台本概要

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タイトル バス停。
作者名 音佐りんご。  (@ringo_otosa)
ジャンル コメディ
演者人数 2人用台本(男1、女1)
時間 30 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 バス停に居合わせた二人。
なかなか来ないバスについての話題から、お互いの心理に触れるモノへと移り変わっていく。
そして奇妙な思考の世界に迷い込み――

……というようなあらすじではありますが、読んでみないとよくわからないかと思います。

作風としては、
「微かに香るホラー風味と、噛み合わないコメディ臭のする作品」です。

※注意
読み方、アドリブ等は一応おまかせしますが多少難しい漢字や、
同音異語が含まれているかもしれませんので、注意していただければ幸いです。
性別変えても良いですが、多分よくわからないことになると思いますので推奨はしません。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
緋絲 117 名前=階 緋絲(きざはし あかし) 備考=バス停に居合わせた男。
紫織 120 名前=七渡 紫織(ななわたり しおり) 備考=バス停に居合わせた女。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
バス停に居合わせた二人。 なかなか来ないバスについての話題から、お互いの心理に触れるモノへと移り変わっていく。 そして奇妙な思考の世界に迷い込み―― ……というようなあらすじではありますが、読んでみないとよくわからないかと思います。 作風としては、 「微かに香るホラー風味と、噛み合わないコメディ臭のする作品」です。 ※注意 読み方、アドリブ等は一応おまかせしますが多少難しい漢字や、 同音異語が含まれているかもしれませんので、注意していただければ幸いです。 性別変えても良いですが、多分よくわからないことになると思いますので推奨はしません。 0:『バス停。』 : 0:《あらすじ》 0:バス停に居合わせた二人。なかなか来ないバスについての話題から、お互いの心理に触れるモノへと移り変わっていく。そして―― : 0:《登場人物》 紫織:名前=七渡 紫織(ななわたり しおり) 紫織:備考=バス停に居合わせた女。 緋絲:名前=階 緋絲(きざはし あかし) 緋絲:備考=バス停に居合わせた男。 : :◇◆◇◆◇◆◇ : 0:紫織と緋絲がバスを待っている。 : 紫織:うーん。 緋絲:…………。 紫織:……ねぇ。 緋絲:はい? 紫織:なかなか来ませんねぇ、バス。 紫織:もう結構待ってると思うんですけど。赤信号にでも引っかかってるのかなぁ。 緋絲:さぁ。いつもだいたいこんなものでは? 紫織:普段、もうちょっと早いですって。 緋絲:そうなんですか。僕はよく知りませんので。 紫織:そうなんですか? 緋絲:そうなんですよ。 : 0:間。 : 紫織:協調性無いって言われません? 緋絲:言われませんね。少なくとも面と向かっては。 紫織:もしかして何かあったんですかね? バス。 : 0:間。 : 緋絲:協調性無いって言われません? 紫織:言われますねぇ。面と向かって。 緋絲:そうですか。 紫織:そうなのです。 紫織:えへへ。 緋絲:…………。 紫織:なんか私に掛けるべき言葉は無いのでしょうか? 緋絲:ありませんね。 紫織:ありませんか。 緋絲:ありませんよ。 紫織:頭のどこにも? 緋絲:ありません。 紫織:心のどこにも? 緋絲:ありません。 紫織:この世のどこにも? 緋絲:ありません。 紫織:いや、この世のどこかにはありますって、そんな簡単に諦めないで下さいよ、夢を。 緋絲:夢は夢。寝言は寝てから言いましょう。 紫織:夢じゃ無いんです! これが現実なんです! 緋絲:酷い現実だ。 紫織:ええ、でもそんな現実に目を背けず、真剣に探してみて下さいよ! 緋絲:ありませんね。探す価値が。 紫織:ひどい! 心が傷つきました! 紫織:そんな言い方ありませんよね? 緋絲:ええ、ありませんよ。あなたの価値と同じく。 紫織:ひどい! 深く傷つきました! 緋絲:あ。 紫織:何ですか? 緋絲:あなたに掛けるべき言葉を思いつきました。 紫織:それは何ですか? 緋絲:大変おめでとうございます。 紫織:どうしました急に、何がおめでたいのでしょうか? 緋絲:あなたの頭です。 紫織:そんな「あなたの心です」みたいな言い方しないで下さいよ。 紫織:大体なんですか、大変おめでたい頭って。失礼しちゃいます。 紫織:おめでたいは取り消して下さい。 緋絲:分かりました。 紫織:お、分かってくれましたか。 緋絲:大変な頭ですね。 紫織:大変失礼な響きですね。 緋絲:空っぽだからよく響くんだと思いますよ。 紫織:ああ、なるほど。 紫織:……って誰の頭が空っぽじゃい。夢詰め込めるんじゃい。 緋絲:頭空っぽで無いなら、頭ハトポッポって感じですね。 紫織:なんだよ、頭ハトポッポって! マジシャンか! 紫織:そしてちょっと可愛いじゃ無いか! 緋絲:かわいいのか? 紫織:でも違いますー。私の空っぽは頭にあるんじゃ無くて心にあるんです。 緋絲:心? 紫織:そう、ぽっかりと穴が空いてるのです。 緋絲:心が、空っぽ? 紫織:満たされないがらんどうのような人生。 紫織:ああ、私ってなんてかわいそうなんでしょう。 緋絲:じゃあ、さっきの心が傷ついたって、嘘じゃないですか。 紫織:ふっ。よくぞ見破った。そう、私は少しも傷ついてなどいないさ。 紫織:……でも、怪我はして無くても痛いものは痛いのだよ。 紫織:だから謝れ。じゃないと傷害罪で訴えますよ? 緋絲:そうですか、すみません。 紫織:あら、あっさり謝るんですね。若者が道を誤るように。 緋絲:若者に謝れ。誤ってんのあなたでしょう。 緋絲:……そういうあなたは若者では無いんですか? 紫織:おっと、私の年齢聞いてます? ひょっとしてこれ口説かれてます? 緋絲:口説こうとは思ってませんよ。砕けろとは思ってますが。 紫織:そうそう、恋は当たって砕けろだよ。ちなみに歳は二十八です。 緋絲:ギリギリだな。 紫織:ギリギリとか言うな。あなたはいくつ? 緋絲:二十五です。 紫織:やった勝った。 紫織:……でも、どうしてだろう涙が出ちゃう。だって、女の子だもん! 緋絲:それはさておき、僕は当たって砕けろとは思いませんね。 紫織:何言っとるか、草食系男子。恋は多少強引にでも攻めて攻めて攻めまくれ、強引ぐマイうぇーい! 緋絲:そんなんだから道を誤るんですよ。 紫織:バスみたいに? 緋絲:バス? 紫織:ええ。なかなか来ないから、道にでも迷ったのかなぁって。 緋絲:バスが道に迷うとかありますか? 紫織:まぁたまにはあるんじゃないでしょうか。今日はこの道を通りたい気分だったから入ってみたら、全然知らないところに出たぜ、わーどーしよー。みたいな。 緋絲:絶対ありませんよ。そんなこと。 紫織:ほう? 言いきれるかい、少年。 緋絲:言い切れますし、少年ではありませんよ、お姉さん。 紫織:お姉さんだなんて余所余所しい、君と私の仲じゃあないか。その心は? 緋絲:どんな仲ですか。バスは運行表に従って決められた路線を通らなければならないと法律で決まってるんですよ。そうしなければ罰則がありますし、営業停止とか、ドライバーはクビになります。 紫織:バス停に居合わせた仲さ。これは運命の赤い糸で結ばれていると言っても過言では無い。君、詳しいね。 緋絲:過言ですし完全に他人ですよね。常識ですよ。 紫織:私に常識が通じるとでも? 緋絲:あー、はい。 紫織:それが分かったのなら、君はもう私と中々の仲ってことさ。 紫織:特別に紫織ちゃんと呼ぶことを許可しよう。 緋絲:紫織? 紫織:おっと、いきなり呼び捨てかい? 詰めてくるねぇ。 緋絲:違いますよ。名前として認識できなかったんです。 紫織:紫を織るで紫織。だからもし織らなかったら紫(ゆかり)だったよ。ふりかけみたいだよね。ああ、ゆかりちゃんでもいいよ? 緋絲:呼びませんけどね。 紫織:はは、テレるなよ。 緋絲:テレてなんていませんよ。ただ、気色悪いなと思っただけです。 緋絲:初対面の人間を名前で呼ぶような感性を僕は持ち合わせておりませんからね。 紫織:私は二度見されることが多いから、実質二回会ってると言えなくもないと思うのだよ。 緋絲:何ですかその理屈。なりませんよ。 紫織:それに君にはこれまで五度ほど目を逸らされて、また目が合ったから実質六回だ。これはもう烏の理屈で言えば顔なじみだよ。 緋絲:あなたは烏なんですか? というかそれほんとですか? 紫織:知らん。私は烏じゃ無くてただの紫織ちゃんだからね。 緋絲:あなたさっきから適当なことしか言ってませんね。 紫織:軽口を言えば心が軽くなるからね。この世で重い方が良いのは別れた元カレと元カレからもらった貴金属だけだよ。あれは本当に高く売れた。 緋絲:口軽すぎませんか? 紫織:私は月の住人だからね。口の重力も心も六分の一。体重は地球人だけど。あー月に行きてぇ。 緋絲:ツキはツキでもどうせ嘘ツキ村の住人でしょ。 紫織:ふふ。私は正直に生きることに疲れたのさ。 緋絲:嘘つくんじゃねぇよ。絶対正直に生きてるわ。 紫織:いや? 私はこう見えてそういう風に振る舞っているだけなのさ。本当の私は純真無垢で自分に嘘のつけない素直な良い子。だったりして。 緋絲:自分に嘘のつけない~以外全部嘘ですよね、それ。 紫織:知らないのかい? 世の中はたくさんの嘘で出来ているし、楽しい嘘は歓迎される。そして私の嘘は人を楽しませる一つのエンターテイメント。それは、希望と言いかえても良いね。つまり私は世界の希望なのです。 緋絲:おおぼら吹きの間違いでしょう。 紫織:どちらかと言えばハーメルンの笛吹きかな。まぁ間違うことは誰にでもあることさ。だから、私はバスの運転手さんを責めたりしない。どんなに待たされても許してあげるのです。 緋絲:だから、別に迷ってないと思いますよ。 紫織:じゃあ、どうして来ないと思う? どう思いますか、緋絲くん。 緋絲:え? うーん? そうですね……例えば、渋滞とか? 紫織:まぁ、こういう状況ですからね。それもあり得るかもしれませんな。ただ、この車の一台も通らない道路の様子を見る限り渋滞だとしたら、かなり遠くで止まってることになるね。 緋絲:他にはそうですね、ストライキなんてあるかもしれませんね。ほら、ストライキは労働者の権利ですからね。 紫織:でもこの国じゃあ、交通機関がストライキ起こすには予め告知しとく必要があったりするから、その線は薄弱かな。そう、まるで君の意志のように。 緋絲:そりゃあなたのように図太くはありませんよ。 緋絲:じゃあ、なんでしょう? 紫織:そうだね、事故とか? 交通事故。 緋絲:ああ。それはあり得ますよね。 紫織:交差点を通過しようとしたところ横合いから暴走する車が……!! 緋絲:かなりの大惨事ですね。トラックが横転して通行止め。それに伴う渋滞に巻き込まれた。くらいでは? 紫織:それも結構な大事だと思うけどね。 緋絲:でもその方が気が楽でしょう? 紫織さんの、 紫織:紫織ちゃん。 緋絲:……紫織さん、 紫織:紫織ちゃん。 緋絲:あなたの言ったように、 紫織:あ、逃げた。やいヘタレ! 緋絲:大事故だったら大勢が犠牲になってるかも知れない。 緋絲:それを考えると、トラック一台が引き起こした事故に巻き込まれるよりも、トラック一台の事故が引き起こした『状況』に巻き込まれたと想定する方が良いと思います、精神衛生上。 紫織:ふうん。まぁ君は随分気軽に言うけど、実は私達もその状況の一部だったりするんだよ? 緋絲:だとしても、僕が巻き込まれるのは事故じゃ無くてバスの遅延ですからね。心は痛みません。 紫織:死者も悼まない? 緋絲:ええ。赤の、他人ですから。 紫織:なのに、バスの乗員乗客が犠牲になるのは許容できない? 紫織:それは量の問題かな? 一人なのか、複数なのか。 緋絲:違うと思います。ただ、これから僕達が乗ろうとするバスが被害に遭ってしまうと否応なく想像してしまうんですよ。 紫織:何を? 緋絲:乗客のことを。 紫織:あるいはその中にいたかも知れない自分のことを、かな。 緋絲:そうかも知れませんね。 紫織:なるほど、君は結構冷たいんだね。 緋絲:軽蔑しますか? 紫織:いいや。共感の仕方にも色々あるからね。暴走トラックの運転手はどうしたって自分とは重ねられないだろう。 緋絲:そうですね。想像もつきません。 紫織:その人が例えばブラックな環境で働いてたとして、借金があって、ドラッグに溺れてたりするとどうだろう? ブラック、トラック、ドラッグ、ドライバー。 緋絲:無駄に韻踏まないで下さい。不謹慎です。 紫織:元々極めて不謹慎な話ですよ、今更じゃないですか。 紫織:それで、どう思う? 緋絲:かわいそうだなとは思います。でも、それは同情って感じで、死んでしまったことに対する感情ではありませんね。 紫織:死んでしまった。つまり死ぬことが必然だと? 緋絲:そうですね。まぁその条件なら遠からず死ぬと思います。寧ろ一人で……いえ。 紫織:今飲み込んだ言葉は? 緋絲:言い方を変えます。それに対して、バスに乗り合わせた人達は偶然巻き込まれるわけですから、同情では無く、共感を覚えます。 紫織:同情ならぬ、そのバスに同乗していないからこその共感か。 緋絲:そんなところです。 紫織:君がそこに居合わせたとしたら? バス停では無く、バスの中に。私とでは無く、乗客と。 緋絲:もし僕が巻き込まれているなら、そこにあるのは共感ではなく、共有ですね。感覚では無く意識の共有。 紫織:意識共有、ね。協調性の無い君らしくないなぁ。 緋絲:あなたには言われたくないですが。 紫織:まぁそう言わないで。あぁ、でも、意外と『らしい』のかもね。 緋絲:何がですか? 紫織:感覚は重ねられないが意識は重ねられる。ということさ。心からは寄り添えなくても頭では寄り添える。みたいな。 紫織:トラックドライバーにそうするようにね。 緋絲:その感覚は分かりませんが。 紫織:それは多分君が『巻き込まれる』という意識を非常に強く持っているからだ。君自身、それを感覚と見まごうほどに。被害者意識だね。君は頭では巻き込まれたと考えるが、実際心で感じているのはそうでは無いんだ。 緋絲:じゃあ、何なんですか? 紫織:当事者としての自覚かな。意識的にそれを遠ざけている。 緋絲:気付かないフリをしていると? 紫織:素直じゃ無いのは確かだよ。私と同じで。 緋絲:そんなことは無いと思いますが。 紫織:その通り、私は素直だからね。分かってるじゃん。 緋絲:まぁ僕は素直……では無いかも知れませんね。あなたが素直とも思いませんけど。 紫織:なんと思ってくれても構いませんよ。私のことをもっと構って欲しいなとは思いますけど。 緋絲:十分構ってますよね。 紫織:ええ、ありがとうございます。でも、逆に自分のことをもっと構ってあげるのも大事かなって。 緋絲:僕が、僕を? 紫織:ええ。あなたは一見自己中心的に見えますが、その実、周囲のことをよく見ています。 緋絲:……あなたはその逆ですよね? 紫織:ええ、よく見てますね。もっと私を見てくれても良いんですよ。あ、目を逸らされた。……うふふふふ。にもかかわらず、あなたには協調性が無い。何故だと思いますか? 緋絲:断定しないで下さい。そんなの知りませんよ。 紫織:私も同じく協調性がありませんが、その理由は結構違うんですよね。端的に言えば、自分の感覚・感性を大事にするか否かです。 緋絲:感性? 紫織:あなたは、理性的であろうとするあまり感性を蔑ろにし、私は感性を重用しています。ちなみに私の理性は感性に徴用されてますから、こう見えて理性的です。 緋絲:理性的? それは流石に嘘でしょ。 紫織:私の感性が理性的に嘘をつかせるだけです。即ち、心には正直なのですよ。 緋絲:でしょうね。 紫織:逆にあなたは自分の感性を信用していません。感性は理性に飼い殺しにされている。 緋絲:飼い殺し? 紫織:番犬であるところの感性があなたの理性によって愛想の良いだけの愛玩動物に成り下がっているわけです。要はチワワですね。 緋絲:チワワって、あなたは何なんですか? 紫織:私の感性はボルゾイです。 緋絲:番犬というか猟犬じゃねぇか。 紫織:守るより、攻めろ。それが愛の鉄則ですからね。 緋絲:また恋愛の話ですか? 紫織:恋愛は大事ですよ。恋愛は心ですから。いつまで経ってもあなたに恋人が出来ない理由がそれです。 緋絲:うるせぇ、別にいりませんよ。どうせめんどうなだけですし。 紫織:そういうのを「酸っぱい葡萄」と言うんですよ。 紫織:今のあなたがそれです。 緋絲:あなたのことを言ってるなら、自意識過剰ですよ。あなたは本当に酸っぱそうです。 紫織:刺激的な女ですからね。それにそう言ったあなたの方が自意識過剰では? 別にあんたを好きになってなんかいないんだからね! 紫織:……そんな酸っぱそうな顔すんなよ。 紫織:じゃなくて。本当は今何が起こっているのか、気付いているでしょ。 緋絲:気付く? 何に。 紫織:どうしてバスが来ないのか。ですよ。 緋絲:だから、渋滞とか事故に巻き込まれたんでしょう。 紫織:ええ、巻き込まれたかも知れない。そのことは感じているはずです。他にはどんな可能性があると思いますか? 紫織:一体何に巻き込まれたのか。 緋絲:他には……? ああ。バスジャック、とか。 紫織:それは事件の香りがしますね。もはや只事ではありません。 緋絲:一大事ですよね、まぁ、あり得ませんけどね。 紫織:もしそれが本当に起こっていたなら、待っていれば来るとか来ないとかそういうレベルじゃありませんよね。それどころじゃないぜって感じです。 紫織:他には? 緋絲:他と言われても……。それくらいでしょ。 紫織:まだあるはずです、どうですか? どんな感じですか? 緋絲:まぁ、あらゆる可能性を考慮するなら、何らかの理由によって道が塞がれている……トラックじゃ無くて水道管の破裂や地盤沈下、とか。あとは大規模な停電により都市機能が麻痺してるとか。それ以前にバス会社が昨日の内に倒産したとか。 緋絲:全部、荒唐無稽な仮説ですけど。 紫織:良い線行ってますね。まぁ、あなたの感性と理性の折り合いが付く範囲ではその辺りでしょうね。 紫織:頭では、ざっくばらんに色々考えられると思うのですが、私の心が思うにですよ? 紫織:実は、このバス停で待っている私達二人を除いて、街が、人類が、世界が滅んでしまったという可能性が一番高いのでは無いでしょうか? : 0:間。 : 緋絲:馬鹿な、そんなの―― 紫織:あり得ない? 紫織:言いきれますか? 紫織:ほら、よく耳を澄ましてみて下さい。 紫織:なんだか今日って、やけに静かじゃありません? 緋絲:……え? 紫織:町中のバス停だと言うのに、子供の笑い声も、ご婦人の世間話も、老人の咳やくしゃみも、テレワークしてる会社員の声も、赤ん坊の鳴き声も、犬の吠える声も、テレビや洗濯機、エアコンの室外機といった機械の囁きさえ聞こえない。 紫織:あるのは、私達の話し声と、ただ風だけが吹いている、葉擦れの音だけです。 緋絲:いや、でも、そんなまさか……? 偶然、ですよ。偶然――、 紫織:偶然巻き込まれた。……ですか? ほら緋絲さん。 紫織:よく耳を澄まして下さい。世界に。ただし、あなたの内側に向けて。 緋絲:内側、感性、心……? 紫織:ねぇ、緋絲さん。もう気付いてるんでしょ? 緋絲:え……? 紫織:世界は本当に死んでしまったんじゃありませんか。 緋絲:…………。 紫織:あなたと私を置いて。 緋絲:…………。 紫織:ふふふ。 紫織:それはなんだか、 : 紫織:とてもワクワクしますね。 : 0:間。 : 紫織:…………あ。バスが来ましたよ。 : 緋絲:……え? そんな、いや、まてよ、だって……。 紫織:ねぇ、どうしたんです? 緋絲さん。 緋絲:どうして……。 紫織:ねぇ、乗らないんですか? : 0:紫織、乗り込んだバスの中から緋絲に手を差し出す、 : 緋絲:紫織、さん。 紫織:ほーら、緋絲さん。置いていかれちゃいますよ? 緋絲:どうして、知ってるんですか? 紫織:ふふふ。どうしてでしょうね、心はなんて言ってますか? : 0: 《幕》

バス停に居合わせた二人。 なかなか来ないバスについての話題から、お互いの心理に触れるモノへと移り変わっていく。 そして奇妙な思考の世界に迷い込み―― ……というようなあらすじではありますが、読んでみないとよくわからないかと思います。 作風としては、 「微かに香るホラー風味と、噛み合わないコメディ臭のする作品」です。 ※注意 読み方、アドリブ等は一応おまかせしますが多少難しい漢字や、 同音異語が含まれているかもしれませんので、注意していただければ幸いです。 性別変えても良いですが、多分よくわからないことになると思いますので推奨はしません。 0:『バス停。』 : 0:《あらすじ》 0:バス停に居合わせた二人。なかなか来ないバスについての話題から、お互いの心理に触れるモノへと移り変わっていく。そして―― : 0:《登場人物》 紫織:名前=七渡 紫織(ななわたり しおり) 紫織:備考=バス停に居合わせた女。 緋絲:名前=階 緋絲(きざはし あかし) 緋絲:備考=バス停に居合わせた男。 : :◇◆◇◆◇◆◇ : 0:紫織と緋絲がバスを待っている。 : 紫織:うーん。 緋絲:…………。 紫織:……ねぇ。 緋絲:はい? 紫織:なかなか来ませんねぇ、バス。 紫織:もう結構待ってると思うんですけど。赤信号にでも引っかかってるのかなぁ。 緋絲:さぁ。いつもだいたいこんなものでは? 紫織:普段、もうちょっと早いですって。 緋絲:そうなんですか。僕はよく知りませんので。 紫織:そうなんですか? 緋絲:そうなんですよ。 : 0:間。 : 紫織:協調性無いって言われません? 緋絲:言われませんね。少なくとも面と向かっては。 紫織:もしかして何かあったんですかね? バス。 : 0:間。 : 緋絲:協調性無いって言われません? 紫織:言われますねぇ。面と向かって。 緋絲:そうですか。 紫織:そうなのです。 紫織:えへへ。 緋絲:…………。 紫織:なんか私に掛けるべき言葉は無いのでしょうか? 緋絲:ありませんね。 紫織:ありませんか。 緋絲:ありませんよ。 紫織:頭のどこにも? 緋絲:ありません。 紫織:心のどこにも? 緋絲:ありません。 紫織:この世のどこにも? 緋絲:ありません。 紫織:いや、この世のどこかにはありますって、そんな簡単に諦めないで下さいよ、夢を。 緋絲:夢は夢。寝言は寝てから言いましょう。 紫織:夢じゃ無いんです! これが現実なんです! 緋絲:酷い現実だ。 紫織:ええ、でもそんな現実に目を背けず、真剣に探してみて下さいよ! 緋絲:ありませんね。探す価値が。 紫織:ひどい! 心が傷つきました! 紫織:そんな言い方ありませんよね? 緋絲:ええ、ありませんよ。あなたの価値と同じく。 紫織:ひどい! 深く傷つきました! 緋絲:あ。 紫織:何ですか? 緋絲:あなたに掛けるべき言葉を思いつきました。 紫織:それは何ですか? 緋絲:大変おめでとうございます。 紫織:どうしました急に、何がおめでたいのでしょうか? 緋絲:あなたの頭です。 紫織:そんな「あなたの心です」みたいな言い方しないで下さいよ。 紫織:大体なんですか、大変おめでたい頭って。失礼しちゃいます。 紫織:おめでたいは取り消して下さい。 緋絲:分かりました。 紫織:お、分かってくれましたか。 緋絲:大変な頭ですね。 紫織:大変失礼な響きですね。 緋絲:空っぽだからよく響くんだと思いますよ。 紫織:ああ、なるほど。 紫織:……って誰の頭が空っぽじゃい。夢詰め込めるんじゃい。 緋絲:頭空っぽで無いなら、頭ハトポッポって感じですね。 紫織:なんだよ、頭ハトポッポって! マジシャンか! 紫織:そしてちょっと可愛いじゃ無いか! 緋絲:かわいいのか? 紫織:でも違いますー。私の空っぽは頭にあるんじゃ無くて心にあるんです。 緋絲:心? 紫織:そう、ぽっかりと穴が空いてるのです。 緋絲:心が、空っぽ? 紫織:満たされないがらんどうのような人生。 紫織:ああ、私ってなんてかわいそうなんでしょう。 緋絲:じゃあ、さっきの心が傷ついたって、嘘じゃないですか。 紫織:ふっ。よくぞ見破った。そう、私は少しも傷ついてなどいないさ。 紫織:……でも、怪我はして無くても痛いものは痛いのだよ。 紫織:だから謝れ。じゃないと傷害罪で訴えますよ? 緋絲:そうですか、すみません。 紫織:あら、あっさり謝るんですね。若者が道を誤るように。 緋絲:若者に謝れ。誤ってんのあなたでしょう。 緋絲:……そういうあなたは若者では無いんですか? 紫織:おっと、私の年齢聞いてます? ひょっとしてこれ口説かれてます? 緋絲:口説こうとは思ってませんよ。砕けろとは思ってますが。 紫織:そうそう、恋は当たって砕けろだよ。ちなみに歳は二十八です。 緋絲:ギリギリだな。 紫織:ギリギリとか言うな。あなたはいくつ? 緋絲:二十五です。 紫織:やった勝った。 紫織:……でも、どうしてだろう涙が出ちゃう。だって、女の子だもん! 緋絲:それはさておき、僕は当たって砕けろとは思いませんね。 紫織:何言っとるか、草食系男子。恋は多少強引にでも攻めて攻めて攻めまくれ、強引ぐマイうぇーい! 緋絲:そんなんだから道を誤るんですよ。 紫織:バスみたいに? 緋絲:バス? 紫織:ええ。なかなか来ないから、道にでも迷ったのかなぁって。 緋絲:バスが道に迷うとかありますか? 紫織:まぁたまにはあるんじゃないでしょうか。今日はこの道を通りたい気分だったから入ってみたら、全然知らないところに出たぜ、わーどーしよー。みたいな。 緋絲:絶対ありませんよ。そんなこと。 紫織:ほう? 言いきれるかい、少年。 緋絲:言い切れますし、少年ではありませんよ、お姉さん。 紫織:お姉さんだなんて余所余所しい、君と私の仲じゃあないか。その心は? 緋絲:どんな仲ですか。バスは運行表に従って決められた路線を通らなければならないと法律で決まってるんですよ。そうしなければ罰則がありますし、営業停止とか、ドライバーはクビになります。 紫織:バス停に居合わせた仲さ。これは運命の赤い糸で結ばれていると言っても過言では無い。君、詳しいね。 緋絲:過言ですし完全に他人ですよね。常識ですよ。 紫織:私に常識が通じるとでも? 緋絲:あー、はい。 紫織:それが分かったのなら、君はもう私と中々の仲ってことさ。 紫織:特別に紫織ちゃんと呼ぶことを許可しよう。 緋絲:紫織? 紫織:おっと、いきなり呼び捨てかい? 詰めてくるねぇ。 緋絲:違いますよ。名前として認識できなかったんです。 紫織:紫を織るで紫織。だからもし織らなかったら紫(ゆかり)だったよ。ふりかけみたいだよね。ああ、ゆかりちゃんでもいいよ? 緋絲:呼びませんけどね。 紫織:はは、テレるなよ。 緋絲:テレてなんていませんよ。ただ、気色悪いなと思っただけです。 緋絲:初対面の人間を名前で呼ぶような感性を僕は持ち合わせておりませんからね。 紫織:私は二度見されることが多いから、実質二回会ってると言えなくもないと思うのだよ。 緋絲:何ですかその理屈。なりませんよ。 紫織:それに君にはこれまで五度ほど目を逸らされて、また目が合ったから実質六回だ。これはもう烏の理屈で言えば顔なじみだよ。 緋絲:あなたは烏なんですか? というかそれほんとですか? 紫織:知らん。私は烏じゃ無くてただの紫織ちゃんだからね。 緋絲:あなたさっきから適当なことしか言ってませんね。 紫織:軽口を言えば心が軽くなるからね。この世で重い方が良いのは別れた元カレと元カレからもらった貴金属だけだよ。あれは本当に高く売れた。 緋絲:口軽すぎませんか? 紫織:私は月の住人だからね。口の重力も心も六分の一。体重は地球人だけど。あー月に行きてぇ。 緋絲:ツキはツキでもどうせ嘘ツキ村の住人でしょ。 紫織:ふふ。私は正直に生きることに疲れたのさ。 緋絲:嘘つくんじゃねぇよ。絶対正直に生きてるわ。 紫織:いや? 私はこう見えてそういう風に振る舞っているだけなのさ。本当の私は純真無垢で自分に嘘のつけない素直な良い子。だったりして。 緋絲:自分に嘘のつけない~以外全部嘘ですよね、それ。 紫織:知らないのかい? 世の中はたくさんの嘘で出来ているし、楽しい嘘は歓迎される。そして私の嘘は人を楽しませる一つのエンターテイメント。それは、希望と言いかえても良いね。つまり私は世界の希望なのです。 緋絲:おおぼら吹きの間違いでしょう。 紫織:どちらかと言えばハーメルンの笛吹きかな。まぁ間違うことは誰にでもあることさ。だから、私はバスの運転手さんを責めたりしない。どんなに待たされても許してあげるのです。 緋絲:だから、別に迷ってないと思いますよ。 紫織:じゃあ、どうして来ないと思う? どう思いますか、緋絲くん。 緋絲:え? うーん? そうですね……例えば、渋滞とか? 紫織:まぁ、こういう状況ですからね。それもあり得るかもしれませんな。ただ、この車の一台も通らない道路の様子を見る限り渋滞だとしたら、かなり遠くで止まってることになるね。 緋絲:他にはそうですね、ストライキなんてあるかもしれませんね。ほら、ストライキは労働者の権利ですからね。 紫織:でもこの国じゃあ、交通機関がストライキ起こすには予め告知しとく必要があったりするから、その線は薄弱かな。そう、まるで君の意志のように。 緋絲:そりゃあなたのように図太くはありませんよ。 緋絲:じゃあ、なんでしょう? 紫織:そうだね、事故とか? 交通事故。 緋絲:ああ。それはあり得ますよね。 紫織:交差点を通過しようとしたところ横合いから暴走する車が……!! 緋絲:かなりの大惨事ですね。トラックが横転して通行止め。それに伴う渋滞に巻き込まれた。くらいでは? 紫織:それも結構な大事だと思うけどね。 緋絲:でもその方が気が楽でしょう? 紫織さんの、 紫織:紫織ちゃん。 緋絲:……紫織さん、 紫織:紫織ちゃん。 緋絲:あなたの言ったように、 紫織:あ、逃げた。やいヘタレ! 緋絲:大事故だったら大勢が犠牲になってるかも知れない。 緋絲:それを考えると、トラック一台が引き起こした事故に巻き込まれるよりも、トラック一台の事故が引き起こした『状況』に巻き込まれたと想定する方が良いと思います、精神衛生上。 紫織:ふうん。まぁ君は随分気軽に言うけど、実は私達もその状況の一部だったりするんだよ? 緋絲:だとしても、僕が巻き込まれるのは事故じゃ無くてバスの遅延ですからね。心は痛みません。 紫織:死者も悼まない? 緋絲:ええ。赤の、他人ですから。 紫織:なのに、バスの乗員乗客が犠牲になるのは許容できない? 紫織:それは量の問題かな? 一人なのか、複数なのか。 緋絲:違うと思います。ただ、これから僕達が乗ろうとするバスが被害に遭ってしまうと否応なく想像してしまうんですよ。 紫織:何を? 緋絲:乗客のことを。 紫織:あるいはその中にいたかも知れない自分のことを、かな。 緋絲:そうかも知れませんね。 紫織:なるほど、君は結構冷たいんだね。 緋絲:軽蔑しますか? 紫織:いいや。共感の仕方にも色々あるからね。暴走トラックの運転手はどうしたって自分とは重ねられないだろう。 緋絲:そうですね。想像もつきません。 紫織:その人が例えばブラックな環境で働いてたとして、借金があって、ドラッグに溺れてたりするとどうだろう? ブラック、トラック、ドラッグ、ドライバー。 緋絲:無駄に韻踏まないで下さい。不謹慎です。 紫織:元々極めて不謹慎な話ですよ、今更じゃないですか。 紫織:それで、どう思う? 緋絲:かわいそうだなとは思います。でも、それは同情って感じで、死んでしまったことに対する感情ではありませんね。 紫織:死んでしまった。つまり死ぬことが必然だと? 緋絲:そうですね。まぁその条件なら遠からず死ぬと思います。寧ろ一人で……いえ。 紫織:今飲み込んだ言葉は? 緋絲:言い方を変えます。それに対して、バスに乗り合わせた人達は偶然巻き込まれるわけですから、同情では無く、共感を覚えます。 紫織:同情ならぬ、そのバスに同乗していないからこその共感か。 緋絲:そんなところです。 紫織:君がそこに居合わせたとしたら? バス停では無く、バスの中に。私とでは無く、乗客と。 緋絲:もし僕が巻き込まれているなら、そこにあるのは共感ではなく、共有ですね。感覚では無く意識の共有。 紫織:意識共有、ね。協調性の無い君らしくないなぁ。 緋絲:あなたには言われたくないですが。 紫織:まぁそう言わないで。あぁ、でも、意外と『らしい』のかもね。 緋絲:何がですか? 紫織:感覚は重ねられないが意識は重ねられる。ということさ。心からは寄り添えなくても頭では寄り添える。みたいな。 紫織:トラックドライバーにそうするようにね。 緋絲:その感覚は分かりませんが。 紫織:それは多分君が『巻き込まれる』という意識を非常に強く持っているからだ。君自身、それを感覚と見まごうほどに。被害者意識だね。君は頭では巻き込まれたと考えるが、実際心で感じているのはそうでは無いんだ。 緋絲:じゃあ、何なんですか? 紫織:当事者としての自覚かな。意識的にそれを遠ざけている。 緋絲:気付かないフリをしていると? 紫織:素直じゃ無いのは確かだよ。私と同じで。 緋絲:そんなことは無いと思いますが。 紫織:その通り、私は素直だからね。分かってるじゃん。 緋絲:まぁ僕は素直……では無いかも知れませんね。あなたが素直とも思いませんけど。 紫織:なんと思ってくれても構いませんよ。私のことをもっと構って欲しいなとは思いますけど。 緋絲:十分構ってますよね。 紫織:ええ、ありがとうございます。でも、逆に自分のことをもっと構ってあげるのも大事かなって。 緋絲:僕が、僕を? 紫織:ええ。あなたは一見自己中心的に見えますが、その実、周囲のことをよく見ています。 緋絲:……あなたはその逆ですよね? 紫織:ええ、よく見てますね。もっと私を見てくれても良いんですよ。あ、目を逸らされた。……うふふふふ。にもかかわらず、あなたには協調性が無い。何故だと思いますか? 緋絲:断定しないで下さい。そんなの知りませんよ。 紫織:私も同じく協調性がありませんが、その理由は結構違うんですよね。端的に言えば、自分の感覚・感性を大事にするか否かです。 緋絲:感性? 紫織:あなたは、理性的であろうとするあまり感性を蔑ろにし、私は感性を重用しています。ちなみに私の理性は感性に徴用されてますから、こう見えて理性的です。 緋絲:理性的? それは流石に嘘でしょ。 紫織:私の感性が理性的に嘘をつかせるだけです。即ち、心には正直なのですよ。 緋絲:でしょうね。 紫織:逆にあなたは自分の感性を信用していません。感性は理性に飼い殺しにされている。 緋絲:飼い殺し? 紫織:番犬であるところの感性があなたの理性によって愛想の良いだけの愛玩動物に成り下がっているわけです。要はチワワですね。 緋絲:チワワって、あなたは何なんですか? 紫織:私の感性はボルゾイです。 緋絲:番犬というか猟犬じゃねぇか。 紫織:守るより、攻めろ。それが愛の鉄則ですからね。 緋絲:また恋愛の話ですか? 紫織:恋愛は大事ですよ。恋愛は心ですから。いつまで経ってもあなたに恋人が出来ない理由がそれです。 緋絲:うるせぇ、別にいりませんよ。どうせめんどうなだけですし。 紫織:そういうのを「酸っぱい葡萄」と言うんですよ。 紫織:今のあなたがそれです。 緋絲:あなたのことを言ってるなら、自意識過剰ですよ。あなたは本当に酸っぱそうです。 紫織:刺激的な女ですからね。それにそう言ったあなたの方が自意識過剰では? 別にあんたを好きになってなんかいないんだからね! 紫織:……そんな酸っぱそうな顔すんなよ。 紫織:じゃなくて。本当は今何が起こっているのか、気付いているでしょ。 緋絲:気付く? 何に。 紫織:どうしてバスが来ないのか。ですよ。 緋絲:だから、渋滞とか事故に巻き込まれたんでしょう。 紫織:ええ、巻き込まれたかも知れない。そのことは感じているはずです。他にはどんな可能性があると思いますか? 紫織:一体何に巻き込まれたのか。 緋絲:他には……? ああ。バスジャック、とか。 紫織:それは事件の香りがしますね。もはや只事ではありません。 緋絲:一大事ですよね、まぁ、あり得ませんけどね。 紫織:もしそれが本当に起こっていたなら、待っていれば来るとか来ないとかそういうレベルじゃありませんよね。それどころじゃないぜって感じです。 紫織:他には? 緋絲:他と言われても……。それくらいでしょ。 紫織:まだあるはずです、どうですか? どんな感じですか? 緋絲:まぁ、あらゆる可能性を考慮するなら、何らかの理由によって道が塞がれている……トラックじゃ無くて水道管の破裂や地盤沈下、とか。あとは大規模な停電により都市機能が麻痺してるとか。それ以前にバス会社が昨日の内に倒産したとか。 緋絲:全部、荒唐無稽な仮説ですけど。 紫織:良い線行ってますね。まぁ、あなたの感性と理性の折り合いが付く範囲ではその辺りでしょうね。 紫織:頭では、ざっくばらんに色々考えられると思うのですが、私の心が思うにですよ? 紫織:実は、このバス停で待っている私達二人を除いて、街が、人類が、世界が滅んでしまったという可能性が一番高いのでは無いでしょうか? : 0:間。 : 緋絲:馬鹿な、そんなの―― 紫織:あり得ない? 紫織:言いきれますか? 紫織:ほら、よく耳を澄ましてみて下さい。 紫織:なんだか今日って、やけに静かじゃありません? 緋絲:……え? 紫織:町中のバス停だと言うのに、子供の笑い声も、ご婦人の世間話も、老人の咳やくしゃみも、テレワークしてる会社員の声も、赤ん坊の鳴き声も、犬の吠える声も、テレビや洗濯機、エアコンの室外機といった機械の囁きさえ聞こえない。 紫織:あるのは、私達の話し声と、ただ風だけが吹いている、葉擦れの音だけです。 緋絲:いや、でも、そんなまさか……? 偶然、ですよ。偶然――、 紫織:偶然巻き込まれた。……ですか? ほら緋絲さん。 紫織:よく耳を澄まして下さい。世界に。ただし、あなたの内側に向けて。 緋絲:内側、感性、心……? 紫織:ねぇ、緋絲さん。もう気付いてるんでしょ? 緋絲:え……? 紫織:世界は本当に死んでしまったんじゃありませんか。 緋絲:…………。 紫織:あなたと私を置いて。 緋絲:…………。 紫織:ふふふ。 紫織:それはなんだか、 : 紫織:とてもワクワクしますね。 : 0:間。 : 紫織:…………あ。バスが来ましたよ。 : 緋絲:……え? そんな、いや、まてよ、だって……。 紫織:ねぇ、どうしたんです? 緋絲さん。 緋絲:どうして……。 紫織:ねぇ、乗らないんですか? : 0:紫織、乗り込んだバスの中から緋絲に手を差し出す、 : 緋絲:紫織、さん。 紫織:ほーら、緋絲さん。置いていかれちゃいますよ? 緋絲:どうして、知ってるんですか? 紫織:ふふふ。どうしてでしょうね、心はなんて言ってますか? : 0: 《幕》