台本概要

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タイトル バルバッティン2【転校生編】
作者名 荒木アキラ  (@masakasoreha)
ジャンル ファンタジー
演者人数 2人用台本(男1、女1)
時間 20 分
台本使用規定 台本説明欄参照
説明 バルバッティンとレイの出会いを描くほっこりファンタジー。
バルバッティンとはなにか??その謎を解くために、演じてみませんか。
【転校生編】では、バルバッティンの性別は女性です。
お好きなように仕上げていただけるとうれしいです。

上演時には、任意ではありますが、作者TwitterDM(@masakasoreha)までご連絡いただけると、
喜んで拝聴しに行きます。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
レイ 102 学校の先生。
バルバッティン 105 転校生と言い張る女子高生。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
レイM:ひどく疲れていた。 レイM:まばたきをすると、一瞬意識が遠のくほど、疲れていた。 レイM:まぶたの裏に、星が飛ぶ。 レイM: レイM:それでも働いているのは、結婚するため。 レイM: レイM:おれには、父母がいない。 レイM:かわいい、かわいい、と手塩にかけて育ててくれたのは、 レイM:祖父母だった。 レイM:そんな恩人も、もうこの世にはいない。 レイM: レイM:「お嫁さん、もらうんだよ? レイM:この世につないでもらえるのは、家族だけだからね。」 レイM: レイM:そう言われて育ってきた。 レイM:それが正しいと信じて、生きてきた。 レイM: レイM:だから、おれは、働く。 レイM:家族をもつために、働くのだ。 レイM: レイM:雪のちらつく屋上から、 レイM:この『学校』という小さな箱庭を見つめる。 レイM: レイM:遠くでチャイムの音がする。 レイM:さあ、午後の授業を始める時間だ。 レイM: レイM: レイM: レイM: レイM: バルバッティン:「先生。…先生。」 バルバッティン: レイ:「…ん?なんだ、なにか用か?」 レイ: バルバッティン:「屋上、立ち入り禁止ですよ。」 バルバッティン: レイ:「なんだ…見てたのか。」 レイ: バルバッティン:「うふふ…見ちゃいました。」 バルバッティン: レイ:「先生には言うなよ?…内緒だぞ?」 レイ: バルバッティン:「先生には言うな?じゃあ、先生はなんなんですか?」 バルバッティン: レイ:「〈声をひそめて〉だから、ほかの先生には言うなよってことだよ。」 レイ: バルバッティン:「屋上で、たばこでも吸ってたんですか?」 バルバッティン: レイ:「いや…べつに。なんでもないよ。」 レイ: バルバッティン:「たばこはやめたほうがいいですよ。 バルバッティン:お父さん、肺がんで亡くなったんでしょ?」 バルバッティン: レイ:「なんでおまえが知ってるんだよ?」 レイ: バルバッティン:「そんなの、自分が話したんじゃないですか。」 バルバッティン: レイ:「先生、そんなこと言ったかなあ。」 レイ: バルバッティン:「ふふふ…自分で自分のこと、 バルバッティン:先生っていうの、癖なんですか?」 バルバッティン: レイ:「ああ、先生なんだから。間違いじゃないだろ。」 レイ: バルバッティン:「わたしがここで、制服脱いだら、どうします?」 バルバッティン: レイ:「おい、なに馬鹿なこと言ってるんだよ!」 レイ: バルバッティン:「先生。あわてないで。脱がないから。」 バルバッティン: レイ:「おまえ、どうかしてるんじゃないか? レイ:先生をからかうもんじゃないぞ。」 レイ: バルバッティン:「わたしね、この学校に来て、 バルバッティン:よかったって思うことがみっつある。 バルバッティン:そのひとつは、先生を見つけたこと。」 バルバッティン: レイ:「ああ。そういえばおまえ、転校生だったな。」 レイ: バルバッティン:「そういうの、無神経に言うの、どうかと思いますよ。」 バルバッティン: レイ:「『転校生』って、無神経かなあ。 レイ:最近の言葉狩りには参っちゃうよ。」 レイ: バルバッティン:「先生だって、 バルバッティン:『新任教師』っていつまでも言われたら、いやでしょう?」 バルバッティン: レイ:「いや、それはいやだけども。 レイ:『転校生』って、なんかこう、青春じゃないか。」 レイ: バルバッティン:「ああ、言葉使いがちょっと違ったりして、 バルバッティン:こっちの方言なんかわかんなかったりして。 バルバッティン:ミステリアスなんでしょ?」 バルバッティン: レイ:「そう…まあ、そういう面もあるな。」 レイ: バルバッティン:「妙に都会っぽい雰囲気出してたりしてね。 バルバッティン:しかも、親の都合で転校なんかしてるもんだから、 バルバッティン:どっか大人びて見えるんだよね。」 バルバッティン: レイ:「…よくわかってるじゃないか。自分のこと。」 レイ: バルバッティン:「自分のこと?何言ってるんですか。 バルバッティン:先生。 バルバッティン:わたし、もう新しい転校生来たから、 バルバッティン:その役割は終わったのよ。」 バルバッティン: レイ:「転校生?何組だ、そいつ。」 レイ: バルバッティン:「7組の、ミヤモトヒビキちゃん。 バルバッティン:先月転校してきたんだよ? バルバッティン:そういうのって、先生、知らないんですか?」 バルバッティン: レイ:「ごめん、10クラスもあるんだ。 レイ:まだ全員覚え切れなくてな。」 レイ: バルバッティン:「じゃあ、わたしの名前は?」 バルバッティン: レイ:「おまえはわかってるよ。いつも昼休み、ひとりで化学室に行くよな?」 レイ: バルバッティン:「べつに、化学になんか、興味ないですけど。」 バルバッティン: レイ:「いや、昼休みに理科棟に来るなんて、 レイ:変わってるなあって思ってたんだ。」 レイ: バルバッティン:「そこからだとね、職員室の話がよく聞こえるんです。」 バルバッティン: レイ:「職員室?なんで職員室なんか、興味あるんだ?」 レイ: バルバッティン:「わたし、子供だと思ってたら大間違いですよ。」 バルバッティン: レイ:「いやいや、大人ではないだろう。 レイ:職員室覗くなんて、先生に失礼だぞ。」 レイ: バルバッティン:「わたしね、汚い大人にはならないんです。 バルバッティン:だから、大人の人に興味があって。」 バルバッティン: レイ:「子供じゃないとか、大人じゃないとか、 レイ:いったいどっちなんだ。」 レイ: バルバッティン:「わたし、もうすぐ、いなくなるんです。」 バルバッティン: レイ:「え、おまえ、また転校するのか?お父さん、転勤族か?」 レイ: バルバッティン:「またそうやって決めつける。 バルバッティン:…名前もろくに覚えてもらえないまま、 バルバッティン:わたしはいなくなるんです。」 バルバッティン: レイ:「そうか…。すまん。 レイ:なにか、相談があったら、先生にいえよ?」 レイ: バルバッティン:「その『先生』って、どっちの先生ですか?」 バルバッティン: レイ:「どっちって?」 レイ: バルバッティン:「自分のことなのか。ほかの先生なのか。」 バルバッティン: レイ:「先生は、おれに決まってるだろう。」 レイ: バルバッティン:「また自分のこと『先生』って言ってる。」 バルバッティン: レイ:「わかりきったこと、聞くな。」 レイ: バルバッティン:「先生、次の授業、行かないんですか?」 バルバッティン: レイ:「午前の最後が体育の上、午後の一限目が数学だぞ。 レイ:大半寝てるだろ。」 レイ: バルバッティン:「先生は、なんで眠くならないの?」 バルバッティン: レイ:「眠く…ならないことも、〈あくびをする〉…ない。」 レイ: バルバッティン:「先生…?顔色悪いですよ。どうしたんですか?」 バルバッティン: レイ:「なんか…ちょっと疲れててな。」 レイ: バルバッティン:「ねえ、ちょっと、保健室行こう? バルバッティン:本当に気持ち悪そう。」 バルバッティン: レイ:「大丈夫、大丈夫。さあ、おまえも授業、行くんだぞ?」 レイ: バルバッティン:「なに言ってるの。わたしは先生を守るよ。 バルバッティン:ずっと、一緒にいよう?」 バルバッティン: バルバッティン: バルバッティン: バルバッティン: レイM:渡り廊下の途中で、突然おれは抱きすくめられた。 レイM:チャイムの残響も鳴り終わり、午後の授業は始まっている。 レイM: レイM:廊下は、静まりかえっていて、 レイM:おれは、彼女を止めることができた。 レイM:なのに、しなかった。 レイM: レイM:疲れていたのだ。あまりに疲れていた。 レイM: レイM:試験の採点も期限が迫っていたし、 レイM:受験生の面談も控えていた。 レイM: レイM:とにかく、やることが山積みで、 レイM:おれはあまりにもいっぱいいっぱいだったんだ。 レイM: レイM:そう、いいわけをしておく。 レイM: レイM:彼女のふわっとした腕に包まれたとき、 レイM:一瞬目を閉じた自分がいた。 レイM:なんて心地いいんだろう。 レイM:こころが折れる瞬間は、優しさに触れたときだ。 レイM: レイM:おれは、あきらめて、保健室へ行くことにした。 レイM:そうしないと、あまりにも、決まりが悪かったからだ。 レイM: レイM: バルバッティン:「先生。先生? バルバッティン:…どうしちゃったんですか。」 バルバッティン: レイ:「…いや、疲労がたまってただけだ。 レイ:こんなの、寝れば、すぐによくなる。」 レイ: バルバッティン:「寝れば、…ね。もう3時間半寝っぱなしでしたけど。」 バルバッティン: レイ:「え!今何時だ?」 レイ: バルバッティン:「もう、午後の授業、終わってますよ。」 バルバッティン: レイ:「…そう、か。 レイ:〈大きなため息をつく〉…そんなに、寝てたか。」 レイ: バルバッティン:「どのくらい、寝てなかったんです?」 バルバッティン: レイ:「最近、睡眠時間削ってたから〈大きなあくびをする〉」 レイ: バルバッティン:「だけど、ふふふ。 バルバッティン:先生、かわいい寝言言ってましたよ。」 バルバッティン: レイ:「おまえ、まさか、ずっとここにいたのか?」 レイ: バルバッティン:「はい。とくに興味のある授業がなかったもので。」 バルバッティン: レイ:「だからって、先生をいいわけに授業サボるもんじゃないぞ。」 レイ: バルバッティン:「それ、やめたら?」 バルバッティン: レイ:「え?なにを?」 レイ: バルバッティン:「おれって言うときの先生のほうが、なんかいい。 バルバッティン:自分で先生って言うと、なんか、…かわいそうで。」 バルバッティン: レイ:「おまえ、けっこう失礼なこと言ってるぞ。」 レイ: バルバッティン:「わかってます。ねえ、先生。 バルバッティン:先生のこと、名前で呼んでいいですか。」 バルバッティン: レイ:「はあ?なに言ってるんだ、おまえ。」 レイ: バルバッティン:「今だけ。 バルバッティン:今だけ、ここだけ、ほかの先生には言いません。」 バルバッティン: レイ:「だめに決まってるだろ。」 レイ: バルバッティン:「…先生、覚えてないんだ?」 バルバッティン: レイ:「なにを? レイ:…あ、寝言か!?」 レイ: バルバッティン:「かわいかったなあ。 バルバッティン:思わず、レイくんって呼びたくなるような。」 バルバッティン: レイ:「名前呼びって、下の名前かよ…。 レイ:勘弁してくれ。」 レイ: バルバッティン:「先生。いや、レイくん。 バルバッティン:大丈夫、『ばあば』はここにいるよ。」 バルバッティン: レイ:「おれ、『ばあば』なんて言ってたのか!?」 レイ: バルバッティン:「うふふ…。参っちゃうでしょ。」 バルバッティン: レイ:「おまえさあ、なんか面白がってるだろ。」 レイ: バルバッティン:「いいえ。とんでもない。 バルバッティン:先生にだって、レイくんだった時代があるって、 バルバッティン:ちゃんとわかってますよ。」 バルバッティン: レイ:「おまえは…あれだ。転校生だからな。 レイ:そういうの、大人びてるって言うんだよ。」 レイ: バルバッティン:「わたしが大人びてるって言ったのは、 バルバッティン:ミヤモトヒビキちゃんのことなんだけど。」 バルバッティン: レイ:「おまえのほうが、たぶん、おれより、 レイ:…大人びてるよ。」 レイ: バルバッティン:「先生。いや、レイくん。」 バルバッティン: レイ:「だから、その呼び方やめろ!」 レイ: バルバッティン:「覚えてる? バルバッティン:この学校にきて、よかったって思うことが、 バルバッティン:みっつあるって言ったでしょ?」 バルバッティン: レイ:「ひとつめは、おれ。あとふたつは?」 レイ: バルバッティン:「ふたつめは、制服が軽いから。」 バルバッティン: レイ:「なんだ、はは!そんなことか?」 レイ: バルバッティン:「そんなことじゃないですよ。大事なことです。 バルバッティン:女子の制服って、思ったより重いんですよ? バルバッティン:プリーツとか、布が多いし、 バルバッティン:長くないと、校則違反だし。」 バルバッティン: レイ:「だけど、そんなの、どこの学校もそう変わらないだろ。」 レイ: バルバッティン:「あとね、制服には意味があるの。 バルバッティン:大人は手出しできませんって。 バルバッティン:ね?罪が重いと思わない?」 バルバッティン: レイ:「あはは…確かに、女子高生の制服って、なんか、重いな。 レイ:いろんな意味で。」 レイ: バルバッティン:「レイくん、この制服、脱がせてみない?」 バルバッティン: レイ:「ちょ、おまえ!しー!なんてこと言うんだ!」 レイ: バルバッティン:「なにエッチなこと考えてるんですか! バルバッティン:私服のわたし。 バルバッティン:見たくないですか?」 バルバッティン: レイ:「…それはそれで、問題あるだろ。」 レイ: バルバッティン:「先生。 バルバッティン:わたしはいなくなるって言ったでしょう? バルバッティン:本当に、もう、この制服、着なくなっちゃうんです。」 バルバッティン: レイ:「え…。おまえ、学校、やめる、…とか? レイ:そういう話か?」 レイ: バルバッティン:「うふふ、大丈夫。わたし、タフだから。」 バルバッティン: レイ:「家の事情か?なんだ? レイ:高校も出ないで、どうするって言うんだよ?」 レイ: バルバッティン:「結婚するんです。」 バルバッティン: レイ:「…はあ?」 レイ: バルバッティン:「古い家でね。許嫁(いいなずけ)、みたいなのがいて。 バルバッティン:しきたり…的なものがあるんです。」 バルバッティン: レイ:「そんなの、今の時代、個人の意思の問題だろう。 レイ:おまえは、それでいいのか?」 レイ: バルバッティン:「はい。それで、いいんです。」 バルバッティン: レイ:「…みっつめ。みっつめは、なんだ?」 レイ: バルバッティン:「え?」 バルバッティン: レイ:「この学校に来てよかったこと。 レイ:みっつめは、なんなんだよ?」 レイ: バルバッティン:「…ミヤモトヒビキちゃんに会えたこと。」 バルバッティン: レイ:「…?それって、仲良くなったってことか?」 レイ: バルバッティン:「やだなあ。…先生。察してよ。」 バルバッティン: レイ:「…察してって、いや、まったくわからないんだが。」 レイ: バルバッティン:「…わたしの、初…恋。」 バルバッティン: レイ:「…ミヤモトヒビキって、男なのか?」 レイ: バルバッティン:「だから、…察してよ。」 バルバッティン: レイ:「いよいよわからないんだが、それって、いいことなのか?」 レイ: バルバッティン:「すっごく、いいことだよ。 バルバッティン:ミヤモトヒビキちゃんを、 バルバッティン:ちゃんと女として好きになれたこと。 バルバッティン:誇りに思ってる。」 バルバッティン: レイ:「だけど、おまえは、嫁に行くんだろ?」 レイ: バルバッティン:「先生。思い出って、きらきらしてない?」 バルバッティン: レイ:「思い出…?きらきら?…そうだったっけな。」 レイ: バルバッティン:「わたし、変わり者みたいに言われるの、慣れてるけど、 バルバッティン:ずっと、自分が変わり者だってこと、恥じてたんだ。」 バルバッティン: レイ:「それが、ミヤモトに出会って、変わったのか。」 レイ: バルバッティン:「そうだよ。あとね。 バルバッティン:さっきも言ったけど、先生に出会ったことも。」 バルバッティン: レイ:「初恋は、先生じゃなかったか。はは! レイ:そこまでベタじゃないよな。」 レイ: バルバッティン:「(声をひそめて)先生はね、 バルバッティン:わたしと同じなんだって、知ってるよ。」 バルバッティン: レイ:「え…?何言ってるんだよ。よくわかんないな。」 レイ: バルバッティン:「先生は、片桐先生に恋をした。」 バルバッティン: レイ:「…おまえ、ちょ、なに言ってんだよ?」 レイ: バルバッティン:「片桐祐介先生。もう、先生は祐介って呼んでる?」 バルバッティン: レイ:「しー! レイ:呼んでるわけないだろ! レイ:…片桐先生は、年上だし。」 レイ: バルバッティン:「…だし?」 バルバッティン: レイ:「結婚、してるし。」 レイ: バルバッティン:「…るし?」 バルバッティン: レイ:「片桐先生は、男だ!」 レイ: バルバッティン:「だから、わたしと同じだって言ったでしょう。 バルバッティン:もう、見てたらわかるんだから。」 バルバッティン: レイ:「どこまで知ってる?うわさ話か?みんなにばれてるのか?」 レイ: バルバッティン:「落ち着いて、先生。わたしは誰にも言わないし。 バルバッティン:もう一生この言葉は口にしない。 バルバッティン:先生の目線は、片桐先生しか追ってないよね。」 バルバッティン: レイ:「…うそだ。そんなのうそだ。」 レイ: バルバッティン:「わたしはね、先生を見つけたとき、どきっとした。 バルバッティン:鏡を見てるみたいだったから。」 バルバッティン: レイ:「おれですら、よくわかってないこと…。 レイ:おまえは簡単に言うんだな。」 レイ: バルバッティン:「つらそうだったから。 バルバッティン:先生、具合が悪くなるくらい、我慢してたんでしょう?」 バルバッティン: レイ:「ただの、睡眠不足だって言ってるだろ。」 レイ: バルバッティン:「寝言。『ばあば』なんて、嘘だよ。」 バルバッティン: レイ:「おまえ…!ちょっと待て待て、その先は聞きたくない。」 レイ: バルバッティン:「『ゆうすけ』って。 バルバッティン:片桐先生の夢、見てたんでしょう?」 バルバッティン: レイ:「…ばか。おまえは意地が悪い。」 レイ: バルバッティン:「はい。わたしは、ときどき、意地悪をします。 バルバッティン:うふふふ」 バルバッティン: レイ:「なんで、そんな、笑ってられるんだ?」 レイ: バルバッティン:「だって、わたしはもう初恋を知って、 バルバッティン:先生の気持ちが痛いほどわかるから。」 バルバッティン: レイ:「おまえ、本当にこのまま結婚しちゃうのか? レイ:そんな生活、耐えられるのか?」 レイ: バルバッティン:「…嘘つきは死ねばいい。」 バルバッティン: レイ:「え?」 レイ: バルバッティン:「ミヤモトヒビキちゃんが、言ったんです。 バルバッティン:転校したてのとき、 バルバッティン:ちょっとしたデマを流されたみたいで。 バルバッティン:怒ってみんなに言ったんです。 バルバッティン:嘘つきは死ねばいいって。」 バルバッティン: レイ:「死ねばいいなんて、簡単に言うもんじゃない。」 レイ: バルバッティン:「だったらさ。先生、わたしに死なない魔法をかけて。」 バルバッティン: レイ:「落ち着いて。大丈夫。おまえは、死なない。」 レイ: バルバッティン:「先生の口から、言ってほしいの。 バルバッティン:わたしは結婚できませんって。 バルバッティン:わたし、どうしても、自分で言う勇気がない。」 バルバッティン: レイ:「…やっぱり、無理してたんだな。」 レイ: バルバッティン:「先生もでしょ? バルバッティン:倒れるまで人を好きになるって、どういうこと?」 バルバッティン: レイ:「死ぬ覚悟で、結婚しようとしてるやつが、 レイ:なに言ってんだ。」 レイ: 0:二人、目が合って笑い合う。 0: バルバッティン:「うふ…うふふふふ。」 バルバッティン: レイ:「まったく…ふふ…ふふふふ」 レイ: バルバッティン:「先生、わたしを今日、送って行ってくれませんか。」 バルバッティン: レイ:「そうだな。もう遅いし、車、出すよ。」 レイ: バルバッティン:「そんなのいや。先生と帰る、最後のチャンスだもん。 バルバッティン:わたしの自転車で、送って。」 バルバッティン: レイ:「年明けたっていっても、まだ2月だぞ。寒いよ。」 レイ: バルバッティン:「先生だけ、車なんて、ずるい。」 バルバッティン: レイ:「だから、一緒に車で帰ろうって言ってるんだよ。」 レイ: バルバッティン:「じゃあ、明日わたしを迎えに来てくれるんですか?」 バルバッティン: レイ:「うっ…。わかったよ、送ればいいんだろ、送れば。」 レイ: レイ: レイM:外に出ると、羊雲に夕焼けが胸を打つほど懐かしかった。 レイM: レイM:ああ、こんな時間に、自転車で二人乗り。 レイM:もちろん、思い出の中のそれは、男友達となんだけど、 レイM: レイM:なんだか、泣きだしたいような、 レイM:せつない気持ちだった。 レイM: レイM:制服だった頃、そうだな。制服は、重かった。 レイM:男子と女子。 レイM:ひと目でわかるだけに、重い鎧だった。 レイM: レイM: レイM: バルバッティン:「先生、お待たせ!」 バルバッティン: レイ:「おまえ、カバン取ってくるって、 レイ:いつまで待たせる…」 レイ: バルバッティン:「…どうかな?似合う?」 バルバッティン: レイ:「似合うって、おまえ、制服はどうしたんだ。」 レイ: バルバッティン:「うふふ、捨ててきちゃった。」 バルバッティン: レイ:「なんで、そんな…明日から、どうするんだ?」 レイ: バルバッティン:「ジャージ。ジャージでいいよ、しばらく。」 バルバッティン: レイ:「あのなあ、おまえ、 レイ:私服持ってきてるなんて、聞いてないぞ。」 レイ: バルバッティン:「え…?みんなやってるよ。 バルバッティン:制服だと、入れないとこも、あるし。」 バルバッティン: レイ:「…この不良娘!」 レイ: バルバッティン:「先生だって、不良じゃん。」 バルバッティン: レイ:「なにがだよ。」 レイ: バルバッティン:「二人乗り。 バルバッティン:禁止になったの、知らないの?」 バルバッティン: レイ:「そうだったか?だったら車で帰ろうぜ?」 レイ: バルバッティン:「あと、屋上の喫煙。 バルバッティン:先生がたばこ吸わないことくらい、知ってるよ。 バルバッティン:なのに、無理して片桐先生に付き合ってさ。 バルバッティン:見てらんないよ。」 バルバッティン: レイ:「そんなとこまで…見てるなよ。」 レイ: バルバッティン:「うふふ、職員室の会話、 バルバッティン:化学室からつつぬけだって、言ったでしょ?」 バルバッティン: レイ:「あーもう、おまえはめんどくさいなあ。 レイ:早く乗れよ。」 レイ: バルバッティン:「あ!いち番星。」 バルバッティン: レイM:ふと、目を上げると、北の空に、ひときわ輝く北極星が輝いていた。 レイM: レイM:遠いなあ。 レイM:こりゃ、帰るころには、どっぷり日が暮れてるな。 レイM: レイM: レイM: レイ:「おい、早く乗れよ。」 レイ: バルバッティン:「乗ってますよ。」 バルバッティン: レイ:「…おい。なにやってるんだ。」 レイ: バルバッティン:「先生。こっちですよ。」 バルバッティン: レイM:声がするほうを振り返ると、そこには、小さな小さな生き物が、 レイM:自転車の前かごに乗っていた。 レイM: レイM: バルバッティン:「ごめんね。わたし、バルバッティン。 バルバッティン:こんな箱庭、二人で壊して逃げちゃおうよ。 バルバッティン: バルバッティン:どこまでも行こう。 バルバッティン:どこまでも、一緒に。」 バルバッティン: レイM:そのとき、わかったのだ。 レイM:本当はおれはどうしたかったのか。 レイM: レイM:おれは、自転車のライトをつけると、 レイM:北極星へと向かってこぎ出した。 レイM: レイM:バルバッティンを前かごに乗せて、 レイM:それは、未知への旅立ちだった。 レイM: レイM: 0:END

レイM:ひどく疲れていた。 レイM:まばたきをすると、一瞬意識が遠のくほど、疲れていた。 レイM:まぶたの裏に、星が飛ぶ。 レイM: レイM:それでも働いているのは、結婚するため。 レイM: レイM:おれには、父母がいない。 レイM:かわいい、かわいい、と手塩にかけて育ててくれたのは、 レイM:祖父母だった。 レイM:そんな恩人も、もうこの世にはいない。 レイM: レイM:「お嫁さん、もらうんだよ? レイM:この世につないでもらえるのは、家族だけだからね。」 レイM: レイM:そう言われて育ってきた。 レイM:それが正しいと信じて、生きてきた。 レイM: レイM:だから、おれは、働く。 レイM:家族をもつために、働くのだ。 レイM: レイM:雪のちらつく屋上から、 レイM:この『学校』という小さな箱庭を見つめる。 レイM: レイM:遠くでチャイムの音がする。 レイM:さあ、午後の授業を始める時間だ。 レイM: レイM: レイM: レイM: レイM: バルバッティン:「先生。…先生。」 バルバッティン: レイ:「…ん?なんだ、なにか用か?」 レイ: バルバッティン:「屋上、立ち入り禁止ですよ。」 バルバッティン: レイ:「なんだ…見てたのか。」 レイ: バルバッティン:「うふふ…見ちゃいました。」 バルバッティン: レイ:「先生には言うなよ?…内緒だぞ?」 レイ: バルバッティン:「先生には言うな?じゃあ、先生はなんなんですか?」 バルバッティン: レイ:「〈声をひそめて〉だから、ほかの先生には言うなよってことだよ。」 レイ: バルバッティン:「屋上で、たばこでも吸ってたんですか?」 バルバッティン: レイ:「いや…べつに。なんでもないよ。」 レイ: バルバッティン:「たばこはやめたほうがいいですよ。 バルバッティン:お父さん、肺がんで亡くなったんでしょ?」 バルバッティン: レイ:「なんでおまえが知ってるんだよ?」 レイ: バルバッティン:「そんなの、自分が話したんじゃないですか。」 バルバッティン: レイ:「先生、そんなこと言ったかなあ。」 レイ: バルバッティン:「ふふふ…自分で自分のこと、 バルバッティン:先生っていうの、癖なんですか?」 バルバッティン: レイ:「ああ、先生なんだから。間違いじゃないだろ。」 レイ: バルバッティン:「わたしがここで、制服脱いだら、どうします?」 バルバッティン: レイ:「おい、なに馬鹿なこと言ってるんだよ!」 レイ: バルバッティン:「先生。あわてないで。脱がないから。」 バルバッティン: レイ:「おまえ、どうかしてるんじゃないか? レイ:先生をからかうもんじゃないぞ。」 レイ: バルバッティン:「わたしね、この学校に来て、 バルバッティン:よかったって思うことがみっつある。 バルバッティン:そのひとつは、先生を見つけたこと。」 バルバッティン: レイ:「ああ。そういえばおまえ、転校生だったな。」 レイ: バルバッティン:「そういうの、無神経に言うの、どうかと思いますよ。」 バルバッティン: レイ:「『転校生』って、無神経かなあ。 レイ:最近の言葉狩りには参っちゃうよ。」 レイ: バルバッティン:「先生だって、 バルバッティン:『新任教師』っていつまでも言われたら、いやでしょう?」 バルバッティン: レイ:「いや、それはいやだけども。 レイ:『転校生』って、なんかこう、青春じゃないか。」 レイ: バルバッティン:「ああ、言葉使いがちょっと違ったりして、 バルバッティン:こっちの方言なんかわかんなかったりして。 バルバッティン:ミステリアスなんでしょ?」 バルバッティン: レイ:「そう…まあ、そういう面もあるな。」 レイ: バルバッティン:「妙に都会っぽい雰囲気出してたりしてね。 バルバッティン:しかも、親の都合で転校なんかしてるもんだから、 バルバッティン:どっか大人びて見えるんだよね。」 バルバッティン: レイ:「…よくわかってるじゃないか。自分のこと。」 レイ: バルバッティン:「自分のこと?何言ってるんですか。 バルバッティン:先生。 バルバッティン:わたし、もう新しい転校生来たから、 バルバッティン:その役割は終わったのよ。」 バルバッティン: レイ:「転校生?何組だ、そいつ。」 レイ: バルバッティン:「7組の、ミヤモトヒビキちゃん。 バルバッティン:先月転校してきたんだよ? バルバッティン:そういうのって、先生、知らないんですか?」 バルバッティン: レイ:「ごめん、10クラスもあるんだ。 レイ:まだ全員覚え切れなくてな。」 レイ: バルバッティン:「じゃあ、わたしの名前は?」 バルバッティン: レイ:「おまえはわかってるよ。いつも昼休み、ひとりで化学室に行くよな?」 レイ: バルバッティン:「べつに、化学になんか、興味ないですけど。」 バルバッティン: レイ:「いや、昼休みに理科棟に来るなんて、 レイ:変わってるなあって思ってたんだ。」 レイ: バルバッティン:「そこからだとね、職員室の話がよく聞こえるんです。」 バルバッティン: レイ:「職員室?なんで職員室なんか、興味あるんだ?」 レイ: バルバッティン:「わたし、子供だと思ってたら大間違いですよ。」 バルバッティン: レイ:「いやいや、大人ではないだろう。 レイ:職員室覗くなんて、先生に失礼だぞ。」 レイ: バルバッティン:「わたしね、汚い大人にはならないんです。 バルバッティン:だから、大人の人に興味があって。」 バルバッティン: レイ:「子供じゃないとか、大人じゃないとか、 レイ:いったいどっちなんだ。」 レイ: バルバッティン:「わたし、もうすぐ、いなくなるんです。」 バルバッティン: レイ:「え、おまえ、また転校するのか?お父さん、転勤族か?」 レイ: バルバッティン:「またそうやって決めつける。 バルバッティン:…名前もろくに覚えてもらえないまま、 バルバッティン:わたしはいなくなるんです。」 バルバッティン: レイ:「そうか…。すまん。 レイ:なにか、相談があったら、先生にいえよ?」 レイ: バルバッティン:「その『先生』って、どっちの先生ですか?」 バルバッティン: レイ:「どっちって?」 レイ: バルバッティン:「自分のことなのか。ほかの先生なのか。」 バルバッティン: レイ:「先生は、おれに決まってるだろう。」 レイ: バルバッティン:「また自分のこと『先生』って言ってる。」 バルバッティン: レイ:「わかりきったこと、聞くな。」 レイ: バルバッティン:「先生、次の授業、行かないんですか?」 バルバッティン: レイ:「午前の最後が体育の上、午後の一限目が数学だぞ。 レイ:大半寝てるだろ。」 レイ: バルバッティン:「先生は、なんで眠くならないの?」 バルバッティン: レイ:「眠く…ならないことも、〈あくびをする〉…ない。」 レイ: バルバッティン:「先生…?顔色悪いですよ。どうしたんですか?」 バルバッティン: レイ:「なんか…ちょっと疲れててな。」 レイ: バルバッティン:「ねえ、ちょっと、保健室行こう? バルバッティン:本当に気持ち悪そう。」 バルバッティン: レイ:「大丈夫、大丈夫。さあ、おまえも授業、行くんだぞ?」 レイ: バルバッティン:「なに言ってるの。わたしは先生を守るよ。 バルバッティン:ずっと、一緒にいよう?」 バルバッティン: バルバッティン: バルバッティン: バルバッティン: レイM:渡り廊下の途中で、突然おれは抱きすくめられた。 レイM:チャイムの残響も鳴り終わり、午後の授業は始まっている。 レイM: レイM:廊下は、静まりかえっていて、 レイM:おれは、彼女を止めることができた。 レイM:なのに、しなかった。 レイM: レイM:疲れていたのだ。あまりに疲れていた。 レイM: レイM:試験の採点も期限が迫っていたし、 レイM:受験生の面談も控えていた。 レイM: レイM:とにかく、やることが山積みで、 レイM:おれはあまりにもいっぱいいっぱいだったんだ。 レイM: レイM:そう、いいわけをしておく。 レイM: レイM:彼女のふわっとした腕に包まれたとき、 レイM:一瞬目を閉じた自分がいた。 レイM:なんて心地いいんだろう。 レイM:こころが折れる瞬間は、優しさに触れたときだ。 レイM: レイM:おれは、あきらめて、保健室へ行くことにした。 レイM:そうしないと、あまりにも、決まりが悪かったからだ。 レイM: レイM: バルバッティン:「先生。先生? バルバッティン:…どうしちゃったんですか。」 バルバッティン: レイ:「…いや、疲労がたまってただけだ。 レイ:こんなの、寝れば、すぐによくなる。」 レイ: バルバッティン:「寝れば、…ね。もう3時間半寝っぱなしでしたけど。」 バルバッティン: レイ:「え!今何時だ?」 レイ: バルバッティン:「もう、午後の授業、終わってますよ。」 バルバッティン: レイ:「…そう、か。 レイ:〈大きなため息をつく〉…そんなに、寝てたか。」 レイ: バルバッティン:「どのくらい、寝てなかったんです?」 バルバッティン: レイ:「最近、睡眠時間削ってたから〈大きなあくびをする〉」 レイ: バルバッティン:「だけど、ふふふ。 バルバッティン:先生、かわいい寝言言ってましたよ。」 バルバッティン: レイ:「おまえ、まさか、ずっとここにいたのか?」 レイ: バルバッティン:「はい。とくに興味のある授業がなかったもので。」 バルバッティン: レイ:「だからって、先生をいいわけに授業サボるもんじゃないぞ。」 レイ: バルバッティン:「それ、やめたら?」 バルバッティン: レイ:「え?なにを?」 レイ: バルバッティン:「おれって言うときの先生のほうが、なんかいい。 バルバッティン:自分で先生って言うと、なんか、…かわいそうで。」 バルバッティン: レイ:「おまえ、けっこう失礼なこと言ってるぞ。」 レイ: バルバッティン:「わかってます。ねえ、先生。 バルバッティン:先生のこと、名前で呼んでいいですか。」 バルバッティン: レイ:「はあ?なに言ってるんだ、おまえ。」 レイ: バルバッティン:「今だけ。 バルバッティン:今だけ、ここだけ、ほかの先生には言いません。」 バルバッティン: レイ:「だめに決まってるだろ。」 レイ: バルバッティン:「…先生、覚えてないんだ?」 バルバッティン: レイ:「なにを? レイ:…あ、寝言か!?」 レイ: バルバッティン:「かわいかったなあ。 バルバッティン:思わず、レイくんって呼びたくなるような。」 バルバッティン: レイ:「名前呼びって、下の名前かよ…。 レイ:勘弁してくれ。」 レイ: バルバッティン:「先生。いや、レイくん。 バルバッティン:大丈夫、『ばあば』はここにいるよ。」 バルバッティン: レイ:「おれ、『ばあば』なんて言ってたのか!?」 レイ: バルバッティン:「うふふ…。参っちゃうでしょ。」 バルバッティン: レイ:「おまえさあ、なんか面白がってるだろ。」 レイ: バルバッティン:「いいえ。とんでもない。 バルバッティン:先生にだって、レイくんだった時代があるって、 バルバッティン:ちゃんとわかってますよ。」 バルバッティン: レイ:「おまえは…あれだ。転校生だからな。 レイ:そういうの、大人びてるって言うんだよ。」 レイ: バルバッティン:「わたしが大人びてるって言ったのは、 バルバッティン:ミヤモトヒビキちゃんのことなんだけど。」 バルバッティン: レイ:「おまえのほうが、たぶん、おれより、 レイ:…大人びてるよ。」 レイ: バルバッティン:「先生。いや、レイくん。」 バルバッティン: レイ:「だから、その呼び方やめろ!」 レイ: バルバッティン:「覚えてる? バルバッティン:この学校にきて、よかったって思うことが、 バルバッティン:みっつあるって言ったでしょ?」 バルバッティン: レイ:「ひとつめは、おれ。あとふたつは?」 レイ: バルバッティン:「ふたつめは、制服が軽いから。」 バルバッティン: レイ:「なんだ、はは!そんなことか?」 レイ: バルバッティン:「そんなことじゃないですよ。大事なことです。 バルバッティン:女子の制服って、思ったより重いんですよ? バルバッティン:プリーツとか、布が多いし、 バルバッティン:長くないと、校則違反だし。」 バルバッティン: レイ:「だけど、そんなの、どこの学校もそう変わらないだろ。」 レイ: バルバッティン:「あとね、制服には意味があるの。 バルバッティン:大人は手出しできませんって。 バルバッティン:ね?罪が重いと思わない?」 バルバッティン: レイ:「あはは…確かに、女子高生の制服って、なんか、重いな。 レイ:いろんな意味で。」 レイ: バルバッティン:「レイくん、この制服、脱がせてみない?」 バルバッティン: レイ:「ちょ、おまえ!しー!なんてこと言うんだ!」 レイ: バルバッティン:「なにエッチなこと考えてるんですか! バルバッティン:私服のわたし。 バルバッティン:見たくないですか?」 バルバッティン: レイ:「…それはそれで、問題あるだろ。」 レイ: バルバッティン:「先生。 バルバッティン:わたしはいなくなるって言ったでしょう? バルバッティン:本当に、もう、この制服、着なくなっちゃうんです。」 バルバッティン: レイ:「え…。おまえ、学校、やめる、…とか? レイ:そういう話か?」 レイ: バルバッティン:「うふふ、大丈夫。わたし、タフだから。」 バルバッティン: レイ:「家の事情か?なんだ? レイ:高校も出ないで、どうするって言うんだよ?」 レイ: バルバッティン:「結婚するんです。」 バルバッティン: レイ:「…はあ?」 レイ: バルバッティン:「古い家でね。許嫁(いいなずけ)、みたいなのがいて。 バルバッティン:しきたり…的なものがあるんです。」 バルバッティン: レイ:「そんなの、今の時代、個人の意思の問題だろう。 レイ:おまえは、それでいいのか?」 レイ: バルバッティン:「はい。それで、いいんです。」 バルバッティン: レイ:「…みっつめ。みっつめは、なんだ?」 レイ: バルバッティン:「え?」 バルバッティン: レイ:「この学校に来てよかったこと。 レイ:みっつめは、なんなんだよ?」 レイ: バルバッティン:「…ミヤモトヒビキちゃんに会えたこと。」 バルバッティン: レイ:「…?それって、仲良くなったってことか?」 レイ: バルバッティン:「やだなあ。…先生。察してよ。」 バルバッティン: レイ:「…察してって、いや、まったくわからないんだが。」 レイ: バルバッティン:「…わたしの、初…恋。」 バルバッティン: レイ:「…ミヤモトヒビキって、男なのか?」 レイ: バルバッティン:「だから、…察してよ。」 バルバッティン: レイ:「いよいよわからないんだが、それって、いいことなのか?」 レイ: バルバッティン:「すっごく、いいことだよ。 バルバッティン:ミヤモトヒビキちゃんを、 バルバッティン:ちゃんと女として好きになれたこと。 バルバッティン:誇りに思ってる。」 バルバッティン: レイ:「だけど、おまえは、嫁に行くんだろ?」 レイ: バルバッティン:「先生。思い出って、きらきらしてない?」 バルバッティン: レイ:「思い出…?きらきら?…そうだったっけな。」 レイ: バルバッティン:「わたし、変わり者みたいに言われるの、慣れてるけど、 バルバッティン:ずっと、自分が変わり者だってこと、恥じてたんだ。」 バルバッティン: レイ:「それが、ミヤモトに出会って、変わったのか。」 レイ: バルバッティン:「そうだよ。あとね。 バルバッティン:さっきも言ったけど、先生に出会ったことも。」 バルバッティン: レイ:「初恋は、先生じゃなかったか。はは! レイ:そこまでベタじゃないよな。」 レイ: バルバッティン:「(声をひそめて)先生はね、 バルバッティン:わたしと同じなんだって、知ってるよ。」 バルバッティン: レイ:「え…?何言ってるんだよ。よくわかんないな。」 レイ: バルバッティン:「先生は、片桐先生に恋をした。」 バルバッティン: レイ:「…おまえ、ちょ、なに言ってんだよ?」 レイ: バルバッティン:「片桐祐介先生。もう、先生は祐介って呼んでる?」 バルバッティン: レイ:「しー! レイ:呼んでるわけないだろ! レイ:…片桐先生は、年上だし。」 レイ: バルバッティン:「…だし?」 バルバッティン: レイ:「結婚、してるし。」 レイ: バルバッティン:「…るし?」 バルバッティン: レイ:「片桐先生は、男だ!」 レイ: バルバッティン:「だから、わたしと同じだって言ったでしょう。 バルバッティン:もう、見てたらわかるんだから。」 バルバッティン: レイ:「どこまで知ってる?うわさ話か?みんなにばれてるのか?」 レイ: バルバッティン:「落ち着いて、先生。わたしは誰にも言わないし。 バルバッティン:もう一生この言葉は口にしない。 バルバッティン:先生の目線は、片桐先生しか追ってないよね。」 バルバッティン: レイ:「…うそだ。そんなのうそだ。」 レイ: バルバッティン:「わたしはね、先生を見つけたとき、どきっとした。 バルバッティン:鏡を見てるみたいだったから。」 バルバッティン: レイ:「おれですら、よくわかってないこと…。 レイ:おまえは簡単に言うんだな。」 レイ: バルバッティン:「つらそうだったから。 バルバッティン:先生、具合が悪くなるくらい、我慢してたんでしょう?」 バルバッティン: レイ:「ただの、睡眠不足だって言ってるだろ。」 レイ: バルバッティン:「寝言。『ばあば』なんて、嘘だよ。」 バルバッティン: レイ:「おまえ…!ちょっと待て待て、その先は聞きたくない。」 レイ: バルバッティン:「『ゆうすけ』って。 バルバッティン:片桐先生の夢、見てたんでしょう?」 バルバッティン: レイ:「…ばか。おまえは意地が悪い。」 レイ: バルバッティン:「はい。わたしは、ときどき、意地悪をします。 バルバッティン:うふふふ」 バルバッティン: レイ:「なんで、そんな、笑ってられるんだ?」 レイ: バルバッティン:「だって、わたしはもう初恋を知って、 バルバッティン:先生の気持ちが痛いほどわかるから。」 バルバッティン: レイ:「おまえ、本当にこのまま結婚しちゃうのか? レイ:そんな生活、耐えられるのか?」 レイ: バルバッティン:「…嘘つきは死ねばいい。」 バルバッティン: レイ:「え?」 レイ: バルバッティン:「ミヤモトヒビキちゃんが、言ったんです。 バルバッティン:転校したてのとき、 バルバッティン:ちょっとしたデマを流されたみたいで。 バルバッティン:怒ってみんなに言ったんです。 バルバッティン:嘘つきは死ねばいいって。」 バルバッティン: レイ:「死ねばいいなんて、簡単に言うもんじゃない。」 レイ: バルバッティン:「だったらさ。先生、わたしに死なない魔法をかけて。」 バルバッティン: レイ:「落ち着いて。大丈夫。おまえは、死なない。」 レイ: バルバッティン:「先生の口から、言ってほしいの。 バルバッティン:わたしは結婚できませんって。 バルバッティン:わたし、どうしても、自分で言う勇気がない。」 バルバッティン: レイ:「…やっぱり、無理してたんだな。」 レイ: バルバッティン:「先生もでしょ? バルバッティン:倒れるまで人を好きになるって、どういうこと?」 バルバッティン: レイ:「死ぬ覚悟で、結婚しようとしてるやつが、 レイ:なに言ってんだ。」 レイ: 0:二人、目が合って笑い合う。 0: バルバッティン:「うふ…うふふふふ。」 バルバッティン: レイ:「まったく…ふふ…ふふふふ」 レイ: バルバッティン:「先生、わたしを今日、送って行ってくれませんか。」 バルバッティン: レイ:「そうだな。もう遅いし、車、出すよ。」 レイ: バルバッティン:「そんなのいや。先生と帰る、最後のチャンスだもん。 バルバッティン:わたしの自転車で、送って。」 バルバッティン: レイ:「年明けたっていっても、まだ2月だぞ。寒いよ。」 レイ: バルバッティン:「先生だけ、車なんて、ずるい。」 バルバッティン: レイ:「だから、一緒に車で帰ろうって言ってるんだよ。」 レイ: バルバッティン:「じゃあ、明日わたしを迎えに来てくれるんですか?」 バルバッティン: レイ:「うっ…。わかったよ、送ればいいんだろ、送れば。」 レイ: レイ: レイM:外に出ると、羊雲に夕焼けが胸を打つほど懐かしかった。 レイM: レイM:ああ、こんな時間に、自転車で二人乗り。 レイM:もちろん、思い出の中のそれは、男友達となんだけど、 レイM: レイM:なんだか、泣きだしたいような、 レイM:せつない気持ちだった。 レイM: レイM:制服だった頃、そうだな。制服は、重かった。 レイM:男子と女子。 レイM:ひと目でわかるだけに、重い鎧だった。 レイM: レイM: レイM: バルバッティン:「先生、お待たせ!」 バルバッティン: レイ:「おまえ、カバン取ってくるって、 レイ:いつまで待たせる…」 レイ: バルバッティン:「…どうかな?似合う?」 バルバッティン: レイ:「似合うって、おまえ、制服はどうしたんだ。」 レイ: バルバッティン:「うふふ、捨ててきちゃった。」 バルバッティン: レイ:「なんで、そんな…明日から、どうするんだ?」 レイ: バルバッティン:「ジャージ。ジャージでいいよ、しばらく。」 バルバッティン: レイ:「あのなあ、おまえ、 レイ:私服持ってきてるなんて、聞いてないぞ。」 レイ: バルバッティン:「え…?みんなやってるよ。 バルバッティン:制服だと、入れないとこも、あるし。」 バルバッティン: レイ:「…この不良娘!」 レイ: バルバッティン:「先生だって、不良じゃん。」 バルバッティン: レイ:「なにがだよ。」 レイ: バルバッティン:「二人乗り。 バルバッティン:禁止になったの、知らないの?」 バルバッティン: レイ:「そうだったか?だったら車で帰ろうぜ?」 レイ: バルバッティン:「あと、屋上の喫煙。 バルバッティン:先生がたばこ吸わないことくらい、知ってるよ。 バルバッティン:なのに、無理して片桐先生に付き合ってさ。 バルバッティン:見てらんないよ。」 バルバッティン: レイ:「そんなとこまで…見てるなよ。」 レイ: バルバッティン:「うふふ、職員室の会話、 バルバッティン:化学室からつつぬけだって、言ったでしょ?」 バルバッティン: レイ:「あーもう、おまえはめんどくさいなあ。 レイ:早く乗れよ。」 レイ: バルバッティン:「あ!いち番星。」 バルバッティン: レイM:ふと、目を上げると、北の空に、ひときわ輝く北極星が輝いていた。 レイM: レイM:遠いなあ。 レイM:こりゃ、帰るころには、どっぷり日が暮れてるな。 レイM: レイM: レイM: レイ:「おい、早く乗れよ。」 レイ: バルバッティン:「乗ってますよ。」 バルバッティン: レイ:「…おい。なにやってるんだ。」 レイ: バルバッティン:「先生。こっちですよ。」 バルバッティン: レイM:声がするほうを振り返ると、そこには、小さな小さな生き物が、 レイM:自転車の前かごに乗っていた。 レイM: レイM: バルバッティン:「ごめんね。わたし、バルバッティン。 バルバッティン:こんな箱庭、二人で壊して逃げちゃおうよ。 バルバッティン: バルバッティン:どこまでも行こう。 バルバッティン:どこまでも、一緒に。」 バルバッティン: レイM:そのとき、わかったのだ。 レイM:本当はおれはどうしたかったのか。 レイM: レイM:おれは、自転車のライトをつけると、 レイM:北極星へと向かってこぎ出した。 レイM: レイM:バルバッティンを前かごに乗せて、 レイM:それは、未知への旅立ちだった。 レイM: レイM: 0:END