台本概要

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タイトル 未来をかけた愛の逃避行とそして巻き込まれた魔王。
作者名 音佐りんご。  (@ringo_otosa)
ジャンル ファンタジー
演者人数 3人用台本(男1、女1、不問1)
時間 40 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 冒険の終わりと始まり。それは運命の交差点に生まれる一つの奇蹟だとして。
――駆け落ちの勇者 in 魔王城。

◆あらすじ◇
王女と共に駆け落ちした勇者。国王から差し向けられた追っ手から逃れるために向かう先は魔王城。そこで待ち受ける魔王は果たして血も涙もない存在か、或いは――。
未来をかけた戦いがいま、始まる。

文字数約11,800字

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
魔王 不問 137 ヴォルフラム・シュテファン・エルルケーニヒ・フォン・ヴェルトエンデ。 多様な種族を統べる比類無き魔人の王。版図の拡大と強者との邂逅を求めて数多の国に戦を仕掛けており、その性格は好戦的で残忍。と、噂されているが、広大な国土に眠る資源を狙っての侵略や名声のための言いがかりで戦いに巻き込まれていることが多く、降り掛かる火の粉を払っている内に半ば伝説になっているだけだが、ルスタヴィア王国を含む幾つかの国と戦争状態にある。占星の魔女より「覇道阻むは未来救う希望抱えし勇者のみ」と予言され、別に覇道なんて歩んでるつもりも無いのだが、他にやることも無いので勇者の到来を待つ。
勇者 137 マルスラン・ルネ・ラフラム。 ルスタヴィア王の命令で戦場を転々としてきた勇者。王国の孤児院で育てられた純真な少年だったが、戦闘技術に関する天賦の才を見出されて騎士となり、与えられた命令以上の活躍で次第に功績をあげていった。期待と嫉妬の目に晒され、不可能と言える命令が下り、結果味方が全滅する絶望的な逆境に立たされても折れない意志で一人生還し、勇者となった。それ以後与えられた命令は何でも熟し、防衛も侵略も暗殺も略奪も粛清も虐殺も遂行し数々の栄光を重ねてきた陰でその心は荒みきり、生きる希望や意味さえ失っていたが、王女クラリスとの出会いが人生を変える。彼女のために生き、そして死ぬことを誓い逃避行が始まった。
王女 114 クラリス・アンジェリッタ・リュシエンヌ・ド・ルスタヴィア。 ルスタヴィア王国の心優しい王女。可憐な容姿と、心の清らかさから国民の誰もが愛する存在。戦に明け暮れる王国にありながら、慈愛に満ちているのは、国王が政略結婚の道具として扱いやすいように、そういったものと隔絶した暮らしをさせてきたため。あるパーティーの夜、その華やかな場に似つかわしくない哀しげな目をした少年と出会い、互いを知る中でやがて恋に落ちていく。片や戦場での血腥い営み、片や王宮での華やかな暮らし。全く違う道を辿りながらもその生き方が、王国に囚われ消費されるだけの道具でしか無いことに気付き、そして二人で生きようと決意する。そんな折、マルスランとの間に子を身籠もり、国王は激怒し彼を牢獄に閉じ込めるに処刑しようとするが、脱獄を手引きしそのまま命懸けの駆け落ちをすることになる。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

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0:『未来をかけた愛の逃避行とそして巻き込まれた魔王。』 : 0:冒険の終わりと始まり。それは運命の交差点に生まれる一つの奇蹟だとして。 : 0:◆あらすじ◇ 0:王女と共に駆け落ちした勇者。国王から差し向けられた追っ手から逃れるために向かう先は魔王城。そこで待ち受ける魔王は果たして血も涙もない存在か、或いは――。 0:未来をかけた戦いがいま、始まる。 : 0:◇登場人物◆ 0:※以下説明は参考までに。 魔王:ヴォルフラム・シュテファン・エルルケーニヒ・フォン・ヴェルトエンデ。 魔王:多様な種族を統べる比類無き魔人の王。版図の拡大と強者との邂逅を求めて数多の国に戦を仕掛けており、その性格は好戦的で残忍。と、噂されているが、広大な国土に眠る資源を狙っての侵略や名声のための言いがかりで戦いに巻き込まれていることが多く、降り掛かる火の粉を払っている内に半ば伝説になっているだけだが、ルスタヴィア王国を含む幾つかの国と戦争状態にある。占星の魔女より「覇道阻むは未来救う希望抱えし勇者のみ」と予言され、別に覇道なんて歩んでるつもりも無いのだが、他にやることも無いので勇者の到来を待つ。 勇者:マルスラン・ルネ・ラフラム。 勇者:ルスタヴィア王の命令で戦場を転々としてきた勇者。王国の孤児院で育てられた純真な少年だったが、戦闘技術に関する天賦の才を見出されて騎士となり、与えられた命令以上の活躍で次第に功績をあげていった。期待と嫉妬の目に晒され、不可能と言える命令が下り、結果味方が全滅する絶望的な逆境に立たされても折れない意志で一人生還し、勇者となった。それ以後与えられた命令は何でも熟し、防衛も侵略も暗殺も略奪も粛清も虐殺も遂行し数々の栄光を重ねてきた陰でその心は荒みきり、生きる希望や意味さえ失っていたが、王女クラリスとの出会いが人生を変える。彼女のために生き、そして死ぬことを誓い逃避行が始まった。 王女:クラリス・アンジェリッタ・リュシエンヌ・ド・ルスタヴィア。 王女:ルスタヴィア王国の心優しい王女。可憐な容姿と、心の清らかさから国民の誰もが愛する存在。戦に明け暮れる王国にありながら、慈愛に満ちているのは、国王が政略結婚の道具として扱いやすいように、そういったものと隔絶した暮らしをさせてきたため。あるパーティーの夜、その華やかな場に似つかわしくない哀しげな目をした少年と出会い、互いを知る中でやがて恋に落ちていく。片や戦場での血腥い営み、片や王宮での華やかな暮らし。全く違う道を辿りながらもその生き方が、王国に囚われ消費されるだけの道具でしか無いことに気付き、そして二人で生きようと決意する。そんな折、マルスランとの間に子を身籠もり、国王は激怒し彼を牢獄に閉じ込めるに処刑しようとするが、脱獄を手引きしそのまま命懸けの駆け落ちをすることになる。 : 0:◇◆◆ : 0:月明かりに照らされた魔王の居城。 0:勇者マルスランと王女クラリスが連れ立っている。 0:クラリスの息遣いは荒い。 : 勇者:大丈夫かい、クラリス。 王女:……ふぅ、ええ平気、落ち着いてるわ、マルスラン。騎士達は追ってきてる? 勇者:ああ、来てるよ。この気配は……七つ星のルナールだな。 王女:七星騎士団団長、ブリアン・アタナージュ・ルナール。あの男は執念深いわ。 勇者:知ってるよ。君に七回も求婚したって。 王女:ふふ、七回無理難題を出して煙に巻いたけどね。 勇者:有名だよ。けれど、六回目までは叶えた。油断ならない男だ。 王女:あなたなら、七回目も難なくこなすけれど。 勇者:君のためなら、何だって。 王女:ありがとう。……はぁ、はぁ……。 勇者:ごめんね、クラリス、僕のせいでこんな、 王女:ううん、あなたといられる今この時が、一番幸せ。あなたは、七つの願いなんかじゃない。私の本当の望みを叶えてくれたもの。 勇者:クラリス……、僕もだよ。……それに、きっとあるよこの先に、もっとたくさんの幸せが。 王女:……そうね。きっと、そう。 王女:そしてここが、 勇者:最後の希望で、 王女:安息の地で。 勇者:僕達二人の旅の終着点で。 王女:私達三人の、冒険の出発点。 勇者:でも、本当に大丈夫かな? 血も涙もないって……。 王女:もう、そんな弱気でどうするの? 私を信じて。きっと大丈夫。あの予言の意味はきっと、そういうことだから。 勇者:よく分からないけど、そう、だよね。君が言うんだもの。 王女:それに駄目だったら、またその時考えれば良いんだもの。 勇者:えぇ……!? 王女:ふふ、険しい顔より、あなたはそっちの顔の方がいい。 勇者:もう、こんな時に。 王女:それに、暗い未来を考えるより、明るい未来を想像しましょ? 勇者:明るい未来? 王女:そうね、例えば……名前、かな。 勇者:ああ、まだ決めてなかったね。 王女:そう。まだ、未来は何も決まってないんだもの。悲観してては駄目。 勇者:好きだよ。そういうところ。 王女:ふふ。いつものあなたに戻った。 勇者:お待たせ。 勇者:じゃあ、行こうか、クラリス。 王女:ええ、マルスラン。 : 勇者:(同時)魔王城へ。 王女:(同時)魔王城へ。 : 勇者:さぁ、手をとって。王女様。 王女:ありがとう。勇者様。 : 0:◆ : 0:玉座の間。 0:魔王が玉座で待ち受けている。 : 魔王:……ふむ。この強大な力を秘めた気配は……そうか。 魔王:幾千幾万の雑兵を退けたとて決して満たされること能わなかった、この我のもとに、ついに待ち侘びた時が来たのだな。 魔王:星詠みの魔女の預言せしこの日が。 魔王:ふ、ふふふふふふふ、面白い。 魔王:今宵終わりなき道に幕を下ろすは、貴様か我か。 魔王:「覇道阻むは未来救う希望抱えし勇者のみ」 魔王:さぁ、来るが良い勇者……! : 0:扉を開き、勇者達が入ってくる。 : 勇者:ふっ、ん……! さ、クラリス。 王女:はぁ、はぁ……ええ、マルスラン。 魔王:我が城へようこそ、侵入者よ。 勇者:……! 王女:……! 勇者:君が、魔王か! 魔王:ふ、いかにも。 王女:あなたが……! 魔王:ふはははははは! 我が名はヴォルフラム・シュテファン・エルルケーニヒ・フォン・ヴェルトエンデ。よくぞこの魔王のもとまで辿り着いたな、侵入者。いや、勇者よ! 王女:(小声で)マルスラン、あの像。 勇者:(小声で)ああ、使えそうだね。 魔王:さぁ! 希望背負いし勇者よ! 未来とやらを救うためにこの我と―― 勇者:よい! しょぉっ!! 魔王:な……!? 勇者:もう! いっちょぉっ!! : 0:勇者、並べられた像を運び扉を塞ぐ。 : 勇者:ふぅ。これで……よし。 魔王:……よし。じゃねぇよ! おい扉っ! 何してんの貴様!? 勇者:何って、見て分からないかい? 扉をやぶられないようにバリケードを作っているんだ。この像で。 魔王:いや、見て分かるが、我が聞いておるのは何故断りも無くいきなり入ってきてバリケード作っておるのだ人んちで! ってことだよ! 自ら退路を塞ぎ覚悟を決める的な儀式か!? 勇者:いや、そういう意図ではないんだが、 魔王:ちがうのかよ。 勇者:すまない、少々込み入った事情があってね。説明している暇がない。あと、もし良かったら、その頑丈そうな玉座も借りてよろしいだろうか? これだけでは頼りなくて。 魔王:よろしいわけねぇだろうがよ! 込み入った事情って何ぞ? 魔王と対面しておきながらそれよりも大事な事って何!? いかような事情があれば魔王城にバリケード作ろ~♪ ってなる訳? 何ぞ? 魔王城立て籠り事件? うち銀行じゃねぇんだけど! 確かにこれまで滅ぼした国から手に入れた古今東西様々な宝物はあるけども!  王女:我々は強盗の類いの怪しい者ではありません、ご安心を魔王様。 魔王:いや、強盗でもなく立てこもりもなかなか怪しいし、あと頼りねぇとか言うでないわ、それ我の父上と祖父上ぞ? 勇者:ほう、父と祖父? 似ているね。特に目元がそっくりだ。うん。 王女:本当ね。凜々しくて素敵。 魔王:そ、そうか? ふふっ! ……じゃねぇよ! 誤魔化そうとすんなよ! 勇者:っち。 王女:っち。 魔王:しかも女まで連れ込みおって。勇者てめぇ。あのさ、一応言っとくけどここね、そういうとこじゃ無いのよ? うん、分かる? 確かにね、辺鄙なとこにある城だけどね? あのさ、そういうんじゃないからね? 言っとくけど。愛を育もうとか考えてるんだったらたたき出すからね? 言っとくけど魔王、そういうの厳しいから。 勇者:どうしようクラリス。魔王の逆鱗に触れてしまったかも知れない。何故か分からないけど。 王女:あなたは悪くないわ、たぶんだけど。 勇者:そうかい? ありがとう、クラリス。 魔王:貴様ら、なにをこそこそやっておる? 魔王の御前ぞ? 勇者:けれど、このままじゃ埒があかない。 王女:どうするの? 勇者:魔王を倒そう。 魔王:ほう、我を倒す。と? ふはははは! 果たして貴様に出来るかな? 勇者ぁ! 勇者:出来る。僕はクラリスの為なら何だって――! 魔王:面白い、さぁ、試して見るがよい貴様のその無謀さをなぁ! : 0:勇者、剣を抜こうとするが、王女に止められる。 : 王女:駄目、そんなことできないわ、マルスラン! 魔王:え、おぬしが否定すんの? 勇者:クラリス、放してくれ、ここは僕が! 王女:いいえマルスラン。ここは、私が話してみる。 勇者:で、でも……! 魔王:無茶ばかりする勇者を引き留めに来た保護者的な? なんか複雑な人間関係とか持ち込むの辞めて欲しいんがな。 王女:それとも、また戻るというの、マルスラン? あなたは数多の戦場を駆け、その手で数え切れない命を奪い、名誉と称賛、それ以上の怒りや苦しみを浴びてきた。積み上げられた罪業に苦悩したのは嘘だったの? あれだけ苦しんで、なのにまた一人で背負い込むつもり? 私と共に生きると言いながら、あなたはまた一人で行こうとするの? 私も、あなたにとっては、背負うべき荷物の一つに過ぎないというの? もしただの重しだと言うのなら。いまここで、魔王じゃなくて私を斬り捨てて更に罪を重ねるが良いわ、マルスラン。 勇者:クラリス、それは……! 魔王:いや、それはやめろよ。 勇者:でも、クラリス! ここを追い出されてしまったら、結局僕達は終わりなんだ。なら、魔王を倒してでも僕達は勝ち取らなきゃ……! 王女:もう、いいのマルスラン。私達は悲しみの連鎖から逃れるためにここに来た。そうでしょう? 勇者:ああ……、 魔王:悲しみの連鎖ってなに? 何期待されてんの我? 王女:魔王を倒してそれで解決なんて、それじゃ今までやってきたことの繰り返し。じゃあその後は? また、殺すのマルスラン。敵が現れる度に殺して、殺して、殺して。それであなたに安息は訪れるの? 勇者:…………。 王女:私達は幸せになれるの? 勇者:…………。 王女:もういいのマルスラン、殺さなくて。約束したでしょ、一緒に生きるって。 勇者:クラリス……! 王女:だから、この場所で戦うべきは魔王じゃない。私達の過去。 勇者:僕達の……。 魔王:いや、魔王だよ。それであってるって。魔王城で魔王以外と戦うなよ。仲間割れとか説得とか自分との戦いとかそういうの良いから。湿っぽいんだよ。んなクソみたいなもん、最終決戦に持ち込むなや。戦いの前の便所と一緒に済ませとくもんだろうがよ。それかせめて我慢して終わった後にやれ! 王女:あなたには、守られてばかり。だから今度は私の番。 魔王:おぉん? 無視ですかぁ? 勇者:……わかった、クラリス。でもあまり無茶は……。 魔王:なにいちゃついておる? 自然な流れで何をいちゃついておる? 王女:平気、だから心配しないで。 魔王:魔王の御前ぞ? チューするの? まさかチューするの? 王女:愛してるわマルスラン。 魔王:あー。これはするわ。する流れだわ。 勇者:ああ、僕も愛してる。 : 0:二人、口づけをかわす。 : 魔王:あー。してるしてる。今してる。わー。うわー。してるわー。してますわー。これはおぉー………………てか、長い長い長い! お茶の間凍るから三秒以内にしてくんね?! ていうかよそでやれや! 目の前で待たせておるのよ? 魔王をさ! 事情話す暇ねぇのに、情事見せつける余裕はありっすか?! おぉん? 勇者:……クラリス、頑張って! 魔王:……はぁ。もうよいか? 王女:…………お初にお目にかかります、私は、クラリス・アンジェリッタ・リュシエンヌ・ド・ルスタヴィアと申します。 魔王:キスシーンからの名乗りとかマジ斬新だな。……あ? ルスタヴィア……? ふむ、どこかで……、 王女:そしてこれは勇者です。 勇者:僕はマルスラン・ルネ・ラフラム。勇者、と皆からはそう呼ばれていた。 魔王:ほう、やはり勇者であったか。 王女:はぁ、はぁ……。 : 0:王女、ふらついている。 : 魔王:……というか、おぬし大丈夫か? 王女:はい……? 魔王:さっきから息も絶え絶えで随分死にそうだが? チューしすぎか? 王女:いえ、お気遣い、ありがたく、存じます。ですが……ええ、大丈夫でござい、ます……。うっ……。 魔王:ほんとかよ。 王女:ふぅ……。 勇者:クラリス、偉いよ。大丈夫だからね……! 王女:ふふ……。ん、ふぅ……。 魔王:まぁ良いわ。それで? 何をしにきた? 主である我が言うのも何だが、我を倒しに来た訳でも無いのなら何故このような辺鄙な城まで? まさか、熱烈なキスシーンを見せに来たのでもあるまい? 王女:ええ、無論です。我々が来た目的。それは、 魔王:それは? 王女:我々の安息の地を求めて。 魔王:安息の地? 王女:我々に魔王様を害する意思はありません。 魔王:害する意思もなく像勝手に動かしてバリケードやイチャコラを? それはそれでヤバいわ。 勇者:少々慌てていて、断りも無くすまなかった。 魔王:断り入れたら許すと思うか? 勇者:心から頼めば或いは。 魔王:ねぇよ。……というか貴様らすっげぇぼろぼろで小汚いな。 王女:あ、お見苦しい姿で、誠に申し訳ありません。 魔王:よいよい。そういうのいらぬから。 王女:寛大なお心遣い痛み入ります、魔王様。 魔王:しかしこの魔王ヴェルトエンデも舐められたモノよな。そもそも貴様ら本当に勇者なのか? 勇者:本当だよ。こんな身なりだけど、僕は間違いなく勇者と呼ばれていた。……呼ばれていたんだ。 王女:マルスラン……。 魔王:ふぅん、なんか訳ありっぽいが……うん? : 0:魔王、玉座から下り、二人に近付く。 : 魔王:うーん……? 王女:な、なにか? 魔王:おいおい、勇者。 勇者:なんだい、魔王よ。 魔王:貴様、近くで見るとめっちゃガリガリじゃね? 勇者:え? そう、かな? 魔王:そうだわ。自覚無しか? 鏡見るか? スケルトンみたいぞ。顔色悪いし。ちゃんと飯食ってんの? 勇者:最近は、ちょっと。 魔王:はぁ? 駄目だよぉ? よもや己のコンディションも把握しておらぬなど、勇者としての品格を疑うわ。 勇者:す、すまない。 魔王:そっちの娘、クラリスとか言ったか? 王女:は、はい。 魔王:お主と較べてもほら、お主の方が随分…… 王女:はぁ、はぁ……。 魔王:随分腹が出て―― 勇者:大丈夫かい、クラリス? 王女:……ふぅ、ええ平気、落ち着いてるわ。 勇者:無理しないでね、この子のためにも。君のためにも。 王女:分かってるわ。 魔王:……え? 妊婦? : 0:間。 : 魔王:……は? え、いや、え? 王女:はぁ、はぁ……。 魔王:な、何故身重の女を連れて斯様なところに?! ちょ、おま、勇者、え? 何、どういうこと?! 勇者:臨月、なんだ。 魔王:は? マジ? 王女:……っふぅ……。 魔王:おいおいおいおい! 何、今それ言う!? 安息の地って、まさか安全に出産できる場所を求めて~などと宣うなよ? 勇者:ああ、僕らは安全に出産できる場所を求めてここまで来たんだ。話が早くて助かる。 魔王:いや、逆に貴様らの話が遅ぇわ! ちんたらしやがって何考えてんだ! 勇者:無事に生ませてあげたいんだ、この子を! 頼む、魔王! 魔王:それは分かるが頼む相手間違えておらぬ!? 勇者:間違えてなどいない! 僕はもう道を間違えないと誓ったんだ! クラリスとこの子に! 魔王:お前の誓いは知らんが!? さっきも言ったけど、我は魔王でここは魔王城なんだが!? 勇者:それでも、君だけが頼りで、この場所こそが一番安全なんだ! 魔王:いやいや安全って、この世で一番危険まであるよ! 勇者:ここが僕達の追い求めた最後の希望! いわば安息の地なんだ! 魔王:こちとら息も休まらぬわ! ツッコミで! ラスボスとの戦いを「旅の終着点」って言うことあるけど、ここじゃないのよ、安息の地。それってさエンディングの後に、なんか見たことあるなって思うとことか、いや、全然知らんけどどこ? クリア後に行けるの? ってとこがそう! 勇者:旅の途中の、のどかな村とか、 王女:ストーリーでは特に触れられなかった海の真ん中の小島とか、 魔王:そうそうそんな感じ。まかり間違ってもラスダンで新たな冒険スタートさせようとしてんじゃねぇ! 勇者:そう、家庭という新たな冒険を。 魔王:じゃねぇよ! うっせーわ来る場所間違えてんだよ! 勇者:そんな、お願いだ魔王よ……! 魔王:いいから病院行け病院! その辺の町にあるだろ? 勇者:町の病院は駄目なんだ! 魔王:はぁ? だから何故? いい加減理由を聞かねば訳が分からんぞ。 勇者:それは、僕らが、 王女:私達が、命を狙われているからです。 魔王:はぁ? 誰に? 勇者:王国の騎士に。 魔王:騎士? 王女:王の差し向けた刺客です。 勇者:だから、僕らは。 魔王:ほぉん? なるほどつまり、まさか――。 : 魔王:王国の殺戮兵器として利用されてきた勇者が同じく政略結婚に利用されるだけの生涯を送る予定だった王女様との間に子を成したけど当然反対されてそれどころか激怒した王に処刑までされそうになったところを命からがら逃げ出したが恐ろしい追跡の手が迫り疲弊しながらそれでも授かった命に生まれて欲しいからもしかしたら敵である魔王なら匿ってくれるかもと一縷の望みにかけてここまできた。 魔王:とか言うつもりじゃあるまいな? ははは。いやあるわけないか。そんな、馬鹿げた妄そ…… : 勇者:…………。 王女:…………。 魔王:何その真剣な眼差し。 勇者:魔王よ。頼む。 王女:お願いします、魔王様。 魔王:や、やめてよ、ほんとみたいじゃん。 王女:全て魔王様のお察しの通りで……… 魔王:聞きたくない聞きたくない! 待って待って待って。魔王事態呑み込めない。何これどういうこと? 勇者:頼む、もう後がないんだ、僕達には。 王女:私達の未来を救えるのは、魔王様だけなのです。 魔王:おかしいよ、その結論はおかしい。自分でも言ってて「あれ? おかしいな……」ってならない? なんで魔王が勇者の未来救うの? どういうことよ? いや、王女と勇者なのだろう貴様ら? 王様に頭下げてこいよ。許してくれるかも知んねぇじゃん。そして我絶対関係ねぇじゃん。 王女:無理です! 勇者:無理だ! 魔王:力強い返事。どうしてよ? いくら娘がいけ好かねぇ彼氏連れてきたとしても孫の顔とか見たいもんなんじゃね? 親としてさ。 勇者:何を言ってるんだ、魔王。あの王がそんな人の心を持っている訳がないだろう? 魔王:自明のように言いよるが、魔王なら人の心持ってると? なにその魔王への信頼。おい、父親なんだろ? なにか弁護してやることはないのか? 王女:あるわけがありません。 魔王:最上級の否定だな……。 王女:お父様は、いいえあのトロールのクソは辛うじて人の姿をしているだけのゴミ。そのゴミさ度合いで言えば、魔王など足下にも及ばない、真性のゲス野郎なのです。 魔王:えぇ……めっちゃ口悪いなこの王女。てか、あれ? 我さりげにディスられた? 勇者:だからお願いだ、魔王! 魔王:そんなこと言われてもなぁ……。 勇者:僕達の、僕達家族の未来を救えるのは君だけなんだ。 魔王:そのフレーズ、ズルくね? 勇者:頼む、この通りだ。頼む、魔王、いいや魔王様。願いを聞いてくれたら代わりに何でもする。この僕の命にかけて、どんなことでもやってみせる。魔王様、もしあなたが望むなら、世界の半分を捧げたって良い。いいや、全てでも。僕の命の限りどんなことでもやってみせるよ。たとえまたあの闇に戻ったとしても。 王女:な……! 魔王:ふむ。 勇者:ごめんね、クラリス。約束は守れないかも知れない。 王女:そんなの駄目! マルスラン……! 勇者:けれど、やっぱり僕にはクラリスと、このお腹の中の子が居ればいい。それだけで良いんだ。ごめんよ、本当に。でも、僕は仮にも勇者だから。本当に守りたい者を、命を懸けて守らなくっちゃ。生きる意味をくれた君を、生きる意味である君達を。その為なら、この体も、力も、意思も、魂も、……君と過ごす時間だけは惜しいけれど、命に未来に代えることは出来ない。生きて欲しい。生きて、生きて、生き抜いて欲しい。もし、それでも駄目だというのなら、僕は諦めるしかないけれど、諦めたくない、諦めたくないんだ、魔王様。どうかお願いです、勝手なお願いだということは重々承知しております。それでも、お願いします、魔王様。ヴォルフラム・シュテファン・エルルケーニヒ・フォン・ヴェルトエンデ様。恥を忍んで、命を懸けて、お頼み申し上げます。クラリスと『僕らの未来』を救って下さい。心より、お頼み申し上げます。貴方様だけが、希望なのです。 王女:…………。 魔王:我が、希望。ふ、ふははははは! まったく、まったく。異な事を申す者もいたものだ。しかもそれを言ったのが勇者だと? 世も末だな。我は魔王ぞ? ヴォルフラム・シュテファン・エルルケーニヒ・フォン・ヴェルトエンデ。貴様らはこの長ったらしい名前が人間共にどれほど忌み嫌われておるか知らぬのか? 世界の破壊と終焉を目論み侵略を繰り返す魔人の王。その性格は好戦的で残忍。幾つの国を滅ぼし、どれだけの大地を焦土に変え、命を刈り取ったと? 人々を殺し、やがては全てを終わらせるとする魔の王に、何を期待する? 未来? そのようなものあると思うか? たとえ何を差し出したとて、貴様らの願いを叶える道理などなかろうが。 勇者:それは承知しております! 故に、何でも。何でもいたします。何卒、魔王様! 世界をその手に捧げてみせます! 魔王:世界? いらぬわ。そんなもの。命など奪い飽きた。戦いはもういらぬ。何もいらぬ。我は絶望。故に、願いなど叶えぬ。持ち得ぬ。去るが良い。勇者。我と戦わぬと言うのなら、今すぐにこの場を。 勇者:僕は……、 王女:マルスラン……。 勇者:あなた様とは戦いません。 魔王:そうか。ならば去れ。 王女:…………。 勇者:……行こう、クラリス。 王女:……ええ、マルスラン。 : 0:二人、去ろうとする。 : 魔王:待て。 勇者:……何か? 魔王:手を取り合ってどこに行くつもりだ? 勇者:……は? 君が、去れと言ったんじゃないか。それとも、やっぱり居て良いとでも? 魔王:っは。聞いておらんかったか? 去れと言ったのは貴様に対してだ、勇者。 勇者:え……? じゃあ。 魔王:忘れたか? 我が城には古今東西様々な宝物が収められておる。今更、それが一つ増えたところで気にせぬよ。 勇者:魔王……! 王女:魔王様……! 魔王:ふ。 勇者:えっと、つまりどういうことか分かる、クラリス? 王女:もしかしたら、この国特有の何か特別な言葉なのかも……。 魔王:王女クラリスという貴様の大事な宝物を預かるっつったのだ! 勇者:なるほど。 王女:なるほど。 魔王:まったく、説明させんなや……。 : 0:爆発音が響き城が揺れる。 : 魔王:てか、なんか城揺れてない? 勇者:何……!? 魔王:爆発音と鬨の声響いてくんだけど。 王女:外の様子は! 魔王:待て。観測魔法『心眼《ガイスティゲス・アオゲ》』 : 0:城の外の様子玉座の間の天井に映し出される。 : 勇者:どうなってる? 魔王:うわぁ。やっべ。 王女:これは……、ルナールだけじゃない、金冠騎士団に神鎗騎士団まで……! 勇者:な……!? 魔王:これが全部追っ手なのか? 勇者:ああ、そうさ。 魔王:七つ星はさておき、円環のバジル・フォレスティアと、神鎗遣いのオスカー・ゴーティエ・ネル・ドラクロワだぞ? 詰んでおるな。 勇者:知ってるのか? 魔王:我は魔王ぞ? 敵のことくらい知っておるわ。 勇者:それもそうか。 魔王:無論貴様のこともだ。鮮血燈火の勇者、マルスラン・ルネ・ラフラム。 勇者:……! 王女:知って、いらしたのですね……。 魔王:まぁ、血も涙もない殺戮者と聞いていた故、こんなやつとは思わなかったがな。 勇者:それは、お互い様だよ、魔王様。 魔王:ふはは、違いない。 勇者:ああ。 : 0:勇者、魔王に背を向ける。 : 魔王:ん、どうした勇者よ? 徐に剣など抜いて。 勇者:…………。 王女:マルスラン? どこに、行くつもり……? 勇者:ちょっと、散歩に。 魔王:散歩? いやいや、妻子を守る為に戦地に赴く親父の顔してるじゃん。 勇者:それは嬉しいな。 魔王:お前、行くつもりか? 勇者:ああ。 魔王:本気で? 勇者:本気だ。 魔王:いくらお前でも…… 勇者:それでも行く。 魔王:見た感じ結構な数だぞ? 勇者:戦いは数じゃないさ。 魔王:では何だ? 勇者:抱えた希望の強さだ。 魔王:ふ。面白い。 王女:待って……、お願い……。 勇者:ごめんね、クラリス。 王女:謝らないで、一緒に居てよ、 勇者:約束、だから。 王女:約、束? 勇者:彼との。 魔王:…………。 王女:私との約束は? 一緒に、いるって。 勇者:……ふふ。 王女:なに、その顔、マルスラン……! マルスラン……! 勇者:魔王、いや、ヴォルフラム様。 魔王:呼び捨てで構わぬ。マルスランとやら。 勇者:クラリスを頼んだよ。ヴォルフラム。 魔王:ああ。 王女:そんな……! 待って、待ってよ……! ……うっ。 勇者:安心して、クラリス。彼は良い奴だから。 王女:そんな、こと……! 勇者:……愛してる。 : 0:勇者、王女に口づけする。 : 王女:あなたは、酷い父親ね。 勇者:君の親父ほどじゃないよ。 王女:……恨むから。 勇者:ふふ。 王女:帰ってこなかったら、ゾンビにしてでも取り戻すから! 勇者:それは……やだなぁ。 王女:だったら、ちゃんと、帰って、きて。いつもの、マルスランままで。 勇者:……そうだね。 王女:……ううっ……! : 0:勇者、像を動かす。 : 勇者:ごめん、ヴォルフラム、もう一つお願いが。 魔王:うん? なんだ? 勇者:僕が出たらこの像、戻しといてくれないかな。 魔王:いや、戻すって、像の定位置そこじゃないんだが。 勇者:あ、そうだった。じゃあ、ここに置いといてくれないかな、僕が戻るまで。 魔王:断る。 勇者:えぇ? 魔王:像は元の位置に戻させてもらう。 勇者:頼むよ。 魔王:拒否する。 勇者:どうして? 魔王:貴様が帰ってきたときに、そこにあったら邪魔だろう? 勇者:……それは。 魔王:我が子の誕生に感きわまった貴様に扉ごと吹っ飛ばされてもかなわんしな。 勇者:ふふ、そうだね。 魔王:絶対に、帰ってこいよ。 勇者:…………。 魔王:待っておるぞ。マルスラン。 王女:帰ってきて、マルスラン。 勇者:クラリス。 王女:名前。ちゃんと教えてね。 勇者:あ、そうだった。 王女:忘れてたの……? 勇者:……ちゃんと、帰ってくるよ。 王女:……! うん……! 楽しみに、してるから。 魔王:あまりに遅いと、我が貴様の代わりにパパになる故、なるはやでな? 勇者。 勇者:……ははっ! それは大変だ。 魔王:だろう? 勇者:うん。……じゃあ、頼んだよ。魔王。 : 0:勇者、去る。 : 魔王:行っちまったな。 王女:……ふぅ、ふぅ……! 魔王:おい、王女よ、大丈夫か? 王女:…………んっ……ふぅ……。 魔王:え、ちょいちょいちょい……! これ、もしかして……! 王女:う、う……! あぁ……! 魔王:こっちも戦い始めてる!? 王女:ぁぁあ……! う……、うぅ! 生まれるっ……! 魔王:え、産まれるぅ?! 今?! ちょ待って! いや、え、これ、どうしたら良いの!? ちょっと! 勇者さん!? パパぁ! 帰ってこい! 我にどうしろと!? 王女:ヴォル、フラム、様……っ! あなただけが、希望、なの、です……! 魔王:もう、ほんとお主ら我を何だと思ってるの?! 魔王ぞ、我! え、え、取り敢えず玉座! 玉座に運ぶぞ? ふっかふかでリクライニングも出来る故! 王女:あ、ありが、とう、ござ、い……うあぁぁ……っ! 魔王:やばいやばいやばい! 流石に我じゃどうしようもねぇって! 王女:……マル、スラン……! 私、頑、張る、……! 魔王:おぉーい! メイド長ぉ! メイド長はおらぬか!? 王女:たの、しみ、だね、二、人の、……う、うん……! みん、なの……っ! 魔王:頑張れいける大丈夫だなんとかなるマルスランも応援してるぞクラリス! 王女:……っはぁ、っはぁ……っはぁ、っはぁはぁ……っ! 魔王:サキュバスとか、手が空いてそうなオークの女衆でもいいぞ! 取り敢えずなんかそういうの詳しそうな奴ぅ! : 王女:(M)かつて、星詠みの魔女は預言した。 : 魔王:救ってくれ! 二つの命とその未来がヤバいんだ! : 王女:(M)魔王の道の終着点を。 : 魔王:やばいのだ! : 王女:(M)勇者の道の終着点を。 : 魔王:勇者の子供が産まれそうなのだ! : 王女:(M)「覇道阻むは未来救う希望抱えし勇者のみ」 : 魔王:いや、どこでって―― : 0:玉座の間に配下が集まってくる。 : 魔王:――この魔王城で!!(同時) 王女:(M)この魔王城で。(同時) 勇者:(M)この魔王城で。(同時) : 魔王:生まれるんだよぉぉ! : 王女:(M)新たな冒険が始まる。

0:『未来をかけた愛の逃避行とそして巻き込まれた魔王。』 : 0:冒険の終わりと始まり。それは運命の交差点に生まれる一つの奇蹟だとして。 : 0:◆あらすじ◇ 0:王女と共に駆け落ちした勇者。国王から差し向けられた追っ手から逃れるために向かう先は魔王城。そこで待ち受ける魔王は果たして血も涙もない存在か、或いは――。 0:未来をかけた戦いがいま、始まる。 : 0:◇登場人物◆ 0:※以下説明は参考までに。 魔王:ヴォルフラム・シュテファン・エルルケーニヒ・フォン・ヴェルトエンデ。 魔王:多様な種族を統べる比類無き魔人の王。版図の拡大と強者との邂逅を求めて数多の国に戦を仕掛けており、その性格は好戦的で残忍。と、噂されているが、広大な国土に眠る資源を狙っての侵略や名声のための言いがかりで戦いに巻き込まれていることが多く、降り掛かる火の粉を払っている内に半ば伝説になっているだけだが、ルスタヴィア王国を含む幾つかの国と戦争状態にある。占星の魔女より「覇道阻むは未来救う希望抱えし勇者のみ」と予言され、別に覇道なんて歩んでるつもりも無いのだが、他にやることも無いので勇者の到来を待つ。 勇者:マルスラン・ルネ・ラフラム。 勇者:ルスタヴィア王の命令で戦場を転々としてきた勇者。王国の孤児院で育てられた純真な少年だったが、戦闘技術に関する天賦の才を見出されて騎士となり、与えられた命令以上の活躍で次第に功績をあげていった。期待と嫉妬の目に晒され、不可能と言える命令が下り、結果味方が全滅する絶望的な逆境に立たされても折れない意志で一人生還し、勇者となった。それ以後与えられた命令は何でも熟し、防衛も侵略も暗殺も略奪も粛清も虐殺も遂行し数々の栄光を重ねてきた陰でその心は荒みきり、生きる希望や意味さえ失っていたが、王女クラリスとの出会いが人生を変える。彼女のために生き、そして死ぬことを誓い逃避行が始まった。 王女:クラリス・アンジェリッタ・リュシエンヌ・ド・ルスタヴィア。 王女:ルスタヴィア王国の心優しい王女。可憐な容姿と、心の清らかさから国民の誰もが愛する存在。戦に明け暮れる王国にありながら、慈愛に満ちているのは、国王が政略結婚の道具として扱いやすいように、そういったものと隔絶した暮らしをさせてきたため。あるパーティーの夜、その華やかな場に似つかわしくない哀しげな目をした少年と出会い、互いを知る中でやがて恋に落ちていく。片や戦場での血腥い営み、片や王宮での華やかな暮らし。全く違う道を辿りながらもその生き方が、王国に囚われ消費されるだけの道具でしか無いことに気付き、そして二人で生きようと決意する。そんな折、マルスランとの間に子を身籠もり、国王は激怒し彼を牢獄に閉じ込めるに処刑しようとするが、脱獄を手引きしそのまま命懸けの駆け落ちをすることになる。 : 0:◇◆◆ : 0:月明かりに照らされた魔王の居城。 0:勇者マルスランと王女クラリスが連れ立っている。 0:クラリスの息遣いは荒い。 : 勇者:大丈夫かい、クラリス。 王女:……ふぅ、ええ平気、落ち着いてるわ、マルスラン。騎士達は追ってきてる? 勇者:ああ、来てるよ。この気配は……七つ星のルナールだな。 王女:七星騎士団団長、ブリアン・アタナージュ・ルナール。あの男は執念深いわ。 勇者:知ってるよ。君に七回も求婚したって。 王女:ふふ、七回無理難題を出して煙に巻いたけどね。 勇者:有名だよ。けれど、六回目までは叶えた。油断ならない男だ。 王女:あなたなら、七回目も難なくこなすけれど。 勇者:君のためなら、何だって。 王女:ありがとう。……はぁ、はぁ……。 勇者:ごめんね、クラリス、僕のせいでこんな、 王女:ううん、あなたといられる今この時が、一番幸せ。あなたは、七つの願いなんかじゃない。私の本当の望みを叶えてくれたもの。 勇者:クラリス……、僕もだよ。……それに、きっとあるよこの先に、もっとたくさんの幸せが。 王女:……そうね。きっと、そう。 王女:そしてここが、 勇者:最後の希望で、 王女:安息の地で。 勇者:僕達二人の旅の終着点で。 王女:私達三人の、冒険の出発点。 勇者:でも、本当に大丈夫かな? 血も涙もないって……。 王女:もう、そんな弱気でどうするの? 私を信じて。きっと大丈夫。あの予言の意味はきっと、そういうことだから。 勇者:よく分からないけど、そう、だよね。君が言うんだもの。 王女:それに駄目だったら、またその時考えれば良いんだもの。 勇者:えぇ……!? 王女:ふふ、険しい顔より、あなたはそっちの顔の方がいい。 勇者:もう、こんな時に。 王女:それに、暗い未来を考えるより、明るい未来を想像しましょ? 勇者:明るい未来? 王女:そうね、例えば……名前、かな。 勇者:ああ、まだ決めてなかったね。 王女:そう。まだ、未来は何も決まってないんだもの。悲観してては駄目。 勇者:好きだよ。そういうところ。 王女:ふふ。いつものあなたに戻った。 勇者:お待たせ。 勇者:じゃあ、行こうか、クラリス。 王女:ええ、マルスラン。 : 勇者:(同時)魔王城へ。 王女:(同時)魔王城へ。 : 勇者:さぁ、手をとって。王女様。 王女:ありがとう。勇者様。 : 0:◆ : 0:玉座の間。 0:魔王が玉座で待ち受けている。 : 魔王:……ふむ。この強大な力を秘めた気配は……そうか。 魔王:幾千幾万の雑兵を退けたとて決して満たされること能わなかった、この我のもとに、ついに待ち侘びた時が来たのだな。 魔王:星詠みの魔女の預言せしこの日が。 魔王:ふ、ふふふふふふふ、面白い。 魔王:今宵終わりなき道に幕を下ろすは、貴様か我か。 魔王:「覇道阻むは未来救う希望抱えし勇者のみ」 魔王:さぁ、来るが良い勇者……! : 0:扉を開き、勇者達が入ってくる。 : 勇者:ふっ、ん……! さ、クラリス。 王女:はぁ、はぁ……ええ、マルスラン。 魔王:我が城へようこそ、侵入者よ。 勇者:……! 王女:……! 勇者:君が、魔王か! 魔王:ふ、いかにも。 王女:あなたが……! 魔王:ふはははははは! 我が名はヴォルフラム・シュテファン・エルルケーニヒ・フォン・ヴェルトエンデ。よくぞこの魔王のもとまで辿り着いたな、侵入者。いや、勇者よ! 王女:(小声で)マルスラン、あの像。 勇者:(小声で)ああ、使えそうだね。 魔王:さぁ! 希望背負いし勇者よ! 未来とやらを救うためにこの我と―― 勇者:よい! しょぉっ!! 魔王:な……!? 勇者:もう! いっちょぉっ!! : 0:勇者、並べられた像を運び扉を塞ぐ。 : 勇者:ふぅ。これで……よし。 魔王:……よし。じゃねぇよ! おい扉っ! 何してんの貴様!? 勇者:何って、見て分からないかい? 扉をやぶられないようにバリケードを作っているんだ。この像で。 魔王:いや、見て分かるが、我が聞いておるのは何故断りも無くいきなり入ってきてバリケード作っておるのだ人んちで! ってことだよ! 自ら退路を塞ぎ覚悟を決める的な儀式か!? 勇者:いや、そういう意図ではないんだが、 魔王:ちがうのかよ。 勇者:すまない、少々込み入った事情があってね。説明している暇がない。あと、もし良かったら、その頑丈そうな玉座も借りてよろしいだろうか? これだけでは頼りなくて。 魔王:よろしいわけねぇだろうがよ! 込み入った事情って何ぞ? 魔王と対面しておきながらそれよりも大事な事って何!? いかような事情があれば魔王城にバリケード作ろ~♪ ってなる訳? 何ぞ? 魔王城立て籠り事件? うち銀行じゃねぇんだけど! 確かにこれまで滅ぼした国から手に入れた古今東西様々な宝物はあるけども!  王女:我々は強盗の類いの怪しい者ではありません、ご安心を魔王様。 魔王:いや、強盗でもなく立てこもりもなかなか怪しいし、あと頼りねぇとか言うでないわ、それ我の父上と祖父上ぞ? 勇者:ほう、父と祖父? 似ているね。特に目元がそっくりだ。うん。 王女:本当ね。凜々しくて素敵。 魔王:そ、そうか? ふふっ! ……じゃねぇよ! 誤魔化そうとすんなよ! 勇者:っち。 王女:っち。 魔王:しかも女まで連れ込みおって。勇者てめぇ。あのさ、一応言っとくけどここね、そういうとこじゃ無いのよ? うん、分かる? 確かにね、辺鄙なとこにある城だけどね? あのさ、そういうんじゃないからね? 言っとくけど。愛を育もうとか考えてるんだったらたたき出すからね? 言っとくけど魔王、そういうの厳しいから。 勇者:どうしようクラリス。魔王の逆鱗に触れてしまったかも知れない。何故か分からないけど。 王女:あなたは悪くないわ、たぶんだけど。 勇者:そうかい? ありがとう、クラリス。 魔王:貴様ら、なにをこそこそやっておる? 魔王の御前ぞ? 勇者:けれど、このままじゃ埒があかない。 王女:どうするの? 勇者:魔王を倒そう。 魔王:ほう、我を倒す。と? ふはははは! 果たして貴様に出来るかな? 勇者ぁ! 勇者:出来る。僕はクラリスの為なら何だって――! 魔王:面白い、さぁ、試して見るがよい貴様のその無謀さをなぁ! : 0:勇者、剣を抜こうとするが、王女に止められる。 : 王女:駄目、そんなことできないわ、マルスラン! 魔王:え、おぬしが否定すんの? 勇者:クラリス、放してくれ、ここは僕が! 王女:いいえマルスラン。ここは、私が話してみる。 勇者:で、でも……! 魔王:無茶ばかりする勇者を引き留めに来た保護者的な? なんか複雑な人間関係とか持ち込むの辞めて欲しいんがな。 王女:それとも、また戻るというの、マルスラン? あなたは数多の戦場を駆け、その手で数え切れない命を奪い、名誉と称賛、それ以上の怒りや苦しみを浴びてきた。積み上げられた罪業に苦悩したのは嘘だったの? あれだけ苦しんで、なのにまた一人で背負い込むつもり? 私と共に生きると言いながら、あなたはまた一人で行こうとするの? 私も、あなたにとっては、背負うべき荷物の一つに過ぎないというの? もしただの重しだと言うのなら。いまここで、魔王じゃなくて私を斬り捨てて更に罪を重ねるが良いわ、マルスラン。 勇者:クラリス、それは……! 魔王:いや、それはやめろよ。 勇者:でも、クラリス! ここを追い出されてしまったら、結局僕達は終わりなんだ。なら、魔王を倒してでも僕達は勝ち取らなきゃ……! 王女:もう、いいのマルスラン。私達は悲しみの連鎖から逃れるためにここに来た。そうでしょう? 勇者:ああ……、 魔王:悲しみの連鎖ってなに? 何期待されてんの我? 王女:魔王を倒してそれで解決なんて、それじゃ今までやってきたことの繰り返し。じゃあその後は? また、殺すのマルスラン。敵が現れる度に殺して、殺して、殺して。それであなたに安息は訪れるの? 勇者:…………。 王女:私達は幸せになれるの? 勇者:…………。 王女:もういいのマルスラン、殺さなくて。約束したでしょ、一緒に生きるって。 勇者:クラリス……! 王女:だから、この場所で戦うべきは魔王じゃない。私達の過去。 勇者:僕達の……。 魔王:いや、魔王だよ。それであってるって。魔王城で魔王以外と戦うなよ。仲間割れとか説得とか自分との戦いとかそういうの良いから。湿っぽいんだよ。んなクソみたいなもん、最終決戦に持ち込むなや。戦いの前の便所と一緒に済ませとくもんだろうがよ。それかせめて我慢して終わった後にやれ! 王女:あなたには、守られてばかり。だから今度は私の番。 魔王:おぉん? 無視ですかぁ? 勇者:……わかった、クラリス。でもあまり無茶は……。 魔王:なにいちゃついておる? 自然な流れで何をいちゃついておる? 王女:平気、だから心配しないで。 魔王:魔王の御前ぞ? チューするの? まさかチューするの? 王女:愛してるわマルスラン。 魔王:あー。これはするわ。する流れだわ。 勇者:ああ、僕も愛してる。 : 0:二人、口づけをかわす。 : 魔王:あー。してるしてる。今してる。わー。うわー。してるわー。してますわー。これはおぉー………………てか、長い長い長い! お茶の間凍るから三秒以内にしてくんね?! ていうかよそでやれや! 目の前で待たせておるのよ? 魔王をさ! 事情話す暇ねぇのに、情事見せつける余裕はありっすか?! おぉん? 勇者:……クラリス、頑張って! 魔王:……はぁ。もうよいか? 王女:…………お初にお目にかかります、私は、クラリス・アンジェリッタ・リュシエンヌ・ド・ルスタヴィアと申します。 魔王:キスシーンからの名乗りとかマジ斬新だな。……あ? ルスタヴィア……? ふむ、どこかで……、 王女:そしてこれは勇者です。 勇者:僕はマルスラン・ルネ・ラフラム。勇者、と皆からはそう呼ばれていた。 魔王:ほう、やはり勇者であったか。 王女:はぁ、はぁ……。 : 0:王女、ふらついている。 : 魔王:……というか、おぬし大丈夫か? 王女:はい……? 魔王:さっきから息も絶え絶えで随分死にそうだが? チューしすぎか? 王女:いえ、お気遣い、ありがたく、存じます。ですが……ええ、大丈夫でござい、ます……。うっ……。 魔王:ほんとかよ。 王女:ふぅ……。 勇者:クラリス、偉いよ。大丈夫だからね……! 王女:ふふ……。ん、ふぅ……。 魔王:まぁ良いわ。それで? 何をしにきた? 主である我が言うのも何だが、我を倒しに来た訳でも無いのなら何故このような辺鄙な城まで? まさか、熱烈なキスシーンを見せに来たのでもあるまい? 王女:ええ、無論です。我々が来た目的。それは、 魔王:それは? 王女:我々の安息の地を求めて。 魔王:安息の地? 王女:我々に魔王様を害する意思はありません。 魔王:害する意思もなく像勝手に動かしてバリケードやイチャコラを? それはそれでヤバいわ。 勇者:少々慌てていて、断りも無くすまなかった。 魔王:断り入れたら許すと思うか? 勇者:心から頼めば或いは。 魔王:ねぇよ。……というか貴様らすっげぇぼろぼろで小汚いな。 王女:あ、お見苦しい姿で、誠に申し訳ありません。 魔王:よいよい。そういうのいらぬから。 王女:寛大なお心遣い痛み入ります、魔王様。 魔王:しかしこの魔王ヴェルトエンデも舐められたモノよな。そもそも貴様ら本当に勇者なのか? 勇者:本当だよ。こんな身なりだけど、僕は間違いなく勇者と呼ばれていた。……呼ばれていたんだ。 王女:マルスラン……。 魔王:ふぅん、なんか訳ありっぽいが……うん? : 0:魔王、玉座から下り、二人に近付く。 : 魔王:うーん……? 王女:な、なにか? 魔王:おいおい、勇者。 勇者:なんだい、魔王よ。 魔王:貴様、近くで見るとめっちゃガリガリじゃね? 勇者:え? そう、かな? 魔王:そうだわ。自覚無しか? 鏡見るか? スケルトンみたいぞ。顔色悪いし。ちゃんと飯食ってんの? 勇者:最近は、ちょっと。 魔王:はぁ? 駄目だよぉ? よもや己のコンディションも把握しておらぬなど、勇者としての品格を疑うわ。 勇者:す、すまない。 魔王:そっちの娘、クラリスとか言ったか? 王女:は、はい。 魔王:お主と較べてもほら、お主の方が随分…… 王女:はぁ、はぁ……。 魔王:随分腹が出て―― 勇者:大丈夫かい、クラリス? 王女:……ふぅ、ええ平気、落ち着いてるわ。 勇者:無理しないでね、この子のためにも。君のためにも。 王女:分かってるわ。 魔王:……え? 妊婦? : 0:間。 : 魔王:……は? え、いや、え? 王女:はぁ、はぁ……。 魔王:な、何故身重の女を連れて斯様なところに?! ちょ、おま、勇者、え? 何、どういうこと?! 勇者:臨月、なんだ。 魔王:は? マジ? 王女:……っふぅ……。 魔王:おいおいおいおい! 何、今それ言う!? 安息の地って、まさか安全に出産できる場所を求めて~などと宣うなよ? 勇者:ああ、僕らは安全に出産できる場所を求めてここまで来たんだ。話が早くて助かる。 魔王:いや、逆に貴様らの話が遅ぇわ! ちんたらしやがって何考えてんだ! 勇者:無事に生ませてあげたいんだ、この子を! 頼む、魔王! 魔王:それは分かるが頼む相手間違えておらぬ!? 勇者:間違えてなどいない! 僕はもう道を間違えないと誓ったんだ! クラリスとこの子に! 魔王:お前の誓いは知らんが!? さっきも言ったけど、我は魔王でここは魔王城なんだが!? 勇者:それでも、君だけが頼りで、この場所こそが一番安全なんだ! 魔王:いやいや安全って、この世で一番危険まであるよ! 勇者:ここが僕達の追い求めた最後の希望! いわば安息の地なんだ! 魔王:こちとら息も休まらぬわ! ツッコミで! ラスボスとの戦いを「旅の終着点」って言うことあるけど、ここじゃないのよ、安息の地。それってさエンディングの後に、なんか見たことあるなって思うとことか、いや、全然知らんけどどこ? クリア後に行けるの? ってとこがそう! 勇者:旅の途中の、のどかな村とか、 王女:ストーリーでは特に触れられなかった海の真ん中の小島とか、 魔王:そうそうそんな感じ。まかり間違ってもラスダンで新たな冒険スタートさせようとしてんじゃねぇ! 勇者:そう、家庭という新たな冒険を。 魔王:じゃねぇよ! うっせーわ来る場所間違えてんだよ! 勇者:そんな、お願いだ魔王よ……! 魔王:いいから病院行け病院! その辺の町にあるだろ? 勇者:町の病院は駄目なんだ! 魔王:はぁ? だから何故? いい加減理由を聞かねば訳が分からんぞ。 勇者:それは、僕らが、 王女:私達が、命を狙われているからです。 魔王:はぁ? 誰に? 勇者:王国の騎士に。 魔王:騎士? 王女:王の差し向けた刺客です。 勇者:だから、僕らは。 魔王:ほぉん? なるほどつまり、まさか――。 : 魔王:王国の殺戮兵器として利用されてきた勇者が同じく政略結婚に利用されるだけの生涯を送る予定だった王女様との間に子を成したけど当然反対されてそれどころか激怒した王に処刑までされそうになったところを命からがら逃げ出したが恐ろしい追跡の手が迫り疲弊しながらそれでも授かった命に生まれて欲しいからもしかしたら敵である魔王なら匿ってくれるかもと一縷の望みにかけてここまできた。 魔王:とか言うつもりじゃあるまいな? ははは。いやあるわけないか。そんな、馬鹿げた妄そ…… : 勇者:…………。 王女:…………。 魔王:何その真剣な眼差し。 勇者:魔王よ。頼む。 王女:お願いします、魔王様。 魔王:や、やめてよ、ほんとみたいじゃん。 王女:全て魔王様のお察しの通りで……… 魔王:聞きたくない聞きたくない! 待って待って待って。魔王事態呑み込めない。何これどういうこと? 勇者:頼む、もう後がないんだ、僕達には。 王女:私達の未来を救えるのは、魔王様だけなのです。 魔王:おかしいよ、その結論はおかしい。自分でも言ってて「あれ? おかしいな……」ってならない? なんで魔王が勇者の未来救うの? どういうことよ? いや、王女と勇者なのだろう貴様ら? 王様に頭下げてこいよ。許してくれるかも知んねぇじゃん。そして我絶対関係ねぇじゃん。 王女:無理です! 勇者:無理だ! 魔王:力強い返事。どうしてよ? いくら娘がいけ好かねぇ彼氏連れてきたとしても孫の顔とか見たいもんなんじゃね? 親としてさ。 勇者:何を言ってるんだ、魔王。あの王がそんな人の心を持っている訳がないだろう? 魔王:自明のように言いよるが、魔王なら人の心持ってると? なにその魔王への信頼。おい、父親なんだろ? なにか弁護してやることはないのか? 王女:あるわけがありません。 魔王:最上級の否定だな……。 王女:お父様は、いいえあのトロールのクソは辛うじて人の姿をしているだけのゴミ。そのゴミさ度合いで言えば、魔王など足下にも及ばない、真性のゲス野郎なのです。 魔王:えぇ……めっちゃ口悪いなこの王女。てか、あれ? 我さりげにディスられた? 勇者:だからお願いだ、魔王! 魔王:そんなこと言われてもなぁ……。 勇者:僕達の、僕達家族の未来を救えるのは君だけなんだ。 魔王:そのフレーズ、ズルくね? 勇者:頼む、この通りだ。頼む、魔王、いいや魔王様。願いを聞いてくれたら代わりに何でもする。この僕の命にかけて、どんなことでもやってみせる。魔王様、もしあなたが望むなら、世界の半分を捧げたって良い。いいや、全てでも。僕の命の限りどんなことでもやってみせるよ。たとえまたあの闇に戻ったとしても。 王女:な……! 魔王:ふむ。 勇者:ごめんね、クラリス。約束は守れないかも知れない。 王女:そんなの駄目! マルスラン……! 勇者:けれど、やっぱり僕にはクラリスと、このお腹の中の子が居ればいい。それだけで良いんだ。ごめんよ、本当に。でも、僕は仮にも勇者だから。本当に守りたい者を、命を懸けて守らなくっちゃ。生きる意味をくれた君を、生きる意味である君達を。その為なら、この体も、力も、意思も、魂も、……君と過ごす時間だけは惜しいけれど、命に未来に代えることは出来ない。生きて欲しい。生きて、生きて、生き抜いて欲しい。もし、それでも駄目だというのなら、僕は諦めるしかないけれど、諦めたくない、諦めたくないんだ、魔王様。どうかお願いです、勝手なお願いだということは重々承知しております。それでも、お願いします、魔王様。ヴォルフラム・シュテファン・エルルケーニヒ・フォン・ヴェルトエンデ様。恥を忍んで、命を懸けて、お頼み申し上げます。クラリスと『僕らの未来』を救って下さい。心より、お頼み申し上げます。貴方様だけが、希望なのです。 王女:…………。 魔王:我が、希望。ふ、ふははははは! まったく、まったく。異な事を申す者もいたものだ。しかもそれを言ったのが勇者だと? 世も末だな。我は魔王ぞ? ヴォルフラム・シュテファン・エルルケーニヒ・フォン・ヴェルトエンデ。貴様らはこの長ったらしい名前が人間共にどれほど忌み嫌われておるか知らぬのか? 世界の破壊と終焉を目論み侵略を繰り返す魔人の王。その性格は好戦的で残忍。幾つの国を滅ぼし、どれだけの大地を焦土に変え、命を刈り取ったと? 人々を殺し、やがては全てを終わらせるとする魔の王に、何を期待する? 未来? そのようなものあると思うか? たとえ何を差し出したとて、貴様らの願いを叶える道理などなかろうが。 勇者:それは承知しております! 故に、何でも。何でもいたします。何卒、魔王様! 世界をその手に捧げてみせます! 魔王:世界? いらぬわ。そんなもの。命など奪い飽きた。戦いはもういらぬ。何もいらぬ。我は絶望。故に、願いなど叶えぬ。持ち得ぬ。去るが良い。勇者。我と戦わぬと言うのなら、今すぐにこの場を。 勇者:僕は……、 王女:マルスラン……。 勇者:あなた様とは戦いません。 魔王:そうか。ならば去れ。 王女:…………。 勇者:……行こう、クラリス。 王女:……ええ、マルスラン。 : 0:二人、去ろうとする。 : 魔王:待て。 勇者:……何か? 魔王:手を取り合ってどこに行くつもりだ? 勇者:……は? 君が、去れと言ったんじゃないか。それとも、やっぱり居て良いとでも? 魔王:っは。聞いておらんかったか? 去れと言ったのは貴様に対してだ、勇者。 勇者:え……? じゃあ。 魔王:忘れたか? 我が城には古今東西様々な宝物が収められておる。今更、それが一つ増えたところで気にせぬよ。 勇者:魔王……! 王女:魔王様……! 魔王:ふ。 勇者:えっと、つまりどういうことか分かる、クラリス? 王女:もしかしたら、この国特有の何か特別な言葉なのかも……。 魔王:王女クラリスという貴様の大事な宝物を預かるっつったのだ! 勇者:なるほど。 王女:なるほど。 魔王:まったく、説明させんなや……。 : 0:爆発音が響き城が揺れる。 : 魔王:てか、なんか城揺れてない? 勇者:何……!? 魔王:爆発音と鬨の声響いてくんだけど。 王女:外の様子は! 魔王:待て。観測魔法『心眼《ガイスティゲス・アオゲ》』 : 0:城の外の様子玉座の間の天井に映し出される。 : 勇者:どうなってる? 魔王:うわぁ。やっべ。 王女:これは……、ルナールだけじゃない、金冠騎士団に神鎗騎士団まで……! 勇者:な……!? 魔王:これが全部追っ手なのか? 勇者:ああ、そうさ。 魔王:七つ星はさておき、円環のバジル・フォレスティアと、神鎗遣いのオスカー・ゴーティエ・ネル・ドラクロワだぞ? 詰んでおるな。 勇者:知ってるのか? 魔王:我は魔王ぞ? 敵のことくらい知っておるわ。 勇者:それもそうか。 魔王:無論貴様のこともだ。鮮血燈火の勇者、マルスラン・ルネ・ラフラム。 勇者:……! 王女:知って、いらしたのですね……。 魔王:まぁ、血も涙もない殺戮者と聞いていた故、こんなやつとは思わなかったがな。 勇者:それは、お互い様だよ、魔王様。 魔王:ふはは、違いない。 勇者:ああ。 : 0:勇者、魔王に背を向ける。 : 魔王:ん、どうした勇者よ? 徐に剣など抜いて。 勇者:…………。 王女:マルスラン? どこに、行くつもり……? 勇者:ちょっと、散歩に。 魔王:散歩? いやいや、妻子を守る為に戦地に赴く親父の顔してるじゃん。 勇者:それは嬉しいな。 魔王:お前、行くつもりか? 勇者:ああ。 魔王:本気で? 勇者:本気だ。 魔王:いくらお前でも…… 勇者:それでも行く。 魔王:見た感じ結構な数だぞ? 勇者:戦いは数じゃないさ。 魔王:では何だ? 勇者:抱えた希望の強さだ。 魔王:ふ。面白い。 王女:待って……、お願い……。 勇者:ごめんね、クラリス。 王女:謝らないで、一緒に居てよ、 勇者:約束、だから。 王女:約、束? 勇者:彼との。 魔王:…………。 王女:私との約束は? 一緒に、いるって。 勇者:……ふふ。 王女:なに、その顔、マルスラン……! マルスラン……! 勇者:魔王、いや、ヴォルフラム様。 魔王:呼び捨てで構わぬ。マルスランとやら。 勇者:クラリスを頼んだよ。ヴォルフラム。 魔王:ああ。 王女:そんな……! 待って、待ってよ……! ……うっ。 勇者:安心して、クラリス。彼は良い奴だから。 王女:そんな、こと……! 勇者:……愛してる。 : 0:勇者、王女に口づけする。 : 王女:あなたは、酷い父親ね。 勇者:君の親父ほどじゃないよ。 王女:……恨むから。 勇者:ふふ。 王女:帰ってこなかったら、ゾンビにしてでも取り戻すから! 勇者:それは……やだなぁ。 王女:だったら、ちゃんと、帰って、きて。いつもの、マルスランままで。 勇者:……そうだね。 王女:……ううっ……! : 0:勇者、像を動かす。 : 勇者:ごめん、ヴォルフラム、もう一つお願いが。 魔王:うん? なんだ? 勇者:僕が出たらこの像、戻しといてくれないかな。 魔王:いや、戻すって、像の定位置そこじゃないんだが。 勇者:あ、そうだった。じゃあ、ここに置いといてくれないかな、僕が戻るまで。 魔王:断る。 勇者:えぇ? 魔王:像は元の位置に戻させてもらう。 勇者:頼むよ。 魔王:拒否する。 勇者:どうして? 魔王:貴様が帰ってきたときに、そこにあったら邪魔だろう? 勇者:……それは。 魔王:我が子の誕生に感きわまった貴様に扉ごと吹っ飛ばされてもかなわんしな。 勇者:ふふ、そうだね。 魔王:絶対に、帰ってこいよ。 勇者:…………。 魔王:待っておるぞ。マルスラン。 王女:帰ってきて、マルスラン。 勇者:クラリス。 王女:名前。ちゃんと教えてね。 勇者:あ、そうだった。 王女:忘れてたの……? 勇者:……ちゃんと、帰ってくるよ。 王女:……! うん……! 楽しみに、してるから。 魔王:あまりに遅いと、我が貴様の代わりにパパになる故、なるはやでな? 勇者。 勇者:……ははっ! それは大変だ。 魔王:だろう? 勇者:うん。……じゃあ、頼んだよ。魔王。 : 0:勇者、去る。 : 魔王:行っちまったな。 王女:……ふぅ、ふぅ……! 魔王:おい、王女よ、大丈夫か? 王女:…………んっ……ふぅ……。 魔王:え、ちょいちょいちょい……! これ、もしかして……! 王女:う、う……! あぁ……! 魔王:こっちも戦い始めてる!? 王女:ぁぁあ……! う……、うぅ! 生まれるっ……! 魔王:え、産まれるぅ?! 今?! ちょ待って! いや、え、これ、どうしたら良いの!? ちょっと! 勇者さん!? パパぁ! 帰ってこい! 我にどうしろと!? 王女:ヴォル、フラム、様……っ! あなただけが、希望、なの、です……! 魔王:もう、ほんとお主ら我を何だと思ってるの?! 魔王ぞ、我! え、え、取り敢えず玉座! 玉座に運ぶぞ? ふっかふかでリクライニングも出来る故! 王女:あ、ありが、とう、ござ、い……うあぁぁ……っ! 魔王:やばいやばいやばい! 流石に我じゃどうしようもねぇって! 王女:……マル、スラン……! 私、頑、張る、……! 魔王:おぉーい! メイド長ぉ! メイド長はおらぬか!? 王女:たの、しみ、だね、二、人の、……う、うん……! みん、なの……っ! 魔王:頑張れいける大丈夫だなんとかなるマルスランも応援してるぞクラリス! 王女:……っはぁ、っはぁ……っはぁ、っはぁはぁ……っ! 魔王:サキュバスとか、手が空いてそうなオークの女衆でもいいぞ! 取り敢えずなんかそういうの詳しそうな奴ぅ! : 王女:(M)かつて、星詠みの魔女は預言した。 : 魔王:救ってくれ! 二つの命とその未来がヤバいんだ! : 王女:(M)魔王の道の終着点を。 : 魔王:やばいのだ! : 王女:(M)勇者の道の終着点を。 : 魔王:勇者の子供が産まれそうなのだ! : 王女:(M)「覇道阻むは未来救う希望抱えし勇者のみ」 : 魔王:いや、どこでって―― : 0:玉座の間に配下が集まってくる。 : 魔王:――この魔王城で!!(同時) 王女:(M)この魔王城で。(同時) 勇者:(M)この魔王城で。(同時) : 魔王:生まれるんだよぉぉ! : 王女:(M)新たな冒険が始まる。