台本概要
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タイトル | 『耽溺ちゃんと退廃くん』#3 |
---|---|
作者名 | sazanka (@sazankasarasara) |
ジャンル | ラブストーリー |
演者人数 | 2人用台本(男1、女1) |
時間 | 20 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
プログレス1 ―破滅の町― とある「行為」を介して関係を持つ男女の学生、「君子(きみこ)」と「捧一(ほういち)」。 ありふれた唯一つの言葉へと至る為の、逆回りのオリエンテーション。 肌寒い季節の布団は蟻地獄である、というお話。 ―2021年12月某日― ※「ラブ」の一形態に関するストーリー、という意味合いでのカテゴリーですが、恋愛描写と捉え得るか否かはわかりません。あしからず。 36 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
君子 | 女 | 73 | 「保科 君子(ほしな きみこ)」。大学2回生。檻の君。 |
捧一 | 男 | 72 | 「多々良 捧一(たたら ほういち)」。大学2回生。沼の底。 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
君子:『でも堕落は快楽の薬味なのよ。堕落がなければ快楽も瑞々しさを失ってしまうわ。限度をこさぬ快楽なんて、快楽のうちに入るかしら?』
捧一:マルキ・ド・サド、『新ジュスティーヌ物語』より。
0:タイトルコール。
君子:『耽溺(たんでき)ちゃんと』、
捧一:『退廃(たいはい)くん』。
0:【寝室】
0:早朝。二人の手元には、バナナ。
捧一:……バナナを食べてる姿ってのは、流石に「落ちぶれた」感があるよね。
君子:何ですか、藪から棒に。
捧一:藪からバナナだと?
君子:怖いです。罠かと思います。
0:捧一も一口、齧る。
捧一:いや、さ。やんごとなき家柄のご令嬢が、素手でバナナを剥いて頬張ってる現場を、あまり見ないから。
君子:捧一くんだって食べてるじゃないですか。
捧一:俺みたいな気分害虫は。何でも素手がお似合いだとして。
君子:やっぱり気にしてますね。うちの侍女が言った事を。
捧一:別に。特段そんな事は。
君子:あと、一応言っておきますが。
君子:バナナにせよ骨付きチキンにせよ、テーブルに於いてはきちんとした手順が存在するんですよ。
捧一:テレビで見た事はあるけど。
捧一:そもそも食卓に上がらないんじゃないの。
君子:何が来たとしても対応して見せるのが礼儀作法というモノです。
捧一:縁遠い世界だね、恐らく……。
捧一:こないだのケンタッキーは美味かったワケ?
君子:あ。はいっ。また食べたいです。
捧一:初めてにしては割りかし器用に……、
君子:結局は要領の問題ですから。慣れれば単純です。
捧一:モスバーガーにも挑戦してほしいな。アレの手順は庶民の中に於いても未だ未解明だから。
君子:ファストフードもイイですが。範囲を広げたいのは麺類ですね。
捧一:お腹減ってる?
君子:いえ? バナナを食べていますので。
捧一:うん、まあ。
君子:屋台のラーメンを筆頭に、今気になっているのは立ち食い蕎麦なんですが、
捧一:こないだ見てた動画のヤツか。
君子:まだ深夜と言える早朝にオープンして、すぐに満員になるそうですよ。ソコでの調理と接客を延々と映した動画を、
捧一:あるけどさ。どういう時間の潰し方だよ。
君子:社会勉強です。
捧一:……ま、別にいつでも。
捧一:蕎麦でもラーメンでもケンタッキーでも。君子さんの経済力なら。
君子:それで言うなら挑戦してみたいのは、あのバケツ型の、
捧一:バーレルね。
捧一:……俺がイケるかな。油モノがそこまで……、
君子:年配の方のような。私でも2つは、
捧一:個人差と相性だよ。昔から1個で十分なんだ。
君子:あの、同じ物が沢山ある事が贅沢、という感性。触れて来なかったモノなので新鮮です。
捧一:確かに庶民特有かもね。イイ物を少しずつ、では満足出来ないから。
君子:お友達にはこんなお話しませんので。ご心配なく。
捧一:外面の女王。
君子:捧一くんはもう少し気を配った方がイイですよ。おかげで学内では話しかけも出来ないんですから。
捧一:必要ナイだろ。
君子:そうでもありません。
君子:最近、学部の先輩がしつこくて、
捧一:男除けにしたい、と。
君子:道(みち)先輩にアプローチした結果、冷たくあしらわれたらしく。どうにも近頃、目付きが……、
捧一:古書研究会の綺麗な人か。あの寡黙な。
捧一:で……、矛先を向けられた、と。
君子:失礼ながら、身の程知らずと言う他無いかと。
君子:あ、道先輩への告白に関して、ですよ。
捧一:わかるけど。君子さんに行くのも大概じゃないの。
君子:私などは別に……。所詮は成り上がりですから。
捧一:庶民はそんな事気にもしないけどね。
君子:やんごとなき、も不適切です。「庭番六家(にわばんろっけ)」だとかなんだと、箔を付けた所で。
君子:明治からの動乱に付け込んで肥え太った、火事場泥棒の末裔に過ぎません。
捧一:ご実家含め?
君子:無論。関東に蔓延(はびこ)り強張(のさば)る、謂わばこの国の癌です。
捧一:雲の上の格付け合戦には、ピンと来ないけれど。
君子:まあ……、由緒に於いて、宗家様は言わずもがな、一位の「雨来(あまご)」だけは、別ですが。
捧一:何であれ。
捧一:3代続けば骨の髄まで金持ちだよ。ハンバーガーすら食べたコト無かったんだから。
君子:見たことはありましたよ。
捧一:ホントに、どうやって高校生してたのさ。
君子:別に。偶々機会に恵まれなかっただけで。
君子:捧一くんこそお友達も居ないのにバーガーショップへ何をしに行ってたんですか?
捧一:謝りなよ。俺にもマックにも。
0:手を伸ばし、バナナの皮をポリ袋の嵌ったゴミ箱に捨てる君子。
君子:牛乳が飲みたいです。
捧一:ん?
君子:バナナを食べたので。
捧一:…………。
捧一:飲めば。冷蔵庫にあるけど。
君子:捧一くんも飲めばイイと思いますよ。
君子:ついでに、私の分も。
捧一:俺は別に、
君子:寒いので。お布団から出たくありません。
捧一:裸は俺も一緒だけど。
君子:寒さに強いんでしょ、男性って。
捧一:雑っ。聞いたコト無いし……。
捧一:まあ、うん、はい。
0:のそりと布団から出る。隙間から室温の侵入。
君子:(包まりながら)寒ぅいっ。
君子:あ、ついでにお風呂も、
捧一:温めるつもりだけど。
捧一:……どんどん何もしなくなるんだから……。
0:キッチンにて給湯パネルを操作し、冷蔵庫の牛乳を紙コップへ。
捧一:(戻ってきつつ)
捧一:はい牛乳。
捧一:確かに寒い。入れて入れて、布団に。
君子:(動かず)
君子:……合言葉は?
捧一:上から牛乳垂らしてイイ?
君子:(包まったまま)
君子:うふふ、ふ……、
捧一:ちょっと。
君子:堪え性がありませんねぇ……。
君子:はい、どぉぞ。
0:布団を内から捲り、迎え入れる。
捧一:(牛乳をパスしつつ)
捧一:まったく、寒暖の差がキツイな、ココ暫く……。
君子:足、冷たぁい。絡めないでくださいよぅ。
捧一:分け合うべきだろ。貴重な体温を。
君子:うふ、ふ……。
0:君子はこくり、と牛乳を飲み下す。
君子:はぁ。
君子:暖かいお布団で飲む冷たい牛乳は格別ですねぇ。
捧一:贅沢の味、ってヤツだよ。わかって来たじゃない。
君子:もう少し、お部屋全体が、
捧一:暖かければ、だろ。ボロアパートで悪かったね。
君子:風情があるんでしょう? こういう年季の入った、
捧一:言い訳だよ。
0:ゴクリ、と飲む。
捧一:……美味い。
0:掛け布団が整えられ。
君子:……そう言えば。
君子:日本書紀にある「橘(たちばな)」が、実はバナナだったという説をご存知ですか。
捧一:それ……、なんだっけ。
君子:田道間守(たじまもり)が持ち帰った「非時香菓(ときじくのかぐのこのみ)」。
君子:今のタチバナ、日本固有の柑橘種という事になっていますが。
捧一:常世国(とこよのくに)から10年かけて持って帰って来たってヤツか。ソレがバナナ?
君子:根拠薄弱な珍説の類ですが。しかしトキジクの実を現代のタチバナと比定するのにも、幾つか無理があるんですよ。
捧一:不老不死を授ける、っていう。
君子:元々、常世国(とこよのくに)自体が……、神々のおわすところであり、永続や不滅を象徴する理想郷であり、そしてまた死者の住まう地でもあるという、重層的なモチーフなのですが、
捧一:外国の事だろ、結局は。日本へ渡って来た諸民族の、要は故郷であって。
君子:恐らく。
君子:そして「橘」を持ち帰ったとされる、田道間守の向かった常世国こそはっ。
君子:赤道直下の南米、現代のエクアドル近辺であるというですねぇ、
捧一:急にトンデモじみて来たな。
君子:ですから、そうなんですよ。
君子:民間研究の域を出ませんが。面白いでしょう。
捧一:……バナナのエピソードトークとしては、ソコソコ。
捧一:そういうコトばっかりやってるのか、文化人類学科って。
君子:失礼な。
君子:まあ……、お好きな先生は多いですが。
0:もぞ、と身じろぎ。
0:こくり、と牛乳を飲み下す。
君子:ふふ……。段々と体温が混ざって。
君子:温もってきました。
0:身を絡め、密着する。
捧一:不老不死、ね。
捧一:なりたいと思う?
君子:実際に可能であれば、という意味ですか?
捧一:そうだね。
君子:…………、
君子:どうなんでしょうか。
捧一:なるなら今、じゃないか。心身とも充溢(じゅういつ)した時期って事で。
君子:一概には、言えないかもしれませんよ。最高のタイミングを計り過ぎて結局、期を逸してしまう人が続出しそうですね。
捧一:ま……、フライドチキン2本と食べ切れない胃腸で、永劫生きろと言われても、みたいな所はあるけれど。
君子:トレーニングをしてからが望ましいですね、全体的に。
捧一:トキジクの実が、遍(あまね)く人類に広まったとしたなら。
捧一:今度は反対に、限りある命を生きる事が、富と権力の象徴になったりしてね。
君子:換えの利かない有限性こそがステータスであると。面白いですね。
捧一:バナナと牛乳のお供にする話でも無い気がするけれど。
君子:うふふ。
0:枕元の時計を確認。
捧一:風呂……、は、もうちょいかな。夏はすぐ沸いたのに。
君子:あふ。(あくび)
君子:……入らないと駄目でしょうか。面倒臭くなってきました……。
捧一:普通に駄目だろ。シャワーで済ますならまだしも。
君子:バレると思いますか。
捧一:今は麻痺してるだけで。結構汗もかいたし。
君子:…………はぁ。
君子:バナナ、その残り少し、食べないのなら、
捧一:どうぞ。
君子:ふふ。あーん。
0:あんぐりと開いた口に、捧一は手ずから含ませ。君子はもくもくと咀嚼。捧一は牛乳を取り、ゴクリと飲む。
君子:(飲み込み)
君子:…………ねぇ?
捧一:ん?
0:昏い、試すような笑み。
君子:もしも、このバナナが本当に、不老不死の果実であって。
君子:私が今、この瞬間、永遠不滅の肉体を手に入れたとしたなら……、
捧一:まだその話。
君子:そのまま不変に、遺(のこ)るんでしょうか。
君子:捧一くんが私に付けた、酷ぉい酷い、
君子:痕(あと)や、孔(あな)も。
捧一:…………。
0:紙コップがコト、と置かれ。
捧一:知らないけど。
捧一:不老不死にならなくても、下手すれば一生遺るんじゃないの。
君子:うふ、ふ。
君子:どうするつもりなんですか。この間、うちの侍女には嘘をついたでしょう。
捧一:さあ……。
捧一:どうしようも無いから、意味があるんだと、思うけど。
0:束の間の沈黙。笑みは尚、昏く。
君子:…………やっぱり。
君子:捧一くんは、頭がおかしいんですね。
捧一:どうも。
君子:選んで良かったです。
0:ピピっ、ピピっ、と、給湯パネルの呼び声。昏い笑みは失せ。
捧一:(身を起こそうとし)
捧一:さて。お呼びだ、と。
君子:……本格的に面倒になって来ました。
捧一:知らないけど。
君子:ふふふ。
0:背に軽く、爪が立てられ。
捧一:……何。
君子:流石にコレは、と思うほど……、
君子:汚してくれたら、入りますよ。
捧一:…………。
0:数秒の沈思黙考。
君子:なぁんて、
捧一:いいよ。
君子:え?
君子:……あ、
0:暗転。
0:【終】
:
0:【メイド日報】
隠岐:■「隠岐 景彦(おき かげひこ)」。
隠岐:君子の実家の執事。
雨踏:■「雨踏 尊(うぶみ たける)」。
雨踏:君子の実家の侍従。神出鬼没女装メイド(?)
0:関東、塚淵(つかぶち)県北西部。
0:「保科(ほしな)」本家、現当主の住まう大邸宅。
0:その、給仕室。受話器を執るは侍従連筆頭、
0:保科家「執事」、隠岐景彦(おきかげひこ)。
隠岐:……うむ、うむ。
隠岐:……何に於いても、支障も、問題も、無いというのが当たり前なのだ。我々に取ってはな。
隠岐:依然、総身を引き締めて……、
隠岐:お仕え、奉(たてまつ)るように。
隠岐:わかるな、越上(えつじょう)。
隠岐:……では。
0:かちゃり、と受話器が置かれ。
0:ふ、と短く息を吐く眼差しは、峻厳である。
0:刹那の後、じわり、と、
雨踏:(浮き上がるが如く現れ)
雨踏:由姐(ゆかりねえ)、元気そうだったぁーー?
隠岐:……雨踏(うぶみ)。
0:愉悦の気を湛え、メイド服姿の年少者は佇む。
0:隠岐の眼に、辟易。
隠岐:……また、女の格好をして。
隠岐:新人の侍従に示しがつかん。
雨踏:イイじゃぁん、似合うんだから。
雨踏:寧ろ僕ほど似合う子いないんじゃない?
隠岐:そういう問題では、
雨踏:メイド服なだけマシでしょぉ。
雨踏:こないだのチャイナドレスはウケ良かったなぁ、吉備弥(きびや)サマも喜んでくれたし、
隠岐:ハロウィーンはもう終わった。
隠岐:……あの方は、何であっても一度は受け入れるのだ。素通り、とも言う。
0:少年はケラケラと、夢魔じみて嗤い。
雨踏:美しい者には、身に着けたいモノを身に着ける権利があるのさ。
雨踏:ギリシャ・ローマの時代からの伝統だよ。
隠岐:お前は男だ。
雨踏:アッハハハぁっ。ところがドッコイほととぎすっ!
雨踏:聞くも涙、語るも涙の悲喜劇(トラジコメディア)っ!!
隠岐:……、(溜息)
雨踏:悪ぅいオトナの怪しぃいオクスリのせいで、とあるアワレなオトコノコは体が出来上がる大切なオトシゴロに、大人の男へと成長する機会を永久に喪ってしまいましたっ。
隠岐:…………。
雨踏:以来その子は男にも、女にも何者にも成れず、中間の存在のバケモノとして、人々の群れの中を右往左往するしか、ありませんでした、とさっ。
雨踏:アァハハハハハっ、悲しいねぇーーーーっ。
隠岐:……お前の診断結果にそのような事実は無い。
隠岐:ホルモン剤も効いている。今のお前は、立派に、健常に、成長する事が出来ている。
雨踏:取り返しの付かない変化が残らない、って誰に言い切れるのぉ??
雨踏:カラダや、そうじゃなくても、
雨踏:ココロに。
隠岐:…………。
隠岐:お前は正常だ。
雨踏:人から押される「まとも」のスタンプなんざ糞の役にも立たないやぁ。
雨踏:僕の価値は、僕が知ってる。
0:虚と無を漆喰で塗り込めたが如き、年少者の無温の眼。
隠岐:……そしてお前は、被害者だ。
隠岐:宗教、信仰とは名ばかりの、神の名で人を担(かつ)ぐ悍(おぞ)ましい連中のな。
雨踏:ヒィヒヒ。当の僕らのご主人サマの一人は近頃、よりによってその、オゾマシイ連中の総元締めと、仲良くツルんでるみたいだけどねぇ?
隠岐:…………、
0:刹那、沈黙。
隠岐:……浄子(きよこ)お嬢様はご乱心なのだ。
隠岐:この数年来、ずっとな。
雨踏:ウヒャヒャっ、不敬の極みーーっ。背筋も凍るね。
雨踏:主も主もなら、葵谷(あおいだに)の連中はますますキナ臭いしさぁ、
隠岐:彼女らは浄子お嬢様の直属だからな。
隠岐:……主の進むがままに従うのは、侍女の本分というモノだ。
雨踏:ご当主様も、お嬢様がたもキライじゃぁナイけど。
雨踏:トチ狂って執着したり、かと思えば血で血を洗う啀(いが)み合い。
雨踏:暇を見ては親族血族兄妹同士、メイドを使ってスパイ映画のマネ事。最初は笑えたけどさぁ、
隠岐:口を慎め。
雨踏:挙げ句に奥サマは発狂。
隠岐:……、
雨踏:僕に言われちゃオシマイだけど。
雨踏:こーいうお家(いえ)に、生まれ付いてさぁ……、
0:嘲る笑みが軋み、
雨踏:「まとも」なコドモが出来上がるハズ、無いよねぇ。
隠岐:…………。
0:沈黙。
0:完璧な空調のもと、冬の外気はそれでも染み入り。
隠岐:……下僕(しもべ)の踏み入るところでは無い。
隠岐:我々は只、影の内より立ち出でて……、
雨踏:はん、またソレ。
隠岐:主の全てを、見定め、見通し、傅(かしず)くその身を支えと為すのみ。
隠岐:……給仕室の、侍従の名にかけてな。
0:執事の、鉄の如き眼差しに歪みは無く。
雨踏:…………。
雨踏:「この世の果つるその日まで」、だっけ。
隠岐:もう寝ろ、雨踏。明日も早い。
雨踏:はい、パパ。
雨踏:…………、
雨踏:ねえ、
0:じ、と隠岐を見。
雨踏:寒いから一緒に寝てもいい?
隠岐:……、
0:虚と実を、分かち難き少年の眼。
隠岐:……。好きにしろ。
0:暗転。
0:【終】
君子:『でも堕落は快楽の薬味なのよ。堕落がなければ快楽も瑞々しさを失ってしまうわ。限度をこさぬ快楽なんて、快楽のうちに入るかしら?』
捧一:マルキ・ド・サド、『新ジュスティーヌ物語』より。
0:タイトルコール。
君子:『耽溺(たんでき)ちゃんと』、
捧一:『退廃(たいはい)くん』。
0:【寝室】
0:早朝。二人の手元には、バナナ。
捧一:……バナナを食べてる姿ってのは、流石に「落ちぶれた」感があるよね。
君子:何ですか、藪から棒に。
捧一:藪からバナナだと?
君子:怖いです。罠かと思います。
0:捧一も一口、齧る。
捧一:いや、さ。やんごとなき家柄のご令嬢が、素手でバナナを剥いて頬張ってる現場を、あまり見ないから。
君子:捧一くんだって食べてるじゃないですか。
捧一:俺みたいな気分害虫は。何でも素手がお似合いだとして。
君子:やっぱり気にしてますね。うちの侍女が言った事を。
捧一:別に。特段そんな事は。
君子:あと、一応言っておきますが。
君子:バナナにせよ骨付きチキンにせよ、テーブルに於いてはきちんとした手順が存在するんですよ。
捧一:テレビで見た事はあるけど。
捧一:そもそも食卓に上がらないんじゃないの。
君子:何が来たとしても対応して見せるのが礼儀作法というモノです。
捧一:縁遠い世界だね、恐らく……。
捧一:こないだのケンタッキーは美味かったワケ?
君子:あ。はいっ。また食べたいです。
捧一:初めてにしては割りかし器用に……、
君子:結局は要領の問題ですから。慣れれば単純です。
捧一:モスバーガーにも挑戦してほしいな。アレの手順は庶民の中に於いても未だ未解明だから。
君子:ファストフードもイイですが。範囲を広げたいのは麺類ですね。
捧一:お腹減ってる?
君子:いえ? バナナを食べていますので。
捧一:うん、まあ。
君子:屋台のラーメンを筆頭に、今気になっているのは立ち食い蕎麦なんですが、
捧一:こないだ見てた動画のヤツか。
君子:まだ深夜と言える早朝にオープンして、すぐに満員になるそうですよ。ソコでの調理と接客を延々と映した動画を、
捧一:あるけどさ。どういう時間の潰し方だよ。
君子:社会勉強です。
捧一:……ま、別にいつでも。
捧一:蕎麦でもラーメンでもケンタッキーでも。君子さんの経済力なら。
君子:それで言うなら挑戦してみたいのは、あのバケツ型の、
捧一:バーレルね。
捧一:……俺がイケるかな。油モノがそこまで……、
君子:年配の方のような。私でも2つは、
捧一:個人差と相性だよ。昔から1個で十分なんだ。
君子:あの、同じ物が沢山ある事が贅沢、という感性。触れて来なかったモノなので新鮮です。
捧一:確かに庶民特有かもね。イイ物を少しずつ、では満足出来ないから。
君子:お友達にはこんなお話しませんので。ご心配なく。
捧一:外面の女王。
君子:捧一くんはもう少し気を配った方がイイですよ。おかげで学内では話しかけも出来ないんですから。
捧一:必要ナイだろ。
君子:そうでもありません。
君子:最近、学部の先輩がしつこくて、
捧一:男除けにしたい、と。
君子:道(みち)先輩にアプローチした結果、冷たくあしらわれたらしく。どうにも近頃、目付きが……、
捧一:古書研究会の綺麗な人か。あの寡黙な。
捧一:で……、矛先を向けられた、と。
君子:失礼ながら、身の程知らずと言う他無いかと。
君子:あ、道先輩への告白に関して、ですよ。
捧一:わかるけど。君子さんに行くのも大概じゃないの。
君子:私などは別に……。所詮は成り上がりですから。
捧一:庶民はそんな事気にもしないけどね。
君子:やんごとなき、も不適切です。「庭番六家(にわばんろっけ)」だとかなんだと、箔を付けた所で。
君子:明治からの動乱に付け込んで肥え太った、火事場泥棒の末裔に過ぎません。
捧一:ご実家含め?
君子:無論。関東に蔓延(はびこ)り強張(のさば)る、謂わばこの国の癌です。
捧一:雲の上の格付け合戦には、ピンと来ないけれど。
君子:まあ……、由緒に於いて、宗家様は言わずもがな、一位の「雨来(あまご)」だけは、別ですが。
捧一:何であれ。
捧一:3代続けば骨の髄まで金持ちだよ。ハンバーガーすら食べたコト無かったんだから。
君子:見たことはありましたよ。
捧一:ホントに、どうやって高校生してたのさ。
君子:別に。偶々機会に恵まれなかっただけで。
君子:捧一くんこそお友達も居ないのにバーガーショップへ何をしに行ってたんですか?
捧一:謝りなよ。俺にもマックにも。
0:手を伸ばし、バナナの皮をポリ袋の嵌ったゴミ箱に捨てる君子。
君子:牛乳が飲みたいです。
捧一:ん?
君子:バナナを食べたので。
捧一:…………。
捧一:飲めば。冷蔵庫にあるけど。
君子:捧一くんも飲めばイイと思いますよ。
君子:ついでに、私の分も。
捧一:俺は別に、
君子:寒いので。お布団から出たくありません。
捧一:裸は俺も一緒だけど。
君子:寒さに強いんでしょ、男性って。
捧一:雑っ。聞いたコト無いし……。
捧一:まあ、うん、はい。
0:のそりと布団から出る。隙間から室温の侵入。
君子:(包まりながら)寒ぅいっ。
君子:あ、ついでにお風呂も、
捧一:温めるつもりだけど。
捧一:……どんどん何もしなくなるんだから……。
0:キッチンにて給湯パネルを操作し、冷蔵庫の牛乳を紙コップへ。
捧一:(戻ってきつつ)
捧一:はい牛乳。
捧一:確かに寒い。入れて入れて、布団に。
君子:(動かず)
君子:……合言葉は?
捧一:上から牛乳垂らしてイイ?
君子:(包まったまま)
君子:うふふ、ふ……、
捧一:ちょっと。
君子:堪え性がありませんねぇ……。
君子:はい、どぉぞ。
0:布団を内から捲り、迎え入れる。
捧一:(牛乳をパスしつつ)
捧一:まったく、寒暖の差がキツイな、ココ暫く……。
君子:足、冷たぁい。絡めないでくださいよぅ。
捧一:分け合うべきだろ。貴重な体温を。
君子:うふ、ふ……。
0:君子はこくり、と牛乳を飲み下す。
君子:はぁ。
君子:暖かいお布団で飲む冷たい牛乳は格別ですねぇ。
捧一:贅沢の味、ってヤツだよ。わかって来たじゃない。
君子:もう少し、お部屋全体が、
捧一:暖かければ、だろ。ボロアパートで悪かったね。
君子:風情があるんでしょう? こういう年季の入った、
捧一:言い訳だよ。
0:ゴクリ、と飲む。
捧一:……美味い。
0:掛け布団が整えられ。
君子:……そう言えば。
君子:日本書紀にある「橘(たちばな)」が、実はバナナだったという説をご存知ですか。
捧一:それ……、なんだっけ。
君子:田道間守(たじまもり)が持ち帰った「非時香菓(ときじくのかぐのこのみ)」。
君子:今のタチバナ、日本固有の柑橘種という事になっていますが。
捧一:常世国(とこよのくに)から10年かけて持って帰って来たってヤツか。ソレがバナナ?
君子:根拠薄弱な珍説の類ですが。しかしトキジクの実を現代のタチバナと比定するのにも、幾つか無理があるんですよ。
捧一:不老不死を授ける、っていう。
君子:元々、常世国(とこよのくに)自体が……、神々のおわすところであり、永続や不滅を象徴する理想郷であり、そしてまた死者の住まう地でもあるという、重層的なモチーフなのですが、
捧一:外国の事だろ、結局は。日本へ渡って来た諸民族の、要は故郷であって。
君子:恐らく。
君子:そして「橘」を持ち帰ったとされる、田道間守の向かった常世国こそはっ。
君子:赤道直下の南米、現代のエクアドル近辺であるというですねぇ、
捧一:急にトンデモじみて来たな。
君子:ですから、そうなんですよ。
君子:民間研究の域を出ませんが。面白いでしょう。
捧一:……バナナのエピソードトークとしては、ソコソコ。
捧一:そういうコトばっかりやってるのか、文化人類学科って。
君子:失礼な。
君子:まあ……、お好きな先生は多いですが。
0:もぞ、と身じろぎ。
0:こくり、と牛乳を飲み下す。
君子:ふふ……。段々と体温が混ざって。
君子:温もってきました。
0:身を絡め、密着する。
捧一:不老不死、ね。
捧一:なりたいと思う?
君子:実際に可能であれば、という意味ですか?
捧一:そうだね。
君子:…………、
君子:どうなんでしょうか。
捧一:なるなら今、じゃないか。心身とも充溢(じゅういつ)した時期って事で。
君子:一概には、言えないかもしれませんよ。最高のタイミングを計り過ぎて結局、期を逸してしまう人が続出しそうですね。
捧一:ま……、フライドチキン2本と食べ切れない胃腸で、永劫生きろと言われても、みたいな所はあるけれど。
君子:トレーニングをしてからが望ましいですね、全体的に。
捧一:トキジクの実が、遍(あまね)く人類に広まったとしたなら。
捧一:今度は反対に、限りある命を生きる事が、富と権力の象徴になったりしてね。
君子:換えの利かない有限性こそがステータスであると。面白いですね。
捧一:バナナと牛乳のお供にする話でも無い気がするけれど。
君子:うふふ。
0:枕元の時計を確認。
捧一:風呂……、は、もうちょいかな。夏はすぐ沸いたのに。
君子:あふ。(あくび)
君子:……入らないと駄目でしょうか。面倒臭くなってきました……。
捧一:普通に駄目だろ。シャワーで済ますならまだしも。
君子:バレると思いますか。
捧一:今は麻痺してるだけで。結構汗もかいたし。
君子:…………はぁ。
君子:バナナ、その残り少し、食べないのなら、
捧一:どうぞ。
君子:ふふ。あーん。
0:あんぐりと開いた口に、捧一は手ずから含ませ。君子はもくもくと咀嚼。捧一は牛乳を取り、ゴクリと飲む。
君子:(飲み込み)
君子:…………ねぇ?
捧一:ん?
0:昏い、試すような笑み。
君子:もしも、このバナナが本当に、不老不死の果実であって。
君子:私が今、この瞬間、永遠不滅の肉体を手に入れたとしたなら……、
捧一:まだその話。
君子:そのまま不変に、遺(のこ)るんでしょうか。
君子:捧一くんが私に付けた、酷ぉい酷い、
君子:痕(あと)や、孔(あな)も。
捧一:…………。
0:紙コップがコト、と置かれ。
捧一:知らないけど。
捧一:不老不死にならなくても、下手すれば一生遺るんじゃないの。
君子:うふ、ふ。
君子:どうするつもりなんですか。この間、うちの侍女には嘘をついたでしょう。
捧一:さあ……。
捧一:どうしようも無いから、意味があるんだと、思うけど。
0:束の間の沈黙。笑みは尚、昏く。
君子:…………やっぱり。
君子:捧一くんは、頭がおかしいんですね。
捧一:どうも。
君子:選んで良かったです。
0:ピピっ、ピピっ、と、給湯パネルの呼び声。昏い笑みは失せ。
捧一:(身を起こそうとし)
捧一:さて。お呼びだ、と。
君子:……本格的に面倒になって来ました。
捧一:知らないけど。
君子:ふふふ。
0:背に軽く、爪が立てられ。
捧一:……何。
君子:流石にコレは、と思うほど……、
君子:汚してくれたら、入りますよ。
捧一:…………。
0:数秒の沈思黙考。
君子:なぁんて、
捧一:いいよ。
君子:え?
君子:……あ、
0:暗転。
0:【終】
:
0:【メイド日報】
隠岐:■「隠岐 景彦(おき かげひこ)」。
隠岐:君子の実家の執事。
雨踏:■「雨踏 尊(うぶみ たける)」。
雨踏:君子の実家の侍従。神出鬼没女装メイド(?)
0:関東、塚淵(つかぶち)県北西部。
0:「保科(ほしな)」本家、現当主の住まう大邸宅。
0:その、給仕室。受話器を執るは侍従連筆頭、
0:保科家「執事」、隠岐景彦(おきかげひこ)。
隠岐:……うむ、うむ。
隠岐:……何に於いても、支障も、問題も、無いというのが当たり前なのだ。我々に取ってはな。
隠岐:依然、総身を引き締めて……、
隠岐:お仕え、奉(たてまつ)るように。
隠岐:わかるな、越上(えつじょう)。
隠岐:……では。
0:かちゃり、と受話器が置かれ。
0:ふ、と短く息を吐く眼差しは、峻厳である。
0:刹那の後、じわり、と、
雨踏:(浮き上がるが如く現れ)
雨踏:由姐(ゆかりねえ)、元気そうだったぁーー?
隠岐:……雨踏(うぶみ)。
0:愉悦の気を湛え、メイド服姿の年少者は佇む。
0:隠岐の眼に、辟易。
隠岐:……また、女の格好をして。
隠岐:新人の侍従に示しがつかん。
雨踏:イイじゃぁん、似合うんだから。
雨踏:寧ろ僕ほど似合う子いないんじゃない?
隠岐:そういう問題では、
雨踏:メイド服なだけマシでしょぉ。
雨踏:こないだのチャイナドレスはウケ良かったなぁ、吉備弥(きびや)サマも喜んでくれたし、
隠岐:ハロウィーンはもう終わった。
隠岐:……あの方は、何であっても一度は受け入れるのだ。素通り、とも言う。
0:少年はケラケラと、夢魔じみて嗤い。
雨踏:美しい者には、身に着けたいモノを身に着ける権利があるのさ。
雨踏:ギリシャ・ローマの時代からの伝統だよ。
隠岐:お前は男だ。
雨踏:アッハハハぁっ。ところがドッコイほととぎすっ!
雨踏:聞くも涙、語るも涙の悲喜劇(トラジコメディア)っ!!
隠岐:……、(溜息)
雨踏:悪ぅいオトナの怪しぃいオクスリのせいで、とあるアワレなオトコノコは体が出来上がる大切なオトシゴロに、大人の男へと成長する機会を永久に喪ってしまいましたっ。
隠岐:…………。
雨踏:以来その子は男にも、女にも何者にも成れず、中間の存在のバケモノとして、人々の群れの中を右往左往するしか、ありませんでした、とさっ。
雨踏:アァハハハハハっ、悲しいねぇーーーーっ。
隠岐:……お前の診断結果にそのような事実は無い。
隠岐:ホルモン剤も効いている。今のお前は、立派に、健常に、成長する事が出来ている。
雨踏:取り返しの付かない変化が残らない、って誰に言い切れるのぉ??
雨踏:カラダや、そうじゃなくても、
雨踏:ココロに。
隠岐:…………。
隠岐:お前は正常だ。
雨踏:人から押される「まとも」のスタンプなんざ糞の役にも立たないやぁ。
雨踏:僕の価値は、僕が知ってる。
0:虚と無を漆喰で塗り込めたが如き、年少者の無温の眼。
隠岐:……そしてお前は、被害者だ。
隠岐:宗教、信仰とは名ばかりの、神の名で人を担(かつ)ぐ悍(おぞ)ましい連中のな。
雨踏:ヒィヒヒ。当の僕らのご主人サマの一人は近頃、よりによってその、オゾマシイ連中の総元締めと、仲良くツルんでるみたいだけどねぇ?
隠岐:…………、
0:刹那、沈黙。
隠岐:……浄子(きよこ)お嬢様はご乱心なのだ。
隠岐:この数年来、ずっとな。
雨踏:ウヒャヒャっ、不敬の極みーーっ。背筋も凍るね。
雨踏:主も主もなら、葵谷(あおいだに)の連中はますますキナ臭いしさぁ、
隠岐:彼女らは浄子お嬢様の直属だからな。
隠岐:……主の進むがままに従うのは、侍女の本分というモノだ。
雨踏:ご当主様も、お嬢様がたもキライじゃぁナイけど。
雨踏:トチ狂って執着したり、かと思えば血で血を洗う啀(いが)み合い。
雨踏:暇を見ては親族血族兄妹同士、メイドを使ってスパイ映画のマネ事。最初は笑えたけどさぁ、
隠岐:口を慎め。
雨踏:挙げ句に奥サマは発狂。
隠岐:……、
雨踏:僕に言われちゃオシマイだけど。
雨踏:こーいうお家(いえ)に、生まれ付いてさぁ……、
0:嘲る笑みが軋み、
雨踏:「まとも」なコドモが出来上がるハズ、無いよねぇ。
隠岐:…………。
0:沈黙。
0:完璧な空調のもと、冬の外気はそれでも染み入り。
隠岐:……下僕(しもべ)の踏み入るところでは無い。
隠岐:我々は只、影の内より立ち出でて……、
雨踏:はん、またソレ。
隠岐:主の全てを、見定め、見通し、傅(かしず)くその身を支えと為すのみ。
隠岐:……給仕室の、侍従の名にかけてな。
0:執事の、鉄の如き眼差しに歪みは無く。
雨踏:…………。
雨踏:「この世の果つるその日まで」、だっけ。
隠岐:もう寝ろ、雨踏。明日も早い。
雨踏:はい、パパ。
雨踏:…………、
雨踏:ねえ、
0:じ、と隠岐を見。
雨踏:寒いから一緒に寝てもいい?
隠岐:……、
0:虚と実を、分かち難き少年の眼。
隠岐:……。好きにしろ。
0:暗転。
0:【終】