台本概要
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タイトル | 精霊舟送り(しょうりょうぶねおくり) |
---|---|
作者名 | おちり補佐官 (@called_makki) |
ジャンル | その他 |
演者人数 | 1人用台本(男1) |
時間 | 10 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
随筆に近い内容となっております。 榊(さかき)の香りから、ふと幼少の頃の、お盆の時期に遊びにいった田舎を思いだす話です。 役は男ですが、男女不問です。 153 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
男 | 男 | 1 | お盆の風習を思い出す。 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
: 精霊舟送り(しょうりょうぶねおくり)
:
男:僕が幼少時代を思い出すには、榊(さかき)のかおりだけで十分だった。赤みがかった葉に見覚えがあって、手折り、嗅ぐ。すると、清涼な懐かしい匂いが鼻にツンと来る。
男:大人になってからこの匂いを嗅ぐのは、決まって墓参りのときで、供花(くげ)のために刈るからである。幼少時代に嗅いだのも盆のときだった。
男:初めてこの香りを嗅いだのは、祖父母の家の前の空き地に、榊の木が植わっていたのである。畑と草むらを間仕切る為のトタンの隣でおおきく育ってあるのだ。そしてこれを供花に使っている。
男:祖父母の家の所在は、盆地にある小さな村で、その地域一帯はむかし県のダム建設工事により発展したのだときいたことがあった。
男:小さい頃、ここへ来るのがとても楽しみであった。家族旅行といったものは殆んど記憶になく、この集落にばかりやって来ていた。
男:連休があると虫網と海水パンツとゴーグルとゲーム機を車に積んで、途中でお菓子やらパンやらを買って向かう。
男:そして、気楽に雑に時間を過ごすのが好きだった。川で魚や小さなエビを獲っているのが日中の殆んどで、夜はトランプをするか星を眺めるかのどちらかだった。
男:榊の葉を折った香りを嗅いだのは、祖母の亡くなった後だったろうか。前だったろうか。冬に亡くなったのは憶えている。その年か、翌年か、分からない。
男:しかし、そこいらの数年のうちの盆の時期に、夜に川まで村の皆で歩いていった覚えがある。僕は、そこで花火をした。
男:しかし、集まりは花火が目的ではなかったようであったし、村の知らない人たちも集まってきていた。それはひとつの行事だった。
男:なにも知らずに僕は村の友達と出発した。外灯のない、杉が壁のようにそびえる道路を懐中電灯を持って歩いていく。向かい始めてすぐは、まだ少し明るかったのだけれど、盆地なのと、背の高い木に囲われているのもあって、日が暮れるとすぐに、辺りは恐ろしいほど暗くなった。
男:懐中電灯を振り回していると、道脇の苔が時々、蒼白く浮かび上がる。前の方を歩いている知らない大人が見えなくなるとき、不安を覚えた。だから僕たちは時折、急ぎ足になった。
男:川原へ着くと火が何ヵ所かで焚かれていた。川原には丸い石ばかりが転がっていて、白く照らされている。川も川原もとても広かった。夜の川は真っ黒で、対岸の木々がぼんやりと見えるおかげで、そこで川が終わるのだと分かるほどだった。
男:白い服を着た十人ほどの大人の男たちのなかに、僕の父親もいて、木でできた船を持ってその黒い川の中へ歩いていく。
男:肩から上だけが見える辺りまでいった。しかし、対岸までの距離の半分にも満たないほどの距離だった。先の川はまだまだ深くて黒いのだろう。
男:やがて、木の船を少し浮かべたと思うと、また持って帰ってきた。そして、時間をかけて焼き始めた。
男:僕たち子供は手持ち花火を振り回して、ただ眺めるだけだった。だから、もしかすると船は焼いていなかったかもしれないし、川ももっと小さかったかもしれない。
男:けれども、僕の記憶では村の人が沢山いたはずなのに、それ以上に川と森の黒さが印象的で、恐ろしかった。
男:祖母が亡くなったあとの記憶で確かなものは、夕方、家の前に万灯(まんとう)があったことだ。幅のない木の板を棚にして、沢山のろうそくをたてられるようにする。
男:合計で百八本のろうそくを燃やすらしいが、一度にその量は出来ないから、三十六本を三日に分けて灯していた。
男:夕方の早い時間から灯して、ただ眺めて、色んな人が家へやって来て父親や親戚たちと話をして帰っていく。たぶん、部屋のなかには盆提灯やなにやらで飾られた祖母の遺影もあった気がする。
男:僕はもっぱら外で灯を眺めるのが好きであったし、火が消えないようにすることに専念していたから、正直いって、部屋のことはあまり憶えていない。
男:火の番も途中で飽きて、空き地でバッタを捕まえたり榊の枝を折っていた。だから、このときも、榊の葉の香りがしていた。
男:タバコと蚊取り線香の混じった煙たい匂いと、ほかに、川の水の乾いた匂いもしていた。昼間に遊んだ海水パンツをそこいらに放ったらかしにしてあったから当然である。
男:あの虻(あぶ)の寄ってくる、瓜の香りを薄めたような、汗のような、なんとも言えない不思議な匂いが、僕は好きだった。
男:蝋燭が溶けて、灯りが残り二本ほどになったときにはもう既に、辺りは暗くなっている。眺めていると、視界がぼやけてきて蝋燭が複数に見える。
男:消えたのを確認すると、日中の川遊びに疲れていたせいもあって寝落ちてしまった。そのあとはバーベキューをするからと起こされる。これが、僕の榊から思い出す幼少時代の、特にお盆にまつわる記憶である。
: 精霊舟送り(しょうりょうぶねおくり)
:
男:僕が幼少時代を思い出すには、榊(さかき)のかおりだけで十分だった。赤みがかった葉に見覚えがあって、手折り、嗅ぐ。すると、清涼な懐かしい匂いが鼻にツンと来る。
男:大人になってからこの匂いを嗅ぐのは、決まって墓参りのときで、供花(くげ)のために刈るからである。幼少時代に嗅いだのも盆のときだった。
男:初めてこの香りを嗅いだのは、祖父母の家の前の空き地に、榊の木が植わっていたのである。畑と草むらを間仕切る為のトタンの隣でおおきく育ってあるのだ。そしてこれを供花に使っている。
男:祖父母の家の所在は、盆地にある小さな村で、その地域一帯はむかし県のダム建設工事により発展したのだときいたことがあった。
男:小さい頃、ここへ来るのがとても楽しみであった。家族旅行といったものは殆んど記憶になく、この集落にばかりやって来ていた。
男:連休があると虫網と海水パンツとゴーグルとゲーム機を車に積んで、途中でお菓子やらパンやらを買って向かう。
男:そして、気楽に雑に時間を過ごすのが好きだった。川で魚や小さなエビを獲っているのが日中の殆んどで、夜はトランプをするか星を眺めるかのどちらかだった。
男:榊の葉を折った香りを嗅いだのは、祖母の亡くなった後だったろうか。前だったろうか。冬に亡くなったのは憶えている。その年か、翌年か、分からない。
男:しかし、そこいらの数年のうちの盆の時期に、夜に川まで村の皆で歩いていった覚えがある。僕は、そこで花火をした。
男:しかし、集まりは花火が目的ではなかったようであったし、村の知らない人たちも集まってきていた。それはひとつの行事だった。
男:なにも知らずに僕は村の友達と出発した。外灯のない、杉が壁のようにそびえる道路を懐中電灯を持って歩いていく。向かい始めてすぐは、まだ少し明るかったのだけれど、盆地なのと、背の高い木に囲われているのもあって、日が暮れるとすぐに、辺りは恐ろしいほど暗くなった。
男:懐中電灯を振り回していると、道脇の苔が時々、蒼白く浮かび上がる。前の方を歩いている知らない大人が見えなくなるとき、不安を覚えた。だから僕たちは時折、急ぎ足になった。
男:川原へ着くと火が何ヵ所かで焚かれていた。川原には丸い石ばかりが転がっていて、白く照らされている。川も川原もとても広かった。夜の川は真っ黒で、対岸の木々がぼんやりと見えるおかげで、そこで川が終わるのだと分かるほどだった。
男:白い服を着た十人ほどの大人の男たちのなかに、僕の父親もいて、木でできた船を持ってその黒い川の中へ歩いていく。
男:肩から上だけが見える辺りまでいった。しかし、対岸までの距離の半分にも満たないほどの距離だった。先の川はまだまだ深くて黒いのだろう。
男:やがて、木の船を少し浮かべたと思うと、また持って帰ってきた。そして、時間をかけて焼き始めた。
男:僕たち子供は手持ち花火を振り回して、ただ眺めるだけだった。だから、もしかすると船は焼いていなかったかもしれないし、川ももっと小さかったかもしれない。
男:けれども、僕の記憶では村の人が沢山いたはずなのに、それ以上に川と森の黒さが印象的で、恐ろしかった。
男:祖母が亡くなったあとの記憶で確かなものは、夕方、家の前に万灯(まんとう)があったことだ。幅のない木の板を棚にして、沢山のろうそくをたてられるようにする。
男:合計で百八本のろうそくを燃やすらしいが、一度にその量は出来ないから、三十六本を三日に分けて灯していた。
男:夕方の早い時間から灯して、ただ眺めて、色んな人が家へやって来て父親や親戚たちと話をして帰っていく。たぶん、部屋のなかには盆提灯やなにやらで飾られた祖母の遺影もあった気がする。
男:僕はもっぱら外で灯を眺めるのが好きであったし、火が消えないようにすることに専念していたから、正直いって、部屋のことはあまり憶えていない。
男:火の番も途中で飽きて、空き地でバッタを捕まえたり榊の枝を折っていた。だから、このときも、榊の葉の香りがしていた。
男:タバコと蚊取り線香の混じった煙たい匂いと、ほかに、川の水の乾いた匂いもしていた。昼間に遊んだ海水パンツをそこいらに放ったらかしにしてあったから当然である。
男:あの虻(あぶ)の寄ってくる、瓜の香りを薄めたような、汗のような、なんとも言えない不思議な匂いが、僕は好きだった。
男:蝋燭が溶けて、灯りが残り二本ほどになったときにはもう既に、辺りは暗くなっている。眺めていると、視界がぼやけてきて蝋燭が複数に見える。
男:消えたのを確認すると、日中の川遊びに疲れていたせいもあって寝落ちてしまった。そのあとはバーベキューをするからと起こされる。これが、僕の榊から思い出す幼少時代の、特にお盆にまつわる記憶である。