台本概要
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タイトル | 薔薇の魔女 |
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作者名 | 橘りょう (@tachibana390) |
ジャンル | ファンタジー |
演者人数 | 3人用台本(男2、女1) |
時間 | 70 分 |
台本使用規定 | 台本説明欄参照 |
説明 |
暗く深い森の奥に、薔薇に囲まれた館がある。 その館に住むのは二目と見られない醜い魔女が一人… 森で怪我をして助けられた青年シエルと、館に住む魔女リリーと従者のカーディナルの3人の物語。 登場人物の性別変更は不可、読み手の性別は不問。 作品名、作者名、台本へのリンクの表記をお願いいたします。 余裕があれば後でも構わないのでTwitterなどで教えて下さると嬉しいです、 アーカイブが残っていたら喜んで聴きに行かせていただきます。 590 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
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シエル | 男 | 276 | 森で怪我をした青年。妹の病を治す薬を求めて魔女を探している。 |
リリー | 女 | 219 | 薔薇に囲まれた館に住む魔女。外見は20代半ば位。仮面をつけていて薬学に造詣が深い |
カーディナル | 男 | 168 | リリーの従者で彼女を強く慕っている。17歳。料理上手で館のことを色々とやっている。 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
シエル:(M)深く暗い森の奥。
シエル:迷いの森と呼ばれるその奥には、薔薇に一年中囲まれた館がある。人も獣すらも近寄らない、更には見えても辿り着けない不思議な館に住むのは、二目と見れない醜い魔女なのだという…
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シエル:う…うぅ…アナ…
カーディナル:…気が付いたか
シエル:う…誰…いっ…つぅ…!
カーディナル:動くな、傷が深い
シエル:体が…焼けるようだ…
カーディナル:熱も高い、動こうとするんじゃない
シエル:ここは…
リリー:私の館です。貴方は森の中に倒れていたの、覚えがある?
シエル:…森…あぁ、そうだ…なにかに、襲われた…
カーディナル:恐らく森の魔獣だ。毒を持つものも多い。見た所狩人でも無さそうだな、なんでまたあんな所に…
リリー:カーディナルが貴方を見つけたの。…カーディナルと言うのはさっき喋った男の子よ
シエル:あぁ…ありがとう…
リリー:もう少し眠った方がいいわ。傷が癒えるまでは大人しくしていて頂戴ね
カーディナル:今は眠れ。そして傷を癒してさっさと出ていってくれ
シエル:…すまない…(眠りに落ちる)
カーディナル:…リリー様、この様な得体の知れない者、手当だけして街に送り届ければ良かったのでは?今からでも僕が…
リリー:ダメよ。手を出した以上は最後までちゃんと責任を取らなくちゃ
カーディナル:しかし、この者が危害を加えてこないとも…!
リリー:心配症ね。大丈夫、その時はカーディナルが守ってくれるでしょ?
カーディナル:勿論です
リリー:それなら何も心配ないわ。それに…
カーディナル:?
リリー:きっとこの人は悪い人じゃない。長年の勘がそう言ってるの。だから大丈夫。
リリー:さぁ追加で薬を作った方が良いわ、手伝ってくれる?
カーディナル:かしこまりました…
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シエル:(M)全身を巡る驚く程に熱い血の流れにうなされながら、私はいくつもの夢を見た。どれも支離滅裂で恐ろしい物ばかりだったが、時折眠りが浅くなった時、額に触れる冷たい柔らかな手の感触と甘い香りが心地良く、私の意識を深い眠りへと誘う。その時は心ばかり穏やかな夢を見ていた様な気がした
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:
シエル:ん…
リリー:目が覚めた?
シエル:…ここは…
リリー:私の館。同じやり取りをしたのを覚えてる?
シエル:あぁ…そう、だったな…(体を起こそうとする)うくっ…!
リリー:何日も寝ていたんだから、無理はしないで。体が動かないでしょう?少しずつ動いていけばいい
シエル:何も、見えん…
リリー:…毒が、目に入ってしまったのね。痛みはある?
シエル:痛みはないが…
リリー:光は?分かるかしら?
シエル:…深い霧の中にいるようで…明るいのは、何となく
リリー:体の傷はかなり良くはなってるけど、まだ完全に癒えてない。少しづつ体を動かしながら治療に専念して
0:ドアのノック音
カーディナル:失礼しま…リリー様!
リリー:大丈夫よ、カーディナル。体をようやく起こしただけなんだから
カーディナル:もう起きれるようになったなら…
リリー:(窘めるように)カーディナル
カーディナル:…申し訳ありません…
リリー:ごめんなさいね、賑やかで。
リリー:…光が分かるなら、きっとまた見えるようになる。治療を続けましょう
シエル:貴女は…医者か?
リリー:違うわ
カーディナル:リリー様は薬学に造詣が深いんだ。そこいらの医者と一緒にするな
リリー:…カーディナル
カーディナル:す…すみません…
リリー:この子は時々言葉がキツくなってしまうけれど、良い子なの。誤解しないでね。一生懸命なの
シエル:見えなくともわかる。彼は貴女を随分と慕っているようだ
カーディナル:心の底からお慕いしている!
リリー:(呆れたように)カーディナル…
シエル:ははっ
リリー:良かった、少し元気が出たみたいで。栄養をとりながら体を動かしていけばすぐに動けるようになるわ。目も良くなる
カーディナル:それにしても貴様、一体どこから来た?森に街の奴らは近付かん。見慣れない服装だ。街の人間では無いのだろう?
シエル:私は…この辺りの人間じゃないんだ。どんな病も治す薬を作る魔女がいるという噂を聞いて、海を渡ってきた
リリー:海の、向こうから…
カーディナル:そんな遠くから来ないとダメなほど、世の医者共は無能なのか?
シエル:妹が、重い病に侵されている。難しい病としか聞いていないが…私は薬を作ってもらいたくて…妹を助けたくてその魔女を探してるんだ
カーディナル:フンッ、どんなに素晴らしい技術があろうとも、素人から聞いた程度で薬は作れまいよ。無駄足だ
シエル:そう、なのか…
リリー:…その魔女の噂は、どう聞いてきたの?
カーディナル:リリー様…
リリー:街でもなにか噂話を聞いたのでしょう?
シエル:あ、あぁ…。どんな病も治す薬が作れる魔女が森の奥に住んでいる、と。危険な魔獣もその館は避けて通る…
リリー:他にもあるでしょう?
カーディナル:リリー様!
リリー:その魔女は、二目と見れない程醜い魔女だ、と。街の人はそう言っているはずよ
シエル:…もしや、貴女が…
リリー:私がその、森の魔女よ
:
シエル:(M)森の奥に魔女がいる。どんな病も治す薬を作れるがその姿は恐ろしく、二目と見れないほどに醜い。魔獣ですら近付こうとしない。美しい薔薇に囲まれた館に住む化け物だ
:
カーディナル:リリー様!
リリー:…彼はわざわざ海を渡ってまで私を探しに来てくれたお客様だもの。話くらいは聞かないと失礼でしょう?
リリー:どう?街の人はそう噂していたでしょう?二目と見れない醜い魔女が、怪しい薬を作っている。何が入ってるかも分からない怪しい薬だが効果だけはある、と
シエル:…否定は、しない…
カーディナル:リリー様が醜いなど…!!
シエル:私は…他人の美醜などには興味が無い。外見で才能が決まる訳では無い。私はただ、妹を助けたいだけだ。
リリー:…目が見えなくなっていて良かったわね
カーディナル:リリー様、そのような…!
シエル:見えないからこそ分かる、貴女は噂のような恐ろしい人ではない。とても美しい心を持った女性だ
リリー:ッ?!
シエル:…そして間違っていたら申し訳ないが、何か、その…仮面の様なものを被っているように聞こえるのだが
リリー:どうして…?
シエル:少しだが、声がくぐもっているような、そんなふうに聞こえる
リリー:…当たってるわ
シエル:それは、なぜ
カーディナル:おい、貴様!詮索しすぎだ!
シエル:す、すまない…
リリー:構わないわ
カーディナル: しかし…!
リリー:私がいいと言ってるのよ、黙りなさい
カーディナル:…申し訳、ありません…
シエル:良い従者のようだ
リリー:ええ、そうなの。こんな私を慕ってくれるとてもいい子なの
カーディナル:…差し出がましい事を…
リリー:あなたが私のことを心配してくれてるのはよくわかってる。本気で怒ってるわけじゃないの、きつい言い方をしてごめんなさい
シエル:リリー様も、良い主人だな
リリー:様は要らないわ
シエル:しかし…
リリー:要らないわ
シエル:…そうか
リリー:あなたの名前を教えてくれる?
シエル:命を助けて貰ったのに、まだ名前すら名乗っていなかったとは…!これは失礼した。
シエル:私の名前はシエル・ブルー。シエルと呼んでくれ
リリー:まぁ。ふふっ
シエル:どうか、したか?
リリー:シエル・ブルー…あなたと同じ名前の薔薇が、ここにあるわ
シエル:薔薇?
カーディナル:ここの館は薔薇園に囲まれてるんだ。僕が世話をしている
シエル:そうか、ずっと香っているこの甘い匂いはそのせいか…
リリー:色んな種類のものを植えてるの。鋭い棘も多いから、獣もここには近付かない
リリー:…また横になった方が良さそうね。目に薬をして、また包帯をしておいた方がいいわ。少し、時間がかるかも…
カーディナル:薬を持ってきます
リリー:ありがとう、お願いね
0:カーディナルは部屋を出ていく
リリー:カーディナルがごめんなさい。
シエル:いや、なんともない。気にしないでくれ
リリー:私の従者、というか…助手…?いえ、後継者ね。薬を作る手伝いもだけど、街に行って買い出しをしてくれたりしてるの。私が作った薬を売ったり、頼まれた薬を届けたり…屋敷のことも色々してくれてる
シエル:声を聞いた限り、まだ若い青年のようだ
リリー:森で出会った時はまだ子供だったのに…
シエル:彼は…何故ここに?
リリー:…カーディナルは森をさ迷っていたのよ。もう15年ほど前の話…。街に住まわせたかったのだけど、私はここから出られないから
シエル:出られない?それは…
0:ノック音
カーディナル:薬をお持ちしました
リリー:ありがとう。話の続きはまた今度ね。包帯を巻き直したら、また少し横になっていて。顔色がまだ良くないのだから
カーディナル:食事は、どうしますか?
リリー:食べやすいものを。カーディナルの作る滋養スープはとても美味しいのよ
シエル:それは…楽しみだ
リリー:私の方が年上なのに、料理は彼の方がとても上手なの
カーディナル:味は二の次で調理されるからですよ。栄養価に重きを置きすぎです
リリー:あらあら、手厳しいわね
シエル:君たちは、良い関係なのだな
カーディナル:当たり前だ
リリー:さぁ巻けたわ。…早く傷を癒して、あなたも帰るべき所に帰らなくてはね
シエル:…リリー
リリー:なにかしら
シエル:私の荷物が、あるだろうか?
カーディナル:持っていたであろう荷物は運んでいる。中身の保証はしない
シエル:医師からの…手紙が無事であればそれでいい。もし作れるのであれば妹の…アナの病を治す薬を作って欲しい。医者にはわかる限りのことを書いてもらってきた。どうか、それで…!
リリー:…後で確認はするけど、約束はできない。それでいい?
シエル:あぁ、そうだとしても…頼む
リリー:…努力はするわ
シエル:ありがとう…!
リリー:お礼は薬が出来てからね。
リリー:食事が出来たら運ばせるわ。それまで少し眠って
シエル:あぁ…
0:部屋を出ていく
:
:
リリー:今朝の気分は?
シエル:あぁ、リリーか。
シエル:かなり癒えたようだ、痛みもほぼない。だが…
リリー:視力ね。どう見える?
シエル:まだ霧の中だ。だが徐々に回復しているのは感じている。ぼんやりとだが輪郭はわかる様になった
リリー:そう、それは良かった
リリー:今日は外を散歩しましょう。とてもいいお天気だし、歩いて体力を戻さなきゃ…自分の国に帰れない
シエル:あぁ、そうだな
0:ノック音
カーディナル:失礼致します、お食事の用意が整いました
リリー:ありがとう、カーディナル
シエル:あの、私も今日は一緒に食べても良いだろうか?手探りでも1人でどうにかなる
リリー:そう…ね、良いわ。食堂まで手を貸しましょ…
カーディナル:(遮って)いいえ、それは僕が!
シエル:ははっ、ありがとうカーディナル。頼むよ
カーディナル:ふんっ、もし転んで怪我でもしたら後が面倒だ。更にリリー様の手を煩わせるなど許し難い。気に食わなくとも肩くらい貸してやる
シエル:助かるよ
リリー:ふふふっ、じゃあ私は先に行ってる。カーディナル、ちゃんとシエルの速度に合わせてあげてね
カーディナル:言われずとも。
カーディナル:…それにしても…お前は背が高いな
シエル:そうか?あまり気にしたことがなかった
カーディナル:すぐ貴様なんか追い越してやるからな!
シエル:君が成長するまで私はここに居ていいのか?
カーディナル:む…それはダメだ。早く出ていけ
シエル:目が治り、薬が出来れば明日にでも
カーディナル:そんなフラフラの足元で馬なぞに乗れるものか!
シエル:君は、優しいな
カーディナル:はぁ?!いきなり何を…!
シエル:わかるよ、君はとても心優しい青年だ
カーディナル:やめろやめろ!置いていくぞ!
シエル:リリーに頼まれたのに?
カーディナル:うぐっ…!クソっ!お前、生意気だぞ!
シエル:私の方が年上だ。君のような弟がいたら、きっと楽しいのだろうな
カーディナル:僕はお前みたいな兄は要らん!
シエル:それは残念だ。私は案外、君の事は気に入っているぞ?
カーディナル:僕は気に入らん!
シエル:カーディナル
カーディナル:なんだ?!
シエル:君は街の人たちと交流があるのだろう?街に住もうとは思わなかったのか?
カーディナル:…思わない。街の人間は…嫌いだ
シエル:魔女の従者は街の子供たちに好かれている、と…聞いたが?
カーディナル:なっ?!誰がそんなことを!!
シエル:街の人から直接。森に入る前の話だ
カーディナル:…子供に、罪はない
シエル:…やはり、君は優しい。街で暮らさないのも、彼女が一人になるからじゃないのか?
カーディナル:……
シエル:今日は詮索するな、と怒らないんだな
カーディナル:ふんっ
シエル:図星か
カーディナル:うるさい
シエル:…君は街が嫌いか?
カーディナル:リリー様を醜いという奴らは、みんな嫌いだ
シエル:という事は、私は嫌われていないと思っていいか?
カーディナル:嫌いだ!
0:食堂に到着
リリー:あらあら、いつの間にか仲良くなっているのね
カーディナル:はぁ?!違います!(同時に)
シエル:ああ、すっかりな(同時に)
リリー:カーディナルが楽しそうで嬉しいわ。シエル、仲良くしてあげてね
シエル:カーディナルに嫌われてなければね
カーディナル:僕は!嫌いだ!!
:
:
0:ノック音
リリー:シエル?外へ行かない?
シエル:ああ、ちょうど体を動かしたかったんだ。もう何年も剣を握ってないような気持ちだ
リリー:自分の国では何を?
シエル:城の近衛兵をしていた。争いがあった訳では無いが、日々鍛錬に明け暮れていたよ
リリー:歩きながら、貴方の国の話を聞かせて
シエル:いいとも
リリー:手を貸しましょうか?
シエル:いや、大丈夫だ。壁伝いに歩けば何とか。カーディナルに怒られるのはゴメンだ
リリー:ふふふっ、大丈夫よ。今は街へ薬の配達に行ってもらってるから。…きっと、また子供達から沢山の木の実やお花を貰って帰ってくるのでしょうね
シエル:彼は、人気なんだな
リリー:面倒見がいいのよ。私と同じ様に仮面をつけて…あの子は必要ないのに。気を使わなくてもいいと言ってるんだけど
シエル:優しい性根の持ち主なんだな
リリー:そうなの。貴方には素直じゃないけどね。…段差があるわ、気をつけて
シエル:うっ…光が…
リリー:ずっと部屋の中にいたから目が慣れてないのね、大丈夫?
シエル:あぁ…城を守っていた自分が、まさか陽光に負けそうになるとは
リリー:ふふっ。すぐ慣れるわ
シエル:…外に出ると分かる、薔薇の甘い香りが強くなった
リリー:花の輪郭や色はわかる?
シエル:あぁ、何となく
リリー:外の方が色も多くていい刺激になるかもしれないわね
シエル:それにしても…随分数が多そうだな。薔薇の香りでむせ返りそうだ
リリー:いつの間にか増えてしまって…
リリー:えっと、これが…(1輪の花を手に取る)
リリー:カーディナルという名の薔薇よ
シエル:薔薇?
リリー:ええ、情熱的で真っ赤な…
リリー:名前をなくした彼に付けた、新しい命なの
:
リリー:(M)暗い森の中から泣きながら歩いてきた幼子。泥と涙でぐしゃぐしゃの顔、零れそうな大きな瞳。やせ細った小さな体は傷だらけで、今にも倒れそうな程によろめいていた。
:
リリー:私の処に来る…?
:
シエル:彼の家族は…両親はどうしたのだろうな…
リリー:…それは分からないわ。傷が癒えて街に手紙を出してみたけれど…あの子を知る者は居なかった。だから私は…名前を付けて傍に置いたの
シエル:そうだったのか…
リリー:もしかしたら知ってる人が居たのかも知れないけど…それはもう分からない。カーディナルが自分で街に行くようになっても、誰一人として彼を家族だと言う者は居なかった
シエル:そう、か…
シエル:街には住まわせなかったんだな
リリー:勿論考えたけど…魔女が連れている子供と言うだけで、誰も面倒を見てくれる人は居なかったから…
シエル:今では慕われているのに?
リリー:それは、彼の努力の成果よ。最初は随分、酷い扱いをされたみたいだけど…
シエル:…街の人達は、なぜそんなに君たちを排除しようとしてるんだ。薬を頼むという事は、頼るべき相手なのだろう?
リリー:それとこれとは…別なのかもね。常にすぐそばに恐ろしいものを置くよりは、時々離れて眺める程度が平穏なのよ
シエル:…勝手、だな…
リリー:仕方ないわ、私は長い時を生きている魔女だもの。でも…カーディナルは違う。あの子はいずれは独り立ちしなきゃいけない
シエル:だから、薬を作る手伝いを?
リリー:ええ、そうよ。もうほとんど私が手伝わなくても大丈夫なの。まだ本人に自信がついてないだけ。だから、最近は自分で作らせて様子を見るだけにしてる
シエル:いい師匠でもあるんだな
リリー:そんなことないわ。これは私の…一方的な願い、かしらね。やはり人は人の元で暮らすのが一番よ。こんな、森の奥でなく。人と人の営みで、後世に繋いでいかなくては、知識も技術も無駄になってしまうから
シエル:まるで母だな
リリー:それはそうよ。あの子が幼い頃から、だもの。母親替わりと言ったら怒られるでしょうけど。分かりづらいけど、とても愛情深い子なの。
シエル:わかるよ、カーディナルは、素直じゃないがとても優しい
リリー:仮面をつけて街へ行くのも、街の人との距離を自分が縮めることで、私への心象も変えたいのでしょうね。そんな事、する必要なんてないのに
シエル:彼の気持ちは分かる。慕う相手が蔑まれているというのはいい気持ちがするものでは無い。彼は貴女の心の美しさを皆に知らせたいはずだ
シエル:それに…(リリーの手を花の上から触れる)
リリー:っ!
シエル:リリー、貴女の手はとても綺麗だ
リリー:…わ、私の手は…色んな薬の色で染まってしまって…汚い…。見えないから、そう思うだけで…
シエル:そんなことは無い!君の手は病を治し、傷を癒す美しい手だ。だから街の人は恐れながらも頼るのだ
リリー:えっ、そのっ…
シエル:自信を持って欲しいす。カーディナルもそれを望んでいるはずだ
リリー:手をっ!…離して…
シエル:す、すまない!(慌てて離す)
リリー:あのっ、妹さんの薬だけど…
シエル:!!(リリーの両腕を掴む)
シエル:出来るのか?!
リリー:ちょ、ちょっと!…腕が…
シエル:出来るのか、リリー!
リリー:待っ、落ち着いて…
シエル:教えてくれ!
リリー:まっ、まだ出来てない!
シエル:…そう、か…
リリー:気を落とさないで…作れると、思うの
シエル:本当か?!
リリー:…妹さんのお医者様は素晴らしい方よ。とても詳しく症状を書いてくれてた。今まで行った治療内容も全て…だから、作れると思う
シエル:…アナ…!
リリー:力になれると思う。貴方の目が治り、遠い国に帰れる体力が戻るまでには。だから。もう少し待って欲しい
シエル:あぁ…ありがとうリリー…!君は、私だけでなくアナの命の恩人だ…!
リリー:…私はただ長く生きてるだけの魔女よ。長く生きている分、知識があるだけ…
カーディナル:リリー様!
リリー:あら、カーディナル。おかえりなさい
カーディナル:貴様!リリー様から手を離せ!
シエル:えっ?あっ!すまない!!
カーディナル:もしや貴様、リリー様に乱暴を…!
リリー:カーディナル!
カーディナル:ご無事ですか?!
リリー:早とちりよ!…シエルの妹さんの薬について話してたの。あとこれを見せてただけ
カーディナル:それは…カーディナル…
リリー:そう、貴方の花。私が大好きな薔薇
カーディナル:…貴女がご無事なら、良かったです
リリー:心配いらないと言ったでしょ?
カーディナル:ですが…
シエル:えっと…そういえば、私と同じ名前のものもあるとか…
リリー:そうだったわね、あれは確か…どこだったかしら
カーディナル:こちらです
リリー:さすがね
リリー:カーディナルは全部の品種の場所を把握してるのよ。私は増やすばかりで
シエル:…まさか、そんな薔薇があるなんて思いもしなかった
カーディナル:これだ
リリー:一輪摘んであげてくれる?
カーディナル:かしこまりました
0:一輪の薔薇を摘む
カーディナル:これだ…っと、ちょっと待て。
カーディナル:………よし、手を出せ
シエル:…白…いや、違うな。薄紫か
リリー:とても綺麗でしょう?たっぷりの花弁がまるでドレスのようで…香りもとてもいいの
シエル:あぁ…本当だ
リリー:カーディナルが毎日、世話をしてくれているおかげよ
カーディナル:リリー様の薔薇園ですから。僕の命より大切です
シエル:ん?…棘が、無い?
カーディナル:そんな訳ないだろ。深く突き刺して悶絶しろ
リリー:貴方に渡す前に、ちゃんと棘を取ってくれたのよ。ね?
カーディナル:リリー様!
シエル:やはり…君は優しいな
カーディナル:うっ、うるさい!目が見えるようになったら覚悟しておけよ!
シエル:治るのが恐ろしいな、これは
リリー:今の彼の顔を見せてあげたいわ。今までこんなカーディナルの顔、見た事がない
シエル:実に残念だ。まだ私は彼の顔を見た事がないのに
カーディナル:ぼっ、僕は!やる事がありますので!(走り去っていく)
リリー:あぁ、行っちゃったわ
シエル:少しからかいすぎたかな?
リリー:私と二人の生活だとこんな刺激はないから、結構楽しんでるんじゃないかしら
リリー:…本当に、楽しそうなの。貴方が回復するにつれて。生き生きしてるみたい
シエル:…なぁ、リリー
リリー:ん?
シエル:君は、なぜ顔を隠している?
リリー:…街の人からも聞いたのでしょう?二目と見れない醜い魔女だと
シエル:…信じられない。それが本当だとしても、15年も共に暮らすカーディナルの前でも外さないというのは…
リリー:(しばらく沈黙)
リリー:泣いたのよ
シエル:泣いた…?
リリー:幼い彼が、私の顔を見て泣いたの。何度も醜い魔女と罵られたけれど…どんな時よりそれが辛かった
シエル:それは…もしかして…
リリー:だから私は仮面を外さない。きっともうあの子は泣くことは無いでしょうけど
シエル:…リリー、私の目が治ったら…君の顔を見せて欲しい
リリー:それは…
シエル:君がそんな魔女だとはとても信じられない。慈愛ある素晴らしい人だ。
シエル:私はちゃんと恩人の顔を見て、心からの礼を伝えたい。…ダメだろうか
リリー:それは…治らないことを、祈ってしまうわ…
シエル:私は一日も早く、治って欲しいさ
:
:
0:ノック音
カーディナル:起きてるか?
シエル:カーディナル、おはよう。朝なのか…包帯をしていると時間がよく分からないな
カーディナル:この間薬を変えてずっと、だからな。もう包帯を外しても良いだろう、とリリー様が仰っている。だから外しに来た
シエル:リリーは?
カーディナル:リリー様は薬を作っておられる。お前の妹の薬だ
シエル:なんだかここ数日、避けられているように感じるんだが…
カーディナル:…リリー様に、何をした?
シエル:してない!それは断じてしていない。恩を仇で返すような真似など!
カーディナル:…あの方は、繊細で心優しいお方だ。寂しがりで臆病で…。だから、あの方の気持ちがいつも晴々としていられるよう、僕はリリー様が好きな薔薇の世話を欠かさない
カーディナル:あの方の心をもし曇らせるなら…許さないからな
シエル:…リリーは、いつからここに居るんだろう
カーディナル:詳しくは知らない。僕がリリー様と暮らすようになるずっと前、としか。
カーディナル:…僕の事は、聞いているんだろう?
シエル:ああ
カーディナル:…気が付いたらこの森にいた。誰が連れてきたのかも分からない、ただ迷い込んだだけなのかもしれない。何も覚えてないんだ。でもリリー様が助けてくださった、それが真実で…僕はそれだけでいいんだ。これからも変わらず、お傍に仕えて居られたら…それでいい
カーディナル:…さぁ、目を開けろ。
シエル:あぁ…
シエル:ん…!眩しいな…
カーディナル:じき慣れる。見え具合は?
シエル:……見え、る…まだ眩しさはあるが、みえる!あぁ、よく見える…!
カーディナル:さすがはリリー様だ。光には徐々に慣れるから少し待て
シエル:……
シエル:君は、そういう顔をしていたのだな
カーディナル:…なにか文句があるのか?
シエル:いや?案外可愛らしい顔をしていると思って
カーディナル:悪かったな!
シエル:どうして怒るんだ?褒めたつもりなんだが
カーディナル:男が可愛いと言われて喜ぶわけないだろ!!
シエル:君は、思っていたよりずっと表情が豊かだな。好感が持てる
カーディナル:僕は!お前が嫌いだっ!
シエル:(真剣に)カーディナル
カーディナル:な、なんだよ、改まって…
シエル:(ベッドから下りて片膝をつく)
カーディナル:な、何…
シエル:傷付いた私を見つけて運んでくれた。手当てに日々の世話、本当に心から感謝する
カーディナル:やっ、やめろ!僕はリリー様に言われて…
シエル:そうだとしても、私が感謝を伝えたいんだ。君自身に
カーディナル:僕は言われたことをしただけだ!感謝なら、そのっ…だからっ…
カーディナル:リリー様に言えっ!
0:乱暴にドアが閉められる
シエル:…逃げられて、しまった…
:
0:ノック音
シエル:リリー、入っても構わないだろうか?
リリー:(部屋の中から)どうぞ
0:ドアの開閉音
シエル:………
リリー:見え具合はいかが?
シエル:良く、見えるようになった
リリー:それは良かったわ。妹さんの薬、もう少し待ってね、今抽出してるから今夜にでも…
シエル:リリー
リリー:ん?どうかした?
シエル:いや、こうして見ると…君は華奢なんだと思って
リリー:……
シエル:美しい髪だ
リリー:あ、ありが…とう
シエル:霧の中のような視界で、本当に見えるようになるのか…正直ずっと不安だった。
リリー:(片膝をついたシエルに慌てる)
リリー:ちょ、ちょっと待って!
シエル:リリー、心から感謝する…!
リリー:か、顔を上げて!
シエル:妹の薬も勿論だが、手当てだけでなく甲斐甲斐しく世話をしてくれた事、どれだけ言葉を尽くしても、感謝し足りないほどだ
リリー:そんな事ないわ!当然の事をしただけだから、その…!
シエル:…君もカーディナルも、とても清廉だな
リリー:…気持ちは分かったら、その、立って…
シエル:しかし…
リリー:本当に、十分すぎるくらい伝わったから…
シエル:そう、か…?
リリー:貴方の国では、感謝を伝える度にそうやって膝をつくの?
シエル:いつもでは無いが…敬意を表する時は当たり前だな
リリー:…こんなことされた事ないから…驚いた
シエル:国によって違いがあるものだな
シエル:…なぁ、リリー?
リリー:何?また驚かすつもり?
シエル:私の国に来ないか?
リリー:っ?!
シエル:実は、考えていたんだ。
リリー:それは…
シエル:もちろん、この地に思い入れがあってと言うなら無理強いはしない。
シエル:…私の国は様々な種族が寄り集まった国だ。人も居れば獣の血を継いだ者も、精霊の血を継いだ者もいる。そこならば…君も生きやすいのではないかと思って
リリー:あ…
シエル:というのは建前で…
シエル:私が君達と…いや、君と生きたいと思ってしまった
リリー:え…
シエル:…急にこんなことを言われても困ってしまうな、申し訳ない
シエル:だが私は本気だ。…考えて欲しい、薬が完成するまでに…
リリー:私を、見た事がないから…
シエル:見たとしても、私の心は変わらない
リリー:…時間を貰っても…応えられないかもしれないのに?
シエル:それならその時だ。…決して、戯れでこのような事を言っている訳では無い
シエル:リリー、私は君の心が好きに…いや、君の心に強く焦がれている。私と生きて欲しい
リリー:………
シエル:考えてくれないか?
リリー:時間を、ちょうだい…
シエル:分かった
シエル:…邪魔をしてすまなかった、それを伝えたくて。じゃあ…
0:そそくさと部屋から出ていく
リリー:(長い溜息)
リリー:ここから…出るなんて…
:
:
0:翌日
カーディナル:リリー様、お茶が入りました
リリー:……
カーディナル:リリー様?
リリー:…あ、カーディナル。なに?
カーディナル:お茶が、入りました
リリー:ありがとう
カーディナル:…どうかなさいましたか?そんなにぼんやりされてるのを見るのは初めてです
リリー:………
カーディナル:薬が、出来ないのですか?
リリー:あぁ、いえ、それは違うの。薬は…出来た
カーディナル:なら喜ばしい事ではないですか。奴を置いておく理由がなくなります、僕も世話の手間が無くなって助かりますよ
リリー:張合いが無くなるんじゃないかしら?
カーディナル:そんなことはありません。僕の時間は全てリリー様の為のものですから
リリー:……そう、ね
:間
リリー:…国に来ないか、って…
カーディナル:…は?
リリー:昨日ね。私に、私とあなたに、自分の国に来ないかって
カーディナル:…何を、馬鹿なことを…
リリー:本気みたい
カーディナル:そんな事出来るはずがありません!
リリー:ええ、そう。でも…気持ちがとても嬉しかったし、そろそろ頃合かなって
カーディナル:リリー様、そんなことをすれば…!
リリー:カーディナル
カーディナル:…聞けません
リリー:聞きなさい、命令よ
カーディナル:…嫌です
リリー:私も長く生きた…長く生きすぎたの。でも貴方は違う、紛れも無い人の子よ。シエルの国じゃなくて良い、街で人と一緒に暮らすのが…貴方にはいいと思う。私のような魔女とではなく
カーディナル:嫌です!
リリー:私の知識と技術を引き継げるのは、あなただけなの。出来るでしょ?
カーディナル:どうしてですか…!
リリー:(寂しそうに笑う)どうして、かしらね…
カーディナル:僕を、置いていくんですか…
リリー:カーディナル…
カーディナル:嫌だ!それだけは嫌だ!
リリー:…私、街の近くにいた時は、何度も酷い言葉を浴びせられたわ。何度も恨んで、妬んで…どんどん心が黒くなっていくのを感じてた。だからここに館を作り、森で囲い、人を避けて薔薇を心の慰みものにして…
リリー:頼ってくる言葉に耳を貸さないことも出来たのに、それも出来ずに中途半端で。情けない限りよね
カーディナル:そんな…そんなことを言わないでください…
リリー:いずれ人にも忘れ去られて、生きてるか死んでるかも分からないままの存在になるんだと思ってた。…貴方と出会うまで。貴方がここに辿り着いた時から、また私の時間は動いたのよ
カーディナル:リリー様が手を差し伸べてくれたから…僕は今まで生きてこれたのに…
リリー:カーディナル、貴方が傍に居てくれて良かった。貴方がいてくれたから、私は人並みの心を見失わずに済んだ。恨みも妬みも捨てて、穏やかに生きてこれた
カーディナル:…僕では、ダメなんですか…
リリー:カーディナル…
カーディナル:ずっと、ずっと貴女をお慕いしていました。僕では、どうしてダメなんですか…!
リリー:…ダメな理由なんかない。貴方は賢くて優しくて、私の大切な子よ
カーディナル:あんな奴助けるんじゃ無かった…
リリー:心にも無い事を。貴方は本当に素直じゃないわ
リリー:シエルには今夜話す。それまでは、知らない顔をしていてくれる?
カーディナル:…出来ません
リリー:カーディナル…
カーディナル:…顔を合わせないようにします。殴り付けてしまいそうだ
0:ドアを勢いよく閉めて出ていってしまう
リリー:…ごめんなさいね、カーディナル
:
0:薔薇園で散歩しているシエル
カーディナル:…なんであいつが薔薇園に居るんだ…
シエル:ん?あ、カーディナル
カーディナル:…くそ
シエル:薔薇の手入れか?
カーディナル:…あぁ
シエル:これだけの種類のものを手入れするのは大変だろう?私に手伝えることが…
カーディナル:無い。邪魔になるから手を出すな
シエル:しかし、ずっと世話になりっぱなしだ。なにかさせて欲しい
カーディナル:…じゃあ、そこの肥料を運ぶのを…
シエル:分かった、任せてくれ
カーディナル:重いからひとつず、つ…
0:片手で軽々と抱えるシエル
カーディナル:……
シエル:これはどこに置いたらいい?
カーディナル:…こっちだ
シエル:一つでいいのか?
カーディナル:…二つ、要る
シエル:分かった(両手に軽々と抱える)
カーディナル:…どうして、お前なんだ…
シエル:ん?何か言ったか?
カーディナル:何でもない。
カーディナル:…なんで、ここに居るんだ
シエル:体を動かしてた。もうすっかり良くなったからな。薬ももう完成すると言っていたし…明日にはここを出るつもりだ
カーディナル:…なら、明日にはもうお前とおさらばできるな。せいせいする
シエル:相変わらずだなぁ
カーディナル:お前と馴れ合うつもりは毛頭ないからな。怪我も治って元気なら、僕が世話する理由もない。
シエル:私はもっと…君と話がしたかったよ
カーディナル:は?
シエル:…カーディナルはいつも何かしらの仕事をしていて…私が声をかけると不機嫌そうだから
カーディナル:…別に怒ってる訳じゃない
シエル:もっと、ここに来たばかりの頃の話や、君から見た街の様子とか、そんな他愛のない話をしたかった
カーディナル:聞いてどうするんだ?
シエル:いや、別にどうにも。君の事を知るきっかけになるだけだ。…なぁ、カーディナル
カーディナル:なんだ
シエル:私の国に、一緒に来ないか?
カーディナル:?!
シエル:実は、リリーにも話したんだが…私の国は様々な人種が…
カーディナル:シエル・ブルー!!
シエル:ど、どうしたんだ…
カーディナル:(胸倉を掴み上げる)僕は、お前を恨むからな…!!
シエル:な、なんの事…
カーディナル:くっ…!もういい!(乱暴に手を離して去って行こうとする)
シエル:カーディナル!
カーディナル:…なんだ
シエル:何を怒っているのか分からないが…ありがとう
カーディナル:…は?
シエル:名前を。初めて呼んでくれただろう?だから、ありがとう
カーディナル:…お前なんか、大っ嫌いだ!
0:去っていく
シエル:何を、怒ってるんだ…
:
:
シエル:夕食の時もリリーとは会わなかったな…カーディナルはずっと怒ってるし…
0:ノック音
リリー:…シエル、入ってもいい?
シエル:リリー?あぁ、大丈夫だ
リリー:…もう、寝てた?
シエル:いや、まだ寝付けなくて…荷造りをしていた
リリー:薬が完成したから、持って来た
シエル:!!
シエル:これが…!
リリー:使い方を書いたものがこれよ。渡しておくわね
シエル:あぁ、リリー!本当に…なんて言ったらいいか…!
リリー:だから!膝をつこうとしないで…!
シエル:しかし…
リリー:本当に!良いのよ、言葉だけで十分伝わっているから
シエル:そうか…
リリー:それで…昨日の話なのだけど…
シエル:考えてくれたんだな
リリー:…ええ、それで…持ってくるのが遅くなってしまって…
シエル:…ありがとう
リリー:でも答えを伝える前に…仮面を、取るから…
シエル:………
リリー:その後で、もう一度貴方が判断して
シエル:私の心は変わらない。それを先に伝えておこう
0:間
リリー:…っ(俯く)
シエル:リリー、顔を上げて欲しい
リリー:…怖い…
シエル:私を信じて貰えないだろうか?
0:間
リリー:…醜い、でしょう…?鱗のようなアザと…大きな…
シエル:その傷跡は…獣か?人か?
リリー:…人よ…
シエル:こんなに大きな跡が…痛かったろうに…
リリー:…もう、忘れたわ
シエル:こんな酷い跡が残ることをされたと言うのに、君は人を恨んでいない。その心を清廉と言わないでなんと言えばいい
リリー:恐れられるのは仕方ない…
シエル:リリー、君は鱗のようと言うが…
シエル:私の目には大輪の薔薇に見える
リリー:?!
シエル:君の顔に咲く、薔薇の花だ。ちょうど傷跡の所がツルのようになって…とても綺麗だ
リリー:…っ…(泣き出す)
シエル:す、すまない!気に触ったか?!前からよく妹にも怒られるんだ…どうやら私は女性の扱いが上手くなくて…
リリー:違う、違うの…
リリー:そんなこと、言ってくれた人なんて居なかった…
シエル:…君は醜くない。君を恐れた者達は何も見ていなかっただけだ。長い間、辛い想いを…
リリー:うっ…ぐずっ…
シエル:…その分、これから私が言おう。今まで辛かった分、何度でも
リリー:(すすり泣いている)
シエル:リリー、私と共に生きてくれるだろうか?
リリー:(頷く)私の命が、尽きる限り…
シエル:…その、君を…抱き締めてもいいだろうか
リリー:ふふっ…どうぞ
0:リリーを抱きしめる
シエル:…誰かをこんなに、愛おしいと思ったのは初めてだ…
リリー:私は…誰かに抱きしめられた覚えがないわ
シエル:やはり君は…華奢だな。力を入れると…壊れてしまいそうだ
リリー:こんなに人の腕は、暖かい…長く生きているのに、知らないことがまだあったなんて
シエル:…リリー?
リリー:なに?
シエル:口付けの、経験は…?
リリー:…無いわ
シエル:…私もだ
0:間
シエル:これからまだ、新しい経験をすることもあるだろう。生きてる限り、な
リリー:そうね…貴方がここに来てから知らないことが沢山知れた。ありがとう
シエル:…離すのが、恐ろしい
リリー:え?
シエル:どうか、リリー。このまま、私の腕に抱かれていてくれ…
リリー:…いいわ
シエル:…カーディナルに怒られそうだ
リリー:今は…あの子の名前を出さないで
シエル:そうか…
リリー:シエル、どうか今夜…私をあなたのものに…。ここで過ごす最後の夜に
シエル:それは…しかし…
リリー:私に、恥をかかせる?
シエル:それは…ダメだな
:
0:深夜のシエルの部屋
0:シエルは眠っている
:
リリー:シエル、ごめんなさい。あなたの気持ちを…私は踏みつけてしまうわね
リリー:私はきっと、誰も幸せに出来ないの…貴方もカーディナルも。私ばかり与えられてる
リリー:おやすみなさい、良い夢を。あなたが強く生きていけるように…
:
:
0:翌朝
0:身支度をしているシエル
シエル:…よし
0:ノック音
カーディナル:入るぞ
シエル:……どう、したんだ?
カーディナル:何がだ
シエル:…なぜリリーの仮面を付けている?
カーディナル:お前には関係がない
シエル:いや、しかし…
カーディナル:僕は
シエル:…?
カーディナル:僕は、お前の国には行けない
シエル:…そうなのか
カーディナル:…街に、治療中の子供がいる。あの街には医者がいない、僕が居なくなると…困る
シエル:…そうか
カーディナル:あと、純粋にお前の世話になるのは嫌だ
シエル:ははっ、それは残念だ
カーディナル:旅の道中、お前がどんな目に逢おうが僕は一向に構わない。だけど折角リリー様が作った薬が無駄になるのは腹立だしい
カーディナル:だから、必ず妹さんに薬を届けろ。いいな?
シエル:ああ、必ず。私も早く妹を助けてやりたい
カーディナル:…これをやる
シエル:ん?なんだ?
カーディナル:薬草の種類と効能だ。お前の国でも手に入るものがある筈だ
シエル:こんなに沢山書いてくれたのか…
カーディナル:お前の為じゃないからな!
シエル:ああ、よく分かってる。ありがとう、カーディナル
カーディナル:…気をつけて、帰れ
シエル:分かった
カーディナル:リリー様が庭でお待ちだ。支度が済んだら、さっさと行け
シエル:(手を差し出す)
カーディナル:…?なんだ?
シエル:同じように手を
0:言われるがままに差し出した手を握るシエル
カーディナル:なっ?!何をする!
シエル:これは握手という。…親愛の証だ
カーディナル:……ふんっ
シエル:カーディナル、元気で。君に助けてもらえて、本当に良かった
カーディナル:森に放置しておけばよかった
シエル:ははっ、相変わらずだなぁ。…じゃあ、私は行くよ。本当に、ありがとう。この恩は忘れない
0:無言で見送るカーディナル
:
0:外に出ると白百合の花束を抱えたリリーが待っている
シエル:待たせてしまって申し訳ない
リリー:良いのよ。…カーディナルとは話した?
シエル:あぁ、薬が無駄になるのが腹立だしいから、無事に帰れと
リリー:相変わらず、貴方には素直じゃないわね
シエル:君はもう、彼とは十分に話したのか?長く一緒に居たのだから…
リリー:良いの、十分に話したから。…シエル、これを
シエル:ん?…これは、シエル・ブルー…ようやくはっきりと見れたな
リリー:胸に刺してあげる
シエル:なんだか、気恥しいな
リリー:あと、これを渡しておくわ
シエル:…匂い袋?
リリー:獣が嫌う香りなの。カーディナルも街に行く時は必ず身につけてる。貴方が持っていて
シエル:ありがとう。…君は良いのか?
リリー:ええ、私は要らない
シエル:そうなのか…
シエル:あ、あんな所に。…遠くから、見送ってくれてるようだ
リリー:…嬉しいわね
リリー:シエル?
シエル:ん?
リリー:百合の花言葉を知ってる?「純潔」「尊厳」…
シエル:「堂々たる美」
リリー:…知ってたの
シエル:アナが好きなんだ
リリー:そう。…私の名前はね、これから取ったの
シエル:名前を?
リリー:百合の別名はリリィ。本当の名前は誰も呼ばないから忘れてしまった…だから自分で名付けたの。
リリー:昔の私は、呪いの名を持つ黒百合だったけど…今は白で居たいわ。これも貴方に
シエル:私に?
リリー:私の気持ちよ。愛してるわ、シエル
シエル:きゅ、急に…
リリー:ふふふ、じゃあ行きましょうか
シエル:あぁ、そうだな
0:歩き出す二人
シエル:アナに君の事を、なんと紹介しようかずっと考えてたんだ。魔女と呼ぶのは…あまり気が進まない
リリー:そう?私は構わないわよ
シエル:私が嫌なんだ。リリーはとても…素晴らしい人だ。だから…
:
シエル:私の国に慣れないうちは苦労するかもしれないが、慣れてしまえばきっと住みやすいと思う。君の知識はもっと…
:
シエル:リリー?
0:シエルが振り返ると、衣服を残してサラサラと砂が舞っている
シエル:…?!リリー!リリー!!
カーディナル:…それだ
シエル:カーディナル!
カーディナル:その砂が…リリー様、だったものだ
シエル:…なんの、冗談だ…
カーディナル:本当だ。だから…僕は反対した
シエル:カーディナル!
カーディナル:薔薇園の先はリリー様の力が及ばない。気が遠くなる時を生きてこられたリリー様の肉体は、外では形を保てず…
シエル:…知って、たのか…!
カーディナル:ああ
シエル:知っていて…っ、何故言わなかった?!
カーディナル:あの方の望みだからだ!!リリー様、の…!
シエル:リリーの、望み…
カーディナル:そうでなければ…!この僕が!心からお慕いしているリリー様を!!止めない訳が…無いだろうがっ!!
シエル:…私が、行こうと言ったからか…私が、共に国に帰ろうと言わなければ…
カーディナル:ああそうだ、貴様のせいだ!
シエル:わたしの…
カーディナル:っ…!…すまない、違う。…きっと、薄々考えておられたのだ…
カーディナル:僕が薬学の知識を得て、一人でも生きていける頃を、待っていたんだ…
シエル:そん、な…
カーディナル:ここに留まっても、恐らく数年もしない内に同じ事になっていた。ならば…あの方の心が少しでも穏やかで、自分の終わりを望まれたのであれば…もう僕はそれでいい…
シエル:リリー…!
カーディナル:ここも、次第に消えていく。お前も、帰るべき所へ帰れ
シエル:(泣き出す)こんな…こんな終わりが、納得できるものか…!リリー…!
カーディナル:…泣くなっ!僕の方がずっと長く彼女といたんた!同じ時を過ごして、同じ気持ちを…抱いて…っ!僕が泣いてないんだ、お前が泣くな!!泣く…なっ…!
カーディナル:うっ…うあああ…!!
:
:
シエル:(M)深く暗い森の奥。
シエル:迷いの森と呼ばれるその奥には、薔薇に一年中囲まれた館がある。人も獣すらも近寄らない、更には見えても辿り着けない不思議な館に住むのは、白百合の心を持った魔女が一人
:
:終
シエル:(M)深く暗い森の奥。
シエル:迷いの森と呼ばれるその奥には、薔薇に一年中囲まれた館がある。人も獣すらも近寄らない、更には見えても辿り着けない不思議な館に住むのは、二目と見れない醜い魔女なのだという…
:
:
シエル:う…うぅ…アナ…
カーディナル:…気が付いたか
シエル:う…誰…いっ…つぅ…!
カーディナル:動くな、傷が深い
シエル:体が…焼けるようだ…
カーディナル:熱も高い、動こうとするんじゃない
シエル:ここは…
リリー:私の館です。貴方は森の中に倒れていたの、覚えがある?
シエル:…森…あぁ、そうだ…なにかに、襲われた…
カーディナル:恐らく森の魔獣だ。毒を持つものも多い。見た所狩人でも無さそうだな、なんでまたあんな所に…
リリー:カーディナルが貴方を見つけたの。…カーディナルと言うのはさっき喋った男の子よ
シエル:あぁ…ありがとう…
リリー:もう少し眠った方がいいわ。傷が癒えるまでは大人しくしていて頂戴ね
カーディナル:今は眠れ。そして傷を癒してさっさと出ていってくれ
シエル:…すまない…(眠りに落ちる)
カーディナル:…リリー様、この様な得体の知れない者、手当だけして街に送り届ければ良かったのでは?今からでも僕が…
リリー:ダメよ。手を出した以上は最後までちゃんと責任を取らなくちゃ
カーディナル:しかし、この者が危害を加えてこないとも…!
リリー:心配症ね。大丈夫、その時はカーディナルが守ってくれるでしょ?
カーディナル:勿論です
リリー:それなら何も心配ないわ。それに…
カーディナル:?
リリー:きっとこの人は悪い人じゃない。長年の勘がそう言ってるの。だから大丈夫。
リリー:さぁ追加で薬を作った方が良いわ、手伝ってくれる?
カーディナル:かしこまりました…
:
シエル:(M)全身を巡る驚く程に熱い血の流れにうなされながら、私はいくつもの夢を見た。どれも支離滅裂で恐ろしい物ばかりだったが、時折眠りが浅くなった時、額に触れる冷たい柔らかな手の感触と甘い香りが心地良く、私の意識を深い眠りへと誘う。その時は心ばかり穏やかな夢を見ていた様な気がした
:
:
シエル:ん…
リリー:目が覚めた?
シエル:…ここは…
リリー:私の館。同じやり取りをしたのを覚えてる?
シエル:あぁ…そう、だったな…(体を起こそうとする)うくっ…!
リリー:何日も寝ていたんだから、無理はしないで。体が動かないでしょう?少しずつ動いていけばいい
シエル:何も、見えん…
リリー:…毒が、目に入ってしまったのね。痛みはある?
シエル:痛みはないが…
リリー:光は?分かるかしら?
シエル:…深い霧の中にいるようで…明るいのは、何となく
リリー:体の傷はかなり良くはなってるけど、まだ完全に癒えてない。少しづつ体を動かしながら治療に専念して
0:ドアのノック音
カーディナル:失礼しま…リリー様!
リリー:大丈夫よ、カーディナル。体をようやく起こしただけなんだから
カーディナル:もう起きれるようになったなら…
リリー:(窘めるように)カーディナル
カーディナル:…申し訳ありません…
リリー:ごめんなさいね、賑やかで。
リリー:…光が分かるなら、きっとまた見えるようになる。治療を続けましょう
シエル:貴女は…医者か?
リリー:違うわ
カーディナル:リリー様は薬学に造詣が深いんだ。そこいらの医者と一緒にするな
リリー:…カーディナル
カーディナル:す…すみません…
リリー:この子は時々言葉がキツくなってしまうけれど、良い子なの。誤解しないでね。一生懸命なの
シエル:見えなくともわかる。彼は貴女を随分と慕っているようだ
カーディナル:心の底からお慕いしている!
リリー:(呆れたように)カーディナル…
シエル:ははっ
リリー:良かった、少し元気が出たみたいで。栄養をとりながら体を動かしていけばすぐに動けるようになるわ。目も良くなる
カーディナル:それにしても貴様、一体どこから来た?森に街の奴らは近付かん。見慣れない服装だ。街の人間では無いのだろう?
シエル:私は…この辺りの人間じゃないんだ。どんな病も治す薬を作る魔女がいるという噂を聞いて、海を渡ってきた
リリー:海の、向こうから…
カーディナル:そんな遠くから来ないとダメなほど、世の医者共は無能なのか?
シエル:妹が、重い病に侵されている。難しい病としか聞いていないが…私は薬を作ってもらいたくて…妹を助けたくてその魔女を探してるんだ
カーディナル:フンッ、どんなに素晴らしい技術があろうとも、素人から聞いた程度で薬は作れまいよ。無駄足だ
シエル:そう、なのか…
リリー:…その魔女の噂は、どう聞いてきたの?
カーディナル:リリー様…
リリー:街でもなにか噂話を聞いたのでしょう?
シエル:あ、あぁ…。どんな病も治す薬が作れる魔女が森の奥に住んでいる、と。危険な魔獣もその館は避けて通る…
リリー:他にもあるでしょう?
カーディナル:リリー様!
リリー:その魔女は、二目と見れない程醜い魔女だ、と。街の人はそう言っているはずよ
シエル:…もしや、貴女が…
リリー:私がその、森の魔女よ
:
シエル:(M)森の奥に魔女がいる。どんな病も治す薬を作れるがその姿は恐ろしく、二目と見れないほどに醜い。魔獣ですら近付こうとしない。美しい薔薇に囲まれた館に住む化け物だ
:
カーディナル:リリー様!
リリー:…彼はわざわざ海を渡ってまで私を探しに来てくれたお客様だもの。話くらいは聞かないと失礼でしょう?
リリー:どう?街の人はそう噂していたでしょう?二目と見れない醜い魔女が、怪しい薬を作っている。何が入ってるかも分からない怪しい薬だが効果だけはある、と
シエル:…否定は、しない…
カーディナル:リリー様が醜いなど…!!
シエル:私は…他人の美醜などには興味が無い。外見で才能が決まる訳では無い。私はただ、妹を助けたいだけだ。
リリー:…目が見えなくなっていて良かったわね
カーディナル:リリー様、そのような…!
シエル:見えないからこそ分かる、貴女は噂のような恐ろしい人ではない。とても美しい心を持った女性だ
リリー:ッ?!
シエル:…そして間違っていたら申し訳ないが、何か、その…仮面の様なものを被っているように聞こえるのだが
リリー:どうして…?
シエル:少しだが、声がくぐもっているような、そんなふうに聞こえる
リリー:…当たってるわ
シエル:それは、なぜ
カーディナル:おい、貴様!詮索しすぎだ!
シエル:す、すまない…
リリー:構わないわ
カーディナル: しかし…!
リリー:私がいいと言ってるのよ、黙りなさい
カーディナル:…申し訳、ありません…
シエル:良い従者のようだ
リリー:ええ、そうなの。こんな私を慕ってくれるとてもいい子なの
カーディナル:…差し出がましい事を…
リリー:あなたが私のことを心配してくれてるのはよくわかってる。本気で怒ってるわけじゃないの、きつい言い方をしてごめんなさい
シエル:リリー様も、良い主人だな
リリー:様は要らないわ
シエル:しかし…
リリー:要らないわ
シエル:…そうか
リリー:あなたの名前を教えてくれる?
シエル:命を助けて貰ったのに、まだ名前すら名乗っていなかったとは…!これは失礼した。
シエル:私の名前はシエル・ブルー。シエルと呼んでくれ
リリー:まぁ。ふふっ
シエル:どうか、したか?
リリー:シエル・ブルー…あなたと同じ名前の薔薇が、ここにあるわ
シエル:薔薇?
カーディナル:ここの館は薔薇園に囲まれてるんだ。僕が世話をしている
シエル:そうか、ずっと香っているこの甘い匂いはそのせいか…
リリー:色んな種類のものを植えてるの。鋭い棘も多いから、獣もここには近付かない
リリー:…また横になった方が良さそうね。目に薬をして、また包帯をしておいた方がいいわ。少し、時間がかるかも…
カーディナル:薬を持ってきます
リリー:ありがとう、お願いね
0:カーディナルは部屋を出ていく
リリー:カーディナルがごめんなさい。
シエル:いや、なんともない。気にしないでくれ
リリー:私の従者、というか…助手…?いえ、後継者ね。薬を作る手伝いもだけど、街に行って買い出しをしてくれたりしてるの。私が作った薬を売ったり、頼まれた薬を届けたり…屋敷のことも色々してくれてる
シエル:声を聞いた限り、まだ若い青年のようだ
リリー:森で出会った時はまだ子供だったのに…
シエル:彼は…何故ここに?
リリー:…カーディナルは森をさ迷っていたのよ。もう15年ほど前の話…。街に住まわせたかったのだけど、私はここから出られないから
シエル:出られない?それは…
0:ノック音
カーディナル:薬をお持ちしました
リリー:ありがとう。話の続きはまた今度ね。包帯を巻き直したら、また少し横になっていて。顔色がまだ良くないのだから
カーディナル:食事は、どうしますか?
リリー:食べやすいものを。カーディナルの作る滋養スープはとても美味しいのよ
シエル:それは…楽しみだ
リリー:私の方が年上なのに、料理は彼の方がとても上手なの
カーディナル:味は二の次で調理されるからですよ。栄養価に重きを置きすぎです
リリー:あらあら、手厳しいわね
シエル:君たちは、良い関係なのだな
カーディナル:当たり前だ
リリー:さぁ巻けたわ。…早く傷を癒して、あなたも帰るべき所に帰らなくてはね
シエル:…リリー
リリー:なにかしら
シエル:私の荷物が、あるだろうか?
カーディナル:持っていたであろう荷物は運んでいる。中身の保証はしない
シエル:医師からの…手紙が無事であればそれでいい。もし作れるのであれば妹の…アナの病を治す薬を作って欲しい。医者にはわかる限りのことを書いてもらってきた。どうか、それで…!
リリー:…後で確認はするけど、約束はできない。それでいい?
シエル:あぁ、そうだとしても…頼む
リリー:…努力はするわ
シエル:ありがとう…!
リリー:お礼は薬が出来てからね。
リリー:食事が出来たら運ばせるわ。それまで少し眠って
シエル:あぁ…
0:部屋を出ていく
:
:
リリー:今朝の気分は?
シエル:あぁ、リリーか。
シエル:かなり癒えたようだ、痛みもほぼない。だが…
リリー:視力ね。どう見える?
シエル:まだ霧の中だ。だが徐々に回復しているのは感じている。ぼんやりとだが輪郭はわかる様になった
リリー:そう、それは良かった
リリー:今日は外を散歩しましょう。とてもいいお天気だし、歩いて体力を戻さなきゃ…自分の国に帰れない
シエル:あぁ、そうだな
0:ノック音
カーディナル:失礼致します、お食事の用意が整いました
リリー:ありがとう、カーディナル
シエル:あの、私も今日は一緒に食べても良いだろうか?手探りでも1人でどうにかなる
リリー:そう…ね、良いわ。食堂まで手を貸しましょ…
カーディナル:(遮って)いいえ、それは僕が!
シエル:ははっ、ありがとうカーディナル。頼むよ
カーディナル:ふんっ、もし転んで怪我でもしたら後が面倒だ。更にリリー様の手を煩わせるなど許し難い。気に食わなくとも肩くらい貸してやる
シエル:助かるよ
リリー:ふふふっ、じゃあ私は先に行ってる。カーディナル、ちゃんとシエルの速度に合わせてあげてね
カーディナル:言われずとも。
カーディナル:…それにしても…お前は背が高いな
シエル:そうか?あまり気にしたことがなかった
カーディナル:すぐ貴様なんか追い越してやるからな!
シエル:君が成長するまで私はここに居ていいのか?
カーディナル:む…それはダメだ。早く出ていけ
シエル:目が治り、薬が出来れば明日にでも
カーディナル:そんなフラフラの足元で馬なぞに乗れるものか!
シエル:君は、優しいな
カーディナル:はぁ?!いきなり何を…!
シエル:わかるよ、君はとても心優しい青年だ
カーディナル:やめろやめろ!置いていくぞ!
シエル:リリーに頼まれたのに?
カーディナル:うぐっ…!クソっ!お前、生意気だぞ!
シエル:私の方が年上だ。君のような弟がいたら、きっと楽しいのだろうな
カーディナル:僕はお前みたいな兄は要らん!
シエル:それは残念だ。私は案外、君の事は気に入っているぞ?
カーディナル:僕は気に入らん!
シエル:カーディナル
カーディナル:なんだ?!
シエル:君は街の人たちと交流があるのだろう?街に住もうとは思わなかったのか?
カーディナル:…思わない。街の人間は…嫌いだ
シエル:魔女の従者は街の子供たちに好かれている、と…聞いたが?
カーディナル:なっ?!誰がそんなことを!!
シエル:街の人から直接。森に入る前の話だ
カーディナル:…子供に、罪はない
シエル:…やはり、君は優しい。街で暮らさないのも、彼女が一人になるからじゃないのか?
カーディナル:……
シエル:今日は詮索するな、と怒らないんだな
カーディナル:ふんっ
シエル:図星か
カーディナル:うるさい
シエル:…君は街が嫌いか?
カーディナル:リリー様を醜いという奴らは、みんな嫌いだ
シエル:という事は、私は嫌われていないと思っていいか?
カーディナル:嫌いだ!
0:食堂に到着
リリー:あらあら、いつの間にか仲良くなっているのね
カーディナル:はぁ?!違います!(同時に)
シエル:ああ、すっかりな(同時に)
リリー:カーディナルが楽しそうで嬉しいわ。シエル、仲良くしてあげてね
シエル:カーディナルに嫌われてなければね
カーディナル:僕は!嫌いだ!!
:
:
0:ノック音
リリー:シエル?外へ行かない?
シエル:ああ、ちょうど体を動かしたかったんだ。もう何年も剣を握ってないような気持ちだ
リリー:自分の国では何を?
シエル:城の近衛兵をしていた。争いがあった訳では無いが、日々鍛錬に明け暮れていたよ
リリー:歩きながら、貴方の国の話を聞かせて
シエル:いいとも
リリー:手を貸しましょうか?
シエル:いや、大丈夫だ。壁伝いに歩けば何とか。カーディナルに怒られるのはゴメンだ
リリー:ふふふっ、大丈夫よ。今は街へ薬の配達に行ってもらってるから。…きっと、また子供達から沢山の木の実やお花を貰って帰ってくるのでしょうね
シエル:彼は、人気なんだな
リリー:面倒見がいいのよ。私と同じ様に仮面をつけて…あの子は必要ないのに。気を使わなくてもいいと言ってるんだけど
シエル:優しい性根の持ち主なんだな
リリー:そうなの。貴方には素直じゃないけどね。…段差があるわ、気をつけて
シエル:うっ…光が…
リリー:ずっと部屋の中にいたから目が慣れてないのね、大丈夫?
シエル:あぁ…城を守っていた自分が、まさか陽光に負けそうになるとは
リリー:ふふっ。すぐ慣れるわ
シエル:…外に出ると分かる、薔薇の甘い香りが強くなった
リリー:花の輪郭や色はわかる?
シエル:あぁ、何となく
リリー:外の方が色も多くていい刺激になるかもしれないわね
シエル:それにしても…随分数が多そうだな。薔薇の香りでむせ返りそうだ
リリー:いつの間にか増えてしまって…
リリー:えっと、これが…(1輪の花を手に取る)
リリー:カーディナルという名の薔薇よ
シエル:薔薇?
リリー:ええ、情熱的で真っ赤な…
リリー:名前をなくした彼に付けた、新しい命なの
:
リリー:(M)暗い森の中から泣きながら歩いてきた幼子。泥と涙でぐしゃぐしゃの顔、零れそうな大きな瞳。やせ細った小さな体は傷だらけで、今にも倒れそうな程によろめいていた。
:
リリー:私の処に来る…?
:
シエル:彼の家族は…両親はどうしたのだろうな…
リリー:…それは分からないわ。傷が癒えて街に手紙を出してみたけれど…あの子を知る者は居なかった。だから私は…名前を付けて傍に置いたの
シエル:そうだったのか…
リリー:もしかしたら知ってる人が居たのかも知れないけど…それはもう分からない。カーディナルが自分で街に行くようになっても、誰一人として彼を家族だと言う者は居なかった
シエル:そう、か…
シエル:街には住まわせなかったんだな
リリー:勿論考えたけど…魔女が連れている子供と言うだけで、誰も面倒を見てくれる人は居なかったから…
シエル:今では慕われているのに?
リリー:それは、彼の努力の成果よ。最初は随分、酷い扱いをされたみたいだけど…
シエル:…街の人達は、なぜそんなに君たちを排除しようとしてるんだ。薬を頼むという事は、頼るべき相手なのだろう?
リリー:それとこれとは…別なのかもね。常にすぐそばに恐ろしいものを置くよりは、時々離れて眺める程度が平穏なのよ
シエル:…勝手、だな…
リリー:仕方ないわ、私は長い時を生きている魔女だもの。でも…カーディナルは違う。あの子はいずれは独り立ちしなきゃいけない
シエル:だから、薬を作る手伝いを?
リリー:ええ、そうよ。もうほとんど私が手伝わなくても大丈夫なの。まだ本人に自信がついてないだけ。だから、最近は自分で作らせて様子を見るだけにしてる
シエル:いい師匠でもあるんだな
リリー:そんなことないわ。これは私の…一方的な願い、かしらね。やはり人は人の元で暮らすのが一番よ。こんな、森の奥でなく。人と人の営みで、後世に繋いでいかなくては、知識も技術も無駄になってしまうから
シエル:まるで母だな
リリー:それはそうよ。あの子が幼い頃から、だもの。母親替わりと言ったら怒られるでしょうけど。分かりづらいけど、とても愛情深い子なの。
シエル:わかるよ、カーディナルは、素直じゃないがとても優しい
リリー:仮面をつけて街へ行くのも、街の人との距離を自分が縮めることで、私への心象も変えたいのでしょうね。そんな事、する必要なんてないのに
シエル:彼の気持ちは分かる。慕う相手が蔑まれているというのはいい気持ちがするものでは無い。彼は貴女の心の美しさを皆に知らせたいはずだ
シエル:それに…(リリーの手を花の上から触れる)
リリー:っ!
シエル:リリー、貴女の手はとても綺麗だ
リリー:…わ、私の手は…色んな薬の色で染まってしまって…汚い…。見えないから、そう思うだけで…
シエル:そんなことは無い!君の手は病を治し、傷を癒す美しい手だ。だから街の人は恐れながらも頼るのだ
リリー:えっ、そのっ…
シエル:自信を持って欲しいす。カーディナルもそれを望んでいるはずだ
リリー:手をっ!…離して…
シエル:す、すまない!(慌てて離す)
リリー:あのっ、妹さんの薬だけど…
シエル:!!(リリーの両腕を掴む)
シエル:出来るのか?!
リリー:ちょ、ちょっと!…腕が…
シエル:出来るのか、リリー!
リリー:待っ、落ち着いて…
シエル:教えてくれ!
リリー:まっ、まだ出来てない!
シエル:…そう、か…
リリー:気を落とさないで…作れると、思うの
シエル:本当か?!
リリー:…妹さんのお医者様は素晴らしい方よ。とても詳しく症状を書いてくれてた。今まで行った治療内容も全て…だから、作れると思う
シエル:…アナ…!
リリー:力になれると思う。貴方の目が治り、遠い国に帰れる体力が戻るまでには。だから。もう少し待って欲しい
シエル:あぁ…ありがとうリリー…!君は、私だけでなくアナの命の恩人だ…!
リリー:…私はただ長く生きてるだけの魔女よ。長く生きている分、知識があるだけ…
カーディナル:リリー様!
リリー:あら、カーディナル。おかえりなさい
カーディナル:貴様!リリー様から手を離せ!
シエル:えっ?あっ!すまない!!
カーディナル:もしや貴様、リリー様に乱暴を…!
リリー:カーディナル!
カーディナル:ご無事ですか?!
リリー:早とちりよ!…シエルの妹さんの薬について話してたの。あとこれを見せてただけ
カーディナル:それは…カーディナル…
リリー:そう、貴方の花。私が大好きな薔薇
カーディナル:…貴女がご無事なら、良かったです
リリー:心配いらないと言ったでしょ?
カーディナル:ですが…
シエル:えっと…そういえば、私と同じ名前のものもあるとか…
リリー:そうだったわね、あれは確か…どこだったかしら
カーディナル:こちらです
リリー:さすがね
リリー:カーディナルは全部の品種の場所を把握してるのよ。私は増やすばかりで
シエル:…まさか、そんな薔薇があるなんて思いもしなかった
カーディナル:これだ
リリー:一輪摘んであげてくれる?
カーディナル:かしこまりました
0:一輪の薔薇を摘む
カーディナル:これだ…っと、ちょっと待て。
カーディナル:………よし、手を出せ
シエル:…白…いや、違うな。薄紫か
リリー:とても綺麗でしょう?たっぷりの花弁がまるでドレスのようで…香りもとてもいいの
シエル:あぁ…本当だ
リリー:カーディナルが毎日、世話をしてくれているおかげよ
カーディナル:リリー様の薔薇園ですから。僕の命より大切です
シエル:ん?…棘が、無い?
カーディナル:そんな訳ないだろ。深く突き刺して悶絶しろ
リリー:貴方に渡す前に、ちゃんと棘を取ってくれたのよ。ね?
カーディナル:リリー様!
シエル:やはり…君は優しいな
カーディナル:うっ、うるさい!目が見えるようになったら覚悟しておけよ!
シエル:治るのが恐ろしいな、これは
リリー:今の彼の顔を見せてあげたいわ。今までこんなカーディナルの顔、見た事がない
シエル:実に残念だ。まだ私は彼の顔を見た事がないのに
カーディナル:ぼっ、僕は!やる事がありますので!(走り去っていく)
リリー:あぁ、行っちゃったわ
シエル:少しからかいすぎたかな?
リリー:私と二人の生活だとこんな刺激はないから、結構楽しんでるんじゃないかしら
リリー:…本当に、楽しそうなの。貴方が回復するにつれて。生き生きしてるみたい
シエル:…なぁ、リリー
リリー:ん?
シエル:君は、なぜ顔を隠している?
リリー:…街の人からも聞いたのでしょう?二目と見れない醜い魔女だと
シエル:…信じられない。それが本当だとしても、15年も共に暮らすカーディナルの前でも外さないというのは…
リリー:(しばらく沈黙)
リリー:泣いたのよ
シエル:泣いた…?
リリー:幼い彼が、私の顔を見て泣いたの。何度も醜い魔女と罵られたけれど…どんな時よりそれが辛かった
シエル:それは…もしかして…
リリー:だから私は仮面を外さない。きっともうあの子は泣くことは無いでしょうけど
シエル:…リリー、私の目が治ったら…君の顔を見せて欲しい
リリー:それは…
シエル:君がそんな魔女だとはとても信じられない。慈愛ある素晴らしい人だ。
シエル:私はちゃんと恩人の顔を見て、心からの礼を伝えたい。…ダメだろうか
リリー:それは…治らないことを、祈ってしまうわ…
シエル:私は一日も早く、治って欲しいさ
:
:
0:ノック音
カーディナル:起きてるか?
シエル:カーディナル、おはよう。朝なのか…包帯をしていると時間がよく分からないな
カーディナル:この間薬を変えてずっと、だからな。もう包帯を外しても良いだろう、とリリー様が仰っている。だから外しに来た
シエル:リリーは?
カーディナル:リリー様は薬を作っておられる。お前の妹の薬だ
シエル:なんだかここ数日、避けられているように感じるんだが…
カーディナル:…リリー様に、何をした?
シエル:してない!それは断じてしていない。恩を仇で返すような真似など!
カーディナル:…あの方は、繊細で心優しいお方だ。寂しがりで臆病で…。だから、あの方の気持ちがいつも晴々としていられるよう、僕はリリー様が好きな薔薇の世話を欠かさない
カーディナル:あの方の心をもし曇らせるなら…許さないからな
シエル:…リリーは、いつからここに居るんだろう
カーディナル:詳しくは知らない。僕がリリー様と暮らすようになるずっと前、としか。
カーディナル:…僕の事は、聞いているんだろう?
シエル:ああ
カーディナル:…気が付いたらこの森にいた。誰が連れてきたのかも分からない、ただ迷い込んだだけなのかもしれない。何も覚えてないんだ。でもリリー様が助けてくださった、それが真実で…僕はそれだけでいいんだ。これからも変わらず、お傍に仕えて居られたら…それでいい
カーディナル:…さぁ、目を開けろ。
シエル:あぁ…
シエル:ん…!眩しいな…
カーディナル:じき慣れる。見え具合は?
シエル:……見え、る…まだ眩しさはあるが、みえる!あぁ、よく見える…!
カーディナル:さすがはリリー様だ。光には徐々に慣れるから少し待て
シエル:……
シエル:君は、そういう顔をしていたのだな
カーディナル:…なにか文句があるのか?
シエル:いや?案外可愛らしい顔をしていると思って
カーディナル:悪かったな!
シエル:どうして怒るんだ?褒めたつもりなんだが
カーディナル:男が可愛いと言われて喜ぶわけないだろ!!
シエル:君は、思っていたよりずっと表情が豊かだな。好感が持てる
カーディナル:僕は!お前が嫌いだっ!
シエル:(真剣に)カーディナル
カーディナル:な、なんだよ、改まって…
シエル:(ベッドから下りて片膝をつく)
カーディナル:な、何…
シエル:傷付いた私を見つけて運んでくれた。手当てに日々の世話、本当に心から感謝する
カーディナル:やっ、やめろ!僕はリリー様に言われて…
シエル:そうだとしても、私が感謝を伝えたいんだ。君自身に
カーディナル:僕は言われたことをしただけだ!感謝なら、そのっ…だからっ…
カーディナル:リリー様に言えっ!
0:乱暴にドアが閉められる
シエル:…逃げられて、しまった…
:
0:ノック音
シエル:リリー、入っても構わないだろうか?
リリー:(部屋の中から)どうぞ
0:ドアの開閉音
シエル:………
リリー:見え具合はいかが?
シエル:良く、見えるようになった
リリー:それは良かったわ。妹さんの薬、もう少し待ってね、今抽出してるから今夜にでも…
シエル:リリー
リリー:ん?どうかした?
シエル:いや、こうして見ると…君は華奢なんだと思って
リリー:……
シエル:美しい髪だ
リリー:あ、ありが…とう
シエル:霧の中のような視界で、本当に見えるようになるのか…正直ずっと不安だった。
リリー:(片膝をついたシエルに慌てる)
リリー:ちょ、ちょっと待って!
シエル:リリー、心から感謝する…!
リリー:か、顔を上げて!
シエル:妹の薬も勿論だが、手当てだけでなく甲斐甲斐しく世話をしてくれた事、どれだけ言葉を尽くしても、感謝し足りないほどだ
リリー:そんな事ないわ!当然の事をしただけだから、その…!
シエル:…君もカーディナルも、とても清廉だな
リリー:…気持ちは分かったら、その、立って…
シエル:しかし…
リリー:本当に、十分すぎるくらい伝わったから…
シエル:そう、か…?
リリー:貴方の国では、感謝を伝える度にそうやって膝をつくの?
シエル:いつもでは無いが…敬意を表する時は当たり前だな
リリー:…こんなことされた事ないから…驚いた
シエル:国によって違いがあるものだな
シエル:…なぁ、リリー?
リリー:何?また驚かすつもり?
シエル:私の国に来ないか?
リリー:っ?!
シエル:実は、考えていたんだ。
リリー:それは…
シエル:もちろん、この地に思い入れがあってと言うなら無理強いはしない。
シエル:…私の国は様々な種族が寄り集まった国だ。人も居れば獣の血を継いだ者も、精霊の血を継いだ者もいる。そこならば…君も生きやすいのではないかと思って
リリー:あ…
シエル:というのは建前で…
シエル:私が君達と…いや、君と生きたいと思ってしまった
リリー:え…
シエル:…急にこんなことを言われても困ってしまうな、申し訳ない
シエル:だが私は本気だ。…考えて欲しい、薬が完成するまでに…
リリー:私を、見た事がないから…
シエル:見たとしても、私の心は変わらない
リリー:…時間を貰っても…応えられないかもしれないのに?
シエル:それならその時だ。…決して、戯れでこのような事を言っている訳では無い
シエル:リリー、私は君の心が好きに…いや、君の心に強く焦がれている。私と生きて欲しい
リリー:………
シエル:考えてくれないか?
リリー:時間を、ちょうだい…
シエル:分かった
シエル:…邪魔をしてすまなかった、それを伝えたくて。じゃあ…
0:そそくさと部屋から出ていく
リリー:(長い溜息)
リリー:ここから…出るなんて…
:
:
0:翌日
カーディナル:リリー様、お茶が入りました
リリー:……
カーディナル:リリー様?
リリー:…あ、カーディナル。なに?
カーディナル:お茶が、入りました
リリー:ありがとう
カーディナル:…どうかなさいましたか?そんなにぼんやりされてるのを見るのは初めてです
リリー:………
カーディナル:薬が、出来ないのですか?
リリー:あぁ、いえ、それは違うの。薬は…出来た
カーディナル:なら喜ばしい事ではないですか。奴を置いておく理由がなくなります、僕も世話の手間が無くなって助かりますよ
リリー:張合いが無くなるんじゃないかしら?
カーディナル:そんなことはありません。僕の時間は全てリリー様の為のものですから
リリー:……そう、ね
:間
リリー:…国に来ないか、って…
カーディナル:…は?
リリー:昨日ね。私に、私とあなたに、自分の国に来ないかって
カーディナル:…何を、馬鹿なことを…
リリー:本気みたい
カーディナル:そんな事出来るはずがありません!
リリー:ええ、そう。でも…気持ちがとても嬉しかったし、そろそろ頃合かなって
カーディナル:リリー様、そんなことをすれば…!
リリー:カーディナル
カーディナル:…聞けません
リリー:聞きなさい、命令よ
カーディナル:…嫌です
リリー:私も長く生きた…長く生きすぎたの。でも貴方は違う、紛れも無い人の子よ。シエルの国じゃなくて良い、街で人と一緒に暮らすのが…貴方にはいいと思う。私のような魔女とではなく
カーディナル:嫌です!
リリー:私の知識と技術を引き継げるのは、あなただけなの。出来るでしょ?
カーディナル:どうしてですか…!
リリー:(寂しそうに笑う)どうして、かしらね…
カーディナル:僕を、置いていくんですか…
リリー:カーディナル…
カーディナル:嫌だ!それだけは嫌だ!
リリー:…私、街の近くにいた時は、何度も酷い言葉を浴びせられたわ。何度も恨んで、妬んで…どんどん心が黒くなっていくのを感じてた。だからここに館を作り、森で囲い、人を避けて薔薇を心の慰みものにして…
リリー:頼ってくる言葉に耳を貸さないことも出来たのに、それも出来ずに中途半端で。情けない限りよね
カーディナル:そんな…そんなことを言わないでください…
リリー:いずれ人にも忘れ去られて、生きてるか死んでるかも分からないままの存在になるんだと思ってた。…貴方と出会うまで。貴方がここに辿り着いた時から、また私の時間は動いたのよ
カーディナル:リリー様が手を差し伸べてくれたから…僕は今まで生きてこれたのに…
リリー:カーディナル、貴方が傍に居てくれて良かった。貴方がいてくれたから、私は人並みの心を見失わずに済んだ。恨みも妬みも捨てて、穏やかに生きてこれた
カーディナル:…僕では、ダメなんですか…
リリー:カーディナル…
カーディナル:ずっと、ずっと貴女をお慕いしていました。僕では、どうしてダメなんですか…!
リリー:…ダメな理由なんかない。貴方は賢くて優しくて、私の大切な子よ
カーディナル:あんな奴助けるんじゃ無かった…
リリー:心にも無い事を。貴方は本当に素直じゃないわ
リリー:シエルには今夜話す。それまでは、知らない顔をしていてくれる?
カーディナル:…出来ません
リリー:カーディナル…
カーディナル:…顔を合わせないようにします。殴り付けてしまいそうだ
0:ドアを勢いよく閉めて出ていってしまう
リリー:…ごめんなさいね、カーディナル
:
0:薔薇園で散歩しているシエル
カーディナル:…なんであいつが薔薇園に居るんだ…
シエル:ん?あ、カーディナル
カーディナル:…くそ
シエル:薔薇の手入れか?
カーディナル:…あぁ
シエル:これだけの種類のものを手入れするのは大変だろう?私に手伝えることが…
カーディナル:無い。邪魔になるから手を出すな
シエル:しかし、ずっと世話になりっぱなしだ。なにかさせて欲しい
カーディナル:…じゃあ、そこの肥料を運ぶのを…
シエル:分かった、任せてくれ
カーディナル:重いからひとつず、つ…
0:片手で軽々と抱えるシエル
カーディナル:……
シエル:これはどこに置いたらいい?
カーディナル:…こっちだ
シエル:一つでいいのか?
カーディナル:…二つ、要る
シエル:分かった(両手に軽々と抱える)
カーディナル:…どうして、お前なんだ…
シエル:ん?何か言ったか?
カーディナル:何でもない。
カーディナル:…なんで、ここに居るんだ
シエル:体を動かしてた。もうすっかり良くなったからな。薬ももう完成すると言っていたし…明日にはここを出るつもりだ
カーディナル:…なら、明日にはもうお前とおさらばできるな。せいせいする
シエル:相変わらずだなぁ
カーディナル:お前と馴れ合うつもりは毛頭ないからな。怪我も治って元気なら、僕が世話する理由もない。
シエル:私はもっと…君と話がしたかったよ
カーディナル:は?
シエル:…カーディナルはいつも何かしらの仕事をしていて…私が声をかけると不機嫌そうだから
カーディナル:…別に怒ってる訳じゃない
シエル:もっと、ここに来たばかりの頃の話や、君から見た街の様子とか、そんな他愛のない話をしたかった
カーディナル:聞いてどうするんだ?
シエル:いや、別にどうにも。君の事を知るきっかけになるだけだ。…なぁ、カーディナル
カーディナル:なんだ
シエル:私の国に、一緒に来ないか?
カーディナル:?!
シエル:実は、リリーにも話したんだが…私の国は様々な人種が…
カーディナル:シエル・ブルー!!
シエル:ど、どうしたんだ…
カーディナル:(胸倉を掴み上げる)僕は、お前を恨むからな…!!
シエル:な、なんの事…
カーディナル:くっ…!もういい!(乱暴に手を離して去って行こうとする)
シエル:カーディナル!
カーディナル:…なんだ
シエル:何を怒っているのか分からないが…ありがとう
カーディナル:…は?
シエル:名前を。初めて呼んでくれただろう?だから、ありがとう
カーディナル:…お前なんか、大っ嫌いだ!
0:去っていく
シエル:何を、怒ってるんだ…
:
:
シエル:夕食の時もリリーとは会わなかったな…カーディナルはずっと怒ってるし…
0:ノック音
リリー:…シエル、入ってもいい?
シエル:リリー?あぁ、大丈夫だ
リリー:…もう、寝てた?
シエル:いや、まだ寝付けなくて…荷造りをしていた
リリー:薬が完成したから、持って来た
シエル:!!
シエル:これが…!
リリー:使い方を書いたものがこれよ。渡しておくわね
シエル:あぁ、リリー!本当に…なんて言ったらいいか…!
リリー:だから!膝をつこうとしないで…!
シエル:しかし…
リリー:本当に!良いのよ、言葉だけで十分伝わっているから
シエル:そうか…
リリー:それで…昨日の話なのだけど…
シエル:考えてくれたんだな
リリー:…ええ、それで…持ってくるのが遅くなってしまって…
シエル:…ありがとう
リリー:でも答えを伝える前に…仮面を、取るから…
シエル:………
リリー:その後で、もう一度貴方が判断して
シエル:私の心は変わらない。それを先に伝えておこう
0:間
リリー:…っ(俯く)
シエル:リリー、顔を上げて欲しい
リリー:…怖い…
シエル:私を信じて貰えないだろうか?
0:間
リリー:…醜い、でしょう…?鱗のようなアザと…大きな…
シエル:その傷跡は…獣か?人か?
リリー:…人よ…
シエル:こんなに大きな跡が…痛かったろうに…
リリー:…もう、忘れたわ
シエル:こんな酷い跡が残ることをされたと言うのに、君は人を恨んでいない。その心を清廉と言わないでなんと言えばいい
リリー:恐れられるのは仕方ない…
シエル:リリー、君は鱗のようと言うが…
シエル:私の目には大輪の薔薇に見える
リリー:?!
シエル:君の顔に咲く、薔薇の花だ。ちょうど傷跡の所がツルのようになって…とても綺麗だ
リリー:…っ…(泣き出す)
シエル:す、すまない!気に触ったか?!前からよく妹にも怒られるんだ…どうやら私は女性の扱いが上手くなくて…
リリー:違う、違うの…
リリー:そんなこと、言ってくれた人なんて居なかった…
シエル:…君は醜くない。君を恐れた者達は何も見ていなかっただけだ。長い間、辛い想いを…
リリー:うっ…ぐずっ…
シエル:…その分、これから私が言おう。今まで辛かった分、何度でも
リリー:(すすり泣いている)
シエル:リリー、私と共に生きてくれるだろうか?
リリー:(頷く)私の命が、尽きる限り…
シエル:…その、君を…抱き締めてもいいだろうか
リリー:ふふっ…どうぞ
0:リリーを抱きしめる
シエル:…誰かをこんなに、愛おしいと思ったのは初めてだ…
リリー:私は…誰かに抱きしめられた覚えがないわ
シエル:やはり君は…華奢だな。力を入れると…壊れてしまいそうだ
リリー:こんなに人の腕は、暖かい…長く生きているのに、知らないことがまだあったなんて
シエル:…リリー?
リリー:なに?
シエル:口付けの、経験は…?
リリー:…無いわ
シエル:…私もだ
0:間
シエル:これからまだ、新しい経験をすることもあるだろう。生きてる限り、な
リリー:そうね…貴方がここに来てから知らないことが沢山知れた。ありがとう
シエル:…離すのが、恐ろしい
リリー:え?
シエル:どうか、リリー。このまま、私の腕に抱かれていてくれ…
リリー:…いいわ
シエル:…カーディナルに怒られそうだ
リリー:今は…あの子の名前を出さないで
シエル:そうか…
リリー:シエル、どうか今夜…私をあなたのものに…。ここで過ごす最後の夜に
シエル:それは…しかし…
リリー:私に、恥をかかせる?
シエル:それは…ダメだな
:
0:深夜のシエルの部屋
0:シエルは眠っている
:
リリー:シエル、ごめんなさい。あなたの気持ちを…私は踏みつけてしまうわね
リリー:私はきっと、誰も幸せに出来ないの…貴方もカーディナルも。私ばかり与えられてる
リリー:おやすみなさい、良い夢を。あなたが強く生きていけるように…
:
:
0:翌朝
0:身支度をしているシエル
シエル:…よし
0:ノック音
カーディナル:入るぞ
シエル:……どう、したんだ?
カーディナル:何がだ
シエル:…なぜリリーの仮面を付けている?
カーディナル:お前には関係がない
シエル:いや、しかし…
カーディナル:僕は
シエル:…?
カーディナル:僕は、お前の国には行けない
シエル:…そうなのか
カーディナル:…街に、治療中の子供がいる。あの街には医者がいない、僕が居なくなると…困る
シエル:…そうか
カーディナル:あと、純粋にお前の世話になるのは嫌だ
シエル:ははっ、それは残念だ
カーディナル:旅の道中、お前がどんな目に逢おうが僕は一向に構わない。だけど折角リリー様が作った薬が無駄になるのは腹立だしい
カーディナル:だから、必ず妹さんに薬を届けろ。いいな?
シエル:ああ、必ず。私も早く妹を助けてやりたい
カーディナル:…これをやる
シエル:ん?なんだ?
カーディナル:薬草の種類と効能だ。お前の国でも手に入るものがある筈だ
シエル:こんなに沢山書いてくれたのか…
カーディナル:お前の為じゃないからな!
シエル:ああ、よく分かってる。ありがとう、カーディナル
カーディナル:…気をつけて、帰れ
シエル:分かった
カーディナル:リリー様が庭でお待ちだ。支度が済んだら、さっさと行け
シエル:(手を差し出す)
カーディナル:…?なんだ?
シエル:同じように手を
0:言われるがままに差し出した手を握るシエル
カーディナル:なっ?!何をする!
シエル:これは握手という。…親愛の証だ
カーディナル:……ふんっ
シエル:カーディナル、元気で。君に助けてもらえて、本当に良かった
カーディナル:森に放置しておけばよかった
シエル:ははっ、相変わらずだなぁ。…じゃあ、私は行くよ。本当に、ありがとう。この恩は忘れない
0:無言で見送るカーディナル
:
0:外に出ると白百合の花束を抱えたリリーが待っている
シエル:待たせてしまって申し訳ない
リリー:良いのよ。…カーディナルとは話した?
シエル:あぁ、薬が無駄になるのが腹立だしいから、無事に帰れと
リリー:相変わらず、貴方には素直じゃないわね
シエル:君はもう、彼とは十分に話したのか?長く一緒に居たのだから…
リリー:良いの、十分に話したから。…シエル、これを
シエル:ん?…これは、シエル・ブルー…ようやくはっきりと見れたな
リリー:胸に刺してあげる
シエル:なんだか、気恥しいな
リリー:あと、これを渡しておくわ
シエル:…匂い袋?
リリー:獣が嫌う香りなの。カーディナルも街に行く時は必ず身につけてる。貴方が持っていて
シエル:ありがとう。…君は良いのか?
リリー:ええ、私は要らない
シエル:そうなのか…
シエル:あ、あんな所に。…遠くから、見送ってくれてるようだ
リリー:…嬉しいわね
リリー:シエル?
シエル:ん?
リリー:百合の花言葉を知ってる?「純潔」「尊厳」…
シエル:「堂々たる美」
リリー:…知ってたの
シエル:アナが好きなんだ
リリー:そう。…私の名前はね、これから取ったの
シエル:名前を?
リリー:百合の別名はリリィ。本当の名前は誰も呼ばないから忘れてしまった…だから自分で名付けたの。
リリー:昔の私は、呪いの名を持つ黒百合だったけど…今は白で居たいわ。これも貴方に
シエル:私に?
リリー:私の気持ちよ。愛してるわ、シエル
シエル:きゅ、急に…
リリー:ふふふ、じゃあ行きましょうか
シエル:あぁ、そうだな
0:歩き出す二人
シエル:アナに君の事を、なんと紹介しようかずっと考えてたんだ。魔女と呼ぶのは…あまり気が進まない
リリー:そう?私は構わないわよ
シエル:私が嫌なんだ。リリーはとても…素晴らしい人だ。だから…
:
シエル:私の国に慣れないうちは苦労するかもしれないが、慣れてしまえばきっと住みやすいと思う。君の知識はもっと…
:
シエル:リリー?
0:シエルが振り返ると、衣服を残してサラサラと砂が舞っている
シエル:…?!リリー!リリー!!
カーディナル:…それだ
シエル:カーディナル!
カーディナル:その砂が…リリー様、だったものだ
シエル:…なんの、冗談だ…
カーディナル:本当だ。だから…僕は反対した
シエル:カーディナル!
カーディナル:薔薇園の先はリリー様の力が及ばない。気が遠くなる時を生きてこられたリリー様の肉体は、外では形を保てず…
シエル:…知って、たのか…!
カーディナル:ああ
シエル:知っていて…っ、何故言わなかった?!
カーディナル:あの方の望みだからだ!!リリー様、の…!
シエル:リリーの、望み…
カーディナル:そうでなければ…!この僕が!心からお慕いしているリリー様を!!止めない訳が…無いだろうがっ!!
シエル:…私が、行こうと言ったからか…私が、共に国に帰ろうと言わなければ…
カーディナル:ああそうだ、貴様のせいだ!
シエル:わたしの…
カーディナル:っ…!…すまない、違う。…きっと、薄々考えておられたのだ…
カーディナル:僕が薬学の知識を得て、一人でも生きていける頃を、待っていたんだ…
シエル:そん、な…
カーディナル:ここに留まっても、恐らく数年もしない内に同じ事になっていた。ならば…あの方の心が少しでも穏やかで、自分の終わりを望まれたのであれば…もう僕はそれでいい…
シエル:リリー…!
カーディナル:ここも、次第に消えていく。お前も、帰るべき所へ帰れ
シエル:(泣き出す)こんな…こんな終わりが、納得できるものか…!リリー…!
カーディナル:…泣くなっ!僕の方がずっと長く彼女といたんた!同じ時を過ごして、同じ気持ちを…抱いて…っ!僕が泣いてないんだ、お前が泣くな!!泣く…なっ…!
カーディナル:うっ…うあああ…!!
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シエル:(M)深く暗い森の奥。
シエル:迷いの森と呼ばれるその奥には、薔薇に一年中囲まれた館がある。人も獣すらも近寄らない、更には見えても辿り着けない不思議な館に住むのは、白百合の心を持った魔女が一人
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:終