台本概要
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タイトル | バルバッティン4【脱走編】 |
---|---|
作者名 | 荒木アキラ (@masakasoreha) |
ジャンル | ファンタジー |
演者人数 | 2人用台本(男1、不問1) |
時間 | 20 分 |
台本使用規定 | 台本説明欄参照 |
説明 |
バルバッティンとレイの出会いを描くほっこりファンタジー。 バルバッティンとはなにか??その謎を解くために、演じてみませんか。 【脱走編】では、バルバッティンの性別は不問です。 お好きなように仕上げていただけるとうれしいです。 上演時には、任意ではありますが、作者TwitterDM(@masakasoreha)までご連絡いただけると、 喜んで拝聴しに行きます。 46 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
レイ | 男 | 105 | 既婚の男性会社員 |
バルバッティン | 不問 | 107 | レイと同じ会社の新入社員と言いはる人。 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
レイM:犬が苦手だった。
レイM:犬も、おれが苦手だった。
レイM:動物に嫌われるたちだった。
レイM:
レイM:幼少の頃、飼っていた愛犬ペケに噛まれて以来、
レイM:あらゆる動物に近づくのが、怖くなった。
レイM:
レイM:そんなことか、くらいに人は思うかもしれないが、
レイM:最近、妻が犬の写真ばかり見せてくる。
レイM:
レイM:飼いたいのだろうか。
レイM:たぶん、そうだ。
レイM:
レイM:おれとの生活に、飽きてきているんだろう。
レイM:目新しい、同居人がほしいのだ。
レイM:
レイM:それは、それで、仕方ないか。
レイM:だっておれはずっと、仕事仕事と理由をつけて、
レイM:家を空けてばかりいるのだから。
レイM:さみしくなるのも、当然だろう。
レイM:父のように、熟年離婚も覚悟しとかないと、…かな。
レイM:
レイM:いやだいやだ。
レイM:朝から、憂鬱なこと思い出してしまった。
レイM:
レイM:
レイM:
レイM:
バルバッティン:「その芸能人、終わりですね。」
バルバッティン:
レイ:「…は?」
レイ:
バルバッティン:「あ、いえ。そこに出てる記事です。」
バルバッティン:
レイ:「ああ。…くだらない。
レイ:ひとの不倫なんて、興味ありませんよ。」
レイ:
バルバッティン:「今日は、あの記事が一面だと思ったんですが。」
バルバッティン:
レイ:「あなた、ちょっと、なんなんです?」
レイ:
バルバッティン:「ああ、いえ。すいません。」
バルバッティン:
レイ:「〈つぶやくように〉まったく、最近の若い者は…。」
レイ:
バルバッティン:「わたし、そんなに若くはないですよ。」
バルバッティン:
レイ:「…なんなんだよ。」
レイ:
バルバッティン:「あの記事が載ってるのか。
バルバッティン:気になってのぞいてしまいました。」
バルバッティン:
レイ:「…気になるなら、電車に乗る前に自分で買いたまえ。」
レイ:
バルバッティン:「そんな、冷たいんですね。」
バルバッティン:
レイ:「あのなあ。
レイ:こんなところで、話しかけないでくれないか。」
レイ:
バルバッティン:「おっと?怒ってらっしゃる?」
バルバッティン:
レイ:「〈声をひそめて〉べつに、怒ってはないよ。」
レイ:
バルバッティン:「あの記事、どっかに出てないですか?」
バルバッティン:
レイ:「あの記事、あの記事、って、それなんなんだ。」
レイ:
バルバッティン:「あの、例の脱走事件ですよ。」
バルバッティン:
レイ:「そんな事件あったか?」
レイ:
バルバッティン:「ありましたよ。つい、半月前ですかね。」
バルバッティン:
レイ:「それで、そいつ。捕まったのか。」
レイ:
バルバッティン:「それが、一度捕まえたのに、
バルバッティン:逃げ出したらしいんです。」
バルバッティン:
レイ:「脱獄か…。脱獄…脱走…。
レイ:どれ…ふん…〈新聞をめくりながら〉?
レイ:どこにも載ってないようだが?」
レイ:
バルバッティン:「え。本当ですか?」
バルバッティン:
レイ:「〈新聞を突き出して〉ほら、これ。
レイ:もう読み終わったらから、
レイ:自分で見てみるんだな。」
レイ:
バルバッティン:「もう読み終わったんですか?
バルバッティン:まだ電車に乗って10分ですよ?」
バルバッティン:
レイ:「ああもう、めんどくさいから、
レイ:くれてやるって言ってるんだよ。」
レイ:
バルバッティン:「めんどくさいですか?
バルバッティン:まだ一駅分もしゃべってませんよ。」
バルバッティン:
レイ:「こっちは朝から満員電車で変なやつにからまれてるんだ。
レイ:イラつくのも当然だろう?」
レイ:
バルバッティン:「変なやつ…ですか?」
バルバッティン:
レイ:「ああ、変なやつじゃないか。
レイ:他人に話しかけてくるなんて。」
レイ:
バルバッティン:「ええっと…。他人…ですか。
バルバッティン:まあいいですよ。
バルバッティン:昨日同じ部署に配属されてきたものなんですけど。」
バルバッティン:
レイ:「…えっ!そうなのか?」
レイ:
バルバッティン:「はい、まあ、同じような年代が
バルバッティン:けっこう入って来てましたから。
バルバッティン:まだ覚えてらっしゃらないか。」
バルバッティン:
レイ:「いや…そういうわけでは。」
レイ:
バルバッティン:「いえいえ、いいんです。
バルバッティン:もともとわたし、影が薄いって言われてますから。」
バルバッティン:
レイ:「そう…なのか?
レイ:きみ、けっこう一度会ったら
レイ:忘れないような気がするけど?」
レイ:
バルバッティン:「それにしても…、本当だ…。
バルバッティン:あの記事、載ってないんですね~。」
バルバッティン:
レイ:「っふ、おまえ、おかしなやつだな。」
レイ:
バルバッティン:「そうですか?わたしには、そう見えませんけど。」
バルバッティン:
レイ:「…っふふ。〈笑いをこらえながら〉おまえ。
レイ:だめだ、笑っちゃだめだ。」
レイ:
バルバッティン:「笑ってもいいじゃないですか。
バルバッティン:ほら、こちょこちょこちょ~。なんて。」
バルバッティン:
レイ:「おま、ちょ、しー!
レイ:〈声をひそめて〉やめろ!迷惑だろ!」
レイ:
バルバッティン:「じゃあ、そこ、立ったらどうです?」
バルバッティン:
レイ:「え?」
レイ:
バルバッティン:「目の前のお嬢さん、気分が悪そうですよ。」
バルバッティン:
レイ:「〈女性に対して〉あ、これは、気づきませんで。
レイ:すいません。
レイ:どうぞ。座ってください。」
レイ:
バルバッティン:「〈女性に対して〉本当、この人、
バルバッティン:鈍いんで。すいません。」
バルバッティン:
レイ:「〈声をひそめて〉おまえ、そう言いたかったなら、
レイ:最初から言えよ!人が悪いよ。」
レイ:
バルバッティン:「わたし、そういうとこあるんですよね。」
バルバッティン:
レイ:「あるんですよね、じゃないよ。
レイ:まったくもう…。恥かかせるな。」
レイ:
バルバッティン:「恥?どうして恥なんですか?」
バルバッティン:
レイ:「おまえ、本当にわからないか?」
レイ:
バルバッティン:「いえ、本当はわかります。」
バルバッティン:
レイ:「なんだそれ!おれ、ここで降りて歩くわ。」
レイ:
バルバッティン:「じゃあ、わたしもここで降りようかな。」
バルバッティン:
レイ:「会社まで、2駅だぞ?いいのか?」
レイ:
バルバッティン:「いいんです。昨日もそうだったし。
バルバッティン:あなたが他で失礼がないように、見張ってます。」
バルバッティン:
レイ:「馬鹿。おまえは保護者か。
レイ:…いい年して、なに言わせんだよ。」
レイ:
バルバッティン:「へへへ…。冗談です。」
バルバッティン:
レイ:「わかってるよ、そんなこと!」
レイ:
バルバッティン:「ねえ、そのカバン、重くないですか?」
バルバッティン:
レイ:「重いよ。だからって、手ぶらで行くわけにいかない…」
レイ:
バルバッティン:「ほら、手ぶらです。」
バルバッティン:
レイ:「おまえ…カバンはどうした?
レイ:電車に忘れたのか!?」
レイ:
バルバッティン:「ああ、会社に置いて帰りました。」
バルバッティン:
レイ:「はあ!?そんな会社員、聞いたことないぞ。」
レイ:
バルバッティン:「でしょう?画期的でしょう?」
バルバッティン:
レイ:「おまえ、社会人として、どうかと思うぞ。」
レイ:
バルバッティン:「だって、仕事を家に持ち帰りたくないじゃないですか。」
バルバッティン:
レイ:「そりゃ、おれだって、そうだけどさ。
レイ:資料とかあるし。急な連絡あったらどうするんだ。」
レイ:
バルバッティン:「ええ?
バルバッティン:そんな電話、出なきゃいいじゃないですか。」
バルバッティン:
レイ:「そういうわけにもいかないだろう…
レイ:っておまえ、どこ行くんだ?」
レイ:
バルバッティン:「会社ですけど。」
バルバッティン:
レイ:「会社って、そっちじゃないだろう?
レイ:そこ、曲がってどうする。
レイ:どっか、寄るのか?」
レイ:
バルバッティン:「え?わたしの会社は、こっちですけど。」
バルバッティン:
レイ:「え…だって、おまえ、おれと同じ部署なんだろ?」
レイ:
バルバッティン:「はい。そうですよ。なに言ってるんですか?」
バルバッティン:
レイ:「いや…意味わかんないんだけど。
レイ:会社、こっちのほうが近道だぞ?」
レイ:
バルバッティン:「そうなんですか?
バルバッティン:わたし、まだ、道をよく覚えてなくて。」
バルバッティン:
レイ:「おまえ、あっちから行ったら、
レイ:かなり遠回りだっただろう?
レイ:昨日、何分歩いたんだ?」
レイ:
バルバッティン:「20分くらいでしょうか。」
バルバッティン:
レイ:「20分…。意外に早いんだな。」
レイ:
バルバッティン:「だって、カバン持ってませんから。」
バルバッティン:
レイ:「あのなあ。昨日も、カバン持って行かなかったのか?」
レイ:
バルバッティン:「冗談ですよ。
バルバッティン:さすがに、初日は持って行きますよ。」
バルバッティン:
レイ:「はあ…おまえといると、疲れる。
レイ:おれ、先に行くから、ついてこいよ?」
レイ:
バルバッティン:「え、道、教えてくれるんですか?」
バルバッティン:
レイ:「ああ。行き先一緒なんだから。
レイ:ついでだよ。」
レイ:
バルバッティン:「よかったあ。あなた、いい人ですね。」
バルバッティン:
レイ:「いい人なんかじゃないよ。
レイ:…今日だって、おまえに言われるまで、
レイ:目の前の女性に気づいてなかったんだからな。
レイ:情けないよ。」
レイ:
バルバッティン:「本当、あれは、ひどかったですね。」
バルバッティン:
レイ:「〈大きなため息をついて〉…あのなあ。
レイ:おまえ、ちょっと、厳しいぞ。人として。」
レイ:
バルバッティン:「厳しい…ですか。
バルバッティン:『おかしな人』よりはましでしょうか。」
バルバッティン:
レイ:「『おかしな人』も、『人として厳しい』も、
レイ:同じような意味なんだよ。」
レイ:
バルバッティン:「大丈夫です。わたし、バルバッティンなんで。」
バルバッティン:
レイ:「は?…なんだって?
レイ:…その、なんだそれ?」
レイ:
バルバッティン:「ええ。
バルバッティン:わたし、バルバッティンって呼ばれてまして。」
バルバッティン:
レイ:「誰に?…なんだよ、そのバル…なんとかって。」
レイ:
バルバッティン:「誰…ってこともないですけど。
バルバッティン:まあ、強いていえば、仲間達にでしょうか。」
バルバッティン:
レイ:「知らねえよ!おまえの通り名なんか。
レイ:ってゆうか、そのネーミング、なんなんだ?」
レイ:
バルバッティン:「まあ、いいじゃないですか。
バルバッティン:わたしは、バルバッティン。だから、大丈夫なんです。」
バルバッティン:
レイ:「おまえ…やばいやつか?」
レイ:
バルバッティン:「そう見えますか?」
バルバッティン:
レイ:「いや…そうは見えないんだけど。」
レイ:
バルバッティン:「じゃあ、いいじゃないですか。
バルバッティン:会社まで、連れてってくれるんでしょう?」
バルバッティン:
レイ:「それは、もう仕方ないことだが。
レイ:
レイ:…会社で気軽に絡んでくんなよ?」
レイ:
バルバッティン:「さみしいこと言うなあ。
バルバッティン:もう、わたしたち、秘密を共有してるのに。」
バルバッティン:
レイ:「気持ち悪いこと、言うなよ。」
レイ:
バルバッティン:「だって、わたしは重大な秘密を告白したんですよ?
バルバッティン:それ相応に振る舞ってもらわないと。」
バルバッティン:
レイ:「おまえが勝手にバルバッティンとか
レイ:わけわかんないこと、言ってきたんだろう?
レイ:知らねえよ、おまえがバルバッティンだろうと、
レイ:ボルボットンだろうと。」
レイ:
バルバッティン:「ボルボットンもご存知なんですか!?」
バルバッティン:
レイ:「たとえばだよ、たとえば!
レイ:ってゆうか、本当にボルボットンなんているのか?」
レイ:
バルバッティン:「ああ。だめだ。また言ってしまいました。
バルバッティン:これで、秘密を告白したのは、二個目です。」
バルバッティン:
レイ:「いい!もういいよ!
レイ:おまえの秘密を勝手に告白してくるな!」
レイ:
バルバッティン:「あ、ボルボットン…!」
バルバッティン:
レイ:「え!?」
レイ:
バルバッティン:「ああ、人違いでした。」
バルバッティン:
レイ:「びっくりさせんなよ。もう…。」
レイ:
バルバッティン:「いたらいいなあ…とか、うわさ話なんかしてると、
バルバッティン:本人が現れるって言うじゃないですか。」
バルバッティン:
レイ:「そういうのは、
レイ:噂をすれば影が差すっていってな。
レイ:他人の噂はするもんじゃないって
レイ:戒め(いましめ)なんだよ。」
レイ:
バルバッティン:「…じゃあ、あれは…?」
バルバッティン:
レイ:「なんだよ、まだなにか…」
レイ:
0:突然目の前にオオカミが現れる。
バルバッティン:「…わーあ!見て見て!
バルバッティン:かわいい!かわいいなあ!おまえ、どっから来た?」
バルバッティン:
レイ:「うわあああああ!ちょっと!
レイ:お、おまえ、それ!なんだよ!」
レイ:
バルバッティン:「オオカミですけど?」
バルバッティン:
レイ:「頼む!!お願いだ!
レイ:そいつ、そいつをどっか!…やってくれ!!」
レイ:
バルバッティン:「ええ~いいじゃないですか~。
バルバッティン:こんなにもふもふしてるんですよー?
バルバッティン:かわいいじゃないですか~。」
バルバッティン:
レイ:「なんで、そんなもんが出歩いてるんだよ!?」
レイ:
バルバッティン:「まあ、落ち着いて。
バルバッティン:〈オオカミに対して〉こっちおいで~。
バルバッティン:怖くないよ~。」
バルバッティン:
レイ:「怖えよ!!十分に怖えよ!!」
レイ:
バルバッティン:「え、オオカミとか、ダメな人ですか?
バルバッティン:ハイイロオオカミですよ?珍しくないですか?」
バルバッティン:
レイ:「どうすんだよー!こっち見てるよー!
レイ:早くなんとかしろよー!」
レイ:
バルバッティン:「おなか減ってるのかなあ。
バルバッティン:あのう。ぼくお弁当持ってきてないんで。
バルバッティン:あなた、なにか、持ってません?」
バルバッティン:
レイ:「なにも持ってない!なにも持ってないぞ!
レイ:断じて、なにも、持ってな…」
レイ:
バルバッティン:「ああ!お弁当、持ってきてるじゃないですか~。」
バルバッティン:
レイ:「なに、人のカバン勝手に開けてるんだよー!」
レイ:
バルバッティン:「いいじゃないですか。
バルバッティン:動物愛護です。愛護愛護。
バルバッティン:ああ~こっちに来た!」
バルバッティン:
レイ:「ひぃぃいぃいいいい!やだ!
レイ:おまえ!なんとか…、しろ…ぉぉおおお!!」
レイ:
レイ:
レイ:
レイM:それから、なにがどうなったのか、
レイM:おれにも、わからない。
レイM:
レイM:おれは、50キロはあろうかと思われる、
レイM:そのハイイロオオカミに
レイM:真正面から、のしかかられて、気を失った。
レイM:
レイM:あんなに近くで動物を見たのは、何年ぶりだろう。
レイM:迫ってくる大きな舌に、おれの恐怖は頂点に達したのだ。
レイM:
レイM:夢の中で、俺はオオカミの群れの中にいた。
レイM:一番強い雄のオオカミが、年老いて、
レイM:見捨てられていくのを、
レイM:白い息を激しくつきながら、
レイM:見守っていた。
レイM:それは、不思議と、かわいそうだとか、
レイM:哀れだとかいった感情にとらわれない、
レイM:美しい眺めだった。
レイM:
レイM:気がつくと、そこは、救急車のベッドの上だった。
レイM:
レイM:おれは、動物に嫌われてるんじゃなかったのか?
レイM:なんでおれは、オオカミなんかに抱きつかれたのか?
レイM:いろいろな謎はあるものの、身体をあちこち眺める限り、
レイM:なんとか外傷はないようだった。
レイM:
レイM:
バルバッティン:「あ…気がつかれましたか。」
バルバッティン:
レイ:「ああ…あれ?
レイ:どうなったんだ?おれ。」
レイ:
バルバッティン:「なんとか、無事に捕獲されましたよ。」
バルバッティン:
レイ:「いや、…おれ!おれのことだよ。」
レイ:
バルバッティン:「ああ…あなたのことですか。
バルバッティン:あなたなら、軽い脳しんとうってことでした。
バルバッティン:これから、病院に向かうそうですよ。」
バルバッティン:
レイ:「なんでこんな街なかを、オオカミが歩いてたんだ?」
レイ:
バルバッティン:「言ったじゃないですか。わたし。
バルバッティン:朝の電車の中で。」
バルバッティン:
レイ:「電車…?
レイ:〈大きなため息をついて。〉…はあ。
レイ:覚えてねえ…。」
レイ:
バルバッティン:「脱走事件ですよ。脱走事件。
バルバッティン:気になるなあって、言ったじゃないですか。」
バルバッティン:
レイ:「脱走って、もしかして、動物園のことなのか?」
レイ:
バルバッティン:「そうですよ?
バルバッティン:なんだと思ったんですか?」
バルバッティン:
レイ:「そりゃ、一回捕まったとか、
レイ:また逃げ出したとか聞いたら、
レイ:脱獄だって思うじゃないか。」
レイ:
バルバッティン:「噂をすれば、影が差す…か。
バルバッティン:その通りになりましたね。」
バルバッティン:
レイ:「おまえがよけいなこと、…言うからだぞ。」
レイ:
バルバッティン:「あなたが、よけいなこと言うからですよ。」
バルバッティン:
レイ:「あのなあ…!
レイ:はあ…。もういいや。」
レイ:
バルバッティン:「ねえ、知ってます?
バルバッティン:オオカミって、ネコ目(もく)に属してるんですよ?
バルバッティン:飼育員の人が言ってました。」
バルバッティン:
レイ:「ネコ?イヌじゃないのか。」
レイ:
バルバッティン:「ネコ目(もく)、イヌ科、イヌ属らしいです。」
バルバッティン:
レイ:「なんだか、ややこしいなあ。
レイ:おれ、イヌ苦手なんだよ。
レイ:なんか、かわいい見た目してるくせに、
レイ:牙をむいた顔が突然エグいじゃないか。」
レイ:
バルバッティン:「そういうところも、含めて、
バルバッティン:かわいいじゃないですか。」
バルバッティン:
レイ:「肉食なんだろ?
レイ:知らない間に、食われてたらどうするんだ。」
レイ:
バルバッティン:「知らない間にって、それはないでしょう(笑)」
バルバッティン:
レイ:「とにかく、イヌはだめだ、イヌは。」
レイ:
バルバッティン:「じゃあ、あれは大きなネコだって思えば…」
バルバッティン:
レイ:「それじゃ、ライオンだろ?」
レイ:
バルバッティン:「まあ、そんなに危険視するのも、どうなんですか。
バルバッティン:動物園内で飼われてたんですから。
バルバッティン:餌は豊富だったでしょうし。」
バルバッティン:
レイ:「脱走してから、
レイ:なにも食ってないかもしれないじゃないか。」
レイ:
バルバッティン:「じゃあ、あなたがいよいよ餓死するってときに、
バルバッティン:人間から食べようなんて、思います?」
バルバッティン:
レイ:「そりゃ、おれは人間なんだから、
レイ:同種から食べようなんて、思わないさ。」
レイ:
バルバッティン:「あ、そっか。
バルバッティン:だったら、イヌになったとして。
バルバッティン:自分と同等か、それ以上の相手を、
バルバッティン:わざわざ戦って食おうと思いますか?」
バルバッティン:
レイ:「そりゃ、…思わないか。」
レイ:
バルバッティン:「でしょう?
バルバッティン:あなたが犬がきらいなのは、
バルバッティン:怖いからじゃない。」
バルバッティン:
レイ:「怖いさ。怖い。
レイ:…ってゆうか、…憎い。」
レイ:
バルバッティン:「え?」
バルバッティン:
レイ:「いや…いや、べつになんでもない。」
レイ:
バルバッティン:「…なにか、あったんです?」
バルバッティン:
レイ:「その…純子が…妻が言うんだ。
レイ:犬が飼いたい、犬が飼いたいって。
レイ:…さみしいんだとよ。
レイ:おれと生活してるのに、さみしいんだと!」
レイ:
バルバッティン:「そりゃ、まあ、わたしたちの仕事って、
バルバッティン:何時に始まって、何時に終わる、
バルバッティン:なんてルーティンの仕事じゃないですからね。
バルバッティン:奥さんの言うことも、わかります。」
バルバッティン:
レイ:「だけどさ、早すぎないか?
レイ:まだ結婚5年目だぞ。
レイ:おれは、もう捨てられるのかって。
レイ:こわいんだ。」
レイ:
バルバッティン:「犬に、奥さん取られるのが、怖いんですね。」
バルバッティン:
レイ:「…まったく、情けないよな。
レイ:情けないって、おまえも思うだろ?」
レイ:
バルバッティン:「まあ、多少は思います。」
バルバッティン:
レイ:「きっと、母のように、愛犬ばかりにかまけて、
レイ:旦那のことなんか二の次。
レイ:…みたいな女になるんだろうな。」
レイ:
バルバッティン:「……お母さん、そんなひとだったんですか。」
バルバッティン:
レイ:「そうだよ。
レイ:「あーあ。
レイ:馬鹿みたいだろ。
レイ:この年で、母親持ち出すなんて、
レイ:大人げないよな!」
レイ:
バルバッティン:「そんなことないです。興味深いです。」
バルバッティン:
レイ:「うそだ。おまえは嘘をついてるな?
レイ:真面目な顔しても、わかるんだぞ?
レイ:おれのことなんか、興味ないくせに。」
レイ:
バルバッティン:「…。
バルバッティン:なんでそんな、悲しいこと言うんですか。」
バルバッティン:
レイ:「…。
レイ:恥ずかしいからに決まってるだろ。
レイ:おふくろの話は、なしな。
レイ:聞かなかったことにしてくれ。」
レイ:
バルバッティン:「まあ、いいじゃないですか。
バルバッティン:これで、おあいこです。」
バルバッティン:
レイ:「おあいこ?なにがだよ。」
レイ:
バルバッティン:「わたしの通り名。わたしも、
バルバッティン:あんなふうに言うはずじゃなかった。」
バルバッティン:
レイ:「え…?あれって、おまえ、
レイ:まだ本気だったのかよ(笑)」
レイ:
バルバッティン:「わたしは、いつも、本気ですよ?」
バルバッティン:
レイ:「ふ…はははは!
レイ:本当に、おまえは、よくわからんやつだな。」
レイ:
バルバッティン:「ねえ、お母さんは、たぶん、
バルバッティン:言いたいことが、言いたいときに、
バルバッティン:上手く言えなかっただけじゃないかな。」
バルバッティン:
レイ:「え…?」
レイ:
バルバッティン:「うちじゃ、早期退職した父がね。
バルバッティン:テレビに向かってしゃっべってるんです。
バルバッティン:楽しそうですよ。
バルバッティン:本当に、そこに人がいるんじゃないかってくらい。」
バルバッティン:
レイ:「ああ、うちの親父も、そうだったっけ。」
レイ:
バルバッティン:「それと一緒ですよ。だれもそばにいなくなると、
バルバッティン:少しでも、熱のあるものに、
バルバッティン:理解してもらいたいって思うものじゃないですか?
バルバッティン:…ペットとか。テレビとか。炊飯器とか。」
バルバッティン:
レイ:「炊飯器か…っふ…ははははは!
レイ:炊飯器は、ないだろう!」
レイ:
バルバッティン:「え!一人暮らしのとき、よくやりませんでした?
バルバッティン:寒い夜に帰ってきて、暖房がまだ効いてこないうちに、
バルバッティン:炊飯器に手を当てて、『おまえはあったかいな』
バルバッティン:って言うようなこと。」
バルバッティン:
レイ:「しない!しないってゆうか、したことないな!
レイ:あはははは!
レイ:おまえ、馬鹿じゃないか、本当に。」
レイ:
バルバッティン:「そんなこと言うんだったら、あなたが
バルバッティン:お母さん、怖かったよー!って
バルバッティン:泣いたことにしますよ?」
バルバッティン:
レイ:「そんなことしたら、おまえの通り名を…」
レイ:
バルバッティン:「いいですよ。望むところです。」
バルバッティン:
レイ:「あのなあ…〈ため息をついて〉はあ…。
レイ:頼む。
レイ:それだけは、やめてくれ。」
レイ:
バルバッティン:「ふふふ…。それでよろしい。
バルバッティン:さあ、今から、病院に向かいますよ?
バルバッティン:あなたが気づいたって、知らせてきます。」
バルバッティン:
レイ:「病院なんて、そんな大げさな!
レイ:おれは、〈起き上がりながら〉
レイ:早く、…会社に行かなくちゃ。」
レイ:
バルバッティン:「だめです。動かないでください。
バルバッティン:わたし、ちょっと、言ってくるんで。」
バルバッティン:
バルバッティン:
バルバッティン:
レイM:そういうと、やつは、
レイM:救急車の後ろのドアを開けて、出て行った。
レイM:
レイM:はあ…なんなんだよ、今日って日は。
レイM:ふと、外を見ると、あたりには、
レイM:車のライトがちらつき始めていた。
レイM:
レイM:おれは、どのくらい、気絶していたんだろう。
レイM:なんだか、夢のほうがリアルに感じられて、
レイM:今こうして救急車に乗っているほうが、
レイM:夢なんじゃないかってくらい、現実味がなかった。
レイM:
レイM:なんて、美しい眺めだったんだろう。
レイM:あの、オオカミの群れは。
レイM:あの群れの一匹に、おれはなってたんだよな。
レイM:いいなあ、群れって。
レイM:
レイM:そんなことを思っていると、
レイM:ぱっと救急車のドアが開(ひら)いて、
レイM:そこには、小さな小さなバルバッティンが、
レイM:ウインクしながら、立っていた。
レイM:
バルバッティン:「なーんてね!びっくりした?
バルバッティン:言ったでしょう?わたしは、バルバッティン。
バルバッティン:
バルバッティン:さあ、早く行こう?
バルバッティン:もっと面白い世界へ、あなたを連れてってあげる。」
バルバッティン:
バルバッティン:
バルバッティン:
レイM:おれは、救急隊が離れているすきをついて、
レイM:その、小さなバルバッティンを胸ポケットに隠すと、
レイM:暮れてゆく街並みを、全速力で、走り出した。
レイM:
レイM:白い息が、リズムよく、わたしを取り巻いて、
レイM:まるであの夢の中のよう。
レイM:
レイM:暮れ残る、空は淡く染まり、はぐれ雲だけが、
レイM:その行き先を知っているのだった。
レイM:
レイM:
0:END
レイM:犬が苦手だった。
レイM:犬も、おれが苦手だった。
レイM:動物に嫌われるたちだった。
レイM:
レイM:幼少の頃、飼っていた愛犬ペケに噛まれて以来、
レイM:あらゆる動物に近づくのが、怖くなった。
レイM:
レイM:そんなことか、くらいに人は思うかもしれないが、
レイM:最近、妻が犬の写真ばかり見せてくる。
レイM:
レイM:飼いたいのだろうか。
レイM:たぶん、そうだ。
レイM:
レイM:おれとの生活に、飽きてきているんだろう。
レイM:目新しい、同居人がほしいのだ。
レイM:
レイM:それは、それで、仕方ないか。
レイM:だっておれはずっと、仕事仕事と理由をつけて、
レイM:家を空けてばかりいるのだから。
レイM:さみしくなるのも、当然だろう。
レイM:父のように、熟年離婚も覚悟しとかないと、…かな。
レイM:
レイM:いやだいやだ。
レイM:朝から、憂鬱なこと思い出してしまった。
レイM:
レイM:
レイM:
レイM:
バルバッティン:「その芸能人、終わりですね。」
バルバッティン:
レイ:「…は?」
レイ:
バルバッティン:「あ、いえ。そこに出てる記事です。」
バルバッティン:
レイ:「ああ。…くだらない。
レイ:ひとの不倫なんて、興味ありませんよ。」
レイ:
バルバッティン:「今日は、あの記事が一面だと思ったんですが。」
バルバッティン:
レイ:「あなた、ちょっと、なんなんです?」
レイ:
バルバッティン:「ああ、いえ。すいません。」
バルバッティン:
レイ:「〈つぶやくように〉まったく、最近の若い者は…。」
レイ:
バルバッティン:「わたし、そんなに若くはないですよ。」
バルバッティン:
レイ:「…なんなんだよ。」
レイ:
バルバッティン:「あの記事が載ってるのか。
バルバッティン:気になってのぞいてしまいました。」
バルバッティン:
レイ:「…気になるなら、電車に乗る前に自分で買いたまえ。」
レイ:
バルバッティン:「そんな、冷たいんですね。」
バルバッティン:
レイ:「あのなあ。
レイ:こんなところで、話しかけないでくれないか。」
レイ:
バルバッティン:「おっと?怒ってらっしゃる?」
バルバッティン:
レイ:「〈声をひそめて〉べつに、怒ってはないよ。」
レイ:
バルバッティン:「あの記事、どっかに出てないですか?」
バルバッティン:
レイ:「あの記事、あの記事、って、それなんなんだ。」
レイ:
バルバッティン:「あの、例の脱走事件ですよ。」
バルバッティン:
レイ:「そんな事件あったか?」
レイ:
バルバッティン:「ありましたよ。つい、半月前ですかね。」
バルバッティン:
レイ:「それで、そいつ。捕まったのか。」
レイ:
バルバッティン:「それが、一度捕まえたのに、
バルバッティン:逃げ出したらしいんです。」
バルバッティン:
レイ:「脱獄か…。脱獄…脱走…。
レイ:どれ…ふん…〈新聞をめくりながら〉?
レイ:どこにも載ってないようだが?」
レイ:
バルバッティン:「え。本当ですか?」
バルバッティン:
レイ:「〈新聞を突き出して〉ほら、これ。
レイ:もう読み終わったらから、
レイ:自分で見てみるんだな。」
レイ:
バルバッティン:「もう読み終わったんですか?
バルバッティン:まだ電車に乗って10分ですよ?」
バルバッティン:
レイ:「ああもう、めんどくさいから、
レイ:くれてやるって言ってるんだよ。」
レイ:
バルバッティン:「めんどくさいですか?
バルバッティン:まだ一駅分もしゃべってませんよ。」
バルバッティン:
レイ:「こっちは朝から満員電車で変なやつにからまれてるんだ。
レイ:イラつくのも当然だろう?」
レイ:
バルバッティン:「変なやつ…ですか?」
バルバッティン:
レイ:「ああ、変なやつじゃないか。
レイ:他人に話しかけてくるなんて。」
レイ:
バルバッティン:「ええっと…。他人…ですか。
バルバッティン:まあいいですよ。
バルバッティン:昨日同じ部署に配属されてきたものなんですけど。」
バルバッティン:
レイ:「…えっ!そうなのか?」
レイ:
バルバッティン:「はい、まあ、同じような年代が
バルバッティン:けっこう入って来てましたから。
バルバッティン:まだ覚えてらっしゃらないか。」
バルバッティン:
レイ:「いや…そういうわけでは。」
レイ:
バルバッティン:「いえいえ、いいんです。
バルバッティン:もともとわたし、影が薄いって言われてますから。」
バルバッティン:
レイ:「そう…なのか?
レイ:きみ、けっこう一度会ったら
レイ:忘れないような気がするけど?」
レイ:
バルバッティン:「それにしても…、本当だ…。
バルバッティン:あの記事、載ってないんですね~。」
バルバッティン:
レイ:「っふ、おまえ、おかしなやつだな。」
レイ:
バルバッティン:「そうですか?わたしには、そう見えませんけど。」
バルバッティン:
レイ:「…っふふ。〈笑いをこらえながら〉おまえ。
レイ:だめだ、笑っちゃだめだ。」
レイ:
バルバッティン:「笑ってもいいじゃないですか。
バルバッティン:ほら、こちょこちょこちょ~。なんて。」
バルバッティン:
レイ:「おま、ちょ、しー!
レイ:〈声をひそめて〉やめろ!迷惑だろ!」
レイ:
バルバッティン:「じゃあ、そこ、立ったらどうです?」
バルバッティン:
レイ:「え?」
レイ:
バルバッティン:「目の前のお嬢さん、気分が悪そうですよ。」
バルバッティン:
レイ:「〈女性に対して〉あ、これは、気づきませんで。
レイ:すいません。
レイ:どうぞ。座ってください。」
レイ:
バルバッティン:「〈女性に対して〉本当、この人、
バルバッティン:鈍いんで。すいません。」
バルバッティン:
レイ:「〈声をひそめて〉おまえ、そう言いたかったなら、
レイ:最初から言えよ!人が悪いよ。」
レイ:
バルバッティン:「わたし、そういうとこあるんですよね。」
バルバッティン:
レイ:「あるんですよね、じゃないよ。
レイ:まったくもう…。恥かかせるな。」
レイ:
バルバッティン:「恥?どうして恥なんですか?」
バルバッティン:
レイ:「おまえ、本当にわからないか?」
レイ:
バルバッティン:「いえ、本当はわかります。」
バルバッティン:
レイ:「なんだそれ!おれ、ここで降りて歩くわ。」
レイ:
バルバッティン:「じゃあ、わたしもここで降りようかな。」
バルバッティン:
レイ:「会社まで、2駅だぞ?いいのか?」
レイ:
バルバッティン:「いいんです。昨日もそうだったし。
バルバッティン:あなたが他で失礼がないように、見張ってます。」
バルバッティン:
レイ:「馬鹿。おまえは保護者か。
レイ:…いい年して、なに言わせんだよ。」
レイ:
バルバッティン:「へへへ…。冗談です。」
バルバッティン:
レイ:「わかってるよ、そんなこと!」
レイ:
バルバッティン:「ねえ、そのカバン、重くないですか?」
バルバッティン:
レイ:「重いよ。だからって、手ぶらで行くわけにいかない…」
レイ:
バルバッティン:「ほら、手ぶらです。」
バルバッティン:
レイ:「おまえ…カバンはどうした?
レイ:電車に忘れたのか!?」
レイ:
バルバッティン:「ああ、会社に置いて帰りました。」
バルバッティン:
レイ:「はあ!?そんな会社員、聞いたことないぞ。」
レイ:
バルバッティン:「でしょう?画期的でしょう?」
バルバッティン:
レイ:「おまえ、社会人として、どうかと思うぞ。」
レイ:
バルバッティン:「だって、仕事を家に持ち帰りたくないじゃないですか。」
バルバッティン:
レイ:「そりゃ、おれだって、そうだけどさ。
レイ:資料とかあるし。急な連絡あったらどうするんだ。」
レイ:
バルバッティン:「ええ?
バルバッティン:そんな電話、出なきゃいいじゃないですか。」
バルバッティン:
レイ:「そういうわけにもいかないだろう…
レイ:っておまえ、どこ行くんだ?」
レイ:
バルバッティン:「会社ですけど。」
バルバッティン:
レイ:「会社って、そっちじゃないだろう?
レイ:そこ、曲がってどうする。
レイ:どっか、寄るのか?」
レイ:
バルバッティン:「え?わたしの会社は、こっちですけど。」
バルバッティン:
レイ:「え…だって、おまえ、おれと同じ部署なんだろ?」
レイ:
バルバッティン:「はい。そうですよ。なに言ってるんですか?」
バルバッティン:
レイ:「いや…意味わかんないんだけど。
レイ:会社、こっちのほうが近道だぞ?」
レイ:
バルバッティン:「そうなんですか?
バルバッティン:わたし、まだ、道をよく覚えてなくて。」
バルバッティン:
レイ:「おまえ、あっちから行ったら、
レイ:かなり遠回りだっただろう?
レイ:昨日、何分歩いたんだ?」
レイ:
バルバッティン:「20分くらいでしょうか。」
バルバッティン:
レイ:「20分…。意外に早いんだな。」
レイ:
バルバッティン:「だって、カバン持ってませんから。」
バルバッティン:
レイ:「あのなあ。昨日も、カバン持って行かなかったのか?」
レイ:
バルバッティン:「冗談ですよ。
バルバッティン:さすがに、初日は持って行きますよ。」
バルバッティン:
レイ:「はあ…おまえといると、疲れる。
レイ:おれ、先に行くから、ついてこいよ?」
レイ:
バルバッティン:「え、道、教えてくれるんですか?」
バルバッティン:
レイ:「ああ。行き先一緒なんだから。
レイ:ついでだよ。」
レイ:
バルバッティン:「よかったあ。あなた、いい人ですね。」
バルバッティン:
レイ:「いい人なんかじゃないよ。
レイ:…今日だって、おまえに言われるまで、
レイ:目の前の女性に気づいてなかったんだからな。
レイ:情けないよ。」
レイ:
バルバッティン:「本当、あれは、ひどかったですね。」
バルバッティン:
レイ:「〈大きなため息をついて〉…あのなあ。
レイ:おまえ、ちょっと、厳しいぞ。人として。」
レイ:
バルバッティン:「厳しい…ですか。
バルバッティン:『おかしな人』よりはましでしょうか。」
バルバッティン:
レイ:「『おかしな人』も、『人として厳しい』も、
レイ:同じような意味なんだよ。」
レイ:
バルバッティン:「大丈夫です。わたし、バルバッティンなんで。」
バルバッティン:
レイ:「は?…なんだって?
レイ:…その、なんだそれ?」
レイ:
バルバッティン:「ええ。
バルバッティン:わたし、バルバッティンって呼ばれてまして。」
バルバッティン:
レイ:「誰に?…なんだよ、そのバル…なんとかって。」
レイ:
バルバッティン:「誰…ってこともないですけど。
バルバッティン:まあ、強いていえば、仲間達にでしょうか。」
バルバッティン:
レイ:「知らねえよ!おまえの通り名なんか。
レイ:ってゆうか、そのネーミング、なんなんだ?」
レイ:
バルバッティン:「まあ、いいじゃないですか。
バルバッティン:わたしは、バルバッティン。だから、大丈夫なんです。」
バルバッティン:
レイ:「おまえ…やばいやつか?」
レイ:
バルバッティン:「そう見えますか?」
バルバッティン:
レイ:「いや…そうは見えないんだけど。」
レイ:
バルバッティン:「じゃあ、いいじゃないですか。
バルバッティン:会社まで、連れてってくれるんでしょう?」
バルバッティン:
レイ:「それは、もう仕方ないことだが。
レイ:
レイ:…会社で気軽に絡んでくんなよ?」
レイ:
バルバッティン:「さみしいこと言うなあ。
バルバッティン:もう、わたしたち、秘密を共有してるのに。」
バルバッティン:
レイ:「気持ち悪いこと、言うなよ。」
レイ:
バルバッティン:「だって、わたしは重大な秘密を告白したんですよ?
バルバッティン:それ相応に振る舞ってもらわないと。」
バルバッティン:
レイ:「おまえが勝手にバルバッティンとか
レイ:わけわかんないこと、言ってきたんだろう?
レイ:知らねえよ、おまえがバルバッティンだろうと、
レイ:ボルボットンだろうと。」
レイ:
バルバッティン:「ボルボットンもご存知なんですか!?」
バルバッティン:
レイ:「たとえばだよ、たとえば!
レイ:ってゆうか、本当にボルボットンなんているのか?」
レイ:
バルバッティン:「ああ。だめだ。また言ってしまいました。
バルバッティン:これで、秘密を告白したのは、二個目です。」
バルバッティン:
レイ:「いい!もういいよ!
レイ:おまえの秘密を勝手に告白してくるな!」
レイ:
バルバッティン:「あ、ボルボットン…!」
バルバッティン:
レイ:「え!?」
レイ:
バルバッティン:「ああ、人違いでした。」
バルバッティン:
レイ:「びっくりさせんなよ。もう…。」
レイ:
バルバッティン:「いたらいいなあ…とか、うわさ話なんかしてると、
バルバッティン:本人が現れるって言うじゃないですか。」
バルバッティン:
レイ:「そういうのは、
レイ:噂をすれば影が差すっていってな。
レイ:他人の噂はするもんじゃないって
レイ:戒め(いましめ)なんだよ。」
レイ:
バルバッティン:「…じゃあ、あれは…?」
バルバッティン:
レイ:「なんだよ、まだなにか…」
レイ:
0:突然目の前にオオカミが現れる。
バルバッティン:「…わーあ!見て見て!
バルバッティン:かわいい!かわいいなあ!おまえ、どっから来た?」
バルバッティン:
レイ:「うわあああああ!ちょっと!
レイ:お、おまえ、それ!なんだよ!」
レイ:
バルバッティン:「オオカミですけど?」
バルバッティン:
レイ:「頼む!!お願いだ!
レイ:そいつ、そいつをどっか!…やってくれ!!」
レイ:
バルバッティン:「ええ~いいじゃないですか~。
バルバッティン:こんなにもふもふしてるんですよー?
バルバッティン:かわいいじゃないですか~。」
バルバッティン:
レイ:「なんで、そんなもんが出歩いてるんだよ!?」
レイ:
バルバッティン:「まあ、落ち着いて。
バルバッティン:〈オオカミに対して〉こっちおいで~。
バルバッティン:怖くないよ~。」
バルバッティン:
レイ:「怖えよ!!十分に怖えよ!!」
レイ:
バルバッティン:「え、オオカミとか、ダメな人ですか?
バルバッティン:ハイイロオオカミですよ?珍しくないですか?」
バルバッティン:
レイ:「どうすんだよー!こっち見てるよー!
レイ:早くなんとかしろよー!」
レイ:
バルバッティン:「おなか減ってるのかなあ。
バルバッティン:あのう。ぼくお弁当持ってきてないんで。
バルバッティン:あなた、なにか、持ってません?」
バルバッティン:
レイ:「なにも持ってない!なにも持ってないぞ!
レイ:断じて、なにも、持ってな…」
レイ:
バルバッティン:「ああ!お弁当、持ってきてるじゃないですか~。」
バルバッティン:
レイ:「なに、人のカバン勝手に開けてるんだよー!」
レイ:
バルバッティン:「いいじゃないですか。
バルバッティン:動物愛護です。愛護愛護。
バルバッティン:ああ~こっちに来た!」
バルバッティン:
レイ:「ひぃぃいぃいいいい!やだ!
レイ:おまえ!なんとか…、しろ…ぉぉおおお!!」
レイ:
レイ:
レイ:
レイM:それから、なにがどうなったのか、
レイM:おれにも、わからない。
レイM:
レイM:おれは、50キロはあろうかと思われる、
レイM:そのハイイロオオカミに
レイM:真正面から、のしかかられて、気を失った。
レイM:
レイM:あんなに近くで動物を見たのは、何年ぶりだろう。
レイM:迫ってくる大きな舌に、おれの恐怖は頂点に達したのだ。
レイM:
レイM:夢の中で、俺はオオカミの群れの中にいた。
レイM:一番強い雄のオオカミが、年老いて、
レイM:見捨てられていくのを、
レイM:白い息を激しくつきながら、
レイM:見守っていた。
レイM:それは、不思議と、かわいそうだとか、
レイM:哀れだとかいった感情にとらわれない、
レイM:美しい眺めだった。
レイM:
レイM:気がつくと、そこは、救急車のベッドの上だった。
レイM:
レイM:おれは、動物に嫌われてるんじゃなかったのか?
レイM:なんでおれは、オオカミなんかに抱きつかれたのか?
レイM:いろいろな謎はあるものの、身体をあちこち眺める限り、
レイM:なんとか外傷はないようだった。
レイM:
レイM:
バルバッティン:「あ…気がつかれましたか。」
バルバッティン:
レイ:「ああ…あれ?
レイ:どうなったんだ?おれ。」
レイ:
バルバッティン:「なんとか、無事に捕獲されましたよ。」
バルバッティン:
レイ:「いや、…おれ!おれのことだよ。」
レイ:
バルバッティン:「ああ…あなたのことですか。
バルバッティン:あなたなら、軽い脳しんとうってことでした。
バルバッティン:これから、病院に向かうそうですよ。」
バルバッティン:
レイ:「なんでこんな街なかを、オオカミが歩いてたんだ?」
レイ:
バルバッティン:「言ったじゃないですか。わたし。
バルバッティン:朝の電車の中で。」
バルバッティン:
レイ:「電車…?
レイ:〈大きなため息をついて。〉…はあ。
レイ:覚えてねえ…。」
レイ:
バルバッティン:「脱走事件ですよ。脱走事件。
バルバッティン:気になるなあって、言ったじゃないですか。」
バルバッティン:
レイ:「脱走って、もしかして、動物園のことなのか?」
レイ:
バルバッティン:「そうですよ?
バルバッティン:なんだと思ったんですか?」
バルバッティン:
レイ:「そりゃ、一回捕まったとか、
レイ:また逃げ出したとか聞いたら、
レイ:脱獄だって思うじゃないか。」
レイ:
バルバッティン:「噂をすれば、影が差す…か。
バルバッティン:その通りになりましたね。」
バルバッティン:
レイ:「おまえがよけいなこと、…言うからだぞ。」
レイ:
バルバッティン:「あなたが、よけいなこと言うからですよ。」
バルバッティン:
レイ:「あのなあ…!
レイ:はあ…。もういいや。」
レイ:
バルバッティン:「ねえ、知ってます?
バルバッティン:オオカミって、ネコ目(もく)に属してるんですよ?
バルバッティン:飼育員の人が言ってました。」
バルバッティン:
レイ:「ネコ?イヌじゃないのか。」
レイ:
バルバッティン:「ネコ目(もく)、イヌ科、イヌ属らしいです。」
バルバッティン:
レイ:「なんだか、ややこしいなあ。
レイ:おれ、イヌ苦手なんだよ。
レイ:なんか、かわいい見た目してるくせに、
レイ:牙をむいた顔が突然エグいじゃないか。」
レイ:
バルバッティン:「そういうところも、含めて、
バルバッティン:かわいいじゃないですか。」
バルバッティン:
レイ:「肉食なんだろ?
レイ:知らない間に、食われてたらどうするんだ。」
レイ:
バルバッティン:「知らない間にって、それはないでしょう(笑)」
バルバッティン:
レイ:「とにかく、イヌはだめだ、イヌは。」
レイ:
バルバッティン:「じゃあ、あれは大きなネコだって思えば…」
バルバッティン:
レイ:「それじゃ、ライオンだろ?」
レイ:
バルバッティン:「まあ、そんなに危険視するのも、どうなんですか。
バルバッティン:動物園内で飼われてたんですから。
バルバッティン:餌は豊富だったでしょうし。」
バルバッティン:
レイ:「脱走してから、
レイ:なにも食ってないかもしれないじゃないか。」
レイ:
バルバッティン:「じゃあ、あなたがいよいよ餓死するってときに、
バルバッティン:人間から食べようなんて、思います?」
バルバッティン:
レイ:「そりゃ、おれは人間なんだから、
レイ:同種から食べようなんて、思わないさ。」
レイ:
バルバッティン:「あ、そっか。
バルバッティン:だったら、イヌになったとして。
バルバッティン:自分と同等か、それ以上の相手を、
バルバッティン:わざわざ戦って食おうと思いますか?」
バルバッティン:
レイ:「そりゃ、…思わないか。」
レイ:
バルバッティン:「でしょう?
バルバッティン:あなたが犬がきらいなのは、
バルバッティン:怖いからじゃない。」
バルバッティン:
レイ:「怖いさ。怖い。
レイ:…ってゆうか、…憎い。」
レイ:
バルバッティン:「え?」
バルバッティン:
レイ:「いや…いや、べつになんでもない。」
レイ:
バルバッティン:「…なにか、あったんです?」
バルバッティン:
レイ:「その…純子が…妻が言うんだ。
レイ:犬が飼いたい、犬が飼いたいって。
レイ:…さみしいんだとよ。
レイ:おれと生活してるのに、さみしいんだと!」
レイ:
バルバッティン:「そりゃ、まあ、わたしたちの仕事って、
バルバッティン:何時に始まって、何時に終わる、
バルバッティン:なんてルーティンの仕事じゃないですからね。
バルバッティン:奥さんの言うことも、わかります。」
バルバッティン:
レイ:「だけどさ、早すぎないか?
レイ:まだ結婚5年目だぞ。
レイ:おれは、もう捨てられるのかって。
レイ:こわいんだ。」
レイ:
バルバッティン:「犬に、奥さん取られるのが、怖いんですね。」
バルバッティン:
レイ:「…まったく、情けないよな。
レイ:情けないって、おまえも思うだろ?」
レイ:
バルバッティン:「まあ、多少は思います。」
バルバッティン:
レイ:「きっと、母のように、愛犬ばかりにかまけて、
レイ:旦那のことなんか二の次。
レイ:…みたいな女になるんだろうな。」
レイ:
バルバッティン:「……お母さん、そんなひとだったんですか。」
バルバッティン:
レイ:「そうだよ。
レイ:「あーあ。
レイ:馬鹿みたいだろ。
レイ:この年で、母親持ち出すなんて、
レイ:大人げないよな!」
レイ:
バルバッティン:「そんなことないです。興味深いです。」
バルバッティン:
レイ:「うそだ。おまえは嘘をついてるな?
レイ:真面目な顔しても、わかるんだぞ?
レイ:おれのことなんか、興味ないくせに。」
レイ:
バルバッティン:「…。
バルバッティン:なんでそんな、悲しいこと言うんですか。」
バルバッティン:
レイ:「…。
レイ:恥ずかしいからに決まってるだろ。
レイ:おふくろの話は、なしな。
レイ:聞かなかったことにしてくれ。」
レイ:
バルバッティン:「まあ、いいじゃないですか。
バルバッティン:これで、おあいこです。」
バルバッティン:
レイ:「おあいこ?なにがだよ。」
レイ:
バルバッティン:「わたしの通り名。わたしも、
バルバッティン:あんなふうに言うはずじゃなかった。」
バルバッティン:
レイ:「え…?あれって、おまえ、
レイ:まだ本気だったのかよ(笑)」
レイ:
バルバッティン:「わたしは、いつも、本気ですよ?」
バルバッティン:
レイ:「ふ…はははは!
レイ:本当に、おまえは、よくわからんやつだな。」
レイ:
バルバッティン:「ねえ、お母さんは、たぶん、
バルバッティン:言いたいことが、言いたいときに、
バルバッティン:上手く言えなかっただけじゃないかな。」
バルバッティン:
レイ:「え…?」
レイ:
バルバッティン:「うちじゃ、早期退職した父がね。
バルバッティン:テレビに向かってしゃっべってるんです。
バルバッティン:楽しそうですよ。
バルバッティン:本当に、そこに人がいるんじゃないかってくらい。」
バルバッティン:
レイ:「ああ、うちの親父も、そうだったっけ。」
レイ:
バルバッティン:「それと一緒ですよ。だれもそばにいなくなると、
バルバッティン:少しでも、熱のあるものに、
バルバッティン:理解してもらいたいって思うものじゃないですか?
バルバッティン:…ペットとか。テレビとか。炊飯器とか。」
バルバッティン:
レイ:「炊飯器か…っふ…ははははは!
レイ:炊飯器は、ないだろう!」
レイ:
バルバッティン:「え!一人暮らしのとき、よくやりませんでした?
バルバッティン:寒い夜に帰ってきて、暖房がまだ効いてこないうちに、
バルバッティン:炊飯器に手を当てて、『おまえはあったかいな』
バルバッティン:って言うようなこと。」
バルバッティン:
レイ:「しない!しないってゆうか、したことないな!
レイ:あはははは!
レイ:おまえ、馬鹿じゃないか、本当に。」
レイ:
バルバッティン:「そんなこと言うんだったら、あなたが
バルバッティン:お母さん、怖かったよー!って
バルバッティン:泣いたことにしますよ?」
バルバッティン:
レイ:「そんなことしたら、おまえの通り名を…」
レイ:
バルバッティン:「いいですよ。望むところです。」
バルバッティン:
レイ:「あのなあ…〈ため息をついて〉はあ…。
レイ:頼む。
レイ:それだけは、やめてくれ。」
レイ:
バルバッティン:「ふふふ…。それでよろしい。
バルバッティン:さあ、今から、病院に向かいますよ?
バルバッティン:あなたが気づいたって、知らせてきます。」
バルバッティン:
レイ:「病院なんて、そんな大げさな!
レイ:おれは、〈起き上がりながら〉
レイ:早く、…会社に行かなくちゃ。」
レイ:
バルバッティン:「だめです。動かないでください。
バルバッティン:わたし、ちょっと、言ってくるんで。」
バルバッティン:
バルバッティン:
バルバッティン:
レイM:そういうと、やつは、
レイM:救急車の後ろのドアを開けて、出て行った。
レイM:
レイM:はあ…なんなんだよ、今日って日は。
レイM:ふと、外を見ると、あたりには、
レイM:車のライトがちらつき始めていた。
レイM:
レイM:おれは、どのくらい、気絶していたんだろう。
レイM:なんだか、夢のほうがリアルに感じられて、
レイM:今こうして救急車に乗っているほうが、
レイM:夢なんじゃないかってくらい、現実味がなかった。
レイM:
レイM:なんて、美しい眺めだったんだろう。
レイM:あの、オオカミの群れは。
レイM:あの群れの一匹に、おれはなってたんだよな。
レイM:いいなあ、群れって。
レイM:
レイM:そんなことを思っていると、
レイM:ぱっと救急車のドアが開(ひら)いて、
レイM:そこには、小さな小さなバルバッティンが、
レイM:ウインクしながら、立っていた。
レイM:
バルバッティン:「なーんてね!びっくりした?
バルバッティン:言ったでしょう?わたしは、バルバッティン。
バルバッティン:
バルバッティン:さあ、早く行こう?
バルバッティン:もっと面白い世界へ、あなたを連れてってあげる。」
バルバッティン:
バルバッティン:
バルバッティン:
レイM:おれは、救急隊が離れているすきをついて、
レイM:その、小さなバルバッティンを胸ポケットに隠すと、
レイM:暮れてゆく街並みを、全速力で、走り出した。
レイM:
レイM:白い息が、リズムよく、わたしを取り巻いて、
レイM:まるであの夢の中のよう。
レイM:
レイM:暮れ残る、空は淡く染まり、はぐれ雲だけが、
レイM:その行き先を知っているのだった。
レイM:
レイM:
0:END