台本概要
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タイトル | 『有煙、無情』 |
---|---|
作者名 | sazanka (@sazankasarasara) |
ジャンル | その他 |
演者人数 | 2人用台本(男1、女1) |
時間 | 30 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
嗜好品と風景。 去る年の秋、とある高校の、空き教室。 笑みを交えず行われる不良行為と、短い会話。 ―2018年11月某日― 或いは、『耽溺ちゃんと退廃くん』#0.5 146 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
女子生徒 | 女 | 137 | 2年A組「山菱(やまびし)」。 喫煙銘柄:メビウス 趣味:クロスワード |
男子生徒 | 男 | 121 | 2年A組「多々良(たたら)」。 非喫煙者。 趣味:料理 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
0:嗜好品と風景。
0:2018年の秋。
0:とある街、有名進学校「芒ヶ原(すすきがはら)学園」。
0:その、空き教室の乾いた空気に紫煙が漂い。
0:薄闇。
女子生徒:(フ、と煙を吹かし)
女子生徒:……ウエットティッシュ。
男子生徒:ん……、
男子生徒:あるけど。
女子生徒:拭きたい……。色々。
男子生徒:忘れたの?
女子生徒:偶々。いつもは持ってる。
男子生徒:(鞄を探りつつ)
男子生徒:意外にも……、潔癖症のきらい有り、と。
女子生徒:喋んな……。用済みが。
男子生徒:用、ね。
男子生徒:いつもご利用、ありがとうございます……。
男子生徒:はい。
0:男子生徒の鞄より、アルコールティッシュ。青のパッケージ。
女子生徒:(受け取りつつ)
女子生徒:……ダル。持ってンじゃねェよ、そんで。
男子生徒:自分が持ってないか訊いた癖に。
女子生徒:訊いてねェし。あったらイイな、って呟いたダケ。
男子生徒:あって、良かったね。偶々。
女子生徒:黙れ。
0:諸々を拭き取り。粗雑に丸め、隅に放る。
女子生徒:……はァーっ……。
男子生徒:いくらかは気が紛れた、かな。俺が気にする事でもないけれど。
女子生徒:キンモ。
女子生徒:……調子乗ンなよ、マジで。お前の学校生活なんか、あたしの胸三寸で決まんだぞってハナシ。
男子生徒:うん。
女子生徒:あたしが仲間に上手いコト言や。次の日からどーなるか、
男子生徒:勿論心得てるけれど。
男子生徒:お互いに利が無いんじゃないの、それじゃ。
女子生徒:……。
女子生徒:お前には何の利があんだよ。ソモソモ。
男子生徒:さあ……。
男子生徒:山菱(やまびし)には?
女子生徒:ダル。質問に質問で返してんじゃねェ。
女子生徒:……ヒマ潰し。テストとテストの間の。
男子生徒:ふうん。
女子生徒:ホドホドの点取って、生徒指導の川口(かわぐち)黙らすのも楽じゃねェの。
女子生徒:そーいうストレスを……、
男子生徒:ほどほどの自由を、得る為に。
女子生徒:……。
女子生徒:何だよ。ア?
0:眉を顰め、軽い威嚇の表情。男子生徒は顔色を変えず。
男子生徒:別に。
男子生徒:偶にわからなくなるだけ。わざわざこういう、ほどほどの偏差値の学校に入って、
男子生徒:ほどほどの成績をキープしながらも、そういう風な……、
男子生徒:ほどほどに砕けた、生活態度を取ってる意義が。
女子生徒:……、
男子生徒:どういう風に帳尻が合ってるのかな、と。
女子生徒:……お前、
0:フ、と煙を吐き。
女子生徒:よくそーいうコトが言えんな、ヤンキー相手に。
男子生徒:山菱ってヤンキーなの?
女子生徒:知らね。
女子生徒:……そう言われてンだろ。
女子生徒:ヒトからそう言われてて。そう言われてるヤツ達とツルんでるんなら。
女子生徒:そう、なんじゃねェの。
男子生徒:周囲からの評価と、帰属するコミュニティが……、
男子生徒:即ち、アイデンティティを規定する、と。
女子生徒:結局はソレでしかねェだろ。他にナニがあんだよ。
男子生徒:人に依るんじゃない、ソコは。外部に拠(よ)らない自己認識を持ってる人間だって当然、いるだろうし……、
女子生徒:(遮り)ヒトはソレを、
男子生徒:うん。
女子生徒:妄想って呼ぶな。
0:漂う煙が散り、薄れ、消える。
男子生徒:……そうだね。
女子生徒:ディベートでもするか? 強ェぞ、言っとくけど。
男子生徒:知ってるよ。授業一緒だし。
女子生徒:お前も喋る気無くさせてやろーか、数学の西鳥(にしとり)みてェに。
男子生徒:アレは諦めたんだと思うけどね……、感じとしては。
女子生徒:ダルいわァ。反論出来なくなって黙るぐらいなら……、
女子生徒:注意なんかしてくんなってハナシ……。
0:意図なき沈黙。
0:校庭や、離れた校舎の空き教室より、ブラスバンド部のチューニング音。
0:陸上部の規則的な掛け声。
女子生徒:…………おい。
男子生徒:うん?
0:再び吹かれた煙は、密やかに漂っている。
女子生徒:お前。……時間、
男子生徒:ああ……。
男子生徒:あると言えばある、けれど。この後、予定がある訳じゃ無い。
女子生徒:居ねェもんな? 友達。
男子生徒:否定しないけど。特に必要とするような生活様式に、ならなかったというだけの話で……、
女子生徒:気が向いたから。
女子生徒:……その、無意義な時間を。もう、暫く……、
男子生徒:もう一度、ね。
男子生徒:うん……、
男子生徒:はい。
0:【間】
0:かち、こち、
0:かち、こち、
0:と、旧式の壁時計の秒針の音。
0:退廃と呼べるかもしれぬ時間が煙のように行き去り。
0:秋の風は乾き、吐息は熱と湿り気を帯びていた。
女子生徒:……っ、
女子生徒:……、ぁ、く、
男子生徒:……フと思ったんだけど、
女子生徒:……っ、
女子生徒:いま、喋ん、なよ……っ、
男子生徒:「こういう」風な暇潰しや、息抜きなら……、
男子生徒:それこそ、仲間のみんなとでも、一緒にするのじゃあ駄目、なのかな。
女子生徒:……アぁ……?
男子生徒:もしくは、仲間の中の誰かと。
女子生徒:……、
男子生徒:それか普通に、砕けた調子で遊びに繰り出すとか、さ。補導されないようにだけ、気をつけて。
女子生徒:……、行ってる、よ。別に。いつも……。
男子生徒:みたいだね。
女子生徒:……そっちは。ンな、雑い感じに、したくねェんだよ。
女子生徒:お前みたいなのにはわかんねェだろーけど……、
男子生徒:社交は社交で神経使う、と。
女子生徒:……、
男子生徒:考える事の多い人種は難儀だなあ。ただでさえ、勉強の他にも色々と……、
男子生徒:面倒の多い学校なのに。
女子生徒:だから、だよ。
男子生徒:うん。
女子生徒:だから。
女子生徒:……考えなくてもイイように……。
女子生徒:お前みたいな。
女子生徒:生徒も、教師も、誰も、気にもしねェ……、教室のカーテンとおんなじような、ガリ勉の、クソ陰キャを、
女子生徒:……こういう、風に……、
男子生徒:使ってやってる、と。
女子生徒:……っ、……、
0:女子生徒の眉が顰められ。
男子生徒:山菱自身の、自由意志で、ね。
女子生徒:お前……、
男子生徒:違った?
女子生徒:……っ、
女子生徒:……、
男子生徒:「教室での目付きが気に入らない」。
男子生徒:「陰気な素振りが癪に障る」。
男子生徒:「そこそこの成績だけが取り柄の癖に、自分たちグループへの、ナメた態度が透けて見える」、他、エトセトラ、エトセトラ。
男子生徒:「お呼び出し」の大義名分には、事欠かないとして……。
女子生徒:……っ、……、
男子生徒:「シメる」、とか。古臭い言い方だけどさ。
男子生徒:クラスの皆やお仲間が、どう捉えてるのかは、知らないけども。
女子生徒:……、
女子生徒:……、
男子生徒:本当に、毎度、どうも。
女子生徒:…………。
0:男子生徒の声は冷えた泥の如く平坦であり。
0:女子生徒の眼差しは歪み、呼吸は震え。
女子生徒:……、……。
女子生徒:黙れよ……。いい加減。
0:【間】
0:再び、煙の漂い。
0:日は傾き、校内に生徒はまばらである。
0:眼差しは気怠げ。
女子生徒:……アタマ、おかしいんだよ。この学校。
男子生徒:そうだね。
女子生徒:生徒も、教師も。
女子生徒:この部屋の他にも……、あるだろ、「喫煙所」。
男子生徒:こういう風に使ってるのは、山菱ぐらいかもしれないけれど。
女子生徒:……、どーだか。
男子生徒:あるね、校内に幾つか。
男子生徒:しかも「生徒専用」の。
女子生徒:教師ドモは全員知ってる。
女子生徒:……何で無くならねェか、知ってるか。
男子生徒:我が校の、「伝統」として……、
男子生徒:「喫煙所」利用者の中に、特待生や、上位成績者なんかの……、所謂「優秀な生徒」が、少なからず居るから、だね。
女子生徒:御名答(ゴメートー)。
女子生徒:医者、金持ち、議員の息子。
女子生徒:野坂、秋本、風紀の菅沼……、
男子生徒:へぇ。
男子生徒:……意外でも無い、かな。顕示欲旺盛な割に、プレッシャーに弱そうで、尚且つ多分に抑圧的だ。
女子生徒:ウラオモテだろ、ソレって。
女子生徒:……煙草だけで済んでんのか、知らねェけど、な。
男子生徒:ゾっとしない話だなあ。下手すると全体の受験にも、学校の名前にもダイレクトに、
女子生徒:「有名進学校の闇」ィ、つってな。
女子生徒:……つまり、そーいうコト。もし何か出たら終わりだから。見て見ぬフリしてんだよ。
男子生徒:賢明な判断だろうね、「大人」としては。
女子生徒:思うか? そう。
男子生徒:許せない? 山菱は。
女子生徒:……、
女子生徒:別に……。
男子生徒:理解の範疇ではあるけどね。生徒の立場からしても。
女子生徒:合理は知らねェ。
女子生徒:……どの面さげて、人のコト指導して来てんだってハナシよ。恥知らずドモが、
男子生徒:恥と外聞を天秤に掛ける程コドモじゃあない、とでも言ったところかな。
男子生徒:……まあ。総じて学校そのものの、気風が元凶だと思うけどね、俺からすると。
女子生徒:だからそう言ってンの。
女子生徒:……成績と、進学と。どいつもコイツも、ソレしか頭にねェから。
男子生徒:私立はどこも、そんなモンだと思うけど。
女子生徒:生徒はソレで良くても。教師まで……、
男子生徒:俺は、「どういう訳か」皆が知ってるテストの順位の方が、気にはなったけどね。
女子生徒:……マジで誰が拡めてんだかな。
女子生徒:トップから最下位まで。廊下に貼り出して発表してたのなんか何十年も前なのに、だろ。
女子生徒:アレも伝統、なんだとよ。
男子生徒:毎度、「どこかしら」から漏れて……、
男子生徒:翌日には全校生徒の知るところとなる、と。
男子生徒:はて、さて。
女子生徒:焚き付けてんだろ、どうせ。「大人」が。
男子生徒:上位者に取っては、モチベーション維持に繋がるのかもしれないが。
男子生徒:健全かと問われたら、一般論としては……、
女子生徒:一般的じゃねェし、な。ソモソモ。
男子生徒:でもさ。
女子生徒:ア?
男子生徒:恩恵、あるんじゃないの。山菱としても。
女子生徒:……、
0:暫し、沈黙。
男子生徒:ある意味、目に見える形での、完全なるカースト制度な訳だけれど……。
男子生徒:髪の色や、メイクや。
男子生徒:スカートの丈もそうだけど。なんだかんだ言いつつも、山菱やお仲間の皆が、ある程度の自由を赦されてるのは……、
女子生徒:(遮り)結局ガッコーの思惑に乗っかって。「ほどほどの」順位キープして、「ほどほどに」好き勝手、「飼い慣らされてる」ダケ、って?
女子生徒:……言いてェ感じ??
0:睨視。威嚇。
0:泥沼に杭を打ち込むが如き、手応えの無さ。
女子生徒:……だったら、ナンなんだよ。
女子生徒:ア?
男子生徒:特段、何も。
男子生徒:ただ……、
男子生徒:「Teacher's Pet(ティーチャーズ・ペット)」ってのは一体、誰の事なのかな、なんてさ。
女子生徒:……、
0:窓の外、微かに葉擦れの音。
0:漂う煙は憮然に霞み。
男子生徒:俺は中学辺りから、そのように扱われる事も少なくなかった方だけど。
男子生徒:常々思っているのは……、
男子生徒:教師に、飼い慣らされてない子供、なんて。
男子生徒:いるのかな、どうかな。
女子生徒:……、教師、
男子生徒:この学校みたいなやり口は、些かやり過ぎでは、あったとしてもさ。
男子生徒:親も、世間も。メディアも、広告も。
男子生徒:「教師」は学校の内にも外にも、後にも先にも社会に遍(あまね)く満ち満ちていて。
男子生徒:そのプレッシャーやバイアスやラベリングから、本当の意味で免れる事なんて、現代人には最早不可能だ、と。
男子生徒:ある思想家は云ったけれど。
女子生徒:……ワザワザ、語るホドでもねェハナシ。
男子生徒:全くそうだね。
男子生徒:でも実際、共同体の規範の中で、貼られたラベルを見比べて、自らのランクや位置取りを測りながら……、
男子生徒:配給制の「自由」を、隣の奴よりは多いだ、少ないだと競い合う、というのが。
男子生徒:俺たちの現在であり、そして与えられるであろう、未来である訳だけれど。
女子生徒:ンなコトをイチイチ考えながら日々を生きてンのか? お前は。
男子生徒:深刻に捉えてはいない、かな。ただそうである、という風に、認識しているだけ。
男子生徒:顔のない、或いは隣人の顔をした「教師」たちの顔色を窺って、日々をやり過ごす。
男子生徒:自由意志、自己決定という「妄想」を、あたかも信じ込んでいるフリをして、ね。
女子生徒:悲観主義がテストの息抜きになンのかよ、
男子生徒:そんな上等なもんでもない。単なる言葉遊び、だけどさ。
女子生徒:……、
0:フ、と不機嫌に煙を吐き。
女子生徒:お前は?
男子生徒:俺……?
女子生徒:エラソーに。
女子生徒:クドクド分析してる、お前も。「そう」なのかよ?
男子生徒:……、
0:尚も、更に、抑揚なく、
男子生徒:「俺たち」と言うからには。必然、そうだろうね。
男子生徒:一般論として話す場合、自分だけを例外として論の外に置くのは好きじゃない。
女子生徒:ハ。
男子生徒:飼い慣らされている事に、別段不満や不自由も無いし。
男子生徒:凡(おおよ)そ万人がそうであるなら、疑問の余地も無い、ね。
男子生徒:俺たちが生まれるよりも遥か前から、塵になって消えた後に至るまで。
男子生徒:きっと、ずっと、「そういうもの」なんだろうから。
女子生徒:……ネアンデルタール人に戻る勇気は無い、ってか。
男子生徒:猿人や原始人類だって、状況は似たようなものだったろうけど。
男子生徒:俺は、寧ろ……、
0:あくまで、平坦に。
男子生徒:ラベルを貼り付けて貰えるのを待っている、瓶みたいなモノだから。
女子生徒:瓶……?
男子生徒:言うなればね。
女子生徒:……名誉が欲しーってか? 人サマに認められて、目立ちたいって、
男子生徒:(遮り)周りは関係無い。
女子生徒:なら、
男子生徒:自由意志にも自己決定にも、興味は無いけれど。
男子生徒:……「教師」に褒めて貰いたい自分を、……幾らかは、自覚しているだけ、かな。
女子生徒:どの教師だよ?
男子生徒:さあ。さっきも言ったように、「教師」はどこにだって居るからね。
男子生徒:……家にでも、どこにでも。
0:煙に巻く言葉。
0:しかし少年の眼の奥、泥濘みは僅かに、深みを増し。
女子生徒:……。
0:フ、と、溜め息のように、煙。
女子生徒:その、割には。
女子生徒:……不真面目、よな。お前も。
男子生徒:今の、コレのこと? そうかな、
女子生徒:だけじゃねェけど。
女子生徒:……「喫煙所」で、「ヤンキー」とよ。
男子生徒:俺は煙草、吸ってないし。
女子生徒:吸えよ。
男子生徒:遠慮するね。嗜好品くらいは自分で選ぶ。
女子生徒:ダっル。
女子生徒:……ま……、美味いモンでもねェけど……。
0:気怠く、細い紙巻きを燻らせ。
女子生徒:あーーーーー……。
女子生徒:……無駄にしてるわァー……。青春を。
0:ギシ、と、倉庫代わりに置き去られたソファに深く凭れ。
女子生徒:……、……。
女子生徒:(細く、深く、息を吐く)
0:煙と静寂。
0:思考と微睡みの間を、行き交う時間。
0:日は暮れかけ、夜の気配。
女子生徒:……いつになったら、さ……、
男子生徒:うん?
女子生徒:いつに、なったら。
女子生徒:……瓶の、中身にまで気が回ンのかな。
女子生徒:「大人」は。
男子生徒:……。
男子生徒:中身。
女子生徒:独り言だから。
女子生徒:カーテンは黙ってろよ。
男子生徒:うん、はい……。お安い御用。
0:女子生徒の瞼は薄く閉じられ。
0:声の色は内省を湛えている。
女子生徒:……ラベルに何が、書いてあるかとか。
女子生徒:瓶の、色とか、形とか。
女子生徒:……ンなコトにウダウダ、言ってる間に。
女子生徒:大人に、なっちまうっての。こっちは……。
男子生徒:……、
0:暫しの沈黙。
0:吹かれた煙が、物憂げな図形を象り。
0:男子生徒は机に体重を預け、
男子生徒:……例えば……、
0:声音は依然、平たく淡い。
男子生徒:髪を染めて、派手なメイクや服装の女子高校生、っていう外面に、
男子生徒:「都内有名進学校在席」、「中間試験学年8位」、「両親は弁護士、公務員」、「素行は少々、不良ぎみ」、っていうラベルを貼り付けられた、
男子生徒:「山菱清華(やまびしせいか)」っていうボトルがあったとして。
女子生徒:具体的に言ったら瓶で喩えた意味ネぇだろ……。
女子生徒:……喋んなって言ったよな。
男子生徒:独り言だよ、コレも。
女子生徒:……ダル。
男子生徒:そういう、表面的な構成要素ではなくて……、
男子生徒:心の内を、瓶の内容物を見て欲しい、と。
女子生徒:もう黙れって、
男子生徒:(遮り)どの「教師」に?
女子生徒:……っ、
0:クラブ活動を終え、下校する生徒の声。
0:沈黙。
男子生徒:特に興味がある訳でもないから。
男子生徒:答えなくていいけど。
女子生徒:…………。
0:邪険に、眼だけを傾け。
女子生徒:……「教師」はどこにでも居るんだよな。お前が言うには。
男子生徒:そうだね。
女子生徒:家にでも。ドコにでも。
男子生徒:親か。
女子生徒:……一番最初に会う、教師だろ。
男子生徒:ああ……、そうだね。
女子生徒:……、
0:緩慢に眼を伏せ。
女子生徒:中学ン時は……、
女子生徒:グチグチ、ペラペラ。月替りで家にカウンセラーだの呼んで、躍起になってた癖に。
女子生徒:「服装の乱れは心の乱れ」。
女子生徒:「不満があるなら全部解消するから遠慮せず言ってほしい」。
女子生徒:「自分を大事にしない事が一番、周りを悲しませるんだから」。
女子生徒:手を変え品を変え、飽きもせず。
女子生徒:…………それが、
女子生徒:ココに、受かって。腹いせにチャチャっと、ホドホドの点、取るようになってからは。
女子生徒:……もう、それで、イイんだとよ。後はどーでも。
男子生徒:……、
女子生徒:あたしは何も変わってない。
女子生徒:……テストの点数とか。志望校の名前とか。ソレしかわかんなくなンのが「親」で、「大人」なら。
女子生徒:……一生願い下げ、ってだけ。
0:虚ろな視線を、空に投げ。
女子生徒:いまはもう。あたしも、どーでもイイ。
男子生徒:……、
0:暫し、静寂。
男子生徒:……ふうん……。
女子生徒:(舌打ちし)
女子生徒:ンだよ。ア?
男子生徒:いや……。
男子生徒:山菱って本当に……、
男子生徒:どこまでも真面目なんだな、と思っただけ。
女子生徒:……、
男子生徒:そこまで内省が出来てるんなら、もっと冷めてたってイイのに。
男子生徒:「大人は判ってくれない」でグレて、ヤンキーになって、さ。
女子生徒:……、
男子生徒:今日び中々珍しいぐらいの……、
女子生徒:(遮り)それ以上喋ったら、
0:ネイルきらめく指を、男子生徒の首に食い込ませ。
女子生徒:シメる。
女子生徒:……そンで、
男子生徒:……、
女子生徒:煙草、吸わす。
男子生徒:……。
男子生徒:ふ、ふ、は、は……。
男子生徒:なら、黙ろう。
0:【間】
0:間もなく下校のチャイムが鳴る。
0:両名、持ち物を纏め、緩やかに帰宅の準備。
女子生徒:……こんなんだったら。小テストの予習でもしてた方がマシだったわ……。
男子生徒:これっきりにする? 俺は特段、困らないけど。
女子生徒:…………。
0:じろりと睨み。
女子生徒:(憮然と)お前が決めるコトじゃねェ。
男子生徒:ご尤(もっと)も。
女子生徒:……はァ……。
0:溜め息を闇に溶かしてから、紙巻きに火を点け。
0:薄い煙が胡乱に漂い。
女子生徒:……もしもさ、
男子生徒:ああ。
女子生徒:ここにきてあたしが、
女子生徒:「受験しねー」、「コンビニでフリーターでもやって適当に暮らす」、とか言い出したら。
女子生徒:……どう、するかな。
男子生徒:昨今、珍しくも無いだろうけど……。
男子生徒:ご両親としては、どうかな。瓶の中身を検める気に……、なって、くれるかな。
女子生徒:やらねーけど、な。
0:フ、と煙を吐き。
女子生徒:ンなコドモじゃねェし。
男子生徒:うん。
男子生徒:寧ろ……、もっと子供の内にソレが出来てたら。
男子生徒:何か違ったかも、しれないね。
女子生徒:…………。
女子生徒:知らね。
0:くわえ煙草で、空き教室の虚空を仰ぎ。
女子生徒:……次のテストのコト以外は。
女子生徒:もー知らねーー……。
男子生徒:当面、ソレで何も。問題無いだろうね。
男子生徒:山菱、志望校は?
女子生徒:恩行(おんぎょう)。
男子生徒:へえ……。
男子生徒:女子アナにでもなるの?
女子生徒:なるかよ、あんなキツそーな仕事……。
女子生徒:別に、何の為とかネぇけど。……文句無さそーだろ。
男子生徒:弁護士の娘の進学先としては、ね。
女子生徒:多々良(たたら)は。
男子生徒:うん?
女子生徒:大学。
男子生徒:ああ……。
男子生徒:晴門(せいもん)。一応。
女子生徒:……マジかよ。
女子生徒:いけんの?
男子生徒:まあ……。ここからの努力次第では。
男子生徒:現状、それしか選択肢が無い。
女子生徒:ラベルが、欲しーワケだ。「晴門大生」の。
男子生徒:そう、なるかな……。
男子生徒:今の時点での進捗としては、まずまずなんだけどね。
女子生徒:褒めて、貰えンの。
男子生徒:……それ以外を要求されてない、というのが正しい、かな。
男子生徒:父親の、志望校だったんだ。
女子生徒:ん……、母校じゃなくて?
男子生徒:受からなかった。父は。
男子生徒:両親の……、歩むべきだった「正しい道」を、正確にトレースして「取り戻す」、というのが。
男子生徒:今の時点での俺と、俺の妹に割り振られた役目、だから。
女子生徒:……、お前はそれ、
0:少女は何かしら言いたげであったが、
男子生徒:順調だよ。……今はね。
0:少年の語り口はやはり、人知れず在る沼地の如く平坦であった。
女子生徒:…………。
女子生徒:……ま。
女子生徒:お前が良いなら、何でもイイけど、さ。
男子生徒:ああ。
女子生徒:……お互い精々……、
女子生徒:高い値札の付いた瓶になれたらイイけど、な。
男子生徒:空っぽの、ね。
女子生徒:からっぽ?
男子生徒:中身の、不安定な液体は全部、子供と呼ばれる内に吐き出してしまって。
男子生徒:乾いた、空っぽの瓶の振りをして生きていく、というのが。
男子生徒:スマートなんだろうね。「大人」としては。
女子生徒:…………。
女子生徒:ハ。
女子生徒:ダル。どーでもイイわ。
0:再度ソファに深く凭れ、天井を仰ぐ。
女子生徒:あーーーーーーーー、
女子生徒:もーーーーーーーーー。
女子生徒:……人とこんな話、する気なかったのに…………。
0:溜め息。
0:何の気なしの沈黙。
男子生徒:この間柄、だからだろうね。
女子生徒:ア?
男子生徒:なんせお互い……、
男子生徒:何の情も無い。
女子生徒:……、……。
0:少女と少年の視線は緩く縺れ。
0:校舎から人が減り、廊下を満たす空気はいよいよ冷たい。
女子生徒:……ソコだけは。
女子生徒:……間違いねェな。
0:吹かれた煙が霞み、消え。
0:女子生徒の立ち上がりざま、最後の一本が揉み消され、室内に火種は無し。
男子生徒:(荷物を検めつつ)
男子生徒:さて……、忘れ物の、無いように、と……、
女子生徒:なア。
男子生徒:うん?
女子生徒:……要らねェ瓶の中身は。
女子生徒:ドブにでも流して捨てるのが、定石だよな。
男子生徒:どぶ?
女子生徒:また呼ぶから。
女子生徒:……来いよ。
男子生徒:…………。
男子生徒:俺がドブかよ。
女子生徒:……排水溝みたいなカオ。
男子生徒:普通に酷いな。
男子生徒:…………うん、はい。
男子生徒:またのご利用……、
男子生徒:お待ち、しております。
0:最後のチャイム。
0:日は暮れ、こどもたちが家路につく。
0:暗転。
0:【終】
0:嗜好品と風景。
0:2018年の秋。
0:とある街、有名進学校「芒ヶ原(すすきがはら)学園」。
0:その、空き教室の乾いた空気に紫煙が漂い。
0:薄闇。
女子生徒:(フ、と煙を吹かし)
女子生徒:……ウエットティッシュ。
男子生徒:ん……、
男子生徒:あるけど。
女子生徒:拭きたい……。色々。
男子生徒:忘れたの?
女子生徒:偶々。いつもは持ってる。
男子生徒:(鞄を探りつつ)
男子生徒:意外にも……、潔癖症のきらい有り、と。
女子生徒:喋んな……。用済みが。
男子生徒:用、ね。
男子生徒:いつもご利用、ありがとうございます……。
男子生徒:はい。
0:男子生徒の鞄より、アルコールティッシュ。青のパッケージ。
女子生徒:(受け取りつつ)
女子生徒:……ダル。持ってンじゃねェよ、そんで。
男子生徒:自分が持ってないか訊いた癖に。
女子生徒:訊いてねェし。あったらイイな、って呟いたダケ。
男子生徒:あって、良かったね。偶々。
女子生徒:黙れ。
0:諸々を拭き取り。粗雑に丸め、隅に放る。
女子生徒:……はァーっ……。
男子生徒:いくらかは気が紛れた、かな。俺が気にする事でもないけれど。
女子生徒:キンモ。
女子生徒:……調子乗ンなよ、マジで。お前の学校生活なんか、あたしの胸三寸で決まんだぞってハナシ。
男子生徒:うん。
女子生徒:あたしが仲間に上手いコト言や。次の日からどーなるか、
男子生徒:勿論心得てるけれど。
男子生徒:お互いに利が無いんじゃないの、それじゃ。
女子生徒:……。
女子生徒:お前には何の利があんだよ。ソモソモ。
男子生徒:さあ……。
男子生徒:山菱(やまびし)には?
女子生徒:ダル。質問に質問で返してんじゃねェ。
女子生徒:……ヒマ潰し。テストとテストの間の。
男子生徒:ふうん。
女子生徒:ホドホドの点取って、生徒指導の川口(かわぐち)黙らすのも楽じゃねェの。
女子生徒:そーいうストレスを……、
男子生徒:ほどほどの自由を、得る為に。
女子生徒:……。
女子生徒:何だよ。ア?
0:眉を顰め、軽い威嚇の表情。男子生徒は顔色を変えず。
男子生徒:別に。
男子生徒:偶にわからなくなるだけ。わざわざこういう、ほどほどの偏差値の学校に入って、
男子生徒:ほどほどの成績をキープしながらも、そういう風な……、
男子生徒:ほどほどに砕けた、生活態度を取ってる意義が。
女子生徒:……、
男子生徒:どういう風に帳尻が合ってるのかな、と。
女子生徒:……お前、
0:フ、と煙を吐き。
女子生徒:よくそーいうコトが言えんな、ヤンキー相手に。
男子生徒:山菱ってヤンキーなの?
女子生徒:知らね。
女子生徒:……そう言われてンだろ。
女子生徒:ヒトからそう言われてて。そう言われてるヤツ達とツルんでるんなら。
女子生徒:そう、なんじゃねェの。
男子生徒:周囲からの評価と、帰属するコミュニティが……、
男子生徒:即ち、アイデンティティを規定する、と。
女子生徒:結局はソレでしかねェだろ。他にナニがあんだよ。
男子生徒:人に依るんじゃない、ソコは。外部に拠(よ)らない自己認識を持ってる人間だって当然、いるだろうし……、
女子生徒:(遮り)ヒトはソレを、
男子生徒:うん。
女子生徒:妄想って呼ぶな。
0:漂う煙が散り、薄れ、消える。
男子生徒:……そうだね。
女子生徒:ディベートでもするか? 強ェぞ、言っとくけど。
男子生徒:知ってるよ。授業一緒だし。
女子生徒:お前も喋る気無くさせてやろーか、数学の西鳥(にしとり)みてェに。
男子生徒:アレは諦めたんだと思うけどね……、感じとしては。
女子生徒:ダルいわァ。反論出来なくなって黙るぐらいなら……、
女子生徒:注意なんかしてくんなってハナシ……。
0:意図なき沈黙。
0:校庭や、離れた校舎の空き教室より、ブラスバンド部のチューニング音。
0:陸上部の規則的な掛け声。
女子生徒:…………おい。
男子生徒:うん?
0:再び吹かれた煙は、密やかに漂っている。
女子生徒:お前。……時間、
男子生徒:ああ……。
男子生徒:あると言えばある、けれど。この後、予定がある訳じゃ無い。
女子生徒:居ねェもんな? 友達。
男子生徒:否定しないけど。特に必要とするような生活様式に、ならなかったというだけの話で……、
女子生徒:気が向いたから。
女子生徒:……その、無意義な時間を。もう、暫く……、
男子生徒:もう一度、ね。
男子生徒:うん……、
男子生徒:はい。
0:【間】
0:かち、こち、
0:かち、こち、
0:と、旧式の壁時計の秒針の音。
0:退廃と呼べるかもしれぬ時間が煙のように行き去り。
0:秋の風は乾き、吐息は熱と湿り気を帯びていた。
女子生徒:……っ、
女子生徒:……、ぁ、く、
男子生徒:……フと思ったんだけど、
女子生徒:……っ、
女子生徒:いま、喋ん、なよ……っ、
男子生徒:「こういう」風な暇潰しや、息抜きなら……、
男子生徒:それこそ、仲間のみんなとでも、一緒にするのじゃあ駄目、なのかな。
女子生徒:……アぁ……?
男子生徒:もしくは、仲間の中の誰かと。
女子生徒:……、
男子生徒:それか普通に、砕けた調子で遊びに繰り出すとか、さ。補導されないようにだけ、気をつけて。
女子生徒:……、行ってる、よ。別に。いつも……。
男子生徒:みたいだね。
女子生徒:……そっちは。ンな、雑い感じに、したくねェんだよ。
女子生徒:お前みたいなのにはわかんねェだろーけど……、
男子生徒:社交は社交で神経使う、と。
女子生徒:……、
男子生徒:考える事の多い人種は難儀だなあ。ただでさえ、勉強の他にも色々と……、
男子生徒:面倒の多い学校なのに。
女子生徒:だから、だよ。
男子生徒:うん。
女子生徒:だから。
女子生徒:……考えなくてもイイように……。
女子生徒:お前みたいな。
女子生徒:生徒も、教師も、誰も、気にもしねェ……、教室のカーテンとおんなじような、ガリ勉の、クソ陰キャを、
女子生徒:……こういう、風に……、
男子生徒:使ってやってる、と。
女子生徒:……っ、……、
0:女子生徒の眉が顰められ。
男子生徒:山菱自身の、自由意志で、ね。
女子生徒:お前……、
男子生徒:違った?
女子生徒:……っ、
女子生徒:……、
男子生徒:「教室での目付きが気に入らない」。
男子生徒:「陰気な素振りが癪に障る」。
男子生徒:「そこそこの成績だけが取り柄の癖に、自分たちグループへの、ナメた態度が透けて見える」、他、エトセトラ、エトセトラ。
男子生徒:「お呼び出し」の大義名分には、事欠かないとして……。
女子生徒:……っ、……、
男子生徒:「シメる」、とか。古臭い言い方だけどさ。
男子生徒:クラスの皆やお仲間が、どう捉えてるのかは、知らないけども。
女子生徒:……、
女子生徒:……、
男子生徒:本当に、毎度、どうも。
女子生徒:…………。
0:男子生徒の声は冷えた泥の如く平坦であり。
0:女子生徒の眼差しは歪み、呼吸は震え。
女子生徒:……、……。
女子生徒:黙れよ……。いい加減。
0:【間】
0:再び、煙の漂い。
0:日は傾き、校内に生徒はまばらである。
0:眼差しは気怠げ。
女子生徒:……アタマ、おかしいんだよ。この学校。
男子生徒:そうだね。
女子生徒:生徒も、教師も。
女子生徒:この部屋の他にも……、あるだろ、「喫煙所」。
男子生徒:こういう風に使ってるのは、山菱ぐらいかもしれないけれど。
女子生徒:……、どーだか。
男子生徒:あるね、校内に幾つか。
男子生徒:しかも「生徒専用」の。
女子生徒:教師ドモは全員知ってる。
女子生徒:……何で無くならねェか、知ってるか。
男子生徒:我が校の、「伝統」として……、
男子生徒:「喫煙所」利用者の中に、特待生や、上位成績者なんかの……、所謂「優秀な生徒」が、少なからず居るから、だね。
女子生徒:御名答(ゴメートー)。
女子生徒:医者、金持ち、議員の息子。
女子生徒:野坂、秋本、風紀の菅沼……、
男子生徒:へぇ。
男子生徒:……意外でも無い、かな。顕示欲旺盛な割に、プレッシャーに弱そうで、尚且つ多分に抑圧的だ。
女子生徒:ウラオモテだろ、ソレって。
女子生徒:……煙草だけで済んでんのか、知らねェけど、な。
男子生徒:ゾっとしない話だなあ。下手すると全体の受験にも、学校の名前にもダイレクトに、
女子生徒:「有名進学校の闇」ィ、つってな。
女子生徒:……つまり、そーいうコト。もし何か出たら終わりだから。見て見ぬフリしてんだよ。
男子生徒:賢明な判断だろうね、「大人」としては。
女子生徒:思うか? そう。
男子生徒:許せない? 山菱は。
女子生徒:……、
女子生徒:別に……。
男子生徒:理解の範疇ではあるけどね。生徒の立場からしても。
女子生徒:合理は知らねェ。
女子生徒:……どの面さげて、人のコト指導して来てんだってハナシよ。恥知らずドモが、
男子生徒:恥と外聞を天秤に掛ける程コドモじゃあない、とでも言ったところかな。
男子生徒:……まあ。総じて学校そのものの、気風が元凶だと思うけどね、俺からすると。
女子生徒:だからそう言ってンの。
女子生徒:……成績と、進学と。どいつもコイツも、ソレしか頭にねェから。
男子生徒:私立はどこも、そんなモンだと思うけど。
女子生徒:生徒はソレで良くても。教師まで……、
男子生徒:俺は、「どういう訳か」皆が知ってるテストの順位の方が、気にはなったけどね。
女子生徒:……マジで誰が拡めてんだかな。
女子生徒:トップから最下位まで。廊下に貼り出して発表してたのなんか何十年も前なのに、だろ。
女子生徒:アレも伝統、なんだとよ。
男子生徒:毎度、「どこかしら」から漏れて……、
男子生徒:翌日には全校生徒の知るところとなる、と。
男子生徒:はて、さて。
女子生徒:焚き付けてんだろ、どうせ。「大人」が。
男子生徒:上位者に取っては、モチベーション維持に繋がるのかもしれないが。
男子生徒:健全かと問われたら、一般論としては……、
女子生徒:一般的じゃねェし、な。ソモソモ。
男子生徒:でもさ。
女子生徒:ア?
男子生徒:恩恵、あるんじゃないの。山菱としても。
女子生徒:……、
0:暫し、沈黙。
男子生徒:ある意味、目に見える形での、完全なるカースト制度な訳だけれど……。
男子生徒:髪の色や、メイクや。
男子生徒:スカートの丈もそうだけど。なんだかんだ言いつつも、山菱やお仲間の皆が、ある程度の自由を赦されてるのは……、
女子生徒:(遮り)結局ガッコーの思惑に乗っかって。「ほどほどの」順位キープして、「ほどほどに」好き勝手、「飼い慣らされてる」ダケ、って?
女子生徒:……言いてェ感じ??
0:睨視。威嚇。
0:泥沼に杭を打ち込むが如き、手応えの無さ。
女子生徒:……だったら、ナンなんだよ。
女子生徒:ア?
男子生徒:特段、何も。
男子生徒:ただ……、
男子生徒:「Teacher's Pet(ティーチャーズ・ペット)」ってのは一体、誰の事なのかな、なんてさ。
女子生徒:……、
0:窓の外、微かに葉擦れの音。
0:漂う煙は憮然に霞み。
男子生徒:俺は中学辺りから、そのように扱われる事も少なくなかった方だけど。
男子生徒:常々思っているのは……、
男子生徒:教師に、飼い慣らされてない子供、なんて。
男子生徒:いるのかな、どうかな。
女子生徒:……、教師、
男子生徒:この学校みたいなやり口は、些かやり過ぎでは、あったとしてもさ。
男子生徒:親も、世間も。メディアも、広告も。
男子生徒:「教師」は学校の内にも外にも、後にも先にも社会に遍(あまね)く満ち満ちていて。
男子生徒:そのプレッシャーやバイアスやラベリングから、本当の意味で免れる事なんて、現代人には最早不可能だ、と。
男子生徒:ある思想家は云ったけれど。
女子生徒:……ワザワザ、語るホドでもねェハナシ。
男子生徒:全くそうだね。
男子生徒:でも実際、共同体の規範の中で、貼られたラベルを見比べて、自らのランクや位置取りを測りながら……、
男子生徒:配給制の「自由」を、隣の奴よりは多いだ、少ないだと競い合う、というのが。
男子生徒:俺たちの現在であり、そして与えられるであろう、未来である訳だけれど。
女子生徒:ンなコトをイチイチ考えながら日々を生きてンのか? お前は。
男子生徒:深刻に捉えてはいない、かな。ただそうである、という風に、認識しているだけ。
男子生徒:顔のない、或いは隣人の顔をした「教師」たちの顔色を窺って、日々をやり過ごす。
男子生徒:自由意志、自己決定という「妄想」を、あたかも信じ込んでいるフリをして、ね。
女子生徒:悲観主義がテストの息抜きになンのかよ、
男子生徒:そんな上等なもんでもない。単なる言葉遊び、だけどさ。
女子生徒:……、
0:フ、と不機嫌に煙を吐き。
女子生徒:お前は?
男子生徒:俺……?
女子生徒:エラソーに。
女子生徒:クドクド分析してる、お前も。「そう」なのかよ?
男子生徒:……、
0:尚も、更に、抑揚なく、
男子生徒:「俺たち」と言うからには。必然、そうだろうね。
男子生徒:一般論として話す場合、自分だけを例外として論の外に置くのは好きじゃない。
女子生徒:ハ。
男子生徒:飼い慣らされている事に、別段不満や不自由も無いし。
男子生徒:凡(おおよ)そ万人がそうであるなら、疑問の余地も無い、ね。
男子生徒:俺たちが生まれるよりも遥か前から、塵になって消えた後に至るまで。
男子生徒:きっと、ずっと、「そういうもの」なんだろうから。
女子生徒:……ネアンデルタール人に戻る勇気は無い、ってか。
男子生徒:猿人や原始人類だって、状況は似たようなものだったろうけど。
男子生徒:俺は、寧ろ……、
0:あくまで、平坦に。
男子生徒:ラベルを貼り付けて貰えるのを待っている、瓶みたいなモノだから。
女子生徒:瓶……?
男子生徒:言うなればね。
女子生徒:……名誉が欲しーってか? 人サマに認められて、目立ちたいって、
男子生徒:(遮り)周りは関係無い。
女子生徒:なら、
男子生徒:自由意志にも自己決定にも、興味は無いけれど。
男子生徒:……「教師」に褒めて貰いたい自分を、……幾らかは、自覚しているだけ、かな。
女子生徒:どの教師だよ?
男子生徒:さあ。さっきも言ったように、「教師」はどこにだって居るからね。
男子生徒:……家にでも、どこにでも。
0:煙に巻く言葉。
0:しかし少年の眼の奥、泥濘みは僅かに、深みを増し。
女子生徒:……。
0:フ、と、溜め息のように、煙。
女子生徒:その、割には。
女子生徒:……不真面目、よな。お前も。
男子生徒:今の、コレのこと? そうかな、
女子生徒:だけじゃねェけど。
女子生徒:……「喫煙所」で、「ヤンキー」とよ。
男子生徒:俺は煙草、吸ってないし。
女子生徒:吸えよ。
男子生徒:遠慮するね。嗜好品くらいは自分で選ぶ。
女子生徒:ダっル。
女子生徒:……ま……、美味いモンでもねェけど……。
0:気怠く、細い紙巻きを燻らせ。
女子生徒:あーーーーー……。
女子生徒:……無駄にしてるわァー……。青春を。
0:ギシ、と、倉庫代わりに置き去られたソファに深く凭れ。
女子生徒:……、……。
女子生徒:(細く、深く、息を吐く)
0:煙と静寂。
0:思考と微睡みの間を、行き交う時間。
0:日は暮れかけ、夜の気配。
女子生徒:……いつになったら、さ……、
男子生徒:うん?
女子生徒:いつに、なったら。
女子生徒:……瓶の、中身にまで気が回ンのかな。
女子生徒:「大人」は。
男子生徒:……。
男子生徒:中身。
女子生徒:独り言だから。
女子生徒:カーテンは黙ってろよ。
男子生徒:うん、はい……。お安い御用。
0:女子生徒の瞼は薄く閉じられ。
0:声の色は内省を湛えている。
女子生徒:……ラベルに何が、書いてあるかとか。
女子生徒:瓶の、色とか、形とか。
女子生徒:……ンなコトにウダウダ、言ってる間に。
女子生徒:大人に、なっちまうっての。こっちは……。
男子生徒:……、
0:暫しの沈黙。
0:吹かれた煙が、物憂げな図形を象り。
0:男子生徒は机に体重を預け、
男子生徒:……例えば……、
0:声音は依然、平たく淡い。
男子生徒:髪を染めて、派手なメイクや服装の女子高校生、っていう外面に、
男子生徒:「都内有名進学校在席」、「中間試験学年8位」、「両親は弁護士、公務員」、「素行は少々、不良ぎみ」、っていうラベルを貼り付けられた、
男子生徒:「山菱清華(やまびしせいか)」っていうボトルがあったとして。
女子生徒:具体的に言ったら瓶で喩えた意味ネぇだろ……。
女子生徒:……喋んなって言ったよな。
男子生徒:独り言だよ、コレも。
女子生徒:……ダル。
男子生徒:そういう、表面的な構成要素ではなくて……、
男子生徒:心の内を、瓶の内容物を見て欲しい、と。
女子生徒:もう黙れって、
男子生徒:(遮り)どの「教師」に?
女子生徒:……っ、
0:クラブ活動を終え、下校する生徒の声。
0:沈黙。
男子生徒:特に興味がある訳でもないから。
男子生徒:答えなくていいけど。
女子生徒:…………。
0:邪険に、眼だけを傾け。
女子生徒:……「教師」はどこにでも居るんだよな。お前が言うには。
男子生徒:そうだね。
女子生徒:家にでも。ドコにでも。
男子生徒:親か。
女子生徒:……一番最初に会う、教師だろ。
男子生徒:ああ……、そうだね。
女子生徒:……、
0:緩慢に眼を伏せ。
女子生徒:中学ン時は……、
女子生徒:グチグチ、ペラペラ。月替りで家にカウンセラーだの呼んで、躍起になってた癖に。
女子生徒:「服装の乱れは心の乱れ」。
女子生徒:「不満があるなら全部解消するから遠慮せず言ってほしい」。
女子生徒:「自分を大事にしない事が一番、周りを悲しませるんだから」。
女子生徒:手を変え品を変え、飽きもせず。
女子生徒:…………それが、
女子生徒:ココに、受かって。腹いせにチャチャっと、ホドホドの点、取るようになってからは。
女子生徒:……もう、それで、イイんだとよ。後はどーでも。
男子生徒:……、
女子生徒:あたしは何も変わってない。
女子生徒:……テストの点数とか。志望校の名前とか。ソレしかわかんなくなンのが「親」で、「大人」なら。
女子生徒:……一生願い下げ、ってだけ。
0:虚ろな視線を、空に投げ。
女子生徒:いまはもう。あたしも、どーでもイイ。
男子生徒:……、
0:暫し、静寂。
男子生徒:……ふうん……。
女子生徒:(舌打ちし)
女子生徒:ンだよ。ア?
男子生徒:いや……。
男子生徒:山菱って本当に……、
男子生徒:どこまでも真面目なんだな、と思っただけ。
女子生徒:……、
男子生徒:そこまで内省が出来てるんなら、もっと冷めてたってイイのに。
男子生徒:「大人は判ってくれない」でグレて、ヤンキーになって、さ。
女子生徒:……、
男子生徒:今日び中々珍しいぐらいの……、
女子生徒:(遮り)それ以上喋ったら、
0:ネイルきらめく指を、男子生徒の首に食い込ませ。
女子生徒:シメる。
女子生徒:……そンで、
男子生徒:……、
女子生徒:煙草、吸わす。
男子生徒:……。
男子生徒:ふ、ふ、は、は……。
男子生徒:なら、黙ろう。
0:【間】
0:間もなく下校のチャイムが鳴る。
0:両名、持ち物を纏め、緩やかに帰宅の準備。
女子生徒:……こんなんだったら。小テストの予習でもしてた方がマシだったわ……。
男子生徒:これっきりにする? 俺は特段、困らないけど。
女子生徒:…………。
0:じろりと睨み。
女子生徒:(憮然と)お前が決めるコトじゃねェ。
男子生徒:ご尤(もっと)も。
女子生徒:……はァ……。
0:溜め息を闇に溶かしてから、紙巻きに火を点け。
0:薄い煙が胡乱に漂い。
女子生徒:……もしもさ、
男子生徒:ああ。
女子生徒:ここにきてあたしが、
女子生徒:「受験しねー」、「コンビニでフリーターでもやって適当に暮らす」、とか言い出したら。
女子生徒:……どう、するかな。
男子生徒:昨今、珍しくも無いだろうけど……。
男子生徒:ご両親としては、どうかな。瓶の中身を検める気に……、なって、くれるかな。
女子生徒:やらねーけど、な。
0:フ、と煙を吐き。
女子生徒:ンなコドモじゃねェし。
男子生徒:うん。
男子生徒:寧ろ……、もっと子供の内にソレが出来てたら。
男子生徒:何か違ったかも、しれないね。
女子生徒:…………。
女子生徒:知らね。
0:くわえ煙草で、空き教室の虚空を仰ぎ。
女子生徒:……次のテストのコト以外は。
女子生徒:もー知らねーー……。
男子生徒:当面、ソレで何も。問題無いだろうね。
男子生徒:山菱、志望校は?
女子生徒:恩行(おんぎょう)。
男子生徒:へえ……。
男子生徒:女子アナにでもなるの?
女子生徒:なるかよ、あんなキツそーな仕事……。
女子生徒:別に、何の為とかネぇけど。……文句無さそーだろ。
男子生徒:弁護士の娘の進学先としては、ね。
女子生徒:多々良(たたら)は。
男子生徒:うん?
女子生徒:大学。
男子生徒:ああ……。
男子生徒:晴門(せいもん)。一応。
女子生徒:……マジかよ。
女子生徒:いけんの?
男子生徒:まあ……。ここからの努力次第では。
男子生徒:現状、それしか選択肢が無い。
女子生徒:ラベルが、欲しーワケだ。「晴門大生」の。
男子生徒:そう、なるかな……。
男子生徒:今の時点での進捗としては、まずまずなんだけどね。
女子生徒:褒めて、貰えンの。
男子生徒:……それ以外を要求されてない、というのが正しい、かな。
男子生徒:父親の、志望校だったんだ。
女子生徒:ん……、母校じゃなくて?
男子生徒:受からなかった。父は。
男子生徒:両親の……、歩むべきだった「正しい道」を、正確にトレースして「取り戻す」、というのが。
男子生徒:今の時点での俺と、俺の妹に割り振られた役目、だから。
女子生徒:……、お前はそれ、
0:少女は何かしら言いたげであったが、
男子生徒:順調だよ。……今はね。
0:少年の語り口はやはり、人知れず在る沼地の如く平坦であった。
女子生徒:…………。
女子生徒:……ま。
女子生徒:お前が良いなら、何でもイイけど、さ。
男子生徒:ああ。
女子生徒:……お互い精々……、
女子生徒:高い値札の付いた瓶になれたらイイけど、な。
男子生徒:空っぽの、ね。
女子生徒:からっぽ?
男子生徒:中身の、不安定な液体は全部、子供と呼ばれる内に吐き出してしまって。
男子生徒:乾いた、空っぽの瓶の振りをして生きていく、というのが。
男子生徒:スマートなんだろうね。「大人」としては。
女子生徒:…………。
女子生徒:ハ。
女子生徒:ダル。どーでもイイわ。
0:再度ソファに深く凭れ、天井を仰ぐ。
女子生徒:あーーーーーーーー、
女子生徒:もーーーーーーーーー。
女子生徒:……人とこんな話、する気なかったのに…………。
0:溜め息。
0:何の気なしの沈黙。
男子生徒:この間柄、だからだろうね。
女子生徒:ア?
男子生徒:なんせお互い……、
男子生徒:何の情も無い。
女子生徒:……、……。
0:少女と少年の視線は緩く縺れ。
0:校舎から人が減り、廊下を満たす空気はいよいよ冷たい。
女子生徒:……ソコだけは。
女子生徒:……間違いねェな。
0:吹かれた煙が霞み、消え。
0:女子生徒の立ち上がりざま、最後の一本が揉み消され、室内に火種は無し。
男子生徒:(荷物を検めつつ)
男子生徒:さて……、忘れ物の、無いように、と……、
女子生徒:なア。
男子生徒:うん?
女子生徒:……要らねェ瓶の中身は。
女子生徒:ドブにでも流して捨てるのが、定石だよな。
男子生徒:どぶ?
女子生徒:また呼ぶから。
女子生徒:……来いよ。
男子生徒:…………。
男子生徒:俺がドブかよ。
女子生徒:……排水溝みたいなカオ。
男子生徒:普通に酷いな。
男子生徒:…………うん、はい。
男子生徒:またのご利用……、
男子生徒:お待ち、しております。
0:最後のチャイム。
0:日は暮れ、こどもたちが家路につく。
0:暗転。
0:【終】