヤナ:ウチはビールのお店だしィーっ。 ヤナ:てか知ってたけど、えェーー? 酔ってるっぽかったけどなァー……、 ノゾミ:…………、 カスミ:溜め込んでたコト打ち明けてたんだし。興奮はするでしょ。 カスミ:ねぇ? 0:女性店員の、試すような、言い含めるような、何ともいえぬ目付き。口元には、笑み。 ノゾミ:……、……。 ノゾミ:……嘘、吐いて……、ごめん、なさい……。 ノゾミ:……話を、聞いて……、その、お、落ち着かせてくれて、あ、ありがとう、ございます……。 0:先刻の記憶が浮かび、赤面。 ヤナ:アハハぁ、赤くなってるゥ。 ヤナ:思い出してんの? ねーねーホントはいくつゥ? ノゾミ:(躊躇いつつ) ノゾミ:…………十四。中2、です……。 ヤナ:きゃひゃァーーーっっ!! ヤナ:マぁジかァっ……、思いっ切りブっチュぅイっちゃったァ……、 カスミ:事案発生ぇ。ウクク。 ヤナ:ごめんねェ? てっきり酔っ払ってると思ってたから……。 ヤナ:トラウマになってないっ? 心的外傷(シンテキガイショー)ってナイ? ヤナ:(※作者注※「心的外傷る」という風に動詞化したニュアンスでヤナは言っています。) ノゾミ:あ、あの……、大丈夫、で、す、 タニマチ:あ、別にタメ口でもイイけど。 カスミ:よーやく慣れて来たっぽかったしねぇ。 ヤナ:ごめんよォ。街行く白髪(しらが)デカ巨乳外人を見かけても恐れないでやってくれェ……。 タニマチ:居ないだろ……、 タニマチ:や、んな事もナイか……、 カスミ:都心の近くだったら結構居るんじゃない。ノゾミちゃんがドコ住みかは、知らないケド。 カスミ:……でぇ。 ノゾミ:あ、あの……、 カスミ:家出の理由は。 カスミ:優しい「お友達」が詳しく話してくれてよぉく判った。 カスミ:今後どう向き合うかは別として、どこにでもいるクズ親。情状酌量の余地ナシ。 ヤナ:言い切るゥー。 カスミ:そこは、よくて。 カスミ:……何日目? ノゾミ:……、……、 ヤナ:あ、生理じゃナイよ? タニマチ:判るわっ。 ノゾミ:……、3日、目。 カスミ:……そっか。 カスミ:何か、あったの。家で。 ノゾミ:…………何も。 ノゾミ:もう何も、無い。 ノゾミ:今はもう、いないのと、一緒……。 ノゾミ:ほとんど、喋らない、し。 カスミ:……ふぅん。 ノゾミ:学校から帰って……、 ノゾミ:その日はお母さん、休みの日だったけど、いつも通り、居なくて。 ノゾミ:リビングの……、お母さんとハルキの、写真とか。 ノゾミ:ずっとそのまんまの、壁のスケボーとか、見てたら、 タニマチ:あー……。 ノゾミ:もう私……、本当は、居ないのかも、とか。 ノゾミ:去年、轢かれて死んだのは、ホントはハルキじゃなくて私なのかも、とか。 ノゾミ:なんか、自分が、生きてない、っていうか。 ノゾミ:透き通って、見えない、ホントの、幽霊みたいな……、 カスミ:……「透明な存在」だぁ。 ヤナ:おっ、カスミンそれェっ、サカキバラっ。 ノゾミ:……とう、めい。 カスミ:知らない? ここに居る全員、生まれる前だけど。 カスミ:自分の存在の「透明さ」に耐えられずに、小さな子供を何人も殺した、コドモが居たの。 ノゾミ:…………、社会の授業で、習った。ちょっとだけ。 タニマチ:今もやるか、そりゃ。 ヤナ:90年代じゃハズせナイよねェ! 地下鉄サリン、東京タワー爆破と並んでっ! カスミ:そういうのまとめたサイトとか見るの、ちょっと好きなんだケド。 カスミ:同じ、14歳。「少年A」くんと。 ノゾミ:……中2病……、 ヤナ:アハハっ、それそれェ! ノゾミ:……って、自分でも、思う……。 タニマチ:てか現役の中2も言うんだ。 カスミ:でも。 カスミ:人を殺すのも、自分を殺すのも。 カスミ:その時は100パー、シリアスだったよね。 カスミ:多分、きっと。 ノゾミ:…………。 0:一見客は眼を逸らせず。女性店員と視線絡んだまま、思考の沈黙。 ヤナ:ちなみにィ、サカキバラくんは当時中3でェす。 タニマチ:あ、ソコいいっスー。 カスミ:ま……、イキオイはあったのかなぁ、思春期の。 ノゾミ:……勢いじゃ、ない、けど。私も……、 ノゾミ:夕方……、変な感じで、寒かったし。 ノゾミ:しばらく、ずっと、眠れて無かったから……。 ノゾミ:ちょっと、おかしくなってたと、思う。 ヤナ:眠れてなかったのォ? ノゾミ:…………、なん、か。 カスミ:全然、無理ナイけどね。 ノゾミ:家の、ベッド……、 ノゾミ:ちょっと、だけ、 ノゾミ:昔の、お父さんが居た時の事、思い出しちゃう、から……。 カスミ:離婚の前ってコト? ノゾミ:……そう。 0:眼の奥の光が、淡く潤み出す。 ノゾミ:うち……、ベッド全部、大きくて。3人とか、寝られるから。 ノゾミ:ちっちゃい時、お母さんと一緒に寝たり。 ノゾミ:ハルキも……、小学校上がっても、お化け怖い、とか言って、夜、入って来たり。 ノゾミ:お母さんも、面白がって入ってきて、3人で寝たり、とか。 ヤナ:イイなァーーっ。憧れの「川」の字っ。ウチは漢数字の「二」しか無理だったっ。 ノゾミ:お父さんは帰り遅いから……、あんまり、無かったけど。 ノゾミ:でも、3人で寝てるとこ、こっそり、写真、撮ったりとか……。 0:一見客は懐古と追想の面差し。 0:女性店員は、光を失した、黒夜の貌。 カスミ:……そ。 カスミ:幸せだった頃を、今と比べちゃって、と。 ノゾミ:……バカ、って、思うけど。 カスミ:「不毛」、って言うんだけどね。そういうの。 ノゾミ:……、 ノゾミ:言葉は、知ってる……。 ヤナ:(一見客をぎゅっ、と抱き締め) ヤナ:カスミン言葉キツぅーーーいっ。こォんな傷付いたリスみたいな子にィっ。 ヤナ:よしよしっ、ギュウーっ。 ノゾミ:ふ、あ……っ、 カスミ:……傷付いてても。弱くても。 カスミ:いつかは必ず1人になるよ。 ヤナ:(非難がましく) ヤナ:うーーーっ。 ノゾミ:……、……。 カスミ:ヤナの体、柔らかくて温かいでしょ。 ヤナ:(不意を突かれ赤面) ヤナ:うひっ!? 何イキナリっ!? カスミ:抱き締めてもらうのって気持ちイイよねぇ。 カスミ:守られて、受け入れられてる気持ちになるから。 ノゾミ:…………。 カスミ:でも。 カスミ:ソレをしてくれるのは母親だけじゃナイし。 カスミ:もう失くなったモノに、縋ってられる時間は、すぐ終わるから。 カスミ:役に立たなくなった親は、見捨てた方がイイと思うよ。 ノゾミ:…………。 ヤナ:ごめんねェノゾミーヌぅ、 ヤナ:カスミン今日なんか怖くてェ。 カスミ:それで。 カスミ:弟のコスプレして家出した、透明な少女Aの幽霊さんは。 カスミ:この3日間、どんな目に遭って来たのかなぁ。 ノゾミ:……っ、 0:一見客はギュ、とパーカーの裾を掴む。 ヤナ:あっ、このチマミレパーカーそーなんだァっ。 タニマチ:最初に言ってたな。てか血塗れチガウ。 ノゾミ:……あ、う……、 カスミ:ドコで寝てたの? ノゾミ:…………。 ノゾミ:……同級生に、教えて、もらって……、 カスミ:うん。 ノゾミ:Twitterに、そういう、グループっていうか、サークル、みたいなのがあって、 タニマチ:お。お。 ヤナ:キナくさァっ。初手から既にっ! ノゾミ:家で、居場所無い人とか、帰りたくない、事情、ある人とかが、 カスミ:家出した子が、ね。 ノゾミ:困った時、一緒に過ごしたり……、 ノゾミ:泊まる場所、紹介しあったり出来る感じの……、 ヤナ:神待ちのヤツじゃんっ。それヤバいってェ! カスミ:それ、「友達」がやろうとしてたらどうしてた? ノゾミ:……、止める、と、思う。 ノゾミ:でも……、その時は、なんか、色々……、よくなってて。 カスミ:(皮肉に笑み) カスミ:さっすが、14歳。透明だし怖いモン無しだぁ。 ヤナ:どっか泊まったのォ!? タニマチ:じゃなきゃ、駅とか公園はムズいもんな。 カスミ:パトロールしてるしね。夜はだいぶ寒いし。 ノゾミ:…………。 ノゾミ:19歳、って、言ってた、けど。 ノゾミ:多分、もっと、上……、 ヤナ:っ、え、まさか男っ?? ノゾミ:(首肯し) ノゾミ:……う、ん。 ヤナ:げぼォーーーっ。 ヤナ:ノゾミーヌ、アウトぉーーーっ。 ノゾミ:……、何もしない、する訳ない、って。 ノゾミ:そんなことしたら、グループ脱退だから、安心、って、言ってたけど、 カスミ:別アカ作れば済むしね? ノゾミ:うん。 ノゾミ:……けど。 ノゾミ:別に、って。 ヤナ:ヤケになったらイケぇーーんっ。 ヤナ:もーヤメてよォー。 0:ギュ、と抱き締め、顔を寄せる。 ノゾミ:……でも。 ノゾミ:やっぱり嘘、吐いてて。 カスミ:はぁい、お決まりパターン。 ノゾミ:夜……、寝てたら、 ヤナ:入って来たァっ!?? ノゾミ:「寒いし、寂しい、だろうから……、 ノゾミ:添い寝してあげる」、って……、 ヤナ:ゥぬがァーーーーっ!!! ヤナ:顔面スパイクサァーーーブっ!!! カスミ:出たぁ。 ヤナ:からの金的アンダーサァーーーブっ!!! カスミ:バレー部仕込みの痴漢撃退コンボぉ。ウククっ。 タニマチ:威力スゴそ。 ヤナ:誰が海外産メスゴリラじゃァいっつって! タニマチ:ゴリラは概(おおむ)ね海外産だろ。 タニマチ:……てか、それさァ、 ノゾミ:……、やっぱり、全然、無理、だったから……、 ノゾミ:「嫌だ」、って、 カスミ:言えたんだ。 カスミ:そしたら? ノゾミ:……、「出てけ」、って。 ノゾミ:急に、こわい、顔になって……、 ノゾミ:「社会はそんなに甘くない」、みたいな事……、 ヤナ:ノゾミーヌはゼンッゼン悪くナイっ!! ヤナ:トドメの金的ジャンプフローターサァーーーブっ!!! タニマチ:相手の位置と体勢が気になるな、その場合。 0:一見客は消沈。女性店員は、沈着。 カスミ:……悪いのはクズ男で、竿も玉もサーブで弾け飛んだらイイけども。 カスミ:温かいベッドを出たら、世界はキタナい、嘘吐きばっかりだ、って。 カスミ:……流石にちょっとは、味がわかった? ノゾミ:…………。 ノゾミ:うん。 0:暫しの沈黙。店外から、街路を風が吹き抜ける音。 タニマチ:……そー、かァ。 タニマチ:それで、だから一昨日、風呂入れなくて。 タニマチ:昨日は? ノゾミ:……ネットカフェ。 タニマチ:イケた? 受付。 ノゾミ:……ちょっと見られた、けど。大丈夫、だった。 ヤナ:コインシャワーとかはァ? あ、お金か……、 タニマチ:ビデオボックスとかなら……、 タニマチ:でも身分証いるか……、 ノゾミ:お金、ちゃんとは持って、来れなかったから……。 ノゾミ:あ、でもココはちゃんと、 カスミ:勿論。頂くつもりだけど。 カスミ:その後は? ノゾミ:……、……、 カスミ:お金も底突いて。お腹も多分空いてて。 カスミ:今度はセックスする? ヤナ:(眼光尖み)カスミンっ!! カスミ:ヤナみたいにスゴいカラダじゃなくても。 カスミ:幽霊じゃナイし、透明でもナイから。寄ってくるアリは幾らでも居る。 カスミ:喰われてもイイなら、好きにすれば。 ノゾミ:……、……、 ヤナ:むゥーー……。 ヤナ:言い方ってあるじゃァん……。 カスミ:コノ人みたいに、ちょっと優し過ぎるぐらいイイ人も居るし。 カスミ:ボクみたく、嫌な言い方しかしないのも居るけど。 ヤナ:タニーみたく噛み倒したガムみたいなのもいるしねェ……。 タニマチ:イジるならもーちょい愛を。 カスミ:……無難な助言とか、言ってくれる人、幾らでも居るから。 カスミ:1番、言って欲しがってる事、言ってあげる。 ノゾミ:……、言っ、て、ほしがって、 カスミ:(冷えた声音で)帰ったら? 0:静寂。その場には、生きた人間が、4人。 ノゾミ:……っ、……、 ノゾミ:そ、れは、 タニマチ:んー。まァ、でも……、 カスミ:ソレしかないんじゃナイ? カスミ:ホントに消えて、1人で何シテでも生きて行く、って言うなら別だけど。 ノゾミ:……、 カスミ:ビビってドア開けたのも、そんなトコじゃないの。 カスミ:大人なら、背中押してくれそうだし、ね? ノゾミ:…………っ、う、 カスミ:帰ってさ。 カスミ:お母さんがどれぐらいショック受けてて、狼狽(うろた)えてるかを確かめて。 カスミ:目的を果たせばイイんじゃない。 ヤナ:えェーー。 ヤナ:ノゾミーヌそうなの? 0:常連客は一見客の顔を覗き込む。 ノゾミ:……、う、 ノゾミ:でも……、そんなの、したら、駄目……、 ヤナ:えっ、どーしてェ??? ノゾミ:だって……、興味、無いし。 ノゾミ:嘘、ついた、し……、 ヤナ:(意図なく遮り)じゃなくてェー。 ヤナ:戻ってママミーヌがどんなんか見たかったら、見に帰ったらイイんじゃナイの?? ノゾミ:え……、 カスミ:(微か、笑み)……出た出たぁ。 ヤナ:「世界はイツでも自分の独壇場」って、私のママが言ってたよ。 ヤナ:このまま、失踪したまま消えたい感じだったら、ルート紹介も出来るしィ、 ノゾミ:ぇ、え……、 ヤナ:ウチの店のオーナーがねっ、色々コネあってェ、 ヤナ:仕事もだしィ、したかったら顔とかも変えれるよっ。 ヤナ:戸籍とかはちょっと、お金カナリかかっちゃうケド……、 ノゾミ:あ、う、う、いや……、 0:抱きすくめたまま、常連客は調子も変えず朗らかに話す。 ヤナ:歳も14ならもうイケるしっ。色々、出来る仕事あるよ、ノゾミーヌ可愛いし、困んないよォ多分っ。 ノゾミ:……あ、あ、の、 カスミ:ちゃんと、怖いし嫌だし無理ですって言わなきゃ。 カスミ:そのお姉さん、イロイロ全部ガバガバでヤバいから。 カスミ:トンデモないトコ連れてかれちゃうよぉ。ウクク。 0:一見客の赤らみがちだった顔が、青くなり。 ノゾミ:ぃ、ひ、あ、あ……、 ノゾミ:む、無理です、こ、こわい、し、私、う、あ……っ、 ヤナ:あ、そーォ? ヤナ:じゃ帰る? ノゾミーヌがしたいようにするのが1番だよっ。 ノゾミ:……あ、う…………、 0:種類の違う放心。 タニマチ:取り敢えず、1回ハグ解(と)いたら。 ヤナ:あっ、そーだねーェ。 ヤナ:トイレも行きづらかろう……。ほれ、解放じゃっ。 0:腕を解き、身を離す。一見客の身に残るは、生きた、体温。 ヤナ:まァたどーぞォー、つってっ。アハハハぁ。 ノゾミ:……、あ、温かかった、です……。 カスミ:ウクク。 カスミ:人肌恋しくなったらさぁ。ヤナんトコ来たらイイんじゃナイの。 ヤナ:あっ、イイよイイよーっ。ノゾミーヌだったらキスとかもイイよっ。 ノゾミ:(赤面し)あう……っ、そ、それは……っ、 ヤナ:あひゃっ、湯でダコぉーっ。 ヤナ:可愛いねェー、ほォれ撫で撫でっ。 0:柔らかに頭を撫で。一見客はされるがまま。 ノゾミ:……ヤナさん、手も温かい……。 カスミ:クフ、フ。懐いたぁ。 カスミ:良かったねぇ、トータルとしてはヒかれなくて。 ヤナ:寒いのはイイけど、ヒかれるようなトコあるゥ? ジッサイ。 タニマチ:全部くなァい? タニマチ:……ま、さて、と。 タニマチ:そろそろ、イイ時間ですけども。 ノゾミ:……、え、と……、 0:決めあぐね、戸惑う。 カスミ:出来る事だけ考えたらイイと思うよ? ノゾミ:出来る、こと……、 カスミ:「子供には無限の可能性が」、とか、大人はドヤ顔で言うかもだけど。 カスミ:出来ないコト、したがっても不毛だし。 カスミ:ソレって嘘だから。 ノゾミ:……、……、 カスミ:アナタはコドモだから、嘘、吐(つ)かないでアゲル。 カスミ:大人にはバンバン吐くケド、ねぇ。 ノゾミ:……、どう、したら……、 ヤナ:(遮り)要するにィっ!! ノゾミ:ひゃっ!? ヤナ:やりたい事ダケやったらイーんだよっっ! タニマチ:ほい来たァ。 ヤナ:ホントにやりたいコトだったら絶対やるしィ。思い付かない事はやりたくないコトだしィ。 ヤナ:ノゾミーヌはどうしたいの? ノゾミ:…………、あ、う、 カスミ:「お友達」の眼にはどう見えるのぉ? 嘘吐きな幽霊さんの、耐え難いほど透明な胸の裡(うち)は。 ノゾミ:え、と……、 タニマチ:ココぞとばかりに良いセリフ言おうとしてナイか……。 タニマチ:ま、職業病だけど。 0:答えに詰まり、一見客はまたも沈黙し。 0:暫し、静寂。 タニマチ:…………。 0:男性店員は、自前のグラスをコクリ、と一口。 タニマチ:……似たような事言うけどさァ。 タニマチ:「取り敢えずどうするか」、で考えたらどーかね。 ノゾミ:とりあえ、ず……。 タニマチ:俺らは結局他人だしさ。 タニマチ:してあげれる事って別に、無いし。 タニマチ:話聞いて、ふんふん言って、ちょいスッキリしてもらってそんだけ、って仕事だから。 カスミ:……ウクク。 タニマチ:で……、お客さんは、店閉まったら、取り敢えず帰るトコあんなら帰るモンだよ。 タニマチ:ソレが家でも、施設でも、道でも、 タニマチ:ダンボールでもテントでも。 タニマチ:ホームレスなれってんじゃナイけども。 ノゾミ:…………帰る、ところ。 タニマチ:居づらい家でも。 タニマチ:寝心地悪いベッドでも。 タニマチ:変えてくとか、子供は無理だけど。 タニマチ:死ぬかも、とか、殺されるかも、とかじゃナイなら……、 タニマチ:しばらく、我慢して。 タニマチ:出来るコト増えたら、逃げるなり、どっか出るなり、したらどーかね。 ノゾミ:……、……、 タニマチ:やり方も、 タニマチ:聞くなり、 タニマチ:調べるなり。 ノゾミ:…………、 カスミ:クフ。 カスミ:じゃ……、「取り敢えず」。 カスミ:今夜どーするか、決めてみたらイイんじゃない。 ノゾミ:……、 ノゾミ:あ、の……、 0:幽霊は、3者の人間の言葉を、咀嚼し、吟味している。 0:暫しの静寂。 ノゾミ:…………、 ノゾミ:と……、取り敢え、ず……、 ヤナ:おっ。 ノゾミ:ここの……、お店に、これ以上、迷惑かけたく、ないし、 カスミ:何にもだけどねぇ、ぶっちゃけ。 ノゾミ:捜索、願い……、もう、出てるかも、だけど。 ノゾミ:長くなったら、もっと、その、……、 カスミ:メンドくさい? ノゾミ:……かも、だし。 ノゾミ:お母さんが……、どう、なってても、 ノゾミ:結局はムカつくし、嫌なんだ、けど。 ノゾミ:……どんな、顔してるか……、 ノゾミ:ちょっとだけ見たい、っていうか、えと、 ヤナ:アハハぁ。 ノゾミ:……お金、無いし、お風呂、入りたいし。 ノゾミ:別に、どこに居たって……、眠れる訳でも、ないし。 ノゾミ:ネットも……、出来ないし、 カスミ:……後は? ノゾミ:…………、 ノゾミ:さ、寒い、しっ! カスミ:(吹き出し)ぷっ、ふ、クフフ、フ……。 カスミ:50点、ってトコかなぁ、透明度。 ノゾミ:……、駄目、かな。 カスミ:クフ。いや、ちょーどイイんじゃなぁい。 カスミ:嘘吐いてこーよ。ヒトにも、自分にも。 タニマチ:どないやねん。 ヤナ:どないヤネン裁判開廷っ! 被告っ! コンコンっ! タニマチ:変なの初めんなやっ。 タニマチ:……てか、もー電車は無いわな。 ヤナ:帰るならねェー。 ヤナ:最寄り、ドコ? ノゾミ:あ……、「梅咲台(うめさかだい)」。 ヤナ:んむゥーーっ。とーぜん、ノーガタンゴトンですなァーーっ。 カスミ:あの辺かぁ。イイとこの娘サンじゃん。 タニマチ:か……、お母さんに連絡取って、 カスミ:っていうのはどーお? クフフ。 ノゾミ:……そ、れは、……、 0:ほんの少しだけ考え。意を決し、 ノゾミ:……正直、したくない、 ノゾミ:……かも。 タニマチ:あい、ごもっとも。 カスミ:クフ。及第点。 タニマチ:っしゃ。となれば、と。 ノゾミ:あ……、ごめん、なさいっ。 ノゾミ:私、駅、とかで、始発まで……、 ヤナ:(遮り、勢い良く挙手) ヤナ:はいはいはァーーーいっ!! ヤナちゃんサマに天才的名案ちゃんありけりでェーーーーーっす!!! タニマチ:発言を許可しまァーす。 ヤナ:えっとねえっとねェーーっ。 ヤナ:始発出るまでェっ、ノゾミーヌはヤナん家(ち)にて夜を明かすのがイイと思いまァーーすっ。 ノゾミ:え……、 ヤナ:近くだからっ。モチ、何もシないからっ。したらグループ脱退だからァっ! ウヘヘヘェ……、 カスミ:アンタもグループのヒトかぁーい。 ノゾミ:あ、う……、そんな、 カスミ:イイんじゃナイの。1番手っ取り早いでしょ、お客さん同士で処理してもらうのが。 ノゾミ:……、でも……、 ヤナ:そーと決まれば同時処理ついでにィっ。 ヤナ:マスターっ、このカワイコちゃんの分も俺っちにツケといてくんなっ! ノゾミ:えっ、う、 タニマチ:や……、今日の分はイイわ。 ノゾミ:えっ、 タニマチ:ヤナには面倒押し付けるし。後は未成年割引き+初回チャージ無料で、俺らの奢り。 ノゾミ:はう、あ、え、 ヤナ:あァりァとござまァーーっス。お言葉甘えマクリマクリスティっ! タニマチ:ヴィジュアル四天王はもーイイよ。 ヤナ:さっさァ、ノゾミーヌたァーん。お姉さんと熱ゥい夜を過ごそーねェ……っ。 ヤナ:ウノやる? 人生ゲームっ? 実家から謎に持って来たベイブレードとか、バトルミラボットもあるよォーーっ。 タニマチ:充実コドモパークか。 ノゾミ:(目まぐるしく反応し) ノゾミ:あ、あ、う、え、っと…………、 0:女性店員はニヤ、と、三日月の笑み。 カスミ:ちょっとでも嫌なら正直に言った方がイイよぉ。 ヤナ:あっ!! カスミンも来るっ!? カスミ:全然寝れなそうだから行かない。 ヤナ:正直ィ。 ノゾミ:…………っ、 0:一見客は沈思黙考。三者の眼が注がれる。 ノゾミ:…………っ、ぉ、おっ、 ノゾミ:お世話に、なります……っ。 ヤナ:(狂喜し)うひーーーーーィっ!! ぃやァったァーーーーーぃっ!!! タニマチ:弾けすぎだろヒくわァ……。 ヤナ:じゃあさじゃあさァっ。善はイカのゲソ、あ、急げェっつって! ヤナ:秋の夜長をソレでも惜しんで、イザ、参らァーーんっ!! 0:常連客は一見客の腕を掴み、脱兎の如く駆け出さんとする。 ノゾミ:うあ、え、も、もうっ!?? ノゾミ:……っ、あっ、あっ、あの……っ、 カスミ:疲れて寝たくなったら正直に言うんだよ。止まってくれるから。 ノゾミ:あっ……、あっ、あの、あのっ……、 ノゾミ:あのっ!!!! 0:今日一番の大音声(だいおんじょう)。 0:万事が一時、静止し。 ノゾミ:…………っ、 ノゾミ:きょ、今日……、あのっ……、 ノゾミ:あ……、ありがとう、ございましたっ……。 ノゾミ:…………大人になったら、また来ますっ。 カスミ:……クフ、フ。 タニマチ:ん、ま……、自分で大人って思ったら、また。 ノゾミ:……、 ノゾミ:はい……っ! ヤナ:っしゃァ! ではではァっ、 カスミ:(遮り)あ。もう1個ダケ。 ヤナ:あんっ、もォーっ。カスミーヌ何ィっ? カスミ:さっき……、言ってたさぁ、 カスミ:ハルキくんの事、あんまり好きじゃなかった、みたいなヤツ。 ノゾミ:え……、 カスミ:アレ、嘘デショ。 0:一見客の、眼は見開かれ、 ノゾミ:……どう、して、 カスミ:(ニィ、と笑み) カスミ:嘘吐きの勘。どぉ? ノゾミ:…………。 0:幽霊の表情は、三日月に映るのみ。パーカーの裾をギュ、と掴み、 ノゾミ:……半分、当たりで……。 ノゾミ:半分、嘘。 カスミ:……ウク、ク。 カスミ:どないやねん。 ヤナ:(満を持して)はァいもうオッケーですねェーー!?? ヤナ:ほォんじゃまご両人っ、おやスミソニアン博物館ァーーーんっ!!! ノゾミ:う、あ、あうっ、 0:白金の救世主は半透明の幽霊を半ば抱え、けたたましく退店。 0:繋がれた手にはしかして確かに、生者の熱。 0:ドアベルが幽玄にして絢爛な音を残し、店内、2人。 カスミ:……アリガトーゴザイマシ、タ。 タニマチ:……ふィーーーっ。 タニマチ:あァっ。疲れた……。 0:ぼす、と、ドア近くのソファに腰掛け。 カスミ:タニマチ立ちっぱだったもんね。 タニマチ:や、ま、なんとなく……。 カスミ:……ボクも座ろ。 0:とす、と同じくソファに腰掛け。 カスミ:……おつかれ。 タニマチ:ん。イリヤも。 0:横並び。暫し、放心。 タニマチ:……来たな、結局。 カスミ:お客さん? タニマチ:んー。2人。 カスミ:……そ、だね。 0:穏やかなる沈黙。 カスミ:……カッコ付け過ぎ、って思った? タニマチ:ん? カスミ:色々。 タニマチ:……、ンやーー? タニマチ:ちゃんと意図は伝わってたと、思うけど……。 カスミ:……そ。 0:束の間、静寂。 タニマチ:ところで、さ。 カスミ:ん? タニマチ:家出、ってはっきりした時、さ。 タニマチ:俺はてっきり、 カスミ:うん。 タニマチ:ヤナが言ってたトンネルの幽霊は、あの子だったんじゃ、とか思ってさ、 カスミ:……、うん、 タニマチ:でも日にち……、 タニマチ:合わないん、よな。 カスミ:…………、 0:一時、沈黙。 カスミ:……、さぁ。 カスミ:だから嘘、デショ。 タニマチ:…………、な。 タニマチ:そーしとく、か。 カスミ:……。 0:両者、何とは無しの間。 タニマチ:てかさァ、 カスミ:なに? タニマチ:行かないでイイん? カスミ:……、 カスミ:は? タニマチ:や。なんか。 タニマチ:お泊り、便乗したそーなカオしてたかな、とか……。 カスミ:ナニ、それ。 タニマチ:違うなら、イーけど。 カスミ:…………。 0:暫し、沈黙。 カスミ:…………今日、ウチ来る、予定だったじゃん。 カスミ:イイの? タニマチ:ん……、また、荷ほどきの時にでも。 タニマチ:アノ子は多分、帰るじゃん、明日。 カスミ:……別に言い足りない事もナイけど。 タニマチ:ベイブレードやって来れば。 カスミ:私、 カスミ:……、 カスミ:ボク、アレ嫌い。 カスミ:……。 0:何とも言えぬ面差し。 カスミ:ま……。 カスミ:ヤナの見張り、かな。 タニマチ:んじゃソレで。 カスミ:…………。 0:す、と立ち上がり。 カスミ:片し、任せちゃうケド。 タニマチ:んー。おう。 カスミ:……おつかれ。看板だけ消してく。 タニマチ:(ひら、と手を振り) タニマチ:いってら。 0:手早く荷物を纏め、先出の2人に追い付くべく、女性店員は足早に退出。ドアベルが微か、嬉しげな音を立てる。 0:店内、1人。 タニマチ:…………、 0:のそり、と立ち上がり、独語。 タニマチ:え、「噛み倒したガムみたいなの」って何、マジで……。 0:暗転。 : 0:カスミではなく、タニマチにスポット。 タニマチ:本人先上がりしちゃったんで、代理で。 タニマチ:【本日のカクテルレシピ】 タニマチ:『サラトガ・クーラー』。 タニマチ:ライムジュース 20ml タニマチ:シュガーシロップ 2tsp(ティースプーン) タニマチ:以上をシェーク。氷と共にタンブラーに注ぎ、冷えたジンジャーエールで満たす。 タニマチ:フレッシュ・ミントの葉を飾ってサーブ。 タニマチ:……酒は入ってない、 タニマチ:ハズ。 0:【終】