台本概要

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タイトル だんぼーるのねこ
作者名 おちり補佐官  (@called_makki)
ジャンル コメディ
演者人数 3人用台本(男3)
時間 20 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 「死」に関する内容が含まれていますので、苦手な方は気を付けてください。

自殺願望のある男3人が偶然であいます。
死に急ぐ彼らの、生への執着をお楽しみください。


「ま、人からすれば、ちっぽけな悩みだったりもするんだろうな」

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
郁生 62 郁生(いくお) 最初に線路へやってきた男。 少し頭が良い。カップラーメンにやかんから熱湯を注いだとき必ずすることがある。やかんの底を蓋に押し付け、熱によって再び蓋を閉じる。 たまに理屈っぽくなることがある。人の会話にはあとから参加することが多い。 線路へやってきた理由は最愛の人が自分のことを認識しなくなったことが原因。彼女は、彼がいないあいだに狂ってしまったらしく、たとえ彼が眼前にいたとしても「郁生さんはどこにいるの」と嘆き問いかける。
忠志 76 忠志(ただし) 2番目に線路へやってきた男。 少し喧嘩っ早いが悪い奴ではない。友達のおばあちゃんの握ったおにぎりに抵抗は感じるものの、出されたものは残さない。おいしそうに食べのける。 喋ることが元々好きで、知人であれ他人であれ人の好意には常に感謝をしている。 親の急死、以降の生活に耐えられなくなった。人と話しているときは無理にでも苦しさを隠しがちである。
文彦 78 文彦(ふみひこ) 唯一モノローグのある登場人物。 最後に線路へやってきた男。 基本的に控えめで内向的、口調はほとんど荒くないが、それは決して彼が優しい人間であるという証にはならない。 人が倒れていても、自分によくしてくれた人物や自分が助けざるを得ない場面でもない限りは、逃げる。 3人のうち、最も人間として深みがなく魅力に欠ける。 しかし、彼自身の自己評価はさほど低くないため、周囲から孤立する場面が多々ある。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

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文彦:ここで、死ぬんだ。 文彦:(M)地面は冷たい。きっと僕もすぐに冷たくなるんだ。遠く遠くの電車の動きが、線路の鉄に響いている。とても静かだ。 :(間) 忠志:おい、何してる。起きろ! 文彦:......。 忠志:シカトする気か? 郁生:なんだあいつ。まさか、死ぬ気なんじゃ。 忠志:おい! てめえ、なんとか言いやがれ。 0:忠志、寝転んでいる文彦を蹴る。 文彦:いだっ。くそ。なにするんだよ。 忠志:なにって、なにしてんだよ。 文彦:僕は、これから死ぬんだ。 郁生:なるほど。 忠志:そうか、なら後にしろ。 文彦:後って、なんの? もう決めたことなんだ。今さら他の人の言葉でやめる気なんてない。ほっといてくれよ。 忠志:まぁ聞けよ坊主。 文彦:んだよ......。 忠志:俺は、お前がいつ死のうがどうだっていい。勝手に死ね。でもな、順番が大事なんだよ。 文彦:順番? 死ぬ前にやり残したことだとか言うつもりだろう。結局説得じゃないか。 忠志:ちげえよ。馬鹿! うすのろ! 文彦:そうだよ、馬鹿でうすのろだよ、もう死ぬんだ。ほっとけよ! 忠志:畜生、話を最後まで聞け! お前がここで死ぬのは、俺が死んだあとだ! 郁生:正確には、俺達が死んだあとだ。 忠志:俺が一番、郁生が二番、お前が三番。 文彦:は? :(間) 文彦:待て。とりあえず、お前なんてやめろ。僕の名前は文彦だ。 忠志:文彦、わかった。じゃ、おとなしく待ってろよ。 文彦:いやだ、何言ってる? 先に死ぬのは僕だ。 忠志:やんのかてめぇ。 文彦:やってやるよ。 忠志:殺すぞ。 文彦:殺しなよ。 郁生:はいはい。まぁ、こうなるよな。俺と二人きりのときと全く一緒。 文彦:は? どういうことだよ? 郁生:俺は郁生、こいつは忠志。文彦だっけ? 適当に歩きながら話そうぜ。な、ほら。来いよ。 文彦:......わかったよ。 :(間) 文彦:なるほど、二人ともさっき会ったばっかりで、みんな死にに来たんだ。 郁生:まぁ、そういうわけだ。 忠志:けど、人の亡くなった場所で後から死ぬってのも、なんか嫌だろ? 郁生:だからまだ誰も死ねていない、ってわけ。俺だっていやだよ。 文彦:なんとなく、僕も嫌だ。 郁生:どうしようかね。 忠志:どうもこうもなぁ。 文彦:あ。じゃんけんでもする? 忠志:それで決まるのもなぁ。 0:郁生、立ち止まる。 郁生:なぁ、聞こえるか? 俺達以外にも、まだ誰か居るみたいだぞ。 0:続いて、二人も止まり、耳を澄ませる。 忠志:足音だな。それも、森の中から......。 文彦:僕達ですら、線路沿いをずっと歩いてここまで来たっていうのに。森の中からだなんて。 0:郁生が真っ先に、足音の正体を熊だと知る。 郁生:待て、おい。 文彦:なんだよ! 忠志:(怯えて)と、とまれ。 文彦:熊だ。 郁生:そうだ。熊だ。みんな線路に伏せろ。死んだふりをするんだ。 文彦:やばい、だめだ。食われる。 0:以下、全員小声 忠志:おい、静かにしやがれ。死にてえのか? 文彦:......。 文彦:死にたいはずなんだよ。 郁生:いいから、伏せろ。ゆっくり、ゆっくりだぞ。 0:緊迫した間(十秒でも三十秒でも) 忠志:い、いったか? 郁生:......。あぁ。 文彦:怖かった、死ぬとこだった! 忠志:死にに来たのに? 郁生:さ、歩こう。止まってても寒いだけだし。な? 忠志:そうだな、凍え死ぬのは勘弁だ。 文彦:だね。 :(間) 文彦:ねぇ、どうして皆はここに来たの。 郁生:死ににきた。 忠志:おなじく。 文彦:そんなことは分かってるんだよ。僕だってそうさ。ただ、理由ってのがあるはずでしょ? 僕は、なにもかもが嫌になったんだよ。 忠志:なるほど。オレもそうだ。 郁生:俺もだな。まァ、特に言えば失恋かな。 忠志:なんだ、お前そんな一過性の感情で死ににきたのか。オレはな。家族を失った。 郁生:家族って? 忠志:両親。 郁生:そんなの、先に死んで元々だろ、なに当たり前のことにくよくよしてんだよ。馬鹿じゃないのか。 忠志:なんだと? 文彦:よしなよ。 郁生:死にてぇのか。 忠志:あぁ、死にてぇ。 郁生:俺もだ。 0:郁生と忠志、大笑いをする。 忠志:ま、人からすれば、ちっぽけな悩みだったりもするんだろうな。 文彦:全くその通りかもしれない。だからいやになる。小さな傷でも毎回毎回きちんと治してくれる、そんな人が居たら、僕の人生ももう少しマシだったのかも。 郁生:だな。俺にとっては彼女がそうだった。 忠志:けど、振られたか? 郁生:いんや。彼女も俺のことが好きらしい。 文彦:じゃあどうして。 郁生:少し、な。彼女から離れて過ごした時期があったんだ。けど、またすぐ帰ってくるからって、そう伝えて。待っているうちに、なにか彼女のなかで狂ってしまったんだろな。 郁生:ざっくり言うと......俺を俺だと分かんなくなったみたいでさ。なにいってんだって思うかも知れないが、彼女は俺の目の前で俺を待ち続けているんだ。私の彼はあなたじゃないって。もっと素敵な人なんだって。 文彦:そんなまさか。 郁生:けど起きちまったんだ。俺だって、きっとそのうち、何かのきっかけで、気付き直してくれるとも思ったんだけどな。......どうやらダメらしい。 忠志:それでここへ来たと。 郁生:あぁ。お前はどうなんだよ? 忠志:オレは......。両親が好きだったのかもな。いや、普段からそこまでべたべた接するわけじゃなかったが。二人が、事故で、急に居なくなってさ。 忠志:家が急に冷たくなって、仕事のことしか考えられなくて、何にか分からないけど怖くなって。たぶん、どうでもいいことを誰にも言えなくなったんだと思う。 文彦:で、ここにきたのか。 忠志:あぁ。 文彦:そっか。二人とも、大変だったんだね。 郁生:寒いな、この道は。 文彦:うん。 0:忠志、立ち止まり、文彦をみる。 忠志:で? 文彦:なに? 忠志:あと言ってないのは文彦だけだぞ。 文彦:名前覚えてくれてたんだ。 忠志:まぁ、な。 文彦:......。そんなことが、すごくうれしい。 忠志:なんかきもいな。 文彦:でしょ? 僕には、二人みたいな大層な悲劇はなかったよ。 郁生:は? じゃあなんで。 文彦:僕にはさ。ないんだ。親も好きな人もいないんだ。 忠志:......なるほど? 文彦:失う辛さはもちろん、ツラいとは思う。 文彦:けど、ないんだよ。そもそもが。 郁生:孤独か。 文彦:いや、好きな人は居たけど、好きにはなってもらえなかった、ってのが正しいのかも。それに、好きなことは沢山あった。アニメも漫画も、音楽も。ずっと一人でだけど、ギターだって弾いていたさ。お風呂に入るのだって好きだった。電気を消して......、あぁ。 忠志:ん? あぁ。わかるよ。 郁生:うん。伝わる。暗い中で風呂に入るのが好きなんだな? 文彦:ありがとう。その通り。そうして湯船に浸かるのが好きでね。よく寝落ちてしまいそうになるんだよ。 忠志:ほう。失神に近い状態らしいな。 文彦:うん。ずっと仕事もいやだったし、これが死に近いことなら、それもいいかもって思ってね。でも、好きなことしながら逝くのは、僕はちょっと嫌だった。だから、ここにきた。 郁生:なるほどね。おっと。 0:遠くから電車の音が聞こえ始める。 郁生:あ。電車もここに。 0:線路に寝転ぼうとする郁生。 郁生:じゃあな。俺から先に死ぬ。みんな順番にいこう。また向こうで、な。 忠志:待て。オレからだ。 文彦:いや僕からだ! 郁生:は、離せよ! おい! 死なせろ! 忠志:降りろ! 降りやがれ、この! 文彦:僕が先に死ぬべきだ! 郁生:なんだと! 0:このとき、文彦の足が線路にはまる。 文彦:痛! 忠志:どうした! 文彦:あ、足が線路にはまったみたい。 郁生:は? 文彦、大丈夫か? 忠志:まずい、このままじゃ轢かれちまう。 文彦:痛い、痛いよ、死にたくない! 忠志:落ち着け、俺らが引っ張ってやる! 郁生:せーーの! 忠志:おら! 0:電車が通過していく。 0:息を整える間。 忠志:あ、危なかったな。 文彦:うん、間一髪だったよ。ありがとう。 郁生:まったくだ。 文彦:そもそも君が一番に死のうなんてするから、こんなことになったんだ! 郁生:そりゃ行くだろう。死ににきたんだから。 文彦:それもそうだけど......。 忠志:はーあ、次の電車は何分後だろーな。 忠志:なかなか死ねねぇ。 郁生:歩いてりゃ、多少なりとも早く電車に遭遇するんじゃないか。 忠志:だな。って、おい。 文彦:なに? 忠志:なんかよぉ、臭くないか? 郁生:確かに。生臭い。 0:三人は死体を見つける。 文彦:これって。 忠志:死体、だな。それもまだ少し温かい。 郁生:俺達だけじゃなかったってことか。 0:しばし、無言で立ち止まる。 郁生:にしても、即死ってわけじゃなかったみたいだぜ。 文彦:うん。 忠志:なぁ、文彦。とりあえず離れようぜ。死ぬのがいやになる。 文彦:うん。 0:無言で少し歩く。 忠志:あぁ。 文彦:襲ったのはあの熊だったのかな。 忠志:だとしたら俺達が生きているのは幸運だ。 郁生:うん。死ににきたはずなのに。 文彦:あの人は僕達と一緒だったと思う? 忠志:分からない。ただ、こんな時間にここに来るってことは、そうかもしれないな。 文彦:もう少し早ければ今頃、四人で歩けたのかな。 忠志:かもな。 郁生:歩けていたら、いいな。 0:また少し黙る。 文彦:もう、くさくないね。 忠志:あぁ。肉片もない。 郁生:けど。 文彦:なに? 0:郁生は脇に置かれてある段ボールを指差す。 郁生:なんか、あるぜ。ほら、あの段ボール。 文彦:ほんとだ。なんだろう。 郁生:さぁな。見に行こう。 忠志:お、おう。 0:段ボールに猫がいる。 郁生:子猫だ。 忠志:なんでこんなとこに捨てるかね。 文彦:さっきのが、飼い主? 郁生:もしかしたらな。歩いてる俺達でも寒いのに。こんなに震えて......。 0:郁生、猫をだっこする。 郁生:よし、これでいい。これで少しはあたたかいだろう。 忠志:かわいいな。 郁生:持ってみるか? 忠志:お、おう。意外と重いもんだな。 郁生:生きてるって感じするよな。 文彦:あくびしてるよ。 郁生:へっ、のんきなやつめ。 忠志:この猫、さっきのあいつのだったのかね。 郁生:かもな。 郁生:あ。ってことは、向かいから歩いてきていたのか。 文彦:なんで来ちゃったんだろ。こんな可愛い子まで連れて。 郁生:きっと、俺達みたいに、色んなことが嫌になったんだろうな。もしかしたら心中でもするつもりだったのかもしれない。けど、途中で置いて独りで歩き始めたんだよ。 忠志:誰も拾わないようなところに命を置きやがって......。その途端にあのザマか。なんだかなぁ。 文彦:あの人が居なくなって、もうこの子の居場所はあの段ボール箱だけになったんだね。こうやって抱いて歩いていたら、僕達、死ねないね。 郁生:だな。誰かの命を支えているうちは、自分の死なんて考えられねえな。 忠志:あーあ、段ボール箱に返すのも気がひけるし、困った。で? おい。誰がこいつの居場所になってやるんだ? 文彦:もう、君でいいんじゃない? 忠志:ン? おう。 郁生:引き受けるんだ? 忠志:一旦はな。けど、すぐ他に誰か見つけて引き渡す。 郁生:そっか。 郁生:あ。駅、見えてきたぞ。 忠志:ほんとだ。 文彦:あーあ、何のために来たんだろ。 忠志:とりあえず、俺はうちに帰る。お前らは? 郁生:じゃあ、俺も。 文彦:僕も。 忠志:ん、じゃ、ばいばいか。 文彦:だね。また見かけたら、声かけてよ。せっかく知り合えたから。 忠志:おう。でも、もう会わないと思うぞ。 文彦:そっか。 郁生:俺も、会うことはないと思う。でも、覚えておくよ、二人のこと。んじゃ、この辺で。バイバイ。 忠志:ばいばい。 文彦:うん、さよなら。 :(間) 文彦:(M)そして、みんなすぐに別れて帰った。夜が明けるのはまだ先だろうけど、僕も家まで真っ直ぐに向かった。少し寝て、軽く食事をして何もせず過ごして、夜が来るのを待った。二人は何をしているだろう。一夜限りの友達だったけれど、嬉しかった。けど、きっともう会うことはない。だって、僕は死ぬから。僕はまた同じ時間に、同じ線路にやって来て、同じように寝転んだ。地面は冷たい。きっと僕もすぐに冷たくなるんだ。遠く遠くの電車の動きが、線路の鉄に響いている。とても静かだ。 忠志:おい、何してる。起きろ! 文彦:......。 忠志:シカトする気か? お前、また見かけたら声かけろって言ったじゃねえか。 文彦:え? 忠志? 久しぶり......でもないか。あ、猫は? 猫はどうなったの? 忠志:あいつなら、もう知り合いに渡してきた。 文彦:そっか、よかった。 郁生:おいおい二人で盛り上がるのはよせよ。俺も、いるぜ。 文彦:......なんで。まさか。ふたりとも、僕を止めに......。 忠志:ちげえよ。馬鹿。 文彦:え? じゃあなんで。 郁生:俺達も、また。 文彦:また? 忠志:また、死にに来ちまったんだ。

文彦:ここで、死ぬんだ。 文彦:(M)地面は冷たい。きっと僕もすぐに冷たくなるんだ。遠く遠くの電車の動きが、線路の鉄に響いている。とても静かだ。 :(間) 忠志:おい、何してる。起きろ! 文彦:......。 忠志:シカトする気か? 郁生:なんだあいつ。まさか、死ぬ気なんじゃ。 忠志:おい! てめえ、なんとか言いやがれ。 0:忠志、寝転んでいる文彦を蹴る。 文彦:いだっ。くそ。なにするんだよ。 忠志:なにって、なにしてんだよ。 文彦:僕は、これから死ぬんだ。 郁生:なるほど。 忠志:そうか、なら後にしろ。 文彦:後って、なんの? もう決めたことなんだ。今さら他の人の言葉でやめる気なんてない。ほっといてくれよ。 忠志:まぁ聞けよ坊主。 文彦:んだよ......。 忠志:俺は、お前がいつ死のうがどうだっていい。勝手に死ね。でもな、順番が大事なんだよ。 文彦:順番? 死ぬ前にやり残したことだとか言うつもりだろう。結局説得じゃないか。 忠志:ちげえよ。馬鹿! うすのろ! 文彦:そうだよ、馬鹿でうすのろだよ、もう死ぬんだ。ほっとけよ! 忠志:畜生、話を最後まで聞け! お前がここで死ぬのは、俺が死んだあとだ! 郁生:正確には、俺達が死んだあとだ。 忠志:俺が一番、郁生が二番、お前が三番。 文彦:は? :(間) 文彦:待て。とりあえず、お前なんてやめろ。僕の名前は文彦だ。 忠志:文彦、わかった。じゃ、おとなしく待ってろよ。 文彦:いやだ、何言ってる? 先に死ぬのは僕だ。 忠志:やんのかてめぇ。 文彦:やってやるよ。 忠志:殺すぞ。 文彦:殺しなよ。 郁生:はいはい。まぁ、こうなるよな。俺と二人きりのときと全く一緒。 文彦:は? どういうことだよ? 郁生:俺は郁生、こいつは忠志。文彦だっけ? 適当に歩きながら話そうぜ。な、ほら。来いよ。 文彦:......わかったよ。 :(間) 文彦:なるほど、二人ともさっき会ったばっかりで、みんな死にに来たんだ。 郁生:まぁ、そういうわけだ。 忠志:けど、人の亡くなった場所で後から死ぬってのも、なんか嫌だろ? 郁生:だからまだ誰も死ねていない、ってわけ。俺だっていやだよ。 文彦:なんとなく、僕も嫌だ。 郁生:どうしようかね。 忠志:どうもこうもなぁ。 文彦:あ。じゃんけんでもする? 忠志:それで決まるのもなぁ。 0:郁生、立ち止まる。 郁生:なぁ、聞こえるか? 俺達以外にも、まだ誰か居るみたいだぞ。 0:続いて、二人も止まり、耳を澄ませる。 忠志:足音だな。それも、森の中から......。 文彦:僕達ですら、線路沿いをずっと歩いてここまで来たっていうのに。森の中からだなんて。 0:郁生が真っ先に、足音の正体を熊だと知る。 郁生:待て、おい。 文彦:なんだよ! 忠志:(怯えて)と、とまれ。 文彦:熊だ。 郁生:そうだ。熊だ。みんな線路に伏せろ。死んだふりをするんだ。 文彦:やばい、だめだ。食われる。 0:以下、全員小声 忠志:おい、静かにしやがれ。死にてえのか? 文彦:......。 文彦:死にたいはずなんだよ。 郁生:いいから、伏せろ。ゆっくり、ゆっくりだぞ。 0:緊迫した間(十秒でも三十秒でも) 忠志:い、いったか? 郁生:......。あぁ。 文彦:怖かった、死ぬとこだった! 忠志:死にに来たのに? 郁生:さ、歩こう。止まってても寒いだけだし。な? 忠志:そうだな、凍え死ぬのは勘弁だ。 文彦:だね。 :(間) 文彦:ねぇ、どうして皆はここに来たの。 郁生:死ににきた。 忠志:おなじく。 文彦:そんなことは分かってるんだよ。僕だってそうさ。ただ、理由ってのがあるはずでしょ? 僕は、なにもかもが嫌になったんだよ。 忠志:なるほど。オレもそうだ。 郁生:俺もだな。まァ、特に言えば失恋かな。 忠志:なんだ、お前そんな一過性の感情で死ににきたのか。オレはな。家族を失った。 郁生:家族って? 忠志:両親。 郁生:そんなの、先に死んで元々だろ、なに当たり前のことにくよくよしてんだよ。馬鹿じゃないのか。 忠志:なんだと? 文彦:よしなよ。 郁生:死にてぇのか。 忠志:あぁ、死にてぇ。 郁生:俺もだ。 0:郁生と忠志、大笑いをする。 忠志:ま、人からすれば、ちっぽけな悩みだったりもするんだろうな。 文彦:全くその通りかもしれない。だからいやになる。小さな傷でも毎回毎回きちんと治してくれる、そんな人が居たら、僕の人生ももう少しマシだったのかも。 郁生:だな。俺にとっては彼女がそうだった。 忠志:けど、振られたか? 郁生:いんや。彼女も俺のことが好きらしい。 文彦:じゃあどうして。 郁生:少し、な。彼女から離れて過ごした時期があったんだ。けど、またすぐ帰ってくるからって、そう伝えて。待っているうちに、なにか彼女のなかで狂ってしまったんだろな。 郁生:ざっくり言うと......俺を俺だと分かんなくなったみたいでさ。なにいってんだって思うかも知れないが、彼女は俺の目の前で俺を待ち続けているんだ。私の彼はあなたじゃないって。もっと素敵な人なんだって。 文彦:そんなまさか。 郁生:けど起きちまったんだ。俺だって、きっとそのうち、何かのきっかけで、気付き直してくれるとも思ったんだけどな。......どうやらダメらしい。 忠志:それでここへ来たと。 郁生:あぁ。お前はどうなんだよ? 忠志:オレは......。両親が好きだったのかもな。いや、普段からそこまでべたべた接するわけじゃなかったが。二人が、事故で、急に居なくなってさ。 忠志:家が急に冷たくなって、仕事のことしか考えられなくて、何にか分からないけど怖くなって。たぶん、どうでもいいことを誰にも言えなくなったんだと思う。 文彦:で、ここにきたのか。 忠志:あぁ。 文彦:そっか。二人とも、大変だったんだね。 郁生:寒いな、この道は。 文彦:うん。 0:忠志、立ち止まり、文彦をみる。 忠志:で? 文彦:なに? 忠志:あと言ってないのは文彦だけだぞ。 文彦:名前覚えてくれてたんだ。 忠志:まぁ、な。 文彦:......。そんなことが、すごくうれしい。 忠志:なんかきもいな。 文彦:でしょ? 僕には、二人みたいな大層な悲劇はなかったよ。 郁生:は? じゃあなんで。 文彦:僕にはさ。ないんだ。親も好きな人もいないんだ。 忠志:......なるほど? 文彦:失う辛さはもちろん、ツラいとは思う。 文彦:けど、ないんだよ。そもそもが。 郁生:孤独か。 文彦:いや、好きな人は居たけど、好きにはなってもらえなかった、ってのが正しいのかも。それに、好きなことは沢山あった。アニメも漫画も、音楽も。ずっと一人でだけど、ギターだって弾いていたさ。お風呂に入るのだって好きだった。電気を消して......、あぁ。 忠志:ん? あぁ。わかるよ。 郁生:うん。伝わる。暗い中で風呂に入るのが好きなんだな? 文彦:ありがとう。その通り。そうして湯船に浸かるのが好きでね。よく寝落ちてしまいそうになるんだよ。 忠志:ほう。失神に近い状態らしいな。 文彦:うん。ずっと仕事もいやだったし、これが死に近いことなら、それもいいかもって思ってね。でも、好きなことしながら逝くのは、僕はちょっと嫌だった。だから、ここにきた。 郁生:なるほどね。おっと。 0:遠くから電車の音が聞こえ始める。 郁生:あ。電車もここに。 0:線路に寝転ぼうとする郁生。 郁生:じゃあな。俺から先に死ぬ。みんな順番にいこう。また向こうで、な。 忠志:待て。オレからだ。 文彦:いや僕からだ! 郁生:は、離せよ! おい! 死なせろ! 忠志:降りろ! 降りやがれ、この! 文彦:僕が先に死ぬべきだ! 郁生:なんだと! 0:このとき、文彦の足が線路にはまる。 文彦:痛! 忠志:どうした! 文彦:あ、足が線路にはまったみたい。 郁生:は? 文彦、大丈夫か? 忠志:まずい、このままじゃ轢かれちまう。 文彦:痛い、痛いよ、死にたくない! 忠志:落ち着け、俺らが引っ張ってやる! 郁生:せーーの! 忠志:おら! 0:電車が通過していく。 0:息を整える間。 忠志:あ、危なかったな。 文彦:うん、間一髪だったよ。ありがとう。 郁生:まったくだ。 文彦:そもそも君が一番に死のうなんてするから、こんなことになったんだ! 郁生:そりゃ行くだろう。死ににきたんだから。 文彦:それもそうだけど......。 忠志:はーあ、次の電車は何分後だろーな。 忠志:なかなか死ねねぇ。 郁生:歩いてりゃ、多少なりとも早く電車に遭遇するんじゃないか。 忠志:だな。って、おい。 文彦:なに? 忠志:なんかよぉ、臭くないか? 郁生:確かに。生臭い。 0:三人は死体を見つける。 文彦:これって。 忠志:死体、だな。それもまだ少し温かい。 郁生:俺達だけじゃなかったってことか。 0:しばし、無言で立ち止まる。 郁生:にしても、即死ってわけじゃなかったみたいだぜ。 文彦:うん。 忠志:なぁ、文彦。とりあえず離れようぜ。死ぬのがいやになる。 文彦:うん。 0:無言で少し歩く。 忠志:あぁ。 文彦:襲ったのはあの熊だったのかな。 忠志:だとしたら俺達が生きているのは幸運だ。 郁生:うん。死ににきたはずなのに。 文彦:あの人は僕達と一緒だったと思う? 忠志:分からない。ただ、こんな時間にここに来るってことは、そうかもしれないな。 文彦:もう少し早ければ今頃、四人で歩けたのかな。 忠志:かもな。 郁生:歩けていたら、いいな。 0:また少し黙る。 文彦:もう、くさくないね。 忠志:あぁ。肉片もない。 郁生:けど。 文彦:なに? 0:郁生は脇に置かれてある段ボールを指差す。 郁生:なんか、あるぜ。ほら、あの段ボール。 文彦:ほんとだ。なんだろう。 郁生:さぁな。見に行こう。 忠志:お、おう。 0:段ボールに猫がいる。 郁生:子猫だ。 忠志:なんでこんなとこに捨てるかね。 文彦:さっきのが、飼い主? 郁生:もしかしたらな。歩いてる俺達でも寒いのに。こんなに震えて......。 0:郁生、猫をだっこする。 郁生:よし、これでいい。これで少しはあたたかいだろう。 忠志:かわいいな。 郁生:持ってみるか? 忠志:お、おう。意外と重いもんだな。 郁生:生きてるって感じするよな。 文彦:あくびしてるよ。 郁生:へっ、のんきなやつめ。 忠志:この猫、さっきのあいつのだったのかね。 郁生:かもな。 郁生:あ。ってことは、向かいから歩いてきていたのか。 文彦:なんで来ちゃったんだろ。こんな可愛い子まで連れて。 郁生:きっと、俺達みたいに、色んなことが嫌になったんだろうな。もしかしたら心中でもするつもりだったのかもしれない。けど、途中で置いて独りで歩き始めたんだよ。 忠志:誰も拾わないようなところに命を置きやがって......。その途端にあのザマか。なんだかなぁ。 文彦:あの人が居なくなって、もうこの子の居場所はあの段ボール箱だけになったんだね。こうやって抱いて歩いていたら、僕達、死ねないね。 郁生:だな。誰かの命を支えているうちは、自分の死なんて考えられねえな。 忠志:あーあ、段ボール箱に返すのも気がひけるし、困った。で? おい。誰がこいつの居場所になってやるんだ? 文彦:もう、君でいいんじゃない? 忠志:ン? おう。 郁生:引き受けるんだ? 忠志:一旦はな。けど、すぐ他に誰か見つけて引き渡す。 郁生:そっか。 郁生:あ。駅、見えてきたぞ。 忠志:ほんとだ。 文彦:あーあ、何のために来たんだろ。 忠志:とりあえず、俺はうちに帰る。お前らは? 郁生:じゃあ、俺も。 文彦:僕も。 忠志:ん、じゃ、ばいばいか。 文彦:だね。また見かけたら、声かけてよ。せっかく知り合えたから。 忠志:おう。でも、もう会わないと思うぞ。 文彦:そっか。 郁生:俺も、会うことはないと思う。でも、覚えておくよ、二人のこと。んじゃ、この辺で。バイバイ。 忠志:ばいばい。 文彦:うん、さよなら。 :(間) 文彦:(M)そして、みんなすぐに別れて帰った。夜が明けるのはまだ先だろうけど、僕も家まで真っ直ぐに向かった。少し寝て、軽く食事をして何もせず過ごして、夜が来るのを待った。二人は何をしているだろう。一夜限りの友達だったけれど、嬉しかった。けど、きっともう会うことはない。だって、僕は死ぬから。僕はまた同じ時間に、同じ線路にやって来て、同じように寝転んだ。地面は冷たい。きっと僕もすぐに冷たくなるんだ。遠く遠くの電車の動きが、線路の鉄に響いている。とても静かだ。 忠志:おい、何してる。起きろ! 文彦:......。 忠志:シカトする気か? お前、また見かけたら声かけろって言ったじゃねえか。 文彦:え? 忠志? 久しぶり......でもないか。あ、猫は? 猫はどうなったの? 忠志:あいつなら、もう知り合いに渡してきた。 文彦:そっか、よかった。 郁生:おいおい二人で盛り上がるのはよせよ。俺も、いるぜ。 文彦:......なんで。まさか。ふたりとも、僕を止めに......。 忠志:ちげえよ。馬鹿。 文彦:え? じゃあなんで。 郁生:俺達も、また。 文彦:また? 忠志:また、死にに来ちまったんだ。