台本概要

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タイトル 「燃える恋。」
作者名 音佐りんご。  (@ringo_otosa)
ジャンル ラブストーリー
演者人数 2人用台本(男1、女1)
時間 20 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 放火殺人の容疑者と刑事の取調室での一幕。

■あらすじ□
夫と家に火をつけ、放火及び殺人の容疑で逮捕された女の取り調べ。胡乱げな受け答えの女に揺さぶられながら、刑事は事件の真相とある気付きに導かれていく。

□注意■
本作には醜悪な表現や過激な描写がありますので苦手な方にはオススメしません。
また上演前に必要であればその旨アナウンス願います。
アドリブ等はご自由に。性別変更は、変更したことによる設定の違和感を気にしないなら大丈夫です。
漢字等はそんなに難しくないと思いますが、煌(きら)めく、くらいでしょうか。お手数ですが、駄目そうなら調べるかノリで読んでください。
長さとしては文字数が6000字程度なので、25~30分を想定しております。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
七瀬 97 八尾 七瀬(やおななせ)。夫の庄介(しょうすけ)を殺害し、家に火をつけた容疑で捕まっている。
良秀 95 鈴森 良秀(すずもりよしひで)。七瀬の取り調べを行う刑事。妻子が居る。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

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放火殺人の容疑者と刑事の取調室での一幕。 ■あらすじ□ 夫と家に火をつけ、放火及び殺人の容疑で逮捕された女の取り調べ。胡乱げな受け答えの女に揺さぶられながら、刑事は事件の真相とある気付きに導かれていく。 □注意■ 本作には醜悪な表現や過激な描写がありますので苦手な方にはオススメしません。 また上演前に必要であればその旨アナウンス願います。 アドリブ等はご自由に。性別変更は、変更したことによる設定の違和感を気にしないなら大丈夫です。 漢字等はそんなに難しくないと思いますが、煌(きら)めく、くらいでしょうか。お手数ですが、駄目そうなら調べるかノリで読んでください。 長さとしては文字数が6000字程度なので、25~30分を想定しております。 0:「燃える恋。」 : 0:■あらすじ□ 0:夫と家に火をつけ、放火及び殺人の容疑で逮捕された女の取り調べ。胡乱げな受け答えの女に揺さぶられながら、刑事は事件の真相とある気付きに導かれていく。 0:※本作には醜悪な表現や過激な描写がありますので苦手な方にはオススメしません。また上演前にその旨アナウンス願います。 : 0:□登場人物■ 七瀬:八尾 七瀬(やおななせ)。夫の庄介(しょうすけ)を殺害し、家に火をつけた容疑で捕まっている。 良秀:鈴森 良秀(すずもりよしひで)。七瀬の取り調べを行う刑事。妻子が居る。 : 0:■□■□ : 0:取調室。 0:薄笑いを浮かべる女・七瀬と、固い表情の刑事・良秀が机を挟んで向かい合っている。 : 七瀬:私、もう一度だけ燃えるような恋がしたかった。 : 良秀:なんですって? 七瀬:私、もう一度だけ燃えるような恋がしたかったんです。刑事さん。 良秀:どういう意味ですか、それは。 七瀬:ええ、ただそれだけなのです。 良秀:……それだけ、とは? 七瀬:だから、後悔なんてしていません。 良秀:すみません、八尾七瀬さん。ちゃんと私の質問に答えてくれませんか? 七瀬:私は、むしろ、なんて良いことをしたんだって思うくらいです。 良秀:それはあなたの犯行に対するお考えですか? 七瀬:うふふふふ。……ああ、綺麗。 七瀬:刑事さんも、そう思いませんか? 良秀:……何が綺麗なんでしょう? 七瀬:分からない。分からないですわ、何が綺麗で、何が穢いのかなんて。私には分かりません。 : 良秀:もう一度確認しますよ? 良秀:八尾七瀬さん。あなたが、夫である庄介さん、八尾庄介さんを殺害し、放火を行ったことに間違いはありませんね。 七瀬:間違い? そう、間違いだったの。 良秀:……あなたは、犯行を認めないと? 七瀬:認めたくなくても、見て見ぬふりしても、あの人と私はもうとっくの昔に冷めきっていて、あとは腐っていくのを待つだけの肉だったんです。 良秀:何を言っているんですか、あなたは。 七瀬:何を言っているのか、分かりませんよね。あの人と私のことは、外から見てもきっと分からないでしょう。いいえ、私とあの人自身でさえ分かっていなかったんですよ、刑事さん。 良秀:ご家庭は複雑な状況にあったと? 七瀬:どうでしょうね。 良秀:どう、とは? 七瀬:私とあの人は複雑に考えすぎていたのかも知れません。あなたにもそういうことってあるでしょう? 刑事さん。 良秀:私の話では無く、今は、八尾七瀬さんあなたのことをお伺いしているのですが。 七瀬:七瀬で良いですよ。 良秀:では、七瀬さん。先程の腐っていくのを―― 七瀬:――ねぇ、刑事さんは、なんてお名前なんですか? 良秀:鈴森です。 七瀬:鈴森……お名前は? 良秀:必要ですか? 七瀬:必要ですよ。人間は名前のない物を本質的に愛することはできないそうです。そして名前を呼ぶことで愛着を深めていく。もし、名前を呼ばないなら、そこにきっと愛は、愛着は無いんですよ。 良秀:愛着? 七瀬:ええ、愛着です。私みたいな女とは名前で呼び合うことはできませんか? 刑事さん。 良秀:それは……。 七瀬:鈴森刑事、あなたは誠実そうな方ですものね。既婚の女性と軽々しく名前で呼び合うことに抵抗があるのでしょう? 良秀:それは……まぁ。 七瀬:それがたとえ未亡人でも。 良秀:未亡人、と言うのは適切でしょうか、この場合。 七瀬:あなたが私に不適切な関係を求めていないのなら、それで問題は無いのでは無いでしょうか。 良秀:あなたは私をからかっているのですか? 私が言っている適切か否かというのは、そんな下世話なことではなく、もっと、悍ましい矛盾のような点です。 七瀬:悍ましい。そう映るのでしょうね、きっと世間様には。 良秀:何せ、未亡人という響きに反してあなたは限りなく…… 七瀬:加害者ですものね。 良秀:ええ。 七瀬:刑事さんは、白と黒がはっきり分かれたものがお好きですものね、その気持ちも分かります。 良秀:そういうことです、ですから、ぜひご協力願いたい。 七瀬:それはお願いですか? 命令ですか? 良秀:お願いです。もちろん黙秘権はありますがね。 七瀬:いいえ、私、沈黙ってもう飽きてしまったの。だから、お話ししましょう? 鈴森刑事。 良秀:ご協力ありがとうございます。 七瀬:でも、それなら尚更ですよ。 良秀:尚更、とは? 七瀬:あなたの名前を教えてくれませんと、不公平です。 良秀:不公平? 七瀬:だってそうでしょう? あなたが一方的に私のことを知っているなんて不公平です。名前も、考えも、してきたことも、何もかもをあなたは知りたい。なのに、私はあなたのことを何も知らない。そんなの不公平です。 良秀:不公平ですか。けれど、それを知ってあなたに何かメリットはあるのでしょうか。 七瀬:お話をすることにメリットなんていりません。結婚をするのと同じように、そこには楽しささえあればいい。楽しささえあれば良かったのですよ。私は、気が向かなければ、何も話す気はありませんよ? 刑事さん。 良秀:私にあなたを接待しろと? それが私の仕事だと? 七瀬:私、接待やおべっかは嫌いです。軽んじられているみたいで。それにそれじゃあまるで命令みたいじゃないですか。命令も嫌いです。 良秀:ならば私にどうしろと言うんですかあなたは。 七瀬:どうしろだなんて言いません。ただ楽しくお喋りして貰えたら、私も話し甲斐があるなと思うだけです。 良秀:楽しくだなどと。 七瀬:お仕事は好きですか? 良秀:私のことを聞かないで下さい。 七瀬:でしたら私のことも聞かないで下さい。話は終わりです、刑事さん。 : 0:間。 : 良秀:……はぁ。私は鈴森良秀と申します。仕事は、嫌いではありません。誇りの持てる仕事ですからね。人生をかけても良いと思っていますよ。 七瀬:良秀さん。へぇ。それはそれは、素敵ですね。良秀さん。ふふ。 良秀:あの、下の名前で呼ぶのはやめてくれませんか? 七瀬:あら、素敵なお名前なのに、お気に召しませんか? もしかしてご自分の名前が嫌いなんですか? 良秀:そういう訳ではありませんが、仕事でそう呼ばれることに抵抗があるんですよ。 七瀬:そうですよね、お仕事に誇りをお持ちの刑事さんなら、そうかも知れません。あなたのことが、少し分かりました、鈴森刑事。ありがとうございます。 良秀:いえ。……では、お聞かせ願いますか? あなたのことを。 七瀬:ええ、喜んでお話ししましょう。何が聞きたいですか? 良秀:では、先程仰っていた「腐っていくのを待つだけの肉」とはどういう意味ですか? 七瀬:ああ、そのことですか。鈴森刑事は私のお話をよく聞いて下さるんですね。 良秀:ええ、まぁ職業柄。 七瀬:ふふ、仕事一筋ですのね。 良秀:いえ、家庭も大事にしていますよ。 七瀬:あら、そうでしたか。羨ましい限りです。ご家族は? 良秀:妻と娘がいます。 七瀬:可愛いですか? 良秀:もちろん。 七瀬:そうですか……、良秀さん、いえ鈴森刑事には可愛い娘さんが。もしかして絵を描かれたりしていませんか? 良秀:娘がですか? 確かに娘は絵を描くのが好きですが、どうしてまた……。 七瀬:いいえ、あなたがですよ。 良秀:私がですか? 私は刑事ですよ。絵なんて。 七瀬:昔、描かれたりしていませんでした? 良秀:……どうして分かるんですか? 七瀬:いえ、もしそうだったら面白いなと思っただけです。 良秀:面白い? 七瀬:深い意味はありません。絵くらい誰でも描きますからね。 良秀:はぁ……? 七瀬:生きてもいない、血の気の失せた死んだ肉。 良秀:は? 七瀬:私とあの人はきっとそういうものだったんですよ。 良秀:失礼ですが、それは夫婦仲に温もりが無かった、血が通っていなかった。そういうことでしょうか。 七瀬:そうですね、ええ、血が通っているように見えなかった。 良秀:つまり、それが犯行の動機だと? 七瀬:……あぁ、そうそう。 七瀬:その日の夕食はステーキでした。 良秀:ステーキ? 豪勢、なんでしょうか。 七瀬:いいえ、色の悪い、値引きされたお肉。それがちょうど―― : 0:七瀬、ぼんやりと机の上を見つめながら、何かを切るような仕草をする。 : 良秀:七瀬さん? 七瀬:私、思い出したんです。 良秀:何をですか? 七瀬:そのブヨっとしたゴムのような感触が似ているなって。 良秀:似ている? 何に。 七瀬:鈴森刑事は、奥さんと、そういう営みはされていますか? 良秀:……答えたくありませんね。 七瀬:そう。その答えで分かりますが、私は、もう忘れていたんですよ。 良秀:何の話をしているんですか。その不満、……不満が切っ掛けだった、そう言うんですか? 七瀬:いいえ、似ていたんです。 良秀:だから、何が似ていたんですか。 七瀬:触れた感触が、そう、あの人に似ていて、私、ふと思ったんです。 七瀬:ああ、そうだ。 : 0:間。 : 七瀬:火をいれれば良いんだ。 七瀬:って。 良秀:…………! 七瀬:だから、この生臭くて不味そうな色の悪い値引きされたお肉も、フライパンでしっかりと焼けばきっと食欲をそそる良い匂いをあげるんだから、同じように加齢臭のヌメついた臭いもうまく料理すれば私の薄まった欲求を刺激するかもしれない。知っていますか刑事さん? 食欲と性欲って似てるんですって。ふふふ、ああ、これはなんて良い考え! 七瀬:でもね、刑事さん。それじゃ私、足りないなと思ったんです。 良秀:な、何が……? 七瀬:熱が、炎が、情愛が! 良秀:それが、動機なんですか……? 七瀬:ええ、私は、私には。 七瀬:凍えるようなこの私の心を温めてくれる灯火が、私は欲しかったのです。 良秀:わかりました、もう、結構です。ありがとうございました、七瀬さん。これ以上は。 七瀬:最後まで聞いて下さい。きっと、あなたも分かってくれると思うんです。 良秀:分かりませんよ、そんな話。 七瀬:なら、なおさら聞くべきです。 良秀:そんな話を、どうして私が。 七瀬:愛を知るあなただからです。 良秀:愛? 何を言っているんですか、七瀬さん。 七瀬:七瀬。 七瀬:あの人がその名前を最後に呼んでくれたのはいつだったでしょう。けれど、私は恨んでいた訳では無いのです。間違えていたのです。私はいつからか、そう思っていた。結婚したのが間違いだった。あの人を愛するこの想いは嘘だった。気のせいに過ぎない。 良秀:庄介さんとの結婚を後悔していた。 七瀬:でも、気が付いたのです。いいえ。それも間違いだったと。 良秀:七瀬さん、一度落ち着いて下さい。もう、話さなくても結構ですから。 : 七瀬:最初に言いましたよね、私。 良秀:何を……? 七瀬:私、もう一度だけ燃えるような恋がしたかった。と。 良秀:言っていましたが、そういう、意味だったんですか? 七瀬:ええ。そうです、そう思い始めると、私はすっかり揺らぐ炎の虜になりました。愛は生モノなんだと。だから、時が経って腐ってしまったんだと。でも、火を通せば大丈夫。きっと、きっと、もう一度私のこの欲求は奮い立つだろう。でも、私は一方的な愛は公平じゃ無いと思ったんです。不公平なんです。あの人は浮気を、火遊びをしていましたからね。私に対する愛はそこにはもう無くて、私のように一人ではきっと燃えられない。 良秀:七瀬さん! 七瀬:だから私は火をつけました。 良秀:もう結構です、もう! 七瀬:もう失った筈の熱を再び纏ったあの人が煌めいた。 七瀬:脂身たっぷりの体は、とってもよく燃え上がりました。炎の中であの人はそれこそ火がついた様子で狂乱に踊りました。なのに、あの人の纏った炎は却って落ち着いて見えて、それがなんだか不思議に感じたのを覚えています。 良秀:そんな話は嘘だ! 作り話だ! そんなことが出来るはず無い! 七瀬:信じられませんよね? でも信じられないことに、あの人はこう叫ぶのです! 七瀬:七瀬! 七瀬! 七瀬! って! 良秀:っひ!? 七瀬:ああああ! あの人が名前を呼んでくれた! 信じられませんよね!? 私の愛は更に激しく燃え上がりました! 良秀:う、あああ……! 七瀬:そこにはもう、見るのも嫌になってしまったあの人の姿はどこにも無くなって、けれど、目の前で全てを燃やして踊り狂うあの人は、情熱的に、そう情熱的に私を誘うのです! 私は! 私は信じられないほど夢中でした! なんて素晴らしい、私はなんて良いことをしたんだろう! 良秀:あなたのやったことは惨たらしい犯罪だ! 殺人だ! それは愛なんかじゃ無い! 七瀬:愛ですよ! 愛が無ければ為し得ることは出来ません! そんなの火を見るように明らかです! 良秀:ふざけるな! そんなものが愛ならば! 私は……! 七瀬:ああ、でもどうしましょう? 足りない! 私の愛はもっともっと大きいから! あの人と、庄介と一緒に公平になるためには、火力が足りない! ああそうだ、思い出も燃やそう。二人で過ごしたこの家を燃やそう! 良秀:や、やめ……! 七瀬:うふ、うふふふふ、うふふふふふふふふふふふふ! 良秀:やめろおおおおおおおお! : 0:間。 0:恍惚の表情を浮かべる七瀬と、息を荒げる良秀。 : 七瀬:……うふふ、あの人が動かなくなるまで、私は目を離しませんでしたよ。刑事さん。 良秀:く、狂ってる! 七瀬:ええ、喩えようも無く狂おしいですよ。でも、あの人が動かなくなって、完全に火が消えてしまう頃には、私は泣いていました。ほら、今も涙が。ああ……。 良秀:涙だと? まさか後悔しているとでも? 七瀬:そうなんです。後悔しています、私。もっと、もっと、 良秀:え? 七瀬:もっと早くこうしておけば良かったって。 良秀:あ、 七瀬:私は感動しました。あの頃の庄介なんて霞んでしまう。強烈なその瞬間の愛おしさは、もちろん今でも、私の目にしっかりと焼き付いてるんですよ。庄介も炭になりながら、きっと私のことを心に焼き付けてくれたはずです。私達は、もっと早く気付くべきだったんです。それだけ、後悔していますが、私はもう満足です。ええ、本当に、とっても素敵でした。あぁ、私が求めてたのはこれなんです。私はきっとあの煌めきを、愛を生涯忘れません。いいえ、死んでも忘れないでしょう。 良秀:あ、悪魔! お、お前は地獄に落ちる! 七瀬:地獄ですか、それは素敵ですね。 良秀:素敵? 七瀬:そこでなら、また見られるかな。 良秀:何を、何を言ってるんだ、あんた! 七瀬:うふふふ。焦熱地獄ってあるそうですね、地獄には。 良秀:え、あ? 七瀬:楽しみです。 良秀:だ、黙ってくれ。 七瀬:はい、もう話は終わりましたので。 良秀:そ、そうか……。 七瀬:あなたにお見せできなかったのが残念です。 良秀:だれが、そんなもの。見たいと思うわけ無いだろう! 七瀬:そうですね。他人同士の愛なんて、興味ありませんよね。私思うんです。 良秀:な、何を。 七瀬:あなたもそうすれば良いんじゃ無いかって。 良秀:は? 七瀬:良秀さん。私の話は終わりましたから、次はあなたの番ですよ。 七瀬:間違いなんです。上手く行ってないんですよね? 良秀:な、何を言っているんだ、あんたは! 七瀬:私の話を最後まで聞いたあなたはきっと、見てみたくなったのではありませんか? 良秀:よ、よせ、そんなわけ、ないだろ――! 七瀬:――焦熱地獄。 七瀬:見てみたくありませんか? 刑事さん……いいえ、良秀さん。 良秀:わ、私が? 七瀬:きっとあなたの愛は素敵に燃え上がるはずですよ。 良秀:私は…………。 七瀬:もう一度だけ、燃えるような恋、してみたくありません? : 良秀:は、はは。 七瀬:うふふふふふふ。 : 0:  《幕》

放火殺人の容疑者と刑事の取調室での一幕。 ■あらすじ□ 夫と家に火をつけ、放火及び殺人の容疑で逮捕された女の取り調べ。胡乱げな受け答えの女に揺さぶられながら、刑事は事件の真相とある気付きに導かれていく。 □注意■ 本作には醜悪な表現や過激な描写がありますので苦手な方にはオススメしません。 また上演前に必要であればその旨アナウンス願います。 アドリブ等はご自由に。性別変更は、変更したことによる設定の違和感を気にしないなら大丈夫です。 漢字等はそんなに難しくないと思いますが、煌(きら)めく、くらいでしょうか。お手数ですが、駄目そうなら調べるかノリで読んでください。 長さとしては文字数が6000字程度なので、25~30分を想定しております。 0:「燃える恋。」 : 0:■あらすじ□ 0:夫と家に火をつけ、放火及び殺人の容疑で逮捕された女の取り調べ。胡乱げな受け答えの女に揺さぶられながら、刑事は事件の真相とある気付きに導かれていく。 0:※本作には醜悪な表現や過激な描写がありますので苦手な方にはオススメしません。また上演前にその旨アナウンス願います。 : 0:□登場人物■ 七瀬:八尾 七瀬(やおななせ)。夫の庄介(しょうすけ)を殺害し、家に火をつけた容疑で捕まっている。 良秀:鈴森 良秀(すずもりよしひで)。七瀬の取り調べを行う刑事。妻子が居る。 : 0:■□■□ : 0:取調室。 0:薄笑いを浮かべる女・七瀬と、固い表情の刑事・良秀が机を挟んで向かい合っている。 : 七瀬:私、もう一度だけ燃えるような恋がしたかった。 : 良秀:なんですって? 七瀬:私、もう一度だけ燃えるような恋がしたかったんです。刑事さん。 良秀:どういう意味ですか、それは。 七瀬:ええ、ただそれだけなのです。 良秀:……それだけ、とは? 七瀬:だから、後悔なんてしていません。 良秀:すみません、八尾七瀬さん。ちゃんと私の質問に答えてくれませんか? 七瀬:私は、むしろ、なんて良いことをしたんだって思うくらいです。 良秀:それはあなたの犯行に対するお考えですか? 七瀬:うふふふふ。……ああ、綺麗。 七瀬:刑事さんも、そう思いませんか? 良秀:……何が綺麗なんでしょう? 七瀬:分からない。分からないですわ、何が綺麗で、何が穢いのかなんて。私には分かりません。 : 良秀:もう一度確認しますよ? 良秀:八尾七瀬さん。あなたが、夫である庄介さん、八尾庄介さんを殺害し、放火を行ったことに間違いはありませんね。 七瀬:間違い? そう、間違いだったの。 良秀:……あなたは、犯行を認めないと? 七瀬:認めたくなくても、見て見ぬふりしても、あの人と私はもうとっくの昔に冷めきっていて、あとは腐っていくのを待つだけの肉だったんです。 良秀:何を言っているんですか、あなたは。 七瀬:何を言っているのか、分かりませんよね。あの人と私のことは、外から見てもきっと分からないでしょう。いいえ、私とあの人自身でさえ分かっていなかったんですよ、刑事さん。 良秀:ご家庭は複雑な状況にあったと? 七瀬:どうでしょうね。 良秀:どう、とは? 七瀬:私とあの人は複雑に考えすぎていたのかも知れません。あなたにもそういうことってあるでしょう? 刑事さん。 良秀:私の話では無く、今は、八尾七瀬さんあなたのことをお伺いしているのですが。 七瀬:七瀬で良いですよ。 良秀:では、七瀬さん。先程の腐っていくのを―― 七瀬:――ねぇ、刑事さんは、なんてお名前なんですか? 良秀:鈴森です。 七瀬:鈴森……お名前は? 良秀:必要ですか? 七瀬:必要ですよ。人間は名前のない物を本質的に愛することはできないそうです。そして名前を呼ぶことで愛着を深めていく。もし、名前を呼ばないなら、そこにきっと愛は、愛着は無いんですよ。 良秀:愛着? 七瀬:ええ、愛着です。私みたいな女とは名前で呼び合うことはできませんか? 刑事さん。 良秀:それは……。 七瀬:鈴森刑事、あなたは誠実そうな方ですものね。既婚の女性と軽々しく名前で呼び合うことに抵抗があるのでしょう? 良秀:それは……まぁ。 七瀬:それがたとえ未亡人でも。 良秀:未亡人、と言うのは適切でしょうか、この場合。 七瀬:あなたが私に不適切な関係を求めていないのなら、それで問題は無いのでは無いでしょうか。 良秀:あなたは私をからかっているのですか? 私が言っている適切か否かというのは、そんな下世話なことではなく、もっと、悍ましい矛盾のような点です。 七瀬:悍ましい。そう映るのでしょうね、きっと世間様には。 良秀:何せ、未亡人という響きに反してあなたは限りなく…… 七瀬:加害者ですものね。 良秀:ええ。 七瀬:刑事さんは、白と黒がはっきり分かれたものがお好きですものね、その気持ちも分かります。 良秀:そういうことです、ですから、ぜひご協力願いたい。 七瀬:それはお願いですか? 命令ですか? 良秀:お願いです。もちろん黙秘権はありますがね。 七瀬:いいえ、私、沈黙ってもう飽きてしまったの。だから、お話ししましょう? 鈴森刑事。 良秀:ご協力ありがとうございます。 七瀬:でも、それなら尚更ですよ。 良秀:尚更、とは? 七瀬:あなたの名前を教えてくれませんと、不公平です。 良秀:不公平? 七瀬:だってそうでしょう? あなたが一方的に私のことを知っているなんて不公平です。名前も、考えも、してきたことも、何もかもをあなたは知りたい。なのに、私はあなたのことを何も知らない。そんなの不公平です。 良秀:不公平ですか。けれど、それを知ってあなたに何かメリットはあるのでしょうか。 七瀬:お話をすることにメリットなんていりません。結婚をするのと同じように、そこには楽しささえあればいい。楽しささえあれば良かったのですよ。私は、気が向かなければ、何も話す気はありませんよ? 刑事さん。 良秀:私にあなたを接待しろと? それが私の仕事だと? 七瀬:私、接待やおべっかは嫌いです。軽んじられているみたいで。それにそれじゃあまるで命令みたいじゃないですか。命令も嫌いです。 良秀:ならば私にどうしろと言うんですかあなたは。 七瀬:どうしろだなんて言いません。ただ楽しくお喋りして貰えたら、私も話し甲斐があるなと思うだけです。 良秀:楽しくだなどと。 七瀬:お仕事は好きですか? 良秀:私のことを聞かないで下さい。 七瀬:でしたら私のことも聞かないで下さい。話は終わりです、刑事さん。 : 0:間。 : 良秀:……はぁ。私は鈴森良秀と申します。仕事は、嫌いではありません。誇りの持てる仕事ですからね。人生をかけても良いと思っていますよ。 七瀬:良秀さん。へぇ。それはそれは、素敵ですね。良秀さん。ふふ。 良秀:あの、下の名前で呼ぶのはやめてくれませんか? 七瀬:あら、素敵なお名前なのに、お気に召しませんか? もしかしてご自分の名前が嫌いなんですか? 良秀:そういう訳ではありませんが、仕事でそう呼ばれることに抵抗があるんですよ。 七瀬:そうですよね、お仕事に誇りをお持ちの刑事さんなら、そうかも知れません。あなたのことが、少し分かりました、鈴森刑事。ありがとうございます。 良秀:いえ。……では、お聞かせ願いますか? あなたのことを。 七瀬:ええ、喜んでお話ししましょう。何が聞きたいですか? 良秀:では、先程仰っていた「腐っていくのを待つだけの肉」とはどういう意味ですか? 七瀬:ああ、そのことですか。鈴森刑事は私のお話をよく聞いて下さるんですね。 良秀:ええ、まぁ職業柄。 七瀬:ふふ、仕事一筋ですのね。 良秀:いえ、家庭も大事にしていますよ。 七瀬:あら、そうでしたか。羨ましい限りです。ご家族は? 良秀:妻と娘がいます。 七瀬:可愛いですか? 良秀:もちろん。 七瀬:そうですか……、良秀さん、いえ鈴森刑事には可愛い娘さんが。もしかして絵を描かれたりしていませんか? 良秀:娘がですか? 確かに娘は絵を描くのが好きですが、どうしてまた……。 七瀬:いいえ、あなたがですよ。 良秀:私がですか? 私は刑事ですよ。絵なんて。 七瀬:昔、描かれたりしていませんでした? 良秀:……どうして分かるんですか? 七瀬:いえ、もしそうだったら面白いなと思っただけです。 良秀:面白い? 七瀬:深い意味はありません。絵くらい誰でも描きますからね。 良秀:はぁ……? 七瀬:生きてもいない、血の気の失せた死んだ肉。 良秀:は? 七瀬:私とあの人はきっとそういうものだったんですよ。 良秀:失礼ですが、それは夫婦仲に温もりが無かった、血が通っていなかった。そういうことでしょうか。 七瀬:そうですね、ええ、血が通っているように見えなかった。 良秀:つまり、それが犯行の動機だと? 七瀬:……あぁ、そうそう。 七瀬:その日の夕食はステーキでした。 良秀:ステーキ? 豪勢、なんでしょうか。 七瀬:いいえ、色の悪い、値引きされたお肉。それがちょうど―― : 0:七瀬、ぼんやりと机の上を見つめながら、何かを切るような仕草をする。 : 良秀:七瀬さん? 七瀬:私、思い出したんです。 良秀:何をですか? 七瀬:そのブヨっとしたゴムのような感触が似ているなって。 良秀:似ている? 何に。 七瀬:鈴森刑事は、奥さんと、そういう営みはされていますか? 良秀:……答えたくありませんね。 七瀬:そう。その答えで分かりますが、私は、もう忘れていたんですよ。 良秀:何の話をしているんですか。その不満、……不満が切っ掛けだった、そう言うんですか? 七瀬:いいえ、似ていたんです。 良秀:だから、何が似ていたんですか。 七瀬:触れた感触が、そう、あの人に似ていて、私、ふと思ったんです。 七瀬:ああ、そうだ。 : 0:間。 : 七瀬:火をいれれば良いんだ。 七瀬:って。 良秀:…………! 七瀬:だから、この生臭くて不味そうな色の悪い値引きされたお肉も、フライパンでしっかりと焼けばきっと食欲をそそる良い匂いをあげるんだから、同じように加齢臭のヌメついた臭いもうまく料理すれば私の薄まった欲求を刺激するかもしれない。知っていますか刑事さん? 食欲と性欲って似てるんですって。ふふふ、ああ、これはなんて良い考え! 七瀬:でもね、刑事さん。それじゃ私、足りないなと思ったんです。 良秀:な、何が……? 七瀬:熱が、炎が、情愛が! 良秀:それが、動機なんですか……? 七瀬:ええ、私は、私には。 七瀬:凍えるようなこの私の心を温めてくれる灯火が、私は欲しかったのです。 良秀:わかりました、もう、結構です。ありがとうございました、七瀬さん。これ以上は。 七瀬:最後まで聞いて下さい。きっと、あなたも分かってくれると思うんです。 良秀:分かりませんよ、そんな話。 七瀬:なら、なおさら聞くべきです。 良秀:そんな話を、どうして私が。 七瀬:愛を知るあなただからです。 良秀:愛? 何を言っているんですか、七瀬さん。 七瀬:七瀬。 七瀬:あの人がその名前を最後に呼んでくれたのはいつだったでしょう。けれど、私は恨んでいた訳では無いのです。間違えていたのです。私はいつからか、そう思っていた。結婚したのが間違いだった。あの人を愛するこの想いは嘘だった。気のせいに過ぎない。 良秀:庄介さんとの結婚を後悔していた。 七瀬:でも、気が付いたのです。いいえ。それも間違いだったと。 良秀:七瀬さん、一度落ち着いて下さい。もう、話さなくても結構ですから。 : 七瀬:最初に言いましたよね、私。 良秀:何を……? 七瀬:私、もう一度だけ燃えるような恋がしたかった。と。 良秀:言っていましたが、そういう、意味だったんですか? 七瀬:ええ。そうです、そう思い始めると、私はすっかり揺らぐ炎の虜になりました。愛は生モノなんだと。だから、時が経って腐ってしまったんだと。でも、火を通せば大丈夫。きっと、きっと、もう一度私のこの欲求は奮い立つだろう。でも、私は一方的な愛は公平じゃ無いと思ったんです。不公平なんです。あの人は浮気を、火遊びをしていましたからね。私に対する愛はそこにはもう無くて、私のように一人ではきっと燃えられない。 良秀:七瀬さん! 七瀬:だから私は火をつけました。 良秀:もう結構です、もう! 七瀬:もう失った筈の熱を再び纏ったあの人が煌めいた。 七瀬:脂身たっぷりの体は、とってもよく燃え上がりました。炎の中であの人はそれこそ火がついた様子で狂乱に踊りました。なのに、あの人の纏った炎は却って落ち着いて見えて、それがなんだか不思議に感じたのを覚えています。 良秀:そんな話は嘘だ! 作り話だ! そんなことが出来るはず無い! 七瀬:信じられませんよね? でも信じられないことに、あの人はこう叫ぶのです! 七瀬:七瀬! 七瀬! 七瀬! って! 良秀:っひ!? 七瀬:ああああ! あの人が名前を呼んでくれた! 信じられませんよね!? 私の愛は更に激しく燃え上がりました! 良秀:う、あああ……! 七瀬:そこにはもう、見るのも嫌になってしまったあの人の姿はどこにも無くなって、けれど、目の前で全てを燃やして踊り狂うあの人は、情熱的に、そう情熱的に私を誘うのです! 私は! 私は信じられないほど夢中でした! なんて素晴らしい、私はなんて良いことをしたんだろう! 良秀:あなたのやったことは惨たらしい犯罪だ! 殺人だ! それは愛なんかじゃ無い! 七瀬:愛ですよ! 愛が無ければ為し得ることは出来ません! そんなの火を見るように明らかです! 良秀:ふざけるな! そんなものが愛ならば! 私は……! 七瀬:ああ、でもどうしましょう? 足りない! 私の愛はもっともっと大きいから! あの人と、庄介と一緒に公平になるためには、火力が足りない! ああそうだ、思い出も燃やそう。二人で過ごしたこの家を燃やそう! 良秀:や、やめ……! 七瀬:うふ、うふふふふ、うふふふふふふふふふふふふ! 良秀:やめろおおおおおおおお! : 0:間。 0:恍惚の表情を浮かべる七瀬と、息を荒げる良秀。 : 七瀬:……うふふ、あの人が動かなくなるまで、私は目を離しませんでしたよ。刑事さん。 良秀:く、狂ってる! 七瀬:ええ、喩えようも無く狂おしいですよ。でも、あの人が動かなくなって、完全に火が消えてしまう頃には、私は泣いていました。ほら、今も涙が。ああ……。 良秀:涙だと? まさか後悔しているとでも? 七瀬:そうなんです。後悔しています、私。もっと、もっと、 良秀:え? 七瀬:もっと早くこうしておけば良かったって。 良秀:あ、 七瀬:私は感動しました。あの頃の庄介なんて霞んでしまう。強烈なその瞬間の愛おしさは、もちろん今でも、私の目にしっかりと焼き付いてるんですよ。庄介も炭になりながら、きっと私のことを心に焼き付けてくれたはずです。私達は、もっと早く気付くべきだったんです。それだけ、後悔していますが、私はもう満足です。ええ、本当に、とっても素敵でした。あぁ、私が求めてたのはこれなんです。私はきっとあの煌めきを、愛を生涯忘れません。いいえ、死んでも忘れないでしょう。 良秀:あ、悪魔! お、お前は地獄に落ちる! 七瀬:地獄ですか、それは素敵ですね。 良秀:素敵? 七瀬:そこでなら、また見られるかな。 良秀:何を、何を言ってるんだ、あんた! 七瀬:うふふふ。焦熱地獄ってあるそうですね、地獄には。 良秀:え、あ? 七瀬:楽しみです。 良秀:だ、黙ってくれ。 七瀬:はい、もう話は終わりましたので。 良秀:そ、そうか……。 七瀬:あなたにお見せできなかったのが残念です。 良秀:だれが、そんなもの。見たいと思うわけ無いだろう! 七瀬:そうですね。他人同士の愛なんて、興味ありませんよね。私思うんです。 良秀:な、何を。 七瀬:あなたもそうすれば良いんじゃ無いかって。 良秀:は? 七瀬:良秀さん。私の話は終わりましたから、次はあなたの番ですよ。 七瀬:間違いなんです。上手く行ってないんですよね? 良秀:な、何を言っているんだ、あんたは! 七瀬:私の話を最後まで聞いたあなたはきっと、見てみたくなったのではありませんか? 良秀:よ、よせ、そんなわけ、ないだろ――! 七瀬:――焦熱地獄。 七瀬:見てみたくありませんか? 刑事さん……いいえ、良秀さん。 良秀:わ、私が? 七瀬:きっとあなたの愛は素敵に燃え上がるはずですよ。 良秀:私は…………。 七瀬:もう一度だけ、燃えるような恋、してみたくありません? : 良秀:は、はは。 七瀬:うふふふふふふ。 : 0:  《幕》