台本概要

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タイトル 千年後の兄さんへ。
作者名 音佐りんご。  (@ringo_otosa)
ジャンル ラブストーリー
演者人数 1人用台本(女1)
時間 30 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 深い眠りについた兄に妹が遺したビデオレター。
一年ごとに降り積もっていく、とある少女の言葉と時間の物語。

本作は結構長め重めの一人芝居です。

不治の病により恐らく二度と会えなくなってしまった二人の兄妹を描いた作品となっております。
作中に兄は出てこず、あくまで少女が遺したビデオレター、というシチュエーションで綴られていきます。
彼女はお話の中で一つずつ歳を取っていきます。
18歳から、最期まで。
流石に全部重ねると三つくらいに分けないとなので演出的に割愛してますが。

~あらすじ~
ある1月の末、17歳の時に兄が不治の病で深い眠りにつくことになった。別れも告げられぬまま残された妹は、兄の誕生日にプレゼントを遺すことにした。18歳の誕生日から始まり、大学に入り19歳、成人となった20歳、楽しそうに過ごす21歳、就職を控えた22歳、突然母を喪った23歳、失意の数年間、転機が訪れる年、結婚、そして118歳最期の瞬間。妹は兄の知らぬ自分の時間を届けるために一年に一本の動画を通して遺していく。百年後、千年後に待つ兄へと。


※注意
女性一名推奨の作品ですが、加齢に合わせて変えていただいても良いかもです。複数人一役でしょうか。
或いは弟にしても、一応は成立するかも。振り袖とか袴着ることになるが……まぁ、男の娘ということで。
解釈、アドリブはお任せします。良識と面白さの範囲内でお願いします。
たとえば兄の状態などは具体的に何も書いていません。想定では医学の進歩に任せたコールドスリープか、眠り病、本当は死んでいる、本当はいなかった。辺りなのかと思いますが。その辺は、読んでみて考えていただければなと思います。
なお、時間経過を表すト書きやモノローグがあんまり無いので、演じ方に多少工夫がいるかと思います。

以上、楽しんでいただければ幸いです。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
菜々 197 夏川菜々 双子の兄である夏川七彦の誕生日にビデオレターを遺す。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

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千年後の兄さんへ。 一年ごとに降り積もっていく、とある少女の言葉と時間の物語。 ~あらすじ~ ある1月の末、17歳の時に兄が不治の病で深い眠りにつくことになった。別れも告げられぬまま残された妹は、兄の誕生日にプレゼントを遺すことにした。18歳の誕生日から始まり、大学に入り19歳、成人となった20歳、楽しそうに過ごす21歳、就職を控えた22歳、突然母を喪った23歳、失意の数年間、転機が訪れる年、結婚、そして118歳最期の瞬間。妹は兄の知らぬ自分の時間を届けるために一年に一本の動画を通して遺していく。百年後、千年後に待つ兄へと。 0:18。 菜々:おはよう、兄さん。久しぶり! 元気にしてる? ……って、そりゃ元気にしてるよね! その為に兄さんとお別れしたんだもん。ねぇ憶えてる? 菜々:――あの日のこと。まぁ、兄さんにとっては昨日のことかも知れないけど、私にとっては半年前のことだからさ。でも憶えてるよ、忘れられない。 菜々:一月の末に、兄さんが突然倒れて、それで『あの病気』だって分かって……。突然だったよね。うん……、突然だった。 菜々:私、はじめて聞いたときこれが本当に兄さんに、ううん、私達の身に起きてることって分からなかった。 菜々:だって、そうでしょ? 映画じゃん。馬鹿でしょ。ほんと馬鹿。ありえないって。でも、どれだけ馬鹿って言ったって、分かってた。だから、決めたの。私が。 菜々:ごめんね、兄さんが嫌がってたの知ってた。父さんと母さんも迷ってた。兄さん、たぶん今、すごい戸惑ってると思う。もしかしたら怒ってる、よね? ごめんね、本当に、ごめん、ごめん…………。 菜々:でも、仕方がね、なかった。……から、私を恨んでよ。兄さん。えへへ、兄さんをそんなにしたのは私! 私なんだから! 誰も悪くない。そう、兄さんは絶対に、悪くない。……えへへ、うん、ごめん、ごめんね。 菜々:大丈夫。兄さんはもう大丈夫。私が保証するから。うん、嘘、多分お医者さんが保証してくれると思うから。色々話したいことあるけど、それ全部喋っちゃうと、兄さんが起きちゃうから。 0: 動画が切れ、次が始まる。 0:19。 菜々:やっほー、あれから一年経ったよ。兄さんにとってはつい三秒前くらいかもだけど。誕生日おめでとう! 兄さんへのううん、違うな。 菜々:素敵なお姉さんから、可愛い弟への誕生日プレゼント! でも今年も歳を取るのは私の方だけ。残念でした! うん、残念。でもでも、プレゼント、いっぱい貯まるね。早く開けられたら良いね。 菜々:あ、やっぱ見られるのはちょっと恥ずかしいかも! 私、動画とか撮ったの初めてだったから。その割には上手く撮れてるって? でしょ、なんせ私だからね。女優にもなれるかもね! 菜々:でも、どんなに大物になっても私は兄さん自慢の妹だから。そっちで出来た友達とかに自慢していいよ。私が許す! だから、兄さんも、私のこと許してね。 菜々:……なんて、折角の誕生日だから明るくしないとね! 菜々:兄さんに報告があります! 実は私! 大学生になったのです! いえーい! だから今私は高校生の兄さんの女子大生のお姉さんだよ。 菜々:……日本語すごい混乱してるよね。どう? 魅力的に見える? 感想聞きたかったな。なんて。うそうそ。それじゃ―― 0: 動画が切れ、次が始まる。 0:20。 菜々:大学二年生、妹のお姉さんです。うん、少し落ち着いたよ。ごめんね。……いっぱい話したいことあるんだけど、よく考えてみたら寝起きだもんね兄さん。いっぱい話されると疲れちゃうと思うから短めで。 菜々:まぁでも長くなっちゃう気がするけど。だって今日で……二十歳になりましたー! だからお酒用意してみたの。あ! 今、でもどうせサークルの打ち上げとかで飲んでるんだろって顔したでしょ!? 菜々:飲んでません~! 菜々:私ってば可愛くて真面目な良い子なんだからね! だから、今日が初めて。ほんとだよ? 菜々:いや高校生の頃は、お酒ってなんかちょっとかっこいいなって言ってたけど。そういえば兄さんも興味ありそうだったよね。話してたらお母さんに怒られたっけ。えへへ。 菜々:でもでも、ワインとか、すっごいお洒落な感じだし憧れてたんだ。だから、ほら! 記念にワイン買ってみたの! バイト代で! ちなみに大学入ってからバイト始めたの。何だと思う? 菜々:…………ぶっぶー! 正解は、家庭教師です! 菜々:今どうせ失礼なこと言ったでしょ。もう。だから私は今、先生なのです。妹で、お姉さんで家庭教師の先生って属性重ねすぎでしょ。あ、そうだ兄さんの勉強も私が見てあげようか? 菜々:なんて、兄さん勉強得意だもんね、私が逆に教えられそう。それはさておき、お待ちかねのワインの時間です! 嬉しそうだって? 分かる? お姉さんはそれはもうどんな味なのか楽しみで楽しみで仕方ないのです。 菜々:どれくらい楽しみかというと人生で二番目に楽しみでした。あ、グラスも、ほら! 兄さんの分もあるから! ほらほら! どう? かわいいでしょ?(ワインをグラスに注ぐ音)じゃあ、誕生日おめでとう! 菜々:乾杯! 菜々:あ、でも兄さんはまだ未成年だったね! いや~一緒に飲めなくて残念だな~! えへへ、私、これで大人だよ。じゃ、いっただきま~す。 菜々:…………んう。わ、ワインってこんな味なんだ。へ、へー思ってたのと違う―― 0: 動画が切れ、次が始まる。 0:21。 菜々:はいどーも! 毎度おなじみ妹なのにお姉さん、です。もうお気づきかも知れませんが……じゃん! 菜々:今日はなんとこの日のために振り袖着てみました~。どう? 似合う? くるって回ってみようか? くるくるくるくる~! よいではないか、よいではないか、あ~れ~。 菜々:……なんてね。はい。既にお酒入ってます。前回、もうなんか最後恥ずかしいとこ見せちゃったから、お酒を格好良く飲める女になろうと思って色々試してたら……ハマっちゃったぜ! 菜々:えへへ。兄さんはこんな大人になっちゃダメだよ~。でもそんな兄さんの……ちょっと良いとこ見てみたーい、はい、の~んでのんでのんで、の~んでのんでのんで、の~んでのんでのんで、飲んで? 菜々:なんてね、高校生に飲みコールは早かったか! ……ごめんね。うん、代わりに私が飲むよ。……ん、んん~おいし。……え? なんで振り袖なのかって? よくぞ聞いてくれました! 菜々:私、去年二十になったんですよ? 菜々:だからもちろんあるんですあのイベントが! そう、成人式なのです! つまり振り袖! 見たかったでしょ? 私の可愛いくて可憐なこの姿! 兄さんの袴姿も気になるけどね! 菜々:スーツ派? 菜々:うん、どっちも似合うよね、兄さんだもん。……あ、じゃあ、改めて――こほん。 菜々:誕生日おめでとう! 兄さんのために特別なプレゼントだよ? 気に入ってもらえたかな? ほら見て。髪も頑張って伸ばしたんだよ? 素敵でしょ? ……あ、もう一回、回ってみよっか! 菜々:それ~くるくるくるくる~からのトリプルアクセルー! 菜々:……は、流石に出来ないけど。 菜々:そういえば、フィギュアスケートの回転のやつって昔に比べるとね、どんどん増えていってるんだって~、そしたら~、あれ~、何回くらいになってるんだろうね~、兄さんが~、起きる頃に――。 菜々:……あ、あれれ、えへへ、おかしいな、うえぇ、地球が回ってる~、カメラも回ってる~、ううぅ、気持ち悪くなってきた、ごめんね―― 0: 動画が切れ、次が始まる。 0:22。 菜々:今日はね、兄さんにご報告があります。実は私、内定決まりました! いぇーい! もう、疲れたよーちょっとしんどかったしー、ねー兄さん! ほめてほめて~! 菜々:えへへ、兄さんのおかげで私めっちゃ元気出た! どんな仕事かって? ふふふ、それは次回のお楽しみです。あ、でもこれから本番なんだ。本当にやりたいことはもうちょっと頑張ってからになる感じ。 菜々:だから、ごめんね、応援しててね。で、大学ももう今年度で卒業だよ。早かったね~。あっという間。あ、気付いた? うん、髪切ったんだ、出来る女って感じでしょ。今日スーツだし。 菜々:これはこれで素敵でしょ? ヒールとか全然履いてなかったからちょっと痛いけど。あともう一つ、実は私、なんと、恋人が出来ました! 菜々:いえーい! まぁ、私くらい可愛い妹なら、恋人の一人や二人出来て当然ですが! あ、今ちょっと嫉妬したでしょ! もう、可愛い兄さんだなぁ、弟みたい。なんてね。 菜々:……あ、今回はお酒飲んでないよ? 前回は前々回以上にお見苦しい姿を見せてしまったので……。反省してます。 菜々:あ、そうだ卒業式の袴姿……見たい? 見たいよね! 分かってる。じゃあ、宣言します次は袴で行きます。楽しみにしてて下さい、兄さん。と、これが今回の誕生日プレゼント。 菜々:持ち越しだけどね~。 菜々:誕生日おめでとう、兄さん―― 0: 動画が切れ、次が始まる。 0:23。 菜々:兄さん、ごめん。……誕生日、だよね、ごめん。わらわないと、だよね、がんばる。えへ、えへへ、えへへへへ、ん……あぁ…………。 菜々:ダメ、ごめん。ほんとに、ごめん。 菜々:袴、って約束したよね、破っちゃったね、嘘ついちゃったね、悪い子だね、お姉さん失格だね、妹失格だね、……ごめん、ごめんなさい。 菜々:……でも、ダメなの、こんなかっこ、見せたくなかった。でも、続けないと、続けないと私――兄さんが。うん、ほんとは綺麗な桜の柄の入った袴見せてあげあげたかった。 菜々:卒業式、雪、降ったんだ、可愛いかっこで、雪の中で、綺麗だった。見せてあげたかったけど、こんな色なの、私。 菜々:お母さん、お母さんとも楽しみだねって、でもね、でも、兄さん、ごめん、最低のプレゼントだ、許して、ねぇ、兄さん、許してね。 菜々:昨日ね、お……、うう、あ、あ、…………お母さんがね、お母さん、な、あぅ…… 菜々:……お母さん亡くなったの。 菜々:だから、ごめん。ごめんなさい。私、ダメなの。兄さん、兄さんにいさん、兄さん、ね、兄さん。お願い、助けて―― 0: 動画が切れ、次が始まる。 0:24。 菜々:……あ、えっと。えへへ、どうしたら良いかな。うん、前回は、ごめんね、兄さんに言っても仕方ないのに……、あ、違うそういう意味じゃなくて! 菜々:うん、ごめんお母さん、亡くなっちゃった。 菜々:交通事故なんだ。 菜々:お別れも言えなかった。 菜々:辛いよね、分かってる、こんな形で聞かされて。でも、色々考えたけど、言わない方が辛かった。 菜々:勝手だよね、私。 菜々:兄さん、兄さんにも、言えたらって思っちゃった。 菜々:……今日はここまでにしとくね、兄さん、 菜々:誕生日、おめでとう―― 0: 動画が切れ、次が始まる。 0:25。 菜々:兄さん、誕生日、おめでとう。えへへ、……ごめん―― 0: 動画が切れ、次が始まる。 0:26。 菜々:兄さん、えへへ……。あ、えっと…………。誕生日おめで、ごめん―― 0: 動画が切れ、次が始まる。 0:27。 菜々:兄さん、ごめんね今まで。やっと落ち着いたよ、私。 菜々:うん、嘘。まだ実はちょっと怖いんだ、今日が来るのが。 菜々:誕生日と、命日が近付いてくるのが。 菜々:だから、ほんと、ごめんね。 菜々:えへへ、私、頑張るよ、兄さんも、頑張って。 菜々:誕生日、おめでとう。 0: 動画が切れ、次が始まる。 0:28。 菜々:おはよう、兄さん。久しぶり! 元気にしてる? ……って、そりゃ元気にしてるよね! その為に兄さんとお別れしたんだもん。 菜々:そう言って始めたの、ねぇ憶えてる? 菜々:高校生の私はどんなだったかな? 私の方が忘れちゃった、ごめんね。でも、兄さんのこと、ちゃんと憶えてるよ。もちろん、母さんのことも。 菜々:母さんの、母さんの動画も残しておけば良かったのにね、だめだなぁ、私の馬鹿。ほんと馬鹿。えへへ、うん……。 菜々:私が、私が兄さんに遺してあげられる物って何も無いんだなって気付いたよ。母さんの思いも、言葉も遺してあげられない。 菜々:悲しいよね。 菜々:私は、耐えられなかったから、兄さんを理由にしちゃってたのも分かってるけど、……ダメな妹だよね。 菜々:分かってる、だから、これは私の自己満足。 菜々:兄さんの為なんて嘘。ほんとは自分の為。 菜々:分かってる。でも、いいよね、誕生日なんだから。 菜々:誕生日おめでとう―― 0: 動画が切れ、次が始まる。 0:29。 菜々:…………あ、…………えっと、…………、 菜々:めっちゃ気まずいね! 菜々:えへへ、でも頑張るよ。 菜々:って、一昨年――あー、前々回約束してたもんね。 菜々:誕生日おめでとう、兄さん。私ももう二十九歳。いい大人が、いつまでもめそめそしてちゃダメだよね。 菜々:……うん、そうだよね。 菜々:兄さんなら多分、良いよって言ってくれるんじゃ無いかなって思う。勝手に兄を自分好みに変えてってごめんね。 菜々:そう、私もう二十九なんだ。さらば二十代、だよね。 菜々:どう? 何回か前に大人の女とか言ってた頃の私より成長したかな? 菜々:可愛くは、無くなっちゃったよね。鳴いてばっかりだったし、ほら、見て、涙の跡が……なんて冗談。可愛くなくなっても、ほら、どう? 綺麗になったでしょ? 素敵な女性に、なったでしょ? 菜々:兄さんってさ、ぶっちゃけ年上好きでしょ? 菜々:知ってるよ? お隣のお姉さんが初恋の相手だもんねー! 菜々:だから、ほら、私どう? 菜々:……素敵? 菜々:うん知ってた。 菜々:でも残念、もう先約が居るのです。 菜々:そう、兄さん。私結婚するんだ。 菜々:悔しい? それとも祝ってくれる? 菜々:兄さんは多分ちょっと悔しがるよね。大好きだもんね、私のこと。なんて、冗談。 菜々:でも、私は兄さんのこと大好き。これまでも、これからも。 菜々:とか言っとくと感動するでしょ。 菜々:うん、私、今ね、自分で言って感動してる。 菜々:……え? 菜々:ウエディングドレスが見たい? 菜々:残念ながらそれはあの人ものだから、ごめんね! 菜々:また、写真だけでも見せてあげるよ。これが今年の誕生日プレゼント。どう? 菜々:元気出た? 私は、兄さんに話せて勇気が出たよ。 菜々:いつも、ありがと。 菜々:……あ、そうそう。 菜々:お隣のお姉さんね、結婚して子供も生まれたよ、男の子なんだけどとっても可愛いいんだ―― 0: 動画が切れ、次が始まる。 0:30。 菜々:うわぁ、三十だよ私。もうここまでくると素直に喜べないわ。二十歳の時にワインではしゃいでたのが懐かしい。でも、誕生日おめでとう、兄さん。 菜々:結婚生活は順調だよ。まぁ、この動画毎年撮ってるんだって言ったら彼がちょっと拗ねた感じでふーんって。ヤバいね。結婚生活の危機だよ、どうしてくれるんだい兄さん! 菜々:なんてね、私のこれまでの動画見せたらすっごい笑われたよ。それで私の方が拗ねたもん。 菜々:……でもね、泣いてくれたんだ。 菜々:お母さんの時のこと。それでね、しっかりと私のこと支えるって。 菜々:私、今幸せ。 菜々:この人とならどんな壁だって乗り越えられるんだって、思った。 菜々:だから安心して兄さん、私、大丈夫だから。 菜々:もう、何泣いてんの? 菜々:あ、兄さんじゃ無くて旦那。今ね、カメラ向けてくれてる。で、泣いてやがんの。 菜々:……えへへ、良いやつでしょ。私もそう思う。 菜々:あ、声入るから泣くなよ! 入ったら編集して音声カットしてやるから! お喋りも禁止。 菜々:もちろん。 菜々:だって、これは私から兄さんへのプレゼントだもん。 菜々:え? 義理の弟として何か送りたいって? 菜々:だーめ。それは別のとこでやってよ。 菜々:それに兄さんは意外と嫉妬深いから、 菜々:「お前なぞに妹はやれーん!」 菜々:って言われちゃうよ。なんてね。 菜々:……私、楽しくやってるからね。 菜々:それじゃあ―― 0: 動画が切れ、次が始まる。 0:33。 菜々:誕生日おめでとう、兄さん。私達に子供が生まれたの。 菜々:すっごく可愛くて、えへへ、兄さんにちょっと似てるかも―― 0: 動画が切れ、次が始まる。 0:45。 菜々:兄さん、誕生日おめでとう、 菜々:上の子はもう今年で中学生になるんだけどね―― 0: 動画が切れ、次が始まる。 0:52。 菜々:兄さん、ヴォナニヴェルセール。 菜々:今回のこの動画、実はフランスで撮ってるんだけどね―― 0: 動画が切れ、次が始まる。 0:63。 菜々:兄さん、誕生日おめでとう、 菜々:聞いてよ兄さんとうとう一番下の子も巣立っちゃってね、 菜々:久しぶりにこの人と二人きりの―― 0: 動画が切れ、次が始まる。 0:71。 菜々:兄さん実は父さんがね―― 0: 動画が切れ、次が始まる。 0:72―― 菜々:兄さん―― 0: 動画が切れ、次が始まる。 菜々:兄さん―― 0: 動画が切れ、次が始まる。 菜々:兄さん―― 0: 動画が切れ、次が始まる。 菜々:兄さん―― 0: 動画が切れ、次が始まる。 菜々:兄さん―― 0: 動画が切れ、次が始まる。 0:――118。 菜々:――兄さん。お誕生日、おめでとう。 菜々:私もね、随分歳をとってしまって。 菜々:あの人も、随分前に亡くなって、子供達も、家庭を持って、私はひとりぼっちになってしまいましたよ。 菜々:でもね、ちっとも、寂しくなんてないんです。 菜々:どうしてだか分かりますか? 菜々:言わせないで下さいよ、もう。 菜々:こうして兄さんとお話しできるから、わたしは寂しくなんて無いんです、声なんて、聞こえなくても、私には兄さんが居ますよ、耳を澄ますと、ね。 菜々:いま、兄さんが、なんて言ってるか、当ててみましょうか? 菜々:……ええ、分かりますよ、 菜々:どんなに歳を取っても、 菜々:お前はいつまでも俺の可愛い妹のまんまだ。 菜々:何? 言ってない? 菜々:嘘おっしゃい。 菜々:そうやって、照れくさくて嘘をつくのだって、ぜーんぶお見通しですよ、何年あなたの妹をやってると思ってるんですか、 菜々:兄さんが私の兄さんをやってる時間の何倍も長いんですからね。 菜々:いつも見守っていてくれて、助かりました。 菜々:いえいえ、良いんですよ、わたしはね、兄さんに、何度も、何度も助けられたんですよ。 菜々:これくらい、お安いご用ですよ。 菜々:随分年上の妹だけれど、今、兄さんが私のことを本当に大切にしてくれているのが、分かります。 菜々:時間なんて飛び越えて、私に届いてるんですよ。 菜々:私は兄さんに色んな物を遺してあげたくて、この動画を撮り始めましたけどね、兄さんも私にたくさんの物をくれましたよ。 菜々:さっきね、ひとりぼっちだって言いましたけど、実は嘘なんですよ。 菜々:ここにはみんな居ますよ、息子も娘も孫も友人も、兄さんのお友達だってきてくれてますよ。 菜々:色んな人に出会って、ご縁があって、今日ここに来てくれてるんです、兄さんと私を祝うために。 菜々:今はカメラの後ろでわんわん泣いてますよ、うるさいったらありゃしない。 菜々:それに、お父さんや、お母さん、あの人だって。 菜々:みんな、いい人ですよ。みんな、長い間つきあってくれてすまないね。 0: 間。 菜々:そうそう、兄さん。久しぶり! 元気にしてる? ……って、そりゃ元気にしてるよね! その為に兄さんとお別れしたんだもん。 菜々:兄さんにとっては昨日のことかも知れないけど、私にとっては百年も前のことだからさ。でも憶えてるよ、忘れられない。 菜々:ねえ、兄さん、私には分かるんだ。私もうこれで最後なんだって。もうそんな顔しないで、男前が台無し。 菜々:ええ、辛いのは分かってる、でもね、色々考えたけど、言わない方が辛かった。 菜々:勝手だよね、分かってる。 菜々:でもでも、正直私はこれまで、ずーっと勝手に喋ってきたよ、このレンズの向こう側に兄さんが居ようが居まいが。 菜々:でも、私って勝手だし我が儘だから、この動画を、きっとここにいるみんなが届けてくれるって信じてるんだ。 菜々:私、もう大女優だよね。 菜々:こんなにみんなを泣かせてるんだもん。 菜々:時代を超えてあなたにこの思いを届けてるんだもん。 菜々:ねぇ、兄さん。 菜々:百年先、千年先で待ってるあなたに、十八歳の私が会いに行って、今この時の私が名残惜しくもここにいるけど、そろそろ終わりだよ。 菜々:今日は七月七日。 菜々:七夕。二度と会えない二人に奇跡の起こる日。 菜々:旧姓、夏川菜々の百十八歳の誕生日。 菜々:そして双子の兄さん、夏川七彦、十八歳の誕生日、おめでとう。えへへ、いままでありがとう。さようなら。また、会える日を楽しみに―― 0: 動画が切れる。

千年後の兄さんへ。 一年ごとに降り積もっていく、とある少女の言葉と時間の物語。 ~あらすじ~ ある1月の末、17歳の時に兄が不治の病で深い眠りにつくことになった。別れも告げられぬまま残された妹は、兄の誕生日にプレゼントを遺すことにした。18歳の誕生日から始まり、大学に入り19歳、成人となった20歳、楽しそうに過ごす21歳、就職を控えた22歳、突然母を喪った23歳、失意の数年間、転機が訪れる年、結婚、そして118歳最期の瞬間。妹は兄の知らぬ自分の時間を届けるために一年に一本の動画を通して遺していく。百年後、千年後に待つ兄へと。 0:18。 菜々:おはよう、兄さん。久しぶり! 元気にしてる? ……って、そりゃ元気にしてるよね! その為に兄さんとお別れしたんだもん。ねぇ憶えてる? 菜々:――あの日のこと。まぁ、兄さんにとっては昨日のことかも知れないけど、私にとっては半年前のことだからさ。でも憶えてるよ、忘れられない。 菜々:一月の末に、兄さんが突然倒れて、それで『あの病気』だって分かって……。突然だったよね。うん……、突然だった。 菜々:私、はじめて聞いたときこれが本当に兄さんに、ううん、私達の身に起きてることって分からなかった。 菜々:だって、そうでしょ? 映画じゃん。馬鹿でしょ。ほんと馬鹿。ありえないって。でも、どれだけ馬鹿って言ったって、分かってた。だから、決めたの。私が。 菜々:ごめんね、兄さんが嫌がってたの知ってた。父さんと母さんも迷ってた。兄さん、たぶん今、すごい戸惑ってると思う。もしかしたら怒ってる、よね? ごめんね、本当に、ごめん、ごめん…………。 菜々:でも、仕方がね、なかった。……から、私を恨んでよ。兄さん。えへへ、兄さんをそんなにしたのは私! 私なんだから! 誰も悪くない。そう、兄さんは絶対に、悪くない。……えへへ、うん、ごめん、ごめんね。 菜々:大丈夫。兄さんはもう大丈夫。私が保証するから。うん、嘘、多分お医者さんが保証してくれると思うから。色々話したいことあるけど、それ全部喋っちゃうと、兄さんが起きちゃうから。 0: 動画が切れ、次が始まる。 0:19。 菜々:やっほー、あれから一年経ったよ。兄さんにとってはつい三秒前くらいかもだけど。誕生日おめでとう! 兄さんへのううん、違うな。 菜々:素敵なお姉さんから、可愛い弟への誕生日プレゼント! でも今年も歳を取るのは私の方だけ。残念でした! うん、残念。でもでも、プレゼント、いっぱい貯まるね。早く開けられたら良いね。 菜々:あ、やっぱ見られるのはちょっと恥ずかしいかも! 私、動画とか撮ったの初めてだったから。その割には上手く撮れてるって? でしょ、なんせ私だからね。女優にもなれるかもね! 菜々:でも、どんなに大物になっても私は兄さん自慢の妹だから。そっちで出来た友達とかに自慢していいよ。私が許す! だから、兄さんも、私のこと許してね。 菜々:……なんて、折角の誕生日だから明るくしないとね! 菜々:兄さんに報告があります! 実は私! 大学生になったのです! いえーい! だから今私は高校生の兄さんの女子大生のお姉さんだよ。 菜々:……日本語すごい混乱してるよね。どう? 魅力的に見える? 感想聞きたかったな。なんて。うそうそ。それじゃ―― 0: 動画が切れ、次が始まる。 0:20。 菜々:大学二年生、妹のお姉さんです。うん、少し落ち着いたよ。ごめんね。……いっぱい話したいことあるんだけど、よく考えてみたら寝起きだもんね兄さん。いっぱい話されると疲れちゃうと思うから短めで。 菜々:まぁでも長くなっちゃう気がするけど。だって今日で……二十歳になりましたー! だからお酒用意してみたの。あ! 今、でもどうせサークルの打ち上げとかで飲んでるんだろって顔したでしょ!? 菜々:飲んでません~! 菜々:私ってば可愛くて真面目な良い子なんだからね! だから、今日が初めて。ほんとだよ? 菜々:いや高校生の頃は、お酒ってなんかちょっとかっこいいなって言ってたけど。そういえば兄さんも興味ありそうだったよね。話してたらお母さんに怒られたっけ。えへへ。 菜々:でもでも、ワインとか、すっごいお洒落な感じだし憧れてたんだ。だから、ほら! 記念にワイン買ってみたの! バイト代で! ちなみに大学入ってからバイト始めたの。何だと思う? 菜々:…………ぶっぶー! 正解は、家庭教師です! 菜々:今どうせ失礼なこと言ったでしょ。もう。だから私は今、先生なのです。妹で、お姉さんで家庭教師の先生って属性重ねすぎでしょ。あ、そうだ兄さんの勉強も私が見てあげようか? 菜々:なんて、兄さん勉強得意だもんね、私が逆に教えられそう。それはさておき、お待ちかねのワインの時間です! 嬉しそうだって? 分かる? お姉さんはそれはもうどんな味なのか楽しみで楽しみで仕方ないのです。 菜々:どれくらい楽しみかというと人生で二番目に楽しみでした。あ、グラスも、ほら! 兄さんの分もあるから! ほらほら! どう? かわいいでしょ?(ワインをグラスに注ぐ音)じゃあ、誕生日おめでとう! 菜々:乾杯! 菜々:あ、でも兄さんはまだ未成年だったね! いや~一緒に飲めなくて残念だな~! えへへ、私、これで大人だよ。じゃ、いっただきま~す。 菜々:…………んう。わ、ワインってこんな味なんだ。へ、へー思ってたのと違う―― 0: 動画が切れ、次が始まる。 0:21。 菜々:はいどーも! 毎度おなじみ妹なのにお姉さん、です。もうお気づきかも知れませんが……じゃん! 菜々:今日はなんとこの日のために振り袖着てみました~。どう? 似合う? くるって回ってみようか? くるくるくるくる~! よいではないか、よいではないか、あ~れ~。 菜々:……なんてね。はい。既にお酒入ってます。前回、もうなんか最後恥ずかしいとこ見せちゃったから、お酒を格好良く飲める女になろうと思って色々試してたら……ハマっちゃったぜ! 菜々:えへへ。兄さんはこんな大人になっちゃダメだよ~。でもそんな兄さんの……ちょっと良いとこ見てみたーい、はい、の~んでのんでのんで、の~んでのんでのんで、の~んでのんでのんで、飲んで? 菜々:なんてね、高校生に飲みコールは早かったか! ……ごめんね。うん、代わりに私が飲むよ。……ん、んん~おいし。……え? なんで振り袖なのかって? よくぞ聞いてくれました! 菜々:私、去年二十になったんですよ? 菜々:だからもちろんあるんですあのイベントが! そう、成人式なのです! つまり振り袖! 見たかったでしょ? 私の可愛いくて可憐なこの姿! 兄さんの袴姿も気になるけどね! 菜々:スーツ派? 菜々:うん、どっちも似合うよね、兄さんだもん。……あ、じゃあ、改めて――こほん。 菜々:誕生日おめでとう! 兄さんのために特別なプレゼントだよ? 気に入ってもらえたかな? ほら見て。髪も頑張って伸ばしたんだよ? 素敵でしょ? ……あ、もう一回、回ってみよっか! 菜々:それ~くるくるくるくる~からのトリプルアクセルー! 菜々:……は、流石に出来ないけど。 菜々:そういえば、フィギュアスケートの回転のやつって昔に比べるとね、どんどん増えていってるんだって~、そしたら~、あれ~、何回くらいになってるんだろうね~、兄さんが~、起きる頃に――。 菜々:……あ、あれれ、えへへ、おかしいな、うえぇ、地球が回ってる~、カメラも回ってる~、ううぅ、気持ち悪くなってきた、ごめんね―― 0: 動画が切れ、次が始まる。 0:22。 菜々:今日はね、兄さんにご報告があります。実は私、内定決まりました! いぇーい! もう、疲れたよーちょっとしんどかったしー、ねー兄さん! ほめてほめて~! 菜々:えへへ、兄さんのおかげで私めっちゃ元気出た! どんな仕事かって? ふふふ、それは次回のお楽しみです。あ、でもこれから本番なんだ。本当にやりたいことはもうちょっと頑張ってからになる感じ。 菜々:だから、ごめんね、応援しててね。で、大学ももう今年度で卒業だよ。早かったね~。あっという間。あ、気付いた? うん、髪切ったんだ、出来る女って感じでしょ。今日スーツだし。 菜々:これはこれで素敵でしょ? ヒールとか全然履いてなかったからちょっと痛いけど。あともう一つ、実は私、なんと、恋人が出来ました! 菜々:いえーい! まぁ、私くらい可愛い妹なら、恋人の一人や二人出来て当然ですが! あ、今ちょっと嫉妬したでしょ! もう、可愛い兄さんだなぁ、弟みたい。なんてね。 菜々:……あ、今回はお酒飲んでないよ? 前回は前々回以上にお見苦しい姿を見せてしまったので……。反省してます。 菜々:あ、そうだ卒業式の袴姿……見たい? 見たいよね! 分かってる。じゃあ、宣言します次は袴で行きます。楽しみにしてて下さい、兄さん。と、これが今回の誕生日プレゼント。 菜々:持ち越しだけどね~。 菜々:誕生日おめでとう、兄さん―― 0: 動画が切れ、次が始まる。 0:23。 菜々:兄さん、ごめん。……誕生日、だよね、ごめん。わらわないと、だよね、がんばる。えへ、えへへ、えへへへへ、ん……あぁ…………。 菜々:ダメ、ごめん。ほんとに、ごめん。 菜々:袴、って約束したよね、破っちゃったね、嘘ついちゃったね、悪い子だね、お姉さん失格だね、妹失格だね、……ごめん、ごめんなさい。 菜々:……でも、ダメなの、こんなかっこ、見せたくなかった。でも、続けないと、続けないと私――兄さんが。うん、ほんとは綺麗な桜の柄の入った袴見せてあげあげたかった。 菜々:卒業式、雪、降ったんだ、可愛いかっこで、雪の中で、綺麗だった。見せてあげたかったけど、こんな色なの、私。 菜々:お母さん、お母さんとも楽しみだねって、でもね、でも、兄さん、ごめん、最低のプレゼントだ、許して、ねぇ、兄さん、許してね。 菜々:昨日ね、お……、うう、あ、あ、…………お母さんがね、お母さん、な、あぅ…… 菜々:……お母さん亡くなったの。 菜々:だから、ごめん。ごめんなさい。私、ダメなの。兄さん、兄さんにいさん、兄さん、ね、兄さん。お願い、助けて―― 0: 動画が切れ、次が始まる。 0:24。 菜々:……あ、えっと。えへへ、どうしたら良いかな。うん、前回は、ごめんね、兄さんに言っても仕方ないのに……、あ、違うそういう意味じゃなくて! 菜々:うん、ごめんお母さん、亡くなっちゃった。 菜々:交通事故なんだ。 菜々:お別れも言えなかった。 菜々:辛いよね、分かってる、こんな形で聞かされて。でも、色々考えたけど、言わない方が辛かった。 菜々:勝手だよね、私。 菜々:兄さん、兄さんにも、言えたらって思っちゃった。 菜々:……今日はここまでにしとくね、兄さん、 菜々:誕生日、おめでとう―― 0: 動画が切れ、次が始まる。 0:25。 菜々:兄さん、誕生日、おめでとう。えへへ、……ごめん―― 0: 動画が切れ、次が始まる。 0:26。 菜々:兄さん、えへへ……。あ、えっと…………。誕生日おめで、ごめん―― 0: 動画が切れ、次が始まる。 0:27。 菜々:兄さん、ごめんね今まで。やっと落ち着いたよ、私。 菜々:うん、嘘。まだ実はちょっと怖いんだ、今日が来るのが。 菜々:誕生日と、命日が近付いてくるのが。 菜々:だから、ほんと、ごめんね。 菜々:えへへ、私、頑張るよ、兄さんも、頑張って。 菜々:誕生日、おめでとう。 0: 動画が切れ、次が始まる。 0:28。 菜々:おはよう、兄さん。久しぶり! 元気にしてる? ……って、そりゃ元気にしてるよね! その為に兄さんとお別れしたんだもん。 菜々:そう言って始めたの、ねぇ憶えてる? 菜々:高校生の私はどんなだったかな? 私の方が忘れちゃった、ごめんね。でも、兄さんのこと、ちゃんと憶えてるよ。もちろん、母さんのことも。 菜々:母さんの、母さんの動画も残しておけば良かったのにね、だめだなぁ、私の馬鹿。ほんと馬鹿。えへへ、うん……。 菜々:私が、私が兄さんに遺してあげられる物って何も無いんだなって気付いたよ。母さんの思いも、言葉も遺してあげられない。 菜々:悲しいよね。 菜々:私は、耐えられなかったから、兄さんを理由にしちゃってたのも分かってるけど、……ダメな妹だよね。 菜々:分かってる、だから、これは私の自己満足。 菜々:兄さんの為なんて嘘。ほんとは自分の為。 菜々:分かってる。でも、いいよね、誕生日なんだから。 菜々:誕生日おめでとう―― 0: 動画が切れ、次が始まる。 0:29。 菜々:…………あ、…………えっと、…………、 菜々:めっちゃ気まずいね! 菜々:えへへ、でも頑張るよ。 菜々:って、一昨年――あー、前々回約束してたもんね。 菜々:誕生日おめでとう、兄さん。私ももう二十九歳。いい大人が、いつまでもめそめそしてちゃダメだよね。 菜々:……うん、そうだよね。 菜々:兄さんなら多分、良いよって言ってくれるんじゃ無いかなって思う。勝手に兄を自分好みに変えてってごめんね。 菜々:そう、私もう二十九なんだ。さらば二十代、だよね。 菜々:どう? 何回か前に大人の女とか言ってた頃の私より成長したかな? 菜々:可愛くは、無くなっちゃったよね。鳴いてばっかりだったし、ほら、見て、涙の跡が……なんて冗談。可愛くなくなっても、ほら、どう? 綺麗になったでしょ? 素敵な女性に、なったでしょ? 菜々:兄さんってさ、ぶっちゃけ年上好きでしょ? 菜々:知ってるよ? お隣のお姉さんが初恋の相手だもんねー! 菜々:だから、ほら、私どう? 菜々:……素敵? 菜々:うん知ってた。 菜々:でも残念、もう先約が居るのです。 菜々:そう、兄さん。私結婚するんだ。 菜々:悔しい? それとも祝ってくれる? 菜々:兄さんは多分ちょっと悔しがるよね。大好きだもんね、私のこと。なんて、冗談。 菜々:でも、私は兄さんのこと大好き。これまでも、これからも。 菜々:とか言っとくと感動するでしょ。 菜々:うん、私、今ね、自分で言って感動してる。 菜々:……え? 菜々:ウエディングドレスが見たい? 菜々:残念ながらそれはあの人ものだから、ごめんね! 菜々:また、写真だけでも見せてあげるよ。これが今年の誕生日プレゼント。どう? 菜々:元気出た? 私は、兄さんに話せて勇気が出たよ。 菜々:いつも、ありがと。 菜々:……あ、そうそう。 菜々:お隣のお姉さんね、結婚して子供も生まれたよ、男の子なんだけどとっても可愛いいんだ―― 0: 動画が切れ、次が始まる。 0:30。 菜々:うわぁ、三十だよ私。もうここまでくると素直に喜べないわ。二十歳の時にワインではしゃいでたのが懐かしい。でも、誕生日おめでとう、兄さん。 菜々:結婚生活は順調だよ。まぁ、この動画毎年撮ってるんだって言ったら彼がちょっと拗ねた感じでふーんって。ヤバいね。結婚生活の危機だよ、どうしてくれるんだい兄さん! 菜々:なんてね、私のこれまでの動画見せたらすっごい笑われたよ。それで私の方が拗ねたもん。 菜々:……でもね、泣いてくれたんだ。 菜々:お母さんの時のこと。それでね、しっかりと私のこと支えるって。 菜々:私、今幸せ。 菜々:この人とならどんな壁だって乗り越えられるんだって、思った。 菜々:だから安心して兄さん、私、大丈夫だから。 菜々:もう、何泣いてんの? 菜々:あ、兄さんじゃ無くて旦那。今ね、カメラ向けてくれてる。で、泣いてやがんの。 菜々:……えへへ、良いやつでしょ。私もそう思う。 菜々:あ、声入るから泣くなよ! 入ったら編集して音声カットしてやるから! お喋りも禁止。 菜々:もちろん。 菜々:だって、これは私から兄さんへのプレゼントだもん。 菜々:え? 義理の弟として何か送りたいって? 菜々:だーめ。それは別のとこでやってよ。 菜々:それに兄さんは意外と嫉妬深いから、 菜々:「お前なぞに妹はやれーん!」 菜々:って言われちゃうよ。なんてね。 菜々:……私、楽しくやってるからね。 菜々:それじゃあ―― 0: 動画が切れ、次が始まる。 0:33。 菜々:誕生日おめでとう、兄さん。私達に子供が生まれたの。 菜々:すっごく可愛くて、えへへ、兄さんにちょっと似てるかも―― 0: 動画が切れ、次が始まる。 0:45。 菜々:兄さん、誕生日おめでとう、 菜々:上の子はもう今年で中学生になるんだけどね―― 0: 動画が切れ、次が始まる。 0:52。 菜々:兄さん、ヴォナニヴェルセール。 菜々:今回のこの動画、実はフランスで撮ってるんだけどね―― 0: 動画が切れ、次が始まる。 0:63。 菜々:兄さん、誕生日おめでとう、 菜々:聞いてよ兄さんとうとう一番下の子も巣立っちゃってね、 菜々:久しぶりにこの人と二人きりの―― 0: 動画が切れ、次が始まる。 0:71。 菜々:兄さん実は父さんがね―― 0: 動画が切れ、次が始まる。 0:72―― 菜々:兄さん―― 0: 動画が切れ、次が始まる。 菜々:兄さん―― 0: 動画が切れ、次が始まる。 菜々:兄さん―― 0: 動画が切れ、次が始まる。 菜々:兄さん―― 0: 動画が切れ、次が始まる。 菜々:兄さん―― 0: 動画が切れ、次が始まる。 0:――118。 菜々:――兄さん。お誕生日、おめでとう。 菜々:私もね、随分歳をとってしまって。 菜々:あの人も、随分前に亡くなって、子供達も、家庭を持って、私はひとりぼっちになってしまいましたよ。 菜々:でもね、ちっとも、寂しくなんてないんです。 菜々:どうしてだか分かりますか? 菜々:言わせないで下さいよ、もう。 菜々:こうして兄さんとお話しできるから、わたしは寂しくなんて無いんです、声なんて、聞こえなくても、私には兄さんが居ますよ、耳を澄ますと、ね。 菜々:いま、兄さんが、なんて言ってるか、当ててみましょうか? 菜々:……ええ、分かりますよ、 菜々:どんなに歳を取っても、 菜々:お前はいつまでも俺の可愛い妹のまんまだ。 菜々:何? 言ってない? 菜々:嘘おっしゃい。 菜々:そうやって、照れくさくて嘘をつくのだって、ぜーんぶお見通しですよ、何年あなたの妹をやってると思ってるんですか、 菜々:兄さんが私の兄さんをやってる時間の何倍も長いんですからね。 菜々:いつも見守っていてくれて、助かりました。 菜々:いえいえ、良いんですよ、わたしはね、兄さんに、何度も、何度も助けられたんですよ。 菜々:これくらい、お安いご用ですよ。 菜々:随分年上の妹だけれど、今、兄さんが私のことを本当に大切にしてくれているのが、分かります。 菜々:時間なんて飛び越えて、私に届いてるんですよ。 菜々:私は兄さんに色んな物を遺してあげたくて、この動画を撮り始めましたけどね、兄さんも私にたくさんの物をくれましたよ。 菜々:さっきね、ひとりぼっちだって言いましたけど、実は嘘なんですよ。 菜々:ここにはみんな居ますよ、息子も娘も孫も友人も、兄さんのお友達だってきてくれてますよ。 菜々:色んな人に出会って、ご縁があって、今日ここに来てくれてるんです、兄さんと私を祝うために。 菜々:今はカメラの後ろでわんわん泣いてますよ、うるさいったらありゃしない。 菜々:それに、お父さんや、お母さん、あの人だって。 菜々:みんな、いい人ですよ。みんな、長い間つきあってくれてすまないね。 0: 間。 菜々:そうそう、兄さん。久しぶり! 元気にしてる? ……って、そりゃ元気にしてるよね! その為に兄さんとお別れしたんだもん。 菜々:兄さんにとっては昨日のことかも知れないけど、私にとっては百年も前のことだからさ。でも憶えてるよ、忘れられない。 菜々:ねえ、兄さん、私には分かるんだ。私もうこれで最後なんだって。もうそんな顔しないで、男前が台無し。 菜々:ええ、辛いのは分かってる、でもね、色々考えたけど、言わない方が辛かった。 菜々:勝手だよね、分かってる。 菜々:でもでも、正直私はこれまで、ずーっと勝手に喋ってきたよ、このレンズの向こう側に兄さんが居ようが居まいが。 菜々:でも、私って勝手だし我が儘だから、この動画を、きっとここにいるみんなが届けてくれるって信じてるんだ。 菜々:私、もう大女優だよね。 菜々:こんなにみんなを泣かせてるんだもん。 菜々:時代を超えてあなたにこの思いを届けてるんだもん。 菜々:ねぇ、兄さん。 菜々:百年先、千年先で待ってるあなたに、十八歳の私が会いに行って、今この時の私が名残惜しくもここにいるけど、そろそろ終わりだよ。 菜々:今日は七月七日。 菜々:七夕。二度と会えない二人に奇跡の起こる日。 菜々:旧姓、夏川菜々の百十八歳の誕生日。 菜々:そして双子の兄さん、夏川七彦、十八歳の誕生日、おめでとう。えへへ、いままでありがとう。さようなら。また、会える日を楽しみに―― 0: 動画が切れる。