台本概要
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タイトル | 原風景。《1》 |
---|---|
作者名 | 音佐りんご。 (@ringo_otosa) |
ジャンル | ファンタジー |
演者人数 | 4人用台本(男2、女2) ※兼役あり |
時間 | 60 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
世界は変わらない。何を願っても変われない。 ◆あらすじ◆ 親友のレトが死んだ。その面影を求めながら生きるソルテと、支える両親。あるとき、森の中で同じく喪失を抱える少年レイと出会い、ソルテの在り方に変化が起きる。しかしそれも長くは続かず、全てを喪い絶望に沈む。そんな中、残された希望である我が子レトを育み、再び歩き出すソルテだったが、やがて別れの時が迫りそして、 ※ 本作は三幕構成です。各文字数は以下の通り。 《1》は17,000字程度(60分) 《2》は14,000字程度(50分) 《3》は16,000字程度(60分) ◆全体での登場人物◆ ソルテ:村の少女。親友のレトを亡くす。 レト:親友のレト。或いは同じ名を与えられたソルテの子。※1での出番は長台詞+αです。レイとの兼ね役推奨。 ロズ:村長の子。ソルテの子であるレトと同じ歳の少年。※1での出番はほぼありません。主に2、3で出番あり。 レイ:ソルテと同じ歳の村の少年。※2での出番はありません。 メド:ソルテの父。※2での出番はなく、3もほとんどありません。ロズとの兼ね役推奨。 ルルネ:ソルテの母。※2での出番はなく、3もほとんどありません。最少人数での配役ではレトが女性の場合兼ね役推奨。そうでない場合、性別上ソルテとの兼ね役推奨。ただしそれなりにソルテとの掛け合いがあります。 ☆登場人物は計6人ですが、兼ね役をすれば最少3人で全幕回せます。オススメのパターンは以下の通りです。 ・女性2、男性1の場合 ソルテ:女性 レト+レイ+ルルネ:女性 メド+ロズ:男性 ・女性1、男性2の場合 ソルテ+ルルネ:女性 レト+レイ:男性 メド+ロズ:男性 68 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
ソルテ | 女 | 219 | 村の少女。親友のレトを亡くす。 |
レト | 不問 | 19 | 親友のレト。或いは同じ名を与えられたソルテの子。 ※1での出番は長台詞+αです。レイとの兼ね役推奨。 |
レイ | 男 | 163 | ソルテと同じ歳の村の少年。 |
メド | 男 | 130 | ソルテの父。 |
ルルネ | 女 | 127 | ソルテの母。 ※最少人数での配役では性別上ソルテとの兼ね役推奨。ただしそれなりにソルテとの掛け合いがあります。 |
ロズ | 男 | 2 | 村長の子。ソルテの子であるレトと同じ歳の少年。 ※1での出番はほぼありません。特別に配役しない場合はメドとの兼ね役推奨。 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
0:原風景。《1》
:
0:世界は変わらない。何を願っても変われない。
:
0:◆あらすじ◆
0:親友のレトが死んだ。その面影を求めながら生きるソルテと、支える両親。あるとき、森の中で同じく喪失を抱える少年レイと出会い、ソルテの在り方に変化が起きる。しかしそれも長くは続かず、全てを喪い絶望に沈む。そんな中、残された希望である我が子レトを育み、再び歩き出すソルテだったが、やがて別れの時が迫りそして、
:
0:◆登場人物◆
ソルテ:村の少女。親友のレトを亡くす。
レト:親友のレト。或いは同じ名を与えられたソルテの子。※1での出番は長台詞+αです。レイとの兼ね役推奨。
レイ:ソルテと同じ歳の村の少年。
メド:ソルテの父。
ルルネ:ソルテの母。※最少人数での配役では性別上ソルテとの兼ね役推奨。ただしそれなりにソルテとの掛け合いがあります。
ロズ:村長の子。ソルテの子であるレトと同じ歳の少年。※1での出番はほぼありません。特別に配役しない場合はメドとの兼ね役推奨。
:
0:◇プロローグ。
:
0:窓際に簡素なテーブルと椅子。
0:テーブルの上に一輪の花がいけられた花瓶がある。
0:花は枯れて花弁を散らしている。
0:ソルテが入ってくると、窓辺に立ち外を眺める。
0:荘厳な鐘の音が遠く響く。
:
ソルテ:親友のレトが、
:
0:窓の外をレトが駆ける。
0:扉を叩く音。
:
レト:「さぁさぁ急げ! ケロの丘の鐘が鳴った。」
ソルテ:レトは毎日、日が落ちるまでこの小さな世界を駆け回っていた。ある時はまだ見ぬ驚きを追い、またあるときは終わりなき果てを求め、夢と現のただ中を、小さな瞳と手足に捉えんと奔走した。私たちの日々は止めようのない興奮とわき出る感動に輝いていた筈だ。
レト:「ねぇ、ソル! 鐘が鳴るとどういう訳か、大人達がそこに集まるのは知ってるよね? 知らない? 嘘つけ。知ってるだろ知らないとは言わせないよ。今僕が教えてあげたから! ははは。ねぇ、村のみんなが今何してると思う? そう、ご飯! ……だったら良いんだけどそうじゃ無いな。じゃあ避難訓練? 子どもは置いといて何から逃げるのさ、狼が来たぞーって? それも良いね、ははは、今度やってみるかい? 狼が来たぞー! なんて。ははは。でも、なんだろう、やっぱりお昼寝かな? いやいや、あんなにうるさいと起きちゃうね! なんだい、君はもしかしてまだ寝てるのかな? ならば今すぐ目覚めるといい。眠りの国なんてさよならさ、僕と一緒に冒険に出ようじゃないか。いつもみたいにポトポ爺さんの酒蔵とか、川のほとりの絵描き小屋に行くのも悪くないけれど、たまには未知って奴の鼻を明かしてみないかな? そう、例えば今みんなが何してるのか、とか。誰に聞いても教えてくれない。見に行こうとしたらつまみ出される。分かるかい? 分かるね。これはつまり秘密なんだ。ひ・み・つ。秘密って良いよね。内緒ってのもかわいいけれど、秘密の響きは素敵の響き。内緒よりも大人っぽい。そうなんだ、大人の響きの鐘が鳴るとき、丘の上で開かれるのは、閉じられた秘密のしゅーかい。気にならない? 僕はとっても気になるよ。君も気になるだろう? だったらついて来なよ、この僕に。そんなに心配するなよ大丈夫、僕に良い考えは、無い! けれど、でもきっと良い思い出にはなると思うよ。ははは、冗談さ。なーに大人の足じゃ僕らには追いつけない。僕らの歩みは大人達よりも早いんだ。まして僕らは、誰より長く歩いてきたんだ。さぁ行こう。もうみんな行っちゃっただろう。みんな行ったってことは誰も見張ってないってこと。つまり、行っても良いってことだ。さぁ行くよ。君がいないと始まらないんだ、ソル! 大丈夫、僕が隣にいるからさ! 約束だよ! さぁその手を出して、ソル!」
ソルテ:私は手を伸ばした。けれど……。
:
0:ソルテ、振り返って扉の方へ足を踏み出す。
0:と、その脇を黒いローブを纏ったロズが抜けていく。
:
ロズ:レト!
:
0:二人は手を繋ぎ走り去る。
0:取り残されたソルテ、引き返して花瓶に手を伸ばすと、花を掴んで胸元で握り込む。
:
ソルテ:親友のレトが、死んだ。
:
0:間。
:
ソルテ:でも私は別段、悲しくなかった。日々繰り返される同じ営み。何年も何年も、何代も何代も、畑に植えられた作物の様に代わり映えのしない世界。変化しないただの私のことを包む土壌が、何か満たされなくなってしまった。幼い頃のことは今でも思い出せるのに、そこで私が何を思ったのかはさっぱり見当がつかない。あの日の私は一緒にあの丘で、大人達の集会に潜り込む。それは何のことは無い、ただの祭りの集会で、子どもには退屈な、ごくつまらないものだった。でも、レトと一緒なら、私はなんだって楽しかった。けれどもわからない。忘れてしまったのだ。楽しいとは何か。私にはもう分からない。忘れたわけじゃ無い。断じて。しかし亡くしたんだ、レトと一緒に。堆積した下らない日々があの日の私たちを虐げる。ねぇレト。あなたはどこに行ってしまったの? ねぇレト。私はどこに行けば良いの? 標の森のあなたの家のそばに立つあのマーテナの大樹。レトが村一番だって教えてくれたあの樹から村を見ても、私はもう何も感じないの。出来ないことは無いとすら思う高揚感は翼を折られて地に落ちた。レト。私の頭からは、あなたの名前がこぼれるだけ。こぼれ落ちたしずくがもうどこにも戻らないみたいに、この名前もきっと返ってこないの。あなたはいつ帰ってくるの? レト、レトはどこに行ってしまったの? 私はいつもあなたを追いかけていた。今も私は記憶の中のあなたを追いかけている。疾走感は砕けた喪失に変わり、あなたが言った良い思い出も、悪い思い出も、全部思い出して訪ね歩いたけれど、レト、あなたは面影さえも置いてってはくれなかった。そういえば、レト。あの絵描き小屋、この前の洪水で流れちゃったよ。絵描きさんもたぶん流されたのかな。レト、喜びも怒りも哀しみも、まして楽しみなんて、私はもう持ってない。ねぇ私は、私は、レト、私はどこに行くの?
:
0:ソルテ、花を捨て、花瓶を持ち口につける。
0:一気に中のものを呷ると、その場に崩れる。
:
ソルテ:レト……。
:
0:ソルテの父、メドが駆け込んでくる。
:
メド:ソルテ!
ソルテ:お父、さん
メド:何やってるんだ、お前!
ソルテ:ごめ、ん……い。
メド:喋るな、フラビスの花の汁を飲んだのか、くそ!
ソルテ:レト……。
メド:こんな時に、お前は!
:
0:声を聞きつけソルテの母、ルルネが出てくる。
:
ルルネ:あなた、何があったの!
メド:ルルネ! 水を持ってこい! 花を飲んだ、水がいる!
ルルネ:分かったわ! ソルテを放しちゃだめよ!
:
0:ルルネ、去る。
:
ソルテ:ご、んなさ……い。ご、んな……い。
メド:もういい! もう良いから、おい目を瞑るな、意識をしっかりと持て、絶対に息を止めるな! そうだ、くそ、ああ、どうしたら、なんでお前は……。
:
0:ルルネ、桶を手に駆け込んでくる。
:
ルルネ:汲んできたわ、急いで!
メド:ああ!
:
0:メド、ソルテに水を飲ませる。
:
ルルネ:ソルテ吐き出して!
ソルテ:…………っ!
:
0:ソルテ、咳き込む。
メド:ルルネ、僕は村長を呼んでくる、ソルテを頼む。
ルルネ:ええ、分かったわ!
:
0:メド、立ち上がろうとするが、裾をソルテに掴まれて立ち止まる。
:
メド:ソルテ?
ソルテ:お父……さん、お願……いが、
ルルネ:お願い?
メド:な、なんだ?
ソルテ:私、靴……が欲しい。
メド:こんな時に靴なんて、ああ、靴なんていくらでも買ってやる! だから諦めるな! ソルテ、お前がいないと僕達は……!
ソルテ:ありが……とう。
:
0:ソルテ、気を失う。
:
メド:おい! ソルテ!
ルルネ:大丈夫、息はしてるわ。
メド:そ、そうか。よかった。
ルルネ:……あなた。
メド:なんだい?
ルルネ:これでもう何度目かしら。
メド:もう数えてないよ。
ルルネ:この子に一体何が、
メド:分からない。だけど、
ルルネ:見守ることしか出来ないの? 私達には、
メド:……ああ。
ルルネ:ねぇ、ソルテ。あなたは一体何を見ているの?
:
0:暗転。
:
0:◇第一場。
:
0:ソルテの家。
0:ルルネが料理をしている。
0:その後ろをソルテが通り過ぎようとする。
:
ルルネ:どこ行くの?
:
0:ソルテ、立ち止まる。
:
ソルテ:少し歩いてくる。
ルルネ:いつ帰ってくるの?
ソルテ:日が沈むまでに。
ルルネ:……そう。気をつけてね。
ソルテ:うん。
ルルネ:待って。
ソルテ:何?
ルルネ:これ、持って行きなさい。
:
0:ルルネ、ソルテにバスケットを手渡す。
:
ソルテ:ありがとう。いつも。
ルルネ:いいのよ。
ソルテ:行ってくる。
ルルネ:……あ、ソルテ!
ソルテ:何、お母さん。
:
0:ルルネ、ソルテを抱きしめる。
:
ルルネ:帰ってきてね。
ソルテ:うん。
:
0:ソルテ去ろうとする。
0:と、扉が開き、メドが入ってくる。
:
メド:お、ソルテ。今日はどこまで行くんだ?
ソルテ:標の森。
メド:それはまた遠くまで。あんなところに何があるんだ?
ソルテ:……分からない。
メド:分からない?
ソルテ:でも、行ってくる。
メド:うん……? あ、そうだソルテ。その、靴の履き心地はどうだ?
ソルテ:良いよ。ありがとう、お父さん。
メド:気にするな。また駄目になったら買ってやる。
ルルネ:あなた、そんなお金どこにあるの?
メド:無ければ作れば良いんだ。
ソルテ:作る?
メド:ああ。
ルルネ:靴を? お金を?
メド:む。……そうだな、
ルルネ:分かってるわ。あなた不器用だものね。
メド:おい。僕は作るぞ。
ルルネ:はいはい分かってますよ。
ソルテ:行ってきます。
:
0:ソルテ、去る。
:
ルルネ:……メド。
メド:何だい?
ルルネ:あの子は本当に大丈夫なんでしょうか?
メド:心配かい?
ルルネ:そりゃ心配よ。心配じゃない日が無い。ねぇあなた、あの子は、いつも何をしているの? 森の奥で。毎朝こうして家を出て、日が沈む頃に泥まみれで帰ってきたと思ったら、すり切れそうな意識の糸が切れたみたいに眠って、眠って、でも朝には何事も無く起きて、そしたらまたどこかへ行って、帰って寝て起きて出かけて戻って寝て起きて歩いて歩いて歩いて歩いて。意味も無く、目的も無く、終わりも無く。メド、あの子は何をしているの? 何がしたいの? わたしにはもう分からない。あの子の靴を見た?まだ新しい、あなたがあげたばかりのあの靴は、もう穴が開きそう。
メド:あぁ、そうだな。
ルルネ:あの子そのものに思えてならないの。
メド:何がだ?
ルルネ:分からない? あの靴はソルテ自身。すり減って泥にまみれて、あの子はこれからどうなるの?
メド:靴は履き替えれば良い。
ルルネ:あの子は一人しかいないの。
メド:分かってるよ、だから僕たちがいる。代わりの靴は用意するし、ソルテの足にマメが出来たらユローネの葉とマーテナの蜜で軟膏を作って塗ってやる。お腹が空いて倒れてしまわないように、ソルテの大好きなとびっきり美味しいモッケパンを作ってやる。確かに僕らには見守ることしか出来ないけれど、見守ることは出来るんだよ。
ルルネ:メド……。
メド:ルルネ、心配なのは僕も同じだ。けれど、あの子は強い子だから、きっと大丈夫さ。
ルルネ:本当にそう言える? 見守ると言ってもそれができるのは目の届くところだけでしょ? なのにあの子は毎日目の届かないところに行ってる。
メド:それは、そうだけれど……。
ルルネ:忘れたわけじゃ無いでしょう? フラビスの花を。私たちを置いてあの子が一体どこに行こうとしたのかを。目を離した隙に、もう二度とあの子の笑顔を見ることが叶わなくなるところだったのを。
メド:分かってる、分かってるよ。でも、もうあの子は花を飲んでない。目の届くところでも、届かないところでも。ちゃんと帰ってきてくれる。それで十分だ。
ルルネ:何が十分? 生きていればそれで良いわけじゃ無いわ。ちゃんと元気に健康であったならそれがやっと十分。
メド:いいや、あの子はあれで健康さ。辛いことがあっても、歩くことをやめないうちは、心配いらないと、僕はそう思うよ。
ルルネ:そんなの気休めでしょう。あの子に私達の言葉は届いてない、そう思えて仕方ないの。
メド:だとすれば、それはあの子自身が変わり始めているということさ。気休めでも良いだろう。ソルテはもう一人で歩ける。
ルルネ:それは……。あなたはソルテとは違って随分落ち着いているのね、メド。
メド:もう僕らは子供じゃ無いからね。ソルテだっていつまでも目の離せない子供じゃ無いさ。
ルルネ:でも、私は目を離したくない親なの。
メド:それは僕もさ。いつまでも見ていたいよ、あの子を。
ルルネ:だったら……、
メド:いつまでも僕らが見ていられるとも限らない。僕らが子供の頃から爺さんだったポトポ爺さんも、近頃は大好きなお酒も口にせず、ずっと眠っているよ。
ルルネ:ええ、体調が優れないって。薬屋のカラム様も歳だろうって。
メド:あの人はケロの丘に立つマーテナの樹のようにいつまでも変わらないものだと思っていたけれど、そうじゃ無い。寂しいけれど、人は老いて去っていくものだよ。それは僕らもだ。
ルルネ:それはそうだけれど……。
メド:だから、僕らはこの目にしっかり焼き付けておかないとね。
ルルネ:ソルテを?
メド:そしてあの子の成長を。寂しいことばかりじゃ無いだろう?
ルルネ:……そうね、メド。じっくり見守ることにするわ。
メド:うん。……ああ、そういえば君は標の森のことは知っているかい?
ルルネ:いいえ? それこそ昔、ポトポ爺さんが教えてくれた、お祖父さんのぞのまたお祖父さんの頃よりもっと昔からある、古い古いマーテナの大樹が立っているってことくらいしか。
メド:懐かしいね。確かその近くに神様の祠があるんだっけ? 村の大人はみんなその話を知ってると思うよ。
ルルネ:でも、実際、子供の頃に探検した村長はそんなの無かったって言ってたんでしょ?
メド:ロベドは方向音痴だからな。子分もたくさん連れてたし、そんなに遠くまでは行ってないんじゃないかな。
ルルネ:あなたは?
メド:僕は朝から夕暮れ時まで畑仕事さ。真面目だったからね。
ルルネ:そうだったわね。昼間はケロの丘で寝てたけれど。
メド:君もだろ?
ルルネ:あら、そうだったかしら?
メド:そうだよ。
ルルネ:でも、ロベド達と一緒に行こうとは思わなかったの?
メド:生活に関わりも無ければ、別に興味も無かったからね。標の森なんて僕にはお伽噺だったよ。
ルルネ:あの頃は仲が悪かっただけじゃなくて? よく喧嘩してたでしょ。
メド:それは誤解だよ。
ルルネ:誤解、ねぇ?
メド:ああ、だってロベドとは今も仲が悪いし、反りが合わなくてよく喧嘩してる。
ルルネ:呆れた。あなた全然子供のままじゃないの。
メド:あぁ、性格なんてそう変わらないからね。だから、子供の頃から君とはずっと仲良しだ。
ルルネ:……!? ……どうだか。
メド:照れた?
ルルネ:知らない。それで、標の森がどうしたの?
メド:ああ、誰も。ポトポ爺さんくらいしか知らないそんなお伽噺の森のことを、ソルテはよく知っているんだ。
ルルネ:ええ?
メド:いつか、ソルテが話していたんだけれどね、あの森には変わったマーテナの樹がいくつかあるそうだよ。
ルルネ:マーテナの樹に種類なんてあるの? 月食み虫がよく葉っぱを食べてる白マーテナは知ってるけど。
メド:白マーテナは実はマルペナっていう別の種類の樹なんだけどね。
ルルネ:詳しいわね。
メド:まぁ仕事だからね。ちなみにマルペナの根は食べられる。
ルルネ:おいしいの?
メド:食べられるけど、ぴりっとしてて土臭い。身体には良いけど。
ルルネ:へぇ。
メド:そうじゃなくて、あるらしいいんだ。
ルルネ:あるって?
メド:種類としては村の中にも生えてる普通のマーテナなんだけど、どういう訳か、枝がやたらに多い木とか、二股に分かれたと思ったらまたくっついているような幹とか、変にねじ曲がっている奴とかが。
ルルネ:そんなのがあるの?
メド:あと、マリテットがいるって。
ルルネ:マリテット?
メド:白いまん丸の毛玉に手足が生えたような獣。
ルルネ:少し見てみたいかも。
メド:小さい頃は村でも何度か見たけど、最近はこの辺に来ないね。
ルルネ:あら、残念ね。私も森に行ってみようかしら。
メド:君はたぶん迷うよ。
ルルネ:そんなことないわ。
メド:大丈夫、僕でも迷うね。あの森はかなり広いから、マリテットを見つける頃には、帰り道を見失ってると思う。
ルルネ:ねぇ、ソルテは毎日そんな森に行ってるんでしょ? 大丈夫なの?
メド:それは心配ないと思うよ。
ルルネ:どうして?
メド:ソルテが言ってたんだけど、その変わり者のマーテナを道標にすれば迷うことはないんだって。それで、標の森。
ルルネ:そういう由来だったのね。
メド:そんな話、もしかするとポトポ爺さん以外で知っているのはあの子くらいなんじゃ無いかな。
ルルネ:ええ、全然聞いたことないもの。
メド:ソルテのことは確かに心配さ。心配しない日は無い。
ルルネ:メド?
メド:けれど、それは安心材料だろう? ソルテは、その足で確かに成長して、歩いているんだから。
ルルネ:……そうね。
メド:それはもしかしたら、僕らよりずっと先を歩いているのかも知れないけれどね。
ルルネ:…………。
メド:だから、きっと大丈夫さ。ルルネ。安心して帰りを待とう。
ルルネ:……ええ。夕食を作って待ってるわ。
メド:僕は靴を作って待ってるよ。
ルルネ:ふふ、出来上がりをを随分待たせることになりそうね。
メド:ひどいなぁ!
ルルネ:ふふふ。
:
0:暗転。
:
0:◇第二場。
:
0:標の森。
0:木の根元でソルテが腰を下ろし、ルルネから受け取ったバスケットを広げて食事(モッケパン)をとっている。
:
ソルテ:ここにもない。私の感情は一体どこに流れていったのだろう。ああ、おいしい。おいしい。おいしい? お母さんの作るものはおいしい。レトが言っていた。私のお母さんの作る料理はおいしいんだと。ねえ、レト、このパンはどんな味がするの? 私の舌は何を感じていると思う?
:
0:木の枝を踏む音。
:
ソルテ:誰? もしかして、レト? そこに居るの?
:
0:間。
:
ソルテ:出てきて。レト。いえ、私が行く。だから、そこを動かないで。もう、どこにも行かないで。
:
0:ソルテ、木の裏へ回る。
0:と、そこに黒いローブの人物が立っている。
:
ソルテ:あなたは、レト? ねぇ、ねぇお願い私を助けて!
:
0:ソルテ、ローブへと手を伸ばすと、倒れかかる。
0:ローブ、倒れかかるソルテを抱き留めると一瞬顔をのぞき込み、地面に横たわらせる。
0:見上げるソルテの傍らに膝をつくローブ。
:
レト:(ローブ)「ソル……。」
:
0:ローブ、立ち上がると去って行く。
0:入れ替わりに、レイが現れる。
レイ:おい大丈夫か!
ソルテ:……レト?
レイ:違うよ、俺はレイ。
ソルテ:レイ?
レイ:何があった?
ソルテ:何がって、何?
レイ:どうして倒れていたんだ?
ソルテ:私、倒れていたの?
レイ:いたのじゃなくて、今も倒れているだろ。さぁ、手を出せ。
ソルテ:手を、どうするの?
レイ:良いから、ほら。
:
0:レイ、ソルテの手を掴むと引っぱり起こす。
:
レイ:どうだ、歩けるか?
ソルテ:……歩く。
レイ:お前、こんなとこで何してたんだ?
ソルテ:質問ばっかり。どうせ私は何も知らない。どっか行って。
レイ:はぁ? 何でそんなにえらそうなんだよ、お前わけ分かんねぇな。折角助けにきてやったってのに。
ソルテ:助けなんか頼んでない。
レイ:でも、助けてって聞こえたぞ。
ソルテ:……私はあなたを呼んでない。
レイ:お呼びでないってか。で、それならお姫様は誰を呼んだんだ? レトって奴か?
ソルテ:……レトを、知ってるの?
レイ:知らねえよレトなんて。誰なんだ? そいつ。
ソルテ:レトは、親友。
レイ:親友?
ソルテ:親友のレトが、レトはそう、レトは、でももういないの。
レイ:え?
ソルテ:レトはいないの。ここにはいない。別に、私は悲しくない。
レイ:お、おい!
ソルテ:親友のレトは、死んだの。
:
0:間。風と葉の戯れる音。
:
ソルテ:ねえ、お願い……。
レイ:あぁ? 何だよ?
ソルテ:教えて。
レイ:教える?
ソルテ:ねぇ、悲しいってどんな気持ちなの?
レイ:悲しい? 何のことだよ。
ソルテ:レトは、レトは、死んだのに。教えて、どこにあるの? そう、分かってる、分かってない、違う、だから、もういない、悲しいの? 違う、歩けば良いのね、そう、そうだよね、あれは、レト? 違う。誰なの? 私、そう。いないから、ああ、ごめんなさい――、
レイ:おいおい、大丈夫か?
ソルテ:知らない、分からない、私は何も。お願い、ごめんなさい、レト……。う、ぅぅ……。
レイ:い、一旦落ち着こうぜ。な? しっかりしろよ。いや悪かったって、嫌なこと聞いちゃって。
ソルテ:嫌なことじゃない。
レイ:え?
ソルテ:違う、そうじゃない。嫌なんかじゃ無いの!
レイ:な、なんなんだよ、お前。
ソルテ:私は、ソルテ。
レイ:ソルテ?
ソルテ:ねぇ、聞いて欲しいの。ねえ、聞いて。嫌じゃ無いの。レトのこと。悲しいんじゃ無いの。でも、私、おかしいの。誰も知らないの。
レイ:知らないって、何が?
ソルテ:レトを。私は知っているのに。おかしいのは、違う、そうじゃなくて、私? いえ、世界の方。
レイ:黙れ!
:
0:間。
:
レイ:いいから、いったん、黙れよ。ごちゃごちゃしてんだよ、言葉がさ。もう、何言ってんだ、分かんねぇよお前。えっと、ソルテ?
ソルテ:はい。
レイ:悪い、ソルテ、でかい声出して。でもさ、言葉がぐちゃぐちゃってしてたら、頭おかしくなりそうなんだよ、だから、ゆっくり話そうぜ。俺、こう見えてさ、すんげぇアホだから、いきなり言われてもよく分からん。何があったんだ? 話せよ、ちゃんと聞いてやる。
ソルテ:えっと、その、え? 何がって、なに?
レイ:何でも良いよ。まず初めに、何があったんだ? 親友の――
ソルテ:――レトが、死んだ。
レイ:……そうか。それは、辛かったんだな。
ソルテ:辛い? 違う、私は、何も思ってないの。レトが死んでも、辛くも悲しくも、嬉しくも苦しくも無い。何も無い。私には何も、無い無い、無いの、どこにも、レトみたいに。レト……? みたいに、
レイ:だから、落ち着けって! 分かった、いや分からんけど、とにかく、レトが死んだんだな。でも、悲しくない。何も感じなかった? ほんとに、そうか?
ソルテ:そう、そうなの。私は、何も感じない。
レイ:そんなに苦しそうなのにか? 嘘つけ。絶対悲しいだろそれ。格好つけてるの見え見え。
ソルテ:そんなんじゃ無い、馬鹿にしてるの?
レイ:実際馬鹿だろ。
ソルテ:違う私は賢い。レトがそう言ったの。ソルは賢いよ! って。
レイ:じゃあ、賢い馬鹿だ。
ソルテ:賢い馬鹿? そんなのあるの?
レイ:あるよ。あるある。俺は賢いアホで、ソルテは賢い馬鹿だ。
ソルテ:矛盾してる。
レイ:そうだよ、矛盾してる。でも、悲しそうにしながら、悲しくないなんて言うのは矛盾してるんだ。だろ?
ソルテ:私は、レトが、死んでも何も、感じてなんかない。
レイ:名前。
:
0:間。
:
レイ:その名前呼ぶとき、どんな顔してると思う?
ソルテ:お父さんが?
レイ:なんでお父さんなんだよ、お前の話だ。
ソルテ:私は、何も。
レイ:あのな、水面みたいな顔だ。
ソルテ:水面?
レイ:ただ平らで、透き通るように何もない。
ソルテ:そう。
レイ:――ように見せたいって顔してる。その誤魔化した水面の面の皮の下にあるんじゃないのか、上澄みじゃない悲しいとかそういうのが沈んでさ。
ソルテ:そんなこと、
レイ:まぁいいや。なんでも。
ソルテ:ねぇ、レ……イ?
レイ:おぉ、俺はレイだ。ソルテ。
ソルテ:レイ、あなたは、何なの?
レイ:お、やっと俺に興味持ってくれた。
ソルテ:別にあなたに興味はないけど、
レイ:ひどいな。
ソルテ:ねぇ、レイ?
レイ:実は俺も同じなんだ。
ソルテ:同じ?
レイ:お袋が死んだ。
ソルテ:え……?
レイ:もう何年も前の話さ。だから、水面なんだよ。そこに、昔の俺が映ってる。なくしたばかりの、何も持っていない俺が。
ソルテ:……そう、同じなのね。
レイ:ああ。だけど、違う。これは違う思いなんだ。ソルテの思いと、俺の思いは違うものなんだ。
ソルテ:どう違うの。
レイ:俺の抱くものは、抱えて生きていくこの思いは、俺だけのものだ。ここにあるのは、同じようで違う喪失の糸。形も長さも続く先も違う、たった一つのただ唯一残された繋がりなんだ。
ソルテ:繋がり。
レイ:でもそれは、縋り付くにはあまりに細い。強く引いてみたところで、あの人は帰ってこない。それどころか、唯一残されたその繋がりは、千切れてしまうだろう。
ソルテ:じゃあ、私はそれをどうしたら良いの? そんなもの、一体なんのためにあるの。
レイ:さあね。何か意味があるかも知れないし、ないかも知れない。ただ、それが何かを伝えてくれることを信じて、どんなに辛くても手放さないでいることしか、俺には出来ないよ。というか、俺は手放せなかった。それに、握りしめた思いの糸から伝わる懐かしい熱が、今でも必要になるときがある。そういうものだと、俺は思う。
ソルテ:少しだけ分かった。
レイ:少しかよ。
ソルテ:ええ、少し。けど、これだけあれば、私は歩いて行ける。
レイ:なぁソルテ、俺も一緒に行って良いか?
ソルテ:……分かった。
:
0:ソルテとレイ、手を繋ぐと去って行く。
0:バスケットは置き去りにされている。
0:黒ローブが現れるとバスケットに何かを入れて去る。
0:暗転。
:
0:◇第三場。
:
0:レトの家。
0:テーブルの上には造花が積まれている。
0:ルルネがその一つを手に、形を整えている。
0:扉が開き、メドが入ってくる。
:
ルルネ:お帰りなさい。
メド:ああ、ただいま。おや、今日は随分とたくさん作ったんだね。
ルルネ:この前来た行商が、高く買ってくれましたからね。少しでも足しになればって。
メド:……そうか。ありがとうな。
ルルネ:いいえ、
メド:でもルルネ、あまり、無理はしなくて良いよ。
ルルネ:無理なんてしてないわ。それに、今日はソルテが手伝ってくれたから。
メド:そうなのか。どおりで、形が、その、個性的なわけだ。
ルルネ:不器用なのよ。
メド:まったく。
ルルネ:あなたに似て。
メド:おいおい。
ルルネ:冗談よ、ちっとも似てない。
メド:そうだよな。
ルルネ:あなたの方が下手。
メド:……そうだよな。
ルルネ:うん。
メド:うん……。
ルルネ:……傷ついた?
メド:とっても。
ルルネ:よしよし。
メド:……ふん。
ルルネ:ふふふ、しょうがない人。
:
0:奥の部屋からソルテ現れる。
:
ソルテ:お父さん。
メド:わ! な、なんだ居たのか。ソルテ。
ルルネ:あらあら。
ソルテ:今度、畑仕事手伝って良い?
メド:え、ああ! もちろんだ、助かるよ。
ソルテ:ありがとう。
:
0:ソルテ扉の前に。
:
メド:どこか行くのか?
ソルテ:ちょっと、出る。
メド:そうか、気をつけてな。
ソルテ:うん。
:
0:ソルテ、去る。
:
メド:そうか……。
ルルネ:嬉しそうね。手伝うって言ってくれたのが。
メド:あぁ、もちろんさ。元気になったこともな。
ルルネ:そうね、元気になったわ。
メド:それに最近、ソルテはだいぶ落ち着いてきたな。
ルルネ:ええ。
メド:良かったよ。
ルルネ:えぇ、きっと、いい人を見つけたからね。
メド:は?
ルルネ:ん? 知らなかったの?
メド:いや、なにを?
ルルネ:たまに、一緒に居るのを見かけるけど、なんだ、あなた気付いてないのね。
メド:気付く? 一緒に……? し、知らん! 何のことだ!
ルルネ:えっと、……恋人?
メド:寝耳みみににみみずずずずず。
ルルネ:動揺しすぎよ。
メド:いや、だって、あのソルテに……。あ、相手は!
ルルネ:雑貨屋の次男の、
メド:ライの息子か、それで?
ルルネ:確か名前はレイ。
メド:どんな奴なんだ?
ルルネ:真面目でいい青年だって聞くけど、私、最近あまり外に出られていないからよく知らないの。気になるなら見に行けば?
メド:い、いや、しかし。
ルルネ:丁度買ってきてほしいものもあるから。
メド:何?
ルルネ:革。
メド:革? そんなもの何に使うんだ?
ルルネ:決まっているでしょう? 靴よ。
メド:靴? ソルテのか?
ルルネ:ええ。そろそろ傷んできた頃だから。
メド:ルルネ、お前靴なんて直せたんだな……。すごいじゃないか。
ルルネ:ええ、でもこのところは直してないけれど。
メド:うん? そうなのか?
ルルネ:ソルテが自分で直しているもの。
メド:そうなのか!?
ルルネ:今までは足を傷だらけにしてたけど、手の傷の方が多いくらい。
メド:あの子は不器用だものな。
ルルネ:ソルテもあなたにだけは言われたくないと思うけど。
メド:それは言うなよ。
ルルネ:言わせてもらうわ。だって私の造るお花はともかく、靴に関してはソルテの方がもう上手だもの。あれならちゃんと売れるんじゃ無いかしら。
メド:そんなにか?
ルルネ:あなたお得意の軟膏も出番が無いでしょう?
メド:言われてみれば……。というか、それも自分で作ってるな、ソルテは。
ルルネ:モッケパンも。
メド:えぇ? じゃあ、もしかして今日のお昼のモッケパンって……。
ルルネ:それは私だけど。
メド:なぁんだ。
ルルネ:あら、残念そうね。なにか不満?
メド:百点満点さ。
ルルネ:あらそう。……それにしてもあなた、ソルテのこと何も知らないのね。成長を見守るとか言ってた割には。
メド:いや、それは……。
ルルネ:ふふ、ごめんなさい、意地悪だったわ。
メド:ほんとだよ。
ルルネ:畑仕事を手伝うって言われて浮かれてたのがちょっと気に障っただけだから。
メド:それは少し大人げなくないかな?
ルルネ:仕方ないわ、親の愛だもの。
メド:僕だって親さ。
ルルネ:お互い成長しないわね。
メド:逆にソルテは僕らの知らないところでどんどん成長しているんだなぁ。
ルルネ:ええ、私は知ってるけど。
メド:む。
ルルネ:ほら、そんな顔しないで買ってきて、メド。ソルテのために。
メド:……はぁ、分かったよ。
ルルネ:もし会ったら私にも教えてね。
メド:ソルテと仲良くしてるっていう、
ルルネ:そう、恋人の。
メド:まだ付き合ってない!
ルルネ:分からないじゃない?
メド:まだ、分からないだろ?
ルルネ:だから確かめてきてって言ってるの、その目で。
メド:あぁ、分かったよ。
ルルネ:早く。
メド:分かってる!
:
0:メド、飛び出していく。
:
ルルネ:やれやれ、困ったお父さんね。
:
0:第四場。
:
0:ケロの丘。
0:大きなマーテナの木にのぼり、レイが本を読んでいる。
0:大きな風が吹き、鐘が鳴る。
:
レイ:日々の営み、息遣い。小さな村で逃げ場の無い微かな喧噪は、吹き抜ける風が気まぐれに揺らした鐘の音に紛れてすっかり聞こえなくなってしまった。風が標の森を過ぎ、ラサラスの山を超えて、世界に渡る頃には、日々の営み、息遣い。それを消した鐘の音さえも、大きな大きな世界に紛れてすっかり聞こえなくなってしまうのだろう。ああ、今日も、この村は平和だ。平和でそして、退屈だ。
:
0:そこへソルテが駆けてくる。
:
ソルテ:レイ!
レイ:……誰だ?
ソルテ:誰だと思う?
レイ:ソルテだな。
ソルテ:どうしてそう思う?
レイ:どうして、か。全てが小さなこの村でこんなにも響く声を持ったやつを俺はソルテ以外に知らねぇからな。
ソルテ:それ、レイには友達が少ないってこと?
レイ:碌に姿も見えない遠くから俺をレイだって決めつけられるお前こそ少ないだろ。それに友達くらいいる。
ソルテ:ケロの丘のマーテナに登ろうとする村の人なんてレイくらいでしょ。友達って、村長のとこのロトス?
レイ:口だけロトスが友達? 親父同士が仲良いだけさ。
ソルテ:私のお父さんは仲悪いよ。
レイ:だろうな、他にもいるだろ。
ソルテ:誰?
レイ:ソルテ。
ソルテ:それってどっちの答え?
レイ:両方だな。
ソルテ:自分の姿は外から見えないもの。遠くから見て木の上に自分がいるのでもなければ、それはレイでしょ?
レイ:それもそうだな。
ソルテ:登っていい?
レイ:どうせダメだと言っても登ってくるんだから好きに、
:
0:ソルテ、木にのぼる。
:
ソルテ:よいしょっ! ……何か言った?
レイ:いいや、何でも。それにしてもお前、随分逞しくなったな。
ソルテ:そう?
レイ:ああ。小さい頃はよく風邪引いたり、身体壊してたのに。
ソルテ:そうだっけ。よく憶えていないな。
レイ:ソルテってさ、なんか憶えてないこと多いよな。やけに知識多いくせに。
ソルテ:え? 私、何か忘れてる?
レイ:……何って言われてもな。忘れてることすら忘れてるんなら別に良いけどさ。
:
0:レイ、本を閉じてソルテを見つめる。
:
ソルテ:……ひょっとして、何か大切なこと?
レイ:さぁ。それが大切かどうかは、俺には分かんないけど、どうだろうな。
ソルテ:やけに曖昧だね。
レイ:曖昧なのはお前の記憶だろ。まぁ、無理に思い出さなくてもソルテはソルテだ。
ソルテ:言われると気になるよ。
レイ:言われないと気にならないなら、今はその時じゃ無いって事だろ。
ソルテ:じゃあ、その時っていつ?
レイ:いつかの未来か、終わった過去か。じゃないか。
ソルテ:未来と過去ね。
レイ:未来も過去も、この村は変わらないんだろうけどな。
ソルテ:そこで生きる私達もそうだって?
レイ:変わらないんじゃないのか。
ソルテ:でも、昔より逞しくなったんでしょ、私。矛盾してない?
レイ:ああ。矛盾してるな。けど、そうだな。さっきも言ったけど、俺にとってソルテはソルテだ。逞しくても身体が弱くても、知ってることが多くても少なくても、憶えていても忘れていても、賢い馬鹿から馬鹿が取れても。な。
ソルテ:そっか。
レイ:ああ。
ソルテ:じゃあ、私って今は何なの?
レイ:はぁ? どういう意味?
ソルテ:馬鹿が取れたなら。
レイ:そりゃ、賢いソルテなんじゃないか?
ソルテ:なんか、馬鹿にされてる気がする。
レイ:気にすんな、俺も賢いレイだ。
ソルテ:アホっぽいね。
レイ:じゃあ、アホなレイでいいよ。俺は気にしないさ、賢くてもそうでなくとも俺は俺だからな。
ソルテ:そうだね。
レイ:……今の肯定はどれへの肯定だ?
ソルテ:気にしないんじゃなかったの?
レイ:ソルテにだけはアホって言われたくないんだよ。
ソルテ:言ってない言ってない。けど、思うのは自由だよね?
レイ:ああ、胸の内にしまっとけ。
ソルテ:でも、そしたら忘れてしまうかも。
レイ:俺のことをか? 俺がアホだということをか? 後者なら願っても無いね。
ソルテ:ううん、両方。
レイ:そうか。
ソルテ:うん。
:
0:風が吹き、葉のすれる音。
:
レイ:大事なものほど無くしやすい。
ソルテ:え?
レイ:そういうものさ、世の中は。
ソルテ:世の中?
レイ:まぁ、俺は村の外を知らないし、世界なんて想像も及ばないから実際は、この村の中は。なのかも知れないけどさ。
ソルテ:レイは、どこかに行きたいの?
レイ:どうしてそう思う?
ソルテ:レイはいつも本を読んでるから。
レイ:ソルテはいつも歩き回ってるよな。
ソルテ:そうだね。
レイ:ふうん、なるほどな。でも、村の中を所狭しと歩き回ってるソルテより、じっとしてる俺の方が外に出たいってのは不思議な見方だな。大人達はきっと逆だと思うぜ?
ソルテ:私達もそろそろ大人でしょ。
レイ:ああ、だから大人になったら村を出る。
ソルテ:……!
レイ:ソルテはそう思ってるのか?
ソルテ:そうなの?
レイ:聞いてるのは俺の方だよ。
ソルテ:違う、聞いてるのは私の方。
レイ:それもそうか。
ソルテ:どうなの、レイ。
レイ:どうって言われてもな。ソルテに聞かれると答えに困るな。
ソルテ:どうして?
レイ:どうして、か。質問が多すぎるな。俺は何に答えれば良いんだ、ソルテ?
ソルテ:私はレイが何を考えてるか分からないの。
レイ:俺もソルテが考えてることが分からない。
ソルテ:私が?
レイ:ああ。だからゆっくり話そうぜ。ソルテ。俺、こう見えてさ、すんげぇアホだから、いきなり言われてもよく分からん。何があったんだ? 話せよ、ちゃんと聞いてやる。
ソルテ:……? 私、別に急いでもないけど。
レイ:そっか。……ああ、そうだな。でもさ、俺にはずっと何か焦ってるように見えるけどな。こうしてマーテナの枝に腰掛けてても、お前はまだどこかを歩いてるみたいな。
ソルテ:どこを歩くっていうの?
レイ:どこか、だな。
ソルテ:レイが夢見るどこかみたいに?
レイ:別に夢なんて見ちゃいないさ。
ソルテ:嘘。何かを見てる。
レイ:見てるというなら、村を見てた、かな。
ソルテ:本を読みながら?
レイ:村を見ながら、だ。
ソルテ:集中できるの?
レイ:する必要もないな。
ソルテ:どうして?
レイ:俺達の一生は短い。この村で一番長く生きてたポトポ爺さんだってこの前死んだだろ。
ソルテ:残念だったね。
レイ:ああ。俺もあの爺さんの話は嫌いじゃ無かったな。
ソルテ:私も。
レイ:きっとこの村の大人はみんなそうさ。
ソルテ:そうだね。このマーテナの樹のような人だったから。
レイ:村を見守ってきた。
ソルテ:うん。
レイ:そんな、爺さんだって何でも知ってた訳じゃ無い。
ソルテ:そうかも。
レイ:村にしても、本にしても、世界にしても、全部を知る事なんて土台無理な話なんだ。
ソルテ:私達の命が短いから?
レイ:と言うより、そうする必要が無いから、だな。
ソルテ:必要があれば知れるの?
レイ:さぁ。それはどうだろうな。少なくとも、俺は何か意味や必要があってこの本を読んでいる訳でも無い。
ソルテ:だから集中しないの?
レイ:暇つぶしだな。
ソルテ:じゃあ、この村も。
レイ:うん?
ソルテ:レイにとってはこの村を見るのも暇つぶし?
レイ:…………。
ソルテ:レイ?
:
0:風が走り、葉が揺れる音。
:
レイ:……なぁ、ソルテ。
ソルテ:なに?
レイ:そんな悲しそうな顔するなよ。
ソルテ:そんな顔、
レイ:してるよ。
ソルテ:そっか。
レイ:前までは、そうだった。
ソルテ:前まで?
レイ:本を読みながら、外の世界を夢見ながら、この村を、或いはこの村を見ながら本や外の世界を見ていた。
ソルテ:どうして?
レイ:俺は次男だからな。店は継げないし、兄貴との折り合いもよくない。親父は好きに生きろと言ってる。だからさ、いずれこの村を出なきゃならない日も来る。
ソルテ:村を、出る……。
レイ:だからそれは夢じゃ無くて現実さ。
ソルテ:この村にレイの居場所が無いから?
レイ:いいや、居場所ならあるさ。
ソルテ:どこに?
レイ:ここに。
ソルテ:マーテナの木の上?
レイ:違うな。
ソルテ:じゃあ、どこなの?
レイ:分からないか?
ソルテ:分からないよ。
レイ:ソルテ。
ソルテ:なに?
レイ:ソルテの隣。
ソルテ:私の隣?
レイ:そこが俺の居場所なんだよ。
ソルテ:レイの居場所……。
レイ:ソルテの居場所はどこなんだ?
ソルテ:私の?
レイ:この狭い村を忙しなく歩き回るソルテの居場所はどこなんだ?
ソルテ:……分からない。
レイ:分からない、か。
ソルテ:ええ、私は分からない。ずっと、何も。
レイ:なら、答えの一つを俺が教えるよ。
ソルテ:答え?
レイ:俺の隣。
ソルテ:レイの?
レイ:ああ。ソルテ、俺はお前の隣に居たい。
ソルテ:そっか。
レイ:ソルテに俺の隣にいて欲しい。
ソルテ:うん。
レイ:だから、俺と、
:
0:間。風が凪ぐ。
:
レイ:俺と結婚して欲しい。
ソルテ:……結婚。
レイ:好きだ、ソルテ。
ソルテ:そっか。
レイ:……駄目か?
ソルテ:…………。
レイ:……そう、だよな。
ソルテ:……ねぇ、レイ。
レイ:なんだよ……?
ソルテ:そしたら、行かない?
レイ:行くって?
ソルテ:どこにも。
レイ:村の外にってことか?
ソルテ:ううん、私の隣から、いなくならない?
レイ:……ああ。ああ、もちろんだ、隣にいるよ。
ソルテ:ずっと?
レイ:ずっとずっと隣にいるよ。結婚したらソルテの隣に俺がいて、
ソルテ:レイの隣に私がいる。
レイ:ああ、いる。俺がいる、ずっと隣に。約束だ。
ソルテ:約束。
レイ: さぁその手を出して、ソルテ。
:
0:ソルテ、レイに向けて手を伸ばす。
0:レイがその手を取る。
0:二人、木の枝から下りると丘の鐘の下まで歩く。
0:手を繋ぎ微笑み合うソルテとレイ。
:
ソルテ:レイ。ねぇお願い、私の……
:
0:◇第五場。
:
ソルテ:レイ、ねぇ、お願い私の隣に居て……。
:
0:ベッドに横たわるレイの手を握るソルテ。
0:ベッドの向こうにはルルネとメドが微笑んでいる。
:
レイ:ソルテ……。
ソルテ:お願い、
メド:ソルテ。
ソルテ:ずっと、
ルルネ:ソルテ。
ソルテ:ずっと隣に居て、レイ。
レイ:……ごめんな、ソルテ、約束、
ソルテ:約束、守ってよ、
レイ:守れなくて、ごめんな、
ソルテ:私は、どうしたら良いの、
レイ:隣にいて、やれなくて、
ソルテ:どこにも行かないって、
レイ:なぁ、ソルテ、
ソルテ:なに、レイ……?
レイ:今、ソルテは、悲しいか?
ソルテ:…………。
レイ:なら、よかった、
ソルテ:待って、レイ、
レイ:ソルテの隣に、
ソルテ:行かないで、
レイ:俺は、
ルルネ:私は、
メド:僕は、
ソルテ:言わないで、
レイ:もう、
ソルテ:やめてよ、
:
0:間。
:
レイ:いない。
ソルテ:……あ。
:
0:レイ、ソルテの手を放す。
0:ソルテ、その手を掴もうとするが届かない。
:
ソルテ:どうして、
:
0:レイ、ルルネとメドに手を引かれ、去ろうとするが、立ち止まって振り返る。
:
ソルテ:レイ……?
:
0:と、声を出さずに何かを呟く。
:
レイ:…………(ありがとう)。
:
0:荘厳な鐘の音が遠く響く。
0:レイ、去る。
:
ソルテ:ねぇ私は、私は、レイ、私はどこに行くの? レイ、あなたはどこに行ったの? 行かないで。お願い、どうしてみんな行ってしまうの? どこにも、行かないで……。ねぇ、レイ……。
:
0:手を伸ばすソルテ。
0:その肩に後ろから手を伸ばす少年、レトがいる。
:
レト:僕がいるの!
ソルテ:え……?
レト:ソルテには僕がいるの!
ソルテ:……レト、
レト:レトはソルテと一緒にいるの!
ソルテ:そう……、
レト:うん!
ソルテ:そうね、レト。
レト:そうだよ! だから泣かないで?
ソルテ:泣いてないよ、レト。
レト:ほんとに?
ソルテ:ええ、だって私には、
:
0:ソルテ、レトを抱きしめる。
:
ソルテ:私には、レトがいるもの。
レト:僕にもソルテがいる!
ソルテ:だから、泣く理由なんて無いよ。
レト:だったらソルテの代わりに僕が泣くよ!
ソルテ:どうして?
レト:悲しいことがあったら僕が泣くから、代わりにソルテは笑ってて!
ソルテ:……ありがとう。
レト:ソルテは僕が守るから!
ソルテ:ううん、レトは私が守るよ。
レト:僕が守る!
ソルテ:私が守らなきゃ、
レト:僕が守るの!
ソルテ:だってレトは、
レト:だってソルテは、
ソルテ:私の、
レト:僕の、
:
ソルテ:親友の――
レト:お母さんだもん!
:
0:間。
:
ソルテ:そう、レトは。
:
ソルテ:親友の、名を付けた私の子。
:
0:暗転。
:
0:原風景。《1》
:
0:世界は変わらない。何を願っても変われない。
:
0:◆あらすじ◆
0:親友のレトが死んだ。その面影を求めながら生きるソルテと、支える両親。あるとき、森の中で同じく喪失を抱える少年レイと出会い、ソルテの在り方に変化が起きる。しかしそれも長くは続かず、全てを喪い絶望に沈む。そんな中、残された希望である我が子レトを育み、再び歩き出すソルテだったが、やがて別れの時が迫りそして、
:
0:◆登場人物◆
ソルテ:村の少女。親友のレトを亡くす。
レト:親友のレト。或いは同じ名を与えられたソルテの子。※1での出番は長台詞+αです。レイとの兼ね役推奨。
レイ:ソルテと同じ歳の村の少年。
メド:ソルテの父。
ルルネ:ソルテの母。※最少人数での配役では性別上ソルテとの兼ね役推奨。ただしそれなりにソルテとの掛け合いがあります。
ロズ:村長の子。ソルテの子であるレトと同じ歳の少年。※1での出番はほぼありません。特別に配役しない場合はメドとの兼ね役推奨。
:
0:◇プロローグ。
:
0:窓際に簡素なテーブルと椅子。
0:テーブルの上に一輪の花がいけられた花瓶がある。
0:花は枯れて花弁を散らしている。
0:ソルテが入ってくると、窓辺に立ち外を眺める。
0:荘厳な鐘の音が遠く響く。
:
ソルテ:親友のレトが、
:
0:窓の外をレトが駆ける。
0:扉を叩く音。
:
レト:「さぁさぁ急げ! ケロの丘の鐘が鳴った。」
ソルテ:レトは毎日、日が落ちるまでこの小さな世界を駆け回っていた。ある時はまだ見ぬ驚きを追い、またあるときは終わりなき果てを求め、夢と現のただ中を、小さな瞳と手足に捉えんと奔走した。私たちの日々は止めようのない興奮とわき出る感動に輝いていた筈だ。
レト:「ねぇ、ソル! 鐘が鳴るとどういう訳か、大人達がそこに集まるのは知ってるよね? 知らない? 嘘つけ。知ってるだろ知らないとは言わせないよ。今僕が教えてあげたから! ははは。ねぇ、村のみんなが今何してると思う? そう、ご飯! ……だったら良いんだけどそうじゃ無いな。じゃあ避難訓練? 子どもは置いといて何から逃げるのさ、狼が来たぞーって? それも良いね、ははは、今度やってみるかい? 狼が来たぞー! なんて。ははは。でも、なんだろう、やっぱりお昼寝かな? いやいや、あんなにうるさいと起きちゃうね! なんだい、君はもしかしてまだ寝てるのかな? ならば今すぐ目覚めるといい。眠りの国なんてさよならさ、僕と一緒に冒険に出ようじゃないか。いつもみたいにポトポ爺さんの酒蔵とか、川のほとりの絵描き小屋に行くのも悪くないけれど、たまには未知って奴の鼻を明かしてみないかな? そう、例えば今みんなが何してるのか、とか。誰に聞いても教えてくれない。見に行こうとしたらつまみ出される。分かるかい? 分かるね。これはつまり秘密なんだ。ひ・み・つ。秘密って良いよね。内緒ってのもかわいいけれど、秘密の響きは素敵の響き。内緒よりも大人っぽい。そうなんだ、大人の響きの鐘が鳴るとき、丘の上で開かれるのは、閉じられた秘密のしゅーかい。気にならない? 僕はとっても気になるよ。君も気になるだろう? だったらついて来なよ、この僕に。そんなに心配するなよ大丈夫、僕に良い考えは、無い! けれど、でもきっと良い思い出にはなると思うよ。ははは、冗談さ。なーに大人の足じゃ僕らには追いつけない。僕らの歩みは大人達よりも早いんだ。まして僕らは、誰より長く歩いてきたんだ。さぁ行こう。もうみんな行っちゃっただろう。みんな行ったってことは誰も見張ってないってこと。つまり、行っても良いってことだ。さぁ行くよ。君がいないと始まらないんだ、ソル! 大丈夫、僕が隣にいるからさ! 約束だよ! さぁその手を出して、ソル!」
ソルテ:私は手を伸ばした。けれど……。
:
0:ソルテ、振り返って扉の方へ足を踏み出す。
0:と、その脇を黒いローブを纏ったロズが抜けていく。
:
ロズ:レト!
:
0:二人は手を繋ぎ走り去る。
0:取り残されたソルテ、引き返して花瓶に手を伸ばすと、花を掴んで胸元で握り込む。
:
ソルテ:親友のレトが、死んだ。
:
0:間。
:
ソルテ:でも私は別段、悲しくなかった。日々繰り返される同じ営み。何年も何年も、何代も何代も、畑に植えられた作物の様に代わり映えのしない世界。変化しないただの私のことを包む土壌が、何か満たされなくなってしまった。幼い頃のことは今でも思い出せるのに、そこで私が何を思ったのかはさっぱり見当がつかない。あの日の私は一緒にあの丘で、大人達の集会に潜り込む。それは何のことは無い、ただの祭りの集会で、子どもには退屈な、ごくつまらないものだった。でも、レトと一緒なら、私はなんだって楽しかった。けれどもわからない。忘れてしまったのだ。楽しいとは何か。私にはもう分からない。忘れたわけじゃ無い。断じて。しかし亡くしたんだ、レトと一緒に。堆積した下らない日々があの日の私たちを虐げる。ねぇレト。あなたはどこに行ってしまったの? ねぇレト。私はどこに行けば良いの? 標の森のあなたの家のそばに立つあのマーテナの大樹。レトが村一番だって教えてくれたあの樹から村を見ても、私はもう何も感じないの。出来ないことは無いとすら思う高揚感は翼を折られて地に落ちた。レト。私の頭からは、あなたの名前がこぼれるだけ。こぼれ落ちたしずくがもうどこにも戻らないみたいに、この名前もきっと返ってこないの。あなたはいつ帰ってくるの? レト、レトはどこに行ってしまったの? 私はいつもあなたを追いかけていた。今も私は記憶の中のあなたを追いかけている。疾走感は砕けた喪失に変わり、あなたが言った良い思い出も、悪い思い出も、全部思い出して訪ね歩いたけれど、レト、あなたは面影さえも置いてってはくれなかった。そういえば、レト。あの絵描き小屋、この前の洪水で流れちゃったよ。絵描きさんもたぶん流されたのかな。レト、喜びも怒りも哀しみも、まして楽しみなんて、私はもう持ってない。ねぇ私は、私は、レト、私はどこに行くの?
:
0:ソルテ、花を捨て、花瓶を持ち口につける。
0:一気に中のものを呷ると、その場に崩れる。
:
ソルテ:レト……。
:
0:ソルテの父、メドが駆け込んでくる。
:
メド:ソルテ!
ソルテ:お父、さん
メド:何やってるんだ、お前!
ソルテ:ごめ、ん……い。
メド:喋るな、フラビスの花の汁を飲んだのか、くそ!
ソルテ:レト……。
メド:こんな時に、お前は!
:
0:声を聞きつけソルテの母、ルルネが出てくる。
:
ルルネ:あなた、何があったの!
メド:ルルネ! 水を持ってこい! 花を飲んだ、水がいる!
ルルネ:分かったわ! ソルテを放しちゃだめよ!
:
0:ルルネ、去る。
:
ソルテ:ご、んなさ……い。ご、んな……い。
メド:もういい! もう良いから、おい目を瞑るな、意識をしっかりと持て、絶対に息を止めるな! そうだ、くそ、ああ、どうしたら、なんでお前は……。
:
0:ルルネ、桶を手に駆け込んでくる。
:
ルルネ:汲んできたわ、急いで!
メド:ああ!
:
0:メド、ソルテに水を飲ませる。
:
ルルネ:ソルテ吐き出して!
ソルテ:…………っ!
:
0:ソルテ、咳き込む。
メド:ルルネ、僕は村長を呼んでくる、ソルテを頼む。
ルルネ:ええ、分かったわ!
:
0:メド、立ち上がろうとするが、裾をソルテに掴まれて立ち止まる。
:
メド:ソルテ?
ソルテ:お父……さん、お願……いが、
ルルネ:お願い?
メド:な、なんだ?
ソルテ:私、靴……が欲しい。
メド:こんな時に靴なんて、ああ、靴なんていくらでも買ってやる! だから諦めるな! ソルテ、お前がいないと僕達は……!
ソルテ:ありが……とう。
:
0:ソルテ、気を失う。
:
メド:おい! ソルテ!
ルルネ:大丈夫、息はしてるわ。
メド:そ、そうか。よかった。
ルルネ:……あなた。
メド:なんだい?
ルルネ:これでもう何度目かしら。
メド:もう数えてないよ。
ルルネ:この子に一体何が、
メド:分からない。だけど、
ルルネ:見守ることしか出来ないの? 私達には、
メド:……ああ。
ルルネ:ねぇ、ソルテ。あなたは一体何を見ているの?
:
0:暗転。
:
0:◇第一場。
:
0:ソルテの家。
0:ルルネが料理をしている。
0:その後ろをソルテが通り過ぎようとする。
:
ルルネ:どこ行くの?
:
0:ソルテ、立ち止まる。
:
ソルテ:少し歩いてくる。
ルルネ:いつ帰ってくるの?
ソルテ:日が沈むまでに。
ルルネ:……そう。気をつけてね。
ソルテ:うん。
ルルネ:待って。
ソルテ:何?
ルルネ:これ、持って行きなさい。
:
0:ルルネ、ソルテにバスケットを手渡す。
:
ソルテ:ありがとう。いつも。
ルルネ:いいのよ。
ソルテ:行ってくる。
ルルネ:……あ、ソルテ!
ソルテ:何、お母さん。
:
0:ルルネ、ソルテを抱きしめる。
:
ルルネ:帰ってきてね。
ソルテ:うん。
:
0:ソルテ去ろうとする。
0:と、扉が開き、メドが入ってくる。
:
メド:お、ソルテ。今日はどこまで行くんだ?
ソルテ:標の森。
メド:それはまた遠くまで。あんなところに何があるんだ?
ソルテ:……分からない。
メド:分からない?
ソルテ:でも、行ってくる。
メド:うん……? あ、そうだソルテ。その、靴の履き心地はどうだ?
ソルテ:良いよ。ありがとう、お父さん。
メド:気にするな。また駄目になったら買ってやる。
ルルネ:あなた、そんなお金どこにあるの?
メド:無ければ作れば良いんだ。
ソルテ:作る?
メド:ああ。
ルルネ:靴を? お金を?
メド:む。……そうだな、
ルルネ:分かってるわ。あなた不器用だものね。
メド:おい。僕は作るぞ。
ルルネ:はいはい分かってますよ。
ソルテ:行ってきます。
:
0:ソルテ、去る。
:
ルルネ:……メド。
メド:何だい?
ルルネ:あの子は本当に大丈夫なんでしょうか?
メド:心配かい?
ルルネ:そりゃ心配よ。心配じゃない日が無い。ねぇあなた、あの子は、いつも何をしているの? 森の奥で。毎朝こうして家を出て、日が沈む頃に泥まみれで帰ってきたと思ったら、すり切れそうな意識の糸が切れたみたいに眠って、眠って、でも朝には何事も無く起きて、そしたらまたどこかへ行って、帰って寝て起きて出かけて戻って寝て起きて歩いて歩いて歩いて歩いて。意味も無く、目的も無く、終わりも無く。メド、あの子は何をしているの? 何がしたいの? わたしにはもう分からない。あの子の靴を見た?まだ新しい、あなたがあげたばかりのあの靴は、もう穴が開きそう。
メド:あぁ、そうだな。
ルルネ:あの子そのものに思えてならないの。
メド:何がだ?
ルルネ:分からない? あの靴はソルテ自身。すり減って泥にまみれて、あの子はこれからどうなるの?
メド:靴は履き替えれば良い。
ルルネ:あの子は一人しかいないの。
メド:分かってるよ、だから僕たちがいる。代わりの靴は用意するし、ソルテの足にマメが出来たらユローネの葉とマーテナの蜜で軟膏を作って塗ってやる。お腹が空いて倒れてしまわないように、ソルテの大好きなとびっきり美味しいモッケパンを作ってやる。確かに僕らには見守ることしか出来ないけれど、見守ることは出来るんだよ。
ルルネ:メド……。
メド:ルルネ、心配なのは僕も同じだ。けれど、あの子は強い子だから、きっと大丈夫さ。
ルルネ:本当にそう言える? 見守ると言ってもそれができるのは目の届くところだけでしょ? なのにあの子は毎日目の届かないところに行ってる。
メド:それは、そうだけれど……。
ルルネ:忘れたわけじゃ無いでしょう? フラビスの花を。私たちを置いてあの子が一体どこに行こうとしたのかを。目を離した隙に、もう二度とあの子の笑顔を見ることが叶わなくなるところだったのを。
メド:分かってる、分かってるよ。でも、もうあの子は花を飲んでない。目の届くところでも、届かないところでも。ちゃんと帰ってきてくれる。それで十分だ。
ルルネ:何が十分? 生きていればそれで良いわけじゃ無いわ。ちゃんと元気に健康であったならそれがやっと十分。
メド:いいや、あの子はあれで健康さ。辛いことがあっても、歩くことをやめないうちは、心配いらないと、僕はそう思うよ。
ルルネ:そんなの気休めでしょう。あの子に私達の言葉は届いてない、そう思えて仕方ないの。
メド:だとすれば、それはあの子自身が変わり始めているということさ。気休めでも良いだろう。ソルテはもう一人で歩ける。
ルルネ:それは……。あなたはソルテとは違って随分落ち着いているのね、メド。
メド:もう僕らは子供じゃ無いからね。ソルテだっていつまでも目の離せない子供じゃ無いさ。
ルルネ:でも、私は目を離したくない親なの。
メド:それは僕もさ。いつまでも見ていたいよ、あの子を。
ルルネ:だったら……、
メド:いつまでも僕らが見ていられるとも限らない。僕らが子供の頃から爺さんだったポトポ爺さんも、近頃は大好きなお酒も口にせず、ずっと眠っているよ。
ルルネ:ええ、体調が優れないって。薬屋のカラム様も歳だろうって。
メド:あの人はケロの丘に立つマーテナの樹のようにいつまでも変わらないものだと思っていたけれど、そうじゃ無い。寂しいけれど、人は老いて去っていくものだよ。それは僕らもだ。
ルルネ:それはそうだけれど……。
メド:だから、僕らはこの目にしっかり焼き付けておかないとね。
ルルネ:ソルテを?
メド:そしてあの子の成長を。寂しいことばかりじゃ無いだろう?
ルルネ:……そうね、メド。じっくり見守ることにするわ。
メド:うん。……ああ、そういえば君は標の森のことは知っているかい?
ルルネ:いいえ? それこそ昔、ポトポ爺さんが教えてくれた、お祖父さんのぞのまたお祖父さんの頃よりもっと昔からある、古い古いマーテナの大樹が立っているってことくらいしか。
メド:懐かしいね。確かその近くに神様の祠があるんだっけ? 村の大人はみんなその話を知ってると思うよ。
ルルネ:でも、実際、子供の頃に探検した村長はそんなの無かったって言ってたんでしょ?
メド:ロベドは方向音痴だからな。子分もたくさん連れてたし、そんなに遠くまでは行ってないんじゃないかな。
ルルネ:あなたは?
メド:僕は朝から夕暮れ時まで畑仕事さ。真面目だったからね。
ルルネ:そうだったわね。昼間はケロの丘で寝てたけれど。
メド:君もだろ?
ルルネ:あら、そうだったかしら?
メド:そうだよ。
ルルネ:でも、ロベド達と一緒に行こうとは思わなかったの?
メド:生活に関わりも無ければ、別に興味も無かったからね。標の森なんて僕にはお伽噺だったよ。
ルルネ:あの頃は仲が悪かっただけじゃなくて? よく喧嘩してたでしょ。
メド:それは誤解だよ。
ルルネ:誤解、ねぇ?
メド:ああ、だってロベドとは今も仲が悪いし、反りが合わなくてよく喧嘩してる。
ルルネ:呆れた。あなた全然子供のままじゃないの。
メド:あぁ、性格なんてそう変わらないからね。だから、子供の頃から君とはずっと仲良しだ。
ルルネ:……!? ……どうだか。
メド:照れた?
ルルネ:知らない。それで、標の森がどうしたの?
メド:ああ、誰も。ポトポ爺さんくらいしか知らないそんなお伽噺の森のことを、ソルテはよく知っているんだ。
ルルネ:ええ?
メド:いつか、ソルテが話していたんだけれどね、あの森には変わったマーテナの樹がいくつかあるそうだよ。
ルルネ:マーテナの樹に種類なんてあるの? 月食み虫がよく葉っぱを食べてる白マーテナは知ってるけど。
メド:白マーテナは実はマルペナっていう別の種類の樹なんだけどね。
ルルネ:詳しいわね。
メド:まぁ仕事だからね。ちなみにマルペナの根は食べられる。
ルルネ:おいしいの?
メド:食べられるけど、ぴりっとしてて土臭い。身体には良いけど。
ルルネ:へぇ。
メド:そうじゃなくて、あるらしいいんだ。
ルルネ:あるって?
メド:種類としては村の中にも生えてる普通のマーテナなんだけど、どういう訳か、枝がやたらに多い木とか、二股に分かれたと思ったらまたくっついているような幹とか、変にねじ曲がっている奴とかが。
ルルネ:そんなのがあるの?
メド:あと、マリテットがいるって。
ルルネ:マリテット?
メド:白いまん丸の毛玉に手足が生えたような獣。
ルルネ:少し見てみたいかも。
メド:小さい頃は村でも何度か見たけど、最近はこの辺に来ないね。
ルルネ:あら、残念ね。私も森に行ってみようかしら。
メド:君はたぶん迷うよ。
ルルネ:そんなことないわ。
メド:大丈夫、僕でも迷うね。あの森はかなり広いから、マリテットを見つける頃には、帰り道を見失ってると思う。
ルルネ:ねぇ、ソルテは毎日そんな森に行ってるんでしょ? 大丈夫なの?
メド:それは心配ないと思うよ。
ルルネ:どうして?
メド:ソルテが言ってたんだけど、その変わり者のマーテナを道標にすれば迷うことはないんだって。それで、標の森。
ルルネ:そういう由来だったのね。
メド:そんな話、もしかするとポトポ爺さん以外で知っているのはあの子くらいなんじゃ無いかな。
ルルネ:ええ、全然聞いたことないもの。
メド:ソルテのことは確かに心配さ。心配しない日は無い。
ルルネ:メド?
メド:けれど、それは安心材料だろう? ソルテは、その足で確かに成長して、歩いているんだから。
ルルネ:……そうね。
メド:それはもしかしたら、僕らよりずっと先を歩いているのかも知れないけれどね。
ルルネ:…………。
メド:だから、きっと大丈夫さ。ルルネ。安心して帰りを待とう。
ルルネ:……ええ。夕食を作って待ってるわ。
メド:僕は靴を作って待ってるよ。
ルルネ:ふふ、出来上がりをを随分待たせることになりそうね。
メド:ひどいなぁ!
ルルネ:ふふふ。
:
0:暗転。
:
0:◇第二場。
:
0:標の森。
0:木の根元でソルテが腰を下ろし、ルルネから受け取ったバスケットを広げて食事(モッケパン)をとっている。
:
ソルテ:ここにもない。私の感情は一体どこに流れていったのだろう。ああ、おいしい。おいしい。おいしい? お母さんの作るものはおいしい。レトが言っていた。私のお母さんの作る料理はおいしいんだと。ねえ、レト、このパンはどんな味がするの? 私の舌は何を感じていると思う?
:
0:木の枝を踏む音。
:
ソルテ:誰? もしかして、レト? そこに居るの?
:
0:間。
:
ソルテ:出てきて。レト。いえ、私が行く。だから、そこを動かないで。もう、どこにも行かないで。
:
0:ソルテ、木の裏へ回る。
0:と、そこに黒いローブの人物が立っている。
:
ソルテ:あなたは、レト? ねぇ、ねぇお願い私を助けて!
:
0:ソルテ、ローブへと手を伸ばすと、倒れかかる。
0:ローブ、倒れかかるソルテを抱き留めると一瞬顔をのぞき込み、地面に横たわらせる。
0:見上げるソルテの傍らに膝をつくローブ。
:
レト:(ローブ)「ソル……。」
:
0:ローブ、立ち上がると去って行く。
0:入れ替わりに、レイが現れる。
レイ:おい大丈夫か!
ソルテ:……レト?
レイ:違うよ、俺はレイ。
ソルテ:レイ?
レイ:何があった?
ソルテ:何がって、何?
レイ:どうして倒れていたんだ?
ソルテ:私、倒れていたの?
レイ:いたのじゃなくて、今も倒れているだろ。さぁ、手を出せ。
ソルテ:手を、どうするの?
レイ:良いから、ほら。
:
0:レイ、ソルテの手を掴むと引っぱり起こす。
:
レイ:どうだ、歩けるか?
ソルテ:……歩く。
レイ:お前、こんなとこで何してたんだ?
ソルテ:質問ばっかり。どうせ私は何も知らない。どっか行って。
レイ:はぁ? 何でそんなにえらそうなんだよ、お前わけ分かんねぇな。折角助けにきてやったってのに。
ソルテ:助けなんか頼んでない。
レイ:でも、助けてって聞こえたぞ。
ソルテ:……私はあなたを呼んでない。
レイ:お呼びでないってか。で、それならお姫様は誰を呼んだんだ? レトって奴か?
ソルテ:……レトを、知ってるの?
レイ:知らねえよレトなんて。誰なんだ? そいつ。
ソルテ:レトは、親友。
レイ:親友?
ソルテ:親友のレトが、レトはそう、レトは、でももういないの。
レイ:え?
ソルテ:レトはいないの。ここにはいない。別に、私は悲しくない。
レイ:お、おい!
ソルテ:親友のレトは、死んだの。
:
0:間。風と葉の戯れる音。
:
ソルテ:ねえ、お願い……。
レイ:あぁ? 何だよ?
ソルテ:教えて。
レイ:教える?
ソルテ:ねぇ、悲しいってどんな気持ちなの?
レイ:悲しい? 何のことだよ。
ソルテ:レトは、レトは、死んだのに。教えて、どこにあるの? そう、分かってる、分かってない、違う、だから、もういない、悲しいの? 違う、歩けば良いのね、そう、そうだよね、あれは、レト? 違う。誰なの? 私、そう。いないから、ああ、ごめんなさい――、
レイ:おいおい、大丈夫か?
ソルテ:知らない、分からない、私は何も。お願い、ごめんなさい、レト……。う、ぅぅ……。
レイ:い、一旦落ち着こうぜ。な? しっかりしろよ。いや悪かったって、嫌なこと聞いちゃって。
ソルテ:嫌なことじゃない。
レイ:え?
ソルテ:違う、そうじゃない。嫌なんかじゃ無いの!
レイ:な、なんなんだよ、お前。
ソルテ:私は、ソルテ。
レイ:ソルテ?
ソルテ:ねぇ、聞いて欲しいの。ねえ、聞いて。嫌じゃ無いの。レトのこと。悲しいんじゃ無いの。でも、私、おかしいの。誰も知らないの。
レイ:知らないって、何が?
ソルテ:レトを。私は知っているのに。おかしいのは、違う、そうじゃなくて、私? いえ、世界の方。
レイ:黙れ!
:
0:間。
:
レイ:いいから、いったん、黙れよ。ごちゃごちゃしてんだよ、言葉がさ。もう、何言ってんだ、分かんねぇよお前。えっと、ソルテ?
ソルテ:はい。
レイ:悪い、ソルテ、でかい声出して。でもさ、言葉がぐちゃぐちゃってしてたら、頭おかしくなりそうなんだよ、だから、ゆっくり話そうぜ。俺、こう見えてさ、すんげぇアホだから、いきなり言われてもよく分からん。何があったんだ? 話せよ、ちゃんと聞いてやる。
ソルテ:えっと、その、え? 何がって、なに?
レイ:何でも良いよ。まず初めに、何があったんだ? 親友の――
ソルテ:――レトが、死んだ。
レイ:……そうか。それは、辛かったんだな。
ソルテ:辛い? 違う、私は、何も思ってないの。レトが死んでも、辛くも悲しくも、嬉しくも苦しくも無い。何も無い。私には何も、無い無い、無いの、どこにも、レトみたいに。レト……? みたいに、
レイ:だから、落ち着けって! 分かった、いや分からんけど、とにかく、レトが死んだんだな。でも、悲しくない。何も感じなかった? ほんとに、そうか?
ソルテ:そう、そうなの。私は、何も感じない。
レイ:そんなに苦しそうなのにか? 嘘つけ。絶対悲しいだろそれ。格好つけてるの見え見え。
ソルテ:そんなんじゃ無い、馬鹿にしてるの?
レイ:実際馬鹿だろ。
ソルテ:違う私は賢い。レトがそう言ったの。ソルは賢いよ! って。
レイ:じゃあ、賢い馬鹿だ。
ソルテ:賢い馬鹿? そんなのあるの?
レイ:あるよ。あるある。俺は賢いアホで、ソルテは賢い馬鹿だ。
ソルテ:矛盾してる。
レイ:そうだよ、矛盾してる。でも、悲しそうにしながら、悲しくないなんて言うのは矛盾してるんだ。だろ?
ソルテ:私は、レトが、死んでも何も、感じてなんかない。
レイ:名前。
:
0:間。
:
レイ:その名前呼ぶとき、どんな顔してると思う?
ソルテ:お父さんが?
レイ:なんでお父さんなんだよ、お前の話だ。
ソルテ:私は、何も。
レイ:あのな、水面みたいな顔だ。
ソルテ:水面?
レイ:ただ平らで、透き通るように何もない。
ソルテ:そう。
レイ:――ように見せたいって顔してる。その誤魔化した水面の面の皮の下にあるんじゃないのか、上澄みじゃない悲しいとかそういうのが沈んでさ。
ソルテ:そんなこと、
レイ:まぁいいや。なんでも。
ソルテ:ねぇ、レ……イ?
レイ:おぉ、俺はレイだ。ソルテ。
ソルテ:レイ、あなたは、何なの?
レイ:お、やっと俺に興味持ってくれた。
ソルテ:別にあなたに興味はないけど、
レイ:ひどいな。
ソルテ:ねぇ、レイ?
レイ:実は俺も同じなんだ。
ソルテ:同じ?
レイ:お袋が死んだ。
ソルテ:え……?
レイ:もう何年も前の話さ。だから、水面なんだよ。そこに、昔の俺が映ってる。なくしたばかりの、何も持っていない俺が。
ソルテ:……そう、同じなのね。
レイ:ああ。だけど、違う。これは違う思いなんだ。ソルテの思いと、俺の思いは違うものなんだ。
ソルテ:どう違うの。
レイ:俺の抱くものは、抱えて生きていくこの思いは、俺だけのものだ。ここにあるのは、同じようで違う喪失の糸。形も長さも続く先も違う、たった一つのただ唯一残された繋がりなんだ。
ソルテ:繋がり。
レイ:でもそれは、縋り付くにはあまりに細い。強く引いてみたところで、あの人は帰ってこない。それどころか、唯一残されたその繋がりは、千切れてしまうだろう。
ソルテ:じゃあ、私はそれをどうしたら良いの? そんなもの、一体なんのためにあるの。
レイ:さあね。何か意味があるかも知れないし、ないかも知れない。ただ、それが何かを伝えてくれることを信じて、どんなに辛くても手放さないでいることしか、俺には出来ないよ。というか、俺は手放せなかった。それに、握りしめた思いの糸から伝わる懐かしい熱が、今でも必要になるときがある。そういうものだと、俺は思う。
ソルテ:少しだけ分かった。
レイ:少しかよ。
ソルテ:ええ、少し。けど、これだけあれば、私は歩いて行ける。
レイ:なぁソルテ、俺も一緒に行って良いか?
ソルテ:……分かった。
:
0:ソルテとレイ、手を繋ぐと去って行く。
0:バスケットは置き去りにされている。
0:黒ローブが現れるとバスケットに何かを入れて去る。
0:暗転。
:
0:◇第三場。
:
0:レトの家。
0:テーブルの上には造花が積まれている。
0:ルルネがその一つを手に、形を整えている。
0:扉が開き、メドが入ってくる。
:
ルルネ:お帰りなさい。
メド:ああ、ただいま。おや、今日は随分とたくさん作ったんだね。
ルルネ:この前来た行商が、高く買ってくれましたからね。少しでも足しになればって。
メド:……そうか。ありがとうな。
ルルネ:いいえ、
メド:でもルルネ、あまり、無理はしなくて良いよ。
ルルネ:無理なんてしてないわ。それに、今日はソルテが手伝ってくれたから。
メド:そうなのか。どおりで、形が、その、個性的なわけだ。
ルルネ:不器用なのよ。
メド:まったく。
ルルネ:あなたに似て。
メド:おいおい。
ルルネ:冗談よ、ちっとも似てない。
メド:そうだよな。
ルルネ:あなたの方が下手。
メド:……そうだよな。
ルルネ:うん。
メド:うん……。
ルルネ:……傷ついた?
メド:とっても。
ルルネ:よしよし。
メド:……ふん。
ルルネ:ふふふ、しょうがない人。
:
0:奥の部屋からソルテ現れる。
:
ソルテ:お父さん。
メド:わ! な、なんだ居たのか。ソルテ。
ルルネ:あらあら。
ソルテ:今度、畑仕事手伝って良い?
メド:え、ああ! もちろんだ、助かるよ。
ソルテ:ありがとう。
:
0:ソルテ扉の前に。
:
メド:どこか行くのか?
ソルテ:ちょっと、出る。
メド:そうか、気をつけてな。
ソルテ:うん。
:
0:ソルテ、去る。
:
メド:そうか……。
ルルネ:嬉しそうね。手伝うって言ってくれたのが。
メド:あぁ、もちろんさ。元気になったこともな。
ルルネ:そうね、元気になったわ。
メド:それに最近、ソルテはだいぶ落ち着いてきたな。
ルルネ:ええ。
メド:良かったよ。
ルルネ:えぇ、きっと、いい人を見つけたからね。
メド:は?
ルルネ:ん? 知らなかったの?
メド:いや、なにを?
ルルネ:たまに、一緒に居るのを見かけるけど、なんだ、あなた気付いてないのね。
メド:気付く? 一緒に……? し、知らん! 何のことだ!
ルルネ:えっと、……恋人?
メド:寝耳みみににみみずずずずず。
ルルネ:動揺しすぎよ。
メド:いや、だって、あのソルテに……。あ、相手は!
ルルネ:雑貨屋の次男の、
メド:ライの息子か、それで?
ルルネ:確か名前はレイ。
メド:どんな奴なんだ?
ルルネ:真面目でいい青年だって聞くけど、私、最近あまり外に出られていないからよく知らないの。気になるなら見に行けば?
メド:い、いや、しかし。
ルルネ:丁度買ってきてほしいものもあるから。
メド:何?
ルルネ:革。
メド:革? そんなもの何に使うんだ?
ルルネ:決まっているでしょう? 靴よ。
メド:靴? ソルテのか?
ルルネ:ええ。そろそろ傷んできた頃だから。
メド:ルルネ、お前靴なんて直せたんだな……。すごいじゃないか。
ルルネ:ええ、でもこのところは直してないけれど。
メド:うん? そうなのか?
ルルネ:ソルテが自分で直しているもの。
メド:そうなのか!?
ルルネ:今までは足を傷だらけにしてたけど、手の傷の方が多いくらい。
メド:あの子は不器用だものな。
ルルネ:ソルテもあなたにだけは言われたくないと思うけど。
メド:それは言うなよ。
ルルネ:言わせてもらうわ。だって私の造るお花はともかく、靴に関してはソルテの方がもう上手だもの。あれならちゃんと売れるんじゃ無いかしら。
メド:そんなにか?
ルルネ:あなたお得意の軟膏も出番が無いでしょう?
メド:言われてみれば……。というか、それも自分で作ってるな、ソルテは。
ルルネ:モッケパンも。
メド:えぇ? じゃあ、もしかして今日のお昼のモッケパンって……。
ルルネ:それは私だけど。
メド:なぁんだ。
ルルネ:あら、残念そうね。なにか不満?
メド:百点満点さ。
ルルネ:あらそう。……それにしてもあなた、ソルテのこと何も知らないのね。成長を見守るとか言ってた割には。
メド:いや、それは……。
ルルネ:ふふ、ごめんなさい、意地悪だったわ。
メド:ほんとだよ。
ルルネ:畑仕事を手伝うって言われて浮かれてたのがちょっと気に障っただけだから。
メド:それは少し大人げなくないかな?
ルルネ:仕方ないわ、親の愛だもの。
メド:僕だって親さ。
ルルネ:お互い成長しないわね。
メド:逆にソルテは僕らの知らないところでどんどん成長しているんだなぁ。
ルルネ:ええ、私は知ってるけど。
メド:む。
ルルネ:ほら、そんな顔しないで買ってきて、メド。ソルテのために。
メド:……はぁ、分かったよ。
ルルネ:もし会ったら私にも教えてね。
メド:ソルテと仲良くしてるっていう、
ルルネ:そう、恋人の。
メド:まだ付き合ってない!
ルルネ:分からないじゃない?
メド:まだ、分からないだろ?
ルルネ:だから確かめてきてって言ってるの、その目で。
メド:あぁ、分かったよ。
ルルネ:早く。
メド:分かってる!
:
0:メド、飛び出していく。
:
ルルネ:やれやれ、困ったお父さんね。
:
0:第四場。
:
0:ケロの丘。
0:大きなマーテナの木にのぼり、レイが本を読んでいる。
0:大きな風が吹き、鐘が鳴る。
:
レイ:日々の営み、息遣い。小さな村で逃げ場の無い微かな喧噪は、吹き抜ける風が気まぐれに揺らした鐘の音に紛れてすっかり聞こえなくなってしまった。風が標の森を過ぎ、ラサラスの山を超えて、世界に渡る頃には、日々の営み、息遣い。それを消した鐘の音さえも、大きな大きな世界に紛れてすっかり聞こえなくなってしまうのだろう。ああ、今日も、この村は平和だ。平和でそして、退屈だ。
:
0:そこへソルテが駆けてくる。
:
ソルテ:レイ!
レイ:……誰だ?
ソルテ:誰だと思う?
レイ:ソルテだな。
ソルテ:どうしてそう思う?
レイ:どうして、か。全てが小さなこの村でこんなにも響く声を持ったやつを俺はソルテ以外に知らねぇからな。
ソルテ:それ、レイには友達が少ないってこと?
レイ:碌に姿も見えない遠くから俺をレイだって決めつけられるお前こそ少ないだろ。それに友達くらいいる。
ソルテ:ケロの丘のマーテナに登ろうとする村の人なんてレイくらいでしょ。友達って、村長のとこのロトス?
レイ:口だけロトスが友達? 親父同士が仲良いだけさ。
ソルテ:私のお父さんは仲悪いよ。
レイ:だろうな、他にもいるだろ。
ソルテ:誰?
レイ:ソルテ。
ソルテ:それってどっちの答え?
レイ:両方だな。
ソルテ:自分の姿は外から見えないもの。遠くから見て木の上に自分がいるのでもなければ、それはレイでしょ?
レイ:それもそうだな。
ソルテ:登っていい?
レイ:どうせダメだと言っても登ってくるんだから好きに、
:
0:ソルテ、木にのぼる。
:
ソルテ:よいしょっ! ……何か言った?
レイ:いいや、何でも。それにしてもお前、随分逞しくなったな。
ソルテ:そう?
レイ:ああ。小さい頃はよく風邪引いたり、身体壊してたのに。
ソルテ:そうだっけ。よく憶えていないな。
レイ:ソルテってさ、なんか憶えてないこと多いよな。やけに知識多いくせに。
ソルテ:え? 私、何か忘れてる?
レイ:……何って言われてもな。忘れてることすら忘れてるんなら別に良いけどさ。
:
0:レイ、本を閉じてソルテを見つめる。
:
ソルテ:……ひょっとして、何か大切なこと?
レイ:さぁ。それが大切かどうかは、俺には分かんないけど、どうだろうな。
ソルテ:やけに曖昧だね。
レイ:曖昧なのはお前の記憶だろ。まぁ、無理に思い出さなくてもソルテはソルテだ。
ソルテ:言われると気になるよ。
レイ:言われないと気にならないなら、今はその時じゃ無いって事だろ。
ソルテ:じゃあ、その時っていつ?
レイ:いつかの未来か、終わった過去か。じゃないか。
ソルテ:未来と過去ね。
レイ:未来も過去も、この村は変わらないんだろうけどな。
ソルテ:そこで生きる私達もそうだって?
レイ:変わらないんじゃないのか。
ソルテ:でも、昔より逞しくなったんでしょ、私。矛盾してない?
レイ:ああ。矛盾してるな。けど、そうだな。さっきも言ったけど、俺にとってソルテはソルテだ。逞しくても身体が弱くても、知ってることが多くても少なくても、憶えていても忘れていても、賢い馬鹿から馬鹿が取れても。な。
ソルテ:そっか。
レイ:ああ。
ソルテ:じゃあ、私って今は何なの?
レイ:はぁ? どういう意味?
ソルテ:馬鹿が取れたなら。
レイ:そりゃ、賢いソルテなんじゃないか?
ソルテ:なんか、馬鹿にされてる気がする。
レイ:気にすんな、俺も賢いレイだ。
ソルテ:アホっぽいね。
レイ:じゃあ、アホなレイでいいよ。俺は気にしないさ、賢くてもそうでなくとも俺は俺だからな。
ソルテ:そうだね。
レイ:……今の肯定はどれへの肯定だ?
ソルテ:気にしないんじゃなかったの?
レイ:ソルテにだけはアホって言われたくないんだよ。
ソルテ:言ってない言ってない。けど、思うのは自由だよね?
レイ:ああ、胸の内にしまっとけ。
ソルテ:でも、そしたら忘れてしまうかも。
レイ:俺のことをか? 俺がアホだということをか? 後者なら願っても無いね。
ソルテ:ううん、両方。
レイ:そうか。
ソルテ:うん。
:
0:風が吹き、葉のすれる音。
:
レイ:大事なものほど無くしやすい。
ソルテ:え?
レイ:そういうものさ、世の中は。
ソルテ:世の中?
レイ:まぁ、俺は村の外を知らないし、世界なんて想像も及ばないから実際は、この村の中は。なのかも知れないけどさ。
ソルテ:レイは、どこかに行きたいの?
レイ:どうしてそう思う?
ソルテ:レイはいつも本を読んでるから。
レイ:ソルテはいつも歩き回ってるよな。
ソルテ:そうだね。
レイ:ふうん、なるほどな。でも、村の中を所狭しと歩き回ってるソルテより、じっとしてる俺の方が外に出たいってのは不思議な見方だな。大人達はきっと逆だと思うぜ?
ソルテ:私達もそろそろ大人でしょ。
レイ:ああ、だから大人になったら村を出る。
ソルテ:……!
レイ:ソルテはそう思ってるのか?
ソルテ:そうなの?
レイ:聞いてるのは俺の方だよ。
ソルテ:違う、聞いてるのは私の方。
レイ:それもそうか。
ソルテ:どうなの、レイ。
レイ:どうって言われてもな。ソルテに聞かれると答えに困るな。
ソルテ:どうして?
レイ:どうして、か。質問が多すぎるな。俺は何に答えれば良いんだ、ソルテ?
ソルテ:私はレイが何を考えてるか分からないの。
レイ:俺もソルテが考えてることが分からない。
ソルテ:私が?
レイ:ああ。だからゆっくり話そうぜ。ソルテ。俺、こう見えてさ、すんげぇアホだから、いきなり言われてもよく分からん。何があったんだ? 話せよ、ちゃんと聞いてやる。
ソルテ:……? 私、別に急いでもないけど。
レイ:そっか。……ああ、そうだな。でもさ、俺にはずっと何か焦ってるように見えるけどな。こうしてマーテナの枝に腰掛けてても、お前はまだどこかを歩いてるみたいな。
ソルテ:どこを歩くっていうの?
レイ:どこか、だな。
ソルテ:レイが夢見るどこかみたいに?
レイ:別に夢なんて見ちゃいないさ。
ソルテ:嘘。何かを見てる。
レイ:見てるというなら、村を見てた、かな。
ソルテ:本を読みながら?
レイ:村を見ながら、だ。
ソルテ:集中できるの?
レイ:する必要もないな。
ソルテ:どうして?
レイ:俺達の一生は短い。この村で一番長く生きてたポトポ爺さんだってこの前死んだだろ。
ソルテ:残念だったね。
レイ:ああ。俺もあの爺さんの話は嫌いじゃ無かったな。
ソルテ:私も。
レイ:きっとこの村の大人はみんなそうさ。
ソルテ:そうだね。このマーテナの樹のような人だったから。
レイ:村を見守ってきた。
ソルテ:うん。
レイ:そんな、爺さんだって何でも知ってた訳じゃ無い。
ソルテ:そうかも。
レイ:村にしても、本にしても、世界にしても、全部を知る事なんて土台無理な話なんだ。
ソルテ:私達の命が短いから?
レイ:と言うより、そうする必要が無いから、だな。
ソルテ:必要があれば知れるの?
レイ:さぁ。それはどうだろうな。少なくとも、俺は何か意味や必要があってこの本を読んでいる訳でも無い。
ソルテ:だから集中しないの?
レイ:暇つぶしだな。
ソルテ:じゃあ、この村も。
レイ:うん?
ソルテ:レイにとってはこの村を見るのも暇つぶし?
レイ:…………。
ソルテ:レイ?
:
0:風が走り、葉が揺れる音。
:
レイ:……なぁ、ソルテ。
ソルテ:なに?
レイ:そんな悲しそうな顔するなよ。
ソルテ:そんな顔、
レイ:してるよ。
ソルテ:そっか。
レイ:前までは、そうだった。
ソルテ:前まで?
レイ:本を読みながら、外の世界を夢見ながら、この村を、或いはこの村を見ながら本や外の世界を見ていた。
ソルテ:どうして?
レイ:俺は次男だからな。店は継げないし、兄貴との折り合いもよくない。親父は好きに生きろと言ってる。だからさ、いずれこの村を出なきゃならない日も来る。
ソルテ:村を、出る……。
レイ:だからそれは夢じゃ無くて現実さ。
ソルテ:この村にレイの居場所が無いから?
レイ:いいや、居場所ならあるさ。
ソルテ:どこに?
レイ:ここに。
ソルテ:マーテナの木の上?
レイ:違うな。
ソルテ:じゃあ、どこなの?
レイ:分からないか?
ソルテ:分からないよ。
レイ:ソルテ。
ソルテ:なに?
レイ:ソルテの隣。
ソルテ:私の隣?
レイ:そこが俺の居場所なんだよ。
ソルテ:レイの居場所……。
レイ:ソルテの居場所はどこなんだ?
ソルテ:私の?
レイ:この狭い村を忙しなく歩き回るソルテの居場所はどこなんだ?
ソルテ:……分からない。
レイ:分からない、か。
ソルテ:ええ、私は分からない。ずっと、何も。
レイ:なら、答えの一つを俺が教えるよ。
ソルテ:答え?
レイ:俺の隣。
ソルテ:レイの?
レイ:ああ。ソルテ、俺はお前の隣に居たい。
ソルテ:そっか。
レイ:ソルテに俺の隣にいて欲しい。
ソルテ:うん。
レイ:だから、俺と、
:
0:間。風が凪ぐ。
:
レイ:俺と結婚して欲しい。
ソルテ:……結婚。
レイ:好きだ、ソルテ。
ソルテ:そっか。
レイ:……駄目か?
ソルテ:…………。
レイ:……そう、だよな。
ソルテ:……ねぇ、レイ。
レイ:なんだよ……?
ソルテ:そしたら、行かない?
レイ:行くって?
ソルテ:どこにも。
レイ:村の外にってことか?
ソルテ:ううん、私の隣から、いなくならない?
レイ:……ああ。ああ、もちろんだ、隣にいるよ。
ソルテ:ずっと?
レイ:ずっとずっと隣にいるよ。結婚したらソルテの隣に俺がいて、
ソルテ:レイの隣に私がいる。
レイ:ああ、いる。俺がいる、ずっと隣に。約束だ。
ソルテ:約束。
レイ: さぁその手を出して、ソルテ。
:
0:ソルテ、レイに向けて手を伸ばす。
0:レイがその手を取る。
0:二人、木の枝から下りると丘の鐘の下まで歩く。
0:手を繋ぎ微笑み合うソルテとレイ。
:
ソルテ:レイ。ねぇお願い、私の……
:
0:◇第五場。
:
ソルテ:レイ、ねぇ、お願い私の隣に居て……。
:
0:ベッドに横たわるレイの手を握るソルテ。
0:ベッドの向こうにはルルネとメドが微笑んでいる。
:
レイ:ソルテ……。
ソルテ:お願い、
メド:ソルテ。
ソルテ:ずっと、
ルルネ:ソルテ。
ソルテ:ずっと隣に居て、レイ。
レイ:……ごめんな、ソルテ、約束、
ソルテ:約束、守ってよ、
レイ:守れなくて、ごめんな、
ソルテ:私は、どうしたら良いの、
レイ:隣にいて、やれなくて、
ソルテ:どこにも行かないって、
レイ:なぁ、ソルテ、
ソルテ:なに、レイ……?
レイ:今、ソルテは、悲しいか?
ソルテ:…………。
レイ:なら、よかった、
ソルテ:待って、レイ、
レイ:ソルテの隣に、
ソルテ:行かないで、
レイ:俺は、
ルルネ:私は、
メド:僕は、
ソルテ:言わないで、
レイ:もう、
ソルテ:やめてよ、
:
0:間。
:
レイ:いない。
ソルテ:……あ。
:
0:レイ、ソルテの手を放す。
0:ソルテ、その手を掴もうとするが届かない。
:
ソルテ:どうして、
:
0:レイ、ルルネとメドに手を引かれ、去ろうとするが、立ち止まって振り返る。
:
ソルテ:レイ……?
:
0:と、声を出さずに何かを呟く。
:
レイ:…………(ありがとう)。
:
0:荘厳な鐘の音が遠く響く。
0:レイ、去る。
:
ソルテ:ねぇ私は、私は、レイ、私はどこに行くの? レイ、あなたはどこに行ったの? 行かないで。お願い、どうしてみんな行ってしまうの? どこにも、行かないで……。ねぇ、レイ……。
:
0:手を伸ばすソルテ。
0:その肩に後ろから手を伸ばす少年、レトがいる。
:
レト:僕がいるの!
ソルテ:え……?
レト:ソルテには僕がいるの!
ソルテ:……レト、
レト:レトはソルテと一緒にいるの!
ソルテ:そう……、
レト:うん!
ソルテ:そうね、レト。
レト:そうだよ! だから泣かないで?
ソルテ:泣いてないよ、レト。
レト:ほんとに?
ソルテ:ええ、だって私には、
:
0:ソルテ、レトを抱きしめる。
:
ソルテ:私には、レトがいるもの。
レト:僕にもソルテがいる!
ソルテ:だから、泣く理由なんて無いよ。
レト:だったらソルテの代わりに僕が泣くよ!
ソルテ:どうして?
レト:悲しいことがあったら僕が泣くから、代わりにソルテは笑ってて!
ソルテ:……ありがとう。
レト:ソルテは僕が守るから!
ソルテ:ううん、レトは私が守るよ。
レト:僕が守る!
ソルテ:私が守らなきゃ、
レト:僕が守るの!
ソルテ:だってレトは、
レト:だってソルテは、
ソルテ:私の、
レト:僕の、
:
ソルテ:親友の――
レト:お母さんだもん!
:
0:間。
:
ソルテ:そう、レトは。
:
ソルテ:親友の、名を付けた私の子。
:
0:暗転。
: