台本概要

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タイトル バルバッティン1【靴下を買いに編】
作者名 荒木アキラ  (@masakasoreha)
ジャンル ファンタジー
演者人数 2人用台本(女1、不問1)
時間 20 分
台本使用規定 台本説明欄参照
説明 バルバッティンとレイの出会いを描くほっこりファンタジー。
バルバッティンとはなにか??その謎を解くために、演じてみませんか。
【靴下を買いに編】では、バルバッティンの性別は不問です。
お好きなように仕上げていただけるとうれしいです。

上演時には、任意ではありますが、作者TwitterDM(@masakasoreha)までご連絡いただけると、
喜んで拝聴しに行きます。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
レイ 98 恋人のいる普通の女性。
バルバッティン 不問 102 ちょっと変わった人。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
レイM:ちょっと留守をするつもりだった。 レイM:忘れ物したら取りに帰ればいい。 レイM:書き置きひとつ残して行かなかった。 レイM:だって、そんな義理もない。 レイM:死にはしないでしょ。 レイM:子供じゃあるまいし。 レイM: レイM: レイM:休みが重なったら見ようねって言ってた、エヴァのDVD。 レイM:4巻まで読んだデュマの長編小説。 レイM:お気に入りのジェラート・ピケのガウン。 レイM:大事にしていたもの全部、あの部屋に置いてきた。 レイM: レイM: レイM:だって、帰る場所はそこしかなかったんだもの。 レイM:帰れなくなるなんて、思ってなかったんだもの。 レイM: レイM: レイM: バルバッティン:「あのう…。」 バルバッティン: レイ:「…はい?」 レイ: バルバッティン:「傘。入りませんか。」 バルバッティン: レイ:「あ、傘?いえいえ、大丈夫です。」 レイ: バルバッティン:「信号待ちの間だけでも、入ってください。」 バルバッティン: レイ:「はあ…。すいません。ありがとうございます。」 レイ: バルバッティン:「雪だから、小降りなら大丈夫かと思って、 バルバッティン:傘持ってない人、多いんですよ。」 バルバッティン: レイ:「こんな季節に、しんしんと積もるなんて思わないですよね。」 レイ: バルバッティン:「けっこう降られましたね。ぬれてますよ。」 バルバッティン: レイ:「あはは、大丈夫ですよ。ハンカチありますから。」 レイ: バルバッティン:「これ、よかったら使ってください。」 バルバッティン: レイ:「いえいえ、本当に、ありますから。」 レイ: バルバッティン:「そうですか…。」 バルバッティン: レイ:「そっち、ぬれてませんか? レイ:なんか、かえってご迷惑おかけして。」 レイ: バルバッティン:「どちらまで?」 バルバッティン: レイ:「ああ、この先の、地下鉄まで。」 レイ: バルバッティン:「奇遇ですね。そこまでご一緒しますよ。」 バルバッティン: レイ:「とんでもない!わたし、走るの得意なんで。」 レイ: バルバッティン:「じゃあ、わたしも走りますよ。」 バルバッティン: レイ:「え…?」 レイ: バルバッティン:「…冗談です。」 バルバッティン: レイ:「っふ、あははは、突然ですね。」 レイ: バルバッティン:「はい、わたし突然こういったこと言いますよ。」 バルバッティン: レイ:「いいですよ。わたしだって、冗談くらい言いますから。」 レイ: バルバッティン:「あのう…。足、寒くないですか?」 バルバッティン: レイ:「寒いですよ。裸足で出てきちゃったんで。」 レイ: バルバッティン:「そんなに急いでるんですか?」 バルバッティン: レイ:「ちょっとした、家出です。」 レイ: バルバッティン:「そうですか…。」 バルバッティン: レイ:「冗談です。」 レイ: バルバッティン:「え…?」 バルバッティン: レイ:「っふ、あははは、びっくりしたでしょう。」 レイ: バルバッティン:「いえ。それならそれで、 バルバッティン:ちゃんとしないとなって。」 バルバッティン: レイ:「どうしてあなたが?」 レイ: バルバッティン:「行きがかり上、放っておけませんよ。」 バルバッティン: レイ:「地下鉄、間に合うかなあ。」 レイ: バルバッティン:「行くとこあるんですか?」 バルバッティン: レイ:「家出なんて、冗談ですよ。」 レイ: バルバッティン:「…じゃあ、なんで泣いてたんですか。」 バルバッティン: レイ:「あ、ばれてました?」 レイ: バルバッティン:「けっこう、こわいですよね。泣いてる人見るのって。」 バルバッティン: レイ:「すいません。」 レイ: バルバッティン:「謝ることじゃありませんよ。」 バルバッティン: レイ:「でも、それで声かけてくれたんでしょう?」 レイ: バルバッティン:「それもありますけど。 バルバッティン:なんか、こう、絵になるなあって。」 バルバッティン: レイ:「雪の日に、泣いてる裸足の女が?」 レイ: バルバッティン:「はい。なんだか、春を待ち焦がれているようで。」 バルバッティン: レイ:「…突然、ロマンチックなこと言うんですね。」 レイ: バルバッティン:「はい。わたしはそういうとこ、あります。」 バルバッティン: レイ:「っふ、あははは、それ、口癖ですか?」 レイ: バルバッティン:「え…?そういうとこあります?」 バルバッティン: レイ:「それ。それですよ。」 レイ: バルバッティン:「ああ、これですか。 バルバッティン:まあ、なにも言わないより、いいかなって。」 バルバッティン: レイ:「なんだか、急に冷たいんですね。」 レイ: バルバッティン:「え?そうですか?」 バルバッティン: レイ:「そこは、『わたし、そういうとこあります』でしょ!」 レイ: バルバッティン:「すいません。わたし、空気読めないんで。」 バルバッティン: バルバッティン: バルバッティン: レイ:「あ、信号、変わりましたよ。わたし、もう行くんで。」 レイ: バルバッティン:「え、ついでに地下鉄までお送りしますよ。」 バルバッティン: レイ:「そう、ですか…?」 レイ: バルバッティン:「…よかった。行ってしまわなくて。」 バルバッティン: レイ:「どうしてです?」 レイ: バルバッティン:「わたし、走るの遅いんですよ。」 バルバッティン: レイ:「あはは、だれも、本当に走って逃げたりしませんよ。」 レイ: バルバッティン:「だって、いまにも凍えそうじゃないですか。」 バルバッティン: レイ:「たしかに、こんな格好ですからね。」 レイ: バルバッティン:「本当に、飛び出して来ちゃったんですね。」 バルバッティン: レイ:「恥ずかしながら、家出は冗談じゃないんです。」 レイ: バルバッティン:「じゃあ、時間あります?」 バルバッティン: レイ:「…ん?ありますけど。」 レイ: バルバッティン:「靴下、買いに行きましょう。」 バルバッティン: レイ:「そんな、知らないひとに、そこまでしてもらえませんよ。」 レイ: バルバッティン:「知ってるひとなら、いいんですか?」 バルバッティン: レイ:「あ、ケータイ。持って出るの忘れちゃった。」 レイ: バルバッティン:「取りに帰ります?」 バルバッティン: レイ:「いやですよ!…あ、いえ、ちょっとそれは。」 レイ: バルバッティン:「…気まずいですよね。」 バルバッティン: レイ:「こんなこと言えた義理じゃないんですけど…!」 レイ: バルバッティン:「あ、じつは、わたしもケータイ持ってないんです。」 バルバッティン: レイ:「ええ!そうなんですか!?」 レイ: バルバッティン:「そういう習慣がないもので。」 バルバッティン: レイ:「いまどき、珍しいですね。」 レイ: バルバッティン:「はい、わたし…いや、もういいですよね。」 バルバッティン: レイ:「空気、読みましたね。」 レイ: バルバッティン:「ああ!今のが空気を読むというのですね。」 バルバッティン: レイ:「っふ、あはは。おかしな人。」 レイ: バルバッティン:「たまに言われます。」 バルバッティン: レイ:「あ、こっち、近道していいですか?」 レイ: バルバッティン:「それより、ちょっと、寄り道していいですか?」 バルバッティン: レイ:「も、もちろん。」 レイ: バルバッティン:「ちょっと、靴下を買いに。」 バルバッティン: レイ:「いやいや、本当に、大丈夫ですって。」 レイ: バルバッティン:「なんだか、…かわいそうで。」 バルバッティン: レイ:「そんなにはっきり慰められるとは、思いませんでした。」 レイ: バルバッティン:「『靴下を買いに。』っていいですよね。」 バルバッティン: レイ:「『手袋を買いに』より?」 レイ: バルバッティン:「そうそう、それ。 バルバッティン:なにかに似てるなあって思ってたんですよ。」 バルバッティン: レイ:「…手袋がないより、靴下がないほうが、悲しいですね。」 レイ: バルバッティン:「だから、買いにいきましょうよ。」 バルバッティン: レイ:「…悲しい女に見えるのって、けっこういやですね。」 レイ: バルバッティン:「…また泣くんですか?」 バルバッティン: レイ:「…泣きませんよ。」 レイ: バルバッティン:「決まりです。あなたは今から、少し、泣きますよ。」 バルバッティン: バルバッティン: レイM:おいおいと、おいおいと、泣いた。 レイM:惨めで、情けなくて、申し訳なくて、 レイM:でもなにもできなくて、泣いた。 レイM: レイM:横なぐりの雪の中、傘と、その人がいなかったら、 レイM:と思うと、ぞっとした。 レイM: レイM:ゆっくり、ゆっくり、わたしは、彼に近づいていた。 レイM:ゆっくり、ゆっくり、彼も、わたしに近づいていた。 レイM: レイM:何かで温まるしか、 レイM:ほかにやりようがないまでそうしていて、 レイM:ふたり、びしょびしょにぬれながら、 レイM:最終的には、 レイM:開いてた喫茶店に飛び込むことになった。 レイM: レイM: バルバッティン:「〈震えながら〉コーヒー。 バルバッティン:コーヒーふたつでいいかな?」 バルバッティン: レイ:「〈震えながら〉は…はい。 レイ:はい、もう、なんでもいいです。」 レイ: バルバッティン:「まさか、こ…ここまで泣き止まないなんて、 バルバッティン:思わなくて。」 バルバッティン: レイ:「すいません…。本当に、ごめんなさい。」 レイ: バルバッティン:「きみは、雪の精なのかなって、ちょっと思ったりした。」 バルバッティン: レイ:「よ…余裕ありますね。 レイ:そんなものなら、とっくにあなたから去ってますよ。 レイ:恩人をこんな目に遭わせたりしません!」 レイ: バルバッティン:「ううう…寒い。寒いですね。寒いですね。」 バルバッティン: レイ:「ああ、コーヒー、コーヒーがきましたよ!」 レイ: バルバッティン:「コーヒー飲みましょう。 バルバッティン:とりあえず、飲みましょう。」 バルバッティン: レイ:「〈コーヒーを飲みこんで〉はあ…。 レイ:ああ、生きてる…。」 レイ: バルバッティン:「〈コーヒーを飲みこんで〉よかったあ。 バルバッティン:ふたりとも、無事で。」 バルバッティン: レイ:「…あなた、いつもこんな目にあってません?」 レイ: バルバッティン:「こんな目というと?」 バルバッティン: レイ:「ひとがよすぎるんですよ。 レイ:ここまで付き合う必要、あります?」 レイ: バルバッティン:「ありますよ。当たり前でしょう。」 バルバッティン: レイ:「当たり前かあ…。 レイ:世の中、捨てたもんじゃないですね。」 レイ: バルバッティン:「まあ、あれです。涙は、あったかいです。」 バルバッティン: レイ:「…はい。…はい?」 レイ: バルバッティン:「なんか、わたしも、もらい泣きしちゃって。」 バルバッティン: レイ:「…ええ!?」 レイ: バルバッティン:「吹雪の中で泣くと、目元だけ、熱いんですね。」 バルバッティン: レイ:「…いま、胸も熱くなりました。」 レイ: バルバッティン:「ええ!大丈夫ですか?」 バルバッティン: レイ:「っふ、あはは、ちょっとくさい台詞。 レイ:あなたみたいでしょ?」 レイ: バルバッティン:「わたし、そんな台詞、吐きませんよ。」 バルバッティン: レイ:「…でも、ありがとう。」 レイ: バルバッティン:「ああ、ちょっと、あったまってきましたね。」 バルバッティン: レイ:「あなたのおかげです。わたし、ひとりだったらって思うと。」 レイ: バルバッティン:「ひとりだったら、たぶん、こんな目にあってないです。」 バルバッティン: レイ:「どうして?」 レイ: バルバッティン:「あの信号から、走って地下鉄の駅に向かって。 バルバッティン:いまごろ、あったかい電車のシートで バルバッティン:うたたねしてるかもしれませんよ。」 バルバッティン: レイ:「…なんか、無駄に前向きですね。 レイ:わたし、いちおう、さっきまで修羅場を演じて、 レイ:家出してきたんですよ? レイ:うたたねは、ないでしょう。うたたねは。」 レイ: バルバッティン:「ああ、そうか。 バルバッティン:そういうとき、人は眠れないですよね。」 バルバッティン: レイ:「なんでって、聞かないんですね。」 レイ: バルバッティン:「え…?聞いてほしかったですか?」 バルバッティン: レイ:「こんな目に遭わせたあげく、もらい泣きまでさせて、 レイ:理由を聞きたくはならないんですか?」 レイ: バルバッティン:「そう、ですね。…なります。 バルバッティン:なりますね。」 バルバッティン: レイ:「その…無理矢理聞いてもらおうってわけじゃないんですよ?」 レイ: バルバッティン:「あなたが、話して楽になるなら、聞きますけど。 バルバッティン:また泣き出すんだったら、やめときます。」 バルバッティン: レイ:「泣きません、もう、泣きませんよ。 レイ:ってゆうか、ここは天国かってくらいあったかいから、 レイ:ニヤニヤしちゃいます。」 レイ: バルバッティン:「ニヤニヤですか。 バルバッティン:にっこり、とか、してもらえませんか。」 バルバッティン: レイ:「うふふふ。」 レイ: バルバッティン:「やっぱりあなたは不思議な人ですね。 バルバッティン:それで、どうして家出なんかしてきたんですか。」 バルバッティン: レイ:「…そうだ。ニヤニヤしてる場合じゃないんだった。」 レイ: バルバッティン:「なにか、悲しいことがあったんですか。」 バルバッティン: レイ:「ちょっとしたことなんです。でも、許せなかったんです。」 レイ: バルバッティン:「…子猫を殺された、とかですか。」 バルバッティン: レイ:「それはちょっとしたことじゃないしょう。」 レイ: バルバッティン:「そうでした。…犬を殺され」 バルバッティン: レイ:「〈かぶせ気味に〉たしかに、許せませんけど。 レイ:ちがいます。」 レイ: バルバッティン:「人…ではないですよね?…ね?」 バルバッティン: レイ:「〈大きなため息をつく〉 レイ:…もう。いいです。 レイ:なんか、そんな大それたこと持ち出されたら、 レイ:自分が怒ってることなんて、 レイ:本当にくだらなく思えてきました。」 レイ: バルバッティン:「とりあえず、生き物は、死んでないんですね?」 バルバッティン: レイ:「そこ?そこなんですか?気になるのは。」 レイ: バルバッティン:「一番大事なことでしょう。」 バルバッティン: レイ:「…は、はい。」 レイ: バルバッティン:「命がなくなるのは、悲しいんです。 バルバッティン:そんな恐ろしいことになるくらいなら、 バルバッティン:百年の眠りにつきたい。」 バルバッティン: レイ:「…なにか、あったんですか?」 レイ: バルバッティン:「いえ、わたしについては、なにもありません。 バルバッティン:あんなに泣くってことは、 バルバッティン:そのくらいの大事件が起きたって思うじゃないですか。」 バルバッティン: レイ:「あなた、いちいちちょっとドラマチックなんですよ。 レイ:ドキッとしちゃいますよ。」 レイ: バルバッティン:「わたし、ときどき、想像しすぎてしまうんです。 バルバッティン:どこか、おかしかったら、言ってくださいね。 バルバッティン:現実をちゃんと生きたいんです。」 バルバッティン: レイ:「そういうとこですよ。そういうとこ。 レイ:『妄想がふくらんじゃって。えへへ』ですむところを、 レイ:あなたが大げさに言ってるだけですよ。」 レイ: バルバッティン:「でも、こういうしか、 バルバッティン:ほかに言いようがないんです。」 バルバッティン: レイ:「わかりました。…じゃあ、あなたの話し方でけっこうです。 レイ:わたしはね、あなたの言葉で言うなら、 レイ:男に、捨てられ、つらかった。 レイ:…ってとこです。 レイ:あーあ。これじゃ昭和の歌謡曲だ。あはは。」 レイ: バルバッティン:「彼氏と、喧嘩でもしたんですか。」 バルバッティン: レイ:「そう!それ!そういうのを待ってたんです。 レイ:…普通にしゃべれるんですね。びっくりだ。」 レイ: バルバッティン:「…なるほど。彼氏に、女がいたとか?」 バルバッティン: レイ:「そう。まさに、そのまんま。 レイ:しかも、なんでわかったかっていうと、 レイ:彼氏のケータイ見ちゃったんだよね。 レイ:あれは、見てはならないものだってわかってたのに、 レイ:わたし、馬鹿だよね。自分で墓穴掘っちゃった。 レイ: レイ:しかもね、わたしには一言も言わないくせに、 レイ:相手の女には好きだの愛してるだの、 レイ:さんざん送って。 レイ:きわめつけは、「彼女には別れ話をする」だって。 レイ: レイ:それ見ちゃったらさあ。 レイ:ドラマとかで、よくあるじゃない? レイ:『あなた、これなあに?』って、 レイ:ケータイ掲げてにっこり笑って、 レイ:それからおもむろにひっぱたくの。 レイ: レイ:現実に起きたら、それどころじゃなかった。 レイ:3年いっしょに暮らしたんだよ? レイ:その生活全部、否定された気がした。 レイ:胸がはりさけそうで、じっとしていられなかったの。」 レイ: バルバッティン:「よくしゃべりますね。…ああ、よかったあ。 バルバッティン:わたし、黙っちゃうひとと一緒にいると、 バルバッティン:自分も黙っちゃうんですよ。」 バルバッティン: レイ:「じっとしていられなかったの!だから、家出してきたのよ!」 レイ: バルバッティン:「ええ!?」 バルバッティン: レイ:「こういうときは、『それはさぞつらかっただろうね』って、 レイ:同意してくれないと。」 レイ: バルバッティン:「そっか。それは、…大変な思いをしたんだね。 バルバッティン:そんな男、捨てちゃえばいいいのに。」 バルバッティン: レイ:「……。」 レイ: バルバッティン:「え、わたしまたなにか言いました?」 バルバッティン: レイ:「っふ、あはははは!…そっか、そっか。」 レイ: バルバッティン:「よかったあ。笑ってくれて。 バルバッティン:また怒られるのかと思いました。」 バルバッティン: レイ:「あなた、憎いと思った人いないの?」 レイ: バルバッティン:「…いませんね。いまのところ。」 バルバッティン: レイ:「恋愛ってね、愛憎入り交じってるの。 レイ:憎ければ憎いほど、執着心ってわいてくるものよ。」 レイ: バルバッティン:「じゃあ、あなたは、 バルバッティン:その男のところに、帰るつもりなんですか。」 バルバッティン: レイ:「…たぶんね。 レイ:女には別れ話をするって送っておきながら、 レイ:あの人、わたしには、 レイ:そしらぬふりをして隠し続けてきたんだもの。 レイ:…どっちが遊びかは、はっきりしてるでしょう。」 レイ: バルバッティン:「そういうものですか。 バルバッティン:わたしは、あなたをこのまま連れ去りたいと バルバッティン:思ってたんですが。」 バルバッティン: レイ:「…おっと、問題発言!」 レイ: バルバッティン:「いけませんか? バルバッティン:わたしは、裸足のあなたに バルバッティン:どうしても靴下を買ってあげたい。」 バルバッティン: レイ:「連れ去りたいって、そういう意味なの?」 レイ: バルバッティン:「ほかの意味のほうがよかったですか?」 バルバッティン: レイ:「……!」 レイ: バルバッティン:「…あ。くさい台詞って、 バルバッティン:こういうこと言うんですね。」 バルバッティン: レイ:「もう…なんか、あなたといると、調子狂っちゃう。 レイ:わかった。 レイ:じゃあ、お別れに、靴下だけ、買ってもらおうかな。」 レイ: バルバッティン:「靴下だけで、大丈夫かなあ。」 バルバッティン: バルバッティン: レイM: レイM:喫茶店の外に出ると、空は満天の星空。 レイM:銀世界に輝く月は、切なくなるほどきれいだった。 レイM: レイM: バルバッティン:「さて、わたしは靴下を買ってきます。 バルバッティン:ここで待っててくださいね。」 バルバッティン: レイ:「え?わたしも一緒に行っちゃダメなの?」 レイ: バルバッティン:「『靴下を買いに』ですね。 バルバッティン:わたしはお使いに出るのです。 バルバッティン:帰りを待っててくれますよね?」 バルバッティン: レイ:「…うふふ。わかりました。 レイ:わたしは、ここで待ってます。 レイ:あなたの帰りを、今か今かと、待ってます!」 レイ: バルバッティン:「わたしはね、ほんとうは人間じゃないんですよ。」 バルバッティン: レイM: レイM:そのとき、突風が吹いて、わたしは思わず目をつぶった。 レイM:次に目を開けると、彼の後ろ姿が、街頭の向こうに消えるところだった。 レイM:聞き間違いかな。 レイM:わたしは、彼独特の冗談だと思って、空を見上げて少し笑った。 レイM: レイM:それから、どれだけ時間がたっただろう。 レイM:一面の銀世界に、こころは真っ白に静まりかえっていた。 レイM: レイM:あの身を焦がすような憎しみは、 レイM:炎のような嫉妬心は、どこへいったのだろう。 レイM: レイM:執着心をもたない、…か。 レイM:そんな生き方もあるのだろうか。 レイM: レイM:そんなことを考えていると、 レイM:わたしの凍えた足下に、ふと、 レイM:あたたかいものが触った。 レイM: レイM:そこには、小さな小さな生き物が、 レイM:赤い靴下を持って立っていた。 レイM: レイM: バルバッティン:「言ったでしょう?人間の姿は仮の姿。 バルバッティン:わたしはバルバッティン。 バルバッティン:さあ、一緒に行きませんか? バルバッティン:どこまでも、一緒に。 バルバッティン:時の旅へ。」 バルバッティン: レイM: レイM:こうして、わたしは、バルバッティンを抱きかかえると、 レイM:夜の静寂(しじま)の中を、 レイM:まだ誰も知らない土地へと歩き出した。 レイM: レイM:わたしとバルバッティンだけの、見知らぬ土地へ。 レイM: レイM: レイM: 0:END

レイM:ちょっと留守をするつもりだった。 レイM:忘れ物したら取りに帰ればいい。 レイM:書き置きひとつ残して行かなかった。 レイM:だって、そんな義理もない。 レイM:死にはしないでしょ。 レイM:子供じゃあるまいし。 レイM: レイM: レイM:休みが重なったら見ようねって言ってた、エヴァのDVD。 レイM:4巻まで読んだデュマの長編小説。 レイM:お気に入りのジェラート・ピケのガウン。 レイM:大事にしていたもの全部、あの部屋に置いてきた。 レイM: レイM: レイM:だって、帰る場所はそこしかなかったんだもの。 レイM:帰れなくなるなんて、思ってなかったんだもの。 レイM: レイM: レイM: バルバッティン:「あのう…。」 バルバッティン: レイ:「…はい?」 レイ: バルバッティン:「傘。入りませんか。」 バルバッティン: レイ:「あ、傘?いえいえ、大丈夫です。」 レイ: バルバッティン:「信号待ちの間だけでも、入ってください。」 バルバッティン: レイ:「はあ…。すいません。ありがとうございます。」 レイ: バルバッティン:「雪だから、小降りなら大丈夫かと思って、 バルバッティン:傘持ってない人、多いんですよ。」 バルバッティン: レイ:「こんな季節に、しんしんと積もるなんて思わないですよね。」 レイ: バルバッティン:「けっこう降られましたね。ぬれてますよ。」 バルバッティン: レイ:「あはは、大丈夫ですよ。ハンカチありますから。」 レイ: バルバッティン:「これ、よかったら使ってください。」 バルバッティン: レイ:「いえいえ、本当に、ありますから。」 レイ: バルバッティン:「そうですか…。」 バルバッティン: レイ:「そっち、ぬれてませんか? レイ:なんか、かえってご迷惑おかけして。」 レイ: バルバッティン:「どちらまで?」 バルバッティン: レイ:「ああ、この先の、地下鉄まで。」 レイ: バルバッティン:「奇遇ですね。そこまでご一緒しますよ。」 バルバッティン: レイ:「とんでもない!わたし、走るの得意なんで。」 レイ: バルバッティン:「じゃあ、わたしも走りますよ。」 バルバッティン: レイ:「え…?」 レイ: バルバッティン:「…冗談です。」 バルバッティン: レイ:「っふ、あははは、突然ですね。」 レイ: バルバッティン:「はい、わたし突然こういったこと言いますよ。」 バルバッティン: レイ:「いいですよ。わたしだって、冗談くらい言いますから。」 レイ: バルバッティン:「あのう…。足、寒くないですか?」 バルバッティン: レイ:「寒いですよ。裸足で出てきちゃったんで。」 レイ: バルバッティン:「そんなに急いでるんですか?」 バルバッティン: レイ:「ちょっとした、家出です。」 レイ: バルバッティン:「そうですか…。」 バルバッティン: レイ:「冗談です。」 レイ: バルバッティン:「え…?」 バルバッティン: レイ:「っふ、あははは、びっくりしたでしょう。」 レイ: バルバッティン:「いえ。それならそれで、 バルバッティン:ちゃんとしないとなって。」 バルバッティン: レイ:「どうしてあなたが?」 レイ: バルバッティン:「行きがかり上、放っておけませんよ。」 バルバッティン: レイ:「地下鉄、間に合うかなあ。」 レイ: バルバッティン:「行くとこあるんですか?」 バルバッティン: レイ:「家出なんて、冗談ですよ。」 レイ: バルバッティン:「…じゃあ、なんで泣いてたんですか。」 バルバッティン: レイ:「あ、ばれてました?」 レイ: バルバッティン:「けっこう、こわいですよね。泣いてる人見るのって。」 バルバッティン: レイ:「すいません。」 レイ: バルバッティン:「謝ることじゃありませんよ。」 バルバッティン: レイ:「でも、それで声かけてくれたんでしょう?」 レイ: バルバッティン:「それもありますけど。 バルバッティン:なんか、こう、絵になるなあって。」 バルバッティン: レイ:「雪の日に、泣いてる裸足の女が?」 レイ: バルバッティン:「はい。なんだか、春を待ち焦がれているようで。」 バルバッティン: レイ:「…突然、ロマンチックなこと言うんですね。」 レイ: バルバッティン:「はい。わたしはそういうとこ、あります。」 バルバッティン: レイ:「っふ、あははは、それ、口癖ですか?」 レイ: バルバッティン:「え…?そういうとこあります?」 バルバッティン: レイ:「それ。それですよ。」 レイ: バルバッティン:「ああ、これですか。 バルバッティン:まあ、なにも言わないより、いいかなって。」 バルバッティン: レイ:「なんだか、急に冷たいんですね。」 レイ: バルバッティン:「え?そうですか?」 バルバッティン: レイ:「そこは、『わたし、そういうとこあります』でしょ!」 レイ: バルバッティン:「すいません。わたし、空気読めないんで。」 バルバッティン: バルバッティン: バルバッティン: レイ:「あ、信号、変わりましたよ。わたし、もう行くんで。」 レイ: バルバッティン:「え、ついでに地下鉄までお送りしますよ。」 バルバッティン: レイ:「そう、ですか…?」 レイ: バルバッティン:「…よかった。行ってしまわなくて。」 バルバッティン: レイ:「どうしてです?」 レイ: バルバッティン:「わたし、走るの遅いんですよ。」 バルバッティン: レイ:「あはは、だれも、本当に走って逃げたりしませんよ。」 レイ: バルバッティン:「だって、いまにも凍えそうじゃないですか。」 バルバッティン: レイ:「たしかに、こんな格好ですからね。」 レイ: バルバッティン:「本当に、飛び出して来ちゃったんですね。」 バルバッティン: レイ:「恥ずかしながら、家出は冗談じゃないんです。」 レイ: バルバッティン:「じゃあ、時間あります?」 バルバッティン: レイ:「…ん?ありますけど。」 レイ: バルバッティン:「靴下、買いに行きましょう。」 バルバッティン: レイ:「そんな、知らないひとに、そこまでしてもらえませんよ。」 レイ: バルバッティン:「知ってるひとなら、いいんですか?」 バルバッティン: レイ:「あ、ケータイ。持って出るの忘れちゃった。」 レイ: バルバッティン:「取りに帰ります?」 バルバッティン: レイ:「いやですよ!…あ、いえ、ちょっとそれは。」 レイ: バルバッティン:「…気まずいですよね。」 バルバッティン: レイ:「こんなこと言えた義理じゃないんですけど…!」 レイ: バルバッティン:「あ、じつは、わたしもケータイ持ってないんです。」 バルバッティン: レイ:「ええ!そうなんですか!?」 レイ: バルバッティン:「そういう習慣がないもので。」 バルバッティン: レイ:「いまどき、珍しいですね。」 レイ: バルバッティン:「はい、わたし…いや、もういいですよね。」 バルバッティン: レイ:「空気、読みましたね。」 レイ: バルバッティン:「ああ!今のが空気を読むというのですね。」 バルバッティン: レイ:「っふ、あはは。おかしな人。」 レイ: バルバッティン:「たまに言われます。」 バルバッティン: レイ:「あ、こっち、近道していいですか?」 レイ: バルバッティン:「それより、ちょっと、寄り道していいですか?」 バルバッティン: レイ:「も、もちろん。」 レイ: バルバッティン:「ちょっと、靴下を買いに。」 バルバッティン: レイ:「いやいや、本当に、大丈夫ですって。」 レイ: バルバッティン:「なんだか、…かわいそうで。」 バルバッティン: レイ:「そんなにはっきり慰められるとは、思いませんでした。」 レイ: バルバッティン:「『靴下を買いに。』っていいですよね。」 バルバッティン: レイ:「『手袋を買いに』より?」 レイ: バルバッティン:「そうそう、それ。 バルバッティン:なにかに似てるなあって思ってたんですよ。」 バルバッティン: レイ:「…手袋がないより、靴下がないほうが、悲しいですね。」 レイ: バルバッティン:「だから、買いにいきましょうよ。」 バルバッティン: レイ:「…悲しい女に見えるのって、けっこういやですね。」 レイ: バルバッティン:「…また泣くんですか?」 バルバッティン: レイ:「…泣きませんよ。」 レイ: バルバッティン:「決まりです。あなたは今から、少し、泣きますよ。」 バルバッティン: バルバッティン: レイM:おいおいと、おいおいと、泣いた。 レイM:惨めで、情けなくて、申し訳なくて、 レイM:でもなにもできなくて、泣いた。 レイM: レイM:横なぐりの雪の中、傘と、その人がいなかったら、 レイM:と思うと、ぞっとした。 レイM: レイM:ゆっくり、ゆっくり、わたしは、彼に近づいていた。 レイM:ゆっくり、ゆっくり、彼も、わたしに近づいていた。 レイM: レイM:何かで温まるしか、 レイM:ほかにやりようがないまでそうしていて、 レイM:ふたり、びしょびしょにぬれながら、 レイM:最終的には、 レイM:開いてた喫茶店に飛び込むことになった。 レイM: レイM: バルバッティン:「〈震えながら〉コーヒー。 バルバッティン:コーヒーふたつでいいかな?」 バルバッティン: レイ:「〈震えながら〉は…はい。 レイ:はい、もう、なんでもいいです。」 レイ: バルバッティン:「まさか、こ…ここまで泣き止まないなんて、 バルバッティン:思わなくて。」 バルバッティン: レイ:「すいません…。本当に、ごめんなさい。」 レイ: バルバッティン:「きみは、雪の精なのかなって、ちょっと思ったりした。」 バルバッティン: レイ:「よ…余裕ありますね。 レイ:そんなものなら、とっくにあなたから去ってますよ。 レイ:恩人をこんな目に遭わせたりしません!」 レイ: バルバッティン:「ううう…寒い。寒いですね。寒いですね。」 バルバッティン: レイ:「ああ、コーヒー、コーヒーがきましたよ!」 レイ: バルバッティン:「コーヒー飲みましょう。 バルバッティン:とりあえず、飲みましょう。」 バルバッティン: レイ:「〈コーヒーを飲みこんで〉はあ…。 レイ:ああ、生きてる…。」 レイ: バルバッティン:「〈コーヒーを飲みこんで〉よかったあ。 バルバッティン:ふたりとも、無事で。」 バルバッティン: レイ:「…あなた、いつもこんな目にあってません?」 レイ: バルバッティン:「こんな目というと?」 バルバッティン: レイ:「ひとがよすぎるんですよ。 レイ:ここまで付き合う必要、あります?」 レイ: バルバッティン:「ありますよ。当たり前でしょう。」 バルバッティン: レイ:「当たり前かあ…。 レイ:世の中、捨てたもんじゃないですね。」 レイ: バルバッティン:「まあ、あれです。涙は、あったかいです。」 バルバッティン: レイ:「…はい。…はい?」 レイ: バルバッティン:「なんか、わたしも、もらい泣きしちゃって。」 バルバッティン: レイ:「…ええ!?」 レイ: バルバッティン:「吹雪の中で泣くと、目元だけ、熱いんですね。」 バルバッティン: レイ:「…いま、胸も熱くなりました。」 レイ: バルバッティン:「ええ!大丈夫ですか?」 バルバッティン: レイ:「っふ、あはは、ちょっとくさい台詞。 レイ:あなたみたいでしょ?」 レイ: バルバッティン:「わたし、そんな台詞、吐きませんよ。」 バルバッティン: レイ:「…でも、ありがとう。」 レイ: バルバッティン:「ああ、ちょっと、あったまってきましたね。」 バルバッティン: レイ:「あなたのおかげです。わたし、ひとりだったらって思うと。」 レイ: バルバッティン:「ひとりだったら、たぶん、こんな目にあってないです。」 バルバッティン: レイ:「どうして?」 レイ: バルバッティン:「あの信号から、走って地下鉄の駅に向かって。 バルバッティン:いまごろ、あったかい電車のシートで バルバッティン:うたたねしてるかもしれませんよ。」 バルバッティン: レイ:「…なんか、無駄に前向きですね。 レイ:わたし、いちおう、さっきまで修羅場を演じて、 レイ:家出してきたんですよ? レイ:うたたねは、ないでしょう。うたたねは。」 レイ: バルバッティン:「ああ、そうか。 バルバッティン:そういうとき、人は眠れないですよね。」 バルバッティン: レイ:「なんでって、聞かないんですね。」 レイ: バルバッティン:「え…?聞いてほしかったですか?」 バルバッティン: レイ:「こんな目に遭わせたあげく、もらい泣きまでさせて、 レイ:理由を聞きたくはならないんですか?」 レイ: バルバッティン:「そう、ですね。…なります。 バルバッティン:なりますね。」 バルバッティン: レイ:「その…無理矢理聞いてもらおうってわけじゃないんですよ?」 レイ: バルバッティン:「あなたが、話して楽になるなら、聞きますけど。 バルバッティン:また泣き出すんだったら、やめときます。」 バルバッティン: レイ:「泣きません、もう、泣きませんよ。 レイ:ってゆうか、ここは天国かってくらいあったかいから、 レイ:ニヤニヤしちゃいます。」 レイ: バルバッティン:「ニヤニヤですか。 バルバッティン:にっこり、とか、してもらえませんか。」 バルバッティン: レイ:「うふふふ。」 レイ: バルバッティン:「やっぱりあなたは不思議な人ですね。 バルバッティン:それで、どうして家出なんかしてきたんですか。」 バルバッティン: レイ:「…そうだ。ニヤニヤしてる場合じゃないんだった。」 レイ: バルバッティン:「なにか、悲しいことがあったんですか。」 バルバッティン: レイ:「ちょっとしたことなんです。でも、許せなかったんです。」 レイ: バルバッティン:「…子猫を殺された、とかですか。」 バルバッティン: レイ:「それはちょっとしたことじゃないしょう。」 レイ: バルバッティン:「そうでした。…犬を殺され」 バルバッティン: レイ:「〈かぶせ気味に〉たしかに、許せませんけど。 レイ:ちがいます。」 レイ: バルバッティン:「人…ではないですよね?…ね?」 バルバッティン: レイ:「〈大きなため息をつく〉 レイ:…もう。いいです。 レイ:なんか、そんな大それたこと持ち出されたら、 レイ:自分が怒ってることなんて、 レイ:本当にくだらなく思えてきました。」 レイ: バルバッティン:「とりあえず、生き物は、死んでないんですね?」 バルバッティン: レイ:「そこ?そこなんですか?気になるのは。」 レイ: バルバッティン:「一番大事なことでしょう。」 バルバッティン: レイ:「…は、はい。」 レイ: バルバッティン:「命がなくなるのは、悲しいんです。 バルバッティン:そんな恐ろしいことになるくらいなら、 バルバッティン:百年の眠りにつきたい。」 バルバッティン: レイ:「…なにか、あったんですか?」 レイ: バルバッティン:「いえ、わたしについては、なにもありません。 バルバッティン:あんなに泣くってことは、 バルバッティン:そのくらいの大事件が起きたって思うじゃないですか。」 バルバッティン: レイ:「あなた、いちいちちょっとドラマチックなんですよ。 レイ:ドキッとしちゃいますよ。」 レイ: バルバッティン:「わたし、ときどき、想像しすぎてしまうんです。 バルバッティン:どこか、おかしかったら、言ってくださいね。 バルバッティン:現実をちゃんと生きたいんです。」 バルバッティン: レイ:「そういうとこですよ。そういうとこ。 レイ:『妄想がふくらんじゃって。えへへ』ですむところを、 レイ:あなたが大げさに言ってるだけですよ。」 レイ: バルバッティン:「でも、こういうしか、 バルバッティン:ほかに言いようがないんです。」 バルバッティン: レイ:「わかりました。…じゃあ、あなたの話し方でけっこうです。 レイ:わたしはね、あなたの言葉で言うなら、 レイ:男に、捨てられ、つらかった。 レイ:…ってとこです。 レイ:あーあ。これじゃ昭和の歌謡曲だ。あはは。」 レイ: バルバッティン:「彼氏と、喧嘩でもしたんですか。」 バルバッティン: レイ:「そう!それ!そういうのを待ってたんです。 レイ:…普通にしゃべれるんですね。びっくりだ。」 レイ: バルバッティン:「…なるほど。彼氏に、女がいたとか?」 バルバッティン: レイ:「そう。まさに、そのまんま。 レイ:しかも、なんでわかったかっていうと、 レイ:彼氏のケータイ見ちゃったんだよね。 レイ:あれは、見てはならないものだってわかってたのに、 レイ:わたし、馬鹿だよね。自分で墓穴掘っちゃった。 レイ: レイ:しかもね、わたしには一言も言わないくせに、 レイ:相手の女には好きだの愛してるだの、 レイ:さんざん送って。 レイ:きわめつけは、「彼女には別れ話をする」だって。 レイ: レイ:それ見ちゃったらさあ。 レイ:ドラマとかで、よくあるじゃない? レイ:『あなた、これなあに?』って、 レイ:ケータイ掲げてにっこり笑って、 レイ:それからおもむろにひっぱたくの。 レイ: レイ:現実に起きたら、それどころじゃなかった。 レイ:3年いっしょに暮らしたんだよ? レイ:その生活全部、否定された気がした。 レイ:胸がはりさけそうで、じっとしていられなかったの。」 レイ: バルバッティン:「よくしゃべりますね。…ああ、よかったあ。 バルバッティン:わたし、黙っちゃうひとと一緒にいると、 バルバッティン:自分も黙っちゃうんですよ。」 バルバッティン: レイ:「じっとしていられなかったの!だから、家出してきたのよ!」 レイ: バルバッティン:「ええ!?」 バルバッティン: レイ:「こういうときは、『それはさぞつらかっただろうね』って、 レイ:同意してくれないと。」 レイ: バルバッティン:「そっか。それは、…大変な思いをしたんだね。 バルバッティン:そんな男、捨てちゃえばいいいのに。」 バルバッティン: レイ:「……。」 レイ: バルバッティン:「え、わたしまたなにか言いました?」 バルバッティン: レイ:「っふ、あはははは!…そっか、そっか。」 レイ: バルバッティン:「よかったあ。笑ってくれて。 バルバッティン:また怒られるのかと思いました。」 バルバッティン: レイ:「あなた、憎いと思った人いないの?」 レイ: バルバッティン:「…いませんね。いまのところ。」 バルバッティン: レイ:「恋愛ってね、愛憎入り交じってるの。 レイ:憎ければ憎いほど、執着心ってわいてくるものよ。」 レイ: バルバッティン:「じゃあ、あなたは、 バルバッティン:その男のところに、帰るつもりなんですか。」 バルバッティン: レイ:「…たぶんね。 レイ:女には別れ話をするって送っておきながら、 レイ:あの人、わたしには、 レイ:そしらぬふりをして隠し続けてきたんだもの。 レイ:…どっちが遊びかは、はっきりしてるでしょう。」 レイ: バルバッティン:「そういうものですか。 バルバッティン:わたしは、あなたをこのまま連れ去りたいと バルバッティン:思ってたんですが。」 バルバッティン: レイ:「…おっと、問題発言!」 レイ: バルバッティン:「いけませんか? バルバッティン:わたしは、裸足のあなたに バルバッティン:どうしても靴下を買ってあげたい。」 バルバッティン: レイ:「連れ去りたいって、そういう意味なの?」 レイ: バルバッティン:「ほかの意味のほうがよかったですか?」 バルバッティン: レイ:「……!」 レイ: バルバッティン:「…あ。くさい台詞って、 バルバッティン:こういうこと言うんですね。」 バルバッティン: レイ:「もう…なんか、あなたといると、調子狂っちゃう。 レイ:わかった。 レイ:じゃあ、お別れに、靴下だけ、買ってもらおうかな。」 レイ: バルバッティン:「靴下だけで、大丈夫かなあ。」 バルバッティン: バルバッティン: レイM: レイM:喫茶店の外に出ると、空は満天の星空。 レイM:銀世界に輝く月は、切なくなるほどきれいだった。 レイM: レイM: バルバッティン:「さて、わたしは靴下を買ってきます。 バルバッティン:ここで待っててくださいね。」 バルバッティン: レイ:「え?わたしも一緒に行っちゃダメなの?」 レイ: バルバッティン:「『靴下を買いに』ですね。 バルバッティン:わたしはお使いに出るのです。 バルバッティン:帰りを待っててくれますよね?」 バルバッティン: レイ:「…うふふ。わかりました。 レイ:わたしは、ここで待ってます。 レイ:あなたの帰りを、今か今かと、待ってます!」 レイ: バルバッティン:「わたしはね、ほんとうは人間じゃないんですよ。」 バルバッティン: レイM: レイM:そのとき、突風が吹いて、わたしは思わず目をつぶった。 レイM:次に目を開けると、彼の後ろ姿が、街頭の向こうに消えるところだった。 レイM:聞き間違いかな。 レイM:わたしは、彼独特の冗談だと思って、空を見上げて少し笑った。 レイM: レイM:それから、どれだけ時間がたっただろう。 レイM:一面の銀世界に、こころは真っ白に静まりかえっていた。 レイM: レイM:あの身を焦がすような憎しみは、 レイM:炎のような嫉妬心は、どこへいったのだろう。 レイM: レイM:執着心をもたない、…か。 レイM:そんな生き方もあるのだろうか。 レイM: レイM:そんなことを考えていると、 レイM:わたしの凍えた足下に、ふと、 レイM:あたたかいものが触った。 レイM: レイM:そこには、小さな小さな生き物が、 レイM:赤い靴下を持って立っていた。 レイM: レイM: バルバッティン:「言ったでしょう?人間の姿は仮の姿。 バルバッティン:わたしはバルバッティン。 バルバッティン:さあ、一緒に行きませんか? バルバッティン:どこまでも、一緒に。 バルバッティン:時の旅へ。」 バルバッティン: レイM: レイM:こうして、わたしは、バルバッティンを抱きかかえると、 レイM:夜の静寂(しじま)の中を、 レイM:まだ誰も知らない土地へと歩き出した。 レイM: レイM:わたしとバルバッティンだけの、見知らぬ土地へ。 レイM: レイM: レイM: 0:END