台本概要
120 views
タイトル | 朗読「ルピナスへの手紙」 |
---|---|
作者名 | あかおう (@akaouwaikasuki) |
ジャンル | その他 |
演者人数 | 1人用台本(不問1) |
時間 | 20 分 |
台本使用規定 | 台本説明欄参照 |
説明 |
|°ω°ᔨ一人読み(一人の女性が一生のうちの孤独と同居しながら愛情を欲する重い話) 【声劇・配信での使用/連絡不要】 ★配信での投げ銭が発生する場合でも連絡不要です。 ★あなたの気が向いたら・・・(励みになるのでいずれかしてくれたら嬉しいな♪しなくてもOK) →シナリオタイトル横の「つぶやく」を押してご自身のTwitterでツイートする。 →赤王(@akaouwaikasuki)メンションでご自身のTwitterでツイートする。 →赤王のツイッターの該当するシナリオのツイートにいいねする。 →赤王のツイッターの該当するシナリオのツイートをRT。 →その他思いやりある行動で大切にしてくださったら嬉しいです。 【禁止事項】 ★ライターの呼び捨て表記。 ★盗作・自分が書きましたと言う行為。 ★無断で一部分を切り取っての使用や投稿。 ★上記以外で赤王が非常識と判断した行動・表記。 以上をされた方は即ブロックさせて頂き、以降赤王のシナリオ使用を禁止とさせて頂きます。 【YouTube・舞台・朗読等入場料を取る場合】 連絡必須:許可が下りるまで使用しないでください。 120 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
私 | 不問 | 24 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
私:今、長い髪をほどく。
私:私を縛り付けていたヘアゴム。
私:部屋に飾られた、ファミリー向けのデザインの、壁掛け時計を見つめる。
私:汗でベタつくまま、腐っていく私。
私:ヘアゴムの輪を指でつまんで、壁掛け時計の輪郭に合わせる。
私:ボンヤリと薄暗い部屋。
私:隣の部屋からは、安い深夜のお笑い番組の録画を見て笑う家族。
0:
私:ねぇ、おばちゃん。
私:私は今、あなたから見て幸せなのかしら。
0:
0:
私:「目が見えない」
私:小さな私は、自分の身体に起こった不思議な現象にただただ、ワクワクしていた。
私:昨日まで見えていた景色が、全部ボンヤリとしか見えない。
私:今思えば、目の焦点を意識的にズラして遊んでいるに過ぎなかった。
私:言葉足らずな幼い私は、「目が見えないよ」と楽しそうに笑い。トコトン貪欲な性格が講じて、朝から晩までそれをしていた。
私:そんな日が毎日続くもんだから、小さい我が子の異常な行動を心配した母は、流石に病院に連れて行った。
私:私の「焦点ズラしブーム」は終わっていない。
私:周りの大人たちが騒いでいるのなんかお構いなし。
私:だって、大人が話す言葉なんて難しくて理解出来ない。
私:焦る母。
私:様々な病気を疑う医師。
私:目が見えない原因がわからない。
私:とうとう私は、入院する事になってしまった。
0:
私:今思えば、どれだけ迷惑な子供だっただろう。
私:しかし、年の離れた姉達に、親の居ない時を見計らって、言われ続けてきた言葉を思い出せば、私のした事は可愛いものだったと思う。
私:「アンタは要らない子供。死んだ兄さんの代わりに産んだのに、女だったから皆ガッカリしたんだよ」
私:流石に構ってちゃんにもなる。
0:
私:親の愛情が欲しくて欲しくて仕方なかったんだろう。今思えば、なんてツマラナイ子供時代だ。
私:しかしその行いが招いた入院先で、私は今後の人生を大きく突き動かす人に出会う。
私:私はまだ幼い。その人は自分の母より若いけれど、姉というには年齢が上過ぎる大人の女の人。
私:重い何かの病気で、けれど毎日お見舞いに来るご主人や、優しそうな娘さん達は幸せそうで、隣のベッドでいつも羨ましそうに私はそれを眺めていた。
私:四人部屋の病室には、その「おばちゃん」だけ。そこに突然、幼い私が隣のベッドに入院してきたのだ。歓迎されないわけがない。
私:当時の私は母の愛情に飢えていた。
私:実の母は忙しかった。今思えば、三人の子供と自営業の雑務をこなしていたせいだとわかるが、そんな事が子供の私に理解できるはずもなく。
私:私は、その「おばちゃん」を母だと思うようになった。母がくれない愛情は、この人から貰えばいいのだと。
私:そうしなければ私は壊れてしまうと。本能をフル回転させて、必死に生きていた。生き抜くために、おばちゃんにかわいがられようとした。
私:自分の責任のない子供ほど可愛いものはない。期待通り、おばちゃんは私を可愛がって、優しく、叱りもせず、子供にとっては楽園の女神のような母親になってくれた。
0:
私:ほどなくして、私の「焦点ズラしブーム」が終わって、一週間ほどで退院が決まった。
私:あんなに嫌いだった家なのに、なぜが帰れる事が嬉しくて、無邪気におばちゃんにサヨナラのお手紙を書いた。
私:おばちゃんはいつもと違う顔をしていた。ニコニコしながら、花が咲いたように笑う顔とは違っていたから、今でも鮮明に覚えている。
私:その日からおばちゃんとは、一か月に一度。お手紙を書いてやりとりをした。
私:年賀状はもちろん、お互いの近況報告。
私:私は小学生になり、壮絶なイジメというものにも遭遇した。
私:原因は、私のその奇妙なモノの考え方。
私:教師は言った。「あなたは頭がおかしいので、これからクラス全員であなたをイジメます。」
私:当時の私にとっては、受け入れるしか選択肢はなかった。
私:でも私には、家族がいた。心配をかけてはいけない家族。家に帰ったら皆を笑わせて、毎日「学校楽しい」って言わなきゃ。
私:一日も欠かさず学校に行った。逃げなかった。中学に入れば終わるだろうと自分に言い聞かせながら。
私:案の定、中学はクラスメイトもバラバラになり、イジメはあっけなく終わった。
私:中学に入り、当時一緒になってイジメていたクラスメイトが私に笑いながら言った。
私:「君さ、あの時めっちゃいじめられてたよね」
私:ああ、人はこんなものか。
私:自分や大勢の考え方が正しい。それ以外の人間は、こうして排除して、安心するのだ。
私:バカバカしい。好きにしたらいい。私はそうはならない。
0:
私:そんな心の奥底の言葉も、当時思春期だった私は包み隠さず伝える場所があった。
私:それは家族ではない。友達でもない。「おばちゃん」だ。
私:まだ入院と退院を繰り返していたおばちゃんは、私が必死に生きている事を応援してくれた。
私:「あなたが頑張って生きている手紙を貰うと、おばちゃんも次の手術頑張らなきゃって思うの。」
私:私は、生きているだけでこの人に力を与えている。勇気を送っている。そんな感覚があった。
私:もしかしたら、こんな子供の手紙なんて迷惑だったかもしれないのに。
私:おばちゃん、あの時は心配もかけただろうに、いつも綺麗なルピナスのお花の手紙をありがとう。
0:
私:私は、中学と高校を卒業し、インテリアの大学に進学した。
私:初めて一人暮らしをしたけど、案外自分は料理上手な事。
私:樹木や、人体の骨格の仕組みばかり学んでてツマラナイ事。
私:製図(せいず)を必死に引いていたら、イケメンに声をかけられてお付き合いした事。
私:将来は、おばちゃんが「おばあちゃん」になった時に座る、「素敵な椅子」をプレゼントする事。
私:そんなたわいもない内容の手紙を送ったのが二十歳の秋だった。
0:
私:一か月に一度は来ていた、おばちゃんからの手紙の返信が途絶えた。
私:さほど気にも留めず、友達と個展を開く事に没頭していて、おばちゃんの事なんて忘れかけていた。
私:年が明けて、もう二月になろうという頃。時期外れの年賀状がポストに入っていた。雪が降り始めて、かじかむ私の指は震えていた。
私:中々、ポストの底に張り付いた年賀状が取れない。見える差出人はおばちゃん。きっといつものように、ルピナスの花が書いてあるんだろう。
私:やっと掴んだ年賀状。裏返すと、そこにはいつものルピナスはなく。まるでガタガタと震えながら書いたような文字でこう書かれていた。
私:「元気でいますか。おばちゃんは、元気です。年賀状のお返事、遅れてごめんなさいね。またお手紙待ってるね」
私:何気ない文章だった。でも、もう十五年以上やりとりしている相手だ。その様子が今までと全く違う事など、手紙の内容や弱々しい文字だけで簡単に理解できた。
私:「おばちゃんは、死ぬ。」
私:これは、恐らく最期の手紙だ、急いで、急いで連絡しなきゃ!!私のお母さん、お姉さん、いいえ大事な友達!!!!
0:
0:
私:どれだけ取り乱しただろう。呆然とする自分に、「思い過ごしだ」と言い聞かせて、私は学業に没頭した。いや、逃げたんだ。
私:それから数日して、実家に電話がかかってきた。
私:私が幼い時に、面白がって押した、実家の稼業の会社のゴム印。それを頼りに電話をかけてきたのは、おばちゃんの旦那さんだった。
私:それは、おばちゃんの葬儀の出席を伺う電話だった。
0:
私:おかしいな。まだおばちゃんを座らせる為の椅子、作ってないのにな。
私:おばちゃん。私、高校生で初めて家具デザインで賞獲ってイイ気になって、そのまま家具職人目指して大学入った。
私:家具職人になるのって、沢山勉強しなきゃいけなくてさ、なぜか人体の構造も勉強しなきゃいけないんだ。
私:人が座る姿勢や、居心地がいい形。それに合わせた製図(せいず)。CAD(キャド)。
私:私はさ、デジタルで家具の図面を作るよりも、アナログで書く方が好きでね。皆には古いって笑われる。
私:ほら、おばちゃん。私小学生の時、漫画家になるんだって沢山漫画書いて送ったりもしたよね。
私:そのせいかな。鉛筆で何かを生み出すのが好きなんだ。
私:漫画も。製図も。おばちゃんへの手紙も。全部全部、ずっと鉛筆だったね。
私:おばちゃん。おばちゃん?
0:
0:
私:私は人生で初めて喪服を着て、葬儀会場の入り口で立ちすくんでいた。
私:足に力が入らない。中に入りたくない。
私:案内された席は、「親族席」ではなく。当たり前だが「一般席」だった。
0:
私:ああ、そうか。私はおばちゃんの子供でも親族でも何でもなかった。
私:バカみたいな話だ。当たり前じゃないか。
0:
私:沢山の白いユリと、おばちゃんの好きだったルピナスの花でむせかえるような会場。
私:その花の香りが優しくて、おばちゃんに抱きしめて貰った、病院のあの場所と同じ香りがして。ひどく懐かしかった。
0:
私:私は、家具の勉強をやめた。
私:私が家具の勉強をしていた目標がなくなったからだ。
私:個展に出していた家具は、友達が必死に止めるのも振り切って、最終日に全てナタでぶち壊して、図面もシュレッダーにかけた。
私:山の中の職人に気に入られ、滅多に弟子を取らない親方に、大学を出たら来いと呼ばれていたが無視した。
0:
私:実家も出た。成人した。親など居なくても生きていける。
私:振り返らない。もう甘えない。人はいつか死ぬから。
私:もう愛さない。支えにしない。心のヨリドコロなんて作っちゃいけない。
0:
私:数日後、また実家に電話があった。
私:「四十九日があります。本当なら親族だけですが、長い事お付き合いがあったのですから、いかがですか?」と・・・
私:邪魔しちゃいけない。私は親族じゃない。強く生きるしかない。もう子供じゃない。
私:「今!家具職人の修行中で、山をおりられないんです!」とでも言っておいてくれと、実の母に嘘の伝言を頼んだ。
私:それ以来、おばちゃん達家族とは交流はない。
0:
私:私は奇(き)をてらう生き方をやめた。
私:目立たないように、いわゆる「普通」になる事にした。
私:都会に出て、会社で事務をして、そこの同僚と結婚した。
私:子供に恵まれて、子供たちを大学に行かせた。
私:さて、もうそろそろおばちゃんが生きられなかった年齢になるのかな。
0:
私:今、白髪が増えた長い髪をほどく。
私:私を縛り付けていたヘアゴム。
私:部屋に飾られた、古ぼけたファミリー向けのデザインの壁掛け時計を見つめる。
私:汗でベタつくまま、腐っていく私。
私:ヘアゴムの輪を指でつまんで、壁掛け時計の輪郭に合わせる。
私:ボンヤリと薄暗い部屋。
私:隣の部屋からは、安い深夜のお笑い番組の録画を見て笑う家族。
0:
私:おばちゃん、私ね、あなたともっと話がしたかった。
私:あなたの娘になりたかった。でも違った。
私:なんで、ねえおばちゃん、なんで先にいってしまったの。
私:どうして、どうして?あんなに手術したのに。
私:きっと良くなるって言ってたじゃん。
私:私の作った椅子に座るって言ったじゃん。
私:下手くそな個展にも、今にも泣きだしそうな顔しながら、ルピナスの花いっぱい抱えて、会いに来てくれたじゃん。
私:なんで?なんで居ないの?
私:会いたい。会いたいよおばちゃん、今・・・今私・・・・おばちゃんと同じ病気になったんだ。
私:今年の夏には、切除する・・・
0:
私:おばちゃんが生きていた時代から、もう何年もたって。・・・・おばちゃんみたいに死ぬ病気じゃなくなったんだ。
私:ねぇ、おばちゃん、なんで?なんでなの?私はおばちゃんと同じ病気になったのに生きてる!!!
私:なんで?なんで私も連れてってくれないの?
私:連れてって・・・連れてってよ・・・・・
0:
私:ただの医学の進歩なのに、私は勝手におばちゃんに「それでもアナタは生きて」と言われている気がした。
私:人は臓器一つ失っても生きられる生き物。
私:でも、私にとっては臓器以外のモノも取り除かれる気がした。
私:だから家族の説得があっても、手術に踏み切れなかった。
私:どんな繋がりでもいい。おばちゃんと繋がって居たかったのに・・・!!!
私:私は、生きる事を選んだ。
0:
私:さっきまで無関心に、のんきにお笑い番組を見ていた家族が、泣いている私に声をかけた。
私:「泣いてないよ。ちょっと悲しい物語を書いていただけ。」
私:私はまた、心配をかけたくないから、家族に嘘をつく。
私:おばちゃん。私は小さなあの頃と変わっていない。
0:
私:でも生きていくよ。
私:あなたが私にとって母だったのか、姉だったのか、友達だったのかわからないけど。
私:形なんてどうだっていい。
私:少なくとも。いまだに私が生きる理由になっているのだから。
私:今、長い髪をほどく。
私:私を縛り付けていたヘアゴム。
私:部屋に飾られた、ファミリー向けのデザインの、壁掛け時計を見つめる。
私:汗でベタつくまま、腐っていく私。
私:ヘアゴムの輪を指でつまんで、壁掛け時計の輪郭に合わせる。
私:ボンヤリと薄暗い部屋。
私:隣の部屋からは、安い深夜のお笑い番組の録画を見て笑う家族。
0:
私:ねぇ、おばちゃん。
私:私は今、あなたから見て幸せなのかしら。
0:
0:
私:「目が見えない」
私:小さな私は、自分の身体に起こった不思議な現象にただただ、ワクワクしていた。
私:昨日まで見えていた景色が、全部ボンヤリとしか見えない。
私:今思えば、目の焦点を意識的にズラして遊んでいるに過ぎなかった。
私:言葉足らずな幼い私は、「目が見えないよ」と楽しそうに笑い。トコトン貪欲な性格が講じて、朝から晩までそれをしていた。
私:そんな日が毎日続くもんだから、小さい我が子の異常な行動を心配した母は、流石に病院に連れて行った。
私:私の「焦点ズラしブーム」は終わっていない。
私:周りの大人たちが騒いでいるのなんかお構いなし。
私:だって、大人が話す言葉なんて難しくて理解出来ない。
私:焦る母。
私:様々な病気を疑う医師。
私:目が見えない原因がわからない。
私:とうとう私は、入院する事になってしまった。
0:
私:今思えば、どれだけ迷惑な子供だっただろう。
私:しかし、年の離れた姉達に、親の居ない時を見計らって、言われ続けてきた言葉を思い出せば、私のした事は可愛いものだったと思う。
私:「アンタは要らない子供。死んだ兄さんの代わりに産んだのに、女だったから皆ガッカリしたんだよ」
私:流石に構ってちゃんにもなる。
0:
私:親の愛情が欲しくて欲しくて仕方なかったんだろう。今思えば、なんてツマラナイ子供時代だ。
私:しかしその行いが招いた入院先で、私は今後の人生を大きく突き動かす人に出会う。
私:私はまだ幼い。その人は自分の母より若いけれど、姉というには年齢が上過ぎる大人の女の人。
私:重い何かの病気で、けれど毎日お見舞いに来るご主人や、優しそうな娘さん達は幸せそうで、隣のベッドでいつも羨ましそうに私はそれを眺めていた。
私:四人部屋の病室には、その「おばちゃん」だけ。そこに突然、幼い私が隣のベッドに入院してきたのだ。歓迎されないわけがない。
私:当時の私は母の愛情に飢えていた。
私:実の母は忙しかった。今思えば、三人の子供と自営業の雑務をこなしていたせいだとわかるが、そんな事が子供の私に理解できるはずもなく。
私:私は、その「おばちゃん」を母だと思うようになった。母がくれない愛情は、この人から貰えばいいのだと。
私:そうしなければ私は壊れてしまうと。本能をフル回転させて、必死に生きていた。生き抜くために、おばちゃんにかわいがられようとした。
私:自分の責任のない子供ほど可愛いものはない。期待通り、おばちゃんは私を可愛がって、優しく、叱りもせず、子供にとっては楽園の女神のような母親になってくれた。
0:
私:ほどなくして、私の「焦点ズラしブーム」が終わって、一週間ほどで退院が決まった。
私:あんなに嫌いだった家なのに、なぜが帰れる事が嬉しくて、無邪気におばちゃんにサヨナラのお手紙を書いた。
私:おばちゃんはいつもと違う顔をしていた。ニコニコしながら、花が咲いたように笑う顔とは違っていたから、今でも鮮明に覚えている。
私:その日からおばちゃんとは、一か月に一度。お手紙を書いてやりとりをした。
私:年賀状はもちろん、お互いの近況報告。
私:私は小学生になり、壮絶なイジメというものにも遭遇した。
私:原因は、私のその奇妙なモノの考え方。
私:教師は言った。「あなたは頭がおかしいので、これからクラス全員であなたをイジメます。」
私:当時の私にとっては、受け入れるしか選択肢はなかった。
私:でも私には、家族がいた。心配をかけてはいけない家族。家に帰ったら皆を笑わせて、毎日「学校楽しい」って言わなきゃ。
私:一日も欠かさず学校に行った。逃げなかった。中学に入れば終わるだろうと自分に言い聞かせながら。
私:案の定、中学はクラスメイトもバラバラになり、イジメはあっけなく終わった。
私:中学に入り、当時一緒になってイジメていたクラスメイトが私に笑いながら言った。
私:「君さ、あの時めっちゃいじめられてたよね」
私:ああ、人はこんなものか。
私:自分や大勢の考え方が正しい。それ以外の人間は、こうして排除して、安心するのだ。
私:バカバカしい。好きにしたらいい。私はそうはならない。
0:
私:そんな心の奥底の言葉も、当時思春期だった私は包み隠さず伝える場所があった。
私:それは家族ではない。友達でもない。「おばちゃん」だ。
私:まだ入院と退院を繰り返していたおばちゃんは、私が必死に生きている事を応援してくれた。
私:「あなたが頑張って生きている手紙を貰うと、おばちゃんも次の手術頑張らなきゃって思うの。」
私:私は、生きているだけでこの人に力を与えている。勇気を送っている。そんな感覚があった。
私:もしかしたら、こんな子供の手紙なんて迷惑だったかもしれないのに。
私:おばちゃん、あの時は心配もかけただろうに、いつも綺麗なルピナスのお花の手紙をありがとう。
0:
私:私は、中学と高校を卒業し、インテリアの大学に進学した。
私:初めて一人暮らしをしたけど、案外自分は料理上手な事。
私:樹木や、人体の骨格の仕組みばかり学んでてツマラナイ事。
私:製図(せいず)を必死に引いていたら、イケメンに声をかけられてお付き合いした事。
私:将来は、おばちゃんが「おばあちゃん」になった時に座る、「素敵な椅子」をプレゼントする事。
私:そんなたわいもない内容の手紙を送ったのが二十歳の秋だった。
0:
私:一か月に一度は来ていた、おばちゃんからの手紙の返信が途絶えた。
私:さほど気にも留めず、友達と個展を開く事に没頭していて、おばちゃんの事なんて忘れかけていた。
私:年が明けて、もう二月になろうという頃。時期外れの年賀状がポストに入っていた。雪が降り始めて、かじかむ私の指は震えていた。
私:中々、ポストの底に張り付いた年賀状が取れない。見える差出人はおばちゃん。きっといつものように、ルピナスの花が書いてあるんだろう。
私:やっと掴んだ年賀状。裏返すと、そこにはいつものルピナスはなく。まるでガタガタと震えながら書いたような文字でこう書かれていた。
私:「元気でいますか。おばちゃんは、元気です。年賀状のお返事、遅れてごめんなさいね。またお手紙待ってるね」
私:何気ない文章だった。でも、もう十五年以上やりとりしている相手だ。その様子が今までと全く違う事など、手紙の内容や弱々しい文字だけで簡単に理解できた。
私:「おばちゃんは、死ぬ。」
私:これは、恐らく最期の手紙だ、急いで、急いで連絡しなきゃ!!私のお母さん、お姉さん、いいえ大事な友達!!!!
0:
0:
私:どれだけ取り乱しただろう。呆然とする自分に、「思い過ごしだ」と言い聞かせて、私は学業に没頭した。いや、逃げたんだ。
私:それから数日して、実家に電話がかかってきた。
私:私が幼い時に、面白がって押した、実家の稼業の会社のゴム印。それを頼りに電話をかけてきたのは、おばちゃんの旦那さんだった。
私:それは、おばちゃんの葬儀の出席を伺う電話だった。
0:
私:おかしいな。まだおばちゃんを座らせる為の椅子、作ってないのにな。
私:おばちゃん。私、高校生で初めて家具デザインで賞獲ってイイ気になって、そのまま家具職人目指して大学入った。
私:家具職人になるのって、沢山勉強しなきゃいけなくてさ、なぜか人体の構造も勉強しなきゃいけないんだ。
私:人が座る姿勢や、居心地がいい形。それに合わせた製図(せいず)。CAD(キャド)。
私:私はさ、デジタルで家具の図面を作るよりも、アナログで書く方が好きでね。皆には古いって笑われる。
私:ほら、おばちゃん。私小学生の時、漫画家になるんだって沢山漫画書いて送ったりもしたよね。
私:そのせいかな。鉛筆で何かを生み出すのが好きなんだ。
私:漫画も。製図も。おばちゃんへの手紙も。全部全部、ずっと鉛筆だったね。
私:おばちゃん。おばちゃん?
0:
0:
私:私は人生で初めて喪服を着て、葬儀会場の入り口で立ちすくんでいた。
私:足に力が入らない。中に入りたくない。
私:案内された席は、「親族席」ではなく。当たり前だが「一般席」だった。
0:
私:ああ、そうか。私はおばちゃんの子供でも親族でも何でもなかった。
私:バカみたいな話だ。当たり前じゃないか。
0:
私:沢山の白いユリと、おばちゃんの好きだったルピナスの花でむせかえるような会場。
私:その花の香りが優しくて、おばちゃんに抱きしめて貰った、病院のあの場所と同じ香りがして。ひどく懐かしかった。
0:
私:私は、家具の勉強をやめた。
私:私が家具の勉強をしていた目標がなくなったからだ。
私:個展に出していた家具は、友達が必死に止めるのも振り切って、最終日に全てナタでぶち壊して、図面もシュレッダーにかけた。
私:山の中の職人に気に入られ、滅多に弟子を取らない親方に、大学を出たら来いと呼ばれていたが無視した。
0:
私:実家も出た。成人した。親など居なくても生きていける。
私:振り返らない。もう甘えない。人はいつか死ぬから。
私:もう愛さない。支えにしない。心のヨリドコロなんて作っちゃいけない。
0:
私:数日後、また実家に電話があった。
私:「四十九日があります。本当なら親族だけですが、長い事お付き合いがあったのですから、いかがですか?」と・・・
私:邪魔しちゃいけない。私は親族じゃない。強く生きるしかない。もう子供じゃない。
私:「今!家具職人の修行中で、山をおりられないんです!」とでも言っておいてくれと、実の母に嘘の伝言を頼んだ。
私:それ以来、おばちゃん達家族とは交流はない。
0:
私:私は奇(き)をてらう生き方をやめた。
私:目立たないように、いわゆる「普通」になる事にした。
私:都会に出て、会社で事務をして、そこの同僚と結婚した。
私:子供に恵まれて、子供たちを大学に行かせた。
私:さて、もうそろそろおばちゃんが生きられなかった年齢になるのかな。
0:
私:今、白髪が増えた長い髪をほどく。
私:私を縛り付けていたヘアゴム。
私:部屋に飾られた、古ぼけたファミリー向けのデザインの壁掛け時計を見つめる。
私:汗でベタつくまま、腐っていく私。
私:ヘアゴムの輪を指でつまんで、壁掛け時計の輪郭に合わせる。
私:ボンヤリと薄暗い部屋。
私:隣の部屋からは、安い深夜のお笑い番組の録画を見て笑う家族。
0:
私:おばちゃん、私ね、あなたともっと話がしたかった。
私:あなたの娘になりたかった。でも違った。
私:なんで、ねえおばちゃん、なんで先にいってしまったの。
私:どうして、どうして?あんなに手術したのに。
私:きっと良くなるって言ってたじゃん。
私:私の作った椅子に座るって言ったじゃん。
私:下手くそな個展にも、今にも泣きだしそうな顔しながら、ルピナスの花いっぱい抱えて、会いに来てくれたじゃん。
私:なんで?なんで居ないの?
私:会いたい。会いたいよおばちゃん、今・・・今私・・・・おばちゃんと同じ病気になったんだ。
私:今年の夏には、切除する・・・
0:
私:おばちゃんが生きていた時代から、もう何年もたって。・・・・おばちゃんみたいに死ぬ病気じゃなくなったんだ。
私:ねぇ、おばちゃん、なんで?なんでなの?私はおばちゃんと同じ病気になったのに生きてる!!!
私:なんで?なんで私も連れてってくれないの?
私:連れてって・・・連れてってよ・・・・・
0:
私:ただの医学の進歩なのに、私は勝手におばちゃんに「それでもアナタは生きて」と言われている気がした。
私:人は臓器一つ失っても生きられる生き物。
私:でも、私にとっては臓器以外のモノも取り除かれる気がした。
私:だから家族の説得があっても、手術に踏み切れなかった。
私:どんな繋がりでもいい。おばちゃんと繋がって居たかったのに・・・!!!
私:私は、生きる事を選んだ。
0:
私:さっきまで無関心に、のんきにお笑い番組を見ていた家族が、泣いている私に声をかけた。
私:「泣いてないよ。ちょっと悲しい物語を書いていただけ。」
私:私はまた、心配をかけたくないから、家族に嘘をつく。
私:おばちゃん。私は小さなあの頃と変わっていない。
0:
私:でも生きていくよ。
私:あなたが私にとって母だったのか、姉だったのか、友達だったのかわからないけど。
私:形なんてどうだっていい。
私:少なくとも。いまだに私が生きる理由になっているのだから。