台本概要

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タイトル ラスト・ヴァンパイアハンター。《A》
作者名 音佐りんご。  (@ringo_otosa)
ジャンル ファンタジー
演者人数 2人用台本(男1、女1)
時間 20 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 少女《A(Alice)》版です。もう一つ少年《K(Kevin)》もあります。ストーリーの内容は同じですが台詞のニュアンスは微妙に変わるかもです。
文字数約4,000字程度、20分くらい。

◆あらすじ◆
老いて死にゆくヴァンパイアハンターのもとに、復活した吸血鬼が訪れる話。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
老人 81 ジョシュア・クルスニク。ヴァンパイアハンター。百十六歳。
少女 77 吸血鬼。アリスと名乗るが、本来の名称と性別は不明。年齢不明。 少年版もあります。そちらはケヴィンです。 名前の意味はケヴィンもアリスもだいたい『高貴な』って感じです。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

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0:ラスト・ヴァンパイアハンター。《A》 : 0:少女《A(Alice)》版です。もう一つ少年《K(Kevin)》もあります。ストーリーの内容は同じですが台詞のニュアンスは微妙に変わるかもです。 : 0:◆あらすじ◆ 0:老いて死にゆくヴァンパイアハンターのもとに、復活した吸血鬼が訪れる話。 : 0:◇登場人物◇ 老人:ジョシュア・クルスニク。ヴァンパイアハンター。百十六歳。 少女:吸血鬼。アリスと名乗るが、本来の名称と性別は不明。年齢不明。 少女:少年版もあります。そちらはケヴィンです。 少女:名前の意味はケヴィンもアリスもだいたい『高貴な』って感じです。 : 0:◆◆◇◇ : 0:ベッドに横たわる老人。 : 老人:……客人か。 : 0:ノックの音。 : 老人:……開いとるよ。 : 0:扉を開けて少女が入ってくる。 : 少女:こんばんはジョシュア様。 老人:おや、どなたかな? 少女:隣室のリチャードの孫のアリスです。 老人:ほう、リチャードに孫がいたとは知らなんだ。 少女:こちらに来るのは初めてですのでお見かけしないのも当然です。祖父が大変お世話になっているとお聞きして、お見舞いも兼ねてご挨拶に参りました。 老人:あのリチャードの孫にしておくには惜しい礼儀正しさだな。 少女:今年からボーディング・スクールに入りまして、マナーはそちらで。今は夏休みなのです。 老人:成る程、利発そうな訳だ。 少女:光栄です、お爺様。あぁそうですわ。お見舞いの品にりんごを持ってきましたのですが、ジョシュア様はお好きですか? 老人:りんご? 少女:ええ、栽培が盛んな地域にある母の生家で取れたものです。美味しいと評判ですので、お体に障らないようでしたら、是非食べていただきたいのです。 老人:嫌いでは無いがな。あまり良い思い出がないのだ。 少女:お気に召しませんか? 老人:いいや、貰うとしよう。 少女:ほんとですか! それは嬉しいです! 老人:ははは。 : 0:少女、ベッドサイドチェストにりんごを置く。 : 老人:よもや。 少女:え? 老人:よもや、生涯をヴァンパイアハンターとして生きたこの私の最期の客が貴様とはな。 老人:腐れ吸血鬼? : 0:間。 : 少女:吸血鬼? ……あはは、お爺様ったら何を言い出すんですか。わたくしはかわいいかわいいアリスです。ハロウィンはまだ先ですよ? 老人:二十年も前のことだったか? 少女:二十年前でしたらわたくしは生まれておりませんね。 老人:八つ裂きにした全身をケシの実と一緒に銀のミキサーにかけ、コンクリートで固めてフィリピン、トンガ、マリアナ海溝に遺棄。心臓は三つに分けてキラウエア・三原山、ストロンボリの火口に処分したつもりだったのだがな。 少女:…………。 老人:脳味噌はどうしたんだったか、忘れてしまったな。 少女:……静かの海。 老人:ああ、そうだったそうだった。プルトニウム239と一緒に固化ガラスでキャニスタに詰めて月面に置いてきたんだ。 少女:あそこまでやるかな、普通? 老人:普通でないからあれほどの手間をかけた。それとて二十年。貴様どこから湧いてきた? 少女:決まってるでしょう? 大地から。 老人:……去年の噴火。 少女:ええ、運良く焼け残った一部が。 老人:相変わらずふざけた存在よ。 少女:あなたこそふざけているでしょう。わたくしの身体をあんなにバラエティ豊かに葬りやがって。月面ってなに? 吸血鬼を月に送るなんて前代未聞。 老人:気に入らなかったか? 月が好きなんだろう? 吸血鬼は。 少女:見るのは、ね。それに脳だけで月面旅行なんてほんと勘弁。放射線で焼かれた脳がまだ少しだけ頭がふわふわしてますわ。 老人:永遠に彷徨っていれば良かったものを。 少女:そうはいきませんわ、こうして復活できたのですから。 老人:しかし完全では無い。 少女:えぇ、見ての通り。 老人:可愛げのない子供の姿だ。 少女:耄碌しましたか? ジョシュアおじいちゃま? ほら、この無邪気で愛らしい花のような姿をよく見て下さいな。 老人:魔性だな。邪気に満ちていると思うが。 少女:あら。薄めてきたつもりなのですが。 老人:扉ごしにも匂ってきたぞ。 少女:さすが、歳を食っても勘は鈍ってないようですね、ヴァンパイアハンター? 老人:ふん、抜かせ。 少女:そういえばあなた、今いくつ? 老人:私か。今は百十六だ。 少女:へぇ。あの不条理な世界でよく生き残ったものですね。 老人:あぁ、一世紀以上も生きるとは思わなんだ。神は見ているということかな。 少女:あなたの所業には神も目を背けることでしょう。どちらが化物か分からない。 老人:それは心外だな、化物。 少女:えへへ。 老人:それで何をしにきた? 腐れ吸血鬼。 少女:さっき言ったけど、見舞いだよ。 老人:貴様が? 悪い冗談だ。 少女:えぇ、笑える冗談でしょう? りんご食べる? 老人:いらん。 少女:まだ根に持ってるんですね、あの時の毒りんご。 老人:貴様がまさかあんな卑怯な手を使うとは思わなんだ。純朴な好青年に化けてまで盛るとは恐れ入る。 少女:えへへ。昔のことです。それに殺しはしなかったでしょう? 老人:ふん、……今度は殺すつもりか? 少女:どうでしょう? 老人:こんな老いぼれ殺したとて何ら自慢にならんぞ? 少女:この身体では少々骨が折れそう。どうせまた何か仕込んでるのでしょう? 感じますわ、殺気を。 老人:あぁバレていたか。 少女:何を隠しているんですの? お爺様? 老人:気になるか? 歯だよ。 少女:歯? 老人:私が奥歯を強く噛めば、特殊な電磁波が出る。受信機がそれを感知すると連動して仕掛けられたあるからくりを作動させる。 少女:からくり? 老人:銀粉と微細なガーネット片を研磨剤として、バチカンから取り寄せた『神聖なミネラルウォーター』を超高圧で噴射する装置。 老人:厚さ100ミリの鉄板相当の物質を紙くず同然に両断し、並の化物なら即座に浄化だ。 少女:……えげつな。 老人:ははは。時代はテクノロジーさ。 少女:ほんと、恐ろしい進歩。 老人:昔に比べ随分と吸血鬼退治も楽になったものよ。 少女:どちらが化物か分からないですわ。こちらよりも余程ね。 老人:今となっては絶滅危惧種。いや、貴様を除いてはもう死に絶えたのだったか? 少女:ええ、わたくしがラスト。それ以外はあなたの仲間に殺されるか緩やかに帰化しましたよ。 老人:顔見知りが宿敵の私しかおらんという貴様も数奇なものよ。 少女:宿敵ね。ええ、認めましょう。わたくしにとって、いいえ吾輩にとって最後の宿敵だったのだろう、貴様は。 老人:思えばちょうど逆だった。 少女:逆? 老人:あのときは私がガキで、貴様はババアだ。 少女:あぁ、そうだったな。 老人:もう100年も前の話だ。 少女:懐かしいか? 狩人の少年? 老人:100年なぞ、貴様にとっては昨日のことか? 少女:いいえ、わたくしの体感的には一昨年くらい。 老人:私は随分長く生きた。 少女:そしてそれももう終わる。あなた、虚しくはない? 老人:虚しい? 理解できぬと常々思っておったが、やはり死を前にしても理解できぬな。死にたくないとも死にたいとも思わんよ、私は。 少女:わたくしは死にたくないと思い続けてました。 老人:思わんな。まして他人の命を食らってまで、生きたいとは。 少女:人を食わずとも、他の命を食らうのに変わりはないでしょう? 老人:それもまた道理よな。 少女:生きていれば食うでなく殺すこともありましょう、それは生きたいというのとは違う? 外敵に遭遇したときに人は命を奪うでしょう。 老人:ああ、私とて吸血鬼は殺す。 少女:でしょうね。 老人:それも生きるためよ。貴様ら吸血鬼もそうなのだろう。 少女:そう、わたくし達は人を襲い、殺して食らう。誰かにとって大切な何かを奪って食らう簒奪者。それは恐怖と憎悪の象徴。 老人:仲間を、友人を、貴様や貴様の同胞に殺されたのを覚えている。もう随分と昔のことのように感じるが、思えば貴様を憎んだことも無かったな。 少女:へぇ、そう。わたくしはあなたのこと、死ぬほど恨みましたのに。 老人:蚊が出れば殺す。 少女:あらあら、蚊ですって? 流石はヴァンパイアハンター様。言うことが違いますわ。 老人:そうさな、それが自らよりも遥かに強い存在だっただけのこと。 少女:強さなどあまり意味の無い時代ですわ。強くとも死ぬ。或いはあなたのようにね。 老人:ああ、もうすぐ死ぬとも。貴様のように蘇ってきたりはしないが。 少女:それは勿体ない限りですわ。 老人:よもや吸血鬼にしようなどとは言わんだろうな? 少女:あなたにはそれだけの価値がある、そう思いますよ。 老人:考えておったのか。 少女:……いけない? 老人:馬鹿め。そんな物は望まんよ。 少女:永い時間をわたくしのように生きたいとは思わない? 老人:生きることに興味が無い。 少女:強力無比な吸血鬼と戦い続けながら百十六年も生きて? 老人:結果だな。私は襲い来る敵を退けただけだ。 少女:その末に、生き残った全ての吸血鬼を殺した。 老人:ああ。 少女:最後のヴァンパイアハンターであるあなたにはもう敵はいない。 老人:故に生きる意味も死ぬ理由もない。 少女:なら生きろ。生き続けろ。このわたくしはまだ残ってる。あなたの命を脅かす。風前の灯火のあなたの命をわたくしは殺す。殺し尽くしましょう。身体を切り刻まれ海溝に沈められた恨みを、心臓を切り分け火山に投げ捨てられた怒りを、脳を月に打ち上げられた屈辱を、あなたのその身で晴らさせて貰う。 老人:好きにするがいい。 少女:好きにします。言われるまでも無い。わたくしは、吸血鬼ですので。 老人:貴様には殺せんよ。 少女:わたくしを侮るのですか? まさかこのわたくしを。一世紀どころではない、有史以前から存在するこのわたくしを。敵ではないと? ……傲るなよ人間。 老人:傲ってなどおらんよ。それにやはり殺せぬとも。邪気こそ感じたが、殺意なき者に人は殺せぬ。 少女:…………。 老人:ここに私を訪ねてきた貴様には、この老いぼれを殺す気など無かったのだろう? 少女:どうしてそう思うの? 老人:勘だよ。 少女:勘。 老人:生涯ヴァンパイアハンターだ。 少女:え? 老人:今さらどうしてヴァンパイアになどなれよう。 少女:思うかも、しれないじゃない。 老人:貴様はなりたいと思うか? 人間に。 少女:どうなのでしょう。 老人:愚問だろうて。 少女:やはり、ならないの、あなたも。 : 0:間。 : 老人:……私は私以外にはならんよ。何度蘇ろうと貴様が貴様であり続けたように。 少女:……そう。 老人:そうだとも。 : 0:老人、目を瞑る。 : 老人:……はは。あぁ、眠くなってきた。 少女:もう、眠るの? このわたくしとの話は退屈でして? 老人:飽きた。随分長い付き合いだからな。 少女:えぇ、そう。 老人:もう二度と会うことも無いだろうが、……早く死ね。 少女:お互いに。 少女:……ごきげんよう、最後の宿敵ジョシュア・クルスニク。 老人:ではな、腐れ吸血鬼。……最後の友よ。 少女:ふ。 : 0:少女、消え去る。 : 老人:ははは。なかなかどうして、悪くない。 : 0:老人、りんごに手を伸ばして一口囓ると、深い深い眠りにつく。 : 0:◇◇◆◆

0:ラスト・ヴァンパイアハンター。《A》 : 0:少女《A(Alice)》版です。もう一つ少年《K(Kevin)》もあります。ストーリーの内容は同じですが台詞のニュアンスは微妙に変わるかもです。 : 0:◆あらすじ◆ 0:老いて死にゆくヴァンパイアハンターのもとに、復活した吸血鬼が訪れる話。 : 0:◇登場人物◇ 老人:ジョシュア・クルスニク。ヴァンパイアハンター。百十六歳。 少女:吸血鬼。アリスと名乗るが、本来の名称と性別は不明。年齢不明。 少女:少年版もあります。そちらはケヴィンです。 少女:名前の意味はケヴィンもアリスもだいたい『高貴な』って感じです。 : 0:◆◆◇◇ : 0:ベッドに横たわる老人。 : 老人:……客人か。 : 0:ノックの音。 : 老人:……開いとるよ。 : 0:扉を開けて少女が入ってくる。 : 少女:こんばんはジョシュア様。 老人:おや、どなたかな? 少女:隣室のリチャードの孫のアリスです。 老人:ほう、リチャードに孫がいたとは知らなんだ。 少女:こちらに来るのは初めてですのでお見かけしないのも当然です。祖父が大変お世話になっているとお聞きして、お見舞いも兼ねてご挨拶に参りました。 老人:あのリチャードの孫にしておくには惜しい礼儀正しさだな。 少女:今年からボーディング・スクールに入りまして、マナーはそちらで。今は夏休みなのです。 老人:成る程、利発そうな訳だ。 少女:光栄です、お爺様。あぁそうですわ。お見舞いの品にりんごを持ってきましたのですが、ジョシュア様はお好きですか? 老人:りんご? 少女:ええ、栽培が盛んな地域にある母の生家で取れたものです。美味しいと評判ですので、お体に障らないようでしたら、是非食べていただきたいのです。 老人:嫌いでは無いがな。あまり良い思い出がないのだ。 少女:お気に召しませんか? 老人:いいや、貰うとしよう。 少女:ほんとですか! それは嬉しいです! 老人:ははは。 : 0:少女、ベッドサイドチェストにりんごを置く。 : 老人:よもや。 少女:え? 老人:よもや、生涯をヴァンパイアハンターとして生きたこの私の最期の客が貴様とはな。 老人:腐れ吸血鬼? : 0:間。 : 少女:吸血鬼? ……あはは、お爺様ったら何を言い出すんですか。わたくしはかわいいかわいいアリスです。ハロウィンはまだ先ですよ? 老人:二十年も前のことだったか? 少女:二十年前でしたらわたくしは生まれておりませんね。 老人:八つ裂きにした全身をケシの実と一緒に銀のミキサーにかけ、コンクリートで固めてフィリピン、トンガ、マリアナ海溝に遺棄。心臓は三つに分けてキラウエア・三原山、ストロンボリの火口に処分したつもりだったのだがな。 少女:…………。 老人:脳味噌はどうしたんだったか、忘れてしまったな。 少女:……静かの海。 老人:ああ、そうだったそうだった。プルトニウム239と一緒に固化ガラスでキャニスタに詰めて月面に置いてきたんだ。 少女:あそこまでやるかな、普通? 老人:普通でないからあれほどの手間をかけた。それとて二十年。貴様どこから湧いてきた? 少女:決まってるでしょう? 大地から。 老人:……去年の噴火。 少女:ええ、運良く焼け残った一部が。 老人:相変わらずふざけた存在よ。 少女:あなたこそふざけているでしょう。わたくしの身体をあんなにバラエティ豊かに葬りやがって。月面ってなに? 吸血鬼を月に送るなんて前代未聞。 老人:気に入らなかったか? 月が好きなんだろう? 吸血鬼は。 少女:見るのは、ね。それに脳だけで月面旅行なんてほんと勘弁。放射線で焼かれた脳がまだ少しだけ頭がふわふわしてますわ。 老人:永遠に彷徨っていれば良かったものを。 少女:そうはいきませんわ、こうして復活できたのですから。 老人:しかし完全では無い。 少女:えぇ、見ての通り。 老人:可愛げのない子供の姿だ。 少女:耄碌しましたか? ジョシュアおじいちゃま? ほら、この無邪気で愛らしい花のような姿をよく見て下さいな。 老人:魔性だな。邪気に満ちていると思うが。 少女:あら。薄めてきたつもりなのですが。 老人:扉ごしにも匂ってきたぞ。 少女:さすが、歳を食っても勘は鈍ってないようですね、ヴァンパイアハンター? 老人:ふん、抜かせ。 少女:そういえばあなた、今いくつ? 老人:私か。今は百十六だ。 少女:へぇ。あの不条理な世界でよく生き残ったものですね。 老人:あぁ、一世紀以上も生きるとは思わなんだ。神は見ているということかな。 少女:あなたの所業には神も目を背けることでしょう。どちらが化物か分からない。 老人:それは心外だな、化物。 少女:えへへ。 老人:それで何をしにきた? 腐れ吸血鬼。 少女:さっき言ったけど、見舞いだよ。 老人:貴様が? 悪い冗談だ。 少女:えぇ、笑える冗談でしょう? りんご食べる? 老人:いらん。 少女:まだ根に持ってるんですね、あの時の毒りんご。 老人:貴様がまさかあんな卑怯な手を使うとは思わなんだ。純朴な好青年に化けてまで盛るとは恐れ入る。 少女:えへへ。昔のことです。それに殺しはしなかったでしょう? 老人:ふん、……今度は殺すつもりか? 少女:どうでしょう? 老人:こんな老いぼれ殺したとて何ら自慢にならんぞ? 少女:この身体では少々骨が折れそう。どうせまた何か仕込んでるのでしょう? 感じますわ、殺気を。 老人:あぁバレていたか。 少女:何を隠しているんですの? お爺様? 老人:気になるか? 歯だよ。 少女:歯? 老人:私が奥歯を強く噛めば、特殊な電磁波が出る。受信機がそれを感知すると連動して仕掛けられたあるからくりを作動させる。 少女:からくり? 老人:銀粉と微細なガーネット片を研磨剤として、バチカンから取り寄せた『神聖なミネラルウォーター』を超高圧で噴射する装置。 老人:厚さ100ミリの鉄板相当の物質を紙くず同然に両断し、並の化物なら即座に浄化だ。 少女:……えげつな。 老人:ははは。時代はテクノロジーさ。 少女:ほんと、恐ろしい進歩。 老人:昔に比べ随分と吸血鬼退治も楽になったものよ。 少女:どちらが化物か分からないですわ。こちらよりも余程ね。 老人:今となっては絶滅危惧種。いや、貴様を除いてはもう死に絶えたのだったか? 少女:ええ、わたくしがラスト。それ以外はあなたの仲間に殺されるか緩やかに帰化しましたよ。 老人:顔見知りが宿敵の私しかおらんという貴様も数奇なものよ。 少女:宿敵ね。ええ、認めましょう。わたくしにとって、いいえ吾輩にとって最後の宿敵だったのだろう、貴様は。 老人:思えばちょうど逆だった。 少女:逆? 老人:あのときは私がガキで、貴様はババアだ。 少女:あぁ、そうだったな。 老人:もう100年も前の話だ。 少女:懐かしいか? 狩人の少年? 老人:100年なぞ、貴様にとっては昨日のことか? 少女:いいえ、わたくしの体感的には一昨年くらい。 老人:私は随分長く生きた。 少女:そしてそれももう終わる。あなた、虚しくはない? 老人:虚しい? 理解できぬと常々思っておったが、やはり死を前にしても理解できぬな。死にたくないとも死にたいとも思わんよ、私は。 少女:わたくしは死にたくないと思い続けてました。 老人:思わんな。まして他人の命を食らってまで、生きたいとは。 少女:人を食わずとも、他の命を食らうのに変わりはないでしょう? 老人:それもまた道理よな。 少女:生きていれば食うでなく殺すこともありましょう、それは生きたいというのとは違う? 外敵に遭遇したときに人は命を奪うでしょう。 老人:ああ、私とて吸血鬼は殺す。 少女:でしょうね。 老人:それも生きるためよ。貴様ら吸血鬼もそうなのだろう。 少女:そう、わたくし達は人を襲い、殺して食らう。誰かにとって大切な何かを奪って食らう簒奪者。それは恐怖と憎悪の象徴。 老人:仲間を、友人を、貴様や貴様の同胞に殺されたのを覚えている。もう随分と昔のことのように感じるが、思えば貴様を憎んだことも無かったな。 少女:へぇ、そう。わたくしはあなたのこと、死ぬほど恨みましたのに。 老人:蚊が出れば殺す。 少女:あらあら、蚊ですって? 流石はヴァンパイアハンター様。言うことが違いますわ。 老人:そうさな、それが自らよりも遥かに強い存在だっただけのこと。 少女:強さなどあまり意味の無い時代ですわ。強くとも死ぬ。或いはあなたのようにね。 老人:ああ、もうすぐ死ぬとも。貴様のように蘇ってきたりはしないが。 少女:それは勿体ない限りですわ。 老人:よもや吸血鬼にしようなどとは言わんだろうな? 少女:あなたにはそれだけの価値がある、そう思いますよ。 老人:考えておったのか。 少女:……いけない? 老人:馬鹿め。そんな物は望まんよ。 少女:永い時間をわたくしのように生きたいとは思わない? 老人:生きることに興味が無い。 少女:強力無比な吸血鬼と戦い続けながら百十六年も生きて? 老人:結果だな。私は襲い来る敵を退けただけだ。 少女:その末に、生き残った全ての吸血鬼を殺した。 老人:ああ。 少女:最後のヴァンパイアハンターであるあなたにはもう敵はいない。 老人:故に生きる意味も死ぬ理由もない。 少女:なら生きろ。生き続けろ。このわたくしはまだ残ってる。あなたの命を脅かす。風前の灯火のあなたの命をわたくしは殺す。殺し尽くしましょう。身体を切り刻まれ海溝に沈められた恨みを、心臓を切り分け火山に投げ捨てられた怒りを、脳を月に打ち上げられた屈辱を、あなたのその身で晴らさせて貰う。 老人:好きにするがいい。 少女:好きにします。言われるまでも無い。わたくしは、吸血鬼ですので。 老人:貴様には殺せんよ。 少女:わたくしを侮るのですか? まさかこのわたくしを。一世紀どころではない、有史以前から存在するこのわたくしを。敵ではないと? ……傲るなよ人間。 老人:傲ってなどおらんよ。それにやはり殺せぬとも。邪気こそ感じたが、殺意なき者に人は殺せぬ。 少女:…………。 老人:ここに私を訪ねてきた貴様には、この老いぼれを殺す気など無かったのだろう? 少女:どうしてそう思うの? 老人:勘だよ。 少女:勘。 老人:生涯ヴァンパイアハンターだ。 少女:え? 老人:今さらどうしてヴァンパイアになどなれよう。 少女:思うかも、しれないじゃない。 老人:貴様はなりたいと思うか? 人間に。 少女:どうなのでしょう。 老人:愚問だろうて。 少女:やはり、ならないの、あなたも。 : 0:間。 : 老人:……私は私以外にはならんよ。何度蘇ろうと貴様が貴様であり続けたように。 少女:……そう。 老人:そうだとも。 : 0:老人、目を瞑る。 : 老人:……はは。あぁ、眠くなってきた。 少女:もう、眠るの? このわたくしとの話は退屈でして? 老人:飽きた。随分長い付き合いだからな。 少女:えぇ、そう。 老人:もう二度と会うことも無いだろうが、……早く死ね。 少女:お互いに。 少女:……ごきげんよう、最後の宿敵ジョシュア・クルスニク。 老人:ではな、腐れ吸血鬼。……最後の友よ。 少女:ふ。 : 0:少女、消え去る。 : 老人:ははは。なかなかどうして、悪くない。 : 0:老人、りんごに手を伸ばして一口囓ると、深い深い眠りにつく。 : 0:◇◇◆◆