台本概要
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タイトル | 霖雨の猫 |
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作者名 | 橘りょう (@tachibana390) |
ジャンル | その他 |
演者人数 | 4人用台本(男2、女2) |
時間 | 40 分 |
台本使用規定 | 台本説明欄参照 |
説明 |
命が軽く扱われる世界で、ライラプスという組織の下で「掃除屋」をしているネロ。 そんなネロにやさしく傘を差しだす青年がいた。 組織のボス、ディーヴァと側近のファントムは怪しく笑い… 登場人物の性別変更は不可、読み手の性別は不問。 作品名、作者名、台本へのリンクの表記をお願いいたします。 余裕があれば後でも構わないのでTwitterなどで教えて下さると嬉しいです、 アーカイブが残っていたら喜んで聴きに行かせていただきます。 474 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
黒猫 | 女 | 222 | ライラプスに拾われたナイフ使い。幸せを放棄しているため荒んでいる。 |
先生 | 男 | 120 | 黒猫に傘を差しだした、穏やかな青年。…… |
ディーヴァ | 女 | 95 | ライラプスという組織の女ボス。葉巻を好む女傑。 |
ファントム | 男 | 75 | ディーヴァの側近。重苦しい雰囲気を持つ。かなり強い |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
黒猫:『雨が降る
黒猫:雨が降ってる、やまない雨
黒猫:雨は包み込んでくれるなんて言うけど…そんなもの嘘っぱちだ。降るのは黒く重たい雨ばかりで、濡れたらどんどん体が沈みこんでいくみたいに、重い。
黒猫:この世界に救いなんてない』
:
黒猫:…クソ喰らえ…
:
:
ファントム:ディーヴァ、黒猫が来ましたよ
ディーヴァ:ん?なんだ、ようやく顔を見せたか野良猫が。…随分遅いご登場じゃないか
黒猫:…これでも急いだ
ディーヴァ:ん?あの程度で音を上げたのか?随分とひ弱だな
黒猫:一晩で…五人片付けた
ディーヴァ:たかが片手掃除した程度で賑やかな奴だ
黒猫:…全部、片付ける必要あったのか…?
ディーヴァ:繋がりがあるものは始末する。それが将来、自分の喉笛に喰らいつかない保証は無いだろう
黒猫:…でも
ディーヴァ:お前の脳天に鉛玉を打ち込んでくるかもな
黒猫:あ、そ
ディーヴァ:相変わらずメソメソと。…ファントム、資料を
ファントム:こちらです
:
:渡された封筒を乱暴に奪うように受け取る
:
黒猫:…もう次の仕事かよ。人使い、荒すぎ
ディーヴァ:半人前が偉そうに何を言う。我が「ライラプス」の組織で飼われている程度のひよっこが
黒猫:……
ディーヴァ:一人前に仕事ができるようになって初めて、お前は権利を主張できる。そのために拾った、そのために拾われた。…そうだろう?
黒猫:……あぁ
ファントム:この組織にいる以上、ディーヴァの命令は絶対。それはもう身をもって理解させたと思っていたが…
黒猫:嫌ってほど教えこまれたよ!忘れたわけじゃない!ただ…
ファントム:我らの仕事は、歌姫の行く手を阻むものの全ての殲滅。彼女が歩く道は、常に美しく彩られていなくては
黒猫:…分かってる
ディーヴァ:野良猫程度でも文字は読めるだろう。分かったら下がれ
黒猫:…チッ(出ていく)
:
ディーヴァ:いつまでも人間臭さの抜けん奴だな
ファントム:昨日は年端も行かない子供も居ましたからね
ディーヴァ:くだらん。こんな腐敗臭の掃き溜めのような場所で、いつまでお綺麗なままでいるつもりだ
ディーヴァ:もうとうの昔に、自分の手は赤く染っているというのに
ファントム:ふふふ…まだ熟れていない証拠ですよ
ディーヴァ:全く…いつまでも子供で困る。こんな世界でまともであろうとする方が…どうかしてる
ファントム:しかし、熟れていないからこその楽しみもあるというもの。熟してしまえば…
ディーヴァ:花を咲かせるか、腐って地に落ちるか。…そう思えば楽しみがある、か
ファントム:ええ
:
:
黒猫:『オレを取り巻く世界は灰色と赤ばかりで、人の命も吹けば飛びそうな位に軽い
黒猫:明日には、いや一時間後には、自分が内臓をぶちまけて倒れてるかもしれない世界で…命のやり取りをして生きてる
黒猫:この世界には、救いなんてない』
:
:雨の中、膝を抱えて座り込む黒猫
:
黒猫:『雨が降る。
黒猫:この街には雨がよく降る。
黒猫:血を洗い流して、汚れた姿を隠す暗くて重い雨。
黒猫:一緒に溶けて流れてしまえば…手に残る、肉を切り裂く感触も消えるだろうか』
:
:
黒猫:…疲れた…
:
先生:こんな所で何をしてるんだい?
:
:黒猫に傘を差し出す男
:
黒猫:…放っておけよ
先生:でも君…ずぶ濡れじゃないか。そのままだと風邪をひくよ
黒猫:うるさいな、ほっとけって。知らない奴がどこでのたれ死のうと関係ないだろ
先生:でも、こうして今話をしてる。もう顔見知りになったと思わないか?
黒猫:…あっち行け。あんたと話したくない
先生:そうか…。じゃあこれを置いて行くよ。君も早く家に帰るんだよ
:
:男は傘を黒猫に被せて走り去っていく
:
黒猫:ちょ…おい!こんなもの…!
:
:傘の柄を握りしめて唇を噛み締める黒猫
:
黒猫:こんなもの、いらないのに…
:
:
:翌日、同場所
:
黒猫:おい
先生:ん?…あぁ、昨日の子じゃないか。どうしたんだ?
黒猫:…その…
先生:あれからすぐ帰ったのかい?風邪は引いてないか?
黒猫:うるさい…
先生:あぁ、つい。ごめんごめん、いつも君くらいの子達と関わってるから
黒猫:関わる…?
先生:僕は先生をしてるんだ
黒猫:先、生?
先生:んー…計算したり、テストしたり…そういうやつかな
黒猫:…へぇ
先生:君は?学校には行ってるのかい?
黒猫:行ってない
先生:傍で色々教えてくれる人が居るのかな?良い事じゃないか
黒猫:…あんたの話は、よく分からない
先生:それで…どうしてここに?待っててくれてたの?
黒猫:これ、返す
:
:さしていた昨日の傘を差し出す
:
先生:…受け取るのは構わないけど…君は?濡れるだろ。他の傘持ってる様子もないし…
黒猫:雨なんか、いつも濡れてる
先生:それはダメだ!受け取れないよ!
黒猫:でも…オレには傘なんて…
先生:こんな子供が雨の中濡れていくのを放って置ける訳ないだろ!…僕の家、すぐだから着いておいで
黒猫:はあ?
先生:良いから。さぁこっちだ
黒猫:…なんなんだ、こいつ…
:
:ついて行く黒猫
:
先生:ここが僕の家だ。どうぞ、入って。少しちらかってるけどね
黒猫:…本、ばっかり…
先生:あぁ、すまない。普段人が来ることがないから、好き放題置きっぱなしで…
黒猫:別にいい。オレは用事がないからもう帰る
先生:待って待って!まだ雨は強いし、少し弱くなるまでここに居なよ。ココアでも飲むかい?
黒猫:…ココアって、何?
先生:飲み物だよ。甘いものは好きかい?
黒猫:…好き
先生:じゃあ気にいると思うよ。適当に座って
:
:キッチンで準備を始める男
:
黒猫:…変な奴
先生:(キッチンから)そういえば君、名前は?
黒猫:……黒猫
先生:黒猫?あだ名かい?
黒猫:…そんなもの
先生:ふぅーん…まぁ黒髪だし確かに猫っぽいと言えば猫っぽいか
:
:黒猫は適当に本を開くがすぐ閉じる
:
黒猫:なんか訳わかんないことばっかり書いてる…
:
先生:はい、おまたせ
黒猫:……(カップを受け取る)
先生:中身、熱いからね
黒猫:茶色い…
先生:これがココアだよ。甘いいい香りがするだろう?
黒猫:(嗅いでみる)…なんだ、これ…
先生:甘くて美味しいよ、さぁどうぞ
:
:黒猫はカップの中身に恐る恐る口をつける
:少し舐めて驚いた顔をする
:
黒猫:何、これ…
先生:美味しいかい?
黒猫:甘くて…美味しい
先生:気に入ったようで何よりだよ。お菓子でも買っておけばよかったなぁ
:
:間
:
:黒猫が夢中で飲む姿を、男は微笑ましい顔で見つめている
:
先生:…君は普段、何をして過ごしてるんだ?
黒猫:(飲むのをやめて俯く)…別に、何もしてない
先生:でも、世話してくれる人はいるんだろう?
黒猫:…拾われただけだ。要らなくなったら…捨てられる
先生:そう、か。…余計なこと聞いていいかな
黒猫:余計だって思うなら…
先生:顔の傷は、どうしたの?
黒猫:…別に。ただの傷だ
先生:(手を伸ばして傷跡に触れる)
黒猫:?!
先生:女の子の顔に傷跡を残すなんて…
黒猫:え…
先生:オレって言ってるけど、君女の子だろ?可愛い顔をしてるんだから、傷をつけないように気を付けなきゃ
黒猫:離せっ!男とか女とか、しらないっ!
先生:あぁ、ごめん…。おかわりは?もう一杯飲むかい?
黒猫:いらない。帰る
先生:まだ雨が…
黒猫:いい
先生:せめて傘を持って…
黒猫:いらない
先生:いいから!…この傘は君にあげるよ
黒猫:…あんた、名前は?
先生:ん?
黒猫:名前。オレは、あんたをなんて呼んだらいい
先生:あぁ。僕は…そうだな、先生って呼ばれてるよ
黒猫:せんせい…ん、わかった。じゃあな
:
:黒猫は部屋を出ていく
:まだ雨は降っており、傘をさした
:
黒猫:せんせい。先生…よし、覚えた
:
:
:数日後。また雨の日
:
先生:あれ?クロくんじゃないか
黒猫:…なんだ、その「クロくん」って…
先生:黒猫じゃ、なんかね。ちゃん付けは嫌いそうだし、そう呼ぼうと思ったんだけど嫌だったかな?
黒猫:別に…嫌じゃない。好きに呼べばいい
先生:そう?なら勝手にさせてもらうね。今日はどうしたんだい?
黒猫:…別に。ちょっと近く通っただけだ…
先生:そっか…。じゃあ…ココアでも飲んでいくかい?
黒猫:…!(ぱっと顔を上げる)
先生:(吹き出す)
黒猫:な、なんだよ!
先生:いや、随分気に入ったんだなと思って。君くらいの子供は甘いものが好きだよね
黒猫:子供じゃない…
先生:見たところ、13歳やそこらだろう?
黒猫:……16
先生:ん?
黒猫:16歳って、聞いた
先生:それは失礼。でもまだ子供の年齢だよ
黒猫:年齢なんて関係ない
先生:そうかい?
黒猫:……
先生:…素直に言っていいんだよ、遠慮なんてしなくていい
黒猫:オレは物乞いじゃない…
先生:はははっ、ココア程度で物乞いか。安いなぁ。いいよ、ついておいで
:
:2人は歩き出す
:
先生:傘、使ってくれてるんだな
黒猫:…オレ、これしか持ってない
先生:今まで雨の日はどうしてたんだ?この街は雨が多いのに…
黒猫:別に。濡れるだけだ
先生:傘を無理にでも渡して正解だったなぁ
黒猫:先生は…
先生:ん?
黒猫:どうして…オレにそうやって…ちょっかい出すんだ
先生:ちょっかいだなんて。…クロくんが寂しそうな顔してたから放って置けなかったんだよ
黒猫:寂しいって…なに?
先生:…そうだなぁ…言葉にするのは難しいなぁ
黒猫:人に物を教える奴にも、分からないことがあるんだな
先生:それはもちろん。人には得意不得意があるからね
黒猫:先生にも、分からないんだな…
先生:感情としての意味は分かるけど、それを言葉にするのは難しいんだよ
黒猫:ふぅん…
:
黒猫:『甘いココアは温かくて、もしかしたら毒を仕込まれるかもしれないなんて思ったけど、それでも構わない。
黒猫:「先生は笑ってた。
黒猫:お菓子もくれた。チョコレートの粒が口の中でゆるゆると溶けていく。』
先生:「またいつでもおいで」
黒猫:『その言葉が甘く、じわりと体全体に染み込んでいくような気がした。』
:
:
ディーヴァ:ファントム、そろそろ「プロフェッサー」に連絡を
ファントム:かしこまりました、我が主…
:
:
:ノック音
:
黒猫:来たぞ
ディーヴァ:ほう、お前がノックをしてくるとは。この街の雨が雪にでも変わるかもな
黒猫:…するんじゃなかった
ディーヴァ:褒めてるんだよ、黒猫。お前の成長をな。…まぁ座れ
:
:応接用の椅子にドカリと座る黒猫
:窓を背に座るディーヴァが怪しく笑う
:
ディーヴァ:最近、入り浸ってる先があるらしいな
黒猫:…なんで、その事を…!
ディーヴァ:ずっと自分の与えられた住処に引きこもるばかりのお前が、頻繁に外へ出ていると報告を貰ってな。
黒猫:…あんたか
ファントム:配下の管理は私の仕事ですから。しかし、傘まで差して出かけているのは驚きでしたよ
黒猫:オレの、勝手だ
ディーヴァ:あぁ、構わん。大いに結構だ。話も早い
黒猫:…話?
ディーヴァ:ファントム
ファントム:はい。…どうぞ、黒猫
:
:差し出された写真を受け取ると、そこには先生が写っている
:
黒猫:先生…!
ディーヴァ:次の標的だ
黒猫:な、んだって…?!
ディーヴァ:その男は、お前も良く知る「笛吹き」共の組織の幹部だ
黒猫:……
ファントム:表向きは身寄りのない子供たちを引き取る慈善事業。しかし…書類上養子に出された子供たちは実際には存在しない
ディーヴァ:果たしてどこへ消えているのやら、だな。その男は笛吹共の頭脳(ブレイン)だ。
ディーヴァ:奴らの大切な脳髄…そいつを片付ければ残りカスばかり、あとは簡単な事だ。お飾りのトップなど容易にひねり潰せる
黒猫:…嘘だ
ディーヴァ:なに?
黒猫:先生は…そんな事しない
ディーヴァ:ハッ!…では何か?お前は、この私の、ライラプスの情報が…間違っているとでも?
黒猫:そうは言ってない!でも、先生は…!
ディーヴァ:…黒猫、お前には再教育が必要な様だな。ファントム
ファントム:はい
ディーヴァ:もう一度、骨の髄まで躾てやれ。…死なん程度にな
ファントム:かしこまりました(懐から細いナイフを一本取り出す)
黒猫:ディーヴァ!
ディーヴァ:痛い目を見たくなければ、ファントムを返り討ちにしてみろ。…出来るものならな。もし、出来ればお前の懇願を聞いてやらんこともない
黒猫:くっ…!
ファントム:…来なさい
黒猫:(ナイフを取りだして構える)……
ファントム:…来ないなら、こちらから行きますよ
黒猫:くそっ…!
ファントム:っ!!(床を蹴り黒猫に切りかかる)
黒猫:(受けるが勢いに押される)
ファントム:教えたことを思い出しなさい
黒猫:く…!
ファントム:胴がガラ空きです
黒猫:ぐはっ!(蹴られて飛ばされる)
ファントム:…あなたはもう少し、賢いはずだ
黒猫:(何度か咳き込む)は、あ…!クソ…
ファントム:(体を起こしかけた所を蹴り飛ばす)
黒猫:がは…!!
ファントム:冷静になりなさい。今のあなたは…素人に劣る
黒猫:なん…だと…!
ファントム:いつものあなたなら…最初の蹴りはかわせたはず…動きが随分と悪くなっているようですね
ファントム:…ディーヴァの前で無様な姿を晒さないで頂きたい。まるで私の教育不足のようで…気に入らないっ!
黒猫:ぐあっ…!!
ファントム:(黒猫の胸元を踏みつける)喉元に食いつかんばかりの、あの殺意はどこへ落としてきましたか?
黒猫:う、ぐ…!
ファントム:せっかく仕込んだものを…時間も労力も無駄にされては溜まったものでは無い。…あなたができないと言うならば、私がやりましょうかね
黒猫:…っ!
ファントム:死なせてくれ、と懇願させてみせましょう
黒猫:や、めろ…!!
ファントム:止めてご覧なさい
黒猫:(踏まれた体制からナイフを振るう)っ…!!
ファントム:(容易く退ける)やれやれ…このような体たらく…情けないですね
ディーヴァ:教育係、失格か?
ファントム:…汚名をそそがねば。歌姫の寵愛こそ、失う訳には参りませんのでね…
:
:
:傷だらけで倒れている黒猫
:傍には、無傷で息も上がっていないファントムが立っている
:
黒猫:…ゲホッ…く…そ…
ファントム:多少はマシになったようですね。ほんの少し…素早くなった
ディーヴァ:ようやく及第点、と言った所か
ファントム:しかし、私程度にこんなに痛めつけられて…まだまだですねぇ
黒猫:ケホッ…
ディーヴァ:なぁ黒猫。私はね、存外お前のことは気に入ってるんだ
黒猫:はっ…よく、言う…
ディーヴァ:本心さ
ディーヴァ:どれだけその身を返り血で汚しても、どれだけ手酷く穢されても、お前のその黒い瞳は正しいものを見ようとしている
ディーヴァ:…いじらしい事だ。愚かすぎて涙が出てくる
ファントム:さぁ、選びなさい黒猫。…あなたが死ぬか、あなたが殺すか
黒猫:嫌だ…先生は…
ディーヴァ:ではお前を消して、奴も始末する
黒猫:なん…!
ディーヴァ:お前が行かないなら、もう必要なかろう?ほかの者に消させる。どの道、その先生とやらの運命は変わらない。我がライラプスで奴を消す。…どうする?
黒猫:…っ!
ディーヴァ:連れて逃げようなどと、あくびが出そうな考えを持っているなら…今すぐ捨てろ。そんなことが出来るほど、我が組織は優しくない
ファントム:ディーヴァに感謝なさい。見ず知らずの者に殺されるより、見知った者に殺される方が彼も良いでしょう
ファントム:ディーヴァからの、慈悲ですよ
黒猫:何が…慈悲だ…
ディーヴァ:24時間やる。明日この時間に答えを聞かせろ。ファントム。黒猫を部屋に放り込んでこい
ファントム:かしこまりました
:
:
ファントム:ディーヴァ
ディーヴァ:どうだ?
ファントム:恐らく…少し回復したら、あの男の元へ行くでしょうね
ディーヴァ:…ふふ。初めて心を許した相手、か
ファントム:懐かしいですか?
ディーヴァ:さぁな、もうそんなことはとうに忘れた
:
:ディーヴァの前に膝まづくファントム
:
ファントム:…愛しい、我が歌姫
ディーヴァ:私の忠実なる怪人。…口付けを許す
:
:足を組んだその靴に、ファントムは口付ける
:
ディーヴァ:可愛らしいな、私の怪人は
ファントム:私の、クリスティーヌ…
ディーヴァ:立て、ファントム
ファントム:はい
ディーヴァ:仮面を取れ
ファントム:はい(仮面を取る)
ディーヴァ:…その焼き爛れた顔も、実に可愛らしい
ファントム:あぁ…あなたが望むなら、私の全てを灰にしても構わない…
ディーヴァ:どうした、今日は随分と甘えるな
ファントム:えぇ、少々…
ファントム:「あぁ、降りていきたい。全ての出口が閉ざされている、闇の井戸の中に」
ディーヴァ:ふふふ…おいで、ファントム
:
:
:先生の部屋のドアを叩く黒猫
:
黒猫:先生!先生!
:
:室内からは人の気配が感じられない
:
黒猫:先生、出てよ!先生!
黒猫:なんで、こんな時に居ないんだよ…!
:
:ドアを背に座り込む
:
黒猫:先生
:
:
ディーヴァ:決まったか?
黒猫:…あぁ
ディーヴァ:答えは
黒猫:…やるよ
ディーヴァ:いい子だ。野良猫は野良猫らしく、餌を貰うために媚びていればいい
黒猫:チッ…
ディーヴァ:ふふっ。…期限は三日だ
黒猫:…ディーヴァ、なんでそんなに…あんた楽しそうなんだよ…
ディーヴァ:…くくくっ…くはははっ…あぁ、楽しいとも!
:
ディーヴァ:私が愛してるのはインフェルノだ
ディーヴァ:歯が溶けそうな程に甘ったるい、それこそ砂糖菓子のような甘美な囁きより、醜悪な人間の足掻く姿の方が余程美しい
ディーヴァ:…ファントム、あれを
ファントム:はい
:
:箱に入った銃を黒猫に差し出す
:
ファントム:ディーヴァからの贈り物ですよ
黒猫:は?
ファントム:貴方はナイフ使いですからね。懐いた相手に刃を振るうのは辛いでしょう。…死の感触を手元に残したいというのなら別ですが
黒猫:っ…!
ディーヴァ:銃の扱いは問題なかろう?ちゃんと弾は込めてある。…精々、先生との決別を楽しんでこい
:
:黒猫は銃を乱暴に受け取ると部屋を出て行こうとする
:
ディーヴァ:あぁ、そうだ
黒猫:…なんだよ
ディーヴァ:『ライラプスのネロ』、名乗りを許す
黒猫:……ようやくのお許しか
ファントム:もっと喜びなさい、あなたの大事な名前でしょう
ディーヴァ:奴に名乗ってやるといい
黒猫:…ふん
:
:
ファントム:まだ青い、ですねぇ
ディーヴァ:全くだ
ファントム:なぜ、名乗りをお許しに?
ディーヴァ:なぁに…ただのスパイスさ
ファントム:…多少、刺激が強すぎやしませんか?
ディーヴァ:慣れてしまえば快感だ
ファントム:やれやれ…貴女の悪戯心には恐れ入る
ディーヴァ:ふふふ…
:
:
:雨の中、傘を指した黒猫
:
:遠くから先生が歩いて来る
:
先生:おや…。やぁ、クロくん
黒猫:…先生…
先生:どうしたんだ?体調が悪いのかい?酷い顔に…
:手を伸ばしてくるのを後ろに下がって避ける
黒猫:…触るな
先生:クロくん?
黒猫:先生昨日、居なかったね
先生:昨日?あぁ、ちょっと用事があってね。もしかして来てくれたの?
黒猫:笛吹共の所?
先生:……うん?
黒猫:先生は…笛吹側の人間なの?
先生:…何を、言ってるのかな
黒猫:奴らの幹部なのは…本当?
先生:さっきから何を…
黒猫:オレは…ライラプスのネロ
先生:ライラプス、だと…?!
黒猫:…はは…その名前を、あんたは知ってるんだな…
先生:っ!…まさか、こんな子供が…!
:徐々に先生は後ずさる
先生:もしかして…その為に僕に…?!弱ってる振りをして、僕を騙してたのか?!
黒猫:先生…
先生:話…そうだ、話をしよう!君と僕の仲じゃないか!クロくん…!
黒猫:その名で、呼ぶな…
先生:まだ僕は…死ぬべきじゃない!死ぬべき人間じゃないんだ!
先生:あぁ、そうだ!見逃してくれ、そしたら君にも礼をする!立場だって優遇してやれる!
黒猫:笛吹共は、殲滅する…
先生:ふざけるな!僕が、僕がこんなところで死んでいいわけが無い!無価値なゴミ共と一緒にするな!
:上着の懐から銃を出して黒猫に向けるが、その手は酷く震えている
先生:やめろ!近づくな、ライラプスの犬め!
黒猫:…しっかり持たなきゃ、当たらない
先生:主人に尾を振るだけの無能が、僕を蹂躙するのか…!そんな馬鹿な話があるかぁ!
:銃声が響くが照準が定まっていない
黒猫:…信じたく、なかった…
:銃を構える黒猫
黒猫:オレに優しくしてくれたの、あんただけだった…
先生:やめろ、やめてくれ!
黒猫:嬉しかったんだ、ほんとに…
先生:な、なら…!見逃してくれるよな…!
黒猫:他の奴らには、やらせない…
先生:やめろぉお!
黒猫:う…ああああっ!!
:響く数発の銃声。倒れる先生
黒猫:うっ…うえっ…!!
:嘔吐しながら何度も咳き込む
黒猫:先生…せんせい…!
ディーヴァ:よくやった、黒猫
黒猫:…ディーヴァ…?!
ディーヴァ:怖気付いて逃げ出すかもと思ったが…杞憂だったな
黒猫:…見張ってたのか…!
ディーヴァ:見守る、と言って欲しいね。半人前が殻を破れるか、見極めは必要だろう?
ファントム:ディーヴァ、片付けますか?
ディーヴァ:あぁ
黒猫:やめろ!
:ディーヴァはしゃがみこんでいる黒猫を蹴り上げる
黒猫:ぐあっ!
ディーヴァ:…キャンキャン吠えるな、鬱陶しい。お前も同じ麻袋に詰めてやろうか?
黒猫:それでもいい…!
ディーヴァ:いい覚悟だ(再度蹴りあげる)
黒猫:ゲホっ…!
ディーヴァ:だが、残念だ。お前の死に時は私が決める。…玩具はまだ、壊れて貰っては困るんでな
黒猫:ディー、ヴァ…
:
黒猫:『アスファルトを流れてくる雨と血。その匂いに再度吐き気を覚えながら、オレの意識は遠のく。
黒猫:ファントムと他の男達に引きずられていく、先生の姿も闇に堕ちた』
:
ディーヴァ:…ようやくこれで一人前、と言ったところか
ファントム:黒猫はどうされますか?
ディーヴァ:起きて牙を向けてくるなら始末しろ。従うなら生かして、活かす。惜しい逸材だ
ファントム:かしこまりました
ディーヴァ:…賭けるか?
ファントム:まさか。初めから負けが決まってるボードに座ったりしませんよ
:
:
:数年後
黒猫:ディーヴァ
ディーヴァ:戻ったか
黒猫:運び屋の掃除、終わった
ファントム:荷物は?
黒猫:燃やした、指示通りに。中身の一部がこれと…探してた品はコレだろ
:机の上に乱雑に大きな封筒を投げる
:ファントムが開封し、ディーヴァに渡すと満足そうな笑みを浮かべた
ディーヴァ:Bravo、いい子だ
黒猫:…家に戻る、疲れた
ディーヴァ:今度、お前に頼む仕事があるが…しばらく日数がある。それまで好きにしてるといい
黒猫:ふん…(目線もくれずに立ち去る)
ファントム:最近愛想の無さに磨きがかかりましたねぇ
ディーヴァ:野良猫の頃が懐かしいか?
ファントム:最近はどんな標的でも眉ひとつ動かさない、と報告を受けております
ディーヴァ:それはいい
ファントム:…プロフェッサーの件は、やはりネロに?
ディーヴァ:あぁ、あのイカれたマッドサイエンティストの相手は任せよう
ファントム:彼とはどうも、私は相性が悪い
ディーヴァ:まぁそう言ってやるな、あんなイカれた男でも立派な協力者だ…だが…
ファントム:いずれは始末、ですか
ディーヴァ:あぁ。金で動く奴は金で裏切る。今は甘い汁を吸わせておけ
ファントム:奴としてはこちらを利用しているつもりなのでしょうがね
ディーヴァ:まぁ今のうちだ。餌を欲しがった意地汚い野良犬が、与えられた余り物の肉にしっぽを降った。それだけの話だからな
:
:
ディーヴァ:ネロ、今回の仕事は「お使い」だ
黒猫:お使い?
ファントム:このメモの住所を今覚えなさい
:差し出された紙を受け取る
黒猫:…覚えた
:ファントムは紙に火をつけ燃やしてしまう
ファントム:先程の住所にこれを
黒猫:(大きな封筒を受け取る)…随分分厚いな
ファントム:詮索は
黒猫:しない。興味ない
ディーヴァ:それを届けるだけだ。簡単なお使いだろう?
黒猫:…簡単すぎる。何か裏があるんじゃないのか?
ディーヴァ:そもそも我々の「仕事」に裏がないことがあったか?
黒猫:…愚問だったな
ファントム:「プロフェッサー」と呼ばれる男が居ます。その男に直接、渡しなさい
黒猫:他のやつに話しかけてもいいのか?
ファントム:表向きは製薬機関の研究所ですからね。一般の人間も出入りするような所です。くれぐれも問題を起こさないように
黒猫:そんな事しない
ファントム:ナイフを抜くのは無しですよ
黒猫:わかってる。馬鹿にするな
ファントム:ならよろしい
ディーヴァ:ふふっ、まぁ目立たないことだ
黒猫:…ふん
:黒猫は出ていく
ディーヴァ:さぁファントム。我らは最上級のVIP席で楽しもうじゃないか
ファントム:えぇ、そうですね。私もご相伴に預かるとしましょう、あなたの描くインフェルノをね…
:
:
黒猫:第三研究室…ここか
:ノックをする
黒猫:「プロフェッサー」は居るか?
先生:ここだ
:棚の奥から一人の男が顔を出す
黒猫:……あ
:黒猫は持っていた封筒を落とす
黒猫:なんで…
先生:おいおい、丁重に…
:
先生:…あぁ、なんだ。君がお使いに出されたのか
黒猫:せんせい…
先生:ディーヴァも酷なことをする…(笑っている)
黒猫:どうして…生きてる…
先生:おかしなことを聞くな。死んでないから生きてる、それだけだ
黒猫:違う、そうじゃない!
先生:クロくん
黒猫:その呼び方やめろ!
先生:「撃ち殺したのにどうして生きている」?
黒猫:…っ!
先生:確かに私は君に「殺された」
:少しずつ近づいてくる先生に後ずさりする黒猫
先生:普段はナイフ使いだったか?サバイバルナイフをまるで指先のように扱うとは聞いていたよ。銃の扱いには不慣れだとも
黒猫:……
先生:だが、実に的確に君は私の急所を撃ち抜いた。確実に死に至らしめるべく…見事な腕前だった
黒猫:…(壁に追い詰められる)
先生:「実弾」であったなら、確実に殺されていた
黒猫:なん、だって…
先生:「実弾じゃなかった」、そう言ったんだ
黒猫:…ペイント弾…
先生:正解!ハラショー!
黒猫:でも、確かに血の匂いがした!
先生:あれは僕の特別性さ。本物の血を使った特製ペイント弾だ。君は鼻が利く、下手な小細工なら見破られてしまうかもしれない。服の下にも血液を入れた袋を用意しておいてね
黒猫:じゃあ…
先生:楽しいショータイムだったろう?
先生:…僕とディーヴァは水面下で繋がっていた
黒猫:わざと…オレに…
先生:笛吹共は頭が悪くてね、いくら僕が頑張っても脳ミソまで筋肉みたいな使えない愚者ばかり…うんざりしてたのさ。そこで目をつけたのがディーヴァ率いるライラプスだ
先生:すぐには信用して貰えなかったがね。だが…僕も彼女も性根は同じだ。この腐りきった世界の住人だ、意気投合するのに時間は掛からなかった
先生:計画を持ち掛けたのも僕だ。思ったより君は…ずっと簡単に僕に懐いた
黒猫:…先生…
先生:誰にも愛されず、愛に飢えた野良猫があんなに簡単に懐くなんて思わなかった。あんなささやかな「餌」につられてね。今じゃすっかり…可愛い飼い猫だ
黒猫:…っ
先生:僕を殺した後に壊れてしまうんじゃないかと本気で心配したんだよ?
先生:でも少し…後悔はしたんだ
黒猫:後悔…だと?
先生:あぁ。…君を抱いてやっていたら、もっと綺麗に壊れていたかもしれない、とね。残念だよ、僕もまだ甘いなぁ
黒猫:…っ!
先生:君がお使いに出されるとは思わなかったから、少々驚いたけどね「ライラプスのネロ」
:薄笑いを浮かべて黒猫を覗き込む
先生:僕を殺した時、どんな気分だった
黒猫:ふざけるなぁ!
:殴り掛かるがその腕は取られ、後ろ手に拗られる
黒猫:くっ…!
先生:残念ながら防戦一方は、あの時だけだ
:
先生:ちゃんと教えてくれないか?自分で体験していないことなんだから、君が教えてくれないとデータが取れない
黒猫:データ、だと…?
先生:ふふっ…あぁ、いい目だ…肌にひりつくような怒りと殺意…なんて心地よい…
黒猫:変態野郎…
先生:あの時は感じられなかった…この張りつめた空気は聞いてわかるものでは無いなぁ
:先生は黒猫の顎をとると無理やり口付ける
黒猫:…くっ…
先生:ぃ…っ!いきなり噛み付くとは…さすが「元」野良猫
黒猫:なんのつもりだ…!
先生:別に?(手を離す)
黒猫:(距離をとって睨みつける)…答えによっては殺す
先生:おぉ怖い。僕を殺すか?あの時みたいに
黒猫:……!!
先生:でも残念ながら…今は君たちの協力者だよ?ディーヴァとの繋がりもある。そんな僕を殺すか?ん?
黒猫:関係ない…
先生:くっくっくっ…せっかくの感動の再会が台無しだなぁ
黒猫:何が感動の再会だ…
先生:いつまでそんな顔で睨んでるんだ、怖いなぁ。あぁ、もしかしてキスは初めてだったかな?
黒猫:うるさい
先生:図星か、それは申し訳ないことをした。ファーストキスはもっとロマンチックな方が良かったかな?
黒猫:…あんたの事、信じてた
先生:んんー?なんのことかな?
黒猫:あんたは…白くて綺麗な人だと思ってた。信頼、してた
先生:信頼?…ふふ、ふははははっ!信頼?なんて薄っぺらい感情だ!
黒猫:……!
先生:(笑いながら)そんな感情よく信じられるな!理解できん!
先生:僕が信じてるのは金とデータ結果だけだ
先生:うつろいやすい人間の感情なんて、腐った木の橋を渡るようなもんだ。いつ壊れるかも分からない、いつ落ちるかも分からない物を信じるなんて馬鹿げてる!
先生:なぁ!そう思わないか?
黒猫:…帰る。あんたと顔合わせてると頭がおかしくなりそうだ
先生:残念だなぁ、昔は自分から会いに来てくれてたのに
黒猫:……
先生:またいつでもおいで。歓迎するよ
黒猫:…もう来ない
先生:ふふっ、待ってるよ
:
:荒い足音
:勢いよくドアを開ける
:
ディーヴァ:ノックの仕方を忘れたか?
黒猫:…どういうことだ
ディーヴァ:ん?何がだ?
黒猫:アイツの事だ
ディーヴァ:プロフェッサーの事か?
黒猫:繋がってたって…いつからだ!
ディーヴァ:まぁ座れ
黒猫:ディーヴァあっ!!
:黒猫はディーヴァの前の机に飛び乗るが、その喉元にファントムが持つナイフが突きつけられる
:葉巻を揺らしながら笑みを浮かべるディーヴァ
ファントム:指先ひとつ動かせば即、切り裂く
黒猫:…ファントム…
ファントム:下がりなさい。口を増やしたいですか?
黒猫:……
ディーヴァ:どうした?純情を弄ばれた処女のように大騒ぎをして
黒猫:オレは…いつかお前の喉元に食らいつく
ディーヴァ:ふふふ…それは楽しみだな
黒猫:ファントム、あんたもだ。あんたの目の前で…ディーヴァを始末してやる
ファントム:出来るものなら
:ゆっくりと身を引く黒猫
黒猫:…それまでは、大人しくしててやるよ
ディーヴァ:そうだ、やはり野良猫はそのくらいの警戒心が無ければな。…この世界では生きていけない
ディーヴァ:ネロ、私はね美しいものが好きなんだ
黒猫:…は?
ディーヴァ:壊れる直前のガラス玉の美しさを知っているか?ほんの少し力を加えると粉々に砕けてしまう。そんな危うさ、儚さ…
ディーヴァ:お前はそれだ、今にも砕けそうな危うさ…
黒猫:狂人が…
ディーヴァ:精々足掻いてもがくといい
黒猫:歌姫の悲鳴、聞かせてもらう日を楽しみにしてるよ…!
ファントム:野良猫の断末魔と、どちらが早いでしょうね
黒猫:ふん…(出ていく)
:
:
ディーヴァ:ふふふふ…いい目だ。嫌いじゃない。強い感情ほど…生きることへの執着を感じる
ファントム:ふふ…ようやく、ですね
ディーヴァ:ようやく、地獄の幕開けだ
:
:
黒猫:また雨、か…
:
黒猫:傘なんて…もうこんなもの、要らない…
:
:
:END
黒猫:『雨が降る
黒猫:雨が降ってる、やまない雨
黒猫:雨は包み込んでくれるなんて言うけど…そんなもの嘘っぱちだ。降るのは黒く重たい雨ばかりで、濡れたらどんどん体が沈みこんでいくみたいに、重い。
黒猫:この世界に救いなんてない』
:
黒猫:…クソ喰らえ…
:
:
ファントム:ディーヴァ、黒猫が来ましたよ
ディーヴァ:ん?なんだ、ようやく顔を見せたか野良猫が。…随分遅いご登場じゃないか
黒猫:…これでも急いだ
ディーヴァ:ん?あの程度で音を上げたのか?随分とひ弱だな
黒猫:一晩で…五人片付けた
ディーヴァ:たかが片手掃除した程度で賑やかな奴だ
黒猫:…全部、片付ける必要あったのか…?
ディーヴァ:繋がりがあるものは始末する。それが将来、自分の喉笛に喰らいつかない保証は無いだろう
黒猫:…でも
ディーヴァ:お前の脳天に鉛玉を打ち込んでくるかもな
黒猫:あ、そ
ディーヴァ:相変わらずメソメソと。…ファントム、資料を
ファントム:こちらです
:
:渡された封筒を乱暴に奪うように受け取る
:
黒猫:…もう次の仕事かよ。人使い、荒すぎ
ディーヴァ:半人前が偉そうに何を言う。我が「ライラプス」の組織で飼われている程度のひよっこが
黒猫:……
ディーヴァ:一人前に仕事ができるようになって初めて、お前は権利を主張できる。そのために拾った、そのために拾われた。…そうだろう?
黒猫:……あぁ
ファントム:この組織にいる以上、ディーヴァの命令は絶対。それはもう身をもって理解させたと思っていたが…
黒猫:嫌ってほど教えこまれたよ!忘れたわけじゃない!ただ…
ファントム:我らの仕事は、歌姫の行く手を阻むものの全ての殲滅。彼女が歩く道は、常に美しく彩られていなくては
黒猫:…分かってる
ディーヴァ:野良猫程度でも文字は読めるだろう。分かったら下がれ
黒猫:…チッ(出ていく)
:
ディーヴァ:いつまでも人間臭さの抜けん奴だな
ファントム:昨日は年端も行かない子供も居ましたからね
ディーヴァ:くだらん。こんな腐敗臭の掃き溜めのような場所で、いつまでお綺麗なままでいるつもりだ
ディーヴァ:もうとうの昔に、自分の手は赤く染っているというのに
ファントム:ふふふ…まだ熟れていない証拠ですよ
ディーヴァ:全く…いつまでも子供で困る。こんな世界でまともであろうとする方が…どうかしてる
ファントム:しかし、熟れていないからこその楽しみもあるというもの。熟してしまえば…
ディーヴァ:花を咲かせるか、腐って地に落ちるか。…そう思えば楽しみがある、か
ファントム:ええ
:
:
黒猫:『オレを取り巻く世界は灰色と赤ばかりで、人の命も吹けば飛びそうな位に軽い
黒猫:明日には、いや一時間後には、自分が内臓をぶちまけて倒れてるかもしれない世界で…命のやり取りをして生きてる
黒猫:この世界には、救いなんてない』
:
:雨の中、膝を抱えて座り込む黒猫
:
黒猫:『雨が降る。
黒猫:この街には雨がよく降る。
黒猫:血を洗い流して、汚れた姿を隠す暗くて重い雨。
黒猫:一緒に溶けて流れてしまえば…手に残る、肉を切り裂く感触も消えるだろうか』
:
:
黒猫:…疲れた…
:
先生:こんな所で何をしてるんだい?
:
:黒猫に傘を差し出す男
:
黒猫:…放っておけよ
先生:でも君…ずぶ濡れじゃないか。そのままだと風邪をひくよ
黒猫:うるさいな、ほっとけって。知らない奴がどこでのたれ死のうと関係ないだろ
先生:でも、こうして今話をしてる。もう顔見知りになったと思わないか?
黒猫:…あっち行け。あんたと話したくない
先生:そうか…。じゃあこれを置いて行くよ。君も早く家に帰るんだよ
:
:男は傘を黒猫に被せて走り去っていく
:
黒猫:ちょ…おい!こんなもの…!
:
:傘の柄を握りしめて唇を噛み締める黒猫
:
黒猫:こんなもの、いらないのに…
:
:
:翌日、同場所
:
黒猫:おい
先生:ん?…あぁ、昨日の子じゃないか。どうしたんだ?
黒猫:…その…
先生:あれからすぐ帰ったのかい?風邪は引いてないか?
黒猫:うるさい…
先生:あぁ、つい。ごめんごめん、いつも君くらいの子達と関わってるから
黒猫:関わる…?
先生:僕は先生をしてるんだ
黒猫:先、生?
先生:んー…計算したり、テストしたり…そういうやつかな
黒猫:…へぇ
先生:君は?学校には行ってるのかい?
黒猫:行ってない
先生:傍で色々教えてくれる人が居るのかな?良い事じゃないか
黒猫:…あんたの話は、よく分からない
先生:それで…どうしてここに?待っててくれてたの?
黒猫:これ、返す
:
:さしていた昨日の傘を差し出す
:
先生:…受け取るのは構わないけど…君は?濡れるだろ。他の傘持ってる様子もないし…
黒猫:雨なんか、いつも濡れてる
先生:それはダメだ!受け取れないよ!
黒猫:でも…オレには傘なんて…
先生:こんな子供が雨の中濡れていくのを放って置ける訳ないだろ!…僕の家、すぐだから着いておいで
黒猫:はあ?
先生:良いから。さぁこっちだ
黒猫:…なんなんだ、こいつ…
:
:ついて行く黒猫
:
先生:ここが僕の家だ。どうぞ、入って。少しちらかってるけどね
黒猫:…本、ばっかり…
先生:あぁ、すまない。普段人が来ることがないから、好き放題置きっぱなしで…
黒猫:別にいい。オレは用事がないからもう帰る
先生:待って待って!まだ雨は強いし、少し弱くなるまでここに居なよ。ココアでも飲むかい?
黒猫:…ココアって、何?
先生:飲み物だよ。甘いものは好きかい?
黒猫:…好き
先生:じゃあ気にいると思うよ。適当に座って
:
:キッチンで準備を始める男
:
黒猫:…変な奴
先生:(キッチンから)そういえば君、名前は?
黒猫:……黒猫
先生:黒猫?あだ名かい?
黒猫:…そんなもの
先生:ふぅーん…まぁ黒髪だし確かに猫っぽいと言えば猫っぽいか
:
:黒猫は適当に本を開くがすぐ閉じる
:
黒猫:なんか訳わかんないことばっかり書いてる…
:
先生:はい、おまたせ
黒猫:……(カップを受け取る)
先生:中身、熱いからね
黒猫:茶色い…
先生:これがココアだよ。甘いいい香りがするだろう?
黒猫:(嗅いでみる)…なんだ、これ…
先生:甘くて美味しいよ、さぁどうぞ
:
:黒猫はカップの中身に恐る恐る口をつける
:少し舐めて驚いた顔をする
:
黒猫:何、これ…
先生:美味しいかい?
黒猫:甘くて…美味しい
先生:気に入ったようで何よりだよ。お菓子でも買っておけばよかったなぁ
:
:間
:
:黒猫が夢中で飲む姿を、男は微笑ましい顔で見つめている
:
先生:…君は普段、何をして過ごしてるんだ?
黒猫:(飲むのをやめて俯く)…別に、何もしてない
先生:でも、世話してくれる人はいるんだろう?
黒猫:…拾われただけだ。要らなくなったら…捨てられる
先生:そう、か。…余計なこと聞いていいかな
黒猫:余計だって思うなら…
先生:顔の傷は、どうしたの?
黒猫:…別に。ただの傷だ
先生:(手を伸ばして傷跡に触れる)
黒猫:?!
先生:女の子の顔に傷跡を残すなんて…
黒猫:え…
先生:オレって言ってるけど、君女の子だろ?可愛い顔をしてるんだから、傷をつけないように気を付けなきゃ
黒猫:離せっ!男とか女とか、しらないっ!
先生:あぁ、ごめん…。おかわりは?もう一杯飲むかい?
黒猫:いらない。帰る
先生:まだ雨が…
黒猫:いい
先生:せめて傘を持って…
黒猫:いらない
先生:いいから!…この傘は君にあげるよ
黒猫:…あんた、名前は?
先生:ん?
黒猫:名前。オレは、あんたをなんて呼んだらいい
先生:あぁ。僕は…そうだな、先生って呼ばれてるよ
黒猫:せんせい…ん、わかった。じゃあな
:
:黒猫は部屋を出ていく
:まだ雨は降っており、傘をさした
:
黒猫:せんせい。先生…よし、覚えた
:
:
:数日後。また雨の日
:
先生:あれ?クロくんじゃないか
黒猫:…なんだ、その「クロくん」って…
先生:黒猫じゃ、なんかね。ちゃん付けは嫌いそうだし、そう呼ぼうと思ったんだけど嫌だったかな?
黒猫:別に…嫌じゃない。好きに呼べばいい
先生:そう?なら勝手にさせてもらうね。今日はどうしたんだい?
黒猫:…別に。ちょっと近く通っただけだ…
先生:そっか…。じゃあ…ココアでも飲んでいくかい?
黒猫:…!(ぱっと顔を上げる)
先生:(吹き出す)
黒猫:な、なんだよ!
先生:いや、随分気に入ったんだなと思って。君くらいの子供は甘いものが好きだよね
黒猫:子供じゃない…
先生:見たところ、13歳やそこらだろう?
黒猫:……16
先生:ん?
黒猫:16歳って、聞いた
先生:それは失礼。でもまだ子供の年齢だよ
黒猫:年齢なんて関係ない
先生:そうかい?
黒猫:……
先生:…素直に言っていいんだよ、遠慮なんてしなくていい
黒猫:オレは物乞いじゃない…
先生:はははっ、ココア程度で物乞いか。安いなぁ。いいよ、ついておいで
:
:2人は歩き出す
:
先生:傘、使ってくれてるんだな
黒猫:…オレ、これしか持ってない
先生:今まで雨の日はどうしてたんだ?この街は雨が多いのに…
黒猫:別に。濡れるだけだ
先生:傘を無理にでも渡して正解だったなぁ
黒猫:先生は…
先生:ん?
黒猫:どうして…オレにそうやって…ちょっかい出すんだ
先生:ちょっかいだなんて。…クロくんが寂しそうな顔してたから放って置けなかったんだよ
黒猫:寂しいって…なに?
先生:…そうだなぁ…言葉にするのは難しいなぁ
黒猫:人に物を教える奴にも、分からないことがあるんだな
先生:それはもちろん。人には得意不得意があるからね
黒猫:先生にも、分からないんだな…
先生:感情としての意味は分かるけど、それを言葉にするのは難しいんだよ
黒猫:ふぅん…
:
黒猫:『甘いココアは温かくて、もしかしたら毒を仕込まれるかもしれないなんて思ったけど、それでも構わない。
黒猫:「先生は笑ってた。
黒猫:お菓子もくれた。チョコレートの粒が口の中でゆるゆると溶けていく。』
先生:「またいつでもおいで」
黒猫:『その言葉が甘く、じわりと体全体に染み込んでいくような気がした。』
:
:
ディーヴァ:ファントム、そろそろ「プロフェッサー」に連絡を
ファントム:かしこまりました、我が主…
:
:
:ノック音
:
黒猫:来たぞ
ディーヴァ:ほう、お前がノックをしてくるとは。この街の雨が雪にでも変わるかもな
黒猫:…するんじゃなかった
ディーヴァ:褒めてるんだよ、黒猫。お前の成長をな。…まぁ座れ
:
:応接用の椅子にドカリと座る黒猫
:窓を背に座るディーヴァが怪しく笑う
:
ディーヴァ:最近、入り浸ってる先があるらしいな
黒猫:…なんで、その事を…!
ディーヴァ:ずっと自分の与えられた住処に引きこもるばかりのお前が、頻繁に外へ出ていると報告を貰ってな。
黒猫:…あんたか
ファントム:配下の管理は私の仕事ですから。しかし、傘まで差して出かけているのは驚きでしたよ
黒猫:オレの、勝手だ
ディーヴァ:あぁ、構わん。大いに結構だ。話も早い
黒猫:…話?
ディーヴァ:ファントム
ファントム:はい。…どうぞ、黒猫
:
:差し出された写真を受け取ると、そこには先生が写っている
:
黒猫:先生…!
ディーヴァ:次の標的だ
黒猫:な、んだって…?!
ディーヴァ:その男は、お前も良く知る「笛吹き」共の組織の幹部だ
黒猫:……
ファントム:表向きは身寄りのない子供たちを引き取る慈善事業。しかし…書類上養子に出された子供たちは実際には存在しない
ディーヴァ:果たしてどこへ消えているのやら、だな。その男は笛吹共の頭脳(ブレイン)だ。
ディーヴァ:奴らの大切な脳髄…そいつを片付ければ残りカスばかり、あとは簡単な事だ。お飾りのトップなど容易にひねり潰せる
黒猫:…嘘だ
ディーヴァ:なに?
黒猫:先生は…そんな事しない
ディーヴァ:ハッ!…では何か?お前は、この私の、ライラプスの情報が…間違っているとでも?
黒猫:そうは言ってない!でも、先生は…!
ディーヴァ:…黒猫、お前には再教育が必要な様だな。ファントム
ファントム:はい
ディーヴァ:もう一度、骨の髄まで躾てやれ。…死なん程度にな
ファントム:かしこまりました(懐から細いナイフを一本取り出す)
黒猫:ディーヴァ!
ディーヴァ:痛い目を見たくなければ、ファントムを返り討ちにしてみろ。…出来るものならな。もし、出来ればお前の懇願を聞いてやらんこともない
黒猫:くっ…!
ファントム:…来なさい
黒猫:(ナイフを取りだして構える)……
ファントム:…来ないなら、こちらから行きますよ
黒猫:くそっ…!
ファントム:っ!!(床を蹴り黒猫に切りかかる)
黒猫:(受けるが勢いに押される)
ファントム:教えたことを思い出しなさい
黒猫:く…!
ファントム:胴がガラ空きです
黒猫:ぐはっ!(蹴られて飛ばされる)
ファントム:…あなたはもう少し、賢いはずだ
黒猫:(何度か咳き込む)は、あ…!クソ…
ファントム:(体を起こしかけた所を蹴り飛ばす)
黒猫:がは…!!
ファントム:冷静になりなさい。今のあなたは…素人に劣る
黒猫:なん…だと…!
ファントム:いつものあなたなら…最初の蹴りはかわせたはず…動きが随分と悪くなっているようですね
ファントム:…ディーヴァの前で無様な姿を晒さないで頂きたい。まるで私の教育不足のようで…気に入らないっ!
黒猫:ぐあっ…!!
ファントム:(黒猫の胸元を踏みつける)喉元に食いつかんばかりの、あの殺意はどこへ落としてきましたか?
黒猫:う、ぐ…!
ファントム:せっかく仕込んだものを…時間も労力も無駄にされては溜まったものでは無い。…あなたができないと言うならば、私がやりましょうかね
黒猫:…っ!
ファントム:死なせてくれ、と懇願させてみせましょう
黒猫:や、めろ…!!
ファントム:止めてご覧なさい
黒猫:(踏まれた体制からナイフを振るう)っ…!!
ファントム:(容易く退ける)やれやれ…このような体たらく…情けないですね
ディーヴァ:教育係、失格か?
ファントム:…汚名をそそがねば。歌姫の寵愛こそ、失う訳には参りませんのでね…
:
:
:傷だらけで倒れている黒猫
:傍には、無傷で息も上がっていないファントムが立っている
:
黒猫:…ゲホッ…く…そ…
ファントム:多少はマシになったようですね。ほんの少し…素早くなった
ディーヴァ:ようやく及第点、と言った所か
ファントム:しかし、私程度にこんなに痛めつけられて…まだまだですねぇ
黒猫:ケホッ…
ディーヴァ:なぁ黒猫。私はね、存外お前のことは気に入ってるんだ
黒猫:はっ…よく、言う…
ディーヴァ:本心さ
ディーヴァ:どれだけその身を返り血で汚しても、どれだけ手酷く穢されても、お前のその黒い瞳は正しいものを見ようとしている
ディーヴァ:…いじらしい事だ。愚かすぎて涙が出てくる
ファントム:さぁ、選びなさい黒猫。…あなたが死ぬか、あなたが殺すか
黒猫:嫌だ…先生は…
ディーヴァ:ではお前を消して、奴も始末する
黒猫:なん…!
ディーヴァ:お前が行かないなら、もう必要なかろう?ほかの者に消させる。どの道、その先生とやらの運命は変わらない。我がライラプスで奴を消す。…どうする?
黒猫:…っ!
ディーヴァ:連れて逃げようなどと、あくびが出そうな考えを持っているなら…今すぐ捨てろ。そんなことが出来るほど、我が組織は優しくない
ファントム:ディーヴァに感謝なさい。見ず知らずの者に殺されるより、見知った者に殺される方が彼も良いでしょう
ファントム:ディーヴァからの、慈悲ですよ
黒猫:何が…慈悲だ…
ディーヴァ:24時間やる。明日この時間に答えを聞かせろ。ファントム。黒猫を部屋に放り込んでこい
ファントム:かしこまりました
:
:
ファントム:ディーヴァ
ディーヴァ:どうだ?
ファントム:恐らく…少し回復したら、あの男の元へ行くでしょうね
ディーヴァ:…ふふ。初めて心を許した相手、か
ファントム:懐かしいですか?
ディーヴァ:さぁな、もうそんなことはとうに忘れた
:
:ディーヴァの前に膝まづくファントム
:
ファントム:…愛しい、我が歌姫
ディーヴァ:私の忠実なる怪人。…口付けを許す
:
:足を組んだその靴に、ファントムは口付ける
:
ディーヴァ:可愛らしいな、私の怪人は
ファントム:私の、クリスティーヌ…
ディーヴァ:立て、ファントム
ファントム:はい
ディーヴァ:仮面を取れ
ファントム:はい(仮面を取る)
ディーヴァ:…その焼き爛れた顔も、実に可愛らしい
ファントム:あぁ…あなたが望むなら、私の全てを灰にしても構わない…
ディーヴァ:どうした、今日は随分と甘えるな
ファントム:えぇ、少々…
ファントム:「あぁ、降りていきたい。全ての出口が閉ざされている、闇の井戸の中に」
ディーヴァ:ふふふ…おいで、ファントム
:
:
:先生の部屋のドアを叩く黒猫
:
黒猫:先生!先生!
:
:室内からは人の気配が感じられない
:
黒猫:先生、出てよ!先生!
黒猫:なんで、こんな時に居ないんだよ…!
:
:ドアを背に座り込む
:
黒猫:先生
:
:
ディーヴァ:決まったか?
黒猫:…あぁ
ディーヴァ:答えは
黒猫:…やるよ
ディーヴァ:いい子だ。野良猫は野良猫らしく、餌を貰うために媚びていればいい
黒猫:チッ…
ディーヴァ:ふふっ。…期限は三日だ
黒猫:…ディーヴァ、なんでそんなに…あんた楽しそうなんだよ…
ディーヴァ:…くくくっ…くはははっ…あぁ、楽しいとも!
:
ディーヴァ:私が愛してるのはインフェルノだ
ディーヴァ:歯が溶けそうな程に甘ったるい、それこそ砂糖菓子のような甘美な囁きより、醜悪な人間の足掻く姿の方が余程美しい
ディーヴァ:…ファントム、あれを
ファントム:はい
:
:箱に入った銃を黒猫に差し出す
:
ファントム:ディーヴァからの贈り物ですよ
黒猫:は?
ファントム:貴方はナイフ使いですからね。懐いた相手に刃を振るうのは辛いでしょう。…死の感触を手元に残したいというのなら別ですが
黒猫:っ…!
ディーヴァ:銃の扱いは問題なかろう?ちゃんと弾は込めてある。…精々、先生との決別を楽しんでこい
:
:黒猫は銃を乱暴に受け取ると部屋を出て行こうとする
:
ディーヴァ:あぁ、そうだ
黒猫:…なんだよ
ディーヴァ:『ライラプスのネロ』、名乗りを許す
黒猫:……ようやくのお許しか
ファントム:もっと喜びなさい、あなたの大事な名前でしょう
ディーヴァ:奴に名乗ってやるといい
黒猫:…ふん
:
:
ファントム:まだ青い、ですねぇ
ディーヴァ:全くだ
ファントム:なぜ、名乗りをお許しに?
ディーヴァ:なぁに…ただのスパイスさ
ファントム:…多少、刺激が強すぎやしませんか?
ディーヴァ:慣れてしまえば快感だ
ファントム:やれやれ…貴女の悪戯心には恐れ入る
ディーヴァ:ふふふ…
:
:
:雨の中、傘を指した黒猫
:
:遠くから先生が歩いて来る
:
先生:おや…。やぁ、クロくん
黒猫:…先生…
先生:どうしたんだ?体調が悪いのかい?酷い顔に…
:手を伸ばしてくるのを後ろに下がって避ける
黒猫:…触るな
先生:クロくん?
黒猫:先生昨日、居なかったね
先生:昨日?あぁ、ちょっと用事があってね。もしかして来てくれたの?
黒猫:笛吹共の所?
先生:……うん?
黒猫:先生は…笛吹側の人間なの?
先生:…何を、言ってるのかな
黒猫:奴らの幹部なのは…本当?
先生:さっきから何を…
黒猫:オレは…ライラプスのネロ
先生:ライラプス、だと…?!
黒猫:…はは…その名前を、あんたは知ってるんだな…
先生:っ!…まさか、こんな子供が…!
:徐々に先生は後ずさる
先生:もしかして…その為に僕に…?!弱ってる振りをして、僕を騙してたのか?!
黒猫:先生…
先生:話…そうだ、話をしよう!君と僕の仲じゃないか!クロくん…!
黒猫:その名で、呼ぶな…
先生:まだ僕は…死ぬべきじゃない!死ぬべき人間じゃないんだ!
先生:あぁ、そうだ!見逃してくれ、そしたら君にも礼をする!立場だって優遇してやれる!
黒猫:笛吹共は、殲滅する…
先生:ふざけるな!僕が、僕がこんなところで死んでいいわけが無い!無価値なゴミ共と一緒にするな!
:上着の懐から銃を出して黒猫に向けるが、その手は酷く震えている
先生:やめろ!近づくな、ライラプスの犬め!
黒猫:…しっかり持たなきゃ、当たらない
先生:主人に尾を振るだけの無能が、僕を蹂躙するのか…!そんな馬鹿な話があるかぁ!
:銃声が響くが照準が定まっていない
黒猫:…信じたく、なかった…
:銃を構える黒猫
黒猫:オレに優しくしてくれたの、あんただけだった…
先生:やめろ、やめてくれ!
黒猫:嬉しかったんだ、ほんとに…
先生:な、なら…!見逃してくれるよな…!
黒猫:他の奴らには、やらせない…
先生:やめろぉお!
黒猫:う…ああああっ!!
:響く数発の銃声。倒れる先生
黒猫:うっ…うえっ…!!
:嘔吐しながら何度も咳き込む
黒猫:先生…せんせい…!
ディーヴァ:よくやった、黒猫
黒猫:…ディーヴァ…?!
ディーヴァ:怖気付いて逃げ出すかもと思ったが…杞憂だったな
黒猫:…見張ってたのか…!
ディーヴァ:見守る、と言って欲しいね。半人前が殻を破れるか、見極めは必要だろう?
ファントム:ディーヴァ、片付けますか?
ディーヴァ:あぁ
黒猫:やめろ!
:ディーヴァはしゃがみこんでいる黒猫を蹴り上げる
黒猫:ぐあっ!
ディーヴァ:…キャンキャン吠えるな、鬱陶しい。お前も同じ麻袋に詰めてやろうか?
黒猫:それでもいい…!
ディーヴァ:いい覚悟だ(再度蹴りあげる)
黒猫:ゲホっ…!
ディーヴァ:だが、残念だ。お前の死に時は私が決める。…玩具はまだ、壊れて貰っては困るんでな
黒猫:ディー、ヴァ…
:
黒猫:『アスファルトを流れてくる雨と血。その匂いに再度吐き気を覚えながら、オレの意識は遠のく。
黒猫:ファントムと他の男達に引きずられていく、先生の姿も闇に堕ちた』
:
ディーヴァ:…ようやくこれで一人前、と言ったところか
ファントム:黒猫はどうされますか?
ディーヴァ:起きて牙を向けてくるなら始末しろ。従うなら生かして、活かす。惜しい逸材だ
ファントム:かしこまりました
ディーヴァ:…賭けるか?
ファントム:まさか。初めから負けが決まってるボードに座ったりしませんよ
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:
:数年後
黒猫:ディーヴァ
ディーヴァ:戻ったか
黒猫:運び屋の掃除、終わった
ファントム:荷物は?
黒猫:燃やした、指示通りに。中身の一部がこれと…探してた品はコレだろ
:机の上に乱雑に大きな封筒を投げる
:ファントムが開封し、ディーヴァに渡すと満足そうな笑みを浮かべた
ディーヴァ:Bravo、いい子だ
黒猫:…家に戻る、疲れた
ディーヴァ:今度、お前に頼む仕事があるが…しばらく日数がある。それまで好きにしてるといい
黒猫:ふん…(目線もくれずに立ち去る)
ファントム:最近愛想の無さに磨きがかかりましたねぇ
ディーヴァ:野良猫の頃が懐かしいか?
ファントム:最近はどんな標的でも眉ひとつ動かさない、と報告を受けております
ディーヴァ:それはいい
ファントム:…プロフェッサーの件は、やはりネロに?
ディーヴァ:あぁ、あのイカれたマッドサイエンティストの相手は任せよう
ファントム:彼とはどうも、私は相性が悪い
ディーヴァ:まぁそう言ってやるな、あんなイカれた男でも立派な協力者だ…だが…
ファントム:いずれは始末、ですか
ディーヴァ:あぁ。金で動く奴は金で裏切る。今は甘い汁を吸わせておけ
ファントム:奴としてはこちらを利用しているつもりなのでしょうがね
ディーヴァ:まぁ今のうちだ。餌を欲しがった意地汚い野良犬が、与えられた余り物の肉にしっぽを降った。それだけの話だからな
:
:
ディーヴァ:ネロ、今回の仕事は「お使い」だ
黒猫:お使い?
ファントム:このメモの住所を今覚えなさい
:差し出された紙を受け取る
黒猫:…覚えた
:ファントムは紙に火をつけ燃やしてしまう
ファントム:先程の住所にこれを
黒猫:(大きな封筒を受け取る)…随分分厚いな
ファントム:詮索は
黒猫:しない。興味ない
ディーヴァ:それを届けるだけだ。簡単なお使いだろう?
黒猫:…簡単すぎる。何か裏があるんじゃないのか?
ディーヴァ:そもそも我々の「仕事」に裏がないことがあったか?
黒猫:…愚問だったな
ファントム:「プロフェッサー」と呼ばれる男が居ます。その男に直接、渡しなさい
黒猫:他のやつに話しかけてもいいのか?
ファントム:表向きは製薬機関の研究所ですからね。一般の人間も出入りするような所です。くれぐれも問題を起こさないように
黒猫:そんな事しない
ファントム:ナイフを抜くのは無しですよ
黒猫:わかってる。馬鹿にするな
ファントム:ならよろしい
ディーヴァ:ふふっ、まぁ目立たないことだ
黒猫:…ふん
:黒猫は出ていく
ディーヴァ:さぁファントム。我らは最上級のVIP席で楽しもうじゃないか
ファントム:えぇ、そうですね。私もご相伴に預かるとしましょう、あなたの描くインフェルノをね…
:
:
黒猫:第三研究室…ここか
:ノックをする
黒猫:「プロフェッサー」は居るか?
先生:ここだ
:棚の奥から一人の男が顔を出す
黒猫:……あ
:黒猫は持っていた封筒を落とす
黒猫:なんで…
先生:おいおい、丁重に…
:
先生:…あぁ、なんだ。君がお使いに出されたのか
黒猫:せんせい…
先生:ディーヴァも酷なことをする…(笑っている)
黒猫:どうして…生きてる…
先生:おかしなことを聞くな。死んでないから生きてる、それだけだ
黒猫:違う、そうじゃない!
先生:クロくん
黒猫:その呼び方やめろ!
先生:「撃ち殺したのにどうして生きている」?
黒猫:…っ!
先生:確かに私は君に「殺された」
:少しずつ近づいてくる先生に後ずさりする黒猫
先生:普段はナイフ使いだったか?サバイバルナイフをまるで指先のように扱うとは聞いていたよ。銃の扱いには不慣れだとも
黒猫:……
先生:だが、実に的確に君は私の急所を撃ち抜いた。確実に死に至らしめるべく…見事な腕前だった
黒猫:…(壁に追い詰められる)
先生:「実弾」であったなら、確実に殺されていた
黒猫:なん、だって…
先生:「実弾じゃなかった」、そう言ったんだ
黒猫:…ペイント弾…
先生:正解!ハラショー!
黒猫:でも、確かに血の匂いがした!
先生:あれは僕の特別性さ。本物の血を使った特製ペイント弾だ。君は鼻が利く、下手な小細工なら見破られてしまうかもしれない。服の下にも血液を入れた袋を用意しておいてね
黒猫:じゃあ…
先生:楽しいショータイムだったろう?
先生:…僕とディーヴァは水面下で繋がっていた
黒猫:わざと…オレに…
先生:笛吹共は頭が悪くてね、いくら僕が頑張っても脳ミソまで筋肉みたいな使えない愚者ばかり…うんざりしてたのさ。そこで目をつけたのがディーヴァ率いるライラプスだ
先生:すぐには信用して貰えなかったがね。だが…僕も彼女も性根は同じだ。この腐りきった世界の住人だ、意気投合するのに時間は掛からなかった
先生:計画を持ち掛けたのも僕だ。思ったより君は…ずっと簡単に僕に懐いた
黒猫:…先生…
先生:誰にも愛されず、愛に飢えた野良猫があんなに簡単に懐くなんて思わなかった。あんなささやかな「餌」につられてね。今じゃすっかり…可愛い飼い猫だ
黒猫:…っ
先生:僕を殺した後に壊れてしまうんじゃないかと本気で心配したんだよ?
先生:でも少し…後悔はしたんだ
黒猫:後悔…だと?
先生:あぁ。…君を抱いてやっていたら、もっと綺麗に壊れていたかもしれない、とね。残念だよ、僕もまだ甘いなぁ
黒猫:…っ!
先生:君がお使いに出されるとは思わなかったから、少々驚いたけどね「ライラプスのネロ」
:薄笑いを浮かべて黒猫を覗き込む
先生:僕を殺した時、どんな気分だった
黒猫:ふざけるなぁ!
:殴り掛かるがその腕は取られ、後ろ手に拗られる
黒猫:くっ…!
先生:残念ながら防戦一方は、あの時だけだ
:
先生:ちゃんと教えてくれないか?自分で体験していないことなんだから、君が教えてくれないとデータが取れない
黒猫:データ、だと…?
先生:ふふっ…あぁ、いい目だ…肌にひりつくような怒りと殺意…なんて心地よい…
黒猫:変態野郎…
先生:あの時は感じられなかった…この張りつめた空気は聞いてわかるものでは無いなぁ
:先生は黒猫の顎をとると無理やり口付ける
黒猫:…くっ…
先生:ぃ…っ!いきなり噛み付くとは…さすが「元」野良猫
黒猫:なんのつもりだ…!
先生:別に?(手を離す)
黒猫:(距離をとって睨みつける)…答えによっては殺す
先生:おぉ怖い。僕を殺すか?あの時みたいに
黒猫:……!!
先生:でも残念ながら…今は君たちの協力者だよ?ディーヴァとの繋がりもある。そんな僕を殺すか?ん?
黒猫:関係ない…
先生:くっくっくっ…せっかくの感動の再会が台無しだなぁ
黒猫:何が感動の再会だ…
先生:いつまでそんな顔で睨んでるんだ、怖いなぁ。あぁ、もしかしてキスは初めてだったかな?
黒猫:うるさい
先生:図星か、それは申し訳ないことをした。ファーストキスはもっとロマンチックな方が良かったかな?
黒猫:…あんたの事、信じてた
先生:んんー?なんのことかな?
黒猫:あんたは…白くて綺麗な人だと思ってた。信頼、してた
先生:信頼?…ふふ、ふははははっ!信頼?なんて薄っぺらい感情だ!
黒猫:……!
先生:(笑いながら)そんな感情よく信じられるな!理解できん!
先生:僕が信じてるのは金とデータ結果だけだ
先生:うつろいやすい人間の感情なんて、腐った木の橋を渡るようなもんだ。いつ壊れるかも分からない、いつ落ちるかも分からない物を信じるなんて馬鹿げてる!
先生:なぁ!そう思わないか?
黒猫:…帰る。あんたと顔合わせてると頭がおかしくなりそうだ
先生:残念だなぁ、昔は自分から会いに来てくれてたのに
黒猫:……
先生:またいつでもおいで。歓迎するよ
黒猫:…もう来ない
先生:ふふっ、待ってるよ
:
:荒い足音
:勢いよくドアを開ける
:
ディーヴァ:ノックの仕方を忘れたか?
黒猫:…どういうことだ
ディーヴァ:ん?何がだ?
黒猫:アイツの事だ
ディーヴァ:プロフェッサーの事か?
黒猫:繋がってたって…いつからだ!
ディーヴァ:まぁ座れ
黒猫:ディーヴァあっ!!
:黒猫はディーヴァの前の机に飛び乗るが、その喉元にファントムが持つナイフが突きつけられる
:葉巻を揺らしながら笑みを浮かべるディーヴァ
ファントム:指先ひとつ動かせば即、切り裂く
黒猫:…ファントム…
ファントム:下がりなさい。口を増やしたいですか?
黒猫:……
ディーヴァ:どうした?純情を弄ばれた処女のように大騒ぎをして
黒猫:オレは…いつかお前の喉元に食らいつく
ディーヴァ:ふふふ…それは楽しみだな
黒猫:ファントム、あんたもだ。あんたの目の前で…ディーヴァを始末してやる
ファントム:出来るものなら
:ゆっくりと身を引く黒猫
黒猫:…それまでは、大人しくしててやるよ
ディーヴァ:そうだ、やはり野良猫はそのくらいの警戒心が無ければな。…この世界では生きていけない
ディーヴァ:ネロ、私はね美しいものが好きなんだ
黒猫:…は?
ディーヴァ:壊れる直前のガラス玉の美しさを知っているか?ほんの少し力を加えると粉々に砕けてしまう。そんな危うさ、儚さ…
ディーヴァ:お前はそれだ、今にも砕けそうな危うさ…
黒猫:狂人が…
ディーヴァ:精々足掻いてもがくといい
黒猫:歌姫の悲鳴、聞かせてもらう日を楽しみにしてるよ…!
ファントム:野良猫の断末魔と、どちらが早いでしょうね
黒猫:ふん…(出ていく)
:
:
ディーヴァ:ふふふふ…いい目だ。嫌いじゃない。強い感情ほど…生きることへの執着を感じる
ファントム:ふふ…ようやく、ですね
ディーヴァ:ようやく、地獄の幕開けだ
:
:
黒猫:また雨、か…
:
黒猫:傘なんて…もうこんなもの、要らない…
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:END