台本概要

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タイトル 【比率2:1:2】『一徹者』は紅葉の色に染まりけり。ショート版【迷宮横丁】
作者名 机の上の地球儀  (@tsukuenoueno)
ジャンル ファンタジー
演者人数 5人用台本(男2、女1、不問2)
時間 60 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 (『いってつもの』はもみじのいろにそまりけり)
和風ファンタジー/異能/詠唱/群像劇/叫び・戦闘有

商用・非商用利用に問わず連絡不要。
告知画像・動画の作成もお好きにどうぞ。
(その際各画像・音源の著作権等にご注意・ご配慮ください)
ただし、有料チケット販売による公演の場合は、可能ならTwitterにご一報いただけますと嬉しいです。
台本の一部を朗読・練習する配信なども問題ございません。
兼ね役OK。人数を追加して兼ねなしで演じてくださっても構いません。
1人全役演じ分けやアドリブ・語尾変・方言変換などもご自由に。

地球儀の個人台本サイト:https://lit.link/tsukuenoueno

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
紅葉 33 1人3役兼ねてください。 ①紅葉:もみじ。一徹と契約を結んでおり、呪文を唱えると、紅葉は一時的に自身の力を一徹に貸すことができるようになる。四百年近く生きているため、あらゆる時代の言葉遣いが混ざっている。他人の命の灯火のおかげで命を繋いでいるが、天寿までもう長くない。 ②調香家:恋愛調香家(れんあい・ちょうこうか)。紅眼と白髪を身に宿す「白癩(あるびの)」の少女。 ③女性客
一徹 44 1人2役兼ねてください。 ①一徹:いってつ。元人間。紅葉と契約したことで時が止まり、人と呼べる存在ではなくなってしまった。すぐに軽口を叩くが、その実、紅葉に心酔している。紅葉と対等になりたいがために剣技を磨き、今では紅葉の力に頼らなくても、そこそこの相手を倒せるくらいには強くなっている。 ②依頼主:迷宮横丁に迷い込んだばかりの過去の一徹。
硝子屋 不問 46 言霊硝子屋(ことだま・がらすや)。性別不問。買い手にピッタリと合う言霊を詰めた硝子瓶を売る商人。恋愛調香家は、掛け替えのない、とても大切な友人。
和裁士 48 影縫い和裁士(かげぬい・わさいし)。男性。酒呑童子に仕える剣士。対象の影を縫って動きを止めたり、糸を引いて操ったりすることができる。ぶっきらぼうだが、根は熱く真面目な男。
染め師 不問 54 1人3役兼ねてください。 ①染め師:狂気染め師(きょうき・ぞめし)。性別不問。皆には染め師(そめし)と呼ばれている。依頼とあらば、黒く紅く。対象の心を歪んだ狂気に染め上げる。三度の飯より金が好き。 ②???:過去の染め師。迷宮横丁に来たばかりの一徹(依頼主)と出会う。 ③酒呑童子:(しゅてんどうじ)性別不問。皆に童子(どうじ)様と呼ばれている。この町を取り締まる心優しき鬼であり、新しいもの好きな蒐集家(これくたあ)。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

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 :   :   :  紅葉:(もみじ)女性。自由気まぐれな性格で、動くたびに簪の鈴の音がチリンと響く。一徹と契約を結んでおり、呪文を唱えると、紅葉は一時的に自身の力を一徹に貸すことができるようになる。四百年近く生きているため、あらゆる時代の言葉遣いが混ざっている。他人の命の灯火のおかげで命を繋いでいるが、天寿までもう長くないことを一徹に必死に隠している。 調香家:恋愛調香家(れんあい・ちょうこうか)。女性。紅葉と兼ね役。紅眼と白髪を身に宿す「白癩(あるびの)」の少女。可憐な乙女の姿には不釣り合いな行動力を持ち合わせているため、友人の硝子屋はいつも気が気ではない。様々な香りを調合することができるが、一番得意なのは、相性の良い2人を結び繋ぐ“恋愛香水”。 女性客:紅葉・調香家と兼ね役。  :  硝子屋:言霊硝子屋(ことだま・がらすや)。性別不問。買い手にピッタリと合う言霊を詰めた硝子瓶を売る商人。恋愛調香家は、掛け替えのない、とても大切な友人。  :  一徹:(いってつ)男性。元人間。紅葉と契約したことで時が止まり、人と呼べる存在ではなくなってしまった。すぐに軽口を叩くが、その実、紅葉に心酔している。紅葉と対等になりたいがために剣技を磨き、今では紅葉の力に頼らなくても、そこそこの相手を倒せるくらいには強くなっている。 依頼主:一徹と兼ね役。迷宮横丁に迷い込んだばかりの過去の一徹。  :  和裁士:影縫い和裁士(かげぬい・わさいし)。男性。酒呑童子に仕える剣士。対象の影を縫って動きを止めたり、糸を引いて操ったりすることができる。ぶっきらぼうだが、根は熱く真面目な男。  :  染め師:狂気染め師(きょうき・ぞめし)。性別不問。皆には染め師(そめし)と呼ばれている。依頼とあらば、黒く紅く。対象の心を歪んだ狂気に染め上げる。その効果は、恐ろしいことに対象が死ぬまで続くという。三度の飯より金が好きで、帳簿をつけるのが趣味。童子様ほどではないが、その見た目と裏腹に迷宮横丁ではかなりの長寿で、博識。 ???:染め師と兼ね役。過去の染め師。迷宮横丁に来たばかりの一徹(依頼主)と出会う。 酒呑童子:(しゅてんどうじ)性別不問。染め師と兼ね役。皆に童子(どうじ)様と呼ばれている。この町を取り締まる心優しき鬼であり、新しいもの好きな蒐集家(これくたあ)。自由に身体の大きさを変えることができ、最大身長は一座の山と変わらない。宴会と酒をこよなく愛しており、懲りずに呑み過ぎては和裁士に怒られている。……が、今は誰かに狂気に染められおかしくなっている。  :   :   :   :   :  和裁士:(ナレーション。以下N) 狭く怪しい路地裏の、四つ目(よつめ)の角を右曲がり。その更に奥に現れし、迷宮横丁三番地。……道端(みちはし)の荷車に並ぶは、色んな形の硝子瓶。その傍らで煙管(きせる)を吹かす、怪しい和装の「言霊屋」。  :   :  硝子屋:(両手を二度叩く)おいでませおいでませ!迷宮横丁三番地、言霊硝子屋はこちらです!ご用とお急ぎでない方は、よってらっしゃいみてらっしゃい!大事に大事に閉じ込めて、硝子の瓶に閉じ込めて、貴方に一瓶選びましょう!お買い求めはご自由に! 硝子屋:……おっと、そこ行く巻き毛のご令嬢!ほらほら、どうぞお近くに! 女性客:え、わたくし、ですか……? 硝子屋:えぇえぇ、そうですとも!貴女のような可憐なご令嬢には……こちらの瓶はいかがです?ほーら掲げて陽に透かしゃ、ぼやけた恋する桜色!  :◆硝子屋がその桜色の瓶を掲げると、その瓶から靄のようなものが溢れ出し、女性客の声が聞こえ始める。  :  女性客:「貴方だけを想います。……そう、ずっとずっと。そうしたらいつか、きっと、貴方様はわたくしを見てくれるはず……!」 硝子屋:ふふふ…あはははは!いやはや、良かったですねえ、お嬢さん。脳内思考御花畑の君に、とてもお似合いの陳腐(ちんぷ)な言葉だ。 女性客:な……なんですかこれは……! 硝子屋:あぁ、失礼。説明がまだでしたね? 硝子屋:これは「言霊硝子瓶」……と言いまして。その人にピッタリの硝子瓶には、その人にピッタリの言葉が詰まっているのですよ。人間にはそれぞれ、心の奥底に「秘めた本音」というやつがありますでしょう?……裏の顔、とも言いますか。 硝子屋:貴女は今、一方的にかの人に恋し、慕い、依存している。……しかしそれは、酷く自己本位的で傲慢(ごうまん)だ。貴女はかの人のことを、「本当に」想っているのですか? 女性客:かの人を……「本当に」想う……。 硝子屋:好意も、相手を慮(おもんばか)らずに押し付けたらそれはもう迷惑にしかならない。本当に人を想うということは…………あぁ。そうです。一つ、昔話などいたしましょうか。  :   :   :   :(場面転換)  :◆ヒラヒラと色付いた葉が落ちる中、紅葉は舞うようにその中を進んでいく。  :  紅葉:奥山に、もみぢ踏み分け鳴く鹿の、声聞く時ぞ、秋は悲しき。 一徹:んだそれは。 紅葉:あちらの世界で、なんとか太夫(だゆう)、という方が詠んだ句だそうな。もっとも、もうとっくの昔におっ死(ち)んでおりんすが。 一徹:あんたに悲しいなんて感情あんのか? 紅葉:なんざんす、また好かねえことを。わちきだって、馴染みを想い泣く夜もありんす。 一徹:はっ、てめえと同じにされちゃ、そのなんとかってのも死にきれねえだろうさ。 紅葉:おや、わちきにはそんなに魅力がないざんすか……? 一徹:……いいや。あんたを見ていると俺ァ「ぞっとする」ね。 紅葉:なら、死出(しで)の旅路までを、心中立(しんじゅだて)してくれなんし。ほら。ゆーびきーりげーんまん、うーそ……、 一徹:(紅葉の台詞を遮るように)それを違(たが)えた時には、お前が俺を殺せばいいさ。 紅葉:ならばそん時ゃ、落ちた紅葉(もみじ)の茶も黄(きい)も、ぬしの血で赤く染めてやりんしょう。一面まあっかの絨毯(じゅうたん)を、このわちきが道中しなんす。……あっ、と……!  :(よろけた紅葉を、一徹がスッと支えた)  :  一徹:あ、っぶねえな、全く。 紅葉:(取り繕うように)ふふ、ぬしさんに抱き締めてもらいとうて、つい。……おや、  :◆その時、突如草陰から物音がし、一徹がバッと振り返った。  :  一徹:……あん?ここで客たあ無粋じゃねえか。 紅葉:ぬしさん。 一徹:……あぁ。 一徹:(剣を抜きながら)……汝穿(なんじ・うが)つは、妖艶なる籠の鳥。弾(はじ)け唄え、そして舞い狂え……穢れし咎(とが)を持つ者の、生(せい)の螺旋を断ち切らん。欺瞞(ぎまん)と欲に溢れしこの地を、己(おの)が仇(かたき)の棺(ひつぎ)と成せ!  :◆一徹が呪文を唱え出すと、辺りにビュウビュウと風が吹き荒れ、紅葉(こうよう)の絨毯が空に巻き上がった。詠唱が終わった瞬間、紅葉の目が赤く光り、それが合図かのように、一徹の剣が目の前の敵へと振り下ろされる。  :  一徹:おらぁ……ッ! 紅葉:おさらばえ。  :◆チリン、と鈴の音が響き、斬られた者たちの身体から、ポウ、と光の玉が浮かび上がった。  :   :   :   :(間)  :  紅葉:ふふ、ぬしが妖徳(ようとく)のない人柄で良かったざんす。おかげで、わちきが強くなれるのでありんすから。 紅葉:それに……死んだあの人らも本望ざんしょ?こーんなに美しいわちきの周りを、こうして光の玉として飛び舞えるのでおりんす故。……ん、(咳き込む) 一徹:なんだあ?馬鹿は風邪引かねえってのは、嘘だったか。 紅葉:またそうわちきをからかって!ほんに野暮でありんすね!ふん!  :◆そう言って、拗ねた紅葉は先を行き、やがて見えなくなってしまった。  :  一徹:……チッ、気付いてねえと思ってんのか……。赤い口紅で吐血を隠し、赤い着物で染みを隠す。……紅葉。てめえだけは、俺が……。  :   :   :   :(場面転換)  :   :◆荒ら屋に足音が近付いてくる。入り口の前で音が止まり、ザッと引き戸が開かれる。  :  染め師:……ん?……おやおや、迷い人……ではありませんね?ココに来られたと言うことは、あなたはまさしく囚われ人……。 依頼主:え?あ、いや、あの……済みません。道に迷ってしまって。 染め師:私はこの場所で 「狂気染め師(きょうき・ぞめし)」 を生業(なりわい)としておりまして。……貴方、どなたか憎い方がいらっしゃるでしょう。恨みつらみに囚われ逃げられず、自身の危険性(りすく)もいとわずに相手を陥(おとしい)れたいと切に願う……そんな対象が……。 依頼主:恨み?えっと、おとし、いれたい……? 染め師:……あぁ、なるほど。人間は本音を建前で隠さなくてはならない生き物だと重々承知はしておりますが……全く不便ですねえ。 「ココ」に来られるほど、疎(うと)ましく思う人間がいると言うのに、なんとまさか自身でさえそれに 「気付いていない」 とは。  :◆途端、染め師が目を細め、その口元から笑顔が消える。  :  依頼主:……ッ!お、お仕事中にお邪魔してしまって済みません。えっと、失礼しま……、ッ?!  :◆客はここから逃げようと戸に手をかけるが、先ほど簡単に開いたはずの引き戸が、何故かピクリとも動かない。  :  染め師:そもそも囚われ人しか入れないのですからね、この染め屋(そめや)には。 依頼主:戸が、開かない……!なんで……! 染め師:そんなに焦らなくても良いじゃないですか。私は貴方に危害を加えたりなどしませんよ。……私は、ね? 依頼主:ぁ、あぁあ……。 染め師:おやおや、怖いですか? 染め師:どうもこういう時の私の容貌は、人には恐ろしく映るようで。和裁士さんには、蛇みたいだ、なんて言われるのですよ。 染め師:ささ、では話してくださいな。誰かを狂気に染めるなら、対価は己の明るい未来。闇を恐れぬ囚われ人のみ、私が受けましょその依頼。 依頼主:ま、待ってください。対価?そんなの聴いてな……! 染め師:全ては貴方が選んだこと。誰かを恨んだのも、ココに来てしまったのも。この世の全てが、自身が選択した結果とその末路に他ならない。そしてそれで、このあと貴方がどう「堕ち」ようと、それは私には全くあずかり知らぬところ。……クッフフ。あぁ、これだから狂気染めはやめられません。  :(間)  :  染め師:ほぉら。 染め師:染め上げましょう。永遠(とわ)に一生付きまとう、美しき狂気に……! 依頼主:う、うわぁあああああ……!。  :   :   :   :(場面転換)  :  酒呑童子:ふふ……あぁ、ころころと愛(う)い目玉じゃ。我が宝物殿に収めし如何な「蒐集品(これくしょん)」より価値があり、そして美しい。  :(間)  :  酒呑童子:故にこそ、無類の輝きに惑わされ、この目に集(たか)る虫のことごとくを……儂が潰してやらねばなあ……? 酒呑童子:和裁士。 和裁士:ここにおります童子様。 酒呑童子:言霊硝子屋を呼べ。毒の言霊、呪言(じゅげん)の硝子瓶を、いくつか童子(どうじ)が所望だと。 和裁士:呪いを……?童子様、一体どうしてそのようなものを……うぐッ!  :◆童子がその爪で、ピッと和裁士の喉元に赤い線を引いた。和裁士の首から、たらり、と血がしたたる。  :  酒呑童子:余計な勘繰りをするでない。契約の繋がりがある以上、お前は儂の手駒にすぎん。吠え立て歯向かう駒など、我楽多(がらくた)同然よ。……行け。 和裁士:…………はっ。  :   :   :   :(場面転換)  :  和裁士:邪魔するぜ、幸復堂(こうふくどう)。 和裁士:……あ?ただのかすり傷だよ、触んじゃねえ。 和裁士:……大丈夫だ。確かに最近童子様は、古今東西あらゆる骨董集めに傾倒(けいとう)しちゃあいるが、仕事が疎(おろそ)かになるなんてこたぁねえ。……俺がいるんだからな。 和裁士:……あぁ。硝子屋に伝言を頼む。酒呑童子様より、呪言(じゅげん)の硝子瓶をいくつか見繕って欲しい、と。  :(間)  :  和裁士:(心の声)地獄というものがあるのなら、その果てまでもお供しようと思ってきた。そう誓って進んできた。……しかし、今の童子様には……!本来の童子様はお優しい方だ。仕える者のことも、きちんと考えてくださる。……何故あのようにお変わりになってしまったのか、心当たりがあるとすれば……、 和裁士:(ハッとして)狂気、染め師(ぞめし)……?  :   :   :   :(場面転換)  :  一徹:足りねえ、足りねえ……!こんなんじゃ、ぜんっぜん足りねえ!(壁を殴る)  :◆一徹の足元には大量の血溜まりができ、空にはいくつかの光の玉が飛び交っている。  :  一徹: クソ、クソ、クソォ……ッ!どうしたらあいつを助けられる、どうしたら……ッ! ???:黄泉(よみ)の「天寿」を全うしようとせん者の命を、無理矢理に引き延ばし続ける愚か者……クフフ、なぁんて美味しそうな、一縷(いちる)の希望。 ???:歪み淀んで鬩(せめ)ぎ合った正義など……もう欠片しか残っておりませんねえ。 一徹:誰だ……!……ッ!? 一徹:……てめえは、あん時の……? ???:またお会いしましたねえ。貴方がこちらに迷い込んだ時以来でしょうか。 一徹:……何だ。もう俺と現世との繋がりは断ち切ったんだろ!まだ何か俺に用があんのか。 ???:いやあ、現世「との」ではなく、現世「での」なんですがねえ。……まあどちらでも良いんですが。 ???:いえ。ちょいと金儲けの匂いがしたので馳せ参じた次第で。 一徹:あん? ???:。ックク。ありますよ。お連れさんを助ける方法。もし私の力をお望みでしたら……そうですねえ。前回は「アレ」を対価に頂きましたから……今回のお代はそう……、 ???:「コレ」を、頂きましょうか?  :   :   :   :(場面転換)  :  硝子屋:おいでませおいでませ!迷宮横丁三番地、言霊硝子屋はこち……あいてっ! 硝子屋:んんん、何です、幸復堂(こうふくどう)のご亭主。え?「勝手にうちの前で商(あきな)いをするな」? 硝子屋:ご冗談を。「憎き仇に一泡吹かす、恨み晴らして咲かす笑顔!貴方に幸せな復讐を!」……幸復堂さんに訪れるお客さんなんぞ、私の店を奇異(きい)とも思わんでしょうよ。。 硝子屋:……へ?依頼?えーまあた呪いですかあ。私は 厭味(いやみ)や屁理屈、皮肉や野次は売りますが、呪詛(じゅそ)や詛呪(そじゅ)の類はどうも苦手で……。 硝子屋:で?ご依頼人はどなたです?……え。  :(間)  :  硝子屋:酒呑童子、さま……?まさか、嘘や謀(はかりごと)が嫌いなあのお方が……。。 硝子屋:……しかし、これを逃す手はない。  :◆硝子屋の糸目が、カッと見開く。  :  硝子屋:(小声で)ようやく機会が巡ってきた。……待っててください童子様。返してもらいますよ。彼女の「目」を。  :   :   :   :(場面転換。数百年前の過去。染め屋から放り捨てられ倒れている依頼主……一徹に、紅葉が気付く)  :  紅葉:おやまあ、なんと汚く薄汚れたお人でありんしょう。 紅葉:……これ、ぬし、ぬしさんったら。 依頼主:……ん、んん。 紅葉:生きて、おりんすね。……何がおしたか存じませぬが、こんなところで転がってちゃ迷惑ざんすよ。 紅葉:おや。ぬしさん「現世での繋がり」を、断たれて、いるざんすね。……はて。あぁ、ここは染め屋(そめや)の近くざんすか。ぬしさん、対価を支払ったのでありんすかえ? 依頼主:現世との……?はは……そういうことか、あの詐欺師……。 依頼主:つまり俺はもう、一生ここから帰れないってことですか……? 紅葉:(被せるように)「との」繋がりではなく、「での」……ああ、いや。自分の置かれた状況は、何となくは分かるようでおりんすね?……そんなら……。 紅葉:(小声で)暫く「借り」ても、良うござんすよね……。  :(紅葉、俯く依頼主の顎をクッと持ち上げる)  :  紅葉:ふむ、面構えも良うす。ぬし、わちきと契約しなんし。 紅葉:わちきと契約すりゃ、暫くはこの世界で生きられるざんしょ。ぬしのような青臭い小童(こわっぱ)、人間のままじゃすぐにどこかの下卑蔵(げびぞう)の餌になるでありんすよ? 依頼主:こわ……っ?!俺は!これでももう十八だ! 紅葉:んふふ、そりゃ失礼を。  :(一徹、汗だくで夢から醒める)  :  一徹:……ハッ!な、んだ……夢、か。 一徹:……チッ、なんでまた、あいつと出会った頃の夢なんか……。 一徹:(笑いながら)俺としたことが、とんだ弱気で呆れちまう。これは、人間だった頃の名残か……。 一徹:(起き上がりながら)……過去を振り返ってなどいられるか。俺ァもう、後には引けねえ。  :(間)  :  一徹:……殺して殺して殺して。俺の手はもう、真っ赤に染まった紅葉色だ……。  :   :   :   :(場面転換。再び過去の回想へ。数か月前の一徹が、怪しい人物と対峙している)  :  一徹:「コレ」をいただくって……一体何を……。 ???:おや、見えませんか? 一徹:……からかってやがるのか?(剣に手を遣る) ???:おぉ、怖い。あの時の可愛かった人間は、一体どこに行ってしまったのか……。 ???:からかっている訳ではないのですよ。貴方には見えないかもしれませんが、「コレ」は……そうですね。貴方と彼女の「関係性」とでも言いましょうか。対価としていただく暁にはつまり、「貴方と彼女の間には何の繋がりも無くなる」ということです。 一徹:は?繋がり、が……? 一徹:(心の声)つまり、思い出、記憶、今までの全てを、対価にしろ、と……?  :(間)  :  ???:対価はまた後ほど取り立てに伺います。 ???:貴方の努力にもよりますが……まあ、精々倍くらいには彼女の寿命を引き延ばせるでしょう。……いかがです?悪くないご提案かと。 一徹:ほんっと……てめえはイカレた良い趣味をしてやがる。 一徹:良いぜ、くれてやる。もう一度てめえの狂気、買ってやんよ、染め師! 染め師:クフフ……まいど。  :   :   :   :(場面転換。再び数か月前の過去の回想へ)  :  硝子屋:(N)夢を、見ていた。かつて彼女と出会ったあの日のことを。まだ彼女が、世界を、色を、その目で見ていた時のことを。  :   :  硝子屋:さあさあ、そこの僧衣(ろおぶ)の乙女!言霊硝子はいかがかな? 調香家:ことだま、がらす……? 硝子屋:その通り!十人十色の硝子瓶、貴女の形は如何様(いかよう)か!栓を開ければこの通り、貴女の言葉が溢れ出……る……? :◆硝子屋が硝子瓶を開けた瞬間、調香家の心の声が周りにブワッと響き渡った。  :  調香家:「(溢れ出るくらいから被せて)硝子瓶を並べた、あの荷車(にぐるま)に座る方と仲良くなりたい」  :  調香家:……!や、やだ!何これ……!  :   :  硝子屋:(N)彼女が焦って硝子瓶の蓋に手を伸ばすと、その僧衣(ろおぶ)の下の、見事な白髪(はくはつ)があらわになった。隠そうとする彼女の目と私の目がかち合い……その時初めて、私は彼女の目が、それはそれは美しい赤色をしていることを知った。 硝子屋:……それが、私と調香家との出会い。それから少しずつ少しずつ。本当に少しずつ仲良くなり……私たちは、やがて友達になった。  :   :  調香家:私の香りは、人を幸せにするもの。誰かを悲しませる香りは、調合しません。 硝子屋:そ、れは……んんん。何だかこちらの耳が痛い。 調香家:あら。硝子屋様がハッキリ真実を告げるのはつまり、相手を心底想い正したい、という気持ちからでは? 硝子屋:は、い……? 調香家:お優しいのですよ、硝子屋様は。……そもそも皆、私の姿を怖がって近づきもしません。稀(まれ)に近付いてくる方がいたとしても……それはこの、紅眼(あかめ)が欲しいからでしょう。 硝子屋:その「あるびの」?の目、ですか……?その透き通る白い髪も、紅玉(こうぎょく)の眼(まなこ)も……とても美しいと私は思いますよ。 調香家:不気味では? 硝子屋:まさか。その目を奪う輩(やから)が現れたなら、私のところに逃げておいでなさい。友の誓いに則(のっと)って、私が貴女をお護りしましょう。 調香家:ふふ。やはりお優しい。……だからこそ、やはり……。 硝子屋:ん? 調香家:……いえ!なんでもありません!  :   :  硝子屋:(N)……しかし、次に会った時、彼女の目はなくなっていた。可憐な花柄の布が一枚、なくなった二つの穴を隠していた。  :◆突如頭から酒を浴びせられ、硝子屋は夢から現実へと引き戻された。見上げると、そこには瓢箪(ひょうたん)を片手に笑う、酒呑童子の姿があった。  :  硝子屋:う、ゲホッ、ゴホッ……あぁ、どうも、酒呑童子、さま……。 硝子屋:これ、はこれは。このような高いお酒をご馳走になってしまって。……びしょ濡れだ。 酒呑童子:なに、遠慮は要らぬ。儂の瓢箪(ひょうたん)からは、酒が無限に湧くからのう。それよりも……、  :(童子、横たわる硝子屋の腹を蹴る)  :  硝子屋:うぐ……! 酒呑童子:酒呑童子の御前(ごぜん)であるぞ。いつまで横になっておる? 硝子屋:ははは……これは不敬(ふけい)、を……お詫び致し、ます……。  :(硝子屋、ゆっくりと立ち上がる)  :  酒呑童子:それで?この目玉が欲しいと? 硝子屋:その目は調香家のものです。 酒呑童子:今は儂のものよ。 硝子屋:とびきりの呪言(じゅげん)をご用意したはずです。それに、今後も童子様にお尽くしします。そうここに誓いますから。 酒呑童子:白癩(あるびの)の眼(まなこ)は万能の妙薬(みょうやく)。然(しか)るべき方法で煎じて飲めば、不老不死になることも出来る。……その価値に、お主と硝子瓶とが釣り合う天秤は、我が宝物殿にもありはせぬ。 硝子屋:なら!どうすれば、お返しいただけますか。 酒呑童子:そもそもこれは、あの娘(むすめ)が自ら差し出したものだと知っておるのか? 硝子屋:みず、から……? 酒呑童子:鬼に横道(おうどう)はない。あの娘(むすめ)は、お主のために儂にこの目を差し出したのだ。 酒呑童子:あぁ、しかしそんなことはもうどうでも良いのじゃ……この目はもう……、 硝子屋:どうじ、さ…… 酒呑童子:こノ目はモウ、わシのモノだ……! 硝子屋:!?う、うわあぁあああぁあ!!!!!  :   :   :   :   :(場面転換)  :  一徹:おらぁ!……ふはは……自身を染めるって聞いた時ァ驚いたが……やってみりゃ何てこたぁねえ。 一徹:身体が軽い。相手の動きが止まって見える。殺せ、殺せ殺せ殺せ……! 一徹:……お、っと。はは……流石に殺りすぎたか。地面がぬかるんで歩きにきぃな。 一徹:ハッ、見事に一面まあっかな絨毯(じゅうたん)だ……。  :(間)  :  一徹:赤色の狂気……そう、俺ァ今、全身紅葉色に染められている……! 一徹:……ふふ、あははははは!あぁ……気分がいい。もっと殺して、紅葉に力を……! 染め師:おやおや、随分派手に遊びましたねえ。 一徹:おお、染め師(そめし)か!おかげでこォんなに光が集マッた!見テくれ!これだケありャ、モミじも喜んでくレるに違えネエ! 染め師:ふむ……。狂気と理性との境が曖昧になってきておりますね。これでは希望する光を集め終わるのが先か、はたまた身が滅ぶのが先か。 染め師:うぅん、それにしてもいい狂気だ。このまま果てるのは勿体ない。……しかし、育った狂気を染め粉に戻すには、最低でも三つの狂気を掛け合わす必要がありますからねえ……。 染め師:紅葉、さん?でしたっけ。どうせなら彼女も染めておけば……いや、それでもまだ一つ足りない。 一徹:……もみジ。 一徹:(ハッとして)あァそうだ、紅葉にはバレないようにシないと……あいつには、あいつに、だけは……。 染め師:(一徹の話を聞かずに)あぁ、なんと口惜しい。何か方法があれば……。  :   :   :   :   :(場面転換。数か月前。調香家の目が無くなる前)  :  酒呑童子:儂に面会を求めたのはお主か、女。 調香家:はい、この町で恋愛調香家を営んでおります。 酒呑童子:ほう、お主が。噂は耳に入っている。この町にそういった明るい仕事が増えるのは良いことじゃ。……して、今日は何の用かの? 調香家:有名な蒐集家(これくたあ)である童子様には、この目の価値がお分かりになるかと。  :◆そう言って、調香家が着ていた僧衣(ろおぶ)を脱ぎ捨てると、輝くばかりの白髪(はくはつ)と、透き通る紅眼(あかめ)が現れた。  :  酒呑童子:……!話には聴いておったが、儂も実際に見るのは……。ふむ、白癩(あるびの)というのは、本当にそのような赤い瞳をしておるのじゃな……。 調香家:……私はこの目のせいで、友人にまで危害が及ぶのではと、気が気ではないのです。 調香家:その方は、私の容姿も気にせず、ありのままを受け入れてくださった。……なのに、私の容姿で、いつか傷付くことがあるやもしれないと……。 酒呑童子:籠絡(ろうらく)するにしろ強奪(ごうだつ)するにしろ、「友人」とやらは邪魔になるからの。そう遠くない未来、お主が危ぶんだ通りになるやもしれぬな。 調香家:友人は、私を護ると。……いえ、そんなことを言わずとも、その方はきっと、身の危険も省みず飛び出してしまう。そういうお優しい方なのです。 酒呑童子:なるほど。……して、儂に一体何をして欲しいと? 調香家:(息を吸って)この目を。  :(間)  :  調香家:この目をどうか、預かってください。  :   :   :   :   :(場面転換)  :◆足音が段々と近づいてきて、荒ら屋の引き戸が開く。  :  染め師:おや、また珍しい方が。いらっしゃい、和裁士さん。何かご用でも?それともこの私(わたし)めとお茶でもしに? 和裁士:……フン、てめえなんぞ、用がなけりゃ会いに来る訳ねーだろ。 染め師:いやはや、この不況に仕事があるのはありがたいことです。最近は危険性(りすく)を負わない、真面目な方が多いですからねえ。 和裁士:人の破滅を喜ぶ守銭奴(しゅせんど)め。……御託(ごたく)はいい、てめぇに「染めて」欲しい男がいる。 染め師:おやおや、お得意の「影縫い」をすれば良いのでは? 和裁士:……すっとぼけやがって。俺の影縫いは万能じゃない。てめぇみてえに、永遠に操れる訳じゃねえ。 染め師:そうでしたねえ。「操作」している間は、和裁士さんはその対象につきっきり。 染め師:その点狂気は良いですよ?一度染めたらそれっきり。対象は永遠一生(えいえんいっしょう)、未来永劫(みらいえいごう)、真っ当な道は歩めない。 和裁士:悔しいが、その能力は真に一流。敵にだけは回したくねえ奴だよ、てめぇは。 染め師:クッフフ。……さ、それでは聞きましょうか?今回の依頼対象には……、  :(間)  :  染め師:何色の「狂気」をご所望で?  :(和裁士が、覚悟を決めた表情でスゥッと息を吸う)  :  和裁士:白を。酒呑童子様を、白く染めてくれ。……染め戻してくれ、と言った方がいいか。 染め師:クフフ、これは面白い。……しかし、染め戻しは、染めた本人でなければ施工(せこう)不可能。私には、逆立ちしても無理ですねえ。 和裁士:てめえの仕事じゃ、ねえのか……? 染め師:おや、なんとまあ。私があんな雑な仕事をするとでも? 染め師:不本意ですねえ。……大方、半人前の染め師(そめし)が失敗でもしたのでしょう。私の見立てによると、今の酒呑童子様を染めているのは、「執着」と「敵意」の二つの狂気。 染め師:同じ染め師として腹立たしい限りですよ。一人前の狂気染め師ならば、混ぜ物などせず、綺麗に単色に染め上げますからね。 染め師:……クフフ、硝子屋さんには同情致します。厄介なお人から、厄介なものを取り返さなくてはならないのですからねえ。 和裁士:(舌打ち)……もうそこまで耳に入ってんのか。……今の童子様には、かつての優しさなど欠片(かけら)もない。攻撃的になられ、あの女の目に異常な固執をしておられる。 和裁士:それでも俺は、童子様には逆らえねえ……。 染め師:契約というものは、本当に厄介ですねえ。人間との契約は御名が呼べなくなるし、そうでなくても……制約だらけの危うい繋がりです。 和裁士:本来あの目は、あの女からの一時(いっとき)預かりもんだ。 染め師:染められた者に、道理など理解できませんよ。もはや童子様は、あの「目」を手放す気は無い。 和裁士:てめえにも、為(な)す術はねえってことか……。 染め師:……いえ?方法など如何様(いかよう)にも。 染め師:でも私もちょうど依頼が重なっておりまして。まとめて終わらせられたら楽なのですが。 染め師:(ハッと気付いて)……あぁ、そうか。そうだそうだ……一徹さんのと童子様の狂気……ひぃ、ふぅ、みぃ……おやおや、足りますねえ。 和裁士:(ため息)一体なんだ。 染め師:クフフ。この仕事、俄然(がぜん)やる気が出てきました。 染め師:硝子屋さんには申し訳ないですが、一徹さんもお呼びして、チャチャッとまとめて儲(もう)けさせていただきましょう。 染め師:ささ、あなたにも少しだけ手伝ってもらいますよ。……「影縫い」の出番です。  :   :   :   :   :(場面転換)  :  紅葉:近頃のぬしさんはどうも変ざんす。上掛けなんぞ、洗っても洗っても、濃ゆい血の匂いが取れんせん。 紅葉:「あんたは何も心配しなくていい」だなんて……凄く怖い顔をして……。……ぁ。  :◆その時、紅葉の周りを飛んでいた光の玉が一つ、パツリ、とはぜた。  :  紅葉:また一つ玉が消えた……。キリがありんせんね……。どんなに他人様の命の光を集めようと、もうこの身体が維持できんせん……ゴホッ、ん、(血を吐く)。 紅葉:……また、血が。赤い赤い、私の色……。  :   :   :   :   :(場面転換)  :  和裁士:さて。ちょっくらここにいてもらうぜ、調香家。 調香家:ん……ッ!くっ、影縫いとは卑怯ですよ、和裁士さん……! 和裁士:俺は影縫い和裁士。真っ当な道からは、ちぃと外れてるからな。 調香家:私はッ!今すぐあのお方の元に行かねばならぬのです! 和裁士:そう言われてもな。悪いが、染め師が足止めしとけって言うからよ。 調香家:お願いです。貴方も酒呑童子様がお狂いになっているのは承知しているのでしょう? 調香家:硝子屋様を、童子様のお屋敷に行かせてはいけないの!あのお方が死んでしまう……! 和裁士:硝子屋なら問題はねえよ。あいつの口の上手さは、あんたもよく分かっているだろう。 和裁士:……それよりも、あんたを危ないところに向かわせちゃ、俺があいつに殺されちまう。 調香家:……ッ!私は……ただ護られるだけは嫌なのです。それに、あの目は……。 和裁士:それを俺に言われてもな。 調香家:童子様のお屋敷から不穏な淀みが見えると、幸復堂さんが仰っていました。早くお屋敷に向かわないと……! 和裁士:(舌打ち)強情な女だな。……仕方ねえ。なら俺が行く。 調香家:え……? 和裁士:(ため息)お前を足留めしとけっつー命令だが、要は俺が離れても、お前が動かなきゃいいだけの話だろ。硝子屋が心配なら俺が連れ戻してくる。だからてめえは、幸復堂で茶でも飲んで待っとけ。 調香家:え、ちょ、待ってくださ……! 和裁士:良いか。ここを動くんじゃねえぞ!分かったな!……っと。  :◆和裁士が空中にある見えない糸らしきものを引くと、瞬間彼は幸復堂の屋根の上におり、また糸を引くとすぐに姿が見えなくなった。  :  調香家:……殿方の矜持、ですか。とは言え和裁士さん。私はそれで「そうですか」と、おとなしく待つ女ではないのですよ。 調香家:強情で結構!お転婆上等です! 調香家:(息をついて)盲目だと、皆様気も使うのかしら。私には香りで、皆様と同じように何だって見えるというのに……。 調香家:さ、急がなくては。  :   :   :   :   :  :(場面転換)  :  一徹:一体なンだ、いキナり呼び出したリして……。 一徹:俺ァ紅葉の目ヲ盗んでこっソリ来てンダ。用件は、はヤく終わらセテくれ。 染め師:えぇえぇ、あなたはここにいてくれるだけで構いませんよ。 染め師:それにしても。(鼻をつまみながら)……何という下劣な狂気。美しくありませんね。  :(和裁士が、長屋の屋根から見えない糸を使って降りてくる)  :  和裁士:……っと。依頼したんだ。まごまごしてんじゃねえよ。 染め師:おや。頼んだことを放棄とは、なんとまあ怠惰な。調香家さんを足止めしておけと頼んだでしょうに。 和裁士:あの女は今幸復堂にいる。問題ねえだろ。 染め師:なら、貴方の後ろにいらっしゃるのは他人の空似ですかね? 和裁士:あ?……なっ、お前……! 調香家:えっと……すみません……。 一徹:もみ、ジ……もみじ、紅葉紅葉紅葉紅葉……、 調香家:あの方は……?えっと……明らかに染められているのですが。 和裁士:てめえ……本当に見えてねえんだろうな? 調香家:目は、まったく。 和裁士:流石硝子屋の友人だけあって、食えねえ女だ。 紅葉:(走ってきて)あぁっ、ぬしさん、こんな所に……!探したでおりんすよ、ぬし、さ……ぬしさん? 染め師:おや。どうやらあなたが紅葉さんですね。 紅葉:……その風貌……染め師ざんすか。 染め師:おや。ご存知とは嬉しい。今の彼……一徹さんには、何も理解できちゃおりませんよ。 染め師:貴女が隠していることはもう全てバレております。貴女のために力を。光を。そして命を集めるために、一徹さんはこうして、自身を狂気に染めてしまった……おっと。 和裁士:(同時に)うお……っ! 調香家:(同時に)きゃああああ……!  :(皆の横を、巨大化した酒呑童子の左手が掠める) 調香家:あ、あれは……酒呑童子(しゅてんどうじ)、さま……?な、なんて大きい……! 和裁士:あれが童子(どうじ)様だと思うか?自身の大きささえ調整できなくなってやがる。今のあの方は……ただのバケモンだ。  :(間)  :  酒呑童子:やラぬやラヌやらヌ……!こレは儂のもノジゃ!誰にモくレテやるものカ……! 調香家:……ッ!酒呑童子様が握っていらっしゃるのは……!  :(酒呑童子の右手に掴まれた硝子屋は、それでも尚逃げ出そうともがき、呻き声を上げている)  :  染め師:えぇ、硝子屋さんですね。なんともまあ。 染め師:……あの方があれほどの窮地(きゅうち)に立たされるのも中々ないですし。もう少し見物でも致しますか? 調香家:(同時に)ふざけないでください! 和裁士:(同時に)染め師! 染め師:……はいはい。それでは一仕事しましょうか。ささ、少し離れてくださいね? 染め師:色抜きのお時間です。 染め師:(息を吐いて)……壱に陰り弐に淀む。参肆(さんし)に狂い伍に染める。 染め師:……三つの狂気が集いし時、陸つ目(むつめ)の業が筆に宿る。 染め師:敵意と執着に溺れし色を、美しい殺戮で、覆い包みましょう。……いざ。 染め師:狂気染め六の型……白妙抜染(はくみょうばっせん)。 和裁士:クッ。……あぁ……悔しいが、染め師の腕は、一流だ。 酒呑童子:(一徹・硝子屋と同時に)ぐわぁああああああ……ッ! 一徹:(酒呑童子・硝子屋と同時に)あぁあああああああ……ッ! 硝子屋:(酒呑童子・一徹と同時に)ぬあぁああああああ……ッ! 調香家:……ッ!童子様と一徹さんの口から、黒い……絵の具?が……、 染め師:クフフ。これは狂気の染料の元となるものです。 染め師:あぁ、ほら見てください。なんとまあ綺麗な狂気でしょう。  :◆染め師の持つ筆に、一徹と酒呑童子の口から漏れた黒い絵の具のようなものが吸収されていく。  :  調香家:筆に、吸収された……? 和裁士:てめえの手にかかれば、大事も些末事(さまつごと)だな。 和裁士:……終わったのか。 染め師:えぇ。材料さえ揃えば、あとは簡単ですから。 染め師:ほぉら、童子様だっていつも通り小さく……ああいえ。平常時でも結構なご体格ですが。  :(間)  :  調香家:硝子屋様! 硝子屋:……っく。これは、一体……。狂気染め師(きょうき・ぞめし)に助けられるとは……。 染め師:クフフ。もちろん、対価をいただきますよ。 染め師:命の対価ですから……その重み、分かっていらっしゃいますね? 染め師:童子様の分とまとめて……どさくさに紛れて握ってる「両目」。どちらもいただきますよ。 硝子屋:な……ッ!これは彼女の目です……!私が支払うべき対価なら、それは何か私の……! 調香家:構いません!それを対価に……! 硝子屋:……え? 染め師:頂戴致します。では……この目は紅葉さんに。 紅葉:へ?……わ、わちきに? 染め師:はい。これで、無茶をしない限りは。……また暫く、光に頼らず過ごせるでしょう。そぉれ。  :◆染め師が調香家の両目を掲げると、目は優しく光り、紅葉自身もその光に包まれた。  :  紅葉:あ……ッ!か、身体が、軽く……? 染め師:クッハハ!思った通り!万能の妙薬は本当に、不可能さえ可能にしますねえ。いやはや面白い! 染め師:もっと大きい金儲けもできたでしょうが……。使用方法と結果を確認しないと、クレームになりかねませんからねえ。クフフ。 一徹:(目を覚まして)……紅葉? 紅葉:ぬしさん……! 染め師:倍は生きられるように、という依頼でしたからね。貴方が正気を失っている間に、紅葉さんはほら、こぉんなに元気になりましたよ。 染め師:当初の予定とは違いますが、上等な染め粉も手に入りましたし、依頼主様も正気で、かつ満足してらっしゃる。いやあ、これにて依頼は完了ですかねえ! 和裁士:本当にてめえは……。いやまあ、童子様が元に戻りゃ俺はそれで……。 和裁士:……童子、様……?  :◆ふと見やると、童子様から黒い靄の様なものが出ており、微かに「目玉目玉」とうめき声が聴こえる。 和裁士:(気付いて)……ッ!お前ら!伏せろ! 酒呑童子:うォおおおおァああああ!  :◆その瞬間、狂気抜きが済んだはずの童子の爪が、一同に降りかかる。  :◆ザシュッ。避けそこねた一徹を押しのけた紅葉が、その餌食となる。  :  紅葉:ぬしさん!危ない……!あぁッ……! 一徹:……ッ!紅葉!?……なんで……おい……おい! 紅葉:だい、丈夫でおりんしたか、ぬしさん……? 一徹:……ッ、俺は平気だ。馬鹿野郎!なんで庇いやばかった! 紅葉:元は……わちきがぬしに力を与え、守る契約……でありんしょう……? 紅葉:ふふ。いつの間にか……ぬし一人でも十分戦えるようになって……守られることが、増えてしまいんしたが……。 一徹:契約って……!んなの、あんたが怪我したら何の意味も……! 染め師:……なんと。この私が失敗とは……これだから下劣な色は嫌いなのです。 和裁士:クソが。いくら平常時のお姿でも、童子様相手じゃ本気でいくしかねえぞ……。 和裁士:俺が次の折(おり)に童子様の影を縫う。てめえのやり残しには、てめえで最後まで責任を持てよ。 染め師:えぇえぇ、分かりましたよ。……それでは行きますよ! 染め師:……いち! 和裁士:にぃ! 染め師:さん! 和裁士:(同時に)ぐッ……! 染め師:(同時に)はぁッ……!  :◆和裁士が童子の影を縫い、身動きの出来ない童子から、染め師が強制的に残りの狂気を絞り出す。  :(瞬間、酒呑童子はその場にバタリ、と倒れた)  :  染め師:……はぁ、はぁ……。今度こそ完璧に……抜け、ました。 染め師:そもそもがかなり杜撰(ずさん)な色染めでしたからね。きちんと元通りの童子様に戻るまで、少し時間はかかるかもですが。 和裁士:あぁ、ほんに「完璧」だぜてめえは(舌打ち)。 和裁士:(ハッとして)そうだ!女は……ッ?  :(振り返ると、紅葉を抱き抱えた一徹が、ひたすら紅葉の名を呼びながら涙を流している。  :  一徹:紅葉……もみじもみじもみじぃ……! 紅葉:久方ぶりに、名前を呼んでくれた……ざん、すね……。契約を、結んだ時ァ……それ、はそれは……いこう、愛らしゅう坊ちゃんで……、 一徹:……ッ、名前なんか、いくらだって呼んでやる!あんたが側にいてくれたから、俺ァこうやって……! 紅葉:(被せて)なぁ、ぬしさん。わちきは……わちきはぬしを……。 紅葉:……ッ。あぁ……わちきには、ぬしの名前さえ呼べんせん……。 染め師:お邪魔しますよ。……全く、無茶をしない限りは、と言った直後にこのような。 紅葉:あぁ……あなた、なら。……おたのん申し、んす。この「関係」を、切ってくれんす……。 一徹:紅葉、何を……? 染め師:元よりそのつもりです。 染め師:……それでは対価、いただきますよ。 一徹:対価って……何も今じゃなくたって……!やめてくれ、今紅葉の記憶を失うなんて……! 染め師:取り立ては後ほど、と申しましたでしょう?……それに。 染め師:誰が記憶、と言いましたか? 染め師:やることは単純明快簡単です。お二人の関係……つまり、「契約」を頂きます。 染め師:紅葉さんと一徹さんの間のこの契約を、こう、手でスパンと。……一閃。 和裁士:……け、契約を手で切る?いや、今のでもう切った、ってのか……? 和裁士:てめぇはほんと、どんだけの力を隠し持ってんだ……? 染め師:こう見えて、そこそこ生きていますからねえ。……あぁ、上手に切れました。 紅葉:……一徹、さん……? 紅葉:あぁ……!やっと初めて名前が呼べる……!一徹さん、一徹さん……!てんとう、お慕いしておりんした……。 一徹:……は、なんで。やめてくれ紅葉。そんな、最後の時みたいな……! 紅葉:一徹さんは……?わちきのこと、を……、 一徹:想ってるさ、慕ってるさ……!決まってんだろ?……愛してる、愛してる、愛してる……!本気だ、俺はずっと……! 一徹:心中立(しんじゅだて)したろーが……! 紅葉:……ふふふ。よう、ござりんし、た………。  :◆紅葉は微笑みながら息絶え、その身体は、無情にも光となって消えていく。  :  一徹:ッ、紅葉ッ?……紅葉ーーーーーーッ!……ぁ、あぁあああああぁあああ……ッ! 染め師:(空気を読まずに)いやあ!今回は本当に良い仕事をしましたねえ! 調香家:これを見て、なんとまあ呑気な……! 染め師:(ため息)紅葉さんには、「紅葉」という名前があった。それはつまり、彼女は「元人間」だ、ということです。 染め師:ならば。黄泉の天寿を全うし、契約という束縛から解き放たれたのならばつまり!……輪廻の輪に戻り、 硝子屋:やがて生まれ変われる……? 染め師:対価は全て頂きました。心底想い合った者同士の契約は、それはそれは上等な歪みと澱み、依存と狂気を蓄えます。 染め師:今更お釣りはいらないでしょうね?クフフ。しばらく染め粉には困らなそうです。 染め師:まあつまり。私の意図するところではありませんが、今一徹さんの魂は……、 調香家:契約から解放されて、綺麗さっぱり、まっさらな状態……。つまり今の一徹さんは、ただの人間……? 硝子屋:ならば紅葉さんと同じく、いつか輪廻の輪にも戻れる、と……?。 調香家:一徹さん!紅葉さんと、また会えるかもしれませんよ……! 和裁士:あんたの頭は本当にめでてえな。幾ら互いに輪廻の輪に戻れても、同じ時代、同じ場所に生まれ変わるかは誰にも分からねえ。 和裁士:人間同士かも分からなければ、年齢が近いかも、今回と同じ性別になれるのかさえも……、 硝子屋:(遮るように)それでも、いつか。 和裁士:あぁ? 硝子屋:……それでも、いつかは。……希望を持ったって良いではありませんか。 硝子屋:だって、彼らはもう人間なのです。弱く儚く。そして……とても真っ直ぐで、愚かな生き物。 和裁士:……ハッ、違えねえ。 調香家:……ッ!一徹さん?!身体が!  :◆気付けば、なんと一徹の身体が消えかかっていた。  :  和裁士:……ッ!……契約が無くなり、人間に戻ったってこたぁ……そうか……! 和裁士:人間には過分な月日を、この世界で過ごしてきた訳だからな……。身体は限界。盲点だった。 染め師:まあ、良かったではないですか。これですぐ輪廻の輪に戻れるのですから! 調香家:あなたって人は……! 一徹:う、……カハッ、!  :◆硝子屋が、咄嗟に懐から空の硝子瓶を出し、一徹の方へ掲げる。  :  硝子屋:一徹とやら!想え、貴方の言霊を! 一徹:……えッ!? 硝子屋:早く……!  :◆瞬間、一徹の口から靄(もや)のようなものが溢れ、硝子屋の持つ瓶へと吸収されていく。  :  一徹:「絶対、紅葉を見つけ出す。性別が違っても!年齢が離れていても!例え同じ生き物でなくても……!幾度輪廻を繰り返しても、必ず……!何回だって見つけてやる……!」 一徹:うぐ……ッ、紅葉……!今、行くから……な……、 調香家:一徹さん……! 和裁士:消え、ちまった……。ッ、言霊は……ッ? 硝子屋:無事……引き出せ、ました。……あぁ、綺麗な赤だ……。 調香家:お二人は……すぐ会えるでしょうか……。 硝子屋:言葉は力を持っております。……大丈夫、言霊にしてしまえば、後は運命がお二人を誘いましょう。 硝子屋:あの方は……ほんに一途な一徹者ですからね。……それよりも……済みません。貴女の目が。 調香家:元より私には無用なものです。視覚が無い方が香りに集中できますから。 調香家:本当に、あなたってお人はお優しい。私なんぞのためにこんなにボロボロになって……。 硝子屋:私は……貴女に笑っていて欲しいだけなのです……。 調香家:私は、あなた様とは、護られるだけの関係よりも、対等な存在でいたいのですよ、硝子屋様。 調香家:だって。私たちはお友達でしょう? 硝子屋:……でしたら、様付けはどうなんです? 調香家:では……硝子屋さん? 硝子屋:はい。……調香家さん。  :(向き合う二人、照れ臭そうに微笑む)  :  染め師:(それを遮り)あの〜……ところでその硝子瓶……どうなさるおつもりです?お売りに? 硝子屋:おっと。……いえ。大事に取っておきますよ。流石にこれを売るだなんて出来ません。 硝子屋:……ふふ、私にも、「蒐集癖(しゅうしゅうへき)」というものが芽生えるかもしれませんね? 染め師:なぁんだ、お金の匂いがしましたのに。 和裁士:……色々と勘弁してくれ……。  :(硝子屋と調香家、今度こそ、声を出して楽しそうに笑い合う)  :   :   :   :   :(場面転換。数日後。幸復堂前)  :  硝子屋:ハイハイ皆様ご静聴! 硝子屋:大事に大事に閉じ込めて、硝子の瓶に閉じ込めて、貴方に一瓶選びましょう!お買い求めはご自由に! 硝子屋:どうぞ瓶の取り扱いにはご注意をあれ! 硝子屋:言葉は力を持っております故、割れて漏れだせば何が起こるか、売り手の私にも分かりませぬ。嗚呼、とかくこの世は生き辛い! 硝子屋:懇篤(こんとく)な紡ぎは人を惑わし、辛辣な嘆きは人を狂わせる。 硝子屋:それではお売り致しましょう!貴方にピッタリの硝子瓶!入る言葉はなんざんしょ? 硝子屋:さあさあ買(こ)うた、さあ買うた!  :(間)  :  硝子屋:それはお客様……貴方の生き様次第……なのですよ!  :◆硝子屋の荷台の硝子瓶の中で、紅葉色の言霊がキラリ、と光った。  :   :   :   :   :【台本終了】  :   :   : 

 :   :   :  紅葉:(もみじ)女性。自由気まぐれな性格で、動くたびに簪の鈴の音がチリンと響く。一徹と契約を結んでおり、呪文を唱えると、紅葉は一時的に自身の力を一徹に貸すことができるようになる。四百年近く生きているため、あらゆる時代の言葉遣いが混ざっている。他人の命の灯火のおかげで命を繋いでいるが、天寿までもう長くないことを一徹に必死に隠している。 調香家:恋愛調香家(れんあい・ちょうこうか)。女性。紅葉と兼ね役。紅眼と白髪を身に宿す「白癩(あるびの)」の少女。可憐な乙女の姿には不釣り合いな行動力を持ち合わせているため、友人の硝子屋はいつも気が気ではない。様々な香りを調合することができるが、一番得意なのは、相性の良い2人を結び繋ぐ“恋愛香水”。 女性客:紅葉・調香家と兼ね役。  :  硝子屋:言霊硝子屋(ことだま・がらすや)。性別不問。買い手にピッタリと合う言霊を詰めた硝子瓶を売る商人。恋愛調香家は、掛け替えのない、とても大切な友人。  :  一徹:(いってつ)男性。元人間。紅葉と契約したことで時が止まり、人と呼べる存在ではなくなってしまった。すぐに軽口を叩くが、その実、紅葉に心酔している。紅葉と対等になりたいがために剣技を磨き、今では紅葉の力に頼らなくても、そこそこの相手を倒せるくらいには強くなっている。 依頼主:一徹と兼ね役。迷宮横丁に迷い込んだばかりの過去の一徹。  :  和裁士:影縫い和裁士(かげぬい・わさいし)。男性。酒呑童子に仕える剣士。対象の影を縫って動きを止めたり、糸を引いて操ったりすることができる。ぶっきらぼうだが、根は熱く真面目な男。  :  染め師:狂気染め師(きょうき・ぞめし)。性別不問。皆には染め師(そめし)と呼ばれている。依頼とあらば、黒く紅く。対象の心を歪んだ狂気に染め上げる。その効果は、恐ろしいことに対象が死ぬまで続くという。三度の飯より金が好きで、帳簿をつけるのが趣味。童子様ほどではないが、その見た目と裏腹に迷宮横丁ではかなりの長寿で、博識。 ???:染め師と兼ね役。過去の染め師。迷宮横丁に来たばかりの一徹(依頼主)と出会う。 酒呑童子:(しゅてんどうじ)性別不問。染め師と兼ね役。皆に童子(どうじ)様と呼ばれている。この町を取り締まる心優しき鬼であり、新しいもの好きな蒐集家(これくたあ)。自由に身体の大きさを変えることができ、最大身長は一座の山と変わらない。宴会と酒をこよなく愛しており、懲りずに呑み過ぎては和裁士に怒られている。……が、今は誰かに狂気に染められおかしくなっている。  :   :   :   :   :  和裁士:(ナレーション。以下N) 狭く怪しい路地裏の、四つ目(よつめ)の角を右曲がり。その更に奥に現れし、迷宮横丁三番地。……道端(みちはし)の荷車に並ぶは、色んな形の硝子瓶。その傍らで煙管(きせる)を吹かす、怪しい和装の「言霊屋」。  :   :  硝子屋:(両手を二度叩く)おいでませおいでませ!迷宮横丁三番地、言霊硝子屋はこちらです!ご用とお急ぎでない方は、よってらっしゃいみてらっしゃい!大事に大事に閉じ込めて、硝子の瓶に閉じ込めて、貴方に一瓶選びましょう!お買い求めはご自由に! 硝子屋:……おっと、そこ行く巻き毛のご令嬢!ほらほら、どうぞお近くに! 女性客:え、わたくし、ですか……? 硝子屋:えぇえぇ、そうですとも!貴女のような可憐なご令嬢には……こちらの瓶はいかがです?ほーら掲げて陽に透かしゃ、ぼやけた恋する桜色!  :◆硝子屋がその桜色の瓶を掲げると、その瓶から靄のようなものが溢れ出し、女性客の声が聞こえ始める。  :  女性客:「貴方だけを想います。……そう、ずっとずっと。そうしたらいつか、きっと、貴方様はわたくしを見てくれるはず……!」 硝子屋:ふふふ…あはははは!いやはや、良かったですねえ、お嬢さん。脳内思考御花畑の君に、とてもお似合いの陳腐(ちんぷ)な言葉だ。 女性客:な……なんですかこれは……! 硝子屋:あぁ、失礼。説明がまだでしたね? 硝子屋:これは「言霊硝子瓶」……と言いまして。その人にピッタリの硝子瓶には、その人にピッタリの言葉が詰まっているのですよ。人間にはそれぞれ、心の奥底に「秘めた本音」というやつがありますでしょう?……裏の顔、とも言いますか。 硝子屋:貴女は今、一方的にかの人に恋し、慕い、依存している。……しかしそれは、酷く自己本位的で傲慢(ごうまん)だ。貴女はかの人のことを、「本当に」想っているのですか? 女性客:かの人を……「本当に」想う……。 硝子屋:好意も、相手を慮(おもんばか)らずに押し付けたらそれはもう迷惑にしかならない。本当に人を想うということは…………あぁ。そうです。一つ、昔話などいたしましょうか。  :   :   :   :(場面転換)  :◆ヒラヒラと色付いた葉が落ちる中、紅葉は舞うようにその中を進んでいく。  :  紅葉:奥山に、もみぢ踏み分け鳴く鹿の、声聞く時ぞ、秋は悲しき。 一徹:んだそれは。 紅葉:あちらの世界で、なんとか太夫(だゆう)、という方が詠んだ句だそうな。もっとも、もうとっくの昔におっ死(ち)んでおりんすが。 一徹:あんたに悲しいなんて感情あんのか? 紅葉:なんざんす、また好かねえことを。わちきだって、馴染みを想い泣く夜もありんす。 一徹:はっ、てめえと同じにされちゃ、そのなんとかってのも死にきれねえだろうさ。 紅葉:おや、わちきにはそんなに魅力がないざんすか……? 一徹:……いいや。あんたを見ていると俺ァ「ぞっとする」ね。 紅葉:なら、死出(しで)の旅路までを、心中立(しんじゅだて)してくれなんし。ほら。ゆーびきーりげーんまん、うーそ……、 一徹:(紅葉の台詞を遮るように)それを違(たが)えた時には、お前が俺を殺せばいいさ。 紅葉:ならばそん時ゃ、落ちた紅葉(もみじ)の茶も黄(きい)も、ぬしの血で赤く染めてやりんしょう。一面まあっかの絨毯(じゅうたん)を、このわちきが道中しなんす。……あっ、と……!  :(よろけた紅葉を、一徹がスッと支えた)  :  一徹:あ、っぶねえな、全く。 紅葉:(取り繕うように)ふふ、ぬしさんに抱き締めてもらいとうて、つい。……おや、  :◆その時、突如草陰から物音がし、一徹がバッと振り返った。  :  一徹:……あん?ここで客たあ無粋じゃねえか。 紅葉:ぬしさん。 一徹:……あぁ。 一徹:(剣を抜きながら)……汝穿(なんじ・うが)つは、妖艶なる籠の鳥。弾(はじ)け唄え、そして舞い狂え……穢れし咎(とが)を持つ者の、生(せい)の螺旋を断ち切らん。欺瞞(ぎまん)と欲に溢れしこの地を、己(おの)が仇(かたき)の棺(ひつぎ)と成せ!  :◆一徹が呪文を唱え出すと、辺りにビュウビュウと風が吹き荒れ、紅葉(こうよう)の絨毯が空に巻き上がった。詠唱が終わった瞬間、紅葉の目が赤く光り、それが合図かのように、一徹の剣が目の前の敵へと振り下ろされる。  :  一徹:おらぁ……ッ! 紅葉:おさらばえ。  :◆チリン、と鈴の音が響き、斬られた者たちの身体から、ポウ、と光の玉が浮かび上がった。  :   :   :   :(間)  :  紅葉:ふふ、ぬしが妖徳(ようとく)のない人柄で良かったざんす。おかげで、わちきが強くなれるのでありんすから。 紅葉:それに……死んだあの人らも本望ざんしょ?こーんなに美しいわちきの周りを、こうして光の玉として飛び舞えるのでおりんす故。……ん、(咳き込む) 一徹:なんだあ?馬鹿は風邪引かねえってのは、嘘だったか。 紅葉:またそうわちきをからかって!ほんに野暮でありんすね!ふん!  :◆そう言って、拗ねた紅葉は先を行き、やがて見えなくなってしまった。  :  一徹:……チッ、気付いてねえと思ってんのか……。赤い口紅で吐血を隠し、赤い着物で染みを隠す。……紅葉。てめえだけは、俺が……。  :   :   :   :(場面転換)  :   :◆荒ら屋に足音が近付いてくる。入り口の前で音が止まり、ザッと引き戸が開かれる。  :  染め師:……ん?……おやおや、迷い人……ではありませんね?ココに来られたと言うことは、あなたはまさしく囚われ人……。 依頼主:え?あ、いや、あの……済みません。道に迷ってしまって。 染め師:私はこの場所で 「狂気染め師(きょうき・ぞめし)」 を生業(なりわい)としておりまして。……貴方、どなたか憎い方がいらっしゃるでしょう。恨みつらみに囚われ逃げられず、自身の危険性(りすく)もいとわずに相手を陥(おとしい)れたいと切に願う……そんな対象が……。 依頼主:恨み?えっと、おとし、いれたい……? 染め師:……あぁ、なるほど。人間は本音を建前で隠さなくてはならない生き物だと重々承知はしておりますが……全く不便ですねえ。 「ココ」に来られるほど、疎(うと)ましく思う人間がいると言うのに、なんとまさか自身でさえそれに 「気付いていない」 とは。  :◆途端、染め師が目を細め、その口元から笑顔が消える。  :  依頼主:……ッ!お、お仕事中にお邪魔してしまって済みません。えっと、失礼しま……、ッ?!  :◆客はここから逃げようと戸に手をかけるが、先ほど簡単に開いたはずの引き戸が、何故かピクリとも動かない。  :  染め師:そもそも囚われ人しか入れないのですからね、この染め屋(そめや)には。 依頼主:戸が、開かない……!なんで……! 染め師:そんなに焦らなくても良いじゃないですか。私は貴方に危害を加えたりなどしませんよ。……私は、ね? 依頼主:ぁ、あぁあ……。 染め師:おやおや、怖いですか? 染め師:どうもこういう時の私の容貌は、人には恐ろしく映るようで。和裁士さんには、蛇みたいだ、なんて言われるのですよ。 染め師:ささ、では話してくださいな。誰かを狂気に染めるなら、対価は己の明るい未来。闇を恐れぬ囚われ人のみ、私が受けましょその依頼。 依頼主:ま、待ってください。対価?そんなの聴いてな……! 染め師:全ては貴方が選んだこと。誰かを恨んだのも、ココに来てしまったのも。この世の全てが、自身が選択した結果とその末路に他ならない。そしてそれで、このあと貴方がどう「堕ち」ようと、それは私には全くあずかり知らぬところ。……クッフフ。あぁ、これだから狂気染めはやめられません。  :(間)  :  染め師:ほぉら。 染め師:染め上げましょう。永遠(とわ)に一生付きまとう、美しき狂気に……! 依頼主:う、うわぁあああああ……!。  :   :   :   :(場面転換)  :  酒呑童子:ふふ……あぁ、ころころと愛(う)い目玉じゃ。我が宝物殿に収めし如何な「蒐集品(これくしょん)」より価値があり、そして美しい。  :(間)  :  酒呑童子:故にこそ、無類の輝きに惑わされ、この目に集(たか)る虫のことごとくを……儂が潰してやらねばなあ……? 酒呑童子:和裁士。 和裁士:ここにおります童子様。 酒呑童子:言霊硝子屋を呼べ。毒の言霊、呪言(じゅげん)の硝子瓶を、いくつか童子(どうじ)が所望だと。 和裁士:呪いを……?童子様、一体どうしてそのようなものを……うぐッ!  :◆童子がその爪で、ピッと和裁士の喉元に赤い線を引いた。和裁士の首から、たらり、と血がしたたる。  :  酒呑童子:余計な勘繰りをするでない。契約の繋がりがある以上、お前は儂の手駒にすぎん。吠え立て歯向かう駒など、我楽多(がらくた)同然よ。……行け。 和裁士:…………はっ。  :   :   :   :(場面転換)  :  和裁士:邪魔するぜ、幸復堂(こうふくどう)。 和裁士:……あ?ただのかすり傷だよ、触んじゃねえ。 和裁士:……大丈夫だ。確かに最近童子様は、古今東西あらゆる骨董集めに傾倒(けいとう)しちゃあいるが、仕事が疎(おろそ)かになるなんてこたぁねえ。……俺がいるんだからな。 和裁士:……あぁ。硝子屋に伝言を頼む。酒呑童子様より、呪言(じゅげん)の硝子瓶をいくつか見繕って欲しい、と。  :(間)  :  和裁士:(心の声)地獄というものがあるのなら、その果てまでもお供しようと思ってきた。そう誓って進んできた。……しかし、今の童子様には……!本来の童子様はお優しい方だ。仕える者のことも、きちんと考えてくださる。……何故あのようにお変わりになってしまったのか、心当たりがあるとすれば……、 和裁士:(ハッとして)狂気、染め師(ぞめし)……?  :   :   :   :(場面転換)  :  一徹:足りねえ、足りねえ……!こんなんじゃ、ぜんっぜん足りねえ!(壁を殴る)  :◆一徹の足元には大量の血溜まりができ、空にはいくつかの光の玉が飛び交っている。  :  一徹: クソ、クソ、クソォ……ッ!どうしたらあいつを助けられる、どうしたら……ッ! ???:黄泉(よみ)の「天寿」を全うしようとせん者の命を、無理矢理に引き延ばし続ける愚か者……クフフ、なぁんて美味しそうな、一縷(いちる)の希望。 ???:歪み淀んで鬩(せめ)ぎ合った正義など……もう欠片しか残っておりませんねえ。 一徹:誰だ……!……ッ!? 一徹:……てめえは、あん時の……? ???:またお会いしましたねえ。貴方がこちらに迷い込んだ時以来でしょうか。 一徹:……何だ。もう俺と現世との繋がりは断ち切ったんだろ!まだ何か俺に用があんのか。 ???:いやあ、現世「との」ではなく、現世「での」なんですがねえ。……まあどちらでも良いんですが。 ???:いえ。ちょいと金儲けの匂いがしたので馳せ参じた次第で。 一徹:あん? ???:。ックク。ありますよ。お連れさんを助ける方法。もし私の力をお望みでしたら……そうですねえ。前回は「アレ」を対価に頂きましたから……今回のお代はそう……、 ???:「コレ」を、頂きましょうか?  :   :   :   :(場面転換)  :  硝子屋:おいでませおいでませ!迷宮横丁三番地、言霊硝子屋はこち……あいてっ! 硝子屋:んんん、何です、幸復堂(こうふくどう)のご亭主。え?「勝手にうちの前で商(あきな)いをするな」? 硝子屋:ご冗談を。「憎き仇に一泡吹かす、恨み晴らして咲かす笑顔!貴方に幸せな復讐を!」……幸復堂さんに訪れるお客さんなんぞ、私の店を奇異(きい)とも思わんでしょうよ。。 硝子屋:……へ?依頼?えーまあた呪いですかあ。私は 厭味(いやみ)や屁理屈、皮肉や野次は売りますが、呪詛(じゅそ)や詛呪(そじゅ)の類はどうも苦手で……。 硝子屋:で?ご依頼人はどなたです?……え。  :(間)  :  硝子屋:酒呑童子、さま……?まさか、嘘や謀(はかりごと)が嫌いなあのお方が……。。 硝子屋:……しかし、これを逃す手はない。  :◆硝子屋の糸目が、カッと見開く。  :  硝子屋:(小声で)ようやく機会が巡ってきた。……待っててください童子様。返してもらいますよ。彼女の「目」を。  :   :   :   :(場面転換。数百年前の過去。染め屋から放り捨てられ倒れている依頼主……一徹に、紅葉が気付く)  :  紅葉:おやまあ、なんと汚く薄汚れたお人でありんしょう。 紅葉:……これ、ぬし、ぬしさんったら。 依頼主:……ん、んん。 紅葉:生きて、おりんすね。……何がおしたか存じませぬが、こんなところで転がってちゃ迷惑ざんすよ。 紅葉:おや。ぬしさん「現世での繋がり」を、断たれて、いるざんすね。……はて。あぁ、ここは染め屋(そめや)の近くざんすか。ぬしさん、対価を支払ったのでありんすかえ? 依頼主:現世との……?はは……そういうことか、あの詐欺師……。 依頼主:つまり俺はもう、一生ここから帰れないってことですか……? 紅葉:(被せるように)「との」繋がりではなく、「での」……ああ、いや。自分の置かれた状況は、何となくは分かるようでおりんすね?……そんなら……。 紅葉:(小声で)暫く「借り」ても、良うござんすよね……。  :(紅葉、俯く依頼主の顎をクッと持ち上げる)  :  紅葉:ふむ、面構えも良うす。ぬし、わちきと契約しなんし。 紅葉:わちきと契約すりゃ、暫くはこの世界で生きられるざんしょ。ぬしのような青臭い小童(こわっぱ)、人間のままじゃすぐにどこかの下卑蔵(げびぞう)の餌になるでありんすよ? 依頼主:こわ……っ?!俺は!これでももう十八だ! 紅葉:んふふ、そりゃ失礼を。  :(一徹、汗だくで夢から醒める)  :  一徹:……ハッ!な、んだ……夢、か。 一徹:……チッ、なんでまた、あいつと出会った頃の夢なんか……。 一徹:(笑いながら)俺としたことが、とんだ弱気で呆れちまう。これは、人間だった頃の名残か……。 一徹:(起き上がりながら)……過去を振り返ってなどいられるか。俺ァもう、後には引けねえ。  :(間)  :  一徹:……殺して殺して殺して。俺の手はもう、真っ赤に染まった紅葉色だ……。  :   :   :   :(場面転換。再び過去の回想へ。数か月前の一徹が、怪しい人物と対峙している)  :  一徹:「コレ」をいただくって……一体何を……。 ???:おや、見えませんか? 一徹:……からかってやがるのか?(剣に手を遣る) ???:おぉ、怖い。あの時の可愛かった人間は、一体どこに行ってしまったのか……。 ???:からかっている訳ではないのですよ。貴方には見えないかもしれませんが、「コレ」は……そうですね。貴方と彼女の「関係性」とでも言いましょうか。対価としていただく暁にはつまり、「貴方と彼女の間には何の繋がりも無くなる」ということです。 一徹:は?繋がり、が……? 一徹:(心の声)つまり、思い出、記憶、今までの全てを、対価にしろ、と……?  :(間)  :  ???:対価はまた後ほど取り立てに伺います。 ???:貴方の努力にもよりますが……まあ、精々倍くらいには彼女の寿命を引き延ばせるでしょう。……いかがです?悪くないご提案かと。 一徹:ほんっと……てめえはイカレた良い趣味をしてやがる。 一徹:良いぜ、くれてやる。もう一度てめえの狂気、買ってやんよ、染め師! 染め師:クフフ……まいど。  :   :   :   :(場面転換。再び数か月前の過去の回想へ)  :  硝子屋:(N)夢を、見ていた。かつて彼女と出会ったあの日のことを。まだ彼女が、世界を、色を、その目で見ていた時のことを。  :   :  硝子屋:さあさあ、そこの僧衣(ろおぶ)の乙女!言霊硝子はいかがかな? 調香家:ことだま、がらす……? 硝子屋:その通り!十人十色の硝子瓶、貴女の形は如何様(いかよう)か!栓を開ければこの通り、貴女の言葉が溢れ出……る……? :◆硝子屋が硝子瓶を開けた瞬間、調香家の心の声が周りにブワッと響き渡った。  :  調香家:「(溢れ出るくらいから被せて)硝子瓶を並べた、あの荷車(にぐるま)に座る方と仲良くなりたい」  :  調香家:……!や、やだ!何これ……!  :   :  硝子屋:(N)彼女が焦って硝子瓶の蓋に手を伸ばすと、その僧衣(ろおぶ)の下の、見事な白髪(はくはつ)があらわになった。隠そうとする彼女の目と私の目がかち合い……その時初めて、私は彼女の目が、それはそれは美しい赤色をしていることを知った。 硝子屋:……それが、私と調香家との出会い。それから少しずつ少しずつ。本当に少しずつ仲良くなり……私たちは、やがて友達になった。  :   :  調香家:私の香りは、人を幸せにするもの。誰かを悲しませる香りは、調合しません。 硝子屋:そ、れは……んんん。何だかこちらの耳が痛い。 調香家:あら。硝子屋様がハッキリ真実を告げるのはつまり、相手を心底想い正したい、という気持ちからでは? 硝子屋:は、い……? 調香家:お優しいのですよ、硝子屋様は。……そもそも皆、私の姿を怖がって近づきもしません。稀(まれ)に近付いてくる方がいたとしても……それはこの、紅眼(あかめ)が欲しいからでしょう。 硝子屋:その「あるびの」?の目、ですか……?その透き通る白い髪も、紅玉(こうぎょく)の眼(まなこ)も……とても美しいと私は思いますよ。 調香家:不気味では? 硝子屋:まさか。その目を奪う輩(やから)が現れたなら、私のところに逃げておいでなさい。友の誓いに則(のっと)って、私が貴女をお護りしましょう。 調香家:ふふ。やはりお優しい。……だからこそ、やはり……。 硝子屋:ん? 調香家:……いえ!なんでもありません!  :   :  硝子屋:(N)……しかし、次に会った時、彼女の目はなくなっていた。可憐な花柄の布が一枚、なくなった二つの穴を隠していた。  :◆突如頭から酒を浴びせられ、硝子屋は夢から現実へと引き戻された。見上げると、そこには瓢箪(ひょうたん)を片手に笑う、酒呑童子の姿があった。  :  硝子屋:う、ゲホッ、ゴホッ……あぁ、どうも、酒呑童子、さま……。 硝子屋:これ、はこれは。このような高いお酒をご馳走になってしまって。……びしょ濡れだ。 酒呑童子:なに、遠慮は要らぬ。儂の瓢箪(ひょうたん)からは、酒が無限に湧くからのう。それよりも……、  :(童子、横たわる硝子屋の腹を蹴る)  :  硝子屋:うぐ……! 酒呑童子:酒呑童子の御前(ごぜん)であるぞ。いつまで横になっておる? 硝子屋:ははは……これは不敬(ふけい)、を……お詫び致し、ます……。  :(硝子屋、ゆっくりと立ち上がる)  :  酒呑童子:それで?この目玉が欲しいと? 硝子屋:その目は調香家のものです。 酒呑童子:今は儂のものよ。 硝子屋:とびきりの呪言(じゅげん)をご用意したはずです。それに、今後も童子様にお尽くしします。そうここに誓いますから。 酒呑童子:白癩(あるびの)の眼(まなこ)は万能の妙薬(みょうやく)。然(しか)るべき方法で煎じて飲めば、不老不死になることも出来る。……その価値に、お主と硝子瓶とが釣り合う天秤は、我が宝物殿にもありはせぬ。 硝子屋:なら!どうすれば、お返しいただけますか。 酒呑童子:そもそもこれは、あの娘(むすめ)が自ら差し出したものだと知っておるのか? 硝子屋:みず、から……? 酒呑童子:鬼に横道(おうどう)はない。あの娘(むすめ)は、お主のために儂にこの目を差し出したのだ。 酒呑童子:あぁ、しかしそんなことはもうどうでも良いのじゃ……この目はもう……、 硝子屋:どうじ、さ…… 酒呑童子:こノ目はモウ、わシのモノだ……! 硝子屋:!?う、うわあぁあああぁあ!!!!!  :   :   :   :   :(場面転換)  :  一徹:おらぁ!……ふはは……自身を染めるって聞いた時ァ驚いたが……やってみりゃ何てこたぁねえ。 一徹:身体が軽い。相手の動きが止まって見える。殺せ、殺せ殺せ殺せ……! 一徹:……お、っと。はは……流石に殺りすぎたか。地面がぬかるんで歩きにきぃな。 一徹:ハッ、見事に一面まあっかな絨毯(じゅうたん)だ……。  :(間)  :  一徹:赤色の狂気……そう、俺ァ今、全身紅葉色に染められている……! 一徹:……ふふ、あははははは!あぁ……気分がいい。もっと殺して、紅葉に力を……! 染め師:おやおや、随分派手に遊びましたねえ。 一徹:おお、染め師(そめし)か!おかげでこォんなに光が集マッた!見テくれ!これだケありャ、モミじも喜んでくレるに違えネエ! 染め師:ふむ……。狂気と理性との境が曖昧になってきておりますね。これでは希望する光を集め終わるのが先か、はたまた身が滅ぶのが先か。 染め師:うぅん、それにしてもいい狂気だ。このまま果てるのは勿体ない。……しかし、育った狂気を染め粉に戻すには、最低でも三つの狂気を掛け合わす必要がありますからねえ……。 染め師:紅葉、さん?でしたっけ。どうせなら彼女も染めておけば……いや、それでもまだ一つ足りない。 一徹:……もみジ。 一徹:(ハッとして)あァそうだ、紅葉にはバレないようにシないと……あいつには、あいつに、だけは……。 染め師:(一徹の話を聞かずに)あぁ、なんと口惜しい。何か方法があれば……。  :   :   :   :   :(場面転換。数か月前。調香家の目が無くなる前)  :  酒呑童子:儂に面会を求めたのはお主か、女。 調香家:はい、この町で恋愛調香家を営んでおります。 酒呑童子:ほう、お主が。噂は耳に入っている。この町にそういった明るい仕事が増えるのは良いことじゃ。……して、今日は何の用かの? 調香家:有名な蒐集家(これくたあ)である童子様には、この目の価値がお分かりになるかと。  :◆そう言って、調香家が着ていた僧衣(ろおぶ)を脱ぎ捨てると、輝くばかりの白髪(はくはつ)と、透き通る紅眼(あかめ)が現れた。  :  酒呑童子:……!話には聴いておったが、儂も実際に見るのは……。ふむ、白癩(あるびの)というのは、本当にそのような赤い瞳をしておるのじゃな……。 調香家:……私はこの目のせいで、友人にまで危害が及ぶのではと、気が気ではないのです。 調香家:その方は、私の容姿も気にせず、ありのままを受け入れてくださった。……なのに、私の容姿で、いつか傷付くことがあるやもしれないと……。 酒呑童子:籠絡(ろうらく)するにしろ強奪(ごうだつ)するにしろ、「友人」とやらは邪魔になるからの。そう遠くない未来、お主が危ぶんだ通りになるやもしれぬな。 調香家:友人は、私を護ると。……いえ、そんなことを言わずとも、その方はきっと、身の危険も省みず飛び出してしまう。そういうお優しい方なのです。 酒呑童子:なるほど。……して、儂に一体何をして欲しいと? 調香家:(息を吸って)この目を。  :(間)  :  調香家:この目をどうか、預かってください。  :   :   :   :   :(場面転換)  :◆足音が段々と近づいてきて、荒ら屋の引き戸が開く。  :  染め師:おや、また珍しい方が。いらっしゃい、和裁士さん。何かご用でも?それともこの私(わたし)めとお茶でもしに? 和裁士:……フン、てめえなんぞ、用がなけりゃ会いに来る訳ねーだろ。 染め師:いやはや、この不況に仕事があるのはありがたいことです。最近は危険性(りすく)を負わない、真面目な方が多いですからねえ。 和裁士:人の破滅を喜ぶ守銭奴(しゅせんど)め。……御託(ごたく)はいい、てめぇに「染めて」欲しい男がいる。 染め師:おやおや、お得意の「影縫い」をすれば良いのでは? 和裁士:……すっとぼけやがって。俺の影縫いは万能じゃない。てめぇみてえに、永遠に操れる訳じゃねえ。 染め師:そうでしたねえ。「操作」している間は、和裁士さんはその対象につきっきり。 染め師:その点狂気は良いですよ?一度染めたらそれっきり。対象は永遠一生(えいえんいっしょう)、未来永劫(みらいえいごう)、真っ当な道は歩めない。 和裁士:悔しいが、その能力は真に一流。敵にだけは回したくねえ奴だよ、てめぇは。 染め師:クッフフ。……さ、それでは聞きましょうか?今回の依頼対象には……、  :(間)  :  染め師:何色の「狂気」をご所望で?  :(和裁士が、覚悟を決めた表情でスゥッと息を吸う)  :  和裁士:白を。酒呑童子様を、白く染めてくれ。……染め戻してくれ、と言った方がいいか。 染め師:クフフ、これは面白い。……しかし、染め戻しは、染めた本人でなければ施工(せこう)不可能。私には、逆立ちしても無理ですねえ。 和裁士:てめえの仕事じゃ、ねえのか……? 染め師:おや、なんとまあ。私があんな雑な仕事をするとでも? 染め師:不本意ですねえ。……大方、半人前の染め師(そめし)が失敗でもしたのでしょう。私の見立てによると、今の酒呑童子様を染めているのは、「執着」と「敵意」の二つの狂気。 染め師:同じ染め師として腹立たしい限りですよ。一人前の狂気染め師ならば、混ぜ物などせず、綺麗に単色に染め上げますからね。 染め師:……クフフ、硝子屋さんには同情致します。厄介なお人から、厄介なものを取り返さなくてはならないのですからねえ。 和裁士:(舌打ち)……もうそこまで耳に入ってんのか。……今の童子様には、かつての優しさなど欠片(かけら)もない。攻撃的になられ、あの女の目に異常な固執をしておられる。 和裁士:それでも俺は、童子様には逆らえねえ……。 染め師:契約というものは、本当に厄介ですねえ。人間との契約は御名が呼べなくなるし、そうでなくても……制約だらけの危うい繋がりです。 和裁士:本来あの目は、あの女からの一時(いっとき)預かりもんだ。 染め師:染められた者に、道理など理解できませんよ。もはや童子様は、あの「目」を手放す気は無い。 和裁士:てめえにも、為(な)す術はねえってことか……。 染め師:……いえ?方法など如何様(いかよう)にも。 染め師:でも私もちょうど依頼が重なっておりまして。まとめて終わらせられたら楽なのですが。 染め師:(ハッと気付いて)……あぁ、そうか。そうだそうだ……一徹さんのと童子様の狂気……ひぃ、ふぅ、みぃ……おやおや、足りますねえ。 和裁士:(ため息)一体なんだ。 染め師:クフフ。この仕事、俄然(がぜん)やる気が出てきました。 染め師:硝子屋さんには申し訳ないですが、一徹さんもお呼びして、チャチャッとまとめて儲(もう)けさせていただきましょう。 染め師:ささ、あなたにも少しだけ手伝ってもらいますよ。……「影縫い」の出番です。  :   :   :   :   :(場面転換)  :  紅葉:近頃のぬしさんはどうも変ざんす。上掛けなんぞ、洗っても洗っても、濃ゆい血の匂いが取れんせん。 紅葉:「あんたは何も心配しなくていい」だなんて……凄く怖い顔をして……。……ぁ。  :◆その時、紅葉の周りを飛んでいた光の玉が一つ、パツリ、とはぜた。  :  紅葉:また一つ玉が消えた……。キリがありんせんね……。どんなに他人様の命の光を集めようと、もうこの身体が維持できんせん……ゴホッ、ん、(血を吐く)。 紅葉:……また、血が。赤い赤い、私の色……。  :   :   :   :   :(場面転換)  :  和裁士:さて。ちょっくらここにいてもらうぜ、調香家。 調香家:ん……ッ!くっ、影縫いとは卑怯ですよ、和裁士さん……! 和裁士:俺は影縫い和裁士。真っ当な道からは、ちぃと外れてるからな。 調香家:私はッ!今すぐあのお方の元に行かねばならぬのです! 和裁士:そう言われてもな。悪いが、染め師が足止めしとけって言うからよ。 調香家:お願いです。貴方も酒呑童子様がお狂いになっているのは承知しているのでしょう? 調香家:硝子屋様を、童子様のお屋敷に行かせてはいけないの!あのお方が死んでしまう……! 和裁士:硝子屋なら問題はねえよ。あいつの口の上手さは、あんたもよく分かっているだろう。 和裁士:……それよりも、あんたを危ないところに向かわせちゃ、俺があいつに殺されちまう。 調香家:……ッ!私は……ただ護られるだけは嫌なのです。それに、あの目は……。 和裁士:それを俺に言われてもな。 調香家:童子様のお屋敷から不穏な淀みが見えると、幸復堂さんが仰っていました。早くお屋敷に向かわないと……! 和裁士:(舌打ち)強情な女だな。……仕方ねえ。なら俺が行く。 調香家:え……? 和裁士:(ため息)お前を足留めしとけっつー命令だが、要は俺が離れても、お前が動かなきゃいいだけの話だろ。硝子屋が心配なら俺が連れ戻してくる。だからてめえは、幸復堂で茶でも飲んで待っとけ。 調香家:え、ちょ、待ってくださ……! 和裁士:良いか。ここを動くんじゃねえぞ!分かったな!……っと。  :◆和裁士が空中にある見えない糸らしきものを引くと、瞬間彼は幸復堂の屋根の上におり、また糸を引くとすぐに姿が見えなくなった。  :  調香家:……殿方の矜持、ですか。とは言え和裁士さん。私はそれで「そうですか」と、おとなしく待つ女ではないのですよ。 調香家:強情で結構!お転婆上等です! 調香家:(息をついて)盲目だと、皆様気も使うのかしら。私には香りで、皆様と同じように何だって見えるというのに……。 調香家:さ、急がなくては。  :   :   :   :   :  :(場面転換)  :  一徹:一体なンだ、いキナり呼び出したリして……。 一徹:俺ァ紅葉の目ヲ盗んでこっソリ来てンダ。用件は、はヤく終わらセテくれ。 染め師:えぇえぇ、あなたはここにいてくれるだけで構いませんよ。 染め師:それにしても。(鼻をつまみながら)……何という下劣な狂気。美しくありませんね。  :(和裁士が、長屋の屋根から見えない糸を使って降りてくる)  :  和裁士:……っと。依頼したんだ。まごまごしてんじゃねえよ。 染め師:おや。頼んだことを放棄とは、なんとまあ怠惰な。調香家さんを足止めしておけと頼んだでしょうに。 和裁士:あの女は今幸復堂にいる。問題ねえだろ。 染め師:なら、貴方の後ろにいらっしゃるのは他人の空似ですかね? 和裁士:あ?……なっ、お前……! 調香家:えっと……すみません……。 一徹:もみ、ジ……もみじ、紅葉紅葉紅葉紅葉……、 調香家:あの方は……?えっと……明らかに染められているのですが。 和裁士:てめえ……本当に見えてねえんだろうな? 調香家:目は、まったく。 和裁士:流石硝子屋の友人だけあって、食えねえ女だ。 紅葉:(走ってきて)あぁっ、ぬしさん、こんな所に……!探したでおりんすよ、ぬし、さ……ぬしさん? 染め師:おや。どうやらあなたが紅葉さんですね。 紅葉:……その風貌……染め師ざんすか。 染め師:おや。ご存知とは嬉しい。今の彼……一徹さんには、何も理解できちゃおりませんよ。 染め師:貴女が隠していることはもう全てバレております。貴女のために力を。光を。そして命を集めるために、一徹さんはこうして、自身を狂気に染めてしまった……おっと。 和裁士:(同時に)うお……っ! 調香家:(同時に)きゃああああ……!  :(皆の横を、巨大化した酒呑童子の左手が掠める) 調香家:あ、あれは……酒呑童子(しゅてんどうじ)、さま……?な、なんて大きい……! 和裁士:あれが童子(どうじ)様だと思うか?自身の大きささえ調整できなくなってやがる。今のあの方は……ただのバケモンだ。  :(間)  :  酒呑童子:やラぬやラヌやらヌ……!こレは儂のもノジゃ!誰にモくレテやるものカ……! 調香家:……ッ!酒呑童子様が握っていらっしゃるのは……!  :(酒呑童子の右手に掴まれた硝子屋は、それでも尚逃げ出そうともがき、呻き声を上げている)  :  染め師:えぇ、硝子屋さんですね。なんともまあ。 染め師:……あの方があれほどの窮地(きゅうち)に立たされるのも中々ないですし。もう少し見物でも致しますか? 調香家:(同時に)ふざけないでください! 和裁士:(同時に)染め師! 染め師:……はいはい。それでは一仕事しましょうか。ささ、少し離れてくださいね? 染め師:色抜きのお時間です。 染め師:(息を吐いて)……壱に陰り弐に淀む。参肆(さんし)に狂い伍に染める。 染め師:……三つの狂気が集いし時、陸つ目(むつめ)の業が筆に宿る。 染め師:敵意と執着に溺れし色を、美しい殺戮で、覆い包みましょう。……いざ。 染め師:狂気染め六の型……白妙抜染(はくみょうばっせん)。 和裁士:クッ。……あぁ……悔しいが、染め師の腕は、一流だ。 酒呑童子:(一徹・硝子屋と同時に)ぐわぁああああああ……ッ! 一徹:(酒呑童子・硝子屋と同時に)あぁあああああああ……ッ! 硝子屋:(酒呑童子・一徹と同時に)ぬあぁああああああ……ッ! 調香家:……ッ!童子様と一徹さんの口から、黒い……絵の具?が……、 染め師:クフフ。これは狂気の染料の元となるものです。 染め師:あぁ、ほら見てください。なんとまあ綺麗な狂気でしょう。  :◆染め師の持つ筆に、一徹と酒呑童子の口から漏れた黒い絵の具のようなものが吸収されていく。  :  調香家:筆に、吸収された……? 和裁士:てめえの手にかかれば、大事も些末事(さまつごと)だな。 和裁士:……終わったのか。 染め師:えぇ。材料さえ揃えば、あとは簡単ですから。 染め師:ほぉら、童子様だっていつも通り小さく……ああいえ。平常時でも結構なご体格ですが。  :(間)  :  調香家:硝子屋様! 硝子屋:……っく。これは、一体……。狂気染め師(きょうき・ぞめし)に助けられるとは……。 染め師:クフフ。もちろん、対価をいただきますよ。 染め師:命の対価ですから……その重み、分かっていらっしゃいますね? 染め師:童子様の分とまとめて……どさくさに紛れて握ってる「両目」。どちらもいただきますよ。 硝子屋:な……ッ!これは彼女の目です……!私が支払うべき対価なら、それは何か私の……! 調香家:構いません!それを対価に……! 硝子屋:……え? 染め師:頂戴致します。では……この目は紅葉さんに。 紅葉:へ?……わ、わちきに? 染め師:はい。これで、無茶をしない限りは。……また暫く、光に頼らず過ごせるでしょう。そぉれ。  :◆染め師が調香家の両目を掲げると、目は優しく光り、紅葉自身もその光に包まれた。  :  紅葉:あ……ッ!か、身体が、軽く……? 染め師:クッハハ!思った通り!万能の妙薬は本当に、不可能さえ可能にしますねえ。いやはや面白い! 染め師:もっと大きい金儲けもできたでしょうが……。使用方法と結果を確認しないと、クレームになりかねませんからねえ。クフフ。 一徹:(目を覚まして)……紅葉? 紅葉:ぬしさん……! 染め師:倍は生きられるように、という依頼でしたからね。貴方が正気を失っている間に、紅葉さんはほら、こぉんなに元気になりましたよ。 染め師:当初の予定とは違いますが、上等な染め粉も手に入りましたし、依頼主様も正気で、かつ満足してらっしゃる。いやあ、これにて依頼は完了ですかねえ! 和裁士:本当にてめえは……。いやまあ、童子様が元に戻りゃ俺はそれで……。 和裁士:……童子、様……?  :◆ふと見やると、童子様から黒い靄の様なものが出ており、微かに「目玉目玉」とうめき声が聴こえる。 和裁士:(気付いて)……ッ!お前ら!伏せろ! 酒呑童子:うォおおおおァああああ!  :◆その瞬間、狂気抜きが済んだはずの童子の爪が、一同に降りかかる。  :◆ザシュッ。避けそこねた一徹を押しのけた紅葉が、その餌食となる。  :  紅葉:ぬしさん!危ない……!あぁッ……! 一徹:……ッ!紅葉!?……なんで……おい……おい! 紅葉:だい、丈夫でおりんしたか、ぬしさん……? 一徹:……ッ、俺は平気だ。馬鹿野郎!なんで庇いやばかった! 紅葉:元は……わちきがぬしに力を与え、守る契約……でありんしょう……? 紅葉:ふふ。いつの間にか……ぬし一人でも十分戦えるようになって……守られることが、増えてしまいんしたが……。 一徹:契約って……!んなの、あんたが怪我したら何の意味も……! 染め師:……なんと。この私が失敗とは……これだから下劣な色は嫌いなのです。 和裁士:クソが。いくら平常時のお姿でも、童子様相手じゃ本気でいくしかねえぞ……。 和裁士:俺が次の折(おり)に童子様の影を縫う。てめえのやり残しには、てめえで最後まで責任を持てよ。 染め師:えぇえぇ、分かりましたよ。……それでは行きますよ! 染め師:……いち! 和裁士:にぃ! 染め師:さん! 和裁士:(同時に)ぐッ……! 染め師:(同時に)はぁッ……!  :◆和裁士が童子の影を縫い、身動きの出来ない童子から、染め師が強制的に残りの狂気を絞り出す。  :(瞬間、酒呑童子はその場にバタリ、と倒れた)  :  染め師:……はぁ、はぁ……。今度こそ完璧に……抜け、ました。 染め師:そもそもがかなり杜撰(ずさん)な色染めでしたからね。きちんと元通りの童子様に戻るまで、少し時間はかかるかもですが。 和裁士:あぁ、ほんに「完璧」だぜてめえは(舌打ち)。 和裁士:(ハッとして)そうだ!女は……ッ?  :(振り返ると、紅葉を抱き抱えた一徹が、ひたすら紅葉の名を呼びながら涙を流している。  :  一徹:紅葉……もみじもみじもみじぃ……! 紅葉:久方ぶりに、名前を呼んでくれた……ざん、すね……。契約を、結んだ時ァ……それ、はそれは……いこう、愛らしゅう坊ちゃんで……、 一徹:……ッ、名前なんか、いくらだって呼んでやる!あんたが側にいてくれたから、俺ァこうやって……! 紅葉:(被せて)なぁ、ぬしさん。わちきは……わちきはぬしを……。 紅葉:……ッ。あぁ……わちきには、ぬしの名前さえ呼べんせん……。 染め師:お邪魔しますよ。……全く、無茶をしない限りは、と言った直後にこのような。 紅葉:あぁ……あなた、なら。……おたのん申し、んす。この「関係」を、切ってくれんす……。 一徹:紅葉、何を……? 染め師:元よりそのつもりです。 染め師:……それでは対価、いただきますよ。 一徹:対価って……何も今じゃなくたって……!やめてくれ、今紅葉の記憶を失うなんて……! 染め師:取り立ては後ほど、と申しましたでしょう?……それに。 染め師:誰が記憶、と言いましたか? 染め師:やることは単純明快簡単です。お二人の関係……つまり、「契約」を頂きます。 染め師:紅葉さんと一徹さんの間のこの契約を、こう、手でスパンと。……一閃。 和裁士:……け、契約を手で切る?いや、今のでもう切った、ってのか……? 和裁士:てめぇはほんと、どんだけの力を隠し持ってんだ……? 染め師:こう見えて、そこそこ生きていますからねえ。……あぁ、上手に切れました。 紅葉:……一徹、さん……? 紅葉:あぁ……!やっと初めて名前が呼べる……!一徹さん、一徹さん……!てんとう、お慕いしておりんした……。 一徹:……は、なんで。やめてくれ紅葉。そんな、最後の時みたいな……! 紅葉:一徹さんは……?わちきのこと、を……、 一徹:想ってるさ、慕ってるさ……!決まってんだろ?……愛してる、愛してる、愛してる……!本気だ、俺はずっと……! 一徹:心中立(しんじゅだて)したろーが……! 紅葉:……ふふふ。よう、ござりんし、た………。  :◆紅葉は微笑みながら息絶え、その身体は、無情にも光となって消えていく。  :  一徹:ッ、紅葉ッ?……紅葉ーーーーーーッ!……ぁ、あぁあああああぁあああ……ッ! 染め師:(空気を読まずに)いやあ!今回は本当に良い仕事をしましたねえ! 調香家:これを見て、なんとまあ呑気な……! 染め師:(ため息)紅葉さんには、「紅葉」という名前があった。それはつまり、彼女は「元人間」だ、ということです。 染め師:ならば。黄泉の天寿を全うし、契約という束縛から解き放たれたのならばつまり!……輪廻の輪に戻り、 硝子屋:やがて生まれ変われる……? 染め師:対価は全て頂きました。心底想い合った者同士の契約は、それはそれは上等な歪みと澱み、依存と狂気を蓄えます。 染め師:今更お釣りはいらないでしょうね?クフフ。しばらく染め粉には困らなそうです。 染め師:まあつまり。私の意図するところではありませんが、今一徹さんの魂は……、 調香家:契約から解放されて、綺麗さっぱり、まっさらな状態……。つまり今の一徹さんは、ただの人間……? 硝子屋:ならば紅葉さんと同じく、いつか輪廻の輪にも戻れる、と……?。 調香家:一徹さん!紅葉さんと、また会えるかもしれませんよ……! 和裁士:あんたの頭は本当にめでてえな。幾ら互いに輪廻の輪に戻れても、同じ時代、同じ場所に生まれ変わるかは誰にも分からねえ。 和裁士:人間同士かも分からなければ、年齢が近いかも、今回と同じ性別になれるのかさえも……、 硝子屋:(遮るように)それでも、いつか。 和裁士:あぁ? 硝子屋:……それでも、いつかは。……希望を持ったって良いではありませんか。 硝子屋:だって、彼らはもう人間なのです。弱く儚く。そして……とても真っ直ぐで、愚かな生き物。 和裁士:……ハッ、違えねえ。 調香家:……ッ!一徹さん?!身体が!  :◆気付けば、なんと一徹の身体が消えかかっていた。  :  和裁士:……ッ!……契約が無くなり、人間に戻ったってこたぁ……そうか……! 和裁士:人間には過分な月日を、この世界で過ごしてきた訳だからな……。身体は限界。盲点だった。 染め師:まあ、良かったではないですか。これですぐ輪廻の輪に戻れるのですから! 調香家:あなたって人は……! 一徹:う、……カハッ、!  :◆硝子屋が、咄嗟に懐から空の硝子瓶を出し、一徹の方へ掲げる。  :  硝子屋:一徹とやら!想え、貴方の言霊を! 一徹:……えッ!? 硝子屋:早く……!  :◆瞬間、一徹の口から靄(もや)のようなものが溢れ、硝子屋の持つ瓶へと吸収されていく。  :  一徹:「絶対、紅葉を見つけ出す。性別が違っても!年齢が離れていても!例え同じ生き物でなくても……!幾度輪廻を繰り返しても、必ず……!何回だって見つけてやる……!」 一徹:うぐ……ッ、紅葉……!今、行くから……な……、 調香家:一徹さん……! 和裁士:消え、ちまった……。ッ、言霊は……ッ? 硝子屋:無事……引き出せ、ました。……あぁ、綺麗な赤だ……。 調香家:お二人は……すぐ会えるでしょうか……。 硝子屋:言葉は力を持っております。……大丈夫、言霊にしてしまえば、後は運命がお二人を誘いましょう。 硝子屋:あの方は……ほんに一途な一徹者ですからね。……それよりも……済みません。貴女の目が。 調香家:元より私には無用なものです。視覚が無い方が香りに集中できますから。 調香家:本当に、あなたってお人はお優しい。私なんぞのためにこんなにボロボロになって……。 硝子屋:私は……貴女に笑っていて欲しいだけなのです……。 調香家:私は、あなた様とは、護られるだけの関係よりも、対等な存在でいたいのですよ、硝子屋様。 調香家:だって。私たちはお友達でしょう? 硝子屋:……でしたら、様付けはどうなんです? 調香家:では……硝子屋さん? 硝子屋:はい。……調香家さん。  :(向き合う二人、照れ臭そうに微笑む)  :  染め師:(それを遮り)あの〜……ところでその硝子瓶……どうなさるおつもりです?お売りに? 硝子屋:おっと。……いえ。大事に取っておきますよ。流石にこれを売るだなんて出来ません。 硝子屋:……ふふ、私にも、「蒐集癖(しゅうしゅうへき)」というものが芽生えるかもしれませんね? 染め師:なぁんだ、お金の匂いがしましたのに。 和裁士:……色々と勘弁してくれ……。  :(硝子屋と調香家、今度こそ、声を出して楽しそうに笑い合う)  :   :   :   :   :(場面転換。数日後。幸復堂前)  :  硝子屋:ハイハイ皆様ご静聴! 硝子屋:大事に大事に閉じ込めて、硝子の瓶に閉じ込めて、貴方に一瓶選びましょう!お買い求めはご自由に! 硝子屋:どうぞ瓶の取り扱いにはご注意をあれ! 硝子屋:言葉は力を持っております故、割れて漏れだせば何が起こるか、売り手の私にも分かりませぬ。嗚呼、とかくこの世は生き辛い! 硝子屋:懇篤(こんとく)な紡ぎは人を惑わし、辛辣な嘆きは人を狂わせる。 硝子屋:それではお売り致しましょう!貴方にピッタリの硝子瓶!入る言葉はなんざんしょ? 硝子屋:さあさあ買(こ)うた、さあ買うた!  :(間)  :  硝子屋:それはお客様……貴方の生き様次第……なのですよ!  :◆硝子屋の荷台の硝子瓶の中で、紅葉色の言霊がキラリ、と光った。  :   :   :   :   :【台本終了】  :   :   :