台本概要

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タイトル お伽噺にはなれない
作者名 白玉あずき  (@srtm_azk01)
ジャンル ホラー
演者人数 2人用台本(男1、女1)
時間 20 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 中世時代をイメージした、ホラーラブミステリー。
演者の性別は不問。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
22 結婚を間近に命を落とした女性。
9 婚約者を亡くして、心身ともに衰弱している。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
女N:踊る。踊る。私は踊る。 女N:湿り気を帯びた草葉(くさは)を、大地と共に分断しながら、大きな金属を引きずる音が辺りに響く。 女N:後に残るのは、葉の断面から滲み出る青臭い匂いと、地に出来た金属の痕跡。 女N:暗い森の中。半分に欠けた月が木々の合間を縫いながら私を照らす。 女N:真っ白なドレス。白い肌にハニーブロンドの髪。そして彼の大好きな、エメラルド色の瞳。それが私。 女N:この身(み)に左腕は無く、残された右手には、大きな鉈(なた)が握られている。 女N:それは獲物を狩るための刃(やいば) 女N:そんな物を携えて、私は一人、人を喰らって生きている、獣の住まう森を歩く。 女:「赤ずきん、赤ずきん。あなたはなんて運がいいのかしら。大きな狼に丸飲みにされるなんて。もし噛み砕かれていたら、助かる事はなかったでしょうに」 女N:歌うように軽やかに、私は言葉を紡ぐ。 女:「赤ずきん、赤ずきん。私もあなたのようになりたかった。丸飲みされても尚、五体満足でいたかった」 女N:そこで歩みが止まる。鉈を持ち替え、目の前の地にドスリと刺す。 女N:途端、暗闇から聞こえてくる獣の唸り声。私は続ける。 女:「狼さん、狼さん。私の腕を食い千切り、命ごと飲み込むなんて、なんて罪深いの」 女N:言えば、その声を合図にしたかのように、闇の中から数匹の狼が足を忍ばせて出てきた。 女N:その中に、目をギラつかせ涎を垂らした痩せぎすの狼が1匹。 女:「あら、随分痩せ細った狼さん。…私が探していたのは…もしかして、あなたかしら?」 女N:鉈の柄(え)を持つ手に力が入る。 女:「バチが当たったのね…。ふふ。命潰えたあの日から、ずっとあなたを呪い続けていたの。あなたが飲み込んだものへと向けて!…痛かった?苦しかった?あなたのお腹から出ないように、必死がしがみついていたのよ?吐けなかったのでしょう?」 女N:私が笑えば、途端に狂ったように涎を撒き散らし、狼は駆けてきた。 女:「いらっしゃい狼さん。…さぁ、私の腕を返して頂戴な」 女N:私は踊る。ドレスの裾を翻し、刃(やいば)の残光を煌めかせながら、真っ赤な飛沫(しぶき)を散らして。 女N:鉈の重さなど感じさせぬ軽やかな動きで、次々と。踊る。踊る…。 女N:後に残るは、命をなくした肉の残骸(ざんがい)ばかり。 女N:その中から私は、あるものを引きずり出した。 女N:痩せた獣の腹の中、出てきたそれはヒトの腕らしきもの。 女N:その先には、食い込む程に獣の胃袋を内側から掴む白い指先と、赤い体液に塗(まみ)れて尚(なお)、輝く指輪がキラリ。 女:「嗚呼、やっと見つけた…私の手、私の指輪!…これでやっと、やっと…。あなたの元へいける…」 女N:恍惚の表情に涙を滲ませ、私は高々と月に向かって指輪を掲げた。 0:とある屋敷 男N:煌々(こうこう)と輝く月影を、窓から見上げるブラウンの瞳の女がいた。 男N:同じ色の髪を揺らしながら、女はこちらを振り返る。その視線の先には、使い古した椅子に腰掛け、本を読む自分がいた。 男N:それを見て、女は微笑む。 男N:僕は先日、許嫁(いいなずけ)を亡くしたばかりだった。結婚間近の不幸に、彼女を深く愛していた心は傷を負い、僕を憔悴(しょうすい)させていった。 男N:そんな自分を気にかけ、手を伸ばしたのがブラウンの女だった。彼女は婚約者の友人で、僕達をいつも見守っていた。 男N:…はずだった。だけどそれは違っていたようだ。 男N:あの日、婚約者が家に帰らなかった翌日、森の奥から彼女と思われる亡骸が、レンジャーによって発見された。その際、左腕もその先に付いていたはずの指輪も失われていた。 男N:普段から慎重な彼女が、何故森の奥へと赴いたのか、全く解らなかった。 男N:警察は、森の脇の山道から足を滑らせたのではないかと言っていたが、どうしても腑に落ちない。 男N:考え事に緩んだ手は、読んでいた本を滑り落とし、無意識に左手の指輪を指ごと右手で包んでいた。 男N:それを見たブラウンの女は、キッと目尻(まなじり)を上げると、自分へと駆け寄り、その手を強くはたいた。 男N:そしてそのまま僕の手を掴むと、指輪へと手をかける。      男N:女はわめく「まだこんなモノを!もうあの女は居ないのよ!!貴方には私しか居ないの!」…と。 男N:そう叫びながら、僕の指から指輪を無理矢理抜き取ろうと、金属部分と一緒に指の肉にまで爪を突き立てる。 男N:その強引な手と痛みにより、僕は呻き声を上げるが、女は構わず力を入れる。 男N:「穢(けが)らわしい穢らわしい穢らわしい!」と叫びながら。 男N:女の声に被せて、ゴリ、と金属が肉を削る嫌な音がする。僕は汗を滲ませながら手を払おうとするが、衰弱した身体に力は入らず、そのまま指輪ごと手が千切れるのではないかと思った刹那(せつな)。僕の腕は、ふと軽くなり、何かがゴトリと落ちる音がした。 男N:最初は何が起きたのか解らなかった。継いで訪れたのは、窓ガラスが割れんばかりの女の悲鳴だった。 男N:見れば女の肘から指先までが、両腕とも床へと転がり落ちていた。 男N:突然の出来事に、女は我を忘れて血を撒き散らし、床をのたうち回る。僕は呆然とその様子を見ていた。すると…。 女:「穢らわしいのは、ご自分の事ではないのかしら?」 男N:聞いた事のある声が部屋に響いた。それは僕の愛してやまない、美しく凛とした声。 男N:面(おもて)を上げれば、そこには毛並みの良い大きな狼の背に乗る愛する人が、僕らを見下ろしていた。 女:「あなたの事は、いいお友達だと思っていたのよ?でも、それはただの見せかけの偽物。メッキを塗っただけの錆だらけの鉄くずだった」 男N:彼女がそう言うと、まるでその手足のように狼の前足が血まみれの女を押さえつける。同時に、女の喉から、ヒッと声がもれた。 女:「私を殺せば、彼が手に入るとでも思ったの?浅はかな考えね」 男N:そして、彼女は僕を見た。嗚呼、氷のように冷たい表情なのに、その視線が僕を熱く焦がす。 女:「貴方(あなた)の心は、月のように形を変えてしまったのかしら?」 男:「そんな事はありえない!僕は月の女神に惑わされたりはしない!ましてや、こんな卑しい女になど!」 男N:力の限りに叫べば、彼女は凍りついた空気をほんのり溶かし、柔らかく微笑んだ。 女:「そういう事よ。私も命をなくしても尚、彼との繋がりを一つも失いたくなくて、あの森に留まり、愛の証を探した」 男N:優雅に掲げられた左手には、腕に大きな傷と、薬指には僕とペアのリングがついていて。痛々しくも、美しいと感じた。 女:「この通り。私は私の命を奪った獣を切り刻んで、愛を取り戻したわ。…残念ね。貴女(あなた )には何も残らない」 男N:狼の前足に力が入る。僕達を裏切った女は、汚い声で何かをわめいている。恐らくは、聞くに値しない嘘の懺悔。 女:「…さようなら。出来損ないの偽花嫁さん」 男N:ごきりと、生肉を骨ごとへし折った様な鈍い音がすると、部屋はまた静寂に包まれた。 男N:人が一人、目の前で死んだというのに、なんて穏やかな気分なんだろう。それは、そう。彼女が僕の元へ帰って来てくれたから。 男:「おかえり。僕の愛する人」 女:「ただいま。私のあなた」 男N:ふわりと慈愛に満ちた笑顔を見せたかと思うと、彼女は徐々に表情を曇らせ、俯いた。 女:「…でも、お別れです…私は…自分が殺されたとはいえ、他者を手に掛けました。許される事ではありません。きっと地獄へと堕ちるでしょう…」 女:「でも、後悔はしていません。あなたの愛が本物だと再認識出来たのだから。…その証を、取り戻す事が出来たから…」 男N:彼女はそう言いながら、愛おしそうに左の薬指を撫でた。まるでそれが、僕自身であるかのように。 男:「それは許せない」 女:「え?」 男N:僕は立ち上がり、彼女の元へと歩いていく。靴が赤い液体を散らす。 男:「それは僕が贈ったものだが、僕自身ではない。それを身代わりとして持って行くだなんて、僕は認めない 」 女:「…それは」 男:「それに、君を一人で地獄になど行かせはしない。もう二度と、離れない」 女:「…っ」 男N:僕は彼女の言葉を待たず、足元に転がる骸をグチャリと踏み潰した。濁った赤が広がる。 男:「ごらん。こんな事をしても僕の心は罪悪を感じない。…今まで僕に献身的に尽くしてくれていたのに、おかしいよね」 男N:そしてそのまま、その遺体を部屋の隅へと蹴り飛ばした。 男:「酷い男だろう?なぜなら僕は、君以外には何の情もわかないんだ」 女N:彼は人である事を捨てた瞳で私を見た。それは濁っているのに、私だけを映していて、とても美しい。 男:「僕も一緒に連れて行っておくれ。君がいない世界なら、どうせ近く朽ちる命だ。二人なら地獄さえも楽園になるだろう」 女N:そう言って彼は跪(ひざまず)き、頭(こうべ)を垂れる。 女N:…ああ、私はなんて幸せ者なのでしょう。愛する人が、共に堕ちてくれると言う。その命を散らしてくれると。 女:「…誓います。この愛は永遠だと。神でもなく、悪魔でもなく。あなた一人に」 女N:狼の口が、ゆっくりと厳かに開かれる。彼のスラリとした首が、牙の間に置かれる。そして… 0:出来れば同時に 女:「愛しています」 男:「愛している」 女:一つの命は解放され、二つの魂は手を取り合った。 0:エピローグ 男N:とある森の奥、月夜に狼が吠える時。獣を統べる女王と王のゴーストが現れるという。 女N:その姿は荘厳で美しく、とてもゴーストとは思えないと。 男N:だがしかし忘れてはいけない。そのゴーストは、真に愛し合う者が出会えば、祝福のダンスを贈るが。 女N:偽りの愛を持つ者が出会えば、そのまま狼の餌食となってしまうのだということを。

女N:踊る。踊る。私は踊る。 女N:湿り気を帯びた草葉(くさは)を、大地と共に分断しながら、大きな金属を引きずる音が辺りに響く。 女N:後に残るのは、葉の断面から滲み出る青臭い匂いと、地に出来た金属の痕跡。 女N:暗い森の中。半分に欠けた月が木々の合間を縫いながら私を照らす。 女N:真っ白なドレス。白い肌にハニーブロンドの髪。そして彼の大好きな、エメラルド色の瞳。それが私。 女N:この身(み)に左腕は無く、残された右手には、大きな鉈(なた)が握られている。 女N:それは獲物を狩るための刃(やいば) 女N:そんな物を携えて、私は一人、人を喰らって生きている、獣の住まう森を歩く。 女:「赤ずきん、赤ずきん。あなたはなんて運がいいのかしら。大きな狼に丸飲みにされるなんて。もし噛み砕かれていたら、助かる事はなかったでしょうに」 女N:歌うように軽やかに、私は言葉を紡ぐ。 女:「赤ずきん、赤ずきん。私もあなたのようになりたかった。丸飲みされても尚、五体満足でいたかった」 女N:そこで歩みが止まる。鉈を持ち替え、目の前の地にドスリと刺す。 女N:途端、暗闇から聞こえてくる獣の唸り声。私は続ける。 女:「狼さん、狼さん。私の腕を食い千切り、命ごと飲み込むなんて、なんて罪深いの」 女N:言えば、その声を合図にしたかのように、闇の中から数匹の狼が足を忍ばせて出てきた。 女N:その中に、目をギラつかせ涎を垂らした痩せぎすの狼が1匹。 女:「あら、随分痩せ細った狼さん。…私が探していたのは…もしかして、あなたかしら?」 女N:鉈の柄(え)を持つ手に力が入る。 女:「バチが当たったのね…。ふふ。命潰えたあの日から、ずっとあなたを呪い続けていたの。あなたが飲み込んだものへと向けて!…痛かった?苦しかった?あなたのお腹から出ないように、必死がしがみついていたのよ?吐けなかったのでしょう?」 女N:私が笑えば、途端に狂ったように涎を撒き散らし、狼は駆けてきた。 女:「いらっしゃい狼さん。…さぁ、私の腕を返して頂戴な」 女N:私は踊る。ドレスの裾を翻し、刃(やいば)の残光を煌めかせながら、真っ赤な飛沫(しぶき)を散らして。 女N:鉈の重さなど感じさせぬ軽やかな動きで、次々と。踊る。踊る…。 女N:後に残るは、命をなくした肉の残骸(ざんがい)ばかり。 女N:その中から私は、あるものを引きずり出した。 女N:痩せた獣の腹の中、出てきたそれはヒトの腕らしきもの。 女N:その先には、食い込む程に獣の胃袋を内側から掴む白い指先と、赤い体液に塗(まみ)れて尚(なお)、輝く指輪がキラリ。 女:「嗚呼、やっと見つけた…私の手、私の指輪!…これでやっと、やっと…。あなたの元へいける…」 女N:恍惚の表情に涙を滲ませ、私は高々と月に向かって指輪を掲げた。 0:とある屋敷 男N:煌々(こうこう)と輝く月影を、窓から見上げるブラウンの瞳の女がいた。 男N:同じ色の髪を揺らしながら、女はこちらを振り返る。その視線の先には、使い古した椅子に腰掛け、本を読む自分がいた。 男N:それを見て、女は微笑む。 男N:僕は先日、許嫁(いいなずけ)を亡くしたばかりだった。結婚間近の不幸に、彼女を深く愛していた心は傷を負い、僕を憔悴(しょうすい)させていった。 男N:そんな自分を気にかけ、手を伸ばしたのがブラウンの女だった。彼女は婚約者の友人で、僕達をいつも見守っていた。 男N:…はずだった。だけどそれは違っていたようだ。 男N:あの日、婚約者が家に帰らなかった翌日、森の奥から彼女と思われる亡骸が、レンジャーによって発見された。その際、左腕もその先に付いていたはずの指輪も失われていた。 男N:普段から慎重な彼女が、何故森の奥へと赴いたのか、全く解らなかった。 男N:警察は、森の脇の山道から足を滑らせたのではないかと言っていたが、どうしても腑に落ちない。 男N:考え事に緩んだ手は、読んでいた本を滑り落とし、無意識に左手の指輪を指ごと右手で包んでいた。 男N:それを見たブラウンの女は、キッと目尻(まなじり)を上げると、自分へと駆け寄り、その手を強くはたいた。 男N:そしてそのまま僕の手を掴むと、指輪へと手をかける。      男N:女はわめく「まだこんなモノを!もうあの女は居ないのよ!!貴方には私しか居ないの!」…と。 男N:そう叫びながら、僕の指から指輪を無理矢理抜き取ろうと、金属部分と一緒に指の肉にまで爪を突き立てる。 男N:その強引な手と痛みにより、僕は呻き声を上げるが、女は構わず力を入れる。 男N:「穢(けが)らわしい穢らわしい穢らわしい!」と叫びながら。 男N:女の声に被せて、ゴリ、と金属が肉を削る嫌な音がする。僕は汗を滲ませながら手を払おうとするが、衰弱した身体に力は入らず、そのまま指輪ごと手が千切れるのではないかと思った刹那(せつな)。僕の腕は、ふと軽くなり、何かがゴトリと落ちる音がした。 男N:最初は何が起きたのか解らなかった。継いで訪れたのは、窓ガラスが割れんばかりの女の悲鳴だった。 男N:見れば女の肘から指先までが、両腕とも床へと転がり落ちていた。 男N:突然の出来事に、女は我を忘れて血を撒き散らし、床をのたうち回る。僕は呆然とその様子を見ていた。すると…。 女:「穢らわしいのは、ご自分の事ではないのかしら?」 男N:聞いた事のある声が部屋に響いた。それは僕の愛してやまない、美しく凛とした声。 男N:面(おもて)を上げれば、そこには毛並みの良い大きな狼の背に乗る愛する人が、僕らを見下ろしていた。 女:「あなたの事は、いいお友達だと思っていたのよ?でも、それはただの見せかけの偽物。メッキを塗っただけの錆だらけの鉄くずだった」 男N:彼女がそう言うと、まるでその手足のように狼の前足が血まみれの女を押さえつける。同時に、女の喉から、ヒッと声がもれた。 女:「私を殺せば、彼が手に入るとでも思ったの?浅はかな考えね」 男N:そして、彼女は僕を見た。嗚呼、氷のように冷たい表情なのに、その視線が僕を熱く焦がす。 女:「貴方(あなた)の心は、月のように形を変えてしまったのかしら?」 男:「そんな事はありえない!僕は月の女神に惑わされたりはしない!ましてや、こんな卑しい女になど!」 男N:力の限りに叫べば、彼女は凍りついた空気をほんのり溶かし、柔らかく微笑んだ。 女:「そういう事よ。私も命をなくしても尚、彼との繋がりを一つも失いたくなくて、あの森に留まり、愛の証を探した」 男N:優雅に掲げられた左手には、腕に大きな傷と、薬指には僕とペアのリングがついていて。痛々しくも、美しいと感じた。 女:「この通り。私は私の命を奪った獣を切り刻んで、愛を取り戻したわ。…残念ね。貴女(あなた )には何も残らない」 男N:狼の前足に力が入る。僕達を裏切った女は、汚い声で何かをわめいている。恐らくは、聞くに値しない嘘の懺悔。 女:「…さようなら。出来損ないの偽花嫁さん」 男N:ごきりと、生肉を骨ごとへし折った様な鈍い音がすると、部屋はまた静寂に包まれた。 男N:人が一人、目の前で死んだというのに、なんて穏やかな気分なんだろう。それは、そう。彼女が僕の元へ帰って来てくれたから。 男:「おかえり。僕の愛する人」 女:「ただいま。私のあなた」 男N:ふわりと慈愛に満ちた笑顔を見せたかと思うと、彼女は徐々に表情を曇らせ、俯いた。 女:「…でも、お別れです…私は…自分が殺されたとはいえ、他者を手に掛けました。許される事ではありません。きっと地獄へと堕ちるでしょう…」 女:「でも、後悔はしていません。あなたの愛が本物だと再認識出来たのだから。…その証を、取り戻す事が出来たから…」 男N:彼女はそう言いながら、愛おしそうに左の薬指を撫でた。まるでそれが、僕自身であるかのように。 男:「それは許せない」 女:「え?」 男N:僕は立ち上がり、彼女の元へと歩いていく。靴が赤い液体を散らす。 男:「それは僕が贈ったものだが、僕自身ではない。それを身代わりとして持って行くだなんて、僕は認めない 」 女:「…それは」 男:「それに、君を一人で地獄になど行かせはしない。もう二度と、離れない」 女:「…っ」 男N:僕は彼女の言葉を待たず、足元に転がる骸をグチャリと踏み潰した。濁った赤が広がる。 男:「ごらん。こんな事をしても僕の心は罪悪を感じない。…今まで僕に献身的に尽くしてくれていたのに、おかしいよね」 男N:そしてそのまま、その遺体を部屋の隅へと蹴り飛ばした。 男:「酷い男だろう?なぜなら僕は、君以外には何の情もわかないんだ」 女N:彼は人である事を捨てた瞳で私を見た。それは濁っているのに、私だけを映していて、とても美しい。 男:「僕も一緒に連れて行っておくれ。君がいない世界なら、どうせ近く朽ちる命だ。二人なら地獄さえも楽園になるだろう」 女N:そう言って彼は跪(ひざまず)き、頭(こうべ)を垂れる。 女N:…ああ、私はなんて幸せ者なのでしょう。愛する人が、共に堕ちてくれると言う。その命を散らしてくれると。 女:「…誓います。この愛は永遠だと。神でもなく、悪魔でもなく。あなた一人に」 女N:狼の口が、ゆっくりと厳かに開かれる。彼のスラリとした首が、牙の間に置かれる。そして… 0:出来れば同時に 女:「愛しています」 男:「愛している」 女:一つの命は解放され、二つの魂は手を取り合った。 0:エピローグ 男N:とある森の奥、月夜に狼が吠える時。獣を統べる女王と王のゴーストが現れるという。 女N:その姿は荘厳で美しく、とてもゴーストとは思えないと。 男N:だがしかし忘れてはいけない。そのゴーストは、真に愛し合う者が出会えば、祝福のダンスを贈るが。 女N:偽りの愛を持つ者が出会えば、そのまま狼の餌食となってしまうのだということを。