台本概要

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タイトル 原風景。《3》
作者名 音佐りんご。  (@ringo_otosa)
ジャンル ファンタジー
演者人数 3人用台本(男1、女1、不問1) ※兼役あり
時間 60 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 世界は変わらない。変わるとすれば見方が変わるだけ。

◆あらすじ◆
親友のレトが死んだ。その面影を求めながら生きるソルテと、支える両親。あるとき、森の中で同じく喪失を抱える少年レイと出会い、ソルテの在り方に変化が起きる。しかしそれも長くは続かず、全てを喪い絶望に沈む。そんな中、残された希望である我が子レトを育み、再び歩き出すソルテだったが、やがて別れの時が迫りそして、

《3》は16,000字程度。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
ソルテ 270 村の少女。親友のレトを亡くす。
レト 不問 344 親友のレト。或いは同じ名を与えられたソルテの子。 ※1での出番はほぼありません。
ロズ 213 村長の子。ソルテの子であるレトと同じ歳の少年。
レイ 2 ソルテと同じ歳の村の少年。 ※3での出番はほぼありません。特別に配役しない場合はレトとの兼ね役推奨。
メド 2 ソルテの父。 ※3での出番はほぼありません。特別に配役しない場合はロズとの兼ね役推奨。
ルルネ 2 ソルテの母。 ※3での出番はほぼありません。特別に配役しない場合は性別上ソルテとの兼ね役推奨。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

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0:原風景。《3》 : 0:世界は変わらない。変わるとすれば見方が変わるだけ。 : 0:◆あらすじ◆ 0:親友のレトが死んだ。その面影を求めながら生きるソルテと、支える両親。あるとき、森の中で同じく喪失を抱える少年レイと出会い、ソルテの在り方に変化が起きる。しかしそれも長くは続かず、全てを喪い絶望に沈む。そんな中、残された希望である我が子レトを育み、再び歩き出すソルテだったが、やがて別れの時が迫りそして、 : 0:◆登場人物◆ ソルテ:村の少女。親友のレトを亡くす。 レト:親友のレト。或いは同じ名を与えられたソルテの子。 レイ:ソルテと同じ歳の村の少年。※3での出番はほぼありません。特別に配役しない場合はレトとの兼ね役推奨。 メド:ソルテの父。※3での出番はほぼありません。特別に配役しない場合はロズとの兼ね役推奨。 ルルネ:ソルテの母。※3での出番はほぼありません。特別に配役しない場合は性別上ソルテとの兼ね役推奨。 ロズ:村長の子。ソルテの子であるレトと同じ歳の少年。 : 0:◇第十三場。 : 0:標の森、大きなマーテナの木の上に小屋が建てられている。 0:その中でロズが外を見ながら日記を書いている。 0:風に揺られ、葉擦れの音で満ちている。 : ロズ:平穏で光に満ちて閉じた箱庭。代わりに変化も喜びも何も無いさここには。あるのは営み。日々の営み。張らずに揺れる根無し草。僕は半分、罅の入った植木鉢。けれど半分根を張って、動きたがらない面倒さ。背を押すように、やがて吹くのか、どこか遠くに運んでくれる風は。一人じゃ越えられないあの山道も、あるいは君となら。分かっているさ、変えられない。親も血も、運命も。命も声もかけられない。それが、きっと僕なのだから、それでも。なんて思ってしまうのは、僕の我が儘なのだろうね。 : 0:レトが駆けてくる。 : レト:おーい、ロズー。 ロズ:……おや、その声はレトか? レト:その声は、というかここを知ってるの、僕と君だけだよね? ロズ:それは、どうだろうね。 レト:どうだろうね、って、誰かに話したの? ロズ:もちろん話してなどいないさ、ただ、人は意外と人のことを見ているものだよ。愛する者ならなおのこと。さ、レト、上がってきなよ。ほら。 : 0:ロズ、木の上からロープを投げる。 0:レト、それを掴んで登ってくる。 : レト:……よっと! ふぅ。愛する者って、君のことを好きな人でもいるの? ロズ:そりゃぁいるさ、誰だって。 レト:僕にも? ロズ:……あぁ、いるとも。 レト:今のは何の間? ロズ:いや、呆気にとられただけさ。無自覚かい? レト:無自覚って何が。 ロズ:分からないなら良いんだ、君はきっとちょっとくらいじゃ変わらないだろうからね。 レト:なんだよ、それ。 ロズ:ははっ! ちなみに僕はこの村の誰からも愛されているよ! レト:……それだと、みんな知ってることにならない? ロズ:ならば、み~んな知っているのかも知れないね? レト:え~? 折角僕らの秘密だったのに。 ロズ:秘密というものは失われていくものさ。 レト:いつか誰もが知るようになるって? ロズ:はは、それだと良いのだけれど、 レト:けれど? ロズ:君の鍵と同じさ。 レト:この鍵と? ロズ:そうだね、秘密というのは強い力を持っている。 レト:強い力? ロズ:この場所は僕と君の秘密の場所だろう? レト:そうだね、誰にも言ってないもの。 ロズ:ここと、他の場所、誰もが知ってるケロの丘の広場なら、君はどちらが大切かな? レト:どちらが大切か……。僕、好きだよ、ケロの丘。この標の森に沈んでいく夕陽がとても綺麗なんだ。 ロズ:あぁ、美しいね。僕も知っているさ。しかしそれはこの村の誰もが知っている。 レト:そうだろうね。 ロズ:そして、僕らが居るこの場所を知っているのは? レト:僕と君だけだね。 ロズ:大切かい、この場所が。 レト:大切だよ、当たり前じゃないか。 ロズ:登るのはしんどくて、床もちょっと傾いてる、座り心地だって良くない、なにより狭い。景色もマーテナの葉っぱばかりで空も見えない、夕陽なんて見えない。それでも? レト:大切だよ。 ロズ:どうしてそう言える? レト:何言ってるんだ、二人で作ったんだから大切に決まってるだろ? ロズ:そう、決まってる。それは、僕らの秘密の上に成りたつ大切なんだ。 レト:ようするに、僕らがここを作るのにかけた時間が詰まってるんだね? ロズ:そうとも。秘密の力というのは、詰まるところ誰かと共有した時間さ。その中には楽しいことも苦しいことも、あるだろうけど、誰もが美しいと思う場所にさえ勝るとも劣らない魅力が、想いがそこにはあるということさ。 レト:分かるよ、ソルテと二人で初めて作ったモッケパンはとても不格好で変な味がしたけど、よく覚えてるもん。 ロズ:微笑ましいね。……覚えてる。そう、覚えている限り、秘密は強い力を持つ。けれど、 レト:忘れてしまったら、消えてしまうということか。この鍵の役目のように。 ロズ:或いはもっと大きなものもそうさ。 レト:大きなもの? ロズ:秘密にしているわけじゃない。けれど、誰も知らなければ、それは秘密と変わらないんだ。 レト:誰も? ロズ:僕らはこの村の、ケロの丘から見た夕陽は美しいと言ったけれど、そしてそれはとても大きな力を持っていると思うけれど、この村を知らない人間にはそれが分からない。そんな物は無いんだよ。ここで過ごした時間を詰め込んだ僕らの中だけにしか。君には憶えがあるんじゃないかな? 誰よりも村を知る人の。 レト:……ソルテとの、思い出。 ロズ:そう考えると、本当の村はあの人の中にしか無いのかも知れないね。 レト:僕の中にもあるよ、ロズ。 ロズ:それはそうさ、誰だって秘密を抱えてる。僕にもある。そして消えるのを待ってる。 レト:いけないことなのかな。 ロズ:え? レト:消えてしまうことは、いけないことなのかな。忘れても良いと思うんだ。 ロズ:けれど、哀しくないかい? レト:知ることで哀しいことだってあるでしょ? ロズ:君は秘密が好きだな。 レト:好きだよ。僕は秘密を抱えたソルテの子だから。 ロズ:鍵は君なんだ。 レト:鍵って? ロズ:この村は、秘密基地だよ。僕らだけのものでしかない。そして僕は村長の息子だから断言するけど、村はいつか消えるよ。秘密を抱えて消えていく。 レト:どうして? ロズ:僕の父上、……村長である、あのクソハゲ親父が無能だからさ。 レト:……そんなこと言って良いの? お父さんに。 ロズ:もちろん、僕らだけの秘密だよ。 レト:秘密にするんだ。 ロズ:僕が君に話す言葉に力を込めるために。 レト:そこまでしなきゃいけないことなの? ロズ:僕は外の世界を知ってしまったからね。 レト:外の世界を知れば何か変わる? ロズ:ああ、変わったんだ、変わっていくんだ。外の世界は。故に僕らは、変わらなければならない。それが分かったんだ。 レト:だから、鍵を開ける? ロズ:そして、外に出る。 レト:でも、この村から出た人は戻らない。 ロズ:あのハゲが追い出すからだ。僕はそれを、僕らはそれを変える。この村を変える。 レト:その為には。 ロズ:そう、君が鍵なんだ。君が開けないと、 レト:あの人の、心を。 ロズ:もちろん、君が嫌ならば良いさ、無理にとは言わない。 レト:ロズ。 ロズ:けれど、時間はきっとそう長くないんだ。僕らは直ぐに大人になってしまうから。 レト:……分かってる。 ロズ:レト。 レト:僕は、決めたよ。 ロズ:……そうか、ありがとう。 レト:けれど、時間をちょうだい。 ロズ:ああ、もちろんさ。 レト:うん。 : 0:暗転。 : 0:◇第十四場。 : 0:夕刻に近い時間。 0:ソルテの家。 0:黙々と靴に向き合うレト。 0:その様子を眺めるソルテ。 : ソルテ:……レト。 レト:……どうしたの? ソルテ:最近、頑張ってるね。 レト:うん。 ソルテ:畑仕事も、料理も。 レト:一人で出来るようになったよ。偉い? ソルテ:どうでしょうね。 レト:ありがとうね、ソルテ。 ソルテ:どうして? レト:ううん、言いたかっただけさ。 ソルテ:そう。靴、新しいの作ってるの? レト:……前のはあまり上手くいかなくて。でもね、もう一息なんだ。 ソルテ:そう。前のも、良かったと思うけど。 レト:ほんとに? ソルテ:ほんとだよ、良かった。 レト:やった! ソルテ:レトにしては。 レト:……褒めてる? ソルテ:どうでしょうね。 レト:もう。 ソルテ:でも、 レト:うん? ソルテ:小さくない? それ。 レト:え、いや、そうかな。あはは。 ソルテ:…………。 レト:あ、ああ、えっと、ソルテ、あの、その! ソルテ:なに? レト:あ、いや。うん。 ソルテ:どうしたの? レト:ちょっと、ね。 ソルテ:へんなの。 レト:…………。 ソルテ:…………。 レト:…………。 ソルテ:…………。 レト:…………よし。 : 0:レト、道具を置く。 : ソルテ:できたの? レト:うん。できた。 ソルテ:そう、おめでとう。 レト:ソルテのおかげだよ。 ソルテ:私は何もしてないよ。 レト:いろんなこと、教えてくれたでしょ。 ソルテ:私が教えなくても、レトなら出来たよ。 レト:そう、かも知れない。 ソルテ:うん。 レト:けど、今の僕があるのは、ソルテのおかげなんだ。だから、ありがとう。 ソルテ:……そうね。 レト:だから、これ。 ソルテ:なに? : 0:レト、ソルテに靴を差し出す。 : レト:この靴、ソルテにあげる。 ソルテ:え? レト:履いてみて。 ソルテ:……。ぴったり。 レト:でしょ? ソルテ:悪くないと思う。 レト:ふふ~。 ソルテ:見た目は良くないけど。 レト:そ、そんなことないでしょ!? ソルテ:どうでしょうね。 レト:……気に入らない? ソルテ:ううん、そんなことないわ。 レト:そっか。 ソルテ:見た目は関係ないもの。 レト:ちょっとぉ? ソルテ:レトが作ってくれたなら、それで。 レト:ソルテ……。 ソルテ:…………。 レト:ソルテ、あのね。 ソルテ:なに? レト:ついてきて欲しいところがあるんだ。 ソルテ:どこ? レト:……秘密の場所。 ソルテ:秘密なのに、いいの? レト:いいよ、ソルテだから。 ソルテ:そう。 レト:来て。 : 0:レトが手を差し出す。 : レト:ソルテ。 ソルテ:……行かない。 レト:どうして? ソルテ:私は行かない。 レト:どうしても? ソルテ:どうしても。 レト:なら、仕方ないね。 ソルテ:…………。 レト:……さぁ行くよ! ソルテ:え……? レト:え、じゃない! ソルテがいないと始まらないんだ、さぁ、ソルテ! ソルテ:でも、 レト:大丈夫、僕が隣にいるからさ! ソルテ:隣に……、 レト:約束したよね! さぁその手を出して、ソルテ! : 0:ソルテ、手を伸ばそうとする。 0:が、その手を引っ込める。 : ソルテ:……やっぱり、行けない。 レト:あぁ! もう! : 0:レトがソルテの手を握る。 : ソルテ:レト? レト:僕はここだよソルテ! 僕はここに居るんだ! ソルテ:分かってる、けど、私は……。 レト:連れてってあげる。 ソルテ:……どこに。 レト:僕の大切な場所。 ソルテ:行ってどうするの? レト:それは来てのお楽しみだよ。 ソルテ:なにそれ。 レト:一緒に行こう、怖いものなんて無いよ。 ソルテ:私には、怖いものなんてないよ。 レト:あるでしょ、たくさん。 ソルテ:そう思う? レト:うん。 ソルテ:どうして? レト:ずっと一緒に居たから。 ソルテ:ずっと一緒に居たら分かる? レト:分かるよ。 ソルテ:どうして? レト:ソルテが僕のことを分かっているから、 ソルテ:レトも私のことが分かるって? レト:分からないこともあるけどね。 ソルテ:あるんだ。 レト:お互いにね。 ソルテ:そう。 レト:だから、分かりたいんだ、分かって欲しいんだ。 ソルテ:…………。 レト:駄目、かな? ソルテ:…………。 レト:…………。 ソルテ:…………。 レト:……ソルテ、 ソルテ:いいよ。 レト:いいの……? ソルテ:私を、連れてって、レト。 レト:……うん! : 0:レト、ソルテの手を引いて家を出て行く。 : 0:◇第十五場。 : 0:標の森、木の上に小屋のあるマーテナの前。 0:レトに手を引かれたソルテがそれを見上げている。 : ソルテ:これは、なに? レト:おぉ! ソルテでも、まだ知らなかったんだね。 ソルテ:うん、標の森にこんなものがあるなんて。 レト:すごいでしょ? 秘密基地! 作ったんだ。 ソルテ:作った? レトが? レト:僕は半分。 ソルテ:半分? レト:うん、もう半分は。 : 0:小屋の中からロズが顔を出す。 : ロズ:やぁ、レト、それにお母様も。 ソルテ:……ロズ。 レト:あれ? 知ってるの? ソルテ:ええ。 ロズ:知らないわけが無いだろう? レト:会ったことは無いと思ってたよ。いつ? ロズ:君の寝坊が存外ひどいと知ったときにね。 レト:それ、いつなのさ。 ロズ:やはり常習犯なんだね。 ソルテ:ええ、珍しくないわ。 ロズ:やれやれ。 レト:もう! ソルテ:……それで、 レト:うん? ソルテ:見せたいものは、これなの? レト:これもだけど、 ロズ:立ち話もなんです、レトのお母様、上がっていかれては? レト:そうだね! ソルテ:上がる? レト:うん、……ロズ! ロズ:しばし待たれよ。 : 0:ロズが小屋の中に引っ込んでいく。 : レト:早くしてね! ソルテ:……私が、上がって良いの? レト:もちろん! その為に連れてきたんだから! ソルテ:分かった。 レト:僕が先に上がるから、ソルテは……。 ソルテ:……! レト:え、ちょっとソルテ? : 0:ソルテ、木に登る。 : レト:あ……。 ソルテ:……は……! ふ……! ロズ:やぁやぁお待たせ、レ……えぇ?! : 0:ロズがロープを持って再び顔を出す。 0:そこにソルテが登ってくる。 : ロズ:ごきげんよう、お母様。 ソルテ:……ふぅ。……まだ、いけるものね。 ロズ:ははっ! ロープも無しに、すごいなぁ。 ソルテ:昔はよく登ったもの。 ロズ:ほほう、流石はレトのお母様だ。素晴らしい。 ソルテ:いいえ。……それに、いい靴を履いているから。 ロズ:なるほど、それはそれは。……おーい、レト! 何をぼーっとしているのかな? 早く登っておいで! レト:いや! ロープは! ロズ:……必要なのかい? レト:必要だよ! ロズ:やれやれ。 レト:早く! ロズ:……本当に? レト:僕には無理だって! ロズ:仕方ない。ほーら。 : 0:ロズ、ロープを投げ落とす。 0:レト、ロープを掴んで登ってくる。 : ロズ:意外に根性が無いな。 ソルテ:レトはやったこと無いことは出来ないの。 ロズ:あぁ、慣れてきたら上手くやれますねぇ、そういえば。 ソルテ:ええ。 レト:…………はぁ、はぁ……! ロズ:やぁ、遅かったね。 レト:急いだよ! ロズ:ふぅん、お母様の方が早かったがね。 レト:ソルテと比べないでよ、ロズ! ロズ:嫌なのかい? レト:嫌って言うか、君だって村長と比べられたくないだろ? ロズ:……ふむ、理由は逆だけれど、そうか、出来る親というのも悩むものなんだね。 レト:あと、ソルテをお母様って呼ぶのやめてよ。 ロズ:どうしてだい? レト:なんか、……やなんだよ。 ロズ:それははっきり言うんだね、レト。ふふ、分かった! ソルテさん、と呼んでもよろしいでしょうか? ソルテ:……お好きに。 レト:それもそれで……。 ロズ:嫉妬してるのかな? レト:……悪い? ロズ:いいや、素敵だね。 レト:ふん……。 ソルテ:ねぇ、レト。 レト:え? なに? ソルテ:どうして、連れてきたの? レト:…………。 ロズ:話さないのかい? レト:話すよ。話すけど……。 ロズ:僕はお邪魔かな? レト:居てよロズ。 ロズ:どうして? レト:君が言えって言ったんだろ? ロズ:僕が言えと言っても君は言わないだろう? ならば君が決めたこと、君が決めたなら君がやらなくちゃね。 ソルテ:…………。 レト:ソルテ、あのね。 ソルテ:いいよ。 レト:え? ソルテ:レトは、 : 0:間。 : ソルテ:レトは村を出たいんでしょ? レト:ソルテ、僕は、 ソルテ:分かってるよ、レト。 レト:ソルテ、 ソルテ:あなたが村を出たがってることなんて。 レト:いや、僕は、 ソルテ:好きに生きなさい、レト。私は、止めない。止める権利も無い。 レト:ソルテ。 ソルテ:大丈夫。料理も、靴も、友達も、ちゃんと作れるんだもの。いつまでも私の隣に居る必要は無い。 レト:ソルテ……。 ソルテ:私はもう帰るね。 レト:ねぇ待ってよ! ソルテ:帰らなくてもいいよ。 レト:え? ソルテ:この村にも、私のところにも。 レト:どうしてそんなこと言うの……? ソルテ:あなたにはあなたの居場所があるんだもの。 レト:そんなもの、……そんなもの無いよ! ソルテ:レト……? レト:無いよ! どこにも! そんなもの無いんだ! 僕には居場所なんて無い! ソルテは分かってないよ、僕の事なんて全然! 僕は分かってる、ソルテとずっと一緒に居たけれど、僕の居場所はソルテの隣じゃ無かった! もちろんロズの隣でも、この村でも無い! だからといって村の外でも無い! 僕に居場所なんて無い! きっとこの世のどこにも無い! 僕にはそれが分かってる! ソルテ:そんなこと無いわ、あなたにはあなたの居場所がある。 レト:無いよ! あるわけが無い! だってソルテは僕を見ていないんだもの! ソルテ:見てないなんて、どうして思うの? レト:どうして思わないと思うの? ソルテはただ、僕と一緒に居るだけじゃないか、いつも、教えて、育ててくれたけれど、ただ、それだけなんだ、居ることが居場所じゃ無いでしょ? 今まで僕には分からなかったけど、やっと分かったんだ、一緒に歩いて、話して、料理をして、畑仕事をして、靴を作って、秘密基地にも来た。けど、違った! 僕が欲しかったのはそういうものじゃ無い! ただ、見て欲しかったんだよソルテ! ソルテ:見ているわ、見ていた、あなたがどこにも行かないように、行ってしまわないように、けれどあなたは離れていく、私の目の届かないところに行く、私なんて必要ない、それが分かった、だから行っても良い、自由に、この村も私のもとも離れて、縛られず、生きれば良いって。 レト:そうじゃ無い、違うよ、それは居場所でも何でも無い! ぼくは、僕はただ! : 0:間。 : レト:愛して欲しかったんだ、母さん! : ソルテ:……レト。 レト:…………。 ソルテ:レト、私はあなたの……、 ロズ:あーーーー。ちょーっと良い感じのところですみませんね、ソルテさん。 ソルテ:えっと、 ロズ:何か言いたそうですが、お待ちを。おいレト、そろそろ良いかな? いい加減。 レト:ロズ、君は! ロズ:いやぁ、親子の話に部外者が踏み込むようでとーっても恐縮だけれどね、そろそろいいかな、本題に入っても? レト:まだ、話の途中なんだけど! ロズ:じゃあ、終わらせてくれないかな? いいかい? 僕は待たされてるんだよ? この圧倒的に除け者の状態でずーっと。ねぇ。 レト:それは……。 ロズ:気まずい、なんて生まれてこの方思ったことは無い僕だけれど、流石に飽きるし焦るよ。 レト:焦るって、 ロズ:レト、君、逃げ出すだろう、このままいくと。 レト:に、逃げないよ……! ロズ:そうやって逃げ続けてきただろう、君は。 レト:う、 ロズ:それがやっと向き合った。うんそれは成長だと思うけどね、時間、貰いすぎだよ。 レト:ロズには、分かんないよ、 ロズ:うるさいな。分からない、分かるわけ無いさ。君が分かろうとしない限りは。そういう話だったろう? レト:そう、だけど……。 ロズ:言い訳するなよ。……じゃなくて時間、無いだろう? 急がないと。 レト:あ。 ロズ:あ。じゃないよ、まったく。 ソルテ:時間って? ロズ:そういえば、レトの意気地無しは何も説明せずに連れてきたのでしたね、ソルテさん。 ソルテ:意気地無し。 ロズ:ええ、ここでも逃げている。 レト:仕方ないでしょ? ロズ:本当に仕方がないので、僕の口からお話ししましょう。 ソルテ:話すって、何を? ロズ:レトの目的、というか、僕らの目的ですね。 ソルテ:目的……。 ロズ:会って欲しい人が居るのですよ、あなたに。 ソルテ:会うって、誰に? ロズ:それは、 レト:母さん、これ。 : 0:レト、懐から鍵を取り出す。 : ソルテ:この鍵は……。 ロズ:僕の家で見つかったんですよ。 ソルテ:……村長の。 レト:母さんには、見覚えがあるんじゃないかな。 ソルテ:……どうして、そう思うの? レト:僕たちは、この鍵の使い道を探しながら、この村のことを色々調べたんだ。 ロズ:あの父や、村で暮らす全ての大人を訪ねて。 ソルテ:私のところには来なかった。 ロズ:それはこいつが逃げたからです。 レト:う、ん。 ソルテ:逃げた。 ロズ:結論から。現実から。 ソルテ:それで、何なの、この鍵は。 ロズ:僕には分かりませんよ。ただ、それらしい答えは分かった。 ソルテ:答え? レト:母さん以外に知らなかったんだ。 ソルテ:何を? : レト:レトについて。 : ソルテ:レ、ト。でも、レトは私の……。 レト:僕じゃなくて、……本当のレトだよ。 ソルテ:本当の……。 ロズ:村一番のマーテナの木の傍にレトの家がある。ソルテさんがそう言っていたという話を、いつか父のロトスが言っていました。 ソルテ:ロトスには言ってない。 レト:父さんが話したんだよ。 ソルテ:……レイが。どうして……? レト:見つけたかったんだよ、だから、村長に頼んだ。 ロズ:相当仲が悪かったみたいですがね。それでも、 レト:必死に頼んだ、母さんの為に。 ソルテ:私の……。 ロズ:けれど、どこにも見つからなかった。 レト:でも、何も見つからなかった訳じゃない。 ロズ:それが……、 ソルテ:この、鍵。 レト:これはレトの家の鍵なんだよね? ソルテ:そう。この鍵はレトの鍵。……私が亡くしてしまった。 ロズ:それを考えると、とても惜しかったよ。 レト:肝心の家は誰にも見つけられなかったもの。 ソルテ:鍵を見つけたのに、どうして誰も教えてくれなかったの……? ロズ:誰も、知らなかった。 ソルテ:え……? ロズ:レトという存在を、この鍵の意味を、そして、 レト:この標の森の歩き方を。 ソルテ:……そう。 ロズ:標の森の奥にはポトポ老人が話していたという、祠がある。 レト:古い古いマーテナの大樹、その傍に建つ祠。 ロズ:それが、誰にも見つけられないレトの家。 ソルテ:……そうだったんだ。私は、忘れてたんだ。 レト:…………。 ロズ:秘密だったのですね。 ソルテ:そう、誰にも言えない秘密だった。私にはレトという同じ歳の親友がいる。レイには言ってしまったけれど、でも、本当は違う。これは秘密であって、隠さなければならなかった。何故なら、 ロズ:レトは、 ソルテ:レトは、 : ロズ:(同時に)本当は居ないから。 ソルテ:(同時に)本当は神様だから。 : 0:間。 : ロズ:え? レト:え? : ソルテ:親友のレトは、神様なの。 レト:神様……? ソルテ:そして、レトはもう死んでいるから。 : 0:◇第十六場。 : 0:月灯りのない夜。 0:標の森の奥。 0:ソルテが灯火を持ち、その後ろをレトとロズが行く。 : ソルテ:月の無い夜の標の森の奥深くは、マリテットやロウルノウルといった生き物の営みさえ聞こえない。 ロズ:無数のマーテナの密やかな囁きが、森に踏み入れた僕らを拒むとも受け入れるとも無く、こだましていた。 レト:影から見つめる何者かの視線を感じながら、僕らは深く深く森を進む。 ロズ:土を、 レト:草を、 ソルテ:根を、 レト:葉を、 ロズ:落ち枝を、 ソルテ:石を、 ロズ:虫の死骸を、 レト:骨を、 ロズ:泥濘を、 ソルテ:踏んで、 レト:踏んで、 ロズ:踏んで、 レト:僕らは進む。 ソルテ:足の裏から昇ってくる、 レト:或いは、頭の奥から下ってくる想像を、 ロズ:しかし心で去なして、 ソルテ:土を、草を、根を、 ロズ:葉を、落ち枝を、石を、 レト:虫の死骸を、骨を、泥濘を、 ソルテ:踏んで踏んで踏んで、 レト:細く枝の多いマーテナを過ぎ、 ロズ:曲がりくねって円を描く幹を潜り、 ソルテ:支え合って育つ二本の隙間を抜け、 レト:中程の森は奇怪な様相を顕していた。 ロズ:広大な森の中にあって、幽遠たる時の中に確として存在する名手達。 ソルテ:彼らは記憶の中にまで根を張り存在を誇示している。 レト:一つの根が途切れると、またそれを接ぐように現れる根に導かれ、僕らは歩いた。 ロズ:左手の木々の紗幕の向こうに小さな池を望みながら歩いて行くと、空を覆う木々の茂りが突然消えて、夜空が現れた。 レト:深黒の夜。それは空では無く、一本の大樹が広げた黒い枝葉だった。 ロズ:大きく空を、他の木々や草花を覆い隠すように広げた腕は、黒い苔に覆われて一体と化していた。 ソルテ:もうすぐ終わる。孤独な黒い大樹を横目に、少しだけ足を早めた。 : レト:痛っ……! ロズ:大丈夫かい、レト。 レト:うん、少し足をね。ロズは。 ロズ:平気さ。ただ少しお腹が空いているくらいさ。 レト:はは、ちょっと休憩する? ロズ:ふむ、ソルテさん。目的の場所まではあと、 ソルテ:着いたよ。これが、 : 0:森が開け、三人の目の前に巨大な老木が現れる。 : レト:うわぁ……! でっかい……! ソルテ:標の森の最長老、 ロズ:マーテナの神木。か。 レト:すごい……。 ソルテ:そして、レトの依り代、 レト:レトの……。 ソルテ:だった。 ロズ:だったとは? ソルテ:えぇ、この木はもう死んでしまっているから。 レト:え? ソルテ:ずっと昔にね。 レト:こんなに立派なのに。 ソルテ:……少し休む? レト:ううん、僕は大丈夫だよ。ロズは? ロズ:お腹が空いたけど平気さ。 レト:ずっと言ってるね。 ソルテ:休んでいかなくて良いの? ロズ:もちろん。 ソルテ:これから登ることになるけど、本当に? レト:登るって、 ロズ:何をです? ソルテ:この木を。 レト:え? ロズ:どうやって? ソルテ:正確には、この祠を。 ロズ:祠……? ソルテ:こっち。 ロズ:……! これは! ソルテ:祠だよ。 : 0:大樹の裏手に石造りの建造物がある。 : レト:……ねぇ、これ祠って言うか、 ロズ:塔だね。 レト:しかも木に飲み込まれてる。 ロズ:いや、木の中に作ったのかも知れない。 レト:どっちなの? ソルテ:知らない。 レト:……知らないんだ。 ソルテ:悪い? レト:いや、悪くは無いけど……。 ロズ:しかし、これを登るのは骨が折れそうだね。 レト:ここに来るだけで、正直へとへとだし。 ソルテ:なら、二人は待ってても良いよ。 ロズ:何を言います。ここまで来たなら、最後まで行きますよ。 レト:そう、だね! ソルテ:じゃあ、頑張って。 レト:待ってよソルテ……母さん! ロズ:ふふっ、微笑ましいね。 レト:……ロズー! 置いてくよ! 早く! ロズ:大きな声で呼ばなくてもいくよ! : 0:◇第十七場。 : 0:塔の中。 0:ソルテを先頭に、ロズとレトが続く。 : レト:……はぁ、はぁ、どれくらい登ったのかな? ロズ:僕の感覚では半分くらいかな? ソルテ:その半分くらいね。 ロズ:え。 レト:まだ続くの……? 結構登ったと思うんだけど。 ソルテ:ええ。まだまだ。 レト:えぇ……。 ロズ:ははっ、しかし、君のお母様は流石だね、レト。僕も体力には自信があったんだけれど。 レト:僕もだよ。どうしてそんなに元気なの? ソルテ:私も結構限界だけどね。 レト:そうなの? ソルテ:こんなに歩くのは久しぶりだから。 レト:じゃあ、どうして? ソルテ:もう来ることは無いと思ってたけど、二人が知りたいと言ったから、私はここまで来た。 レト:そっか……、 ソルテ:それに、 ロズ:それに? ソルテ:この靴のおかげ。 レト:そっか! ロズ:なら、僕にも作ってくれたら良かったのに。もうぼろぼろだよ、靴も僕の一張羅も。 レト:それは気が付かなかった。 ロズ:いいさ、戻ったら絶対作って貰うからね。 レト:はは、靴だけだよ。 ソルテ:ここから先、少し崩れやすいから気をつけて。 レト:大丈夫なの、それ。 ロズ:既になかなかの高さだけど、もし落ちたら。 ソルテ:その時は諦めた方がいいわ。 レト:……おっかないね。 ソルテ:大丈夫、私は落ちたこと無いから。 レト:安心材料にならないんだけど。 ソルテ:それに上に行くのは結構平気なの。問題は、 ロズ:下り、ですか。 レト:あぁ、振り返るだけでぞっとするね。 ソルテ:うん。私達は帰らないといけないから。 レト:帰る。 ソルテ:私一人なら、帰らなくても良いんだけれど。 レト:それって……。 ソルテ:そういう未来もあったかもしれないってだけ。 ロズ:未来、ね。 ソルテ:二人は、この後どうするの? レト:どうするって? ソルテ:村を出るの? ロズ:僕は一度、旅に出るつもりですよ。 ソルテ:そう。 ロズ:世界を見て回りたい。 レト:僕は……。 ソルテ:…………。 レト:僕は、まだ決めてない。 ソルテ:……そう。 レト:でも、 ソルテ:でも? レト:村に、ソルテの……母さんのところに帰るよ。 ソルテ:レト……。また、ソルテって呼んでも良いよ? レト:え? いや、でも。 ソルテ:嫌なら、良いけど。 レト:嫌では……。 ロズ:はは、レトはただ恥ずかしいのですよ。 レト:おい、ロズ! ソルテ:恥ずかしい? ロズ:ええ。呼び方を変えてみたはいいものの、期待していたほど何も変わらなかったという誤算が。 ソルテ:それは……、残念ね。 レト:ちょっと! ソルテ:でも、レトが私のことをなんて呼ぼうと、レトはレトだから。 レト:……ソルテ。 ロズ:だから言っただろう、レト。人は意外と人のことを見ているものだよ。愛する者ならなおのこと。って。 レト:え、そういうことだったの? じゃあなんで言わせたの? ロズ:何でって、その方が面白いだろう? レト:楽しんでたのかよ! ロズ:そりゃあ楽しいさ、幸せな家庭を見るのは。 レト:……むぅ。 ロズ:ただ、そうだね。人は人を見ているけれど、自分の事は見えないものなのさ。 レト:どういう意味? ロズ:それが分からないから、君は意気地無しなのさ。 レト:意気地無しじゃないよ! ロズ:おいおい、こんな狭い階段で暴れると落ちるよ? レト:誰のせいさ! ソルテ:ロズ。 ロズ:何ですか、ソルテさん? ソルテ:君は、向き合ってる? ロズ:さて。僕はそうですね、逃げ続けると決めているので。 ソルテ:逃げ続けても大丈夫? ロズ:案外どうにかなるものですよ。心の拠り所がどこかにあれば。ね。 ソルテ:そう。 ロズ:ええ。 レト:何の話? ロズ:手すりが欲しいって話さ。 レト:あぁ、そしたら少しは楽かもね。 ソルテ:或いは誰かと手を繋いでいたのなら。 ロズ:ではソルテさん、僕の手をどうぞ。 ソルテ:じゃあ遠慮無く。 レト:あ、ずるい。 ソルテ:レトも繋ぐ? レト:もちろん! : 0:三人、手を繋ぐ。 : ロズ:……ふむ。 ソルテ:……うん。 レト:……なんか。 : レト:歩きづらいね。 ロズ:歩きづらいな。 ソルテ:歩きづらい。でも。 : ソルテ:……少し楽しい。 : 0:◇エピローグ。 : 0:鍵を開く音。 0:塔の屋上。 0:風が吹いている。 : レト:「ソルテ」 ソルテ:それは風のおとだった。 ロズ:「ソルテ」 ソルテ:それは気のせいだった。 レイ:「ソルテ」 ソルテ: それは夢のなかだった。 ルルネ:「ソルテ」 ソルテ:それは母のうただった。 メド:「ソルテ」 ソルテ:それは父のこえだった。 レト:「ソルテ」 ソルテ:それは誰の、 レト:「ソルテ」 ソルテ:それは、 レト:「ソルテ」 ソルテ:それは、 レト:「ソル」 ソルテ:それは――。 : ソルテ:レト。 レト:「なんだい?」 ソルテ:悪い冗談はよして。 レト:「冗談なんかじゃ無いさ」 ソルテ:嘘、だってそんなはず……。 レト:「嘘でも無い。けど、真実でも無いのかな?」 ソルテ:だったら、あなたは何なの? レト:「強いて言うなら、夢かな」 ソルテ:夢? レト:「さあ目を開けてごらん、ソル」 ソルテ:ねぇ、レト、私は……! レト:「朝だよ」 ソルテ:朝……? : レト:ソルテ! ねぇ、ソルテ! 見て、朝だよ! ソルテ:朝……? ロズ:あぁ、もうすぐ日が昇る、ケロの丘の更に向こう、ラサラスの山の頂上が明るくなってきた。 ソルテ:そっか、私、扉を開けたんだ。 ロズ:しかし、折角ここまで来たというのに、何も無いのですね。少し拍子抜けというか……。 レト:でも、景色は綺麗だよ? ほら、端っこまで行くと標の森が見える。それにほら、あれ、ケロの丘のマーテナの木! それであれはロズの家! 全部、全部見えるんだ! ここから! 僕たちの世界が、全部! ロズ:大袈裟だね、君は。……まぁ、でも、そうだねレト。綺麗だよ、あの村はこんなにも美しかったんだなぁ。 レト:今更気付いたの? ロズ:ラサラスから見た村は日が沈む村だったからね。朝日に照らされて輝く姿なんて想像もしなかったさ。 レト:へぇ、それも見てみたいなぁ! ロズ:なら、一緒に来るかい? レト:それは、えっと…………ソルテ? ロズ:どうしたのですか、ソルテさん? : 0:ソルテ、塔の端を、空の淵を眺めている。 0:そこに一つの影。 : レト:「見てよ。ソル。もう、日が昇るよ?」 ソルテ:……あなたは、 レト:「ケロの丘の向こうから、まだ夜に浮かんだ雲を灼く太陽が昇ろうとしてる。目を細めてさらにその向こうを見つめてごらん? 辺りが一瞬だけ暗くなってきたね。これから世界は明るさを増して煌めき、たった今灼かれたばかりの燃えさかる原野は、黒々とした丘の向こうで、今まさに白い産声をあげるのさ。」 ソルテ:そんなの、 レト:「曖昧な太陽に追い立てられた風が、白無垢の石でできた塔の表面から、石を、蔦を、枝を、時間さえも剥ぎ取って金色に磨き上げてゆくのを感じるだろう? 境界のような足下を吹き渡っていくマーテナの歌がソルテを包んで、風が孕んだその声は、夜の鼓膜を静かに震わせる。そうさ、呼び声が聞こえるね。みんな待ってるんだよ、ソルテを。ルルネが、メドが、ポトポ爺さんが、レイが、そして僕が。」 ソルテ:待ってる? レト:「そうさ。君はたった一人、随分遠くまで歩いてきたけれど、もう良いんだよ。歩かなくて、知らなくて、悩まなくて、頑張らなくて、抱え込まなくて、忘れなくて、思い出さなくて、我慢しなくて、ソルテとして生きなくて。……だから、ね?」 ソルテ:レト、 レト:「行こう、ソル?」 ソルテ:違う。 レト:「ねぇ、ソル。」 ソルテ:親友のレトは、 レト:「親友のソルは。」 ソルテ:親友のレトは、 : レト:それ以上行っちゃ駄目! : 0:塔の端に立つソルテの手を、レトが掴む。 : ソルテ:大丈夫、どこにも行かないよ、レト。 レト:ほんとに? ソルテ:だって、親友のレトは死んだ。今、私のそばに居るのはあなただから。 : 0:ソルテ、レトを抱きしめる。 : レト:「……そっか、ソルは君じゃ無いんだね。」 ソルテ:えぇ、私は、ソルじゃ無い。ソルテ。レトの親の、ソルテ。 レト:「君はそう生きることを選んだんだ。」 ソルテ:ごめんね、神様。私は、あなたとは生きられない。 レト:「神様なんて余所余所しいなぁ。でもいいよ。僕はもうレトじゃ無いんだから。いつまでも君の傍には居られない。いや、君の傍になんてはじめから居なかったのかな。」 ソルテ:ううん、確かに、あなたは居た。お父さんが、お母さんが、レイが死んだときも、レトが生まれたときも、あなたは傍に居てくれた。 レト:「君の命を貰うためさ。」 ソルテ:それでもいい。 レト:「……そう。君は似ているね。」 ソルテ:でも違う。 レト:「そうみたいだ。そっか、なら僕はこのあたりで失礼するよ。」 ソルテ:どこに行くの? レト:「そうだね、例えば誰かの夢の中に。」 ソルテ:私のところにも来てくれる? レト:「ふふふ、どうだろう? もし、君が僕を覚えていたら。最期くらいは。」 ソルテ:待ってるね。 レト:「約束はしないよ。じゃあね、ソル……いいや、ソルテ。」 ソルテ:さようなら、私の親友。 : 0:ソルテの見つめる影が曙光の中に消える。 : レト:……ねぇ、ソルテ、 ソルテ:……レト。 レト:ソルテ、あのさ、 ソルテ:なに? レト:放して、欲しいんだけど。 ソルテ:何を聞きたいの? レト:いや、聞きたいことはたくさんあるけど、そうじゃなくて。 ソルテ:え? レト:ロズに見られてるから恥ずかしいんだよね。 ソルテ:そうなの? レト:そうだよ。 ロズ:僕についてはお構いなく。 レト:いや、構うよ。 ロズ:朝日の中で抱擁し合う親子水入らずの光景、いやぁ、美しい限りだね。うんうん。 レト:ロズ……。 ロズ:何かな? レト:なんか怒ってる? ロズ:怒ってなど無いさ、僕はただ、 ソルテ:寂しいの? ロズ:あ、 ソルテ:そう。 レト:そうなの? ロズ:あ、いや、えっと……。 ソルテ:こっちに来る? レト:来ても良いよ、ロズ。 ロズ:……良いのですか? レト:駄目って言うと思う? ロズ:でも、ソルテさんは……。 ソルテ:いいよ。 ロズ:……本当に? ソルテ:ええ。 ロズ:嫌われてるのかなって、思ってたんですけど、そんな僕でも……? ソルテ:あなたは、レトの友達だから。それに、 ロズ:それに? ソルテ:友達思いで、こんなところまで来るような優しい子だって分かったから。 ロズ:…………! ソルテ:さぁ。 ロズ:……! ……はは、嬉しいお誘いだ。でも、遠慮しますよ。 レト:どうして? ロズ:もう少し頑張りたいからさ。もしここで甘えてしまったら、歩けなくなる気がするよ。だから、今は遠慮しておこう。 レト:頑固だね、ロズは。 ロズ:あぁ、僕はそういうやつさ。 レト:じゃあ、やっぱり行くの? ロズ:行かない理由が無いね。この村は美しい。それは間違いないさ。けれどその美しい村を食いつぶすだけの父上のことも、兄上の事も嫌いだ。だから、この村を今より良くするために、僕は世界を知らなくちゃならない。それが、僕のやりたいことなのさ。 レト:ロズ……。 ソルテ:そう、がんばってね。待っているから。 ロズ:……ええ! いつになるかは、分かりませんが必ず戻ります! 戻って、長の地位を掠め取ってやりますよ。 レト:…………。 ソルテ:それは、楽しみにしてるわ。 レト:ねぇ、ソルテ。 ソルテ:なに、レト。 レト:あのね、 ソルテ:言わなくても分かるけど、なに? レト:僕もロズと行っていい? ソルテ:止める理由が無いわ。 レト:そう、だよね。 ソルテ:けど、 レト:けど? ソルテ:心配する理由はあるわ。 レト:ソルテ……! ソルテ:だから、気をつけて行って、無事に帰ってきてね。 レト:うん! ロズ:良かったね、レト。 ソルテ:ロズも。 ロズ:は、はは、参ったな。ええ。もちろん。 : ソルテ:二人はいつ、出発するの? レト:いつにしよう、ロズ? ロズ:そうだね、直ぐにでも発ちたいところだけど、 レト:だけど? ロズ:お腹が空いたから、ひとまず朝ご飯にしないか? レト:ロズ、そればっかり。 ロズ:仕方ないだろ、夜通し歩いたんだ。腹ぺこだよ、僕は。 レト:それもそうかも。そうだ、僕、モッケパン持ってきたんだ、食べ、 ロズ:でかしたレト! レト:食いつきすごいね。けど、一人分しか無いんだ。 ロズ:そ、そうなのか……? レト:ごめんね……。 ロズ:うーん、仕方ないさ。こういう時は、仲良く分け合えば良い。なぁに、幸い景色は最高だ。ここから見える全てを糧にしたのなら、きっと少しは腹の足しになるだろう! レト:なるのかな……? ロズ:なるさ! レト:そうかな、……ソルテ? ソルテ:……なに? レト:ほら、ソルテも一緒に食べよ? ソルテ:いいの? レト:いいよ、なにロズみたいなこと言ってるの? ロズ:ちょっとレト? ソルテ:じゃあ、いただくわ。 レト:うん! : 0:三人、モッケパンを分け合う。 : レト:はい、ロズ。 ロズ:ああ。 レト:ソルテ。 ソルテ:ありがとう。 レト:……それでは、 ロズ:旅の終わりと、始まりを祝して。 レト:僕の台詞とるなよ! ロズ:いいじゃあないか。 レト:そんなことするんならモッケパン返してよ! ロズ:無理だね、何故なら。もふたうぇてひまっははら! レト:早い!? ロズ:……ふぅ! 美味しかった! レト:君はほんとにもう! ソルテ:ねぇ、ロズ? ロズ:なんですか? ソルテ:さっき言った終わりと始まり? 二人の旅の始まりは分かるけど、終わりって? ロズ:え? でも、ソルテさんの旅は。 ソルテ:ううん、終わってない。 レト:そうなの? ソルテ:旅は、まだまだ続く。生きている限り。 ロズ:それは、長そうですね。 ソルテ:旅は長い。けど、そうね。ここで一つの旅が終わったのも確かだから。 レト:終わったって? ソルテ:ええ、彼の、レトの旅が。 レト:……そっか。 ソルテ:それに、帰らないとだからね。 ロズ:帰る? ソルテ:一息着いたら、この塔を、今度は下らないといけないから。 レト:……ほんとに? ソルテ:飛び降りたらすぐだけどね。 ロズ:それは旅の終わりもですが。 ソルテ:だから、私達は歩くんだよ。旅の終わりが来るその日まで。

0:原風景。《3》 : 0:世界は変わらない。変わるとすれば見方が変わるだけ。 : 0:◆あらすじ◆ 0:親友のレトが死んだ。その面影を求めながら生きるソルテと、支える両親。あるとき、森の中で同じく喪失を抱える少年レイと出会い、ソルテの在り方に変化が起きる。しかしそれも長くは続かず、全てを喪い絶望に沈む。そんな中、残された希望である我が子レトを育み、再び歩き出すソルテだったが、やがて別れの時が迫りそして、 : 0:◆登場人物◆ ソルテ:村の少女。親友のレトを亡くす。 レト:親友のレト。或いは同じ名を与えられたソルテの子。 レイ:ソルテと同じ歳の村の少年。※3での出番はほぼありません。特別に配役しない場合はレトとの兼ね役推奨。 メド:ソルテの父。※3での出番はほぼありません。特別に配役しない場合はロズとの兼ね役推奨。 ルルネ:ソルテの母。※3での出番はほぼありません。特別に配役しない場合は性別上ソルテとの兼ね役推奨。 ロズ:村長の子。ソルテの子であるレトと同じ歳の少年。 : 0:◇第十三場。 : 0:標の森、大きなマーテナの木の上に小屋が建てられている。 0:その中でロズが外を見ながら日記を書いている。 0:風に揺られ、葉擦れの音で満ちている。 : ロズ:平穏で光に満ちて閉じた箱庭。代わりに変化も喜びも何も無いさここには。あるのは営み。日々の営み。張らずに揺れる根無し草。僕は半分、罅の入った植木鉢。けれど半分根を張って、動きたがらない面倒さ。背を押すように、やがて吹くのか、どこか遠くに運んでくれる風は。一人じゃ越えられないあの山道も、あるいは君となら。分かっているさ、変えられない。親も血も、運命も。命も声もかけられない。それが、きっと僕なのだから、それでも。なんて思ってしまうのは、僕の我が儘なのだろうね。 : 0:レトが駆けてくる。 : レト:おーい、ロズー。 ロズ:……おや、その声はレトか? レト:その声は、というかここを知ってるの、僕と君だけだよね? ロズ:それは、どうだろうね。 レト:どうだろうね、って、誰かに話したの? ロズ:もちろん話してなどいないさ、ただ、人は意外と人のことを見ているものだよ。愛する者ならなおのこと。さ、レト、上がってきなよ。ほら。 : 0:ロズ、木の上からロープを投げる。 0:レト、それを掴んで登ってくる。 : レト:……よっと! ふぅ。愛する者って、君のことを好きな人でもいるの? ロズ:そりゃぁいるさ、誰だって。 レト:僕にも? ロズ:……あぁ、いるとも。 レト:今のは何の間? ロズ:いや、呆気にとられただけさ。無自覚かい? レト:無自覚って何が。 ロズ:分からないなら良いんだ、君はきっとちょっとくらいじゃ変わらないだろうからね。 レト:なんだよ、それ。 ロズ:ははっ! ちなみに僕はこの村の誰からも愛されているよ! レト:……それだと、みんな知ってることにならない? ロズ:ならば、み~んな知っているのかも知れないね? レト:え~? 折角僕らの秘密だったのに。 ロズ:秘密というものは失われていくものさ。 レト:いつか誰もが知るようになるって? ロズ:はは、それだと良いのだけれど、 レト:けれど? ロズ:君の鍵と同じさ。 レト:この鍵と? ロズ:そうだね、秘密というのは強い力を持っている。 レト:強い力? ロズ:この場所は僕と君の秘密の場所だろう? レト:そうだね、誰にも言ってないもの。 ロズ:ここと、他の場所、誰もが知ってるケロの丘の広場なら、君はどちらが大切かな? レト:どちらが大切か……。僕、好きだよ、ケロの丘。この標の森に沈んでいく夕陽がとても綺麗なんだ。 ロズ:あぁ、美しいね。僕も知っているさ。しかしそれはこの村の誰もが知っている。 レト:そうだろうね。 ロズ:そして、僕らが居るこの場所を知っているのは? レト:僕と君だけだね。 ロズ:大切かい、この場所が。 レト:大切だよ、当たり前じゃないか。 ロズ:登るのはしんどくて、床もちょっと傾いてる、座り心地だって良くない、なにより狭い。景色もマーテナの葉っぱばかりで空も見えない、夕陽なんて見えない。それでも? レト:大切だよ。 ロズ:どうしてそう言える? レト:何言ってるんだ、二人で作ったんだから大切に決まってるだろ? ロズ:そう、決まってる。それは、僕らの秘密の上に成りたつ大切なんだ。 レト:ようするに、僕らがここを作るのにかけた時間が詰まってるんだね? ロズ:そうとも。秘密の力というのは、詰まるところ誰かと共有した時間さ。その中には楽しいことも苦しいことも、あるだろうけど、誰もが美しいと思う場所にさえ勝るとも劣らない魅力が、想いがそこにはあるということさ。 レト:分かるよ、ソルテと二人で初めて作ったモッケパンはとても不格好で変な味がしたけど、よく覚えてるもん。 ロズ:微笑ましいね。……覚えてる。そう、覚えている限り、秘密は強い力を持つ。けれど、 レト:忘れてしまったら、消えてしまうということか。この鍵の役目のように。 ロズ:或いはもっと大きなものもそうさ。 レト:大きなもの? ロズ:秘密にしているわけじゃない。けれど、誰も知らなければ、それは秘密と変わらないんだ。 レト:誰も? ロズ:僕らはこの村の、ケロの丘から見た夕陽は美しいと言ったけれど、そしてそれはとても大きな力を持っていると思うけれど、この村を知らない人間にはそれが分からない。そんな物は無いんだよ。ここで過ごした時間を詰め込んだ僕らの中だけにしか。君には憶えがあるんじゃないかな? 誰よりも村を知る人の。 レト:……ソルテとの、思い出。 ロズ:そう考えると、本当の村はあの人の中にしか無いのかも知れないね。 レト:僕の中にもあるよ、ロズ。 ロズ:それはそうさ、誰だって秘密を抱えてる。僕にもある。そして消えるのを待ってる。 レト:いけないことなのかな。 ロズ:え? レト:消えてしまうことは、いけないことなのかな。忘れても良いと思うんだ。 ロズ:けれど、哀しくないかい? レト:知ることで哀しいことだってあるでしょ? ロズ:君は秘密が好きだな。 レト:好きだよ。僕は秘密を抱えたソルテの子だから。 ロズ:鍵は君なんだ。 レト:鍵って? ロズ:この村は、秘密基地だよ。僕らだけのものでしかない。そして僕は村長の息子だから断言するけど、村はいつか消えるよ。秘密を抱えて消えていく。 レト:どうして? ロズ:僕の父上、……村長である、あのクソハゲ親父が無能だからさ。 レト:……そんなこと言って良いの? お父さんに。 ロズ:もちろん、僕らだけの秘密だよ。 レト:秘密にするんだ。 ロズ:僕が君に話す言葉に力を込めるために。 レト:そこまでしなきゃいけないことなの? ロズ:僕は外の世界を知ってしまったからね。 レト:外の世界を知れば何か変わる? ロズ:ああ、変わったんだ、変わっていくんだ。外の世界は。故に僕らは、変わらなければならない。それが分かったんだ。 レト:だから、鍵を開ける? ロズ:そして、外に出る。 レト:でも、この村から出た人は戻らない。 ロズ:あのハゲが追い出すからだ。僕はそれを、僕らはそれを変える。この村を変える。 レト:その為には。 ロズ:そう、君が鍵なんだ。君が開けないと、 レト:あの人の、心を。 ロズ:もちろん、君が嫌ならば良いさ、無理にとは言わない。 レト:ロズ。 ロズ:けれど、時間はきっとそう長くないんだ。僕らは直ぐに大人になってしまうから。 レト:……分かってる。 ロズ:レト。 レト:僕は、決めたよ。 ロズ:……そうか、ありがとう。 レト:けれど、時間をちょうだい。 ロズ:ああ、もちろんさ。 レト:うん。 : 0:暗転。 : 0:◇第十四場。 : 0:夕刻に近い時間。 0:ソルテの家。 0:黙々と靴に向き合うレト。 0:その様子を眺めるソルテ。 : ソルテ:……レト。 レト:……どうしたの? ソルテ:最近、頑張ってるね。 レト:うん。 ソルテ:畑仕事も、料理も。 レト:一人で出来るようになったよ。偉い? ソルテ:どうでしょうね。 レト:ありがとうね、ソルテ。 ソルテ:どうして? レト:ううん、言いたかっただけさ。 ソルテ:そう。靴、新しいの作ってるの? レト:……前のはあまり上手くいかなくて。でもね、もう一息なんだ。 ソルテ:そう。前のも、良かったと思うけど。 レト:ほんとに? ソルテ:ほんとだよ、良かった。 レト:やった! ソルテ:レトにしては。 レト:……褒めてる? ソルテ:どうでしょうね。 レト:もう。 ソルテ:でも、 レト:うん? ソルテ:小さくない? それ。 レト:え、いや、そうかな。あはは。 ソルテ:…………。 レト:あ、ああ、えっと、ソルテ、あの、その! ソルテ:なに? レト:あ、いや。うん。 ソルテ:どうしたの? レト:ちょっと、ね。 ソルテ:へんなの。 レト:…………。 ソルテ:…………。 レト:…………。 ソルテ:…………。 レト:…………よし。 : 0:レト、道具を置く。 : ソルテ:できたの? レト:うん。できた。 ソルテ:そう、おめでとう。 レト:ソルテのおかげだよ。 ソルテ:私は何もしてないよ。 レト:いろんなこと、教えてくれたでしょ。 ソルテ:私が教えなくても、レトなら出来たよ。 レト:そう、かも知れない。 ソルテ:うん。 レト:けど、今の僕があるのは、ソルテのおかげなんだ。だから、ありがとう。 ソルテ:……そうね。 レト:だから、これ。 ソルテ:なに? : 0:レト、ソルテに靴を差し出す。 : レト:この靴、ソルテにあげる。 ソルテ:え? レト:履いてみて。 ソルテ:……。ぴったり。 レト:でしょ? ソルテ:悪くないと思う。 レト:ふふ~。 ソルテ:見た目は良くないけど。 レト:そ、そんなことないでしょ!? ソルテ:どうでしょうね。 レト:……気に入らない? ソルテ:ううん、そんなことないわ。 レト:そっか。 ソルテ:見た目は関係ないもの。 レト:ちょっとぉ? ソルテ:レトが作ってくれたなら、それで。 レト:ソルテ……。 ソルテ:…………。 レト:ソルテ、あのね。 ソルテ:なに? レト:ついてきて欲しいところがあるんだ。 ソルテ:どこ? レト:……秘密の場所。 ソルテ:秘密なのに、いいの? レト:いいよ、ソルテだから。 ソルテ:そう。 レト:来て。 : 0:レトが手を差し出す。 : レト:ソルテ。 ソルテ:……行かない。 レト:どうして? ソルテ:私は行かない。 レト:どうしても? ソルテ:どうしても。 レト:なら、仕方ないね。 ソルテ:…………。 レト:……さぁ行くよ! ソルテ:え……? レト:え、じゃない! ソルテがいないと始まらないんだ、さぁ、ソルテ! ソルテ:でも、 レト:大丈夫、僕が隣にいるからさ! ソルテ:隣に……、 レト:約束したよね! さぁその手を出して、ソルテ! : 0:ソルテ、手を伸ばそうとする。 0:が、その手を引っ込める。 : ソルテ:……やっぱり、行けない。 レト:あぁ! もう! : 0:レトがソルテの手を握る。 : ソルテ:レト? レト:僕はここだよソルテ! 僕はここに居るんだ! ソルテ:分かってる、けど、私は……。 レト:連れてってあげる。 ソルテ:……どこに。 レト:僕の大切な場所。 ソルテ:行ってどうするの? レト:それは来てのお楽しみだよ。 ソルテ:なにそれ。 レト:一緒に行こう、怖いものなんて無いよ。 ソルテ:私には、怖いものなんてないよ。 レト:あるでしょ、たくさん。 ソルテ:そう思う? レト:うん。 ソルテ:どうして? レト:ずっと一緒に居たから。 ソルテ:ずっと一緒に居たら分かる? レト:分かるよ。 ソルテ:どうして? レト:ソルテが僕のことを分かっているから、 ソルテ:レトも私のことが分かるって? レト:分からないこともあるけどね。 ソルテ:あるんだ。 レト:お互いにね。 ソルテ:そう。 レト:だから、分かりたいんだ、分かって欲しいんだ。 ソルテ:…………。 レト:駄目、かな? ソルテ:…………。 レト:…………。 ソルテ:…………。 レト:……ソルテ、 ソルテ:いいよ。 レト:いいの……? ソルテ:私を、連れてって、レト。 レト:……うん! : 0:レト、ソルテの手を引いて家を出て行く。 : 0:◇第十五場。 : 0:標の森、木の上に小屋のあるマーテナの前。 0:レトに手を引かれたソルテがそれを見上げている。 : ソルテ:これは、なに? レト:おぉ! ソルテでも、まだ知らなかったんだね。 ソルテ:うん、標の森にこんなものがあるなんて。 レト:すごいでしょ? 秘密基地! 作ったんだ。 ソルテ:作った? レトが? レト:僕は半分。 ソルテ:半分? レト:うん、もう半分は。 : 0:小屋の中からロズが顔を出す。 : ロズ:やぁ、レト、それにお母様も。 ソルテ:……ロズ。 レト:あれ? 知ってるの? ソルテ:ええ。 ロズ:知らないわけが無いだろう? レト:会ったことは無いと思ってたよ。いつ? ロズ:君の寝坊が存外ひどいと知ったときにね。 レト:それ、いつなのさ。 ロズ:やはり常習犯なんだね。 ソルテ:ええ、珍しくないわ。 ロズ:やれやれ。 レト:もう! ソルテ:……それで、 レト:うん? ソルテ:見せたいものは、これなの? レト:これもだけど、 ロズ:立ち話もなんです、レトのお母様、上がっていかれては? レト:そうだね! ソルテ:上がる? レト:うん、……ロズ! ロズ:しばし待たれよ。 : 0:ロズが小屋の中に引っ込んでいく。 : レト:早くしてね! ソルテ:……私が、上がって良いの? レト:もちろん! その為に連れてきたんだから! ソルテ:分かった。 レト:僕が先に上がるから、ソルテは……。 ソルテ:……! レト:え、ちょっとソルテ? : 0:ソルテ、木に登る。 : レト:あ……。 ソルテ:……は……! ふ……! ロズ:やぁやぁお待たせ、レ……えぇ?! : 0:ロズがロープを持って再び顔を出す。 0:そこにソルテが登ってくる。 : ロズ:ごきげんよう、お母様。 ソルテ:……ふぅ。……まだ、いけるものね。 ロズ:ははっ! ロープも無しに、すごいなぁ。 ソルテ:昔はよく登ったもの。 ロズ:ほほう、流石はレトのお母様だ。素晴らしい。 ソルテ:いいえ。……それに、いい靴を履いているから。 ロズ:なるほど、それはそれは。……おーい、レト! 何をぼーっとしているのかな? 早く登っておいで! レト:いや! ロープは! ロズ:……必要なのかい? レト:必要だよ! ロズ:やれやれ。 レト:早く! ロズ:……本当に? レト:僕には無理だって! ロズ:仕方ない。ほーら。 : 0:ロズ、ロープを投げ落とす。 0:レト、ロープを掴んで登ってくる。 : ロズ:意外に根性が無いな。 ソルテ:レトはやったこと無いことは出来ないの。 ロズ:あぁ、慣れてきたら上手くやれますねぇ、そういえば。 ソルテ:ええ。 レト:…………はぁ、はぁ……! ロズ:やぁ、遅かったね。 レト:急いだよ! ロズ:ふぅん、お母様の方が早かったがね。 レト:ソルテと比べないでよ、ロズ! ロズ:嫌なのかい? レト:嫌って言うか、君だって村長と比べられたくないだろ? ロズ:……ふむ、理由は逆だけれど、そうか、出来る親というのも悩むものなんだね。 レト:あと、ソルテをお母様って呼ぶのやめてよ。 ロズ:どうしてだい? レト:なんか、……やなんだよ。 ロズ:それははっきり言うんだね、レト。ふふ、分かった! ソルテさん、と呼んでもよろしいでしょうか? ソルテ:……お好きに。 レト:それもそれで……。 ロズ:嫉妬してるのかな? レト:……悪い? ロズ:いいや、素敵だね。 レト:ふん……。 ソルテ:ねぇ、レト。 レト:え? なに? ソルテ:どうして、連れてきたの? レト:…………。 ロズ:話さないのかい? レト:話すよ。話すけど……。 ロズ:僕はお邪魔かな? レト:居てよロズ。 ロズ:どうして? レト:君が言えって言ったんだろ? ロズ:僕が言えと言っても君は言わないだろう? ならば君が決めたこと、君が決めたなら君がやらなくちゃね。 ソルテ:…………。 レト:ソルテ、あのね。 ソルテ:いいよ。 レト:え? ソルテ:レトは、 : 0:間。 : ソルテ:レトは村を出たいんでしょ? レト:ソルテ、僕は、 ソルテ:分かってるよ、レト。 レト:ソルテ、 ソルテ:あなたが村を出たがってることなんて。 レト:いや、僕は、 ソルテ:好きに生きなさい、レト。私は、止めない。止める権利も無い。 レト:ソルテ。 ソルテ:大丈夫。料理も、靴も、友達も、ちゃんと作れるんだもの。いつまでも私の隣に居る必要は無い。 レト:ソルテ……。 ソルテ:私はもう帰るね。 レト:ねぇ待ってよ! ソルテ:帰らなくてもいいよ。 レト:え? ソルテ:この村にも、私のところにも。 レト:どうしてそんなこと言うの……? ソルテ:あなたにはあなたの居場所があるんだもの。 レト:そんなもの、……そんなもの無いよ! ソルテ:レト……? レト:無いよ! どこにも! そんなもの無いんだ! 僕には居場所なんて無い! ソルテは分かってないよ、僕の事なんて全然! 僕は分かってる、ソルテとずっと一緒に居たけれど、僕の居場所はソルテの隣じゃ無かった! もちろんロズの隣でも、この村でも無い! だからといって村の外でも無い! 僕に居場所なんて無い! きっとこの世のどこにも無い! 僕にはそれが分かってる! ソルテ:そんなこと無いわ、あなたにはあなたの居場所がある。 レト:無いよ! あるわけが無い! だってソルテは僕を見ていないんだもの! ソルテ:見てないなんて、どうして思うの? レト:どうして思わないと思うの? ソルテはただ、僕と一緒に居るだけじゃないか、いつも、教えて、育ててくれたけれど、ただ、それだけなんだ、居ることが居場所じゃ無いでしょ? 今まで僕には分からなかったけど、やっと分かったんだ、一緒に歩いて、話して、料理をして、畑仕事をして、靴を作って、秘密基地にも来た。けど、違った! 僕が欲しかったのはそういうものじゃ無い! ただ、見て欲しかったんだよソルテ! ソルテ:見ているわ、見ていた、あなたがどこにも行かないように、行ってしまわないように、けれどあなたは離れていく、私の目の届かないところに行く、私なんて必要ない、それが分かった、だから行っても良い、自由に、この村も私のもとも離れて、縛られず、生きれば良いって。 レト:そうじゃ無い、違うよ、それは居場所でも何でも無い! ぼくは、僕はただ! : 0:間。 : レト:愛して欲しかったんだ、母さん! : ソルテ:……レト。 レト:…………。 ソルテ:レト、私はあなたの……、 ロズ:あーーーー。ちょーっと良い感じのところですみませんね、ソルテさん。 ソルテ:えっと、 ロズ:何か言いたそうですが、お待ちを。おいレト、そろそろ良いかな? いい加減。 レト:ロズ、君は! ロズ:いやぁ、親子の話に部外者が踏み込むようでとーっても恐縮だけれどね、そろそろいいかな、本題に入っても? レト:まだ、話の途中なんだけど! ロズ:じゃあ、終わらせてくれないかな? いいかい? 僕は待たされてるんだよ? この圧倒的に除け者の状態でずーっと。ねぇ。 レト:それは……。 ロズ:気まずい、なんて生まれてこの方思ったことは無い僕だけれど、流石に飽きるし焦るよ。 レト:焦るって、 ロズ:レト、君、逃げ出すだろう、このままいくと。 レト:に、逃げないよ……! ロズ:そうやって逃げ続けてきただろう、君は。 レト:う、 ロズ:それがやっと向き合った。うんそれは成長だと思うけどね、時間、貰いすぎだよ。 レト:ロズには、分かんないよ、 ロズ:うるさいな。分からない、分かるわけ無いさ。君が分かろうとしない限りは。そういう話だったろう? レト:そう、だけど……。 ロズ:言い訳するなよ。……じゃなくて時間、無いだろう? 急がないと。 レト:あ。 ロズ:あ。じゃないよ、まったく。 ソルテ:時間って? ロズ:そういえば、レトの意気地無しは何も説明せずに連れてきたのでしたね、ソルテさん。 ソルテ:意気地無し。 ロズ:ええ、ここでも逃げている。 レト:仕方ないでしょ? ロズ:本当に仕方がないので、僕の口からお話ししましょう。 ソルテ:話すって、何を? ロズ:レトの目的、というか、僕らの目的ですね。 ソルテ:目的……。 ロズ:会って欲しい人が居るのですよ、あなたに。 ソルテ:会うって、誰に? ロズ:それは、 レト:母さん、これ。 : 0:レト、懐から鍵を取り出す。 : ソルテ:この鍵は……。 ロズ:僕の家で見つかったんですよ。 ソルテ:……村長の。 レト:母さんには、見覚えがあるんじゃないかな。 ソルテ:……どうして、そう思うの? レト:僕たちは、この鍵の使い道を探しながら、この村のことを色々調べたんだ。 ロズ:あの父や、村で暮らす全ての大人を訪ねて。 ソルテ:私のところには来なかった。 ロズ:それはこいつが逃げたからです。 レト:う、ん。 ソルテ:逃げた。 ロズ:結論から。現実から。 ソルテ:それで、何なの、この鍵は。 ロズ:僕には分かりませんよ。ただ、それらしい答えは分かった。 ソルテ:答え? レト:母さん以外に知らなかったんだ。 ソルテ:何を? : レト:レトについて。 : ソルテ:レ、ト。でも、レトは私の……。 レト:僕じゃなくて、……本当のレトだよ。 ソルテ:本当の……。 ロズ:村一番のマーテナの木の傍にレトの家がある。ソルテさんがそう言っていたという話を、いつか父のロトスが言っていました。 ソルテ:ロトスには言ってない。 レト:父さんが話したんだよ。 ソルテ:……レイが。どうして……? レト:見つけたかったんだよ、だから、村長に頼んだ。 ロズ:相当仲が悪かったみたいですがね。それでも、 レト:必死に頼んだ、母さんの為に。 ソルテ:私の……。 ロズ:けれど、どこにも見つからなかった。 レト:でも、何も見つからなかった訳じゃない。 ロズ:それが……、 ソルテ:この、鍵。 レト:これはレトの家の鍵なんだよね? ソルテ:そう。この鍵はレトの鍵。……私が亡くしてしまった。 ロズ:それを考えると、とても惜しかったよ。 レト:肝心の家は誰にも見つけられなかったもの。 ソルテ:鍵を見つけたのに、どうして誰も教えてくれなかったの……? ロズ:誰も、知らなかった。 ソルテ:え……? ロズ:レトという存在を、この鍵の意味を、そして、 レト:この標の森の歩き方を。 ソルテ:……そう。 ロズ:標の森の奥にはポトポ老人が話していたという、祠がある。 レト:古い古いマーテナの大樹、その傍に建つ祠。 ロズ:それが、誰にも見つけられないレトの家。 ソルテ:……そうだったんだ。私は、忘れてたんだ。 レト:…………。 ロズ:秘密だったのですね。 ソルテ:そう、誰にも言えない秘密だった。私にはレトという同じ歳の親友がいる。レイには言ってしまったけれど、でも、本当は違う。これは秘密であって、隠さなければならなかった。何故なら、 ロズ:レトは、 ソルテ:レトは、 : ロズ:(同時に)本当は居ないから。 ソルテ:(同時に)本当は神様だから。 : 0:間。 : ロズ:え? レト:え? : ソルテ:親友のレトは、神様なの。 レト:神様……? ソルテ:そして、レトはもう死んでいるから。 : 0:◇第十六場。 : 0:月灯りのない夜。 0:標の森の奥。 0:ソルテが灯火を持ち、その後ろをレトとロズが行く。 : ソルテ:月の無い夜の標の森の奥深くは、マリテットやロウルノウルといった生き物の営みさえ聞こえない。 ロズ:無数のマーテナの密やかな囁きが、森に踏み入れた僕らを拒むとも受け入れるとも無く、こだましていた。 レト:影から見つめる何者かの視線を感じながら、僕らは深く深く森を進む。 ロズ:土を、 レト:草を、 ソルテ:根を、 レト:葉を、 ロズ:落ち枝を、 ソルテ:石を、 ロズ:虫の死骸を、 レト:骨を、 ロズ:泥濘を、 ソルテ:踏んで、 レト:踏んで、 ロズ:踏んで、 レト:僕らは進む。 ソルテ:足の裏から昇ってくる、 レト:或いは、頭の奥から下ってくる想像を、 ロズ:しかし心で去なして、 ソルテ:土を、草を、根を、 ロズ:葉を、落ち枝を、石を、 レト:虫の死骸を、骨を、泥濘を、 ソルテ:踏んで踏んで踏んで、 レト:細く枝の多いマーテナを過ぎ、 ロズ:曲がりくねって円を描く幹を潜り、 ソルテ:支え合って育つ二本の隙間を抜け、 レト:中程の森は奇怪な様相を顕していた。 ロズ:広大な森の中にあって、幽遠たる時の中に確として存在する名手達。 ソルテ:彼らは記憶の中にまで根を張り存在を誇示している。 レト:一つの根が途切れると、またそれを接ぐように現れる根に導かれ、僕らは歩いた。 ロズ:左手の木々の紗幕の向こうに小さな池を望みながら歩いて行くと、空を覆う木々の茂りが突然消えて、夜空が現れた。 レト:深黒の夜。それは空では無く、一本の大樹が広げた黒い枝葉だった。 ロズ:大きく空を、他の木々や草花を覆い隠すように広げた腕は、黒い苔に覆われて一体と化していた。 ソルテ:もうすぐ終わる。孤独な黒い大樹を横目に、少しだけ足を早めた。 : レト:痛っ……! ロズ:大丈夫かい、レト。 レト:うん、少し足をね。ロズは。 ロズ:平気さ。ただ少しお腹が空いているくらいさ。 レト:はは、ちょっと休憩する? ロズ:ふむ、ソルテさん。目的の場所まではあと、 ソルテ:着いたよ。これが、 : 0:森が開け、三人の目の前に巨大な老木が現れる。 : レト:うわぁ……! でっかい……! ソルテ:標の森の最長老、 ロズ:マーテナの神木。か。 レト:すごい……。 ソルテ:そして、レトの依り代、 レト:レトの……。 ソルテ:だった。 ロズ:だったとは? ソルテ:えぇ、この木はもう死んでしまっているから。 レト:え? ソルテ:ずっと昔にね。 レト:こんなに立派なのに。 ソルテ:……少し休む? レト:ううん、僕は大丈夫だよ。ロズは? ロズ:お腹が空いたけど平気さ。 レト:ずっと言ってるね。 ソルテ:休んでいかなくて良いの? ロズ:もちろん。 ソルテ:これから登ることになるけど、本当に? レト:登るって、 ロズ:何をです? ソルテ:この木を。 レト:え? ロズ:どうやって? ソルテ:正確には、この祠を。 ロズ:祠……? ソルテ:こっち。 ロズ:……! これは! ソルテ:祠だよ。 : 0:大樹の裏手に石造りの建造物がある。 : レト:……ねぇ、これ祠って言うか、 ロズ:塔だね。 レト:しかも木に飲み込まれてる。 ロズ:いや、木の中に作ったのかも知れない。 レト:どっちなの? ソルテ:知らない。 レト:……知らないんだ。 ソルテ:悪い? レト:いや、悪くは無いけど……。 ロズ:しかし、これを登るのは骨が折れそうだね。 レト:ここに来るだけで、正直へとへとだし。 ソルテ:なら、二人は待ってても良いよ。 ロズ:何を言います。ここまで来たなら、最後まで行きますよ。 レト:そう、だね! ソルテ:じゃあ、頑張って。 レト:待ってよソルテ……母さん! ロズ:ふふっ、微笑ましいね。 レト:……ロズー! 置いてくよ! 早く! ロズ:大きな声で呼ばなくてもいくよ! : 0:◇第十七場。 : 0:塔の中。 0:ソルテを先頭に、ロズとレトが続く。 : レト:……はぁ、はぁ、どれくらい登ったのかな? ロズ:僕の感覚では半分くらいかな? ソルテ:その半分くらいね。 ロズ:え。 レト:まだ続くの……? 結構登ったと思うんだけど。 ソルテ:ええ。まだまだ。 レト:えぇ……。 ロズ:ははっ、しかし、君のお母様は流石だね、レト。僕も体力には自信があったんだけれど。 レト:僕もだよ。どうしてそんなに元気なの? ソルテ:私も結構限界だけどね。 レト:そうなの? ソルテ:こんなに歩くのは久しぶりだから。 レト:じゃあ、どうして? ソルテ:もう来ることは無いと思ってたけど、二人が知りたいと言ったから、私はここまで来た。 レト:そっか……、 ソルテ:それに、 ロズ:それに? ソルテ:この靴のおかげ。 レト:そっか! ロズ:なら、僕にも作ってくれたら良かったのに。もうぼろぼろだよ、靴も僕の一張羅も。 レト:それは気が付かなかった。 ロズ:いいさ、戻ったら絶対作って貰うからね。 レト:はは、靴だけだよ。 ソルテ:ここから先、少し崩れやすいから気をつけて。 レト:大丈夫なの、それ。 ロズ:既になかなかの高さだけど、もし落ちたら。 ソルテ:その時は諦めた方がいいわ。 レト:……おっかないね。 ソルテ:大丈夫、私は落ちたこと無いから。 レト:安心材料にならないんだけど。 ソルテ:それに上に行くのは結構平気なの。問題は、 ロズ:下り、ですか。 レト:あぁ、振り返るだけでぞっとするね。 ソルテ:うん。私達は帰らないといけないから。 レト:帰る。 ソルテ:私一人なら、帰らなくても良いんだけれど。 レト:それって……。 ソルテ:そういう未来もあったかもしれないってだけ。 ロズ:未来、ね。 ソルテ:二人は、この後どうするの? レト:どうするって? ソルテ:村を出るの? ロズ:僕は一度、旅に出るつもりですよ。 ソルテ:そう。 ロズ:世界を見て回りたい。 レト:僕は……。 ソルテ:…………。 レト:僕は、まだ決めてない。 ソルテ:……そう。 レト:でも、 ソルテ:でも? レト:村に、ソルテの……母さんのところに帰るよ。 ソルテ:レト……。また、ソルテって呼んでも良いよ? レト:え? いや、でも。 ソルテ:嫌なら、良いけど。 レト:嫌では……。 ロズ:はは、レトはただ恥ずかしいのですよ。 レト:おい、ロズ! ソルテ:恥ずかしい? ロズ:ええ。呼び方を変えてみたはいいものの、期待していたほど何も変わらなかったという誤算が。 ソルテ:それは……、残念ね。 レト:ちょっと! ソルテ:でも、レトが私のことをなんて呼ぼうと、レトはレトだから。 レト:……ソルテ。 ロズ:だから言っただろう、レト。人は意外と人のことを見ているものだよ。愛する者ならなおのこと。って。 レト:え、そういうことだったの? じゃあなんで言わせたの? ロズ:何でって、その方が面白いだろう? レト:楽しんでたのかよ! ロズ:そりゃあ楽しいさ、幸せな家庭を見るのは。 レト:……むぅ。 ロズ:ただ、そうだね。人は人を見ているけれど、自分の事は見えないものなのさ。 レト:どういう意味? ロズ:それが分からないから、君は意気地無しなのさ。 レト:意気地無しじゃないよ! ロズ:おいおい、こんな狭い階段で暴れると落ちるよ? レト:誰のせいさ! ソルテ:ロズ。 ロズ:何ですか、ソルテさん? ソルテ:君は、向き合ってる? ロズ:さて。僕はそうですね、逃げ続けると決めているので。 ソルテ:逃げ続けても大丈夫? ロズ:案外どうにかなるものですよ。心の拠り所がどこかにあれば。ね。 ソルテ:そう。 ロズ:ええ。 レト:何の話? ロズ:手すりが欲しいって話さ。 レト:あぁ、そしたら少しは楽かもね。 ソルテ:或いは誰かと手を繋いでいたのなら。 ロズ:ではソルテさん、僕の手をどうぞ。 ソルテ:じゃあ遠慮無く。 レト:あ、ずるい。 ソルテ:レトも繋ぐ? レト:もちろん! : 0:三人、手を繋ぐ。 : ロズ:……ふむ。 ソルテ:……うん。 レト:……なんか。 : レト:歩きづらいね。 ロズ:歩きづらいな。 ソルテ:歩きづらい。でも。 : ソルテ:……少し楽しい。 : 0:◇エピローグ。 : 0:鍵を開く音。 0:塔の屋上。 0:風が吹いている。 : レト:「ソルテ」 ソルテ:それは風のおとだった。 ロズ:「ソルテ」 ソルテ:それは気のせいだった。 レイ:「ソルテ」 ソルテ: それは夢のなかだった。 ルルネ:「ソルテ」 ソルテ:それは母のうただった。 メド:「ソルテ」 ソルテ:それは父のこえだった。 レト:「ソルテ」 ソルテ:それは誰の、 レト:「ソルテ」 ソルテ:それは、 レト:「ソルテ」 ソルテ:それは、 レト:「ソル」 ソルテ:それは――。 : ソルテ:レト。 レト:「なんだい?」 ソルテ:悪い冗談はよして。 レト:「冗談なんかじゃ無いさ」 ソルテ:嘘、だってそんなはず……。 レト:「嘘でも無い。けど、真実でも無いのかな?」 ソルテ:だったら、あなたは何なの? レト:「強いて言うなら、夢かな」 ソルテ:夢? レト:「さあ目を開けてごらん、ソル」 ソルテ:ねぇ、レト、私は……! レト:「朝だよ」 ソルテ:朝……? : レト:ソルテ! ねぇ、ソルテ! 見て、朝だよ! ソルテ:朝……? ロズ:あぁ、もうすぐ日が昇る、ケロの丘の更に向こう、ラサラスの山の頂上が明るくなってきた。 ソルテ:そっか、私、扉を開けたんだ。 ロズ:しかし、折角ここまで来たというのに、何も無いのですね。少し拍子抜けというか……。 レト:でも、景色は綺麗だよ? ほら、端っこまで行くと標の森が見える。それにほら、あれ、ケロの丘のマーテナの木! それであれはロズの家! 全部、全部見えるんだ! ここから! 僕たちの世界が、全部! ロズ:大袈裟だね、君は。……まぁ、でも、そうだねレト。綺麗だよ、あの村はこんなにも美しかったんだなぁ。 レト:今更気付いたの? ロズ:ラサラスから見た村は日が沈む村だったからね。朝日に照らされて輝く姿なんて想像もしなかったさ。 レト:へぇ、それも見てみたいなぁ! ロズ:なら、一緒に来るかい? レト:それは、えっと…………ソルテ? ロズ:どうしたのですか、ソルテさん? : 0:ソルテ、塔の端を、空の淵を眺めている。 0:そこに一つの影。 : レト:「見てよ。ソル。もう、日が昇るよ?」 ソルテ:……あなたは、 レト:「ケロの丘の向こうから、まだ夜に浮かんだ雲を灼く太陽が昇ろうとしてる。目を細めてさらにその向こうを見つめてごらん? 辺りが一瞬だけ暗くなってきたね。これから世界は明るさを増して煌めき、たった今灼かれたばかりの燃えさかる原野は、黒々とした丘の向こうで、今まさに白い産声をあげるのさ。」 ソルテ:そんなの、 レト:「曖昧な太陽に追い立てられた風が、白無垢の石でできた塔の表面から、石を、蔦を、枝を、時間さえも剥ぎ取って金色に磨き上げてゆくのを感じるだろう? 境界のような足下を吹き渡っていくマーテナの歌がソルテを包んで、風が孕んだその声は、夜の鼓膜を静かに震わせる。そうさ、呼び声が聞こえるね。みんな待ってるんだよ、ソルテを。ルルネが、メドが、ポトポ爺さんが、レイが、そして僕が。」 ソルテ:待ってる? レト:「そうさ。君はたった一人、随分遠くまで歩いてきたけれど、もう良いんだよ。歩かなくて、知らなくて、悩まなくて、頑張らなくて、抱え込まなくて、忘れなくて、思い出さなくて、我慢しなくて、ソルテとして生きなくて。……だから、ね?」 ソルテ:レト、 レト:「行こう、ソル?」 ソルテ:違う。 レト:「ねぇ、ソル。」 ソルテ:親友のレトは、 レト:「親友のソルは。」 ソルテ:親友のレトは、 : レト:それ以上行っちゃ駄目! : 0:塔の端に立つソルテの手を、レトが掴む。 : ソルテ:大丈夫、どこにも行かないよ、レト。 レト:ほんとに? ソルテ:だって、親友のレトは死んだ。今、私のそばに居るのはあなただから。 : 0:ソルテ、レトを抱きしめる。 : レト:「……そっか、ソルは君じゃ無いんだね。」 ソルテ:えぇ、私は、ソルじゃ無い。ソルテ。レトの親の、ソルテ。 レト:「君はそう生きることを選んだんだ。」 ソルテ:ごめんね、神様。私は、あなたとは生きられない。 レト:「神様なんて余所余所しいなぁ。でもいいよ。僕はもうレトじゃ無いんだから。いつまでも君の傍には居られない。いや、君の傍になんてはじめから居なかったのかな。」 ソルテ:ううん、確かに、あなたは居た。お父さんが、お母さんが、レイが死んだときも、レトが生まれたときも、あなたは傍に居てくれた。 レト:「君の命を貰うためさ。」 ソルテ:それでもいい。 レト:「……そう。君は似ているね。」 ソルテ:でも違う。 レト:「そうみたいだ。そっか、なら僕はこのあたりで失礼するよ。」 ソルテ:どこに行くの? レト:「そうだね、例えば誰かの夢の中に。」 ソルテ:私のところにも来てくれる? レト:「ふふふ、どうだろう? もし、君が僕を覚えていたら。最期くらいは。」 ソルテ:待ってるね。 レト:「約束はしないよ。じゃあね、ソル……いいや、ソルテ。」 ソルテ:さようなら、私の親友。 : 0:ソルテの見つめる影が曙光の中に消える。 : レト:……ねぇ、ソルテ、 ソルテ:……レト。 レト:ソルテ、あのさ、 ソルテ:なに? レト:放して、欲しいんだけど。 ソルテ:何を聞きたいの? レト:いや、聞きたいことはたくさんあるけど、そうじゃなくて。 ソルテ:え? レト:ロズに見られてるから恥ずかしいんだよね。 ソルテ:そうなの? レト:そうだよ。 ロズ:僕についてはお構いなく。 レト:いや、構うよ。 ロズ:朝日の中で抱擁し合う親子水入らずの光景、いやぁ、美しい限りだね。うんうん。 レト:ロズ……。 ロズ:何かな? レト:なんか怒ってる? ロズ:怒ってなど無いさ、僕はただ、 ソルテ:寂しいの? ロズ:あ、 ソルテ:そう。 レト:そうなの? ロズ:あ、いや、えっと……。 ソルテ:こっちに来る? レト:来ても良いよ、ロズ。 ロズ:……良いのですか? レト:駄目って言うと思う? ロズ:でも、ソルテさんは……。 ソルテ:いいよ。 ロズ:……本当に? ソルテ:ええ。 ロズ:嫌われてるのかなって、思ってたんですけど、そんな僕でも……? ソルテ:あなたは、レトの友達だから。それに、 ロズ:それに? ソルテ:友達思いで、こんなところまで来るような優しい子だって分かったから。 ロズ:…………! ソルテ:さぁ。 ロズ:……! ……はは、嬉しいお誘いだ。でも、遠慮しますよ。 レト:どうして? ロズ:もう少し頑張りたいからさ。もしここで甘えてしまったら、歩けなくなる気がするよ。だから、今は遠慮しておこう。 レト:頑固だね、ロズは。 ロズ:あぁ、僕はそういうやつさ。 レト:じゃあ、やっぱり行くの? ロズ:行かない理由が無いね。この村は美しい。それは間違いないさ。けれどその美しい村を食いつぶすだけの父上のことも、兄上の事も嫌いだ。だから、この村を今より良くするために、僕は世界を知らなくちゃならない。それが、僕のやりたいことなのさ。 レト:ロズ……。 ソルテ:そう、がんばってね。待っているから。 ロズ:……ええ! いつになるかは、分かりませんが必ず戻ります! 戻って、長の地位を掠め取ってやりますよ。 レト:…………。 ソルテ:それは、楽しみにしてるわ。 レト:ねぇ、ソルテ。 ソルテ:なに、レト。 レト:あのね、 ソルテ:言わなくても分かるけど、なに? レト:僕もロズと行っていい? ソルテ:止める理由が無いわ。 レト:そう、だよね。 ソルテ:けど、 レト:けど? ソルテ:心配する理由はあるわ。 レト:ソルテ……! ソルテ:だから、気をつけて行って、無事に帰ってきてね。 レト:うん! ロズ:良かったね、レト。 ソルテ:ロズも。 ロズ:は、はは、参ったな。ええ。もちろん。 : ソルテ:二人はいつ、出発するの? レト:いつにしよう、ロズ? ロズ:そうだね、直ぐにでも発ちたいところだけど、 レト:だけど? ロズ:お腹が空いたから、ひとまず朝ご飯にしないか? レト:ロズ、そればっかり。 ロズ:仕方ないだろ、夜通し歩いたんだ。腹ぺこだよ、僕は。 レト:それもそうかも。そうだ、僕、モッケパン持ってきたんだ、食べ、 ロズ:でかしたレト! レト:食いつきすごいね。けど、一人分しか無いんだ。 ロズ:そ、そうなのか……? レト:ごめんね……。 ロズ:うーん、仕方ないさ。こういう時は、仲良く分け合えば良い。なぁに、幸い景色は最高だ。ここから見える全てを糧にしたのなら、きっと少しは腹の足しになるだろう! レト:なるのかな……? ロズ:なるさ! レト:そうかな、……ソルテ? ソルテ:……なに? レト:ほら、ソルテも一緒に食べよ? ソルテ:いいの? レト:いいよ、なにロズみたいなこと言ってるの? ロズ:ちょっとレト? ソルテ:じゃあ、いただくわ。 レト:うん! : 0:三人、モッケパンを分け合う。 : レト:はい、ロズ。 ロズ:ああ。 レト:ソルテ。 ソルテ:ありがとう。 レト:……それでは、 ロズ:旅の終わりと、始まりを祝して。 レト:僕の台詞とるなよ! ロズ:いいじゃあないか。 レト:そんなことするんならモッケパン返してよ! ロズ:無理だね、何故なら。もふたうぇてひまっははら! レト:早い!? ロズ:……ふぅ! 美味しかった! レト:君はほんとにもう! ソルテ:ねぇ、ロズ? ロズ:なんですか? ソルテ:さっき言った終わりと始まり? 二人の旅の始まりは分かるけど、終わりって? ロズ:え? でも、ソルテさんの旅は。 ソルテ:ううん、終わってない。 レト:そうなの? ソルテ:旅は、まだまだ続く。生きている限り。 ロズ:それは、長そうですね。 ソルテ:旅は長い。けど、そうね。ここで一つの旅が終わったのも確かだから。 レト:終わったって? ソルテ:ええ、彼の、レトの旅が。 レト:……そっか。 ソルテ:それに、帰らないとだからね。 ロズ:帰る? ソルテ:一息着いたら、この塔を、今度は下らないといけないから。 レト:……ほんとに? ソルテ:飛び降りたらすぐだけどね。 ロズ:それは旅の終わりもですが。 ソルテ:だから、私達は歩くんだよ。旅の終わりが来るその日まで。