台本概要

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タイトル 肩車
作者名 椿 麗華  (@Tsubaki_Reika)
ジャンル その他
演者人数 1人用台本(女1)
時間 10 分
台本使用規定 台本説明欄参照
説明 遠い夏の日の記憶。実話です。戦争をくぐり抜けて生きてきた父の最期は、とても穏やかでした。

ひとり読み・朗読用
所要時間6~7分程度

*配信アプリ、動画サイト、ディスコード、ツイキャス等でのご使用にあたって、個別の連絡は不要ですが、必ず「作者名」「作品名」の表記をお願い致します。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
2 私(読み手)の父親。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
0:  0:父の肩車は心地良かった。 0:父の肩に乗っかり、頭の上に手を置く。 0:すると視界が広がり、地面を歩いている時とは違う世界が、目に飛び込んでくる。 0:いつもだったら手の届かない、木々の枝に触れ、小さな虫を見つける。 0:高い所が苦手なくせに、何故か父の肩車だけは怖くはなかった。 0:その温もりが、娘の私の全てを守ってくれているのだという、安心感があったのだろう。 0:  0:青春時代を陸軍の将校として生き、戦地で背中に銃弾を食らい 0:右目に流れ弾を受け、それでも弱音を吐くこともせず 0:ただひたすら血を流し、心を鬼にして戦い 0:多くの命を奪い、そしてまた、多くの戦友を失った。 0:  父:「心というものを、何処かに忘れてきてしまったようだな」 0:  0:ある時、ポツリとさみしげに呟いた言葉が、忘れられない。 0:  0:そんな父が大好きだったのが、向日葵だ。 0:庭に沢山の種をまき、夏には大輪の花を咲かせる。 0:  父:「パパはな、向日葵が好きだ。だってさ、いつもお日さまを見上げているだろう?」 0:  0:その目には、うっすらと泪が光っていたことを、思い出した。 0:私は子供ながらに、戦争というものの残酷さを想像してみる。 0:強靭な肉体とは裏腹に、その内側は優しくて愛に溢れ 0:だからこそ肩車というものに、特別な居心地を覚えたのかもしれない。 0:  0:  0:そんな父が病に倒れたのは、数年前のことだった。 0:  0:入院して三か月経った頃から、一歩一歩、その命が死に近づく。 0:あと数日しかもたないかもしれないというある日、母と弟と共に、病院を訪ねる。 0:私の顔を見ると「ママをよろしく頼むよ」と私の手を握った。 0:死を悟っていたのだろうか、その顔は妙に穏やかで、しかしまだ元気に見えた。 0:また週末に来る予定だったので、皆でその場を後にする。  0:まさかそれが、最後になるとは思いもせずに。 0:振り返ると、父が私に向かって、仰向けになったまま 0:ありったけの体力を振り絞って、手を振ってくれていた。 0:何か、何度も何度も頷きながら・・・。 0:その姿を見た瞬間、堪えていた涙が溢れてきて、止まらなかった。 0:  0:あれから三日後、月曜日の朝、仕事中に 0:母から、父が息を引き取ったことを告げられる。 0:ちょうど母が見舞いに行こうと、バスに乗った時に容体が急変し、 0:母が到着するのを待って、無事、看取られてあの世に旅立った。 0:最期はきっと、夫婦水入らずで過ごしたかったのだろう。 0:  0:父の亡骸(なきがら)を見た時、真っ先に頭に浮かんだのは、肩車だった。 0:戦火をくぐり抜け、終戦をむかえたその後の人生は 0:戦争中よりも辛かったのかもしれない。 0:その両肩には、背負いきれないほどの痛みと悲しみが 0:重石となっていたに違いない。 0:  0:「きっとパパは、あなたに肩車をしてる間だけは、全ての罪と悲しみを忘れて、喜びにしていたのかもしれないね」 0:母が静かに口を開いた。 0:  0:小さくなってしまった肩に触れ、そっとさすってみる。 0:何だか、まだ温かいような気がしてならなかった。 0:その顔は、今まで見たこともないような、安らかな 0:そして、穏やかな死に顔でした。 0:アスファルトを溶かすほど暑い、遠い遠い夏の日。 0:  0:(終わり)

0:  0:父の肩車は心地良かった。 0:父の肩に乗っかり、頭の上に手を置く。 0:すると視界が広がり、地面を歩いている時とは違う世界が、目に飛び込んでくる。 0:いつもだったら手の届かない、木々の枝に触れ、小さな虫を見つける。 0:高い所が苦手なくせに、何故か父の肩車だけは怖くはなかった。 0:その温もりが、娘の私の全てを守ってくれているのだという、安心感があったのだろう。 0:  0:青春時代を陸軍の将校として生き、戦地で背中に銃弾を食らい 0:右目に流れ弾を受け、それでも弱音を吐くこともせず 0:ただひたすら血を流し、心を鬼にして戦い 0:多くの命を奪い、そしてまた、多くの戦友を失った。 0:  父:「心というものを、何処かに忘れてきてしまったようだな」 0:  0:ある時、ポツリとさみしげに呟いた言葉が、忘れられない。 0:  0:そんな父が大好きだったのが、向日葵だ。 0:庭に沢山の種をまき、夏には大輪の花を咲かせる。 0:  父:「パパはな、向日葵が好きだ。だってさ、いつもお日さまを見上げているだろう?」 0:  0:その目には、うっすらと泪が光っていたことを、思い出した。 0:私は子供ながらに、戦争というものの残酷さを想像してみる。 0:強靭な肉体とは裏腹に、その内側は優しくて愛に溢れ 0:だからこそ肩車というものに、特別な居心地を覚えたのかもしれない。 0:  0:  0:そんな父が病に倒れたのは、数年前のことだった。 0:  0:入院して三か月経った頃から、一歩一歩、その命が死に近づく。 0:あと数日しかもたないかもしれないというある日、母と弟と共に、病院を訪ねる。 0:私の顔を見ると「ママをよろしく頼むよ」と私の手を握った。 0:死を悟っていたのだろうか、その顔は妙に穏やかで、しかしまだ元気に見えた。 0:また週末に来る予定だったので、皆でその場を後にする。  0:まさかそれが、最後になるとは思いもせずに。 0:振り返ると、父が私に向かって、仰向けになったまま 0:ありったけの体力を振り絞って、手を振ってくれていた。 0:何か、何度も何度も頷きながら・・・。 0:その姿を見た瞬間、堪えていた涙が溢れてきて、止まらなかった。 0:  0:あれから三日後、月曜日の朝、仕事中に 0:母から、父が息を引き取ったことを告げられる。 0:ちょうど母が見舞いに行こうと、バスに乗った時に容体が急変し、 0:母が到着するのを待って、無事、看取られてあの世に旅立った。 0:最期はきっと、夫婦水入らずで過ごしたかったのだろう。 0:  0:父の亡骸(なきがら)を見た時、真っ先に頭に浮かんだのは、肩車だった。 0:戦火をくぐり抜け、終戦をむかえたその後の人生は 0:戦争中よりも辛かったのかもしれない。 0:その両肩には、背負いきれないほどの痛みと悲しみが 0:重石となっていたに違いない。 0:  0:「きっとパパは、あなたに肩車をしてる間だけは、全ての罪と悲しみを忘れて、喜びにしていたのかもしれないね」 0:母が静かに口を開いた。 0:  0:小さくなってしまった肩に触れ、そっとさすってみる。 0:何だか、まだ温かいような気がしてならなかった。 0:その顔は、今まで見たこともないような、安らかな 0:そして、穏やかな死に顔でした。 0:アスファルトを溶かすほど暑い、遠い遠い夏の日。 0:  0:(終わり)