台本概要

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タイトル 勇者と猫と魔王城。
作者名 音佐りんご。  (@ringo_otosa)
ジャンル ファンタジー
演者人数 2人用台本(男1、不問1)
時間 20 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 声の誘う先は光か闇か。

◇あらすじ
魔王を討伐するために魔王城までたどり着いた勇者。しかし、そこに魔王の姿はなく、どこからか声が聞こえ―—。

◇ちゅうい
かつてボイコネのシナリオコンテストで謎に賞をもらった作品です。……サ終直前に微妙に加筆修正しました。どうぞご査収ください。
アドリブや性別変更のルールは何となく自由でお願いします。
以前より微妙に文字数増えて5,600字くらいですので、長さは凡そ20分程度かと思います。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
104 キーラン・ジェラルド・モリス。勇者。
不問 101 魔王城。 (猫)ねこじろうを兼ねる。※男が読んでも、別で立てても良いですが。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

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0:魔王城、その扉の前に立つ勇者。 男:ここが魔王城、か。 0:扉を開けて中に入る。 男:やっと辿り着いたが、本当にここに魔王が? 男:灯りは無いし、それに絨毯やら壁は日焼けして色褪せ埃が積もってる。ほとんど廃墟じゃないか。 声:……廃墟で悪かったですね。 男:っむ! 誰だ!? 0:静寂。 男:うん? 声が聞こえたような気がしたが、ふむ。気のせいか。 声:……。 男:しかしこんなところに住んでいるとすれば余程念の入った隠者か、でなけりゃゴーストだな。 声:ゴースト……。 男:はははっ。 男:……しかし、妙だ。 男:気配はなんとなくするが、場所が一つではなく、散在している? まるで魔王が複数人いる? というよりこれは――。 男:ふっまぁいい。さて着いた。気配の最も濃い場所。ここがこの城の最奥、差し詰め玉座の間といったところか。……いざ! 0:勇者、玉座の間に飛び込む。 男:我こそは、黒鎗の勇者キーラン・ジェラルド・モリス! 魔王、貴様を倒す者。って、いないだと? しかし、確かに気配はここに……。 男:むっ!? 誰だ! 0:玉座の裏から猫。 声:(猫)にゃー。 男:……ん? こいつは、猫? 声:(猫)にゃー。 男:猫がどうしてこんなところに、いや、この猫から魔王の気配がするだと? 男:ならばこいつが魔王? 声:(猫)にゃー? 男:そんな馬鹿な。 男:しかし、魔王の気配がするなら倒さぬわけには……。 男:許せ猫よ! 穿て黒鎗《ブラック・スピア》 声:ちょ……! 守れ隔絶《アイソレーション》! 男:っな! 俺の鎗が届かない!? 魔力障壁か! まさか本当に猫が魔王だとでも! 声:そんなわけないでしょう! 穂先を向けないでください! 男:猫が喋った!? ええい、ならば勇者として捨て置けぬ。魔王猫? 覚悟! 声:繋げ強制対話《スクランブル・ノイズ》! 男:ぐっ……?! 頭に直接声が……!? 声:ねこじろうさんにそんな危ないモノ向けないで! 男:ねこじろう? なんだ、魔王の名前か!? 声:だからこの子は魔王じゃありません! 男:この猫は魔王ではない? ならば貴様が魔王か! 声:この子も私も魔王ではありません。 男:ならば何者だ! 姿を見せろ! 声:姿をと言われましても……。 男:なんだ、勇者に身は晒せぬと? 卑怯な! 不意打ちするつもりか! 声:そんなつもりは無いのですが。 男:ならば早く姿を見せろ! そしてこの鬱陶しい声をやめろ、頭がおかしくなりそうだ! 声:ねこじろうさんに攻撃しません? 男:しない。 声:ううん、でも姿ならずっと見せてるんですよね。 男:見せている? 声:はい。目の前、というかあなたの視界にずっと入ってます。 男:視界に? 何も居ないぞ。ねこじろうとやら以外は。 声:うーん、何と言ったものでしょうか。 男:なんだ、やはり貴様ゴーストの類いか? 声:ある意味では。 男:ある意味? どういうことだ? 声:えーっとですね。疑わないで下さいね? 男:それは聞いてから決める。お前は何なんだ! 声:城です。 男:は? 城? 声:魔王城です。 男:え? 魔王……城? 声:はい。私、魔王城です。 男:魔王じゃ無くて? 声:魔王城です。 男:そ、そんな馬鹿な、ふははは。よもや城が意思を持って喋っているとでも? 声:そうです。 男:マジ? 声:マジです。 男:喋る魔王城……。 声:分かっていただけましたか? 男:この旅で色んなものを目にしたが、喋る城を見たのは初めてだ。 声:でしょうね。この世にはきっと様々な魔王城がありますが、中でも私はかなり希少な物件だと思いますよ。 男:希少な物件。お前は一体何者なんだ、えーっと、魔王城? 声:はい、魔王城です。そうですね。私は歴代魔王から溢れ出た力がこの城に焼き付くことで結実した存在です。 男:魔王の力が焼き付く? 声:喩えるならば、灯された蝋燭から生じた煤です。 男:えっと? 声:簡単に言えば、豆腐を作る過程で生まれたおからのような存在。 男:うむ、なるほど。なんとなくわかった。 声:それはよかったです。 男:それでねこじろう? やら、この城の至る所やら、魔王の気配がするという訳か。 声:そういうことです。ねこじろうは何代にもわたってこの城に住み着いている看板猫なんですよ。 声:(猫)にゃーお。 男:ふむ。 男:しかし、お前もこの、ねこじろうも魔王ではないのだな? 声:ええ、この城は長らく魔王不在です。 男:と、するならば、困ったな。あぁ、俺は一体どうすれば。 声:どうかされたんですか勇者さま? 2 男:あぁ、実は王様から魔王を討伐せよと命を受けていてな、魔王の首を持って帰らないと怒られるんだ……。 声:怒られる? でも、勇者さまなら多少怒られても。 男:そうはいかないんだ。王様に逆らえば、公的勇者の称号を剥奪された上、財産没収。俺は隣国との戦争に駆り出されることになるんだ。 声:果たしてそんな暴虐非道が「怒られる」の一言で片付けられて良いのでしょうか。 男:しかし事実、俺は王の怒りの一声で「片付けられて」しまう。如何に超常の力を持った勇者といえども、権力を持たない一人の人間に過ぎぬと言うわけさ。 声:世知辛いですね。私が言うのも何ですが、こんな辺境の魔王城まで遠路遥々やってきて、倒すべき魔王がいなかったから大人しく手ぶらで帰ったら、まさかそんな仕打ちが待っているなんて。 男:ほんとにな。 声:いっそ、逃げてしまうというのは? 男:え? 声:あなた程の力であれば、追っ手も然程怖くは無いでしょう? 男:ははっ。そうもいかぬさ。 声:何故? 国に恋人でもいるんですか? 男:はは、残念ながらいない。 声:いないんですか。 男:でも、姉がいるんだ。 声:お姉さまですか? 男:ああ。父さん母さんも死んで、幼い俺を育ててくれた、たった一人の家族が、な。俺が下手を打てば、姉さんは処刑されるかも知れない。 声:勇者さま……。 男:俺は姉さんに悲しい顔させたくないんだ。それに、今まで苦労かけた分、俺は姉さんを幸せにしたい。その為なら、クソ王の下で使いっ走りの勇者やるくらい、訳ないさ。 声:勇者さま、シスコンなんですね。 男:……そうだけど、そのコメントおかしくない? 声:何か失礼なこと言いましたか? すみません、何分、私世間知らずなもので。 男:あっそ、まぁ城だもんな。 声:はい、魔王城です。それにしても、王様、マジで外道ですね。 男:ああ、外道だよ。お前はここを動けぬだろうから知らぬかも知れぬが、そもそも魔王討伐というのも、何か実害あってのことでは無く、人類の敵である魔王を討伐した国という実績が、箔が欲しくてのこと。 男:褒められたものではあるまいよ。 声:不条理ですね。 男:世の中とはそういうものだ、魔王城。 声:なるほど、勇者さまも苦労されてるのですね。 男:それが生きるということさ。 男:あぁしかし、どうしたものか。このままでは姉さんが……。 男:この不甲斐ない弟を許して下さい、スカーレット姉さん。うっ……うぅ。 声:もう、泣かないで下さいよ、勇者さま! 男:し、しかし、姉さんが……。 声:自分のことより姉さんですか。 男:俺には姉さんさえいれば、他にはなにもいらない……! 声:んー……ふむ。ならば、こういうのはどうでしょう? 勇者さま。 男:え? 声:――あなたが魔王になる。 男:は? 声:というのは。 男:俺が、魔王に? 声:ええ。 男:そ、そんな、俺はだって、勇者で……! 声:この城は魔王のための城でございます、勇者さま。そして現在、ご覧の通りこの玉座は空席です。 声:……今はねこじろうのお気に入りのお昼寝スポットですが。 男:待て待て、俺が魔王になってどうするのだ? 声:どうするもこうするも。 男:王が欲しがっているのは魔王では無くその首なのだぞ? 魔王になって帰還などしたら、その場で首をたたき落とされるわ。 声:それはあるかも知れませんね。 男:な、まさか自害しろとでも? 声:自害? そういうのも悪くはありませんね。 男:いやいや、ふざけんなよ。そもそも魔王になんてなれるわけないだろう? 俺は勇者なのだか―― 声:なれますよ。 男:へ? 声:わりと簡単に。 男:ど、どうやって? 声:玉座に座れば。 男:それはどういうこと? 声:良いですか? 勇者さま。魔王が玉座に座るのではありません。玉座に座った者が魔王なのです。 男:つまり? 声:不肖、この魔王城が、あなたを魔王にして差し上げます。 男:まさか、そんなことが!? 出来るはずが! 声:可能です勇者さま。いいえ――魔王さま? 男:……い、いや、待て。それは目的がおかしい。俺は魔王になりたいのではなく、魔王の首を持って帰らないといけないんだ。 声:だから、魔王の首を持って帰るのでしょう? なら、魔王になったあなたがそのまま帰れば良いだけではありませんか? 男:いや、まさか本当に首を落として献上しろと? 俺は死にたくはない! 姉さんが悲しむから! 声:いいですね、お姉様の為に生きる。素敵です。しかし、いえいえ。まぁ魔王の生命力なら、もしかしたら首を落としたくらいじゃ死なないかも知れませんが。 男:いや、デュラハンじゃないんだから! 生きた首を渡すのもそれはそれでシュールだろ! 声:それは愉快ですが、別に「繋がっていてはいけない」とは言われてないのでしょう? 首と言われたら、生首、さらし首をイメージしてしまいますけれど。 男:はっ! 確かに! 3 声:それに、もし王さまに怒られたとしても、その時、あなたは魔王なのです。どうして、人間の王ごときを恐れましょう? 男:……なるほど? しかし、そんなことをしてほんとにいいのか魔王城? 俺は勇者なのに。それならば適当に誰かを座らせて魔王にする方が王道じゃないか? 声:その提案の方がよっぽど外道ですが、勇者さま。クソ王の道ですよ? お姉さま泣きますよ 男:はぁぁぁっ!? 確かに! 声:というか逆にですね、勇者さま。あなたは王さまがそんなことして良いと思うのですか? 男:そんなこととは? 声:あなたが、魔王になって首を持って帰ってきた。しかし「約束が違う」と、腹が立ったからあなたの姉を捕らえ、痛めつけ――殺すことにした。 男:クソ王が姉さんを……!? 声:と、すれば、あなたはそれを許せますか? 男:許せるわけがッ! いや、待てこれは仮定の話で……! 魔王にならなければそんなリスクも! 声:まぁ、話を聞く限り同じことだと思いますけれどね? 男:お、同じとは……? 声:勇者としての責務を果たし、魔王を果たして帰っても、愛しいお姉さまがそうならない公算は果たして如何ほどでしょう? 男:そ、そんな筈……!? 声:無いと、言い切れます? 過程はどうあれ用済みになったら消されてしまうんじゃないでしょうか。ちなみに誇り高きシスコンであらせられる勇者さまなら、お姉さまの為に命を捨てられますか? 男:それくらい弟としてできて当然じゃないか! 声:……世の弟のハードルを上げましたね。さて、では残念ながら、勇者さまとお姉さまの未来は決まりました。ご愁傷さまです。 男:ね、姉さんとの未来だって!? それはまさか、き、禁断の――! 声:あ。違います。そうではなく、そうですね。例えばお姉さまを人質にされた上で、自害しろと言われればどうでしょう? 男:喜んで死ぬ! 声:せめて慎んで死んでください。まぁそれも無駄死に、いえ、犬死にというやつでしょうか? クソ王の忠犬として死ぬわけです。 男:ふざけるな! 僕は姉さんの犬だ! 声:(猫)にゃ―……? 声:せめて人でいてください。ねこじろうも引いてますよ? 男:姉さんを救えるなら僕は何にだってなってやる! 声:何にだって。しかし、救えませんし、救いようがありませんけどね? 男:何故だ!? 声:考えてみてください? 「犬」を始末したら「首輪」はもういりませんよね? だとしたら。 男:う、嘘だ! 姉さんは――。 声:殺してしまうことになりますねぇ? あーあ。あなたはお姉さんを守るどころか危険に晒す、いつだって。 男:死なない! 俺が、僕が守るんだ! 絶対に! 何があろうと、掛け替えのない、姉さんを! 声:ふふ、えぇ、えぇ。そうでしょう。それ以外は、何もいらないんですものね? 男:ああ。僕には姉さん以外何もいらない。 声:王を、祖国を滅ぼしても? 男:かまうものか。いや、姉さんの為にそうしなければならない。 声:うふふ、素敵。では、勇者さま? なってくれますか、魔王に。 男:良いだろう! 僕はなるぞ、魔王に! 声:うふふふふ。では、勇者さま? 玉座へ。 男:ああ。 声:……ちょっと、どいてくれる、ねこじろう? 声:(猫)にゃー。 男:……これでいいのか? 声:ええ、これからよろしくお願いいたしますね、我が主。 男:頼む。 声:――魔王の継承《ディマイス・オブ・ザ・クラウン》 男:う、うぉぉぉぉぉ……!? 力が、沸いてくる! これが、魔王の……! 男:――ふ、ふはははは! 良い! 気分が良い! 声:おめでとうございます! 元・勇者さま。これであなたは正真正銘魔王さまです。 男:ふはははは! 待っていろクソ王よ! この魔王直々に貴様のもとへ首を届けよう。 声:おやおや、魔王さま、歴代魔王の残滓に浸食を受け性格が変わってしまいましたか? うふふ、もしあなたが望むなら、その力で世界をお好きにも出来ることでしょう。 男:はぁ? 世界なんてどうでもいいわ、僕には姉さんさえいれば! 声:……そんな変わって無さそうですね。 男:しかしまぁ……クソ王! ついでに貴様の国もいただこうか! 姉さんの為にも! 声:うふふふふ。それはそれは。 男:行くぞ魔王城! ねこじろう! 声:(猫)にゃー。 男:我は黒鎗の魔王キーラン・ジェラルド・モリス! 全てはスカーレット姉さんの為に! ふはははは! 声:あぁ、楽しくなりそうですね―― 男:――ではさっそく変形だ! 魔王城! 声:変形!? 男:飛べ! 魔王城! 声:ちょ、魔王様、私にそんな機能は! 男:フライングフォーム! ごー! 声:(猫)にゃー! 声:えぇぇぇ!? 0:魔王城、変形して飛ぶ。 声:……ほ、ほんとに飛んだ。 男:では、改めて、よろしく頼むぞ、我が城よ。 声:やれやれ。とんでもない人を魔王にしちゃいましたね。まぁ、楽しくなりそうですが。うふふふふ。 男:待っていろ、姉さん。僕があなたを助け出す。 0:魔王を乗せた魔王城が王国へ向かって飛んでいく。

0:魔王城、その扉の前に立つ勇者。 男:ここが魔王城、か。 0:扉を開けて中に入る。 男:やっと辿り着いたが、本当にここに魔王が? 男:灯りは無いし、それに絨毯やら壁は日焼けして色褪せ埃が積もってる。ほとんど廃墟じゃないか。 声:……廃墟で悪かったですね。 男:っむ! 誰だ!? 0:静寂。 男:うん? 声が聞こえたような気がしたが、ふむ。気のせいか。 声:……。 男:しかしこんなところに住んでいるとすれば余程念の入った隠者か、でなけりゃゴーストだな。 声:ゴースト……。 男:はははっ。 男:……しかし、妙だ。 男:気配はなんとなくするが、場所が一つではなく、散在している? まるで魔王が複数人いる? というよりこれは――。 男:ふっまぁいい。さて着いた。気配の最も濃い場所。ここがこの城の最奥、差し詰め玉座の間といったところか。……いざ! 0:勇者、玉座の間に飛び込む。 男:我こそは、黒鎗の勇者キーラン・ジェラルド・モリス! 魔王、貴様を倒す者。って、いないだと? しかし、確かに気配はここに……。 男:むっ!? 誰だ! 0:玉座の裏から猫。 声:(猫)にゃー。 男:……ん? こいつは、猫? 声:(猫)にゃー。 男:猫がどうしてこんなところに、いや、この猫から魔王の気配がするだと? 男:ならばこいつが魔王? 声:(猫)にゃー? 男:そんな馬鹿な。 男:しかし、魔王の気配がするなら倒さぬわけには……。 男:許せ猫よ! 穿て黒鎗《ブラック・スピア》 声:ちょ……! 守れ隔絶《アイソレーション》! 男:っな! 俺の鎗が届かない!? 魔力障壁か! まさか本当に猫が魔王だとでも! 声:そんなわけないでしょう! 穂先を向けないでください! 男:猫が喋った!? ええい、ならば勇者として捨て置けぬ。魔王猫? 覚悟! 声:繋げ強制対話《スクランブル・ノイズ》! 男:ぐっ……?! 頭に直接声が……!? 声:ねこじろうさんにそんな危ないモノ向けないで! 男:ねこじろう? なんだ、魔王の名前か!? 声:だからこの子は魔王じゃありません! 男:この猫は魔王ではない? ならば貴様が魔王か! 声:この子も私も魔王ではありません。 男:ならば何者だ! 姿を見せろ! 声:姿をと言われましても……。 男:なんだ、勇者に身は晒せぬと? 卑怯な! 不意打ちするつもりか! 声:そんなつもりは無いのですが。 男:ならば早く姿を見せろ! そしてこの鬱陶しい声をやめろ、頭がおかしくなりそうだ! 声:ねこじろうさんに攻撃しません? 男:しない。 声:ううん、でも姿ならずっと見せてるんですよね。 男:見せている? 声:はい。目の前、というかあなたの視界にずっと入ってます。 男:視界に? 何も居ないぞ。ねこじろうとやら以外は。 声:うーん、何と言ったものでしょうか。 男:なんだ、やはり貴様ゴーストの類いか? 声:ある意味では。 男:ある意味? どういうことだ? 声:えーっとですね。疑わないで下さいね? 男:それは聞いてから決める。お前は何なんだ! 声:城です。 男:は? 城? 声:魔王城です。 男:え? 魔王……城? 声:はい。私、魔王城です。 男:魔王じゃ無くて? 声:魔王城です。 男:そ、そんな馬鹿な、ふははは。よもや城が意思を持って喋っているとでも? 声:そうです。 男:マジ? 声:マジです。 男:喋る魔王城……。 声:分かっていただけましたか? 男:この旅で色んなものを目にしたが、喋る城を見たのは初めてだ。 声:でしょうね。この世にはきっと様々な魔王城がありますが、中でも私はかなり希少な物件だと思いますよ。 男:希少な物件。お前は一体何者なんだ、えーっと、魔王城? 声:はい、魔王城です。そうですね。私は歴代魔王から溢れ出た力がこの城に焼き付くことで結実した存在です。 男:魔王の力が焼き付く? 声:喩えるならば、灯された蝋燭から生じた煤です。 男:えっと? 声:簡単に言えば、豆腐を作る過程で生まれたおからのような存在。 男:うむ、なるほど。なんとなくわかった。 声:それはよかったです。 男:それでねこじろう? やら、この城の至る所やら、魔王の気配がするという訳か。 声:そういうことです。ねこじろうは何代にもわたってこの城に住み着いている看板猫なんですよ。 声:(猫)にゃーお。 男:ふむ。 男:しかし、お前もこの、ねこじろうも魔王ではないのだな? 声:ええ、この城は長らく魔王不在です。 男:と、するならば、困ったな。あぁ、俺は一体どうすれば。 声:どうかされたんですか勇者さま? 2 男:あぁ、実は王様から魔王を討伐せよと命を受けていてな、魔王の首を持って帰らないと怒られるんだ……。 声:怒られる? でも、勇者さまなら多少怒られても。 男:そうはいかないんだ。王様に逆らえば、公的勇者の称号を剥奪された上、財産没収。俺は隣国との戦争に駆り出されることになるんだ。 声:果たしてそんな暴虐非道が「怒られる」の一言で片付けられて良いのでしょうか。 男:しかし事実、俺は王の怒りの一声で「片付けられて」しまう。如何に超常の力を持った勇者といえども、権力を持たない一人の人間に過ぎぬと言うわけさ。 声:世知辛いですね。私が言うのも何ですが、こんな辺境の魔王城まで遠路遥々やってきて、倒すべき魔王がいなかったから大人しく手ぶらで帰ったら、まさかそんな仕打ちが待っているなんて。 男:ほんとにな。 声:いっそ、逃げてしまうというのは? 男:え? 声:あなた程の力であれば、追っ手も然程怖くは無いでしょう? 男:ははっ。そうもいかぬさ。 声:何故? 国に恋人でもいるんですか? 男:はは、残念ながらいない。 声:いないんですか。 男:でも、姉がいるんだ。 声:お姉さまですか? 男:ああ。父さん母さんも死んで、幼い俺を育ててくれた、たった一人の家族が、な。俺が下手を打てば、姉さんは処刑されるかも知れない。 声:勇者さま……。 男:俺は姉さんに悲しい顔させたくないんだ。それに、今まで苦労かけた分、俺は姉さんを幸せにしたい。その為なら、クソ王の下で使いっ走りの勇者やるくらい、訳ないさ。 声:勇者さま、シスコンなんですね。 男:……そうだけど、そのコメントおかしくない? 声:何か失礼なこと言いましたか? すみません、何分、私世間知らずなもので。 男:あっそ、まぁ城だもんな。 声:はい、魔王城です。それにしても、王様、マジで外道ですね。 男:ああ、外道だよ。お前はここを動けぬだろうから知らぬかも知れぬが、そもそも魔王討伐というのも、何か実害あってのことでは無く、人類の敵である魔王を討伐した国という実績が、箔が欲しくてのこと。 男:褒められたものではあるまいよ。 声:不条理ですね。 男:世の中とはそういうものだ、魔王城。 声:なるほど、勇者さまも苦労されてるのですね。 男:それが生きるということさ。 男:あぁしかし、どうしたものか。このままでは姉さんが……。 男:この不甲斐ない弟を許して下さい、スカーレット姉さん。うっ……うぅ。 声:もう、泣かないで下さいよ、勇者さま! 男:し、しかし、姉さんが……。 声:自分のことより姉さんですか。 男:俺には姉さんさえいれば、他にはなにもいらない……! 声:んー……ふむ。ならば、こういうのはどうでしょう? 勇者さま。 男:え? 声:――あなたが魔王になる。 男:は? 声:というのは。 男:俺が、魔王に? 声:ええ。 男:そ、そんな、俺はだって、勇者で……! 声:この城は魔王のための城でございます、勇者さま。そして現在、ご覧の通りこの玉座は空席です。 声:……今はねこじろうのお気に入りのお昼寝スポットですが。 男:待て待て、俺が魔王になってどうするのだ? 声:どうするもこうするも。 男:王が欲しがっているのは魔王では無くその首なのだぞ? 魔王になって帰還などしたら、その場で首をたたき落とされるわ。 声:それはあるかも知れませんね。 男:な、まさか自害しろとでも? 声:自害? そういうのも悪くはありませんね。 男:いやいや、ふざけんなよ。そもそも魔王になんてなれるわけないだろう? 俺は勇者なのだか―― 声:なれますよ。 男:へ? 声:わりと簡単に。 男:ど、どうやって? 声:玉座に座れば。 男:それはどういうこと? 声:良いですか? 勇者さま。魔王が玉座に座るのではありません。玉座に座った者が魔王なのです。 男:つまり? 声:不肖、この魔王城が、あなたを魔王にして差し上げます。 男:まさか、そんなことが!? 出来るはずが! 声:可能です勇者さま。いいえ――魔王さま? 男:……い、いや、待て。それは目的がおかしい。俺は魔王になりたいのではなく、魔王の首を持って帰らないといけないんだ。 声:だから、魔王の首を持って帰るのでしょう? なら、魔王になったあなたがそのまま帰れば良いだけではありませんか? 男:いや、まさか本当に首を落として献上しろと? 俺は死にたくはない! 姉さんが悲しむから! 声:いいですね、お姉様の為に生きる。素敵です。しかし、いえいえ。まぁ魔王の生命力なら、もしかしたら首を落としたくらいじゃ死なないかも知れませんが。 男:いや、デュラハンじゃないんだから! 生きた首を渡すのもそれはそれでシュールだろ! 声:それは愉快ですが、別に「繋がっていてはいけない」とは言われてないのでしょう? 首と言われたら、生首、さらし首をイメージしてしまいますけれど。 男:はっ! 確かに! 3 声:それに、もし王さまに怒られたとしても、その時、あなたは魔王なのです。どうして、人間の王ごときを恐れましょう? 男:……なるほど? しかし、そんなことをしてほんとにいいのか魔王城? 俺は勇者なのに。それならば適当に誰かを座らせて魔王にする方が王道じゃないか? 声:その提案の方がよっぽど外道ですが、勇者さま。クソ王の道ですよ? お姉さま泣きますよ 男:はぁぁぁっ!? 確かに! 声:というか逆にですね、勇者さま。あなたは王さまがそんなことして良いと思うのですか? 男:そんなこととは? 声:あなたが、魔王になって首を持って帰ってきた。しかし「約束が違う」と、腹が立ったからあなたの姉を捕らえ、痛めつけ――殺すことにした。 男:クソ王が姉さんを……!? 声:と、すれば、あなたはそれを許せますか? 男:許せるわけがッ! いや、待てこれは仮定の話で……! 魔王にならなければそんなリスクも! 声:まぁ、話を聞く限り同じことだと思いますけれどね? 男:お、同じとは……? 声:勇者としての責務を果たし、魔王を果たして帰っても、愛しいお姉さまがそうならない公算は果たして如何ほどでしょう? 男:そ、そんな筈……!? 声:無いと、言い切れます? 過程はどうあれ用済みになったら消されてしまうんじゃないでしょうか。ちなみに誇り高きシスコンであらせられる勇者さまなら、お姉さまの為に命を捨てられますか? 男:それくらい弟としてできて当然じゃないか! 声:……世の弟のハードルを上げましたね。さて、では残念ながら、勇者さまとお姉さまの未来は決まりました。ご愁傷さまです。 男:ね、姉さんとの未来だって!? それはまさか、き、禁断の――! 声:あ。違います。そうではなく、そうですね。例えばお姉さまを人質にされた上で、自害しろと言われればどうでしょう? 男:喜んで死ぬ! 声:せめて慎んで死んでください。まぁそれも無駄死に、いえ、犬死にというやつでしょうか? クソ王の忠犬として死ぬわけです。 男:ふざけるな! 僕は姉さんの犬だ! 声:(猫)にゃ―……? 声:せめて人でいてください。ねこじろうも引いてますよ? 男:姉さんを救えるなら僕は何にだってなってやる! 声:何にだって。しかし、救えませんし、救いようがありませんけどね? 男:何故だ!? 声:考えてみてください? 「犬」を始末したら「首輪」はもういりませんよね? だとしたら。 男:う、嘘だ! 姉さんは――。 声:殺してしまうことになりますねぇ? あーあ。あなたはお姉さんを守るどころか危険に晒す、いつだって。 男:死なない! 俺が、僕が守るんだ! 絶対に! 何があろうと、掛け替えのない、姉さんを! 声:ふふ、えぇ、えぇ。そうでしょう。それ以外は、何もいらないんですものね? 男:ああ。僕には姉さん以外何もいらない。 声:王を、祖国を滅ぼしても? 男:かまうものか。いや、姉さんの為にそうしなければならない。 声:うふふ、素敵。では、勇者さま? なってくれますか、魔王に。 男:良いだろう! 僕はなるぞ、魔王に! 声:うふふふふ。では、勇者さま? 玉座へ。 男:ああ。 声:……ちょっと、どいてくれる、ねこじろう? 声:(猫)にゃー。 男:……これでいいのか? 声:ええ、これからよろしくお願いいたしますね、我が主。 男:頼む。 声:――魔王の継承《ディマイス・オブ・ザ・クラウン》 男:う、うぉぉぉぉぉ……!? 力が、沸いてくる! これが、魔王の……! 男:――ふ、ふはははは! 良い! 気分が良い! 声:おめでとうございます! 元・勇者さま。これであなたは正真正銘魔王さまです。 男:ふはははは! 待っていろクソ王よ! この魔王直々に貴様のもとへ首を届けよう。 声:おやおや、魔王さま、歴代魔王の残滓に浸食を受け性格が変わってしまいましたか? うふふ、もしあなたが望むなら、その力で世界をお好きにも出来ることでしょう。 男:はぁ? 世界なんてどうでもいいわ、僕には姉さんさえいれば! 声:……そんな変わって無さそうですね。 男:しかしまぁ……クソ王! ついでに貴様の国もいただこうか! 姉さんの為にも! 声:うふふふふ。それはそれは。 男:行くぞ魔王城! ねこじろう! 声:(猫)にゃー。 男:我は黒鎗の魔王キーラン・ジェラルド・モリス! 全てはスカーレット姉さんの為に! ふはははは! 声:あぁ、楽しくなりそうですね―― 男:――ではさっそく変形だ! 魔王城! 声:変形!? 男:飛べ! 魔王城! 声:ちょ、魔王様、私にそんな機能は! 男:フライングフォーム! ごー! 声:(猫)にゃー! 声:えぇぇぇ!? 0:魔王城、変形して飛ぶ。 声:……ほ、ほんとに飛んだ。 男:では、改めて、よろしく頼むぞ、我が城よ。 声:やれやれ。とんでもない人を魔王にしちゃいましたね。まぁ、楽しくなりそうですが。うふふふふ。 男:待っていろ、姉さん。僕があなたを助け出す。 0:魔王を乗せた魔王城が王国へ向かって飛んでいく。