台本概要

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タイトル バルバッティン5【破壊編】
作者名 荒木アキラ  (@masakasoreha)
ジャンル ファンタジー
演者人数 2人用台本(女1、不問1)
時間 20 分
台本使用規定 台本説明欄参照
説明 バルバッティンとレイの出会いを描くほっこりファンタジー。
バルバッティンとはなにか??その謎を解くために、演じてみませんか。
【靴下を買いに編】では、バルバッティンの性別は不問です。
お好きなように仕上げていただけるとうれしいです。

上演時には、任意ではありますが、作者TwitterDM(@masakasoreha)までご連絡いただけると、
喜んで拝聴しに行きます。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
レイ 121 夫の社宅に住む女性
バルバッティン 不問 124 レイの隣に越してきたという謎の人物
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
レイM:春がくるのが、憂鬱だった。 レイM:矢継ぎ早に行事をこなしていく1月2月3月が、 レイM:たまらなく億劫だった。 レイM: レイM:4月になるのが、怖かった。 レイM:新しい年度、新しい季節、新しい人間関係。 レイM:そのすべてが我慢できないのだった。 レイM:変化していくもの。移ろいゆくもの。消えていくもの。 レイM:全部に、「置いてかないで」って言いたかった。 レイM:わたしを置いていかないで。 レイM: レイM:明け方、目が覚めると白々と空が明るいのも、 レイM:近所の公園が花々で色づき始めるのも、 レイM:コンビニの棚からイベントの告知がなくなるのも、 レイM:なんだか悲しい気持ちになった。 レイM: レイM:わたしは、こんな弱い女だっただろうか。 レイM:いつからだろう? レイM:新しい服を買わなくなったのは。 レイM:今期の流行(はやり)を追わなくなったのは。 レイM:おばさんになったのは。 レイM:いつからだろう? レイM:夫と肌を重ねなくなったのは。 レイM:盛りを過ぎたなんて、簡単に片付けないで。 レイM:勝手にわたしを通り過ぎていかないで。 0: 0: 0: 0: バルバッティン:「こんにちは~いらっしゃいますか~?」 バルバッティン: レイ:「は~い?今、行きます。」 レイ: バルバッティン:「あのー、ちょっとだけ、お時間いいですか?」 バルバッティン: レイ:「はい…。なんでしょう?」 レイ: バルバッティン:「わたし、隣に引っ越してきた者なんですけど。」 バルバッティン: レイ:「え、そうなんですか!あ、すいません、気づかなくて。」 レイ: バルバッティン:「いえいえ、突然お邪魔してはご迷惑かと思ったんですが バルバッティン:これ、引っ越し蕎麦と、ちょっとした気持ちです。」 バルバッティン: レイ:「ええ~いいんですか?なんか…悪いですね。」 レイ: バルバッティン:「いえいえ、たいしたものじゃないんです。」 バルバッティン: レイ:「あの。よかったら、お茶でもって レイ:言いたいところなんですけど、 レイ:散らかってまして。」 レイ: バルバッティン:「あ、そうなんですね。すいません、お忙しいときに。 バルバッティン:ご主人様は、ご在宅ですか?」 バルバッティン: レイ:「主人は…ちょっと今留守をしてまして。 レイ:後日改めてご挨拶に。」 レイ: バルバッティン:「そうですか。同じ会社の社宅仲間、 バルバッティン:がんばっていきましょうね。」 バルバッティン: レイ:「はい。ぜひ今後とも、よろしくお願いします。」 レイ: バルバッティン:「あの…引っ越して来てそうそう、 バルバッティン:こんなこと聞くのもどうかと思うんですが、 バルバッティン:303に住んでらっしゃる方って、 バルバッティン:どんな方なのかなあって。」 バルバッティン: レイ:「ああ、…潮谷(しおたに)さんですか?いい方ですよ?」 レイ: バルバッティン:「そうですか…? バルバッティン:だったら、気のせいかなあ…。」 バルバッティン: レイ:「なにか…あったんですか?」 レイ: バルバッティン:「昨日ね、 バルバッティン:なんだか慌てて荷造りされてるみたいだったから。 バルバッティン:もしかして、入れ違いに引っ越しされるのかな~なんて。」 バルバッティン: レイ:「そんな話は、なにも聞いてませんけどねえ。」 レイ: バルバッティン:「まあ、大きな家具を バルバッティン:ただ捨てただけかもしれませんからね。 バルバッティン:わたしもよくわかんないんです。」 バルバッティン: レイ:「潮谷さん、お会いになられました?」 レイ: バルバッティン:「いえ、それがまだなんです。 バルバッティン:今朝お伺いしたときは、 バルバッティン:中で物音がしたような気がしたんですが、 バルバッティン:出てこられなかったんで。」 バルバッティン: レイ:「今朝、物音が?」 レイ: バルバッティン:「ええ。今日は日曜日でしょう? バルバッティン:もしかしたら、まだ眠ってらっしゃったのかも。」 バルバッティン: レイ:「そうですか。わたしも、さっきまで寝てたんで、 レイ:人のこと言えませんが。」 レイ: バルバッティン:「ふふふふ…どこも日曜日は一緒ですね。」 バルバッティン: レイ:「あなた、これから、他も回られるんですか?」 レイ: バルバッティン:「ええ。とりあえず同じ階を一通り回ってみようかと。」 バルバッティン: レイ:「大変ですね。社宅は人間関係大事ですからね。」 レイ: バルバッティン:「そうなんですよー。 バルバッティン:わたしはまだ独り身だからいいですけど、 バルバッティン:家族ぐるみのお付き合いになったら、 バルバッティン:いろいろあるでしょうね。」 バルバッティン: レイ:「ええまあ。いろいろありますよ。」 レイ: バルバッティン:「あれ?奥さん、ここ、なにかついていますよ?」 バルバッティン: レイ:「え…?」 レイ: バルバッティン:「ほら、エプロンに、赤いのが。どうしたんですか?」 バルバッティン: レイ:「え…ああ、これですか、なんでもないんです。」 レイ: バルバッティン:「それ…もしかして血ですか?」 バルバッティン: レイ:「まさか。ほんと、気にしないでください。」 レイ: バルバッティン:「それ、…血ですよね?けがされたんですか?」 バルバッティン: レイ:「いや、ほんと、なんでもないんです。」 レイ: バルバッティン:「ちょっと見せてください。」 バルバッティン: レイ:「いや、これは、ほんと、不注意で。」 レイ: バルバッティン:「あーあ、指が切れてますよ。どうしたんですか。」 バルバッティン: レイ:「ほんとやめてください!」 レイ: バルバッティン:「包み、開けてください。」 バルバッティン: レイ:「え…?」 レイ: バルバッティン:「さっきわたしがあげた、包みですよ。」 バルバッティン: 0:レイ、もらった紙袋を開けてみる。 0: レイ:「お蕎麦と…これ、なんですか?」 レイ: バルバッティン:「絆創膏です。」 バルバッティン: レイ:「は?」 レイ: バルバッティン:「一家にひとつ、あったら便利かな~って。 バルバッティン:あったら安心かな~って。」 バルバッティン: レイ:「でも、なんでこんな、 レイ:…なにかあなた知ってるんですか?」 レイ: バルバッティン:「なにも知りはしないですよ。」 バルバッティン: レイ:「じゃあ、この絆創膏、 レイ:ありがたく使わせてもらいます…。」 レイ: バルバッティン:「その手じゃ、ひとりでは無理ですよ。 バルバッティン:傷口も洗わないと。 バルバッティン:ちょっと…〈靴を脱ぎながら〉お邪魔しますよ。」 バルバッティン: レイ:「あ、ちょっと勝手に上がらないでください!」 レイ: バルバッティン:「しーっ!まだお隣さん、寝てるかもしれませんよ。」 バルバッティン: レイ:「(声をひそめて)そんな、あなた、なんなんです?」 レイ: バルバッティン:「わたしですか?ただのバルバッティンですよ。」 バルバッティン: レイ:「はあ?なに…その…え?何語ですか、それ。」 レイ: バルバッティン:「何語ってことじゃないんです。 バルバッティン:わたしは、バルバッティン。 バルバッティン:やりたいようにしますよ。」 バルバッティン: レイ:「いや、困るんですよ、勝手に上がってもらっちゃ。」 レイ: 0:部屋の中は壊れた家具や装飾品が散乱している。 0: バルバッティン:「…へえ~。これはこれは。 バルバッティン:派手にやらかしましたね。」 バルバッティン: レイ:「あの…これは…。もう! レイ:人の家の事情なんて、どうだっていいでしょう?」 レイ: バルバッティン:「いいわけないじゃないですか。 バルバッティン:わたし、お節介なんで。」 バルバッティン: レイ:「ほんと、余計なお世話なんですよ!」 レイ: バルバッティン:「ほら、そこ、ガラスの破片だらけです。 バルバッティン:危ないですよ。」 バルバッティン: レイ:「聞いてます?人の話、聞いてます?」 レイ: バルバッティン:「まあまあ、そう興奮しないで。 バルバッティン:落ち着きましょう。」 バルバッティン: レイ:「あなたのせいですよ! レイ:あなたが勝手に入ってくるから!」 レイ: バルバッティン:「大丈夫。わたし、だれにも言いませんから。」 バルバッティン: レイ:「…ほんと、こんなつもりじゃなかったのに…!」 レイ: バルバッティン:「わたしもそんなつもりじゃありませんよ。」 バルバッティン: レイ:「じゃあ、なんで見て見ぬふりしてくれないんですか!」 レイ: バルバッティン:「だって、あなた、とても痛そうでしたから。」 バルバッティン: レイ:「痛いって…こんな傷、たいしたことないでしょ。」 レイ: バルバッティン:「いや、こころが。」 バルバッティン: レイ:「はあ?」 レイ: バルバッティン:「こころが、なんだか、 バルバッティン:痛そうだな~って、思ったんです。」 バルバッティン: レイ:「そ…そんなの、あなたには関係ないでしょ。」 レイ: バルバッティン:「関係あるんです。わたし。」 バルバッティン: レイ:「どう関係あるっていうんですか!」 レイ: バルバッティン:「(ぼそっと)夢見が悪いんですよ。」 バルバッティン: レイ:「え…?よく聞こえなかったんだけど。」 レイ: バルバッティン:「いやね、こういうの、見逃しちゃうと、 バルバッティン:夢見が悪いんです。」 バルバッティン: レイ:「いや…知りませんよ。あなたの夢の話とか。」 レイ: バルバッティン:「あなたは知らないかもしれませんが、 バルバッティン:わたしにとっては大事なことなんです。」 バルバッティン: レイ:「おかしな人。 レイ:…ってゆうか、もしかしてわたしのほうが レイ:危ない人って思われてます?」 レイ: バルバッティン:「なにがあったか、当てましょうか?」 バルバッティン: レイ:「あなた、霊能力者かなんかですか?」 レイ: バルバッティン:「みたいに聞こえるでしょう? バルバッティン:今みたいに言うと、 バルバッティン:だいたいそういう反応返ってくるんですよ。」 バルバッティン: レイ:「…おもしろがってます?」 レイ: バルバッティン:「あなたは、きっときちんとした人だって、思ったんです。 バルバッティン:あるいは、きちんとしたい人なんだって。」 バルバッティン: レイ:「…どうして?」 レイ: バルバッティン:「だって、日曜の午前中に、 バルバッティン:突然訪ねてきても、ドアを開けてくれる。 バルバッティン:そういう、周りからの目を バルバッティン:大事にしてる人なんだろうな~って。」 バルバッティン: レイ:「そりゃ、社宅ですよ? レイ:変な噂立てられたら、たまりませんから。」 レイ: バルバッティン:「だから、家の中を破壊して、 バルバッティン:うっぷん晴らしてたんですか?」 バルバッティン: レイ:「そう…言葉に出されると、 レイ:すごくわたし、馬鹿みたいじゃない!」 レイ: バルバッティン:「そんなことないです。 バルバッティン:うっぷんは、どっかで晴らすべきです。」 バルバッティン: レイ:「…ああもう!…そうですよ! レイ:わたしはモノに八つ当たりして、 レイ:すっきりしたかったんです!」 レイ: バルバッティン:「こんなになるまで、壊しちゃって、 バルバッティン:旦那さんに怒られないんですか?」 バルバッティン: レイ:「あの人が…怒る?怒ってくれるほど、優しくないわよ…。」 レイ: バルバッティン:「ほう…。それは悲しいですね。」 バルバッティン: レイ:「だってあの人には優しい『彼女』がいるみたいですから?」 レイ: バルバッティン:「彼女…?」 バルバッティン: レイ:「そうよ、わたしより若くて、わたしより美人で、 レイ:わたしより気の利いた彼女は レイ:三軒隣に住んでますよ!!」 レイ: バルバッティン:「…それって、まさか?」 バルバッティン: レイ:「不倫ですよ…!不倫!社内不倫。ダブル不倫!」 レイ: バルバッティン:「そうだったんですか。三軒隣って、潮谷さん?」 バルバッティン: レイ:「そうですよ。よりにもよって、 レイ:上司の奥さんと出来てるなんて、思わないじゃない? レイ:あんまりじゃない!?」 レイ: バルバッティン:「それで、この有様ですか…。 バルバッティン:なんだか、ドラマみたい。」 バルバッティン: レイ:「人ごとだと思って。 レイ:あなた、やっぱりおもしろがってる。」 レイ: バルバッティン:「面白くはないですよ。 バルバッティン:とても可哀想だなって思っちゃいます。」 バルバッティン: レイ:「…可哀想か。 レイ:そんなふうに思われたくないから、 レイ:今まで我慢してきたのに。」 レイ: バルバッティン:「可哀想なのは、潮谷さんもなのです。」 バルバッティン: レイ:「…はあああ!?」 レイ: バルバッティン:「まあ、落ち着いてください。 バルバッティン:潮谷さんだって、たぶん、一緒ですよ。」 バルバッティン: レイ:「わたしとあの女を一緒にしないでもらえます!?」 レイ: バルバッティン:「一緒っていうのは、 バルバッティン:同じ気持ちってわけじゃないんです。 バルバッティン:たぶん、同じことになってるんだろうなって。」 バルバッティン: レイ:「どういうことよ?」 レイ: バルバッティン:「修羅場だったんじゃないですか?」 バルバッティン: レイ:「なにか、知ってるの?」 レイ: バルバッティン:「うーん。 バルバッティン:わたしが見たのは、奥さんが旦那さんに、 バルバッティン:家から追い出されるところかな。」 バルバッティン: レイ:「え…なにそれ。」 レイ: バルバッティン:「きっと、潮谷さんちも、 バルバッティン:修羅場だったんじゃないですか。」 バルバッティン: レイ:「っふ、あはははは!ざまあみろだわ! レイ:あの女、追い出されたんだ?」 レイ: バルバッティン:「あなたも旦那さん、追い出したんですか?」 バルバッティン: レイ:「追い出さなくても、あの人、黙って出て行ったわよ。」 レイ: バルバッティン:「これから、どうするんですか?」 バルバッティン: レイ:「さあね。 レイ:…ここをどうやって片付けようって、思ってたところ。」 レイ: バルバッティン:「片付ける?そんなことしてなんになるんです?」 バルバッティン: レイ:「だって…割れるものはたいがい割ってしまったし、 レイ:ソファは切り裂いちゃったし、 レイ:椅子は壊してしまったし。どうしよう?」 レイ: バルバッティン:「あれ…?なんでこの鏡は割ってないんですか?」 バルバッティン: レイ:「鏡か…気づかなかったわ。」 レイ: バルバッティン:「どうせなら、やっちゃいません?」 バルバッティン: レイ:「はあ?」 レイ: バルバッティン:「こんな機会めったにないですよ? バルバッティン:こんな滅茶苦茶になった部屋、 バルバッティン:わたし見たことないんで、 バルバッティン:ちょっとわくわくしちゃいます。」 バルバッティン: レイ:「わくわく?なに言ってんの?わたしの家ですよ?」 レイ: バルバッティン:「あなたの家だけど、あなたがいなくてもいいんですよ。」 バルバッティン: レイ:「もうわからなくなってきた…。 レイ:あなた、なにが言いたいんです?」 レイ: バルバッティン:「あのね、そんな旦那さん、 バルバッティン:待ってないで、出て行くんですよ。」 バルバッティン: レイ:「なんでわたしが出て行かなきゃいけないのよ!」 レイ: バルバッティン:「だって、ここ社宅でしょう?旦那さんの会社の。」 バルバッティン: レイ:「そりゃ、…まあ、そうですけど?」 レイ: バルバッティン:「こんな狭い世界に集中してるから、 バルバッティン:いけないんですよ。 バルバッティン:あなたが、いつもかいがいしく待ってるから、 バルバッティン:旦那さん、調子に乗っちゃうんですよ。」 バルバッティン: レイ:「…そう、なのかな。」 レイ: バルバッティン:「そういうものです。 バルバッティン:絶対に、旦那さんは、一度戻ってきます。 バルバッティン:戻ってきたとき、びっくりするような家にしちゃいましょうよ。」 バルバッティン: レイ:「…これ以上、どうしたらいいの?」 レイ: バルバッティン:「…そう、ですねえ。 バルバッティン:まず、そこの鏡、割ってみませんか。」 バルバッティン: レイ:「割れるもの…まだ、あったんだ。」 レイ: バルバッティン:「ありますよ。ほら、玄関にも、鏡ありましたよね。」 バルバッティン: レイ:「鏡、か。」 レイ: バルバッティン:「鏡という鏡、 バルバッティン:とりあえず全部割ってしまいませんか?」 バルバッティン: レイ:「っふ、ふふふふふ!あなた、やっぱりおかしい!」 レイ: バルバッティン:「おかしいですか? バルバッティン:なんだか、鏡って、すごく女性的だなあって思って。」 バルバッティン: レイ:「女性的…かあ。そうかもしれない。」 レイ: バルバッティン:「この家に入ったとき、思ったんです。 バルバッティン:すごく、女性が作り上げた世界だなって。」 バルバッティン: レイ:「だって、昼間はあの人仕事でいないし、 レイ:夜は帰ってきてただ寝るだけ。 レイ:結局、わたしが暮らしやすいように作っちゃったのよ。」 レイ: バルバッティン:「そうですね。生活を作るって意味では、 バルバッティン:主婦ってすごく想像力ありますよね。」 バルバッティン: レイ:「そんな変な目線で褒められても…。」 レイ: バルバッティン:「ねえ、鏡を割ると、どうなるか、知ってます?」 バルバッティン: レイ:「不吉なことが起きる…でしたっけ。」 レイ: バルバッティン:「そういう意味もありますが、わたしが好きな解釈は、 バルバッティン:自分の身代わりになってくれるってほうです。」 バルバッティン: レイ:「ああ、そういう意味もありますね。」 レイ: バルバッティン:「さあ。どうせここまで滅茶苦茶になったんです。 バルバッティン:その全部を背負ってもらいましょうよ、鏡に。」 バルバッティン: レイ:「ふふふ…それも、いいかもね。」 レイ: バルバッティン:「その意気ですよ!やっちゃいましょう!」 バルバッティン: バルバッティン: レイM:わたしは、玄関で夫のゴルフクラブを手に取ると、 レイM:家の中を見渡した。 レイM:鏡がたくさんある家に暮らしていたんだな。 レイM: レイM:玄関には細やかなビーズの縁取りのある壁掛け用鏡。 レイM:雑然とした机の上の レイM:飾り気のない卓上ミラーが3つ4つ。 レイM:洗面台の曇りひとつない大きな鏡。 レイM:そしてお風呂場の壁一面にも防湿ミラー。 レイM:寝室には白粉(おしろい)の香りのする三面鏡。 レイM:洋服箪笥に作り付けられた姿見用。 レイM:もう一つ、木彫りの外枠が魅力的な レイM:スタンドタイプの姿見用。 レイM:そして二十歳のお祝いにもらった金の手鏡セット。 レイM: レイM:わたしは、玄関の壁に向かって笑いかけ、 レイM:机に頬杖をついてしかめ面、 レイM:洗面台の前で泣き、 レイM:姿見にはポーズを決めて、 レイM:三面鏡で寝癖を直し、 レイM:金の鏡でルージュを直した。 レイM: レイM:それが、当たり前の日々だと思ってた。 レイM:今日、それをひとつひとつ割って歩くまでは。 レイM: レイM:ゴルフクラブで割れない鏡には、 レイM:台所のアイスピックを持ち出した。 レイM: レイM:滅茶苦茶に暴れているわたしが、 レイM:鏡に映っては笑い出す。 レイM:笑ったと思ったら、そこにヒビが入って崩れ落ちてゆく。 レイM:そしてそのすべてが、 レイM:スローモーションで過ぎ去っていく。 レイM: レイM:部屋の隅に、知らない他人が レイM:ニヤニヤしながらこっちを見ていることだけ、 レイM:頭の隅っこに置いておいたはずなのに、 レイM:わたしは、我を忘れるって、こういうことかって、 レイM:なんだか爽快感すら覚えるのだった。 レイM: レイM: バルバッティン:「ねえ、気が済んだ?」 バルバッティン: レイ:「はあ…はあ…、気が…、すん、…だ!!」 レイ: バルバッティン:「すごいねえ!鏡が割れる瞬間って、 バルバッティン:とってもドラマチック!」 バルバッティン: レイ:「ふふ…ふふふふふ!あーすっきりした!」 レイ: バルバッティン:「これでもう、だれもあなたを見ていない。 バルバッティン:あなた以外は。」 バルバッティン: レイ:「ん?あなたがいるでしょう?」 レイ: バルバッティン:「わたしはバルバッティン。数に入らないのですよ。」 バルバッティン: レイ:「…バル…バルバッティン? レイ:…そうね、あなたはバルバッティンなのかもしれないわ。 レイ:こんなに誰かの前で暴れたのなんか、初めて!」 レイ: バルバッティン:「それは、光栄に思います。」 バルバッティン: レイ:「ねえ、この後は?どうする? レイ:火でもつけてやりましょうか。」 レイ: バルバッティン:「迷惑をかけるのは、やめときましょう。」 バルバッティン: レイ:「だって、わたし、今ならなんでも出来る気がするのよ。」 レイ: バルバッティン:「じゃあ、まず、自分を見てください。」 バルバッティン: レイ:「自分を…?」 レイ: バルバッティン:「そう、自分を、自分で見てみてください。」 バルバッティン: レイ:「わたし、…そうね、けがしてたんだったわ。」 レイ: バルバッティン:「あと、ひどい顔してますよ。」 バルバッティン: レイ:「うそ…どんな顔?」 レイ: バルバッティン:「(変な顔をしながら)こんな顔。」 バルバッティン: レイ:「そんな顔してませんよ!」 レイ: バルバッティン:「ねえ、鏡のなくなった部屋で、 バルバッティン:自分を確かめるには、 バルバッティン:どうすればいいのでしょう?」 バルバッティン: レイ:「あなたが言ったんでしょう? レイ:鏡割っちゃいましょうって。」 レイ: バルバッティン:「困りますよね。鏡がないと。」 バルバッティン: レイ:「今更なに言い出すんですか。。 レイ:わたしは、やってよかったって思いますけど?」 レイ: バルバッティン:「わたしもやってよかったとは、思ってますよ。」 バルバッティン: レイ:「じゃあなんで鏡がないと困るんですか。」 レイ: バルバッティン:「だって、あなたをここから バルバッティン:連れ出さなきゃいけないでしょう?」 バルバッティン: レイ:「…?連れ出す?なぜ?」 レイ: バルバッティン:「だって、こんなところにあなたを一人 バルバッティン:残して行けませんから。」 バルバッティン: レイ:「あなたって、ときどきびっくりすること言いますよね。」 レイ: バルバッティン:「あなたのほうこそ。」 バルバッティン: レイ:「わたし、あなたがここに来るまで、なにをしていたのか、 レイ:今は思い出せないくらいよ。」 レイ: バルバッティン:「そう、そういうとこです。 バルバッティン:あなただって、そうやってわたしを バルバッティン:びっくりさせてるじゃないですか。」 バルバッティン: レイ:「っふ、ふふふふふふ!おかしな人ね、やっぱり。」 レイ: バルバッティン:「だから、わたしはバルバッティンなんですって。」 バルバッティン: レイ:「そうかそうか、バルバッティンのあなた、好きよ。」 レイ: バルバッティン:「そうですか。よかった。 バルバッティン:あなたに嫌われたらどうしようかって。」 バルバッティン: レイ:「…え?」 レイ: バルバッティン:「ほら、…わたしなんだけどなあ。 バルバッティン:…忘れちゃったのかなあ。」 バルバッティン: レイ:「ちょっと、本気でなに言ってるんですか?」 レイ: バルバッティン:「まあ、いいじゃないですか。そういう夢を見たんです。」 バルバッティン: レイ:「そういえば、夢見がどうとか、言ってましたね。」 レイ: バルバッティン:「夢見が悪いと、困るんです。わたし。」 バルバッティン: レイ:「不思議な人ね。 レイ:あなたといると、なんだか、落ち着いてくる。」 レイ: バルバッティン:「でしょう?おもしろいでしょう?」 バルバッティン: レイ:「変な人。」 レイ: バルバッティン:「で、これからどうします?」 バルバッティン: レイ:「そうね、わたしは家出の準備でもしようかな。」 レイ: バルバッティン:「そうですね。それがいいです。」 バルバッティン: レイ:「あなたは、帰っちゃうんですか?」 レイ: バルバッティン:「あなたが、ここを出るまで、見守っていますよ。」 バルバッティン: レイM:そう言うと、バルバッティンと名乗る不思議な人物は、 レイM:部屋の中を散策し始めた。 レイM:割れた鏡を興味深そうに手に取って眺めている。 レイM: レイM:わたしは、一番大きなスーツケースを持ちだして、 レイM:荷造りをした。 レイM: レイM:そういえば、切れた指からの出血は、 レイM:いつの間にか、止まっていた。 レイM: レイM:わたし、ここを出るなんて、 レイM:思ってもみなかった。 レイM:出ることができるなんて、自分を信じられなかった。 レイM: レイM:だって、変化するのは大嫌いだったんだもの。 レイM: レイM: レイM: バルバッティン:「ねえ、割れた鏡って、きれいですね。」 バルバッティン: レイ:「え…?」 レイ: バルバッティン:「あなた、部屋の模様替えとか大嫌いでしょう?」 バルバッティン: レイ:「ええまあ、そうですけど。」 レイ: バルバッティン:「この鏡、割れてきっとせいせいしてますよ。」 バルバッティン: レイ:「どうしてそんなこと思うの?」 レイ: バルバッティン:「だって、作り付けの鏡や、据え置き型の鏡って、 バルバッティン:なんだか、いつも同じものばかり見せられて、 バルバッティン:うんざりしてると思いません?」 バルバッティン: レイ:「うんざり…か。」 レイ: バルバッティン:「そうですよ。あなたがどんなに悲しくても、 バルバッティン:玄関の鏡には、 バルバッティン:ちょっとすました顔しか見せなかったでしょう?」 バルバッティン: レイ:「まあ、出かける前ですから。そうでしょうね。」 レイ: バルバッティン:「逆に、洗面台の鏡は、 バルバッティン:あなたの泣き顔ばかり映してきたんだろうなって。」 バルバッティン: レイ:「なんでそんなこと、わかるの?」 レイ: バルバッティン:「ちょっとね、今、鏡とおしゃべりしてたんです。」 バルバッティン: レイ:「おっと、また不思議発言?」 レイ: バルバッティン:「あなたも、潮谷さんも、 バルバッティン:ひとつの鏡だったんじゃないかな。」 バルバッティン: レイ:「…ひとつの鏡?」 レイ: バルバッティン:「旦那さんは、きっと、 バルバッティン:あなたに見せる顔は潮谷さんに見せなかっただろうし、 バルバッティン:潮谷さんだって、旦那さんの一面しか、 バルバッティン:見せてもらえなかったんじゃないかな。」 バルバッティン: レイ:「そうだとしたら、夫婦って、なんなんでしょうね。」 レイ: バルバッティン:「人の孤独に入り込むって、難しいですね。」 バルバッティン: レイ:「…あなた、本当に、何者なの?」 レイ: バルバッティン:「あなたが望む者、それがわたしです。」 バルバッティン: レイ:「…じゃあ、あなたが本当にバルバッティンだったらいいな。」 レイ: バルバッティン:「信じてないんですか?」 バルバッティン: バルバッティン: レイM:たしは、曖昧に笑うと、荷物を持って玄関のドアを開いた。 レイM: レイM:眩しい春の光に満たさせている外の世界は、限りなく変化していく。 レイM: レイM:そして、わたしも今日、新しい自分探しの旅にでるのだ。 レイM: レイM:季節は、わたしの早さに追いつけるかしら。 レイM: レイM: レイ:「ねえ、あなた、あなたとは、ここでお別れね。」 レイ: バルバッティン:「どうして?」 バルバッティン: レイ:「だって、あなた、ここで暮らすんでしょう?」 レイ: レイM:ふと、開いたドアから、玄関の暗がりを振り返ると、 レイM:そこには、小さな小さなバルバッティンが、 レイM:絆創膏を持って立っていた。 レイM: バルバッティン:「ね、あなたが信じてくれたから、 バルバッティン:わたしはもうバルバッティン。 バルバッティン:連れてってくれるよね? バルバッティン:どこまでも一緒に。」 バルバッティン: レイM:わたしは、バルバッティンをハンドバックに忍ばせると、 レイM:花々の咲き乱れる花壇の前を、意気揚々と通り過ぎていく。 レイM:わたしは、もう一度、自分の姿を探しに、旅に出るのだ。 レイM:バルバッティンを、道連れにして。 0: 0: 0: 0:END

レイM:春がくるのが、憂鬱だった。 レイM:矢継ぎ早に行事をこなしていく1月2月3月が、 レイM:たまらなく億劫だった。 レイM: レイM:4月になるのが、怖かった。 レイM:新しい年度、新しい季節、新しい人間関係。 レイM:そのすべてが我慢できないのだった。 レイM:変化していくもの。移ろいゆくもの。消えていくもの。 レイM:全部に、「置いてかないで」って言いたかった。 レイM:わたしを置いていかないで。 レイM: レイM:明け方、目が覚めると白々と空が明るいのも、 レイM:近所の公園が花々で色づき始めるのも、 レイM:コンビニの棚からイベントの告知がなくなるのも、 レイM:なんだか悲しい気持ちになった。 レイM: レイM:わたしは、こんな弱い女だっただろうか。 レイM:いつからだろう? レイM:新しい服を買わなくなったのは。 レイM:今期の流行(はやり)を追わなくなったのは。 レイM:おばさんになったのは。 レイM:いつからだろう? レイM:夫と肌を重ねなくなったのは。 レイM:盛りを過ぎたなんて、簡単に片付けないで。 レイM:勝手にわたしを通り過ぎていかないで。 0: 0: 0: 0: バルバッティン:「こんにちは~いらっしゃいますか~?」 バルバッティン: レイ:「は~い?今、行きます。」 レイ: バルバッティン:「あのー、ちょっとだけ、お時間いいですか?」 バルバッティン: レイ:「はい…。なんでしょう?」 レイ: バルバッティン:「わたし、隣に引っ越してきた者なんですけど。」 バルバッティン: レイ:「え、そうなんですか!あ、すいません、気づかなくて。」 レイ: バルバッティン:「いえいえ、突然お邪魔してはご迷惑かと思ったんですが バルバッティン:これ、引っ越し蕎麦と、ちょっとした気持ちです。」 バルバッティン: レイ:「ええ~いいんですか?なんか…悪いですね。」 レイ: バルバッティン:「いえいえ、たいしたものじゃないんです。」 バルバッティン: レイ:「あの。よかったら、お茶でもって レイ:言いたいところなんですけど、 レイ:散らかってまして。」 レイ: バルバッティン:「あ、そうなんですね。すいません、お忙しいときに。 バルバッティン:ご主人様は、ご在宅ですか?」 バルバッティン: レイ:「主人は…ちょっと今留守をしてまして。 レイ:後日改めてご挨拶に。」 レイ: バルバッティン:「そうですか。同じ会社の社宅仲間、 バルバッティン:がんばっていきましょうね。」 バルバッティン: レイ:「はい。ぜひ今後とも、よろしくお願いします。」 レイ: バルバッティン:「あの…引っ越して来てそうそう、 バルバッティン:こんなこと聞くのもどうかと思うんですが、 バルバッティン:303に住んでらっしゃる方って、 バルバッティン:どんな方なのかなあって。」 バルバッティン: レイ:「ああ、…潮谷(しおたに)さんですか?いい方ですよ?」 レイ: バルバッティン:「そうですか…? バルバッティン:だったら、気のせいかなあ…。」 バルバッティン: レイ:「なにか…あったんですか?」 レイ: バルバッティン:「昨日ね、 バルバッティン:なんだか慌てて荷造りされてるみたいだったから。 バルバッティン:もしかして、入れ違いに引っ越しされるのかな~なんて。」 バルバッティン: レイ:「そんな話は、なにも聞いてませんけどねえ。」 レイ: バルバッティン:「まあ、大きな家具を バルバッティン:ただ捨てただけかもしれませんからね。 バルバッティン:わたしもよくわかんないんです。」 バルバッティン: レイ:「潮谷さん、お会いになられました?」 レイ: バルバッティン:「いえ、それがまだなんです。 バルバッティン:今朝お伺いしたときは、 バルバッティン:中で物音がしたような気がしたんですが、 バルバッティン:出てこられなかったんで。」 バルバッティン: レイ:「今朝、物音が?」 レイ: バルバッティン:「ええ。今日は日曜日でしょう? バルバッティン:もしかしたら、まだ眠ってらっしゃったのかも。」 バルバッティン: レイ:「そうですか。わたしも、さっきまで寝てたんで、 レイ:人のこと言えませんが。」 レイ: バルバッティン:「ふふふふ…どこも日曜日は一緒ですね。」 バルバッティン: レイ:「あなた、これから、他も回られるんですか?」 レイ: バルバッティン:「ええ。とりあえず同じ階を一通り回ってみようかと。」 バルバッティン: レイ:「大変ですね。社宅は人間関係大事ですからね。」 レイ: バルバッティン:「そうなんですよー。 バルバッティン:わたしはまだ独り身だからいいですけど、 バルバッティン:家族ぐるみのお付き合いになったら、 バルバッティン:いろいろあるでしょうね。」 バルバッティン: レイ:「ええまあ。いろいろありますよ。」 レイ: バルバッティン:「あれ?奥さん、ここ、なにかついていますよ?」 バルバッティン: レイ:「え…?」 レイ: バルバッティン:「ほら、エプロンに、赤いのが。どうしたんですか?」 バルバッティン: レイ:「え…ああ、これですか、なんでもないんです。」 レイ: バルバッティン:「それ…もしかして血ですか?」 バルバッティン: レイ:「まさか。ほんと、気にしないでください。」 レイ: バルバッティン:「それ、…血ですよね?けがされたんですか?」 バルバッティン: レイ:「いや、ほんと、なんでもないんです。」 レイ: バルバッティン:「ちょっと見せてください。」 バルバッティン: レイ:「いや、これは、ほんと、不注意で。」 レイ: バルバッティン:「あーあ、指が切れてますよ。どうしたんですか。」 バルバッティン: レイ:「ほんとやめてください!」 レイ: バルバッティン:「包み、開けてください。」 バルバッティン: レイ:「え…?」 レイ: バルバッティン:「さっきわたしがあげた、包みですよ。」 バルバッティン: 0:レイ、もらった紙袋を開けてみる。 0: レイ:「お蕎麦と…これ、なんですか?」 レイ: バルバッティン:「絆創膏です。」 バルバッティン: レイ:「は?」 レイ: バルバッティン:「一家にひとつ、あったら便利かな~って。 バルバッティン:あったら安心かな~って。」 バルバッティン: レイ:「でも、なんでこんな、 レイ:…なにかあなた知ってるんですか?」 レイ: バルバッティン:「なにも知りはしないですよ。」 バルバッティン: レイ:「じゃあ、この絆創膏、 レイ:ありがたく使わせてもらいます…。」 レイ: バルバッティン:「その手じゃ、ひとりでは無理ですよ。 バルバッティン:傷口も洗わないと。 バルバッティン:ちょっと…〈靴を脱ぎながら〉お邪魔しますよ。」 バルバッティン: レイ:「あ、ちょっと勝手に上がらないでください!」 レイ: バルバッティン:「しーっ!まだお隣さん、寝てるかもしれませんよ。」 バルバッティン: レイ:「(声をひそめて)そんな、あなた、なんなんです?」 レイ: バルバッティン:「わたしですか?ただのバルバッティンですよ。」 バルバッティン: レイ:「はあ?なに…その…え?何語ですか、それ。」 レイ: バルバッティン:「何語ってことじゃないんです。 バルバッティン:わたしは、バルバッティン。 バルバッティン:やりたいようにしますよ。」 バルバッティン: レイ:「いや、困るんですよ、勝手に上がってもらっちゃ。」 レイ: 0:部屋の中は壊れた家具や装飾品が散乱している。 0: バルバッティン:「…へえ~。これはこれは。 バルバッティン:派手にやらかしましたね。」 バルバッティン: レイ:「あの…これは…。もう! レイ:人の家の事情なんて、どうだっていいでしょう?」 レイ: バルバッティン:「いいわけないじゃないですか。 バルバッティン:わたし、お節介なんで。」 バルバッティン: レイ:「ほんと、余計なお世話なんですよ!」 レイ: バルバッティン:「ほら、そこ、ガラスの破片だらけです。 バルバッティン:危ないですよ。」 バルバッティン: レイ:「聞いてます?人の話、聞いてます?」 レイ: バルバッティン:「まあまあ、そう興奮しないで。 バルバッティン:落ち着きましょう。」 バルバッティン: レイ:「あなたのせいですよ! レイ:あなたが勝手に入ってくるから!」 レイ: バルバッティン:「大丈夫。わたし、だれにも言いませんから。」 バルバッティン: レイ:「…ほんと、こんなつもりじゃなかったのに…!」 レイ: バルバッティン:「わたしもそんなつもりじゃありませんよ。」 バルバッティン: レイ:「じゃあ、なんで見て見ぬふりしてくれないんですか!」 レイ: バルバッティン:「だって、あなた、とても痛そうでしたから。」 バルバッティン: レイ:「痛いって…こんな傷、たいしたことないでしょ。」 レイ: バルバッティン:「いや、こころが。」 バルバッティン: レイ:「はあ?」 レイ: バルバッティン:「こころが、なんだか、 バルバッティン:痛そうだな~って、思ったんです。」 バルバッティン: レイ:「そ…そんなの、あなたには関係ないでしょ。」 レイ: バルバッティン:「関係あるんです。わたし。」 バルバッティン: レイ:「どう関係あるっていうんですか!」 レイ: バルバッティン:「(ぼそっと)夢見が悪いんですよ。」 バルバッティン: レイ:「え…?よく聞こえなかったんだけど。」 レイ: バルバッティン:「いやね、こういうの、見逃しちゃうと、 バルバッティン:夢見が悪いんです。」 バルバッティン: レイ:「いや…知りませんよ。あなたの夢の話とか。」 レイ: バルバッティン:「あなたは知らないかもしれませんが、 バルバッティン:わたしにとっては大事なことなんです。」 バルバッティン: レイ:「おかしな人。 レイ:…ってゆうか、もしかしてわたしのほうが レイ:危ない人って思われてます?」 レイ: バルバッティン:「なにがあったか、当てましょうか?」 バルバッティン: レイ:「あなた、霊能力者かなんかですか?」 レイ: バルバッティン:「みたいに聞こえるでしょう? バルバッティン:今みたいに言うと、 バルバッティン:だいたいそういう反応返ってくるんですよ。」 バルバッティン: レイ:「…おもしろがってます?」 レイ: バルバッティン:「あなたは、きっときちんとした人だって、思ったんです。 バルバッティン:あるいは、きちんとしたい人なんだって。」 バルバッティン: レイ:「…どうして?」 レイ: バルバッティン:「だって、日曜の午前中に、 バルバッティン:突然訪ねてきても、ドアを開けてくれる。 バルバッティン:そういう、周りからの目を バルバッティン:大事にしてる人なんだろうな~って。」 バルバッティン: レイ:「そりゃ、社宅ですよ? レイ:変な噂立てられたら、たまりませんから。」 レイ: バルバッティン:「だから、家の中を破壊して、 バルバッティン:うっぷん晴らしてたんですか?」 バルバッティン: レイ:「そう…言葉に出されると、 レイ:すごくわたし、馬鹿みたいじゃない!」 レイ: バルバッティン:「そんなことないです。 バルバッティン:うっぷんは、どっかで晴らすべきです。」 バルバッティン: レイ:「…ああもう!…そうですよ! レイ:わたしはモノに八つ当たりして、 レイ:すっきりしたかったんです!」 レイ: バルバッティン:「こんなになるまで、壊しちゃって、 バルバッティン:旦那さんに怒られないんですか?」 バルバッティン: レイ:「あの人が…怒る?怒ってくれるほど、優しくないわよ…。」 レイ: バルバッティン:「ほう…。それは悲しいですね。」 バルバッティン: レイ:「だってあの人には優しい『彼女』がいるみたいですから?」 レイ: バルバッティン:「彼女…?」 バルバッティン: レイ:「そうよ、わたしより若くて、わたしより美人で、 レイ:わたしより気の利いた彼女は レイ:三軒隣に住んでますよ!!」 レイ: バルバッティン:「…それって、まさか?」 バルバッティン: レイ:「不倫ですよ…!不倫!社内不倫。ダブル不倫!」 レイ: バルバッティン:「そうだったんですか。三軒隣って、潮谷さん?」 バルバッティン: レイ:「そうですよ。よりにもよって、 レイ:上司の奥さんと出来てるなんて、思わないじゃない? レイ:あんまりじゃない!?」 レイ: バルバッティン:「それで、この有様ですか…。 バルバッティン:なんだか、ドラマみたい。」 バルバッティン: レイ:「人ごとだと思って。 レイ:あなた、やっぱりおもしろがってる。」 レイ: バルバッティン:「面白くはないですよ。 バルバッティン:とても可哀想だなって思っちゃいます。」 バルバッティン: レイ:「…可哀想か。 レイ:そんなふうに思われたくないから、 レイ:今まで我慢してきたのに。」 レイ: バルバッティン:「可哀想なのは、潮谷さんもなのです。」 バルバッティン: レイ:「…はあああ!?」 レイ: バルバッティン:「まあ、落ち着いてください。 バルバッティン:潮谷さんだって、たぶん、一緒ですよ。」 バルバッティン: レイ:「わたしとあの女を一緒にしないでもらえます!?」 レイ: バルバッティン:「一緒っていうのは、 バルバッティン:同じ気持ちってわけじゃないんです。 バルバッティン:たぶん、同じことになってるんだろうなって。」 バルバッティン: レイ:「どういうことよ?」 レイ: バルバッティン:「修羅場だったんじゃないですか?」 バルバッティン: レイ:「なにか、知ってるの?」 レイ: バルバッティン:「うーん。 バルバッティン:わたしが見たのは、奥さんが旦那さんに、 バルバッティン:家から追い出されるところかな。」 バルバッティン: レイ:「え…なにそれ。」 レイ: バルバッティン:「きっと、潮谷さんちも、 バルバッティン:修羅場だったんじゃないですか。」 バルバッティン: レイ:「っふ、あはははは!ざまあみろだわ! レイ:あの女、追い出されたんだ?」 レイ: バルバッティン:「あなたも旦那さん、追い出したんですか?」 バルバッティン: レイ:「追い出さなくても、あの人、黙って出て行ったわよ。」 レイ: バルバッティン:「これから、どうするんですか?」 バルバッティン: レイ:「さあね。 レイ:…ここをどうやって片付けようって、思ってたところ。」 レイ: バルバッティン:「片付ける?そんなことしてなんになるんです?」 バルバッティン: レイ:「だって…割れるものはたいがい割ってしまったし、 レイ:ソファは切り裂いちゃったし、 レイ:椅子は壊してしまったし。どうしよう?」 レイ: バルバッティン:「あれ…?なんでこの鏡は割ってないんですか?」 バルバッティン: レイ:「鏡か…気づかなかったわ。」 レイ: バルバッティン:「どうせなら、やっちゃいません?」 バルバッティン: レイ:「はあ?」 レイ: バルバッティン:「こんな機会めったにないですよ? バルバッティン:こんな滅茶苦茶になった部屋、 バルバッティン:わたし見たことないんで、 バルバッティン:ちょっとわくわくしちゃいます。」 バルバッティン: レイ:「わくわく?なに言ってんの?わたしの家ですよ?」 レイ: バルバッティン:「あなたの家だけど、あなたがいなくてもいいんですよ。」 バルバッティン: レイ:「もうわからなくなってきた…。 レイ:あなた、なにが言いたいんです?」 レイ: バルバッティン:「あのね、そんな旦那さん、 バルバッティン:待ってないで、出て行くんですよ。」 バルバッティン: レイ:「なんでわたしが出て行かなきゃいけないのよ!」 レイ: バルバッティン:「だって、ここ社宅でしょう?旦那さんの会社の。」 バルバッティン: レイ:「そりゃ、…まあ、そうですけど?」 レイ: バルバッティン:「こんな狭い世界に集中してるから、 バルバッティン:いけないんですよ。 バルバッティン:あなたが、いつもかいがいしく待ってるから、 バルバッティン:旦那さん、調子に乗っちゃうんですよ。」 バルバッティン: レイ:「…そう、なのかな。」 レイ: バルバッティン:「そういうものです。 バルバッティン:絶対に、旦那さんは、一度戻ってきます。 バルバッティン:戻ってきたとき、びっくりするような家にしちゃいましょうよ。」 バルバッティン: レイ:「…これ以上、どうしたらいいの?」 レイ: バルバッティン:「…そう、ですねえ。 バルバッティン:まず、そこの鏡、割ってみませんか。」 バルバッティン: レイ:「割れるもの…まだ、あったんだ。」 レイ: バルバッティン:「ありますよ。ほら、玄関にも、鏡ありましたよね。」 バルバッティン: レイ:「鏡、か。」 レイ: バルバッティン:「鏡という鏡、 バルバッティン:とりあえず全部割ってしまいませんか?」 バルバッティン: レイ:「っふ、ふふふふふ!あなた、やっぱりおかしい!」 レイ: バルバッティン:「おかしいですか? バルバッティン:なんだか、鏡って、すごく女性的だなあって思って。」 バルバッティン: レイ:「女性的…かあ。そうかもしれない。」 レイ: バルバッティン:「この家に入ったとき、思ったんです。 バルバッティン:すごく、女性が作り上げた世界だなって。」 バルバッティン: レイ:「だって、昼間はあの人仕事でいないし、 レイ:夜は帰ってきてただ寝るだけ。 レイ:結局、わたしが暮らしやすいように作っちゃったのよ。」 レイ: バルバッティン:「そうですね。生活を作るって意味では、 バルバッティン:主婦ってすごく想像力ありますよね。」 バルバッティン: レイ:「そんな変な目線で褒められても…。」 レイ: バルバッティン:「ねえ、鏡を割ると、どうなるか、知ってます?」 バルバッティン: レイ:「不吉なことが起きる…でしたっけ。」 レイ: バルバッティン:「そういう意味もありますが、わたしが好きな解釈は、 バルバッティン:自分の身代わりになってくれるってほうです。」 バルバッティン: レイ:「ああ、そういう意味もありますね。」 レイ: バルバッティン:「さあ。どうせここまで滅茶苦茶になったんです。 バルバッティン:その全部を背負ってもらいましょうよ、鏡に。」 バルバッティン: レイ:「ふふふ…それも、いいかもね。」 レイ: バルバッティン:「その意気ですよ!やっちゃいましょう!」 バルバッティン: バルバッティン: レイM:わたしは、玄関で夫のゴルフクラブを手に取ると、 レイM:家の中を見渡した。 レイM:鏡がたくさんある家に暮らしていたんだな。 レイM: レイM:玄関には細やかなビーズの縁取りのある壁掛け用鏡。 レイM:雑然とした机の上の レイM:飾り気のない卓上ミラーが3つ4つ。 レイM:洗面台の曇りひとつない大きな鏡。 レイM:そしてお風呂場の壁一面にも防湿ミラー。 レイM:寝室には白粉(おしろい)の香りのする三面鏡。 レイM:洋服箪笥に作り付けられた姿見用。 レイM:もう一つ、木彫りの外枠が魅力的な レイM:スタンドタイプの姿見用。 レイM:そして二十歳のお祝いにもらった金の手鏡セット。 レイM: レイM:わたしは、玄関の壁に向かって笑いかけ、 レイM:机に頬杖をついてしかめ面、 レイM:洗面台の前で泣き、 レイM:姿見にはポーズを決めて、 レイM:三面鏡で寝癖を直し、 レイM:金の鏡でルージュを直した。 レイM: レイM:それが、当たり前の日々だと思ってた。 レイM:今日、それをひとつひとつ割って歩くまでは。 レイM: レイM:ゴルフクラブで割れない鏡には、 レイM:台所のアイスピックを持ち出した。 レイM: レイM:滅茶苦茶に暴れているわたしが、 レイM:鏡に映っては笑い出す。 レイM:笑ったと思ったら、そこにヒビが入って崩れ落ちてゆく。 レイM:そしてそのすべてが、 レイM:スローモーションで過ぎ去っていく。 レイM: レイM:部屋の隅に、知らない他人が レイM:ニヤニヤしながらこっちを見ていることだけ、 レイM:頭の隅っこに置いておいたはずなのに、 レイM:わたしは、我を忘れるって、こういうことかって、 レイM:なんだか爽快感すら覚えるのだった。 レイM: レイM: バルバッティン:「ねえ、気が済んだ?」 バルバッティン: レイ:「はあ…はあ…、気が…、すん、…だ!!」 レイ: バルバッティン:「すごいねえ!鏡が割れる瞬間って、 バルバッティン:とってもドラマチック!」 バルバッティン: レイ:「ふふ…ふふふふふ!あーすっきりした!」 レイ: バルバッティン:「これでもう、だれもあなたを見ていない。 バルバッティン:あなた以外は。」 バルバッティン: レイ:「ん?あなたがいるでしょう?」 レイ: バルバッティン:「わたしはバルバッティン。数に入らないのですよ。」 バルバッティン: レイ:「…バル…バルバッティン? レイ:…そうね、あなたはバルバッティンなのかもしれないわ。 レイ:こんなに誰かの前で暴れたのなんか、初めて!」 レイ: バルバッティン:「それは、光栄に思います。」 バルバッティン: レイ:「ねえ、この後は?どうする? レイ:火でもつけてやりましょうか。」 レイ: バルバッティン:「迷惑をかけるのは、やめときましょう。」 バルバッティン: レイ:「だって、わたし、今ならなんでも出来る気がするのよ。」 レイ: バルバッティン:「じゃあ、まず、自分を見てください。」 バルバッティン: レイ:「自分を…?」 レイ: バルバッティン:「そう、自分を、自分で見てみてください。」 バルバッティン: レイ:「わたし、…そうね、けがしてたんだったわ。」 レイ: バルバッティン:「あと、ひどい顔してますよ。」 バルバッティン: レイ:「うそ…どんな顔?」 レイ: バルバッティン:「(変な顔をしながら)こんな顔。」 バルバッティン: レイ:「そんな顔してませんよ!」 レイ: バルバッティン:「ねえ、鏡のなくなった部屋で、 バルバッティン:自分を確かめるには、 バルバッティン:どうすればいいのでしょう?」 バルバッティン: レイ:「あなたが言ったんでしょう? レイ:鏡割っちゃいましょうって。」 レイ: バルバッティン:「困りますよね。鏡がないと。」 バルバッティン: レイ:「今更なに言い出すんですか。。 レイ:わたしは、やってよかったって思いますけど?」 レイ: バルバッティン:「わたしもやってよかったとは、思ってますよ。」 バルバッティン: レイ:「じゃあなんで鏡がないと困るんですか。」 レイ: バルバッティン:「だって、あなたをここから バルバッティン:連れ出さなきゃいけないでしょう?」 バルバッティン: レイ:「…?連れ出す?なぜ?」 レイ: バルバッティン:「だって、こんなところにあなたを一人 バルバッティン:残して行けませんから。」 バルバッティン: レイ:「あなたって、ときどきびっくりすること言いますよね。」 レイ: バルバッティン:「あなたのほうこそ。」 バルバッティン: レイ:「わたし、あなたがここに来るまで、なにをしていたのか、 レイ:今は思い出せないくらいよ。」 レイ: バルバッティン:「そう、そういうとこです。 バルバッティン:あなただって、そうやってわたしを バルバッティン:びっくりさせてるじゃないですか。」 バルバッティン: レイ:「っふ、ふふふふふふ!おかしな人ね、やっぱり。」 レイ: バルバッティン:「だから、わたしはバルバッティンなんですって。」 バルバッティン: レイ:「そうかそうか、バルバッティンのあなた、好きよ。」 レイ: バルバッティン:「そうですか。よかった。 バルバッティン:あなたに嫌われたらどうしようかって。」 バルバッティン: レイ:「…え?」 レイ: バルバッティン:「ほら、…わたしなんだけどなあ。 バルバッティン:…忘れちゃったのかなあ。」 バルバッティン: レイ:「ちょっと、本気でなに言ってるんですか?」 レイ: バルバッティン:「まあ、いいじゃないですか。そういう夢を見たんです。」 バルバッティン: レイ:「そういえば、夢見がどうとか、言ってましたね。」 レイ: バルバッティン:「夢見が悪いと、困るんです。わたし。」 バルバッティン: レイ:「不思議な人ね。 レイ:あなたといると、なんだか、落ち着いてくる。」 レイ: バルバッティン:「でしょう?おもしろいでしょう?」 バルバッティン: レイ:「変な人。」 レイ: バルバッティン:「で、これからどうします?」 バルバッティン: レイ:「そうね、わたしは家出の準備でもしようかな。」 レイ: バルバッティン:「そうですね。それがいいです。」 バルバッティン: レイ:「あなたは、帰っちゃうんですか?」 レイ: バルバッティン:「あなたが、ここを出るまで、見守っていますよ。」 バルバッティン: レイM:そう言うと、バルバッティンと名乗る不思議な人物は、 レイM:部屋の中を散策し始めた。 レイM:割れた鏡を興味深そうに手に取って眺めている。 レイM: レイM:わたしは、一番大きなスーツケースを持ちだして、 レイM:荷造りをした。 レイM: レイM:そういえば、切れた指からの出血は、 レイM:いつの間にか、止まっていた。 レイM: レイM:わたし、ここを出るなんて、 レイM:思ってもみなかった。 レイM:出ることができるなんて、自分を信じられなかった。 レイM: レイM:だって、変化するのは大嫌いだったんだもの。 レイM: レイM: レイM: バルバッティン:「ねえ、割れた鏡って、きれいですね。」 バルバッティン: レイ:「え…?」 レイ: バルバッティン:「あなた、部屋の模様替えとか大嫌いでしょう?」 バルバッティン: レイ:「ええまあ、そうですけど。」 レイ: バルバッティン:「この鏡、割れてきっとせいせいしてますよ。」 バルバッティン: レイ:「どうしてそんなこと思うの?」 レイ: バルバッティン:「だって、作り付けの鏡や、据え置き型の鏡って、 バルバッティン:なんだか、いつも同じものばかり見せられて、 バルバッティン:うんざりしてると思いません?」 バルバッティン: レイ:「うんざり…か。」 レイ: バルバッティン:「そうですよ。あなたがどんなに悲しくても、 バルバッティン:玄関の鏡には、 バルバッティン:ちょっとすました顔しか見せなかったでしょう?」 バルバッティン: レイ:「まあ、出かける前ですから。そうでしょうね。」 レイ: バルバッティン:「逆に、洗面台の鏡は、 バルバッティン:あなたの泣き顔ばかり映してきたんだろうなって。」 バルバッティン: レイ:「なんでそんなこと、わかるの?」 レイ: バルバッティン:「ちょっとね、今、鏡とおしゃべりしてたんです。」 バルバッティン: レイ:「おっと、また不思議発言?」 レイ: バルバッティン:「あなたも、潮谷さんも、 バルバッティン:ひとつの鏡だったんじゃないかな。」 バルバッティン: レイ:「…ひとつの鏡?」 レイ: バルバッティン:「旦那さんは、きっと、 バルバッティン:あなたに見せる顔は潮谷さんに見せなかっただろうし、 バルバッティン:潮谷さんだって、旦那さんの一面しか、 バルバッティン:見せてもらえなかったんじゃないかな。」 バルバッティン: レイ:「そうだとしたら、夫婦って、なんなんでしょうね。」 レイ: バルバッティン:「人の孤独に入り込むって、難しいですね。」 バルバッティン: レイ:「…あなた、本当に、何者なの?」 レイ: バルバッティン:「あなたが望む者、それがわたしです。」 バルバッティン: レイ:「…じゃあ、あなたが本当にバルバッティンだったらいいな。」 レイ: バルバッティン:「信じてないんですか?」 バルバッティン: バルバッティン: レイM:たしは、曖昧に笑うと、荷物を持って玄関のドアを開いた。 レイM: レイM:眩しい春の光に満たさせている外の世界は、限りなく変化していく。 レイM: レイM:そして、わたしも今日、新しい自分探しの旅にでるのだ。 レイM: レイM:季節は、わたしの早さに追いつけるかしら。 レイM: レイM: レイ:「ねえ、あなた、あなたとは、ここでお別れね。」 レイ: バルバッティン:「どうして?」 バルバッティン: レイ:「だって、あなた、ここで暮らすんでしょう?」 レイ: レイM:ふと、開いたドアから、玄関の暗がりを振り返ると、 レイM:そこには、小さな小さなバルバッティンが、 レイM:絆創膏を持って立っていた。 レイM: バルバッティン:「ね、あなたが信じてくれたから、 バルバッティン:わたしはもうバルバッティン。 バルバッティン:連れてってくれるよね? バルバッティン:どこまでも一緒に。」 バルバッティン: レイM:わたしは、バルバッティンをハンドバックに忍ばせると、 レイM:花々の咲き乱れる花壇の前を、意気揚々と通り過ぎていく。 レイM:わたしは、もう一度、自分の姿を探しに、旅に出るのだ。 レイM:バルバッティンを、道連れにして。 0: 0: 0: 0:END