台本概要

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タイトル ジャック・オー・ランタン。
作者名 音佐りんご。  (@ringo_otosa)
ジャンル ファンタジー
演者人数 2人用台本(男1、女1)
時間 50 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 きっとその火は今も輝く。

◆まえがき◆
本作は『ジャック・オー・ランタン(ランタンを持つ男)」の元ネタ、アイルランドの古いお話である、スティンジー・ジャック(ケチなジャック)及びウィル・オー・ウィスプ(松明持ちのウィリアム)の話のあらすじをシナリオとして書き起こした作品です。お話のバリエーションは幾つかあるようなので気になる方は調べてみて下さい。
0:ちなみにカボチャのランタンが有名ですが、それはアメリカ式。元々は大きなカブ「ルタバガ」という作物のランタンだそうで、カブで作る風習が残っている地域もまだあるようです。

◆あらすじ◆
あるハロウィンの夜、嘘吐きで酒飲みのジャックという狡賢い男のもとに、悪魔が現れる。悪魔は悪人であるジャックの魂を取り立てるためにやってきたが、得意の悪智恵で悪魔を出し抜き、十年の猶予を得る。そして十年後、再び悪魔がやってくると、またも悪魔をやり込め、今度は「魂を取らない」ことを約束させ、ジャックは天寿を全うする。現世から天国に向けて旅立つが、ジャックは生前の悪事の為に天国には入れず、仕方なく地獄に行くことに。そこで例の悪魔と出会うが「魂を取らない」という約束の為に地獄にも入れない。行き場を無くしたジャックは天国と地獄の間を悪魔に貰った火を入れたカブのランタンを持って彷徨う。

◆ちゅうい◆
アドリブや性別変更はしても大丈夫ですが、共演者さんの了承はとってください。
読み仮名等は振っておりません。自信のない方は調べるか、共演者さんに聞くか、本番中に詰まったら読み飛ばすなど、なんとか乗り切ってください。最悪、変な間が空くより読み飛ばしの方が無難です。
文字数は16,000字程度です。長さは55分±5分。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
ジャック 258 狡賢い男。怠け者、嘘吐き、大酒飲みで「こんな大人になっちゃいけませんよ」と言われるような人物。
悪魔 282 堕落した魂を地獄に引きずり込む悪魔。ただし約束は守るし、最期の願いは聞き届ける律儀な存在。根は案外良いやつなのかも知れない。変身ができ、十字架が苦手という特徴を持つ。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

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きっとその火は今も輝く。 ◆まえがき◆ 本作は『ジャック・オー・ランタン(ランタンを持つ男)」の元ネタ、アイルランドの古いお話である、スティンジー・ジャック(ケチなジャック)及びウィル・オー・ウィスプ(松明持ちのウィリアム)の話のあらすじをシナリオとして書き起こした作品です。お話のバリエーションは幾つかあるようなので気になる方は調べてみて下さい。 0:ちなみにカボチャのランタンが有名ですが、それはアメリカ式。元々は大きなカブ「ルタバガ」という作物のランタンだそうで、カブで作る風習が残っている地域もまだあるようです。 ◆あらすじ◆ あるハロウィンの夜、嘘吐きで酒飲みのジャックという狡賢い男のもとに、悪魔が現れる。悪魔は悪人であるジャックの魂を取り立てるためにやってきたが、得意の悪智恵で悪魔を出し抜き、十年の猶予を得る。そして十年後、再び悪魔がやってくると、またも悪魔をやり込め、今度は「魂を取らない」ことを約束させ、ジャックは天寿を全うする。現世から天国に向けて旅立つが、ジャックは生前の悪事の為に天国には入れず、仕方なく地獄に行くことに。そこで例の悪魔と出会うが「魂を取らない」という約束の為に地獄にも入れない。行き場を無くしたジャックは天国と地獄の間を悪魔に貰った火を入れたカブのランタンを持って彷徨う。 ◆ちゅうい◆ アドリブや性別変更はしても大丈夫ですが、共演者さんの了承はとってください。 読み仮名等は振っておりません。自信のない方は調べるか、共演者さんに聞くか、本番中に詰まったら読み飛ばすなど、なんとか乗り切ってください。最悪、変な間が空くより読み飛ばしの方が無難です。 文字数は16,000字程度です。長さは55分±5分。つまりギリギリを攻めております。もしかしたら尺足んないかもなので、やばそうなら(やっちまってたら)コメントいただければダイエットします。 0:「ジャック・オー・ランタン。」 : 0:きっとその火は今も輝く。 : 0:◆まえがき◆ 0:本作は『ジャック・オー・ランタン(ランタンを持つ男)」の元ネタ、アイルランドの古いお話である、スティンジー・ジャック(ケチなジャック)及びウィル・オー・ウィスプ(松明持ちのウィリアム)の話のあらすじをシナリオとして書き起こした作品です。お話のバリエーションは幾つかあるようなので気になる方は調べてみて下さい。 0:ちなみにカボチャのランタンが有名ですが、それはアメリカ式。元々は大きなカブ「ルタバガ」という作物のランタンだそうで、カブで作る風習が残っている地域もまだあるようです。 : 0:◆あらすじ◆ 0:あるハロウィンの夜、嘘吐きで酒飲みのジャックという狡賢い男のもとに、悪魔が現れる。悪魔は悪人であるジャックの魂を取り立てるためにやってきたが、得意の悪智恵で悪魔を出し抜き、十年の猶予を得る。そして十年後、再び悪魔がやってくると、またも悪魔をやり込め、今度は「魂を取らない」ことを約束させ、ジャックは天寿を全うする。現世から天国に向けて旅立つが、ジャックは生前の悪事の為に天国には入れず、仕方なく地獄に行くことに。そこで例の悪魔と出会うが「魂を取らない」という約束の為に地獄にも入れない。行き場を無くしたジャックは天国と地獄の間を悪魔に貰った火を入れたカブのランタンを持って彷徨う。 : 0:◆登場人物◆ ジャック:狡賢い男。怠け者、嘘吐き、大酒飲みで「こんな大人になっちゃいけませんよ」と言われるような人物。 悪魔:堕落した魂を地獄に引きずり込む悪魔。ただし約束は守るし、最期の願いは聞き届ける律儀な存在。根は案外良いやつなのかも知れない。変身ができ、十字架が苦手という特徴を持つ。 : 0:◆◆ : 0:悪魔、一冊の本を捲りながら、過去を思い出す。 : 悪魔:「むかしむかしあるところに、怠け者で嘘つきな大酒飲みの大層狡賢いクズ……。ジャックという男がおりました」 : 0:酒場にすっかり酔っ払ったジャックが居る。 : ジャック:酒だぁ! 酒持ってこい! : 悪魔:「ハロウィンの夜、ジャックはいつものように酒場で飲んだくれておりました」 : 0:ジャックの隣に女の姿をした悪魔が座る。 : 悪魔:やぁ、旦那。 ジャック:なんだぁ? えらく別嬪じゃねぇか。 悪魔:ふふ、そうかい? ジャック:ああ、あんたみてぇな綺麗な人は、生まれてこの方一人しか見たことねぇな。 悪魔:へぇ? ちなみに誰だい? 女王様? ジャック:女王様ぁ? がはは! ある意味女王様かもな! 俺のお袋だよ! 悪魔:…………っ。 ジャック:そんな怒るなよぉ、姉ちゃん。美人が台無しだぜ? 悪魔:ふん、旦那も良い男ぶりだよ。まったく。 ジャック:へへ、よせやい。ほんとのことを言われっちまうと照れるぜぇ。 悪魔:それにしてもあんた、随分飲むんだねぇ。良い飲みっぷりだよ。 ジャック:そうだろう? 俺ぁこの街じゃちょっとした有名人だぁ。 悪魔:へぇ? だからそんな大盤振る舞いなのかい? ジャック:いいや、今日は特別よ。 悪魔:特別? ジャック:ああ! 今日は領主のとこの馬鹿な従者を脅して、金をしこたませびってやったのさぁ。 悪魔:従者? ジャック:ああ、ハロウィンだか何だか知らねぇが、屋敷で宴会でも開くらしくてな? とろっくせぇ荷馬車を走らせてんだよあの間抜け。 悪魔:へぇ。それで? ジャック:でな俺には何人か子分が居るんだがよ、その中のひょろっちいガキに命令して馬車に轢かせたわけよ。 悪魔:当たり屋かい? それにしてもひどいことするねぇ。 ジャック:なぁに死んじゃいねぇよ。上手くはねられるコツがあってな? それを俺が仕込んでやってんだよ。 悪魔:あっそ。でも、わざとやったってバレたら脅すどころか、死刑だろ? ジャック:そこはおめぇ、頭(ここ)を上手く使うんだよ。 悪魔:どう使うのさ? ジャック:へへ、良く聴いてろよ? 悪魔:何をさ? ジャック:馬車の後ろで俺が……。アオーン! ってな具合に犬の鳴き真似をするわけだ。すると。あの頓馬、身を乗り出して振り返るんだ。そしたら……ドーン! 悪魔:呆れた。 ジャック:血糊を仕込んだガキが死にそうなツラで倒れてるって寸法よ。そこで俺が磨きに磨いた名演技で……「おー! トマス! 可哀想に! こんな変わり果てた姿になっちまって、お前さん、まぁ! 誰にやられたんだい? そこの馬車に轢かれただって? 領主の! 馬車に! 子供が! 畜生! 領主サマぁ! 俺達から飯や金だけじゃあ飽き足らず! オイラの可愛い可愛いトマスを奪おうだなんて! あんたぁ! 悪魔だよぉ! なぁ! どうしてくれるんだい!? あんたぁ! 誠意を見せなぁ!」なんてやりゃぁ、拍手喝采、おひねり、涙の雨あられ。 悪魔:どっちが悪魔だか。 ジャック:孤児やら捨て子のガキ共はそれで当面食っていけるし、俺はこうして酒にありつける。いやぁ。良いことした日は酒が美味いなぁ。 悪魔:それで儲けたって訳だ。あんた、見かけによらず賢いんだねぇ? ジャック:へへ、あんたは見かけによらず馬鹿みてぇだなぁ? 悪魔:何だって? ジャック:俺を煽てたってぇ、何も出やしねぇぞ? 俺ぁ女に酒奢る趣味はねぇからよ。 悪魔:っは、ケチくさいねぇ。 ジャック:あったりめぇよぉ? 俺を誰だと思ってんだ? 悪魔:酒なんていりゃあしないよ。スティンジー・ジャック? ジャック:……なんだぁ。知ってんのかよ。ならわざわざどうして近付いてきた? クソ領主の差し金か? ゲイブのとこの借金の取り立てか? 悪魔:領主? 違うよ。 ジャック:っへ、じゃあまさか、酒たかりに来た、なんて言わねぇよな。言っとくが俺に嘘は通じねぇぜ? 嘘は俺の専売特許だぁ。この目と頭でたちまちに見抜いてやるよぉ。 悪魔:残念ながら私があんたから奪いに来たのは、領主の金でも、借金でも無いよ。もちろん酒でもね? ジャック:じゃぁなんだ? : 悪魔:お前の魂さ。 : ジャック:魂だぁ……? 悪魔:ああ。あんたは終わりだよ。スティンジー・ジャック? ジャック:…………っふ、ふふ、ふふふふ! がははははははははは! 悪魔:おやおや。 ジャック:そうか、魂か! がはは! じゃあお前さん悪魔か何かってことだな! こいつぁいい! こんな別嬪の悪魔に魂とられんのなら、俺ぁ喜んで差し出しますとも! 悪魔:へぇ? じゃあ、もらって良いんだね? ジャック:あぁ。お前さんがほんとに悪魔ならなぁ。 悪魔:ああ、言ってなかったっけ? 悪魔だよ。 ジャック:ええ? 悪魔:私、悪魔よ。ジャック? ジャック:……い、いや、そんな馬鹿な。 悪魔:嘘が分かるんだろ? どうしたんだいスティンジー・ジャック? あたしはなぁに? 悪魔? 王女? それともあんたのお袋? ジャック:はは、ははは、い、イカレ女が! そんな訳ねぇ! そんな訳ねぇ! 悪魔がこんなところにいる訳あるか! 証拠を見せろ! 悪魔:証拠、ねぇ。じゃあ、こんなのは―― : 0:悪魔、ジャックの母親に変身する。 : 悪魔:――どうだぁいジャックぅ! ジャック:ま、ママぁっ!? そんな、馬鹿なぁ! 悪魔:ふんふん、なぁるほどぉ? 確かにぃ別嬪さぁんだわぁ? ジャック:ママ……いや、お、お袋は十年も前に死んだはずだ! 悪魔:うっふっふっふっふっふ! ママって呼んでよぉ、昔みたぁいに? ジャック:や、やめろ! 悪魔:愛してるわぁ、ジャックぅ! ジャック:やめろぉぉ! : 0:悪魔、もとの姿に戻る。 : 悪魔:あははははははは! ジャック:はぁ、はぁ、はぁ……! 悪魔:あらぁ、からかいすぎた? でも良かったねぇ、お母さん、いいえ? ママに会えて。 ジャック:うるせぇ……! 悪魔:あはは。図らずも上等な冥土の土産になったねぇ。ジャック? ジャック:……ってことぁ、本当に……。 悪魔:あぁ。そうだよぉ? 私は悪魔。名前は……名乗れない決まりなんだ。あんたの魂をもらいに来たよ、愛しの悪党? ジャック:は、はは、そうか……。 悪魔:なんだい、随分大人しくなっちまったねぇ? つまらない。もっと抵抗するかと思ったのに、さ? ジャック:っへ、死んだお袋の顔なんて見せられちゃぁ、天下のスティンジー・ジャックだっておしめぇよ。地獄の鬼婆が迎えに来たってなぁ。 悪魔:そう。でも鬼婆は失礼しちゃうわ。こんなに綺麗なのにさ。 ジャック:っへ、変身できるんなら中身がどうだか分かりゃしねぇ。 悪魔:あはは、それもそうだねぇ。それにしても、あんたみたいな男にも苦手なもんがあるんだねぇ? ジャック:そりゃぁあるさ。誰にだって、な? お前さんにだってあるんじゃねぇのか? 悪魔:さてね。そいつはどうだろうねぇ。 ジャック:へっ、ところでどうしてそんなかっこで現れた? この俺が女に弱いとでも? 悪魔:そんなかっこと言われてもねぇ。ただ悪魔は大体見たいモノを見せてやるもんさ。あんたのママみたいな、ね? ジャック:っけ! しつこい野郎だ。 悪魔:悪魔だからね? ま、私のこのかっこは特別。 ジャック:特別? 悪魔:そ。あ、そうだ。 ジャック:ああ? 悪魔:ねぇ、ジャック? あんた思い残したことは無い? ジャック:なんだよ? 悪魔:あんたの悪人話とママに取り乱す落差が思いの外面白かったからねぇ。 ジャック:性格悪いなぁ、畜生が。 悪魔:あんたに言われたか無いけどよ? まぁその代わりに、せめて最期に一つくらいは願いを聞いてやろうかなって、なぁに、悪魔の気まぐれさ? ジャック:悪魔の気まぐれねぇ。そいつぁ……何でも良いのか? 悪魔:ええ、なんでも? 何なら、あんたと一晩付き合ってやっても良いよぉ? ジャック:っへ、やめとけお袋に化けられるやつと寝る趣味はねぇよ。 悪魔:……いや、あんたじゃ無いんだからそんなことしないよ。 ジャック:酒だ。 悪魔:酒? ジャック:あぁ、俺ぁ、最期に酒を浴びるほど飲みてぇ。 悪魔:いや、飲んでたじゃん。 ジャック:お袋のツラ見てすっかり醒めちまったわばっきゃろう! それにこんなもんで足りるかってんだぁ!? 俺ぁ天下のスティンジー・ジャック様だぞぉ? この世の門出だぁ! 盛大に飲むに決まってんだろうが! 悪魔:はぁ、好きにしなよ。思う存分飲みな。ジャック? ジャック:がははははは! よぉし! 酒だ酒! おい! 酒場のババア! 何やってるぅ! ありったけ持ってこぉい! この店の酒全部だぁ! 悪魔:やれやれ、飲みすぎて先にアル中で死ぬんじゃないだろうね? そいつぁ止してくれよ? : 悪魔:「これから魂を持って行かれるというのに、ジャックは気分良くお酒を飲みました」 : 0:◆ : 悪魔:「しかし、ジャックはあることに気が付きました」 : ジャック:およぉ……? : 悪魔:どうしたんだい、ジャック。もう飲めないのかい? じゃあ、行こうか。 ジャック:ばっきゃろう、そんな訳ねぇだろうが。 悪魔:そんだけ飲んどいてまだ飲めるわけねぇだろうがって返したいところだけど、飲めるんでしょうね、あんた。 ジャック:たりめぇよ。 悪魔:じゃあ、どうしたんだい? ジャック:いやぁ、ちょいと勘定してみたんだがな? 金が足りねぇのよ。 悪魔:はぁ? たんまり稼いだんじゃ無かったのかい? ジャック:……あー、ひぃふぅみぃ…………おぉ。やっぱ足んねぇわ。がははは! まさかあれだけの金! 慎ましく暮らせば三年って額なのによぉ! 一晩で飲みきっちまうたぁ驚きだぜぇ! 新記録だぁ! 悪魔:……はぁ。呆れた。 ジャック:……へっへっへ。 悪魔:何笑っているんだい? ジャック:いやぁ? へへ、なぁおい、悪魔さんよぉ。 悪魔:なんだい……? ジャック:金が欲しい。 : 0:間。 : 悪魔:断る。 ジャック:おいおいおいおい何でだよぉ! 悪魔:逆に何でいけると思ったのさ? ジャック:っけ! 何でもって言ったじゃねぇかよ、この嘘吐き! 悪魔:あんたに言われたら終わりだよ。それに一つだけって言ったでしょう? ジャック:っへ! ケチくせぇ。 悪魔:だから、あんたが言うのそれスティンジー・ジャック? というか、どうせ死ぬんだし踏み倒せば良いじゃないか。 ジャック:踏み倒すだぁ? お前悪魔かよ。 悪魔:いや、悪魔だけどねぇ。あんた別にそんなの気にするタチじゃないでしょ? ジャック:いいや、気にするねぇ? 俺を誰だと思ってる、ジャック様だぞ!? 死んで飲み逃げなんてそんな小せぇことが出来るかよ! 末代までの恥だぁ! 悪魔:金足りなくて悪魔に酒代せびるケチな男が何言ってんだか。私はあんたの酒代なんて出さないよ。それにあんたが末代だよ恥さらし。 ジャック:違う違う。勘違いすんな。 悪魔:勘違い? ジャック:俺はなぁ? ただ、金を出して欲しいんじゃ無い。お前さんにスティンジー・ジャック様の流儀を見せてやろうってんだ。 悪魔:スティンジー・ジャックの流儀? ジャック:俺ぁお前さんに銀貨に化けて欲しいんだよ。出来るか? 悪魔:出来るけど……、どういうことだい? ジャック:俺ぁお前が化けた銀貨を支払う。そんで、お前はもちろんその後そっと逃げ出すよな? そしたら後には何が残る? 悪魔:…………。 ジャック:俺ぁ思うんだよ、悪魔ぁ。盗んだ酒はそれほど美味かねぇ。でもよ? 酒屋のババァを、他人を騙して飲む酒は、へへ、格別に美味い。ってな? 悪魔:ほんとあんたの性根の腐り方とずる賢さには惚れ惚れするね。 ジャック:へへ、だろう? 悪魔:分かった、良いよ。 ジャック:よぉし! : 悪魔:「ジャックの口車に乗った悪魔は銀貨に変身しました。……その選択を一生後悔することになるとは知らずに」 : 0:悪魔、銀貨に変身する。 : ジャック:おぉ……! すっげぇな、さっすが悪魔だ! 悪魔:ふふん? ジャック:よぉし、じゃあ、早速。へへへ。 : 悪魔:「ジャックは銀貨に化けた悪魔を手に取り、そして」 : ジャック:おら、これでも食らえ! くそったれの悪魔! 悪魔:ぁ……?! : 悪魔:「酒場の老婆には支払わずにポケットへしまい、悪魔の苦手な十字架を一緒に入れました」 : 悪魔:きゃああああああああ! ジャック:がははははは! どうだぁ? 神様の威光のお味はよぉ? 悪魔ぁ? 悪魔:身体がぁぁぁ! うぇぇぇぇ! 助けてぇぇぇ! ジャック:がはははは! ざまぁ無いぜ! 悪魔:じゃぁっくぅぅぅぅぅ! ジャック:げへへへへ! 出して欲しければ、今から俺の言う条件を呑んでもらおう。出された酒を全部飲み干すみたいに、な? 悪魔:よくもぉぉぉ! ジャック:(酒を飲みながら)んっんっんっんっん……! ……かぁぁぁぁ! 悪魔を騙して飲む酒もうめぇなぁ? がははははは! 悪魔:誰っが……っ! ジャック:あっそう? じゃあ、このままポケット縫って、教会にでも持ってこうかなぁ? この上着、ちょうど古くなってたしよぉ? 悪魔:んなぁっ!? ジャック:どうするぅ? 悪魔さんよぉ。俺ぁ良いんだぜぇ? 魂は持って行かれない訳だからな? 神に報いるか、悪魔を助けるか? ジャックの天秤は酒の美味い方に傾く、ってな? 悪魔:ぐぬぅぅ……! この悪魔めぇ……! ジャック:なんだ、今更気付いたのかぁ? 兄弟? ま、俺ぁ十字架なんざ怖くねぇけどよ? 不信心なもんで。 悪魔:だったら! あんた何でそんな物持ってんだい! ジャック:知らねぇのか? この世ってのは、いざって時に神頼みすりゃあなんとかなんのよぉ? 俺の師匠の受け売りだぁ。 悪魔:くそぉぉぉ……! 条件はぁっ! ジャック:十年だ。 悪魔:あぁ? ジャック:俺の寿命を十年伸延ばせ。 悪魔:はぁ!? ジャック:俺の寿命十年の代わりに、お前の命が助かるんだ。悪魔がどんだけ生きるか知らねぇが、酒代なんかよりゃ随分安い買い物だろぉ? 悪魔:あんたの言葉くらいには安いねぇっ! ジャック:へへへっ、そいつぁどうも。んで、どうする、悪魔サマ? 悪魔:飲むよぉ……! 飲むよ畜生ぉっ! ジャック:へへへ、よぉし。じゃあ約束しようぜぇ? : 悪魔:「悪魔は堪らずその条件を呑み、約束通りジャックの寿命は十年延びることとなりました」 : ジャック:へへっ、毎度ありぃ~! 悪魔:っく、くそぉ……私がこんな男に手玉に取られるなんて……! ジャック:このジャック様と知恵比べをしようなんざ十年早ぇってこった。出直してきやがれ。小娘? 悪魔:くぅ……ムカつくねぇ、その顔……! ジャック:俺ぁお前のその顔嫌いじゃねぇけどなぁ? 酒が美味ぇ? がはは。 悪魔:この野郎絶対にぶっ殺してやる……! 覚悟するんだね! 十年後、私はあんたの魂を奪ってやるよ、ジャック! ジャック:がははははは! 良いぜぇ? 首を洗って、いいや? 魂を洗って楽しみに待っててやるよぉ! 悪魔:ふんっ! あんたの汚れはちょっとやそっとじゃ落ちないよ馬ぁ鹿! じゃあねジャック、精々アル中で死なないよ―― ジャック:あ、ちょっと待て。 悪魔:っは、なんだい? やっぱり魂奪って欲しくなったのかい? ジャック:あん? ちげぇよ。 悪魔:じゃあ、なんだってのさ? ジャック:酒代くれよ。 悪魔:…………知るか馬鹿。 : 0:悪魔、去ろうとする。 : ジャック:あ! こら! 待ちやがれぇ! : 0:◆ : 0:ジャックの家。 : 悪魔:「そして時は流れて十年後のハロウィンの夜。ジャックのもとに悪魔が現れ―― : 0:悪魔がドアをノックする。 0:ジャックがドアを開ける。 : ジャック:はいよぉ。 悪魔:あの日の約束通り、あんたの魂をもらいに来たよ、ジャック。 : 悪魔:「と言いました」 : ジャック:……おう悪魔か、いらっしゃい。久しぶりだなぁ、元気にしてたか? 悪魔:え? ジャック:なにぼーっとしてんだ? まぁ上がっていけよ。 悪魔:え、え……? ジャック:お前さんのこと待ってたんだぜ、俺ぁ。 悪魔:ジャック? ジャック:そうだ、自家製のジャムがあるんだが、これがラリーのとこのパンにつけてやると絶品でよぉ。食べるか? 悪魔:い、いらないよ! ジャック:そいつぁ残念。 悪魔:というか、ジャック。あんた、ジャックだよね? ジャック:おいおいおいおい、はは、まさか俺の顔を忘れちまったのかよ、別嬪さんの悪魔サマ? そうさぁ、俺ぁ、ジャック。巷ではちょいと有名なスティンジー・ジャック。 悪魔:だよねぇ? 私はあんたのクソ憎たらしい顔を忘れたことなんてありゃしないよ。あんたを思い出しては何度枕を濡らしたことか! ジャック:へへ、モテる男は辛いねぇ? 悪魔:そんなんじゃ無いよ! 無いけど、あれ? なんか私の記憶と違う……? ジャックはもっとこう、汚泥のような肥溜めもかくやって程の大したクソ野郎だったじゃ無いか。 ジャック:そうかい? 悪魔:ジャック、あんた神の怒りに触れてタマでも取られたのかい? ジャック:んな訳あるかよ。悪魔サマ、俺のことよりお前さん、なんだ? 随分口が汚ぇぜ? そんなこと言ってたら折角の良いツラが台無しだぜ。 悪魔:そりゃ、あんたの顔なんて見てたら嫌でも口が悪くなるよ。じゃなくて、あんたほんとにどうしちまったんだい? ジャック:どうしたもこうしたも、あれから十年だぜ? 悪魔がどんだけ生きるか知らねぇけどよ、人間変われば変わるもんよ。 悪魔:そりゃ、そうかも知れないけどさ……。 ジャック:それに俺も結構いい歳だしな。自分じゃそんなに気付かねぇもんだが、スティンジー・ジャックも丸くなったのかもな。そういえば何年か前に仕事を立ち上げたんだがよ、孤児の子供達……ガキ共に仕事教えて雇ってんだがよ、あぁ、そういえば覚えてるか? 当たり屋のトマス。あの後あいつをウチの養子にしたんだがよ、こいつが優秀でな? 見てくれもなかなかのもんで、つい最近縁談が決まったんだ。相手はなんと立派な商家のお嬢さん。当たり屋やってた元捨て子のガキがだぜ? とはいえ所詮借り物の親、しっかりした家に婿入りするんだ。俺みたいなもんとはすっかり縁も切っちまってな。それが寂しくはあるんだけどよ、何というか嬉しくってよ? はは、トマスには幸せになって欲しいもんだ―― 悪魔:いや、変わりすぎだよ! どうしちまったんだよジャック!? ジャック:はは、お前さんは変わってねぇな、変わらず美人だぜ。 悪魔:や、やかましいわ! ジャック:いやぁ、思えばあの時は勿体ないことしちまったな。 悪魔:あの時……? ジャック:ほら、何でも願い聞いてやるって言ったろぉ? 悪魔:ああ、なんだい? 私と寝ておけばって? ジャック:いいや、俺の嫁さんになってくれって。 悪魔:はぁ?! 気持ち悪いこと言わないでよ! ジャック:いや、すまねぇな、でもよ? そしたらトマスに綺麗なかぁちゃんが出来て幸せな家庭を築いてやれたのかもなって。……思っちまったんだ。 悪魔:そ、それはそれで気持ち悪いね……。 ジャック:はは、そうだよなぁ。 悪魔:それで、ジャック? ジャック:ああ、分かってるよ。 悪魔:ジャック、あんたがどれだけ変わったかは知らないけど、約束は約束だからね? あんたの魂、もらうよ? ジャック:……そうか。ああ。分かってる。持ってきな。悪魔さんよ。 悪魔:良いのかい? ジャック:良いかだって? 良いに決まってるだろ? 俺ぁこの十年、この日のために生きてきたんだ。正直言ってよ、お前さんがこの十年をくれなきゃぁ、あの夜お前さんが現れなきゃぁ、俺ぁ直ぐにでも野垂れ死んでたさ。 悪魔:あんた……。 ジャック:俺ぁそれで良いと思ってた。だから毎日毎晩、浴びるほど酒を飲んで人を騙して笑ってた。それが俺の幸せなんだって。でも違った。子供達を拾い、トマスを育てて、俺ぁやっと人並みの幸せってもんが分かった。俺はあの日お前さんを酷い目に遭わせちまったし、それにこんなこと悪魔のお前さんに言うのは間違ってんのかもしんねぇが、どうしても言いてぇんだ。ありがとよ。お前さんは俺の命の恩人だ。そんで、すまなかった、十字架と一緒にポケットに入れるなんてひどいことをしちまって。 悪魔:ジャック……! ジャック:あと、これも言わしてくれ。 悪魔:……なんだい? ジャック:愛してる。お前さんに魂をもらわれるなら、本望だ。 悪魔:…………! ジャック:さぁ、やってくれ。 悪魔:分かった。あんたの思い、受け取ったよ。私もあんたのこと、そんなに嫌いじゃ無かったかも知れないね。いいよ、あんたの魂は私が責任持って――。 ジャック:――ああ、いけねぇ! やり残したことがあった! 悪魔:……!? あんたって、やつは! ジャック:たのむ、こいつをやり残したとあっちゃ死んでも死にきれねぇんだ! 悪魔:もう! ……それで、なんだいジャック? ジャック:実は―― : 悪魔:「心優しい悪魔はジャックの願いを聞き入れることにしました。……その選択を一生後悔することになるとは知らずに」 : 0:◆ : 0:ジャックの家の庭。 0:一本の木があり、赤いりんごがなっている。 : 悪魔:「ジャックは赤い実のなった木を指差し――」 : ジャック:最期にあのりんごが食べたいんだ。 : 悪魔:「――と言いました」 : 悪魔:酒じゃ無くて良いのかい、ジャック? ジャック:いい。それに酒はやめたんだ。 悪魔:あの大酒飲みのジャックが?! ジャック:ああ。このスティンジー・ジャックが。 悪魔:それは……。 ジャック:駄目か? 悪魔:……いいよ、りんごくらい。 ジャック:ありがとう。 悪魔:それにしても、りんごなんてどういう風の吹き回しだい? ジャック:あのりんごは思い出のりんごなんだ。 悪魔:思い出のりんご? ジャック:ああ。 悪魔:どんな思い出なんだい? ジャック:お袋との、思いでさぁ。 悪魔:あの? ジャック:そう、俺の生まれた日の翌朝にこの庭に植えたらしくてなぁ、俺がガキの頃ぁまだこんなんで、実なんて成りゃしなかったんだがよ、ちょうどママが、お袋が亡くなる日の晩に一つ、成ったんだ。それで、お袋が食べやすいりんごをむいてやっている間に……、お袋は死んじまった。 : 0:間。 : ジャック:それ以来、りんごは食ってねぇんだ。 悪魔:ジャック……。 ジャック:それと、悪いんだが木に登って取ってきてくれねぇか? 悪魔:えぇ? ジャック:俺ぁこの通り酒飲みが祟ってな、足がそんなによくねぇのよ。あんな木にゃのぼれねぇ。下の方は近所のガキ共が持っていって、残ってんのは上にある、あの二つだけ。だから、すまねぇが頼めねぇか……? 悪魔:そうは言われてもね、木登りなんて……。 ジャック:あの林檎は丁度熟してて食べ頃だ。だから、これも何かの縁だと思うんだよ。もうこの世の物を食べるのも最期だからよ、あの木になっているりんごが、俺ぁどうしても食べたいのさ。 悪魔:…………。 ジャック:木になるりんごが気になるのさ。 悪魔:うるさいよ。 ジャック:へへ。 悪魔:……はぁ、分かったよ。 : 悪魔:「ジャックの頼みを聞き入れた悪魔は木にのぼりました」 : 0:悪魔、木に登る。 : 悪魔:っくぅ……! 木にのぼったのなんて初めてなんだけどねぇ! ジャック:その割には上手いじゃねぇか! 悪魔:そうかい? ジャック:ああ、惚れ直しちまうなぁ! 悪魔:ふふん? ジャック:あぁ! もう少しだぜぇ! 気をつけろ!? 悪魔:よ、よぉし、あと、ちょっと! : 悪魔:「悪魔の指先がりんごに触れました。そして「よし、とれたぁ!」悪魔は見事、りんごを掴み取りました。が――」 : 悪魔:ジャック! 見てぇ! とれたよー! ジャック:おー! やったなぁ! おめでとう! いやぁ、ありがとう助かったぜ? お礼にこれでも食らえ! くそったれの悪魔ぁ! 悪魔:ふぇ? : 悪魔:「悪魔が下を見ると、ジャックが木の根元を十字架で囲っていました。そうです、悪魔はジャックの卑劣な罠にかかり、木から降りられなくなってしまったのです」 : 悪魔:きゃああああああああ! 十字架ぁぁぁぁ?! ジャック:がははははは! どうだぁ? 神様の威光のお味はよぉ? 悪魔ぁ? 悪魔:怖いぃぃぃぃ! うぇぇぇぇ! 降りられないぃぃ! 助けてぇぇぇ! ジャック:がはははは! ざまぁ無いぜ! 悪魔:じゃぁっくぅぅぅぅぅ! これはぁ一体どういうことだい! 私は約束通りあんたの思い出のりんごをぉぉ……! ジャック:思い出のりんごぉ? がはははは! あんなもん嘘に決まってんだろうがぁ? 馬鹿なのぉ? りんごなんて毎年食ってるわ。早摘みにはなるが、上の方だけ残して予め収穫しといたんだ。そうそうだから、下の方はジャムにして食ったなぁ。言ったろぉ? ジャムが絶品だってな。 悪魔:な……っ!? 謀ったのかジャックぅ! ジャック:へへへ、悪魔も煽てりゃってか? いいや? 泣き落としゃあ、神サマだろうと悪魔サマだろうと、木に登らせるくらいは訳ぁねぇ! 天下のスティンジー・ジャック様たぁ俺のことよ! 悪魔:あ、あんた、改心したんじゃ……! ジャック:それも言ったろう? 聞いてなかったのかぁ? 悪魔:な、何を! ジャック:十年前に俺ぁ確かに言ったぜ? 魂洗って待ってるってなぁ? 悪魔:そ、そんな馬鹿な……っ! ジャック:俺ぁな? 人を騙して食い物にすんのも笑いものにすんのも大大大好きだがなぁ? 決して侮りゃしない訳よぉ。孤児のガキ拾うのも、トマスを好青年に仕立てんのも、使えると思ったからだぁ。そうだろぉ? 悪魔:じゃぁ、あの話は全部……。 ジャック:俺の仕事の話だなぁ。アオーン! ってな! 悪魔:…………っ! ジャック:お前さんがこの十年、どんな思いで過ごしたかなんざ知らねぇが、俺ぁこの日のために、準備してきたぜぇ? 悪魔:じゃ、ジャック……! ジャック:悪魔ぁ。お前さんを出し抜くためによぉ。 悪魔:く、くぅ……っ! ジャック:そいつがスティンジー・ジャックの流儀ってやつだぁ。 悪魔:くそ……! また私はしてやられたのか……! ジャック:俺とお前さんじゃぁ格が違うのよぉ。 悪魔:こいつ、悪魔にそんな大見得を……! ジャック:悪魔ねぇ? 木にのぼって降りられない悪魔ねぇ? 悪魔:う、うるさい! 今度は何が目的だい! この悪魔ぁ! ジャック:話が早ぇじゃねぇか、仔猫ちゃん。 悪魔:仔猫ちゃんって呼ぶんじゃないよ! ジャック:へへ、お前さんに約束して欲しいことはな――? : 悪魔:「そして、ジャックは悪魔に言いました」 : 0:◆ : ジャック:俺の魂を絶対に地獄へ連れていかないこと。 : 0:間。 : 悪魔:……ねぇ、ジャック。 ジャック:あぁ? なんだ? 流石にそいつぁ無理か? ケチくせぇこと言わずに頼むよぉ? 仔猫ちゃん? 悪魔:いや、そうじゃぁ無いんだけど、ねぇ。 ジャック:じゃあ、約束してくれよ、俺を地獄にゃ連れてかねぇって。 悪魔:どうして、そんなこと頼むんだい? ジャック:そりゃお前ぇ、地獄に連れて行かれなけりゃ、俺は生きられるし、天国にだって行ける。いくら天下のスティンジー・ジャック様でも地獄はまっぴら御免さぁ。 悪魔:ねぇ、ジャック? ジャック:あぁ? 悪魔:地獄も、案外悪くないかもよ? 私だって…… ジャック:っけ! 悪魔の言うことなんて信じられっかよぉ。俺は地獄なんて、ぜってぇ行かねぇよ! 悪魔:……そう。本当にその約束で良いんだね? ジャック:もちろんだ。 悪魔:あのね、あんたは平気で約束破るけど、私は約束を破れないんだ。 ジャック:だからどうしたってんだぁ? 恨み言なら聞かねぇぞ? いいから早く! 悪魔:……いいや。でも、後悔しないでよジャック? ジャック:くどいなぁ! うだうだ言うなら十字架そのままにするぞ! 悪魔:…………分かったよジャック。 ジャック:へへ、できんなら早くしろってんだよぉ。 悪魔:約束は「ジャックの魂を絶対に地獄へ連れていかないこと」で、良いんだね? ジャック:ああ! : 悪魔:「悪魔はその約束を結びました」 : ジャック:へへっ、毎度ありぃ~! これで心置きなく明日から長生きできるぜぇ! 悪魔:ねぇ、ジャック、……下ろしてくれよ。 ジャック:あぁ。待ってろ? : 0:ジャック、十字架をどける。 : ジャック:よぉし。降りてこいよ。何なら俺が受け止めてやろうかぁ? 悪魔:必要ないよ。 ジャック:あっそぉ。 悪魔:じゃあ、私は帰るよ、ジャック。 ジャック:おいおいおいおい、なんだよぉ、怒ってんのかぁ? 悪魔:そんなんじゃ無いよ。ただ、あんたの魂が取れなくて残念なだけさ。 ジャック:ふぅん? 悪魔:じゃあね、ジャック? ジャック:おお。 悪魔:悪魔の私がこんなこと言うのもなんだけどさ。 ジャック:あぁ? 悪魔:楽しかったよ、あんたと話すの。 ジャック:なんだそれ。 悪魔:もう、二度と会うことも無いかも知れないけど、達者でね。スティンジー・ジャック。 ジャック:待てよ、悪魔。 悪魔:やっぱりやめる? 約束。 ジャック:ちげぇよ。ほれ、やるよ。 悪魔:りんご? ジャック:あぁ。お前さんが取ったんだからな? 悪魔:でも、さっきどさくさで落としちまった筈じゃぁ? ジャック:二個あったろ? 残ってた方をよ? この枝で取ったのよぉ。 悪魔:器用だねぇ、あんた。 ジャック:まぁな。んで、お前さんが掴んだのはこっち。 悪魔:あぁ。傷んじまってるね。 ジャック:かまいやしねぇ。食える。 悪魔:そう。 ジャック:だから、やるよそれ。俺の魂の代わりだ。 悪魔:…………。 ジャック:スティンジー・ジャックが人にモノをやるなんて滅多にねぇんだぜ? いや、悪魔か。がはははは!  悪魔:…………。 ジャック:死ぬ寸前、お袋はそいつを囓ってな、美味ぇって言って逝ったよ。……天にも昇る味ってな。 悪魔:…………ふふ、天に昇っては困るけどねぇ。 ジャック:ちげぇねぇな。 悪魔:ありがとう、ジャック。 ジャック:おう、じゃあな、悪魔。 : 悪魔:「そうして、ジャックと約束を結んだ悪魔は、ジャックの魂の代わり、にりんごを持って去って行きました。その後、悪魔がジャックの前に現れることはありませんでした」 : 0:◆ : 悪魔:「それから十年が経ち、二十年が経っても悪魔はジャックの前に現れず、ジャックは歳を重ねました。詐欺を働いたり、見方によっては義賊のようなこともしたり。それでも、ジャックは歳と共に悪事を重ね、人を騙し続けたのです。けれども、如何にジャックと言っても寿命を騙すことは出来ませんでした。そしてジャックは年老いて死んでしまいました」 : 0:この世でないどこか。 0:ジャックの魂が浮かんでいる。 : ジャック:あぁー……。俺もとうとう死んじまったか。っか! スティンジー・ジャック様の最期も案外あっけなかったなぁ……。まぁ、浴びるほど酒飲んで、クソ領主騙して金せしめて、悪徳商人から金巻き上げて、そんで良いやつのフリしてみたり、トマスも立派に独立してよ。この世でやりたいことはやったやったぁ! よし、んじゃぁ、いっちょ逝ってみっかぁ天国! : 悪魔:「そして人生を終えたジャックの魂は天国に向かいました」 : ジャック:あれ? ここ、天国だよな? おぉーい! 門を開けてくれぇー? ここに天下のスティンジー・ジャック様がいるぞぉ! 地獄の悪魔も真っ青の、智恵者ジャック! 地獄に落ちるにゃ勿体ねぇ! 成人ジャック様たぁ俺のことよぉ! : 悪魔:「けれども、ジャックは生前、人どころか悪魔をも騙す大嘘吐きな悪人でした。天国に受け入れて貰える筈などありません。ジャックの言葉に門は口を閉ざしたままでした」 : ジャック:おーい! 神様ぁ! 俺を中に入れねぇと後悔するぞぉ! ……っくっそう! 開けろって! 一回俺の話を聞いてみろよ。な? 気が変わるぜ? きっと。なぁ、おい! …………なんだよぉっ! 神様のくそったれぇ! : 悪魔:「ジャックは門前払いをされてしまいました」 : ジャック:へ、まぁいいさ。こうなったら、地獄に行ってやらぁ。どんなとこでも案外、住めば都かもしんねぇしな。 : 悪魔:「仕方なく、ジャックは地獄に向かいます」 : ジャック:あぁ? こっちかぁ? 暗くてよく見えやしねぇ。あぁあ。何だってぇジャック様がこんなこと……ちくしょぉ。 : 悪魔:「暗く険しい道を通り、ジャックはやっとの思いで地獄の入り口に辿り着きます」 : ジャック:やっと着いたぜ。ここか……! ……っ誰だ!? : 悪魔:「そして地獄の入り口にはジャックを待ち受ける者がいました」 : ジャック:……! お前さんは……。 悪魔:……ジャック。 : 悪魔:「ジャックが約束をした悪魔です」 : 悪魔:どうしてここに来たんだい? ジャック? ジャック:あぁ、それがよぉ、聞いてくれよ悪魔ぁ。俺ぁさっきまで天国にいたんだけどよぉ。 悪魔:ジャックが、天国に? ジャック:おお。けどよ、あそこは退屈でいけねぇ。それにほら、俺ってよぉ、信心深くないからさぁ、肌に合わねぇっつうか……。 悪魔:それで? ジャック:あぁ、だから地獄に入れてくれよ? 俺は多分、こっちの方が合ってるから。 悪魔:そうだねぇ、あんたならきっと、地獄の方が性に合うだろうさ、ジャック。 ジャック:だよなぁ! 悪魔:ああ。 ジャック:じゃあ、ちぃっとばっかし厄介になるぜ? 悪魔:ジャック、待ってよ。 ジャック:あぁ? 悪魔:でも、それは無理なんだ。 ジャック:無理って、どういうことだぁ? 悪魔:残念だがそれは出来ないんだ、ジャック。 ジャック:残念? へへっ! おいおい、喜べよ。まさかあんだけ欲しがってた俺の魂、いらねぇなんて言わないだろ? 悪魔:ああ、お前の魂は欲しい。 ジャック:だったら……。 悪魔:でも、あんたは約束したじゃないか。 ジャック:約束……。 悪魔:覚えてるかい? ジャック:……ああ、俺の―― : 悪魔:「ジャックの魂を絶対に地獄へ連れていかないこと」 : ジャック:そ、そんな馬鹿な話があるか! 悪魔:あるんだよ。そんな馬鹿な話が。 ジャック:ああん!? 悪魔:あんたの話さ、ジャック。 ジャック:……そ、そんな、う、嘘だろぉ……? 悪魔:残念ながら本当さ。嘘吐きジャック。 ジャック:約束なんて……! 悪魔:言ったろ? あんたは破れても、私には出来ないって。 ジャック:で、でもよぉ……! 悪魔:私は聞いたよ、ジャック。 ジャック:何を……。 悪魔:本当にその約束で良いんだね? ジャック:……もちろんだ。 悪魔:あんたは平気で約束破るけど、私は約束を破れないんだ。 ジャック:……だからどうしたってんだぁ。恨み言なら聞かねぇぞ。いいから早く。 悪魔:いいや。でも、後悔しないでよジャック。 ジャック:くどいなぁ。 悪魔:分かったよジャック。 ジャック:ああ。 悪魔:ねぇ、ジャック。 ジャック:なんだよ、悪魔。 悪魔:そういう、約束だっただろう? ジャック:へへ、へへへ、へへへへへ……あぁそっかぁ。 悪魔:……ジャック。 : 悪魔:「ジャックはその言葉を聞いてがっくりとします」 : ジャック:ということぁ、つまり俺ぁ、 : 悪魔:「天国にも地獄にも行けない」 : ジャック:どこにも、行けないんだなぁ。 : 悪魔:「そのことにジャックはとうとう気付いてしまいました」 : ジャック:なぁ、聞いてくれよ。悪魔。 悪魔:なんだい、ジャック。 ジャック:俺ぁ他人を侮りゃしねぇと言ったけどよぉ。 悪魔:あぁ。 ジャック:信じることもしちゃぁいなかったんだ。 悪魔:そうだねぇ。 ジャック:怠け者で嘘つきな大酒飲みの大層狡賢いクズ。 悪魔:自分で言うのかい? ジャック:誰も言ってくれねぇからなぁ。 悪魔:そうかもね。 ジャック:そんな男の最後の最後が、まさかぁ悪魔に騙されるんじゃぁなくて、騙した悪魔を信じられなくて、こんなことになるんだからよぉ。まったく、とんだケチな男も居たもんだなぁ。 悪魔:……そうだねぇ、スティンジー・ジャック。 ジャック:へへへ、笑っちまうよ。 悪魔:私はあんたのこと、 ジャック:ああ? 悪魔:笑いやしないよ、ジャック? ジャック:そうかい。そいつぁありがてぇ。 悪魔:どういたしまして。 ジャック:……へへ、邪魔したなぁ、悪魔。 : 悪魔:「地獄に居場所の無いジャックは、悪魔に背を向けます」 : ジャック:俺ぁもう行くよ。 悪魔:どこへ? ジャック:さぁな? 俺が聞きてぇくれぇさ。まぁ、なんとかなるさ。俺が今まで来た道も、決して日の当たる道じゃあ無かったんだ。それに俺ぁスティンジー・ジャック。悪魔を二度も騙して今更、何が恐ぇ訳もねぇ。 : 悪魔:「今来たばかりの闇に向けて足を踏み出すジャック」 : 悪魔:待ちなよ、ジャック。 : 悪魔:「すると悪魔がジャックを呼び止めて言いました」 : ジャック:……なんだよ? やっぱりやめるのか? 約束。 悪魔:それはできない。 ジャック:ああ、そうだろうなぁ。じゃあ、何だ? 悪魔:これ、あんたに。 ジャック:なんだ、火? 悪魔:消えることの無い地獄の火だよ。 ジャック:そんなの、貰って良いのかよ? : 悪魔:「『お前を地獄で受け入れてやることは出来ないが、あの灯りも無い暗い道を一人で歩くのはあまりにも可哀想だ。だから、こいつを持っていけ』」 : 悪魔:……ほんとは駄目だけどねぇ。 ジャック:おいおい。 悪魔:どこにも行けないあんただけど、その火がきっとあんたの拠り所になる。 : 悪魔:「と、消えることの無い地獄の火をジャックに分けてあげました」 : ジャック:……すまねぇな。 悪魔:ほんとだよ。でも、まぁ、美味しかったからねぇ、そのお返しさ。 ジャック:美味しかった? 何が。 悪魔:あんたの、魂の代わり。 ジャック:ああ。 悪魔:天にものぼる味だった。 ジャック:へへ、そうか。 悪魔:あんたの母さんねぇ。 ジャック:お袋? 悪魔:ちょいと調べてみたんだけど、天国行ったみたいだよ。 ジャック:……そうか。そいつぁ。 悪魔:まったく、私が天国に行ったらどうしてくれるんだい? ジャック:へへ、悪かったよぉ。でもお前さんならきっと上手くやれるよ。 悪魔:ふふ、それは無理だけどね。 ジャック:あぁ? どうしてだぁ? 悪魔:私、サタンだから。 ジャック:は? 悪魔:一度追放されてるし? ジャック:……へ、へへっ! そいつぁ面白ぇ! 俺達ぁ天国から追放されたサタンと、サタンから追放されたジャックって訳だぁ! 悪魔:あんたは勝手にそうなったんだけどね。 ジャック:なら、俺のが一枚上手ってこった。 悪魔:言ってなばーか。 ジャック:あぁ、行ってくるぜばっきゃろう。 : 0:二人、笑い合う。 : 悪魔:達者でな、ジャック。 ジャック:ありがとよ、悪魔。 : 0:ジャック、去る。 : 悪魔:さようなら、愛しの……ふふ、なんてね。 : 0:◆ : 0:闇の中、火を持ったジャックが歩いている。 : 悪魔:「ジャックは悪魔と別れを告げると、悪魔に貰った火を携えて、暗い闇の中を歩きます」 : ジャック:あっちっちぃ……しっかしよぉ、この火ぃ、消えないのは良いが、あっついなぁ、悪魔さんよぉ? こりゃぁたまんねぇや。 : 悪魔:「しかしその火は、そのままではあまりにも熱いのです」 : ジャック:あぁ~、なぁんか、良い方法ぁねぇかなぁ? ……お? : 悪魔:「ジャックは道ばたに萎びた大きなカブがあるのを見つけます」 : ジャック:こいつぁちょうどいい。へへ、ここを、こうしてぇ……! ぃよぉし! : 悪魔:「中身を刳り抜き火を入れると、カブは立派なランタンになりました」 : ジャック:ジャック・オー・ランタンってね。へへっ悪くねぇなぁ。……よっとぉ。 : 悪魔:「カブのランタンを持ち上げると、ジャックはどこへともなく去って行きました」 : ジャック:さぁて、行くか。天国でも地獄でも無いどこかへ、なぁ? : 悪魔:「そうです。天国へも地獄へもいけないジャックは、今でもどこかを彷徨っているのです。手にしたランタンに熱く燃える悪魔の火を灯して」 : 悪魔:「おしまい」

きっとその火は今も輝く。 ◆まえがき◆ 本作は『ジャック・オー・ランタン(ランタンを持つ男)」の元ネタ、アイルランドの古いお話である、スティンジー・ジャック(ケチなジャック)及びウィル・オー・ウィスプ(松明持ちのウィリアム)の話のあらすじをシナリオとして書き起こした作品です。お話のバリエーションは幾つかあるようなので気になる方は調べてみて下さい。 0:ちなみにカボチャのランタンが有名ですが、それはアメリカ式。元々は大きなカブ「ルタバガ」という作物のランタンだそうで、カブで作る風習が残っている地域もまだあるようです。 ◆あらすじ◆ あるハロウィンの夜、嘘吐きで酒飲みのジャックという狡賢い男のもとに、悪魔が現れる。悪魔は悪人であるジャックの魂を取り立てるためにやってきたが、得意の悪智恵で悪魔を出し抜き、十年の猶予を得る。そして十年後、再び悪魔がやってくると、またも悪魔をやり込め、今度は「魂を取らない」ことを約束させ、ジャックは天寿を全うする。現世から天国に向けて旅立つが、ジャックは生前の悪事の為に天国には入れず、仕方なく地獄に行くことに。そこで例の悪魔と出会うが「魂を取らない」という約束の為に地獄にも入れない。行き場を無くしたジャックは天国と地獄の間を悪魔に貰った火を入れたカブのランタンを持って彷徨う。 ◆ちゅうい◆ アドリブや性別変更はしても大丈夫ですが、共演者さんの了承はとってください。 読み仮名等は振っておりません。自信のない方は調べるか、共演者さんに聞くか、本番中に詰まったら読み飛ばすなど、なんとか乗り切ってください。最悪、変な間が空くより読み飛ばしの方が無難です。 文字数は16,000字程度です。長さは55分±5分。つまりギリギリを攻めております。もしかしたら尺足んないかもなので、やばそうなら(やっちまってたら)コメントいただければダイエットします。 0:「ジャック・オー・ランタン。」 : 0:きっとその火は今も輝く。 : 0:◆まえがき◆ 0:本作は『ジャック・オー・ランタン(ランタンを持つ男)」の元ネタ、アイルランドの古いお話である、スティンジー・ジャック(ケチなジャック)及びウィル・オー・ウィスプ(松明持ちのウィリアム)の話のあらすじをシナリオとして書き起こした作品です。お話のバリエーションは幾つかあるようなので気になる方は調べてみて下さい。 0:ちなみにカボチャのランタンが有名ですが、それはアメリカ式。元々は大きなカブ「ルタバガ」という作物のランタンだそうで、カブで作る風習が残っている地域もまだあるようです。 : 0:◆あらすじ◆ 0:あるハロウィンの夜、嘘吐きで酒飲みのジャックという狡賢い男のもとに、悪魔が現れる。悪魔は悪人であるジャックの魂を取り立てるためにやってきたが、得意の悪智恵で悪魔を出し抜き、十年の猶予を得る。そして十年後、再び悪魔がやってくると、またも悪魔をやり込め、今度は「魂を取らない」ことを約束させ、ジャックは天寿を全うする。現世から天国に向けて旅立つが、ジャックは生前の悪事の為に天国には入れず、仕方なく地獄に行くことに。そこで例の悪魔と出会うが「魂を取らない」という約束の為に地獄にも入れない。行き場を無くしたジャックは天国と地獄の間を悪魔に貰った火を入れたカブのランタンを持って彷徨う。 : 0:◆登場人物◆ ジャック:狡賢い男。怠け者、嘘吐き、大酒飲みで「こんな大人になっちゃいけませんよ」と言われるような人物。 悪魔:堕落した魂を地獄に引きずり込む悪魔。ただし約束は守るし、最期の願いは聞き届ける律儀な存在。根は案外良いやつなのかも知れない。変身ができ、十字架が苦手という特徴を持つ。 : 0:◆◆ : 0:悪魔、一冊の本を捲りながら、過去を思い出す。 : 悪魔:「むかしむかしあるところに、怠け者で嘘つきな大酒飲みの大層狡賢いクズ……。ジャックという男がおりました」 : 0:酒場にすっかり酔っ払ったジャックが居る。 : ジャック:酒だぁ! 酒持ってこい! : 悪魔:「ハロウィンの夜、ジャックはいつものように酒場で飲んだくれておりました」 : 0:ジャックの隣に女の姿をした悪魔が座る。 : 悪魔:やぁ、旦那。 ジャック:なんだぁ? えらく別嬪じゃねぇか。 悪魔:ふふ、そうかい? ジャック:ああ、あんたみてぇな綺麗な人は、生まれてこの方一人しか見たことねぇな。 悪魔:へぇ? ちなみに誰だい? 女王様? ジャック:女王様ぁ? がはは! ある意味女王様かもな! 俺のお袋だよ! 悪魔:…………っ。 ジャック:そんな怒るなよぉ、姉ちゃん。美人が台無しだぜ? 悪魔:ふん、旦那も良い男ぶりだよ。まったく。 ジャック:へへ、よせやい。ほんとのことを言われっちまうと照れるぜぇ。 悪魔:それにしてもあんた、随分飲むんだねぇ。良い飲みっぷりだよ。 ジャック:そうだろう? 俺ぁこの街じゃちょっとした有名人だぁ。 悪魔:へぇ? だからそんな大盤振る舞いなのかい? ジャック:いいや、今日は特別よ。 悪魔:特別? ジャック:ああ! 今日は領主のとこの馬鹿な従者を脅して、金をしこたませびってやったのさぁ。 悪魔:従者? ジャック:ああ、ハロウィンだか何だか知らねぇが、屋敷で宴会でも開くらしくてな? とろっくせぇ荷馬車を走らせてんだよあの間抜け。 悪魔:へぇ。それで? ジャック:でな俺には何人か子分が居るんだがよ、その中のひょろっちいガキに命令して馬車に轢かせたわけよ。 悪魔:当たり屋かい? それにしてもひどいことするねぇ。 ジャック:なぁに死んじゃいねぇよ。上手くはねられるコツがあってな? それを俺が仕込んでやってんだよ。 悪魔:あっそ。でも、わざとやったってバレたら脅すどころか、死刑だろ? ジャック:そこはおめぇ、頭(ここ)を上手く使うんだよ。 悪魔:どう使うのさ? ジャック:へへ、良く聴いてろよ? 悪魔:何をさ? ジャック:馬車の後ろで俺が……。アオーン! ってな具合に犬の鳴き真似をするわけだ。すると。あの頓馬、身を乗り出して振り返るんだ。そしたら……ドーン! 悪魔:呆れた。 ジャック:血糊を仕込んだガキが死にそうなツラで倒れてるって寸法よ。そこで俺が磨きに磨いた名演技で……「おー! トマス! 可哀想に! こんな変わり果てた姿になっちまって、お前さん、まぁ! 誰にやられたんだい? そこの馬車に轢かれただって? 領主の! 馬車に! 子供が! 畜生! 領主サマぁ! 俺達から飯や金だけじゃあ飽き足らず! オイラの可愛い可愛いトマスを奪おうだなんて! あんたぁ! 悪魔だよぉ! なぁ! どうしてくれるんだい!? あんたぁ! 誠意を見せなぁ!」なんてやりゃぁ、拍手喝采、おひねり、涙の雨あられ。 悪魔:どっちが悪魔だか。 ジャック:孤児やら捨て子のガキ共はそれで当面食っていけるし、俺はこうして酒にありつける。いやぁ。良いことした日は酒が美味いなぁ。 悪魔:それで儲けたって訳だ。あんた、見かけによらず賢いんだねぇ? ジャック:へへ、あんたは見かけによらず馬鹿みてぇだなぁ? 悪魔:何だって? ジャック:俺を煽てたってぇ、何も出やしねぇぞ? 俺ぁ女に酒奢る趣味はねぇからよ。 悪魔:っは、ケチくさいねぇ。 ジャック:あったりめぇよぉ? 俺を誰だと思ってんだ? 悪魔:酒なんていりゃあしないよ。スティンジー・ジャック? ジャック:……なんだぁ。知ってんのかよ。ならわざわざどうして近付いてきた? クソ領主の差し金か? ゲイブのとこの借金の取り立てか? 悪魔:領主? 違うよ。 ジャック:っへ、じゃあまさか、酒たかりに来た、なんて言わねぇよな。言っとくが俺に嘘は通じねぇぜ? 嘘は俺の専売特許だぁ。この目と頭でたちまちに見抜いてやるよぉ。 悪魔:残念ながら私があんたから奪いに来たのは、領主の金でも、借金でも無いよ。もちろん酒でもね? ジャック:じゃぁなんだ? : 悪魔:お前の魂さ。 : ジャック:魂だぁ……? 悪魔:ああ。あんたは終わりだよ。スティンジー・ジャック? ジャック:…………っふ、ふふ、ふふふふ! がははははははははは! 悪魔:おやおや。 ジャック:そうか、魂か! がはは! じゃあお前さん悪魔か何かってことだな! こいつぁいい! こんな別嬪の悪魔に魂とられんのなら、俺ぁ喜んで差し出しますとも! 悪魔:へぇ? じゃあ、もらって良いんだね? ジャック:あぁ。お前さんがほんとに悪魔ならなぁ。 悪魔:ああ、言ってなかったっけ? 悪魔だよ。 ジャック:ええ? 悪魔:私、悪魔よ。ジャック? ジャック:……い、いや、そんな馬鹿な。 悪魔:嘘が分かるんだろ? どうしたんだいスティンジー・ジャック? あたしはなぁに? 悪魔? 王女? それともあんたのお袋? ジャック:はは、ははは、い、イカレ女が! そんな訳ねぇ! そんな訳ねぇ! 悪魔がこんなところにいる訳あるか! 証拠を見せろ! 悪魔:証拠、ねぇ。じゃあ、こんなのは―― : 0:悪魔、ジャックの母親に変身する。 : 悪魔:――どうだぁいジャックぅ! ジャック:ま、ママぁっ!? そんな、馬鹿なぁ! 悪魔:ふんふん、なぁるほどぉ? 確かにぃ別嬪さぁんだわぁ? ジャック:ママ……いや、お、お袋は十年も前に死んだはずだ! 悪魔:うっふっふっふっふっふ! ママって呼んでよぉ、昔みたぁいに? ジャック:や、やめろ! 悪魔:愛してるわぁ、ジャックぅ! ジャック:やめろぉぉ! : 0:悪魔、もとの姿に戻る。 : 悪魔:あははははははは! ジャック:はぁ、はぁ、はぁ……! 悪魔:あらぁ、からかいすぎた? でも良かったねぇ、お母さん、いいえ? ママに会えて。 ジャック:うるせぇ……! 悪魔:あはは。図らずも上等な冥土の土産になったねぇ。ジャック? ジャック:……ってことぁ、本当に……。 悪魔:あぁ。そうだよぉ? 私は悪魔。名前は……名乗れない決まりなんだ。あんたの魂をもらいに来たよ、愛しの悪党? ジャック:は、はは、そうか……。 悪魔:なんだい、随分大人しくなっちまったねぇ? つまらない。もっと抵抗するかと思ったのに、さ? ジャック:っへ、死んだお袋の顔なんて見せられちゃぁ、天下のスティンジー・ジャックだっておしめぇよ。地獄の鬼婆が迎えに来たってなぁ。 悪魔:そう。でも鬼婆は失礼しちゃうわ。こんなに綺麗なのにさ。 ジャック:っへ、変身できるんなら中身がどうだか分かりゃしねぇ。 悪魔:あはは、それもそうだねぇ。それにしても、あんたみたいな男にも苦手なもんがあるんだねぇ? ジャック:そりゃぁあるさ。誰にだって、な? お前さんにだってあるんじゃねぇのか? 悪魔:さてね。そいつはどうだろうねぇ。 ジャック:へっ、ところでどうしてそんなかっこで現れた? この俺が女に弱いとでも? 悪魔:そんなかっこと言われてもねぇ。ただ悪魔は大体見たいモノを見せてやるもんさ。あんたのママみたいな、ね? ジャック:っけ! しつこい野郎だ。 悪魔:悪魔だからね? ま、私のこのかっこは特別。 ジャック:特別? 悪魔:そ。あ、そうだ。 ジャック:ああ? 悪魔:ねぇ、ジャック? あんた思い残したことは無い? ジャック:なんだよ? 悪魔:あんたの悪人話とママに取り乱す落差が思いの外面白かったからねぇ。 ジャック:性格悪いなぁ、畜生が。 悪魔:あんたに言われたか無いけどよ? まぁその代わりに、せめて最期に一つくらいは願いを聞いてやろうかなって、なぁに、悪魔の気まぐれさ? ジャック:悪魔の気まぐれねぇ。そいつぁ……何でも良いのか? 悪魔:ええ、なんでも? 何なら、あんたと一晩付き合ってやっても良いよぉ? ジャック:っへ、やめとけお袋に化けられるやつと寝る趣味はねぇよ。 悪魔:……いや、あんたじゃ無いんだからそんなことしないよ。 ジャック:酒だ。 悪魔:酒? ジャック:あぁ、俺ぁ、最期に酒を浴びるほど飲みてぇ。 悪魔:いや、飲んでたじゃん。 ジャック:お袋のツラ見てすっかり醒めちまったわばっきゃろう! それにこんなもんで足りるかってんだぁ!? 俺ぁ天下のスティンジー・ジャック様だぞぉ? この世の門出だぁ! 盛大に飲むに決まってんだろうが! 悪魔:はぁ、好きにしなよ。思う存分飲みな。ジャック? ジャック:がははははは! よぉし! 酒だ酒! おい! 酒場のババア! 何やってるぅ! ありったけ持ってこぉい! この店の酒全部だぁ! 悪魔:やれやれ、飲みすぎて先にアル中で死ぬんじゃないだろうね? そいつぁ止してくれよ? : 悪魔:「これから魂を持って行かれるというのに、ジャックは気分良くお酒を飲みました」 : 0:◆ : 悪魔:「しかし、ジャックはあることに気が付きました」 : ジャック:およぉ……? : 悪魔:どうしたんだい、ジャック。もう飲めないのかい? じゃあ、行こうか。 ジャック:ばっきゃろう、そんな訳ねぇだろうが。 悪魔:そんだけ飲んどいてまだ飲めるわけねぇだろうがって返したいところだけど、飲めるんでしょうね、あんた。 ジャック:たりめぇよ。 悪魔:じゃあ、どうしたんだい? ジャック:いやぁ、ちょいと勘定してみたんだがな? 金が足りねぇのよ。 悪魔:はぁ? たんまり稼いだんじゃ無かったのかい? ジャック:……あー、ひぃふぅみぃ…………おぉ。やっぱ足んねぇわ。がははは! まさかあれだけの金! 慎ましく暮らせば三年って額なのによぉ! 一晩で飲みきっちまうたぁ驚きだぜぇ! 新記録だぁ! 悪魔:……はぁ。呆れた。 ジャック:……へっへっへ。 悪魔:何笑っているんだい? ジャック:いやぁ? へへ、なぁおい、悪魔さんよぉ。 悪魔:なんだい……? ジャック:金が欲しい。 : 0:間。 : 悪魔:断る。 ジャック:おいおいおいおい何でだよぉ! 悪魔:逆に何でいけると思ったのさ? ジャック:っけ! 何でもって言ったじゃねぇかよ、この嘘吐き! 悪魔:あんたに言われたら終わりだよ。それに一つだけって言ったでしょう? ジャック:っへ! ケチくせぇ。 悪魔:だから、あんたが言うのそれスティンジー・ジャック? というか、どうせ死ぬんだし踏み倒せば良いじゃないか。 ジャック:踏み倒すだぁ? お前悪魔かよ。 悪魔:いや、悪魔だけどねぇ。あんた別にそんなの気にするタチじゃないでしょ? ジャック:いいや、気にするねぇ? 俺を誰だと思ってる、ジャック様だぞ!? 死んで飲み逃げなんてそんな小せぇことが出来るかよ! 末代までの恥だぁ! 悪魔:金足りなくて悪魔に酒代せびるケチな男が何言ってんだか。私はあんたの酒代なんて出さないよ。それにあんたが末代だよ恥さらし。 ジャック:違う違う。勘違いすんな。 悪魔:勘違い? ジャック:俺はなぁ? ただ、金を出して欲しいんじゃ無い。お前さんにスティンジー・ジャック様の流儀を見せてやろうってんだ。 悪魔:スティンジー・ジャックの流儀? ジャック:俺ぁお前さんに銀貨に化けて欲しいんだよ。出来るか? 悪魔:出来るけど……、どういうことだい? ジャック:俺ぁお前が化けた銀貨を支払う。そんで、お前はもちろんその後そっと逃げ出すよな? そしたら後には何が残る? 悪魔:…………。 ジャック:俺ぁ思うんだよ、悪魔ぁ。盗んだ酒はそれほど美味かねぇ。でもよ? 酒屋のババァを、他人を騙して飲む酒は、へへ、格別に美味い。ってな? 悪魔:ほんとあんたの性根の腐り方とずる賢さには惚れ惚れするね。 ジャック:へへ、だろう? 悪魔:分かった、良いよ。 ジャック:よぉし! : 悪魔:「ジャックの口車に乗った悪魔は銀貨に変身しました。……その選択を一生後悔することになるとは知らずに」 : 0:悪魔、銀貨に変身する。 : ジャック:おぉ……! すっげぇな、さっすが悪魔だ! 悪魔:ふふん? ジャック:よぉし、じゃあ、早速。へへへ。 : 悪魔:「ジャックは銀貨に化けた悪魔を手に取り、そして」 : ジャック:おら、これでも食らえ! くそったれの悪魔! 悪魔:ぁ……?! : 悪魔:「酒場の老婆には支払わずにポケットへしまい、悪魔の苦手な十字架を一緒に入れました」 : 悪魔:きゃああああああああ! ジャック:がははははは! どうだぁ? 神様の威光のお味はよぉ? 悪魔ぁ? 悪魔:身体がぁぁぁ! うぇぇぇぇ! 助けてぇぇぇ! ジャック:がはははは! ざまぁ無いぜ! 悪魔:じゃぁっくぅぅぅぅぅ! ジャック:げへへへへ! 出して欲しければ、今から俺の言う条件を呑んでもらおう。出された酒を全部飲み干すみたいに、な? 悪魔:よくもぉぉぉ! ジャック:(酒を飲みながら)んっんっんっんっん……! ……かぁぁぁぁ! 悪魔を騙して飲む酒もうめぇなぁ? がははははは! 悪魔:誰っが……っ! ジャック:あっそう? じゃあ、このままポケット縫って、教会にでも持ってこうかなぁ? この上着、ちょうど古くなってたしよぉ? 悪魔:んなぁっ!? ジャック:どうするぅ? 悪魔さんよぉ。俺ぁ良いんだぜぇ? 魂は持って行かれない訳だからな? 神に報いるか、悪魔を助けるか? ジャックの天秤は酒の美味い方に傾く、ってな? 悪魔:ぐぬぅぅ……! この悪魔めぇ……! ジャック:なんだ、今更気付いたのかぁ? 兄弟? ま、俺ぁ十字架なんざ怖くねぇけどよ? 不信心なもんで。 悪魔:だったら! あんた何でそんな物持ってんだい! ジャック:知らねぇのか? この世ってのは、いざって時に神頼みすりゃあなんとかなんのよぉ? 俺の師匠の受け売りだぁ。 悪魔:くそぉぉぉ……! 条件はぁっ! ジャック:十年だ。 悪魔:あぁ? ジャック:俺の寿命を十年伸延ばせ。 悪魔:はぁ!? ジャック:俺の寿命十年の代わりに、お前の命が助かるんだ。悪魔がどんだけ生きるか知らねぇが、酒代なんかよりゃ随分安い買い物だろぉ? 悪魔:あんたの言葉くらいには安いねぇっ! ジャック:へへへっ、そいつぁどうも。んで、どうする、悪魔サマ? 悪魔:飲むよぉ……! 飲むよ畜生ぉっ! ジャック:へへへ、よぉし。じゃあ約束しようぜぇ? : 悪魔:「悪魔は堪らずその条件を呑み、約束通りジャックの寿命は十年延びることとなりました」 : ジャック:へへっ、毎度ありぃ~! 悪魔:っく、くそぉ……私がこんな男に手玉に取られるなんて……! ジャック:このジャック様と知恵比べをしようなんざ十年早ぇってこった。出直してきやがれ。小娘? 悪魔:くぅ……ムカつくねぇ、その顔……! ジャック:俺ぁお前のその顔嫌いじゃねぇけどなぁ? 酒が美味ぇ? がはは。 悪魔:この野郎絶対にぶっ殺してやる……! 覚悟するんだね! 十年後、私はあんたの魂を奪ってやるよ、ジャック! ジャック:がははははは! 良いぜぇ? 首を洗って、いいや? 魂を洗って楽しみに待っててやるよぉ! 悪魔:ふんっ! あんたの汚れはちょっとやそっとじゃ落ちないよ馬ぁ鹿! じゃあねジャック、精々アル中で死なないよ―― ジャック:あ、ちょっと待て。 悪魔:っは、なんだい? やっぱり魂奪って欲しくなったのかい? ジャック:あん? ちげぇよ。 悪魔:じゃあ、なんだってのさ? ジャック:酒代くれよ。 悪魔:…………知るか馬鹿。 : 0:悪魔、去ろうとする。 : ジャック:あ! こら! 待ちやがれぇ! : 0:◆ : 0:ジャックの家。 : 悪魔:「そして時は流れて十年後のハロウィンの夜。ジャックのもとに悪魔が現れ―― : 0:悪魔がドアをノックする。 0:ジャックがドアを開ける。 : ジャック:はいよぉ。 悪魔:あの日の約束通り、あんたの魂をもらいに来たよ、ジャック。 : 悪魔:「と言いました」 : ジャック:……おう悪魔か、いらっしゃい。久しぶりだなぁ、元気にしてたか? 悪魔:え? ジャック:なにぼーっとしてんだ? まぁ上がっていけよ。 悪魔:え、え……? ジャック:お前さんのこと待ってたんだぜ、俺ぁ。 悪魔:ジャック? ジャック:そうだ、自家製のジャムがあるんだが、これがラリーのとこのパンにつけてやると絶品でよぉ。食べるか? 悪魔:い、いらないよ! ジャック:そいつぁ残念。 悪魔:というか、ジャック。あんた、ジャックだよね? ジャック:おいおいおいおい、はは、まさか俺の顔を忘れちまったのかよ、別嬪さんの悪魔サマ? そうさぁ、俺ぁ、ジャック。巷ではちょいと有名なスティンジー・ジャック。 悪魔:だよねぇ? 私はあんたのクソ憎たらしい顔を忘れたことなんてありゃしないよ。あんたを思い出しては何度枕を濡らしたことか! ジャック:へへ、モテる男は辛いねぇ? 悪魔:そんなんじゃ無いよ! 無いけど、あれ? なんか私の記憶と違う……? ジャックはもっとこう、汚泥のような肥溜めもかくやって程の大したクソ野郎だったじゃ無いか。 ジャック:そうかい? 悪魔:ジャック、あんた神の怒りに触れてタマでも取られたのかい? ジャック:んな訳あるかよ。悪魔サマ、俺のことよりお前さん、なんだ? 随分口が汚ぇぜ? そんなこと言ってたら折角の良いツラが台無しだぜ。 悪魔:そりゃ、あんたの顔なんて見てたら嫌でも口が悪くなるよ。じゃなくて、あんたほんとにどうしちまったんだい? ジャック:どうしたもこうしたも、あれから十年だぜ? 悪魔がどんだけ生きるか知らねぇけどよ、人間変われば変わるもんよ。 悪魔:そりゃ、そうかも知れないけどさ……。 ジャック:それに俺も結構いい歳だしな。自分じゃそんなに気付かねぇもんだが、スティンジー・ジャックも丸くなったのかもな。そういえば何年か前に仕事を立ち上げたんだがよ、孤児の子供達……ガキ共に仕事教えて雇ってんだがよ、あぁ、そういえば覚えてるか? 当たり屋のトマス。あの後あいつをウチの養子にしたんだがよ、こいつが優秀でな? 見てくれもなかなかのもんで、つい最近縁談が決まったんだ。相手はなんと立派な商家のお嬢さん。当たり屋やってた元捨て子のガキがだぜ? とはいえ所詮借り物の親、しっかりした家に婿入りするんだ。俺みたいなもんとはすっかり縁も切っちまってな。それが寂しくはあるんだけどよ、何というか嬉しくってよ? はは、トマスには幸せになって欲しいもんだ―― 悪魔:いや、変わりすぎだよ! どうしちまったんだよジャック!? ジャック:はは、お前さんは変わってねぇな、変わらず美人だぜ。 悪魔:や、やかましいわ! ジャック:いやぁ、思えばあの時は勿体ないことしちまったな。 悪魔:あの時……? ジャック:ほら、何でも願い聞いてやるって言ったろぉ? 悪魔:ああ、なんだい? 私と寝ておけばって? ジャック:いいや、俺の嫁さんになってくれって。 悪魔:はぁ?! 気持ち悪いこと言わないでよ! ジャック:いや、すまねぇな、でもよ? そしたらトマスに綺麗なかぁちゃんが出来て幸せな家庭を築いてやれたのかもなって。……思っちまったんだ。 悪魔:そ、それはそれで気持ち悪いね……。 ジャック:はは、そうだよなぁ。 悪魔:それで、ジャック? ジャック:ああ、分かってるよ。 悪魔:ジャック、あんたがどれだけ変わったかは知らないけど、約束は約束だからね? あんたの魂、もらうよ? ジャック:……そうか。ああ。分かってる。持ってきな。悪魔さんよ。 悪魔:良いのかい? ジャック:良いかだって? 良いに決まってるだろ? 俺ぁこの十年、この日のために生きてきたんだ。正直言ってよ、お前さんがこの十年をくれなきゃぁ、あの夜お前さんが現れなきゃぁ、俺ぁ直ぐにでも野垂れ死んでたさ。 悪魔:あんた……。 ジャック:俺ぁそれで良いと思ってた。だから毎日毎晩、浴びるほど酒を飲んで人を騙して笑ってた。それが俺の幸せなんだって。でも違った。子供達を拾い、トマスを育てて、俺ぁやっと人並みの幸せってもんが分かった。俺はあの日お前さんを酷い目に遭わせちまったし、それにこんなこと悪魔のお前さんに言うのは間違ってんのかもしんねぇが、どうしても言いてぇんだ。ありがとよ。お前さんは俺の命の恩人だ。そんで、すまなかった、十字架と一緒にポケットに入れるなんてひどいことをしちまって。 悪魔:ジャック……! ジャック:あと、これも言わしてくれ。 悪魔:……なんだい? ジャック:愛してる。お前さんに魂をもらわれるなら、本望だ。 悪魔:…………! ジャック:さぁ、やってくれ。 悪魔:分かった。あんたの思い、受け取ったよ。私もあんたのこと、そんなに嫌いじゃ無かったかも知れないね。いいよ、あんたの魂は私が責任持って――。 ジャック:――ああ、いけねぇ! やり残したことがあった! 悪魔:……!? あんたって、やつは! ジャック:たのむ、こいつをやり残したとあっちゃ死んでも死にきれねぇんだ! 悪魔:もう! ……それで、なんだいジャック? ジャック:実は―― : 悪魔:「心優しい悪魔はジャックの願いを聞き入れることにしました。……その選択を一生後悔することになるとは知らずに」 : 0:◆ : 0:ジャックの家の庭。 0:一本の木があり、赤いりんごがなっている。 : 悪魔:「ジャックは赤い実のなった木を指差し――」 : ジャック:最期にあのりんごが食べたいんだ。 : 悪魔:「――と言いました」 : 悪魔:酒じゃ無くて良いのかい、ジャック? ジャック:いい。それに酒はやめたんだ。 悪魔:あの大酒飲みのジャックが?! ジャック:ああ。このスティンジー・ジャックが。 悪魔:それは……。 ジャック:駄目か? 悪魔:……いいよ、りんごくらい。 ジャック:ありがとう。 悪魔:それにしても、りんごなんてどういう風の吹き回しだい? ジャック:あのりんごは思い出のりんごなんだ。 悪魔:思い出のりんご? ジャック:ああ。 悪魔:どんな思い出なんだい? ジャック:お袋との、思いでさぁ。 悪魔:あの? ジャック:そう、俺の生まれた日の翌朝にこの庭に植えたらしくてなぁ、俺がガキの頃ぁまだこんなんで、実なんて成りゃしなかったんだがよ、ちょうどママが、お袋が亡くなる日の晩に一つ、成ったんだ。それで、お袋が食べやすいりんごをむいてやっている間に……、お袋は死んじまった。 : 0:間。 : ジャック:それ以来、りんごは食ってねぇんだ。 悪魔:ジャック……。 ジャック:それと、悪いんだが木に登って取ってきてくれねぇか? 悪魔:えぇ? ジャック:俺ぁこの通り酒飲みが祟ってな、足がそんなによくねぇのよ。あんな木にゃのぼれねぇ。下の方は近所のガキ共が持っていって、残ってんのは上にある、あの二つだけ。だから、すまねぇが頼めねぇか……? 悪魔:そうは言われてもね、木登りなんて……。 ジャック:あの林檎は丁度熟してて食べ頃だ。だから、これも何かの縁だと思うんだよ。もうこの世の物を食べるのも最期だからよ、あの木になっているりんごが、俺ぁどうしても食べたいのさ。 悪魔:…………。 ジャック:木になるりんごが気になるのさ。 悪魔:うるさいよ。 ジャック:へへ。 悪魔:……はぁ、分かったよ。 : 悪魔:「ジャックの頼みを聞き入れた悪魔は木にのぼりました」 : 0:悪魔、木に登る。 : 悪魔:っくぅ……! 木にのぼったのなんて初めてなんだけどねぇ! ジャック:その割には上手いじゃねぇか! 悪魔:そうかい? ジャック:ああ、惚れ直しちまうなぁ! 悪魔:ふふん? ジャック:あぁ! もう少しだぜぇ! 気をつけろ!? 悪魔:よ、よぉし、あと、ちょっと! : 悪魔:「悪魔の指先がりんごに触れました。そして「よし、とれたぁ!」悪魔は見事、りんごを掴み取りました。が――」 : 悪魔:ジャック! 見てぇ! とれたよー! ジャック:おー! やったなぁ! おめでとう! いやぁ、ありがとう助かったぜ? お礼にこれでも食らえ! くそったれの悪魔ぁ! 悪魔:ふぇ? : 悪魔:「悪魔が下を見ると、ジャックが木の根元を十字架で囲っていました。そうです、悪魔はジャックの卑劣な罠にかかり、木から降りられなくなってしまったのです」 : 悪魔:きゃああああああああ! 十字架ぁぁぁぁ?! ジャック:がははははは! どうだぁ? 神様の威光のお味はよぉ? 悪魔ぁ? 悪魔:怖いぃぃぃぃ! うぇぇぇぇ! 降りられないぃぃ! 助けてぇぇぇ! ジャック:がはははは! ざまぁ無いぜ! 悪魔:じゃぁっくぅぅぅぅぅ! これはぁ一体どういうことだい! 私は約束通りあんたの思い出のりんごをぉぉ……! ジャック:思い出のりんごぉ? がはははは! あんなもん嘘に決まってんだろうがぁ? 馬鹿なのぉ? りんごなんて毎年食ってるわ。早摘みにはなるが、上の方だけ残して予め収穫しといたんだ。そうそうだから、下の方はジャムにして食ったなぁ。言ったろぉ? ジャムが絶品だってな。 悪魔:な……っ!? 謀ったのかジャックぅ! ジャック:へへへ、悪魔も煽てりゃってか? いいや? 泣き落としゃあ、神サマだろうと悪魔サマだろうと、木に登らせるくらいは訳ぁねぇ! 天下のスティンジー・ジャック様たぁ俺のことよ! 悪魔:あ、あんた、改心したんじゃ……! ジャック:それも言ったろう? 聞いてなかったのかぁ? 悪魔:な、何を! ジャック:十年前に俺ぁ確かに言ったぜ? 魂洗って待ってるってなぁ? 悪魔:そ、そんな馬鹿な……っ! ジャック:俺ぁな? 人を騙して食い物にすんのも笑いものにすんのも大大大好きだがなぁ? 決して侮りゃしない訳よぉ。孤児のガキ拾うのも、トマスを好青年に仕立てんのも、使えると思ったからだぁ。そうだろぉ? 悪魔:じゃぁ、あの話は全部……。 ジャック:俺の仕事の話だなぁ。アオーン! ってな! 悪魔:…………っ! ジャック:お前さんがこの十年、どんな思いで過ごしたかなんざ知らねぇが、俺ぁこの日のために、準備してきたぜぇ? 悪魔:じゃ、ジャック……! ジャック:悪魔ぁ。お前さんを出し抜くためによぉ。 悪魔:く、くぅ……っ! ジャック:そいつがスティンジー・ジャックの流儀ってやつだぁ。 悪魔:くそ……! また私はしてやられたのか……! ジャック:俺とお前さんじゃぁ格が違うのよぉ。 悪魔:こいつ、悪魔にそんな大見得を……! ジャック:悪魔ねぇ? 木にのぼって降りられない悪魔ねぇ? 悪魔:う、うるさい! 今度は何が目的だい! この悪魔ぁ! ジャック:話が早ぇじゃねぇか、仔猫ちゃん。 悪魔:仔猫ちゃんって呼ぶんじゃないよ! ジャック:へへ、お前さんに約束して欲しいことはな――? : 悪魔:「そして、ジャックは悪魔に言いました」 : 0:◆ : ジャック:俺の魂を絶対に地獄へ連れていかないこと。 : 0:間。 : 悪魔:……ねぇ、ジャック。 ジャック:あぁ? なんだ? 流石にそいつぁ無理か? ケチくせぇこと言わずに頼むよぉ? 仔猫ちゃん? 悪魔:いや、そうじゃぁ無いんだけど、ねぇ。 ジャック:じゃあ、約束してくれよ、俺を地獄にゃ連れてかねぇって。 悪魔:どうして、そんなこと頼むんだい? ジャック:そりゃお前ぇ、地獄に連れて行かれなけりゃ、俺は生きられるし、天国にだって行ける。いくら天下のスティンジー・ジャック様でも地獄はまっぴら御免さぁ。 悪魔:ねぇ、ジャック? ジャック:あぁ? 悪魔:地獄も、案外悪くないかもよ? 私だって…… ジャック:っけ! 悪魔の言うことなんて信じられっかよぉ。俺は地獄なんて、ぜってぇ行かねぇよ! 悪魔:……そう。本当にその約束で良いんだね? ジャック:もちろんだ。 悪魔:あのね、あんたは平気で約束破るけど、私は約束を破れないんだ。 ジャック:だからどうしたってんだぁ? 恨み言なら聞かねぇぞ? いいから早く! 悪魔:……いいや。でも、後悔しないでよジャック? ジャック:くどいなぁ! うだうだ言うなら十字架そのままにするぞ! 悪魔:…………分かったよジャック。 ジャック:へへ、できんなら早くしろってんだよぉ。 悪魔:約束は「ジャックの魂を絶対に地獄へ連れていかないこと」で、良いんだね? ジャック:ああ! : 悪魔:「悪魔はその約束を結びました」 : ジャック:へへっ、毎度ありぃ~! これで心置きなく明日から長生きできるぜぇ! 悪魔:ねぇ、ジャック、……下ろしてくれよ。 ジャック:あぁ。待ってろ? : 0:ジャック、十字架をどける。 : ジャック:よぉし。降りてこいよ。何なら俺が受け止めてやろうかぁ? 悪魔:必要ないよ。 ジャック:あっそぉ。 悪魔:じゃあ、私は帰るよ、ジャック。 ジャック:おいおいおいおい、なんだよぉ、怒ってんのかぁ? 悪魔:そんなんじゃ無いよ。ただ、あんたの魂が取れなくて残念なだけさ。 ジャック:ふぅん? 悪魔:じゃあね、ジャック? ジャック:おお。 悪魔:悪魔の私がこんなこと言うのもなんだけどさ。 ジャック:あぁ? 悪魔:楽しかったよ、あんたと話すの。 ジャック:なんだそれ。 悪魔:もう、二度と会うことも無いかも知れないけど、達者でね。スティンジー・ジャック。 ジャック:待てよ、悪魔。 悪魔:やっぱりやめる? 約束。 ジャック:ちげぇよ。ほれ、やるよ。 悪魔:りんご? ジャック:あぁ。お前さんが取ったんだからな? 悪魔:でも、さっきどさくさで落としちまった筈じゃぁ? ジャック:二個あったろ? 残ってた方をよ? この枝で取ったのよぉ。 悪魔:器用だねぇ、あんた。 ジャック:まぁな。んで、お前さんが掴んだのはこっち。 悪魔:あぁ。傷んじまってるね。 ジャック:かまいやしねぇ。食える。 悪魔:そう。 ジャック:だから、やるよそれ。俺の魂の代わりだ。 悪魔:…………。 ジャック:スティンジー・ジャックが人にモノをやるなんて滅多にねぇんだぜ? いや、悪魔か。がはははは!  悪魔:…………。 ジャック:死ぬ寸前、お袋はそいつを囓ってな、美味ぇって言って逝ったよ。……天にも昇る味ってな。 悪魔:…………ふふ、天に昇っては困るけどねぇ。 ジャック:ちげぇねぇな。 悪魔:ありがとう、ジャック。 ジャック:おう、じゃあな、悪魔。 : 悪魔:「そうして、ジャックと約束を結んだ悪魔は、ジャックの魂の代わり、にりんごを持って去って行きました。その後、悪魔がジャックの前に現れることはありませんでした」 : 0:◆ : 悪魔:「それから十年が経ち、二十年が経っても悪魔はジャックの前に現れず、ジャックは歳を重ねました。詐欺を働いたり、見方によっては義賊のようなこともしたり。それでも、ジャックは歳と共に悪事を重ね、人を騙し続けたのです。けれども、如何にジャックと言っても寿命を騙すことは出来ませんでした。そしてジャックは年老いて死んでしまいました」 : 0:この世でないどこか。 0:ジャックの魂が浮かんでいる。 : ジャック:あぁー……。俺もとうとう死んじまったか。っか! スティンジー・ジャック様の最期も案外あっけなかったなぁ……。まぁ、浴びるほど酒飲んで、クソ領主騙して金せしめて、悪徳商人から金巻き上げて、そんで良いやつのフリしてみたり、トマスも立派に独立してよ。この世でやりたいことはやったやったぁ! よし、んじゃぁ、いっちょ逝ってみっかぁ天国! : 悪魔:「そして人生を終えたジャックの魂は天国に向かいました」 : ジャック:あれ? ここ、天国だよな? おぉーい! 門を開けてくれぇー? ここに天下のスティンジー・ジャック様がいるぞぉ! 地獄の悪魔も真っ青の、智恵者ジャック! 地獄に落ちるにゃ勿体ねぇ! 成人ジャック様たぁ俺のことよぉ! : 悪魔:「けれども、ジャックは生前、人どころか悪魔をも騙す大嘘吐きな悪人でした。天国に受け入れて貰える筈などありません。ジャックの言葉に門は口を閉ざしたままでした」 : ジャック:おーい! 神様ぁ! 俺を中に入れねぇと後悔するぞぉ! ……っくっそう! 開けろって! 一回俺の話を聞いてみろよ。な? 気が変わるぜ? きっと。なぁ、おい! …………なんだよぉっ! 神様のくそったれぇ! : 悪魔:「ジャックは門前払いをされてしまいました」 : ジャック:へ、まぁいいさ。こうなったら、地獄に行ってやらぁ。どんなとこでも案外、住めば都かもしんねぇしな。 : 悪魔:「仕方なく、ジャックは地獄に向かいます」 : ジャック:あぁ? こっちかぁ? 暗くてよく見えやしねぇ。あぁあ。何だってぇジャック様がこんなこと……ちくしょぉ。 : 悪魔:「暗く険しい道を通り、ジャックはやっとの思いで地獄の入り口に辿り着きます」 : ジャック:やっと着いたぜ。ここか……! ……っ誰だ!? : 悪魔:「そして地獄の入り口にはジャックを待ち受ける者がいました」 : ジャック:……! お前さんは……。 悪魔:……ジャック。 : 悪魔:「ジャックが約束をした悪魔です」 : 悪魔:どうしてここに来たんだい? ジャック? ジャック:あぁ、それがよぉ、聞いてくれよ悪魔ぁ。俺ぁさっきまで天国にいたんだけどよぉ。 悪魔:ジャックが、天国に? ジャック:おお。けどよ、あそこは退屈でいけねぇ。それにほら、俺ってよぉ、信心深くないからさぁ、肌に合わねぇっつうか……。 悪魔:それで? ジャック:あぁ、だから地獄に入れてくれよ? 俺は多分、こっちの方が合ってるから。 悪魔:そうだねぇ、あんたならきっと、地獄の方が性に合うだろうさ、ジャック。 ジャック:だよなぁ! 悪魔:ああ。 ジャック:じゃあ、ちぃっとばっかし厄介になるぜ? 悪魔:ジャック、待ってよ。 ジャック:あぁ? 悪魔:でも、それは無理なんだ。 ジャック:無理って、どういうことだぁ? 悪魔:残念だがそれは出来ないんだ、ジャック。 ジャック:残念? へへっ! おいおい、喜べよ。まさかあんだけ欲しがってた俺の魂、いらねぇなんて言わないだろ? 悪魔:ああ、お前の魂は欲しい。 ジャック:だったら……。 悪魔:でも、あんたは約束したじゃないか。 ジャック:約束……。 悪魔:覚えてるかい? ジャック:……ああ、俺の―― : 悪魔:「ジャックの魂を絶対に地獄へ連れていかないこと」 : ジャック:そ、そんな馬鹿な話があるか! 悪魔:あるんだよ。そんな馬鹿な話が。 ジャック:ああん!? 悪魔:あんたの話さ、ジャック。 ジャック:……そ、そんな、う、嘘だろぉ……? 悪魔:残念ながら本当さ。嘘吐きジャック。 ジャック:約束なんて……! 悪魔:言ったろ? あんたは破れても、私には出来ないって。 ジャック:で、でもよぉ……! 悪魔:私は聞いたよ、ジャック。 ジャック:何を……。 悪魔:本当にその約束で良いんだね? ジャック:……もちろんだ。 悪魔:あんたは平気で約束破るけど、私は約束を破れないんだ。 ジャック:……だからどうしたってんだぁ。恨み言なら聞かねぇぞ。いいから早く。 悪魔:いいや。でも、後悔しないでよジャック。 ジャック:くどいなぁ。 悪魔:分かったよジャック。 ジャック:ああ。 悪魔:ねぇ、ジャック。 ジャック:なんだよ、悪魔。 悪魔:そういう、約束だっただろう? ジャック:へへ、へへへ、へへへへへ……あぁそっかぁ。 悪魔:……ジャック。 : 悪魔:「ジャックはその言葉を聞いてがっくりとします」 : ジャック:ということぁ、つまり俺ぁ、 : 悪魔:「天国にも地獄にも行けない」 : ジャック:どこにも、行けないんだなぁ。 : 悪魔:「そのことにジャックはとうとう気付いてしまいました」 : ジャック:なぁ、聞いてくれよ。悪魔。 悪魔:なんだい、ジャック。 ジャック:俺ぁ他人を侮りゃしねぇと言ったけどよぉ。 悪魔:あぁ。 ジャック:信じることもしちゃぁいなかったんだ。 悪魔:そうだねぇ。 ジャック:怠け者で嘘つきな大酒飲みの大層狡賢いクズ。 悪魔:自分で言うのかい? ジャック:誰も言ってくれねぇからなぁ。 悪魔:そうかもね。 ジャック:そんな男の最後の最後が、まさかぁ悪魔に騙されるんじゃぁなくて、騙した悪魔を信じられなくて、こんなことになるんだからよぉ。まったく、とんだケチな男も居たもんだなぁ。 悪魔:……そうだねぇ、スティンジー・ジャック。 ジャック:へへへ、笑っちまうよ。 悪魔:私はあんたのこと、 ジャック:ああ? 悪魔:笑いやしないよ、ジャック? ジャック:そうかい。そいつぁありがてぇ。 悪魔:どういたしまして。 ジャック:……へへ、邪魔したなぁ、悪魔。 : 悪魔:「地獄に居場所の無いジャックは、悪魔に背を向けます」 : ジャック:俺ぁもう行くよ。 悪魔:どこへ? ジャック:さぁな? 俺が聞きてぇくれぇさ。まぁ、なんとかなるさ。俺が今まで来た道も、決して日の当たる道じゃあ無かったんだ。それに俺ぁスティンジー・ジャック。悪魔を二度も騙して今更、何が恐ぇ訳もねぇ。 : 悪魔:「今来たばかりの闇に向けて足を踏み出すジャック」 : 悪魔:待ちなよ、ジャック。 : 悪魔:「すると悪魔がジャックを呼び止めて言いました」 : ジャック:……なんだよ? やっぱりやめるのか? 約束。 悪魔:それはできない。 ジャック:ああ、そうだろうなぁ。じゃあ、何だ? 悪魔:これ、あんたに。 ジャック:なんだ、火? 悪魔:消えることの無い地獄の火だよ。 ジャック:そんなの、貰って良いのかよ? : 悪魔:「『お前を地獄で受け入れてやることは出来ないが、あの灯りも無い暗い道を一人で歩くのはあまりにも可哀想だ。だから、こいつを持っていけ』」 : 悪魔:……ほんとは駄目だけどねぇ。 ジャック:おいおい。 悪魔:どこにも行けないあんただけど、その火がきっとあんたの拠り所になる。 : 悪魔:「と、消えることの無い地獄の火をジャックに分けてあげました」 : ジャック:……すまねぇな。 悪魔:ほんとだよ。でも、まぁ、美味しかったからねぇ、そのお返しさ。 ジャック:美味しかった? 何が。 悪魔:あんたの、魂の代わり。 ジャック:ああ。 悪魔:天にものぼる味だった。 ジャック:へへ、そうか。 悪魔:あんたの母さんねぇ。 ジャック:お袋? 悪魔:ちょいと調べてみたんだけど、天国行ったみたいだよ。 ジャック:……そうか。そいつぁ。 悪魔:まったく、私が天国に行ったらどうしてくれるんだい? ジャック:へへ、悪かったよぉ。でもお前さんならきっと上手くやれるよ。 悪魔:ふふ、それは無理だけどね。 ジャック:あぁ? どうしてだぁ? 悪魔:私、サタンだから。 ジャック:は? 悪魔:一度追放されてるし? ジャック:……へ、へへっ! そいつぁ面白ぇ! 俺達ぁ天国から追放されたサタンと、サタンから追放されたジャックって訳だぁ! 悪魔:あんたは勝手にそうなったんだけどね。 ジャック:なら、俺のが一枚上手ってこった。 悪魔:言ってなばーか。 ジャック:あぁ、行ってくるぜばっきゃろう。 : 0:二人、笑い合う。 : 悪魔:達者でな、ジャック。 ジャック:ありがとよ、悪魔。 : 0:ジャック、去る。 : 悪魔:さようなら、愛しの……ふふ、なんてね。 : 0:◆ : 0:闇の中、火を持ったジャックが歩いている。 : 悪魔:「ジャックは悪魔と別れを告げると、悪魔に貰った火を携えて、暗い闇の中を歩きます」 : ジャック:あっちっちぃ……しっかしよぉ、この火ぃ、消えないのは良いが、あっついなぁ、悪魔さんよぉ? こりゃぁたまんねぇや。 : 悪魔:「しかしその火は、そのままではあまりにも熱いのです」 : ジャック:あぁ~、なぁんか、良い方法ぁねぇかなぁ? ……お? : 悪魔:「ジャックは道ばたに萎びた大きなカブがあるのを見つけます」 : ジャック:こいつぁちょうどいい。へへ、ここを、こうしてぇ……! ぃよぉし! : 悪魔:「中身を刳り抜き火を入れると、カブは立派なランタンになりました」 : ジャック:ジャック・オー・ランタンってね。へへっ悪くねぇなぁ。……よっとぉ。 : 悪魔:「カブのランタンを持ち上げると、ジャックはどこへともなく去って行きました」 : ジャック:さぁて、行くか。天国でも地獄でも無いどこかへ、なぁ? : 悪魔:「そうです。天国へも地獄へもいけないジャックは、今でもどこかを彷徨っているのです。手にしたランタンに熱く燃える悪魔の火を灯して」 : 悪魔:「おしまい」