台本概要
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タイトル | 不憫な魔王と不運な勇者。 |
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作者名 | 音佐りんご。 (@ringo_otosa) |
ジャンル | ファンタジー |
演者人数 | 2人用台本(男1、女1) |
時間 | 60 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
強大すぎるその力は果たして誰がために。 ※本作には詠唱が含まれます。 ◆あらすじ◆ 今から十六年前、突如、全世界に軍勢を差し向けた魔王、ノヴァリス・ヴォルフ・シュテオロ・ファウストゥスの手により、世界は混沌の時代を迎えていた。そんな魔王を討伐するため、立ち上がった勇者ニコロ・マルフィは、ついに彼の魔王の居城ファウストゥスの玉座、その扉の前まで辿りついていた。しかしその先に居たのは彼の魔王の娘、レイラ・ウルリカ・シュテリーナ・ファウストゥスで、魔王っぽいことを言おうとする度に激しく咳き込む今にも死にそうな病弱っぷりだった。困惑する勇者と、魔王の責務を果たそうと咳き込む魔王の運命や如何に――! ◇ちゅうい◇ アドリブや性別変更はご自由に。ただし、若干恋愛要素ありますので、まぁ、百合や薔薇になってもエエやんエモいやんって方以外は気にしておくが吉。作者的には気にせん。むしろ、納得させる演技を聞かせてくれるなら何でもエエぞのスタンスで。 本作には詠唱がある関係上、難読漢字が含まれるかもしれません。不憫(ふびん)とか。 あとは劫火(こうかorごうか)とか、神髄(しんずい)、静謐(せいひつ)、頽廃(たいはい)、残焔(ざんえん)、灰燼(かいじん)、揺蕩(たゆた)う、無垢(むく)、死火(しか)、燦然(さんぜん)、昏(くら)く、斃(たお)れる、地味に漁村(ぎょそん)も引っかかるかも。 ……たぶん他にもありますが、わからなければ予め調べるか、適当にノリで乗り切ってください。 総文字数は15,800文字くらいです。通した時間は凡そ50分±5分くらいかと思います。 また、何かご要望等ありましたらお気軽にどうぞ。 350 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
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魔王 | 女 | 321 | レイラ・ウルリカ・シュテリーナ・ファウストゥス。 かつて絶大な魔力とカリスマ的な支配力で世界を征服せんとした魔王の娘であり、当代の魔王。父親譲りの優れた魔力と知性と美貌とカリスマ性を持つが、生まれながらに病弱。父含む周囲の大人に溺愛されて育った箱入り娘であることを自覚している。偉大な魔王である父の背中を見て育った純真な十六歳。感情込めて「魔王」と言おうとすると咳き込む。 (咳き込む際はマイクがボフらないように、また、頑張りすぎて喉を傷めないよう注意!) |
勇者 | 男 | 325 | ニコロ・マルフィ。 昨今では珍しい、正義に燃える善良な勇者。人々の希望を背負って戦う。一人称は僕だが、格好つけて俺と言いたいお年頃の、女の子と話すのがわりと苦手な思春期。漁村出身で特技は操船と釣り。趣味は旅の手記を書くこと。記憶力がちょっと良い。 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
0:◇◆◆◇
:
0:魔王の居城。
0:玉座の間の扉前に勇者ニコロ。
0:手記を書いている。
勇者:僕――いや、俺の名前はニコロ・マルフィ。世界を救う勇者をやっている。
勇者:絶大な魔力とカリスマ的な支配力で魔族を率い世界を征服せんとする魔王、ノヴァリス・ヴォルフ・シュテオロ・ファウストゥス。
勇者:今から十六年前、突如、彼の王は全世界に軍勢を差し向けた。それにより世界は混沌の時代を迎えた。
勇者:そんな魔王を討伐するために俺は戦い、ついに彼の魔王の居城ファウストゥスの玉座、その扉の前まで辿りついた。この先に魔王がいる。
勇者:俺はやつを倒す。そして必ずや、人々の不安で眠れぬ夜と俺の長い旅を終わらせる。
勇者:そう、あの人の為にも――。
勇者:――っと。手記はこんな感じで良いか。
勇者:……よし。行くか。
:
0:ニコロ、手記をしまうと扉を押し開ける。
0:玉座に魔王レイラ。
:
魔王:おぉ、勇者よ!
勇者:……お前が!
魔王:我が手勢を退けよくぞここまで辿りつ……けほっ、けほっ……!
:
0:魔王、激しく咳き込む。
:
勇者:……おい?。
魔王:けほっ!……ごめん、なさい。……んんっ。……ふぅ。
勇者:……。
魔王:辿り着いたな!待っていたぞ。勇っ、者。
勇者:耐えたな。
魔王:けほっ、けほっ!……名は何という?
勇者:ニコロ・マルフィ……だが、
魔王:勇者、ニコロ・マルフィ……!けほっ。けほっけほっ!
勇者:あー……貴様が、その、……魔王?
魔王:そう、我こそは魔族の軍勢を率い世界を征服せんとする魔……けほっ!王だ。
勇者:……なんて?
魔王:魔……けほっ!んんっ……!魔、けほうっ!
勇者:……。
魔王:けほっけほっ!けほっ!
勇者:えーっと……。あの、大丈夫?
魔王:けほっ、けほっ、……ま、魔お……けほっ!はぁはぁ、魔けほっ!魔!まぁっ!!けほっ!けほっ!
勇者:いや落ち着けって!一旦深呼吸しろよ、息乱れてるぞ!
魔王:あ……、深。呼吸……?んんっ!すーー……ふぅ。
勇者:落ち着いた?
魔王:おかげ、様で。……あの、ごめんなさい。
勇者:……何が?
魔王:実は私、持病であんまり長くないのです。
勇者:え?そう、なのか……?というか聞きたいんだけど。
魔王:はい?
勇者:ここって玉座の間、だよな?魔王城の。
魔王:はい、代々魔けほっ、うに伝わる由緒正しき玉座の間です。
勇者:……その豪華で禍々しい雰囲気の、
魔王:ええ。
勇者:椅子、というか、リクライニング式ベッドみたいなの、ほんとに玉座?見たことある気がするんだけど、病院で。
魔王:見て分かりませんか?玉座です。
勇者:ベッドじゃなくて?
魔王:ベッドにもなるんです。
勇者:はぁ。
魔王:私のために四天王の一人、マッシブ・ゴリアスが作ってくれた自慢の逸品です。
勇者:あいつが作ったんだ……。意外に器用だったんだな。
魔王:ええ、「おいらに任せなぁレイラ様ぁ!」と。あなたが殺したマッシブ・ゴリアスが。
勇者:……。
魔王:だから、これは形見ですね。ふふ、彼の優しさを感じます。……うっ、ぐすっ。ひくっ……けほっ、けほっ!
勇者:……。あの。なんか、ごめん。
魔王:んんっ。……ふぅ。良いのです。私はあなたを決して許しませんが、あなたにも彼を手にかけるだけの事情がある。
勇者:それは、
魔王:それが戦いなのですから、仕方の無いことです。咎める資格などあるはずも無い。ですが、私は魔、けほっ!うとして、彼の仇をとらな……けほっ!けほっ!
勇者:……あんた、ほんとに魔王、で合ってる?
魔王:はぁ、はぁ……あ、合ってます、よ?
勇者:違うと言って欲しかったわ。でも僕――俺の聞いてた魔王って、何百年と生きてる大男の筈だったんだけど……ほんとに?
魔王:あぁ……父は、先代魔けほっけほ、王、ノヴァリス・ヴォルフ・シュテオロ・ファウストゥスは、昨年の暮れに亡くなりました。
勇者:そこはすらすらと言えるんだ。……え?死ん?!じゃあ、あんたは?
魔王:私はその娘レイラ・ウルリカ・シュテリーナ・ファウストゥスです。
勇者:えぇー!?知らないうちに魔王が代替わりしてた!?あの、ほんとに失礼な質問で申し訳ないんだけど、
魔王:なんでしょうか?
勇者:どうして先代魔王は死ん……お父様は亡くなられたんだ?他の勇者に倒された、とか?
魔王:はぁ?
勇者:え?
魔王:勇者に?勇者風情に?っは!そんなわけほっ!けほっ!……ぁ、ありません!
魔王:お父様は歴代最高の魔力と知性と高潔な意志と優しさを兼ね備えた至上の支配者で、勇者如きにけほっ!けほっ、けほっ……!!
勇者:お、落ち着けって、ゆっくりで良いから。
魔王:はぁ、はぁ……。……ふぅ。
勇者:……どうして亡くなったの?
魔王:父は、
勇者:父は?
魔王:……ろ、老衰で……。うぅ……。
勇者:天寿全うしてんじゃねぇよ魔王!
魔王:うぅ、大往生でした……。
勇者:なんか腹立つわ!
:
魔王:あ、あの、すみません、折角なのでもう一回名乗っても良いですか?
勇者:なんで?
魔王:今のところちゃんと名乗れてないので、
勇者:気にしてんのかよ。いや、別にいらないよ。
魔王:で、でも!けほっ。
勇者:ついさっき名前聞いたし。えーっと、レイラ・ウルリカ・シュテリーナ・ファウストゥス……だっけ?
魔王:すごい!一度聞いただけで私の名前を覚えられた方は初めてです!賢いのですね!
勇者:かしこ……!?こ、これでも勇者だからな!無駄にクソ長い魔法の詠唱とか小難しい武術指南書の内容も暗記してるし、その、記憶力には結構、自信あるんだ。
魔王:そうなのですね!
勇者:あの人――師匠にぶん殴られながら死ぬ気で鍛えたってのもあるけど。
魔王:まぁ……!お師匠さんに。厳しいお方だったのですか?
勇者:うん、だった、かな。けど、げんこつ以外にも色々もらったよ。
魔王:……そう、ですか。
勇者:おかげでこうして勇者としてやってられる。一緒に焼き付いたあの地獄の日々だけは忘れたいけど。はは。
魔王:大切なのですね、けほっけほっ。
勇者:まぁ、ね。
魔王:私も、
勇者:うん?
魔王:覚えるのは得意なのです。昔から身体が弱くて、よく本を読んでいたのですけれど、読んだものを自然に覚えちゃうのです。
勇者:へー!すごいな!
魔王:そ、それ程でも……!
勇者:ちなみにどんなの読むんだ?物語とか?
魔王:そうですね!私は、けほっ、キスでお姫様の呪いが解けるような王道の物語とか、ドラゴン退治の英雄の伝承とか、神様が人々の困難を救ったり、逆に困らせたりするような神話も好きですけれど、
勇者:伝承、神話……なんか渋いな。
魔王:ふふふ、そうかもしれませんね、古い本が多かったですから。他にも歴史書や地学書、伝記、哲学書、魔法理論、超古代呪法の技術書……色々読みます!
勇者:色々?
魔王:錬金術師の門外不出の手記とか、禁術を記した魔道の神髄に到る秘奥の書、あらゆる宗教の中で禁忌とされた書物なんてものもありましたね。どれも興味深い内容でした。けほっ。
勇者:なんか、ヤバそうなんだけど、それ。
魔王:お城の外にも出られませんから、お父様が世界中から集めてきた書庫の本もほとんど読み尽くしてしまって。
勇者:大変なんだな……。
魔王:いえ、お父様や配下のみんなによくしてもらっていたので不自由なく、こうして今日まで生きられています。
勇者:そうなのか?随分窮屈そうな気はするけど。
魔王:そんなことはありません。けほっ、もとより身体を動かすのは苦手ですから、どうせ外になんて出られませんし。っけほ。
勇者:……見てみたいものとか、無いの?
魔王:見てみたいもの、ですか?
勇者:ああ。本で色んなものを知ってるのかも知れないけど、実際に見たときの感動は、やっぱ、すごいぞ。
魔王:感動?
勇者:長い旅をしてきた僕――俺が言うんだ。間違いない。
:
0:間。
:
魔王:海。
勇者:海?
魔王:海が……けほっ、見てみたいです。
勇者:あー、海かぁ。
魔王:海、好きではありませんか?
勇者:そうじゃなくてさ、故郷が漁村だからありがたみがね。
魔王:そう、なんです?
勇者:あの頃は苦労も多かったから。あ、でも海を渡って他の大陸に行ったのは、この旅でも印象深いかな。
魔王:他の大陸……!
勇者:長い船旅でずいぶん疲れたけどね。ちなみに釣りとか得意なんだ。
魔王:釣り?
勇者:うん。君はなんか得意なことある?
魔王:得意……けほっ。考える……こと?
勇者:へー、僕は考えるの苦手かな。
魔王:そうなんですか?でも、勇者さまとっても賢いと思います。
勇者:ぼ、僕――いや、ほら、俺は記憶力だけだから。これもなんていうか頭というか、身体で覚える、みたいな。だから考えるのは、ちょっとね!
魔王:ふふふ。謙虚なんですね?
勇者:あはは。小心者なだけさ。
魔王:ふふ、けほっ、けほっ……!
勇者:大丈夫か!?
魔王:ええ、おかげさまで。
勇者:良かった……!……いや良くねぇ!
魔王:……?どうされたんですか?
勇者:何和んでんだよ!僕――いや俺は!相手は魔王だろうが!
魔王:はい?
勇者:いや、これは、魔王なのか?普通の女の子じゃ……いやいや!
魔王:勇者さま?
勇者:「勇者さま?」じゃなくて!
魔王:勇者さまじゃ無いんですか?
勇者:いや、俺は間違いなく勇者だけど、なんで、さまを付けるんだよ!敵同士だろ?!
魔王:だって……、
勇者:だって?
魔王:その方がかわいいから。
勇者:かわいいから呼んでたのかよ!お前本当に魔王かよ!
魔王:あ。まだ疑ってるんですか……?!私が魔けほっ、けほっ……!王、でないと、けほっ……。
勇者:そりゃ、こんな警戒心皆無で咳き込んでる魔王見たこと無いもん。
魔王:っは……!確かに。
勇者:確かにじゃねぇよ。でも、それ言ったらそんな魔王と戯れてる、勇者のアイデンティティは……。
:
勇者:いやいやいや。余計なことは考えるな、ニコロ・マルフィ。目の前の魔王を倒す。それが勇者の使命じゃないか!よし、
魔王:勇者?
勇者:話はもう終わりだ、魔王。
魔王:もう、おしまいなんですね……。けほっ。残念です。
勇者:しゅんとするなよ!?僕――俺たちは戦う宿命なんだぞ?
魔王:宿命……。そう、ですよね。んんっ。では、今度はちゃんと名乗りますね。我こそは魔けほっ……魔けほっけほっ……あれ?
勇者:……はぁ。あのさ、言いにくいんだけど、もうそれやめとこうぜ?
魔王:どうして、けほっ!
勇者:いや、今のとこ魔王って一回も名乗れてないもん。
魔王:っは……!
勇者:さっきから「魔王」がその咳き込みの引き金になってるもん。
魔王:っは!
勇者:名乗らなくても「あなたは魔王ですか?」「YES」でもう良いじゃん。
魔王:それは!
勇者:なんか、正直その、見てられない。
魔王:私が、けほっ。み、見苦しいのは承知で、す……!けほっけほっ!
勇者:あーあー!
魔王:これは、魔けほっけほっの矜恃なのです。
勇者:自分を魔けほけほ。としか言えてない魔王に果たして矜恃がありや否や。
魔王:そんなこと言わず、ほら!見て下さい、今私ちょっと調子、良くなってきましたから、ほら!次こそは、いける、いけっ……けふ。いけます。
勇者:いやどこが?ちょっと出そうになってるよ?
魔王:そん、な、ことありません、はぁ、はぁ。……ね?大丈夫。これじゃダメ、ですか?
勇者:いや、ダメだろ。なんか死にそうになってるし。
魔王:そ、そうですよね、私なんて、全然ダメ……死んだ方がいいですよね。けほっ、けほ。
勇者:いや、死んだ方が良いとかは、
魔王:どうして、どうして?けほっ……。
勇者:な、何が?
魔王:どうして、私なんて生まれてきてしまったのでしょう?
勇者:……!
魔王:生まれつきこんな身体で、役立たずで、魔けほっ、王の、んっ、私はお父様の面汚し……!あぁ、ごめんなさい、お父様。
勇者:えっと……。
魔王:私なんかじゃ、偉大なお父様の遺志を継ぐことも、ご恩を返してあげることも……!けほけほ……うぅ……。きっと私なんて、いない方が良かった!
勇者:おかしいなぁ、僕――俺、魔王退治に来たはずなのに、なんでこんな気持ちになってるんだ……?
魔王:そしたらもっと、世界は平和だったんです、
勇者:「お前はこの世界にいちゃいけない存在なんだ!」みたいな台詞、魔王に言おうとしてたんだけど、うん。言えるわけないな。
魔王:しかも、敵である勇者にまで迷惑かけて、
勇者:いや、別に迷惑とかそんな、んじゃ無い、と思う、けど。
魔王:私、魔っけほ、魔……けほっ!魔、けほけほ。……失格です。
勇者:……失格だとは思う。名乗れない時点で、多少はね。
魔王:けほっ、んんっ。うぅ……っく……。
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0:玉座の間に魔王のすすり泣きが響く。
:
勇者:あー。いや、その……あのさ、そんな思い詰めなくても良いんじゃ無いのかなって、思ったり……思わなかったり。
魔王:えっ……?
勇者:まぁ色々さ、ハンデとか抱えてても、その、自分のやりたいこと、やらなくちゃいけないことのために頑張るのって、その、良いこと、というか、
魔王:けほっ。
勇者:かっこいい!んじゃないかな。
魔王:かっこいい?
勇者:っていうかさ、違うな、その……素敵?
魔王:す、素敵……?
勇者:的な……ああー!僕の語彙!そ、それは置いといて!
魔王:えぇ?
勇者:何でもかんでも背負い込みすぎても仕方なくね?まぁ僕――俺も、人々の命運とか希望とか師匠の遺志とか、色々全部背負い込んでここに立ってるからあんまり人のことどうこう言えないんだけどね。
魔王:……。
勇者:取り敢えず。失格とか、いない方が良かったとか、そういうのは……考えなくても、その、良いと思う!……かも知れない、というか、あー!なんて言うかその、元気出せよ。魔王?
魔王:……!
勇者:はー!なんだろ。勇者的にどうなんだ、この台詞。
魔王:私のことを、魔けほっ王と?
勇者:当たり前だろ?
魔王:ありがとうございます!勇者さま!
勇者:……。
魔王:あ、……勇者よ。
勇者:なんだかなぁ。
魔王:んんっ。あ、あー。よし。
勇者:もういい?
魔王:はい!
:
0:魔王、深呼吸。
:
魔王:……!我は!けほっ、けほっ……!うっ……!魔!けほっ。王、けほっけほっ!けほぉっ!!
勇者:だ、大丈夫か!?
:
0:魔王、吐血する。
:
魔王:……あ、血が。
勇者:ちょ!
魔王:あ、勇者さま、ごめんなさい。人前で血を吐くだなんて……けほっ。私ったら、はしたない。
勇者:いや、はしたないとかじゃなくて、それ大丈夫なのかよ!?
魔王:大丈夫、で、けほっ。慣れ、てますので。
勇者:慣れてるのかよ……。というか結構出てるぞ、それ……!
魔王:へへ、余裕のよっちゃんです。
勇者:余裕のよっちゃん……?
:
魔王:けほ、余裕のよっちゃんです。
勇者:いや、なにそれ?
魔王:四天王、ベストマスキュラー・ゴリアテの口癖でした。……気さくな方でした。「このくらい余裕のよっちゃんでさぁお嬢!」って。
勇者:いたな、そんなん。お嬢?
魔王:それにハンカチは持ってます。けほっ。
勇者:そういう問題じゃ無いと思う。
魔王:あれ?既に血が……。
勇者:もう、僕の使えよ。
魔王:え、よろしいのですか?
勇者:よろしいよろしい。吐血してる女の子――魔王見てるよりずっと。
:
0:と、ハンカチを渡す。
:
魔王:けほっ。ありがとうございます。
勇者:いいよ、別に。
魔王:あの、恥ずかしいので、後ろ向いてて下さいますか、勇者さま?
勇者:あ、ああ、すまん!
:
0:勇者、後ろを向く。
:
魔王:いえ、お気遣いありがとうございます。
勇者:……あれ。本当に背中向けて良いのか?ハンカチ渡したこの距離で?相手アレでも魔……王かどうかは怪しいけど。
:
0:魔王が口元を拭っている。
:
勇者:まぁ、いっか。
魔王:勇者!けほ。もう、いいで、けほけほっ!
勇者:無理して大きな声出さなくて良いよ!
魔王:……ふふ、名乗りも済んだところで、戦いましょうか、勇者よ。
勇者:え、今の名乗りおっけーなの?!
魔王:どうしたのだ?
勇者:いや。
魔王:さぁ、剣を抜きなさけほっけほっ。
勇者:抜けるか!
魔王:ど、どうして、やっぱり私が魔けほっ王として不甲斐ないからですか!?
勇者:その通りだけどそうと言いづらい、何だこれ!?
魔王:私達――我らは、戦う宿命なのけほっだ。さぁ剣を抜きなさけほっ、抜け勇者さま!
勇者:かわいいやつ出てるよ!
魔王:はぁ、はぁ。
勇者:こんなん戦えるわけ無いだろ!
魔王:どうして!
勇者:結構色んな話聞いちゃって、もうお前のこと魔王として見れなく、というか最初から一度たりとも魔王としてなんて見れて無い!無理。戦えない。
魔王:はぁはぁ、そ、そんなこと言わずに、勇者さ……あ!
:
0:勇者、踵を返す。
:
魔王:ちょっと、
勇者:じゃあな、魔王。
魔王:何を、けほっ、帰ろうとしているのだ勇者けほっ!
勇者:帰るしか無いだろ、こんなん。
魔王:倒すしかないでしょう、けほっ!
勇者:もう、魔王退治とか、微塵もやる気無いって。
魔王:何、やる気が失せた?っけほ、そのくらいのことで帰ると?!
勇者:別に世界が大変なことになりそうな気もしないし。
魔王:そんなことで勇者としての志を捨てるなんて!けほっけほっ。
勇者:そのくらいって言うけど勇者的にはこれ、かなり大きめのショックだったんだよ!
魔王:でも簡単に諦めるなんて、これだから最近の若い勇者は!けほっ!
勇者:確かに僕――俺は最近の若い勇者だけど、最近の若い勇者の中では比較的まともな方だと思うよ?
魔王:んんっ。「よろしいですか?己をまともだと認識している者は大抵信用できませぬ、人は誰しも己が狂気から目を逸らしてはならぬのですぞ。姫」って、四天王のマッチョ・ザ・ゴリゼンヴェイツェルが言ってました。
勇者:いたな、そんなの。めっちゃ強かったわ。というか多分、見た感じお前も若いだろ。魔族の基準がどうかは知らんけど、言わせてもらうなら、最近の若い魔王はって感じだよ。
魔王:確かに、そうかもしれませんけど、今は関係が、けほっ!
勇者:ちなみにいくつなの?
魔王:私ですか?十六です。
勇者:十六!?ほぼタメじゃん。というか年下!?
魔王:えっと、あなたは?
勇者:僕は十七だよ。
魔王:そうなんですね!勇者さまは一つお兄ちゃんでしたか。
勇者:お兄ちゃんとか言うな!……というか、そうか、十六で魔王になって先長くなくて……あぁぁ。なんか、だめだ、これちょっと、きつい!
魔王:……あ!じょ、女性にいきなり年齢を訊くなんてふしだらです!!「いいかしらぁんレイちゃん?そういう男には近づいちゃダメよぉん?」って四天王のマスラオ・金剛力士が言ってました!
勇者:いたな、そんなの。キャラ濃かったわ。
魔王:これだから最近の若い勇者は!
勇者:いや、今更だし、訊かれて答えるのも駄目じゃない?
魔王:はっ!?確かに。
勇者:俺もちょっと聞かなきゃよかったって思ってるけど……。お前、魔王の癖に基本的に、警戒心無いよな。
魔王:うぅ。私ってけほっ。ほら、こんな感じだから箱入り娘なのです。
勇者:言ってたな、外に出たこと無いって。
魔王:それに、周りの殿方なんてパパ、じゃなくて先代魔王か、親戚――四天王か、執――側近くらいのものでして、同年代の殿方と接したことも無いのです。
勇者:もうあえて突っ込まないが、それは狭い人間関係だな。寂しかったりしないのか?
魔王:えぇ、みんな優しかったので。……まぁもう全員死んでしまったので、私一人になってしまいましたけどね。
勇者:うっ!
魔王:あはは、けほっ、けほっ!
勇者:……なんか、心が痛い。
:
0:間。
:
魔王:そして私自身、もう長くありません。
:
勇者:……悔いは、無いのか?
魔王:悔いですか?
勇者:僕と戦ったら、君は間違いなく死ぬ。それで良いのか?たとえ、残り少ない命としても……!
魔王:ふふ、自信満々ですね。私、これでも結構強いんですよ?魔けほっけほっ、ぅ、ですからね?
勇者:いや。……でも、だとしても、勝つよ、俺は、勇者だから。
魔王:まぁ。
勇者:もっと、生きたいって、思わない?もっと、やりたいこととか、それこそ、外に出たいとか――!
魔王:思いません。
勇者:……!
魔王:……と言えば、嘘になりますね。
勇者:なら――!
魔王:でも。こうして最期に勇者さま、勇者と対峙できて良かった。
勇者:は……?
魔王:私の望みは、私の願いは、何だと思いますか?
勇者:そんなの、……知らねぇよ。
魔王:やりたいことを聞いたんです、考えてみて下さい。
勇者:……考えるのは苦手だ。
魔王:ふふ、そうでしたね。私は、ずっと考えていました。
勇者:ずっと、一人で……?
魔王:……お父様と、その配下、世話役だけがいるこのお城の中という閉じた世界で本を読みながら、色んなお話や歴史書の中に出てくる景色や世界に思いを馳せて、人々の考えに触れて十六年。私はずっと考えていました。
勇者:何を?
魔王:私の生きる意味。私の目標。
勇者:生きる意味。
魔王:先程は随分取り乱してしまいましたが、私はそう、お父様のように立派な魔王として生きたかったのです。
勇者:レイラ、今……!
魔王:ふふ、やっと、ちゃんと言えましたね、魔王。
勇者:……なんか、魔王の口から「魔王」って聞けただけなのにちょっと感動してるのはどうしてなんだ……!?
魔王:私には、分かります。それは、勇者さま、あなたが優しい人だからです。
勇者:や、やさし……!?
魔王:ふふ、それに、名前で呼んでくれましたね。
勇者:あ、いや、その……。
魔王:ニコロ。勇者さまがあなたで良かった。
勇者:魔王が君じゃなければ良かった。レイラ。
魔王:ふふ……。そしてついに魔王としての責務、無事、果たせそうで良かった。
勇者:何……?
魔王:安心して下さいお父様。私、レイラ・ウルリカ・シュテリーナ・ファウストゥスは立派に魔王やってます――。
勇者:なっ!
:
0:魔王の瞳に魔力が宿る。
:
魔王:――これより演ずるは澄み渡る夜空駆ける無数の星々が紡ぐ熱く烈しくされど静謐なる祈りのような宴。
勇者:何を……!?
魔王:寄る辺なき魂に一枚の銀貨、救いなき魂に一欠片のパンを与え、苦悩を噛みしめ生と死の狭間、原初の記憶、その海原を流転する旅人よ。
魔王:真実を忘却し、与えられた虚偽虚飾に満ちた営みの絵空事に幸福を見出し埋没。摩耗し、腐食し、凋落し、風化し、鈍化し、頽廃する望みの中でただ安らかなる終局を。
魔王:サイレンス・オブ・ロスト・イノセンス。
勇者:その力は……!
魔王:強制的に、魔王の力の全てを解放し、この身に顕現する秘奥の魔法です。
勇者:魔王の力の全てって、
魔王:けほっ……。
勇者:そんな身体で耐えられるのか?!
魔王:さぁ、剣を抜きなさい勇者ニコロ・マルフィ。
勇者:出来ない!
魔王:逃げるのですか、魔王を前に!勇者が!
勇者:確かに、お前は魔王で、僕は勇者だ。けど、なんで僕達が、戦わなくちゃならないんだ、使命だから!?宿命だから!?そんなの……!
魔王:そうです、使命であり、宿命だから。――フレア・バースト。
勇者:速いっ……!
魔王:くっ、けほっ……!
勇者:レイラ!
魔王:アイシクル・プリズン――!
勇者:っは……!?
魔王:かふっ……!こんな時に死に損ないの魔王の心配ですか?あなたは人々の希望を背負う勇者なのでしょう!そして私は、貴様に同胞を、我が手勢を屠られた魔王だ。仇は討たねば、父の野望を成し遂げねば……!
勇者:レイラ……!
魔王:ストーム・オブ・ダイヤモンドダスト!
勇者:くあぁっ!
魔王:さぁ、剣を手に戦いなさい勇者!
勇者:無理だ、僕には、それが正しいことだと思えない。
魔王:魔王であるこの私を殺すのは勇者として正しいこと!
勇者:そんな答えは、そんな結末は間違ってる!
魔王:死にかけの小娘一人殺せないで何が勇者ですか!
勇者:そんなのは勇者じゃない!
魔王:さぁ、戦え勇者!けほっけほっ、私の命が尽きぬうちに!スティール・ジャッジメント!
勇者:お前とは、君とは戦いたくない!もうやめよう、レイラ!
魔王:そう……、ならば、
勇者:……!
魔王:先にあなたの命が尽きることになり……けほっけほっ、けほっ、けほっ!……っ!
勇者:無茶だ!魔力の流れで分かる、どう見ても身体が耐え切れてない!
魔王:はぁ、はぁ……!
勇者:そんなんじゃ、仮に僕を倒したとしても直ぐに死ん――。
魔王:そんなの分かってる!
勇者:何!?
魔王:魔法で延命してやっとの継ぎ接ぎの命。けほっけほっ、これが、最後のチャンスなのですよ。
勇者:レイラ、君は……!
:
魔王:もともと、この身体は、けほっけほっ!んっ、持って、あと一年。
勇者:たった一年、
魔王:こうして動けるのは、半年が限界。
勇者:そんな……!なにか方法があるはずだ!
魔王:無いですよ、そんなもの。
勇者:どうして、そう言い切れる!?世界は君が思っている以上に広いんだ!きっと何かいい手がある!
魔王:「すまない、レイラ」
勇者:なに?
魔王:お父様が最期に言った言葉。
勇者:どうして……?
魔王:きっと私なんていない方が良かった。そしたら、
勇者:またそんな!
魔王:そしたら、もっと世界は平和だった。
勇者:……そんな!?
魔王:けほっ。けほっ。
勇者:ねぇ、レイラ。君は、
:
0:間。
:
勇者:十六歳、だよな?
魔王:……。
勇者:十六歳なんだよな……?
魔王:……ええ。
勇者:「咎める資格などあるはずも無い」
魔王:……けほっ。
勇者:「お父様や配下のみんなによくしてもらっていたので不自由なく、こうして今日まで生きられています」
魔王:…………けほっ。
勇者:「私はお父様の面汚し」
魔王:けほっ、けほっ。
勇者:物語、伝承、神話、歴史書、地学書、伝記、哲学書、魔法理論、超古代呪法の技術書、錬金術師の手記、魔道の神髄に到る秘奥の禁術書、あらゆる宗教の中で禁忌とされた書物。
魔王:……。
勇者:それら「お父様が世界中から集めてきた書庫の本」!
魔王:ねぇニコロ、
勇者:魔王が、先代ノヴァリス・ヴォルフ・シュテオロ・ファウストゥスが、突如として侵攻を始めたのは、今から十六年前。
魔王:考えるのは、
勇者:そして今、僕の目の前にいる、十六歳の、魔王の娘レイラ・ウルリカ・シュテリーナ・ファウストゥス。
魔王:苦手だって言ってたのに。
勇者:なぁ、レイラ。
魔王:何?
勇者:宿命って、そういうことなのか?
魔王:そう。
勇者:君は、死ぬつもりだったのか?最初から僕に、勇者に殺されて!
魔王:それは少し、違う。
勇者:違う?やっぱり生きたかったのか?
魔王:ううん、それが一番間違ってる。
勇者:え?
魔王:私は、元あるところに帰るだけ。お父様の遺志で生きてみようと思ったけれど、或いは償いのつもりもあったのかも知れない。でも、けほっけほ、けほっ、うっ……!
勇者:レイラ!
魔王:その全部。中途半端。いいえ、はっきり言って、私は駄目だった。名乗ることも満足に出来ない、辛うじて動くだけの屍。
勇者:そんなことは!
魔王:生きてなんていない。お父様の為に生きたつもりだった、お父様に付き従って、私を大事にしてくれた、皆のために生きたつもりだった。なのに、もう、私一人なんだ。けほっ!
勇者:おいレイラ!?
魔王:私なんかのために、私みたいな出来損ないの為に、けほっけほっ、けほ……!
勇者:しっかりしろ!
魔王:しっかり、しないと。はぁっ、皆は、死んだ。お父様にあんな顔をさせた……!けほっ!
勇者:分かってる、……でも!それは君に生きて欲しいと、皆が、お父さん達が願ったからで――!
魔王:――いいえ、勇者ニコロ・マルフィ。……あなたは何も分かってない!
勇者:何が!
魔王:お父様は、魔王は、私の為、たかが私一人のために、世界を混沌に陥れた。
勇者:仕方ないじゃないか、だって……、
魔王:仕方ない?それはけほっ、決して許されることではない、どんな美談にしたところで、それは、許されざる悪で、ここに来る前のあなたは、それを分かっていた、今は何も。分かって……いない!
勇者:でも!
魔王:私は、私を、魔王失格と言ったけれど、違った。そう、気付いていた。
勇者:もういいよ、十分だ……!
魔王:私は誰よりも魔王だ。生まれ落ちたことで、世界は混沌に包まれた……!
魔王:けほっ、お父様は歴代最高の魔力と知性と高潔な意志と優しさを兼ね備えた至上の王だった、お父様は、魔王なんかじゃ無かった、私が、けほっ、けほっ、けほっ!
勇者:レイラ!
魔王:あ……ぁ、そ、そう、私が、けほっ、私がお父様を――
:
0:間。
:
魔王:魔王にしたんだ……!
勇者:レイラ……。
魔王:殺せ、勇者。
勇者:断る。
魔王:目の前の、醜悪なる魔王を。
勇者:嫌だ。
魔王:断ち切れ。
勇者:出来ない。
魔王:その命を。
勇者:御免だ。
魔王:宿命を。
勇者:知るかよ。
魔王:その手で。
勇者:ふざけんな。
魔王:それがお前の使命じゃ無いか勇者!
勇者:目の前の女の子一人救えないで何が勇者だ!
魔王:世界の一つも救えないで何が勇者だ!
勇者:それでも僕は勇者なんだ!
魔王:けほっ、魔王を殺せ勇者!
勇者:魔王なんてもうどこにもいない!
魔王:私は、ここに、けほっけほっ、我は、レイラ・ウルリカ・シュテリーナ・ファウストゥス、けほっ、世界を混沌に陥れた魔王はここにいる、諸悪の根源はここに!
勇者:いない!いるのはただの――!
魔王:討て!けほっ、勇者ニコロ・マルフィ!
勇者:――ただの可愛くてかわいそうで不幸で不憫な女の子だ!
魔王:ニコロ……。
勇者:レイラ……!
:
勇者:君は普通の女の子だなんだよ。
魔王:……だとしても、それでも、我は、魔王!
勇者:違うんだ、君は!
魔王:違わない、何も!そして、そして貴様は不運にも、けほっ、勇者なのだ、その役目を果たせ!
勇者:レイラ!
魔王:――ダークネス・フレイム!
勇者:っく……!
魔王:人々の不安で眠れぬ夜と貴様の長い旅を終わらせろ!勇者!
勇者:知ったことか!
魔王:お前が私を殺せないというのなら、
勇者:……!?
魔王:私が、しっかり、この世界を終わらせないと。
勇者:よせ、やめろレイラ!
魔王:たとえ、このか細き命を全て闇の炎にくべたとしても!
勇者:もうとっくに、その身体は!
魔王:なら、私と一緒に死ぬ?死んでくれる?
勇者:そんなの……!
魔王:ごめんね、ニコロ。
勇者:……っ!?
魔王:――この世の理、幾千幾万過ぎゆくは死を忘却せし屍共の果て無き葬列。
勇者:レイラ!っく!
魔王:地獄は溢れ、尽き得ぬ災禍、醜悪なる混沌が世界を覆う。
勇者:――終わりなき絶望の底揺蕩う我ら、無慈悲なる死の神に抗って列を為し、降り掛かる厄災と心侵す虚無を払い、それでも斃れ、もがき苦しみ、渇望し、惑い、時に諦観する。
魔王:やがて星無き夜空に二羽の名も無き鳥が舞い上がり、無垢と不浄を混ぜるその羽ばたきにより無辺の闇は満ちる。
勇者:しかしそれで良いのだろうか、世界は昏く、常に死を求める愚者の行軍か。
魔王:茫漠たる暗がりの中、ここに燻るは終末もたらす残焔の灰燼。
勇者:いや、否だ!我は拒絶し打倒する!そして、この瞳が見つめる先は幸福なる世界、心が向かう先はただ温かな光!
魔王:そう我の名は、劫火。
勇者:この剣閃は光無き夜空に灯る一条の希望!そう、いつだって!!
魔王:世界を燦然たる死火で照らす者――!
勇者:闇を振り払うその者の名は――!
魔王:アポカリプス・オブ・ダーク・プロミネンス!
勇者:スターライト・ブレイヴ・スーパー・ノヴァ!
:
0:玉座の間に闇と光が弾ける。
:
魔王:ニコロ――――っ!
勇者:レイラ――――っ!
:
0:◇◇
:
0:壁や天井は消し飛び、夜空が見える。
0:瓦礫の中に、勇者が倒れている。
:
勇者:うっ……!っは!?レイラ?!レイラぁ!
勇者:……レイラ。っくそぉ!
0:長い間。
魔王:……けほっ、
勇者:レイラ!?どこだ、レイラ!
:
0:瓦礫の下にレイラ。
:
勇者:この下に、いるんだな、待ってろ、今瓦礫をどけるから!うおぉっ!
魔王:けほっ、
勇者:レイラ!良かった、生きて……!
魔王:……かはは、見事だ勇者よ。
勇者:見事?なにも、見事なんかじゃ無い、こんな結末、僕は望んでなかった!
魔王:けほっ……、そ、う、でも我は、わたしは、これで良かったと、けほっ、思うのです。けほっ、
勇者:レイラ……!?
魔王:さぁ、私にとどめを刺、けほっ……して。
勇者:い、嫌だ。
魔王:分かって、いるでしょう?あなたは、勇者で、私は魔、けほっ、お、っけほ……。あれ……?ふふ、ふ、言えなくなって、しまいましたね、けほっ、
勇者:もう喋るな、レイラ、
魔王:いいえ、っけほ……。今、喋らないと、もう、あなたと話す機会、も、ありませんか、ら……。
勇者:そんな弱気になるなよ、レイラ!お前は魔王だろ、偉大なる先王ノヴァリス・ヴォルフ・シュテオロ・ファウストゥス自慢の娘だろ!?
魔王:あれ、自慢、だなんて……、言いました、っけほ……っけほっ……。
勇者:お前があれだけ自慢した親父だ。可愛い娘を、世界に代えても守りたかった。幸せを願った娘を、大事に思ってなかったわけ、無いだろ?
魔王:そ、う、ですね、ふふ、けほっ、嬉し、い……。
勇者:……。
魔王:……ねぇ、勇者さま、けほっ、
勇者:なんだよ、魔王?
魔王:似て、います、ね。
勇者:似ている……?
魔王:けほっ。お父様、に。
勇者:……!
魔王:ふふ、やさしくて、あったかくて……。
勇者:それ、勇者的にどうなんだろ……。
魔王:けほっけほ、不名誉、ですよね、
勇者:まぁ。
魔王:……。
勇者:でも、勇者じゃなくて、
魔王:……?
勇者:レイラという女の子に出会った、一人のニコロ・マルフィ的には、なんていうか、嬉しい、かも、知れない。うん。
魔王:ニコロ……!っけほ!けほっ……!
勇者:レイラ!?
魔王:うん、だいじょう……ぶ、では、けほっ、無いで、す、が、はぁ……っ。
勇者:落ち着いて、そばに居るから。
魔王:ずっと、一緒にいてくれる?
勇者:ず、ずっと?!
魔王:最期の、けほっけほっ、
勇者:レイラ、
魔王:私の最期の、その時まで。
勇者:……!うん、いるよ、僕は君のそばに。
魔王:ありが、とう、でも、
勇者:でも?
魔王:どう、して?
勇者:それは、
魔王:けほっ、それは……?
勇者:勇者、だから。かな。
魔王:どういう理屈、です?
勇者:魔王の最期を、見届ける。的な?
魔王:ふふ、なにそれ、
勇者:はは、自分でも変だと思うけど、これは僕にしかできないことだから。
魔王:ニコロ……。
:
魔王:……あ、
勇者:どうしたの?
魔王:見て、
勇者:何を?
魔王:空、
勇者:空?
:
0:レイラの視線の先、崩落した天井の向こうに夜空が広がっている。
:
魔王:けほっ、屋根、が、
勇者:あ、ごめん、玉座の間、壊しちゃったね。
魔王:んん、良い、んです、けほっ、形ある物は、いつかは崩れる、から、
勇者:はは、心が広いね。この夜空のように。
魔王:魔、けほっ、王だから。
勇者:……無視された?
魔王:……。
勇者:綺麗だな。
魔王:え……?けほっ、けほっ!と、突然、き、けほっ、綺麗だ。なんて……!
勇者:いや、レイラじゃなくて、空が!
魔王:そ、ら……?
勇者:あーー!いや、レイラも!
魔王:も……?
勇者:レイラが!
魔王:が。
勇者:き、き、綺麗だよ!
魔王:ふ、ふふ、綺麗です、ね、けほっ、空。
勇者:もう!からかってるのか?
魔王:は、い、……でも、うれし……ぃ、
勇者:そ、そっか。……うん、そうだね。
魔王:う……ぅ、
勇者:痛むのか、レイラ?
魔王:う、痛い、……けど、
勇者:うん、
魔王:体、じゃなくて、心が、
勇者:……!
魔王:私……生きた、い……!
勇者:レイラっ!
魔王:ねぇ、に、ニコロ、けほっけほっ……!
勇者:レイラ……。
魔王:わた、し、けほっ、生きた、い……。
勇者:っ……!うん、生きよう、レイラ、一緒に、
魔王:一、緒に……?
勇者:うん、一緒に。大好きだ。レイラ。
魔王:大す……!?私、達、今日会ったばかりなのに?
勇者:ははは、関係、ないよ。……いいや、違うな。関係があった。
魔王:……?
勇者:今日、この時まで、僕が生きて、君が
魔王:私が、生き、て、……いたのは?
勇者:勇者と、
魔王:けほっ、けほっ……魔、王、
勇者:だったからだけじゃなくって、
魔王:な、くて?
勇者:宿命とか、運命とか、そういうものをひっくるめて、なんか、そう、なんていうか、遠くに生まれた星を結んだあの星座のように、きっと、僕と、君に繋がりが、あったからなんだよ。
魔王:よ、く、……けほっ、わからない。
勇者:ごめん、僕にもよく分かってないんだ、はは、
魔王:ふふ、……いい、よ。
勇者:でも、レイラ。これだけは自信を持って言える。
魔王:な、に?
勇者:僕は君が、好きだ。愛してる。
魔王:愛し、こん、な、私を……?
勇者:そんな君だからこそ。
魔王:そ、っか、
勇者:結婚しよう。
魔王:っけ……!?けほっけほっ!
勇者:大丈夫!?
魔王:だい、じょうぶ、じゃ、無い、
勇者:え?!
魔王:死に、そう……!
勇者:……!?
魔王:は……、
勇者:は?
魔王:恥ず、かしくて……。
勇者:……っ、は、はは、はははははは……!
魔王:む、……ふ、ふふ、……けほ、ふふふ……!
:
0:二人、笑い合う。
:
勇者:レイラ、
魔王:ニコロ、
勇者:あと一年でも一日でも構わない。僕は君の隣に一秒でも長く居たい。レイラ、僕と一緒に、生きよう。
魔王:けほっ、けほっ……、うん……!
勇者:レイラ!
魔王:ニコロ……!
:
0:二人、口づけを交わす。
:
勇者:……たとえ、この世界を滅ぼす魔王でも、僕は君を愛してる、レイラ。
魔王:わたしも、ニコロ。
:
0:◆◆
:
0:どこかの港に浮かぶ船。
:
勇者:俺――いや、僕の名前はニコロ・マルフィ。世界を救う勇者をやっていた。
勇者:かつて絶大な魔力とカリスマ的な支配力で魔族を率い世界を征服せんとした魔王、ノヴァリス・ヴォルフ・シュテオロ・ファウストゥス。
勇者:今から十八年前、突如、彼の王は全世界に軍勢を差し向けた。それにより世界は混沌の時代を迎えた。
勇者:そんな魔王を討伐するために俺は戦い、ついに彼の魔王の居城ファウストゥスの玉座、その扉の前まで辿りついた。その先に運命の――じゃなかった。
勇者:彼の魔王の娘レイラ・ウルリカ・シュテリーナ・ファウストゥスがいた。
勇者:僕は勇者として魔王を倒す。そして必ずや、人々の不安で眠れぬ夜と長く続く旅を終わらせる。そのつもりだった。
勇者:けれど、僕が出会ったのは恐ろしい魔王などでは無く、素敵で綺麗で可憐で、そして余命幾ばくもない女の子。誰が予想しただろう。やがて死にゆくその子に恋をし、僕の旅は――。
魔王:ニコロ!ニーコーロっ!
勇者:うわっ!?
魔王:何書いてるの?
勇者:あ、いや、ちょっと、その、秘密だ。
魔王:えー?私に隠し事なんて出来ると思ってるんですか?今、自白の魔法を……。
勇者:怖い怖い!?いや、ちょっと手記をね。
魔王:手記?なんで、それを隠すの?
勇者:いやぁ、その恥ずかしいから。
魔王:恥ずかしい?なんて書いてたの?
勇者:いや、その、レイラ。
魔王:な、何?ニコロ?
勇者:君が……大しゅき!ってね。
:
0:間。
:
勇者:……レイラ?
魔王:……も。
勇者:え?
魔王:私も!
勇者:……!
魔王:……!
勇者:……よ、よーし、行くか。
魔王:そ、そうだね!次はどこ行く?
勇者:そうだなー、海にも来たし、次は、
勇者:(M)――僕達の旅は今も続いている。
:
0:◆◇◇◆
0:◇◆◆◇
:
0:魔王の居城。
0:玉座の間の扉前に勇者ニコロ。
0:手記を書いている。
勇者:僕――いや、俺の名前はニコロ・マルフィ。世界を救う勇者をやっている。
勇者:絶大な魔力とカリスマ的な支配力で魔族を率い世界を征服せんとする魔王、ノヴァリス・ヴォルフ・シュテオロ・ファウストゥス。
勇者:今から十六年前、突如、彼の王は全世界に軍勢を差し向けた。それにより世界は混沌の時代を迎えた。
勇者:そんな魔王を討伐するために俺は戦い、ついに彼の魔王の居城ファウストゥスの玉座、その扉の前まで辿りついた。この先に魔王がいる。
勇者:俺はやつを倒す。そして必ずや、人々の不安で眠れぬ夜と俺の長い旅を終わらせる。
勇者:そう、あの人の為にも――。
勇者:――っと。手記はこんな感じで良いか。
勇者:……よし。行くか。
:
0:ニコロ、手記をしまうと扉を押し開ける。
0:玉座に魔王レイラ。
:
魔王:おぉ、勇者よ!
勇者:……お前が!
魔王:我が手勢を退けよくぞここまで辿りつ……けほっ、けほっ……!
:
0:魔王、激しく咳き込む。
:
勇者:……おい?。
魔王:けほっ!……ごめん、なさい。……んんっ。……ふぅ。
勇者:……。
魔王:辿り着いたな!待っていたぞ。勇っ、者。
勇者:耐えたな。
魔王:けほっ、けほっ!……名は何という?
勇者:ニコロ・マルフィ……だが、
魔王:勇者、ニコロ・マルフィ……!けほっ。けほっけほっ!
勇者:あー……貴様が、その、……魔王?
魔王:そう、我こそは魔族の軍勢を率い世界を征服せんとする魔……けほっ!王だ。
勇者:……なんて?
魔王:魔……けほっ!んんっ……!魔、けほうっ!
勇者:……。
魔王:けほっけほっ!けほっ!
勇者:えーっと……。あの、大丈夫?
魔王:けほっ、けほっ、……ま、魔お……けほっ!はぁはぁ、魔けほっ!魔!まぁっ!!けほっ!けほっ!
勇者:いや落ち着けって!一旦深呼吸しろよ、息乱れてるぞ!
魔王:あ……、深。呼吸……?んんっ!すーー……ふぅ。
勇者:落ち着いた?
魔王:おかげ、様で。……あの、ごめんなさい。
勇者:……何が?
魔王:実は私、持病であんまり長くないのです。
勇者:え?そう、なのか……?というか聞きたいんだけど。
魔王:はい?
勇者:ここって玉座の間、だよな?魔王城の。
魔王:はい、代々魔けほっ、うに伝わる由緒正しき玉座の間です。
勇者:……その豪華で禍々しい雰囲気の、
魔王:ええ。
勇者:椅子、というか、リクライニング式ベッドみたいなの、ほんとに玉座?見たことある気がするんだけど、病院で。
魔王:見て分かりませんか?玉座です。
勇者:ベッドじゃなくて?
魔王:ベッドにもなるんです。
勇者:はぁ。
魔王:私のために四天王の一人、マッシブ・ゴリアスが作ってくれた自慢の逸品です。
勇者:あいつが作ったんだ……。意外に器用だったんだな。
魔王:ええ、「おいらに任せなぁレイラ様ぁ!」と。あなたが殺したマッシブ・ゴリアスが。
勇者:……。
魔王:だから、これは形見ですね。ふふ、彼の優しさを感じます。……うっ、ぐすっ。ひくっ……けほっ、けほっ!
勇者:……。あの。なんか、ごめん。
魔王:んんっ。……ふぅ。良いのです。私はあなたを決して許しませんが、あなたにも彼を手にかけるだけの事情がある。
勇者:それは、
魔王:それが戦いなのですから、仕方の無いことです。咎める資格などあるはずも無い。ですが、私は魔、けほっ!うとして、彼の仇をとらな……けほっ!けほっ!
勇者:……あんた、ほんとに魔王、で合ってる?
魔王:はぁ、はぁ……あ、合ってます、よ?
勇者:違うと言って欲しかったわ。でも僕――俺の聞いてた魔王って、何百年と生きてる大男の筈だったんだけど……ほんとに?
魔王:あぁ……父は、先代魔けほっけほ、王、ノヴァリス・ヴォルフ・シュテオロ・ファウストゥスは、昨年の暮れに亡くなりました。
勇者:そこはすらすらと言えるんだ。……え?死ん?!じゃあ、あんたは?
魔王:私はその娘レイラ・ウルリカ・シュテリーナ・ファウストゥスです。
勇者:えぇー!?知らないうちに魔王が代替わりしてた!?あの、ほんとに失礼な質問で申し訳ないんだけど、
魔王:なんでしょうか?
勇者:どうして先代魔王は死ん……お父様は亡くなられたんだ?他の勇者に倒された、とか?
魔王:はぁ?
勇者:え?
魔王:勇者に?勇者風情に?っは!そんなわけほっ!けほっ!……ぁ、ありません!
魔王:お父様は歴代最高の魔力と知性と高潔な意志と優しさを兼ね備えた至上の支配者で、勇者如きにけほっ!けほっ、けほっ……!!
勇者:お、落ち着けって、ゆっくりで良いから。
魔王:はぁ、はぁ……。……ふぅ。
勇者:……どうして亡くなったの?
魔王:父は、
勇者:父は?
魔王:……ろ、老衰で……。うぅ……。
勇者:天寿全うしてんじゃねぇよ魔王!
魔王:うぅ、大往生でした……。
勇者:なんか腹立つわ!
:
魔王:あ、あの、すみません、折角なのでもう一回名乗っても良いですか?
勇者:なんで?
魔王:今のところちゃんと名乗れてないので、
勇者:気にしてんのかよ。いや、別にいらないよ。
魔王:で、でも!けほっ。
勇者:ついさっき名前聞いたし。えーっと、レイラ・ウルリカ・シュテリーナ・ファウストゥス……だっけ?
魔王:すごい!一度聞いただけで私の名前を覚えられた方は初めてです!賢いのですね!
勇者:かしこ……!?こ、これでも勇者だからな!無駄にクソ長い魔法の詠唱とか小難しい武術指南書の内容も暗記してるし、その、記憶力には結構、自信あるんだ。
魔王:そうなのですね!
勇者:あの人――師匠にぶん殴られながら死ぬ気で鍛えたってのもあるけど。
魔王:まぁ……!お師匠さんに。厳しいお方だったのですか?
勇者:うん、だった、かな。けど、げんこつ以外にも色々もらったよ。
魔王:……そう、ですか。
勇者:おかげでこうして勇者としてやってられる。一緒に焼き付いたあの地獄の日々だけは忘れたいけど。はは。
魔王:大切なのですね、けほっけほっ。
勇者:まぁ、ね。
魔王:私も、
勇者:うん?
魔王:覚えるのは得意なのです。昔から身体が弱くて、よく本を読んでいたのですけれど、読んだものを自然に覚えちゃうのです。
勇者:へー!すごいな!
魔王:そ、それ程でも……!
勇者:ちなみにどんなの読むんだ?物語とか?
魔王:そうですね!私は、けほっ、キスでお姫様の呪いが解けるような王道の物語とか、ドラゴン退治の英雄の伝承とか、神様が人々の困難を救ったり、逆に困らせたりするような神話も好きですけれど、
勇者:伝承、神話……なんか渋いな。
魔王:ふふふ、そうかもしれませんね、古い本が多かったですから。他にも歴史書や地学書、伝記、哲学書、魔法理論、超古代呪法の技術書……色々読みます!
勇者:色々?
魔王:錬金術師の門外不出の手記とか、禁術を記した魔道の神髄に到る秘奥の書、あらゆる宗教の中で禁忌とされた書物なんてものもありましたね。どれも興味深い内容でした。けほっ。
勇者:なんか、ヤバそうなんだけど、それ。
魔王:お城の外にも出られませんから、お父様が世界中から集めてきた書庫の本もほとんど読み尽くしてしまって。
勇者:大変なんだな……。
魔王:いえ、お父様や配下のみんなによくしてもらっていたので不自由なく、こうして今日まで生きられています。
勇者:そうなのか?随分窮屈そうな気はするけど。
魔王:そんなことはありません。けほっ、もとより身体を動かすのは苦手ですから、どうせ外になんて出られませんし。っけほ。
勇者:……見てみたいものとか、無いの?
魔王:見てみたいもの、ですか?
勇者:ああ。本で色んなものを知ってるのかも知れないけど、実際に見たときの感動は、やっぱ、すごいぞ。
魔王:感動?
勇者:長い旅をしてきた僕――俺が言うんだ。間違いない。
:
0:間。
:
魔王:海。
勇者:海?
魔王:海が……けほっ、見てみたいです。
勇者:あー、海かぁ。
魔王:海、好きではありませんか?
勇者:そうじゃなくてさ、故郷が漁村だからありがたみがね。
魔王:そう、なんです?
勇者:あの頃は苦労も多かったから。あ、でも海を渡って他の大陸に行ったのは、この旅でも印象深いかな。
魔王:他の大陸……!
勇者:長い船旅でずいぶん疲れたけどね。ちなみに釣りとか得意なんだ。
魔王:釣り?
勇者:うん。君はなんか得意なことある?
魔王:得意……けほっ。考える……こと?
勇者:へー、僕は考えるの苦手かな。
魔王:そうなんですか?でも、勇者さまとっても賢いと思います。
勇者:ぼ、僕――いや、ほら、俺は記憶力だけだから。これもなんていうか頭というか、身体で覚える、みたいな。だから考えるのは、ちょっとね!
魔王:ふふふ。謙虚なんですね?
勇者:あはは。小心者なだけさ。
魔王:ふふ、けほっ、けほっ……!
勇者:大丈夫か!?
魔王:ええ、おかげさまで。
勇者:良かった……!……いや良くねぇ!
魔王:……?どうされたんですか?
勇者:何和んでんだよ!僕――いや俺は!相手は魔王だろうが!
魔王:はい?
勇者:いや、これは、魔王なのか?普通の女の子じゃ……いやいや!
魔王:勇者さま?
勇者:「勇者さま?」じゃなくて!
魔王:勇者さまじゃ無いんですか?
勇者:いや、俺は間違いなく勇者だけど、なんで、さまを付けるんだよ!敵同士だろ?!
魔王:だって……、
勇者:だって?
魔王:その方がかわいいから。
勇者:かわいいから呼んでたのかよ!お前本当に魔王かよ!
魔王:あ。まだ疑ってるんですか……?!私が魔けほっ、けほっ……!王、でないと、けほっ……。
勇者:そりゃ、こんな警戒心皆無で咳き込んでる魔王見たこと無いもん。
魔王:っは……!確かに。
勇者:確かにじゃねぇよ。でも、それ言ったらそんな魔王と戯れてる、勇者のアイデンティティは……。
:
勇者:いやいやいや。余計なことは考えるな、ニコロ・マルフィ。目の前の魔王を倒す。それが勇者の使命じゃないか!よし、
魔王:勇者?
勇者:話はもう終わりだ、魔王。
魔王:もう、おしまいなんですね……。けほっ。残念です。
勇者:しゅんとするなよ!?僕――俺たちは戦う宿命なんだぞ?
魔王:宿命……。そう、ですよね。んんっ。では、今度はちゃんと名乗りますね。我こそは魔けほっ……魔けほっけほっ……あれ?
勇者:……はぁ。あのさ、言いにくいんだけど、もうそれやめとこうぜ?
魔王:どうして、けほっ!
勇者:いや、今のとこ魔王って一回も名乗れてないもん。
魔王:っは……!
勇者:さっきから「魔王」がその咳き込みの引き金になってるもん。
魔王:っは!
勇者:名乗らなくても「あなたは魔王ですか?」「YES」でもう良いじゃん。
魔王:それは!
勇者:なんか、正直その、見てられない。
魔王:私が、けほっ。み、見苦しいのは承知で、す……!けほっけほっ!
勇者:あーあー!
魔王:これは、魔けほっけほっの矜恃なのです。
勇者:自分を魔けほけほ。としか言えてない魔王に果たして矜恃がありや否や。
魔王:そんなこと言わず、ほら!見て下さい、今私ちょっと調子、良くなってきましたから、ほら!次こそは、いける、いけっ……けふ。いけます。
勇者:いやどこが?ちょっと出そうになってるよ?
魔王:そん、な、ことありません、はぁ、はぁ。……ね?大丈夫。これじゃダメ、ですか?
勇者:いや、ダメだろ。なんか死にそうになってるし。
魔王:そ、そうですよね、私なんて、全然ダメ……死んだ方がいいですよね。けほっ、けほ。
勇者:いや、死んだ方が良いとかは、
魔王:どうして、どうして?けほっ……。
勇者:な、何が?
魔王:どうして、私なんて生まれてきてしまったのでしょう?
勇者:……!
魔王:生まれつきこんな身体で、役立たずで、魔けほっ、王の、んっ、私はお父様の面汚し……!あぁ、ごめんなさい、お父様。
勇者:えっと……。
魔王:私なんかじゃ、偉大なお父様の遺志を継ぐことも、ご恩を返してあげることも……!けほけほ……うぅ……。きっと私なんて、いない方が良かった!
勇者:おかしいなぁ、僕――俺、魔王退治に来たはずなのに、なんでこんな気持ちになってるんだ……?
魔王:そしたらもっと、世界は平和だったんです、
勇者:「お前はこの世界にいちゃいけない存在なんだ!」みたいな台詞、魔王に言おうとしてたんだけど、うん。言えるわけないな。
魔王:しかも、敵である勇者にまで迷惑かけて、
勇者:いや、別に迷惑とかそんな、んじゃ無い、と思う、けど。
魔王:私、魔っけほ、魔……けほっ!魔、けほけほ。……失格です。
勇者:……失格だとは思う。名乗れない時点で、多少はね。
魔王:けほっ、んんっ。うぅ……っく……。
:
0:玉座の間に魔王のすすり泣きが響く。
:
勇者:あー。いや、その……あのさ、そんな思い詰めなくても良いんじゃ無いのかなって、思ったり……思わなかったり。
魔王:えっ……?
勇者:まぁ色々さ、ハンデとか抱えてても、その、自分のやりたいこと、やらなくちゃいけないことのために頑張るのって、その、良いこと、というか、
魔王:けほっ。
勇者:かっこいい!んじゃないかな。
魔王:かっこいい?
勇者:っていうかさ、違うな、その……素敵?
魔王:す、素敵……?
勇者:的な……ああー!僕の語彙!そ、それは置いといて!
魔王:えぇ?
勇者:何でもかんでも背負い込みすぎても仕方なくね?まぁ僕――俺も、人々の命運とか希望とか師匠の遺志とか、色々全部背負い込んでここに立ってるからあんまり人のことどうこう言えないんだけどね。
魔王:……。
勇者:取り敢えず。失格とか、いない方が良かったとか、そういうのは……考えなくても、その、良いと思う!……かも知れない、というか、あー!なんて言うかその、元気出せよ。魔王?
魔王:……!
勇者:はー!なんだろ。勇者的にどうなんだ、この台詞。
魔王:私のことを、魔けほっ王と?
勇者:当たり前だろ?
魔王:ありがとうございます!勇者さま!
勇者:……。
魔王:あ、……勇者よ。
勇者:なんだかなぁ。
魔王:んんっ。あ、あー。よし。
勇者:もういい?
魔王:はい!
:
0:魔王、深呼吸。
:
魔王:……!我は!けほっ、けほっ……!うっ……!魔!けほっ。王、けほっけほっ!けほぉっ!!
勇者:だ、大丈夫か!?
:
0:魔王、吐血する。
:
魔王:……あ、血が。
勇者:ちょ!
魔王:あ、勇者さま、ごめんなさい。人前で血を吐くだなんて……けほっ。私ったら、はしたない。
勇者:いや、はしたないとかじゃなくて、それ大丈夫なのかよ!?
魔王:大丈夫、で、けほっ。慣れ、てますので。
勇者:慣れてるのかよ……。というか結構出てるぞ、それ……!
魔王:へへ、余裕のよっちゃんです。
勇者:余裕のよっちゃん……?
:
魔王:けほ、余裕のよっちゃんです。
勇者:いや、なにそれ?
魔王:四天王、ベストマスキュラー・ゴリアテの口癖でした。……気さくな方でした。「このくらい余裕のよっちゃんでさぁお嬢!」って。
勇者:いたな、そんなん。お嬢?
魔王:それにハンカチは持ってます。けほっ。
勇者:そういう問題じゃ無いと思う。
魔王:あれ?既に血が……。
勇者:もう、僕の使えよ。
魔王:え、よろしいのですか?
勇者:よろしいよろしい。吐血してる女の子――魔王見てるよりずっと。
:
0:と、ハンカチを渡す。
:
魔王:けほっ。ありがとうございます。
勇者:いいよ、別に。
魔王:あの、恥ずかしいので、後ろ向いてて下さいますか、勇者さま?
勇者:あ、ああ、すまん!
:
0:勇者、後ろを向く。
:
魔王:いえ、お気遣いありがとうございます。
勇者:……あれ。本当に背中向けて良いのか?ハンカチ渡したこの距離で?相手アレでも魔……王かどうかは怪しいけど。
:
0:魔王が口元を拭っている。
:
勇者:まぁ、いっか。
魔王:勇者!けほ。もう、いいで、けほけほっ!
勇者:無理して大きな声出さなくて良いよ!
魔王:……ふふ、名乗りも済んだところで、戦いましょうか、勇者よ。
勇者:え、今の名乗りおっけーなの?!
魔王:どうしたのだ?
勇者:いや。
魔王:さぁ、剣を抜きなさけほっけほっ。
勇者:抜けるか!
魔王:ど、どうして、やっぱり私が魔けほっ王として不甲斐ないからですか!?
勇者:その通りだけどそうと言いづらい、何だこれ!?
魔王:私達――我らは、戦う宿命なのけほっだ。さぁ剣を抜きなさけほっ、抜け勇者さま!
勇者:かわいいやつ出てるよ!
魔王:はぁ、はぁ。
勇者:こんなん戦えるわけ無いだろ!
魔王:どうして!
勇者:結構色んな話聞いちゃって、もうお前のこと魔王として見れなく、というか最初から一度たりとも魔王としてなんて見れて無い!無理。戦えない。
魔王:はぁはぁ、そ、そんなこと言わずに、勇者さ……あ!
:
0:勇者、踵を返す。
:
魔王:ちょっと、
勇者:じゃあな、魔王。
魔王:何を、けほっ、帰ろうとしているのだ勇者けほっ!
勇者:帰るしか無いだろ、こんなん。
魔王:倒すしかないでしょう、けほっ!
勇者:もう、魔王退治とか、微塵もやる気無いって。
魔王:何、やる気が失せた?っけほ、そのくらいのことで帰ると?!
勇者:別に世界が大変なことになりそうな気もしないし。
魔王:そんなことで勇者としての志を捨てるなんて!けほっけほっ。
勇者:そのくらいって言うけど勇者的にはこれ、かなり大きめのショックだったんだよ!
魔王:でも簡単に諦めるなんて、これだから最近の若い勇者は!けほっ!
勇者:確かに僕――俺は最近の若い勇者だけど、最近の若い勇者の中では比較的まともな方だと思うよ?
魔王:んんっ。「よろしいですか?己をまともだと認識している者は大抵信用できませぬ、人は誰しも己が狂気から目を逸らしてはならぬのですぞ。姫」って、四天王のマッチョ・ザ・ゴリゼンヴェイツェルが言ってました。
勇者:いたな、そんなの。めっちゃ強かったわ。というか多分、見た感じお前も若いだろ。魔族の基準がどうかは知らんけど、言わせてもらうなら、最近の若い魔王はって感じだよ。
魔王:確かに、そうかもしれませんけど、今は関係が、けほっ!
勇者:ちなみにいくつなの?
魔王:私ですか?十六です。
勇者:十六!?ほぼタメじゃん。というか年下!?
魔王:えっと、あなたは?
勇者:僕は十七だよ。
魔王:そうなんですね!勇者さまは一つお兄ちゃんでしたか。
勇者:お兄ちゃんとか言うな!……というか、そうか、十六で魔王になって先長くなくて……あぁぁ。なんか、だめだ、これちょっと、きつい!
魔王:……あ!じょ、女性にいきなり年齢を訊くなんてふしだらです!!「いいかしらぁんレイちゃん?そういう男には近づいちゃダメよぉん?」って四天王のマスラオ・金剛力士が言ってました!
勇者:いたな、そんなの。キャラ濃かったわ。
魔王:これだから最近の若い勇者は!
勇者:いや、今更だし、訊かれて答えるのも駄目じゃない?
魔王:はっ!?確かに。
勇者:俺もちょっと聞かなきゃよかったって思ってるけど……。お前、魔王の癖に基本的に、警戒心無いよな。
魔王:うぅ。私ってけほっ。ほら、こんな感じだから箱入り娘なのです。
勇者:言ってたな、外に出たこと無いって。
魔王:それに、周りの殿方なんてパパ、じゃなくて先代魔王か、親戚――四天王か、執――側近くらいのものでして、同年代の殿方と接したことも無いのです。
勇者:もうあえて突っ込まないが、それは狭い人間関係だな。寂しかったりしないのか?
魔王:えぇ、みんな優しかったので。……まぁもう全員死んでしまったので、私一人になってしまいましたけどね。
勇者:うっ!
魔王:あはは、けほっ、けほっ!
勇者:……なんか、心が痛い。
:
0:間。
:
魔王:そして私自身、もう長くありません。
:
勇者:……悔いは、無いのか?
魔王:悔いですか?
勇者:僕と戦ったら、君は間違いなく死ぬ。それで良いのか?たとえ、残り少ない命としても……!
魔王:ふふ、自信満々ですね。私、これでも結構強いんですよ?魔けほっけほっ、ぅ、ですからね?
勇者:いや。……でも、だとしても、勝つよ、俺は、勇者だから。
魔王:まぁ。
勇者:もっと、生きたいって、思わない?もっと、やりたいこととか、それこそ、外に出たいとか――!
魔王:思いません。
勇者:……!
魔王:……と言えば、嘘になりますね。
勇者:なら――!
魔王:でも。こうして最期に勇者さま、勇者と対峙できて良かった。
勇者:は……?
魔王:私の望みは、私の願いは、何だと思いますか?
勇者:そんなの、……知らねぇよ。
魔王:やりたいことを聞いたんです、考えてみて下さい。
勇者:……考えるのは苦手だ。
魔王:ふふ、そうでしたね。私は、ずっと考えていました。
勇者:ずっと、一人で……?
魔王:……お父様と、その配下、世話役だけがいるこのお城の中という閉じた世界で本を読みながら、色んなお話や歴史書の中に出てくる景色や世界に思いを馳せて、人々の考えに触れて十六年。私はずっと考えていました。
勇者:何を?
魔王:私の生きる意味。私の目標。
勇者:生きる意味。
魔王:先程は随分取り乱してしまいましたが、私はそう、お父様のように立派な魔王として生きたかったのです。
勇者:レイラ、今……!
魔王:ふふ、やっと、ちゃんと言えましたね、魔王。
勇者:……なんか、魔王の口から「魔王」って聞けただけなのにちょっと感動してるのはどうしてなんだ……!?
魔王:私には、分かります。それは、勇者さま、あなたが優しい人だからです。
勇者:や、やさし……!?
魔王:ふふ、それに、名前で呼んでくれましたね。
勇者:あ、いや、その……。
魔王:ニコロ。勇者さまがあなたで良かった。
勇者:魔王が君じゃなければ良かった。レイラ。
魔王:ふふ……。そしてついに魔王としての責務、無事、果たせそうで良かった。
勇者:何……?
魔王:安心して下さいお父様。私、レイラ・ウルリカ・シュテリーナ・ファウストゥスは立派に魔王やってます――。
勇者:なっ!
:
0:魔王の瞳に魔力が宿る。
:
魔王:――これより演ずるは澄み渡る夜空駆ける無数の星々が紡ぐ熱く烈しくされど静謐なる祈りのような宴。
勇者:何を……!?
魔王:寄る辺なき魂に一枚の銀貨、救いなき魂に一欠片のパンを与え、苦悩を噛みしめ生と死の狭間、原初の記憶、その海原を流転する旅人よ。
魔王:真実を忘却し、与えられた虚偽虚飾に満ちた営みの絵空事に幸福を見出し埋没。摩耗し、腐食し、凋落し、風化し、鈍化し、頽廃する望みの中でただ安らかなる終局を。
魔王:サイレンス・オブ・ロスト・イノセンス。
勇者:その力は……!
魔王:強制的に、魔王の力の全てを解放し、この身に顕現する秘奥の魔法です。
勇者:魔王の力の全てって、
魔王:けほっ……。
勇者:そんな身体で耐えられるのか?!
魔王:さぁ、剣を抜きなさい勇者ニコロ・マルフィ。
勇者:出来ない!
魔王:逃げるのですか、魔王を前に!勇者が!
勇者:確かに、お前は魔王で、僕は勇者だ。けど、なんで僕達が、戦わなくちゃならないんだ、使命だから!?宿命だから!?そんなの……!
魔王:そうです、使命であり、宿命だから。――フレア・バースト。
勇者:速いっ……!
魔王:くっ、けほっ……!
勇者:レイラ!
魔王:アイシクル・プリズン――!
勇者:っは……!?
魔王:かふっ……!こんな時に死に損ないの魔王の心配ですか?あなたは人々の希望を背負う勇者なのでしょう!そして私は、貴様に同胞を、我が手勢を屠られた魔王だ。仇は討たねば、父の野望を成し遂げねば……!
勇者:レイラ……!
魔王:ストーム・オブ・ダイヤモンドダスト!
勇者:くあぁっ!
魔王:さぁ、剣を手に戦いなさい勇者!
勇者:無理だ、僕には、それが正しいことだと思えない。
魔王:魔王であるこの私を殺すのは勇者として正しいこと!
勇者:そんな答えは、そんな結末は間違ってる!
魔王:死にかけの小娘一人殺せないで何が勇者ですか!
勇者:そんなのは勇者じゃない!
魔王:さぁ、戦え勇者!けほっけほっ、私の命が尽きぬうちに!スティール・ジャッジメント!
勇者:お前とは、君とは戦いたくない!もうやめよう、レイラ!
魔王:そう……、ならば、
勇者:……!
魔王:先にあなたの命が尽きることになり……けほっけほっ、けほっ、けほっ!……っ!
勇者:無茶だ!魔力の流れで分かる、どう見ても身体が耐え切れてない!
魔王:はぁ、はぁ……!
勇者:そんなんじゃ、仮に僕を倒したとしても直ぐに死ん――。
魔王:そんなの分かってる!
勇者:何!?
魔王:魔法で延命してやっとの継ぎ接ぎの命。けほっけほっ、これが、最後のチャンスなのですよ。
勇者:レイラ、君は……!
:
魔王:もともと、この身体は、けほっけほっ!んっ、持って、あと一年。
勇者:たった一年、
魔王:こうして動けるのは、半年が限界。
勇者:そんな……!なにか方法があるはずだ!
魔王:無いですよ、そんなもの。
勇者:どうして、そう言い切れる!?世界は君が思っている以上に広いんだ!きっと何かいい手がある!
魔王:「すまない、レイラ」
勇者:なに?
魔王:お父様が最期に言った言葉。
勇者:どうして……?
魔王:きっと私なんていない方が良かった。そしたら、
勇者:またそんな!
魔王:そしたら、もっと世界は平和だった。
勇者:……そんな!?
魔王:けほっ。けほっ。
勇者:ねぇ、レイラ。君は、
:
0:間。
:
勇者:十六歳、だよな?
魔王:……。
勇者:十六歳なんだよな……?
魔王:……ええ。
勇者:「咎める資格などあるはずも無い」
魔王:……けほっ。
勇者:「お父様や配下のみんなによくしてもらっていたので不自由なく、こうして今日まで生きられています」
魔王:…………けほっ。
勇者:「私はお父様の面汚し」
魔王:けほっ、けほっ。
勇者:物語、伝承、神話、歴史書、地学書、伝記、哲学書、魔法理論、超古代呪法の技術書、錬金術師の手記、魔道の神髄に到る秘奥の禁術書、あらゆる宗教の中で禁忌とされた書物。
魔王:……。
勇者:それら「お父様が世界中から集めてきた書庫の本」!
魔王:ねぇニコロ、
勇者:魔王が、先代ノヴァリス・ヴォルフ・シュテオロ・ファウストゥスが、突如として侵攻を始めたのは、今から十六年前。
魔王:考えるのは、
勇者:そして今、僕の目の前にいる、十六歳の、魔王の娘レイラ・ウルリカ・シュテリーナ・ファウストゥス。
魔王:苦手だって言ってたのに。
勇者:なぁ、レイラ。
魔王:何?
勇者:宿命って、そういうことなのか?
魔王:そう。
勇者:君は、死ぬつもりだったのか?最初から僕に、勇者に殺されて!
魔王:それは少し、違う。
勇者:違う?やっぱり生きたかったのか?
魔王:ううん、それが一番間違ってる。
勇者:え?
魔王:私は、元あるところに帰るだけ。お父様の遺志で生きてみようと思ったけれど、或いは償いのつもりもあったのかも知れない。でも、けほっけほ、けほっ、うっ……!
勇者:レイラ!
魔王:その全部。中途半端。いいえ、はっきり言って、私は駄目だった。名乗ることも満足に出来ない、辛うじて動くだけの屍。
勇者:そんなことは!
魔王:生きてなんていない。お父様の為に生きたつもりだった、お父様に付き従って、私を大事にしてくれた、皆のために生きたつもりだった。なのに、もう、私一人なんだ。けほっ!
勇者:おいレイラ!?
魔王:私なんかのために、私みたいな出来損ないの為に、けほっけほっ、けほ……!
勇者:しっかりしろ!
魔王:しっかり、しないと。はぁっ、皆は、死んだ。お父様にあんな顔をさせた……!けほっ!
勇者:分かってる、……でも!それは君に生きて欲しいと、皆が、お父さん達が願ったからで――!
魔王:――いいえ、勇者ニコロ・マルフィ。……あなたは何も分かってない!
勇者:何が!
魔王:お父様は、魔王は、私の為、たかが私一人のために、世界を混沌に陥れた。
勇者:仕方ないじゃないか、だって……、
魔王:仕方ない?それはけほっ、決して許されることではない、どんな美談にしたところで、それは、許されざる悪で、ここに来る前のあなたは、それを分かっていた、今は何も。分かって……いない!
勇者:でも!
魔王:私は、私を、魔王失格と言ったけれど、違った。そう、気付いていた。
勇者:もういいよ、十分だ……!
魔王:私は誰よりも魔王だ。生まれ落ちたことで、世界は混沌に包まれた……!
魔王:けほっ、お父様は歴代最高の魔力と知性と高潔な意志と優しさを兼ね備えた至上の王だった、お父様は、魔王なんかじゃ無かった、私が、けほっ、けほっ、けほっ!
勇者:レイラ!
魔王:あ……ぁ、そ、そう、私が、けほっ、私がお父様を――
:
0:間。
:
魔王:魔王にしたんだ……!
勇者:レイラ……。
魔王:殺せ、勇者。
勇者:断る。
魔王:目の前の、醜悪なる魔王を。
勇者:嫌だ。
魔王:断ち切れ。
勇者:出来ない。
魔王:その命を。
勇者:御免だ。
魔王:宿命を。
勇者:知るかよ。
魔王:その手で。
勇者:ふざけんな。
魔王:それがお前の使命じゃ無いか勇者!
勇者:目の前の女の子一人救えないで何が勇者だ!
魔王:世界の一つも救えないで何が勇者だ!
勇者:それでも僕は勇者なんだ!
魔王:けほっ、魔王を殺せ勇者!
勇者:魔王なんてもうどこにもいない!
魔王:私は、ここに、けほっけほっ、我は、レイラ・ウルリカ・シュテリーナ・ファウストゥス、けほっ、世界を混沌に陥れた魔王はここにいる、諸悪の根源はここに!
勇者:いない!いるのはただの――!
魔王:討て!けほっ、勇者ニコロ・マルフィ!
勇者:――ただの可愛くてかわいそうで不幸で不憫な女の子だ!
魔王:ニコロ……。
勇者:レイラ……!
:
勇者:君は普通の女の子だなんだよ。
魔王:……だとしても、それでも、我は、魔王!
勇者:違うんだ、君は!
魔王:違わない、何も!そして、そして貴様は不運にも、けほっ、勇者なのだ、その役目を果たせ!
勇者:レイラ!
魔王:――ダークネス・フレイム!
勇者:っく……!
魔王:人々の不安で眠れぬ夜と貴様の長い旅を終わらせろ!勇者!
勇者:知ったことか!
魔王:お前が私を殺せないというのなら、
勇者:……!?
魔王:私が、しっかり、この世界を終わらせないと。
勇者:よせ、やめろレイラ!
魔王:たとえ、このか細き命を全て闇の炎にくべたとしても!
勇者:もうとっくに、その身体は!
魔王:なら、私と一緒に死ぬ?死んでくれる?
勇者:そんなの……!
魔王:ごめんね、ニコロ。
勇者:……っ!?
魔王:――この世の理、幾千幾万過ぎゆくは死を忘却せし屍共の果て無き葬列。
勇者:レイラ!っく!
魔王:地獄は溢れ、尽き得ぬ災禍、醜悪なる混沌が世界を覆う。
勇者:――終わりなき絶望の底揺蕩う我ら、無慈悲なる死の神に抗って列を為し、降り掛かる厄災と心侵す虚無を払い、それでも斃れ、もがき苦しみ、渇望し、惑い、時に諦観する。
魔王:やがて星無き夜空に二羽の名も無き鳥が舞い上がり、無垢と不浄を混ぜるその羽ばたきにより無辺の闇は満ちる。
勇者:しかしそれで良いのだろうか、世界は昏く、常に死を求める愚者の行軍か。
魔王:茫漠たる暗がりの中、ここに燻るは終末もたらす残焔の灰燼。
勇者:いや、否だ!我は拒絶し打倒する!そして、この瞳が見つめる先は幸福なる世界、心が向かう先はただ温かな光!
魔王:そう我の名は、劫火。
勇者:この剣閃は光無き夜空に灯る一条の希望!そう、いつだって!!
魔王:世界を燦然たる死火で照らす者――!
勇者:闇を振り払うその者の名は――!
魔王:アポカリプス・オブ・ダーク・プロミネンス!
勇者:スターライト・ブレイヴ・スーパー・ノヴァ!
:
0:玉座の間に闇と光が弾ける。
:
魔王:ニコロ――――っ!
勇者:レイラ――――っ!
:
0:◇◇
:
0:壁や天井は消し飛び、夜空が見える。
0:瓦礫の中に、勇者が倒れている。
:
勇者:うっ……!っは!?レイラ?!レイラぁ!
勇者:……レイラ。っくそぉ!
0:長い間。
魔王:……けほっ、
勇者:レイラ!?どこだ、レイラ!
:
0:瓦礫の下にレイラ。
:
勇者:この下に、いるんだな、待ってろ、今瓦礫をどけるから!うおぉっ!
魔王:けほっ、
勇者:レイラ!良かった、生きて……!
魔王:……かはは、見事だ勇者よ。
勇者:見事?なにも、見事なんかじゃ無い、こんな結末、僕は望んでなかった!
魔王:けほっ……、そ、う、でも我は、わたしは、これで良かったと、けほっ、思うのです。けほっ、
勇者:レイラ……!?
魔王:さぁ、私にとどめを刺、けほっ……して。
勇者:い、嫌だ。
魔王:分かって、いるでしょう?あなたは、勇者で、私は魔、けほっ、お、っけほ……。あれ……?ふふ、ふ、言えなくなって、しまいましたね、けほっ、
勇者:もう喋るな、レイラ、
魔王:いいえ、っけほ……。今、喋らないと、もう、あなたと話す機会、も、ありませんか、ら……。
勇者:そんな弱気になるなよ、レイラ!お前は魔王だろ、偉大なる先王ノヴァリス・ヴォルフ・シュテオロ・ファウストゥス自慢の娘だろ!?
魔王:あれ、自慢、だなんて……、言いました、っけほ……っけほっ……。
勇者:お前があれだけ自慢した親父だ。可愛い娘を、世界に代えても守りたかった。幸せを願った娘を、大事に思ってなかったわけ、無いだろ?
魔王:そ、う、ですね、ふふ、けほっ、嬉し、い……。
勇者:……。
魔王:……ねぇ、勇者さま、けほっ、
勇者:なんだよ、魔王?
魔王:似て、います、ね。
勇者:似ている……?
魔王:けほっ。お父様、に。
勇者:……!
魔王:ふふ、やさしくて、あったかくて……。
勇者:それ、勇者的にどうなんだろ……。
魔王:けほっけほ、不名誉、ですよね、
勇者:まぁ。
魔王:……。
勇者:でも、勇者じゃなくて、
魔王:……?
勇者:レイラという女の子に出会った、一人のニコロ・マルフィ的には、なんていうか、嬉しい、かも、知れない。うん。
魔王:ニコロ……!っけほ!けほっ……!
勇者:レイラ!?
魔王:うん、だいじょう……ぶ、では、けほっ、無いで、す、が、はぁ……っ。
勇者:落ち着いて、そばに居るから。
魔王:ずっと、一緒にいてくれる?
勇者:ず、ずっと?!
魔王:最期の、けほっけほっ、
勇者:レイラ、
魔王:私の最期の、その時まで。
勇者:……!うん、いるよ、僕は君のそばに。
魔王:ありが、とう、でも、
勇者:でも?
魔王:どう、して?
勇者:それは、
魔王:けほっ、それは……?
勇者:勇者、だから。かな。
魔王:どういう理屈、です?
勇者:魔王の最期を、見届ける。的な?
魔王:ふふ、なにそれ、
勇者:はは、自分でも変だと思うけど、これは僕にしかできないことだから。
魔王:ニコロ……。
:
魔王:……あ、
勇者:どうしたの?
魔王:見て、
勇者:何を?
魔王:空、
勇者:空?
:
0:レイラの視線の先、崩落した天井の向こうに夜空が広がっている。
:
魔王:けほっ、屋根、が、
勇者:あ、ごめん、玉座の間、壊しちゃったね。
魔王:んん、良い、んです、けほっ、形ある物は、いつかは崩れる、から、
勇者:はは、心が広いね。この夜空のように。
魔王:魔、けほっ、王だから。
勇者:……無視された?
魔王:……。
勇者:綺麗だな。
魔王:え……?けほっ、けほっ!と、突然、き、けほっ、綺麗だ。なんて……!
勇者:いや、レイラじゃなくて、空が!
魔王:そ、ら……?
勇者:あーー!いや、レイラも!
魔王:も……?
勇者:レイラが!
魔王:が。
勇者:き、き、綺麗だよ!
魔王:ふ、ふふ、綺麗です、ね、けほっ、空。
勇者:もう!からかってるのか?
魔王:は、い、……でも、うれし……ぃ、
勇者:そ、そっか。……うん、そうだね。
魔王:う……ぅ、
勇者:痛むのか、レイラ?
魔王:う、痛い、……けど、
勇者:うん、
魔王:体、じゃなくて、心が、
勇者:……!
魔王:私……生きた、い……!
勇者:レイラっ!
魔王:ねぇ、に、ニコロ、けほっけほっ……!
勇者:レイラ……。
魔王:わた、し、けほっ、生きた、い……。
勇者:っ……!うん、生きよう、レイラ、一緒に、
魔王:一、緒に……?
勇者:うん、一緒に。大好きだ。レイラ。
魔王:大す……!?私、達、今日会ったばかりなのに?
勇者:ははは、関係、ないよ。……いいや、違うな。関係があった。
魔王:……?
勇者:今日、この時まで、僕が生きて、君が
魔王:私が、生き、て、……いたのは?
勇者:勇者と、
魔王:けほっ、けほっ……魔、王、
勇者:だったからだけじゃなくって、
魔王:な、くて?
勇者:宿命とか、運命とか、そういうものをひっくるめて、なんか、そう、なんていうか、遠くに生まれた星を結んだあの星座のように、きっと、僕と、君に繋がりが、あったからなんだよ。
魔王:よ、く、……けほっ、わからない。
勇者:ごめん、僕にもよく分かってないんだ、はは、
魔王:ふふ、……いい、よ。
勇者:でも、レイラ。これだけは自信を持って言える。
魔王:な、に?
勇者:僕は君が、好きだ。愛してる。
魔王:愛し、こん、な、私を……?
勇者:そんな君だからこそ。
魔王:そ、っか、
勇者:結婚しよう。
魔王:っけ……!?けほっけほっ!
勇者:大丈夫!?
魔王:だい、じょうぶ、じゃ、無い、
勇者:え?!
魔王:死に、そう……!
勇者:……!?
魔王:は……、
勇者:は?
魔王:恥ず、かしくて……。
勇者:……っ、は、はは、はははははは……!
魔王:む、……ふ、ふふ、……けほ、ふふふ……!
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0:二人、笑い合う。
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勇者:レイラ、
魔王:ニコロ、
勇者:あと一年でも一日でも構わない。僕は君の隣に一秒でも長く居たい。レイラ、僕と一緒に、生きよう。
魔王:けほっ、けほっ……、うん……!
勇者:レイラ!
魔王:ニコロ……!
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0:二人、口づけを交わす。
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勇者:……たとえ、この世界を滅ぼす魔王でも、僕は君を愛してる、レイラ。
魔王:わたしも、ニコロ。
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0:◆◆
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0:どこかの港に浮かぶ船。
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勇者:俺――いや、僕の名前はニコロ・マルフィ。世界を救う勇者をやっていた。
勇者:かつて絶大な魔力とカリスマ的な支配力で魔族を率い世界を征服せんとした魔王、ノヴァリス・ヴォルフ・シュテオロ・ファウストゥス。
勇者:今から十八年前、突如、彼の王は全世界に軍勢を差し向けた。それにより世界は混沌の時代を迎えた。
勇者:そんな魔王を討伐するために俺は戦い、ついに彼の魔王の居城ファウストゥスの玉座、その扉の前まで辿りついた。その先に運命の――じゃなかった。
勇者:彼の魔王の娘レイラ・ウルリカ・シュテリーナ・ファウストゥスがいた。
勇者:僕は勇者として魔王を倒す。そして必ずや、人々の不安で眠れぬ夜と長く続く旅を終わらせる。そのつもりだった。
勇者:けれど、僕が出会ったのは恐ろしい魔王などでは無く、素敵で綺麗で可憐で、そして余命幾ばくもない女の子。誰が予想しただろう。やがて死にゆくその子に恋をし、僕の旅は――。
魔王:ニコロ!ニーコーロっ!
勇者:うわっ!?
魔王:何書いてるの?
勇者:あ、いや、ちょっと、その、秘密だ。
魔王:えー?私に隠し事なんて出来ると思ってるんですか?今、自白の魔法を……。
勇者:怖い怖い!?いや、ちょっと手記をね。
魔王:手記?なんで、それを隠すの?
勇者:いやぁ、その恥ずかしいから。
魔王:恥ずかしい?なんて書いてたの?
勇者:いや、その、レイラ。
魔王:な、何?ニコロ?
勇者:君が……大しゅき!ってね。
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0:間。
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勇者:……レイラ?
魔王:……も。
勇者:え?
魔王:私も!
勇者:……!
魔王:……!
勇者:……よ、よーし、行くか。
魔王:そ、そうだね!次はどこ行く?
勇者:そうだなー、海にも来たし、次は、
勇者:(M)――僕達の旅は今も続いている。
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