台本概要
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タイトル | 天使と悪魔と捨て猫と。◆Part 1◆ |
---|---|
作者名 | 音佐りんご。 (@ringo_otosa) |
ジャンル | ファンタジー |
演者人数 | 5人用台本(男2、女2、不問1) |
時間 | 50 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
敵対する天使と悪魔が拾った猫を切っ掛けに仲良くなる話。自らの宿命と、心の狭間で揺れる天使と悪魔の物語。 本作は三部作のPart1になります。結構ライトな話なのでほとんどドタバタコメディです。 《あらすじ》 敵対している天使と悪魔。七十四回目の戦闘の帰路、悪魔が捨て猫を拾う。地獄に連れ帰ろうとするが、彼の家には既にケルベロスがいるため飼うことができない。後輩の悪魔にもあたるが断られる。仕方なく、顔見知りの天使を頼ることに。 彼の頼みを最初は断る天使だったが、ネコの愛らしさに陥落。引き受けることに。しかし、天使は生き物の扱いに慣れておらず、飼育経験のある弟の天使に聞く。そして全て任せるのは悪いと思った悪魔が餌を届けるために天使のもとを訪れて――。 《各Partの特徴》 Part1:コメディ色強め、物語の切っ掛け。序 文字数15,000字(50分) Part2:恋愛色強め、物語の進行と転換。破。 文字数13,000字(40分) Part3:シリアス強め。物語の結び。急。 文字数18,000字(60分) ※全Part通す際の登場人物の配役表です。以下の通りであれば5人で回せます。 ドライアン+悪魔C グレモリア+悪魔A+天使D カルミア+天使C レリア+天使B+悪魔D ウル+ベル+「声」+悪魔B+天使A ・「ドライアン」と「グレモリア」と「カルミア」と「レリア」は全Part出ます。 ・「ウル」は(Part1)と(Part3)の役名です。 ・「ベル」と「声」は(Part2)の役名です。 ・「天使A~D」と「悪魔A~D」は(Part3)の役名です。 《注意》 アドリブや演出、配役については特に言及しません。ご自由に。 一応難しそうな単語については振り仮名(ふりがな)を配置しておりますが、万全では無いかも知れませんのでご注意を。 必殺技や叫び声、鳴き声等はフィーリングで演じていただければ幸いです。 155 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
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ドライアン | 男 | 171 | 名前=ドライアン・ダラス 種族=悪魔 性別=男 備考=鈍感系。 |
グレモリア | 女 | 34 | 名前=グレモリア・グリモニー 種族=悪魔 性別=女 備考=一途な後輩。 |
カルミア | 女 | 163 | 名前=カルミア・ラティフォリア 種族=天使 性別=女 備考=ややツンデレ。 |
レリア | 男 | 28 | 名前=レリア・アンセプス 種族=天使 性別=男 備考=姉を溺愛。 |
ウル | 不問 | 33 | 名前=ウル 種族=猫 性別=メス 備考=「みゃあ」しか台詞がありません。 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
敵対する天使と悪魔が拾った猫を切っ掛けに仲良くなる話。自らの宿命と、心の狭間で揺れる天使と悪魔の物語。
本作は三部作のPart1になります。結構ライトな話なのでほとんどドタバタコメディです。
《各Partの特徴》
Part1:コメディ色強め、物語の切っ掛け。序 文字数15,000字(50分)
Part2:恋愛色強め、物語の進行と転換。破。 文字数13,000字(40分)
Part3:シリアス強め。物語の結び。急。 文字数18,000字(60分)
《あらすじ》
敵対している天使と悪魔。七十四回目の戦闘の帰路、悪魔が捨て猫を拾う。地獄に連れ帰ろうとするが、彼の家には既にケルベロスがいるため飼うことができない。後輩の悪魔にもあたるが断られる。仕方なく、顔見知りの天使を頼ることに。
彼の頼みを最初は断る天使だったが、ネコの愛らしさに陥落。引き受けることに。しかし、天使は生き物の扱いに慣れておらず、飼育経験のある弟の天使に聞く。そして全て任せるのは悪いと思った悪魔が餌を届けるために天使のもとを訪れて――。
《注意》
アドリブや演出、配役については特に言及しません。ご自由に。
一応難しそうな単語については振り仮名(ふりがな)を配置しておりますが、万全では無いかも知れませんのでご注意を。
必殺技や叫び声、鳴き声等はフィーリングで演じていただければ幸いです。
0:天使と悪魔と捨て猫と。◆Part 1◆
:
0:◇Phase 1◇
0:《戦場》
0:
0:響く雷鳴と剣戟の音。
0:ドライアンとカルミアが戦いながら話している。
ドライアン:ぬおおっっ!!
カルミア:っは!
ドライアン:てりゃぁっ!!
カルミア:――遅い。とぁ!
ドライアン:っく! ふははは! 相変わらずやるじゃねぇか、天使さんよぉ!
カルミア:貴様もな。
ドライアン:おぉ、なんだぁ? 認めて……っ! くれるってかぁ? 可愛い天使よぉ!
カルミア:はぁぁあっ……! やめろ、――鳥肌が立つわ。ウスノロ悪魔。相変わらず貴様は弱いと言ったまで。
ドライアン:そう、かよっ! その割にはいっつも俺に勝て無いじゃねぇか、えぇ?
カルミア:旗色(はたいろ)が悪くなると貴様がいつも無様に逃げるからだろう。いい加減見飽きたわその背中。
ドライアン:っは、てめぇこそ顔色が悪いぜ。こうやって正面切って闘ってっと、泣きそうな面しやがるくせに。いつもは許してやってんだ、弱い者いじめは好きじゃねぇからよ。
カルミア:悪魔のくせによく言う。貴様の顔が見るに堪(た)えないからだ。この私が手を抜いているとも知らず図に乗りおって。……いや、口が減らないのは悪魔だから、か?
ドライアン:はぁ?
カルミア:言葉で誑(たぶら)かすだけしか能がないから、尻尾を巻いて逃げるのだろう? 負け犬が。
ドライアン:上等だ! ゴリラ天使。今日こそはその高ぇとこから引きずり下ろして泣かしてやる。
カルミア:っは! よかろう。今日こそは地に平伏させて言い声で鳴かしてやるわ。
ドライアン:うおぉぉぉぉ! 天使ぃぃっ!
カルミア:はぁぁぁぁっ! 悪魔!
0:続く剣戟の音と、時折混ざる両者の怒声や笑い声。
0:やがてその音が止むと、仰向けに寝転がり息の上がった二人の声。
ドライアン:……っく、はぁ、はぁ――
カルミア:……ん、はぁ、はぁ――
ドライアン:ぁぁあ、っくそ、またか!
カルミア:こちらの、台詞だ。忌々しい……!
ドライアン:何度目だ、えぇ?
カルミア:そんなもの数えるか、馬鹿者。
ドライアン:はは、教えてやる、これで七十四回だ。
カルミア:っ、貴様いちいちそんなもの数えておったのか、……だから負けるんだ。
ドライアン:負けてねぇ、引き分け。
カルミア:天使にとって悪魔との引き分けなぞ、敗北と同義だ。
ドライアン:っは、生きてる限り勝ちなんだよ、俺達悪魔は。
カルミア:ふん、汚らわしい。
ドライアン:お綺麗なこった。
カルミア:当然だろう? 私は天使カルミア・ラティフォリア、高潔なる神の使徒だ。だから敗北は許されない。
ドライアン:っは。合わねえな。この俺、悪魔ドライアン・ダラスは自由と勝利を愛してる。だから自由に生きている限り俺の勝ちだ。
カルミア:そんな思想、合ってたまるか。悪魔め。
ドライアン:そうだな天使さま?
カルミア:……しかし、生きている限り、か。我々は何のために生き、そして殺すのだろうな。
ドライアン:何だ? 今日の天使さまはピロートークがお望みか?
カルミア:貴様、八つ裂きにされたいか?
ドライアン:おいおい、冗談だよ。熱くなんなって。
カルミア:気色の悪い冗談はやめろ、寒気がする。
ドライアン:へいへい。まぁ、んなことしたら冗談抜きで昇天しちまうだろうけどな。
カルミア:こちらは闇に墜ちる。そして死んだ方がマシだ。その時はお前も殺すが。
ドライアン:おー、こえーこえー。――まぁ、でもよ。そういう定めだ。俺達は。
カルミア:うん?
ドライアン:俺は思うんだよ、こうして生きてっと。俺達はきっと、出会うために生きているんだ。ってな。
カルミア:何?
ドライアン:生きて、出会う。だってよ、死んでたら出会えないからな?
カルミア:当たり前だろう。
ドライアン:そう、当たり前のように生きて出会い、そして――
0:間
ドライアン:――殺すんだ。
カルミア:――殺すのだ。
0:雨が降り始める音。
0:
0:◇Phase 2◇
0:《帰路》
0:
0:足を引きずり、雨の中を歩くドライアン。
ドライアン:ああ、っ痛ぇなぁ……。また負けちまったじゃねぇか、情けねぇ。我ながらなんて運の悪さだよ。行く先々に出やがって、あのゴリラ天使。
ドライアン:――定め、か。
ドライアン:……っは。あほらし。いつかは殺すんだ。何十回巡り会おうとそんなもんは関係ねぇ。それが定めだ。
ドライアン:にしても、痛ぇな。あいつ、ほんとに手加減なんてしてんのかよ。……そんな訳ねぇか。所詮負け惜しみだ。まぁ、引き分けだが。
ドライアン:良くて、引き分け……か。
0:小さな猫〈ウル〉の鳴き声。
ウル:みゃあ。
ドライアン:んあ? 何だ――猫、か?
0:ドライアン、捨てられた猫を見つける。
ドライアン:おいおい、こんなところでどうしたんだよおめぇ。もしかして……捨てられたのか?
ドライアン:そいつは運が無かったな。まぁ、ひとのこと言えねぇか。そしてお前は家がねぇ。くははははは、傑作(けっさく)だ。
ウル:みゃあ。
ドライアン:お、ウケた? そいつは結構。なんだお前、案外ノリの良い猫だな。
ウル:みゃあ。
ドライアン:ふうん。こんなところで放って置かれるのもかわいそうだし、ここに通りがかったのも何かの縁だ、よし俺がお前を――殺してやろう。
ウル:みゃあ。
ドライアン:お前が待つのは救いの神か、それとも死か。んなもんどっちだって同じだよな?
ウル:みゃあ。
ドライアン:でもよ、こんなとこに捨てられて死にかけてるわりには、良い目をしてるぜ、お前――運命なんて逆らってやる。そんな目だ。
0:間。
ドライアン:……良し。気に入った。
ドライアン:お前、俺と来ねえか?
ウル:みゃあ。
ドライアン:即答だな。良いぜ。お前は今日から俺の家族だ。
ウル:みゃあ。
ドライアン:名前は、そうだな。……その瞳と、この雨の下で出会えたから、ウル――なんてのはどうだ?
ドライアン:嬉しそうじゃねぇか。
ウル:みゃあ。
ドライアン:……おいおいおい。この俺は生まれてこの方、ずっと犬派だったが、何だよ猫も悪くねぇもんだな。
ウル:みゃあ。
ドライアン:……犬? あ。ベルのこと忘れてた。おまえ、ベルと仲良くできっか?
ウル:みゃあ?
ドライアン:うん、お前は大丈夫そうだが、問題はべるの方か。うーん、あいつ小せぇもん何でも囓(かじ)るからな……。困ったな。
ウル:みゃあ。
ドライアン:おいおい、そんな目で見るなよ、ウル。見捨てねぇよ。一度拾った命だ、しっかり面倒見るぜ。悪魔ドライアン・ダラスに二言はねぇ。
ウル:みゃあ。
ドライアン:……ってもなぁ。あー……どうすっか。代わりに誰かに押しつけるか? それは最高に悪魔っぽいな。よし。
ウル:みゃあ。
ドライアン:『悪魔ドライアン・ダラスの名において、我と彼の者に水晶の蔓(つる)を結わえよ《クォーツ・ウェイブ》』
0:電話のような発信音。
グレモリア:はい、あなたのグレモリア・グリモニーっす。
ドライアン:グレモリア、俺だ。
グレモリア:知ってますよ。今時、悪魔式通信魔法通称アマホでかけてくる悪魔なんてドライ先輩くらいですからね。いい加減スマホくらい持ったらどうすか? 文明の利器、便利っすよ。
ドライアン:必要ない。
グレモリア:いや、こっちが不便なんでやめて欲しいんすけど。久しぶりだと頭ガンガンするんすよね、これ。
ドライアン:お前の都合なんて知らねぇよ。頭カチ割れろ。
グレモリア:ああっ! 流石先輩! 鬼畜で素敵だな~、正に悪魔の鑑! あたしの憧れっす!
ドライアン:うるせぇ、お前と話してると頭キンキンするんだよ。
グレモリア:おそろいっすね。あたし達、今頭痛で繋がってるっす……ね。っは! つまり今あたしの脳は先輩の脳で、先輩の脳はあたしの脳。あたしの中に先輩がいて、先輩があたしの中に……。あたしは今、先ぱ――
ドライアン:――やっぱ何もねぇわ。
0:ぶつっと切れる音。
ドライアン:…………はい。こちらドライアン。
グレモリア:ちょちょちょ、切らないで下さいよ。てかアマホ久しぶりに使いました。
ドライアン:本当は切り刻んでやりたいんだが。
グレモリア:流石先輩ドライっすね。ドライ先輩だけに。
ドライアン:お前のその粘着質、どうにかならんのか?
グレモリア:無理っすね。あたしの心はいつもドライ先輩の為に潤(うるお)ってるんすよ。
ドライアン:うるせぇ涸(か)れろ。
グレモリア:いけず。……それで何のご用ですか? あの先輩が、珍しく、このあたしに。愛の告白ならこの胸の動悸(どうき)に誓って謹むことなく二つ返事でオーキードーキーです。
ドライアン:喜ばしいことに違う。
グレモリア:それは残念です。では、仕事の?
ドライアン:それも違うな。
グレモリア:では何でしょう? 一緒に暮らそう! とか。
ドライアン:惜しいな。
グレモリア:ですよねー……ん? え、マジすか?
ドライアン:まぁ、住む場所は探してる。
グレモリア:ちょちょちょちょちょ! マジすか! イェア! あたしの時代来たか、おい! 是非、一つになりましょう! やったー!
ドライアン:あー、俺じゃ無いんだ。
グレモリア:え? 俺じゃ無い? どういうことですか?
ドライアン:探してるのは俺のじゃ無くて、まぁ、その、ウルのなんだよ。
グレモリア:ウル? ……何すか? どこの女すか、そいつ。
ドライアン:いや、女とかじゃ無くて、猫だ。今さっき拾って名付けた。可愛いだろ? あ、でもメスだなこいつ。
グレモリア:どこぞのメス猫をうちに置けと先輩は仰るのですね?
ドライアン:まぁ、そうだな。ほら、うちにはよ、ベルがいるから。猫飼えないんだよな。で、お前に頼もうと思って。
グレモリア:……すみませんが、いくら先輩のためでもそれは出来ません。あたし、先輩にかわいがられてる生き物見ると嫉妬で殺しちゃいますから。
ドライアン:……おめぇベルに手ぇ出したらぶっ殺すからな。
グレモリア:あー、大丈夫っす。あいつは可愛くないので。
ドライアン:あ? 可愛いわ、馬鹿野郎。地獄で一番可愛いまであるわ。目ぇ腐ってんのか。
グレモリア:恋は盲目ってやつっすよ。まぁ、冗談はさておき、その猫って、どんな猫っすか?
ドライアン:どんな? 普通の猫だよ。
グレモリア:んー、首とか目とか尻尾が多くてイカツイ感じ?
ドライアン:いや。すげぇかわいい。
グレモリア:んー、翼とか角とか触手とか生えてる?
ドライアン:いや、ちょこんと三角の耳が二つだけ。
グレモリア:んー、皮が岩みたいに硬いとかゲル状?
ドライアン:いや、もふもふしてる。
グレモリア:んー、ドラゴンよりでかいとか。
ドライアン:いや、手に乗るくらいだ。
グレモリア:んー、……普通の猫っすね。
ドライアン:そうだよ。捨て猫だ。
グレモリア:じゃあ、やっぱダメっすね。
ドライアン:どうしてだ、猫嫌いか? それとも、お前んちペット駄目か?
グレモリア:まぁ、あたしは別に好きでも嫌いでも無いんすが、あたしのそば居たらその子、多分……死ぬか魔獣になりますね。
ドライアン:マジか。
グレモリア:てか、そもそも地獄の環境に耐えられないと思います。弱いですからね、普通の生き物は。だから、先輩の頼みを断るのは断腸(だんちょう)の思いっすけどそういう訳であたしは、先輩のどんな卑猥(ひわい)なご期待でも応えられますがこのお願いには応えられないっす。
ドライアン:お前さぁ。……まぁいいや。
グレモリア:いや、ツッコんで下さいよ!
ドライアン:いやだ、疲れた。
ウル:みゃあ。
ドライアン:お前も疲れたよなー。取り敢えずメシやらねぇと。んじゃ、切るわ、グレモリア。
グレモリア:あ、待って下さいっす。
ドライアン:何だよ?
グレモリア:見つかると良いっすね、飼ってくれるやつ。
ドライアン:おう、ありがとよ。まぁ、あてが無いことも無い。
グレモリア:それは良かったっす。あ、それから――
ドライアン:何だ?
グレモリア:――愛してます。
0:間。
ドライアン:冗談は、よせ。
グレモリア:ええ、半分冗談っす。
ドライアン:切るぞ。
0:切れる音。
グレモリア:半分、本気っすけどね。
0:
0:◇Phase 3◇
0:
0:《帰路2》
0:
0:ふらつきながら飛翔する天使カルミア。
カルミア:はぁ、はぁ、…………っく、悪魔ドライアン・ダラス。
カルミア:……あんな……はぁ、化け物相手に、互角の戦いをしておったのが、不思議だ。あの軽口、余裕な態度。まさか手を抜かれておるというのか? この私が、遊ばれている……? だとしたら、次は、無いかも知れぬな。しかし――
0:間。
カルミア:――天使に敗北は許されぬ。その先にあるのは死だ。
カルミア:とはいえ、勝利の果てに何があるというのか? 戦いだ。新たな敵。私は、脅威を打ち払う。生きておる限り――殺す。生きている限り、勝利なんて。でも。もし私があいつのように――いや、そんな志では今度こそ負けてしまう。
カルミア:気合いを入れろ。ははは、私らしくない。こんな姿、レリアには見せられぬな。それに……あいつにだって――いや、詮(せん)無いことだ。
カルミア:……そう、次こそは。次に会ったときこそは、この手で仕留めてやる。待っておれドライアン・ダラス!
カルミア:ドライアン・ダラス! ドライアン・ダラスゥーーっ!!!!
0:ドライアン、現れる。
ドライアン:呼んだか?
カルミア:ほぁっ!? ドライアン・ダラス?!
ドライアン:ああ、俺だが。
カルミア:貴様、どうしてこのようなところに! 事と次第によっては八つ裂きにするぞ! いや、今すぐこま切れだ! ドライアン・ダラス!
ドライアン:いや、怖ぇな。というかよ、その……、
カルミア:何だ……?
ドライアン:そんな何度も名前呼ばれるの初めてだから、……なんていうか、むずがゆい。
カルミア:なっ! あ、ああそうだな……! この悪魔め! 悪魔め! ははっ! ははははは! あぁぁぁ……!
ドライアン:カルミア。
カルミア:へ?
ドライアン:カルミア・ラティフォリア。実はお前に、折り入って頼みがある。
カルミア:な、何だ急に!? 私は天使だぞ! 貴様の頼みなぞ――
ドライアン:天使だからこそだ。お前が天使だから頼むんだ。突然で済まないが、聞いてくれるか?
カルミア:いつもはこちらの都合など気に留めず話し始めるくせに、なんなのだ? 一体、どうしたというのだ?
ドライアン:お前以外に頼めるやつがいないんだ。お前だけが頼りなんだ! なぁ、天使カルミア!
カルミア:落ち着くのだ、なぜ私を頼る、悪魔のお前が。
ドライアン:……お前が天使で、信頼できるやつだからだ。
カルミア:信頼?! 馬鹿を言うでない! っは! 分かったぞ、いつもの軽口だ、狂言だ。油断させておいて、その隙を突くつもりであろう、その手には――
ドライアン:俺はお前にだけはそんなことしない!
カルミア:へ?
ドライアン:何度剣を交えたと思う? 七十四回だ。一度として勝てていない。俺はどんな仲間より俺はお前と戦場にいる。お前とは正々堂々決着をつけるって決めてんだ。こんなところで、俺はそれを穢(けが)したくない。この戦いは特別なんだ! その気持ちに偽りは無い。お前もそうだろう!
カルミア:……! ああ、悔しいがその通りだ。この戦いを特別に思う気持ちが私に無い無いと言えば嘘になる。だからこそ! 何故、貴様はここに現れた? 再び戦場で相見えるのが道理では無いのか? 貴様は一体私に何を願おうというのだ? 言え、ドライアン・ダラス。貴様はこの天使に何を願う?
ドライアン:命を――。
0:間。
ドライアン:命を、救って欲しい。
カルミア:命……?
ドライアン:お前がいないと、生きていけないんだ。頼む。
0:間。
カルミア:んあっ?! なななな、何を言っておるのだ貴様! どういうつもりだ! そういう意味か? 特別とは、まさか、そんな、分かっておるのか! ……天使と悪魔だぞ? 敵同士なのだぞ! そんなこと許されるわけがない!
ドライアン:分かっている。でも、お前にしか、頼めない。
カルミア:わ、私は、いや私達は――そういう定めなのだ。誰に何をどう願ったところで、それは変えられぬ。戦うしかないのだ。殺し合うことが宿命なのだ。それを今更、違う形になど……。冗談にも程がある!
ドライアン:聞いてくれカルミア! 俺は真剣なんだ! 真剣に、お前に――!
カルミア:っく、わ、分かった。頼みを、聞こう。
ドライアン:ほ、本当か?! でもまだ俺は何も――
カルミア:みなまで言うな! 分かっておる。ドライアン。言葉を交わさずとも、貴様の考えていることなど分かる。貴様と私が何度剣を交えたと思っておる?
ドライアン:ありがとう! カルミア!
カルミア:っふ。しかしこれは随分(ずいぶん)険しい道だな。
ドライアン:ああ、そうかもしれねぇ。
カルミア:よもやこのような形で運命に逆らうことになるとは思わなかった。だが、不思議と不安は感じない。寧ろ、希望に溢(あふ)れているほどだ。
ドライアン:それは頼もしい限りだ。お前となら乗り越えられるって信じてるぜ。
カルミア:ああ。貴様がそう言ってくれると心強い。どんな困難が待っていたとしても、乗り越えてみせよう。
ドライアン:幸せにしてくれよな。
カルミア:っふ、随分ひと任せだな。良いだろう。天使カルミア・ラティフォリア。全身全霊を以て幸せにすると誓おう。
ドライアン:ありがとう! カルミア!
カルミア:ふふふ、これほど心が躍ったのは初めてだ。ドライアン、これからは私と共に――
ドライアン:――じゃあ、ウルを頼んだぞ。
ウル:みゃあ。
0:間。
ウル:みゃあ。
カルミア:…………猫?
ドライアン:ああ、可愛いだろ? ウルって名前なんだ。幸せにしてくれよな。
カルミア:ちょっと――
ドライアン:ん?
カルミア:ごめん。ちょっと、待って。
ドライアン:うん?
カルミア:……あー、……はいはい。……あー、はは、はは、成る程、あっ、あっ、そういう、あ―…………は、はははは、ははははははは! ぬぐぅ……あ、ああ、あああ、あああああ、あああああああああああああああああああああああーーーーーーーっ!
ドライアン:ど、どうしたんだよ、カルミア?!
カルミア:――いや。
0:間。
カルミア:何でもないぞ。可愛い猫ちゃんに少し、動揺しただけだ。気にするな。
ドライアン:そ、そうか? ほんとに頼んで、良いんだよな? お前に断られたら、こいつはもう……
カルミア:ああ、分かっておる。心配するな。カルミアにお任せだ。
ドライアン:でも、お前、ほんとに良いやつなんだな。
カルミア:て、天使として当然、だ。
ドライアン:俺が言うのも何だが、七十四回も戦ってきた永遠の敵が連れてきた捨て猫の面倒を何も聞かずに見てくれるなんて、さすが天使!
ドライアン:って感じだ。やっぱり悪魔とは心の在り方が違うんだろうな。
カルミア:そ、そうだな。うむ、当然だ。
ドライアン:ほんとにありがとな。流石悪魔ドライアンの宿敵だ。
ドライアン:じゃあ、頼んだぜカルミア。あんまり長居すると他の天使に見つかるかも知れねぇから、今日のところはこの辺りで。
ドライアン:あ、またなんかあったら呼んでくれよ。あと、お前なら大丈夫だと思うけど、育て方書いといたから。
カルミア:ああ、い、いらぬ心配だ。
ドライアン:じゃあ、ウルのこと、よろしく頼んだ。また、戦場で! ……ってのも変か。
0:間。
ドライアン:お前と敵で本当に良かった。
0:ドライアン、去る。
カルミア:敵、か。……会えて良かった、と言って欲しかったなどと願うのもおかしな話か。
ウル:みゃあ。
カルミア:そなた、ウルというのか?
ウル:みゃあ。
カルミア:確かに、なかなか可愛いではないか。よしよ――
0:カルミア、ウルに手を伸ばす。
ウル:みゃ。
カルミア:あ。
0:が、指を囓られる。
カルミア:痛い。
カルミア:……こんなことで、果たして上手くやっていけるのだろうか?
ウル:みゃあ。
0:
0:◇Phase 4◇
0:《カルミアの家》
0:
0:疲れ果てたカルミアが倒れている。
カルミア:ああ、ウル……、そなた、ちょっとやんちゃすぎるぞ……。
カルミア:私のお気に入りのハープで爪研ぐし、雲のベッドはマーキング。研究中の魔方陣は一から組み直し――あぁぁぁぁ……。
カルミア:安請け合いするんじゃなかった。でも、仕方ないじゃないか。思い出すのも忌々しいが、あんな勘違いしてしまった私が悪いのだから。あぁ。私って天使向いてないのかな……?
ウル:みゃあ。
カルミア:じっとしとると可愛いんだが、な。この惨状どうしたものか。あやつに……いやいや。昨日の今日で頼るなんて、天使としての矜恃(きょうじ)が許さぬ! それに、顔を見るのが……。と、とりあえず、レリアに相談してみるか!
0:カルミア、歌い始める。
カルミア:「澄みわたる深い夜、わたしを呼ぶ声がする。振り返る思い出を、あなたが呼ぶ声がする。星空に繋いで、《スター・コネクト》」
0:電話のような発信音。
レリア:あっぶね。――はい、姉さんだけのレリア・アンセプス。
カルミア:レリア。今いい?
レリア:もちろんです。今、悪魔を六体ほどぶち殺しているところで……四体になりましたが、喜んで。
カルミア:そう、忙しいところすまぬな。
レリア:そんな! 姉さんが謝ることではありません、こいつらがとっとと滅びないのが悪いのです、――我が絶園(ぜつえん)の調(しらべ)に惑え《旋律のスターレス・ナイト・パーティクル改》
レリア:失礼。終わりました。姉さん。
カルミア:流石レリアだ。
レリア:いえいえ、雑魚でしたから。ところで姉さん。差し出がましい提案で恐縮なのですが、スマホを持ってみるのに興味はないでしょうか?
カルミア:無いが、どうして?
レリア:即答ですね。今時カビ臭い天空音楽系念心術カラケーなんて――いえ、呼び出すときに歌うお手間を省けるので、便利なのでは無いかと愚考した次第でございます。
カルミア:そんな物よりイメージ共有術の方が便利であろう? 私の見ておる光景をそのまま伝えられるし、電池も電波も気にしなくて良い。歌うのも慣れると結構楽しいものよ。
レリア:流石姉さん! 全く以てその通りでございます! 意識に直接干渉してくる無駄な高精細画像に気を取られて危うく死にかけましたが、いやぁ何度体験しても素晴らしいです!4K5Kは目じゃないぜ! それに電池や電波いりませんもんね!
レリア:……まぁ、天界は5Gも給電マイクロ波も飛び交ってるので気にする要素ゼロなのですが。
レリア:うん。……本当にいりませんか? スマホ。天使向けアプリ『ソライン』とか便利ですし。
カルミア:くどいな。いらんと言っておろう?
レリア:そーですよね! はははは。失礼致しました。……はぁ。それで、いかがなさいましたか? カルミア姉さん。何か、困ったことでも?
カルミア:実は猫を――拾ったのだがな。
レリア:猫? どこの泥棒猫ですか?
カルミア:泥棒猫? 泥だらけで死にかけていたらしい仔猫だが。
レリア:なるほど! 流石慈悲深き僕の姉さん。ちっぽけな畜生にも憐れみを施す清廉(せいれん)なる至高の天使。
カルミア:大袈裟な。
レリア:いいえ、こんな言葉じゃ足りないくらいです、姉さんの素晴らしさを表すには。あああ、足りない! 足りないよ! こんな言葉じゃ、姉さんへの愛が! 姉さんを、僕の愛を表すには!
0:間。
レリア:失礼、魔力の流れが乱れていたようですね。
カルミア:そうなのか? 大丈夫かレリア?
レリア:ええ。ご心配おかけして申し訳ありません。
カルミア:そうか? それで、猫のことなのだが、どうやって育てたら良いのか勝手が分からなくてな。レリアは昔、猫を飼ってただろ? そういったことが得意かと思ってな。
レリア:僕を頼ってくれて嬉しいです、恐悦至極(きょうえつしごく)ですよ姉さん! あれは、猫というか、獅子を祖型(そけい)とした恐ろしい霊獣ですが。姉さんにとっては似たようなものですよね。ええ、ある程度は期待に応えられるかと。
カルミア:良かった。猫の餌ってとりあえず何かの生肉とか草で良いのだな?
レリア:……。ものによりますが。どんな猫ですか?
カルミア:猫に種類があるのか?
レリア:ありますね。
カルミア:こんな、猫だ。
ウル:みゃあ。
レリア:ああ、ほんと普通の猫ですね。たぶん雑種のイエネコです。
カルミア:それで、此奴は何を食べるのだ?
レリア:見たところ、生後二ヶ月程度でしょうか、もう普通食でもいけそうですね。
カルミア:普通食とは、何の肉だ? やはり、ネズミか?
レリア:いや、キャットフードで良いです。人間界で買ってきて下さい。回数は一日に二、三回くらいでしょうか。大人になるとそんなに回数は多くなくて、ゆっくり食べるのであまり気にしなくても良いですよ。猫によって好みもあるので、カリカリだけじゃなくて、缶のやつとかもあげると良いかもしれません。
カルミア:結構詳しいな。
レリア:ええ、まぁ。ああ、それと拾ってきたんですよね?
カルミア:……ああ。
レリア:何ですか、今の間は? まさか、攫(さら)ってきたんですか?
カルミア:そんな訳無いだろう! ……捨て猫だ。
レリア:そうですか。だったら、まぁ一応病院に連れて行くことをオススメします。
カルミア:どうしてだ?
レリア:病気とか、持ってるかも知れないので――
カルミア:「この世の遍(あまね)く病魔に警告する《奇跡のヒリング・スターライト》』
レリア:…………。
カルミア:これで大丈夫か?
レリア:姉さん。それ、猫に使うやつじゃないです。
カルミア:え? 駄目だった?
レリア:死の淵(ふち)の病人とかを救う……まぁ良いです。病気の問題もクリアです。
カルミア:他にも何か必要なのか?
レリア:そうですね、あとは猫のトイレと爪研ぎは必須ですね。それから――敵です。
カルミア:敵?
0:間。
カルミア:どういうことだ、戦わせるのか? レリア?
レリア:いえ、そうじゃなくて、敵が来たので失礼します、姉さん。まぁ、大変でしょうが頑張って下さい。僕も頑張りますので。
カルミア:ああ、そういうことか。
レリア:それでは、愛しております、姉さん。
0:通話の切れるような音。
カルミア:ひとまず、キャットフードとやらを調達するか。
ウル:みゃあ。
カルミア:おとなしく待っていろ、と言ってもどうせ聞かんのだろうな。しかしこれ以上荒れるのは勘弁願いたい。……うむ、仕方ない。ここは彼奴(あやつ)に任せるか。
カルミア:いや、だが、しかし……。
カルミア:うぅ……む、いや。
カルミア:元はと言えば、彼奴が元凶。責任もあろう。そ、そうだ! そうと決まれば、。
ウル:みゃあ。
0:カルミア、歌い始める。
カルミア:「澄みわたる深い夜、わたしを呼ぶ声がする。振り返る思い出を――」
0:電話のような着信音。
カルミア:え、え?! な、何?
ドライアン:こちらドライアン。
カルミア:…………。
ドライアン:……? こちらドライアン。おーい、どうした? 天使。あれ、繋がってるよな? 失敗したかな……?
カルミア:……ドライア――悪魔か。
ドライアン:おう。さっきぶりだな。いや、試したこと無かったんだが、悪魔式通信魔術って天使とも通じるんだな。知らなかったわ。
カルミア:そのようだな。では、やはりカラケーも通じるのだろうか……?
ドライアン:カラケー?
カルミア:いや、何でも無い。それで、どうしたというのだ? ……悪魔である貴様が、このように気安く連絡してくるなぞ、虫唾(むしず)が走るが、――故に危急の用なのであろう? 申してみよ。もし違ったら、殺す。
ドライアン:おうおう、おっかねぇ天使さまだなぁ。そうなんだよ、一つ忘れていたことがあってな。
カルミア:なんだ? 懺悔(ざんげ)か? 悪魔の懺悔なぞ聞き届ける気は無いが。
ドライアン:ちげぇよ、メシ!
カルミア:メシ? 食事のことか?
ドライアン:そうそう、お前にウルのこと任せちまったからな。それくらいは俺が持とうと思ってな。
カルミア:……つまり食事を、奢る、と?
ドライアン:ああ。まぁそれくらいはな。
カルミア:貴様! 私達は曲がりなりにも天使と悪魔だぞ! それは戦場でいくら剣を交え、こうして魔法で……繋がろうとも変わらぬ。その申し出は受け入れられない。
ドライアン:だからこそ、貸し借りは無しにしたいんだ。ウルのことで迷惑かけちまうのはもう仕方ねぇ、だからせめて餌代くらいは許してくれって言ってんだよ。
カルミア:……餌代? ああ、餌代ね。……なんだ。
ドライアン:なぁ、頼むよ。
カルミア:ああ、ふぅん。まぁ良いのでは無いか。
ドライアン:ほんとか!
カルミア:そのような嘘をついてどうなる。良いぞ、好きにするがよい。
ドライアン:オッケー、じゃあ持って行くわ。ウルにも会いたぇしな!
カルミア:え、いや、貴様来るつもりか?! 第一、貴様は私の家の場所を知らんだろ? じゃなくて、天使の家に悪魔が来るなど!
ドライアン:この念心で大体の方角は分かるから、あとはそっちに向かって飛べば良い。お互い、戦場で何度も出くわしてるんだ。近くにいればお前の気配は分かるし、出会おうと思って出会えない訳はねぇ。
カルミア:いや、そういう問題じゃ……。
ドライアン:カルミア。
カルミア:な、何だ?
ドライアン:餌買ってすぐ行くから待っててくれよ!
カルミア:本気か貴様! おい、ドライアン! ドライアン!
0:電話の切れるような音。
カルミア:彼奴、切りおった。
ウル:みゃあ。
カルミア:……というか、え、ほんとに来おるのか? 待て待て待て待て――! 私の部屋に彼奴が? ど、どうすれば良い?
ウル:みゃあ。
カルミア:部屋にレリア以外の男……いや、悪魔なぞ招いたこと無いぞ?! あぁそれに、うる! そなたまた散らかしおって! こんな状態では幻滅されてしまう!
0:間。
カルミア:幻滅(げんめつ)? ……は、はは。私は何をおかしなことを言うておる? されたとて、それがなんだと言うのだ? 天使が悪魔に嫌われて、何が悪い? そ、そうだ。だから。うむ。このままで、このままで問題ない。
ウル:みゃあ。
カルミア:いや、そんな訳なかろう。大人しく片付けよ。
ウル:みゃあ。
カルミア:ウル。そなたは気楽で良いな。私は気が重いわ。……いや、気のせい、気のせいだ。私は少し浮かれてなど、いない。
0:
0:◇Phase 5◇
0:《カルミアの家の前》
0:
0:扉の前で買い物袋を提げたドライアンがうろうろしている。
ドライアン:勢いで来てしまったが、……これひょっとしてマズい?
ドライアン:……よな。たぶん。だって俺達敵同士なんだぜ? カルミアの言うとおりだわ。ま、でも、来てしまったからには仕方ない。ここは潔く――
ドライアン:……いや、とはいえ。とはいえ、だ。あいつが罠を仕掛けて待っている、なんてことは性格上無いにしても、相当嫌がる可能性はある訳だ。俺だって、あいつ以外の天使が家に上がり込んで来たら顔を顰(しか)める。あれ、と言うことは、俺はあいつなら……良いのか?
0:間。
ドライアン:いや。普通に無いな。あいつが来る理由が無い。あいつがうちに来るとしたら、それこそ俺を仕留めに来るときか、或いはそうだな、ベルを見に来る……とか? 犬は好きなんだろうか?
ドライアン:そういえば俺、あいつのこと全然知らねぇな。
ドライアン:鋭い太刀筋や、辛辣(しんらつ)な舌鋒(ぜっぽう)、恐ろしい威力をした技の数々は知っているが、何が好きで、何を考えてるのか、そんなこと考えたことも無かったな。
ドライアン:つーかこいつの家引き戸なんだよな。ドアノブに袋提げて帰ろうかとも思ったけど、
ドライアン:まさかの引き戸。東洋建築。予想外だったわ。マジであいつのこと何も知らねーのな。
ドライアン:……天使ってのも意外と悪いやつじゃねーのかもな。
0:間。
ドライアン:よし。行くか。
0:ドライアン、扉に手をかけようとする。
0:と、目の前で扉が開く。
ドライアン:あ。
カルミア:あ。
0:部屋着のカルミアが、ウルを抱えて現れる。
ウル:みゃあ。
カルミア:と、扉の前に影が見えたから。それに気配も。
ドライアン:あ、ああそうか。そうだよな。……えっと、ウルの餌、持ってきた。
カルミア:あ、ああ。……ありがとう。
ドライアン:礼はいらねぇよ。俺が頼んだことだしな、こちらこそ恩に着る。
カルミア:礼には及ばぬ。
ドライアン:そう、だな。ウルも、元気そうだな。
ウル:みゃあ。
カルミア:ああ、元気だぞ。少しわんぱく過ぎるが。
ドライアン:そうなのか?
カルミア:そうだ。私のお気に入りのハープは傷だらけ、
ドライアン:そいつはすまねぇな……。
カルミア:雲のベッドに粗相(そそう)をするし。
ドライアン:マジかよ。
カルミア:貴様を倒すために研究してた魔方陣はバラバ――
ドライアン:おい、何作ってんだ。
カルミア:むぅ、良いでは無いか。どうせバラバラになったのだし。
ドライアン:いや、そういう問題じゃねぇよ。
カルミア:アレを作るのに一体どれほどかかったと……。完成したら山一つ消し飛ばせる魔法ができる予定だったのに。
ドライアン:おっかねぇ……それだけはほんとよくやったぜ、ウル。褒めてやる。よーしよし。
ウル:みゃあ。
カルミア:褒めるな。まぁ、仕方ない。また一から組み直すわ。
ドライアン:組み直すな。そしたらまた壊してくれるよな、ウル?
ウル:みゃあ。
0:二人、顔を見合わせて微笑む。
ドライアン:……あんまり長居すると悪いだろうから、そろそろ失礼するわ。
カルミア:え?
ドライアン:それじゃあな。
カルミア:――あ、待って!
ドライアン:……何だ?
カルミア:いや、……上がって、いかぬのか?
ドライアン:……遠慮しておく。
カルミア:……何故だ?
0:間。
ドライアン:俺は、よ。悪魔、だからな。
カルミア:…………そうだな。
ドライアン:お前は天使。俺達は住む世界が違うんだ。何十回出会ってもそれは変わらないだろう?
カルミア:そうだな。
ドライアン:だから、俺に出来るのはここまでだ。この敷居は、きっと俺には跨げない。お前もそれを許さないだろう。
カルミア:そうだな。
ドライアン:今はたまたま、剣じゃなくて、お互いキャットフードか猫を持っているだけ。
カルミア:ああ、そうだな。こんな暢気(のんき)な場面なぞ、幕間に許された茶番に過ぎぬのだろう。ひとたび幕が上がれば――
ドライアン:猫とキャットフードを剣に持ち替えて、いつ終わるとも知れない殺し合いを演じることになるだろうな。
カルミア:私達はそういうものだったな。
ドライアン:ああ。だから、これでお別れだ。
カルミア:引き留めて、悪かったな。また――戦場で。
ドライアン:ああ。また戦場で。
ウル:みゃあ!
カルミア:あ、ウル!
0:ウル、カルミアの腕から飛び出す。
0:慌てたカルミア、倒れそうになる。
ドライアン:カルミア!
0:ドライアン、カルミアを支える。
カルミア:ドライアン……。
ドライアン:カルミア……。えっと、その、大丈夫か。
カルミア:ああ、驚いただけだ。
ドライアン:そうか、おい、腕!
カルミア:え? ああ、ウルに引っ掻かれたのだな。
ドライアン:痛くないか?
カルミア:ふふ、ふふふふふふ。
ドライアン:な、なんで笑う?
カルミア:いや、何を今更と思ってな。貴様につけられた傷の方が何倍も痛いわ。
ドライアン:それは……そうだよな。は、はははは。
0:二人、笑い合う。
カルミア:ほんとに、あれはもう、すごく痛かったぞ。
ドライアン:そうなのか?
カルミア:そうだたわけ。特にあの剣に炎を纏うやつに脇腹を切られたとき。焼き鏝(やきごて)か! 切られて痛い上に、戦いのあと風呂に入るのが苦痛だった。
ドライアン:ああ炎剣《ブレイズ・ブレイド》な。懐かしい。
カルミア:え、ダサ。そんな名前の技に苦しめられたかと思うと、傷がうずくわ。
ドライアン:うるせぇ、ほっとけ! それを言ったらお前、あのバーって広がるビームみたいなやつ。
カルミア:広がるビーム? ああCOSSか。
ドライアン:なんだそれ?
カルミア:正式名称は流星籠(かご)《ケイジ・オブ・シューティング・スター》だ。
ドライアン:略称まであるのかよ。マジふざけんな。
カルミア:私は真剣だが?
ドライアン:名前はともかく、でもあれ、本当にヤバかったからな。避けづれーし、躱(かわ)したと思ったら俺の翼、プラネタリウムかよってくらい穴空いてたし、しばらく飛べなかったわ。
カルミア:それは――ウケるな。
ドライアン:ウケんな。もう塞がったけどよ。……お前はもう治ったのか?
カルミア:ああ。すっかりな。うっすら傷跡はあるが、見てみるか?
ドライアン:いやいやいや、勘弁してくれ!
カルミア:そうか? ……敷居。越えてしまったな。
ドライアン:あ。
0:ドライアンの足が敷居を跨いでいる。
カルミア:ドライアン。
ドライアン:……何だ。
カルミア:……上がって、いかぬか?
ドライアン:……ああ。遠慮しておく。
カルミア:……そうか。
0:間。
ドライアン:今日のところは。
カルミア:…………!
ドライアン:また来るよ、ウルに会いに。
カルミア:ああ。きっと喜ぶ。ウルも。
ドライアン:じゃあ――
カルミア:ああ――
0:二人声を揃えて
カルミア:また会おう。
ドライアン:また会おう。
0:扉の閉まる音。
カルミア:……また、か。私達は何のために生き、そして殺すのか。生きるために殺し、殺すために生きる。そういう定め。私達はけれど、出会うために生きている。その言葉を、少し信じてみたくなったよ。たとえその先にあるのが命の奪い合いだったとしても。
カルミア:今はただ、この胸に渦巻く疑問を飲み下すのが精一杯だ。果たして、今日の七十六回目の出会いは私達にとってどのような意味があるのだろうな? それは、生きる意味より芳しい問いだ。
0: 《Part1 幕》
敵対する天使と悪魔が拾った猫を切っ掛けに仲良くなる話。自らの宿命と、心の狭間で揺れる天使と悪魔の物語。
本作は三部作のPart1になります。結構ライトな話なのでほとんどドタバタコメディです。
《各Partの特徴》
Part1:コメディ色強め、物語の切っ掛け。序 文字数15,000字(50分)
Part2:恋愛色強め、物語の進行と転換。破。 文字数13,000字(40分)
Part3:シリアス強め。物語の結び。急。 文字数18,000字(60分)
《あらすじ》
敵対している天使と悪魔。七十四回目の戦闘の帰路、悪魔が捨て猫を拾う。地獄に連れ帰ろうとするが、彼の家には既にケルベロスがいるため飼うことができない。後輩の悪魔にもあたるが断られる。仕方なく、顔見知りの天使を頼ることに。
彼の頼みを最初は断る天使だったが、ネコの愛らしさに陥落。引き受けることに。しかし、天使は生き物の扱いに慣れておらず、飼育経験のある弟の天使に聞く。そして全て任せるのは悪いと思った悪魔が餌を届けるために天使のもとを訪れて――。
《注意》
アドリブや演出、配役については特に言及しません。ご自由に。
一応難しそうな単語については振り仮名(ふりがな)を配置しておりますが、万全では無いかも知れませんのでご注意を。
必殺技や叫び声、鳴き声等はフィーリングで演じていただければ幸いです。
0:天使と悪魔と捨て猫と。◆Part 1◆
:
0:◇Phase 1◇
0:《戦場》
0:
0:響く雷鳴と剣戟の音。
0:ドライアンとカルミアが戦いながら話している。
ドライアン:ぬおおっっ!!
カルミア:っは!
ドライアン:てりゃぁっ!!
カルミア:――遅い。とぁ!
ドライアン:っく! ふははは! 相変わらずやるじゃねぇか、天使さんよぉ!
カルミア:貴様もな。
ドライアン:おぉ、なんだぁ? 認めて……っ! くれるってかぁ? 可愛い天使よぉ!
カルミア:はぁぁあっ……! やめろ、――鳥肌が立つわ。ウスノロ悪魔。相変わらず貴様は弱いと言ったまで。
ドライアン:そう、かよっ! その割にはいっつも俺に勝て無いじゃねぇか、えぇ?
カルミア:旗色(はたいろ)が悪くなると貴様がいつも無様に逃げるからだろう。いい加減見飽きたわその背中。
ドライアン:っは、てめぇこそ顔色が悪いぜ。こうやって正面切って闘ってっと、泣きそうな面しやがるくせに。いつもは許してやってんだ、弱い者いじめは好きじゃねぇからよ。
カルミア:悪魔のくせによく言う。貴様の顔が見るに堪(た)えないからだ。この私が手を抜いているとも知らず図に乗りおって。……いや、口が減らないのは悪魔だから、か?
ドライアン:はぁ?
カルミア:言葉で誑(たぶら)かすだけしか能がないから、尻尾を巻いて逃げるのだろう? 負け犬が。
ドライアン:上等だ! ゴリラ天使。今日こそはその高ぇとこから引きずり下ろして泣かしてやる。
カルミア:っは! よかろう。今日こそは地に平伏させて言い声で鳴かしてやるわ。
ドライアン:うおぉぉぉぉ! 天使ぃぃっ!
カルミア:はぁぁぁぁっ! 悪魔!
0:続く剣戟の音と、時折混ざる両者の怒声や笑い声。
0:やがてその音が止むと、仰向けに寝転がり息の上がった二人の声。
ドライアン:……っく、はぁ、はぁ――
カルミア:……ん、はぁ、はぁ――
ドライアン:ぁぁあ、っくそ、またか!
カルミア:こちらの、台詞だ。忌々しい……!
ドライアン:何度目だ、えぇ?
カルミア:そんなもの数えるか、馬鹿者。
ドライアン:はは、教えてやる、これで七十四回だ。
カルミア:っ、貴様いちいちそんなもの数えておったのか、……だから負けるんだ。
ドライアン:負けてねぇ、引き分け。
カルミア:天使にとって悪魔との引き分けなぞ、敗北と同義だ。
ドライアン:っは、生きてる限り勝ちなんだよ、俺達悪魔は。
カルミア:ふん、汚らわしい。
ドライアン:お綺麗なこった。
カルミア:当然だろう? 私は天使カルミア・ラティフォリア、高潔なる神の使徒だ。だから敗北は許されない。
ドライアン:っは。合わねえな。この俺、悪魔ドライアン・ダラスは自由と勝利を愛してる。だから自由に生きている限り俺の勝ちだ。
カルミア:そんな思想、合ってたまるか。悪魔め。
ドライアン:そうだな天使さま?
カルミア:……しかし、生きている限り、か。我々は何のために生き、そして殺すのだろうな。
ドライアン:何だ? 今日の天使さまはピロートークがお望みか?
カルミア:貴様、八つ裂きにされたいか?
ドライアン:おいおい、冗談だよ。熱くなんなって。
カルミア:気色の悪い冗談はやめろ、寒気がする。
ドライアン:へいへい。まぁ、んなことしたら冗談抜きで昇天しちまうだろうけどな。
カルミア:こちらは闇に墜ちる。そして死んだ方がマシだ。その時はお前も殺すが。
ドライアン:おー、こえーこえー。――まぁ、でもよ。そういう定めだ。俺達は。
カルミア:うん?
ドライアン:俺は思うんだよ、こうして生きてっと。俺達はきっと、出会うために生きているんだ。ってな。
カルミア:何?
ドライアン:生きて、出会う。だってよ、死んでたら出会えないからな?
カルミア:当たり前だろう。
ドライアン:そう、当たり前のように生きて出会い、そして――
0:間
ドライアン:――殺すんだ。
カルミア:――殺すのだ。
0:雨が降り始める音。
0:
0:◇Phase 2◇
0:《帰路》
0:
0:足を引きずり、雨の中を歩くドライアン。
ドライアン:ああ、っ痛ぇなぁ……。また負けちまったじゃねぇか、情けねぇ。我ながらなんて運の悪さだよ。行く先々に出やがって、あのゴリラ天使。
ドライアン:――定め、か。
ドライアン:……っは。あほらし。いつかは殺すんだ。何十回巡り会おうとそんなもんは関係ねぇ。それが定めだ。
ドライアン:にしても、痛ぇな。あいつ、ほんとに手加減なんてしてんのかよ。……そんな訳ねぇか。所詮負け惜しみだ。まぁ、引き分けだが。
ドライアン:良くて、引き分け……か。
0:小さな猫〈ウル〉の鳴き声。
ウル:みゃあ。
ドライアン:んあ? 何だ――猫、か?
0:ドライアン、捨てられた猫を見つける。
ドライアン:おいおい、こんなところでどうしたんだよおめぇ。もしかして……捨てられたのか?
ドライアン:そいつは運が無かったな。まぁ、ひとのこと言えねぇか。そしてお前は家がねぇ。くははははは、傑作(けっさく)だ。
ウル:みゃあ。
ドライアン:お、ウケた? そいつは結構。なんだお前、案外ノリの良い猫だな。
ウル:みゃあ。
ドライアン:ふうん。こんなところで放って置かれるのもかわいそうだし、ここに通りがかったのも何かの縁だ、よし俺がお前を――殺してやろう。
ウル:みゃあ。
ドライアン:お前が待つのは救いの神か、それとも死か。んなもんどっちだって同じだよな?
ウル:みゃあ。
ドライアン:でもよ、こんなとこに捨てられて死にかけてるわりには、良い目をしてるぜ、お前――運命なんて逆らってやる。そんな目だ。
0:間。
ドライアン:……良し。気に入った。
ドライアン:お前、俺と来ねえか?
ウル:みゃあ。
ドライアン:即答だな。良いぜ。お前は今日から俺の家族だ。
ウル:みゃあ。
ドライアン:名前は、そうだな。……その瞳と、この雨の下で出会えたから、ウル――なんてのはどうだ?
ドライアン:嬉しそうじゃねぇか。
ウル:みゃあ。
ドライアン:……おいおいおい。この俺は生まれてこの方、ずっと犬派だったが、何だよ猫も悪くねぇもんだな。
ウル:みゃあ。
ドライアン:……犬? あ。ベルのこと忘れてた。おまえ、ベルと仲良くできっか?
ウル:みゃあ?
ドライアン:うん、お前は大丈夫そうだが、問題はべるの方か。うーん、あいつ小せぇもん何でも囓(かじ)るからな……。困ったな。
ウル:みゃあ。
ドライアン:おいおい、そんな目で見るなよ、ウル。見捨てねぇよ。一度拾った命だ、しっかり面倒見るぜ。悪魔ドライアン・ダラスに二言はねぇ。
ウル:みゃあ。
ドライアン:……ってもなぁ。あー……どうすっか。代わりに誰かに押しつけるか? それは最高に悪魔っぽいな。よし。
ウル:みゃあ。
ドライアン:『悪魔ドライアン・ダラスの名において、我と彼の者に水晶の蔓(つる)を結わえよ《クォーツ・ウェイブ》』
0:電話のような発信音。
グレモリア:はい、あなたのグレモリア・グリモニーっす。
ドライアン:グレモリア、俺だ。
グレモリア:知ってますよ。今時、悪魔式通信魔法通称アマホでかけてくる悪魔なんてドライ先輩くらいですからね。いい加減スマホくらい持ったらどうすか? 文明の利器、便利っすよ。
ドライアン:必要ない。
グレモリア:いや、こっちが不便なんでやめて欲しいんすけど。久しぶりだと頭ガンガンするんすよね、これ。
ドライアン:お前の都合なんて知らねぇよ。頭カチ割れろ。
グレモリア:ああっ! 流石先輩! 鬼畜で素敵だな~、正に悪魔の鑑! あたしの憧れっす!
ドライアン:うるせぇ、お前と話してると頭キンキンするんだよ。
グレモリア:おそろいっすね。あたし達、今頭痛で繋がってるっす……ね。っは! つまり今あたしの脳は先輩の脳で、先輩の脳はあたしの脳。あたしの中に先輩がいて、先輩があたしの中に……。あたしは今、先ぱ――
ドライアン:――やっぱ何もねぇわ。
0:ぶつっと切れる音。
ドライアン:…………はい。こちらドライアン。
グレモリア:ちょちょちょ、切らないで下さいよ。てかアマホ久しぶりに使いました。
ドライアン:本当は切り刻んでやりたいんだが。
グレモリア:流石先輩ドライっすね。ドライ先輩だけに。
ドライアン:お前のその粘着質、どうにかならんのか?
グレモリア:無理っすね。あたしの心はいつもドライ先輩の為に潤(うるお)ってるんすよ。
ドライアン:うるせぇ涸(か)れろ。
グレモリア:いけず。……それで何のご用ですか? あの先輩が、珍しく、このあたしに。愛の告白ならこの胸の動悸(どうき)に誓って謹むことなく二つ返事でオーキードーキーです。
ドライアン:喜ばしいことに違う。
グレモリア:それは残念です。では、仕事の?
ドライアン:それも違うな。
グレモリア:では何でしょう? 一緒に暮らそう! とか。
ドライアン:惜しいな。
グレモリア:ですよねー……ん? え、マジすか?
ドライアン:まぁ、住む場所は探してる。
グレモリア:ちょちょちょちょちょ! マジすか! イェア! あたしの時代来たか、おい! 是非、一つになりましょう! やったー!
ドライアン:あー、俺じゃ無いんだ。
グレモリア:え? 俺じゃ無い? どういうことですか?
ドライアン:探してるのは俺のじゃ無くて、まぁ、その、ウルのなんだよ。
グレモリア:ウル? ……何すか? どこの女すか、そいつ。
ドライアン:いや、女とかじゃ無くて、猫だ。今さっき拾って名付けた。可愛いだろ? あ、でもメスだなこいつ。
グレモリア:どこぞのメス猫をうちに置けと先輩は仰るのですね?
ドライアン:まぁ、そうだな。ほら、うちにはよ、ベルがいるから。猫飼えないんだよな。で、お前に頼もうと思って。
グレモリア:……すみませんが、いくら先輩のためでもそれは出来ません。あたし、先輩にかわいがられてる生き物見ると嫉妬で殺しちゃいますから。
ドライアン:……おめぇベルに手ぇ出したらぶっ殺すからな。
グレモリア:あー、大丈夫っす。あいつは可愛くないので。
ドライアン:あ? 可愛いわ、馬鹿野郎。地獄で一番可愛いまであるわ。目ぇ腐ってんのか。
グレモリア:恋は盲目ってやつっすよ。まぁ、冗談はさておき、その猫って、どんな猫っすか?
ドライアン:どんな? 普通の猫だよ。
グレモリア:んー、首とか目とか尻尾が多くてイカツイ感じ?
ドライアン:いや。すげぇかわいい。
グレモリア:んー、翼とか角とか触手とか生えてる?
ドライアン:いや、ちょこんと三角の耳が二つだけ。
グレモリア:んー、皮が岩みたいに硬いとかゲル状?
ドライアン:いや、もふもふしてる。
グレモリア:んー、ドラゴンよりでかいとか。
ドライアン:いや、手に乗るくらいだ。
グレモリア:んー、……普通の猫っすね。
ドライアン:そうだよ。捨て猫だ。
グレモリア:じゃあ、やっぱダメっすね。
ドライアン:どうしてだ、猫嫌いか? それとも、お前んちペット駄目か?
グレモリア:まぁ、あたしは別に好きでも嫌いでも無いんすが、あたしのそば居たらその子、多分……死ぬか魔獣になりますね。
ドライアン:マジか。
グレモリア:てか、そもそも地獄の環境に耐えられないと思います。弱いですからね、普通の生き物は。だから、先輩の頼みを断るのは断腸(だんちょう)の思いっすけどそういう訳であたしは、先輩のどんな卑猥(ひわい)なご期待でも応えられますがこのお願いには応えられないっす。
ドライアン:お前さぁ。……まぁいいや。
グレモリア:いや、ツッコんで下さいよ!
ドライアン:いやだ、疲れた。
ウル:みゃあ。
ドライアン:お前も疲れたよなー。取り敢えずメシやらねぇと。んじゃ、切るわ、グレモリア。
グレモリア:あ、待って下さいっす。
ドライアン:何だよ?
グレモリア:見つかると良いっすね、飼ってくれるやつ。
ドライアン:おう、ありがとよ。まぁ、あてが無いことも無い。
グレモリア:それは良かったっす。あ、それから――
ドライアン:何だ?
グレモリア:――愛してます。
0:間。
ドライアン:冗談は、よせ。
グレモリア:ええ、半分冗談っす。
ドライアン:切るぞ。
0:切れる音。
グレモリア:半分、本気っすけどね。
0:
0:◇Phase 3◇
0:
0:《帰路2》
0:
0:ふらつきながら飛翔する天使カルミア。
カルミア:はぁ、はぁ、…………っく、悪魔ドライアン・ダラス。
カルミア:……あんな……はぁ、化け物相手に、互角の戦いをしておったのが、不思議だ。あの軽口、余裕な態度。まさか手を抜かれておるというのか? この私が、遊ばれている……? だとしたら、次は、無いかも知れぬな。しかし――
0:間。
カルミア:――天使に敗北は許されぬ。その先にあるのは死だ。
カルミア:とはいえ、勝利の果てに何があるというのか? 戦いだ。新たな敵。私は、脅威を打ち払う。生きておる限り――殺す。生きている限り、勝利なんて。でも。もし私があいつのように――いや、そんな志では今度こそ負けてしまう。
カルミア:気合いを入れろ。ははは、私らしくない。こんな姿、レリアには見せられぬな。それに……あいつにだって――いや、詮(せん)無いことだ。
カルミア:……そう、次こそは。次に会ったときこそは、この手で仕留めてやる。待っておれドライアン・ダラス!
カルミア:ドライアン・ダラス! ドライアン・ダラスゥーーっ!!!!
0:ドライアン、現れる。
ドライアン:呼んだか?
カルミア:ほぁっ!? ドライアン・ダラス?!
ドライアン:ああ、俺だが。
カルミア:貴様、どうしてこのようなところに! 事と次第によっては八つ裂きにするぞ! いや、今すぐこま切れだ! ドライアン・ダラス!
ドライアン:いや、怖ぇな。というかよ、その……、
カルミア:何だ……?
ドライアン:そんな何度も名前呼ばれるの初めてだから、……なんていうか、むずがゆい。
カルミア:なっ! あ、ああそうだな……! この悪魔め! 悪魔め! ははっ! ははははは! あぁぁぁ……!
ドライアン:カルミア。
カルミア:へ?
ドライアン:カルミア・ラティフォリア。実はお前に、折り入って頼みがある。
カルミア:な、何だ急に!? 私は天使だぞ! 貴様の頼みなぞ――
ドライアン:天使だからこそだ。お前が天使だから頼むんだ。突然で済まないが、聞いてくれるか?
カルミア:いつもはこちらの都合など気に留めず話し始めるくせに、なんなのだ? 一体、どうしたというのだ?
ドライアン:お前以外に頼めるやつがいないんだ。お前だけが頼りなんだ! なぁ、天使カルミア!
カルミア:落ち着くのだ、なぜ私を頼る、悪魔のお前が。
ドライアン:……お前が天使で、信頼できるやつだからだ。
カルミア:信頼?! 馬鹿を言うでない! っは! 分かったぞ、いつもの軽口だ、狂言だ。油断させておいて、その隙を突くつもりであろう、その手には――
ドライアン:俺はお前にだけはそんなことしない!
カルミア:へ?
ドライアン:何度剣を交えたと思う? 七十四回だ。一度として勝てていない。俺はどんな仲間より俺はお前と戦場にいる。お前とは正々堂々決着をつけるって決めてんだ。こんなところで、俺はそれを穢(けが)したくない。この戦いは特別なんだ! その気持ちに偽りは無い。お前もそうだろう!
カルミア:……! ああ、悔しいがその通りだ。この戦いを特別に思う気持ちが私に無い無いと言えば嘘になる。だからこそ! 何故、貴様はここに現れた? 再び戦場で相見えるのが道理では無いのか? 貴様は一体私に何を願おうというのだ? 言え、ドライアン・ダラス。貴様はこの天使に何を願う?
ドライアン:命を――。
0:間。
ドライアン:命を、救って欲しい。
カルミア:命……?
ドライアン:お前がいないと、生きていけないんだ。頼む。
0:間。
カルミア:んあっ?! なななな、何を言っておるのだ貴様! どういうつもりだ! そういう意味か? 特別とは、まさか、そんな、分かっておるのか! ……天使と悪魔だぞ? 敵同士なのだぞ! そんなこと許されるわけがない!
ドライアン:分かっている。でも、お前にしか、頼めない。
カルミア:わ、私は、いや私達は――そういう定めなのだ。誰に何をどう願ったところで、それは変えられぬ。戦うしかないのだ。殺し合うことが宿命なのだ。それを今更、違う形になど……。冗談にも程がある!
ドライアン:聞いてくれカルミア! 俺は真剣なんだ! 真剣に、お前に――!
カルミア:っく、わ、分かった。頼みを、聞こう。
ドライアン:ほ、本当か?! でもまだ俺は何も――
カルミア:みなまで言うな! 分かっておる。ドライアン。言葉を交わさずとも、貴様の考えていることなど分かる。貴様と私が何度剣を交えたと思っておる?
ドライアン:ありがとう! カルミア!
カルミア:っふ。しかしこれは随分(ずいぶん)険しい道だな。
ドライアン:ああ、そうかもしれねぇ。
カルミア:よもやこのような形で運命に逆らうことになるとは思わなかった。だが、不思議と不安は感じない。寧ろ、希望に溢(あふ)れているほどだ。
ドライアン:それは頼もしい限りだ。お前となら乗り越えられるって信じてるぜ。
カルミア:ああ。貴様がそう言ってくれると心強い。どんな困難が待っていたとしても、乗り越えてみせよう。
ドライアン:幸せにしてくれよな。
カルミア:っふ、随分ひと任せだな。良いだろう。天使カルミア・ラティフォリア。全身全霊を以て幸せにすると誓おう。
ドライアン:ありがとう! カルミア!
カルミア:ふふふ、これほど心が躍ったのは初めてだ。ドライアン、これからは私と共に――
ドライアン:――じゃあ、ウルを頼んだぞ。
ウル:みゃあ。
0:間。
ウル:みゃあ。
カルミア:…………猫?
ドライアン:ああ、可愛いだろ? ウルって名前なんだ。幸せにしてくれよな。
カルミア:ちょっと――
ドライアン:ん?
カルミア:ごめん。ちょっと、待って。
ドライアン:うん?
カルミア:……あー、……はいはい。……あー、はは、はは、成る程、あっ、あっ、そういう、あ―…………は、はははは、ははははははは! ぬぐぅ……あ、ああ、あああ、あああああ、あああああああああああああああああああああああーーーーーーーっ!
ドライアン:ど、どうしたんだよ、カルミア?!
カルミア:――いや。
0:間。
カルミア:何でもないぞ。可愛い猫ちゃんに少し、動揺しただけだ。気にするな。
ドライアン:そ、そうか? ほんとに頼んで、良いんだよな? お前に断られたら、こいつはもう……
カルミア:ああ、分かっておる。心配するな。カルミアにお任せだ。
ドライアン:でも、お前、ほんとに良いやつなんだな。
カルミア:て、天使として当然、だ。
ドライアン:俺が言うのも何だが、七十四回も戦ってきた永遠の敵が連れてきた捨て猫の面倒を何も聞かずに見てくれるなんて、さすが天使!
ドライアン:って感じだ。やっぱり悪魔とは心の在り方が違うんだろうな。
カルミア:そ、そうだな。うむ、当然だ。
ドライアン:ほんとにありがとな。流石悪魔ドライアンの宿敵だ。
ドライアン:じゃあ、頼んだぜカルミア。あんまり長居すると他の天使に見つかるかも知れねぇから、今日のところはこの辺りで。
ドライアン:あ、またなんかあったら呼んでくれよ。あと、お前なら大丈夫だと思うけど、育て方書いといたから。
カルミア:ああ、い、いらぬ心配だ。
ドライアン:じゃあ、ウルのこと、よろしく頼んだ。また、戦場で! ……ってのも変か。
0:間。
ドライアン:お前と敵で本当に良かった。
0:ドライアン、去る。
カルミア:敵、か。……会えて良かった、と言って欲しかったなどと願うのもおかしな話か。
ウル:みゃあ。
カルミア:そなた、ウルというのか?
ウル:みゃあ。
カルミア:確かに、なかなか可愛いではないか。よしよ――
0:カルミア、ウルに手を伸ばす。
ウル:みゃ。
カルミア:あ。
0:が、指を囓られる。
カルミア:痛い。
カルミア:……こんなことで、果たして上手くやっていけるのだろうか?
ウル:みゃあ。
0:
0:◇Phase 4◇
0:《カルミアの家》
0:
0:疲れ果てたカルミアが倒れている。
カルミア:ああ、ウル……、そなた、ちょっとやんちゃすぎるぞ……。
カルミア:私のお気に入りのハープで爪研ぐし、雲のベッドはマーキング。研究中の魔方陣は一から組み直し――あぁぁぁぁ……。
カルミア:安請け合いするんじゃなかった。でも、仕方ないじゃないか。思い出すのも忌々しいが、あんな勘違いしてしまった私が悪いのだから。あぁ。私って天使向いてないのかな……?
ウル:みゃあ。
カルミア:じっとしとると可愛いんだが、な。この惨状どうしたものか。あやつに……いやいや。昨日の今日で頼るなんて、天使としての矜恃(きょうじ)が許さぬ! それに、顔を見るのが……。と、とりあえず、レリアに相談してみるか!
0:カルミア、歌い始める。
カルミア:「澄みわたる深い夜、わたしを呼ぶ声がする。振り返る思い出を、あなたが呼ぶ声がする。星空に繋いで、《スター・コネクト》」
0:電話のような発信音。
レリア:あっぶね。――はい、姉さんだけのレリア・アンセプス。
カルミア:レリア。今いい?
レリア:もちろんです。今、悪魔を六体ほどぶち殺しているところで……四体になりましたが、喜んで。
カルミア:そう、忙しいところすまぬな。
レリア:そんな! 姉さんが謝ることではありません、こいつらがとっとと滅びないのが悪いのです、――我が絶園(ぜつえん)の調(しらべ)に惑え《旋律のスターレス・ナイト・パーティクル改》
レリア:失礼。終わりました。姉さん。
カルミア:流石レリアだ。
レリア:いえいえ、雑魚でしたから。ところで姉さん。差し出がましい提案で恐縮なのですが、スマホを持ってみるのに興味はないでしょうか?
カルミア:無いが、どうして?
レリア:即答ですね。今時カビ臭い天空音楽系念心術カラケーなんて――いえ、呼び出すときに歌うお手間を省けるので、便利なのでは無いかと愚考した次第でございます。
カルミア:そんな物よりイメージ共有術の方が便利であろう? 私の見ておる光景をそのまま伝えられるし、電池も電波も気にしなくて良い。歌うのも慣れると結構楽しいものよ。
レリア:流石姉さん! 全く以てその通りでございます! 意識に直接干渉してくる無駄な高精細画像に気を取られて危うく死にかけましたが、いやぁ何度体験しても素晴らしいです!4K5Kは目じゃないぜ! それに電池や電波いりませんもんね!
レリア:……まぁ、天界は5Gも給電マイクロ波も飛び交ってるので気にする要素ゼロなのですが。
レリア:うん。……本当にいりませんか? スマホ。天使向けアプリ『ソライン』とか便利ですし。
カルミア:くどいな。いらんと言っておろう?
レリア:そーですよね! はははは。失礼致しました。……はぁ。それで、いかがなさいましたか? カルミア姉さん。何か、困ったことでも?
カルミア:実は猫を――拾ったのだがな。
レリア:猫? どこの泥棒猫ですか?
カルミア:泥棒猫? 泥だらけで死にかけていたらしい仔猫だが。
レリア:なるほど! 流石慈悲深き僕の姉さん。ちっぽけな畜生にも憐れみを施す清廉(せいれん)なる至高の天使。
カルミア:大袈裟な。
レリア:いいえ、こんな言葉じゃ足りないくらいです、姉さんの素晴らしさを表すには。あああ、足りない! 足りないよ! こんな言葉じゃ、姉さんへの愛が! 姉さんを、僕の愛を表すには!
0:間。
レリア:失礼、魔力の流れが乱れていたようですね。
カルミア:そうなのか? 大丈夫かレリア?
レリア:ええ。ご心配おかけして申し訳ありません。
カルミア:そうか? それで、猫のことなのだが、どうやって育てたら良いのか勝手が分からなくてな。レリアは昔、猫を飼ってただろ? そういったことが得意かと思ってな。
レリア:僕を頼ってくれて嬉しいです、恐悦至極(きょうえつしごく)ですよ姉さん! あれは、猫というか、獅子を祖型(そけい)とした恐ろしい霊獣ですが。姉さんにとっては似たようなものですよね。ええ、ある程度は期待に応えられるかと。
カルミア:良かった。猫の餌ってとりあえず何かの生肉とか草で良いのだな?
レリア:……。ものによりますが。どんな猫ですか?
カルミア:猫に種類があるのか?
レリア:ありますね。
カルミア:こんな、猫だ。
ウル:みゃあ。
レリア:ああ、ほんと普通の猫ですね。たぶん雑種のイエネコです。
カルミア:それで、此奴は何を食べるのだ?
レリア:見たところ、生後二ヶ月程度でしょうか、もう普通食でもいけそうですね。
カルミア:普通食とは、何の肉だ? やはり、ネズミか?
レリア:いや、キャットフードで良いです。人間界で買ってきて下さい。回数は一日に二、三回くらいでしょうか。大人になるとそんなに回数は多くなくて、ゆっくり食べるのであまり気にしなくても良いですよ。猫によって好みもあるので、カリカリだけじゃなくて、缶のやつとかもあげると良いかもしれません。
カルミア:結構詳しいな。
レリア:ええ、まぁ。ああ、それと拾ってきたんですよね?
カルミア:……ああ。
レリア:何ですか、今の間は? まさか、攫(さら)ってきたんですか?
カルミア:そんな訳無いだろう! ……捨て猫だ。
レリア:そうですか。だったら、まぁ一応病院に連れて行くことをオススメします。
カルミア:どうしてだ?
レリア:病気とか、持ってるかも知れないので――
カルミア:「この世の遍(あまね)く病魔に警告する《奇跡のヒリング・スターライト》』
レリア:…………。
カルミア:これで大丈夫か?
レリア:姉さん。それ、猫に使うやつじゃないです。
カルミア:え? 駄目だった?
レリア:死の淵(ふち)の病人とかを救う……まぁ良いです。病気の問題もクリアです。
カルミア:他にも何か必要なのか?
レリア:そうですね、あとは猫のトイレと爪研ぎは必須ですね。それから――敵です。
カルミア:敵?
0:間。
カルミア:どういうことだ、戦わせるのか? レリア?
レリア:いえ、そうじゃなくて、敵が来たので失礼します、姉さん。まぁ、大変でしょうが頑張って下さい。僕も頑張りますので。
カルミア:ああ、そういうことか。
レリア:それでは、愛しております、姉さん。
0:通話の切れるような音。
カルミア:ひとまず、キャットフードとやらを調達するか。
ウル:みゃあ。
カルミア:おとなしく待っていろ、と言ってもどうせ聞かんのだろうな。しかしこれ以上荒れるのは勘弁願いたい。……うむ、仕方ない。ここは彼奴(あやつ)に任せるか。
カルミア:いや、だが、しかし……。
カルミア:うぅ……む、いや。
カルミア:元はと言えば、彼奴が元凶。責任もあろう。そ、そうだ! そうと決まれば、。
ウル:みゃあ。
0:カルミア、歌い始める。
カルミア:「澄みわたる深い夜、わたしを呼ぶ声がする。振り返る思い出を――」
0:電話のような着信音。
カルミア:え、え?! な、何?
ドライアン:こちらドライアン。
カルミア:…………。
ドライアン:……? こちらドライアン。おーい、どうした? 天使。あれ、繋がってるよな? 失敗したかな……?
カルミア:……ドライア――悪魔か。
ドライアン:おう。さっきぶりだな。いや、試したこと無かったんだが、悪魔式通信魔術って天使とも通じるんだな。知らなかったわ。
カルミア:そのようだな。では、やはりカラケーも通じるのだろうか……?
ドライアン:カラケー?
カルミア:いや、何でも無い。それで、どうしたというのだ? ……悪魔である貴様が、このように気安く連絡してくるなぞ、虫唾(むしず)が走るが、――故に危急の用なのであろう? 申してみよ。もし違ったら、殺す。
ドライアン:おうおう、おっかねぇ天使さまだなぁ。そうなんだよ、一つ忘れていたことがあってな。
カルミア:なんだ? 懺悔(ざんげ)か? 悪魔の懺悔なぞ聞き届ける気は無いが。
ドライアン:ちげぇよ、メシ!
カルミア:メシ? 食事のことか?
ドライアン:そうそう、お前にウルのこと任せちまったからな。それくらいは俺が持とうと思ってな。
カルミア:……つまり食事を、奢る、と?
ドライアン:ああ。まぁそれくらいはな。
カルミア:貴様! 私達は曲がりなりにも天使と悪魔だぞ! それは戦場でいくら剣を交え、こうして魔法で……繋がろうとも変わらぬ。その申し出は受け入れられない。
ドライアン:だからこそ、貸し借りは無しにしたいんだ。ウルのことで迷惑かけちまうのはもう仕方ねぇ、だからせめて餌代くらいは許してくれって言ってんだよ。
カルミア:……餌代? ああ、餌代ね。……なんだ。
ドライアン:なぁ、頼むよ。
カルミア:ああ、ふぅん。まぁ良いのでは無いか。
ドライアン:ほんとか!
カルミア:そのような嘘をついてどうなる。良いぞ、好きにするがよい。
ドライアン:オッケー、じゃあ持って行くわ。ウルにも会いたぇしな!
カルミア:え、いや、貴様来るつもりか?! 第一、貴様は私の家の場所を知らんだろ? じゃなくて、天使の家に悪魔が来るなど!
ドライアン:この念心で大体の方角は分かるから、あとはそっちに向かって飛べば良い。お互い、戦場で何度も出くわしてるんだ。近くにいればお前の気配は分かるし、出会おうと思って出会えない訳はねぇ。
カルミア:いや、そういう問題じゃ……。
ドライアン:カルミア。
カルミア:な、何だ?
ドライアン:餌買ってすぐ行くから待っててくれよ!
カルミア:本気か貴様! おい、ドライアン! ドライアン!
0:電話の切れるような音。
カルミア:彼奴、切りおった。
ウル:みゃあ。
カルミア:……というか、え、ほんとに来おるのか? 待て待て待て待て――! 私の部屋に彼奴が? ど、どうすれば良い?
ウル:みゃあ。
カルミア:部屋にレリア以外の男……いや、悪魔なぞ招いたこと無いぞ?! あぁそれに、うる! そなたまた散らかしおって! こんな状態では幻滅されてしまう!
0:間。
カルミア:幻滅(げんめつ)? ……は、はは。私は何をおかしなことを言うておる? されたとて、それがなんだと言うのだ? 天使が悪魔に嫌われて、何が悪い? そ、そうだ。だから。うむ。このままで、このままで問題ない。
ウル:みゃあ。
カルミア:いや、そんな訳なかろう。大人しく片付けよ。
ウル:みゃあ。
カルミア:ウル。そなたは気楽で良いな。私は気が重いわ。……いや、気のせい、気のせいだ。私は少し浮かれてなど、いない。
0:
0:◇Phase 5◇
0:《カルミアの家の前》
0:
0:扉の前で買い物袋を提げたドライアンがうろうろしている。
ドライアン:勢いで来てしまったが、……これひょっとしてマズい?
ドライアン:……よな。たぶん。だって俺達敵同士なんだぜ? カルミアの言うとおりだわ。ま、でも、来てしまったからには仕方ない。ここは潔く――
ドライアン:……いや、とはいえ。とはいえ、だ。あいつが罠を仕掛けて待っている、なんてことは性格上無いにしても、相当嫌がる可能性はある訳だ。俺だって、あいつ以外の天使が家に上がり込んで来たら顔を顰(しか)める。あれ、と言うことは、俺はあいつなら……良いのか?
0:間。
ドライアン:いや。普通に無いな。あいつが来る理由が無い。あいつがうちに来るとしたら、それこそ俺を仕留めに来るときか、或いはそうだな、ベルを見に来る……とか? 犬は好きなんだろうか?
ドライアン:そういえば俺、あいつのこと全然知らねぇな。
ドライアン:鋭い太刀筋や、辛辣(しんらつ)な舌鋒(ぜっぽう)、恐ろしい威力をした技の数々は知っているが、何が好きで、何を考えてるのか、そんなこと考えたことも無かったな。
ドライアン:つーかこいつの家引き戸なんだよな。ドアノブに袋提げて帰ろうかとも思ったけど、
ドライアン:まさかの引き戸。東洋建築。予想外だったわ。マジであいつのこと何も知らねーのな。
ドライアン:……天使ってのも意外と悪いやつじゃねーのかもな。
0:間。
ドライアン:よし。行くか。
0:ドライアン、扉に手をかけようとする。
0:と、目の前で扉が開く。
ドライアン:あ。
カルミア:あ。
0:部屋着のカルミアが、ウルを抱えて現れる。
ウル:みゃあ。
カルミア:と、扉の前に影が見えたから。それに気配も。
ドライアン:あ、ああそうか。そうだよな。……えっと、ウルの餌、持ってきた。
カルミア:あ、ああ。……ありがとう。
ドライアン:礼はいらねぇよ。俺が頼んだことだしな、こちらこそ恩に着る。
カルミア:礼には及ばぬ。
ドライアン:そう、だな。ウルも、元気そうだな。
ウル:みゃあ。
カルミア:ああ、元気だぞ。少しわんぱく過ぎるが。
ドライアン:そうなのか?
カルミア:そうだ。私のお気に入りのハープは傷だらけ、
ドライアン:そいつはすまねぇな……。
カルミア:雲のベッドに粗相(そそう)をするし。
ドライアン:マジかよ。
カルミア:貴様を倒すために研究してた魔方陣はバラバ――
ドライアン:おい、何作ってんだ。
カルミア:むぅ、良いでは無いか。どうせバラバラになったのだし。
ドライアン:いや、そういう問題じゃねぇよ。
カルミア:アレを作るのに一体どれほどかかったと……。完成したら山一つ消し飛ばせる魔法ができる予定だったのに。
ドライアン:おっかねぇ……それだけはほんとよくやったぜ、ウル。褒めてやる。よーしよし。
ウル:みゃあ。
カルミア:褒めるな。まぁ、仕方ない。また一から組み直すわ。
ドライアン:組み直すな。そしたらまた壊してくれるよな、ウル?
ウル:みゃあ。
0:二人、顔を見合わせて微笑む。
ドライアン:……あんまり長居すると悪いだろうから、そろそろ失礼するわ。
カルミア:え?
ドライアン:それじゃあな。
カルミア:――あ、待って!
ドライアン:……何だ?
カルミア:いや、……上がって、いかぬのか?
ドライアン:……遠慮しておく。
カルミア:……何故だ?
0:間。
ドライアン:俺は、よ。悪魔、だからな。
カルミア:…………そうだな。
ドライアン:お前は天使。俺達は住む世界が違うんだ。何十回出会ってもそれは変わらないだろう?
カルミア:そうだな。
ドライアン:だから、俺に出来るのはここまでだ。この敷居は、きっと俺には跨げない。お前もそれを許さないだろう。
カルミア:そうだな。
ドライアン:今はたまたま、剣じゃなくて、お互いキャットフードか猫を持っているだけ。
カルミア:ああ、そうだな。こんな暢気(のんき)な場面なぞ、幕間に許された茶番に過ぎぬのだろう。ひとたび幕が上がれば――
ドライアン:猫とキャットフードを剣に持ち替えて、いつ終わるとも知れない殺し合いを演じることになるだろうな。
カルミア:私達はそういうものだったな。
ドライアン:ああ。だから、これでお別れだ。
カルミア:引き留めて、悪かったな。また――戦場で。
ドライアン:ああ。また戦場で。
ウル:みゃあ!
カルミア:あ、ウル!
0:ウル、カルミアの腕から飛び出す。
0:慌てたカルミア、倒れそうになる。
ドライアン:カルミア!
0:ドライアン、カルミアを支える。
カルミア:ドライアン……。
ドライアン:カルミア……。えっと、その、大丈夫か。
カルミア:ああ、驚いただけだ。
ドライアン:そうか、おい、腕!
カルミア:え? ああ、ウルに引っ掻かれたのだな。
ドライアン:痛くないか?
カルミア:ふふ、ふふふふふふ。
ドライアン:な、なんで笑う?
カルミア:いや、何を今更と思ってな。貴様につけられた傷の方が何倍も痛いわ。
ドライアン:それは……そうだよな。は、はははは。
0:二人、笑い合う。
カルミア:ほんとに、あれはもう、すごく痛かったぞ。
ドライアン:そうなのか?
カルミア:そうだたわけ。特にあの剣に炎を纏うやつに脇腹を切られたとき。焼き鏝(やきごて)か! 切られて痛い上に、戦いのあと風呂に入るのが苦痛だった。
ドライアン:ああ炎剣《ブレイズ・ブレイド》な。懐かしい。
カルミア:え、ダサ。そんな名前の技に苦しめられたかと思うと、傷がうずくわ。
ドライアン:うるせぇ、ほっとけ! それを言ったらお前、あのバーって広がるビームみたいなやつ。
カルミア:広がるビーム? ああCOSSか。
ドライアン:なんだそれ?
カルミア:正式名称は流星籠(かご)《ケイジ・オブ・シューティング・スター》だ。
ドライアン:略称まであるのかよ。マジふざけんな。
カルミア:私は真剣だが?
ドライアン:名前はともかく、でもあれ、本当にヤバかったからな。避けづれーし、躱(かわ)したと思ったら俺の翼、プラネタリウムかよってくらい穴空いてたし、しばらく飛べなかったわ。
カルミア:それは――ウケるな。
ドライアン:ウケんな。もう塞がったけどよ。……お前はもう治ったのか?
カルミア:ああ。すっかりな。うっすら傷跡はあるが、見てみるか?
ドライアン:いやいやいや、勘弁してくれ!
カルミア:そうか? ……敷居。越えてしまったな。
ドライアン:あ。
0:ドライアンの足が敷居を跨いでいる。
カルミア:ドライアン。
ドライアン:……何だ。
カルミア:……上がって、いかぬか?
ドライアン:……ああ。遠慮しておく。
カルミア:……そうか。
0:間。
ドライアン:今日のところは。
カルミア:…………!
ドライアン:また来るよ、ウルに会いに。
カルミア:ああ。きっと喜ぶ。ウルも。
ドライアン:じゃあ――
カルミア:ああ――
0:二人声を揃えて
カルミア:また会おう。
ドライアン:また会おう。
0:扉の閉まる音。
カルミア:……また、か。私達は何のために生き、そして殺すのか。生きるために殺し、殺すために生きる。そういう定め。私達はけれど、出会うために生きている。その言葉を、少し信じてみたくなったよ。たとえその先にあるのが命の奪い合いだったとしても。
カルミア:今はただ、この胸に渦巻く疑問を飲み下すのが精一杯だ。果たして、今日の七十六回目の出会いは私達にとってどのような意味があるのだろうな? それは、生きる意味より芳しい問いだ。
0: 《Part1 幕》