台本概要

 257 views 

タイトル 誰の味
作者名
ジャンル ラブストーリー
演者人数 4人用台本(男3、女1)
時間 30 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 男が毎晩青年のつくった夕食を食べるお話。

 257 views 

キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
320 青年のつくる夕食を食べる人。
青年 172 男に夕食をつくる人。
亡き人 18 男に夕食をつくっていた人。
友人 47 男の同僚で友人。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
0:夕方、青白く、暗い雲に覆われた街 0:男、仕事を終えた帰り道 男:ん?あ……! 0:青年に気付いて近寄る、青年も同様に気付いて 青年:あ…… 男:ばったり、だね 男:買い物帰り、かな 青年:うん、今から向かうところ 男:僕も、ちょうど帰りだったんだ 0:二人でゆっくりと歩き出す 男:……ありがとうね、いつも 青年:…… 男:今日は結構、寒いね 青年:うん 男:学校は、どう? 青年:別に 男:部活は、決まった? 青年:いや 男:そうか 男:運動部と文化部、どっちに入りたいんだ? 青年:入るつもりない 男:そう、なんだ 青年:うん 男:さて……今日のご飯は 0:青年の手元を覗き込み、青年がもつビニール袋の食材を確認する 青年:……シチューだよ 男:……あ、そっか 男:今日は、そうだった 青年:お墓、行った? 0:そう言って、アパートの階段を上る青年、背中越しに 男:ああ……いや、まだ、なんだ 男:夕飯を食べたら、行くよ…… 青年:…… 男:…… 青年:花はもうあるから 男:そっか 0:急ぎ足で階段を登り、 男:ありがとう、ね 男:(ー家の鍵を開ける) 男:さ、どうぞ 青年:お邪魔します 男:ただいまー 男:いやー寒かった寒かった 0:青年、玄関を入ってすぐのキッチンに荷物を下ろし、夕飯の準備を始める 0:男、部屋の奥に進み、荷物をベットに投げた後、 男:暖房、いる? 青年:いらない 男:そう 男:俺は、風呂でも沸かそうかな 青年:…… 男:ねえ 青年:なに 男:相談なんだけど…… 0:青年は、こっちを見ない、キッチンに向かったまま 男:いや、なんでもない 0:数十分後、小さな安物の机には暖かいシチューとフランスパンが2切れ 青年:お待たせ 男:おお、美味しそう、いただきます 青年:……ます 男:(ーシチューをすする) 男:うん、うまい 男:ああ、あったまるねー 0:もう一口、食べようとしたところで、青年の視線を感じ、 男:ん、どうしたの、食べないの? 青年:どう 男:え 男:ああ、これ? 男:美味しいよ、とっても 青年:ちゃんと、似てる? 青年:姉ちゃんのと 男:(ー一瞬、言葉に詰まる) 男:……ああうん、似てる、そっくりだ 男:トロトロだ……はは 青年:そ 男:ああ…… 青年:(ーシチューを一すくい、口に入れる) 青年:(ーゆっくりと味わう) 青年:(ー静かに涙を堪える) 男:(ースプーンを置く) 男:泣いていいんだよ 青年:泣いてない 男:我慢しなくていい 青年:泣いてないって 男:姉想いのいい弟だなあ 男:あいつも喜ぶよ 青年:そんなこと、ない…… 男:はは…… 青年:(ー涙を、必死に堪える) 男:食おう、食おう 青年:うん 青年:(ー再びシチューを食べ始める) 0:食事が終わり、 男:ごちそうさまー 青年:……さま 0:青年、すぐに立ち上がる 男:いやあ、うまかった 男:あ、片付けは僕がやっとくよ? 青年:いい、すぐだから 男:そう?いつもごめんね 男:風呂沸いてるからさ、それ終わったら、つかっていくといいよ 青年:いいよ、家で入る 男:……そう、ま、湯冷めしちゃうもんねえ 男:(ーベットにもたれる)よいしょ 男:ねえ 青年:ん 男:……夕飯、さ 青年:…… 男:これからは、週に何度かでいいよ 男:ほら、高校生になったら何かと忙しいだろ? 青年:別に平気 男:それにさ、晩ご飯はお義父さんや、お義母さんと一緒の方が…… 青年:二人とも仕事だから、夜はいない 男:ああ……でも 青年:片付け、終わった 男:あ、ありがとう 青年:じゃ 男:もう帰るの? 青年:うん 男:そう、か……あ、待って、お金お金、レシート見せて 青年:はい 男:えっと、六百、八十円ね 男:じゃあ……はい、いつもありがとう 青年:二十円…… 男:あ、それくらいいよ 青年:だめだよ(ー二十円を押し付けて) 男:お……わかった 青年:お邪魔しました 男:あ……うん、またね 0:アルミ製の扉がガチャンと鳴る 男:(ー一息つく) 0:しばらくして、玄関の呼び出し音 男:ん?忘れ物かな…… 男:(ーソファから立ち上がる)ん 男:(ードアを開けながら)はーい、どうし…… 友人:すまん!!一晩泊めてくれ! 男:うわ! 友人:よ、よお…… 男:びっくりした……なに? 友人:ほんっと申し訳ないんだが、一晩だけ泊めてくれないか 男:な、なにがあった……まあいいや、とりあえず、入って 友人:ありがとう……お邪魔します……あ、今大丈夫だった? 男:うん、まあ 友人:これから用事とかない? 男:……特に 友人:すまん、仕事終わりに押しかけて 男:どうした?まさか、また奥さんと喧嘩? 友人:うっ…… 男:図星か 男:お前も懲りないなあ 友人:め、面目、ない 男:はは 友人:明日の朝には帰るからさ、あ、ほら、ちょっとだけど、お酒も買ってきたんだよ、これで何とか 男:俺はいいけど……って、ちょっとじゃないだろ、その量は 友人:だって、お前、仕事帰りに飲もうって誘っても来ないだろ? 男:まあ…… 友人:だから、いい機会だと思って、へへ 男:反省してないな 友人:そんなことないよ 男:今度はどんな喧嘩なんだ 友人:俺が十割悪い! 男:威張るな 友人:はははっ 男:仲良い証拠だな 友人:……ん?いいにおいがするな 男:ああ…… 友人:これは……シチューか? 男:まあ 友人:あ、え……もしかして 男:…… 友人:あの子、まだ来てるのか……? 男:ああ 友人:……もう3年だろ 男:今日は、命日なんだ 友人:え……え?! 友人:お、俺、何も考えずに……! 男:いや、いいんだ 友人:しかも夫婦喧嘩で来た、とか…… 友人:本当にごめん、デリカシーないにも程があるよな、ごめん! 男:いいよ 友人:今日は、帰るわ…… 男:いいって 友人:でも…… 男:しんみりしても、な 友人:…… 男:ちょうどいい、二人であいつに乾杯しよう 友人:無理、してないか? 男:一人でいるより良いんだ 友人:……飲むか 男:うん 0:翌日、仕事を終えて帰宅する、どんよりとした天気が続く 男:ただいまー 男:お、もう来てたんだ 青年:お邪魔してます 男:今日は何かなー? 0:青年の背中からキッチンの様子を覗く 青年:にいさん 男:ん、なに? 青年:くさい 男:えっ? 0:即座に後退り、しかし、狭い廊下の壁に当たる 男:おれ、ぼ、僕? 男:僕、臭うの?まだ、そんな歳じゃ…… 青年:違う 男:ん? 青年:お酒 男:え 男:あ……ああ!お酒の匂いか! 青年:うん 男:確かに部屋が酒臭いかも…… 男:あの……昨日、ちょっとね 男:いや、結構、飲んだ、ね…… 青年:誰か、いた? 男:うん、同僚がひとり 男:あ、一人でこれだけ飲んだわけじゃないよ 男:急に一晩だけ泊めろって言われてね 男:晩飯を食べてすぐだったんだけど 青年:…… 男:奥さんと喧嘩したんだって 男:前にもそんなことがあってね、はは、可愛いよね 青年:へえ 男:ごめんね、におうよね、散らかしたまま家出ちゃったし 青年:別にいいけど、飲んだだけなら 男:さ、換気、換気ー 男:おおっ、寒っ 青年:もうできてるから 男:お、ありがとう 男:生姜焼きか!うまそう! 青年:味噌汁もある 青年:ご飯はもうすぐ炊ける 男:そっか、ありがとうね 男:あ……しまった、缶ビンは昨日か 青年:僕はもう帰る 男:え?今日は一緒に食べないの? 青年:いい 男:忙しい? 青年:……まあ 男:あれ……怒ってる? 青年:怒ってないよ 男:あ、怒ってるだろ 青年:怒ってないって 男:その顔……はは、あいつに似てるな 青年:…… 男:あいつも機嫌が悪いときはそうやって…… 青年:帰る 男:あ……ごめん 青年:感想は明日きく、ダメだったら言って 男:ダメって、料理のことなら、いつも美味しいよ、本当に 青年:違う 青年:似てるか、だよ、姉ちゃんのに 男:っ……それは 青年:じゃ 男:あ、ちょっと 0:アルミの扉は昨日より重く鳴った 男:…… 男:(ー大きなため息)ふう 0:静かにあぐらをかいて、箸を手にとる 男:いただきます 0:(回想) 亡き人:二人ともーできたよー 男:おっ、できたって 青年:うん 男:おー、今日はシチューか、うまそうだな 亡き人:ふふん、これは自信作だなあ 男:お前の飯はなんでも美味しいよ? 亡き人:ほんと? 青年:俺の方がうまいもん 亡き人:なにか言いました? 青年:なんでもない 男:はは 0:三人が小さなテーブルを囲む 亡き人:さ、いただきます 男:いただきます 青年:……ます 男:(ーシチューをすする) 男:んん、うまい! 亡き人:うん、やっぱり美味しくできた 青年:おいしい 男:いやあ、あったまるねえ 亡き人:そうだね、それに…… 男:(ー亡き人と同時に)トロトロだな 亡き人:(ー男と同時に)トロトロだね 男:はは 亡き人:ふふふ 青年:(ー小さくため息)はあ 青年:なんで僕まで一緒に 亡き人:こら、そんな顔しないの、みんなで食べた方が美味しいでしょ? 青年:同じだよ 亡き人:あ、パンも焼けた 0:亡き人、立ち上がって、トースターの方へ 男:ああ、幸せだな、毎日こんなうまい飯が食えて 亡き人:(一瞬、振り返って)なに、改まって 亡き人:やめてよ、っふふ 男:ふふ 男:(青年に向かって)あ、今また嫌そうな顔した 青年:してないよ 男:してたね、ふふ、可愛い 青年:な…… 亡き人:あちっ! 男:大丈夫? 亡き人:あつ……ちょっとお皿取ってー 男:ああ、はいはい、痛あっ! 亡き人:何?! 男:あ、足つった……! 亡き人:ええ? 青年:(ー大きなため息)はあ……僕がやるよ 男:ごめぇん…… 亡き人:ごめぇん……っはは 男:ははは 青年:ふふ 0:(ー会話フェードアウト) 0:(回想終了) 0:駅近くの古びた居酒屋、カウンター席にて 友人:(ーだんだん大きく)おい、おーい 友人:おい、起きろよ 男:ん、ん…… 友人:そろそろ終電だぞ 男:ああ…… 友人:珍しいな、こんなになるまで飲むなんて 友人:(ー店員に向かって)すいません、お会計、お願いします 0:机に伏せたまま、 男:ん…… 0:友人は立ち上がりコートを羽織る 友人:久々に外で飲むんだから、ほどほどにって言っただろ 友人:大丈夫か?こないだお前ん家で飲んだときは、そこまで…… 男:なあ 友人:ん? 男:ここの焼き鳥、うまいよなあ 友人:は?まあ、うまい、けど 男:だし巻きもアジフライも、うまいなあ 友人:…… 男:前、来たときと同じ味するか? 友人:同じって……まあ、うまいのは変わらないんじゃないか 友人:ほら、もう帰るぞ 男:あの子な 男:いつも俺に聞くんだよ 男:同じ味か、って 友人:え? 男:似てるか?って、毎晩だぞ?毎晩 友人:何の話だよ 男:あいつが生きてた時、俺につくってくれた料理と、同じものをつくってさ 男:美味しいかどうかよりも、あいつの料理を真似できたかって聞くんだよ 友人:…… 男:自分への「罰」 男:それとも 男:俺への嫌がらせ 男:……はは、ははは 友人:おい、やめろよ、そんなふうに考えるのは 男:わからない!わかるわけないだろ! 男:味なんて、そんなに正確に覚えてない! 男:……思い出したくもない 男:あいつの飯はうまかったし、あの子の飯も同じくらい……うまかった…… 男:でも、わからなくなった 男:味がしないんだ 男:これは誰が誰のために作った飯なんだって思うと 男:(ー鼻で笑う) 友人:……今日はもう帰ろう、な 友人:酔ってるんだよ 男:なあ 男:どうすればいいんだよ 男:このまま、俺は黙ってあの子の料理を食べ続けるのか 男:あの子が自分を許すまで 男:なあ、これが、あの子のため、なのか 男:なあ…… 男:俺は、どうすればいいんだよ 男:二人を 男:……どうやって救えばいい? 友人:…… 0:黙々と明日の仕込みをする大将、虚空を見つめる男、それを見下ろす男 0:数日後、仕事を早めに終わらせ、自宅前で青年を待つ 0:紫色とオレンジが混ざった空に、分厚いいわし雲、綺麗だが少し怖い、風がない 男:久しぶり 0:青年、数歩近づいて、立ち止まる 青年:……久しぶり 男:仕事が忙しくて 青年:…… 男:泊まり込みで……ね 青年:…… 男:コンビニ弁当も、まあ、そこそこだけど、やっぱり、ね 男:今日は、久々に美味い飯が食べられると思うと嬉しいなあ 青年:うん、今から準備する 0:青年、アパートの階段を登ろうとする 男:ねえ 青年:……ん? 男:お墓参り、行かないか 青年:え、今から? 男:うん 青年:……どうして 男:たまには二人で、行こうよ 男:ゆっくり話したい 男:ほら、僕ら、家でしか会わないし、話さない 男:それもどうかなって 青年:ご飯は? 男:帰ってからにしよう 青年:急になんで、今日は命日じゃない 男:命日以外に行ってもいいだろ 青年:……もう、夕方だし、遅くなるよ 男:車出すからさ 男:お供え用の果物と、ほら、お花も買ってある 青年:…… 男:お花、枯らしちゃうといけないだろう 男:ね、行こう 0:青年の手を掴む 青年:ちょ……わ、わかったよ 男:ふふ 青年:わかったから、手…… 男:さ、どうぞ 0:男、車のドアを開ける 0:青年、下を向いて表情は見えない 0:車の中、徐々に人気の少ない山道へ 男:いつもはバスで行ってるの? 青年:うん 男:ふうん、車だと楽? 青年:まあ、座れるし 男:よかった 男:あ、そうだ 青年:ん? 男:お供え用の果物、ちょっと高いやつ買っちゃった 男:スーパーで美味しそうなやつがあったから 青年:ふうん 男:食べ物はお墓に置いて帰っちゃダメなんだってね 青年:……どうして 男:どうしてだと思う? 青年:腐ったら掃除が大変だから 男:ああ、それもあると思う、けど……山の猿が食べちゃうからだって 男:冬は特に、山に食べ物がないから 青年:へえ 男:だから、お供えしたら、持って帰って家で食べようね 青年:そんなに高いの、僕、払えないよ 男:え?あ、いらない、いらない 男:僕が食べたかったんだから 青年:…… 男:お金のこともそうだけど、もう少し、甘えてくれてもいいのに 男:まだ高校生なんだし 男:僕たちは…… 青年:初めてだね、二人でお参りするの 男:え、ああ、そうだね 男:お、見て、空すごいね、綺麗な夕焼け 青年:……ほんとだ、綺麗だね 男:…… 青年:…… 男:あいつ、なんて言うかな、はは…… 0:薄暗い墓地、数時間前にお供えされたであろうお花、人の影が所々に 0:二人、真新しい墓石とピンクのネットに包まれた高そうな果物を前に拝む 青年:……(ー静かに姿勢を戻す) 男:……(ー静かに姿勢を戻す)よし 男:(墓石に向かって)また来る 青年:…… 男:いつも何て声かけてる? 男:僕は「見守っててください」とか、「今日は仕事でやらかしました」とか、だね、はは 青年:「ごめんね」 男:……どうして 青年:僕のせいだから 男:違うよ 青年:違わない 男:違う……あれは君のせいじゃない 青年:……帰ろう 男:あいつは、君のせいで死んだんじゃない 男:事故で、死んだんだ 青年:…… 青年:僕があのとき迎えに来てなんて言わなかったら、事故は起きなかった 青年:姉ちゃんは死ななかった 男:そうじゃない 青年:……そうだよ 男:そうやって自分を責めてるのか、ずっと、3年も 青年:事実だから 男:それは事実じゃない、そう思い込んでるだけじゃないか 青年:もういい、帰ろうよ 男:待って 男:ちゃんと話をしよう 青年:……こんなところで 男:言っておきたいんだ、今 男:そんなふうに自分を責めることなんてない 男:僕に晩飯をつくっても、あいつへの償いにはならない 青年:…… 男:あいつができなくなったことを、君が代わりにする義務はないだろ 男:事故は君のせいじゃない、あいつが死んだのも君のせいじゃない 男:だから、これからは、無理に僕と一緒にいる必要もないんだ 青年:ち、ちがう……そうじゃ…… 男:でも、もし君が、あいつの死を受け入れて、僕とまた飯を食べたいって思ってくれるなら、今度は家族として一緒に食べよう 男:似てるかじゃなくて、美味しいって言い合って、昔みたいに楽しく食べよう 男:これからは、「きょうだい」として…… 青年:やめて! 男:っ…… 青年:やめてよ 青年:そんな言葉、聞きたくない 男:な、なんで 青年:帰る(ー足早にその場を去る) 男:え……ちょ、ちょっと待って 男:どうして!(急いで追いかける) 青年:…… 男:ま、待って…… 男:俺は、君のためを思って…… 男:なあ……! 男:待てって言ってるだろ! 青年:っ……? 男:……なんで分からないんだ! 青年:に、にいさん? 男:俺の言ってること間違ってるか?なあ! 男:は……悪い……大きな声出して 青年:…… 男:く、車に戻ろう…… 0:元に戻った墓地の静寂と置き去りにされた果物 0:駐車場で冷え切った車、ゆっくりと走り出す 男:寒くない? 青年:ううん 男:暖房、き、きつくしようか? 青年:いい、大丈夫 男:そう 青年:…… 男:……さっきは、ごめん、ね 男:帰ったらまた、ちゃんと、話そう、ね? 青年:僕、バイトすることにした 男:え 青年:バイトする 男:バイ、ト……? 青年:うん 男:な、なんで、急に 男:ど、どこで? 青年:家の近く 男:の、どこ? 青年:駅前の居酒屋 男:あ……ああ……へえ 青年:だから……もう夕飯は…… 男:週に何度かは来られるよね? 青年:え? 男:ほら、だって、バイトだろ、毎日じゃない 男:夜は何時まで?そんなに遅くならないよね? 青年:いや…… 男:あ、そうだ、食材はやっぱり俺が買おう 男:そうしたら、バイトや学校から、まっすぐ俺の家に来られるね 青年:……もう、来ないよ 男:え 青年:もう、行かない 男:なに…… 男:どういう、こと? 青年:にいさんに夕飯つくるの、もうやめる 男:ちょ……ちょっと待って、なんでそうなるの 青年:やめる 青年:もうやめよう、こんなの 男:だからなんで……? 青年:にいさんが言ったんだよ、こんなのおかしいって 男:ち、違う…… 男:キッパリやめろなんて、「にいさん」言ってないだろ? 青年:無理だよ、家族としてなんて 青年:だからもうやめる 男:はは……ああ、さっきのお墓でのこと、やっぱり怒ってるんだろ? 男:さっきのは……その、つい……ごめん、本当にごめん、「にいさん」が悪かった 男:俺は、本当にあの事故は誰のせいでもないって……それは正しいだろ 青年:いや、違う 男:そうだろ! 青年:っ…… 0:車は人気ない山道の路肩で止まる 男:あの事故は、あ、あれは仕方なかったんだ 青年:仕方……なかった……なんて思えない 男:うるさい! 男:俺だって、わかってる……でも、そうやって、現実を……受け入れなくちゃならない 男:現実を受け入れるんだ……なあ?お前もわかるだろ? 青年:わかってないのは、にいさんのほうでしょ 男:……は? 青年:今日、初めてだよね、ここに来るの 男:え…… 男:い、いや 青年:僕たち二人でじゃなくて、にいさんが姉ちゃんのお墓に来るの 男:……何……言ってるんだ 青年:お花を供えたこともないし、果物を持って帰ったこともない 青年:この3年で一度もみた事ない 男:そ、そんな 青年:墓石の場所も……知らなかった 男:な…… 男:わ、わかった、これからはちゃんとする、ちゃんとする…… 男:だ、だから……さあ 男:も、もう、うちに来ないなんて、言わないでくれ……よ……な? 青年:……え 男:……あ、ほら、部屋の片付けも、俺、ちゃんと……するから…… 男:あ……そうか、洗い物が、適当なのがいけなかったのか? 男:空き缶を捨てないから?ちゃ、ちゃんと捨てる 青年:やめてよ 男:じゃあ、何なんだ、何がいけないんだ、直す、全部直すから……頼むから…… 青年:……やっと「代わり」になれたと思ったのに 男:え 青年:全部ダメになった 青年:姉ちゃんの代わりになったら全部うまくいくと思った 男:違う……違う、違う 男:俺はそんなふうに思って…… 青年:そうじゃなきゃいけないんだ! 青年:そうじゃなきゃ……僕の居場所がないじゃないか……! 男:な…… 青年:じゃあ僕はなんで、毎日にいさんの所に行ってたの? 青年:姉ちゃんの代わりじゃなかったら、僕は何? 男:わ、分からない…… 青年:だよね……そんなやつ、にいさんのそばにいちゃいけない 男:き、君、まさか…… 青年:降りるね、バスで帰る 青年:じゃあね、にいさん 青年:いままで、ありがとう 男:あ…… 0:車には男と、食材が入ったビニール袋 男:なんで俺は、悲しいんだ 青年:なんで僕は、怒っているんだ 青年:ねえ、誰か 男:なあ、誰か 0:教えてくれないか

0:夕方、青白く、暗い雲に覆われた街 0:男、仕事を終えた帰り道 男:ん?あ……! 0:青年に気付いて近寄る、青年も同様に気付いて 青年:あ…… 男:ばったり、だね 男:買い物帰り、かな 青年:うん、今から向かうところ 男:僕も、ちょうど帰りだったんだ 0:二人でゆっくりと歩き出す 男:……ありがとうね、いつも 青年:…… 男:今日は結構、寒いね 青年:うん 男:学校は、どう? 青年:別に 男:部活は、決まった? 青年:いや 男:そうか 男:運動部と文化部、どっちに入りたいんだ? 青年:入るつもりない 男:そう、なんだ 青年:うん 男:さて……今日のご飯は 0:青年の手元を覗き込み、青年がもつビニール袋の食材を確認する 青年:……シチューだよ 男:……あ、そっか 男:今日は、そうだった 青年:お墓、行った? 0:そう言って、アパートの階段を上る青年、背中越しに 男:ああ……いや、まだ、なんだ 男:夕飯を食べたら、行くよ…… 青年:…… 男:…… 青年:花はもうあるから 男:そっか 0:急ぎ足で階段を登り、 男:ありがとう、ね 男:(ー家の鍵を開ける) 男:さ、どうぞ 青年:お邪魔します 男:ただいまー 男:いやー寒かった寒かった 0:青年、玄関を入ってすぐのキッチンに荷物を下ろし、夕飯の準備を始める 0:男、部屋の奥に進み、荷物をベットに投げた後、 男:暖房、いる? 青年:いらない 男:そう 男:俺は、風呂でも沸かそうかな 青年:…… 男:ねえ 青年:なに 男:相談なんだけど…… 0:青年は、こっちを見ない、キッチンに向かったまま 男:いや、なんでもない 0:数十分後、小さな安物の机には暖かいシチューとフランスパンが2切れ 青年:お待たせ 男:おお、美味しそう、いただきます 青年:……ます 男:(ーシチューをすする) 男:うん、うまい 男:ああ、あったまるねー 0:もう一口、食べようとしたところで、青年の視線を感じ、 男:ん、どうしたの、食べないの? 青年:どう 男:え 男:ああ、これ? 男:美味しいよ、とっても 青年:ちゃんと、似てる? 青年:姉ちゃんのと 男:(ー一瞬、言葉に詰まる) 男:……ああうん、似てる、そっくりだ 男:トロトロだ……はは 青年:そ 男:ああ…… 青年:(ーシチューを一すくい、口に入れる) 青年:(ーゆっくりと味わう) 青年:(ー静かに涙を堪える) 男:(ースプーンを置く) 男:泣いていいんだよ 青年:泣いてない 男:我慢しなくていい 青年:泣いてないって 男:姉想いのいい弟だなあ 男:あいつも喜ぶよ 青年:そんなこと、ない…… 男:はは…… 青年:(ー涙を、必死に堪える) 男:食おう、食おう 青年:うん 青年:(ー再びシチューを食べ始める) 0:食事が終わり、 男:ごちそうさまー 青年:……さま 0:青年、すぐに立ち上がる 男:いやあ、うまかった 男:あ、片付けは僕がやっとくよ? 青年:いい、すぐだから 男:そう?いつもごめんね 男:風呂沸いてるからさ、それ終わったら、つかっていくといいよ 青年:いいよ、家で入る 男:……そう、ま、湯冷めしちゃうもんねえ 男:(ーベットにもたれる)よいしょ 男:ねえ 青年:ん 男:……夕飯、さ 青年:…… 男:これからは、週に何度かでいいよ 男:ほら、高校生になったら何かと忙しいだろ? 青年:別に平気 男:それにさ、晩ご飯はお義父さんや、お義母さんと一緒の方が…… 青年:二人とも仕事だから、夜はいない 男:ああ……でも 青年:片付け、終わった 男:あ、ありがとう 青年:じゃ 男:もう帰るの? 青年:うん 男:そう、か……あ、待って、お金お金、レシート見せて 青年:はい 男:えっと、六百、八十円ね 男:じゃあ……はい、いつもありがとう 青年:二十円…… 男:あ、それくらいいよ 青年:だめだよ(ー二十円を押し付けて) 男:お……わかった 青年:お邪魔しました 男:あ……うん、またね 0:アルミ製の扉がガチャンと鳴る 男:(ー一息つく) 0:しばらくして、玄関の呼び出し音 男:ん?忘れ物かな…… 男:(ーソファから立ち上がる)ん 男:(ードアを開けながら)はーい、どうし…… 友人:すまん!!一晩泊めてくれ! 男:うわ! 友人:よ、よお…… 男:びっくりした……なに? 友人:ほんっと申し訳ないんだが、一晩だけ泊めてくれないか 男:な、なにがあった……まあいいや、とりあえず、入って 友人:ありがとう……お邪魔します……あ、今大丈夫だった? 男:うん、まあ 友人:これから用事とかない? 男:……特に 友人:すまん、仕事終わりに押しかけて 男:どうした?まさか、また奥さんと喧嘩? 友人:うっ…… 男:図星か 男:お前も懲りないなあ 友人:め、面目、ない 男:はは 友人:明日の朝には帰るからさ、あ、ほら、ちょっとだけど、お酒も買ってきたんだよ、これで何とか 男:俺はいいけど……って、ちょっとじゃないだろ、その量は 友人:だって、お前、仕事帰りに飲もうって誘っても来ないだろ? 男:まあ…… 友人:だから、いい機会だと思って、へへ 男:反省してないな 友人:そんなことないよ 男:今度はどんな喧嘩なんだ 友人:俺が十割悪い! 男:威張るな 友人:はははっ 男:仲良い証拠だな 友人:……ん?いいにおいがするな 男:ああ…… 友人:これは……シチューか? 男:まあ 友人:あ、え……もしかして 男:…… 友人:あの子、まだ来てるのか……? 男:ああ 友人:……もう3年だろ 男:今日は、命日なんだ 友人:え……え?! 友人:お、俺、何も考えずに……! 男:いや、いいんだ 友人:しかも夫婦喧嘩で来た、とか…… 友人:本当にごめん、デリカシーないにも程があるよな、ごめん! 男:いいよ 友人:今日は、帰るわ…… 男:いいって 友人:でも…… 男:しんみりしても、な 友人:…… 男:ちょうどいい、二人であいつに乾杯しよう 友人:無理、してないか? 男:一人でいるより良いんだ 友人:……飲むか 男:うん 0:翌日、仕事を終えて帰宅する、どんよりとした天気が続く 男:ただいまー 男:お、もう来てたんだ 青年:お邪魔してます 男:今日は何かなー? 0:青年の背中からキッチンの様子を覗く 青年:にいさん 男:ん、なに? 青年:くさい 男:えっ? 0:即座に後退り、しかし、狭い廊下の壁に当たる 男:おれ、ぼ、僕? 男:僕、臭うの?まだ、そんな歳じゃ…… 青年:違う 男:ん? 青年:お酒 男:え 男:あ……ああ!お酒の匂いか! 青年:うん 男:確かに部屋が酒臭いかも…… 男:あの……昨日、ちょっとね 男:いや、結構、飲んだ、ね…… 青年:誰か、いた? 男:うん、同僚がひとり 男:あ、一人でこれだけ飲んだわけじゃないよ 男:急に一晩だけ泊めろって言われてね 男:晩飯を食べてすぐだったんだけど 青年:…… 男:奥さんと喧嘩したんだって 男:前にもそんなことがあってね、はは、可愛いよね 青年:へえ 男:ごめんね、におうよね、散らかしたまま家出ちゃったし 青年:別にいいけど、飲んだだけなら 男:さ、換気、換気ー 男:おおっ、寒っ 青年:もうできてるから 男:お、ありがとう 男:生姜焼きか!うまそう! 青年:味噌汁もある 青年:ご飯はもうすぐ炊ける 男:そっか、ありがとうね 男:あ……しまった、缶ビンは昨日か 青年:僕はもう帰る 男:え?今日は一緒に食べないの? 青年:いい 男:忙しい? 青年:……まあ 男:あれ……怒ってる? 青年:怒ってないよ 男:あ、怒ってるだろ 青年:怒ってないって 男:その顔……はは、あいつに似てるな 青年:…… 男:あいつも機嫌が悪いときはそうやって…… 青年:帰る 男:あ……ごめん 青年:感想は明日きく、ダメだったら言って 男:ダメって、料理のことなら、いつも美味しいよ、本当に 青年:違う 青年:似てるか、だよ、姉ちゃんのに 男:っ……それは 青年:じゃ 男:あ、ちょっと 0:アルミの扉は昨日より重く鳴った 男:…… 男:(ー大きなため息)ふう 0:静かにあぐらをかいて、箸を手にとる 男:いただきます 0:(回想) 亡き人:二人ともーできたよー 男:おっ、できたって 青年:うん 男:おー、今日はシチューか、うまそうだな 亡き人:ふふん、これは自信作だなあ 男:お前の飯はなんでも美味しいよ? 亡き人:ほんと? 青年:俺の方がうまいもん 亡き人:なにか言いました? 青年:なんでもない 男:はは 0:三人が小さなテーブルを囲む 亡き人:さ、いただきます 男:いただきます 青年:……ます 男:(ーシチューをすする) 男:んん、うまい! 亡き人:うん、やっぱり美味しくできた 青年:おいしい 男:いやあ、あったまるねえ 亡き人:そうだね、それに…… 男:(ー亡き人と同時に)トロトロだな 亡き人:(ー男と同時に)トロトロだね 男:はは 亡き人:ふふふ 青年:(ー小さくため息)はあ 青年:なんで僕まで一緒に 亡き人:こら、そんな顔しないの、みんなで食べた方が美味しいでしょ? 青年:同じだよ 亡き人:あ、パンも焼けた 0:亡き人、立ち上がって、トースターの方へ 男:ああ、幸せだな、毎日こんなうまい飯が食えて 亡き人:(一瞬、振り返って)なに、改まって 亡き人:やめてよ、っふふ 男:ふふ 男:(青年に向かって)あ、今また嫌そうな顔した 青年:してないよ 男:してたね、ふふ、可愛い 青年:な…… 亡き人:あちっ! 男:大丈夫? 亡き人:あつ……ちょっとお皿取ってー 男:ああ、はいはい、痛あっ! 亡き人:何?! 男:あ、足つった……! 亡き人:ええ? 青年:(ー大きなため息)はあ……僕がやるよ 男:ごめぇん…… 亡き人:ごめぇん……っはは 男:ははは 青年:ふふ 0:(ー会話フェードアウト) 0:(回想終了) 0:駅近くの古びた居酒屋、カウンター席にて 友人:(ーだんだん大きく)おい、おーい 友人:おい、起きろよ 男:ん、ん…… 友人:そろそろ終電だぞ 男:ああ…… 友人:珍しいな、こんなになるまで飲むなんて 友人:(ー店員に向かって)すいません、お会計、お願いします 0:机に伏せたまま、 男:ん…… 0:友人は立ち上がりコートを羽織る 友人:久々に外で飲むんだから、ほどほどにって言っただろ 友人:大丈夫か?こないだお前ん家で飲んだときは、そこまで…… 男:なあ 友人:ん? 男:ここの焼き鳥、うまいよなあ 友人:は?まあ、うまい、けど 男:だし巻きもアジフライも、うまいなあ 友人:…… 男:前、来たときと同じ味するか? 友人:同じって……まあ、うまいのは変わらないんじゃないか 友人:ほら、もう帰るぞ 男:あの子な 男:いつも俺に聞くんだよ 男:同じ味か、って 友人:え? 男:似てるか?って、毎晩だぞ?毎晩 友人:何の話だよ 男:あいつが生きてた時、俺につくってくれた料理と、同じものをつくってさ 男:美味しいかどうかよりも、あいつの料理を真似できたかって聞くんだよ 友人:…… 男:自分への「罰」 男:それとも 男:俺への嫌がらせ 男:……はは、ははは 友人:おい、やめろよ、そんなふうに考えるのは 男:わからない!わかるわけないだろ! 男:味なんて、そんなに正確に覚えてない! 男:……思い出したくもない 男:あいつの飯はうまかったし、あの子の飯も同じくらい……うまかった…… 男:でも、わからなくなった 男:味がしないんだ 男:これは誰が誰のために作った飯なんだって思うと 男:(ー鼻で笑う) 友人:……今日はもう帰ろう、な 友人:酔ってるんだよ 男:なあ 男:どうすればいいんだよ 男:このまま、俺は黙ってあの子の料理を食べ続けるのか 男:あの子が自分を許すまで 男:なあ、これが、あの子のため、なのか 男:なあ…… 男:俺は、どうすればいいんだよ 男:二人を 男:……どうやって救えばいい? 友人:…… 0:黙々と明日の仕込みをする大将、虚空を見つめる男、それを見下ろす男 0:数日後、仕事を早めに終わらせ、自宅前で青年を待つ 0:紫色とオレンジが混ざった空に、分厚いいわし雲、綺麗だが少し怖い、風がない 男:久しぶり 0:青年、数歩近づいて、立ち止まる 青年:……久しぶり 男:仕事が忙しくて 青年:…… 男:泊まり込みで……ね 青年:…… 男:コンビニ弁当も、まあ、そこそこだけど、やっぱり、ね 男:今日は、久々に美味い飯が食べられると思うと嬉しいなあ 青年:うん、今から準備する 0:青年、アパートの階段を登ろうとする 男:ねえ 青年:……ん? 男:お墓参り、行かないか 青年:え、今から? 男:うん 青年:……どうして 男:たまには二人で、行こうよ 男:ゆっくり話したい 男:ほら、僕ら、家でしか会わないし、話さない 男:それもどうかなって 青年:ご飯は? 男:帰ってからにしよう 青年:急になんで、今日は命日じゃない 男:命日以外に行ってもいいだろ 青年:……もう、夕方だし、遅くなるよ 男:車出すからさ 男:お供え用の果物と、ほら、お花も買ってある 青年:…… 男:お花、枯らしちゃうといけないだろう 男:ね、行こう 0:青年の手を掴む 青年:ちょ……わ、わかったよ 男:ふふ 青年:わかったから、手…… 男:さ、どうぞ 0:男、車のドアを開ける 0:青年、下を向いて表情は見えない 0:車の中、徐々に人気の少ない山道へ 男:いつもはバスで行ってるの? 青年:うん 男:ふうん、車だと楽? 青年:まあ、座れるし 男:よかった 男:あ、そうだ 青年:ん? 男:お供え用の果物、ちょっと高いやつ買っちゃった 男:スーパーで美味しそうなやつがあったから 青年:ふうん 男:食べ物はお墓に置いて帰っちゃダメなんだってね 青年:……どうして 男:どうしてだと思う? 青年:腐ったら掃除が大変だから 男:ああ、それもあると思う、けど……山の猿が食べちゃうからだって 男:冬は特に、山に食べ物がないから 青年:へえ 男:だから、お供えしたら、持って帰って家で食べようね 青年:そんなに高いの、僕、払えないよ 男:え?あ、いらない、いらない 男:僕が食べたかったんだから 青年:…… 男:お金のこともそうだけど、もう少し、甘えてくれてもいいのに 男:まだ高校生なんだし 男:僕たちは…… 青年:初めてだね、二人でお参りするの 男:え、ああ、そうだね 男:お、見て、空すごいね、綺麗な夕焼け 青年:……ほんとだ、綺麗だね 男:…… 青年:…… 男:あいつ、なんて言うかな、はは…… 0:薄暗い墓地、数時間前にお供えされたであろうお花、人の影が所々に 0:二人、真新しい墓石とピンクのネットに包まれた高そうな果物を前に拝む 青年:……(ー静かに姿勢を戻す) 男:……(ー静かに姿勢を戻す)よし 男:(墓石に向かって)また来る 青年:…… 男:いつも何て声かけてる? 男:僕は「見守っててください」とか、「今日は仕事でやらかしました」とか、だね、はは 青年:「ごめんね」 男:……どうして 青年:僕のせいだから 男:違うよ 青年:違わない 男:違う……あれは君のせいじゃない 青年:……帰ろう 男:あいつは、君のせいで死んだんじゃない 男:事故で、死んだんだ 青年:…… 青年:僕があのとき迎えに来てなんて言わなかったら、事故は起きなかった 青年:姉ちゃんは死ななかった 男:そうじゃない 青年:……そうだよ 男:そうやって自分を責めてるのか、ずっと、3年も 青年:事実だから 男:それは事実じゃない、そう思い込んでるだけじゃないか 青年:もういい、帰ろうよ 男:待って 男:ちゃんと話をしよう 青年:……こんなところで 男:言っておきたいんだ、今 男:そんなふうに自分を責めることなんてない 男:僕に晩飯をつくっても、あいつへの償いにはならない 青年:…… 男:あいつができなくなったことを、君が代わりにする義務はないだろ 男:事故は君のせいじゃない、あいつが死んだのも君のせいじゃない 男:だから、これからは、無理に僕と一緒にいる必要もないんだ 青年:ち、ちがう……そうじゃ…… 男:でも、もし君が、あいつの死を受け入れて、僕とまた飯を食べたいって思ってくれるなら、今度は家族として一緒に食べよう 男:似てるかじゃなくて、美味しいって言い合って、昔みたいに楽しく食べよう 男:これからは、「きょうだい」として…… 青年:やめて! 男:っ…… 青年:やめてよ 青年:そんな言葉、聞きたくない 男:な、なんで 青年:帰る(ー足早にその場を去る) 男:え……ちょ、ちょっと待って 男:どうして!(急いで追いかける) 青年:…… 男:ま、待って…… 男:俺は、君のためを思って…… 男:なあ……! 男:待てって言ってるだろ! 青年:っ……? 男:……なんで分からないんだ! 青年:に、にいさん? 男:俺の言ってること間違ってるか?なあ! 男:は……悪い……大きな声出して 青年:…… 男:く、車に戻ろう…… 0:元に戻った墓地の静寂と置き去りにされた果物 0:駐車場で冷え切った車、ゆっくりと走り出す 男:寒くない? 青年:ううん 男:暖房、き、きつくしようか? 青年:いい、大丈夫 男:そう 青年:…… 男:……さっきは、ごめん、ね 男:帰ったらまた、ちゃんと、話そう、ね? 青年:僕、バイトすることにした 男:え 青年:バイトする 男:バイ、ト……? 青年:うん 男:な、なんで、急に 男:ど、どこで? 青年:家の近く 男:の、どこ? 青年:駅前の居酒屋 男:あ……ああ……へえ 青年:だから……もう夕飯は…… 男:週に何度かは来られるよね? 青年:え? 男:ほら、だって、バイトだろ、毎日じゃない 男:夜は何時まで?そんなに遅くならないよね? 青年:いや…… 男:あ、そうだ、食材はやっぱり俺が買おう 男:そうしたら、バイトや学校から、まっすぐ俺の家に来られるね 青年:……もう、来ないよ 男:え 青年:もう、行かない 男:なに…… 男:どういう、こと? 青年:にいさんに夕飯つくるの、もうやめる 男:ちょ……ちょっと待って、なんでそうなるの 青年:やめる 青年:もうやめよう、こんなの 男:だからなんで……? 青年:にいさんが言ったんだよ、こんなのおかしいって 男:ち、違う…… 男:キッパリやめろなんて、「にいさん」言ってないだろ? 青年:無理だよ、家族としてなんて 青年:だからもうやめる 男:はは……ああ、さっきのお墓でのこと、やっぱり怒ってるんだろ? 男:さっきのは……その、つい……ごめん、本当にごめん、「にいさん」が悪かった 男:俺は、本当にあの事故は誰のせいでもないって……それは正しいだろ 青年:いや、違う 男:そうだろ! 青年:っ…… 0:車は人気ない山道の路肩で止まる 男:あの事故は、あ、あれは仕方なかったんだ 青年:仕方……なかった……なんて思えない 男:うるさい! 男:俺だって、わかってる……でも、そうやって、現実を……受け入れなくちゃならない 男:現実を受け入れるんだ……なあ?お前もわかるだろ? 青年:わかってないのは、にいさんのほうでしょ 男:……は? 青年:今日、初めてだよね、ここに来るの 男:え…… 男:い、いや 青年:僕たち二人でじゃなくて、にいさんが姉ちゃんのお墓に来るの 男:……何……言ってるんだ 青年:お花を供えたこともないし、果物を持って帰ったこともない 青年:この3年で一度もみた事ない 男:そ、そんな 青年:墓石の場所も……知らなかった 男:な…… 男:わ、わかった、これからはちゃんとする、ちゃんとする…… 男:だ、だから……さあ 男:も、もう、うちに来ないなんて、言わないでくれ……よ……な? 青年:……え 男:……あ、ほら、部屋の片付けも、俺、ちゃんと……するから…… 男:あ……そうか、洗い物が、適当なのがいけなかったのか? 男:空き缶を捨てないから?ちゃ、ちゃんと捨てる 青年:やめてよ 男:じゃあ、何なんだ、何がいけないんだ、直す、全部直すから……頼むから…… 青年:……やっと「代わり」になれたと思ったのに 男:え 青年:全部ダメになった 青年:姉ちゃんの代わりになったら全部うまくいくと思った 男:違う……違う、違う 男:俺はそんなふうに思って…… 青年:そうじゃなきゃいけないんだ! 青年:そうじゃなきゃ……僕の居場所がないじゃないか……! 男:な…… 青年:じゃあ僕はなんで、毎日にいさんの所に行ってたの? 青年:姉ちゃんの代わりじゃなかったら、僕は何? 男:わ、分からない…… 青年:だよね……そんなやつ、にいさんのそばにいちゃいけない 男:き、君、まさか…… 青年:降りるね、バスで帰る 青年:じゃあね、にいさん 青年:いままで、ありがとう 男:あ…… 0:車には男と、食材が入ったビニール袋 男:なんで俺は、悲しいんだ 青年:なんで僕は、怒っているんだ 青年:ねえ、誰か 男:なあ、誰か 0:教えてくれないか