台本概要
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タイトル | 『徘徊者の傍白』 |
---|---|
作者名 | sazanka (@sazankasarasara) |
ジャンル | その他 |
演者人数 | 1人用台本(不問1) |
時間 | 20 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
黎和4年、とある春先の日の徘徊ルーティン。 或いは、放り出された人のうた。 ―2022年3月某日― 短い1人読みシナリオです。 男女不問、一人称も自由に設定して頂けます。 131 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
語り手 | 不問 | 42 | 語り手。男女不問。「染田 薫(そめだ かおる)」、という名前であるかもしれない。 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
0:『徘徊者の傍白(ぼうはく)』
0:或いは、放り出された人のうた。
:
0:(「□」には、「私」でも「俺」でも「僕」でも、お好きな一人称を入れてお読みください。)
:
語り手:夜に歩くヤツは、1人残らずならず者だ。
0:【間】
語り手:朝起きて、夜眠る。
語り手:そんな初歩のルールすら、教えてもらえなかったコドモは。
語り手:散歩に、出るしか無いのだ。
0:【間】
語り手:適当なナイロンのパーカー。
語り手:ネックウォーマー。厚手の靴下。
語り手:ボロくなった財布。型落ちのスマートフォン。
語り手:いつもの、ニット帽。
語り手:別名をワッチキャップ。
語り手:ワッチは、「watch(ウォッチ)」。
語り手:「見張り」の、「watch(ウォッチ)」。
語り手:軍隊だか海兵だかの、見張り番が被っていたからそう呼ぶらしい。
語り手:「□」は、今から。
語り手:夜を、見張りに行くのか。
0:【間】
語り手:黒くて小さい粗末な鞄。
語り手:薄汚れた靴。端の方が赤茶けた鉄のドア。
語り手:チェーンを外す。擦れて軋む低い音。
0:【間】
語り手:アパートの階段。
語り手:手すりのささくれ、6段目の錆びた穴。
語り手:安い鉄骨の間抜けな響き。
0:【間】
語り手:路面は湿り、風は冷たい。
語り手:冬と春の間の、中途半端な空気を吸って。
語り手:ガムを踏まないようにだけ、気を付けて。
語り手:「□」は歩き出す。
0:【間】
語り手:電柱。廃屋。電柱。電柱。
語り手:不法投棄の軽自動車。
語り手:何が建っていたか忘れた、空き地。
語り手:電柱。廃屋。うちとおんなじボロアパート。
語り手:ダウンの男とすれ違う。
語り手:偶に、見るような、そうで無いような。
語り手:……近頃はてんで駄目だ。
0:【間】
語り手:電柱。黒ずんだポスト。空き家。
語り手:未撤去の電話ボックス。
語り手:廃屋。「猛犬注意」の掠れた文字。
0:【間】
語り手:昔の事も、昨日の事も。
語り手:霧が出たように朧気で。
語り手:確かな事だか、思い違いだか。
0:【間】
語り手:少し明るい通りに出る。
語り手:歩道と車道の間を通る、無灯火の自転車。
語り手:車。トラック。車。
語り手:ガードレールの足元の、ひしゃげたビニールの袋。
語り手:車。車。自転車。車。
0:【間】
語り手:向かい合わせのコンビニ。
語り手:「LAWSON(ローソン)」と、「ManyDAY(メニーデイ)」。
語り手:コインランドリー。去年潰れた花屋。
語り手:光の下にはみ出した、被差別部落の違法建築。
0:【間】
語り手:歩く。歩く。歩く。
語り手:足の筋肉を動かすのは好きだ。
語り手:「□」の記憶が狂っていなければ、
語り手:高校までの「□」は、陸上をやっていた筈だ。
語り手:歩く。歩く。信号で偶に、走る。
0:【間】
語り手:24時間営業のスーパー「ふくとみ」。
語り手:空き店舗のテナント。コインランドリー。
語り手:団地。団地。公団住宅。
語り手:最近進出してきたらしい、ドラッグストア「キノ屋」。
語り手:またコンビニ。「Familymart(ファミリーマート)」。
語り手:急に顔を出す神社。木の陰に暗む赤い鳥居。
語り手:潰れた産婦人科。老健施設。
語り手:歩く。歩く。歩く。
語り手:子供服チェーン「ゼペットガーデン」。
0:【間】
語り手:あった、だろうか。そんなものが。
語り手:去年の秋の辺りから、うっそりと淀む、暮らしの中の違和。
語り手:街灯。暗がり。街灯。
0:【間】
語り手:古い公園。トイレの横の自販機。
語り手:缶を啜りながら歩く。
語り手:片手はポケット。もう片方の手のコーヒーは、微糖。
語り手:道の向かいの、新聞配達所。
0:【間】
語り手:記憶では。
語り手:「□」のボヤけた、記憶では。
語り手:「ManyDay(メニーデイ)」のあった場所に、コンビニなんて無かった筈だ。
語り手:「キノ屋」のあった場所は、「ココカラファイン」だった気がするし。
語り手:そこそこの老舗らしい、「ふくとみ」なんてスーパーに、「□」は子供の頃、行った事があっただろうか?
0:【間】
語り手:歩く。歩く。歩く。
語り手:時々ぬるいコーヒーを啜る。
語り手:何かがおかしい、ような気がする。
語り手:吐き気と目眩で目が醒めた、去年の10月、22日。
語り手:あの日の、夜から。
0:【間】
語り手:歩く。歩く。
語り手:判断が出来ない。
語り手:殆ど毎日、通るような道でも。
語り手:建物が取り壊されたら、途端にそこが何であったか、思い出せなくなるように。
語り手:腐った暮らしを置き去りにしている、「□」の緩んだ脳ミソのせいかもしれないから。
0:【間】
語り手:こぼれる。こぼれる。中身が失くなる。
語り手:埋める。繕(つくろ)う。
語り手:飽き足りない眠りによって。
語り手:自分で自分を除け者にする事によって。
語り手:喪(うしな)う。失くす。
語り手:換えの利く物だけを入れては出す。
0:【間】
語り手:橋を渡って、道を折れる。
語り手:アパートの最寄りから、2駅分は歩く。
語り手:歩く。歩いて歩く。
語り手:寂しさに浸かる事で寂しさを雪(そそ)ぐ。
0:【間】
語り手:疎らな人波。降りてきた乗客。切符売り場の電子音。
語り手:JR「差木川(さしきがわ)」の、駅のゴミ箱。
語り手:空き缶を捨てる。
語り手:ソコソコの規模の駅ビル。
語り手:歩道橋を渡った向こうには、六階建ての商業施設。
語り手:ネオン。広告。電光掲示板。
語り手:反対側に駅を抜けたロータリーには、銀の柱をくり抜いたような、螺旋状のオブジェ。
語り手:「閂橋(かんぬきばし)東通り、西通りはコチラ」、と、大げさな矢印。
0:【間】
語り手:あった、だろうか。そんな物が。
語り手:2駅隣に、そんな、街が。
語り手:昔から? 「□」の通学路だった時代から?
語り手:無ければおかしい。
語り手:あったかもしれない。
語り手:分からない。判らない。
語り手:揺らぐ。よろめく。
語り手:よろめきながら歩く。歩く。歩く。
0:【間】
語り手:あの日から、暮らしの全てが定かにならない。
語り手:人に聞けば大昔からあったと云う、知らない店。
語り手:頭の何処にも記憶の無い、大御所芸能人。
語り手:東京にくっついた、「塚淵(つかぶち)」なんて大都市の県。東京との県境。琵琶湖と並ぶ、巨大な湖?
語り手:日本は47都道府県。
語り手:習った筈だ。2つ増えたのはいつだ?
0:【間】
語り手:本当に。本当にそうか?
語り手:「□」が、思い違って、いるだけで。
語り手:昔から、そうだったんだろうか。
0:【間】
語り手:中国に「盤古(ばんこ)省」なんて自治区があったか?
語り手:駅の、大型の液晶。
語り手:ウェザーニュースの世界地図だって何かがおかしい。
語り手:この国とこの国は、昔から、こんな形で、隣り合っていただろうか……?
0:【間】
語り手:「□」たち世代が子供の頃に流行ったという、見たことも聞いたことも無い、奇妙な玩具。
語り手:スマホのカメラのおかしな機能。
語り手:東京タワーは「□」が子供の頃、爆破されて建て直されたのか?
語り手:一昨年の冬に巷を席巻した、戦後最大の雪崩とバス転落の事故。
語り手:1名だけ生還した女性が美人で。
語り手:キャスターは振り返る。
語り手:知らない。知らない。
語り手:知らない筈の無い事を知らない。
語り手:日本で一番賢い大学は東京大学だった筈だ。
語り手:3浪して東大に行った筈の、「□」の高校時代の連れは、今、どこで、何をしているんだ?
語り手:広島と長崎に投下されたのは原子爆弾だったと、記憶、しているのは、「□」だけなのか?
0:【間】
語り手:何より、何より。
語り手:……店でコレを話したら、知らない女たちは笑ってた。
語り手:いつから、また、例のマスクを着けもしないで、店や列車に、出入り出来るようになったのか。
語り手:「□」が寝ている一夜の間に、世界から綺麗さっぱり、根絶やしにでもなったというのか。
語り手:あの、病原体が。
0:【間】
語り手:気持ちが、悪い。
0:【間】
語り手:歩く。歩く。もつれるように歩く。
語り手:歪んだレンズを覗いてしまわないように。
語り手:世の中の関節が外れてしまった事から気を逸らすように。
語り手:歩く。歩く。
語り手:不確かな地盤の上を。
語り手:繋がらない、過去と今の隙間を。
語り手:歩く。歩く。つんのめっては息を飲む。
0:【間】
語り手:汗が冷える。
語り手:膝が震えて脚が止まる。
0:沈黙。
語り手:何者からも必要とされない者は、何物も必要としてはならない。
語り手:「□」に言ったのは誰だったか。
0:沈黙。
語り手:歩く。歩く。歩き出す。
語り手:溜め池に浮かぶ爛(ただ)れた葉っぱのように。
語り手:放り出された異郷の爬虫類のように。
語り手:冬に凍えて死ぬことを求めて。
0:【間】
語り手:東通りの店々の、嘘寒い灯(あかり)。
語り手:陰口のような看板の文字。
語り手:歩く。歩く。不貞腐れて歩く。
語り手:去年に開いた「もみじバーガー」。
語り手:少し高めの、ピザとパスタの小規模チェーン「ミケラン」。
語り手:据わりの悪い造りのBAR、居酒屋。
語り手:腹の立つ顔の龍がプリントされた、古くて汚い中華料理屋の暖簾。
語り手:何なんだか判らない、店と店との隙間の店。グロテスクな海老の看板。
語り手:店内の嬌声(きょうせい)、哄笑(こうしょう)、夜と人生を慾(むさぼ)る音。
語り手:歩く。歩く。逃げる為に歩く。
語り手:声と、唾から。歪められた唇から。
語り手:光にへばり付きたがる、虫の如き自分から。
0:【間】
語り手:看板。街灯。空き店舗。
語り手:ログハウスを真似た白々しい外装の店。
語り手:歩く。歩く。歩く。
語り手:通りの終わりがけのブロック。
語り手:旧線路の、もう震える事の無い、高架の下を抜けてすぐ。
語り手:黄色い灯りを当てられて、気の抜けた風情のサボテン。
語り手:手すり。スロープ。バリアフリー。
語り手:読みづらい看板の文字。
語り手:店の斜め向かい、高架下の街灯にもたれて、息を吐く。
語り手:呼吸。呼吸。汗。呼吸。
0:【間】
語り手:ここが折り返し地点だった。
語り手:古い選挙のポスター。
語り手:前時代のピンクチラシ。
語り手:スマホを取り出す。
語り手:明日の天気は、曇りのち、雨。
語り手:呼吸。呼吸。捩(よじ)られた足首がパキリと鳴る。
0:【間】
語り手:店の扉がギイと喘ぐ。
語り手:開閉のたび鳴るベルの、調子外れの和音。
語り手:客を見送る、金髪と、黒髪の店員。
語り手:貼り付いた笑み。
語り手:目を逸らす。目を、逸らす。
0:【間】
語り手:店の名前を打つと出てくる、質素なブログの頁(ページ)にあった、写真と、シフトの通り。
語り手:今日の出勤は2人。
語り手:金髪の方は「□」の目を惹く。
語り手:長い睫毛。華奢な体付き。
語り手:黒髪の方は長身で、見透かすような涼やかな眼。
語り手:どちらも、嫌いだ。
語り手:「□」より良い物を持ったヤツらは。
語り手:「□」より良い物を持ったヤツらと、交わっていそうなヤツらは。
語り手:……眼が、合った気がする。
語り手:逸らす。眼を逸らす。
語り手:ニット帽のふちを引っ張る。
語り手:スマホを2回タップする。
語り手:天気予報。天気予報。
語り手:天気予報を、見なくては。
0:【間】
語り手:歩く。歩く。来た道を引き返す。
語り手:逃げる為に。遠ざける為に。
語り手:歩く。歩く。反対側の通りに移る。
0:【間】
語り手:引き止める鎖が千切れては、何処へも行くことが出来ない。
語り手:幾ら歩いても。幾らの距離を遠ざけても。
語り手:閉じ籠もる事と、あてどなく歩き回る事は同じ事だ。
0:【間】
語り手:路上の隅のふやけたゴミ。
語り手:未撤去の電話ボックス。
語り手:意味を為さないスプレーアート。
語り手:街灯。電柱。
語り手:捨て去りのミニバイク。
語り手:遠くのサイレン。
語り手:虚脱。
語り手:空腹。
語り手:苔と泥と湿気。
語り手:宗教の勧誘ポスター。
語り手:知らない、街。
語り手:街灯。自転車。酔った二人連れ。
語り手:街灯。街灯。街灯。
語り手:街灯。
0:【刹那】
語り手:クソくらえ。
0:沈黙。
語り手:夜に歩くヤツは、1人残らずならず者だ。
語り手:「□」の、放り出された心臓が。
語り手:どこか遠くで、呻(うめ)いた気がした。
語り手:……帰りは、電車で戻る、つもりだ。
0:【終】
0:『徘徊者の傍白(ぼうはく)』
0:或いは、放り出された人のうた。
:
0:(「□」には、「私」でも「俺」でも「僕」でも、お好きな一人称を入れてお読みください。)
:
語り手:夜に歩くヤツは、1人残らずならず者だ。
0:【間】
語り手:朝起きて、夜眠る。
語り手:そんな初歩のルールすら、教えてもらえなかったコドモは。
語り手:散歩に、出るしか無いのだ。
0:【間】
語り手:適当なナイロンのパーカー。
語り手:ネックウォーマー。厚手の靴下。
語り手:ボロくなった財布。型落ちのスマートフォン。
語り手:いつもの、ニット帽。
語り手:別名をワッチキャップ。
語り手:ワッチは、「watch(ウォッチ)」。
語り手:「見張り」の、「watch(ウォッチ)」。
語り手:軍隊だか海兵だかの、見張り番が被っていたからそう呼ぶらしい。
語り手:「□」は、今から。
語り手:夜を、見張りに行くのか。
0:【間】
語り手:黒くて小さい粗末な鞄。
語り手:薄汚れた靴。端の方が赤茶けた鉄のドア。
語り手:チェーンを外す。擦れて軋む低い音。
0:【間】
語り手:アパートの階段。
語り手:手すりのささくれ、6段目の錆びた穴。
語り手:安い鉄骨の間抜けな響き。
0:【間】
語り手:路面は湿り、風は冷たい。
語り手:冬と春の間の、中途半端な空気を吸って。
語り手:ガムを踏まないようにだけ、気を付けて。
語り手:「□」は歩き出す。
0:【間】
語り手:電柱。廃屋。電柱。電柱。
語り手:不法投棄の軽自動車。
語り手:何が建っていたか忘れた、空き地。
語り手:電柱。廃屋。うちとおんなじボロアパート。
語り手:ダウンの男とすれ違う。
語り手:偶に、見るような、そうで無いような。
語り手:……近頃はてんで駄目だ。
0:【間】
語り手:電柱。黒ずんだポスト。空き家。
語り手:未撤去の電話ボックス。
語り手:廃屋。「猛犬注意」の掠れた文字。
0:【間】
語り手:昔の事も、昨日の事も。
語り手:霧が出たように朧気で。
語り手:確かな事だか、思い違いだか。
0:【間】
語り手:少し明るい通りに出る。
語り手:歩道と車道の間を通る、無灯火の自転車。
語り手:車。トラック。車。
語り手:ガードレールの足元の、ひしゃげたビニールの袋。
語り手:車。車。自転車。車。
0:【間】
語り手:向かい合わせのコンビニ。
語り手:「LAWSON(ローソン)」と、「ManyDAY(メニーデイ)」。
語り手:コインランドリー。去年潰れた花屋。
語り手:光の下にはみ出した、被差別部落の違法建築。
0:【間】
語り手:歩く。歩く。歩く。
語り手:足の筋肉を動かすのは好きだ。
語り手:「□」の記憶が狂っていなければ、
語り手:高校までの「□」は、陸上をやっていた筈だ。
語り手:歩く。歩く。信号で偶に、走る。
0:【間】
語り手:24時間営業のスーパー「ふくとみ」。
語り手:空き店舗のテナント。コインランドリー。
語り手:団地。団地。公団住宅。
語り手:最近進出してきたらしい、ドラッグストア「キノ屋」。
語り手:またコンビニ。「Familymart(ファミリーマート)」。
語り手:急に顔を出す神社。木の陰に暗む赤い鳥居。
語り手:潰れた産婦人科。老健施設。
語り手:歩く。歩く。歩く。
語り手:子供服チェーン「ゼペットガーデン」。
0:【間】
語り手:あった、だろうか。そんなものが。
語り手:去年の秋の辺りから、うっそりと淀む、暮らしの中の違和。
語り手:街灯。暗がり。街灯。
0:【間】
語り手:古い公園。トイレの横の自販機。
語り手:缶を啜りながら歩く。
語り手:片手はポケット。もう片方の手のコーヒーは、微糖。
語り手:道の向かいの、新聞配達所。
0:【間】
語り手:記憶では。
語り手:「□」のボヤけた、記憶では。
語り手:「ManyDay(メニーデイ)」のあった場所に、コンビニなんて無かった筈だ。
語り手:「キノ屋」のあった場所は、「ココカラファイン」だった気がするし。
語り手:そこそこの老舗らしい、「ふくとみ」なんてスーパーに、「□」は子供の頃、行った事があっただろうか?
0:【間】
語り手:歩く。歩く。歩く。
語り手:時々ぬるいコーヒーを啜る。
語り手:何かがおかしい、ような気がする。
語り手:吐き気と目眩で目が醒めた、去年の10月、22日。
語り手:あの日の、夜から。
0:【間】
語り手:歩く。歩く。
語り手:判断が出来ない。
語り手:殆ど毎日、通るような道でも。
語り手:建物が取り壊されたら、途端にそこが何であったか、思い出せなくなるように。
語り手:腐った暮らしを置き去りにしている、「□」の緩んだ脳ミソのせいかもしれないから。
0:【間】
語り手:こぼれる。こぼれる。中身が失くなる。
語り手:埋める。繕(つくろ)う。
語り手:飽き足りない眠りによって。
語り手:自分で自分を除け者にする事によって。
語り手:喪(うしな)う。失くす。
語り手:換えの利く物だけを入れては出す。
0:【間】
語り手:橋を渡って、道を折れる。
語り手:アパートの最寄りから、2駅分は歩く。
語り手:歩く。歩いて歩く。
語り手:寂しさに浸かる事で寂しさを雪(そそ)ぐ。
0:【間】
語り手:疎らな人波。降りてきた乗客。切符売り場の電子音。
語り手:JR「差木川(さしきがわ)」の、駅のゴミ箱。
語り手:空き缶を捨てる。
語り手:ソコソコの規模の駅ビル。
語り手:歩道橋を渡った向こうには、六階建ての商業施設。
語り手:ネオン。広告。電光掲示板。
語り手:反対側に駅を抜けたロータリーには、銀の柱をくり抜いたような、螺旋状のオブジェ。
語り手:「閂橋(かんぬきばし)東通り、西通りはコチラ」、と、大げさな矢印。
0:【間】
語り手:あった、だろうか。そんな物が。
語り手:2駅隣に、そんな、街が。
語り手:昔から? 「□」の通学路だった時代から?
語り手:無ければおかしい。
語り手:あったかもしれない。
語り手:分からない。判らない。
語り手:揺らぐ。よろめく。
語り手:よろめきながら歩く。歩く。歩く。
0:【間】
語り手:あの日から、暮らしの全てが定かにならない。
語り手:人に聞けば大昔からあったと云う、知らない店。
語り手:頭の何処にも記憶の無い、大御所芸能人。
語り手:東京にくっついた、「塚淵(つかぶち)」なんて大都市の県。東京との県境。琵琶湖と並ぶ、巨大な湖?
語り手:日本は47都道府県。
語り手:習った筈だ。2つ増えたのはいつだ?
0:【間】
語り手:本当に。本当にそうか?
語り手:「□」が、思い違って、いるだけで。
語り手:昔から、そうだったんだろうか。
0:【間】
語り手:中国に「盤古(ばんこ)省」なんて自治区があったか?
語り手:駅の、大型の液晶。
語り手:ウェザーニュースの世界地図だって何かがおかしい。
語り手:この国とこの国は、昔から、こんな形で、隣り合っていただろうか……?
0:【間】
語り手:「□」たち世代が子供の頃に流行ったという、見たことも聞いたことも無い、奇妙な玩具。
語り手:スマホのカメラのおかしな機能。
語り手:東京タワーは「□」が子供の頃、爆破されて建て直されたのか?
語り手:一昨年の冬に巷を席巻した、戦後最大の雪崩とバス転落の事故。
語り手:1名だけ生還した女性が美人で。
語り手:キャスターは振り返る。
語り手:知らない。知らない。
語り手:知らない筈の無い事を知らない。
語り手:日本で一番賢い大学は東京大学だった筈だ。
語り手:3浪して東大に行った筈の、「□」の高校時代の連れは、今、どこで、何をしているんだ?
語り手:広島と長崎に投下されたのは原子爆弾だったと、記憶、しているのは、「□」だけなのか?
0:【間】
語り手:何より、何より。
語り手:……店でコレを話したら、知らない女たちは笑ってた。
語り手:いつから、また、例のマスクを着けもしないで、店や列車に、出入り出来るようになったのか。
語り手:「□」が寝ている一夜の間に、世界から綺麗さっぱり、根絶やしにでもなったというのか。
語り手:あの、病原体が。
0:【間】
語り手:気持ちが、悪い。
0:【間】
語り手:歩く。歩く。もつれるように歩く。
語り手:歪んだレンズを覗いてしまわないように。
語り手:世の中の関節が外れてしまった事から気を逸らすように。
語り手:歩く。歩く。
語り手:不確かな地盤の上を。
語り手:繋がらない、過去と今の隙間を。
語り手:歩く。歩く。つんのめっては息を飲む。
0:【間】
語り手:汗が冷える。
語り手:膝が震えて脚が止まる。
0:沈黙。
語り手:何者からも必要とされない者は、何物も必要としてはならない。
語り手:「□」に言ったのは誰だったか。
0:沈黙。
語り手:歩く。歩く。歩き出す。
語り手:溜め池に浮かぶ爛(ただ)れた葉っぱのように。
語り手:放り出された異郷の爬虫類のように。
語り手:冬に凍えて死ぬことを求めて。
0:【間】
語り手:東通りの店々の、嘘寒い灯(あかり)。
語り手:陰口のような看板の文字。
語り手:歩く。歩く。不貞腐れて歩く。
語り手:去年に開いた「もみじバーガー」。
語り手:少し高めの、ピザとパスタの小規模チェーン「ミケラン」。
語り手:据わりの悪い造りのBAR、居酒屋。
語り手:腹の立つ顔の龍がプリントされた、古くて汚い中華料理屋の暖簾。
語り手:何なんだか判らない、店と店との隙間の店。グロテスクな海老の看板。
語り手:店内の嬌声(きょうせい)、哄笑(こうしょう)、夜と人生を慾(むさぼ)る音。
語り手:歩く。歩く。逃げる為に歩く。
語り手:声と、唾から。歪められた唇から。
語り手:光にへばり付きたがる、虫の如き自分から。
0:【間】
語り手:看板。街灯。空き店舗。
語り手:ログハウスを真似た白々しい外装の店。
語り手:歩く。歩く。歩く。
語り手:通りの終わりがけのブロック。
語り手:旧線路の、もう震える事の無い、高架の下を抜けてすぐ。
語り手:黄色い灯りを当てられて、気の抜けた風情のサボテン。
語り手:手すり。スロープ。バリアフリー。
語り手:読みづらい看板の文字。
語り手:店の斜め向かい、高架下の街灯にもたれて、息を吐く。
語り手:呼吸。呼吸。汗。呼吸。
0:【間】
語り手:ここが折り返し地点だった。
語り手:古い選挙のポスター。
語り手:前時代のピンクチラシ。
語り手:スマホを取り出す。
語り手:明日の天気は、曇りのち、雨。
語り手:呼吸。呼吸。捩(よじ)られた足首がパキリと鳴る。
0:【間】
語り手:店の扉がギイと喘ぐ。
語り手:開閉のたび鳴るベルの、調子外れの和音。
語り手:客を見送る、金髪と、黒髪の店員。
語り手:貼り付いた笑み。
語り手:目を逸らす。目を、逸らす。
0:【間】
語り手:店の名前を打つと出てくる、質素なブログの頁(ページ)にあった、写真と、シフトの通り。
語り手:今日の出勤は2人。
語り手:金髪の方は「□」の目を惹く。
語り手:長い睫毛。華奢な体付き。
語り手:黒髪の方は長身で、見透かすような涼やかな眼。
語り手:どちらも、嫌いだ。
語り手:「□」より良い物を持ったヤツらは。
語り手:「□」より良い物を持ったヤツらと、交わっていそうなヤツらは。
語り手:……眼が、合った気がする。
語り手:逸らす。眼を逸らす。
語り手:ニット帽のふちを引っ張る。
語り手:スマホを2回タップする。
語り手:天気予報。天気予報。
語り手:天気予報を、見なくては。
0:【間】
語り手:歩く。歩く。来た道を引き返す。
語り手:逃げる為に。遠ざける為に。
語り手:歩く。歩く。反対側の通りに移る。
0:【間】
語り手:引き止める鎖が千切れては、何処へも行くことが出来ない。
語り手:幾ら歩いても。幾らの距離を遠ざけても。
語り手:閉じ籠もる事と、あてどなく歩き回る事は同じ事だ。
0:【間】
語り手:路上の隅のふやけたゴミ。
語り手:未撤去の電話ボックス。
語り手:意味を為さないスプレーアート。
語り手:街灯。電柱。
語り手:捨て去りのミニバイク。
語り手:遠くのサイレン。
語り手:虚脱。
語り手:空腹。
語り手:苔と泥と湿気。
語り手:宗教の勧誘ポスター。
語り手:知らない、街。
語り手:街灯。自転車。酔った二人連れ。
語り手:街灯。街灯。街灯。
語り手:街灯。
0:【刹那】
語り手:クソくらえ。
0:沈黙。
語り手:夜に歩くヤツは、1人残らずならず者だ。
語り手:「□」の、放り出された心臓が。
語り手:どこか遠くで、呻(うめ)いた気がした。
語り手:……帰りは、電車で戻る、つもりだ。
0:【終】