台本概要

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タイトル バルバッティン4【脱走編】
作者名 荒木アキラ  (@masakasoreha)
ジャンル ファンタジー
演者人数 2人用台本(男1、不問1)
時間 20 分
台本使用規定 台本説明欄参照
説明 バルバッティンとレイの出会いを描くほっこりファンタジー。
バルバッティンとはなにか??その謎を解くために、演じてみませんか。
【脱走編】では、バルバッティンの性別は不問です。
お好きなように仕上げていただけるとうれしいです。

上演時には、任意ではありますが、作者TwitterDM(@masakasoreha)までご連絡いただけると、
喜んで拝聴しに行きます。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
レイ 105 既婚の男性会社員
バルバッティン 不問 107 レイと同じ会社の新入社員と言いはる人。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
レイM:犬が苦手だった。 レイM:犬も、おれが苦手だった。 レイM:動物に嫌われるたちだった。 レイM: レイM:幼少の頃、飼っていた愛犬ペケに噛まれて以来、 レイM:あらゆる動物に近づくのが、怖くなった。 レイM: レイM:そんなことか、くらいに人は思うかもしれないが、 レイM:最近、妻が犬の写真ばかり見せてくる。 レイM: レイM:飼いたいのだろうか。 レイM:たぶん、そうだ。 レイM: レイM:おれとの生活に、飽きてきているんだろう。 レイM:目新しい、同居人がほしいのだ。 レイM: レイM:それは、それで、仕方ないか。 レイM:だっておれはずっと、仕事仕事と理由をつけて、 レイM:家を空けてばかりいるのだから。 レイM:さみしくなるのも、当然だろう。 レイM:父のように、熟年離婚も覚悟しとかないと、…かな。 レイM: レイM:いやだいやだ。 レイM:朝から、憂鬱なこと思い出してしまった。 レイM: レイM: レイM: レイM: バルバッティン:「その芸能人、終わりですね。」 バルバッティン: レイ:「…は?」 レイ: バルバッティン:「あ、いえ。そこに出てる記事です。」 バルバッティン: レイ:「ああ。…くだらない。 レイ:ひとの不倫なんて、興味ありませんよ。」 レイ: バルバッティン:「今日は、あの記事が一面だと思ったんですが。」 バルバッティン: レイ:「あなた、ちょっと、なんなんです?」 レイ: バルバッティン:「ああ、いえ。すいません。」 バルバッティン: レイ:「〈つぶやくように〉まったく、最近の若い者は…。」 レイ: バルバッティン:「わたし、そんなに若くはないですよ。」 バルバッティン: レイ:「…なんなんだよ。」 レイ: バルバッティン:「あの記事が載ってるのか。 バルバッティン:気になってのぞいてしまいました。」 バルバッティン: レイ:「…気になるなら、電車に乗る前に自分で買いたまえ。」 レイ: バルバッティン:「そんな、冷たいんですね。」 バルバッティン: レイ:「あのなあ。 レイ:こんなところで、話しかけないでくれないか。」 レイ: バルバッティン:「おっと?怒ってらっしゃる?」 バルバッティン: レイ:「〈声をひそめて〉べつに、怒ってはないよ。」 レイ: バルバッティン:「あの記事、どっかに出てないですか?」 バルバッティン: レイ:「あの記事、あの記事、って、それなんなんだ。」 レイ: バルバッティン:「あの、例の脱走事件ですよ。」 バルバッティン: レイ:「そんな事件あったか?」 レイ: バルバッティン:「ありましたよ。つい、半月前ですかね。」 バルバッティン: レイ:「それで、そいつ。捕まったのか。」 レイ: バルバッティン:「それが、一度捕まえたのに、 バルバッティン:逃げ出したらしいんです。」 バルバッティン: レイ:「脱獄か…。脱獄…脱走…。 レイ:どれ…ふん…〈新聞をめくりながら〉? レイ:どこにも載ってないようだが?」 レイ: バルバッティン:「え。本当ですか?」 バルバッティン: レイ:「〈新聞を突き出して〉ほら、これ。 レイ:もう読み終わったらから、 レイ:自分で見てみるんだな。」 レイ: バルバッティン:「もう読み終わったんですか? バルバッティン:まだ電車に乗って10分ですよ?」 バルバッティン: レイ:「ああもう、めんどくさいから、 レイ:くれてやるって言ってるんだよ。」 レイ: バルバッティン:「めんどくさいですか? バルバッティン:まだ一駅分もしゃべってませんよ。」 バルバッティン: レイ:「こっちは朝から満員電車で変なやつにからまれてるんだ。 レイ:イラつくのも当然だろう?」 レイ: バルバッティン:「変なやつ…ですか?」 バルバッティン: レイ:「ああ、変なやつじゃないか。 レイ:他人に話しかけてくるなんて。」 レイ: バルバッティン:「ええっと…。他人…ですか。 バルバッティン:まあいいですよ。 バルバッティン:昨日同じ部署に配属されてきたものなんですけど。」 バルバッティン: レイ:「…えっ!そうなのか?」 レイ: バルバッティン:「はい、まあ、同じような年代が バルバッティン:けっこう入って来てましたから。 バルバッティン:まだ覚えてらっしゃらないか。」 バルバッティン: レイ:「いや…そういうわけでは。」 レイ: バルバッティン:「いえいえ、いいんです。 バルバッティン:もともとわたし、影が薄いって言われてますから。」 バルバッティン: レイ:「そう…なのか? レイ:きみ、けっこう一度会ったら レイ:忘れないような気がするけど?」 レイ: バルバッティン:「それにしても…、本当だ…。 バルバッティン:あの記事、載ってないんですね~。」 バルバッティン: レイ:「っふ、おまえ、おかしなやつだな。」 レイ: バルバッティン:「そうですか?わたしには、そう見えませんけど。」 バルバッティン: レイ:「…っふふ。〈笑いをこらえながら〉おまえ。 レイ:だめだ、笑っちゃだめだ。」 レイ: バルバッティン:「笑ってもいいじゃないですか。 バルバッティン:ほら、こちょこちょこちょ~。なんて。」 バルバッティン: レイ:「おま、ちょ、しー! レイ:〈声をひそめて〉やめろ!迷惑だろ!」 レイ: バルバッティン:「じゃあ、そこ、立ったらどうです?」 バルバッティン: レイ:「え?」 レイ: バルバッティン:「目の前のお嬢さん、気分が悪そうですよ。」 バルバッティン: レイ:「〈女性に対して〉あ、これは、気づきませんで。 レイ:すいません。 レイ:どうぞ。座ってください。」 レイ: バルバッティン:「〈女性に対して〉本当、この人、 バルバッティン:鈍いんで。すいません。」 バルバッティン: レイ:「〈声をひそめて〉おまえ、そう言いたかったなら、 レイ:最初から言えよ!人が悪いよ。」 レイ: バルバッティン:「わたし、そういうとこあるんですよね。」 バルバッティン: レイ:「あるんですよね、じゃないよ。 レイ:まったくもう…。恥かかせるな。」 レイ: バルバッティン:「恥?どうして恥なんですか?」 バルバッティン: レイ:「おまえ、本当にわからないか?」 レイ: バルバッティン:「いえ、本当はわかります。」 バルバッティン: レイ:「なんだそれ!おれ、ここで降りて歩くわ。」 レイ: バルバッティン:「じゃあ、わたしもここで降りようかな。」 バルバッティン: レイ:「会社まで、2駅だぞ?いいのか?」 レイ: バルバッティン:「いいんです。昨日もそうだったし。 バルバッティン:あなたが他で失礼がないように、見張ってます。」 バルバッティン: レイ:「馬鹿。おまえは保護者か。 レイ:…いい年して、なに言わせんだよ。」 レイ: バルバッティン:「へへへ…。冗談です。」 バルバッティン: レイ:「わかってるよ、そんなこと!」 レイ: バルバッティン:「ねえ、そのカバン、重くないですか?」 バルバッティン: レイ:「重いよ。だからって、手ぶらで行くわけにいかない…」 レイ: バルバッティン:「ほら、手ぶらです。」 バルバッティン: レイ:「おまえ…カバンはどうした? レイ:電車に忘れたのか!?」 レイ: バルバッティン:「ああ、会社に置いて帰りました。」 バルバッティン: レイ:「はあ!?そんな会社員、聞いたことないぞ。」 レイ: バルバッティン:「でしょう?画期的でしょう?」 バルバッティン: レイ:「おまえ、社会人として、どうかと思うぞ。」 レイ: バルバッティン:「だって、仕事を家に持ち帰りたくないじゃないですか。」 バルバッティン: レイ:「そりゃ、おれだって、そうだけどさ。 レイ:資料とかあるし。急な連絡あったらどうするんだ。」 レイ: バルバッティン:「ええ? バルバッティン:そんな電話、出なきゃいいじゃないですか。」 バルバッティン: レイ:「そういうわけにもいかないだろう… レイ:っておまえ、どこ行くんだ?」 レイ: バルバッティン:「会社ですけど。」 バルバッティン: レイ:「会社って、そっちじゃないだろう? レイ:そこ、曲がってどうする。 レイ:どっか、寄るのか?」 レイ: バルバッティン:「え?わたしの会社は、こっちですけど。」 バルバッティン: レイ:「え…だって、おまえ、おれと同じ部署なんだろ?」 レイ: バルバッティン:「はい。そうですよ。なに言ってるんですか?」 バルバッティン: レイ:「いや…意味わかんないんだけど。 レイ:会社、こっちのほうが近道だぞ?」 レイ: バルバッティン:「そうなんですか? バルバッティン:わたし、まだ、道をよく覚えてなくて。」 バルバッティン: レイ:「おまえ、あっちから行ったら、 レイ:かなり遠回りだっただろう? レイ:昨日、何分歩いたんだ?」 レイ: バルバッティン:「20分くらいでしょうか。」 バルバッティン: レイ:「20分…。意外に早いんだな。」 レイ: バルバッティン:「だって、カバン持ってませんから。」 バルバッティン: レイ:「あのなあ。昨日も、カバン持って行かなかったのか?」 レイ: バルバッティン:「冗談ですよ。 バルバッティン:さすがに、初日は持って行きますよ。」 バルバッティン: レイ:「はあ…おまえといると、疲れる。 レイ:おれ、先に行くから、ついてこいよ?」 レイ: バルバッティン:「え、道、教えてくれるんですか?」 バルバッティン: レイ:「ああ。行き先一緒なんだから。 レイ:ついでだよ。」 レイ: バルバッティン:「よかったあ。あなた、いい人ですね。」 バルバッティン: レイ:「いい人なんかじゃないよ。 レイ:…今日だって、おまえに言われるまで、 レイ:目の前の女性に気づいてなかったんだからな。 レイ:情けないよ。」 レイ: バルバッティン:「本当、あれは、ひどかったですね。」 バルバッティン: レイ:「〈大きなため息をついて〉…あのなあ。 レイ:おまえ、ちょっと、厳しいぞ。人として。」 レイ: バルバッティン:「厳しい…ですか。 バルバッティン:『おかしな人』よりはましでしょうか。」 バルバッティン: レイ:「『おかしな人』も、『人として厳しい』も、 レイ:同じような意味なんだよ。」 レイ: バルバッティン:「大丈夫です。わたし、バルバッティンなんで。」 バルバッティン: レイ:「は?…なんだって? レイ:…その、なんだそれ?」 レイ: バルバッティン:「ええ。 バルバッティン:わたし、バルバッティンって呼ばれてまして。」 バルバッティン: レイ:「誰に?…なんだよ、そのバル…なんとかって。」 レイ: バルバッティン:「誰…ってこともないですけど。 バルバッティン:まあ、強いていえば、仲間達にでしょうか。」 バルバッティン: レイ:「知らねえよ!おまえの通り名なんか。 レイ:ってゆうか、そのネーミング、なんなんだ?」 レイ: バルバッティン:「まあ、いいじゃないですか。 バルバッティン:わたしは、バルバッティン。だから、大丈夫なんです。」 バルバッティン: レイ:「おまえ…やばいやつか?」 レイ: バルバッティン:「そう見えますか?」 バルバッティン: レイ:「いや…そうは見えないんだけど。」 レイ: バルバッティン:「じゃあ、いいじゃないですか。 バルバッティン:会社まで、連れてってくれるんでしょう?」 バルバッティン: レイ:「それは、もう仕方ないことだが。 レイ: レイ:…会社で気軽に絡んでくんなよ?」 レイ: バルバッティン:「さみしいこと言うなあ。 バルバッティン:もう、わたしたち、秘密を共有してるのに。」 バルバッティン: レイ:「気持ち悪いこと、言うなよ。」 レイ: バルバッティン:「だって、わたしは重大な秘密を告白したんですよ? バルバッティン:それ相応に振る舞ってもらわないと。」 バルバッティン: レイ:「おまえが勝手にバルバッティンとか レイ:わけわかんないこと、言ってきたんだろう? レイ:知らねえよ、おまえがバルバッティンだろうと、 レイ:ボルボットンだろうと。」 レイ: バルバッティン:「ボルボットンもご存知なんですか!?」 バルバッティン: レイ:「たとえばだよ、たとえば! レイ:ってゆうか、本当にボルボットンなんているのか?」 レイ: バルバッティン:「ああ。だめだ。また言ってしまいました。 バルバッティン:これで、秘密を告白したのは、二個目です。」 バルバッティン: レイ:「いい!もういいよ! レイ:おまえの秘密を勝手に告白してくるな!」 レイ: バルバッティン:「あ、ボルボットン…!」 バルバッティン: レイ:「え!?」 レイ: バルバッティン:「ああ、人違いでした。」 バルバッティン: レイ:「びっくりさせんなよ。もう…。」 レイ: バルバッティン:「いたらいいなあ…とか、うわさ話なんかしてると、 バルバッティン:本人が現れるって言うじゃないですか。」 バルバッティン: レイ:「そういうのは、 レイ:噂をすれば影が差すっていってな。 レイ:他人の噂はするもんじゃないって レイ:戒め(いましめ)なんだよ。」 レイ: バルバッティン:「…じゃあ、あれは…?」 バルバッティン: レイ:「なんだよ、まだなにか…」 レイ: 0:突然目の前にオオカミが現れる。 バルバッティン:「…わーあ!見て見て! バルバッティン:かわいい!かわいいなあ!おまえ、どっから来た?」 バルバッティン: レイ:「うわあああああ!ちょっと! レイ:お、おまえ、それ!なんだよ!」 レイ: バルバッティン:「オオカミですけど?」 バルバッティン: レイ:「頼む!!お願いだ! レイ:そいつ、そいつをどっか!…やってくれ!!」 レイ: バルバッティン:「ええ~いいじゃないですか~。 バルバッティン:こんなにもふもふしてるんですよー? バルバッティン:かわいいじゃないですか~。」 バルバッティン: レイ:「なんで、そんなもんが出歩いてるんだよ!?」 レイ: バルバッティン:「まあ、落ち着いて。 バルバッティン:〈オオカミに対して〉こっちおいで~。 バルバッティン:怖くないよ~。」 バルバッティン: レイ:「怖えよ!!十分に怖えよ!!」 レイ: バルバッティン:「え、オオカミとか、ダメな人ですか? バルバッティン:ハイイロオオカミですよ?珍しくないですか?」 バルバッティン: レイ:「どうすんだよー!こっち見てるよー! レイ:早くなんとかしろよー!」 レイ: バルバッティン:「おなか減ってるのかなあ。 バルバッティン:あのう。ぼくお弁当持ってきてないんで。 バルバッティン:あなた、なにか、持ってません?」 バルバッティン: レイ:「なにも持ってない!なにも持ってないぞ! レイ:断じて、なにも、持ってな…」 レイ: バルバッティン:「ああ!お弁当、持ってきてるじゃないですか~。」 バルバッティン: レイ:「なに、人のカバン勝手に開けてるんだよー!」 レイ: バルバッティン:「いいじゃないですか。 バルバッティン:動物愛護です。愛護愛護。 バルバッティン:ああ~こっちに来た!」 バルバッティン: レイ:「ひぃぃいぃいいいい!やだ! レイ:おまえ!なんとか…、しろ…ぉぉおおお!!」 レイ: レイ: レイ: レイM:それから、なにがどうなったのか、 レイM:おれにも、わからない。 レイM: レイM:おれは、50キロはあろうかと思われる、 レイM:そのハイイロオオカミに レイM:真正面から、のしかかられて、気を失った。 レイM: レイM:あんなに近くで動物を見たのは、何年ぶりだろう。 レイM:迫ってくる大きな舌に、おれの恐怖は頂点に達したのだ。 レイM: レイM:夢の中で、俺はオオカミの群れの中にいた。 レイM:一番強い雄のオオカミが、年老いて、 レイM:見捨てられていくのを、 レイM:白い息を激しくつきながら、 レイM:見守っていた。 レイM:それは、不思議と、かわいそうだとか、 レイM:哀れだとかいった感情にとらわれない、 レイM:美しい眺めだった。 レイM: レイM:気がつくと、そこは、救急車のベッドの上だった。 レイM: レイM:おれは、動物に嫌われてるんじゃなかったのか? レイM:なんでおれは、オオカミなんかに抱きつかれたのか? レイM:いろいろな謎はあるものの、身体をあちこち眺める限り、 レイM:なんとか外傷はないようだった。 レイM: レイM: バルバッティン:「あ…気がつかれましたか。」 バルバッティン: レイ:「ああ…あれ? レイ:どうなったんだ?おれ。」 レイ: バルバッティン:「なんとか、無事に捕獲されましたよ。」 バルバッティン: レイ:「いや、…おれ!おれのことだよ。」 レイ: バルバッティン:「ああ…あなたのことですか。 バルバッティン:あなたなら、軽い脳しんとうってことでした。 バルバッティン:これから、病院に向かうそうですよ。」 バルバッティン: レイ:「なんでこんな街なかを、オオカミが歩いてたんだ?」 レイ: バルバッティン:「言ったじゃないですか。わたし。 バルバッティン:朝の電車の中で。」 バルバッティン: レイ:「電車…? レイ:〈大きなため息をついて。〉…はあ。 レイ:覚えてねえ…。」 レイ: バルバッティン:「脱走事件ですよ。脱走事件。 バルバッティン:気になるなあって、言ったじゃないですか。」 バルバッティン: レイ:「脱走って、もしかして、動物園のことなのか?」 レイ: バルバッティン:「そうですよ? バルバッティン:なんだと思ったんですか?」 バルバッティン: レイ:「そりゃ、一回捕まったとか、 レイ:また逃げ出したとか聞いたら、 レイ:脱獄だって思うじゃないか。」 レイ: バルバッティン:「噂をすれば、影が差す…か。 バルバッティン:その通りになりましたね。」 バルバッティン: レイ:「おまえがよけいなこと、…言うからだぞ。」 レイ: バルバッティン:「あなたが、よけいなこと言うからですよ。」 バルバッティン: レイ:「あのなあ…! レイ:はあ…。もういいや。」 レイ: バルバッティン:「ねえ、知ってます? バルバッティン:オオカミって、ネコ目(もく)に属してるんですよ? バルバッティン:飼育員の人が言ってました。」 バルバッティン: レイ:「ネコ?イヌじゃないのか。」 レイ: バルバッティン:「ネコ目(もく)、イヌ科、イヌ属らしいです。」 バルバッティン: レイ:「なんだか、ややこしいなあ。 レイ:おれ、イヌ苦手なんだよ。 レイ:なんか、かわいい見た目してるくせに、 レイ:牙をむいた顔が突然エグいじゃないか。」 レイ: バルバッティン:「そういうところも、含めて、 バルバッティン:かわいいじゃないですか。」 バルバッティン: レイ:「肉食なんだろ? レイ:知らない間に、食われてたらどうするんだ。」 レイ: バルバッティン:「知らない間にって、それはないでしょう(笑)」 バルバッティン: レイ:「とにかく、イヌはだめだ、イヌは。」 レイ: バルバッティン:「じゃあ、あれは大きなネコだって思えば…」 バルバッティン: レイ:「それじゃ、ライオンだろ?」 レイ: バルバッティン:「まあ、そんなに危険視するのも、どうなんですか。 バルバッティン:動物園内で飼われてたんですから。 バルバッティン:餌は豊富だったでしょうし。」 バルバッティン: レイ:「脱走してから、 レイ:なにも食ってないかもしれないじゃないか。」 レイ: バルバッティン:「じゃあ、あなたがいよいよ餓死するってときに、 バルバッティン:人間から食べようなんて、思います?」 バルバッティン: レイ:「そりゃ、おれは人間なんだから、 レイ:同種から食べようなんて、思わないさ。」 レイ: バルバッティン:「あ、そっか。 バルバッティン:だったら、イヌになったとして。 バルバッティン:自分と同等か、それ以上の相手を、 バルバッティン:わざわざ戦って食おうと思いますか?」 バルバッティン: レイ:「そりゃ、…思わないか。」 レイ: バルバッティン:「でしょう? バルバッティン:あなたが犬がきらいなのは、 バルバッティン:怖いからじゃない。」 バルバッティン: レイ:「怖いさ。怖い。 レイ:…ってゆうか、…憎い。」 レイ: バルバッティン:「え?」 バルバッティン: レイ:「いや…いや、べつになんでもない。」 レイ: バルバッティン:「…なにか、あったんです?」 バルバッティン: レイ:「その…純子が…妻が言うんだ。 レイ:犬が飼いたい、犬が飼いたいって。 レイ:…さみしいんだとよ。 レイ:おれと生活してるのに、さみしいんだと!」 レイ: バルバッティン:「そりゃ、まあ、わたしたちの仕事って、 バルバッティン:何時に始まって、何時に終わる、 バルバッティン:なんてルーティンの仕事じゃないですからね。 バルバッティン:奥さんの言うことも、わかります。」 バルバッティン: レイ:「だけどさ、早すぎないか? レイ:まだ結婚5年目だぞ。 レイ:おれは、もう捨てられるのかって。 レイ:こわいんだ。」 レイ: バルバッティン:「犬に、奥さん取られるのが、怖いんですね。」 バルバッティン: レイ:「…まったく、情けないよな。 レイ:情けないって、おまえも思うだろ?」 レイ: バルバッティン:「まあ、多少は思います。」 バルバッティン: レイ:「きっと、母のように、愛犬ばかりにかまけて、 レイ:旦那のことなんか二の次。 レイ:…みたいな女になるんだろうな。」 レイ: バルバッティン:「……お母さん、そんなひとだったんですか。」 バルバッティン: レイ:「そうだよ。 レイ:「あーあ。 レイ:馬鹿みたいだろ。 レイ:この年で、母親持ち出すなんて、 レイ:大人げないよな!」 レイ: バルバッティン:「そんなことないです。興味深いです。」 バルバッティン: レイ:「うそだ。おまえは嘘をついてるな? レイ:真面目な顔しても、わかるんだぞ? レイ:おれのことなんか、興味ないくせに。」 レイ: バルバッティン:「…。 バルバッティン:なんでそんな、悲しいこと言うんですか。」 バルバッティン: レイ:「…。 レイ:恥ずかしいからに決まってるだろ。 レイ:おふくろの話は、なしな。 レイ:聞かなかったことにしてくれ。」 レイ: バルバッティン:「まあ、いいじゃないですか。 バルバッティン:これで、おあいこです。」 バルバッティン: レイ:「おあいこ?なにがだよ。」 レイ: バルバッティン:「わたしの通り名。わたしも、 バルバッティン:あんなふうに言うはずじゃなかった。」 バルバッティン: レイ:「え…?あれって、おまえ、 レイ:まだ本気だったのかよ(笑)」 レイ: バルバッティン:「わたしは、いつも、本気ですよ?」 バルバッティン: レイ:「ふ…はははは! レイ:本当に、おまえは、よくわからんやつだな。」 レイ: バルバッティン:「ねえ、お母さんは、たぶん、 バルバッティン:言いたいことが、言いたいときに、 バルバッティン:上手く言えなかっただけじゃないかな。」 バルバッティン: レイ:「え…?」 レイ: バルバッティン:「うちじゃ、早期退職した父がね。 バルバッティン:テレビに向かってしゃっべってるんです。 バルバッティン:楽しそうですよ。 バルバッティン:本当に、そこに人がいるんじゃないかってくらい。」 バルバッティン: レイ:「ああ、うちの親父も、そうだったっけ。」 レイ: バルバッティン:「それと一緒ですよ。だれもそばにいなくなると、 バルバッティン:少しでも、熱のあるものに、 バルバッティン:理解してもらいたいって思うものじゃないですか? バルバッティン:…ペットとか。テレビとか。炊飯器とか。」 バルバッティン: レイ:「炊飯器か…っふ…ははははは! レイ:炊飯器は、ないだろう!」 レイ: バルバッティン:「え!一人暮らしのとき、よくやりませんでした? バルバッティン:寒い夜に帰ってきて、暖房がまだ効いてこないうちに、 バルバッティン:炊飯器に手を当てて、『おまえはあったかいな』 バルバッティン:って言うようなこと。」 バルバッティン: レイ:「しない!しないってゆうか、したことないな! レイ:あはははは! レイ:おまえ、馬鹿じゃないか、本当に。」 レイ: バルバッティン:「そんなこと言うんだったら、あなたが バルバッティン:お母さん、怖かったよー!って バルバッティン:泣いたことにしますよ?」 バルバッティン: レイ:「そんなことしたら、おまえの通り名を…」 レイ: バルバッティン:「いいですよ。望むところです。」 バルバッティン: レイ:「あのなあ…〈ため息をついて〉はあ…。 レイ:頼む。 レイ:それだけは、やめてくれ。」 レイ: バルバッティン:「ふふふ…。それでよろしい。 バルバッティン:さあ、今から、病院に向かいますよ? バルバッティン:あなたが気づいたって、知らせてきます。」 バルバッティン: レイ:「病院なんて、そんな大げさな! レイ:おれは、〈起き上がりながら〉 レイ:早く、…会社に行かなくちゃ。」 レイ: バルバッティン:「だめです。動かないでください。 バルバッティン:わたし、ちょっと、言ってくるんで。」 バルバッティン: バルバッティン: バルバッティン: レイM:そういうと、やつは、 レイM:救急車の後ろのドアを開けて、出て行った。 レイM: レイM:はあ…なんなんだよ、今日って日は。 レイM:ふと、外を見ると、あたりには、 レイM:車のライトがちらつき始めていた。 レイM: レイM:おれは、どのくらい、気絶していたんだろう。 レイM:なんだか、夢のほうがリアルに感じられて、 レイM:今こうして救急車に乗っているほうが、 レイM:夢なんじゃないかってくらい、現実味がなかった。 レイM: レイM:なんて、美しい眺めだったんだろう。 レイM:あの、オオカミの群れは。 レイM:あの群れの一匹に、おれはなってたんだよな。 レイM:いいなあ、群れって。 レイM: レイM:そんなことを思っていると、 レイM:ぱっと救急車のドアが開(ひら)いて、 レイM:そこには、小さな小さなバルバッティンが、 レイM:ウインクしながら、立っていた。 レイM: バルバッティン:「なーんてね!びっくりした? バルバッティン:言ったでしょう?わたしは、バルバッティン。 バルバッティン: バルバッティン:さあ、早く行こう? バルバッティン:もっと面白い世界へ、あなたを連れてってあげる。」 バルバッティン: バルバッティン: バルバッティン: レイM:おれは、救急隊が離れているすきをついて、 レイM:その、小さなバルバッティンを胸ポケットに隠すと、 レイM:暮れてゆく街並みを、全速力で、走り出した。 レイM: レイM:白い息が、リズムよく、わたしを取り巻いて、 レイM:まるであの夢の中のよう。 レイM: レイM:暮れ残る、空は淡く染まり、はぐれ雲だけが、 レイM:その行き先を知っているのだった。 レイM: レイM: 0:END

レイM:犬が苦手だった。 レイM:犬も、おれが苦手だった。 レイM:動物に嫌われるたちだった。 レイM: レイM:幼少の頃、飼っていた愛犬ペケに噛まれて以来、 レイM:あらゆる動物に近づくのが、怖くなった。 レイM: レイM:そんなことか、くらいに人は思うかもしれないが、 レイM:最近、妻が犬の写真ばかり見せてくる。 レイM: レイM:飼いたいのだろうか。 レイM:たぶん、そうだ。 レイM: レイM:おれとの生活に、飽きてきているんだろう。 レイM:目新しい、同居人がほしいのだ。 レイM: レイM:それは、それで、仕方ないか。 レイM:だっておれはずっと、仕事仕事と理由をつけて、 レイM:家を空けてばかりいるのだから。 レイM:さみしくなるのも、当然だろう。 レイM:父のように、熟年離婚も覚悟しとかないと、…かな。 レイM: レイM:いやだいやだ。 レイM:朝から、憂鬱なこと思い出してしまった。 レイM: レイM: レイM: レイM: バルバッティン:「その芸能人、終わりですね。」 バルバッティン: レイ:「…は?」 レイ: バルバッティン:「あ、いえ。そこに出てる記事です。」 バルバッティン: レイ:「ああ。…くだらない。 レイ:ひとの不倫なんて、興味ありませんよ。」 レイ: バルバッティン:「今日は、あの記事が一面だと思ったんですが。」 バルバッティン: レイ:「あなた、ちょっと、なんなんです?」 レイ: バルバッティン:「ああ、いえ。すいません。」 バルバッティン: レイ:「〈つぶやくように〉まったく、最近の若い者は…。」 レイ: バルバッティン:「わたし、そんなに若くはないですよ。」 バルバッティン: レイ:「…なんなんだよ。」 レイ: バルバッティン:「あの記事が載ってるのか。 バルバッティン:気になってのぞいてしまいました。」 バルバッティン: レイ:「…気になるなら、電車に乗る前に自分で買いたまえ。」 レイ: バルバッティン:「そんな、冷たいんですね。」 バルバッティン: レイ:「あのなあ。 レイ:こんなところで、話しかけないでくれないか。」 レイ: バルバッティン:「おっと?怒ってらっしゃる?」 バルバッティン: レイ:「〈声をひそめて〉べつに、怒ってはないよ。」 レイ: バルバッティン:「あの記事、どっかに出てないですか?」 バルバッティン: レイ:「あの記事、あの記事、って、それなんなんだ。」 レイ: バルバッティン:「あの、例の脱走事件ですよ。」 バルバッティン: レイ:「そんな事件あったか?」 レイ: バルバッティン:「ありましたよ。つい、半月前ですかね。」 バルバッティン: レイ:「それで、そいつ。捕まったのか。」 レイ: バルバッティン:「それが、一度捕まえたのに、 バルバッティン:逃げ出したらしいんです。」 バルバッティン: レイ:「脱獄か…。脱獄…脱走…。 レイ:どれ…ふん…〈新聞をめくりながら〉? レイ:どこにも載ってないようだが?」 レイ: バルバッティン:「え。本当ですか?」 バルバッティン: レイ:「〈新聞を突き出して〉ほら、これ。 レイ:もう読み終わったらから、 レイ:自分で見てみるんだな。」 レイ: バルバッティン:「もう読み終わったんですか? バルバッティン:まだ電車に乗って10分ですよ?」 バルバッティン: レイ:「ああもう、めんどくさいから、 レイ:くれてやるって言ってるんだよ。」 レイ: バルバッティン:「めんどくさいですか? バルバッティン:まだ一駅分もしゃべってませんよ。」 バルバッティン: レイ:「こっちは朝から満員電車で変なやつにからまれてるんだ。 レイ:イラつくのも当然だろう?」 レイ: バルバッティン:「変なやつ…ですか?」 バルバッティン: レイ:「ああ、変なやつじゃないか。 レイ:他人に話しかけてくるなんて。」 レイ: バルバッティン:「ええっと…。他人…ですか。 バルバッティン:まあいいですよ。 バルバッティン:昨日同じ部署に配属されてきたものなんですけど。」 バルバッティン: レイ:「…えっ!そうなのか?」 レイ: バルバッティン:「はい、まあ、同じような年代が バルバッティン:けっこう入って来てましたから。 バルバッティン:まだ覚えてらっしゃらないか。」 バルバッティン: レイ:「いや…そういうわけでは。」 レイ: バルバッティン:「いえいえ、いいんです。 バルバッティン:もともとわたし、影が薄いって言われてますから。」 バルバッティン: レイ:「そう…なのか? レイ:きみ、けっこう一度会ったら レイ:忘れないような気がするけど?」 レイ: バルバッティン:「それにしても…、本当だ…。 バルバッティン:あの記事、載ってないんですね~。」 バルバッティン: レイ:「っふ、おまえ、おかしなやつだな。」 レイ: バルバッティン:「そうですか?わたしには、そう見えませんけど。」 バルバッティン: レイ:「…っふふ。〈笑いをこらえながら〉おまえ。 レイ:だめだ、笑っちゃだめだ。」 レイ: バルバッティン:「笑ってもいいじゃないですか。 バルバッティン:ほら、こちょこちょこちょ~。なんて。」 バルバッティン: レイ:「おま、ちょ、しー! レイ:〈声をひそめて〉やめろ!迷惑だろ!」 レイ: バルバッティン:「じゃあ、そこ、立ったらどうです?」 バルバッティン: レイ:「え?」 レイ: バルバッティン:「目の前のお嬢さん、気分が悪そうですよ。」 バルバッティン: レイ:「〈女性に対して〉あ、これは、気づきませんで。 レイ:すいません。 レイ:どうぞ。座ってください。」 レイ: バルバッティン:「〈女性に対して〉本当、この人、 バルバッティン:鈍いんで。すいません。」 バルバッティン: レイ:「〈声をひそめて〉おまえ、そう言いたかったなら、 レイ:最初から言えよ!人が悪いよ。」 レイ: バルバッティン:「わたし、そういうとこあるんですよね。」 バルバッティン: レイ:「あるんですよね、じゃないよ。 レイ:まったくもう…。恥かかせるな。」 レイ: バルバッティン:「恥?どうして恥なんですか?」 バルバッティン: レイ:「おまえ、本当にわからないか?」 レイ: バルバッティン:「いえ、本当はわかります。」 バルバッティン: レイ:「なんだそれ!おれ、ここで降りて歩くわ。」 レイ: バルバッティン:「じゃあ、わたしもここで降りようかな。」 バルバッティン: レイ:「会社まで、2駅だぞ?いいのか?」 レイ: バルバッティン:「いいんです。昨日もそうだったし。 バルバッティン:あなたが他で失礼がないように、見張ってます。」 バルバッティン: レイ:「馬鹿。おまえは保護者か。 レイ:…いい年して、なに言わせんだよ。」 レイ: バルバッティン:「へへへ…。冗談です。」 バルバッティン: レイ:「わかってるよ、そんなこと!」 レイ: バルバッティン:「ねえ、そのカバン、重くないですか?」 バルバッティン: レイ:「重いよ。だからって、手ぶらで行くわけにいかない…」 レイ: バルバッティン:「ほら、手ぶらです。」 バルバッティン: レイ:「おまえ…カバンはどうした? レイ:電車に忘れたのか!?」 レイ: バルバッティン:「ああ、会社に置いて帰りました。」 バルバッティン: レイ:「はあ!?そんな会社員、聞いたことないぞ。」 レイ: バルバッティン:「でしょう?画期的でしょう?」 バルバッティン: レイ:「おまえ、社会人として、どうかと思うぞ。」 レイ: バルバッティン:「だって、仕事を家に持ち帰りたくないじゃないですか。」 バルバッティン: レイ:「そりゃ、おれだって、そうだけどさ。 レイ:資料とかあるし。急な連絡あったらどうするんだ。」 レイ: バルバッティン:「ええ? バルバッティン:そんな電話、出なきゃいいじゃないですか。」 バルバッティン: レイ:「そういうわけにもいかないだろう… レイ:っておまえ、どこ行くんだ?」 レイ: バルバッティン:「会社ですけど。」 バルバッティン: レイ:「会社って、そっちじゃないだろう? レイ:そこ、曲がってどうする。 レイ:どっか、寄るのか?」 レイ: バルバッティン:「え?わたしの会社は、こっちですけど。」 バルバッティン: レイ:「え…だって、おまえ、おれと同じ部署なんだろ?」 レイ: バルバッティン:「はい。そうですよ。なに言ってるんですか?」 バルバッティン: レイ:「いや…意味わかんないんだけど。 レイ:会社、こっちのほうが近道だぞ?」 レイ: バルバッティン:「そうなんですか? バルバッティン:わたし、まだ、道をよく覚えてなくて。」 バルバッティン: レイ:「おまえ、あっちから行ったら、 レイ:かなり遠回りだっただろう? レイ:昨日、何分歩いたんだ?」 レイ: バルバッティン:「20分くらいでしょうか。」 バルバッティン: レイ:「20分…。意外に早いんだな。」 レイ: バルバッティン:「だって、カバン持ってませんから。」 バルバッティン: レイ:「あのなあ。昨日も、カバン持って行かなかったのか?」 レイ: バルバッティン:「冗談ですよ。 バルバッティン:さすがに、初日は持って行きますよ。」 バルバッティン: レイ:「はあ…おまえといると、疲れる。 レイ:おれ、先に行くから、ついてこいよ?」 レイ: バルバッティン:「え、道、教えてくれるんですか?」 バルバッティン: レイ:「ああ。行き先一緒なんだから。 レイ:ついでだよ。」 レイ: バルバッティン:「よかったあ。あなた、いい人ですね。」 バルバッティン: レイ:「いい人なんかじゃないよ。 レイ:…今日だって、おまえに言われるまで、 レイ:目の前の女性に気づいてなかったんだからな。 レイ:情けないよ。」 レイ: バルバッティン:「本当、あれは、ひどかったですね。」 バルバッティン: レイ:「〈大きなため息をついて〉…あのなあ。 レイ:おまえ、ちょっと、厳しいぞ。人として。」 レイ: バルバッティン:「厳しい…ですか。 バルバッティン:『おかしな人』よりはましでしょうか。」 バルバッティン: レイ:「『おかしな人』も、『人として厳しい』も、 レイ:同じような意味なんだよ。」 レイ: バルバッティン:「大丈夫です。わたし、バルバッティンなんで。」 バルバッティン: レイ:「は?…なんだって? レイ:…その、なんだそれ?」 レイ: バルバッティン:「ええ。 バルバッティン:わたし、バルバッティンって呼ばれてまして。」 バルバッティン: レイ:「誰に?…なんだよ、そのバル…なんとかって。」 レイ: バルバッティン:「誰…ってこともないですけど。 バルバッティン:まあ、強いていえば、仲間達にでしょうか。」 バルバッティン: レイ:「知らねえよ!おまえの通り名なんか。 レイ:ってゆうか、そのネーミング、なんなんだ?」 レイ: バルバッティン:「まあ、いいじゃないですか。 バルバッティン:わたしは、バルバッティン。だから、大丈夫なんです。」 バルバッティン: レイ:「おまえ…やばいやつか?」 レイ: バルバッティン:「そう見えますか?」 バルバッティン: レイ:「いや…そうは見えないんだけど。」 レイ: バルバッティン:「じゃあ、いいじゃないですか。 バルバッティン:会社まで、連れてってくれるんでしょう?」 バルバッティン: レイ:「それは、もう仕方ないことだが。 レイ: レイ:…会社で気軽に絡んでくんなよ?」 レイ: バルバッティン:「さみしいこと言うなあ。 バルバッティン:もう、わたしたち、秘密を共有してるのに。」 バルバッティン: レイ:「気持ち悪いこと、言うなよ。」 レイ: バルバッティン:「だって、わたしは重大な秘密を告白したんですよ? バルバッティン:それ相応に振る舞ってもらわないと。」 バルバッティン: レイ:「おまえが勝手にバルバッティンとか レイ:わけわかんないこと、言ってきたんだろう? レイ:知らねえよ、おまえがバルバッティンだろうと、 レイ:ボルボットンだろうと。」 レイ: バルバッティン:「ボルボットンもご存知なんですか!?」 バルバッティン: レイ:「たとえばだよ、たとえば! レイ:ってゆうか、本当にボルボットンなんているのか?」 レイ: バルバッティン:「ああ。だめだ。また言ってしまいました。 バルバッティン:これで、秘密を告白したのは、二個目です。」 バルバッティン: レイ:「いい!もういいよ! レイ:おまえの秘密を勝手に告白してくるな!」 レイ: バルバッティン:「あ、ボルボットン…!」 バルバッティン: レイ:「え!?」 レイ: バルバッティン:「ああ、人違いでした。」 バルバッティン: レイ:「びっくりさせんなよ。もう…。」 レイ: バルバッティン:「いたらいいなあ…とか、うわさ話なんかしてると、 バルバッティン:本人が現れるって言うじゃないですか。」 バルバッティン: レイ:「そういうのは、 レイ:噂をすれば影が差すっていってな。 レイ:他人の噂はするもんじゃないって レイ:戒め(いましめ)なんだよ。」 レイ: バルバッティン:「…じゃあ、あれは…?」 バルバッティン: レイ:「なんだよ、まだなにか…」 レイ: 0:突然目の前にオオカミが現れる。 バルバッティン:「…わーあ!見て見て! バルバッティン:かわいい!かわいいなあ!おまえ、どっから来た?」 バルバッティン: レイ:「うわあああああ!ちょっと! レイ:お、おまえ、それ!なんだよ!」 レイ: バルバッティン:「オオカミですけど?」 バルバッティン: レイ:「頼む!!お願いだ! レイ:そいつ、そいつをどっか!…やってくれ!!」 レイ: バルバッティン:「ええ~いいじゃないですか~。 バルバッティン:こんなにもふもふしてるんですよー? バルバッティン:かわいいじゃないですか~。」 バルバッティン: レイ:「なんで、そんなもんが出歩いてるんだよ!?」 レイ: バルバッティン:「まあ、落ち着いて。 バルバッティン:〈オオカミに対して〉こっちおいで~。 バルバッティン:怖くないよ~。」 バルバッティン: レイ:「怖えよ!!十分に怖えよ!!」 レイ: バルバッティン:「え、オオカミとか、ダメな人ですか? バルバッティン:ハイイロオオカミですよ?珍しくないですか?」 バルバッティン: レイ:「どうすんだよー!こっち見てるよー! レイ:早くなんとかしろよー!」 レイ: バルバッティン:「おなか減ってるのかなあ。 バルバッティン:あのう。ぼくお弁当持ってきてないんで。 バルバッティン:あなた、なにか、持ってません?」 バルバッティン: レイ:「なにも持ってない!なにも持ってないぞ! レイ:断じて、なにも、持ってな…」 レイ: バルバッティン:「ああ!お弁当、持ってきてるじゃないですか~。」 バルバッティン: レイ:「なに、人のカバン勝手に開けてるんだよー!」 レイ: バルバッティン:「いいじゃないですか。 バルバッティン:動物愛護です。愛護愛護。 バルバッティン:ああ~こっちに来た!」 バルバッティン: レイ:「ひぃぃいぃいいいい!やだ! レイ:おまえ!なんとか…、しろ…ぉぉおおお!!」 レイ: レイ: レイ: レイM:それから、なにがどうなったのか、 レイM:おれにも、わからない。 レイM: レイM:おれは、50キロはあろうかと思われる、 レイM:そのハイイロオオカミに レイM:真正面から、のしかかられて、気を失った。 レイM: レイM:あんなに近くで動物を見たのは、何年ぶりだろう。 レイM:迫ってくる大きな舌に、おれの恐怖は頂点に達したのだ。 レイM: レイM:夢の中で、俺はオオカミの群れの中にいた。 レイM:一番強い雄のオオカミが、年老いて、 レイM:見捨てられていくのを、 レイM:白い息を激しくつきながら、 レイM:見守っていた。 レイM:それは、不思議と、かわいそうだとか、 レイM:哀れだとかいった感情にとらわれない、 レイM:美しい眺めだった。 レイM: レイM:気がつくと、そこは、救急車のベッドの上だった。 レイM: レイM:おれは、動物に嫌われてるんじゃなかったのか? レイM:なんでおれは、オオカミなんかに抱きつかれたのか? レイM:いろいろな謎はあるものの、身体をあちこち眺める限り、 レイM:なんとか外傷はないようだった。 レイM: レイM: バルバッティン:「あ…気がつかれましたか。」 バルバッティン: レイ:「ああ…あれ? レイ:どうなったんだ?おれ。」 レイ: バルバッティン:「なんとか、無事に捕獲されましたよ。」 バルバッティン: レイ:「いや、…おれ!おれのことだよ。」 レイ: バルバッティン:「ああ…あなたのことですか。 バルバッティン:あなたなら、軽い脳しんとうってことでした。 バルバッティン:これから、病院に向かうそうですよ。」 バルバッティン: レイ:「なんでこんな街なかを、オオカミが歩いてたんだ?」 レイ: バルバッティン:「言ったじゃないですか。わたし。 バルバッティン:朝の電車の中で。」 バルバッティン: レイ:「電車…? レイ:〈大きなため息をついて。〉…はあ。 レイ:覚えてねえ…。」 レイ: バルバッティン:「脱走事件ですよ。脱走事件。 バルバッティン:気になるなあって、言ったじゃないですか。」 バルバッティン: レイ:「脱走って、もしかして、動物園のことなのか?」 レイ: バルバッティン:「そうですよ? バルバッティン:なんだと思ったんですか?」 バルバッティン: レイ:「そりゃ、一回捕まったとか、 レイ:また逃げ出したとか聞いたら、 レイ:脱獄だって思うじゃないか。」 レイ: バルバッティン:「噂をすれば、影が差す…か。 バルバッティン:その通りになりましたね。」 バルバッティン: レイ:「おまえがよけいなこと、…言うからだぞ。」 レイ: バルバッティン:「あなたが、よけいなこと言うからですよ。」 バルバッティン: レイ:「あのなあ…! レイ:はあ…。もういいや。」 レイ: バルバッティン:「ねえ、知ってます? バルバッティン:オオカミって、ネコ目(もく)に属してるんですよ? バルバッティン:飼育員の人が言ってました。」 バルバッティン: レイ:「ネコ?イヌじゃないのか。」 レイ: バルバッティン:「ネコ目(もく)、イヌ科、イヌ属らしいです。」 バルバッティン: レイ:「なんだか、ややこしいなあ。 レイ:おれ、イヌ苦手なんだよ。 レイ:なんか、かわいい見た目してるくせに、 レイ:牙をむいた顔が突然エグいじゃないか。」 レイ: バルバッティン:「そういうところも、含めて、 バルバッティン:かわいいじゃないですか。」 バルバッティン: レイ:「肉食なんだろ? レイ:知らない間に、食われてたらどうするんだ。」 レイ: バルバッティン:「知らない間にって、それはないでしょう(笑)」 バルバッティン: レイ:「とにかく、イヌはだめだ、イヌは。」 レイ: バルバッティン:「じゃあ、あれは大きなネコだって思えば…」 バルバッティン: レイ:「それじゃ、ライオンだろ?」 レイ: バルバッティン:「まあ、そんなに危険視するのも、どうなんですか。 バルバッティン:動物園内で飼われてたんですから。 バルバッティン:餌は豊富だったでしょうし。」 バルバッティン: レイ:「脱走してから、 レイ:なにも食ってないかもしれないじゃないか。」 レイ: バルバッティン:「じゃあ、あなたがいよいよ餓死するってときに、 バルバッティン:人間から食べようなんて、思います?」 バルバッティン: レイ:「そりゃ、おれは人間なんだから、 レイ:同種から食べようなんて、思わないさ。」 レイ: バルバッティン:「あ、そっか。 バルバッティン:だったら、イヌになったとして。 バルバッティン:自分と同等か、それ以上の相手を、 バルバッティン:わざわざ戦って食おうと思いますか?」 バルバッティン: レイ:「そりゃ、…思わないか。」 レイ: バルバッティン:「でしょう? バルバッティン:あなたが犬がきらいなのは、 バルバッティン:怖いからじゃない。」 バルバッティン: レイ:「怖いさ。怖い。 レイ:…ってゆうか、…憎い。」 レイ: バルバッティン:「え?」 バルバッティン: レイ:「いや…いや、べつになんでもない。」 レイ: バルバッティン:「…なにか、あったんです?」 バルバッティン: レイ:「その…純子が…妻が言うんだ。 レイ:犬が飼いたい、犬が飼いたいって。 レイ:…さみしいんだとよ。 レイ:おれと生活してるのに、さみしいんだと!」 レイ: バルバッティン:「そりゃ、まあ、わたしたちの仕事って、 バルバッティン:何時に始まって、何時に終わる、 バルバッティン:なんてルーティンの仕事じゃないですからね。 バルバッティン:奥さんの言うことも、わかります。」 バルバッティン: レイ:「だけどさ、早すぎないか? レイ:まだ結婚5年目だぞ。 レイ:おれは、もう捨てられるのかって。 レイ:こわいんだ。」 レイ: バルバッティン:「犬に、奥さん取られるのが、怖いんですね。」 バルバッティン: レイ:「…まったく、情けないよな。 レイ:情けないって、おまえも思うだろ?」 レイ: バルバッティン:「まあ、多少は思います。」 バルバッティン: レイ:「きっと、母のように、愛犬ばかりにかまけて、 レイ:旦那のことなんか二の次。 レイ:…みたいな女になるんだろうな。」 レイ: バルバッティン:「……お母さん、そんなひとだったんですか。」 バルバッティン: レイ:「そうだよ。 レイ:「あーあ。 レイ:馬鹿みたいだろ。 レイ:この年で、母親持ち出すなんて、 レイ:大人げないよな!」 レイ: バルバッティン:「そんなことないです。興味深いです。」 バルバッティン: レイ:「うそだ。おまえは嘘をついてるな? レイ:真面目な顔しても、わかるんだぞ? レイ:おれのことなんか、興味ないくせに。」 レイ: バルバッティン:「…。 バルバッティン:なんでそんな、悲しいこと言うんですか。」 バルバッティン: レイ:「…。 レイ:恥ずかしいからに決まってるだろ。 レイ:おふくろの話は、なしな。 レイ:聞かなかったことにしてくれ。」 レイ: バルバッティン:「まあ、いいじゃないですか。 バルバッティン:これで、おあいこです。」 バルバッティン: レイ:「おあいこ?なにがだよ。」 レイ: バルバッティン:「わたしの通り名。わたしも、 バルバッティン:あんなふうに言うはずじゃなかった。」 バルバッティン: レイ:「え…?あれって、おまえ、 レイ:まだ本気だったのかよ(笑)」 レイ: バルバッティン:「わたしは、いつも、本気ですよ?」 バルバッティン: レイ:「ふ…はははは! レイ:本当に、おまえは、よくわからんやつだな。」 レイ: バルバッティン:「ねえ、お母さんは、たぶん、 バルバッティン:言いたいことが、言いたいときに、 バルバッティン:上手く言えなかっただけじゃないかな。」 バルバッティン: レイ:「え…?」 レイ: バルバッティン:「うちじゃ、早期退職した父がね。 バルバッティン:テレビに向かってしゃっべってるんです。 バルバッティン:楽しそうですよ。 バルバッティン:本当に、そこに人がいるんじゃないかってくらい。」 バルバッティン: レイ:「ああ、うちの親父も、そうだったっけ。」 レイ: バルバッティン:「それと一緒ですよ。だれもそばにいなくなると、 バルバッティン:少しでも、熱のあるものに、 バルバッティン:理解してもらいたいって思うものじゃないですか? バルバッティン:…ペットとか。テレビとか。炊飯器とか。」 バルバッティン: レイ:「炊飯器か…っふ…ははははは! レイ:炊飯器は、ないだろう!」 レイ: バルバッティン:「え!一人暮らしのとき、よくやりませんでした? バルバッティン:寒い夜に帰ってきて、暖房がまだ効いてこないうちに、 バルバッティン:炊飯器に手を当てて、『おまえはあったかいな』 バルバッティン:って言うようなこと。」 バルバッティン: レイ:「しない!しないってゆうか、したことないな! レイ:あはははは! レイ:おまえ、馬鹿じゃないか、本当に。」 レイ: バルバッティン:「そんなこと言うんだったら、あなたが バルバッティン:お母さん、怖かったよー!って バルバッティン:泣いたことにしますよ?」 バルバッティン: レイ:「そんなことしたら、おまえの通り名を…」 レイ: バルバッティン:「いいですよ。望むところです。」 バルバッティン: レイ:「あのなあ…〈ため息をついて〉はあ…。 レイ:頼む。 レイ:それだけは、やめてくれ。」 レイ: バルバッティン:「ふふふ…。それでよろしい。 バルバッティン:さあ、今から、病院に向かいますよ? バルバッティン:あなたが気づいたって、知らせてきます。」 バルバッティン: レイ:「病院なんて、そんな大げさな! レイ:おれは、〈起き上がりながら〉 レイ:早く、…会社に行かなくちゃ。」 レイ: バルバッティン:「だめです。動かないでください。 バルバッティン:わたし、ちょっと、言ってくるんで。」 バルバッティン: バルバッティン: バルバッティン: レイM:そういうと、やつは、 レイM:救急車の後ろのドアを開けて、出て行った。 レイM: レイM:はあ…なんなんだよ、今日って日は。 レイM:ふと、外を見ると、あたりには、 レイM:車のライトがちらつき始めていた。 レイM: レイM:おれは、どのくらい、気絶していたんだろう。 レイM:なんだか、夢のほうがリアルに感じられて、 レイM:今こうして救急車に乗っているほうが、 レイM:夢なんじゃないかってくらい、現実味がなかった。 レイM: レイM:なんて、美しい眺めだったんだろう。 レイM:あの、オオカミの群れは。 レイM:あの群れの一匹に、おれはなってたんだよな。 レイM:いいなあ、群れって。 レイM: レイM:そんなことを思っていると、 レイM:ぱっと救急車のドアが開(ひら)いて、 レイM:そこには、小さな小さなバルバッティンが、 レイM:ウインクしながら、立っていた。 レイM: バルバッティン:「なーんてね!びっくりした? バルバッティン:言ったでしょう?わたしは、バルバッティン。 バルバッティン: バルバッティン:さあ、早く行こう? バルバッティン:もっと面白い世界へ、あなたを連れてってあげる。」 バルバッティン: バルバッティン: バルバッティン: レイM:おれは、救急隊が離れているすきをついて、 レイM:その、小さなバルバッティンを胸ポケットに隠すと、 レイM:暮れてゆく街並みを、全速力で、走り出した。 レイM: レイM:白い息が、リズムよく、わたしを取り巻いて、 レイM:まるであの夢の中のよう。 レイM: レイM:暮れ残る、空は淡く染まり、はぐれ雲だけが、 レイM:その行き先を知っているのだった。 レイM: レイM: 0:END