台本概要
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タイトル | 『夜の帳、朝の凪』 |
---|---|
作者名 | sazanka (@sazankasarasara) |
ジャンル | その他 |
演者人数 | 2人用台本(男1、女1) |
時間 | 20 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
嗜好品と風景。 6月初旬、東京への出張の折、とあるホテルに宿を取った男女の、短い夜と朝の会話。 ―2022年6月某日― 或いは、『凪と嵐のクロンダイク・ハイボール』【ボーナス・トラック2】 213 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
男 | 男 | 43 | 「戸張 剛次(とばり ごうじ)」、という名前。部下の男。 |
女 | 女 | 47 | 「安里 凪砂(あんり なぎさ)」、という名前。上司の女。 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
0:嗜好品と風景。
:
0:夜の静寂。ビジネスホテルの1室。
0:備え付けの液晶画面だけが光を放つ。
0:深夜の洋画放送。マルゴ・コリント監督作品。
:
0:【画面の奥の男女の会話】
男優:「……そうすると。
男優:僕が雨の中、今夜ここへ駆け付けた事も……、全ては無駄に終わった訳だな。」
女優:「あら、そんなこと、無いわよ。」
男優:「どうして。」
女優:「私に会えたわ。」
男優:「……、」
女優:「素敵よ。街も、人も、湖の魚たちさえ寝静まる真夜中に、こうして二人で、お茶を飲んでいるだなんて。」
男優:「……滅多に無い事だ。そして本当は、無い方が良い事。」
女優:「今夜の事を忘れないでね。」
男優:「ヒルダ、」
女優:「ロンドンへ帰っても、遠いアフリカの草を踏む時でも、ずっと。
女優:そうすれば私はあなたの思い出の中で、永遠に、生きていられる。」
男優:「日は昇る。ヒルダ、君には君の朝が、ちゃんとやって来る。」
女優:「その朝に、あなたは居ない。」
男優:「……、」
女優:「もう一杯、お茶を飲んだら……、
女優:帰ってね。あなたの街へ。」
:
0:【間】
:
男:……やたらに茶を飲む映画だったな、今のは。
女:そう? つまらない事を気にするのね。
0:液晶の光は既に消え、カーテンが不夜の灯を僅かに透かす、都市の青い闇。
0:ダブルベッドに一対の、男女の影。
女:原作者がマニアなのよ、確か。
女:どの作品にもよく出てくる。
男:あれだろ。イギリスだかの、代々作家の名跡(みょうせき)を引き継いでる……、
女:「テイカー・ヒギンズ」ね。今の『ウィンチカムの雨音』は3代目の作品だけど……。
女:どうだった?
男:何が。
女:感想よ。せっかく不覚にも、貴重な睡眠時間を注ぎ込んじゃったんだから。
男:そうさせる程度には、観させる映画だったんじゃァねェのか。
男:……俺はやっぱり、時代劇の方が良い。
女:いつもソレ。最後まで観る癖に。
男:でなきゃ、評価を下せねェからな。
男:……肝心なトコで黙りやがる、情けねェ男だった。
女:私は女の方が、癪に障るけれど。
男:へえ。意地らしい身の引きっぷりだったじゃねェか。
女:自分に酔ってるのよ。
女:……諦めが美徳だなんて。
女:欺瞞だわ。
男:誰から誰への?
女:遍(あまね)く人類への、よ。
女:……悔しさと向き合う度胸が無いのを、正当化してるだけ。
男:器の高(たか)は知れてるからな。
男:溢れちまえば、それまでだ。
女:嫌になるわね。
女:知った風な事しか言えないの?
男:間近で見て来たモンでね。
女:……、
男:へ、へ。はは……。
0:下卑た嘲笑。
女:……私にそんな口を利くのは。
女:あんたくらいのもんだわ。
男:珍しいもんは大事にしなけりゃ、な?
女:良い人間はみんな先に死んで。碌でもないのだけが残るんだから。
男:へ……。ウチの兄貴なんかは巧く、イチ抜けしやがったぜ。このままならねェ今生(こんじょう)からよ。
女:もう何年になる?
男:18年だ。
男:以来すっかり、ドン詰まりの下郎人生よ。
女:楽しそうよね……。その割には。
男:役得があるからな。それなりの。
女:…………。
0:闇が降りている。
0:映画のラストシーンさながら、視線が絡み。
女:……羨ましいこと。
0:暗中、影一つ。
:
0:【間】
:
【モノローグ】(男):人生に珈琲が足りない。
【モノローグ】(男):雨が降りそうで降らない胡乱(うろん)な朝は、いつも決まってそうだった。
女:あら……。起きてる。
男:半時間前から、な。
【モノローグ】(男):都会のホテルの冷房は効きすぎる。田舎モンの間抜けな背中には堪えるが……、この女だって同じだろうに。
男:寒かねェのか、よ。
女:包まって寝たもの。あんたは?
女:……あぁ、感じないか。このデカい図体じゃ。
男:違いないがね……、しかし、
【モノローグ】(男):背中にしなだれかかる女の、肌の感触にさえ、煩わしさを覚えるのは。差詰め……、
男:カフェインが足りねェな。シャキっとしねェ。
女:歳でしょ、朝弱いの。夜は強いもんね?
男:六つしか変わらんぜ。
女:だからよ。三十五でしょ、今年で。
男:は……。ウンザリするぜ。何より地元に帰りゃ、まだまだヒヨコで先が長ェって辺りがな。
女:上が詰まってるもの、ね。
0:女は男に体重を預け。
女:……ドコでも同じか。『キノ屋』のあのハゲ、もうそろそろ限界。
男:わかってもらいてェのさ。自分の苦労話を、よ。
女:クラブで札束ばら撒いて、馬鹿な商売女たちにでも聞いて貰えば良いのよ。商談先の重役捕まえて、何時間も……。
男:接待の華じゃねェか。
女:冗談じゃないわ、もう話はとっくに纏まってるのに。
女:後は相手方の社長なりプロデューサーなりと、存分に話せばいいじゃない。
女:東京くんだりまで足労してよ……、とんだ時間の浪費。
【モノローグ】(男):愚痴を垂れ流せる程度に憂さが晴れたんなら。寝酒に付き合って、挙げ句に映画一本観終えちまった甲斐もあるってもんだが。
女:ま、いいけど……。次まで顔を忘れといてやる。
【モノローグ】(男):この女はストレスを溜め込むと、震えるでも叫ぶでもなく、ブスブス煙を上げて、破裂するまで固まっちまう癖がある。
【モノローグ】(男):見てるのも面白ェが……、適当なトコで突っついて、ガスを抜くのが俺の仕事だ。
女:(気怠げに)
女:飲めば。珈琲。
男:ン?
女:足りないんでしょ、カフェイン。淹れてあげるわよ。
男:は……。恐れ入谷(いりや)の鬼子母神(きしもじん)、と来たモンだが。
男:……ねェんだな、コレが。
女:あら。部屋の珈琲?
男:飲みきった。昨日。
女:私が眠った後に?
女:馬鹿じゃないの……、だから眠りが浅いのよ。
男:ガキの頃からだよ。
女:…………。
女:そうやって……、
女:いつも、私の寝顔を見てる訳?
【モノローグ】(男):ジトっとした眼で。朝から唆る顔しやがるが……、生憎とボケた脳味噌にゃ、染み透るのも遅い。
女:どんな顔して寝てるの。私。
男:…………、
【モノローグ】(男):笑えるぜ、そりゃァ。
男:そりゃァ、そりゃァ、よ……、
男:(笑みが滲み)
男:重荷やら、しがらみやら全部、現(うつつ)へ降ろして置いてきたみてェな……、
0:慇懃に口調を整え。
男:まるで凪(なぎ)の海のように安らかなお顔で、お休みになっていらっしゃいますよ。お嬢様は。
女:…………。
0:眉根を寄せ。
女:……嫌な男。本当に。
男:(調子を戻し)へ、へ、はは、は……、
女:いよいよクビにしようかしら。お父様に言い付けて、お家(いえ)諸共取り潰し。
男:そしたら誰が、お姫(ひい)さんの腰やら肩やら、足首やらを揉むんだい。
女:それじゃ済まない癖に、いつも。
男:良いじゃァねェの……。この部屋のドアを一歩出りゃァ、影も形も無くなる間柄だ。
男:なァ?
女:…………。
【モノローグ】(男):見たトコお互い、楽しめてもいるようだしな。
女:どうだか……。でも、
0:ギ、と、硬い背中に爪を立て。
女:それならやっぱり、珈琲は淹れてあげられないわね。
男:なんでだい。
女:だって……、
【モノローグ】(男):目尻を歪めて。皮肉っぽく。
女:ロビーにあるんだもの。ホテルの珈琲メーカーは。
男:…………。
【モノローグ】(男):どうやら調子は戻ったようだな。
男:へへ……。座ってモーニングでも食べるかい。
女:ここの朝食バイキング?
女:嫌よ。雑な安物ばっかり。
男:勿論、ウダツの上がらねェ奉公人と、仕(つか)え先のご令嬢サマとして、な。
女:朝からぞっとしない風景だこと。茹で卵を押し込んであげるわ、その締りの悪い口に。
男:出来たら、だし巻きで頼みたいトコだが、よ……。
男:く、ァ、
0:大口を開けて欠伸を一つ。
男:……好きじゃ無いんでね。茹で卵。
0:【間】
女:さて、行くわよ。書類、資料、印鑑。準備は?
男:ええ。37分ほど前から万端整えて、お待ち申し上げておりました。
女:身支度が長いと言いたい訳?
男:滅相もございません。颯爽と現場に現れる所から、既に商談は始まっているものと心得ております。
女:……いいのよ、まだ。部屋の中なんだから。
男:背広に腕を通しましたので。
男:“男はケジメが肝心”と、親父も遺言で、
女:死んでないでしょ。あの大猿。
0:憮然に、ふう、と息をつき。
女:……えらいわねぇ、切り替えが上手で。ご褒美に何か、買ってあげましょうか。
男:……ああ……。
男:それでしたら、
0:ひときわ慇懃に、笑みを滲ませ。
男:行きがけに、珈琲を1杯。
0:暗転。
0:【終】
0:嗜好品と風景。
:
0:夜の静寂。ビジネスホテルの1室。
0:備え付けの液晶画面だけが光を放つ。
0:深夜の洋画放送。マルゴ・コリント監督作品。
:
0:【画面の奥の男女の会話】
男優:「……そうすると。
男優:僕が雨の中、今夜ここへ駆け付けた事も……、全ては無駄に終わった訳だな。」
女優:「あら、そんなこと、無いわよ。」
男優:「どうして。」
女優:「私に会えたわ。」
男優:「……、」
女優:「素敵よ。街も、人も、湖の魚たちさえ寝静まる真夜中に、こうして二人で、お茶を飲んでいるだなんて。」
男優:「……滅多に無い事だ。そして本当は、無い方が良い事。」
女優:「今夜の事を忘れないでね。」
男優:「ヒルダ、」
女優:「ロンドンへ帰っても、遠いアフリカの草を踏む時でも、ずっと。
女優:そうすれば私はあなたの思い出の中で、永遠に、生きていられる。」
男優:「日は昇る。ヒルダ、君には君の朝が、ちゃんとやって来る。」
女優:「その朝に、あなたは居ない。」
男優:「……、」
女優:「もう一杯、お茶を飲んだら……、
女優:帰ってね。あなたの街へ。」
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0:【間】
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男:……やたらに茶を飲む映画だったな、今のは。
女:そう? つまらない事を気にするのね。
0:液晶の光は既に消え、カーテンが不夜の灯を僅かに透かす、都市の青い闇。
0:ダブルベッドに一対の、男女の影。
女:原作者がマニアなのよ、確か。
女:どの作品にもよく出てくる。
男:あれだろ。イギリスだかの、代々作家の名跡(みょうせき)を引き継いでる……、
女:「テイカー・ヒギンズ」ね。今の『ウィンチカムの雨音』は3代目の作品だけど……。
女:どうだった?
男:何が。
女:感想よ。せっかく不覚にも、貴重な睡眠時間を注ぎ込んじゃったんだから。
男:そうさせる程度には、観させる映画だったんじゃァねェのか。
男:……俺はやっぱり、時代劇の方が良い。
女:いつもソレ。最後まで観る癖に。
男:でなきゃ、評価を下せねェからな。
男:……肝心なトコで黙りやがる、情けねェ男だった。
女:私は女の方が、癪に障るけれど。
男:へえ。意地らしい身の引きっぷりだったじゃねェか。
女:自分に酔ってるのよ。
女:……諦めが美徳だなんて。
女:欺瞞だわ。
男:誰から誰への?
女:遍(あまね)く人類への、よ。
女:……悔しさと向き合う度胸が無いのを、正当化してるだけ。
男:器の高(たか)は知れてるからな。
男:溢れちまえば、それまでだ。
女:嫌になるわね。
女:知った風な事しか言えないの?
男:間近で見て来たモンでね。
女:……、
男:へ、へ。はは……。
0:下卑た嘲笑。
女:……私にそんな口を利くのは。
女:あんたくらいのもんだわ。
男:珍しいもんは大事にしなけりゃ、な?
女:良い人間はみんな先に死んで。碌でもないのだけが残るんだから。
男:へ……。ウチの兄貴なんかは巧く、イチ抜けしやがったぜ。このままならねェ今生(こんじょう)からよ。
女:もう何年になる?
男:18年だ。
男:以来すっかり、ドン詰まりの下郎人生よ。
女:楽しそうよね……。その割には。
男:役得があるからな。それなりの。
女:…………。
0:闇が降りている。
0:映画のラストシーンさながら、視線が絡み。
女:……羨ましいこと。
0:暗中、影一つ。
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0:【間】
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【モノローグ】(男):人生に珈琲が足りない。
【モノローグ】(男):雨が降りそうで降らない胡乱(うろん)な朝は、いつも決まってそうだった。
女:あら……。起きてる。
男:半時間前から、な。
【モノローグ】(男):都会のホテルの冷房は効きすぎる。田舎モンの間抜けな背中には堪えるが……、この女だって同じだろうに。
男:寒かねェのか、よ。
女:包まって寝たもの。あんたは?
女:……あぁ、感じないか。このデカい図体じゃ。
男:違いないがね……、しかし、
【モノローグ】(男):背中にしなだれかかる女の、肌の感触にさえ、煩わしさを覚えるのは。差詰め……、
男:カフェインが足りねェな。シャキっとしねェ。
女:歳でしょ、朝弱いの。夜は強いもんね?
男:六つしか変わらんぜ。
女:だからよ。三十五でしょ、今年で。
男:は……。ウンザリするぜ。何より地元に帰りゃ、まだまだヒヨコで先が長ェって辺りがな。
女:上が詰まってるもの、ね。
0:女は男に体重を預け。
女:……ドコでも同じか。『キノ屋』のあのハゲ、もうそろそろ限界。
男:わかってもらいてェのさ。自分の苦労話を、よ。
女:クラブで札束ばら撒いて、馬鹿な商売女たちにでも聞いて貰えば良いのよ。商談先の重役捕まえて、何時間も……。
男:接待の華じゃねェか。
女:冗談じゃないわ、もう話はとっくに纏まってるのに。
女:後は相手方の社長なりプロデューサーなりと、存分に話せばいいじゃない。
女:東京くんだりまで足労してよ……、とんだ時間の浪費。
【モノローグ】(男):愚痴を垂れ流せる程度に憂さが晴れたんなら。寝酒に付き合って、挙げ句に映画一本観終えちまった甲斐もあるってもんだが。
女:ま、いいけど……。次まで顔を忘れといてやる。
【モノローグ】(男):この女はストレスを溜め込むと、震えるでも叫ぶでもなく、ブスブス煙を上げて、破裂するまで固まっちまう癖がある。
【モノローグ】(男):見てるのも面白ェが……、適当なトコで突っついて、ガスを抜くのが俺の仕事だ。
女:(気怠げに)
女:飲めば。珈琲。
男:ン?
女:足りないんでしょ、カフェイン。淹れてあげるわよ。
男:は……。恐れ入谷(いりや)の鬼子母神(きしもじん)、と来たモンだが。
男:……ねェんだな、コレが。
女:あら。部屋の珈琲?
男:飲みきった。昨日。
女:私が眠った後に?
女:馬鹿じゃないの……、だから眠りが浅いのよ。
男:ガキの頃からだよ。
女:…………。
女:そうやって……、
女:いつも、私の寝顔を見てる訳?
【モノローグ】(男):ジトっとした眼で。朝から唆る顔しやがるが……、生憎とボケた脳味噌にゃ、染み透るのも遅い。
女:どんな顔して寝てるの。私。
男:…………、
【モノローグ】(男):笑えるぜ、そりゃァ。
男:そりゃァ、そりゃァ、よ……、
男:(笑みが滲み)
男:重荷やら、しがらみやら全部、現(うつつ)へ降ろして置いてきたみてェな……、
0:慇懃に口調を整え。
男:まるで凪(なぎ)の海のように安らかなお顔で、お休みになっていらっしゃいますよ。お嬢様は。
女:…………。
0:眉根を寄せ。
女:……嫌な男。本当に。
男:(調子を戻し)へ、へ、はは、は……、
女:いよいよクビにしようかしら。お父様に言い付けて、お家(いえ)諸共取り潰し。
男:そしたら誰が、お姫(ひい)さんの腰やら肩やら、足首やらを揉むんだい。
女:それじゃ済まない癖に、いつも。
男:良いじゃァねェの……。この部屋のドアを一歩出りゃァ、影も形も無くなる間柄だ。
男:なァ?
女:…………。
【モノローグ】(男):見たトコお互い、楽しめてもいるようだしな。
女:どうだか……。でも、
0:ギ、と、硬い背中に爪を立て。
女:それならやっぱり、珈琲は淹れてあげられないわね。
男:なんでだい。
女:だって……、
【モノローグ】(男):目尻を歪めて。皮肉っぽく。
女:ロビーにあるんだもの。ホテルの珈琲メーカーは。
男:…………。
【モノローグ】(男):どうやら調子は戻ったようだな。
男:へへ……。座ってモーニングでも食べるかい。
女:ここの朝食バイキング?
女:嫌よ。雑な安物ばっかり。
男:勿論、ウダツの上がらねェ奉公人と、仕(つか)え先のご令嬢サマとして、な。
女:朝からぞっとしない風景だこと。茹で卵を押し込んであげるわ、その締りの悪い口に。
男:出来たら、だし巻きで頼みたいトコだが、よ……。
男:く、ァ、
0:大口を開けて欠伸を一つ。
男:……好きじゃ無いんでね。茹で卵。
0:【間】
女:さて、行くわよ。書類、資料、印鑑。準備は?
男:ええ。37分ほど前から万端整えて、お待ち申し上げておりました。
女:身支度が長いと言いたい訳?
男:滅相もございません。颯爽と現場に現れる所から、既に商談は始まっているものと心得ております。
女:……いいのよ、まだ。部屋の中なんだから。
男:背広に腕を通しましたので。
男:“男はケジメが肝心”と、親父も遺言で、
女:死んでないでしょ。あの大猿。
0:憮然に、ふう、と息をつき。
女:……えらいわねぇ、切り替えが上手で。ご褒美に何か、買ってあげましょうか。
男:……ああ……。
男:それでしたら、
0:ひときわ慇懃に、笑みを滲ませ。
男:行きがけに、珈琲を1杯。
0:暗転。
0:【終】