台本概要

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タイトル おばあちゃんのタンス
作者名 まりおん  (@marion2009)
ジャンル ファンタジー
演者人数 2人用台本(男1、女1)
時間 20 分
台本使用規定 台本説明欄参照
説明 わたしに実害が無い範囲で、有料無料に関わらず全て自由にお使いください。
過度のアドリブ、内容や性別、役名の改編も好きにしてください。
わたしへの連絡や、作者名の表記なども特に必要ありません。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
はな 59
タンス 54
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
はな:わたしが小さい頃にお父さんとお母さんが亡くなって、それからわたしはおばあちゃんと暮らしていた。 はな:東京の郊外にある古い木造の一軒家。 はな:おばあちゃんと二人きりの生活。 はな:わたしは優しいおばあちゃんが大好きだった。 はな:わたしが泣いていると、いつもハンカチを差し出して、 はな:「これで涙をお拭き」と、わたしの頭を撫でてくれた。 はな:……そのおばあちゃんが、亡くなった。 はな:おばあちゃんのいなくなった家は、なんだかとても広く感じた。 はな:これでわたしはひとりぼっちだ。 はな:もうわたしが泣いていても、ハンカチを差し出してくれる人はいない。 はな:そんなことを考えながらおばあちゃんの部屋でひとり泣いていた。 はな:と、その時、後ろから急に声をかけられた。 タンス:「これで涙を拭いて、はなちゃん。」 はな:「え?」 はな:その声に驚いて振り向くと、そこには静かにハンカチを差し出している、 はな:古くて大きな木製のタンスがあった。 はな:「え?は?え?タンス?」 タンス:「ああ、ごめん。驚かせちゃったね。ぼくの名前はタンス。」 はな:「タンス?」 タンス:「そう。おばあちゃんのタンスの『タンス』。よろしくね。」 はな:「おばあちゃんの?っていうか、え?なんで話せるの?」 タンス:「なんでだろうね?」 はな:「え?」 タンス:「気付いたら話せてた。」 はな:「そう、なんだ…。」 タンス:「うん。僕はね、はなちゃんのおばあちゃんとはもう50年以上の付き合いさ。 タンス: だって僕は、おばあちゃんがお嫁さんに行くときに、一緒におじいちゃんの家に来たんだからね。」 はな:「そんなに昔から?」 タンス:「そうだよ。はなちゃんが来てからも、ずっとこの家にいたんだよ。」 はな:「そうなんだ…。わたし、全然気付かなかった。」 タンス:「まあ、さっきまでただのタンスだったからね。しょうがないよ。」 はな:「さっきまで?」 タンス:「そう。僕は今さっき、こうして話せるようになったんだ。」 はな:「そうなんだ。でも、どうして?」 タンス:「はなちゃんが…、一人で泣いていたから…。 タンス: はなちゃん、一人で泣かないで。これからは僕がそばにいるよ。」 はな:「タンスさん…。」 タンス:「さんはいらないよ。タンス。これからは僕がはなちゃんを守るから。おばあちゃんの代わりに。」 はな:わたしはタンスに抱きついて泣いた。 はな:タンスはただ静かにそこにいてくれた。  :  はな:タンスはとっても出来るタンスだった。 はな:わたしが学校に行ってる間に掃除や洗濯、食事の用意までしてくれた。 タンス:「はなちゃん!今日ははなちゃんの好きなオムライスだよ!」 はな:「わあ!すごい!美味しそう!」 タンス:「さ、早く手を洗って着替えて来な。」 はな:「はーい。」 はな:おばあちゃんが亡くなって一人になったわたし。 はな:タンスがいなかったらどうなっていただろうと思う。 タンス:「はなちゃん、学校はどう?楽しい?」 はな:「う、うん。楽しいよ。お友達もいっぱいいるし。」 タンス:「・・・・・・。」 はな:「タンス?どうしたの?」 タンス:「…僕には嘘つかなくていいんだよ。」 はな:「え?」 タンス:「…きつかったらやめてもいいんだよ? タンス: 高校行ってなくてもちゃんと働いてる人はいるし、高卒の資格を取って、大学に行くっていう方法だってあるんだし。 タンス: はなちゃんを傷つけるやつらがいるとこなんかに無理して行かなくてもいいんだよ。」 はな:「……うん。」 タンス:「…そうだ。今日はプリン作ったんだ。」 はな:「作った?タンス、プリン作れるの?」 タンス:「けっこう簡単だよ?おばあちゃんが作ってるの見てたしね。」 はな:「おばあちゃんのプリン…。」 タンス:「ほら、早くご飯食べちゃって。そんで、プリン食べよう。」 はな:「うん!」 はな:わたしはタンスに言われたとおり学校を辞めた。 はな:それからは毎日タンスと過ごした。 はな:タンスは物知りで、勉強もそれ以外のいろんなこともわたしに教えてくれた。 はな:タンスはとても優しかった。 はな:わたしのお願いをなんでも聞いてくれた。 はな:でも、わたしがいけないことをしたり言ったら、ちゃんと叱ってくれた。 はな:わたしはタンスのことが好きになっていった。 はな:わたしはもう、タンスがいれば他に誰もいらない。 はな:タンスと二人でずっと生きていくんだ。 はな:そうタンスに伝えると、タンスは少し寂しそうに笑った。 はな:そして、すこし間を置いてから タンス:「そうだね。それも、いいかもね。」 はな:と言った。  :  はな:でも、その日は突然やってきた。 はな:その頃には、わたしはタンスのいる部屋で、タンスに寄り添うように布団を敷いて寝ていた。 タンス:「はな!僕から離れないで!あと、布団を頭からかぶって!」 はな:大きな揺れを感じて目を覚ますと、タンスが怖いくらい真剣な声でそう言った。 はな:「タンス…、タンス、怖いよぅ。」 タンス:「大丈夫。大丈夫だから。僕から絶対に離れないでね。」 はな:「うん。」 はな:すごく近くで大きな地響きがした。と、同時に、タンスが苦しそうな声を出した。 タンス:「うっ、ぐぅ…。」 はな:「大丈夫?タンス!」 タンス:「…あぁ。僕は大丈夫。はなは怪我はないかい?」 はな:「うん。わたしは大丈夫。」 タンス:「そうか。良かった。」 はな:「…揺れは収まったかな?」 タンス:「どうだろう?大きな地震の時は、揺り返しにも注意が必要だからね。」 はな:「揺り返し?」 タンス:「大きな地震の後は、それに関連して余震が起きることが多い。 タンス: まだ油断はできないね。」 はな:「そうなんだ…。」 タンス:「でも大丈夫。はなは僕が守るから。」 はな:「タンス…。うん。ありがと。」 はな:それから、携帯電話で地震の情報を確認した。 はな:震度7の直下型の地震。 はな:関東の広い範囲でかなりの被害が出ているみたいだった。 はな:それから2時間ほど布団の中に潜ってやり過ごした。 はな:その間にも、何度も地震があった。 はな:でも、タンスがそばにいると思えばそこまで怖くはなかった。 はな:だって、タンスが必ず守ってくれると信じていたから。 はな:携帯で時間を確認すると、もう6時だった。 はな:そろそろ様子を見てみようと布団から出てみると、おばあちゃんちだった木造の家屋は倒壊して、屋根がすぐ目の前にあった。 はな:「え?これ…。」 タンス:「はな、大丈夫そうか?」 はな:その声でタンスを見ると、タンスは自分の体で屋根を支えていた。 はな:あの時の大きな地響きは、屋根が落ちてきた時のものだった。 はな:「タンス!大丈夫!?」 タンス:「ああ、大丈夫だよ。僕はこう見えても高級なタンスだからね。 タンス: 使っている木材だって一級品なんだから。」 はな:「でも…。」 タンス:「はなが動けそうなら、ちょっと出られるところがあるか見てくれるかな? タンス: 大丈夫とは言え、いつ屋根が崩れて落ちてくるかわからないからね。」 はな:「うん…。」 タンス:「でも気をつけてね。あまり動かすと、バランスが崩れて屋根が落ちてきちゃうから。」 はな:「わかった。」 はな:わたしは動ける範囲で出口を探してみた。 はな:けれど、どこも埋もれてしまって外には出られそうになかった。 タンス:「救助がくるのを待つしかないか…。」 はな:「ごめんね…。」 タンス:「なんではなが謝るのさ。状況が確認できただけでも十分だよ。あとは僕に任せて。」 はな:「タンス…。」 タンス:「ところで、お腹は空いてない?」 はな:「お腹は空いてないけど、すこし喉が渇いたかも…。」 タンス:「そっか。じゃあ、下から2番目の引き出しを開けてみて。」 はな:「え?ここ?」 タンス:「そう。」 はな:「うん…。え?これって…。」 タンス:「うん。お水。非常用に用意しておいたんだ。 タンス: 下から3番目は食べ物。お腹にたまるものから甘いものまであるよ。 タンス: 一番下は消火器とか懐中電灯とか携帯の充電器とか。 タンス: ほかの引き出しにも色々入ってるから後で確認しておいて。」 はな:「だから今まで、引き出しを開けさせてくれなかったの?」 タンス:「そう。なんだか恥ずかしくってね。でも、用意しておいて良かった。」 はな:「タンス…。ありがとう。」 タンス:「はなのことは僕が守るって言っただろ?」 はな:「うん…。あのさ。」 タンス:「なに?」 はな:「はなって…。」 タンス:「え?…あっ!ごめんね。呼び捨てにしてた。」 はな:「ううん。うれしい。これからも、はなって呼んで。」 タンス:「…うん。わかった。はな。」 はな:「ふふ…。」  :  はな:それから二日経ってもまだ救助は来なかった。 はな:「ねえ…、見ないでね。」 タンス:「見てなくても、はなが何を取っていったかわかるよ? タンス: 僕は中身を管理しているからね。 タンス: でも、おむつを使うのがそんなに恥ずかしいの?」 はな:「もう!言わないでよ!」 タンス:「こんな状況なんだから仕方ないじゃないか。 タンス: それに赤ん坊の時も、年をとった後もおむつにはお世話になるんだよ? タンス: そんなに恥ずかしいことじゃないと思うんだけどなぁ。」 はな:「でも嫌なの。」 タンス:「それに、はな、わざとあまり食べないようにしてるでしょ? タンス: ちゃんと食べないと、体力が落ちて救助が来るまで持たないよ?」 はな:「だって…、トイレに行けないから…。」 タンス:「もうすぐ救助が来るはずだから。それまでちゃんと元気でいないと。」 はな:「うん…。」 はな:その時、外から生存確認する救助隊員の声が聞こえてきた。 タンス:「お!はな!」 はな:「うん!いま~す!ここに一人いま~す!!」 はな:わたしの声に気づいた隊員が何やら指示を出しているようだった。 はな:そして、今から撤去作業に入るからもう少し待ってくれと言われた。 タンス:「良かった。これでもう大丈夫だ。」 はな:「うん!」 はな:屋根を崩さないように撤去する作業は、思ったよりも時間がかかった。 はな:発見から5時間と少しして、ついに救助隊員がわたしのところにやってきた。 はな:隊員は、わたしの手を取って、今来た道を戻ろうとした。 はな:「あの!タンスも、タンスも一緒に連れて行きたいんですけど。」 はな:救助隊員は不思議そうにタンスを見た。 はな:そして、あれを持っていくのは無理だと言った。 はな:「でも!」 タンス:「はな。いいんだよ。僕はここに残る。」 はな:「タンス…。」 タンス:「僕が動けば屋根が崩れて落ちてきちゃうからね。それに…、はなからは見えないけれど、僕はもう背板が折れてバキバキなんだ。 タンス: なんとか今日まで頑張って支えてきたけど、もう限界だ。 タンス: 側面の板もミシミシ言ってる。 タンス: だから、僕がまだ支えていられるうちに、はなだけでもここから出て行って。」 はな:「そんな…。嫌だよ、タンス。ずっと一緒にいてよ。わたしを一人にしないでよ…。」 タンス:「はな、僕はずっとはなのそばにいるよ。話せなくたってそばにいる。 タンス: それはおばあちゃんも、お父さんも、お母さんだってそうだ。 タンス: はなはみんなに愛されているんだよ。そのことを忘れないで。 タンス: 愛しているよ、はな。」 はな:「タンス~!タンス~!」 はな:そこから動こうとしないわたしを救助隊の人が抱えて無理やり連れ出した。 はな:わたしが外に出ると、大きな音を立てておばあちゃんの家は潰れた。 はな:わたしは潰れてしまった家の前でずっと泣き続けた。  :  はな:3ヶ月後、わたしは近くの安いアパートを借りて暮らしていた。 はな:今日はおばあちゃんの家の撤去作業の日だ。 はな:作業員が折れた木材や瓦をトラックに積み込んで、徐々に片付いていく。 はな:やがて、家の真ん中あたりに、半分に折れて倒れているタンスを見つけた。 はな:わたしは作業を中断してもらって、そのタンスに駆け寄った。 はな:引き出しの中には、まだわたしのための食べ物や飲み物が残っていた。 はな:その時、タンスの裏側に写真が貼ってあるのが見えた。 はな:それを剥がして見てみると、20代くらいの若い男の人が写っていた。 はな:裏面を見てみると、「大好きなあなた。静江。」と書かれていた。 はな:静江とはおばあちゃんの名前だ。 はな:大好きなあなた、つまりこの写真の男性は、きっとわたしのおじいちゃんだ。 はな:おじいちゃんは、おばあちゃんが若い頃に亡くなったと聞いていた。 はな:一度、写真は無いのか聞いてみたことがあるけど、 はな:『思い出すと泣いちゃうから、見えないところにしまってあるの』とおばちゃんは言った。 はな:きっと、これがその写真なのだ。 はな:「タンス…。タンスってもしかして…。」 タンス:「はな、僕はずっとはなのそばにいるよ。話せなくたってそばにいる。 タンス: それはおばあちゃんも、お父さんも、お母さんだってそうだ。 タンス: はなはみんなに愛されているんだよ。そのことを忘れないで。 タンス: 愛しているよ、はな。」 はな:「おじいちゃん、かっこよすぎるよ…。」 はな:わたしはタンスの引き出しの板を一枚もらって帰った。 はな:そしてそれで小さな台を作って、おじいちゃんと、おばあちゃんと、お父さんとお母さんの写真をその上に飾った。 はな:その写真を見ると、もうわたしはひとりじゃないって、そう思えた。 はな:だって、大好きな家族がいつもそばにいてくれるって、おじいちゃんが教えてくれたから。 0:おわり

はな:わたしが小さい頃にお父さんとお母さんが亡くなって、それからわたしはおばあちゃんと暮らしていた。 はな:東京の郊外にある古い木造の一軒家。 はな:おばあちゃんと二人きりの生活。 はな:わたしは優しいおばあちゃんが大好きだった。 はな:わたしが泣いていると、いつもハンカチを差し出して、 はな:「これで涙をお拭き」と、わたしの頭を撫でてくれた。 はな:……そのおばあちゃんが、亡くなった。 はな:おばあちゃんのいなくなった家は、なんだかとても広く感じた。 はな:これでわたしはひとりぼっちだ。 はな:もうわたしが泣いていても、ハンカチを差し出してくれる人はいない。 はな:そんなことを考えながらおばあちゃんの部屋でひとり泣いていた。 はな:と、その時、後ろから急に声をかけられた。 タンス:「これで涙を拭いて、はなちゃん。」 はな:「え?」 はな:その声に驚いて振り向くと、そこには静かにハンカチを差し出している、 はな:古くて大きな木製のタンスがあった。 はな:「え?は?え?タンス?」 タンス:「ああ、ごめん。驚かせちゃったね。ぼくの名前はタンス。」 はな:「タンス?」 タンス:「そう。おばあちゃんのタンスの『タンス』。よろしくね。」 はな:「おばあちゃんの?っていうか、え?なんで話せるの?」 タンス:「なんでだろうね?」 はな:「え?」 タンス:「気付いたら話せてた。」 はな:「そう、なんだ…。」 タンス:「うん。僕はね、はなちゃんのおばあちゃんとはもう50年以上の付き合いさ。 タンス: だって僕は、おばあちゃんがお嫁さんに行くときに、一緒におじいちゃんの家に来たんだからね。」 はな:「そんなに昔から?」 タンス:「そうだよ。はなちゃんが来てからも、ずっとこの家にいたんだよ。」 はな:「そうなんだ…。わたし、全然気付かなかった。」 タンス:「まあ、さっきまでただのタンスだったからね。しょうがないよ。」 はな:「さっきまで?」 タンス:「そう。僕は今さっき、こうして話せるようになったんだ。」 はな:「そうなんだ。でも、どうして?」 タンス:「はなちゃんが…、一人で泣いていたから…。 タンス: はなちゃん、一人で泣かないで。これからは僕がそばにいるよ。」 はな:「タンスさん…。」 タンス:「さんはいらないよ。タンス。これからは僕がはなちゃんを守るから。おばあちゃんの代わりに。」 はな:わたしはタンスに抱きついて泣いた。 はな:タンスはただ静かにそこにいてくれた。  :  はな:タンスはとっても出来るタンスだった。 はな:わたしが学校に行ってる間に掃除や洗濯、食事の用意までしてくれた。 タンス:「はなちゃん!今日ははなちゃんの好きなオムライスだよ!」 はな:「わあ!すごい!美味しそう!」 タンス:「さ、早く手を洗って着替えて来な。」 はな:「はーい。」 はな:おばあちゃんが亡くなって一人になったわたし。 はな:タンスがいなかったらどうなっていただろうと思う。 タンス:「はなちゃん、学校はどう?楽しい?」 はな:「う、うん。楽しいよ。お友達もいっぱいいるし。」 タンス:「・・・・・・。」 はな:「タンス?どうしたの?」 タンス:「…僕には嘘つかなくていいんだよ。」 はな:「え?」 タンス:「…きつかったらやめてもいいんだよ? タンス: 高校行ってなくてもちゃんと働いてる人はいるし、高卒の資格を取って、大学に行くっていう方法だってあるんだし。 タンス: はなちゃんを傷つけるやつらがいるとこなんかに無理して行かなくてもいいんだよ。」 はな:「……うん。」 タンス:「…そうだ。今日はプリン作ったんだ。」 はな:「作った?タンス、プリン作れるの?」 タンス:「けっこう簡単だよ?おばあちゃんが作ってるの見てたしね。」 はな:「おばあちゃんのプリン…。」 タンス:「ほら、早くご飯食べちゃって。そんで、プリン食べよう。」 はな:「うん!」 はな:わたしはタンスに言われたとおり学校を辞めた。 はな:それからは毎日タンスと過ごした。 はな:タンスは物知りで、勉強もそれ以外のいろんなこともわたしに教えてくれた。 はな:タンスはとても優しかった。 はな:わたしのお願いをなんでも聞いてくれた。 はな:でも、わたしがいけないことをしたり言ったら、ちゃんと叱ってくれた。 はな:わたしはタンスのことが好きになっていった。 はな:わたしはもう、タンスがいれば他に誰もいらない。 はな:タンスと二人でずっと生きていくんだ。 はな:そうタンスに伝えると、タンスは少し寂しそうに笑った。 はな:そして、すこし間を置いてから タンス:「そうだね。それも、いいかもね。」 はな:と言った。  :  はな:でも、その日は突然やってきた。 はな:その頃には、わたしはタンスのいる部屋で、タンスに寄り添うように布団を敷いて寝ていた。 タンス:「はな!僕から離れないで!あと、布団を頭からかぶって!」 はな:大きな揺れを感じて目を覚ますと、タンスが怖いくらい真剣な声でそう言った。 はな:「タンス…、タンス、怖いよぅ。」 タンス:「大丈夫。大丈夫だから。僕から絶対に離れないでね。」 はな:「うん。」 はな:すごく近くで大きな地響きがした。と、同時に、タンスが苦しそうな声を出した。 タンス:「うっ、ぐぅ…。」 はな:「大丈夫?タンス!」 タンス:「…あぁ。僕は大丈夫。はなは怪我はないかい?」 はな:「うん。わたしは大丈夫。」 タンス:「そうか。良かった。」 はな:「…揺れは収まったかな?」 タンス:「どうだろう?大きな地震の時は、揺り返しにも注意が必要だからね。」 はな:「揺り返し?」 タンス:「大きな地震の後は、それに関連して余震が起きることが多い。 タンス: まだ油断はできないね。」 はな:「そうなんだ…。」 タンス:「でも大丈夫。はなは僕が守るから。」 はな:「タンス…。うん。ありがと。」 はな:それから、携帯電話で地震の情報を確認した。 はな:震度7の直下型の地震。 はな:関東の広い範囲でかなりの被害が出ているみたいだった。 はな:それから2時間ほど布団の中に潜ってやり過ごした。 はな:その間にも、何度も地震があった。 はな:でも、タンスがそばにいると思えばそこまで怖くはなかった。 はな:だって、タンスが必ず守ってくれると信じていたから。 はな:携帯で時間を確認すると、もう6時だった。 はな:そろそろ様子を見てみようと布団から出てみると、おばあちゃんちだった木造の家屋は倒壊して、屋根がすぐ目の前にあった。 はな:「え?これ…。」 タンス:「はな、大丈夫そうか?」 はな:その声でタンスを見ると、タンスは自分の体で屋根を支えていた。 はな:あの時の大きな地響きは、屋根が落ちてきた時のものだった。 はな:「タンス!大丈夫!?」 タンス:「ああ、大丈夫だよ。僕はこう見えても高級なタンスだからね。 タンス: 使っている木材だって一級品なんだから。」 はな:「でも…。」 タンス:「はなが動けそうなら、ちょっと出られるところがあるか見てくれるかな? タンス: 大丈夫とは言え、いつ屋根が崩れて落ちてくるかわからないからね。」 はな:「うん…。」 タンス:「でも気をつけてね。あまり動かすと、バランスが崩れて屋根が落ちてきちゃうから。」 はな:「わかった。」 はな:わたしは動ける範囲で出口を探してみた。 はな:けれど、どこも埋もれてしまって外には出られそうになかった。 タンス:「救助がくるのを待つしかないか…。」 はな:「ごめんね…。」 タンス:「なんではなが謝るのさ。状況が確認できただけでも十分だよ。あとは僕に任せて。」 はな:「タンス…。」 タンス:「ところで、お腹は空いてない?」 はな:「お腹は空いてないけど、すこし喉が渇いたかも…。」 タンス:「そっか。じゃあ、下から2番目の引き出しを開けてみて。」 はな:「え?ここ?」 タンス:「そう。」 はな:「うん…。え?これって…。」 タンス:「うん。お水。非常用に用意しておいたんだ。 タンス: 下から3番目は食べ物。お腹にたまるものから甘いものまであるよ。 タンス: 一番下は消火器とか懐中電灯とか携帯の充電器とか。 タンス: ほかの引き出しにも色々入ってるから後で確認しておいて。」 はな:「だから今まで、引き出しを開けさせてくれなかったの?」 タンス:「そう。なんだか恥ずかしくってね。でも、用意しておいて良かった。」 はな:「タンス…。ありがとう。」 タンス:「はなのことは僕が守るって言っただろ?」 はな:「うん…。あのさ。」 タンス:「なに?」 はな:「はなって…。」 タンス:「え?…あっ!ごめんね。呼び捨てにしてた。」 はな:「ううん。うれしい。これからも、はなって呼んで。」 タンス:「…うん。わかった。はな。」 はな:「ふふ…。」  :  はな:それから二日経ってもまだ救助は来なかった。 はな:「ねえ…、見ないでね。」 タンス:「見てなくても、はなが何を取っていったかわかるよ? タンス: 僕は中身を管理しているからね。 タンス: でも、おむつを使うのがそんなに恥ずかしいの?」 はな:「もう!言わないでよ!」 タンス:「こんな状況なんだから仕方ないじゃないか。 タンス: それに赤ん坊の時も、年をとった後もおむつにはお世話になるんだよ? タンス: そんなに恥ずかしいことじゃないと思うんだけどなぁ。」 はな:「でも嫌なの。」 タンス:「それに、はな、わざとあまり食べないようにしてるでしょ? タンス: ちゃんと食べないと、体力が落ちて救助が来るまで持たないよ?」 はな:「だって…、トイレに行けないから…。」 タンス:「もうすぐ救助が来るはずだから。それまでちゃんと元気でいないと。」 はな:「うん…。」 はな:その時、外から生存確認する救助隊員の声が聞こえてきた。 タンス:「お!はな!」 はな:「うん!いま~す!ここに一人いま~す!!」 はな:わたしの声に気づいた隊員が何やら指示を出しているようだった。 はな:そして、今から撤去作業に入るからもう少し待ってくれと言われた。 タンス:「良かった。これでもう大丈夫だ。」 はな:「うん!」 はな:屋根を崩さないように撤去する作業は、思ったよりも時間がかかった。 はな:発見から5時間と少しして、ついに救助隊員がわたしのところにやってきた。 はな:隊員は、わたしの手を取って、今来た道を戻ろうとした。 はな:「あの!タンスも、タンスも一緒に連れて行きたいんですけど。」 はな:救助隊員は不思議そうにタンスを見た。 はな:そして、あれを持っていくのは無理だと言った。 はな:「でも!」 タンス:「はな。いいんだよ。僕はここに残る。」 はな:「タンス…。」 タンス:「僕が動けば屋根が崩れて落ちてきちゃうからね。それに…、はなからは見えないけれど、僕はもう背板が折れてバキバキなんだ。 タンス: なんとか今日まで頑張って支えてきたけど、もう限界だ。 タンス: 側面の板もミシミシ言ってる。 タンス: だから、僕がまだ支えていられるうちに、はなだけでもここから出て行って。」 はな:「そんな…。嫌だよ、タンス。ずっと一緒にいてよ。わたしを一人にしないでよ…。」 タンス:「はな、僕はずっとはなのそばにいるよ。話せなくたってそばにいる。 タンス: それはおばあちゃんも、お父さんも、お母さんだってそうだ。 タンス: はなはみんなに愛されているんだよ。そのことを忘れないで。 タンス: 愛しているよ、はな。」 はな:「タンス~!タンス~!」 はな:そこから動こうとしないわたしを救助隊の人が抱えて無理やり連れ出した。 はな:わたしが外に出ると、大きな音を立てておばあちゃんの家は潰れた。 はな:わたしは潰れてしまった家の前でずっと泣き続けた。  :  はな:3ヶ月後、わたしは近くの安いアパートを借りて暮らしていた。 はな:今日はおばあちゃんの家の撤去作業の日だ。 はな:作業員が折れた木材や瓦をトラックに積み込んで、徐々に片付いていく。 はな:やがて、家の真ん中あたりに、半分に折れて倒れているタンスを見つけた。 はな:わたしは作業を中断してもらって、そのタンスに駆け寄った。 はな:引き出しの中には、まだわたしのための食べ物や飲み物が残っていた。 はな:その時、タンスの裏側に写真が貼ってあるのが見えた。 はな:それを剥がして見てみると、20代くらいの若い男の人が写っていた。 はな:裏面を見てみると、「大好きなあなた。静江。」と書かれていた。 はな:静江とはおばあちゃんの名前だ。 はな:大好きなあなた、つまりこの写真の男性は、きっとわたしのおじいちゃんだ。 はな:おじいちゃんは、おばあちゃんが若い頃に亡くなったと聞いていた。 はな:一度、写真は無いのか聞いてみたことがあるけど、 はな:『思い出すと泣いちゃうから、見えないところにしまってあるの』とおばちゃんは言った。 はな:きっと、これがその写真なのだ。 はな:「タンス…。タンスってもしかして…。」 タンス:「はな、僕はずっとはなのそばにいるよ。話せなくたってそばにいる。 タンス: それはおばあちゃんも、お父さんも、お母さんだってそうだ。 タンス: はなはみんなに愛されているんだよ。そのことを忘れないで。 タンス: 愛しているよ、はな。」 はな:「おじいちゃん、かっこよすぎるよ…。」 はな:わたしはタンスの引き出しの板を一枚もらって帰った。 はな:そしてそれで小さな台を作って、おじいちゃんと、おばあちゃんと、お父さんとお母さんの写真をその上に飾った。 はな:その写真を見ると、もうわたしはひとりじゃないって、そう思えた。 はな:だって、大好きな家族がいつもそばにいてくれるって、おじいちゃんが教えてくれたから。 0:おわり