台本概要
132 views
タイトル | 刻むもの |
---|---|
作者名 | 白玉あずき (@srtm_azk01) |
ジャンル | その他 |
演者人数 | 1人用台本(男1) |
時間 | 10 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
不老不死を求めた男の話。 演者の性別は不問。 性別変更可。その際は、相手の名前を「陽乃まこと」にしてください。 喋り方も言いやすく変えてもらって大丈夫です。 132 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
男 | 男 | - | 医師であり、研究者。 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
0:
0:終わりのない世界。
0:それは、きっと。
0:未来さえも、失ってしまうのだろう…。
0:
0:最初は、病気の進行を極力抑える方法を探していたはずだった。
0:
0:それが、大切な人を喪った事で、どうすれば病で人が命を落とさずに済むのか。
0:何故、人は死ななければならないのか。
0:死のない命はないのか。
0:死なない命を作る事は出来ないのか。
0:
0:そう、考えるようになっていた。
0:
0:目指す道が徐々に逸れていくのを感じながらも、俺はその事に疑いすら持たずに、ひたすら研究に没頭していった。
0:そんな俺に文句も言わず、助手として常に側にいてくれた者がいる。
0:名を『陽乃(ひの)みこと』という。
0:医師として勤務していた先で知り合った看護師で、俺は常に『陽乃』と呼んでいた。
0:気付けば側にいて、俺の手伝いをしてくれていた。
0:俺が病院を辞める時、彼女も当然のようについてきた。
0:「仕方のない人ね」と。
0:そんな彼女の俺に対する気持ちに、俺は気付いていたのだろう。
0:その気持ちを利用していた自覚はある。
0:その事に、彼女も気付いていた。
0:気付いていても尚、俺の為に力を尽くしてくれていた。
0:
0:俺は、その想いに甘えきっていたのだろう。
0:正常な思考を保てていれば、あんな間違いは起こさずに済んだはずだ。
0:だがその時の俺は、物事の善悪や正誤(せいご)などというものを見分ける判断力すら失っていて、己の研究を成就させる事だけを求めていた。
0:
0:そして、過ちを犯した。
0:
0:その事に気付いたのは、全てを失ってからだった。
0:人体実験をした。
0:彼女の身体で。
0:「成功するといいね」
0:そう言って微笑みながら、彼女は全てを委ねてくれた。
0:
0:…結果として、実験は成功したのだろう。
0:求めていた不死の命を作る事が出来たのだから。
0:
0:だが喜ばしいはずなのに、俺にもたらされたものは何だ。
0:これは一体、何という感情なのだろう。
0:
0:目の前にある現実。
0:不死とは何か。
0:作る事にばかり気を取られ、それがどんな結果をもたらすのかまで、俺は深く考えてはいなかった。
0:
0:古い別荘を改築した白い建物に、研究室はある。
0:そこで二人、研究をしながら過ごした。
0:
0:常に清潔に保たれていた室内。
0:温かな食事。
0:風呂上がり、太陽の匂いのするタオルと着替え。
0:無機質な器具に囲まれた中、見守る眼差し。
0:ふとした瞬間に目に入る、柔らかな微笑み。
0:
0:今はもう、ないもの。
0:自分の手で、壊したもの。
0:建物の一室、日当たりの良い角部屋。
0:扉を開けば、窓際で椅子に腰掛けている彼女の姿がある。
0:いつもと変わらない光景。
0:
0:そう、変わらない。
0:…何も。
0:
0:一年経っても。
0:
0:「…みこと」
0:一度もした事のない呼び方で声を掛けてみる。
0:返事は、ない。
0:今日も…また。
0:近付いてみても、一点に固定された視線は、こちらを向く事はない。
0:開かれた瞼(まぶた)は、瞬き一つしないのに眼球が乾く事もなく、だがその瞳が何かを映している様子もない。
0:手を伸ばして頬に触れても、自分の手のひらの温度が肌に馴染む事もなく、そのくせ弾力を失わず、血色はいい。
0:
0:首筋に指を滑らせれば、感じるはずの血流の動きすら伝わってはこず。
0:流れぬ血液はぬくもりも生まない。
0:鼻先に手をかざすも、掛からない呼気に動きを止めた心臓を思う。
0:
0:死んだのかと、最初は思った。
0:死亡宣告をしても可笑しくは無い状態だ。
0:けれど、細胞は枯れる事も腐敗する事もなく。鮮やかなままで。
0:変質した箇所は何処にも見当たらない。
0:…ただ、全てが止まっていた。
0:それは、求めていたはずの不変。
0:変わらぬ命。
0:死なない命。
0:
0:これが、不老不死。
0:
0:唇に触れる。柔らかな感触。
0:温もりのないそれは、だがとても鮮やかで。
0:「…みこと…」
0:その唇に、己のそれを重ねる。
0:これが物語の世界なら、口付け一つで目を覚ますのだろうか。
0:そんなバカな事を一瞬考えた。
0:
0:このまま彼女は生き続けるのだろうか。
0:いや、これは生きているというのだろうか。
0:変わらぬまま。
0:これから先、俺の体が朽ち果ててしまっても。
0:…ずっと…。
0:ずっと、一人で…。
0:
0:彼女の足元に座り込み、その腰に腕を回し、腿(もも)に頬を乗せて目を閉じた。
0:
0:何処かで、時計の針が時を刻む音が聞こえてくる。
0:
0:思い出す。
0:食事の味。
0:側に寄る時に感じた温もり、匂い。
0:微笑み。
0:
0:毎日が、居心地の良い世界だった。
0:
0:気付いてしまった。
0:失って初めて。
0:自分の想いに。
0:
0:針の音は止まらない。
0:俺の頬を伝う、雫も、また…。
0:
0:彼女だけを残したまま、時は刻まれていく…。
0:
0:終わりのない世界。
0:それは、きっと。
0:未来さえも、失ってしまうのだろう…。
0:
0:最初は、病気の進行を極力抑える方法を探していたはずだった。
0:
0:それが、大切な人を喪った事で、どうすれば病で人が命を落とさずに済むのか。
0:何故、人は死ななければならないのか。
0:死のない命はないのか。
0:死なない命を作る事は出来ないのか。
0:
0:そう、考えるようになっていた。
0:
0:目指す道が徐々に逸れていくのを感じながらも、俺はその事に疑いすら持たずに、ひたすら研究に没頭していった。
0:そんな俺に文句も言わず、助手として常に側にいてくれた者がいる。
0:名を『陽乃(ひの)みこと』という。
0:医師として勤務していた先で知り合った看護師で、俺は常に『陽乃』と呼んでいた。
0:気付けば側にいて、俺の手伝いをしてくれていた。
0:俺が病院を辞める時、彼女も当然のようについてきた。
0:「仕方のない人ね」と。
0:そんな彼女の俺に対する気持ちに、俺は気付いていたのだろう。
0:その気持ちを利用していた自覚はある。
0:その事に、彼女も気付いていた。
0:気付いていても尚、俺の為に力を尽くしてくれていた。
0:
0:俺は、その想いに甘えきっていたのだろう。
0:正常な思考を保てていれば、あんな間違いは起こさずに済んだはずだ。
0:だがその時の俺は、物事の善悪や正誤(せいご)などというものを見分ける判断力すら失っていて、己の研究を成就させる事だけを求めていた。
0:
0:そして、過ちを犯した。
0:
0:その事に気付いたのは、全てを失ってからだった。
0:人体実験をした。
0:彼女の身体で。
0:「成功するといいね」
0:そう言って微笑みながら、彼女は全てを委ねてくれた。
0:
0:…結果として、実験は成功したのだろう。
0:求めていた不死の命を作る事が出来たのだから。
0:
0:だが喜ばしいはずなのに、俺にもたらされたものは何だ。
0:これは一体、何という感情なのだろう。
0:
0:目の前にある現実。
0:不死とは何か。
0:作る事にばかり気を取られ、それがどんな結果をもたらすのかまで、俺は深く考えてはいなかった。
0:
0:古い別荘を改築した白い建物に、研究室はある。
0:そこで二人、研究をしながら過ごした。
0:
0:常に清潔に保たれていた室内。
0:温かな食事。
0:風呂上がり、太陽の匂いのするタオルと着替え。
0:無機質な器具に囲まれた中、見守る眼差し。
0:ふとした瞬間に目に入る、柔らかな微笑み。
0:
0:今はもう、ないもの。
0:自分の手で、壊したもの。
0:建物の一室、日当たりの良い角部屋。
0:扉を開けば、窓際で椅子に腰掛けている彼女の姿がある。
0:いつもと変わらない光景。
0:
0:そう、変わらない。
0:…何も。
0:
0:一年経っても。
0:
0:「…みこと」
0:一度もした事のない呼び方で声を掛けてみる。
0:返事は、ない。
0:今日も…また。
0:近付いてみても、一点に固定された視線は、こちらを向く事はない。
0:開かれた瞼(まぶた)は、瞬き一つしないのに眼球が乾く事もなく、だがその瞳が何かを映している様子もない。
0:手を伸ばして頬に触れても、自分の手のひらの温度が肌に馴染む事もなく、そのくせ弾力を失わず、血色はいい。
0:
0:首筋に指を滑らせれば、感じるはずの血流の動きすら伝わってはこず。
0:流れぬ血液はぬくもりも生まない。
0:鼻先に手をかざすも、掛からない呼気に動きを止めた心臓を思う。
0:
0:死んだのかと、最初は思った。
0:死亡宣告をしても可笑しくは無い状態だ。
0:けれど、細胞は枯れる事も腐敗する事もなく。鮮やかなままで。
0:変質した箇所は何処にも見当たらない。
0:…ただ、全てが止まっていた。
0:それは、求めていたはずの不変。
0:変わらぬ命。
0:死なない命。
0:
0:これが、不老不死。
0:
0:唇に触れる。柔らかな感触。
0:温もりのないそれは、だがとても鮮やかで。
0:「…みこと…」
0:その唇に、己のそれを重ねる。
0:これが物語の世界なら、口付け一つで目を覚ますのだろうか。
0:そんなバカな事を一瞬考えた。
0:
0:このまま彼女は生き続けるのだろうか。
0:いや、これは生きているというのだろうか。
0:変わらぬまま。
0:これから先、俺の体が朽ち果ててしまっても。
0:…ずっと…。
0:ずっと、一人で…。
0:
0:彼女の足元に座り込み、その腰に腕を回し、腿(もも)に頬を乗せて目を閉じた。
0:
0:何処かで、時計の針が時を刻む音が聞こえてくる。
0:
0:思い出す。
0:食事の味。
0:側に寄る時に感じた温もり、匂い。
0:微笑み。
0:
0:毎日が、居心地の良い世界だった。
0:
0:気付いてしまった。
0:失って初めて。
0:自分の想いに。
0:
0:針の音は止まらない。
0:俺の頬を伝う、雫も、また…。
0:
0:彼女だけを残したまま、時は刻まれていく…。