台本概要
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タイトル | 原風景。《2》 |
---|---|
作者名 | 音佐りんご。 (@ringo_otosa) |
ジャンル | ファンタジー |
演者人数 | 3人用台本(男1、女1、不問1) |
時間 | 50 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
世界は変わらない。変わると思い込むことしかできない。 ◆あらすじ◆ 親友のレトが死んだ。その面影を求めながら生きるソルテと、支える両親。あるとき、森の中で同じく喪失を抱える少年レイと出会い、ソルテの在り方に変化が起きる。しかしそれも長くは続かず、全てを喪い絶望に沈む。そんな中、残された希望である我が子レトを育み、再び歩き出すソルテだったが、やがて別れの時が迫りそして、 《2》は14,000字程度です。 70 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
ソルテ | 女 | 270 | 村の少女。親友のレトを亡くす。 |
レト | 不問 | 327 | 親友のレト。或いは同じ名を与えられたソルテの子。 |
ロズ | 男 | 108 | 村長の子。ソルテの子であるレトと同じ歳の少年。 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
0:原風景。《2》
:
0:世界は変わらない。変わると思い込むことしかできない。
:
0:◆あらすじ◆
0:親友のレトが死んだ。その面影を求めながら生きるソルテと、支える両親。あるとき、森の中で同じく喪失を抱える少年レイと出会い、ソルテの在り方に変化が起きる。しかしそれも長くは続かず、全てを喪い絶望に沈む。そんな中、残された希望である我が子レトを育み、再び歩き出すソルテだったが、やがて別れの時が迫りそして、
:
0:◆登場人物◆
ソルテ:村の少女。親友のレトを亡くす。
レト:親友のレト。或いは同じ名を与えられたソルテの子。
レイ:ソルテと同じ歳の村の少年。※2では登場しません。
メド:ソルテの父。※2では登場しません。
ルルネ:ソルテの母。※2では登場しません。
ロズ:村長の子。ソルテの子であるレトと同じ歳の少年。
:
0:◇第六場。
:
0:ソルテが花瓶に挿した造花の前で靴を作っている。
:
ソルテ:ある日、この村に風が吹いた。風は選ばれた者を丘の向こうに運んでいった。私の隣にレイがいて、今はもう、いない。父も、母も、もういない。選ばれなかった私は別段、悲しくなかった。どうして、悲しくは無いのだろう。答えは知っている。幼い頃のことは今でも思い出せるのに、どこで聞いたのか思い出せない。そこで私が何を思ったのかさっぱり見当がつかない。私の思いは水面なのだ。あの日の私はあの丘で、溢れる想いに重りをつけて、沈めた私といつかの私を見てる。交わした約束。それは何のことは無い、ただの子供の口約束で、簡単にやぶられてしまう、ごくつまらないものだった。レイが隣に居たのなら、私はなんだって良かった。私には、もうわからない。いいや、忘れたわけじゃ無い。断じて。しかし亡くした、レイと一緒に。風に浚われ、流行病に唆されて、この地を去った大事な人達、変わらない日々。ねぇレイ。ここには無かった? あなたの居場所。ねぇレイ。どこにあるの? 私の居場所。ケロの丘のマーテナの枝からこの村を見ても、私は何も分からないまま。頭から、あなたの名前がこぼれるだけ。こぼれ落ちたしずくがもうどこにも戻らないみたいに抱えて生きていけないこの思いは、同じようで違う喪失の糸。形も長さも続く先も違う、たった一つのただ唯一残された繋がりで、縋り付くにはあまりに細い。強く引いてみたところで、あなたは帰ってこない。それどころか、唯一残されたその繋がりは、千切れてしまうから、どんなに辛くても手放さないでいることなんて、私には出来ない。握りしめた思いの糸から伝わる懐かしい熱が、いつか必要になったとしても、置き去りにしてしまう。この感情の名前もどこかに置いてきたまま、きっと返ってはこないの。大事なものほど無くしやすい。その言葉の意味なんて私には分からないから。洪水のように溢れた思いもついには涸れて、レイ、悩みも苦しみも悲しみも、まして愛なんて。私はもう持ってない。吹きすさぶ日々に押されるままに私はただ仕事を熟す。レイ、あなたは面影だけを置いていった。
:
0:ソルテが窓の外を見つめる。
0:レトが駆け込んでくる。
:
レト:ソルテー!
ソルテ:……どうしたの、レト。
レト:お出かけしようよ!
ソルテ:遊んできたんじゃないの?
レト:いーっぱい遊んだけどお出かけするの!
ソルテ:そう、いってらっしゃい。
レト:ちがうよ!
ソルテ:なにが?
レト:ソルテと一緒にいくの!
ソルテ:私、いまお仕事してるから。
レト:そんなのつまんないよ!
ソルテ:レトにはそうかもね。
レト:ソルテもつまらなそうだよ!
ソルテ:つまんないこと嫌いじゃ無いから。
レト:でも楽しいことの方が好きでしょ!
ソルテ:……そうでもないよ。
レト:なんで?!
ソルテ:つまんないことの方が楽だもの。
レト:若いときは苦労しろ! って言ってたよ?
ソルテ:誰が?
レト:そんちょーのおじさん!
ソルテ:……聞かなくて良いよ。
レト:どうして?
ソルテ:あの人若い時に苦労してないもの。
レト:そうなの?
ソルテ:その分歳をとってから苦労したみたいだけど。
レト:じゃあどうしたらいいの?
ソルテ:そうね、レトは好きにしていいよ。
レト:やったー!
:
0:レト、ソルテの腕を引く。
:
ソルテ:…………。
レト:うぬぬぬぬ!
ソルテ:……ねぇ。
レト:うぬぬぬぬ!
ソルテ:……レト。
レト:うぬぬぬぬー!
ソルテ:何してるの。
レト:手を引いてるの!
ソルテ:どうして?
レト:ソルテがしていいって言ったから好きにするの!
ソルテ:そう、頑張ってね。
レト:ありがとう!
ソルテ:…………。
レト:うぬぬぬぬ!
ソルテ:……レト。
レト:なに?
ソルテ:糸が縫えないわ。
レト:ごめんね。
ソルテ:いいの。
レト:うぬぬぬぬ!
ソルテ:レト。
レト:うぬぬぬぬ!
ソルテ:ねぇ。
レト:うぬぬぬぬ!
ソルテ:レト。
レト:うぬぬぬぬー!
ソルテ:今度は何してるの。
レト:足を引いてるの!
ソルテ:どうして?
レト:手を引っ張るとお仕事できないから足引っ張ってるの!
ソルテ:それは文字通りね。
レト:お仕事頑張って!
ソルテ:ありがと。
レト:うん! ぬぬぬぬ!
ソルテ:ねぇ。
レト:うぬぬぬぬ!
ソルテ:レト。
レト:うぬぬぬぬー!
ソルテ:どこに行きたいの?
レト:お外!
ソルテ:お外のどこ? ケロの丘? フォロの小川? イーロ池? ルシルさんのお花畑?
レト:全部!
ソルテ:よくばりね。
レト:子供はよくばりなくらいがいい! って言ってたよ!
ソルテ:誰が?
レト:そんちょーのおじさん!
ソルテ:ロトスの、村長のおじさんの話なんて聞かなくていいよ。その代わり私が話してあげるから。
レト:やったー! ありがとソルテ!
ソルテ:レト、他に行きたいところはない?
レト:ほか? うーんとねー……
ソルテ:無いならいいよ。あまり遅くなっても危ないからね。
レト:うーん…………あ!
ソルテ:どこかある?
レト:森!
ソルテ:森?
レト:ソルテ、僕、標の森に行きたいな~!
ソルテ:…………。
レト:だめ、かな……?
ソルテ:……いいよ。レト。
:
0:ソルテ、靴と針をテーブルに置く。
:
ソルテ:行こっか、標の森に。
:
0:暗転。
:
0:◇第七場。
:
0:標の森。
0:木の根元でソルテが腰を下ろし、モッケパンを手に歩き回るレトを見ている。
:
レト:見てみてソルテ! あのマーテナの木へんなの! もじゃもじゃ! あ! あれなんだろ?!
ソルテ:レト、座って食べなきゃモッケパン落ちちゃうよ。
レト:座ってなんてられないよ!
ソルテ:じゃあ、だっこするよ。
レト:わー! 逃げろー!
ソルテ:元気ね、レトは。
レト:ふふふ~! 僕は元気~! ソルテは~!
ソルテ:どうかな。
レト:あ! ソルテ! あれなーに? 木にぶら下がってる四角いの!
ソルテ:ビスパの実。
レト:あれはあれは?
ソルテ:カタカタダケっていうキノコ。
レト:あのぐるぐるは!
ソルテ:モチュルト。
レト:ってなに?
ソルテ:陸蟹。
レト:ハサミ無いよ! 怪我してるの?
ソルテ:退化しちゃったの。
レト:あれはあれは!?
ソルテ:ただの石。
レト:この木は?
ソルテ:マーテナもどき。
レト:マーテナじゃないの?
ソルテ:そうね、マーテナに擬態してる何か。
レト:なにか?
ソルテ:あ。あまり近付くと食べられちゃうよ。
レト:食べるの?!
ソルテ:モッケパン貸して。
レト:何するの?
ソルテ:……こうするの。
:
0:ソルテ、木に向かってモッケパンを投げる。
:
レト:ああ! レトのパン!
:
0:木の枝が動き出してパンをキャッチしようとする。
0:が、枝は全然見当違いのところをなぎ払う。
:
レト:わぁ! 木が動いた!
ソルテ:あれがマーテナもどき。
レト:すごーい! でも全然取れてないね!
ソルテ:目が無いから。
レト:じゃあなんでパンに気付いたの?
ソルテ:鼻があるから。
レト:そっか!
ソルテ:気をつけてね?
レト:うん! でもパン勿体ないね?
ソルテ:そのうちあれが片付けるから大丈夫。
レト:ほんとだ! また動いた!
ソルテ:モッケパンは匂いが強いから。
レト:へぇー! …………落ちてるだけなのに取れないね!
ソルテ:ついてるだけで良くないから。
レト:そっか! いつ取れるんだろ?
ソルテ:そのうち。
レト:とれるまで見てる!
ソルテ:そう、レトの好きにして。
レト:がんばれ! もう少し右だよ! そこそこ! おしい!
ソルテ:……この森に来たのも久しぶりだけど、何も変わらない。あの頃のまま。ううん、あの頃があの頃になる前も、もっと前も、変わらない。
レト:よーし! そこだよそうそう! ……いけー! あ。だめだよ! そこじゃないって! もう!
ソルテ:お父さんやお母さんが子供の頃も、ポトポ爺さんが子供の頃も、きっと変わらない。村だって、人が入れ替わって、建物が朽ちては立て直されるだけ。そこにある営みはずっと続く。
レト:あ、みてみてソルテ! もう少し! 追い詰めてるよ! ソルテ! ソルテ! ほら、みて! 僕のモッケパンが!
ソルテ:誰が生きて、誰が死んでも、きっと同じなんだ。この森も、村も、動かないから、
:
0:ソルテの背後にレトが立っている。
:
レト:ねぇ、きいてるの?
ソルテ:そこに生きる私達もその一部で、
レト:こっち向いてよ、
ソルテ:変わることがあるとすれば、
レト:ねぇ、
ソルテ:それは。
レト:ねぇ、
:
レト:「ソル。」
:
0:レトがソルテの肩にもたれかかる。
:
ソルテ:……!?
レト:ふぇ?
ソルテ:今……!
レト:どうしたのソルテ?
ソルテ:レト、さっき、
レト:モッケパン見逃しちゃったね!
ソルテ:ソル……って。
レト:ねぇねぇ、ソルテ!
ソルテ:え?
レト:あれなーに?
ソルテ:あれって――?
:
0:ソルテの視線の先にローブを被った影。
:
ソルテ:……レト……? やっぱり、
レト:え、なーに? ソルテ?
ソルテ:そこに居るのは、レトなの?
レト:僕はここだよソルテ!
ソルテ:ねぇ、レト、あなたはどうして急に居なくなったの?
レト:僕はここに居るってば!
ソルテ:私は、私はどうすれば良いの?
レト:どうしちゃったの、ソルテ!
ソルテ:レト、私を、
レト:ソルテってば!
ソルテ:私も、連れてって。
レト:ソルテ!!
ソルテ:うるさい!
:
0:ソルテ、纏わり付くレトを振り払う。
:
ソルテ:あ……。
レト:……う、
ソルテ:レ、ト……?
レト:ソルテのばか!
:
0:レト、走って去る。
:
ソルテ:……夢、か……。でも、さっきのは……。
:
0:ソルテ、ローブの影が立つ場所を見ると、毛玉のような生き物。
:
ソルテ:あれは……マリテット? ……ふ、ふふ、ふふふ……あぁ、レトを探さなきゃ、レトを……。
:
0:暗転。
:
0:◇第八場。
:
0:村の中を、レトとソルテが歩いている。
:
レト:あそこには、ポトポ爺さんの酒蔵があったんだよね?
ソルテ:ええ、村一番の物知りだった。
レト:それって、ソルテよりも?
ソルテ:そうよ。
レト:僕はソルテの方が物知りだと思うけどな。フォロの小川に絵描き小屋? があったなんて誰も知らなかったし、そこに旅人が住んでたなんて村長だって知らないよ。
ソルテ:そうね。でも、レトだって色んな事知ってるでしょ?
レト:まぁね。でも、これはきっとソルテも知らないだろうと思って話したことも、ソルテはみんな知ってるじゃないか、しかも僕より詳しい。
ソルテ:例えば?
レト:うーん、お昼頃の静かな時に、たまーに聞こえる低い鳴き声あるでしょ? 遠くから響いてるやつ。
ソルテ:あるね。
レト:村の人に聞いてもみーんな分からないって言うんだよ。
ソルテ:そうね、あの人達はそういうことに関心がないもの。
レト:そうなんだ。じゃあ、何だと思う? って聞いたら「ロトスの鼾じゃないのかって。
ソルテ:その可能性もあるわね。
レト:だから、調べてみたんだ。
ソルテ:声の持ち主を?
レト:村長の鼾を。
ソルテ:そう。
レト:確かに、お昼頃に家に行くと村長は寝てた。
ソルテ:寝てたのね。
レト:外に居ても聞こえるくらい、おっきな鼾もかいてた。
ソルテ:だとしたら村の人も案外物知りなのかもね。
レト:だね。でも、違ったんだ。
ソルテ:違った。
レト:うん、村長の鼾は確かに村まで響いてるけど、音が全然違ったんだ。
ソルテ:じゃあ、真犯人が居るというわけだね。
レト:そうさ、だから僕は声の主を追いかけた。
ソルテ:ああ、それで最近よく出かけてたのね。お手伝いサボって。
レト:く、靴は自分で直せるようになったから良いでしょ!
ソルテ:まだまだ下手だけどね。
レト:ソルテが上手すぎるんだよ! 靴屋のメボスさんがぼやいてからね。
ソルテ:でも、材料を仕入れるのはメボスの方が上手。
レト:目利きでも負けるって言ってたけど?
ソルテ:けど、私には商売は分からないから。
レト:そのせいで、良い品物をビックリするような値段で売られてまいってるって。
ソルテ:私にも知らないものがあるってことね。
レト:メボスさんがいくらで靴を売ってるかは知ってるでしょ?
ソルテ:私がいくらで靴を売れば良いかは知らないもの。
レト:ソルテはほんと自分のことに興味ないよね。
ソルテ:……そうかもね。それで、ロトスの鼾はどうなったの?
レト:だから鼾じゃ無いんだって。
ソルテ:じゃあ、何?
レト:ロウルノウルの声だったのさ。
ソルテ:へぇ。
レト:粉挽き小屋に巣があるんだ。
ソルテ:見てきたの?
レト:見てきたよ。親鳥一羽に、雛が一羽。
ソルテ:小さな家族ね。
レト:でも、声は大きかったよ。
ソルテ:ロトスと同じくらいにはね。
レト:ははは。で、ソルテ。
ソルテ:なに?
レト:知ってたでしょ、この話。
ソルテ:さぁ、どうかな。忘れてしまったわ。
レト:忘れたって事は知ってるんだよね?
ソルテ:そうかもね。
レト:どこに行ったか知ってる?
ソルテ:何が?
レト:もう片方の親鳥。
ソルテ:……それは私にも分からない。
レト:そっか。
ソルテ:でも、
レト:でも?
ソルテ:この村の外には出られなかったと思う。
レト:……そうなんだね。
ソルテ:そういえば、若いロウルノウルは、
レト:なに?
ソルテ:高い声で啼くんだよ。
レト:へぇ、どうして?
ソルテ:さぁ、知らないわ。
レト:意外と知らないこともあるんだね。
ソルテ:えぇ、知らないことの方が多いもの。
レト:ふぅん……。
:
レト:……あ、ソルテごめん! 約束してたの忘れてた!
ソルテ:約束?
レト:うん、友達とね!
ソルテ:遅くなるの?
レト:日が暮れるまでに帰ってくるよ。
ソルテ:そう、いってらっしゃい。
レト:うん!
:
0:レト、去る。
:
ソルテ:たとえその声が届かなくとも、ロウルノウルは啼いている。その方が遠くまで届くから。親鳥が低く啼くのは、去って行く雛鳥に声が届くように。
:
0:◇第九場。
:
0:ケロの丘の上に太っちょの少年、ロズ。
0:そこにレトが駆けていく。
0:ロズ、レトに気が付く。
:
ロズ:レト! 遅いよ、何してた?
レト:……はぁ、はぁ、君が早いんだよ、ロズ。
:
0:ロズ、自分の腹を鼓のように叩く。
:
ロズ:はは、そうだろう、僕はこう見えて足が速い!
レト:不思議なことにね。
ロズ:何も不思議は無いさ、僕なのだから!
レト:あぁ、へぇ、ふぅん。
ロズ:なんだい、その反応は?
レト:別に。あ、それより、仕事の方はもういいの?
ロズ:仕事だと?
レト:村長の手伝い、してるんでしょ?
ロズ:手伝い。ああ、そんな物は終わったさ。
レト:終わった? 村長は大変な仕事だって。何やったの?
ロズ:領主殿への税の計算だな。
レト:税……?
ロズ:僕は足だけでは無く計算も速いということさ。
レト:へぇ、随分賢いんだね。僕はこう見えて阿呆だからね。
ロズ:君が言うのかな?
レト:へ?
ロズ:君は何でも知ってるじゃないか。
レト:いや、全然だよ。
ロズ:誰と比べてだ? 言っておくが、父上など何も知らぬぞ?
レト:まぁ、……村長は、村長だから。
ロズ:ふむ。
レト:僕は、もっと色んな事を知らないといけないんだ。
ロズ:気にしすぎだと思うがね。それで言うなら君は君だと思うよ、レト。
レト:そうかな?
ロズ:そうさ。そして、僕も僕だ。
レト:そっか。
ロズ:おうとも。
レト:ありがとう。
ロズ:いいや、気にするな。僕と君の仲だろう?
レト:そうだね、僕と君の仲だ。
ロズ:うむ。……と、ぐずぐずしていては日が落ちてしまう!
レト:ロズ、まだお昼だよ? というか、お昼まだだよ、僕。
ロズ:なんだい? 足だけで無く君は昼食まで遅いのか、レト?
レト:今日は偶々だよ。
ロズ:食べてくれば良いだろう?
レト:君を待たせるじゃないか。
ロズ:いいさ、僕は君が来るのをずっと待っててやる。
レト:どうして?
ロズ:どうして? おかしな事をいうなぁ、君は。
レト:おかしい?
ロズ:だって、レト。君がいないと何をしてもつまらないだろ?
レト:そうなの?
ロズ:君は違うのかい?
レト:僕は……、僕にはソルテがいるからね。
ロズ:ふむ、確かにあのお母様といたら退屈しないだろうね!
レト:ロズの家は退屈なの?
ロズ:家はそうだね。
レト:家は?
ロズ:あぁ、但し村長の家に生まれて良かったと思ってるよ。
レト:どうして? 美味しいものが食べられるから?
ロズ:む? ……はっはっは! それはあるね!
レト:そうだよね、そのお腹。
ロズ:これは父上譲りだがね? しかし、僕が良かったと思うのはそこじゃ無いのさ。
レト:どこ?
ロズ:外だよ。
レト:外?
ロズ:レト、君はこの村の外に行ったことはあるか?
レト:……外。
ロズ:無いだろうね、僕もまだ二回しか行ったことがない。
レト:どうやったら行けるの? 標の森のずっと向こう?
ロズ:標の森は抜けられないよ。そうじゃなくて、ラサラスの山を越えるのさ。そしたら、隣村のクルペーがある。初めて行ったのがクルペー。
レト:どんなところ?
ロズ:畑ばかりだね。
レト:この村も畑ばかりだよ?
ロズ:そう。けどね、育てている作物が違う。
レト:そうなんだ?
ロズ:ああ、クルペーはここより雨が多いんだ。
レト:どうして?
ロズ:ラサラスの山のおかげだって、クルペーの村長は言ってたね。
レト:山が雨を降らすの? 変なの。
ロズ:そうさ、ラサラスの山には神様がいるそうだ。
レト:標の森にもいるよ。
ロズ:……そうなのかい?
レト:自分の村の事なのに知らないの?
ロズ:ふむ、父上はそんな話してなかったがね。
レト:そうなんだ?
ロズ:まぁこの村だって昔から変わらないようで変わっているからね。僕たちの生まれる少し前、この村に流行病があったのはしっているかな?
レト:知ってるよ。たくさん、死んだって。ソルテは教えてくれなかったけど、父さんもその一人なんだって。
ロズ:あぁ、そうだったね。うちも母様が居ない。二人いた歳の離れた兄上も片方亡くした。
レト:そうなんだね。
ロズ:あぁ、だからそうして、この村でもあったものが無くなり、無かったものがある。その途中できっとこぼれ落ちてしまったのさ。いつか君が言ってた、絵描き小屋だとか、ポトポ老人の酒蔵だとか、このケロの丘にも、大きな鐘があったというね。
レト:うん、お祭りとかがあると鳴ってたんだって。
ロズ:お祭りというのも随分減ったがね。
レト:そうなんだ?
ロズ:あぁ、これでも村長の息子だからね、家にそういう催し物の名残がある。けれど、それらが使われるのは見たことがない。例えば、そうだね、これもその一つさ。
レト:なに、それ?
:
0:ロズ、懐から鍵を取り出す。
:
ロズ:鍵だね。
レト:へぇ。大きいね。
ロズ:ああ、よく出来ている。
レト:何に使うの?
ロズ:扉を開けるんじゃないかな?
レト:どこの?
ロズ:さぁ? 知らないな。
レト:ロズの家の鍵なんじゃないの?
ロズ:いいや。全部試したがね、全部違った。
レト:じゃあ、どこの鍵なの? 村長は知らないの?
ロズ:あの父上が知っていると思うかい?
レト:…………。
ロズ:そういうことさ。
レト:なんだか、寂しいね。
ロズ:ああ、けれど人の世とはそういうものさ。
レト:うん……?
ロズ:これを君にあげよう。
レト:え、どうして?
ロズ:どうしてって、君は僕より物知りだろう?
レト:でも、鍵なんて僕知らないよ?
ロズ:だとしても、いつか知るかも知れない。
レト:それはロズも同じでしょ。
ロズ:いいや、そうとも限らない。鍵だけに。
レト:どうして?
ロズ:…………興味が無いんだね。
レト:え?
ロズ:僕は村の中のことにそれ程興味が無いのさ。
レト:そうなの?
ロズ:君はこの村が好きかい、レト?
レト:分からない。けど、好きだと思うよ。ケロの丘から見る夕陽も、フォロの小川のせせらぎも、イーロ池に映る星空も、ルシルさんのお花畑の香りも、昼間聞こえてくるロウルノウルのちょっと哀しい鳴き声も。
ロズ:そうか、それはいいね。君はこの村の素敵なところをたくさん知ってるらしい。
レト:全部、ソルテが教えてくれたんだけどね。
ロズ:だが、それを良いなと感じて好きだと言ったのは君だろう、レト? なら、それで良いじゃないか。
レト:そう、なのかな。
ロズ:ああ、きっとそうさ。……しかし、ふふふ、
レト:どうしたの?
ロズ:君がこの村で一番何が好きなのかは明らかだな。
レト:え?
ロズ:いいや、何も。
レト:ううん……?
ロズ:そうそう、僕は二度、外に出たと言ったね。
レト:言ってたね。
ロズ:その時に、僕は運命の出会いをした。
レト:……好きな人ができたってこと?
ロズ:好きな人? いやいや、もっとスケールが大きいよ!
レト:スケールが……。身体の大きな人だったのかな?
ロズ:ううむ、確かに僕は大きな人が好きだ。それは認める。
レト:そうなんだ。
ロズ:しかし、そうじゃない。僕とは比べようもない程に大きな存在さ。
レト:大きな?
ロズ:あぁ。僕はね、この目で見たんだよ。そして一目で恋に落ちた。
レト:へぇ、何を?
ロズ:海だよ。
レト:なに?
ロズ:この世界を包み込む、大いなる水の世界。その名も『海』に、僕はこの心を奪われた。こんな小さな村じゃない。僕は旅に出て、海とともに生きるんだ。
レト:海……。
ロズ:レト!
レト:え?
ロズ:君も来ないか?
レト:僕が?
ロズ:君と一緒なら、更に楽しくなると思うのさ!
レト:僕が……、旅に……。
ロズ:まぁ、先の話さ。それまでは、この村を見て回ろうじゃないか。
レト:う、うん。
ロズ:いつか言ってた秘密基地、なんてものを作ってみるのも良いだろう。
レト:……! それは楽しそうでね!
ロズ:そうだろとも!
レト:でも、大変じゃ無いかな。
ロズ:そりゃあ大変だろうね。けれど少しずつでいいのさ。
レト:少しずつ?
ロズ:ああ。幸い僕らはまだ子供だ。時間はあるよ。だから知識を蓄えるように、手仕事を覚えるように、少しずつ。
レト:そうだね! 少しずつ考えていけば良いよね。
ロズ:あぁ。この鍵の使い道でも探しながら、ね?
:
0:暗転。
:
0:◇第十場。
:
0:ソルテの家。
0:ソルテが黙々と夕食を作っている。
0:レトが帰ってくる。
:
レト:ただいま! ソルテ!
ソルテ:…………。
レト:ソルテ?
ソルテ:……おかえり。
レト:今日は何作ってるの?
ソルテ:ハルピルスを蒸して、ユローネの葉と和えたものよ。
レト:ハルピルスって……すごい、ソルテが釣ったの!?
ソルテ:ううん、メボスさんがくれたの。
レト:へぇ、ってことはお店に?
ソルテ:私の靴、お店に置いて貰うことにしたの。
レト:そっか、ならそのまま働いてしまうのは?
ソルテ:それはできないわ。
レト:どうして?
ソルテ:畑のことがあるもの。
レト:でも、その方がお金になるんじゃない?
ソルテ:お金なんていらない。
レト:なら、どうしてメボスさんに靴を渡したの?
ソルテ:その方が良いってレトが言ったから。
レト:……そっか。
ソルテ:そう。
レト:料理、手伝うよ。
ソルテ:いらない。
レト:でも、
ソルテ:いらない。
レト:…………。
ソルテ:…………。
レト:怒ってる?
ソルテ:……何に?
レト:いや、何にかは分からないけど……。
ソルテ:なら、いいでしょ。気にしなくて。
レト:気になるよ!
ソルテ:どうして?
レト:それは……、
ソルテ:今日はどこに行ってたの?
レト:え? ひ、秘密だよ……!
ソルテ:秘密、か。
レト:そう! 僕らだけの秘密なんだ。
ソルテ:僕ら?
レト:あ……!
ソルテ:そう、友達のところ。
レト:う、……うん。
ソルテ:仲が良いよね。
レト:うん! そうなんだ!
ソルテ:そう。
レト:ロズはね色んな事を知ってるんだ!
ソルテ:色んな事?
レト:外の世界のことさ!
ソルテ:外、
レト:ソルテは海って知ってる?
ソルテ:知らない。
レト:すーっごく大きな水の世界なんだよ。
ソルテ:そう。
レト:それに、海の水は塩辛いんだって。
ソルテ:へぇ。
レト:棲んでる魚もこの村とは違うんだよ。
ソルテ:…………。
レト:きっとハルピルスは生きていけないだろうね。
ソルテ:…………。
レト:海には海の生き物が居るんだけど、ロズが聞いた話では、こーんなに大きな生き物がいるんだって、きっとケロの丘のマーテナの木よりもずっと大きな生き物。たしか名前はボーラウ。
ソルテ:…………。
レト:どんな姿をしてるんだろうね? あー、見てみたいな。僕、小さい頃から生き物が好きでしょ?
ソルテ:…………。
レト:憶えてる? マーテナもどき。あいつ、月食み虫を食べるって言ってたけど、あいつ結構なんでも食べるんだよね。モッケパンは、そんなに好きじゃ無いというか、食べ慣れてないみたいでへたくそなんだけど、小動物だとパピトンとか結構好きみたい。でも知ってる、ソルテ?
ソルテ:…………。
レト:実は、マーテナもどきってマリテットが天敵なんだよ!
ソルテ:…………。
レト:マリテットは丸くて愛らしくて普段は大人しいんだけど、たくさん集まると結構怖いんだ。まぁほとんど草食だから人は襲わないみたいなんだけど、たくさん集まってマーテナもどきを取り囲むと触手をぱりぱり食べるんだ。もちろん、マーテナもどきも抵抗するんだけど、数が多いし、掴みにくいから、殆ど何も出来ずに食べ尽くされちゃうんだよ。
ソルテ:…………。
レト:それを考えるとあのふわふわの身体は、マーテナもどきを安全に狩るための身体なのかも知れないね。
ソルテ:…………。
レト:あの時のマーテナもどきも食べられちゃったのかな?
ソルテ:…………。
レト:…………。
ソルテ:…………。
レト:そういえば、ねぇソルテ。
ソルテ:…………。
レト:あの時、ソルテは何を見てたの?
ソルテ:…………。
レト:あそこには僕とソルテとマーテナもどきとマリテットしか、居なかったよね?
ソルテ:…………。
レト:マリテットにソルテは、
ソルテ:…………。
レト:ねぇ、ソルテ。
ソルテ:…………。
レト:どうして、レトって呼んだの?
ソルテ:…………。
レト:ねぇ、ソルテ。
ソルテ:…………。
レト:レトって、
ソルテ:…………。
レト:誰なの?
ソルテ:…………。
レト:ソルテ。
ソルテ:…………。
レト:ソルテ。
ソルテ:…………。
レト:ソルテ。
ソルテ:…………。
レト:…………。
ソルテ:…………。
レト:……落ちたよ。
ソルテ:え……?
レト:ユローネの葉っぱ、落ちてたよ?
ソルテ:……うん、ありがと。
レト:どういたしまして。
ソルテ:…………。
レト:ねぇ、ソルテ。
ソルテ:なに。
レト:僕ね、
:
0:間。
:
レト:……ううん、なんでもない。
ソルテ:……そう。
レト:あ、そうだ、僕も作ってみたいんだ。
ソルテ:何を?
レト:靴だよ。
ソルテ:靴?
レト:うん、直すだけじゃなくて、ソルテみたいに上手に。ねぇ、今度教えてよ。
ソルテ:うん。
レト:あとね、ユローネの葉とマーテナの蜜で作る軟膏とか、お料理も! モッケのタレの作り方とか、ソルテみたいにハルピルスが上手に捌けたらカッコイイよね!
ソルテ:ありがとう。
レト:ソルテ、教えてくれる……?
ソルテ:……レトが、そうしたいなら。
レト:ありがとうソルテ!
ソルテ:……うん。
レト:大好きだよ、ソルテ!
:
0:暗転。
:
0:◇第十一場。
:
0:ソルテの家の前。
0:ロズが扉をノックする。
:
ロズ:レト! いるかな?
:
0:ソルテが扉を開けて出てくる。
:
ソルテ:あなたは、
ロズ:これはこれは、お初にお目にかかります、レトのお母様。私はレトの友達をやらせて頂いておりますロズです。
ソルテ:そう。
ロズ:村長の息子も兼ねておりますが。
ソルテ:ロトスの。
ロズ:至らぬ父がお世話になっております。
ソルテ:私は、何も。
ロズ:村の催しの折や、薬の作り方など、たくさんの教えを頂き大変助かっております。父に代わってお礼申し上げます。
ソルテ:本当にロトスの……?
ロズ:はっはっは、よく言われます。捨て子だの養子だの、しかしそれは紛う事なき噂話、出鱈目の類いですので、どうか落胆なさった下さい。実子の三男、この通り放蕩息子でございます。
ソルテ:それは、お気の毒に。でも利発そう。
ロズ:そちらもよく言われます。ただ、まぁ半分だけですよ。
ソルテ:……半分。
ロズ:ところで、お宅のレトはいらっしゃいますか? どら息子宣言したその口で恐縮ですが、今日はレトと会う約束をしておりまして。
ソルテ:そう、でもレトはまだ寝てると思うわ。
ロズ:おや、そうでしたか、ならばここは出直すとしましょう。
ソルテ:いいの、起こさなくて?
ロズ:なに、それ程急ぎの用でも、大した約束でもありません。放蕩息子の道楽に付き合わせるだけですからね。
ソルテ:レトと仲良くしてるようね。
ロズ:ええ、おかげさまで。……それでは私はこの辺りでお暇させて頂きましょう。どうも、お時間ありがとうございます。
ソルテ:いいえ。
ロズ:それでは。
:
0:ロズ、去ろうとして振り返る。
:
ロズ:ああ、そうでした。
ソルテ:どうしたの?
ロズ:私、しばらく村を離れるのでした。
ソルテ:あなたが言っていた放蕩、ということ?
ロズ:はっはっは、それなら幾分良かったのですが、この度は父の補佐、仕事の手伝いと荷物持ちですね。いやはや。
ソルテ:それは大変ね。ひどく重そうな荷物で。
ロズ:分かって頂けますか。
ソルテ:ええ、それなりに長い付き合いだから。
ロズ:そうでしたね。
ソルテ:あなたが継ぐの?
ロズ:まさか。私などは所詮放蕩息子、尊敬すべき兄上がおります。
ソルテ:そう、それは残念ね。
ロズ:私にとってはそうとも限りませんよ。こうして、半分自由を享受出来るのですから、文句など言えようはずもありません。
ソルテ:もう半分は?
ロズ:マーテナの蕾は日差しの下で綻ばず。ですね。
ソルテ:この村はこの村のまま、ということね。
ロズ:そういう見方もあるのでしょうね。実際そう望む村人も多い。でなければ、もっと相応しいところに日が当たっているでしょうからね。
ソルテ:だとしても、そこに花は咲かないのでしょう?
ロズ:ええ。故に、人知れず花が咲くのがこの村の良いところだと、僕は思いますよ。
ソルテ:そして、種もどこかでひっそり芽吹く。
ロズ:…………。
ソルテ:それが本心?
ロズ:ふふ。それはさておき。ですのでお手数で恐縮ですが、私が村を離れること、レトにお伝え頂けないでしょうか。留守は任せた、と。
ソルテ:留守、……ええ。
ロズ:ありがとうございます。
ソルテ:いいえ。
ロズ:それではお母様、ごきげんよう。
:
0:ロズ、去る。
:
ソルテ:あれがレトの友達、か。
:
0:◇第十二場。
:
0:ソルテの家。
0:レトが靴を縫っている。
0:ソルテ、その様子を対面で見ながら造花を作っている。
:
レト:うーん……? こう、かな? あれ? 上手くいかない……やっ!
ソルテ:危ないわ、レト。
レト:え?
ソルテ:そこ、そんな力かけたら針折れちゃうよ。
レト:あ、ごめん。
ソルテ:もう少しだから、落ち着いて。
レト:うーん、やっぱりソルテみたいにはなかなかいかないね。
ソルテ:レトは上手くなったよ。
レト:ほんと……?
ソルテ:もう少しで追いつけるわ。
レト:ソルテに!?
ソルテ:いいえ、メボスさんに。
レト:なぁんだ……。
ソルテ:ちょっと失礼じゃない?
レト:失礼かもだけど、嬉しくないのも事実だからね。
ソルテ:随分はっきり言うのね。
レト:思ったことは伝えないと。
ソルテ:何だか変わったね、レト。
レト:そうかな? でも、きっと大人になったってことだよ。ははは。
ソルテ:……そう。
レト:うん。
ソルテ:……そこは、
:
0:ソルテ、レトの手元の針を引っ張る。
:
レト:え?
ソルテ:こっちに傾けながら、
レト:うんうん、
ソルテ:こう、引っ張って、
レト:あ! すごい、なるほど。
ソルテ:それで、
レト:うん、
ソルテ:…………。
レト:…………。
ソルテ:…………。
レト:いや、どうするの次は?
ソルテ:どうすると思う?
レト:教えてくれないの?
ソルテ:自分で考えて。
レト:なんで?
ソルテ:理由は、
レト:理由は?
ソルテ:自分で考えて。
レト:……はぁん。ソルテってば、怒ってる?
ソルテ:どうしてそう思うの?
レト:意地悪だから。
ソルテ:そう、意地悪してるね。
レト:やっぱり。
ソルテ:でも、レト。
レト:なに?
ソルテ:怒って無くても意地悪したら駄目?
レト:えぇ、駄目ってことは無いけど……いや、駄目だよ! 意地悪しないで教えてよ!
ソルテ:でもね、レト。
レト:なに?
ソルテ:いつまでも。
レト:うん?
ソルテ:教えてあげられないから。
レト:それって……あ、っ……!
:
0:レト、指を針で刺してしまう。
:
レト:いたた……失敗失敗。刺しちゃった。
ソルテ:大丈夫?
レト:へーきだよ!
ソルテ:見せて。
レト:いいよ。
ソルテ:結構深いよ。ほら。
レト:うん……。
:
0:ソルテ、縫っていた花の布を裂き、レトの傷口にあてがう。
:
レト:あ、お花……。いいの?
ソルテ:すぐに作れるから。
レト:……もしかしてその為に今日は造花作ってたの?
ソルテ:……どう思う?
:
0:ソルテ、レトに軟膏を塗る。
:
レト:少なくとも、お薬は予測して置いてたよね?
ソルテ:大事なことよ。
レト:そう、だね、迂闊だった。
ソルテ:いいの。少しずつ知っていけば。
レト:少しずつ?
ソルテ:うん。歩くように、生きるように、マーテナが伸びるように、少しずつ。
レト:そうだね。
ソルテ:うん。
レト:ソルテは、さ。
ソルテ:なに?
レト:どこか行っちゃうの?
ソルテ:どこかって?
レト:分からない、どこかだよ。
ソルテ:どうして?
レト:夢を見るんだよ、ソルテ。
ソルテ:夢?
レト:そう、ソルテがなんだか遠くに行く夢。誰も知らないところに行く夢。僕は、ずっとソルテと一緒に居たでしょ? だからね、寂しいんだ。
ソルテ:……そう。
レト:寂しいんだ。
ソルテ:……はい、これで大丈夫。
:
0:ソルテ、レトの治療を終える。
:
レト:少し痛いよ?
ソルテ:我慢するの。
レト:我慢か。我慢したら治る?
ソルテ:分からない。
レト:え、そんな重傷なの……?
ソルテ:分からない。けど、レトはきっと強くなれるから。
レト:強く?
ソルテ:高く伸びる、ケロの丘の、
レト:マーテナの木のように?
ソルテ:そう。
レト:そっか、そうだね。ありがとう。
ソルテ:いいえ。
レト:じゃあ、頑張って仕上げるね。
ソルテ:ゆっくりでいいよ。
レト:分かってる、それでもやっぱり急がないと。
ソルテ:そう、頑張ってね。
:
0:◇続く◇
0:原風景。《2》
:
0:世界は変わらない。変わると思い込むことしかできない。
:
0:◆あらすじ◆
0:親友のレトが死んだ。その面影を求めながら生きるソルテと、支える両親。あるとき、森の中で同じく喪失を抱える少年レイと出会い、ソルテの在り方に変化が起きる。しかしそれも長くは続かず、全てを喪い絶望に沈む。そんな中、残された希望である我が子レトを育み、再び歩き出すソルテだったが、やがて別れの時が迫りそして、
:
0:◆登場人物◆
ソルテ:村の少女。親友のレトを亡くす。
レト:親友のレト。或いは同じ名を与えられたソルテの子。
レイ:ソルテと同じ歳の村の少年。※2では登場しません。
メド:ソルテの父。※2では登場しません。
ルルネ:ソルテの母。※2では登場しません。
ロズ:村長の子。ソルテの子であるレトと同じ歳の少年。
:
0:◇第六場。
:
0:ソルテが花瓶に挿した造花の前で靴を作っている。
:
ソルテ:ある日、この村に風が吹いた。風は選ばれた者を丘の向こうに運んでいった。私の隣にレイがいて、今はもう、いない。父も、母も、もういない。選ばれなかった私は別段、悲しくなかった。どうして、悲しくは無いのだろう。答えは知っている。幼い頃のことは今でも思い出せるのに、どこで聞いたのか思い出せない。そこで私が何を思ったのかさっぱり見当がつかない。私の思いは水面なのだ。あの日の私はあの丘で、溢れる想いに重りをつけて、沈めた私といつかの私を見てる。交わした約束。それは何のことは無い、ただの子供の口約束で、簡単にやぶられてしまう、ごくつまらないものだった。レイが隣に居たのなら、私はなんだって良かった。私には、もうわからない。いいや、忘れたわけじゃ無い。断じて。しかし亡くした、レイと一緒に。風に浚われ、流行病に唆されて、この地を去った大事な人達、変わらない日々。ねぇレイ。ここには無かった? あなたの居場所。ねぇレイ。どこにあるの? 私の居場所。ケロの丘のマーテナの枝からこの村を見ても、私は何も分からないまま。頭から、あなたの名前がこぼれるだけ。こぼれ落ちたしずくがもうどこにも戻らないみたいに抱えて生きていけないこの思いは、同じようで違う喪失の糸。形も長さも続く先も違う、たった一つのただ唯一残された繋がりで、縋り付くにはあまりに細い。強く引いてみたところで、あなたは帰ってこない。それどころか、唯一残されたその繋がりは、千切れてしまうから、どんなに辛くても手放さないでいることなんて、私には出来ない。握りしめた思いの糸から伝わる懐かしい熱が、いつか必要になったとしても、置き去りにしてしまう。この感情の名前もどこかに置いてきたまま、きっと返ってはこないの。大事なものほど無くしやすい。その言葉の意味なんて私には分からないから。洪水のように溢れた思いもついには涸れて、レイ、悩みも苦しみも悲しみも、まして愛なんて。私はもう持ってない。吹きすさぶ日々に押されるままに私はただ仕事を熟す。レイ、あなたは面影だけを置いていった。
:
0:ソルテが窓の外を見つめる。
0:レトが駆け込んでくる。
:
レト:ソルテー!
ソルテ:……どうしたの、レト。
レト:お出かけしようよ!
ソルテ:遊んできたんじゃないの?
レト:いーっぱい遊んだけどお出かけするの!
ソルテ:そう、いってらっしゃい。
レト:ちがうよ!
ソルテ:なにが?
レト:ソルテと一緒にいくの!
ソルテ:私、いまお仕事してるから。
レト:そんなのつまんないよ!
ソルテ:レトにはそうかもね。
レト:ソルテもつまらなそうだよ!
ソルテ:つまんないこと嫌いじゃ無いから。
レト:でも楽しいことの方が好きでしょ!
ソルテ:……そうでもないよ。
レト:なんで?!
ソルテ:つまんないことの方が楽だもの。
レト:若いときは苦労しろ! って言ってたよ?
ソルテ:誰が?
レト:そんちょーのおじさん!
ソルテ:……聞かなくて良いよ。
レト:どうして?
ソルテ:あの人若い時に苦労してないもの。
レト:そうなの?
ソルテ:その分歳をとってから苦労したみたいだけど。
レト:じゃあどうしたらいいの?
ソルテ:そうね、レトは好きにしていいよ。
レト:やったー!
:
0:レト、ソルテの腕を引く。
:
ソルテ:…………。
レト:うぬぬぬぬ!
ソルテ:……ねぇ。
レト:うぬぬぬぬ!
ソルテ:……レト。
レト:うぬぬぬぬー!
ソルテ:何してるの。
レト:手を引いてるの!
ソルテ:どうして?
レト:ソルテがしていいって言ったから好きにするの!
ソルテ:そう、頑張ってね。
レト:ありがとう!
ソルテ:…………。
レト:うぬぬぬぬ!
ソルテ:……レト。
レト:なに?
ソルテ:糸が縫えないわ。
レト:ごめんね。
ソルテ:いいの。
レト:うぬぬぬぬ!
ソルテ:レト。
レト:うぬぬぬぬ!
ソルテ:ねぇ。
レト:うぬぬぬぬ!
ソルテ:レト。
レト:うぬぬぬぬー!
ソルテ:今度は何してるの。
レト:足を引いてるの!
ソルテ:どうして?
レト:手を引っ張るとお仕事できないから足引っ張ってるの!
ソルテ:それは文字通りね。
レト:お仕事頑張って!
ソルテ:ありがと。
レト:うん! ぬぬぬぬ!
ソルテ:ねぇ。
レト:うぬぬぬぬ!
ソルテ:レト。
レト:うぬぬぬぬー!
ソルテ:どこに行きたいの?
レト:お外!
ソルテ:お外のどこ? ケロの丘? フォロの小川? イーロ池? ルシルさんのお花畑?
レト:全部!
ソルテ:よくばりね。
レト:子供はよくばりなくらいがいい! って言ってたよ!
ソルテ:誰が?
レト:そんちょーのおじさん!
ソルテ:ロトスの、村長のおじさんの話なんて聞かなくていいよ。その代わり私が話してあげるから。
レト:やったー! ありがとソルテ!
ソルテ:レト、他に行きたいところはない?
レト:ほか? うーんとねー……
ソルテ:無いならいいよ。あまり遅くなっても危ないからね。
レト:うーん…………あ!
ソルテ:どこかある?
レト:森!
ソルテ:森?
レト:ソルテ、僕、標の森に行きたいな~!
ソルテ:…………。
レト:だめ、かな……?
ソルテ:……いいよ。レト。
:
0:ソルテ、靴と針をテーブルに置く。
:
ソルテ:行こっか、標の森に。
:
0:暗転。
:
0:◇第七場。
:
0:標の森。
0:木の根元でソルテが腰を下ろし、モッケパンを手に歩き回るレトを見ている。
:
レト:見てみてソルテ! あのマーテナの木へんなの! もじゃもじゃ! あ! あれなんだろ?!
ソルテ:レト、座って食べなきゃモッケパン落ちちゃうよ。
レト:座ってなんてられないよ!
ソルテ:じゃあ、だっこするよ。
レト:わー! 逃げろー!
ソルテ:元気ね、レトは。
レト:ふふふ~! 僕は元気~! ソルテは~!
ソルテ:どうかな。
レト:あ! ソルテ! あれなーに? 木にぶら下がってる四角いの!
ソルテ:ビスパの実。
レト:あれはあれは?
ソルテ:カタカタダケっていうキノコ。
レト:あのぐるぐるは!
ソルテ:モチュルト。
レト:ってなに?
ソルテ:陸蟹。
レト:ハサミ無いよ! 怪我してるの?
ソルテ:退化しちゃったの。
レト:あれはあれは!?
ソルテ:ただの石。
レト:この木は?
ソルテ:マーテナもどき。
レト:マーテナじゃないの?
ソルテ:そうね、マーテナに擬態してる何か。
レト:なにか?
ソルテ:あ。あまり近付くと食べられちゃうよ。
レト:食べるの?!
ソルテ:モッケパン貸して。
レト:何するの?
ソルテ:……こうするの。
:
0:ソルテ、木に向かってモッケパンを投げる。
:
レト:ああ! レトのパン!
:
0:木の枝が動き出してパンをキャッチしようとする。
0:が、枝は全然見当違いのところをなぎ払う。
:
レト:わぁ! 木が動いた!
ソルテ:あれがマーテナもどき。
レト:すごーい! でも全然取れてないね!
ソルテ:目が無いから。
レト:じゃあなんでパンに気付いたの?
ソルテ:鼻があるから。
レト:そっか!
ソルテ:気をつけてね?
レト:うん! でもパン勿体ないね?
ソルテ:そのうちあれが片付けるから大丈夫。
レト:ほんとだ! また動いた!
ソルテ:モッケパンは匂いが強いから。
レト:へぇー! …………落ちてるだけなのに取れないね!
ソルテ:ついてるだけで良くないから。
レト:そっか! いつ取れるんだろ?
ソルテ:そのうち。
レト:とれるまで見てる!
ソルテ:そう、レトの好きにして。
レト:がんばれ! もう少し右だよ! そこそこ! おしい!
ソルテ:……この森に来たのも久しぶりだけど、何も変わらない。あの頃のまま。ううん、あの頃があの頃になる前も、もっと前も、変わらない。
レト:よーし! そこだよそうそう! ……いけー! あ。だめだよ! そこじゃないって! もう!
ソルテ:お父さんやお母さんが子供の頃も、ポトポ爺さんが子供の頃も、きっと変わらない。村だって、人が入れ替わって、建物が朽ちては立て直されるだけ。そこにある営みはずっと続く。
レト:あ、みてみてソルテ! もう少し! 追い詰めてるよ! ソルテ! ソルテ! ほら、みて! 僕のモッケパンが!
ソルテ:誰が生きて、誰が死んでも、きっと同じなんだ。この森も、村も、動かないから、
:
0:ソルテの背後にレトが立っている。
:
レト:ねぇ、きいてるの?
ソルテ:そこに生きる私達もその一部で、
レト:こっち向いてよ、
ソルテ:変わることがあるとすれば、
レト:ねぇ、
ソルテ:それは。
レト:ねぇ、
:
レト:「ソル。」
:
0:レトがソルテの肩にもたれかかる。
:
ソルテ:……!?
レト:ふぇ?
ソルテ:今……!
レト:どうしたのソルテ?
ソルテ:レト、さっき、
レト:モッケパン見逃しちゃったね!
ソルテ:ソル……って。
レト:ねぇねぇ、ソルテ!
ソルテ:え?
レト:あれなーに?
ソルテ:あれって――?
:
0:ソルテの視線の先にローブを被った影。
:
ソルテ:……レト……? やっぱり、
レト:え、なーに? ソルテ?
ソルテ:そこに居るのは、レトなの?
レト:僕はここだよソルテ!
ソルテ:ねぇ、レト、あなたはどうして急に居なくなったの?
レト:僕はここに居るってば!
ソルテ:私は、私はどうすれば良いの?
レト:どうしちゃったの、ソルテ!
ソルテ:レト、私を、
レト:ソルテってば!
ソルテ:私も、連れてって。
レト:ソルテ!!
ソルテ:うるさい!
:
0:ソルテ、纏わり付くレトを振り払う。
:
ソルテ:あ……。
レト:……う、
ソルテ:レ、ト……?
レト:ソルテのばか!
:
0:レト、走って去る。
:
ソルテ:……夢、か……。でも、さっきのは……。
:
0:ソルテ、ローブの影が立つ場所を見ると、毛玉のような生き物。
:
ソルテ:あれは……マリテット? ……ふ、ふふ、ふふふ……あぁ、レトを探さなきゃ、レトを……。
:
0:暗転。
:
0:◇第八場。
:
0:村の中を、レトとソルテが歩いている。
:
レト:あそこには、ポトポ爺さんの酒蔵があったんだよね?
ソルテ:ええ、村一番の物知りだった。
レト:それって、ソルテよりも?
ソルテ:そうよ。
レト:僕はソルテの方が物知りだと思うけどな。フォロの小川に絵描き小屋? があったなんて誰も知らなかったし、そこに旅人が住んでたなんて村長だって知らないよ。
ソルテ:そうね。でも、レトだって色んな事知ってるでしょ?
レト:まぁね。でも、これはきっとソルテも知らないだろうと思って話したことも、ソルテはみんな知ってるじゃないか、しかも僕より詳しい。
ソルテ:例えば?
レト:うーん、お昼頃の静かな時に、たまーに聞こえる低い鳴き声あるでしょ? 遠くから響いてるやつ。
ソルテ:あるね。
レト:村の人に聞いてもみーんな分からないって言うんだよ。
ソルテ:そうね、あの人達はそういうことに関心がないもの。
レト:そうなんだ。じゃあ、何だと思う? って聞いたら「ロトスの鼾じゃないのかって。
ソルテ:その可能性もあるわね。
レト:だから、調べてみたんだ。
ソルテ:声の持ち主を?
レト:村長の鼾を。
ソルテ:そう。
レト:確かに、お昼頃に家に行くと村長は寝てた。
ソルテ:寝てたのね。
レト:外に居ても聞こえるくらい、おっきな鼾もかいてた。
ソルテ:だとしたら村の人も案外物知りなのかもね。
レト:だね。でも、違ったんだ。
ソルテ:違った。
レト:うん、村長の鼾は確かに村まで響いてるけど、音が全然違ったんだ。
ソルテ:じゃあ、真犯人が居るというわけだね。
レト:そうさ、だから僕は声の主を追いかけた。
ソルテ:ああ、それで最近よく出かけてたのね。お手伝いサボって。
レト:く、靴は自分で直せるようになったから良いでしょ!
ソルテ:まだまだ下手だけどね。
レト:ソルテが上手すぎるんだよ! 靴屋のメボスさんがぼやいてからね。
ソルテ:でも、材料を仕入れるのはメボスの方が上手。
レト:目利きでも負けるって言ってたけど?
ソルテ:けど、私には商売は分からないから。
レト:そのせいで、良い品物をビックリするような値段で売られてまいってるって。
ソルテ:私にも知らないものがあるってことね。
レト:メボスさんがいくらで靴を売ってるかは知ってるでしょ?
ソルテ:私がいくらで靴を売れば良いかは知らないもの。
レト:ソルテはほんと自分のことに興味ないよね。
ソルテ:……そうかもね。それで、ロトスの鼾はどうなったの?
レト:だから鼾じゃ無いんだって。
ソルテ:じゃあ、何?
レト:ロウルノウルの声だったのさ。
ソルテ:へぇ。
レト:粉挽き小屋に巣があるんだ。
ソルテ:見てきたの?
レト:見てきたよ。親鳥一羽に、雛が一羽。
ソルテ:小さな家族ね。
レト:でも、声は大きかったよ。
ソルテ:ロトスと同じくらいにはね。
レト:ははは。で、ソルテ。
ソルテ:なに?
レト:知ってたでしょ、この話。
ソルテ:さぁ、どうかな。忘れてしまったわ。
レト:忘れたって事は知ってるんだよね?
ソルテ:そうかもね。
レト:どこに行ったか知ってる?
ソルテ:何が?
レト:もう片方の親鳥。
ソルテ:……それは私にも分からない。
レト:そっか。
ソルテ:でも、
レト:でも?
ソルテ:この村の外には出られなかったと思う。
レト:……そうなんだね。
ソルテ:そういえば、若いロウルノウルは、
レト:なに?
ソルテ:高い声で啼くんだよ。
レト:へぇ、どうして?
ソルテ:さぁ、知らないわ。
レト:意外と知らないこともあるんだね。
ソルテ:えぇ、知らないことの方が多いもの。
レト:ふぅん……。
:
レト:……あ、ソルテごめん! 約束してたの忘れてた!
ソルテ:約束?
レト:うん、友達とね!
ソルテ:遅くなるの?
レト:日が暮れるまでに帰ってくるよ。
ソルテ:そう、いってらっしゃい。
レト:うん!
:
0:レト、去る。
:
ソルテ:たとえその声が届かなくとも、ロウルノウルは啼いている。その方が遠くまで届くから。親鳥が低く啼くのは、去って行く雛鳥に声が届くように。
:
0:◇第九場。
:
0:ケロの丘の上に太っちょの少年、ロズ。
0:そこにレトが駆けていく。
0:ロズ、レトに気が付く。
:
ロズ:レト! 遅いよ、何してた?
レト:……はぁ、はぁ、君が早いんだよ、ロズ。
:
0:ロズ、自分の腹を鼓のように叩く。
:
ロズ:はは、そうだろう、僕はこう見えて足が速い!
レト:不思議なことにね。
ロズ:何も不思議は無いさ、僕なのだから!
レト:あぁ、へぇ、ふぅん。
ロズ:なんだい、その反応は?
レト:別に。あ、それより、仕事の方はもういいの?
ロズ:仕事だと?
レト:村長の手伝い、してるんでしょ?
ロズ:手伝い。ああ、そんな物は終わったさ。
レト:終わった? 村長は大変な仕事だって。何やったの?
ロズ:領主殿への税の計算だな。
レト:税……?
ロズ:僕は足だけでは無く計算も速いということさ。
レト:へぇ、随分賢いんだね。僕はこう見えて阿呆だからね。
ロズ:君が言うのかな?
レト:へ?
ロズ:君は何でも知ってるじゃないか。
レト:いや、全然だよ。
ロズ:誰と比べてだ? 言っておくが、父上など何も知らぬぞ?
レト:まぁ、……村長は、村長だから。
ロズ:ふむ。
レト:僕は、もっと色んな事を知らないといけないんだ。
ロズ:気にしすぎだと思うがね。それで言うなら君は君だと思うよ、レト。
レト:そうかな?
ロズ:そうさ。そして、僕も僕だ。
レト:そっか。
ロズ:おうとも。
レト:ありがとう。
ロズ:いいや、気にするな。僕と君の仲だろう?
レト:そうだね、僕と君の仲だ。
ロズ:うむ。……と、ぐずぐずしていては日が落ちてしまう!
レト:ロズ、まだお昼だよ? というか、お昼まだだよ、僕。
ロズ:なんだい? 足だけで無く君は昼食まで遅いのか、レト?
レト:今日は偶々だよ。
ロズ:食べてくれば良いだろう?
レト:君を待たせるじゃないか。
ロズ:いいさ、僕は君が来るのをずっと待っててやる。
レト:どうして?
ロズ:どうして? おかしな事をいうなぁ、君は。
レト:おかしい?
ロズ:だって、レト。君がいないと何をしてもつまらないだろ?
レト:そうなの?
ロズ:君は違うのかい?
レト:僕は……、僕にはソルテがいるからね。
ロズ:ふむ、確かにあのお母様といたら退屈しないだろうね!
レト:ロズの家は退屈なの?
ロズ:家はそうだね。
レト:家は?
ロズ:あぁ、但し村長の家に生まれて良かったと思ってるよ。
レト:どうして? 美味しいものが食べられるから?
ロズ:む? ……はっはっは! それはあるね!
レト:そうだよね、そのお腹。
ロズ:これは父上譲りだがね? しかし、僕が良かったと思うのはそこじゃ無いのさ。
レト:どこ?
ロズ:外だよ。
レト:外?
ロズ:レト、君はこの村の外に行ったことはあるか?
レト:……外。
ロズ:無いだろうね、僕もまだ二回しか行ったことがない。
レト:どうやったら行けるの? 標の森のずっと向こう?
ロズ:標の森は抜けられないよ。そうじゃなくて、ラサラスの山を越えるのさ。そしたら、隣村のクルペーがある。初めて行ったのがクルペー。
レト:どんなところ?
ロズ:畑ばかりだね。
レト:この村も畑ばかりだよ?
ロズ:そう。けどね、育てている作物が違う。
レト:そうなんだ?
ロズ:ああ、クルペーはここより雨が多いんだ。
レト:どうして?
ロズ:ラサラスの山のおかげだって、クルペーの村長は言ってたね。
レト:山が雨を降らすの? 変なの。
ロズ:そうさ、ラサラスの山には神様がいるそうだ。
レト:標の森にもいるよ。
ロズ:……そうなのかい?
レト:自分の村の事なのに知らないの?
ロズ:ふむ、父上はそんな話してなかったがね。
レト:そうなんだ?
ロズ:まぁこの村だって昔から変わらないようで変わっているからね。僕たちの生まれる少し前、この村に流行病があったのはしっているかな?
レト:知ってるよ。たくさん、死んだって。ソルテは教えてくれなかったけど、父さんもその一人なんだって。
ロズ:あぁ、そうだったね。うちも母様が居ない。二人いた歳の離れた兄上も片方亡くした。
レト:そうなんだね。
ロズ:あぁ、だからそうして、この村でもあったものが無くなり、無かったものがある。その途中できっとこぼれ落ちてしまったのさ。いつか君が言ってた、絵描き小屋だとか、ポトポ老人の酒蔵だとか、このケロの丘にも、大きな鐘があったというね。
レト:うん、お祭りとかがあると鳴ってたんだって。
ロズ:お祭りというのも随分減ったがね。
レト:そうなんだ?
ロズ:あぁ、これでも村長の息子だからね、家にそういう催し物の名残がある。けれど、それらが使われるのは見たことがない。例えば、そうだね、これもその一つさ。
レト:なに、それ?
:
0:ロズ、懐から鍵を取り出す。
:
ロズ:鍵だね。
レト:へぇ。大きいね。
ロズ:ああ、よく出来ている。
レト:何に使うの?
ロズ:扉を開けるんじゃないかな?
レト:どこの?
ロズ:さぁ? 知らないな。
レト:ロズの家の鍵なんじゃないの?
ロズ:いいや。全部試したがね、全部違った。
レト:じゃあ、どこの鍵なの? 村長は知らないの?
ロズ:あの父上が知っていると思うかい?
レト:…………。
ロズ:そういうことさ。
レト:なんだか、寂しいね。
ロズ:ああ、けれど人の世とはそういうものさ。
レト:うん……?
ロズ:これを君にあげよう。
レト:え、どうして?
ロズ:どうしてって、君は僕より物知りだろう?
レト:でも、鍵なんて僕知らないよ?
ロズ:だとしても、いつか知るかも知れない。
レト:それはロズも同じでしょ。
ロズ:いいや、そうとも限らない。鍵だけに。
レト:どうして?
ロズ:…………興味が無いんだね。
レト:え?
ロズ:僕は村の中のことにそれ程興味が無いのさ。
レト:そうなの?
ロズ:君はこの村が好きかい、レト?
レト:分からない。けど、好きだと思うよ。ケロの丘から見る夕陽も、フォロの小川のせせらぎも、イーロ池に映る星空も、ルシルさんのお花畑の香りも、昼間聞こえてくるロウルノウルのちょっと哀しい鳴き声も。
ロズ:そうか、それはいいね。君はこの村の素敵なところをたくさん知ってるらしい。
レト:全部、ソルテが教えてくれたんだけどね。
ロズ:だが、それを良いなと感じて好きだと言ったのは君だろう、レト? なら、それで良いじゃないか。
レト:そう、なのかな。
ロズ:ああ、きっとそうさ。……しかし、ふふふ、
レト:どうしたの?
ロズ:君がこの村で一番何が好きなのかは明らかだな。
レト:え?
ロズ:いいや、何も。
レト:ううん……?
ロズ:そうそう、僕は二度、外に出たと言ったね。
レト:言ってたね。
ロズ:その時に、僕は運命の出会いをした。
レト:……好きな人ができたってこと?
ロズ:好きな人? いやいや、もっとスケールが大きいよ!
レト:スケールが……。身体の大きな人だったのかな?
ロズ:ううむ、確かに僕は大きな人が好きだ。それは認める。
レト:そうなんだ。
ロズ:しかし、そうじゃない。僕とは比べようもない程に大きな存在さ。
レト:大きな?
ロズ:あぁ。僕はね、この目で見たんだよ。そして一目で恋に落ちた。
レト:へぇ、何を?
ロズ:海だよ。
レト:なに?
ロズ:この世界を包み込む、大いなる水の世界。その名も『海』に、僕はこの心を奪われた。こんな小さな村じゃない。僕は旅に出て、海とともに生きるんだ。
レト:海……。
ロズ:レト!
レト:え?
ロズ:君も来ないか?
レト:僕が?
ロズ:君と一緒なら、更に楽しくなると思うのさ!
レト:僕が……、旅に……。
ロズ:まぁ、先の話さ。それまでは、この村を見て回ろうじゃないか。
レト:う、うん。
ロズ:いつか言ってた秘密基地、なんてものを作ってみるのも良いだろう。
レト:……! それは楽しそうでね!
ロズ:そうだろとも!
レト:でも、大変じゃ無いかな。
ロズ:そりゃあ大変だろうね。けれど少しずつでいいのさ。
レト:少しずつ?
ロズ:ああ。幸い僕らはまだ子供だ。時間はあるよ。だから知識を蓄えるように、手仕事を覚えるように、少しずつ。
レト:そうだね! 少しずつ考えていけば良いよね。
ロズ:あぁ。この鍵の使い道でも探しながら、ね?
:
0:暗転。
:
0:◇第十場。
:
0:ソルテの家。
0:ソルテが黙々と夕食を作っている。
0:レトが帰ってくる。
:
レト:ただいま! ソルテ!
ソルテ:…………。
レト:ソルテ?
ソルテ:……おかえり。
レト:今日は何作ってるの?
ソルテ:ハルピルスを蒸して、ユローネの葉と和えたものよ。
レト:ハルピルスって……すごい、ソルテが釣ったの!?
ソルテ:ううん、メボスさんがくれたの。
レト:へぇ、ってことはお店に?
ソルテ:私の靴、お店に置いて貰うことにしたの。
レト:そっか、ならそのまま働いてしまうのは?
ソルテ:それはできないわ。
レト:どうして?
ソルテ:畑のことがあるもの。
レト:でも、その方がお金になるんじゃない?
ソルテ:お金なんていらない。
レト:なら、どうしてメボスさんに靴を渡したの?
ソルテ:その方が良いってレトが言ったから。
レト:……そっか。
ソルテ:そう。
レト:料理、手伝うよ。
ソルテ:いらない。
レト:でも、
ソルテ:いらない。
レト:…………。
ソルテ:…………。
レト:怒ってる?
ソルテ:……何に?
レト:いや、何にかは分からないけど……。
ソルテ:なら、いいでしょ。気にしなくて。
レト:気になるよ!
ソルテ:どうして?
レト:それは……、
ソルテ:今日はどこに行ってたの?
レト:え? ひ、秘密だよ……!
ソルテ:秘密、か。
レト:そう! 僕らだけの秘密なんだ。
ソルテ:僕ら?
レト:あ……!
ソルテ:そう、友達のところ。
レト:う、……うん。
ソルテ:仲が良いよね。
レト:うん! そうなんだ!
ソルテ:そう。
レト:ロズはね色んな事を知ってるんだ!
ソルテ:色んな事?
レト:外の世界のことさ!
ソルテ:外、
レト:ソルテは海って知ってる?
ソルテ:知らない。
レト:すーっごく大きな水の世界なんだよ。
ソルテ:そう。
レト:それに、海の水は塩辛いんだって。
ソルテ:へぇ。
レト:棲んでる魚もこの村とは違うんだよ。
ソルテ:…………。
レト:きっとハルピルスは生きていけないだろうね。
ソルテ:…………。
レト:海には海の生き物が居るんだけど、ロズが聞いた話では、こーんなに大きな生き物がいるんだって、きっとケロの丘のマーテナの木よりもずっと大きな生き物。たしか名前はボーラウ。
ソルテ:…………。
レト:どんな姿をしてるんだろうね? あー、見てみたいな。僕、小さい頃から生き物が好きでしょ?
ソルテ:…………。
レト:憶えてる? マーテナもどき。あいつ、月食み虫を食べるって言ってたけど、あいつ結構なんでも食べるんだよね。モッケパンは、そんなに好きじゃ無いというか、食べ慣れてないみたいでへたくそなんだけど、小動物だとパピトンとか結構好きみたい。でも知ってる、ソルテ?
ソルテ:…………。
レト:実は、マーテナもどきってマリテットが天敵なんだよ!
ソルテ:…………。
レト:マリテットは丸くて愛らしくて普段は大人しいんだけど、たくさん集まると結構怖いんだ。まぁほとんど草食だから人は襲わないみたいなんだけど、たくさん集まってマーテナもどきを取り囲むと触手をぱりぱり食べるんだ。もちろん、マーテナもどきも抵抗するんだけど、数が多いし、掴みにくいから、殆ど何も出来ずに食べ尽くされちゃうんだよ。
ソルテ:…………。
レト:それを考えるとあのふわふわの身体は、マーテナもどきを安全に狩るための身体なのかも知れないね。
ソルテ:…………。
レト:あの時のマーテナもどきも食べられちゃったのかな?
ソルテ:…………。
レト:…………。
ソルテ:…………。
レト:そういえば、ねぇソルテ。
ソルテ:…………。
レト:あの時、ソルテは何を見てたの?
ソルテ:…………。
レト:あそこには僕とソルテとマーテナもどきとマリテットしか、居なかったよね?
ソルテ:…………。
レト:マリテットにソルテは、
ソルテ:…………。
レト:ねぇ、ソルテ。
ソルテ:…………。
レト:どうして、レトって呼んだの?
ソルテ:…………。
レト:ねぇ、ソルテ。
ソルテ:…………。
レト:レトって、
ソルテ:…………。
レト:誰なの?
ソルテ:…………。
レト:ソルテ。
ソルテ:…………。
レト:ソルテ。
ソルテ:…………。
レト:ソルテ。
ソルテ:…………。
レト:…………。
ソルテ:…………。
レト:……落ちたよ。
ソルテ:え……?
レト:ユローネの葉っぱ、落ちてたよ?
ソルテ:……うん、ありがと。
レト:どういたしまして。
ソルテ:…………。
レト:ねぇ、ソルテ。
ソルテ:なに。
レト:僕ね、
:
0:間。
:
レト:……ううん、なんでもない。
ソルテ:……そう。
レト:あ、そうだ、僕も作ってみたいんだ。
ソルテ:何を?
レト:靴だよ。
ソルテ:靴?
レト:うん、直すだけじゃなくて、ソルテみたいに上手に。ねぇ、今度教えてよ。
ソルテ:うん。
レト:あとね、ユローネの葉とマーテナの蜜で作る軟膏とか、お料理も! モッケのタレの作り方とか、ソルテみたいにハルピルスが上手に捌けたらカッコイイよね!
ソルテ:ありがとう。
レト:ソルテ、教えてくれる……?
ソルテ:……レトが、そうしたいなら。
レト:ありがとうソルテ!
ソルテ:……うん。
レト:大好きだよ、ソルテ!
:
0:暗転。
:
0:◇第十一場。
:
0:ソルテの家の前。
0:ロズが扉をノックする。
:
ロズ:レト! いるかな?
:
0:ソルテが扉を開けて出てくる。
:
ソルテ:あなたは、
ロズ:これはこれは、お初にお目にかかります、レトのお母様。私はレトの友達をやらせて頂いておりますロズです。
ソルテ:そう。
ロズ:村長の息子も兼ねておりますが。
ソルテ:ロトスの。
ロズ:至らぬ父がお世話になっております。
ソルテ:私は、何も。
ロズ:村の催しの折や、薬の作り方など、たくさんの教えを頂き大変助かっております。父に代わってお礼申し上げます。
ソルテ:本当にロトスの……?
ロズ:はっはっは、よく言われます。捨て子だの養子だの、しかしそれは紛う事なき噂話、出鱈目の類いですので、どうか落胆なさった下さい。実子の三男、この通り放蕩息子でございます。
ソルテ:それは、お気の毒に。でも利発そう。
ロズ:そちらもよく言われます。ただ、まぁ半分だけですよ。
ソルテ:……半分。
ロズ:ところで、お宅のレトはいらっしゃいますか? どら息子宣言したその口で恐縮ですが、今日はレトと会う約束をしておりまして。
ソルテ:そう、でもレトはまだ寝てると思うわ。
ロズ:おや、そうでしたか、ならばここは出直すとしましょう。
ソルテ:いいの、起こさなくて?
ロズ:なに、それ程急ぎの用でも、大した約束でもありません。放蕩息子の道楽に付き合わせるだけですからね。
ソルテ:レトと仲良くしてるようね。
ロズ:ええ、おかげさまで。……それでは私はこの辺りでお暇させて頂きましょう。どうも、お時間ありがとうございます。
ソルテ:いいえ。
ロズ:それでは。
:
0:ロズ、去ろうとして振り返る。
:
ロズ:ああ、そうでした。
ソルテ:どうしたの?
ロズ:私、しばらく村を離れるのでした。
ソルテ:あなたが言っていた放蕩、ということ?
ロズ:はっはっは、それなら幾分良かったのですが、この度は父の補佐、仕事の手伝いと荷物持ちですね。いやはや。
ソルテ:それは大変ね。ひどく重そうな荷物で。
ロズ:分かって頂けますか。
ソルテ:ええ、それなりに長い付き合いだから。
ロズ:そうでしたね。
ソルテ:あなたが継ぐの?
ロズ:まさか。私などは所詮放蕩息子、尊敬すべき兄上がおります。
ソルテ:そう、それは残念ね。
ロズ:私にとってはそうとも限りませんよ。こうして、半分自由を享受出来るのですから、文句など言えようはずもありません。
ソルテ:もう半分は?
ロズ:マーテナの蕾は日差しの下で綻ばず。ですね。
ソルテ:この村はこの村のまま、ということね。
ロズ:そういう見方もあるのでしょうね。実際そう望む村人も多い。でなければ、もっと相応しいところに日が当たっているでしょうからね。
ソルテ:だとしても、そこに花は咲かないのでしょう?
ロズ:ええ。故に、人知れず花が咲くのがこの村の良いところだと、僕は思いますよ。
ソルテ:そして、種もどこかでひっそり芽吹く。
ロズ:…………。
ソルテ:それが本心?
ロズ:ふふ。それはさておき。ですのでお手数で恐縮ですが、私が村を離れること、レトにお伝え頂けないでしょうか。留守は任せた、と。
ソルテ:留守、……ええ。
ロズ:ありがとうございます。
ソルテ:いいえ。
ロズ:それではお母様、ごきげんよう。
:
0:ロズ、去る。
:
ソルテ:あれがレトの友達、か。
:
0:◇第十二場。
:
0:ソルテの家。
0:レトが靴を縫っている。
0:ソルテ、その様子を対面で見ながら造花を作っている。
:
レト:うーん……? こう、かな? あれ? 上手くいかない……やっ!
ソルテ:危ないわ、レト。
レト:え?
ソルテ:そこ、そんな力かけたら針折れちゃうよ。
レト:あ、ごめん。
ソルテ:もう少しだから、落ち着いて。
レト:うーん、やっぱりソルテみたいにはなかなかいかないね。
ソルテ:レトは上手くなったよ。
レト:ほんと……?
ソルテ:もう少しで追いつけるわ。
レト:ソルテに!?
ソルテ:いいえ、メボスさんに。
レト:なぁんだ……。
ソルテ:ちょっと失礼じゃない?
レト:失礼かもだけど、嬉しくないのも事実だからね。
ソルテ:随分はっきり言うのね。
レト:思ったことは伝えないと。
ソルテ:何だか変わったね、レト。
レト:そうかな? でも、きっと大人になったってことだよ。ははは。
ソルテ:……そう。
レト:うん。
ソルテ:……そこは、
:
0:ソルテ、レトの手元の針を引っ張る。
:
レト:え?
ソルテ:こっちに傾けながら、
レト:うんうん、
ソルテ:こう、引っ張って、
レト:あ! すごい、なるほど。
ソルテ:それで、
レト:うん、
ソルテ:…………。
レト:…………。
ソルテ:…………。
レト:いや、どうするの次は?
ソルテ:どうすると思う?
レト:教えてくれないの?
ソルテ:自分で考えて。
レト:なんで?
ソルテ:理由は、
レト:理由は?
ソルテ:自分で考えて。
レト:……はぁん。ソルテってば、怒ってる?
ソルテ:どうしてそう思うの?
レト:意地悪だから。
ソルテ:そう、意地悪してるね。
レト:やっぱり。
ソルテ:でも、レト。
レト:なに?
ソルテ:怒って無くても意地悪したら駄目?
レト:えぇ、駄目ってことは無いけど……いや、駄目だよ! 意地悪しないで教えてよ!
ソルテ:でもね、レト。
レト:なに?
ソルテ:いつまでも。
レト:うん?
ソルテ:教えてあげられないから。
レト:それって……あ、っ……!
:
0:レト、指を針で刺してしまう。
:
レト:いたた……失敗失敗。刺しちゃった。
ソルテ:大丈夫?
レト:へーきだよ!
ソルテ:見せて。
レト:いいよ。
ソルテ:結構深いよ。ほら。
レト:うん……。
:
0:ソルテ、縫っていた花の布を裂き、レトの傷口にあてがう。
:
レト:あ、お花……。いいの?
ソルテ:すぐに作れるから。
レト:……もしかしてその為に今日は造花作ってたの?
ソルテ:……どう思う?
:
0:ソルテ、レトに軟膏を塗る。
:
レト:少なくとも、お薬は予測して置いてたよね?
ソルテ:大事なことよ。
レト:そう、だね、迂闊だった。
ソルテ:いいの。少しずつ知っていけば。
レト:少しずつ?
ソルテ:うん。歩くように、生きるように、マーテナが伸びるように、少しずつ。
レト:そうだね。
ソルテ:うん。
レト:ソルテは、さ。
ソルテ:なに?
レト:どこか行っちゃうの?
ソルテ:どこかって?
レト:分からない、どこかだよ。
ソルテ:どうして?
レト:夢を見るんだよ、ソルテ。
ソルテ:夢?
レト:そう、ソルテがなんだか遠くに行く夢。誰も知らないところに行く夢。僕は、ずっとソルテと一緒に居たでしょ? だからね、寂しいんだ。
ソルテ:……そう。
レト:寂しいんだ。
ソルテ:……はい、これで大丈夫。
:
0:ソルテ、レトの治療を終える。
:
レト:少し痛いよ?
ソルテ:我慢するの。
レト:我慢か。我慢したら治る?
ソルテ:分からない。
レト:え、そんな重傷なの……?
ソルテ:分からない。けど、レトはきっと強くなれるから。
レト:強く?
ソルテ:高く伸びる、ケロの丘の、
レト:マーテナの木のように?
ソルテ:そう。
レト:そっか、そうだね。ありがとう。
ソルテ:いいえ。
レト:じゃあ、頑張って仕上げるね。
ソルテ:ゆっくりでいいよ。
レト:分かってる、それでもやっぱり急がないと。
ソルテ:そう、頑張ってね。
:
0:◇続く◇