台本概要
89 views
タイトル | バルバッティン1【靴下を買いに編】 |
---|---|
作者名 | 荒木アキラ (@masakasoreha) |
ジャンル | ファンタジー |
演者人数 | 2人用台本(女1、不問1) |
時間 | 20 分 |
台本使用規定 | 台本説明欄参照 |
説明 |
バルバッティンとレイの出会いを描くほっこりファンタジー。 バルバッティンとはなにか??その謎を解くために、演じてみませんか。 【靴下を買いに編】では、バルバッティンの性別は不問です。 お好きなように仕上げていただけるとうれしいです。 上演時には、任意ではありますが、作者TwitterDM(@masakasoreha)までご連絡いただけると、 喜んで拝聴しに行きます。 89 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
レイ | 女 | 98 | 恋人のいる普通の女性。 |
バルバッティン | 不問 | 102 | ちょっと変わった人。 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
レイM:ちょっと留守をするつもりだった。
レイM:忘れ物したら取りに帰ればいい。
レイM:書き置きひとつ残して行かなかった。
レイM:だって、そんな義理もない。
レイM:死にはしないでしょ。
レイM:子供じゃあるまいし。
レイM:
レイM:
レイM:休みが重なったら見ようねって言ってた、エヴァのDVD。
レイM:4巻まで読んだデュマの長編小説。
レイM:お気に入りのジェラート・ピケのガウン。
レイM:大事にしていたもの全部、あの部屋に置いてきた。
レイM:
レイM:
レイM:だって、帰る場所はそこしかなかったんだもの。
レイM:帰れなくなるなんて、思ってなかったんだもの。
レイM:
レイM:
レイM:
バルバッティン:「あのう…。」
バルバッティン:
レイ:「…はい?」
レイ:
バルバッティン:「傘。入りませんか。」
バルバッティン:
レイ:「あ、傘?いえいえ、大丈夫です。」
レイ:
バルバッティン:「信号待ちの間だけでも、入ってください。」
バルバッティン:
レイ:「はあ…。すいません。ありがとうございます。」
レイ:
バルバッティン:「雪だから、小降りなら大丈夫かと思って、
バルバッティン:傘持ってない人、多いんですよ。」
バルバッティン:
レイ:「こんな季節に、しんしんと積もるなんて思わないですよね。」
レイ:
バルバッティン:「けっこう降られましたね。ぬれてますよ。」
バルバッティン:
レイ:「あはは、大丈夫ですよ。ハンカチありますから。」
レイ:
バルバッティン:「これ、よかったら使ってください。」
バルバッティン:
レイ:「いえいえ、本当に、ありますから。」
レイ:
バルバッティン:「そうですか…。」
バルバッティン:
レイ:「そっち、ぬれてませんか?
レイ:なんか、かえってご迷惑おかけして。」
レイ:
バルバッティン:「どちらまで?」
バルバッティン:
レイ:「ああ、この先の、地下鉄まで。」
レイ:
バルバッティン:「奇遇ですね。そこまでご一緒しますよ。」
バルバッティン:
レイ:「とんでもない!わたし、走るの得意なんで。」
レイ:
バルバッティン:「じゃあ、わたしも走りますよ。」
バルバッティン:
レイ:「え…?」
レイ:
バルバッティン:「…冗談です。」
バルバッティン:
レイ:「っふ、あははは、突然ですね。」
レイ:
バルバッティン:「はい、わたし突然こういったこと言いますよ。」
バルバッティン:
レイ:「いいですよ。わたしだって、冗談くらい言いますから。」
レイ:
バルバッティン:「あのう…。足、寒くないですか?」
バルバッティン:
レイ:「寒いですよ。裸足で出てきちゃったんで。」
レイ:
バルバッティン:「そんなに急いでるんですか?」
バルバッティン:
レイ:「ちょっとした、家出です。」
レイ:
バルバッティン:「そうですか…。」
バルバッティン:
レイ:「冗談です。」
レイ:
バルバッティン:「え…?」
バルバッティン:
レイ:「っふ、あははは、びっくりしたでしょう。」
レイ:
バルバッティン:「いえ。それならそれで、
バルバッティン:ちゃんとしないとなって。」
バルバッティン:
レイ:「どうしてあなたが?」
レイ:
バルバッティン:「行きがかり上、放っておけませんよ。」
バルバッティン:
レイ:「地下鉄、間に合うかなあ。」
レイ:
バルバッティン:「行くとこあるんですか?」
バルバッティン:
レイ:「家出なんて、冗談ですよ。」
レイ:
バルバッティン:「…じゃあ、なんで泣いてたんですか。」
バルバッティン:
レイ:「あ、ばれてました?」
レイ:
バルバッティン:「けっこう、こわいですよね。泣いてる人見るのって。」
バルバッティン:
レイ:「すいません。」
レイ:
バルバッティン:「謝ることじゃありませんよ。」
バルバッティン:
レイ:「でも、それで声かけてくれたんでしょう?」
レイ:
バルバッティン:「それもありますけど。
バルバッティン:なんか、こう、絵になるなあって。」
バルバッティン:
レイ:「雪の日に、泣いてる裸足の女が?」
レイ:
バルバッティン:「はい。なんだか、春を待ち焦がれているようで。」
バルバッティン:
レイ:「…突然、ロマンチックなこと言うんですね。」
レイ:
バルバッティン:「はい。わたしはそういうとこ、あります。」
バルバッティン:
レイ:「っふ、あははは、それ、口癖ですか?」
レイ:
バルバッティン:「え…?そういうとこあります?」
バルバッティン:
レイ:「それ。それですよ。」
レイ:
バルバッティン:「ああ、これですか。
バルバッティン:まあ、なにも言わないより、いいかなって。」
バルバッティン:
レイ:「なんだか、急に冷たいんですね。」
レイ:
バルバッティン:「え?そうですか?」
バルバッティン:
レイ:「そこは、『わたし、そういうとこあります』でしょ!」
レイ:
バルバッティン:「すいません。わたし、空気読めないんで。」
バルバッティン:
バルバッティン:
バルバッティン:
レイ:「あ、信号、変わりましたよ。わたし、もう行くんで。」
レイ:
バルバッティン:「え、ついでに地下鉄までお送りしますよ。」
バルバッティン:
レイ:「そう、ですか…?」
レイ:
バルバッティン:「…よかった。行ってしまわなくて。」
バルバッティン:
レイ:「どうしてです?」
レイ:
バルバッティン:「わたし、走るの遅いんですよ。」
バルバッティン:
レイ:「あはは、だれも、本当に走って逃げたりしませんよ。」
レイ:
バルバッティン:「だって、いまにも凍えそうじゃないですか。」
バルバッティン:
レイ:「たしかに、こんな格好ですからね。」
レイ:
バルバッティン:「本当に、飛び出して来ちゃったんですね。」
バルバッティン:
レイ:「恥ずかしながら、家出は冗談じゃないんです。」
レイ:
バルバッティン:「じゃあ、時間あります?」
バルバッティン:
レイ:「…ん?ありますけど。」
レイ:
バルバッティン:「靴下、買いに行きましょう。」
バルバッティン:
レイ:「そんな、知らないひとに、そこまでしてもらえませんよ。」
レイ:
バルバッティン:「知ってるひとなら、いいんですか?」
バルバッティン:
レイ:「あ、ケータイ。持って出るの忘れちゃった。」
レイ:
バルバッティン:「取りに帰ります?」
バルバッティン:
レイ:「いやですよ!…あ、いえ、ちょっとそれは。」
レイ:
バルバッティン:「…気まずいですよね。」
バルバッティン:
レイ:「こんなこと言えた義理じゃないんですけど…!」
レイ:
バルバッティン:「あ、じつは、わたしもケータイ持ってないんです。」
バルバッティン:
レイ:「ええ!そうなんですか!?」
レイ:
バルバッティン:「そういう習慣がないもので。」
バルバッティン:
レイ:「いまどき、珍しいですね。」
レイ:
バルバッティン:「はい、わたし…いや、もういいですよね。」
バルバッティン:
レイ:「空気、読みましたね。」
レイ:
バルバッティン:「ああ!今のが空気を読むというのですね。」
バルバッティン:
レイ:「っふ、あはは。おかしな人。」
レイ:
バルバッティン:「たまに言われます。」
バルバッティン:
レイ:「あ、こっち、近道していいですか?」
レイ:
バルバッティン:「それより、ちょっと、寄り道していいですか?」
バルバッティン:
レイ:「も、もちろん。」
レイ:
バルバッティン:「ちょっと、靴下を買いに。」
バルバッティン:
レイ:「いやいや、本当に、大丈夫ですって。」
レイ:
バルバッティン:「なんだか、…かわいそうで。」
バルバッティン:
レイ:「そんなにはっきり慰められるとは、思いませんでした。」
レイ:
バルバッティン:「『靴下を買いに。』っていいですよね。」
バルバッティン:
レイ:「『手袋を買いに』より?」
レイ:
バルバッティン:「そうそう、それ。
バルバッティン:なにかに似てるなあって思ってたんですよ。」
バルバッティン:
レイ:「…手袋がないより、靴下がないほうが、悲しいですね。」
レイ:
バルバッティン:「だから、買いにいきましょうよ。」
バルバッティン:
レイ:「…悲しい女に見えるのって、けっこういやですね。」
レイ:
バルバッティン:「…また泣くんですか?」
バルバッティン:
レイ:「…泣きませんよ。」
レイ:
バルバッティン:「決まりです。あなたは今から、少し、泣きますよ。」
バルバッティン:
バルバッティン:
レイM:おいおいと、おいおいと、泣いた。
レイM:惨めで、情けなくて、申し訳なくて、
レイM:でもなにもできなくて、泣いた。
レイM:
レイM:横なぐりの雪の中、傘と、その人がいなかったら、
レイM:と思うと、ぞっとした。
レイM:
レイM:ゆっくり、ゆっくり、わたしは、彼に近づいていた。
レイM:ゆっくり、ゆっくり、彼も、わたしに近づいていた。
レイM:
レイM:何かで温まるしか、
レイM:ほかにやりようがないまでそうしていて、
レイM:ふたり、びしょびしょにぬれながら、
レイM:最終的には、
レイM:開いてた喫茶店に飛び込むことになった。
レイM:
レイM:
バルバッティン:「〈震えながら〉コーヒー。
バルバッティン:コーヒーふたつでいいかな?」
バルバッティン:
レイ:「〈震えながら〉は…はい。
レイ:はい、もう、なんでもいいです。」
レイ:
バルバッティン:「まさか、こ…ここまで泣き止まないなんて、
バルバッティン:思わなくて。」
バルバッティン:
レイ:「すいません…。本当に、ごめんなさい。」
レイ:
バルバッティン:「きみは、雪の精なのかなって、ちょっと思ったりした。」
バルバッティン:
レイ:「よ…余裕ありますね。
レイ:そんなものなら、とっくにあなたから去ってますよ。
レイ:恩人をこんな目に遭わせたりしません!」
レイ:
バルバッティン:「ううう…寒い。寒いですね。寒いですね。」
バルバッティン:
レイ:「ああ、コーヒー、コーヒーがきましたよ!」
レイ:
バルバッティン:「コーヒー飲みましょう。
バルバッティン:とりあえず、飲みましょう。」
バルバッティン:
レイ:「〈コーヒーを飲みこんで〉はあ…。
レイ:ああ、生きてる…。」
レイ:
バルバッティン:「〈コーヒーを飲みこんで〉よかったあ。
バルバッティン:ふたりとも、無事で。」
バルバッティン:
レイ:「…あなた、いつもこんな目にあってません?」
レイ:
バルバッティン:「こんな目というと?」
バルバッティン:
レイ:「ひとがよすぎるんですよ。
レイ:ここまで付き合う必要、あります?」
レイ:
バルバッティン:「ありますよ。当たり前でしょう。」
バルバッティン:
レイ:「当たり前かあ…。
レイ:世の中、捨てたもんじゃないですね。」
レイ:
バルバッティン:「まあ、あれです。涙は、あったかいです。」
バルバッティン:
レイ:「…はい。…はい?」
レイ:
バルバッティン:「なんか、わたしも、もらい泣きしちゃって。」
バルバッティン:
レイ:「…ええ!?」
レイ:
バルバッティン:「吹雪の中で泣くと、目元だけ、熱いんですね。」
バルバッティン:
レイ:「…いま、胸も熱くなりました。」
レイ:
バルバッティン:「ええ!大丈夫ですか?」
バルバッティン:
レイ:「っふ、あはは、ちょっとくさい台詞。
レイ:あなたみたいでしょ?」
レイ:
バルバッティン:「わたし、そんな台詞、吐きませんよ。」
バルバッティン:
レイ:「…でも、ありがとう。」
レイ:
バルバッティン:「ああ、ちょっと、あったまってきましたね。」
バルバッティン:
レイ:「あなたのおかげです。わたし、ひとりだったらって思うと。」
レイ:
バルバッティン:「ひとりだったら、たぶん、こんな目にあってないです。」
バルバッティン:
レイ:「どうして?」
レイ:
バルバッティン:「あの信号から、走って地下鉄の駅に向かって。
バルバッティン:いまごろ、あったかい電車のシートで
バルバッティン:うたたねしてるかもしれませんよ。」
バルバッティン:
レイ:「…なんか、無駄に前向きですね。
レイ:わたし、いちおう、さっきまで修羅場を演じて、
レイ:家出してきたんですよ?
レイ:うたたねは、ないでしょう。うたたねは。」
レイ:
バルバッティン:「ああ、そうか。
バルバッティン:そういうとき、人は眠れないですよね。」
バルバッティン:
レイ:「なんでって、聞かないんですね。」
レイ:
バルバッティン:「え…?聞いてほしかったですか?」
バルバッティン:
レイ:「こんな目に遭わせたあげく、もらい泣きまでさせて、
レイ:理由を聞きたくはならないんですか?」
レイ:
バルバッティン:「そう、ですね。…なります。
バルバッティン:なりますね。」
バルバッティン:
レイ:「その…無理矢理聞いてもらおうってわけじゃないんですよ?」
レイ:
バルバッティン:「あなたが、話して楽になるなら、聞きますけど。
バルバッティン:また泣き出すんだったら、やめときます。」
バルバッティン:
レイ:「泣きません、もう、泣きませんよ。
レイ:ってゆうか、ここは天国かってくらいあったかいから、
レイ:ニヤニヤしちゃいます。」
レイ:
バルバッティン:「ニヤニヤですか。
バルバッティン:にっこり、とか、してもらえませんか。」
バルバッティン:
レイ:「うふふふ。」
レイ:
バルバッティン:「やっぱりあなたは不思議な人ですね。
バルバッティン:それで、どうして家出なんかしてきたんですか。」
バルバッティン:
レイ:「…そうだ。ニヤニヤしてる場合じゃないんだった。」
レイ:
バルバッティン:「なにか、悲しいことがあったんですか。」
バルバッティン:
レイ:「ちょっとしたことなんです。でも、許せなかったんです。」
レイ:
バルバッティン:「…子猫を殺された、とかですか。」
バルバッティン:
レイ:「それはちょっとしたことじゃないしょう。」
レイ:
バルバッティン:「そうでした。…犬を殺され」
バルバッティン:
レイ:「〈かぶせ気味に〉たしかに、許せませんけど。
レイ:ちがいます。」
レイ:
バルバッティン:「人…ではないですよね?…ね?」
バルバッティン:
レイ:「〈大きなため息をつく〉
レイ:…もう。いいです。
レイ:なんか、そんな大それたこと持ち出されたら、
レイ:自分が怒ってることなんて、
レイ:本当にくだらなく思えてきました。」
レイ:
バルバッティン:「とりあえず、生き物は、死んでないんですね?」
バルバッティン:
レイ:「そこ?そこなんですか?気になるのは。」
レイ:
バルバッティン:「一番大事なことでしょう。」
バルバッティン:
レイ:「…は、はい。」
レイ:
バルバッティン:「命がなくなるのは、悲しいんです。
バルバッティン:そんな恐ろしいことになるくらいなら、
バルバッティン:百年の眠りにつきたい。」
バルバッティン:
レイ:「…なにか、あったんですか?」
レイ:
バルバッティン:「いえ、わたしについては、なにもありません。
バルバッティン:あんなに泣くってことは、
バルバッティン:そのくらいの大事件が起きたって思うじゃないですか。」
バルバッティン:
レイ:「あなた、いちいちちょっとドラマチックなんですよ。
レイ:ドキッとしちゃいますよ。」
レイ:
バルバッティン:「わたし、ときどき、想像しすぎてしまうんです。
バルバッティン:どこか、おかしかったら、言ってくださいね。
バルバッティン:現実をちゃんと生きたいんです。」
バルバッティン:
レイ:「そういうとこですよ。そういうとこ。
レイ:『妄想がふくらんじゃって。えへへ』ですむところを、
レイ:あなたが大げさに言ってるだけですよ。」
レイ:
バルバッティン:「でも、こういうしか、
バルバッティン:ほかに言いようがないんです。」
バルバッティン:
レイ:「わかりました。…じゃあ、あなたの話し方でけっこうです。
レイ:わたしはね、あなたの言葉で言うなら、
レイ:男に、捨てられ、つらかった。
レイ:…ってとこです。
レイ:あーあ。これじゃ昭和の歌謡曲だ。あはは。」
レイ:
バルバッティン:「彼氏と、喧嘩でもしたんですか。」
バルバッティン:
レイ:「そう!それ!そういうのを待ってたんです。
レイ:…普通にしゃべれるんですね。びっくりだ。」
レイ:
バルバッティン:「…なるほど。彼氏に、女がいたとか?」
バルバッティン:
レイ:「そう。まさに、そのまんま。
レイ:しかも、なんでわかったかっていうと、
レイ:彼氏のケータイ見ちゃったんだよね。
レイ:あれは、見てはならないものだってわかってたのに、
レイ:わたし、馬鹿だよね。自分で墓穴掘っちゃった。
レイ:
レイ:しかもね、わたしには一言も言わないくせに、
レイ:相手の女には好きだの愛してるだの、
レイ:さんざん送って。
レイ:きわめつけは、「彼女には別れ話をする」だって。
レイ:
レイ:それ見ちゃったらさあ。
レイ:ドラマとかで、よくあるじゃない?
レイ:『あなた、これなあに?』って、
レイ:ケータイ掲げてにっこり笑って、
レイ:それからおもむろにひっぱたくの。
レイ:
レイ:現実に起きたら、それどころじゃなかった。
レイ:3年いっしょに暮らしたんだよ?
レイ:その生活全部、否定された気がした。
レイ:胸がはりさけそうで、じっとしていられなかったの。」
レイ:
バルバッティン:「よくしゃべりますね。…ああ、よかったあ。
バルバッティン:わたし、黙っちゃうひとと一緒にいると、
バルバッティン:自分も黙っちゃうんですよ。」
バルバッティン:
レイ:「じっとしていられなかったの!だから、家出してきたのよ!」
レイ:
バルバッティン:「ええ!?」
バルバッティン:
レイ:「こういうときは、『それはさぞつらかっただろうね』って、
レイ:同意してくれないと。」
レイ:
バルバッティン:「そっか。それは、…大変な思いをしたんだね。
バルバッティン:そんな男、捨てちゃえばいいいのに。」
バルバッティン:
レイ:「……。」
レイ:
バルバッティン:「え、わたしまたなにか言いました?」
バルバッティン:
レイ:「っふ、あはははは!…そっか、そっか。」
レイ:
バルバッティン:「よかったあ。笑ってくれて。
バルバッティン:また怒られるのかと思いました。」
バルバッティン:
レイ:「あなた、憎いと思った人いないの?」
レイ:
バルバッティン:「…いませんね。いまのところ。」
バルバッティン:
レイ:「恋愛ってね、愛憎入り交じってるの。
レイ:憎ければ憎いほど、執着心ってわいてくるものよ。」
レイ:
バルバッティン:「じゃあ、あなたは、
バルバッティン:その男のところに、帰るつもりなんですか。」
バルバッティン:
レイ:「…たぶんね。
レイ:女には別れ話をするって送っておきながら、
レイ:あの人、わたしには、
レイ:そしらぬふりをして隠し続けてきたんだもの。
レイ:…どっちが遊びかは、はっきりしてるでしょう。」
レイ:
バルバッティン:「そういうものですか。
バルバッティン:わたしは、あなたをこのまま連れ去りたいと
バルバッティン:思ってたんですが。」
バルバッティン:
レイ:「…おっと、問題発言!」
レイ:
バルバッティン:「いけませんか?
バルバッティン:わたしは、裸足のあなたに
バルバッティン:どうしても靴下を買ってあげたい。」
バルバッティン:
レイ:「連れ去りたいって、そういう意味なの?」
レイ:
バルバッティン:「ほかの意味のほうがよかったですか?」
バルバッティン:
レイ:「……!」
レイ:
バルバッティン:「…あ。くさい台詞って、
バルバッティン:こういうこと言うんですね。」
バルバッティン:
レイ:「もう…なんか、あなたといると、調子狂っちゃう。
レイ:わかった。
レイ:じゃあ、お別れに、靴下だけ、買ってもらおうかな。」
レイ:
バルバッティン:「靴下だけで、大丈夫かなあ。」
バルバッティン:
バルバッティン:
レイM:
レイM:喫茶店の外に出ると、空は満天の星空。
レイM:銀世界に輝く月は、切なくなるほどきれいだった。
レイM:
レイM:
バルバッティン:「さて、わたしは靴下を買ってきます。
バルバッティン:ここで待っててくださいね。」
バルバッティン:
レイ:「え?わたしも一緒に行っちゃダメなの?」
レイ:
バルバッティン:「『靴下を買いに』ですね。
バルバッティン:わたしはお使いに出るのです。
バルバッティン:帰りを待っててくれますよね?」
バルバッティン:
レイ:「…うふふ。わかりました。
レイ:わたしは、ここで待ってます。
レイ:あなたの帰りを、今か今かと、待ってます!」
レイ:
バルバッティン:「わたしはね、ほんとうは人間じゃないんですよ。」
バルバッティン:
レイM:
レイM:そのとき、突風が吹いて、わたしは思わず目をつぶった。
レイM:次に目を開けると、彼の後ろ姿が、街頭の向こうに消えるところだった。
レイM:聞き間違いかな。
レイM:わたしは、彼独特の冗談だと思って、空を見上げて少し笑った。
レイM:
レイM:それから、どれだけ時間がたっただろう。
レイM:一面の銀世界に、こころは真っ白に静まりかえっていた。
レイM:
レイM:あの身を焦がすような憎しみは、
レイM:炎のような嫉妬心は、どこへいったのだろう。
レイM:
レイM:執着心をもたない、…か。
レイM:そんな生き方もあるのだろうか。
レイM:
レイM:そんなことを考えていると、
レイM:わたしの凍えた足下に、ふと、
レイM:あたたかいものが触った。
レイM:
レイM:そこには、小さな小さな生き物が、
レイM:赤い靴下を持って立っていた。
レイM:
レイM:
バルバッティン:「言ったでしょう?人間の姿は仮の姿。
バルバッティン:わたしはバルバッティン。
バルバッティン:さあ、一緒に行きませんか?
バルバッティン:どこまでも、一緒に。
バルバッティン:時の旅へ。」
バルバッティン:
レイM:
レイM:こうして、わたしは、バルバッティンを抱きかかえると、
レイM:夜の静寂(しじま)の中を、
レイM:まだ誰も知らない土地へと歩き出した。
レイM:
レイM:わたしとバルバッティンだけの、見知らぬ土地へ。
レイM:
レイM:
レイM:
0:END
レイM:ちょっと留守をするつもりだった。
レイM:忘れ物したら取りに帰ればいい。
レイM:書き置きひとつ残して行かなかった。
レイM:だって、そんな義理もない。
レイM:死にはしないでしょ。
レイM:子供じゃあるまいし。
レイM:
レイM:
レイM:休みが重なったら見ようねって言ってた、エヴァのDVD。
レイM:4巻まで読んだデュマの長編小説。
レイM:お気に入りのジェラート・ピケのガウン。
レイM:大事にしていたもの全部、あの部屋に置いてきた。
レイM:
レイM:
レイM:だって、帰る場所はそこしかなかったんだもの。
レイM:帰れなくなるなんて、思ってなかったんだもの。
レイM:
レイM:
レイM:
バルバッティン:「あのう…。」
バルバッティン:
レイ:「…はい?」
レイ:
バルバッティン:「傘。入りませんか。」
バルバッティン:
レイ:「あ、傘?いえいえ、大丈夫です。」
レイ:
バルバッティン:「信号待ちの間だけでも、入ってください。」
バルバッティン:
レイ:「はあ…。すいません。ありがとうございます。」
レイ:
バルバッティン:「雪だから、小降りなら大丈夫かと思って、
バルバッティン:傘持ってない人、多いんですよ。」
バルバッティン:
レイ:「こんな季節に、しんしんと積もるなんて思わないですよね。」
レイ:
バルバッティン:「けっこう降られましたね。ぬれてますよ。」
バルバッティン:
レイ:「あはは、大丈夫ですよ。ハンカチありますから。」
レイ:
バルバッティン:「これ、よかったら使ってください。」
バルバッティン:
レイ:「いえいえ、本当に、ありますから。」
レイ:
バルバッティン:「そうですか…。」
バルバッティン:
レイ:「そっち、ぬれてませんか?
レイ:なんか、かえってご迷惑おかけして。」
レイ:
バルバッティン:「どちらまで?」
バルバッティン:
レイ:「ああ、この先の、地下鉄まで。」
レイ:
バルバッティン:「奇遇ですね。そこまでご一緒しますよ。」
バルバッティン:
レイ:「とんでもない!わたし、走るの得意なんで。」
レイ:
バルバッティン:「じゃあ、わたしも走りますよ。」
バルバッティン:
レイ:「え…?」
レイ:
バルバッティン:「…冗談です。」
バルバッティン:
レイ:「っふ、あははは、突然ですね。」
レイ:
バルバッティン:「はい、わたし突然こういったこと言いますよ。」
バルバッティン:
レイ:「いいですよ。わたしだって、冗談くらい言いますから。」
レイ:
バルバッティン:「あのう…。足、寒くないですか?」
バルバッティン:
レイ:「寒いですよ。裸足で出てきちゃったんで。」
レイ:
バルバッティン:「そんなに急いでるんですか?」
バルバッティン:
レイ:「ちょっとした、家出です。」
レイ:
バルバッティン:「そうですか…。」
バルバッティン:
レイ:「冗談です。」
レイ:
バルバッティン:「え…?」
バルバッティン:
レイ:「っふ、あははは、びっくりしたでしょう。」
レイ:
バルバッティン:「いえ。それならそれで、
バルバッティン:ちゃんとしないとなって。」
バルバッティン:
レイ:「どうしてあなたが?」
レイ:
バルバッティン:「行きがかり上、放っておけませんよ。」
バルバッティン:
レイ:「地下鉄、間に合うかなあ。」
レイ:
バルバッティン:「行くとこあるんですか?」
バルバッティン:
レイ:「家出なんて、冗談ですよ。」
レイ:
バルバッティン:「…じゃあ、なんで泣いてたんですか。」
バルバッティン:
レイ:「あ、ばれてました?」
レイ:
バルバッティン:「けっこう、こわいですよね。泣いてる人見るのって。」
バルバッティン:
レイ:「すいません。」
レイ:
バルバッティン:「謝ることじゃありませんよ。」
バルバッティン:
レイ:「でも、それで声かけてくれたんでしょう?」
レイ:
バルバッティン:「それもありますけど。
バルバッティン:なんか、こう、絵になるなあって。」
バルバッティン:
レイ:「雪の日に、泣いてる裸足の女が?」
レイ:
バルバッティン:「はい。なんだか、春を待ち焦がれているようで。」
バルバッティン:
レイ:「…突然、ロマンチックなこと言うんですね。」
レイ:
バルバッティン:「はい。わたしはそういうとこ、あります。」
バルバッティン:
レイ:「っふ、あははは、それ、口癖ですか?」
レイ:
バルバッティン:「え…?そういうとこあります?」
バルバッティン:
レイ:「それ。それですよ。」
レイ:
バルバッティン:「ああ、これですか。
バルバッティン:まあ、なにも言わないより、いいかなって。」
バルバッティン:
レイ:「なんだか、急に冷たいんですね。」
レイ:
バルバッティン:「え?そうですか?」
バルバッティン:
レイ:「そこは、『わたし、そういうとこあります』でしょ!」
レイ:
バルバッティン:「すいません。わたし、空気読めないんで。」
バルバッティン:
バルバッティン:
バルバッティン:
レイ:「あ、信号、変わりましたよ。わたし、もう行くんで。」
レイ:
バルバッティン:「え、ついでに地下鉄までお送りしますよ。」
バルバッティン:
レイ:「そう、ですか…?」
レイ:
バルバッティン:「…よかった。行ってしまわなくて。」
バルバッティン:
レイ:「どうしてです?」
レイ:
バルバッティン:「わたし、走るの遅いんですよ。」
バルバッティン:
レイ:「あはは、だれも、本当に走って逃げたりしませんよ。」
レイ:
バルバッティン:「だって、いまにも凍えそうじゃないですか。」
バルバッティン:
レイ:「たしかに、こんな格好ですからね。」
レイ:
バルバッティン:「本当に、飛び出して来ちゃったんですね。」
バルバッティン:
レイ:「恥ずかしながら、家出は冗談じゃないんです。」
レイ:
バルバッティン:「じゃあ、時間あります?」
バルバッティン:
レイ:「…ん?ありますけど。」
レイ:
バルバッティン:「靴下、買いに行きましょう。」
バルバッティン:
レイ:「そんな、知らないひとに、そこまでしてもらえませんよ。」
レイ:
バルバッティン:「知ってるひとなら、いいんですか?」
バルバッティン:
レイ:「あ、ケータイ。持って出るの忘れちゃった。」
レイ:
バルバッティン:「取りに帰ります?」
バルバッティン:
レイ:「いやですよ!…あ、いえ、ちょっとそれは。」
レイ:
バルバッティン:「…気まずいですよね。」
バルバッティン:
レイ:「こんなこと言えた義理じゃないんですけど…!」
レイ:
バルバッティン:「あ、じつは、わたしもケータイ持ってないんです。」
バルバッティン:
レイ:「ええ!そうなんですか!?」
レイ:
バルバッティン:「そういう習慣がないもので。」
バルバッティン:
レイ:「いまどき、珍しいですね。」
レイ:
バルバッティン:「はい、わたし…いや、もういいですよね。」
バルバッティン:
レイ:「空気、読みましたね。」
レイ:
バルバッティン:「ああ!今のが空気を読むというのですね。」
バルバッティン:
レイ:「っふ、あはは。おかしな人。」
レイ:
バルバッティン:「たまに言われます。」
バルバッティン:
レイ:「あ、こっち、近道していいですか?」
レイ:
バルバッティン:「それより、ちょっと、寄り道していいですか?」
バルバッティン:
レイ:「も、もちろん。」
レイ:
バルバッティン:「ちょっと、靴下を買いに。」
バルバッティン:
レイ:「いやいや、本当に、大丈夫ですって。」
レイ:
バルバッティン:「なんだか、…かわいそうで。」
バルバッティン:
レイ:「そんなにはっきり慰められるとは、思いませんでした。」
レイ:
バルバッティン:「『靴下を買いに。』っていいですよね。」
バルバッティン:
レイ:「『手袋を買いに』より?」
レイ:
バルバッティン:「そうそう、それ。
バルバッティン:なにかに似てるなあって思ってたんですよ。」
バルバッティン:
レイ:「…手袋がないより、靴下がないほうが、悲しいですね。」
レイ:
バルバッティン:「だから、買いにいきましょうよ。」
バルバッティン:
レイ:「…悲しい女に見えるのって、けっこういやですね。」
レイ:
バルバッティン:「…また泣くんですか?」
バルバッティン:
レイ:「…泣きませんよ。」
レイ:
バルバッティン:「決まりです。あなたは今から、少し、泣きますよ。」
バルバッティン:
バルバッティン:
レイM:おいおいと、おいおいと、泣いた。
レイM:惨めで、情けなくて、申し訳なくて、
レイM:でもなにもできなくて、泣いた。
レイM:
レイM:横なぐりの雪の中、傘と、その人がいなかったら、
レイM:と思うと、ぞっとした。
レイM:
レイM:ゆっくり、ゆっくり、わたしは、彼に近づいていた。
レイM:ゆっくり、ゆっくり、彼も、わたしに近づいていた。
レイM:
レイM:何かで温まるしか、
レイM:ほかにやりようがないまでそうしていて、
レイM:ふたり、びしょびしょにぬれながら、
レイM:最終的には、
レイM:開いてた喫茶店に飛び込むことになった。
レイM:
レイM:
バルバッティン:「〈震えながら〉コーヒー。
バルバッティン:コーヒーふたつでいいかな?」
バルバッティン:
レイ:「〈震えながら〉は…はい。
レイ:はい、もう、なんでもいいです。」
レイ:
バルバッティン:「まさか、こ…ここまで泣き止まないなんて、
バルバッティン:思わなくて。」
バルバッティン:
レイ:「すいません…。本当に、ごめんなさい。」
レイ:
バルバッティン:「きみは、雪の精なのかなって、ちょっと思ったりした。」
バルバッティン:
レイ:「よ…余裕ありますね。
レイ:そんなものなら、とっくにあなたから去ってますよ。
レイ:恩人をこんな目に遭わせたりしません!」
レイ:
バルバッティン:「ううう…寒い。寒いですね。寒いですね。」
バルバッティン:
レイ:「ああ、コーヒー、コーヒーがきましたよ!」
レイ:
バルバッティン:「コーヒー飲みましょう。
バルバッティン:とりあえず、飲みましょう。」
バルバッティン:
レイ:「〈コーヒーを飲みこんで〉はあ…。
レイ:ああ、生きてる…。」
レイ:
バルバッティン:「〈コーヒーを飲みこんで〉よかったあ。
バルバッティン:ふたりとも、無事で。」
バルバッティン:
レイ:「…あなた、いつもこんな目にあってません?」
レイ:
バルバッティン:「こんな目というと?」
バルバッティン:
レイ:「ひとがよすぎるんですよ。
レイ:ここまで付き合う必要、あります?」
レイ:
バルバッティン:「ありますよ。当たり前でしょう。」
バルバッティン:
レイ:「当たり前かあ…。
レイ:世の中、捨てたもんじゃないですね。」
レイ:
バルバッティン:「まあ、あれです。涙は、あったかいです。」
バルバッティン:
レイ:「…はい。…はい?」
レイ:
バルバッティン:「なんか、わたしも、もらい泣きしちゃって。」
バルバッティン:
レイ:「…ええ!?」
レイ:
バルバッティン:「吹雪の中で泣くと、目元だけ、熱いんですね。」
バルバッティン:
レイ:「…いま、胸も熱くなりました。」
レイ:
バルバッティン:「ええ!大丈夫ですか?」
バルバッティン:
レイ:「っふ、あはは、ちょっとくさい台詞。
レイ:あなたみたいでしょ?」
レイ:
バルバッティン:「わたし、そんな台詞、吐きませんよ。」
バルバッティン:
レイ:「…でも、ありがとう。」
レイ:
バルバッティン:「ああ、ちょっと、あったまってきましたね。」
バルバッティン:
レイ:「あなたのおかげです。わたし、ひとりだったらって思うと。」
レイ:
バルバッティン:「ひとりだったら、たぶん、こんな目にあってないです。」
バルバッティン:
レイ:「どうして?」
レイ:
バルバッティン:「あの信号から、走って地下鉄の駅に向かって。
バルバッティン:いまごろ、あったかい電車のシートで
バルバッティン:うたたねしてるかもしれませんよ。」
バルバッティン:
レイ:「…なんか、無駄に前向きですね。
レイ:わたし、いちおう、さっきまで修羅場を演じて、
レイ:家出してきたんですよ?
レイ:うたたねは、ないでしょう。うたたねは。」
レイ:
バルバッティン:「ああ、そうか。
バルバッティン:そういうとき、人は眠れないですよね。」
バルバッティン:
レイ:「なんでって、聞かないんですね。」
レイ:
バルバッティン:「え…?聞いてほしかったですか?」
バルバッティン:
レイ:「こんな目に遭わせたあげく、もらい泣きまでさせて、
レイ:理由を聞きたくはならないんですか?」
レイ:
バルバッティン:「そう、ですね。…なります。
バルバッティン:なりますね。」
バルバッティン:
レイ:「その…無理矢理聞いてもらおうってわけじゃないんですよ?」
レイ:
バルバッティン:「あなたが、話して楽になるなら、聞きますけど。
バルバッティン:また泣き出すんだったら、やめときます。」
バルバッティン:
レイ:「泣きません、もう、泣きませんよ。
レイ:ってゆうか、ここは天国かってくらいあったかいから、
レイ:ニヤニヤしちゃいます。」
レイ:
バルバッティン:「ニヤニヤですか。
バルバッティン:にっこり、とか、してもらえませんか。」
バルバッティン:
レイ:「うふふふ。」
レイ:
バルバッティン:「やっぱりあなたは不思議な人ですね。
バルバッティン:それで、どうして家出なんかしてきたんですか。」
バルバッティン:
レイ:「…そうだ。ニヤニヤしてる場合じゃないんだった。」
レイ:
バルバッティン:「なにか、悲しいことがあったんですか。」
バルバッティン:
レイ:「ちょっとしたことなんです。でも、許せなかったんです。」
レイ:
バルバッティン:「…子猫を殺された、とかですか。」
バルバッティン:
レイ:「それはちょっとしたことじゃないしょう。」
レイ:
バルバッティン:「そうでした。…犬を殺され」
バルバッティン:
レイ:「〈かぶせ気味に〉たしかに、許せませんけど。
レイ:ちがいます。」
レイ:
バルバッティン:「人…ではないですよね?…ね?」
バルバッティン:
レイ:「〈大きなため息をつく〉
レイ:…もう。いいです。
レイ:なんか、そんな大それたこと持ち出されたら、
レイ:自分が怒ってることなんて、
レイ:本当にくだらなく思えてきました。」
レイ:
バルバッティン:「とりあえず、生き物は、死んでないんですね?」
バルバッティン:
レイ:「そこ?そこなんですか?気になるのは。」
レイ:
バルバッティン:「一番大事なことでしょう。」
バルバッティン:
レイ:「…は、はい。」
レイ:
バルバッティン:「命がなくなるのは、悲しいんです。
バルバッティン:そんな恐ろしいことになるくらいなら、
バルバッティン:百年の眠りにつきたい。」
バルバッティン:
レイ:「…なにか、あったんですか?」
レイ:
バルバッティン:「いえ、わたしについては、なにもありません。
バルバッティン:あんなに泣くってことは、
バルバッティン:そのくらいの大事件が起きたって思うじゃないですか。」
バルバッティン:
レイ:「あなた、いちいちちょっとドラマチックなんですよ。
レイ:ドキッとしちゃいますよ。」
レイ:
バルバッティン:「わたし、ときどき、想像しすぎてしまうんです。
バルバッティン:どこか、おかしかったら、言ってくださいね。
バルバッティン:現実をちゃんと生きたいんです。」
バルバッティン:
レイ:「そういうとこですよ。そういうとこ。
レイ:『妄想がふくらんじゃって。えへへ』ですむところを、
レイ:あなたが大げさに言ってるだけですよ。」
レイ:
バルバッティン:「でも、こういうしか、
バルバッティン:ほかに言いようがないんです。」
バルバッティン:
レイ:「わかりました。…じゃあ、あなたの話し方でけっこうです。
レイ:わたしはね、あなたの言葉で言うなら、
レイ:男に、捨てられ、つらかった。
レイ:…ってとこです。
レイ:あーあ。これじゃ昭和の歌謡曲だ。あはは。」
レイ:
バルバッティン:「彼氏と、喧嘩でもしたんですか。」
バルバッティン:
レイ:「そう!それ!そういうのを待ってたんです。
レイ:…普通にしゃべれるんですね。びっくりだ。」
レイ:
バルバッティン:「…なるほど。彼氏に、女がいたとか?」
バルバッティン:
レイ:「そう。まさに、そのまんま。
レイ:しかも、なんでわかったかっていうと、
レイ:彼氏のケータイ見ちゃったんだよね。
レイ:あれは、見てはならないものだってわかってたのに、
レイ:わたし、馬鹿だよね。自分で墓穴掘っちゃった。
レイ:
レイ:しかもね、わたしには一言も言わないくせに、
レイ:相手の女には好きだの愛してるだの、
レイ:さんざん送って。
レイ:きわめつけは、「彼女には別れ話をする」だって。
レイ:
レイ:それ見ちゃったらさあ。
レイ:ドラマとかで、よくあるじゃない?
レイ:『あなた、これなあに?』って、
レイ:ケータイ掲げてにっこり笑って、
レイ:それからおもむろにひっぱたくの。
レイ:
レイ:現実に起きたら、それどころじゃなかった。
レイ:3年いっしょに暮らしたんだよ?
レイ:その生活全部、否定された気がした。
レイ:胸がはりさけそうで、じっとしていられなかったの。」
レイ:
バルバッティン:「よくしゃべりますね。…ああ、よかったあ。
バルバッティン:わたし、黙っちゃうひとと一緒にいると、
バルバッティン:自分も黙っちゃうんですよ。」
バルバッティン:
レイ:「じっとしていられなかったの!だから、家出してきたのよ!」
レイ:
バルバッティン:「ええ!?」
バルバッティン:
レイ:「こういうときは、『それはさぞつらかっただろうね』って、
レイ:同意してくれないと。」
レイ:
バルバッティン:「そっか。それは、…大変な思いをしたんだね。
バルバッティン:そんな男、捨てちゃえばいいいのに。」
バルバッティン:
レイ:「……。」
レイ:
バルバッティン:「え、わたしまたなにか言いました?」
バルバッティン:
レイ:「っふ、あはははは!…そっか、そっか。」
レイ:
バルバッティン:「よかったあ。笑ってくれて。
バルバッティン:また怒られるのかと思いました。」
バルバッティン:
レイ:「あなた、憎いと思った人いないの?」
レイ:
バルバッティン:「…いませんね。いまのところ。」
バルバッティン:
レイ:「恋愛ってね、愛憎入り交じってるの。
レイ:憎ければ憎いほど、執着心ってわいてくるものよ。」
レイ:
バルバッティン:「じゃあ、あなたは、
バルバッティン:その男のところに、帰るつもりなんですか。」
バルバッティン:
レイ:「…たぶんね。
レイ:女には別れ話をするって送っておきながら、
レイ:あの人、わたしには、
レイ:そしらぬふりをして隠し続けてきたんだもの。
レイ:…どっちが遊びかは、はっきりしてるでしょう。」
レイ:
バルバッティン:「そういうものですか。
バルバッティン:わたしは、あなたをこのまま連れ去りたいと
バルバッティン:思ってたんですが。」
バルバッティン:
レイ:「…おっと、問題発言!」
レイ:
バルバッティン:「いけませんか?
バルバッティン:わたしは、裸足のあなたに
バルバッティン:どうしても靴下を買ってあげたい。」
バルバッティン:
レイ:「連れ去りたいって、そういう意味なの?」
レイ:
バルバッティン:「ほかの意味のほうがよかったですか?」
バルバッティン:
レイ:「……!」
レイ:
バルバッティン:「…あ。くさい台詞って、
バルバッティン:こういうこと言うんですね。」
バルバッティン:
レイ:「もう…なんか、あなたといると、調子狂っちゃう。
レイ:わかった。
レイ:じゃあ、お別れに、靴下だけ、買ってもらおうかな。」
レイ:
バルバッティン:「靴下だけで、大丈夫かなあ。」
バルバッティン:
バルバッティン:
レイM:
レイM:喫茶店の外に出ると、空は満天の星空。
レイM:銀世界に輝く月は、切なくなるほどきれいだった。
レイM:
レイM:
バルバッティン:「さて、わたしは靴下を買ってきます。
バルバッティン:ここで待っててくださいね。」
バルバッティン:
レイ:「え?わたしも一緒に行っちゃダメなの?」
レイ:
バルバッティン:「『靴下を買いに』ですね。
バルバッティン:わたしはお使いに出るのです。
バルバッティン:帰りを待っててくれますよね?」
バルバッティン:
レイ:「…うふふ。わかりました。
レイ:わたしは、ここで待ってます。
レイ:あなたの帰りを、今か今かと、待ってます!」
レイ:
バルバッティン:「わたしはね、ほんとうは人間じゃないんですよ。」
バルバッティン:
レイM:
レイM:そのとき、突風が吹いて、わたしは思わず目をつぶった。
レイM:次に目を開けると、彼の後ろ姿が、街頭の向こうに消えるところだった。
レイM:聞き間違いかな。
レイM:わたしは、彼独特の冗談だと思って、空を見上げて少し笑った。
レイM:
レイM:それから、どれだけ時間がたっただろう。
レイM:一面の銀世界に、こころは真っ白に静まりかえっていた。
レイM:
レイM:あの身を焦がすような憎しみは、
レイM:炎のような嫉妬心は、どこへいったのだろう。
レイM:
レイM:執着心をもたない、…か。
レイM:そんな生き方もあるのだろうか。
レイM:
レイM:そんなことを考えていると、
レイM:わたしの凍えた足下に、ふと、
レイM:あたたかいものが触った。
レイM:
レイM:そこには、小さな小さな生き物が、
レイM:赤い靴下を持って立っていた。
レイM:
レイM:
バルバッティン:「言ったでしょう?人間の姿は仮の姿。
バルバッティン:わたしはバルバッティン。
バルバッティン:さあ、一緒に行きませんか?
バルバッティン:どこまでも、一緒に。
バルバッティン:時の旅へ。」
バルバッティン:
レイM:
レイM:こうして、わたしは、バルバッティンを抱きかかえると、
レイM:夜の静寂(しじま)の中を、
レイM:まだ誰も知らない土地へと歩き出した。
レイM:
レイM:わたしとバルバッティンだけの、見知らぬ土地へ。
レイM:
レイM:
レイM:
0:END