台本概要

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タイトル デュエットB-SIDE
作者名 Oroるん  (@Oro90644720)
ジャンル その他
演者人数 3人用台本(男1、女2)
時間 30 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 ・軽微なアドリブ可

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
コウ 179 ストリートミュージシャン
カナコ 81 コウの元カノ
リョウ 93 女子大生
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

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コウ:こんばんわ!今日も一日、お疲れ様でーす。 コウ(M):駅前・・・いつもの時間、いつもの場所。俺はギターを携えて(たずさえて)、ここに立っている。 コウ:コウって言います、よろしく。お時間ある方、良かったら聞いていって下さいね。 コウ(M):チューニングをしながら、毎度変わり映えのしない挨拶。ここで演奏するようになってから、ずっと同じ事を言い続けている。 コウ:SNSのフォロー、よろしくお願いします。あと、サイトで楽曲のダウンロードもできます。 コウ(M):聴いてくれる人は、お世辞にも多いとは言えない。人気がある人なら、数百人集めたりするのに。 コウ(M):俺だって、昔は百人以上の客を集めていた。 コウ(M):どうしてこうなった? コウ:じゃあ、早速一曲目、聴いてください。 コウ(M):もう、何も感じない。いつもと同じ事を、淡々と繰り返すだけ。 コウ:ありがとうございました! コウ(M):まばらな拍手が虚しく響く。時々、ギターケースにお金を投げ入れてくれる人がいる。そんな人を見て、俺は何故だか鯉(こい)に餌をやっている人を連想してしまう。 コウ:それでは、ニ曲目、行っちゃいますか! コウ(M):昔は、MCでどんな事を話そうか、ものすごく考えてた。どうすれば、人に興味を持って貰えるか、好きになって貰えるか。 コウ(M):今は、正直適当。人生賭けてたつもりだったのに。 コウ(M):もう、楽しくない。 0:数日後、会社 0: コウ:良し、これでもう大丈夫だ。 カナコ:ありがとう!助かったー。パソコンが急にフリーズした時は、どうしようかと思った。 コウ(M):彼女はカナコ。村瀬カナコ。会社の同僚で、俺の元カノ。 コウ:データ消えてないと思うけど、一応確認しとけよ。 カナコ:オッケー!よし、これで資料作れるぞー コウ:今から?もうすぐ定時だけど? カナコ:大丈夫大丈夫!コウ君がパソコン直してくれたおかげで、今日は残業三時間くらいで済みそう。 コウ:三時間って・・・さすが、ミスターキャリアウーマン。 カナコ:何よ、その「ミスター」ってのは! コウ:いや、何となく。 カナコ:もう!・・・でもホント助かったよ。お礼に今度何か奢るね。 コウ:え?いや、これが俺の仕事だし。 カナコ:遠慮しなさんな。久しぶりに二人でご飯も行きたいし。 カナコ:ところで、話は変わるんだけどさ コウ:ん? カナコ:コウ君、正社員に誘われてるんだって? コウ:ああ、この前部長に言われた。ビックリしたよ。俺、高卒だしさ、ウチって正社員は基本大卒だろ? カナコ:それだけ評価されてるってことじゃん。契約社員としてウチに来てもう三年だっけ?給料は格段に良くなるし、昇進もある。良い話だよ! コウ:そう、だよな。 カナコ:迷ってるの? コウ:うん。当たり前だけど、正社員ってフルタイムだろ? カナコ:そうだよ?・・・そっか、今は週四だっけ? コウ:そうなんだよねー カナコ:それってやっぱり、音楽活動のため? コウ:まあ、一応な。 カナコ:そっか。プロ目指してるんだもんね。 コウ:(薄く笑う)いい歳して、何言ってるんだって感じだよな。 カナコ:そんな事思ってないよ。歌、超上手いじゃん。でもさ、別に正社員になっても音楽は続けられるんじゃない? コウ:(小声で)そんな簡単じゃねえよ・・・ カナコ:ん?何か言った? コウ:いや、何でも無いよ。 カナコ:そう?で、いつにする? コウ:何が? カナコ:ご飯!さっき言ったじゃん。 コウ:ああ、良いけど奢りは無しだよ。悪いし。 カナコ:分かったよ。今週の金曜はどう? コウ(M):金曜は、いつも俺が路上ライブをする日。・・・ま、覚えてないよな。 コウ:ああ・・・うん、分かった。 コウ(M):でも俺は、その誘いを受けた。病気や急用の時以外は、ライブを休んだ事ないのに。 カナコ:じゃあ、店とかまた連絡する。 コウ:オッケー。 コウ(M):彼女とは、入社してすぐの頃に付き合っていた。最初は順調だった。けど、段々とすれ違うようになって・・・ コウ(M):彼女は優秀で、どんどん新しい仕事を任されるようになったし、俺の方は、当時バンドを組んでいて、そちらが忙しかった。 コウ(M):正直言って、当時の俺は、彼女より音楽を優先していた。それは、彼女にも伝わっていたようで。二人の間の溝は、次第に広がっていき、結局別れてしまった。 コウ(M):少し後悔している。もっと、彼女との時間を大切にすれば良かった。今更言っても遅いけど。 コウ(M):結局、バンドは一年ほど前に解散してしまい、俺の音楽活動は上手く行かなくなった。音楽を優先して、俺に何が残った?今あるのは、将来に対する不安だけだ。 コウ(M):彼女も少し仕事が落ち着いてきて、話したり、時々ご飯に行ったりできるようになった。そうしていると、彼女に対する未練を、はっきりと自覚する俺がいる。 コウ(M):音楽の事には理解がなくても、それでも俺には、必要な人なんだと思う。 0:駅前 0: コウ:あれ、見ない顔だな? コウ(M):その日はライブは無かったけど、いつもの駅前に足を運んでみた。すると、いつもの場所で、見慣れない女の子が、ギターのチューニングに悪戦苦闘していた。 リョウ:んーと、えーと・・・これで良いのかな? コウ(M):なんか初心者っぽい。ここ、結構レベルの高い人が演奏してるんだけど。 リョウ:よ、よし、とりあえずやってみよう。 コウ(M):そう言って彼女は自己紹介も無く演奏を始めた。・・・やはり、と思ったが、上手く無い。正直言えば、よくここで演奏しようと思ったな、っていうレベル。歌はまだマシだけど、ギターが下手過ぎる。 コウ(M):当然、聞いてる人なんていない。・・・俺を除いて。 リョウ:ふぅっ! コウ(M):彼女は一曲演奏を終えると、ペットボトルの水をがぶ飲みした。 コウ(M):なんだかんだで、一曲聞いてしまっていた。単に物珍しかったからなのか、それとも、下手なりに一生懸命な姿に、何かを感じ取ったのか。 コウ(M):俺は、財布から五百円玉を取り出すと、ギターケースの中に投げ入れた。 リョウ:あ!ありがとうございます! コウ(M):一瞬驚いた顔をして、そのあと満面の笑みを浮かべた彼女に、俺は軽く会釈して立ち去った。 0:金曜日、居酒屋 0: カナコ:ゴメン!待った? コウ:おつかれー、全然大丈夫よ。 カナコ:ゴメンねー。田村君がさ、お客さんに納期変更の連絡するの忘れてたのよ!危うくクレームになる所だったんだよ!ほんと勘弁しろーって感じ。こんこんとお説教してやりましたよ。 コウ:パワハラおつでーす。 カナコ:言い方・・・彼には期待してるのよ。だから厳しくするの。 コウ:さすが村瀬主任!後輩の指導にも余念がありませんなぁ。 カナコ:・・・何か、馬鹿にされてる感じ。 コウ:(笑いながら)そんな事ないって。(店員に)すいませーん、生二つ。 0:(ビールが運ばれてくる) コウ:じゃ、おつかれ、かんぱーい! カナコ:うぃーお疲れい! カナコ:(ビールを飲む)かーー! コウ:オッサンみたいだな。 カナコ:うっさい。 0:コウの電話が鳴る。 コウ:あ、ゴメン、電話。 カナコ:良いよ、出て。 コウ:悪いな。(電話に出る)もしもし、中村です。・・・あ、お世話になってます。・・・はい、この前はありがとうございました!・・・ええ・・・あ、はい! コウ:・・・(テンション落として)はい・・・そうですか・・・いえいえ、わざわざご連絡ありがとうございます。またお願いします。・・・はい、失礼します。(電話を切る) カナコ:どしたの? コウ:ん?ああ、この前レコード会社のオーディション受けてさ、その結果の連絡だった。 カナコ:・・・ダメだった? コウ:うん。ワンチャンあると思ったんだけどなぁ!これで何回目だよ、オーディション落ちるの。 カナコ:残念だったね。 コウ:ま、しょうがないさね。 カナコ:でも昔、レコード会社と契約してたことあるんでしょ? コウ:ああ、バンド組んでたの時に一年だけね。でも結局デビューさせてもらえなかったしなあ。契約解除されたのが、バンド解散の一番の決め手かな。 カナコ:そっか。バンドのメンバーとは今でも連絡取ってるの? コウ:いいや、ぜーんぜん。音楽続けてるのも、俺だけだし。 カナコ:そうなんだね。・・・ああ、食べ物何も頼んでないじゃん。適当に選んで良い? コウ:うん、任せた。 0:(時間経過) カナコ:あのさ。 コウ:ん? カナコ:実はさ・・・昇進、決まった!四月から課長になる! コウ:え?すげーじゃん!おめでとう! カナコ:へへへー、やったぜ! コウ:じゃあ、もっかい乾杯しなきゃ!ほら、かんぱーい! カナコ:かんぱーい。 コウ:ほんとすげーな。女性の管理職って少ないだろ? カナコ:アタシで六人目だよー。いやー、頑張った甲斐がありました!でも、まだまだこんなもんじゃないから。アタシ、最終的には役員の座、狙ってるから! コウ:や、役員。もう俺の手の届かない人になってしまったのね。 カナコ:またからかって。 コウ:いや、ホントさ・・・カナコすげー頑張ってんのに、俺何やってんだろうって・・・ カナコ:ん? コウ:いつまでも叶わない夢追っ掛けて、フラフラしてさ、何かこう・・・パッとしないつーか。 カナコ:アタシ、そういう言い方あんまり好きじゃないなあ。 コウ:あ、悪い。 カナコ:別に良いけどさ。でも、それなら正社員の話、受ければ? コウ:え? カナコ:それなら収入も安定するしさ、生活基盤もしっかりしてくると思うんだよね。 コウ:・・・ カナコ:あ、勘違いしないでね。コウ君が夢追いかけるのは、全然悪い事じゃないよ。アタシも応援してる。でも、別の道を考えるのも、悪くないんじゃないかなって思うの。 コウ:別の、道・・・ カナコ:そう。夢諦めるのって、悪い事みたいに思うかもしれないけど、必ずしもそうじゃないんだよ。 カナコ:ほら、アタシ昔バレエやってたって、話したことあったじゃん。 コウ:うん。 カナコ:結構ガチでやっててさ、毎日すごい練習して、将来はプロのバレエダンサー目指してたんだ。 コウ:そうだったんだ? カナコ:うん。でもね、高校生くらいの時に諦めちゃったの。アタシには無理だって、思っちゃったんだ。 コウ:・・・ カナコ:その決断をした時ね、すごい罪悪感に襲われたの。今まで応援してくれてた人に申し訳ないとか、これまで長い時間かけて、血のにじむような努力してきたのに、全部無駄にしちゃうのかなって。 コウ:・・・ カナコ:でもね、何も無駄になんてならなかった!今のアタシがあるのは、あの頃頑張ってたおかげなんだって、そう思うようになったの。 カナコ:今回こうして昇進できたのだって、きっとそう。だからアタシ、あの頃頑張ってた自分に感謝してるんだ。 コウ:カナコ・・・ カナコ:だからきっと、コウ君も大丈夫だよ。音楽の事はよく分からないけど、ものすごく頑張ってたのは知ってるし。それはきっと、どんな道に進んでも、活かされると思う。 コウ:そう、だな。 カナコ:もちろん無理強いはしないよ?でも、ちゃんと考えて欲しいんだ。 コウ:・・・ありがとな、カナコ。俺、ちゃんと考えるよ。 カナコ:うん、よろしい!さて、小難しい話はここまでにして、今日は飲むぞー コウ:おう! コウ(M):この日は久しぶりに深酒した。久しぶりに、すごく楽しい時間だった。音楽の事を、少し忘れていた。 0:コウの家 0: コウ:(目覚める)ん・・・ カナコ:あ、おはよー コウ:ん?お、おはよう。 カナコ:相変わらず汚い部屋ね。後で掃除してあげるから、感謝しなさい。 コウ:あの、何で俺の家にいんの? カナコ:なんでって、昨日泊まったからに決まってるじゃん。 コウ:え?・・・あー・・・そっか。 カナコ:何?もしかして覚えてないとか? コウ:いや、流石にそれはない。 カナコ:だよねー。昨夜の事は忘れましたなんて言ったら、本気でグーパンするとこだったわ。 コウ:こわ。・・・ってかさ、気まずかったりしないわけ?俺ら、もう付き合ってないのに。 カナコ:別に?たまにはいいんじゃない、減るもんじゃないし。 コウ:いや、言い方。 カナコ:(からかうように)コウ君だって、たーっぷり楽しんだ、く・せ・に。 コウ:う、うぅ。 カナコ:(笑う)・・・何かさ、昔みたいだね。 コウ:え? カナコ:付き合ってた頃、思い出さない? コウ:そう、かな?(ごまかすように)あ、朝ご飯食べるだろ?俺、作るよ。 カナコ:(前のセリフ遮るように)コウ君さ コウ:・・・何? カナコ:今、付き合ってる人とか、いるの? コウ:・・・いないけど。 カナコ:じゃあさ、アタシと、やり直さない? コウ:・・・ カナコ:別にこうなったから言うんじゃ無いよ。少し前から考えてたの。 コウ:そっ、か。 カナコ:あの頃は、お互い忙しくて上手くいかなくなっちゃったけど、でもやっぱりアタシ、コウ君が良いなって思うんだ。コウ君がそばに居てくれたら、もっと頑張れるって思うんだ。 コウ:ありがと、そう言ってくれて。・・・ちょっと、考えても良いかな? カナコ:うん、返事待ってるよ。 コウ(M):一応、返事を保留したけど、俺の中で答えは決まっていると思った。 コウ(M):俺はきっと受ける。正社員の事も、付き合う事も。そして、恐らくは音楽を辞めてしまうだろう。 0:駅前 0: コウ(M):今日の路上ライブは、ずっと上の空だった。いつもの挨拶も忘れて、ただ歌っていた。 コウ(M):「夢を諦めても良い」カナコの言葉を思い出す。そして、音楽を辞めた自分を想像する。それほど抵抗は感じなかった。実際、それほど特別な事でも無いんだろう。叶わない夢を、いつまでも追い続ける方がおかしい。 コウ(M):というか、俺はもう随分前に諦めていたのかもしれない。だから、何も感じないのか・・・ コウ(M):やる気の無さが伝わるのか、今日はいつにも増して聞いてくれる人が少ない。もし、俺がライブを辞めても、きっと誰も気付きもしないのだろう、そう思った。 コウ(M):今日を最後のライブにしよう。SNSのアカウントも、誰にも言わず消してしまおう。そう思っていた。だけど・・・ 0:(ギターケースに五百円玉が投げ込まれる。) コウ(M):ギターケースにコインが投げ込まれた。顔を上げると、リクルートスーツを着た女の子が笑みを浮かべて立っていた。 リョウ:あのっ、こんばんわ! コウ:あ、どうも。 リョウ:この前は、ありがとうございました。 コウ:え?あの、どこかでお会いしましたっけ? リョウ:あの、この間ここで、私がライブやってた時に・・・ コウ(M):そこまで言われてようやく分かった。あの下手な演奏の女の子だ。 コウ:ああ、あの時の。 リョウ:あの日投げ銭もらえたの、コウさんだけだったんですよ!私、本当に嬉しくて。 コウ:そ、そうですか。っていうか、俺の名前、どうして?今日は自己紹介してないし、名前書いてるボードも忘れて来ちゃったのに。 リョウ:実は、コウさんのライブは何度か拝見させて頂いていたんです。SNSもフォローさせてもらってます。 リョウ:この前お会いした時は、テンパってて分かんなくて。後で気付いて、やっちまったーって後悔しました。 コウ:そうでしたか・・・ リョウ:あの、こんな事私ごときが言って良いのか分からないんですが・・・ コウ:? リョウ:何かあったんですか?今日の演奏、いつもと違う気がして。 コウ:ああ、いや別に・・・ リョウ:そうですか・・・すいません。変な事聞いちゃって。 コウ:いえいえ。じゃあ、俺の方からも質問良いですか? リョウ:私に、ですか?何でしょう? コウ:どうして路上ライブをしようと思ったんですか? リョウ:・・・うーん、その質問、正確にはこうじゃないですか?私程度のレベルで、どうして激戦区のここでライブをしようと思ったか? コウ:いや!そんな事は・・・ リョウ:(笑い)良いんですよ、自分の実力は自分が一番良く分かってます。 リョウ:理由はズバリ、コウさんの歌を聴いたからですっ! コウ:は? リョウ:私、今大学の四回生なんですけど、未だに就職決まってなくて・・・何十社と面接受けてるんですけど、一個も内定取れなくて。 コウ:ああ、それでリクルートスーツ。 リョウ:そうなんです、今日も面接の帰りで。何かもうお先真っ暗って感じで、落ち込んでたんです。 コウ:・・・ リョウ:そんな時に、ここでコウさんの歌を聞いたんです。 コウ:え? リョウ:私、すごく感動して、涙まで出てきちゃって。暗闇の中に光が差した様に感じて。音楽って良いなあって思ったんです。 コウ(M):その言葉を聞いた時、胸にズキンと痛みが走った。 リョウ:私、高校の時は軽音楽部だったんです。って言っても、ほとんど部活行ってなかったんで、演奏とか全然できないんですけど。 リョウ:でも、何だか闘志に火が付いたって感じで!数年ぶりにギター引っ張り出して、また練習始めたんです。 コウ(M):そういえば、彼女の指には絆創膏やらテーピングやらが数多く巻きつけられている。相当練習しているんだろう。 リョウ:何か、部活やってた時よりも練習はかどっちゃって。少し上達したんで、思い切ってコウさんがいつも演奏しているこの場所で、ライブをしようと思ったんです。 コウ:・・・どうして リョウ:え? コウ:何で、俺なんかの歌で、そこまで・・・ リョウ:何言ってるんですか!?コウさんの歌、めちゃくちゃ素敵です!私、ダウンロードした曲、毎日聴いてるんですから! コウ(M):目頭が熱くなった。涙が溢れそうになるのを何とか堪(こら)える。俺の歌を、そんな風に思ってくれてる人がいたなんて・・・ リョウ:?あの、大丈夫ですか?どうかされました? コウ(M):俺の顔を心配そうに覗き込む彼女に対して、俺はこんなことを口にしていた。 コウ:俺と、セッションしませんか? 0:数日後、会社にて 0: コウ:お疲れ様でーす。あ、すいません、今日この後用事がありまして。オンライン会議の設定は明日朝イチでやりますんで。すいません、お先です! コウ(M):久しぶりの定時ダッシュ。会社を飛び出し、駅へと急ぐ。今日からあの子、佐々木さんとの合同練習。佐々木さんはもうスタジオに着いただろうか? コウ(M):俺、すごくワクワクしてる。こんな感覚、いつ以来だろう。 0:貸しスタジオ コウ:佐々木さん!すいません、お待たせしました! リョウ:コウさん!ホントに来てくださったんですね! コウ:いや、俺から声掛けたんだし、そりゃ来ますって。送った楽譜と仮歌(かりうた)の音源ファイル、ちゃんと開けました? リョウ:はい!めちゃくちゃ良い曲ですね!あの、本当に私なんかとのデュエットで良いんですか? コウ:もちろんですよ!時間無いので、ビシバシ行きますからね! リョウ:はい、宜しくお願いします!・・・ところで、時間って? コウ:ん?お披露目ライブまでの時間ですけど? リョウ:え?ライブ?誰がですか? コウ:俺と佐々木さん以外に誰かいます? リョウ:いやいやいやいや、無理ですって!私がコウさんと同じステージに立つなんて。 コウ:せっかく練習するのに、披露しないんだったら一体どうするんですか? リョウ:・・・良い思い出にしようかなと コウ:うん、却下です。 リョウ:そんなあー コウ:俺がちゃんと教えますから、がんばりましょう。三週間後のライブに向けて。 リョウ:はい・・・って、ええ?さ、三週間!? コウ:こういうのは、ダラダラせずに、期日決めて集中的にやる方がいいんです。 リョウ:いやでも、いくら何でも短すぎるんじゃ・・・ コウ:大丈夫!俺を信じてください。 リョウ:はあ・・・コウさんがそこまで言うなら。 コウ:じゃあ、早速練習始めましょうか!宜しくお願いしますね、佐々木さん。 リョウ:あのっ。 コウ:? リョウ:私にはタメ口でいいですよ。私の方が年下だし、これから教えてもらう立場ですから。 リョウ:それから、苗字じゃなくて名前で呼んでもらえませんか?苗字だと、ちょっと他人行儀かなって思うので。 コウ:ああ、そう・・・だね。わかった。 リョウ:はい! コウ:・・・ リョウ:? コウ:・・・下の名前なんだっけ? リョウ:そこですかっ? コウ(M):俺と彼女、佐々木リョウは、ほぼ毎日、練習を重ねた。 コウ:うん、だいぶリズムを意識して弾けるようになってきたね。リズムは音楽の基本だから、マスターしたら歌の方も上手くなるよ。 リョウ:そうなんですか?私頑張ります! コウ:うん、毎日リズムトレーニングしてね。 リョウ:う、毎日・・・が、頑張ります。 コウ(M):最初は拙かった(つたなかった)彼女の演奏も、日を追う毎に明らかに上達していた。 リョウ:・・・どうでしょうか? コウ:ボイトレの成果出てるね。発声はかなり良くなったから、今度は歌い回しも意識する様にしてみようか。 リョウ:うう、やる事いっぱいだー コウ(M):カナコへの返事は、ライブの次の日にしようと決めた。そう、俺たち二人の初ライブで、俺の最後のライブ。それが終わったら、俺は前に進む、そう決めていた。 0: 0:ライブ一週間前 0: コウ:(少し強い口調で)だから違うって!そこ、前も言ったじゃん! リョウ:すいません! コウ:(ため息)ゴメン、ちょっと熱くなっちった。 リョウ:いえ、いつまでもできない私が悪いんです。 コウ:そんな事無いって。リョウちゃん、最初の頃とは比べ物にならないくらい上手くなってるよ。自主練もかなりしてくれてるんでしょ? リョウ:はい、できる限りは。 コウ:就活も忙しいのに、ゴメンね。俺が誘っちゃったから。 リョウ:謝らないでください!私、コウ君に誘われて、嬉しかったんですから! コウ:そうか、ありがと。 リョウ:あのコウ君、聞いても良いですか? コウ:ん? リョウ:路上ライブ、辞めちゃうんですか? コウ:・・・ リョウ:SNS見ました。次が最後のライブって。 コウ:ゴメン、言って無かったね。そうなんだ。俺、引退する。 リョウ:そんな、どうして? コウ:色々と思う所があってね。それにもう、思い残す事は無いんだよね。俺は十分やり切った。 リョウ:だったら尚更、私なんかと一緒じゃ無い方が良いですって。 コウ:俺がそうしたいんだ。リョウちゃんと一緒に、最後のライブがしたいんだ。・・・ダメかな? リョウ:・・・いいえ コウ:ありがとう。それから、ゴメンね。 コウ(M):そしてライブの日を迎える。 0:ライブ当日、駅前 0: コウ:リョウちゃん、大丈夫? リョウ:うぅー、やっぱり緊張します。 コウ:大丈夫だから、リラックスして。とか言って、俺も今日はちょっと緊張してる。やっぱり、最後だからかな? リョウ:本当に良いんですか?最後のライブが、私とのデュエット一曲だけなんて。 コウ:良いんだよ、これで。 リョウ:・・・ コウ:では、始めますか! コウ(M):俺たちはマイクの前に立つ。駅前・・・いつもの時間、いつもの場所。でも今日は、いつもとは違う。 コウ:こんばんわ、お疲れ様です!今日は、SNSでも予告してた通り、俺の最後のライブです! コウ(M):いつもとは違う挨拶。少しだけ、声が震えた。 コウ:今日は素敵なゲストと一緒です。リョウちゃんでーす。 リョウ:(緊張している感じで)こ、こんばんわ! コウ:(笑い)いや緊張し過ぎでしょ!大丈夫?途中で気絶したりしないよね? リョウ:ど、どうでしょう? コウ:(笑いながら)これから本番なのに、そういうこと言わないでよ。よし、一回落ち着いて、深呼吸しよう。はい吸ってー リョウ:(息を吸う) コウ:吐いてー リョウ:(息を吐く) コウ:吸ってー リョウ:(息を吸う) コウ:吐いてー リョウ:(息を吐く) コウ:落ち着いた? リョウ:はい、何とか。 コウ:よし、頑張ろうね! リョウ:はい! コウ:今から歌うのは、今日の為に作った曲です。本当は、もっと前にライブは辞めようと思ってたんです。 コウ:でも、このリョウちゃんとの素敵な出会いがあって、もう少しだけ頑張ってみようと思って、それでこの曲が生まれました。 リョウ:コウ君・・・ コウ:今日聴いてくださっている皆さんにも、そんな素敵な出会いがあります様に。聴いてください。「コイン」 コウ(M):二人で目を見合わせ、演奏を始めた。何年も愛用してきたギターは、自分のイメージ通りのメロディを奏でてくれる。声は、いつもより調子が良い。良かった。 コウ(M):リョウちゃん、時々弾き間違えたり、声が裏返っちゃったりしてるけど、頑張ってる。今までで一番良い出来かも。 コウ(M):あれ?何かいつもよりお客さん多い?いつもは通り過ぎる人々が、今日は数多く足を止めてくれてる。もしかして、百人以上いる? コウ(M):曲の終盤に差し掛かる。もうすぐ終わる、俺の最後のライブ。もうすぐ終わる、俺の夢。もうすぐ終わる、俺の音楽。 コウ(M):最後のパート、二人のハモり。今までで最高のハーモニー。リョウちゃんの目に涙が光る。そして、最後の一音(いちおん)を弾き終えた。 コウ:ありがとうございました! リョウ:(少し涙声で)ありがとうございました! コウ(M):瞬間、大きな拍手に包まれる。終わった・・・楽しかった。 コウ:リョウちゃん。 リョウ:・・・ コウ:ありがとね。最高のライブになったよ。 リョウ:(小声で)辞めちゃダメですよ。 コウ:え? リョウ:(大声で)辞めちゃダメです!絶対にダメ! コウ:え?ちょっ リョウ:辞めるなんて言わないでっ! コウ:落ち着いてリョウちゃん。ほら、お客さんも見てるから! リョウ:あなたの歌は、もっとたくさんの人に聴いてもらわなくちゃいけないの! コウ:っ! リョウ:(涙声で)諦めちゃダメだよ。今日だって、これだけの人が聴いてくれたじゃない。あなたの歌には、それだけの魅力があるんだよ? コウ:そんなこと・・・ リョウ:お願いします、続けるって言ってください!お願いします! コウ:・・・ リョウ:コウ君! コウ:(涙声で)本当に・・・続けていいのかな?・・・諦めなくて、良いのかなあ? リョウ:もちろん!私、ずっと応援してますから! コウ:・・・ありがとう! コウ(M):百人の前で、良い歳した大人二人が、鼻水垂らして泣いている。そんな二人を包み込む百人の拍手は、しばらく駅前に響き渡っていた。 0:会社近くのカフェ 0: コウ:悪い、待った? カナコ:それなりに。 コウ:ゴメンゴメン。届いたパソコンのスペックがさ、注文してたやつと全然違ったんだよ!俺、ちゃんと発注してたのにさ、営業からすげー嫌味言われて、もう勘弁しろって感じ。 カナコ:大変だったみたいね。 コウ:ホント、悪かったな。 カナコ:それで、今日は返事聞かせてくれるんでしょ? コウ:ああ、うん。 カナコ:それで? コウ:・・・ゴメン! カナコ:(ため息)やっぱりか。 コウ:もしかして、予想ついてた? カナコ:うん、何となく。でもさ、何か最近コウ君元気になったみたいだし、それは良かったんじゃ無い?・・・その理由が、アタシじゃ無いのは残念だけどさ。 コウ:ゴメン。 カナコ:もう!何回も謝んないでよ! カナコ:そういえば、正社員の話はどうすんの? コウ:うん、断ろうと思ってる。っていうか・・・ カナコ:? コウ:会社辞めようかと思って。 カナコ:え?何で? コウ:俺さ、もっと音楽に専念しようと思って。路上だけじゃなくて、ライブハウスとか、配信とか積極的にやっていこうかなって。 コウ:それに、知り合いが音楽教室のインストラクターの仕事紹介してくれたんだ。俺、演奏するだけじゃなくて、人に音楽を教えるのも好きかもしれないって、最近気付いてさ。 コウ:もし、歌手になれなくても、そういう道もあるんじゃないかって思って。 カナコ:そっか。寂しくなるね。 コウ:俺も。でも、これが俺の決めた道だから。 カナコ:・・・頑張ってね。ずっと応援してるよ! コウ:ありがと! 0:駅前 0: コウ(M):駅前・・・いつもの時間、いつもの場所。俺はギターを携えて、ここに立っている。 コウ:こんばんわ!今日も一日、お疲れ様でーす。コウって言います。よろしく。 コウ(M):いつもの挨拶をして、演奏を始める。今日のお客さんは、三十人くらいかな? コウ:ありがとうございました! コウ(M):ギターケースにコインが投げ込まれる。顔を上げると、一人の元女子大生が立っていた。 コウ:リョウちゃん? リョウ:こんばんわ、ご無沙汰してます! コウ:あれ?確か就職決まって、引っ越したんじゃなかったっけ? リョウ:そうですよー。片道二時間かかりました! コウ:え!?そんな時間かけて、わざわざ来てくれたの? リョウ:当然じゃないですか!色々バタバタしてましたけど、ようやく落ち着いたんで、ライブもレッスンも定期的に通いますよ! コウ:ん?レッスン? リョウ:コウさんのレッスン、予約させてもらいました。音楽教室のやつ。 コウ:ええっ?教室もこの近くだから、やっぱり二時間かかっちゃうよ? リョウ:だって、コウ君に指導してもらってから、私歌すっごく上手くなったんですよ!もしかしたら、私もプロ目指せるんじゃ?なんちゃって。 コウ:・・・百年早い。 リョウ:ひどーい! コウ:(笑い)ま、折角来たんだし、一曲歌って行って下さいな。 リョウ:え?いやいや、最近忙しくて練習できてないし、それに家遠いからそろそろ帰らないと終電が・・・ コウ:ん?終電無くなったら、俺の家泊まれば良いじゃん? リョウ:へっ?ええっ?ええーーーーーーーっ? コウ:(笑いながら)冗談だよ。 リョウ:なっ!もう、からかって! コウ:ゴメンゴメン。 リョウ:(小声で少し残念そうに)何だ、冗談か。 コウ:ん?何か言った? リョウ:な、何でもないですー コウ:そっか(小声で)だって、まだ早いだろ? リョウ:?何か言いました? コウ:(さっきのリョウを真似するように)な、何でもないですー リョウ:(怒った感じで)むーーーー コウ:ほーら、歌うよ? リョウ:もう、分かりましたよう。 コウ(M):こうして始まる、俺たちの「音楽」が。 0: 0:完

コウ:こんばんわ!今日も一日、お疲れ様でーす。 コウ(M):駅前・・・いつもの時間、いつもの場所。俺はギターを携えて(たずさえて)、ここに立っている。 コウ:コウって言います、よろしく。お時間ある方、良かったら聞いていって下さいね。 コウ(M):チューニングをしながら、毎度変わり映えのしない挨拶。ここで演奏するようになってから、ずっと同じ事を言い続けている。 コウ:SNSのフォロー、よろしくお願いします。あと、サイトで楽曲のダウンロードもできます。 コウ(M):聴いてくれる人は、お世辞にも多いとは言えない。人気がある人なら、数百人集めたりするのに。 コウ(M):俺だって、昔は百人以上の客を集めていた。 コウ(M):どうしてこうなった? コウ:じゃあ、早速一曲目、聴いてください。 コウ(M):もう、何も感じない。いつもと同じ事を、淡々と繰り返すだけ。 コウ:ありがとうございました! コウ(M):まばらな拍手が虚しく響く。時々、ギターケースにお金を投げ入れてくれる人がいる。そんな人を見て、俺は何故だか鯉(こい)に餌をやっている人を連想してしまう。 コウ:それでは、ニ曲目、行っちゃいますか! コウ(M):昔は、MCでどんな事を話そうか、ものすごく考えてた。どうすれば、人に興味を持って貰えるか、好きになって貰えるか。 コウ(M):今は、正直適当。人生賭けてたつもりだったのに。 コウ(M):もう、楽しくない。 0:数日後、会社 0: コウ:良し、これでもう大丈夫だ。 カナコ:ありがとう!助かったー。パソコンが急にフリーズした時は、どうしようかと思った。 コウ(M):彼女はカナコ。村瀬カナコ。会社の同僚で、俺の元カノ。 コウ:データ消えてないと思うけど、一応確認しとけよ。 カナコ:オッケー!よし、これで資料作れるぞー コウ:今から?もうすぐ定時だけど? カナコ:大丈夫大丈夫!コウ君がパソコン直してくれたおかげで、今日は残業三時間くらいで済みそう。 コウ:三時間って・・・さすが、ミスターキャリアウーマン。 カナコ:何よ、その「ミスター」ってのは! コウ:いや、何となく。 カナコ:もう!・・・でもホント助かったよ。お礼に今度何か奢るね。 コウ:え?いや、これが俺の仕事だし。 カナコ:遠慮しなさんな。久しぶりに二人でご飯も行きたいし。 カナコ:ところで、話は変わるんだけどさ コウ:ん? カナコ:コウ君、正社員に誘われてるんだって? コウ:ああ、この前部長に言われた。ビックリしたよ。俺、高卒だしさ、ウチって正社員は基本大卒だろ? カナコ:それだけ評価されてるってことじゃん。契約社員としてウチに来てもう三年だっけ?給料は格段に良くなるし、昇進もある。良い話だよ! コウ:そう、だよな。 カナコ:迷ってるの? コウ:うん。当たり前だけど、正社員ってフルタイムだろ? カナコ:そうだよ?・・・そっか、今は週四だっけ? コウ:そうなんだよねー カナコ:それってやっぱり、音楽活動のため? コウ:まあ、一応な。 カナコ:そっか。プロ目指してるんだもんね。 コウ:(薄く笑う)いい歳して、何言ってるんだって感じだよな。 カナコ:そんな事思ってないよ。歌、超上手いじゃん。でもさ、別に正社員になっても音楽は続けられるんじゃない? コウ:(小声で)そんな簡単じゃねえよ・・・ カナコ:ん?何か言った? コウ:いや、何でも無いよ。 カナコ:そう?で、いつにする? コウ:何が? カナコ:ご飯!さっき言ったじゃん。 コウ:ああ、良いけど奢りは無しだよ。悪いし。 カナコ:分かったよ。今週の金曜はどう? コウ(M):金曜は、いつも俺が路上ライブをする日。・・・ま、覚えてないよな。 コウ:ああ・・・うん、分かった。 コウ(M):でも俺は、その誘いを受けた。病気や急用の時以外は、ライブを休んだ事ないのに。 カナコ:じゃあ、店とかまた連絡する。 コウ:オッケー。 コウ(M):彼女とは、入社してすぐの頃に付き合っていた。最初は順調だった。けど、段々とすれ違うようになって・・・ コウ(M):彼女は優秀で、どんどん新しい仕事を任されるようになったし、俺の方は、当時バンドを組んでいて、そちらが忙しかった。 コウ(M):正直言って、当時の俺は、彼女より音楽を優先していた。それは、彼女にも伝わっていたようで。二人の間の溝は、次第に広がっていき、結局別れてしまった。 コウ(M):少し後悔している。もっと、彼女との時間を大切にすれば良かった。今更言っても遅いけど。 コウ(M):結局、バンドは一年ほど前に解散してしまい、俺の音楽活動は上手く行かなくなった。音楽を優先して、俺に何が残った?今あるのは、将来に対する不安だけだ。 コウ(M):彼女も少し仕事が落ち着いてきて、話したり、時々ご飯に行ったりできるようになった。そうしていると、彼女に対する未練を、はっきりと自覚する俺がいる。 コウ(M):音楽の事には理解がなくても、それでも俺には、必要な人なんだと思う。 0:駅前 0: コウ:あれ、見ない顔だな? コウ(M):その日はライブは無かったけど、いつもの駅前に足を運んでみた。すると、いつもの場所で、見慣れない女の子が、ギターのチューニングに悪戦苦闘していた。 リョウ:んーと、えーと・・・これで良いのかな? コウ(M):なんか初心者っぽい。ここ、結構レベルの高い人が演奏してるんだけど。 リョウ:よ、よし、とりあえずやってみよう。 コウ(M):そう言って彼女は自己紹介も無く演奏を始めた。・・・やはり、と思ったが、上手く無い。正直言えば、よくここで演奏しようと思ったな、っていうレベル。歌はまだマシだけど、ギターが下手過ぎる。 コウ(M):当然、聞いてる人なんていない。・・・俺を除いて。 リョウ:ふぅっ! コウ(M):彼女は一曲演奏を終えると、ペットボトルの水をがぶ飲みした。 コウ(M):なんだかんだで、一曲聞いてしまっていた。単に物珍しかったからなのか、それとも、下手なりに一生懸命な姿に、何かを感じ取ったのか。 コウ(M):俺は、財布から五百円玉を取り出すと、ギターケースの中に投げ入れた。 リョウ:あ!ありがとうございます! コウ(M):一瞬驚いた顔をして、そのあと満面の笑みを浮かべた彼女に、俺は軽く会釈して立ち去った。 0:金曜日、居酒屋 0: カナコ:ゴメン!待った? コウ:おつかれー、全然大丈夫よ。 カナコ:ゴメンねー。田村君がさ、お客さんに納期変更の連絡するの忘れてたのよ!危うくクレームになる所だったんだよ!ほんと勘弁しろーって感じ。こんこんとお説教してやりましたよ。 コウ:パワハラおつでーす。 カナコ:言い方・・・彼には期待してるのよ。だから厳しくするの。 コウ:さすが村瀬主任!後輩の指導にも余念がありませんなぁ。 カナコ:・・・何か、馬鹿にされてる感じ。 コウ:(笑いながら)そんな事ないって。(店員に)すいませーん、生二つ。 0:(ビールが運ばれてくる) コウ:じゃ、おつかれ、かんぱーい! カナコ:うぃーお疲れい! カナコ:(ビールを飲む)かーー! コウ:オッサンみたいだな。 カナコ:うっさい。 0:コウの電話が鳴る。 コウ:あ、ゴメン、電話。 カナコ:良いよ、出て。 コウ:悪いな。(電話に出る)もしもし、中村です。・・・あ、お世話になってます。・・・はい、この前はありがとうございました!・・・ええ・・・あ、はい! コウ:・・・(テンション落として)はい・・・そうですか・・・いえいえ、わざわざご連絡ありがとうございます。またお願いします。・・・はい、失礼します。(電話を切る) カナコ:どしたの? コウ:ん?ああ、この前レコード会社のオーディション受けてさ、その結果の連絡だった。 カナコ:・・・ダメだった? コウ:うん。ワンチャンあると思ったんだけどなぁ!これで何回目だよ、オーディション落ちるの。 カナコ:残念だったね。 コウ:ま、しょうがないさね。 カナコ:でも昔、レコード会社と契約してたことあるんでしょ? コウ:ああ、バンド組んでたの時に一年だけね。でも結局デビューさせてもらえなかったしなあ。契約解除されたのが、バンド解散の一番の決め手かな。 カナコ:そっか。バンドのメンバーとは今でも連絡取ってるの? コウ:いいや、ぜーんぜん。音楽続けてるのも、俺だけだし。 カナコ:そうなんだね。・・・ああ、食べ物何も頼んでないじゃん。適当に選んで良い? コウ:うん、任せた。 0:(時間経過) カナコ:あのさ。 コウ:ん? カナコ:実はさ・・・昇進、決まった!四月から課長になる! コウ:え?すげーじゃん!おめでとう! カナコ:へへへー、やったぜ! コウ:じゃあ、もっかい乾杯しなきゃ!ほら、かんぱーい! カナコ:かんぱーい。 コウ:ほんとすげーな。女性の管理職って少ないだろ? カナコ:アタシで六人目だよー。いやー、頑張った甲斐がありました!でも、まだまだこんなもんじゃないから。アタシ、最終的には役員の座、狙ってるから! コウ:や、役員。もう俺の手の届かない人になってしまったのね。 カナコ:またからかって。 コウ:いや、ホントさ・・・カナコすげー頑張ってんのに、俺何やってんだろうって・・・ カナコ:ん? コウ:いつまでも叶わない夢追っ掛けて、フラフラしてさ、何かこう・・・パッとしないつーか。 カナコ:アタシ、そういう言い方あんまり好きじゃないなあ。 コウ:あ、悪い。 カナコ:別に良いけどさ。でも、それなら正社員の話、受ければ? コウ:え? カナコ:それなら収入も安定するしさ、生活基盤もしっかりしてくると思うんだよね。 コウ:・・・ カナコ:あ、勘違いしないでね。コウ君が夢追いかけるのは、全然悪い事じゃないよ。アタシも応援してる。でも、別の道を考えるのも、悪くないんじゃないかなって思うの。 コウ:別の、道・・・ カナコ:そう。夢諦めるのって、悪い事みたいに思うかもしれないけど、必ずしもそうじゃないんだよ。 カナコ:ほら、アタシ昔バレエやってたって、話したことあったじゃん。 コウ:うん。 カナコ:結構ガチでやっててさ、毎日すごい練習して、将来はプロのバレエダンサー目指してたんだ。 コウ:そうだったんだ? カナコ:うん。でもね、高校生くらいの時に諦めちゃったの。アタシには無理だって、思っちゃったんだ。 コウ:・・・ カナコ:その決断をした時ね、すごい罪悪感に襲われたの。今まで応援してくれてた人に申し訳ないとか、これまで長い時間かけて、血のにじむような努力してきたのに、全部無駄にしちゃうのかなって。 コウ:・・・ カナコ:でもね、何も無駄になんてならなかった!今のアタシがあるのは、あの頃頑張ってたおかげなんだって、そう思うようになったの。 カナコ:今回こうして昇進できたのだって、きっとそう。だからアタシ、あの頃頑張ってた自分に感謝してるんだ。 コウ:カナコ・・・ カナコ:だからきっと、コウ君も大丈夫だよ。音楽の事はよく分からないけど、ものすごく頑張ってたのは知ってるし。それはきっと、どんな道に進んでも、活かされると思う。 コウ:そう、だな。 カナコ:もちろん無理強いはしないよ?でも、ちゃんと考えて欲しいんだ。 コウ:・・・ありがとな、カナコ。俺、ちゃんと考えるよ。 カナコ:うん、よろしい!さて、小難しい話はここまでにして、今日は飲むぞー コウ:おう! コウ(M):この日は久しぶりに深酒した。久しぶりに、すごく楽しい時間だった。音楽の事を、少し忘れていた。 0:コウの家 0: コウ:(目覚める)ん・・・ カナコ:あ、おはよー コウ:ん?お、おはよう。 カナコ:相変わらず汚い部屋ね。後で掃除してあげるから、感謝しなさい。 コウ:あの、何で俺の家にいんの? カナコ:なんでって、昨日泊まったからに決まってるじゃん。 コウ:え?・・・あー・・・そっか。 カナコ:何?もしかして覚えてないとか? コウ:いや、流石にそれはない。 カナコ:だよねー。昨夜の事は忘れましたなんて言ったら、本気でグーパンするとこだったわ。 コウ:こわ。・・・ってかさ、気まずかったりしないわけ?俺ら、もう付き合ってないのに。 カナコ:別に?たまにはいいんじゃない、減るもんじゃないし。 コウ:いや、言い方。 カナコ:(からかうように)コウ君だって、たーっぷり楽しんだ、く・せ・に。 コウ:う、うぅ。 カナコ:(笑う)・・・何かさ、昔みたいだね。 コウ:え? カナコ:付き合ってた頃、思い出さない? コウ:そう、かな?(ごまかすように)あ、朝ご飯食べるだろ?俺、作るよ。 カナコ:(前のセリフ遮るように)コウ君さ コウ:・・・何? カナコ:今、付き合ってる人とか、いるの? コウ:・・・いないけど。 カナコ:じゃあさ、アタシと、やり直さない? コウ:・・・ カナコ:別にこうなったから言うんじゃ無いよ。少し前から考えてたの。 コウ:そっ、か。 カナコ:あの頃は、お互い忙しくて上手くいかなくなっちゃったけど、でもやっぱりアタシ、コウ君が良いなって思うんだ。コウ君がそばに居てくれたら、もっと頑張れるって思うんだ。 コウ:ありがと、そう言ってくれて。・・・ちょっと、考えても良いかな? カナコ:うん、返事待ってるよ。 コウ(M):一応、返事を保留したけど、俺の中で答えは決まっていると思った。 コウ(M):俺はきっと受ける。正社員の事も、付き合う事も。そして、恐らくは音楽を辞めてしまうだろう。 0:駅前 0: コウ(M):今日の路上ライブは、ずっと上の空だった。いつもの挨拶も忘れて、ただ歌っていた。 コウ(M):「夢を諦めても良い」カナコの言葉を思い出す。そして、音楽を辞めた自分を想像する。それほど抵抗は感じなかった。実際、それほど特別な事でも無いんだろう。叶わない夢を、いつまでも追い続ける方がおかしい。 コウ(M):というか、俺はもう随分前に諦めていたのかもしれない。だから、何も感じないのか・・・ コウ(M):やる気の無さが伝わるのか、今日はいつにも増して聞いてくれる人が少ない。もし、俺がライブを辞めても、きっと誰も気付きもしないのだろう、そう思った。 コウ(M):今日を最後のライブにしよう。SNSのアカウントも、誰にも言わず消してしまおう。そう思っていた。だけど・・・ 0:(ギターケースに五百円玉が投げ込まれる。) コウ(M):ギターケースにコインが投げ込まれた。顔を上げると、リクルートスーツを着た女の子が笑みを浮かべて立っていた。 リョウ:あのっ、こんばんわ! コウ:あ、どうも。 リョウ:この前は、ありがとうございました。 コウ:え?あの、どこかでお会いしましたっけ? リョウ:あの、この間ここで、私がライブやってた時に・・・ コウ(M):そこまで言われてようやく分かった。あの下手な演奏の女の子だ。 コウ:ああ、あの時の。 リョウ:あの日投げ銭もらえたの、コウさんだけだったんですよ!私、本当に嬉しくて。 コウ:そ、そうですか。っていうか、俺の名前、どうして?今日は自己紹介してないし、名前書いてるボードも忘れて来ちゃったのに。 リョウ:実は、コウさんのライブは何度か拝見させて頂いていたんです。SNSもフォローさせてもらってます。 リョウ:この前お会いした時は、テンパってて分かんなくて。後で気付いて、やっちまったーって後悔しました。 コウ:そうでしたか・・・ リョウ:あの、こんな事私ごときが言って良いのか分からないんですが・・・ コウ:? リョウ:何かあったんですか?今日の演奏、いつもと違う気がして。 コウ:ああ、いや別に・・・ リョウ:そうですか・・・すいません。変な事聞いちゃって。 コウ:いえいえ。じゃあ、俺の方からも質問良いですか? リョウ:私に、ですか?何でしょう? コウ:どうして路上ライブをしようと思ったんですか? リョウ:・・・うーん、その質問、正確にはこうじゃないですか?私程度のレベルで、どうして激戦区のここでライブをしようと思ったか? コウ:いや!そんな事は・・・ リョウ:(笑い)良いんですよ、自分の実力は自分が一番良く分かってます。 リョウ:理由はズバリ、コウさんの歌を聴いたからですっ! コウ:は? リョウ:私、今大学の四回生なんですけど、未だに就職決まってなくて・・・何十社と面接受けてるんですけど、一個も内定取れなくて。 コウ:ああ、それでリクルートスーツ。 リョウ:そうなんです、今日も面接の帰りで。何かもうお先真っ暗って感じで、落ち込んでたんです。 コウ:・・・ リョウ:そんな時に、ここでコウさんの歌を聞いたんです。 コウ:え? リョウ:私、すごく感動して、涙まで出てきちゃって。暗闇の中に光が差した様に感じて。音楽って良いなあって思ったんです。 コウ(M):その言葉を聞いた時、胸にズキンと痛みが走った。 リョウ:私、高校の時は軽音楽部だったんです。って言っても、ほとんど部活行ってなかったんで、演奏とか全然できないんですけど。 リョウ:でも、何だか闘志に火が付いたって感じで!数年ぶりにギター引っ張り出して、また練習始めたんです。 コウ(M):そういえば、彼女の指には絆創膏やらテーピングやらが数多く巻きつけられている。相当練習しているんだろう。 リョウ:何か、部活やってた時よりも練習はかどっちゃって。少し上達したんで、思い切ってコウさんがいつも演奏しているこの場所で、ライブをしようと思ったんです。 コウ:・・・どうして リョウ:え? コウ:何で、俺なんかの歌で、そこまで・・・ リョウ:何言ってるんですか!?コウさんの歌、めちゃくちゃ素敵です!私、ダウンロードした曲、毎日聴いてるんですから! コウ(M):目頭が熱くなった。涙が溢れそうになるのを何とか堪(こら)える。俺の歌を、そんな風に思ってくれてる人がいたなんて・・・ リョウ:?あの、大丈夫ですか?どうかされました? コウ(M):俺の顔を心配そうに覗き込む彼女に対して、俺はこんなことを口にしていた。 コウ:俺と、セッションしませんか? 0:数日後、会社にて 0: コウ:お疲れ様でーす。あ、すいません、今日この後用事がありまして。オンライン会議の設定は明日朝イチでやりますんで。すいません、お先です! コウ(M):久しぶりの定時ダッシュ。会社を飛び出し、駅へと急ぐ。今日からあの子、佐々木さんとの合同練習。佐々木さんはもうスタジオに着いただろうか? コウ(M):俺、すごくワクワクしてる。こんな感覚、いつ以来だろう。 0:貸しスタジオ コウ:佐々木さん!すいません、お待たせしました! リョウ:コウさん!ホントに来てくださったんですね! コウ:いや、俺から声掛けたんだし、そりゃ来ますって。送った楽譜と仮歌(かりうた)の音源ファイル、ちゃんと開けました? リョウ:はい!めちゃくちゃ良い曲ですね!あの、本当に私なんかとのデュエットで良いんですか? コウ:もちろんですよ!時間無いので、ビシバシ行きますからね! リョウ:はい、宜しくお願いします!・・・ところで、時間って? コウ:ん?お披露目ライブまでの時間ですけど? リョウ:え?ライブ?誰がですか? コウ:俺と佐々木さん以外に誰かいます? リョウ:いやいやいやいや、無理ですって!私がコウさんと同じステージに立つなんて。 コウ:せっかく練習するのに、披露しないんだったら一体どうするんですか? リョウ:・・・良い思い出にしようかなと コウ:うん、却下です。 リョウ:そんなあー コウ:俺がちゃんと教えますから、がんばりましょう。三週間後のライブに向けて。 リョウ:はい・・・って、ええ?さ、三週間!? コウ:こういうのは、ダラダラせずに、期日決めて集中的にやる方がいいんです。 リョウ:いやでも、いくら何でも短すぎるんじゃ・・・ コウ:大丈夫!俺を信じてください。 リョウ:はあ・・・コウさんがそこまで言うなら。 コウ:じゃあ、早速練習始めましょうか!宜しくお願いしますね、佐々木さん。 リョウ:あのっ。 コウ:? リョウ:私にはタメ口でいいですよ。私の方が年下だし、これから教えてもらう立場ですから。 リョウ:それから、苗字じゃなくて名前で呼んでもらえませんか?苗字だと、ちょっと他人行儀かなって思うので。 コウ:ああ、そう・・・だね。わかった。 リョウ:はい! コウ:・・・ リョウ:? コウ:・・・下の名前なんだっけ? リョウ:そこですかっ? コウ(M):俺と彼女、佐々木リョウは、ほぼ毎日、練習を重ねた。 コウ:うん、だいぶリズムを意識して弾けるようになってきたね。リズムは音楽の基本だから、マスターしたら歌の方も上手くなるよ。 リョウ:そうなんですか?私頑張ります! コウ:うん、毎日リズムトレーニングしてね。 リョウ:う、毎日・・・が、頑張ります。 コウ(M):最初は拙かった(つたなかった)彼女の演奏も、日を追う毎に明らかに上達していた。 リョウ:・・・どうでしょうか? コウ:ボイトレの成果出てるね。発声はかなり良くなったから、今度は歌い回しも意識する様にしてみようか。 リョウ:うう、やる事いっぱいだー コウ(M):カナコへの返事は、ライブの次の日にしようと決めた。そう、俺たち二人の初ライブで、俺の最後のライブ。それが終わったら、俺は前に進む、そう決めていた。 0: 0:ライブ一週間前 0: コウ:(少し強い口調で)だから違うって!そこ、前も言ったじゃん! リョウ:すいません! コウ:(ため息)ゴメン、ちょっと熱くなっちった。 リョウ:いえ、いつまでもできない私が悪いんです。 コウ:そんな事無いって。リョウちゃん、最初の頃とは比べ物にならないくらい上手くなってるよ。自主練もかなりしてくれてるんでしょ? リョウ:はい、できる限りは。 コウ:就活も忙しいのに、ゴメンね。俺が誘っちゃったから。 リョウ:謝らないでください!私、コウ君に誘われて、嬉しかったんですから! コウ:そうか、ありがと。 リョウ:あのコウ君、聞いても良いですか? コウ:ん? リョウ:路上ライブ、辞めちゃうんですか? コウ:・・・ リョウ:SNS見ました。次が最後のライブって。 コウ:ゴメン、言って無かったね。そうなんだ。俺、引退する。 リョウ:そんな、どうして? コウ:色々と思う所があってね。それにもう、思い残す事は無いんだよね。俺は十分やり切った。 リョウ:だったら尚更、私なんかと一緒じゃ無い方が良いですって。 コウ:俺がそうしたいんだ。リョウちゃんと一緒に、最後のライブがしたいんだ。・・・ダメかな? リョウ:・・・いいえ コウ:ありがとう。それから、ゴメンね。 コウ(M):そしてライブの日を迎える。 0:ライブ当日、駅前 0: コウ:リョウちゃん、大丈夫? リョウ:うぅー、やっぱり緊張します。 コウ:大丈夫だから、リラックスして。とか言って、俺も今日はちょっと緊張してる。やっぱり、最後だからかな? リョウ:本当に良いんですか?最後のライブが、私とのデュエット一曲だけなんて。 コウ:良いんだよ、これで。 リョウ:・・・ コウ:では、始めますか! コウ(M):俺たちはマイクの前に立つ。駅前・・・いつもの時間、いつもの場所。でも今日は、いつもとは違う。 コウ:こんばんわ、お疲れ様です!今日は、SNSでも予告してた通り、俺の最後のライブです! コウ(M):いつもとは違う挨拶。少しだけ、声が震えた。 コウ:今日は素敵なゲストと一緒です。リョウちゃんでーす。 リョウ:(緊張している感じで)こ、こんばんわ! コウ:(笑い)いや緊張し過ぎでしょ!大丈夫?途中で気絶したりしないよね? リョウ:ど、どうでしょう? コウ:(笑いながら)これから本番なのに、そういうこと言わないでよ。よし、一回落ち着いて、深呼吸しよう。はい吸ってー リョウ:(息を吸う) コウ:吐いてー リョウ:(息を吐く) コウ:吸ってー リョウ:(息を吸う) コウ:吐いてー リョウ:(息を吐く) コウ:落ち着いた? リョウ:はい、何とか。 コウ:よし、頑張ろうね! リョウ:はい! コウ:今から歌うのは、今日の為に作った曲です。本当は、もっと前にライブは辞めようと思ってたんです。 コウ:でも、このリョウちゃんとの素敵な出会いがあって、もう少しだけ頑張ってみようと思って、それでこの曲が生まれました。 リョウ:コウ君・・・ コウ:今日聴いてくださっている皆さんにも、そんな素敵な出会いがあります様に。聴いてください。「コイン」 コウ(M):二人で目を見合わせ、演奏を始めた。何年も愛用してきたギターは、自分のイメージ通りのメロディを奏でてくれる。声は、いつもより調子が良い。良かった。 コウ(M):リョウちゃん、時々弾き間違えたり、声が裏返っちゃったりしてるけど、頑張ってる。今までで一番良い出来かも。 コウ(M):あれ?何かいつもよりお客さん多い?いつもは通り過ぎる人々が、今日は数多く足を止めてくれてる。もしかして、百人以上いる? コウ(M):曲の終盤に差し掛かる。もうすぐ終わる、俺の最後のライブ。もうすぐ終わる、俺の夢。もうすぐ終わる、俺の音楽。 コウ(M):最後のパート、二人のハモり。今までで最高のハーモニー。リョウちゃんの目に涙が光る。そして、最後の一音(いちおん)を弾き終えた。 コウ:ありがとうございました! リョウ:(少し涙声で)ありがとうございました! コウ(M):瞬間、大きな拍手に包まれる。終わった・・・楽しかった。 コウ:リョウちゃん。 リョウ:・・・ コウ:ありがとね。最高のライブになったよ。 リョウ:(小声で)辞めちゃダメですよ。 コウ:え? リョウ:(大声で)辞めちゃダメです!絶対にダメ! コウ:え?ちょっ リョウ:辞めるなんて言わないでっ! コウ:落ち着いてリョウちゃん。ほら、お客さんも見てるから! リョウ:あなたの歌は、もっとたくさんの人に聴いてもらわなくちゃいけないの! コウ:っ! リョウ:(涙声で)諦めちゃダメだよ。今日だって、これだけの人が聴いてくれたじゃない。あなたの歌には、それだけの魅力があるんだよ? コウ:そんなこと・・・ リョウ:お願いします、続けるって言ってください!お願いします! コウ:・・・ リョウ:コウ君! コウ:(涙声で)本当に・・・続けていいのかな?・・・諦めなくて、良いのかなあ? リョウ:もちろん!私、ずっと応援してますから! コウ:・・・ありがとう! コウ(M):百人の前で、良い歳した大人二人が、鼻水垂らして泣いている。そんな二人を包み込む百人の拍手は、しばらく駅前に響き渡っていた。 0:会社近くのカフェ 0: コウ:悪い、待った? カナコ:それなりに。 コウ:ゴメンゴメン。届いたパソコンのスペックがさ、注文してたやつと全然違ったんだよ!俺、ちゃんと発注してたのにさ、営業からすげー嫌味言われて、もう勘弁しろって感じ。 カナコ:大変だったみたいね。 コウ:ホント、悪かったな。 カナコ:それで、今日は返事聞かせてくれるんでしょ? コウ:ああ、うん。 カナコ:それで? コウ:・・・ゴメン! カナコ:(ため息)やっぱりか。 コウ:もしかして、予想ついてた? カナコ:うん、何となく。でもさ、何か最近コウ君元気になったみたいだし、それは良かったんじゃ無い?・・・その理由が、アタシじゃ無いのは残念だけどさ。 コウ:ゴメン。 カナコ:もう!何回も謝んないでよ! カナコ:そういえば、正社員の話はどうすんの? コウ:うん、断ろうと思ってる。っていうか・・・ カナコ:? コウ:会社辞めようかと思って。 カナコ:え?何で? コウ:俺さ、もっと音楽に専念しようと思って。路上だけじゃなくて、ライブハウスとか、配信とか積極的にやっていこうかなって。 コウ:それに、知り合いが音楽教室のインストラクターの仕事紹介してくれたんだ。俺、演奏するだけじゃなくて、人に音楽を教えるのも好きかもしれないって、最近気付いてさ。 コウ:もし、歌手になれなくても、そういう道もあるんじゃないかって思って。 カナコ:そっか。寂しくなるね。 コウ:俺も。でも、これが俺の決めた道だから。 カナコ:・・・頑張ってね。ずっと応援してるよ! コウ:ありがと! 0:駅前 0: コウ(M):駅前・・・いつもの時間、いつもの場所。俺はギターを携えて、ここに立っている。 コウ:こんばんわ!今日も一日、お疲れ様でーす。コウって言います。よろしく。 コウ(M):いつもの挨拶をして、演奏を始める。今日のお客さんは、三十人くらいかな? コウ:ありがとうございました! コウ(M):ギターケースにコインが投げ込まれる。顔を上げると、一人の元女子大生が立っていた。 コウ:リョウちゃん? リョウ:こんばんわ、ご無沙汰してます! コウ:あれ?確か就職決まって、引っ越したんじゃなかったっけ? リョウ:そうですよー。片道二時間かかりました! コウ:え!?そんな時間かけて、わざわざ来てくれたの? リョウ:当然じゃないですか!色々バタバタしてましたけど、ようやく落ち着いたんで、ライブもレッスンも定期的に通いますよ! コウ:ん?レッスン? リョウ:コウさんのレッスン、予約させてもらいました。音楽教室のやつ。 コウ:ええっ?教室もこの近くだから、やっぱり二時間かかっちゃうよ? リョウ:だって、コウ君に指導してもらってから、私歌すっごく上手くなったんですよ!もしかしたら、私もプロ目指せるんじゃ?なんちゃって。 コウ:・・・百年早い。 リョウ:ひどーい! コウ:(笑い)ま、折角来たんだし、一曲歌って行って下さいな。 リョウ:え?いやいや、最近忙しくて練習できてないし、それに家遠いからそろそろ帰らないと終電が・・・ コウ:ん?終電無くなったら、俺の家泊まれば良いじゃん? リョウ:へっ?ええっ?ええーーーーーーーっ? コウ:(笑いながら)冗談だよ。 リョウ:なっ!もう、からかって! コウ:ゴメンゴメン。 リョウ:(小声で少し残念そうに)何だ、冗談か。 コウ:ん?何か言った? リョウ:な、何でもないですー コウ:そっか(小声で)だって、まだ早いだろ? リョウ:?何か言いました? コウ:(さっきのリョウを真似するように)な、何でもないですー リョウ:(怒った感じで)むーーーー コウ:ほーら、歌うよ? リョウ:もう、分かりましたよう。 コウ(M):こうして始まる、俺たちの「音楽」が。 0: 0:完