台本概要
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タイトル | Blessed Messenger |
---|---|
作者名 | ねるひつじ (@@sleep_sheepzzz) |
ジャンル | その他 |
演者人数 | 2人用台本(男1、女1) |
時間 | 20 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
近未来。ほとんどのものがオンライン化され、超高層ビルが立ち並ぶ街。 地上近くでアナログな暮らしを大切にするエリスと、 配達員ロトのハートフルストーリー。 最初と最後の一文は診断メーカーより。 366 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
エリス | 女 | 70 | 手書きの手紙を大切にする貴婦人。 30代。 |
ロト | 男 | 72 | 数少ない手紙を配達する配達員。 20代。 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
:
エリスの語り:手紙が届きました。差出人の名前ありません。
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0:間
:
ロト:こんにちは、ご婦人
エリス:あら、配達員さん、こんにちは
ロト:また差出人不明の手紙ですか
エリス:ええ。不思議なものね、月に一度、欠かさず
ロト:一応差出人不明でも配達する決まりにはなっているのですが、なにか怪しいことなどがあったら言ってくださいね
エリス:それにはおよびませんよ
ロト:一応3年もここへ配達に来てる身です
ロト:ただの配達員ではありますが、ご相談くらい乗らせてください
エリス:あなたが頼りないとか、そういうお話ではないの
エリス:とっても素敵なのよ、この手紙と言ったら
エリス:文字は繊細で、文章は簡潔でいて美しい
エリス:それに毎回季節の押し花まで入っているの
ロト:それはなんというか…内容を見ていなくても恋文のように感じてしまうのですが
エリス:時代遅れの生活をして、婚期をすっかり逃してしまった私に?
エリス:そんなお話があるのならぜひ一度直接お話をしたいものです
ロト:いつか会えるといいですね
エリス:さあ、今日もまだ配達が残っているでしょう?
エリス:こんなところで時間をつぶしてしまってはお叱りを受けるのではなくて?
ロト:いいえ!ご婦人とのお話が時間つぶしだなんてとんでもない
ロト:それに僕の自転車は局で一番速いので、ご心配にはおよびません
エリス:無理してけがなどなさらないでくださいね
ロト:もちろんです
ロト:でも、ご婦人に心配をおかけするのも忍びないので、今日はこの辺で
エリス:ええ、また来週
ロト:失礼します
:
0:間
:
ロトの語り:そうして僕は自転車にまたがって道路のど真ん中を走り出しました
ロトの語り:事故にあうだなんて心配はよしてくださいね
ロトの語り:今やもう空飛ぶ車は一家に一、二台。地面を走っているのは自転車かキックスケーター程度。おかげで地面に残った道路は自転車専用道路、となっているわけですが
ロトの語り:今やもう地上に家を構えている人も少なく、ほとんどの人は超高層マンション…きっと昔の人の超高層マンションのイメージからはかけ離れていると思いますが…に住んでいて、自転車を使っているのは郵便局員程度。
エリスの語り:こんなに技術が進歩してもなお、伝統として残されているものが、手書きの手紙でした
エリスの語り:この時代の手紙は連絡用という使い方は一切ありません
エリスの語り:ただ大切な人へ自分の気持ちを伝えるとっておきの手段、そんなものになっています
エリスの語り:そんな大切な手紙を運ぶ配達員は、Blessed Messengerと呼ばれ、伝統を守るものの一人として重宝されているのです
:
0:間
:
ロト:こんにちは、ご婦人
ロト:今日も届いていますよ
エリス:ほんとう?ほんとうにすごいわね
エリス:もう3年になるかしら、あなたがこの地区の配達員になる少し前くらいからかしら
ロト:そんなに?たしかにずっと運んでいるなという気はしていましたが…
エリス:こんな私に3年も、よっぽどシャイな方なのね
ロト:差出人を突きとめようとは思わないんですか
エリス:手紙が届き始めて1年ほどたったころにね、一度郵便局へ足を運んでみたの
エリス:お返事ができていないことも気がかりでしたし
ロト:それではすぐに問い合わせができたはずではないのですか
エリス:それがね、たしかに、郵便局に手紙を持ってきた人にはすぐに会えたのだけれど…
ロト:…?
エリス:手紙を書いた人ではなかったのよ
ロト:それは…一体…
エリス:ある日ポストに入っていたのですって。これを差出人不明で郵便局へ出してくださいと
ロト:それはまた回りくどいことを
エリス:私もびっくりして尋ねたんです
エリス:ひと月に一度、見ず知らずの人の頼みを聞いているのですか、と
ロト:なんて答えたんです?
エリス:俺がここに届けに来たのは2回目ですよというんです
ロト:それは…ええと…郵便局に手紙を持ってくる人は複数人いるということですかね?
エリス:おそらくそういうことになるでしょうね
エリス:どうしようもなくって、お返事もずっと出し損ねています
ロト:心当たりは全くないのですか
エリス:身元を隠してまで私に手紙を書こうという人には心当たりがありません
エリス:相手だけならまだしも、字にすら見覚えがないのです
ロト:字?
エリス:ええ。私、字の目利きには自信があるのですよ?
エリス:親族の字、それから大切な友人の字はしっかり見分けがつきます
ロト:それはまたすばらしい才能をお持ちで
エリス:いいえ、才能だなんてそんなたいそうなものではありませんよ
エリス:少し目が良いだけですから
ロト:とんでもない!手書きの文字を大切にしていることがよくわかります
ロト:あなたもきっと素敵な文字と文章を書かれるのでしょう
エリス:私の字は平凡で、文章はありきたりですよ
ロト:ご謙遜を。あなたに届く手紙の数を見ていれば分かりますよ
ロト:地上だけでなく、上にもたくさんのご友人がいらっしゃるのですね
エリス:みんな、時代遅れな私を見捨てずにいてくれる優しい方々です
ロト:上がせわしなく動いている中、ご自分の時間を大切にしてらっしゃるあなたのことが、皆さんお好きなんだと思いますよ
エリス:いつからそんなお世辞が上手になったのかしら
ロト:お世辞じゃありませんよ
エリス:そう?ではお礼を申し上げます
ロト:もったいないお言葉です。それでは、今日のところはこれで
エリス:ええ、そうね。また話し込んでしまったわ
エリス:それでは、ごきげんよう
ロト:ごきげんよう
:
0:間
:
ロトの語り:それからも月に一度、差出人不明の手紙を含めた手紙を届けました
ロトの語り:ああ、もちろん例の手紙がない時も普通に配達はしていますよ?
ロトの語り:…ご婦人は、差出人のことはあきらめているのでしょうか
エリスの語り:もう3年、3年です
エリスの語り:文字と文章を見る限り悪い人ではないでしょうし、わざわざ手紙を出すほどの人です。恐怖などは少しもありませんでしたが、やはりどなたか気になるのです
エリスの語り:いい歳の女が、得体のしれないあなたが気になって仕方がないのです
エリスの語り:みっともないでしょう?自分でも笑ってしまいます
:
0:間
:
ロト:こんにちはご婦人
エリス:あら配達員さん、ちょうどよかった
ロト:…!どうされたんですかその手!
エリス:お恥ずかしいのですが、こけた際に手のつき方が悪かったようで…その…くじいてしまって
ロト:ちょうどよかった、ということはなにかお困りですか?
エリス:今度友人に宛てる手紙に書こうと思っていることをメモしていただきたくって
ロト:メモ?
エリス:ごめんなさいね、手紙自体は急ぎではないので手が治ってから書きなおそうと思うのですが、こんな時に限っていい内容が思い浮かんでしまって…
ロト:音声認識ソフトを使えばタブレットにメモできるのではないですか?
エリス:音声認識ソフト…
ロト:もしかしてインストールされていない?
エリス:おそらく…使ったことはありませんから…
ロト:そうですか…こんな立派なお宅に足を踏み入れるのはいささか気が引けますが
エリス:気になさらないで、むしろ配達員さんのお仕事をお邪魔してしまって…ごめんなさいね
ロト:そんな!大丈夫ですよ
ロト:幸い、今日はほかの郵便物が少なくって
エリス:それでは、よろしくお願いします
エリス:お紅茶は何がよろしいかしら
ロト:そんな!おかまいなく
エリス:いいえ。大切なBlessed Messengerにこんなことを頼んでいるのですから、お茶くらいは出させてください
ロト:そんな…ではありがたくいただきます。カモミールはありますでしょうか
エリス:ありますよ、先日買い足したばかりです
:
0:間
:
エリス:はい、どうぞ召し上がれ
ロト:ありがとうございます
エリス:では、さっそくメモを取っていただいてもよろしいかしら
ロト:はい
:
ロトの語り:そうしてご婦人から紡がれる言葉は美しく、さわやかな風さえ感じられるようなもので、ただのメモとはいえ、僕がこんな言葉を書いていいものかと思うほどだった
ロトの語り:あの手紙の差出人は、この言葉を受け取ることはできない
ロトの語り:きっと、ご婦人のこういうところに惹かれたんだろうと思うのに
:
エリス:以上です。ありがとうございます。ついでに焼き菓子も持って行ってくださいな
ロト:そんな!大丈夫です。あなたの言葉を知れてよかったとすら思っていますから
エリス:またお世辞がお上手ね
エリス:そういう言葉は恋人にでもかけてあげてくださいね
ロト:恋人ができたら言うことにしましょう
エリス:それでは、この焼き菓子は私が食べきれずにおいてあるものですから、どうか遠慮せずに受け取っていただけないかしら
ロト:メモのお礼なら紅茶とあなたの言葉で十分ですよ
エリス:いいえ、メモのお礼ではありませんよ
ロト:え?
エリス:手紙のお礼です
ロト:…!
エリス:差出人は、配達員さんでしょう
ロト:目利きが過ぎますよ、ご婦人
エリス:ちょっと崩して書いたようですけど、3年も見ている文字を覚えないはずがありません
ロト:でもご婦人、残念ながら、僕ではありませんよ
エリス:そんなはずはありません
ロト:僕ではない、というのは手紙の内容に関してです
ロト:確かに文字は僕のものです。でも…
エリス:代筆ということですか。それは失礼にあたるのではありませんか
ロト:すみません
エリス:咎めるつもりはありません
エリス:ですが、メッセンジャーという立場でありながらこんなことをした理由を知りたいですね
ロト:手紙の内容は、すべて、兄のものです
エリス:お兄様?
ロト:兄が生前、あなたに宛てた手紙を、何とか届けたかったのです
ロト:でも、元の手紙は、直接お届けするにはあまりに状態が悪かったのです。
エリス:それであなたが書き直したのですか
ロト:無礼は承知の上です
エリス:でもそれなら郵便局に直接出せばよかったではないですか
ロト:ご婦人、僕らは、配達員は、その立場上手紙を送ることは禁止事項とされています
ロト:兄が手紙を出せなかった理由です
エリス:ということは、お兄様もメッセンジャーをされていたのですか
ロト:はい。僕の前の配達員を、あなたは覚えてらっしゃいますか
エリス:ええ、もちろん
ロト:兄は配達員としてこの地区を回るうちに、あなたに惹かれたのでしょう
ロト:送れないと知っていて、何通も手紙を書いた
エリス:直接お声がけしていただければよかったのに
ロト:兄は謙虚で臆病な人柄でした
ロト:いち配達員があなたのようなご婦人に声をかける勇気などなかったのでしょう
エリス:たしかに大人しい印象ではありましたけど…何度かお話はいたしましたよ?
ロト:なんと…兄はそのようなこと一度も…
エリス:とても穏やかで、言葉の丁寧な方でした
エリス:見聞が広く、話していて楽しかったですよ
ロト:それは…ありがとうございます
ロト:そういっていただけたら兄も喜ぶと思います
エリス:お兄様のお手紙、あとどれくらいあるのでしょうか
ロト:それはあえて秘密にしておきましょう
エリス:あら、意外と意地悪なのね
ロト:意地悪だなんて言わないでください
エリス:そうね、あなたが優しい人だということは良く知っているわ
エリス:あら、いけない。また話し込んでしまったわね
ロト:お気になさらず。では今日のところは失礼します
エリス:ええ、今日はありがとう、お気をつけて
:
0:間
:
ロト:こんにちはご婦人
エリス:あら、こんにちは
ロト:今日のお手紙はこちらです
エリス:ありがとう
ロト:それと、今日は報告がありまして
エリス:なにかしら、改まって
ロト:今日で、この地区の配達が終わりになります
エリス:え?
ロト:異動です。僕は次は上の配達担当になります
エリス:それは、少し寂しくなりますね
ロト:ご婦人
エリス:なんでしょう
ロト:兄の手紙を最後まで書いたら、今度は僕があなたに手紙を書いてもいいですか
エリス:でも、禁止事項は…
ロト:ですから、差出人不明のままになりますが
ロト:僕の言葉で、あなたに手紙を書いてみたいです
エリス:では、次の配達地区を教えていただけますか?
ロト:G地区からF地区ですけど、なぜ?
エリス:友人に手紙を託してもよろしいかしら
エリス:配達員さんに渡してくださいと
ロト:そんな…!
エリス:差出人がわかっているのにお返事ができないのは落ち着きませんから
ロト:…では、お待ちしております
エリス:私も楽しみにしています。あなたの言葉を
:
0:間
:
エリスの語り:そうして一年ほどたったころ、押し花の入っていない差出人不明の手紙が届きました。押し花の代わりに銀色の指輪が入っていました
:
ロト:追伸、女性に指輪を贈るご無礼をお許しください
ロト:兄の手紙はこれで最後です
ロト:形見分けといっては何ですが、兄がネックレスにしていた指輪を同封しておきます
ロト:あまり深い意味はありませんので、お庭の枝にでもかけてやってください
ロト:それでは
:
エリスの語り:私は手紙のとおりバラの木の枝に指輪をかけました
ロトの語り:上からでも、下の階のほうに下りれば、ご婦人の広い庭が見えました
ロトの語り:庭の一点にはとても光るものが…
ロトの語り:おそらくあれは…
:
ロトの語り:銀色の指輪が朝日を反射して眩しかったのを、覚えています
:
エリスの語り:手紙が届きました。差出人の名前ありません。
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ロト:こんにちは、ご婦人
エリス:あら、配達員さん、こんにちは
ロト:また差出人不明の手紙ですか
エリス:ええ。不思議なものね、月に一度、欠かさず
ロト:一応差出人不明でも配達する決まりにはなっているのですが、なにか怪しいことなどがあったら言ってくださいね
エリス:それにはおよびませんよ
ロト:一応3年もここへ配達に来てる身です
ロト:ただの配達員ではありますが、ご相談くらい乗らせてください
エリス:あなたが頼りないとか、そういうお話ではないの
エリス:とっても素敵なのよ、この手紙と言ったら
エリス:文字は繊細で、文章は簡潔でいて美しい
エリス:それに毎回季節の押し花まで入っているの
ロト:それはなんというか…内容を見ていなくても恋文のように感じてしまうのですが
エリス:時代遅れの生活をして、婚期をすっかり逃してしまった私に?
エリス:そんなお話があるのならぜひ一度直接お話をしたいものです
ロト:いつか会えるといいですね
エリス:さあ、今日もまだ配達が残っているでしょう?
エリス:こんなところで時間をつぶしてしまってはお叱りを受けるのではなくて?
ロト:いいえ!ご婦人とのお話が時間つぶしだなんてとんでもない
ロト:それに僕の自転車は局で一番速いので、ご心配にはおよびません
エリス:無理してけがなどなさらないでくださいね
ロト:もちろんです
ロト:でも、ご婦人に心配をおかけするのも忍びないので、今日はこの辺で
エリス:ええ、また来週
ロト:失礼します
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ロトの語り:そうして僕は自転車にまたがって道路のど真ん中を走り出しました
ロトの語り:事故にあうだなんて心配はよしてくださいね
ロトの語り:今やもう空飛ぶ車は一家に一、二台。地面を走っているのは自転車かキックスケーター程度。おかげで地面に残った道路は自転車専用道路、となっているわけですが
ロトの語り:今やもう地上に家を構えている人も少なく、ほとんどの人は超高層マンション…きっと昔の人の超高層マンションのイメージからはかけ離れていると思いますが…に住んでいて、自転車を使っているのは郵便局員程度。
エリスの語り:こんなに技術が進歩してもなお、伝統として残されているものが、手書きの手紙でした
エリスの語り:この時代の手紙は連絡用という使い方は一切ありません
エリスの語り:ただ大切な人へ自分の気持ちを伝えるとっておきの手段、そんなものになっています
エリスの語り:そんな大切な手紙を運ぶ配達員は、Blessed Messengerと呼ばれ、伝統を守るものの一人として重宝されているのです
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ロト:こんにちは、ご婦人
ロト:今日も届いていますよ
エリス:ほんとう?ほんとうにすごいわね
エリス:もう3年になるかしら、あなたがこの地区の配達員になる少し前くらいからかしら
ロト:そんなに?たしかにずっと運んでいるなという気はしていましたが…
エリス:こんな私に3年も、よっぽどシャイな方なのね
ロト:差出人を突きとめようとは思わないんですか
エリス:手紙が届き始めて1年ほどたったころにね、一度郵便局へ足を運んでみたの
エリス:お返事ができていないことも気がかりでしたし
ロト:それではすぐに問い合わせができたはずではないのですか
エリス:それがね、たしかに、郵便局に手紙を持ってきた人にはすぐに会えたのだけれど…
ロト:…?
エリス:手紙を書いた人ではなかったのよ
ロト:それは…一体…
エリス:ある日ポストに入っていたのですって。これを差出人不明で郵便局へ出してくださいと
ロト:それはまた回りくどいことを
エリス:私もびっくりして尋ねたんです
エリス:ひと月に一度、見ず知らずの人の頼みを聞いているのですか、と
ロト:なんて答えたんです?
エリス:俺がここに届けに来たのは2回目ですよというんです
ロト:それは…ええと…郵便局に手紙を持ってくる人は複数人いるということですかね?
エリス:おそらくそういうことになるでしょうね
エリス:どうしようもなくって、お返事もずっと出し損ねています
ロト:心当たりは全くないのですか
エリス:身元を隠してまで私に手紙を書こうという人には心当たりがありません
エリス:相手だけならまだしも、字にすら見覚えがないのです
ロト:字?
エリス:ええ。私、字の目利きには自信があるのですよ?
エリス:親族の字、それから大切な友人の字はしっかり見分けがつきます
ロト:それはまたすばらしい才能をお持ちで
エリス:いいえ、才能だなんてそんなたいそうなものではありませんよ
エリス:少し目が良いだけですから
ロト:とんでもない!手書きの文字を大切にしていることがよくわかります
ロト:あなたもきっと素敵な文字と文章を書かれるのでしょう
エリス:私の字は平凡で、文章はありきたりですよ
ロト:ご謙遜を。あなたに届く手紙の数を見ていれば分かりますよ
ロト:地上だけでなく、上にもたくさんのご友人がいらっしゃるのですね
エリス:みんな、時代遅れな私を見捨てずにいてくれる優しい方々です
ロト:上がせわしなく動いている中、ご自分の時間を大切にしてらっしゃるあなたのことが、皆さんお好きなんだと思いますよ
エリス:いつからそんなお世辞が上手になったのかしら
ロト:お世辞じゃありませんよ
エリス:そう?ではお礼を申し上げます
ロト:もったいないお言葉です。それでは、今日のところはこれで
エリス:ええ、そうね。また話し込んでしまったわ
エリス:それでは、ごきげんよう
ロト:ごきげんよう
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ロトの語り:それからも月に一度、差出人不明の手紙を含めた手紙を届けました
ロトの語り:ああ、もちろん例の手紙がない時も普通に配達はしていますよ?
ロトの語り:…ご婦人は、差出人のことはあきらめているのでしょうか
エリスの語り:もう3年、3年です
エリスの語り:文字と文章を見る限り悪い人ではないでしょうし、わざわざ手紙を出すほどの人です。恐怖などは少しもありませんでしたが、やはりどなたか気になるのです
エリスの語り:いい歳の女が、得体のしれないあなたが気になって仕方がないのです
エリスの語り:みっともないでしょう?自分でも笑ってしまいます
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ロト:こんにちはご婦人
エリス:あら配達員さん、ちょうどよかった
ロト:…!どうされたんですかその手!
エリス:お恥ずかしいのですが、こけた際に手のつき方が悪かったようで…その…くじいてしまって
ロト:ちょうどよかった、ということはなにかお困りですか?
エリス:今度友人に宛てる手紙に書こうと思っていることをメモしていただきたくって
ロト:メモ?
エリス:ごめんなさいね、手紙自体は急ぎではないので手が治ってから書きなおそうと思うのですが、こんな時に限っていい内容が思い浮かんでしまって…
ロト:音声認識ソフトを使えばタブレットにメモできるのではないですか?
エリス:音声認識ソフト…
ロト:もしかしてインストールされていない?
エリス:おそらく…使ったことはありませんから…
ロト:そうですか…こんな立派なお宅に足を踏み入れるのはいささか気が引けますが
エリス:気になさらないで、むしろ配達員さんのお仕事をお邪魔してしまって…ごめんなさいね
ロト:そんな!大丈夫ですよ
ロト:幸い、今日はほかの郵便物が少なくって
エリス:それでは、よろしくお願いします
エリス:お紅茶は何がよろしいかしら
ロト:そんな!おかまいなく
エリス:いいえ。大切なBlessed Messengerにこんなことを頼んでいるのですから、お茶くらいは出させてください
ロト:そんな…ではありがたくいただきます。カモミールはありますでしょうか
エリス:ありますよ、先日買い足したばかりです
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エリス:はい、どうぞ召し上がれ
ロト:ありがとうございます
エリス:では、さっそくメモを取っていただいてもよろしいかしら
ロト:はい
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ロトの語り:そうしてご婦人から紡がれる言葉は美しく、さわやかな風さえ感じられるようなもので、ただのメモとはいえ、僕がこんな言葉を書いていいものかと思うほどだった
ロトの語り:あの手紙の差出人は、この言葉を受け取ることはできない
ロトの語り:きっと、ご婦人のこういうところに惹かれたんだろうと思うのに
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エリス:以上です。ありがとうございます。ついでに焼き菓子も持って行ってくださいな
ロト:そんな!大丈夫です。あなたの言葉を知れてよかったとすら思っていますから
エリス:またお世辞がお上手ね
エリス:そういう言葉は恋人にでもかけてあげてくださいね
ロト:恋人ができたら言うことにしましょう
エリス:それでは、この焼き菓子は私が食べきれずにおいてあるものですから、どうか遠慮せずに受け取っていただけないかしら
ロト:メモのお礼なら紅茶とあなたの言葉で十分ですよ
エリス:いいえ、メモのお礼ではありませんよ
ロト:え?
エリス:手紙のお礼です
ロト:…!
エリス:差出人は、配達員さんでしょう
ロト:目利きが過ぎますよ、ご婦人
エリス:ちょっと崩して書いたようですけど、3年も見ている文字を覚えないはずがありません
ロト:でもご婦人、残念ながら、僕ではありませんよ
エリス:そんなはずはありません
ロト:僕ではない、というのは手紙の内容に関してです
ロト:確かに文字は僕のものです。でも…
エリス:代筆ということですか。それは失礼にあたるのではありませんか
ロト:すみません
エリス:咎めるつもりはありません
エリス:ですが、メッセンジャーという立場でありながらこんなことをした理由を知りたいですね
ロト:手紙の内容は、すべて、兄のものです
エリス:お兄様?
ロト:兄が生前、あなたに宛てた手紙を、何とか届けたかったのです
ロト:でも、元の手紙は、直接お届けするにはあまりに状態が悪かったのです。
エリス:それであなたが書き直したのですか
ロト:無礼は承知の上です
エリス:でもそれなら郵便局に直接出せばよかったではないですか
ロト:ご婦人、僕らは、配達員は、その立場上手紙を送ることは禁止事項とされています
ロト:兄が手紙を出せなかった理由です
エリス:ということは、お兄様もメッセンジャーをされていたのですか
ロト:はい。僕の前の配達員を、あなたは覚えてらっしゃいますか
エリス:ええ、もちろん
ロト:兄は配達員としてこの地区を回るうちに、あなたに惹かれたのでしょう
ロト:送れないと知っていて、何通も手紙を書いた
エリス:直接お声がけしていただければよかったのに
ロト:兄は謙虚で臆病な人柄でした
ロト:いち配達員があなたのようなご婦人に声をかける勇気などなかったのでしょう
エリス:たしかに大人しい印象ではありましたけど…何度かお話はいたしましたよ?
ロト:なんと…兄はそのようなこと一度も…
エリス:とても穏やかで、言葉の丁寧な方でした
エリス:見聞が広く、話していて楽しかったですよ
ロト:それは…ありがとうございます
ロト:そういっていただけたら兄も喜ぶと思います
エリス:お兄様のお手紙、あとどれくらいあるのでしょうか
ロト:それはあえて秘密にしておきましょう
エリス:あら、意外と意地悪なのね
ロト:意地悪だなんて言わないでください
エリス:そうね、あなたが優しい人だということは良く知っているわ
エリス:あら、いけない。また話し込んでしまったわね
ロト:お気になさらず。では今日のところは失礼します
エリス:ええ、今日はありがとう、お気をつけて
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ロト:こんにちはご婦人
エリス:あら、こんにちは
ロト:今日のお手紙はこちらです
エリス:ありがとう
ロト:それと、今日は報告がありまして
エリス:なにかしら、改まって
ロト:今日で、この地区の配達が終わりになります
エリス:え?
ロト:異動です。僕は次は上の配達担当になります
エリス:それは、少し寂しくなりますね
ロト:ご婦人
エリス:なんでしょう
ロト:兄の手紙を最後まで書いたら、今度は僕があなたに手紙を書いてもいいですか
エリス:でも、禁止事項は…
ロト:ですから、差出人不明のままになりますが
ロト:僕の言葉で、あなたに手紙を書いてみたいです
エリス:では、次の配達地区を教えていただけますか?
ロト:G地区からF地区ですけど、なぜ?
エリス:友人に手紙を託してもよろしいかしら
エリス:配達員さんに渡してくださいと
ロト:そんな…!
エリス:差出人がわかっているのにお返事ができないのは落ち着きませんから
ロト:…では、お待ちしております
エリス:私も楽しみにしています。あなたの言葉を
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エリスの語り:そうして一年ほどたったころ、押し花の入っていない差出人不明の手紙が届きました。押し花の代わりに銀色の指輪が入っていました
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ロト:追伸、女性に指輪を贈るご無礼をお許しください
ロト:兄の手紙はこれで最後です
ロト:形見分けといっては何ですが、兄がネックレスにしていた指輪を同封しておきます
ロト:あまり深い意味はありませんので、お庭の枝にでもかけてやってください
ロト:それでは
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エリスの語り:私は手紙のとおりバラの木の枝に指輪をかけました
ロトの語り:上からでも、下の階のほうに下りれば、ご婦人の広い庭が見えました
ロトの語り:庭の一点にはとても光るものが…
ロトの語り:おそらくあれは…
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ロトの語り:銀色の指輪が朝日を反射して眩しかったのを、覚えています