台本概要
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タイトル | 原罪のスケープゴート |
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作者名 | 紫音 (@Sion_kyo2) |
ジャンル | その他 |
演者人数 | 5人用台本(男3、女2) |
時間 | 40 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
『手繰るのは、始まりの糸。』 裏社会を仕切る大富豪、レオーネのもとに届いた一通の手紙。差出人は、世間を恐怖に陥れているシリアルキラー、“林檎の悪魔”。身を守るため、レオーネはフリーの殺し屋に護衛を依頼する。 “林檎の悪魔”とは誰なのか。そして、手紙に書かれた『原罪の贖い』とは、一体――? ⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯ 時間は30分~40分程度を想定しています。タイトルコールは二人で読んでも、ウォルフ役・ペコラ役のどちらかが読んでも、どちらでも大丈夫です。 可能な限り聴きに行きたいので、上演の際はお知らせいただけると嬉しいです。(※必須ではないです) 1132 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
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スネイク | 男 | 97 | フリーの殺し屋。シアンとタッグを組んでいる。ぶっきらぼうな話し方をする。 |
シアン | 男 | 84 | フリーの殺し屋。スネークとタッグを組んでいる。穏やかで物腰柔らかな青年。 |
レオーネ | 女 | 85 | 裏社会を仕切る大富豪。年齢は若いものの、常に落ち着いていて威厳がある。 |
ウォルフ | 男 | 95 | レオーネに仕える執事。無愛想であまり笑わない少年。たまに口が悪い。 |
ペコラ | 女 | 98 | レオーネに仕えるメイド。誰にでも同じ距離感(タメ口)で接する少女。 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
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0:(モノローグ)
ペコラ:神様はまず、天と地を創りました。
ウォルフ:そして、暗闇の中に光を創り、昼と夜ができました。
ペコラ:それから天を創り、大地を創り、海を創り、大地には植物を芽吹かせました。
ウォルフ:神様は、太陽と月と星も創りました。
ペコラ:魚や鳥も創りました。
ウォルフ:獣と家畜も創りました。
ペコラ:そして最後に……神のかたちに、人を創りました。
ウォルフ:初めての人間は、その名前を「アダムとイブ」と言いました。
ペコラ:二人はエデンの園で暮らすことになりました。
ウォルフ:神様は、アダムとイブに言いました。
ペコラ:「エデンの園の中央にある、善悪を知る木からは、決して実を取って食べてはいけません。食べればあなたたちは死んでしまうでしょう」
ウォルフ:アダムとイブは、神様の言いつけを守っていました。
ペコラ:でもある日、蛇がイブを唆しました。
ウォルフ:「この実を食べても死にはしない。これを食べればあなたの目は開(ひら)け、神のように善悪を知る者となるだろう」
ペコラ:イブはその実を食べました。そしてアダムにもそれをすすめました。
ウォルフ:こうして二人は、神様との約束を破りました。
ペコラ:これを知った神様は、アダムとイブをエデンの園から追放しました。
ウォルフ:二人は、“いつか必ず死ななくてはならない”という罰を受けました。
ペコラ:そうしてその罪は、子孫である私たちに受け継がれました。
ウォルフ:それはやがて、原罪と呼ばれるようになりました。
0:(少しの間)
レオーネ:……アダムとイブは善悪の木の実を食べて、善悪を知った。ならば二人は、神となったのか。
レオーネ:正しきを知り、過ちを裁き、正義を導き、不義を弾く。
レオーネ:あらゆる全てをその掌で包み込む、神という名の審判者。人間はその代行者となり得るのか。
レオーネ:不完全な存在が、傲慢にも手を伸ばし口付けた、腐って落ちた禁断の果実。
レオーネ:今宵その手でめくるのは、その贖いの1ページ。
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0:(タイトルコール)
ペコラ&ウォルフ:『原罪のスケープゴート』
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0:某所にて。
0:ソファーに横になり、うたた寝をしているスネイク。
シアン:……スネイク。おい、スネイク。
スネイク:……んー……
シアン:起きてくれスネイク、ほら。
スネイク:……ンだよ……もうちょい寝かせろ……
シアン:うたた寝なんかしてる場合じゃないよ、スネイク。新しい仕事だ。
スネイク:……仕事ォ……?
0:スネイクは起き上がって欠伸をすると、眠そうな目を擦る。
シアン:そう、久方ぶりの仕事だ。……依頼主の名前を聞いたら、きっと驚くよ。
スネイク:へぇ……じゃあ聞こうじゃねぇか、どこのどいつだ。
シアン:……レオーネ・アンジェリカ。
スネイク:レオーネ?……ああ、どっかで聞いたな。
シアン:どこかで聞いた、どころの話じゃないだろう、スネイク。この業界で彼女の名前を知らないなんてことがあるはずないさ。
シアン:彼女……レオーネ・アンジェリカは、この裏社会を仕切っている大富豪。僕らのような小さな殺し屋の命だって、彼女が握っているといっても過言ではない。
スネイク:悪いが他人になんざ興味ねぇよ。今日一日を生きるので精一杯だ。
スネイク:……で?そんな裏社会の女王様が、なんだって俺たちみたいなフリーの殺し屋に依頼を?
シアン:さあ……詳しいことはまだ分からないね。
スネイク:分からない?どういうこった。
シアン:彼女が依頼内容として送ってきたのはたった一言……『我が屋敷に招待する』と。それ以外に何も書いていないんだ。
スネイク:……なんだそれ、飯でも奢ってくれようってか?
シアン:だったら嬉しいけれどね。
スネイク:具体的な説明もなしに、ただ「屋敷に来い」って言われてもなぁ……なんだか色々と、勘繰っちまうが。
シアン:……とにかく、ミス・レオーネに呼び出されたとあっては無視するわけにいかないだろう。
シアン:ほら、早く支度してくれスネイク。あまり彼女をお待たせしてはいけないからね。
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0:レオーネの屋敷にて。
0:ワゴンを押して歩いてくるメイド服の少女。
ペコラ:……レオーネさまー、紅茶持ってきたよー。
ウォルフ:おいペコラ。「持ってきた」じゃなくて「お持ちしました」だろ。
ペコラ:へーへー……お持ちしましたよー、レオーネさま。
ウォルフ:なんだよその態度。レオーネ様に失礼だろ。
ペコラ:……ウォルフ、さっきからうるさい。
ウォルフ:お前の態度が軽いのがいけないんだ。
ペコラ:執事サマはお厳しいねぇー。
ウォルフ:お前はもう少しメイドらしくしろよ。
レオーネ:ケンカなんてよしなさい、二人とも。
ペコラ:ほらみろ、ウォルフのせいで怒られた。
ウォルフ:だってペコラが……
レオーネ:よしなさいと言ったでしょう。
ウォルフ:……すみません、レオーネ様。
レオーネ:もうすぐお客様がいらっしゃるのだから、きちんとしてちょうだい。お客様の前でケンカするなんてことがないようにね。
ペコラ:え?これから誰か来るの?
ウォルフ:昨日レオーネ様が話してただろ、聞いてなかったのか?
ペコラ:あー……そういえばそうだったかも。てか、多分寝ぼけながら聞いてた。
ウォルフ:……ったくお前は……
レオーネ:とある殺し屋さんをね、ご招待したのよ。
ペコラ:殺し屋さん?
レオーネ:そう。彼らに少し、お願いしたいことがあって。
ペコラ:ふーん……そうなんだ。
ウォルフ:……しかし、心配です。レオーネ様。
レオーネ:あら、どうして?
ウォルフ:その殺し屋というのは、レオーネ様の信用に足る相手でしょうか。
ペコラ:ほらほらー、そうやってすーぐ人を疑う。ウォルフの悪い癖。
ウォルフ:うるさいな。お前みたいに最初からなんでも信じられるほど馬鹿じゃないんだ。
ペコラ:あ、馬鹿って言ったな!
ウォルフ:ああ言ったよ。
レオーネ:……二人とも。
ウォルフ:(咳払い)……すみません。
ペコラ:(小声で)……ウォルフが悪いもん。
ウォルフ:(小声で)……聞こえてるぞ。
レオーネ:あなたの懸念も理解できるけれど、大丈夫よウォルフ。最初から何もかもは“私の掌の上”なのだから。
ウォルフ:それはそうでしょうが……最悪、何かイレギュラーが起こったら……
ペコラ:いざとなったら私とウォルフがいるじゃん。だいじょぶっしょ?
ウォルフ:……まあ……そうだな。
ペコラ:そーそ、なんでも悪い方に考えすぎー。
レオーネ:ふふ、頼りにしているわよ、小さな執事さんとメイドさん。
ウォルフ:……レオーネ様、いい加減その呼び方はやめてください。僕だってもう子どもじゃないんですから。
レオーネ:あら、私から見ればまだまだ子どもよ。
ペコラ:ちびウォルフ。
レオーネ:ペコラ、そういう意味じゃないわ。
0:(少しの間)
レオーネ:……さて、そろそろお客様がお見えになる頃かしら?
レオーネ:ウォルフ、お出迎えをお願いね。
ウォルフ:かしこまりました。
ペコラ:私もお出迎えするー。
レオーネ:あなたはこっちよ、ペコラ。お客様に紅茶とクッキーをご用意しなくてはね。
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0:その頃。
0:屋敷の門前に立っているスネイクとシアン。
スネイク:……でっけぇ屋敷だなぁ、こりゃ……
シアン:まあ、裏社会を仕切る大富豪なんだ、これくらいは当たり前なんじゃないかな。恐ろしいとは思うけれどね。
スネイク:で、入っちまっていいのかよ。一応俺たちは「招待客」なんだろ?
シアン:そうだけど……勝手に入るっていうのもちょっと……
ウォルフ:……お待たせして申し訳ございません。
スネイク:……あ?
スネイクとシアンが見ると、門の向こうにいつの間にか執事服の少年が立っている。
ウォルフ:ようこそ、ミス・レオーネの屋敷へ。お待ちしておりました。
スネイク:……なんだこのガキ。レオーネの使用人か?
ウォルフ:ガキって言うな。
スネイク:あン?
ウォルフ:(咳払い)……失礼。
ウォルフ:僕はミス・レオーネの執事、ウォルフと申します。以後お見知りおきを。
シアン:初めまして、ウォルフくん。僕はシアン、こっちの彼は相方のスネイク。
シアン:わざわざお出迎えありがとう。相方が失礼をしたね、代わって謝罪するよ。
ウォルフ:いえ……別に、全く、気にしてないので。
スネイク:……気にしてないって顔じゃねぇけどな。
ウォルフ:とにかく、こちらへどうぞ。……中でミス・レオーネがお待ちです。
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0:応接室にて。
0:向かい合って座るレオーネとシアン・スネイク。レオーネの両サイドにはウォルフとペコラが控えている。
レオーネ:……ようこそ、我が屋敷へ。歓迎するわ、殺し屋さん。
シアン:ご招待ありがとうございます、ミス・レオーネ。お会いできて光栄です。
レオーネ:堅苦しいのはナシにしましょう。私のことは気軽にレオーネと呼んでくださればいいわ。
シアン:そんな恐れ多い……
スネイク:……で、レオーネさんよ。わざわざ俺たちを呼びつけた理由はなんだ?
スネイク:まさかのんびりティータイムってわけじゃねぇだろうに。殺し屋を呼ぶってことは、どっかの誰かを消してぇんだろ?
シアン:おいスネイク……!
レオーネ:ふふ、そうね……せっかくお忙しい中来ていただいたのだし、もったいぶる必要もないわ。
レオーネ:早速本題に入りましょうか。ペコラ、「あれ」を持ってきてくれる?
ペコラ:はいはーい。
0:何かを取りに行くペコラ。
スネイク:……なんだよ、「あれ」って。
レオーネ:見れば分かるわ。
レオーネ:それよりも、あなたたちご存知かしら。
シアン:何をです?
レオーネ:……『林檎の悪魔』。
シアン:……!
スネイク:林檎の、悪魔ァ?……なんだそりゃあ。
シアン:おいまさかスネイク、知らないのか!?あれだけ世間を騒がせてるシリアルキラーだぞ!?先週の新聞にだって出てたじゃないか!
スネイク:俺が新聞なんて読まねぇってことはテメェが一番よく知ってんだろうがよ。
レオーネ:『林檎の悪魔』……遺体のそばに“齧りかけの林檎”を置いておくという特徴からその名がついた。
レオーネ:犯人像は全く分からず、被害者にも共通点は見当たらず……犯行の動機も分からなければ、その“齧りかけの林檎”の意味も分からない。本当に謎だらけの事件よ。
スネイク:……で?その『林檎の悪魔』とやらがなんだってんだよ。
ペコラ:お待たせ―、持ってきたよん。
ペコラは何か手紙のようなものを持って戻ってくる。
レオーネ:ああ、ちょうどよかった。ありがとう、ペコラ。
シアン:なんです?それは。
スネイク:手紙か?
レオーネ:ええ、そうよ。
レオーネ:ウォルフ、手紙を読み上げてくれる?
ウォルフ:かしこまりました。
0:ペコラから手紙を受け取るウォルフ。
ウォルフ:『哀れなる魂へ。明日の夜、汝は原罪の贖いを知る』。
ウォルフ:……以上。
スネイク:それだけかよ、短ぇな。
シアン:原罪の、贖い……。
レオーネ:ふふ、意味が分からないでしょう?こんなにも内容が意味不明なお手紙なんて初めてよ。さすがの私でもお手上げだわ。
スネイク:差出人は?
レオーネ:はっきりと書かれていないけれど……ほら、ここを見て。文末に林檎のマークが添えられているの。
レオーネ:手紙の内容を踏まえてみても、おそらくこれを書いたのは……件の『林檎の悪魔』でしょう。
スネイク:おいおいマジかよ……。
ペコラ:その『林檎の悪魔』ってやつ、頭沸いてるんだよ。「こんな文章書けちゃう自分カッコイイ」って勘違いしてるバカなんだよきっと。
ウォルフ:お前は黙ってろペコラ。今はレオーネ様が話してるだろ。
ペコラ:ほーい。
レオーネ:それでね、お二人への“依頼”というのはここからが本番なのだけれど……
レオーネ:私を、この『林檎の悪魔』から、守っていただけないかしら。
シアン:……つまり、護衛ということでしょうか。
レオーネ:ええ、そういうこと。
レオーネ:この手紙が届いたのは昨日。……つまり『明日の夜』とは今夜のことを示しているはずだわ。
レオーネ:だから、この屋敷に不躾にも忍び込んでくるであろう『林檎の悪魔』から、私を守り抜いてほしいのよ。
スネイク:守るっつってもなぁ……俺はあまりそういうのは得意じゃねぇ。
シアン:得意じゃなくてもやるしかないよ、スネイク。ミス・レオーネの護衛だなんて光栄じゃないか。
レオーネ:ふふ、前向きに検討してもらえたら嬉しいわ。報酬金も、きちんとお支払いするつもりだし。
スネイク:……その報酬金は、もちろんそれなりに出してもらえるんだろうな、女王様よぉ?
レオーネ:あなたたちの希望通りに出しましょう、そこはお約束するわ。
スネイク:いいねぇ、それなら――
ウォルフ:ただし。
ウォルフ:それはミス・レオーネを「守り抜くこと」が絶対条件です。
スネイク:……あ?
ウォルフ:明日の朝を迎えるまでに、もし一度でもミス・レオーネの身が危険に晒されるようなことがあれば……
ウォルフ:あるいは、考えたくはないですが……ミス・レオーネが本当に『林檎の悪魔』に殺害されるようなことがあれば。
ウォルフ:その時点で、報酬金はゼロとさせていただきます。
スネイク:……ああそうかい、分かったよ。ちゃんと護衛してやっから安心しな。
ウォルフ:絶対ですからね。
スネイク:だーから、分かったって。……めんどくせぇガキ。
ウォルフ:ガキじゃねぇって言ってんだろ。
レオーネ:よしなさいウォルフ。
ウォルフ:(咳払い)……すみません。
スネイク:……(舌打ち)。
シアン:大丈夫ですよ、僕たちが責任をもって、ミス・レオーネをお守りしますから。
ウォルフ:……よろしくお願いします。
レオーネ:ありがとう、殺し屋さん。頼りにしているわ。
レオーネ:……それじゃあペコラ。今晩泊まっていただく部屋に、お二人を案内してさしあげて。
ペコラ:あいよー、りょうかーい。
レオーネ:長距離の移動でお疲れでしょう?少しお部屋で休んでちょうだい。夜まではまだ長いから。
シアン:お気遣いありがとうございます、ミス・レオーネ。
ペコラ:こっちだよー、おいでー。
シアン:さ、行こう、スネイク。
スネイク:……ああ。
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0:三人が部屋を出て行くのを見送るレオーネとウォルフ。
ウォルフ:……レオーネ様。
レオーネ:なぁに?ウォルフ。
ウォルフ:今からでも遅くありません、やっぱりやめませんか。
レオーネ:ふふ、本当にあなたは心配性ね、ウォルフ。大丈夫と言ったでしょう?
ウォルフ:ですが、何があるか分からないじゃないですか……!
ウォルフ:本当に『林檎の悪魔』が――
0:(レオーネ、ウォルフの言葉を遮るように)
レオーネ:ウォルフ。それ以上はここで言わないで。
ウォルフ:あ……す、すみません……
レオーネ:最初に言ったでしょう、何もかもは私の掌の上だと。
レオーネ:……もう既に始まっているのよ。今さら引き返したりなんてできないわ。
ウォルフ:レオーネ様……
レオーネ:平気よ、ウォルフ。私を信じて。
レオーネ:恐れるに値しないわ。……ここは私のテリトリーなのだから。
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0:ペコラを先頭に、廊下を歩いていく三人。
ペコラ:はー、廊下長すぎ。端から端まで歩くの嫌になっちゃう。
シアン:ハハ、これだけ大きなお屋敷だと、掃除も一苦労だね。
ペコラ:私が毎日一人でお掃除してるんだよー?私って偉いよねー。
スネイク:一人で?他に使用人とかいねぇのかよ。
ペコラ:いないよー。私とウォルフだけ。
シアン:へぇ……そうなんだ。
スネイク:あんなかわいくねぇガキが執事とはなぁ。
ペコラ:あはは、おもしろー。
0:(少しの間)
ペコラ:……そういえばさ、おじさん達って変わってるよね。
スネイク:あ?誰がおじさんだって?
ペコラ:え?違うの?
スネイク:おじさんなんて言われるような歳じゃねぇ。
ペコラ:えー、でも私から見たらおじさんだし。
スネイク:こいつ……
シアン:まあまあスネイク。……で、変わってるってどういうことだい?
ペコラ:だってさ、おじさん達って「犬と蛇」でしょ?相性悪いって聞いたことある。
スネイク:……なんだそりゃ。
シアン:ああ……僕もそんな話聞いたことあるなぁ。たしか、ペットとしては一緒に飼わない方がいい、みたいな話だったと思うけど。
ペコラ:相性悪いのになんで一緒にいるの?ケンカしない?
スネイク:……ケンカなんざ日常茶飯事だよ。
シアン:ハハハ、そうだね。相性悪いっていうのは間違ってないのかも。
シアン:……でも、僕もスネイクも、お互いコードネームを名乗ってるだけだからね。それがたまたま「犬と蛇」だったんだよ。
ペコラ:こーどねーむ?
シアン:そう、この業界で生きる上での名前だよ。
スネイク:殺し屋なんて仕事、本名で続けるわけにいかねぇからな。
ペコラ:ふーん。じゃあおじさん達のほんとの名前は?
スネイク:教えるわけねぇだろ。なんのためのコードネームだと思ってんだ。
ペコラ:えー、ケチー。
スネイク:ケチじゃねぇ。
シアン:……名前の相性、か……それを言うなら、キミとウォルフくんもそうじゃないかな。
ペコラ:え?私とウォルフが?
シアン:だって「羊と狼」、だろう?
スネイク:羊と……狼ィ?
ペコラ:……あは、なにそれ。
シアン:キミが羊、ウォルフくんが狼。……それこそ相性最悪じゃないかい?
スネイク:なんでだよ。
シアン:スネイク、キミ、聖書くらい読んだことあるだろう?
スネイク:……俺は神様なんざ信じてねぇよ。
シアン:おや、それは残念だな。……ペコラちゃん、キミは?
ペコラ:……さあね、どうだろ。
シアン:臆病でか弱くて無力な羊。……そして、その天敵である狼。
シアン:狼は羊を喰らう。羊は為すすべなく喰らわれてしまう。まさしく力と非力だよ。だから名前の相性を言うなら、キミとウォルフくんもあんまりいいとは言えないよ。
シアン:……むしろ、一緒にいるのが不自然なくらいだ。
ペコラ:へー……そーなんだ、知らなかった。
ペコラ:……私、聖書なんて読まないし、興味ないし。
スネイク:つーかよ、シアン。別にそんな話わざわざする必要ねぇだろうよ。大人げねぇな。
シアン:……ああ、ごめん。意地悪を言いたかったわけじゃ――
ペコラ:別に意地悪とも思ってないからへーき。先にこの話始めたのは私だし。
ペコラ:それに、私とウォルフが相性悪いっていうのも間違ってないんだよねー。いっつもケンカしてるからさ。
スネイク:……ま、気にしてねぇならいいけどよ。
ペコラ:もしかして蛇のおじさん、気遣ってくれたの?案外優しいとこあるじゃんか、見直したぞ。
スネイク:なんだよ蛇のおじさんって。
ペコラ:コードネームが蛇だから、蛇のおじさん。
スネイク:……ああそうかい。
ペコラ:……あ、そんな話してたら着いたよ、おじさん達の部屋。
0:三人は部屋の前で立ち止まる。
ペコラ:じゃ、私はレオーネ様のとこに戻るから。あとはごゆっくりー。
シアン:ああ、ありがとう、ペコラちゃん。
0:ペコラが戻っていくのを見送るシアンとスネイク。
スネイク:……さて、じゃあ俺たちは夜までゆっくりするか。
シアン:でもスネイク、『林檎の悪魔』がいつ来るか分からないんだから、気を抜かない方がいいよ。
スネイク:来るのは今日の夜なんだろ?まだ昼過ぎじゃねぇか。
シアン:手紙にそう書いてあったからって、本当にそうだとは限らないだろ。
スネイク:大丈夫だって、仮にそいつが夜になるより前に襲ってきたとしても、気配で気付ける。いつ来ようが、どっから来ようが同じだよ。
シアン:あまり、自分を過信しすぎないようにね、スネイク。何かあってからじゃ遅いんだからさ。
スネイク:テメェは心配しすぎなんだよシアン。まあ、この屋敷の“番犬”になるっていうんじゃ、それくらいがちょうどいいかもしれねぇがな。
シアン:……ハハ、上手いこと言うね。
0:シアンは伸びをして、大きく息を吐く。
シアン:……でもたしかに、キミのいう通りかもしれない。お言葉に甘えて、少し休ませてもらおう。
シアン:どうせ今夜は、眠れないだろうからね。
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0:
0:その頃。
ペコラ:……ねー、ウォルフ。
ウォルフ:なんだよ。
ペコラ:私とウォルフってさ、相性悪いんだってー。
ウォルフ:……はぁ?何の話だよ。
ペコラ:さっき、あのシアンっておじさんが言ってた。
ペコラ:私が羊で、ウォルフが狼。……聖書では、羊と狼って相性最悪なんだってさ。
ペコラ:一緒にいるのが、不自然なくらいにね。
ウォルフ:……ふーん。
0:(少しの間)
ウォルフ:……ペコラ。
ペコラ:なに、ウォルフ。
ウォルフ:そうだとしても、僕たちのやることは変わらないよ。
ペコラ:……。
ウォルフ:僕たちは二人で一つだ。これまでもこれからも、僕の隣にいるのはペコラなんだよ。誰がなんと言おうと、それは変わらない。
ペコラ:……なにそれ、プロポーズのつもり?
ウォルフ:そんなわけないだろ、茶化すなよ。
ペコラ:あはは、冗談冗談。……だいじょぶ、言いたいことはちゃんと分かってるし。
ペコラ:私だって、もうここまで来たら、ウォルフが隣にいなきゃ落ち着かないもんね。
ペコラ:……でも、相性悪いのは嘘じゃなくない?
ウォルフ:お前がいつもふざけてるのが悪いんだろ。
ペコラ:ウォルフは怒りすぎー、血圧上がっちゃうよー。
ウォルフ:うるさいな、そういうとこだぞ。
ペコラ:へーへー。
ペコラ:……まあ、他人の言うこと気にする必要ないよねってことで。
ウォルフ:……そうだな。
ペコラ:私らは私らの“やるべきこと”をやろう。……もうすぐ、日が暮れるしね。
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0:
0:その夜、レオーネの部屋の前。
レオーネ:……それじゃあ殺し屋さん、あとはお願いね。
シアン:ええ、僕たちが絶対にお守りしますから……安心してお休みください、ミス・レオーネ。
スネイク:その『林檎の悪魔』とやら、脳天ぶち抜いてやっていいんだろ?
レオーネ:ふふ、その辺りはお任せするわ。私を守ってくれるのであれば、ね。
レオーネ:……では、おやすみなさい。
シアン:おやすみなさいませ。
0:
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0:
0:その頃。
ウォルフ:ペコラ、今夜は眠っちゃだめだからな。
ペコラ:分かってるよ。ウォルフの方こそ、うたた寝とかしないでよね。
ウォルフ:するわけないだろ。ていうか、こんな状況じゃしたくても無理だ。
ペコラ:あは、だよねー。私も一緒。
ペコラ:……さーて、一体どうなるのかな。
ウォルフ:さぁな。とにかく僕たちはただ……やるべきことをやるだけだ。
0:
0:
0:
レオーネ:(N)時計の針は進んでいく。
レオーネ:(N)もうすぐ、ページはめくられようとしている。
レオーネ:(N)文字列を指先でなぞり、御言葉(みことば)を口ずさみ。
レオーネ:(N)甘い香りに誘われて、熟れた果実に手を伸ばせば、もう無垢なる魂へは戻れない。
レオーネ:(N)手繰るのは、始まりの糸。……そこに贖いという名前を添えて。
0:
0:
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0:レオーネの部屋の前にて。
スネイク:……で、これからどうするよ。
シアン:そうだね……どちらか片方がここで警備、もう片方が屋敷内を巡回、という形でどうかな。
スネイク:異議なし。じゃあシアン、お前はここで部屋見張っとけ。俺が屋敷内回ってくる。
シアン:いいのかい?
スネイク:ああ。俺の方が夜目が利くからな。
シアン:それは違いないな。……じゃあ、お願いするよ。
スネイク:任せとけ。お前も気ィ抜くなよ。
シアン:ああ、分かってる。気を付けてね、スネイク。
0:
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0:
0:屋敷内を巡回するスネイク。
スネイク:……にしても、ほんとにでけぇ屋敷だなぁ。
スネイク:隅から隅まで回るにも気が遠くなりそうだぜ……ったく……。
スネイク:たった三人だってのに、こんな広いところに住んでるなんてよぉ……羨ましいぜ、金持ちってのは。
0:途中、ウォルフやペコラの部屋の前を通り過ぎる。
スネイク:……ガキどもはちゃんと寝てんのかねぇ。
スネイク:あの執事のガキなんて、レオーネが心配で眠れねぇんじゃねぇの。……ガキは寝て育つのが仕事だろうによ。
スネイク:……あ、……?
0:そのとき突然、スネイクの視界がぼやける。
スネイク:(なん、だ……?)
スネイク:(急に……目が、霞ん……で……)
スネイク:(……足、に……力が……入ら、な……)
0:足がふらつき、スネイクはその場に倒れ込む。
スネイク:(やべぇ……く、そ……)
スネイク:(シア、ン……)
0:
0:
0:
0:その頃。
0:シアンはレオーネの部屋の扉をそっと開ける。
シアン:……ミス・レオーネ。
シアン:就寝中にすみません……入りますね。
0:レオーネからの返答はなく、シアンはそのまま部屋に入っていく。
シアン:……眠ってます?寝たふり……とかじゃないですよね。
シアン:ああ、全然寝ていてもらって構わないんですけれども……
0:小声で話しながら、シアンはレオーネが眠るベッドへと近付いていく。
シアン:今のところ、侵入者や不審な人物はいません。この屋敷は、まだ安全です。
シアン:スネイクが屋敷を巡回してくれていますけど……今頃、どうなんでしょうね。
0:懐に手を伸ばすシアン。
0:取り出したのは、銀色に光る、小さなナイフ――
シアン:大丈夫ですよ。邪魔者はいません。
シアン:『犯した罪は、償わなくてはいけない。……だから、知りましょう、ミス・レオーネ』。
シアン:『今宵ここに、原罪の贖いを』――
ペコラ:――……させるかぁ!
0:次の瞬間。
0:部屋の扉が開き、シアンめがけてナイフが飛んでくる。
シアン:ぐッ……!?
0:腕にナイフが突き刺さり、シアンの手からナイフが零れ落ちる。
0:開かれた扉の向こうに立っていたのは、銃を構えるウォルフと、ナイフをくるくると弄んでいるペコラ。
ペコラ:あは、命中~。やっぱり私ってばコントロール抜群だねー。
ウォルフ:まあ……それは否定しない。
シアン:……ウォルフくんに……ペコラちゃん……?
ウォルフ:馴れ馴れしく名前を呼ぶんじゃねぇ。
ウォルフ:今すぐミス・レオーネから離れろ。さもないと、僕の銃弾がお前の額を撃ち抜くぞ。
シアン:な……なぜ……
レオーネ:……ふふ、なぜだか知りたい?
シアン:……ッ!?
0:シアンが振り返ると、眠っていたはずのレオーネがベッドで身を起こしている。
レオーネ:あなたがここに来ることなんて、とっくに分かっていたからよ。……『林檎の悪魔』さん?
シアン:……は、……なに、言ってるんですか……僕が『林檎の悪魔』?……あはは、冗談やめてくださいよ……
シアン:だって僕は、あなたに依頼されて……あなたの、護衛を……
ペコラ:護衛するはずの人が「寝首を搔く」なんてありえなくない?犬のおじさん。
シアン:……いや……これ、は……
ウォルフ:言い逃れなんてさせねぇぞ、お前が『林檎の悪魔』だってことは、もうずっと前にレオーネ様は把握してたんだからな。
シアン:な……ならば、なぜ僕に護衛なんて……
レオーネ:私の取引先が何人か、あなたに殺されてしまっていてね。これ以上面倒事になる前にあなたを始末してしなくてはと考えていたところに……タイミングよく、あなたが私を標的として“選んで”くれた。
レオーネ:だったら逆にこれを利用して、私のテリトリーに引きずり込んでしまえば、楽にやれると思った。……案の定、作戦は大成功だったわ。
シアン:……は、ハハ……じゃあつまり僕は……最初からあなたの掌の上で踊らされていたということですか……
シアン:侵入する手間が省けたと思いましたけど……全部罠だったと……
レオーネ:ええ、そういうこと。楽しんでもらえたかしら?
シアン:……、……。
ウォルフ:おい『林檎の悪魔』、今すぐ武器を捨てて部屋から出ろ。
ペコラ:三対一じゃ勝ち目ないよー、おじさん。
シアン:……。
シアン:……ああ……なんで……なんでこうなるんだろう……。
シアン:ハハ……こんなことならキミたちのことも……眠らせておけば良かったですかね!!
ウォルフ:……!
ペコラ:ウォルフ危ない!
0:シアンがウォルフに向けてナイフを投げる。
0:しかし直後ペコラがナイフを投げ、二本のナイフは空中でぶつかり弾け落ちる。
シアン:せっかく上手いことスネイクが場を離れてくれて、これで邪魔されることなく“贖える”と思ったのに……!!
ウォルフ:レオーネ様!早くこっちへ……!
レオーネ:ええ……!
シアン:……駄目ですよ、ミス・レオーネ。
レオーネ:……!
0:振り返ったシアンがレオーネをベッドに引き戻し押し倒す。
シアン:今宵あなたは選ばれた。逃げたらいけませんよ。
ウォルフ:レオーネ様!!
シアン:あなたは、贖わなくてはいけない。その“命”という罪に対して……持って生まれた罪に対して、あなたは償わなくてはいけないんですよ。
ペコラ:レオーネさまから離れなよ、おじさん。私のナイフが今度は首を搔っ切るよ!
シアン:僕は罪を裁く者なんですよ。今宵はあなたが裁かれる番なんです。受け入れましょうよ、認めましょうよ、ミス・レオーネ!
レオーネ:……ふふ、全く何のことを言っているのやら、理解が追い付かないわね。
レオーネ:でも、そうね……あなたはクリスチャンなのかしら?手紙にあった『原罪』だの『贖い』だのと……それは聖書の言葉でしょう?
シアン:ええ、そうですよ、ミス・レオーネ。全て聖書にある通りです。
シアン:でも残念ながら……僕は神を信仰していませんよ、ミス・レオーネ。
レオーネ:あら、随分な矛盾ね。聖書は読むのに神は信じないだなんて。
シアン:この世に、神はいません。そんなものがいるのならきっと……この世はこんなに醜いもので溢れたりなどしないはずです。
シアン:長い歴史の中のどこかで、おそらく神とやらは、死んだのでしょう。
レオーネ:なら聞くわ、シアン。今あなたは、何を為そうとしているの?
シアン:……僕はもう、犬にはなりません。ミス・レオーネ。
レオーネ:どういう意味?
シアン:「シアン」という名は捨てるんです。これ以上愚行を繰り返さないために……僕が、僕こそが正しきを遂行する“神”になるために。
ウォルフ:……なんだそれ、馬鹿げてる。
ペコラ:……ほんとそう、理解不能。
シアン:キミたち子どもにはまだ理解が難しいだけさ。だけど……僕には分かるんだ。
シアン:この世は醜いもので溢れている。……人間なんて、自分勝手で我儘で、平気で人を傷付ける生き物だ。
シアン:だけど……そもそも神が“人間”なんていう存在を創り出したりなんてしなければ、こんなに醜い世の中になることだってなかっただろう?
シアン:そう、最初から“人間”なんてものが生まれなければ……人の命なんて、罪の塊なんだ。
レオーネ:……傲慢ね。
シアン:そうでしょうか?僕は賢いだけですよ、ミス・レオーネ。……『善悪を知りました』から。
レオーネ:人の命は悪。それを裁くが善。……そういうことかしら?
シアン:ええ、その通りですよ。……ふふ、それが理解できるあなたを殺してしまうのは、少し惜しい気もしますが。
シアン:でもあなたも罪深い命であることに変わりない。……だから、贖いの時です、ミス・レオーネ。
レオーネ:……ッ!
0:シアンがナイフを振り上げる。
ウォルフ:やめろ!!
ペコラ:こいつ、ぶっ殺す……!!
0:銃を構えるウォルフと、ナイフを投げようと振りかざすペコラ。
0:そこに――
スネイク:――……いい加減にしろよ、バカ犬が……!!
シアン:ぐぁッ……!?
0:銃声の後、シアンの肩を銃弾が貫き、シアンが膝をつく。
ウォルフとペコラの背後にいつの間にか、壁にもたれかかりながら銃を構えているスネイクがいる。
スネイク:……クソが……やってくれたなぁ、この野郎……!!
ウォルフ:お前……
ペコラ:蛇のおじさん!
シアン:……な、なんで……ここに、いるんだ……スネイク……
シアン:てっきり、キミは……睡眠薬で……眠らせたと、ばかり……!
スネイク:チッ……睡眠薬だったのかよ……どうりで、身体が言うこと聞かねぇわけだ……
スネイク:どうせ、夕食の飲み物にでも、混ぜてたんだろうけどよ……ふざけやがって……
ペコラ:ちょっとおじさん、動いてだいじょぶなわけ!?
スネイク:この状況でじっとしてる方がおかしいだろうがよ!
シアン:ああ……ついてないな……
スネイク:ふざけんなよ、シアン……テメェ今まで……俺のこと、ずっと騙して……
シアン:……ふ、キミが……新聞も読まないような世間知らずで……本当に助かったよ、スネイク。
スネイク:テメェ……!!
シアン:キミとのタッグも……今日までだね……これでもう、僕も……「シアン」を名乗らなくて済む……!
シアン:ああ、哀しいな……なんでなんだ……今までは一度も、失敗なんて……しなかったのに……!
シアン:……ごめんよ『イブ』……ミス・レオーネは……また今度にするよ……
レオーネ:……『イブ』?
シアン:それでは皆さん、僕はこれで……!
シアン:いつか再び、あなた方に……贖いを、必ず……!
ウォルフ:待て!!逃げるな!!
スネイク:シアン……!!
0:ウォルフとスネイクの制止も虚しく、シアンは部屋の窓から外へと飛び出していく。
ペコラ:マジむかつく、私追っかけてくる!
レオーネ:……やめなさい、ペコラ。
ペコラ:え?
レオーネ:今深追いするのは得策ではないわ。下手に刺激したら彼、屋敷ごと燃やしかねない。
ペコラ:……そっか……。
ウォルフ:レオーネ様、お怪我は!?
レオーネ:平気よ、ほら、この通り。
レオーネ:……殺し屋さんが、ちゃんと守ってくれたしね。
スネイク:ハ、こんなの……守ったうちに……入らねぇだろうよ……
0:壁にもたれかかったまま、段々と身体の力が抜けていくスネイク。
スネイク:クソが……今日は、何から何まで……最悪、だ……
スネイクは意識を失い、その場に崩れ落ちるように倒れる。
ペコラ:ちょ、おじさん……!
ウォルフ:おい、しっかりしろよ!おい……!
0:
0:
0:
0:その頃。
0:息を切らし、若干ふらつきながら走って逃げていくシアン。
シアン:……ハァ……ハァ……
シアン:ああ『イブ』……ごめんよ……僕はキミのようには……うまくできないね……
シアン:……でも必ず……必ず創ろう……二人で……『正しい世界』を……醜い悪のいない『正しい世界』を……!
シアン:さあ次は……誰が“贖う”番なのかな……!
0:
0:
0:
0:翌朝。
ペコラ:……レオーネさまー、朝ごはんができたよーん。
レオーネ:ありがとう、ペコラ。……あら、美味しそうなフレンチトースト。
ペコラ:へへーん、頑張って作った。
レオーネ:ふふ、とってもいい匂い。
レオーネ:……そういえば、ウォルフはどこに行ったのかしら?
ペコラ:あれ、さっきまでそこにいたと思うんだけど……
ウォルフ:ここにいますよ、レオーネ様。
レオーネ:ああ、いたいた。そろそろ朝食が――
0:レオーネの言葉が途中で止まる。
0:ウォルフの手にはロープ。そのロープの先には――
レオーネ:……あら、これは……
ペコラ:ちょっとウォルフ。なんで蛇のおじさんをロープでぐるぐる巻きにして引きずってるの?
ウォルフ:こいつ、逃げ出そうとしてたから。
スネイク:逃げるってなんだよ、帰ろうとしてただけだろうが!
ウォルフ:帰っていいって言ってないだろ、勝手なことすんな。
スネイク:なんでだよ、仕事は終わったんだから帰らせろって!
ペコラ:えー、せっかくおじさんの分もフレンチトースト作ったのに食べないのー?
スネイク:……甘いもん好きじゃねぇ。
ペコラ:じゃあ塩ふればいいよ。
スネイク:いや、だから……
レオーネ:報酬金は?
スネイク:……あ?
レオーネ:報酬金を受け取らずに帰るつもり?朝食の後でちゃんとお支払いしようと思ってたのに。
スネイク:……それは……
ウォルフ:何言ってるんですか、ダメですよ。
レオーネ:どうして?ウォルフ。
ウォルフ:僕言いましたよね、「ミス・レオーネを守り抜くことが絶対条件だ」と。
ウォルフ:「朝を迎えるまでに、一度でもミス・レオーネの身が危険に晒されるようなことがあれば、報酬金はゼロとする」とも言いました。
スネイク:……ああ、覚えてるよ。
ウォルフ:結果的にレオーネ様は無事でしたけど、危険な目に遭ったことには違いありません。僕とペコラが念のために待機していたから良かったけど、そうじゃなかったら……レオーネ様は『林檎の悪魔』に殺されていたかもしれない。
スネイク:……。
ウォルフ:あんたは自分の相方の正体も見破れずに、大事な場面でただ眠らされてただけじゃねぇか。そんなんで「護衛の仕事をした」なんて言われたって……そんなものに報酬金なんて払えねぇよ。
スネイク:……ああ、そうだな。
ウォルフ:あんたは、レオーネ様を守れなかった。……レオーネ様を守ったのは僕たちだ。
レオーネ:……それは少し違うわ、ウォルフ。
ウォルフ:……え?
スネイク:……。
レオーネ:確かに、私はあなた達に守ってもらった。それは間違ってない。
レオーネ:だけど……彼だって、私のことを守ってくれたわ。そうでしょう?
ウォルフ:で、でも……
ペコラ:そうだよウォルフ、レオーネさまが刺されそうになったときは、蛇のおじさんがバーンって撃って助けてくれたじゃん。忘れてないでしょ?
ウォルフ:でもそんなの、後から遅れて……!
レオーネ:……もうよしなさい、ウォルフ。あなたが私のことを思うがゆえに言ってくれているのは分かるけど……彼は彼にできることを精一杯やってくれたと思うわ。これ以上責めては駄目よ。
ウォルフ:……。
スネイク:だが……レオーネさんよ。
レオーネ:何かしら、殺し屋さん。
スネイク:……そのガキの言う通りだぜ。俺は……あんたを守れてねぇ。
レオーネ:……。
スネイク:俺がもっと早く、あいつが『林檎の悪魔』だってことに気付けてりゃあ良かった。……俺はあいつにまんまと眠らされて、その間にあんたは危険な目に遭ってたわけだ。このガキどもがいなけりゃ、あんたは死んでたかもしれねぇ。
スネイク:……報酬金は受け取れねぇよ。俺に受け取る資格はねぇ。
レオーネ:……そう。
ペコラ:……ほんとにいいの?おじさん。
スネイク:ちゃんと仕事してねぇのに金だけ貰うなんざ出来ねえだろうが。
ペコラ:そっかー……。
レオーネ:……あなたがそう言うのなら、仕方ないわね。
スネイク:ああ……だからもうここにいる理由もねぇし、俺は帰るぜ。いいだろ?
レオーネ:……うーん。
0:何かを考え込むレオーネ。
0:やがて、何かを思いついたように手をポンと打つ。
レオーネ:いいことを思いついたわ。
ペコラ:いいこと?なになに、教えてー!
レオーネ:ねぇ殺し屋さん。
スネイク:なんだよ。
レオーネ:あなた……私に雇われる気はない?
スネイク:……はぁ?
ウォルフ:……レオーネ様、いきなり何を……
レオーネ:私の護衛役として雇われてみないか、という提案よ。衣食住揃っているし、あんまり悪い条件じゃないと思うけど。
スネイク:おいふざけんなよ、俺はフリーの殺し屋だぞ?なんであんたに雇われたりなんて――
レオーネ:あら、今回私の護衛という役目を果たせなかったこと、本当に申し訳なく思っているのなら前向きに検討してくれると思ったのだけど……そうでもないみたいねぇ?
スネイク:え、いや……それは……
ウォルフ:僕は反対ですレオーネ様!!今すぐこの男追い出しましょう!!
ペコラ:でもー、帰ろうとしてたおじさんを縛り上げたのはウォルフじゃーん。
ウォルフ:僕はただ逃げられる前に一言文句が言いたかっただけだ!!もう用事は済んだ!!
レオーネ:いいじゃない、ウォルフ。今回仕事が不十分だった分、これからここでしっかり護衛役として働いてもらいましょう?
ウォルフ:僕とペコラがいれば十分じゃないですか!!なんでわざわざこいつを――
レオーネ:あなたとペコラのことはもちろん信頼してるわ。でもあなた達に加えて、もう一人くらい腕の信頼できる大人がいた方が安心だと思うの。
ペコラ:それはそうかもー。うちらまだ子どもだしねー。
ウォルフ:僕は子どもじゃない!
レオーネ:……で、どうするの?
スネイク:いや、どうするったって……
レオーネ:イエスかノーで答えてちょうだい。私の護衛役になるのか否か。
スネイク:……。
ペコラ:ちなみに、ノーって答えたらどうなるの?
レオーネ:さあ、どうなるのかしらね。
レオーネ:……まあ、この裏社会を牛耳っている私の申し出を断るなんてこと、ないと思うけれど……ねぇ?
ペコラ:うっひゃあー、レオーネさまこわーい!
スネイク:……いやいや、洒落になんねぇぞ……
レオーネ:さあ、答えてちょうだい?
ペコラ:ほらほらおじさん早くー!どっちどっちー!?
スネイク:……あー……
スネイク:……。
レオーネ:んー?
ペコラ:どーするのー?
スネイク:……分かった、分かったよ!イエスって言えばいいんだろ!!
レオーネ:ふふ、契約成立ね。
ペコラ:やったー!!
ウォルフ:……なんで喜んでるんだよ……
ペコラ:だってー、このお屋敷に人が増えるんだよ?楽しそうじゃんか!
ウォルフ:……僕は頭が痛いよ……
ペコラ:あれま、寝不足?頭痛薬あげようか?
ウォルフ:……そういうことじゃないんだ、ペコラ……
スネイク:……はぁー……なんでこんなことに……
スネイク:……まあ、いいか……どうせフリーの殺し屋続けてたって……相方もいねぇんだもんな。
レオーネ:それじゃあ、改めて。
レオーネ:私の屋敷へようこそ。……これからよろしくね、スネイク。
スネイク:……ああ……まあ、ぼちぼち頑張るよ。
0:
0:(モノローグ)
ペコラ:神様はまず、天と地を創りました。
ウォルフ:そして、暗闇の中に光を創り、昼と夜ができました。
ペコラ:それから天を創り、大地を創り、海を創り、大地には植物を芽吹かせました。
ウォルフ:神様は、太陽と月と星も創りました。
ペコラ:魚や鳥も創りました。
ウォルフ:獣と家畜も創りました。
ペコラ:そして最後に……神のかたちに、人を創りました。
ウォルフ:初めての人間は、その名前を「アダムとイブ」と言いました。
ペコラ:二人はエデンの園で暮らすことになりました。
ウォルフ:神様は、アダムとイブに言いました。
ペコラ:「エデンの園の中央にある、善悪を知る木からは、決して実を取って食べてはいけません。食べればあなたたちは死んでしまうでしょう」
ウォルフ:アダムとイブは、神様の言いつけを守っていました。
ペコラ:でもある日、蛇がイブを唆しました。
ウォルフ:「この実を食べても死にはしない。これを食べればあなたの目は開(ひら)け、神のように善悪を知る者となるだろう」
ペコラ:イブはその実を食べました。そしてアダムにもそれをすすめました。
ウォルフ:こうして二人は、神様との約束を破りました。
ペコラ:これを知った神様は、アダムとイブをエデンの園から追放しました。
ウォルフ:二人は、“いつか必ず死ななくてはならない”という罰を受けました。
ペコラ:そうしてその罪は、子孫である私たちに受け継がれました。
ウォルフ:それはやがて、原罪と呼ばれるようになりました。
0:(少しの間)
レオーネ:……アダムとイブは善悪の木の実を食べて、善悪を知った。ならば二人は、神となったのか。
レオーネ:正しきを知り、過ちを裁き、正義を導き、不義を弾く。
レオーネ:あらゆる全てをその掌で包み込む、神という名の審判者。人間はその代行者となり得るのか。
レオーネ:不完全な存在が、傲慢にも手を伸ばし口付けた、腐って落ちた禁断の果実。
レオーネ:今宵その手でめくるのは、その贖いの1ページ。
0:
0:
0:
0:(タイトルコール)
ペコラ&ウォルフ:『原罪のスケープゴート』
0:
0:
0:
0:某所にて。
0:ソファーに横になり、うたた寝をしているスネイク。
シアン:……スネイク。おい、スネイク。
スネイク:……んー……
シアン:起きてくれスネイク、ほら。
スネイク:……ンだよ……もうちょい寝かせろ……
シアン:うたた寝なんかしてる場合じゃないよ、スネイク。新しい仕事だ。
スネイク:……仕事ォ……?
0:スネイクは起き上がって欠伸をすると、眠そうな目を擦る。
シアン:そう、久方ぶりの仕事だ。……依頼主の名前を聞いたら、きっと驚くよ。
スネイク:へぇ……じゃあ聞こうじゃねぇか、どこのどいつだ。
シアン:……レオーネ・アンジェリカ。
スネイク:レオーネ?……ああ、どっかで聞いたな。
シアン:どこかで聞いた、どころの話じゃないだろう、スネイク。この業界で彼女の名前を知らないなんてことがあるはずないさ。
シアン:彼女……レオーネ・アンジェリカは、この裏社会を仕切っている大富豪。僕らのような小さな殺し屋の命だって、彼女が握っているといっても過言ではない。
スネイク:悪いが他人になんざ興味ねぇよ。今日一日を生きるので精一杯だ。
スネイク:……で?そんな裏社会の女王様が、なんだって俺たちみたいなフリーの殺し屋に依頼を?
シアン:さあ……詳しいことはまだ分からないね。
スネイク:分からない?どういうこった。
シアン:彼女が依頼内容として送ってきたのはたった一言……『我が屋敷に招待する』と。それ以外に何も書いていないんだ。
スネイク:……なんだそれ、飯でも奢ってくれようってか?
シアン:だったら嬉しいけれどね。
スネイク:具体的な説明もなしに、ただ「屋敷に来い」って言われてもなぁ……なんだか色々と、勘繰っちまうが。
シアン:……とにかく、ミス・レオーネに呼び出されたとあっては無視するわけにいかないだろう。
シアン:ほら、早く支度してくれスネイク。あまり彼女をお待たせしてはいけないからね。
0:
0:
0:
0:レオーネの屋敷にて。
0:ワゴンを押して歩いてくるメイド服の少女。
ペコラ:……レオーネさまー、紅茶持ってきたよー。
ウォルフ:おいペコラ。「持ってきた」じゃなくて「お持ちしました」だろ。
ペコラ:へーへー……お持ちしましたよー、レオーネさま。
ウォルフ:なんだよその態度。レオーネ様に失礼だろ。
ペコラ:……ウォルフ、さっきからうるさい。
ウォルフ:お前の態度が軽いのがいけないんだ。
ペコラ:執事サマはお厳しいねぇー。
ウォルフ:お前はもう少しメイドらしくしろよ。
レオーネ:ケンカなんてよしなさい、二人とも。
ペコラ:ほらみろ、ウォルフのせいで怒られた。
ウォルフ:だってペコラが……
レオーネ:よしなさいと言ったでしょう。
ウォルフ:……すみません、レオーネ様。
レオーネ:もうすぐお客様がいらっしゃるのだから、きちんとしてちょうだい。お客様の前でケンカするなんてことがないようにね。
ペコラ:え?これから誰か来るの?
ウォルフ:昨日レオーネ様が話してただろ、聞いてなかったのか?
ペコラ:あー……そういえばそうだったかも。てか、多分寝ぼけながら聞いてた。
ウォルフ:……ったくお前は……
レオーネ:とある殺し屋さんをね、ご招待したのよ。
ペコラ:殺し屋さん?
レオーネ:そう。彼らに少し、お願いしたいことがあって。
ペコラ:ふーん……そうなんだ。
ウォルフ:……しかし、心配です。レオーネ様。
レオーネ:あら、どうして?
ウォルフ:その殺し屋というのは、レオーネ様の信用に足る相手でしょうか。
ペコラ:ほらほらー、そうやってすーぐ人を疑う。ウォルフの悪い癖。
ウォルフ:うるさいな。お前みたいに最初からなんでも信じられるほど馬鹿じゃないんだ。
ペコラ:あ、馬鹿って言ったな!
ウォルフ:ああ言ったよ。
レオーネ:……二人とも。
ウォルフ:(咳払い)……すみません。
ペコラ:(小声で)……ウォルフが悪いもん。
ウォルフ:(小声で)……聞こえてるぞ。
レオーネ:あなたの懸念も理解できるけれど、大丈夫よウォルフ。最初から何もかもは“私の掌の上”なのだから。
ウォルフ:それはそうでしょうが……最悪、何かイレギュラーが起こったら……
ペコラ:いざとなったら私とウォルフがいるじゃん。だいじょぶっしょ?
ウォルフ:……まあ……そうだな。
ペコラ:そーそ、なんでも悪い方に考えすぎー。
レオーネ:ふふ、頼りにしているわよ、小さな執事さんとメイドさん。
ウォルフ:……レオーネ様、いい加減その呼び方はやめてください。僕だってもう子どもじゃないんですから。
レオーネ:あら、私から見ればまだまだ子どもよ。
ペコラ:ちびウォルフ。
レオーネ:ペコラ、そういう意味じゃないわ。
0:(少しの間)
レオーネ:……さて、そろそろお客様がお見えになる頃かしら?
レオーネ:ウォルフ、お出迎えをお願いね。
ウォルフ:かしこまりました。
ペコラ:私もお出迎えするー。
レオーネ:あなたはこっちよ、ペコラ。お客様に紅茶とクッキーをご用意しなくてはね。
0:
0:
0:
0:その頃。
0:屋敷の門前に立っているスネイクとシアン。
スネイク:……でっけぇ屋敷だなぁ、こりゃ……
シアン:まあ、裏社会を仕切る大富豪なんだ、これくらいは当たり前なんじゃないかな。恐ろしいとは思うけれどね。
スネイク:で、入っちまっていいのかよ。一応俺たちは「招待客」なんだろ?
シアン:そうだけど……勝手に入るっていうのもちょっと……
ウォルフ:……お待たせして申し訳ございません。
スネイク:……あ?
スネイクとシアンが見ると、門の向こうにいつの間にか執事服の少年が立っている。
ウォルフ:ようこそ、ミス・レオーネの屋敷へ。お待ちしておりました。
スネイク:……なんだこのガキ。レオーネの使用人か?
ウォルフ:ガキって言うな。
スネイク:あン?
ウォルフ:(咳払い)……失礼。
ウォルフ:僕はミス・レオーネの執事、ウォルフと申します。以後お見知りおきを。
シアン:初めまして、ウォルフくん。僕はシアン、こっちの彼は相方のスネイク。
シアン:わざわざお出迎えありがとう。相方が失礼をしたね、代わって謝罪するよ。
ウォルフ:いえ……別に、全く、気にしてないので。
スネイク:……気にしてないって顔じゃねぇけどな。
ウォルフ:とにかく、こちらへどうぞ。……中でミス・レオーネがお待ちです。
0:
0:
0:
0:応接室にて。
0:向かい合って座るレオーネとシアン・スネイク。レオーネの両サイドにはウォルフとペコラが控えている。
レオーネ:……ようこそ、我が屋敷へ。歓迎するわ、殺し屋さん。
シアン:ご招待ありがとうございます、ミス・レオーネ。お会いできて光栄です。
レオーネ:堅苦しいのはナシにしましょう。私のことは気軽にレオーネと呼んでくださればいいわ。
シアン:そんな恐れ多い……
スネイク:……で、レオーネさんよ。わざわざ俺たちを呼びつけた理由はなんだ?
スネイク:まさかのんびりティータイムってわけじゃねぇだろうに。殺し屋を呼ぶってことは、どっかの誰かを消してぇんだろ?
シアン:おいスネイク……!
レオーネ:ふふ、そうね……せっかくお忙しい中来ていただいたのだし、もったいぶる必要もないわ。
レオーネ:早速本題に入りましょうか。ペコラ、「あれ」を持ってきてくれる?
ペコラ:はいはーい。
0:何かを取りに行くペコラ。
スネイク:……なんだよ、「あれ」って。
レオーネ:見れば分かるわ。
レオーネ:それよりも、あなたたちご存知かしら。
シアン:何をです?
レオーネ:……『林檎の悪魔』。
シアン:……!
スネイク:林檎の、悪魔ァ?……なんだそりゃあ。
シアン:おいまさかスネイク、知らないのか!?あれだけ世間を騒がせてるシリアルキラーだぞ!?先週の新聞にだって出てたじゃないか!
スネイク:俺が新聞なんて読まねぇってことはテメェが一番よく知ってんだろうがよ。
レオーネ:『林檎の悪魔』……遺体のそばに“齧りかけの林檎”を置いておくという特徴からその名がついた。
レオーネ:犯人像は全く分からず、被害者にも共通点は見当たらず……犯行の動機も分からなければ、その“齧りかけの林檎”の意味も分からない。本当に謎だらけの事件よ。
スネイク:……で?その『林檎の悪魔』とやらがなんだってんだよ。
ペコラ:お待たせ―、持ってきたよん。
ペコラは何か手紙のようなものを持って戻ってくる。
レオーネ:ああ、ちょうどよかった。ありがとう、ペコラ。
シアン:なんです?それは。
スネイク:手紙か?
レオーネ:ええ、そうよ。
レオーネ:ウォルフ、手紙を読み上げてくれる?
ウォルフ:かしこまりました。
0:ペコラから手紙を受け取るウォルフ。
ウォルフ:『哀れなる魂へ。明日の夜、汝は原罪の贖いを知る』。
ウォルフ:……以上。
スネイク:それだけかよ、短ぇな。
シアン:原罪の、贖い……。
レオーネ:ふふ、意味が分からないでしょう?こんなにも内容が意味不明なお手紙なんて初めてよ。さすがの私でもお手上げだわ。
スネイク:差出人は?
レオーネ:はっきりと書かれていないけれど……ほら、ここを見て。文末に林檎のマークが添えられているの。
レオーネ:手紙の内容を踏まえてみても、おそらくこれを書いたのは……件の『林檎の悪魔』でしょう。
スネイク:おいおいマジかよ……。
ペコラ:その『林檎の悪魔』ってやつ、頭沸いてるんだよ。「こんな文章書けちゃう自分カッコイイ」って勘違いしてるバカなんだよきっと。
ウォルフ:お前は黙ってろペコラ。今はレオーネ様が話してるだろ。
ペコラ:ほーい。
レオーネ:それでね、お二人への“依頼”というのはここからが本番なのだけれど……
レオーネ:私を、この『林檎の悪魔』から、守っていただけないかしら。
シアン:……つまり、護衛ということでしょうか。
レオーネ:ええ、そういうこと。
レオーネ:この手紙が届いたのは昨日。……つまり『明日の夜』とは今夜のことを示しているはずだわ。
レオーネ:だから、この屋敷に不躾にも忍び込んでくるであろう『林檎の悪魔』から、私を守り抜いてほしいのよ。
スネイク:守るっつってもなぁ……俺はあまりそういうのは得意じゃねぇ。
シアン:得意じゃなくてもやるしかないよ、スネイク。ミス・レオーネの護衛だなんて光栄じゃないか。
レオーネ:ふふ、前向きに検討してもらえたら嬉しいわ。報酬金も、きちんとお支払いするつもりだし。
スネイク:……その報酬金は、もちろんそれなりに出してもらえるんだろうな、女王様よぉ?
レオーネ:あなたたちの希望通りに出しましょう、そこはお約束するわ。
スネイク:いいねぇ、それなら――
ウォルフ:ただし。
ウォルフ:それはミス・レオーネを「守り抜くこと」が絶対条件です。
スネイク:……あ?
ウォルフ:明日の朝を迎えるまでに、もし一度でもミス・レオーネの身が危険に晒されるようなことがあれば……
ウォルフ:あるいは、考えたくはないですが……ミス・レオーネが本当に『林檎の悪魔』に殺害されるようなことがあれば。
ウォルフ:その時点で、報酬金はゼロとさせていただきます。
スネイク:……ああそうかい、分かったよ。ちゃんと護衛してやっから安心しな。
ウォルフ:絶対ですからね。
スネイク:だーから、分かったって。……めんどくせぇガキ。
ウォルフ:ガキじゃねぇって言ってんだろ。
レオーネ:よしなさいウォルフ。
ウォルフ:(咳払い)……すみません。
スネイク:……(舌打ち)。
シアン:大丈夫ですよ、僕たちが責任をもって、ミス・レオーネをお守りしますから。
ウォルフ:……よろしくお願いします。
レオーネ:ありがとう、殺し屋さん。頼りにしているわ。
レオーネ:……それじゃあペコラ。今晩泊まっていただく部屋に、お二人を案内してさしあげて。
ペコラ:あいよー、りょうかーい。
レオーネ:長距離の移動でお疲れでしょう?少しお部屋で休んでちょうだい。夜まではまだ長いから。
シアン:お気遣いありがとうございます、ミス・レオーネ。
ペコラ:こっちだよー、おいでー。
シアン:さ、行こう、スネイク。
スネイク:……ああ。
0:
0:
0:
0:三人が部屋を出て行くのを見送るレオーネとウォルフ。
ウォルフ:……レオーネ様。
レオーネ:なぁに?ウォルフ。
ウォルフ:今からでも遅くありません、やっぱりやめませんか。
レオーネ:ふふ、本当にあなたは心配性ね、ウォルフ。大丈夫と言ったでしょう?
ウォルフ:ですが、何があるか分からないじゃないですか……!
ウォルフ:本当に『林檎の悪魔』が――
0:(レオーネ、ウォルフの言葉を遮るように)
レオーネ:ウォルフ。それ以上はここで言わないで。
ウォルフ:あ……す、すみません……
レオーネ:最初に言ったでしょう、何もかもは私の掌の上だと。
レオーネ:……もう既に始まっているのよ。今さら引き返したりなんてできないわ。
ウォルフ:レオーネ様……
レオーネ:平気よ、ウォルフ。私を信じて。
レオーネ:恐れるに値しないわ。……ここは私のテリトリーなのだから。
0:
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0:
0:ペコラを先頭に、廊下を歩いていく三人。
ペコラ:はー、廊下長すぎ。端から端まで歩くの嫌になっちゃう。
シアン:ハハ、これだけ大きなお屋敷だと、掃除も一苦労だね。
ペコラ:私が毎日一人でお掃除してるんだよー?私って偉いよねー。
スネイク:一人で?他に使用人とかいねぇのかよ。
ペコラ:いないよー。私とウォルフだけ。
シアン:へぇ……そうなんだ。
スネイク:あんなかわいくねぇガキが執事とはなぁ。
ペコラ:あはは、おもしろー。
0:(少しの間)
ペコラ:……そういえばさ、おじさん達って変わってるよね。
スネイク:あ?誰がおじさんだって?
ペコラ:え?違うの?
スネイク:おじさんなんて言われるような歳じゃねぇ。
ペコラ:えー、でも私から見たらおじさんだし。
スネイク:こいつ……
シアン:まあまあスネイク。……で、変わってるってどういうことだい?
ペコラ:だってさ、おじさん達って「犬と蛇」でしょ?相性悪いって聞いたことある。
スネイク:……なんだそりゃ。
シアン:ああ……僕もそんな話聞いたことあるなぁ。たしか、ペットとしては一緒に飼わない方がいい、みたいな話だったと思うけど。
ペコラ:相性悪いのになんで一緒にいるの?ケンカしない?
スネイク:……ケンカなんざ日常茶飯事だよ。
シアン:ハハハ、そうだね。相性悪いっていうのは間違ってないのかも。
シアン:……でも、僕もスネイクも、お互いコードネームを名乗ってるだけだからね。それがたまたま「犬と蛇」だったんだよ。
ペコラ:こーどねーむ?
シアン:そう、この業界で生きる上での名前だよ。
スネイク:殺し屋なんて仕事、本名で続けるわけにいかねぇからな。
ペコラ:ふーん。じゃあおじさん達のほんとの名前は?
スネイク:教えるわけねぇだろ。なんのためのコードネームだと思ってんだ。
ペコラ:えー、ケチー。
スネイク:ケチじゃねぇ。
シアン:……名前の相性、か……それを言うなら、キミとウォルフくんもそうじゃないかな。
ペコラ:え?私とウォルフが?
シアン:だって「羊と狼」、だろう?
スネイク:羊と……狼ィ?
ペコラ:……あは、なにそれ。
シアン:キミが羊、ウォルフくんが狼。……それこそ相性最悪じゃないかい?
スネイク:なんでだよ。
シアン:スネイク、キミ、聖書くらい読んだことあるだろう?
スネイク:……俺は神様なんざ信じてねぇよ。
シアン:おや、それは残念だな。……ペコラちゃん、キミは?
ペコラ:……さあね、どうだろ。
シアン:臆病でか弱くて無力な羊。……そして、その天敵である狼。
シアン:狼は羊を喰らう。羊は為すすべなく喰らわれてしまう。まさしく力と非力だよ。だから名前の相性を言うなら、キミとウォルフくんもあんまりいいとは言えないよ。
シアン:……むしろ、一緒にいるのが不自然なくらいだ。
ペコラ:へー……そーなんだ、知らなかった。
ペコラ:……私、聖書なんて読まないし、興味ないし。
スネイク:つーかよ、シアン。別にそんな話わざわざする必要ねぇだろうよ。大人げねぇな。
シアン:……ああ、ごめん。意地悪を言いたかったわけじゃ――
ペコラ:別に意地悪とも思ってないからへーき。先にこの話始めたのは私だし。
ペコラ:それに、私とウォルフが相性悪いっていうのも間違ってないんだよねー。いっつもケンカしてるからさ。
スネイク:……ま、気にしてねぇならいいけどよ。
ペコラ:もしかして蛇のおじさん、気遣ってくれたの?案外優しいとこあるじゃんか、見直したぞ。
スネイク:なんだよ蛇のおじさんって。
ペコラ:コードネームが蛇だから、蛇のおじさん。
スネイク:……ああそうかい。
ペコラ:……あ、そんな話してたら着いたよ、おじさん達の部屋。
0:三人は部屋の前で立ち止まる。
ペコラ:じゃ、私はレオーネ様のとこに戻るから。あとはごゆっくりー。
シアン:ああ、ありがとう、ペコラちゃん。
0:ペコラが戻っていくのを見送るシアンとスネイク。
スネイク:……さて、じゃあ俺たちは夜までゆっくりするか。
シアン:でもスネイク、『林檎の悪魔』がいつ来るか分からないんだから、気を抜かない方がいいよ。
スネイク:来るのは今日の夜なんだろ?まだ昼過ぎじゃねぇか。
シアン:手紙にそう書いてあったからって、本当にそうだとは限らないだろ。
スネイク:大丈夫だって、仮にそいつが夜になるより前に襲ってきたとしても、気配で気付ける。いつ来ようが、どっから来ようが同じだよ。
シアン:あまり、自分を過信しすぎないようにね、スネイク。何かあってからじゃ遅いんだからさ。
スネイク:テメェは心配しすぎなんだよシアン。まあ、この屋敷の“番犬”になるっていうんじゃ、それくらいがちょうどいいかもしれねぇがな。
シアン:……ハハ、上手いこと言うね。
0:シアンは伸びをして、大きく息を吐く。
シアン:……でもたしかに、キミのいう通りかもしれない。お言葉に甘えて、少し休ませてもらおう。
シアン:どうせ今夜は、眠れないだろうからね。
0:
0:
0:
0:その頃。
ペコラ:……ねー、ウォルフ。
ウォルフ:なんだよ。
ペコラ:私とウォルフってさ、相性悪いんだってー。
ウォルフ:……はぁ?何の話だよ。
ペコラ:さっき、あのシアンっておじさんが言ってた。
ペコラ:私が羊で、ウォルフが狼。……聖書では、羊と狼って相性最悪なんだってさ。
ペコラ:一緒にいるのが、不自然なくらいにね。
ウォルフ:……ふーん。
0:(少しの間)
ウォルフ:……ペコラ。
ペコラ:なに、ウォルフ。
ウォルフ:そうだとしても、僕たちのやることは変わらないよ。
ペコラ:……。
ウォルフ:僕たちは二人で一つだ。これまでもこれからも、僕の隣にいるのはペコラなんだよ。誰がなんと言おうと、それは変わらない。
ペコラ:……なにそれ、プロポーズのつもり?
ウォルフ:そんなわけないだろ、茶化すなよ。
ペコラ:あはは、冗談冗談。……だいじょぶ、言いたいことはちゃんと分かってるし。
ペコラ:私だって、もうここまで来たら、ウォルフが隣にいなきゃ落ち着かないもんね。
ペコラ:……でも、相性悪いのは嘘じゃなくない?
ウォルフ:お前がいつもふざけてるのが悪いんだろ。
ペコラ:ウォルフは怒りすぎー、血圧上がっちゃうよー。
ウォルフ:うるさいな、そういうとこだぞ。
ペコラ:へーへー。
ペコラ:……まあ、他人の言うこと気にする必要ないよねってことで。
ウォルフ:……そうだな。
ペコラ:私らは私らの“やるべきこと”をやろう。……もうすぐ、日が暮れるしね。
0:
0:
0:
0:その夜、レオーネの部屋の前。
レオーネ:……それじゃあ殺し屋さん、あとはお願いね。
シアン:ええ、僕たちが絶対にお守りしますから……安心してお休みください、ミス・レオーネ。
スネイク:その『林檎の悪魔』とやら、脳天ぶち抜いてやっていいんだろ?
レオーネ:ふふ、その辺りはお任せするわ。私を守ってくれるのであれば、ね。
レオーネ:……では、おやすみなさい。
シアン:おやすみなさいませ。
0:
0:
0:
0:その頃。
ウォルフ:ペコラ、今夜は眠っちゃだめだからな。
ペコラ:分かってるよ。ウォルフの方こそ、うたた寝とかしないでよね。
ウォルフ:するわけないだろ。ていうか、こんな状況じゃしたくても無理だ。
ペコラ:あは、だよねー。私も一緒。
ペコラ:……さーて、一体どうなるのかな。
ウォルフ:さぁな。とにかく僕たちはただ……やるべきことをやるだけだ。
0:
0:
0:
レオーネ:(N)時計の針は進んでいく。
レオーネ:(N)もうすぐ、ページはめくられようとしている。
レオーネ:(N)文字列を指先でなぞり、御言葉(みことば)を口ずさみ。
レオーネ:(N)甘い香りに誘われて、熟れた果実に手を伸ばせば、もう無垢なる魂へは戻れない。
レオーネ:(N)手繰るのは、始まりの糸。……そこに贖いという名前を添えて。
0:
0:
0:
0:レオーネの部屋の前にて。
スネイク:……で、これからどうするよ。
シアン:そうだね……どちらか片方がここで警備、もう片方が屋敷内を巡回、という形でどうかな。
スネイク:異議なし。じゃあシアン、お前はここで部屋見張っとけ。俺が屋敷内回ってくる。
シアン:いいのかい?
スネイク:ああ。俺の方が夜目が利くからな。
シアン:それは違いないな。……じゃあ、お願いするよ。
スネイク:任せとけ。お前も気ィ抜くなよ。
シアン:ああ、分かってる。気を付けてね、スネイク。
0:
0:
0:
0:屋敷内を巡回するスネイク。
スネイク:……にしても、ほんとにでけぇ屋敷だなぁ。
スネイク:隅から隅まで回るにも気が遠くなりそうだぜ……ったく……。
スネイク:たった三人だってのに、こんな広いところに住んでるなんてよぉ……羨ましいぜ、金持ちってのは。
0:途中、ウォルフやペコラの部屋の前を通り過ぎる。
スネイク:……ガキどもはちゃんと寝てんのかねぇ。
スネイク:あの執事のガキなんて、レオーネが心配で眠れねぇんじゃねぇの。……ガキは寝て育つのが仕事だろうによ。
スネイク:……あ、……?
0:そのとき突然、スネイクの視界がぼやける。
スネイク:(なん、だ……?)
スネイク:(急に……目が、霞ん……で……)
スネイク:(……足、に……力が……入ら、な……)
0:足がふらつき、スネイクはその場に倒れ込む。
スネイク:(やべぇ……く、そ……)
スネイク:(シア、ン……)
0:
0:
0:
0:その頃。
0:シアンはレオーネの部屋の扉をそっと開ける。
シアン:……ミス・レオーネ。
シアン:就寝中にすみません……入りますね。
0:レオーネからの返答はなく、シアンはそのまま部屋に入っていく。
シアン:……眠ってます?寝たふり……とかじゃないですよね。
シアン:ああ、全然寝ていてもらって構わないんですけれども……
0:小声で話しながら、シアンはレオーネが眠るベッドへと近付いていく。
シアン:今のところ、侵入者や不審な人物はいません。この屋敷は、まだ安全です。
シアン:スネイクが屋敷を巡回してくれていますけど……今頃、どうなんでしょうね。
0:懐に手を伸ばすシアン。
0:取り出したのは、銀色に光る、小さなナイフ――
シアン:大丈夫ですよ。邪魔者はいません。
シアン:『犯した罪は、償わなくてはいけない。……だから、知りましょう、ミス・レオーネ』。
シアン:『今宵ここに、原罪の贖いを』――
ペコラ:――……させるかぁ!
0:次の瞬間。
0:部屋の扉が開き、シアンめがけてナイフが飛んでくる。
シアン:ぐッ……!?
0:腕にナイフが突き刺さり、シアンの手からナイフが零れ落ちる。
0:開かれた扉の向こうに立っていたのは、銃を構えるウォルフと、ナイフをくるくると弄んでいるペコラ。
ペコラ:あは、命中~。やっぱり私ってばコントロール抜群だねー。
ウォルフ:まあ……それは否定しない。
シアン:……ウォルフくんに……ペコラちゃん……?
ウォルフ:馴れ馴れしく名前を呼ぶんじゃねぇ。
ウォルフ:今すぐミス・レオーネから離れろ。さもないと、僕の銃弾がお前の額を撃ち抜くぞ。
シアン:な……なぜ……
レオーネ:……ふふ、なぜだか知りたい?
シアン:……ッ!?
0:シアンが振り返ると、眠っていたはずのレオーネがベッドで身を起こしている。
レオーネ:あなたがここに来ることなんて、とっくに分かっていたからよ。……『林檎の悪魔』さん?
シアン:……は、……なに、言ってるんですか……僕が『林檎の悪魔』?……あはは、冗談やめてくださいよ……
シアン:だって僕は、あなたに依頼されて……あなたの、護衛を……
ペコラ:護衛するはずの人が「寝首を搔く」なんてありえなくない?犬のおじさん。
シアン:……いや……これ、は……
ウォルフ:言い逃れなんてさせねぇぞ、お前が『林檎の悪魔』だってことは、もうずっと前にレオーネ様は把握してたんだからな。
シアン:な……ならば、なぜ僕に護衛なんて……
レオーネ:私の取引先が何人か、あなたに殺されてしまっていてね。これ以上面倒事になる前にあなたを始末してしなくてはと考えていたところに……タイミングよく、あなたが私を標的として“選んで”くれた。
レオーネ:だったら逆にこれを利用して、私のテリトリーに引きずり込んでしまえば、楽にやれると思った。……案の定、作戦は大成功だったわ。
シアン:……は、ハハ……じゃあつまり僕は……最初からあなたの掌の上で踊らされていたということですか……
シアン:侵入する手間が省けたと思いましたけど……全部罠だったと……
レオーネ:ええ、そういうこと。楽しんでもらえたかしら?
シアン:……、……。
ウォルフ:おい『林檎の悪魔』、今すぐ武器を捨てて部屋から出ろ。
ペコラ:三対一じゃ勝ち目ないよー、おじさん。
シアン:……。
シアン:……ああ……なんで……なんでこうなるんだろう……。
シアン:ハハ……こんなことならキミたちのことも……眠らせておけば良かったですかね!!
ウォルフ:……!
ペコラ:ウォルフ危ない!
0:シアンがウォルフに向けてナイフを投げる。
0:しかし直後ペコラがナイフを投げ、二本のナイフは空中でぶつかり弾け落ちる。
シアン:せっかく上手いことスネイクが場を離れてくれて、これで邪魔されることなく“贖える”と思ったのに……!!
ウォルフ:レオーネ様!早くこっちへ……!
レオーネ:ええ……!
シアン:……駄目ですよ、ミス・レオーネ。
レオーネ:……!
0:振り返ったシアンがレオーネをベッドに引き戻し押し倒す。
シアン:今宵あなたは選ばれた。逃げたらいけませんよ。
ウォルフ:レオーネ様!!
シアン:あなたは、贖わなくてはいけない。その“命”という罪に対して……持って生まれた罪に対して、あなたは償わなくてはいけないんですよ。
ペコラ:レオーネさまから離れなよ、おじさん。私のナイフが今度は首を搔っ切るよ!
シアン:僕は罪を裁く者なんですよ。今宵はあなたが裁かれる番なんです。受け入れましょうよ、認めましょうよ、ミス・レオーネ!
レオーネ:……ふふ、全く何のことを言っているのやら、理解が追い付かないわね。
レオーネ:でも、そうね……あなたはクリスチャンなのかしら?手紙にあった『原罪』だの『贖い』だのと……それは聖書の言葉でしょう?
シアン:ええ、そうですよ、ミス・レオーネ。全て聖書にある通りです。
シアン:でも残念ながら……僕は神を信仰していませんよ、ミス・レオーネ。
レオーネ:あら、随分な矛盾ね。聖書は読むのに神は信じないだなんて。
シアン:この世に、神はいません。そんなものがいるのならきっと……この世はこんなに醜いもので溢れたりなどしないはずです。
シアン:長い歴史の中のどこかで、おそらく神とやらは、死んだのでしょう。
レオーネ:なら聞くわ、シアン。今あなたは、何を為そうとしているの?
シアン:……僕はもう、犬にはなりません。ミス・レオーネ。
レオーネ:どういう意味?
シアン:「シアン」という名は捨てるんです。これ以上愚行を繰り返さないために……僕が、僕こそが正しきを遂行する“神”になるために。
ウォルフ:……なんだそれ、馬鹿げてる。
ペコラ:……ほんとそう、理解不能。
シアン:キミたち子どもにはまだ理解が難しいだけさ。だけど……僕には分かるんだ。
シアン:この世は醜いもので溢れている。……人間なんて、自分勝手で我儘で、平気で人を傷付ける生き物だ。
シアン:だけど……そもそも神が“人間”なんていう存在を創り出したりなんてしなければ、こんなに醜い世の中になることだってなかっただろう?
シアン:そう、最初から“人間”なんてものが生まれなければ……人の命なんて、罪の塊なんだ。
レオーネ:……傲慢ね。
シアン:そうでしょうか?僕は賢いだけですよ、ミス・レオーネ。……『善悪を知りました』から。
レオーネ:人の命は悪。それを裁くが善。……そういうことかしら?
シアン:ええ、その通りですよ。……ふふ、それが理解できるあなたを殺してしまうのは、少し惜しい気もしますが。
シアン:でもあなたも罪深い命であることに変わりない。……だから、贖いの時です、ミス・レオーネ。
レオーネ:……ッ!
0:シアンがナイフを振り上げる。
ウォルフ:やめろ!!
ペコラ:こいつ、ぶっ殺す……!!
0:銃を構えるウォルフと、ナイフを投げようと振りかざすペコラ。
0:そこに――
スネイク:――……いい加減にしろよ、バカ犬が……!!
シアン:ぐぁッ……!?
0:銃声の後、シアンの肩を銃弾が貫き、シアンが膝をつく。
ウォルフとペコラの背後にいつの間にか、壁にもたれかかりながら銃を構えているスネイクがいる。
スネイク:……クソが……やってくれたなぁ、この野郎……!!
ウォルフ:お前……
ペコラ:蛇のおじさん!
シアン:……な、なんで……ここに、いるんだ……スネイク……
シアン:てっきり、キミは……睡眠薬で……眠らせたと、ばかり……!
スネイク:チッ……睡眠薬だったのかよ……どうりで、身体が言うこと聞かねぇわけだ……
スネイク:どうせ、夕食の飲み物にでも、混ぜてたんだろうけどよ……ふざけやがって……
ペコラ:ちょっとおじさん、動いてだいじょぶなわけ!?
スネイク:この状況でじっとしてる方がおかしいだろうがよ!
シアン:ああ……ついてないな……
スネイク:ふざけんなよ、シアン……テメェ今まで……俺のこと、ずっと騙して……
シアン:……ふ、キミが……新聞も読まないような世間知らずで……本当に助かったよ、スネイク。
スネイク:テメェ……!!
シアン:キミとのタッグも……今日までだね……これでもう、僕も……「シアン」を名乗らなくて済む……!
シアン:ああ、哀しいな……なんでなんだ……今までは一度も、失敗なんて……しなかったのに……!
シアン:……ごめんよ『イブ』……ミス・レオーネは……また今度にするよ……
レオーネ:……『イブ』?
シアン:それでは皆さん、僕はこれで……!
シアン:いつか再び、あなた方に……贖いを、必ず……!
ウォルフ:待て!!逃げるな!!
スネイク:シアン……!!
0:ウォルフとスネイクの制止も虚しく、シアンは部屋の窓から外へと飛び出していく。
ペコラ:マジむかつく、私追っかけてくる!
レオーネ:……やめなさい、ペコラ。
ペコラ:え?
レオーネ:今深追いするのは得策ではないわ。下手に刺激したら彼、屋敷ごと燃やしかねない。
ペコラ:……そっか……。
ウォルフ:レオーネ様、お怪我は!?
レオーネ:平気よ、ほら、この通り。
レオーネ:……殺し屋さんが、ちゃんと守ってくれたしね。
スネイク:ハ、こんなの……守ったうちに……入らねぇだろうよ……
0:壁にもたれかかったまま、段々と身体の力が抜けていくスネイク。
スネイク:クソが……今日は、何から何まで……最悪、だ……
スネイクは意識を失い、その場に崩れ落ちるように倒れる。
ペコラ:ちょ、おじさん……!
ウォルフ:おい、しっかりしろよ!おい……!
0:
0:
0:
0:その頃。
0:息を切らし、若干ふらつきながら走って逃げていくシアン。
シアン:……ハァ……ハァ……
シアン:ああ『イブ』……ごめんよ……僕はキミのようには……うまくできないね……
シアン:……でも必ず……必ず創ろう……二人で……『正しい世界』を……醜い悪のいない『正しい世界』を……!
シアン:さあ次は……誰が“贖う”番なのかな……!
0:
0:
0:
0:翌朝。
ペコラ:……レオーネさまー、朝ごはんができたよーん。
レオーネ:ありがとう、ペコラ。……あら、美味しそうなフレンチトースト。
ペコラ:へへーん、頑張って作った。
レオーネ:ふふ、とってもいい匂い。
レオーネ:……そういえば、ウォルフはどこに行ったのかしら?
ペコラ:あれ、さっきまでそこにいたと思うんだけど……
ウォルフ:ここにいますよ、レオーネ様。
レオーネ:ああ、いたいた。そろそろ朝食が――
0:レオーネの言葉が途中で止まる。
0:ウォルフの手にはロープ。そのロープの先には――
レオーネ:……あら、これは……
ペコラ:ちょっとウォルフ。なんで蛇のおじさんをロープでぐるぐる巻きにして引きずってるの?
ウォルフ:こいつ、逃げ出そうとしてたから。
スネイク:逃げるってなんだよ、帰ろうとしてただけだろうが!
ウォルフ:帰っていいって言ってないだろ、勝手なことすんな。
スネイク:なんでだよ、仕事は終わったんだから帰らせろって!
ペコラ:えー、せっかくおじさんの分もフレンチトースト作ったのに食べないのー?
スネイク:……甘いもん好きじゃねぇ。
ペコラ:じゃあ塩ふればいいよ。
スネイク:いや、だから……
レオーネ:報酬金は?
スネイク:……あ?
レオーネ:報酬金を受け取らずに帰るつもり?朝食の後でちゃんとお支払いしようと思ってたのに。
スネイク:……それは……
ウォルフ:何言ってるんですか、ダメですよ。
レオーネ:どうして?ウォルフ。
ウォルフ:僕言いましたよね、「ミス・レオーネを守り抜くことが絶対条件だ」と。
ウォルフ:「朝を迎えるまでに、一度でもミス・レオーネの身が危険に晒されるようなことがあれば、報酬金はゼロとする」とも言いました。
スネイク:……ああ、覚えてるよ。
ウォルフ:結果的にレオーネ様は無事でしたけど、危険な目に遭ったことには違いありません。僕とペコラが念のために待機していたから良かったけど、そうじゃなかったら……レオーネ様は『林檎の悪魔』に殺されていたかもしれない。
スネイク:……。
ウォルフ:あんたは自分の相方の正体も見破れずに、大事な場面でただ眠らされてただけじゃねぇか。そんなんで「護衛の仕事をした」なんて言われたって……そんなものに報酬金なんて払えねぇよ。
スネイク:……ああ、そうだな。
ウォルフ:あんたは、レオーネ様を守れなかった。……レオーネ様を守ったのは僕たちだ。
レオーネ:……それは少し違うわ、ウォルフ。
ウォルフ:……え?
スネイク:……。
レオーネ:確かに、私はあなた達に守ってもらった。それは間違ってない。
レオーネ:だけど……彼だって、私のことを守ってくれたわ。そうでしょう?
ウォルフ:で、でも……
ペコラ:そうだよウォルフ、レオーネさまが刺されそうになったときは、蛇のおじさんがバーンって撃って助けてくれたじゃん。忘れてないでしょ?
ウォルフ:でもそんなの、後から遅れて……!
レオーネ:……もうよしなさい、ウォルフ。あなたが私のことを思うがゆえに言ってくれているのは分かるけど……彼は彼にできることを精一杯やってくれたと思うわ。これ以上責めては駄目よ。
ウォルフ:……。
スネイク:だが……レオーネさんよ。
レオーネ:何かしら、殺し屋さん。
スネイク:……そのガキの言う通りだぜ。俺は……あんたを守れてねぇ。
レオーネ:……。
スネイク:俺がもっと早く、あいつが『林檎の悪魔』だってことに気付けてりゃあ良かった。……俺はあいつにまんまと眠らされて、その間にあんたは危険な目に遭ってたわけだ。このガキどもがいなけりゃ、あんたは死んでたかもしれねぇ。
スネイク:……報酬金は受け取れねぇよ。俺に受け取る資格はねぇ。
レオーネ:……そう。
ペコラ:……ほんとにいいの?おじさん。
スネイク:ちゃんと仕事してねぇのに金だけ貰うなんざ出来ねえだろうが。
ペコラ:そっかー……。
レオーネ:……あなたがそう言うのなら、仕方ないわね。
スネイク:ああ……だからもうここにいる理由もねぇし、俺は帰るぜ。いいだろ?
レオーネ:……うーん。
0:何かを考え込むレオーネ。
0:やがて、何かを思いついたように手をポンと打つ。
レオーネ:いいことを思いついたわ。
ペコラ:いいこと?なになに、教えてー!
レオーネ:ねぇ殺し屋さん。
スネイク:なんだよ。
レオーネ:あなた……私に雇われる気はない?
スネイク:……はぁ?
ウォルフ:……レオーネ様、いきなり何を……
レオーネ:私の護衛役として雇われてみないか、という提案よ。衣食住揃っているし、あんまり悪い条件じゃないと思うけど。
スネイク:おいふざけんなよ、俺はフリーの殺し屋だぞ?なんであんたに雇われたりなんて――
レオーネ:あら、今回私の護衛という役目を果たせなかったこと、本当に申し訳なく思っているのなら前向きに検討してくれると思ったのだけど……そうでもないみたいねぇ?
スネイク:え、いや……それは……
ウォルフ:僕は反対ですレオーネ様!!今すぐこの男追い出しましょう!!
ペコラ:でもー、帰ろうとしてたおじさんを縛り上げたのはウォルフじゃーん。
ウォルフ:僕はただ逃げられる前に一言文句が言いたかっただけだ!!もう用事は済んだ!!
レオーネ:いいじゃない、ウォルフ。今回仕事が不十分だった分、これからここでしっかり護衛役として働いてもらいましょう?
ウォルフ:僕とペコラがいれば十分じゃないですか!!なんでわざわざこいつを――
レオーネ:あなたとペコラのことはもちろん信頼してるわ。でもあなた達に加えて、もう一人くらい腕の信頼できる大人がいた方が安心だと思うの。
ペコラ:それはそうかもー。うちらまだ子どもだしねー。
ウォルフ:僕は子どもじゃない!
レオーネ:……で、どうするの?
スネイク:いや、どうするったって……
レオーネ:イエスかノーで答えてちょうだい。私の護衛役になるのか否か。
スネイク:……。
ペコラ:ちなみに、ノーって答えたらどうなるの?
レオーネ:さあ、どうなるのかしらね。
レオーネ:……まあ、この裏社会を牛耳っている私の申し出を断るなんてこと、ないと思うけれど……ねぇ?
ペコラ:うっひゃあー、レオーネさまこわーい!
スネイク:……いやいや、洒落になんねぇぞ……
レオーネ:さあ、答えてちょうだい?
ペコラ:ほらほらおじさん早くー!どっちどっちー!?
スネイク:……あー……
スネイク:……。
レオーネ:んー?
ペコラ:どーするのー?
スネイク:……分かった、分かったよ!イエスって言えばいいんだろ!!
レオーネ:ふふ、契約成立ね。
ペコラ:やったー!!
ウォルフ:……なんで喜んでるんだよ……
ペコラ:だってー、このお屋敷に人が増えるんだよ?楽しそうじゃんか!
ウォルフ:……僕は頭が痛いよ……
ペコラ:あれま、寝不足?頭痛薬あげようか?
ウォルフ:……そういうことじゃないんだ、ペコラ……
スネイク:……はぁー……なんでこんなことに……
スネイク:……まあ、いいか……どうせフリーの殺し屋続けてたって……相方もいねぇんだもんな。
レオーネ:それじゃあ、改めて。
レオーネ:私の屋敷へようこそ。……これからよろしくね、スネイク。
スネイク:……ああ……まあ、ぼちぼち頑張るよ。