台本概要

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タイトル 刻むもの
作者名 白玉あずき  (@srtm_azk01)
ジャンル その他
演者人数 1人用台本(男1)
時間 10 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 不老不死を求めた男の話。
演者の性別は不問。
性別変更可。その際は、相手の名前を「陽乃まこと」にしてください。
喋り方も言いやすく変えてもらって大丈夫です。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
- 医師であり、研究者。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
0: 0:終わりのない世界。 0:それは、きっと。 0:未来さえも、失ってしまうのだろう…。 0: 0:最初は、病気の進行を極力抑える方法を探していたはずだった。 0: 0:それが、大切な人を喪った事で、どうすれば病で人が命を落とさずに済むのか。 0:何故、人は死ななければならないのか。 0:死のない命はないのか。 0:死なない命を作る事は出来ないのか。 0: 0:そう、考えるようになっていた。 0: 0:目指す道が徐々に逸れていくのを感じながらも、俺はその事に疑いすら持たずに、ひたすら研究に没頭していった。 0:そんな俺に文句も言わず、助手として常に側にいてくれた者がいる。 0:名を『陽乃(ひの)みこと』という。 0:医師として勤務していた先で知り合った看護師で、俺は常に『陽乃』と呼んでいた。 0:気付けば側にいて、俺の手伝いをしてくれていた。 0:俺が病院を辞める時、彼女も当然のようについてきた。 0:「仕方のない人ね」と。 0:そんな彼女の俺に対する気持ちに、俺は気付いていたのだろう。 0:その気持ちを利用していた自覚はある。 0:その事に、彼女も気付いていた。 0:気付いていても尚、俺の為に力を尽くしてくれていた。 0: 0:俺は、その想いに甘えきっていたのだろう。 0:正常な思考を保てていれば、あんな間違いは起こさずに済んだはずだ。 0:だがその時の俺は、物事の善悪や正誤(せいご)などというものを見分ける判断力すら失っていて、己の研究を成就させる事だけを求めていた。 0: 0:そして、過ちを犯した。 0: 0:その事に気付いたのは、全てを失ってからだった。 0:人体実験をした。 0:彼女の身体で。 0:「成功するといいね」 0:そう言って微笑みながら、彼女は全てを委ねてくれた。 0: 0:…結果として、実験は成功したのだろう。 0:求めていた不死の命を作る事が出来たのだから。 0: 0:だが喜ばしいはずなのに、俺にもたらされたものは何だ。 0:これは一体、何という感情なのだろう。 0: 0:目の前にある現実。 0:不死とは何か。 0:作る事にばかり気を取られ、それがどんな結果をもたらすのかまで、俺は深く考えてはいなかった。 0: 0:古い別荘を改築した白い建物に、研究室はある。 0:そこで二人、研究をしながら過ごした。 0: 0:常に清潔に保たれていた室内。 0:温かな食事。 0:風呂上がり、太陽の匂いのするタオルと着替え。 0:無機質な器具に囲まれた中、見守る眼差し。 0:ふとした瞬間に目に入る、柔らかな微笑み。 0: 0:今はもう、ないもの。 0:自分の手で、壊したもの。 0:建物の一室、日当たりの良い角部屋。 0:扉を開けば、窓際で椅子に腰掛けている彼女の姿がある。 0:いつもと変わらない光景。 0: 0:そう、変わらない。 0:…何も。 0: 0:一年経っても。 0: 0:「…みこと」 0:一度もした事のない呼び方で声を掛けてみる。 0:返事は、ない。 0:今日も…また。 0:近付いてみても、一点に固定された視線は、こちらを向く事はない。 0:開かれた瞼(まぶた)は、瞬き一つしないのに眼球が乾く事もなく、だがその瞳が何かを映している様子もない。 0:手を伸ばして頬に触れても、自分の手のひらの温度が肌に馴染む事もなく、そのくせ弾力を失わず、血色はいい。 0: 0:首筋に指を滑らせれば、感じるはずの血流の動きすら伝わってはこず。 0:流れぬ血液はぬくもりも生まない。 0:鼻先に手をかざすも、掛からない呼気に動きを止めた心臓を思う。 0: 0:死んだのかと、最初は思った。 0:死亡宣告をしても可笑しくは無い状態だ。 0:けれど、細胞は枯れる事も腐敗する事もなく。鮮やかなままで。 0:変質した箇所は何処にも見当たらない。 0:…ただ、全てが止まっていた。 0:それは、求めていたはずの不変。 0:変わらぬ命。 0:死なない命。 0: 0:これが、不老不死。 0: 0:唇に触れる。柔らかな感触。 0:温もりのないそれは、だがとても鮮やかで。 0:「…みこと…」 0:その唇に、己のそれを重ねる。 0:これが物語の世界なら、口付け一つで目を覚ますのだろうか。 0:そんなバカな事を一瞬考えた。 0: 0:このまま彼女は生き続けるのだろうか。 0:いや、これは生きているというのだろうか。 0:変わらぬまま。 0:これから先、俺の体が朽ち果ててしまっても。 0:…ずっと…。 0:ずっと、一人で…。 0: 0:彼女の足元に座り込み、その腰に腕を回し、腿(もも)に頬を乗せて目を閉じた。 0: 0:何処かで、時計の針が時を刻む音が聞こえてくる。 0: 0:思い出す。 0:食事の味。 0:側に寄る時に感じた温もり、匂い。 0:微笑み。 0: 0:毎日が、居心地の良い世界だった。 0: 0:気付いてしまった。 0:失って初めて。 0:自分の想いに。 0: 0:針の音は止まらない。 0:俺の頬を伝う、雫も、また…。 0: 0:彼女だけを残したまま、時は刻まれていく…。

0: 0:終わりのない世界。 0:それは、きっと。 0:未来さえも、失ってしまうのだろう…。 0: 0:最初は、病気の進行を極力抑える方法を探していたはずだった。 0: 0:それが、大切な人を喪った事で、どうすれば病で人が命を落とさずに済むのか。 0:何故、人は死ななければならないのか。 0:死のない命はないのか。 0:死なない命を作る事は出来ないのか。 0: 0:そう、考えるようになっていた。 0: 0:目指す道が徐々に逸れていくのを感じながらも、俺はその事に疑いすら持たずに、ひたすら研究に没頭していった。 0:そんな俺に文句も言わず、助手として常に側にいてくれた者がいる。 0:名を『陽乃(ひの)みこと』という。 0:医師として勤務していた先で知り合った看護師で、俺は常に『陽乃』と呼んでいた。 0:気付けば側にいて、俺の手伝いをしてくれていた。 0:俺が病院を辞める時、彼女も当然のようについてきた。 0:「仕方のない人ね」と。 0:そんな彼女の俺に対する気持ちに、俺は気付いていたのだろう。 0:その気持ちを利用していた自覚はある。 0:その事に、彼女も気付いていた。 0:気付いていても尚、俺の為に力を尽くしてくれていた。 0: 0:俺は、その想いに甘えきっていたのだろう。 0:正常な思考を保てていれば、あんな間違いは起こさずに済んだはずだ。 0:だがその時の俺は、物事の善悪や正誤(せいご)などというものを見分ける判断力すら失っていて、己の研究を成就させる事だけを求めていた。 0: 0:そして、過ちを犯した。 0: 0:その事に気付いたのは、全てを失ってからだった。 0:人体実験をした。 0:彼女の身体で。 0:「成功するといいね」 0:そう言って微笑みながら、彼女は全てを委ねてくれた。 0: 0:…結果として、実験は成功したのだろう。 0:求めていた不死の命を作る事が出来たのだから。 0: 0:だが喜ばしいはずなのに、俺にもたらされたものは何だ。 0:これは一体、何という感情なのだろう。 0: 0:目の前にある現実。 0:不死とは何か。 0:作る事にばかり気を取られ、それがどんな結果をもたらすのかまで、俺は深く考えてはいなかった。 0: 0:古い別荘を改築した白い建物に、研究室はある。 0:そこで二人、研究をしながら過ごした。 0: 0:常に清潔に保たれていた室内。 0:温かな食事。 0:風呂上がり、太陽の匂いのするタオルと着替え。 0:無機質な器具に囲まれた中、見守る眼差し。 0:ふとした瞬間に目に入る、柔らかな微笑み。 0: 0:今はもう、ないもの。 0:自分の手で、壊したもの。 0:建物の一室、日当たりの良い角部屋。 0:扉を開けば、窓際で椅子に腰掛けている彼女の姿がある。 0:いつもと変わらない光景。 0: 0:そう、変わらない。 0:…何も。 0: 0:一年経っても。 0: 0:「…みこと」 0:一度もした事のない呼び方で声を掛けてみる。 0:返事は、ない。 0:今日も…また。 0:近付いてみても、一点に固定された視線は、こちらを向く事はない。 0:開かれた瞼(まぶた)は、瞬き一つしないのに眼球が乾く事もなく、だがその瞳が何かを映している様子もない。 0:手を伸ばして頬に触れても、自分の手のひらの温度が肌に馴染む事もなく、そのくせ弾力を失わず、血色はいい。 0: 0:首筋に指を滑らせれば、感じるはずの血流の動きすら伝わってはこず。 0:流れぬ血液はぬくもりも生まない。 0:鼻先に手をかざすも、掛からない呼気に動きを止めた心臓を思う。 0: 0:死んだのかと、最初は思った。 0:死亡宣告をしても可笑しくは無い状態だ。 0:けれど、細胞は枯れる事も腐敗する事もなく。鮮やかなままで。 0:変質した箇所は何処にも見当たらない。 0:…ただ、全てが止まっていた。 0:それは、求めていたはずの不変。 0:変わらぬ命。 0:死なない命。 0: 0:これが、不老不死。 0: 0:唇に触れる。柔らかな感触。 0:温もりのないそれは、だがとても鮮やかで。 0:「…みこと…」 0:その唇に、己のそれを重ねる。 0:これが物語の世界なら、口付け一つで目を覚ますのだろうか。 0:そんなバカな事を一瞬考えた。 0: 0:このまま彼女は生き続けるのだろうか。 0:いや、これは生きているというのだろうか。 0:変わらぬまま。 0:これから先、俺の体が朽ち果ててしまっても。 0:…ずっと…。 0:ずっと、一人で…。 0: 0:彼女の足元に座り込み、その腰に腕を回し、腿(もも)に頬を乗せて目を閉じた。 0: 0:何処かで、時計の針が時を刻む音が聞こえてくる。 0: 0:思い出す。 0:食事の味。 0:側に寄る時に感じた温もり、匂い。 0:微笑み。 0: 0:毎日が、居心地の良い世界だった。 0: 0:気付いてしまった。 0:失って初めて。 0:自分の想いに。 0: 0:針の音は止まらない。 0:俺の頬を伝う、雫も、また…。 0: 0:彼女だけを残したまま、時は刻まれていく…。